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特開2024-178901穴加工装置の異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178901
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】穴加工装置の異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラム
(51)【国際特許分類】
   B23Q 17/09 20060101AFI20241218BHJP
   G05B 19/4065 20060101ALI20241218BHJP
【FI】
B23Q17/09 G
G05B19/4065
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024070932
(22)【出願日】2024-04-24
(31)【優先権主張番号】P 2023097138
(32)【優先日】2023-06-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】SSIP弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 理
(72)【発明者】
【氏名】武田 洋樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博之
【テーマコード(参考)】
3C029
3C269
【Fターム(参考)】
3C029DD16
3C269AB03
3C269BB11
3C269MN02
3C269MN26
(57)【要約】
【課題】工具の摩耗に伴うライフルマーク発生のような異常を診断する。
【解決手段】穴加工装置は、加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える。異常診断装置は、加工対象物又は工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する。AE信号の位相情報に基づいて、工具の異常が判定される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断装置であって、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得するためのAE信号取得部と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定するための異常判定部と、
を備える、穴加工装置の異常診断装置。
【請求項2】
前記位相情報は、前記AE信号のうち、前記少なくとも1つの工具の回転周波数に対して整数倍の同期周波数を有する少なくとも1つの回転同期成分の位相の時間的変化を含む、請求項1に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項3】
前記異常判定部は、異なる前記同期周波数に対応する前記回転同期成分ごとに前記異常を判定する、請求項2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項4】
前記回転同期成分は、前記AE信号に包絡線処理を実施することにより抽出された振動の変動をフーリエ変換することにより求められる、請求項2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項5】
前記包絡線処理は、所定の周波数帯域を通過帯域とするバンドパスフィルタが適用された前記AE信号に対して実施される、請求項4に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項6】
前記異常判定部は、前記位相の時間的変化を表示するための表示部を含む、請求項2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項7】
前記異常判定部は、前記位相の時間的変化について求められる近似線に対する前記位相の時間的変化に含まれる各データの乖離度の大きさを示す評価指標が予め設定された閾値以下になった場合に、前記異常が有ると判定する、請求項2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項8】
前記異常判定部は、前記位相の時間的変化に含まれる互いに異なる時刻に対応する第1位相データ及び第2位相データとの位相差を算出し、
前記位相差の所定期間における集中度が、予め設定された閾値以上になった場合に、前記異常が有ると判定する、請求項2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項9】
前記第1位相データは現時刻に対応する位相データであり、
前記第2位相データは前記第1位相データより前の時刻に対応する位相データである、請求項8に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項10】
前記集中度は、前記位相差の時間的変化のうち最新データから予め設定された個数のデータに基づいて逐次算出される、請求項8又は9に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項11】
前記閾値は、前記異常が有る場合に取得された前記AE信号に基づいて算出された前記位相差の前記集中度に対応して設定される、請求項8又は9に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項12】
前記少なくとも1つの工具は、前記加工対象物に対して複数の前記穴を同時に加工するための複数の工具を含み、
前記少なくとも1つのAEセンサは、前記複数の工具の各々に対応するように設けられた複数のAEセンサを含み、
前記異常判定部は、前記複数のAEセンサごとに前記異常を判定する、請求項1又は2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項13】
前記複数のAEセンサからの前記AE信号間の相関を示す相関指標を算出するための相関指標算出部を更に備え、
前記異常判定部は、前記相関指標の大きさに基づいて、前記異常の発生箇所を判定する、請求項8に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項14】
前記異常判定部は、前記異常が有ると判定された前記回転同期成分の回転次数に基づいて前記穴の輪郭を推定する、請求項2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項15】
前記少なくとも1つのAEセンサは、前記工具に設けられる、請求項1又は2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項16】
前記少なくとも1つのAEセンサは、前記加工対象物に設けられる、請求項1又は2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項17】
前記工具は、
本体と、
前記本体の先端部に設けられた切り刃と、
前記本体の側部に設けられたガイドパッドと、
を備える、請求項1又は2に記載の穴加工装置の異常診断装置。
【請求項18】
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断方法であって、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する工程と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定する工程と、
を備える、穴加工装置の異常診断方法。
【請求項19】
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断プログラムであって、
コンピュータ装置に、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する工程と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定する工程と、
を実行可能な、穴加工装置の異常診断プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、穴加工装置の異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
十分な厚さを有する加工対象物に対して、深穴を形成するための深穴切削加工(BTA加工)が知られている。深穴切削加工では、切削するための切り刃や、その周囲をガイドするためのガイドパッドが設けられた工具を回転させながら加工対象物を掘り進めることで、厚さ方向に沿った深穴を形成可能である。
【0003】
このような深穴切削加工の加工対象物として、例えば、加圧水型原子炉(PWR)に用いられる蒸気発生器に用いられる管板がある。特許文献1には、この種の蒸気発生器の一例が開示されており、その一構成要素として、原子炉によって加熱された一次冷却水の熱交換対象である二次冷却水が流れるU字管を支持するための管板が示されている。管板は、十分な厚さを有する板状部材に対して深穴切削加工によって多数の穴が形成されることで構成されており、これらの穴には、二次冷却水が流れる多数のU字管が貫通するように挿入される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-106048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
深穴切削加工に用いられる工具には、前述のように切り刃やガイドパッドが設けられる。工具が繰り返し使用されると、これらの切り刃やガイドパッドの摩耗が進行することにより、ライフルマークと称される加工痕が発生することがある。加工痕は摩耗が進行するに従って大きくなり、その大きさが許容値を超えると、加工のやり直しや不良品の発生等、生産性の低下の要因になる可能性がある。従来、このようなライフルマークの発生による生産性低下を防止するために、加工実施後に工具を検査し、その検査結果に応じて工具を比較的早いサイクルで交換する運用をとっているが、工具の交換頻度が増えることにより、コスト増を招いている。
【0006】
本開示の少なくとも一実施形態は上述の事情に鑑みなされたものであり、工具の摩耗に伴うライフルマーク発生のような異常を好適に診断可能な穴加工装置の異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の少なくとも一実施形態に係る穴加工装置の異常診断装置は、上記課題を解決するために、
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断装置であって、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得するためのAE信号取得部と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定するための異常判定部と、
を備える。
【0008】
本開示の少なくとも一実施形態に係る穴加工装置の異常診断方法は、上記課題を解決するために、
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断方法であって、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する工程と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定する工程と、
を備える。
【0009】
本開示の少なくとも一実施形態に係る穴加工装置の異常診断プログラムは、上記課題を解決するために、
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断プログラムであって、
コンピュータ装置に、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する工程と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定する工程と、
を実行可能である。
【発明の効果】
【0010】
本開示の少なくとも一実施形態によれば、工具の摩耗に伴うライフルマーク発生のような異常を好適に診断可能な穴加工装置の異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】一実施形態に係る穴加工装置の概略構成図である。
図2図1の工具を拡大して示す図である。
図3】加工対象物に生じるライフルマークを示す模式図である。
図4】一実施形態に係る異常診断装置の構成ブロック図である。
図5】異常がない正常時に特定の回転次数における位相情報の時間的変化の一例を示す図である。
図6】異常がある場合に特定の回転次数における位相情報の時間的変化の一例を示す図である。
図7】一実施形態に係る異常判定方法を示すフローチャートである。
図8】他の実施形態に係る異常診断方法を示すフローチャートである。
図9図8のステップS206の説明図である。
図10】他の実施形態に係る異常診断方法を示すフローチャートである。
図11図10のステップS306で取得される位相、ステップS307で算出される位相差、及び、ステップS308で算出される集中度の時間的変化をそれぞれ示すデータ例である。
図12図1の変形例である。
図13】特徴的な位相トレンドが生じる回転次数が「3」である場合に推定されるライフルマークの形状を示す模式図である。
図14】他の実施形態に係る穴加工装置を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して本開示の幾つかの実施形態について説明する。ただし、実施形態として記載されている又は図面に示されている構成の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、本開示の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
【0013】
まず本開示の少なくとも一実施形態に係る異常診断装置の診断対象となる穴加工装置について説明する。図1は一実施形態に係る穴加工装置1の概略構成図であり、図2図1の工具8を拡大して示す図である。
【0014】
穴加工装置1は、加工対象物2に穴を形成するための装置である。加工対象物2は、任意の構造物であるが、十分な強度を有するために例えばステンレス鋼又は炭素鋼のような金属材料を含み、所定の厚さdを有する板状部材を例示している。加工対象物2の厚さdは、穴加工装置1によって形成される穴の径rを用いて、d:r≧10:1(より好ましくは20:1)になるように設定される。
【0015】
穴加工装置1は、このような加工対象物2に対して深穴を形成するための深穴切削加工(BTA加工)を行うための装置であって、不図示のアクチュエータによって回転可能なバー部材6と、バー部材6の先端に設けられた工具8とを備える。アクチュエータは、外部から供給される動力によって駆動可能であり、バー部材6を先端に設けられた工具8とともに回転駆動させる。
【0016】
図2に示すように、工具8は、本体10と、切り刃12と、ガイドパッド14とを備える。本体10は、工具8の主要構成部材であり、中心部に軸方向に沿った開口部16を有する。開口部16には、切削加工時に外部から供給される切削油が通過することで、切削油が加工対象物を切削する切り刃12との間に供給可能になっている。
【0017】
切り刃12は、本体10の先端に設けられており、バー部材6から伝達される回転動力によって工具8が回転することにより、加工対象物2を切削するための構成である。図2の例では、本体10の先端に径方向に沿って複数の切り刃12が設けられている。
【0018】
ガイドパッド14は、本体10の側方に複数設けられる。工具8が加工対象物を切削しながら穴を掘り進む際に、ガイドパッド14は形成された穴の内面に接触することにより、加工対象物を直線的に掘り進む工具8をガイドする。これにより、加工対象物2に対して真円状の比較的深い穴を精度よく形成することが可能となる。
【0019】
またバー部材6を回転可能に支持する台部7のうちバー部材6に対向する位置には、回転1パルス信号を取得するための回転数センサ15が配置される(回転数センサ15は、例えば、回転軸であるバー部材6に貼られた反射シールの回転を検知することにより回転1パルス信号を取得可能である)。また加工対象物2又は工具8の少なくとも一方にはAEセンサ18が設けられる。図1では、AEセンサ18として台部7のバー部材6に対向する位置に設けられたAEセンサ18aが例示されているが、図12を参照して後述するように、加工対象物2の裏面側にAEセンサ18bが設けられていてもよい。また他の実施形態では、AEセンサは、加工対象物2の側面等、他の面に設けられていてもよい。AE信号は、一般的に数10kHz~数MHzの音波領域の周波数を有するAE波を含む。
【0020】
上記構成を有する穴加工装置1では、工具8が繰り返し使用されると、これらの切り刃12やガイドパッド14の摩耗が進行することにより、ライフルマークLMと称される加工痕等の異常が発生することがある。図3は加工対象物2に生じるライフルマークLMを示す模式図である。摩耗のない正常な工具8によって形成される穴は真円形状であるが、工具8に搭載された切り刃12又はガイドパッド14の少なくとも一部が摩耗することにより、摩耗箇所に応じた周期的な加工痕としてライフルマークLMが生じる。ライフルマークLMの程度は摩耗が進行するに従って大きくなり、その大きさが許容値を超えると、加工のやり直しや不良品の発生等、生産性の低下の要因になる可能性がある。このようなライフルマークLMを含む異常は、以下に説明する異常診断装置100によって好適に診断可能である。
【0021】
異常診断装置100は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、及びコンピュータ読み取り可能な記憶媒体等から構成されている。そして、各種機能を実現するための一連の処理は、一例として、プログラムの形式で記憶媒体等に記憶されており、このプログラムをCPUがRAM等に読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、各種機能が実現される。尚、プログラムは、ROMやその他の記憶媒体に予めインストールしておく形態や、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶された状態で提供される形態、有線又は無線による通信手段を介して配信される形態等が適用されてもよい。コンピュータ読み取り可能な記憶媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリ等である。
【0022】
図4は一実施形態に係る異常診断装置100の構成ブロック図である。異常診断装置100は、AE信号取得部102と、フィルタ処理部104と、データ処理部106と、回転同期成分算出部108と、異常判定部110とを備える。
【0023】
AE信号取得部102は、AEセンサ18からのAE信号を取得するための構成である。AEセンサ18はAE(Acoustic Emission)信号を検出するための構成であり、加工対象物2又は工具8の少なくとも一方に設けられる。前述したように、AEセンサ18は、AEセンサ18aのようにバー部材6に対向するように設けられてもよいし、AEセンサ18bのように加工対象物2に配置されていてもよい。
【0024】
フィルタ処理部104は、AE信号取得部102で取得されたAE信号Sに対して、フィルタ処理を実施し、フィルタ処理されたAE信号Sfを出力するための構成である。具体的には、フィルタ処理部104は、所定の周波数成分を通過帯域とするフィルタを有する。本発明者の検証によれば、ライフルマークの発生を判定するための位相情報を含むAE信号Sは、例えば200kHz以上の高周波数帯においてS/N比が向上する知見が得られた。フィルタ処理部104は、このようにS/N比が向上する周波数帯域(200kHz異常)を通過帯域とするフィルタをAE信号Sに適用することで、異常判定精度を効果的に向上できる。
【0025】
データ処理部106は、AE信号Sfに対してデータ処理を実施するための構成である。具体的には、データ処理部106は、データ処理として、所定の包絡線処理、リサンプリング処理、及び、平均値化ゼロ処理を実施する。包絡線処理はAE信号Sfに対して実施されることで、AE信号Sfから高周波成分が取り除かれたAE信号Sr(AE信号Sfの振幅の時間変化を示す信号)を出力する。リサンプリング処理は、包絡線処理されたAE信号Srについて所定の周波数でのリサンプリングを行うことで、リサンプリング後のAE信号Spを出力する。平均値ゼロ化処理は、AE信号Spについて、同期平均である周期ごとのリサンプリング後のAE信号Spの平均値をゼロとする処理を行い、平均値ゼロ化処理されたAE信号Szを出力する。
【0026】
回転同期成分算出部108は、回転1パルス信号を用いてAE信号Szについて周波数分析を行うことにより、回転同期成分を算出するための構成である。回転同期成分算出部108は、例えばフーリエ変換等の周波数分析を行うことにより、時系列関数であるAE信号Szを周波数ごとの振幅として表した周波数関数に変換し、周波数を回転次数により表した回転次数分析結果Fを出力する。回転次数分析結果Fには、1倍、2倍、3倍、・・・の各回転次数における位相情報が含まれる。
尚、本実施形態では、回転同期成分を算出するために回転1パルス信号を用いる場合を例示しているが、回転1パルス信号に、代えて又は加えて、回転数を表す電圧信号や電流信号を用いてもよい。
【0027】
異常判定部110は、回転同期成分算出部108によって算出される回転次数分析結果Fに基づいて、各回転次数の位相情報の時間的変化を解析することにより、異常を判定する。図5は異常がない正常時に特定の回転次数における位相情報の時間的変化の一例を示しており、図6は異常がある場合に特定の回転次数における位相情報の時間的変化の一例を示している。
【0028】
図5に示すように、異常がない正常時には、位相の時間的変化はランダムなトレンドで推移する。一方、図6の約80s~160sの時間帯に示されるように、異常がある場合には、時間の経過に従って位相が略一定の変化率で推移する特徴的なトレンドが現れている。この特徴的なトレンドは、ライフルマークのように所定の周期で変化する異常が発生していることを示唆している。そのため、異常判定部110は、このような回転次数ごとの位相の時間的変化に、特徴的なトレンドがあるか否かに基づいて、異常を判定できる。
【0029】
一実施形態では、異常判定部110は、前述の位相の時間的変化を表示するための表示部を含んでもよい。この場合、図5又は図6に示す位相の時間的変化をディスプレイのような表示部に表示することにより、オペレータによって特徴的なトレンドの有無(位相の時間的変化のグラフが、いわゆる縞模様か否か)から、異常判定を行うことができる。
【0030】
続いて上記構成を有する異常診断装置100によって実施される異常判定方法について、具体的に説明する。図7は一実施形態に係る異常判定方法を示すフローチャートである。
【0031】
まず異常診断装置100は、AEセンサ18からAE信号Sを取得するとともに回転数センサ15から回転1パルス信号を取得する(ステップS100)。ステップS100でAE信号取得部102によって取得されたAE信号Sはフィルタ処理部104に入力されることにより、フィルタ処理後のAE信号Sfとなる(ステップS101)。続いてAE信号Sfはデータ処理部106に入力されることにより、包絡線処理(ステップS102)、リサンプリング処理(ステップS103)、及び、平均値ゼロ化処理(ステップS104)が順次実施される。具体的に説明すると、ステップS102では、AE信号Sfに包絡線処理が実施されることで、AE信号Srが得られる。ステップS103では、AE信号Srにリサンプリング処理が実施されることで、AE信号Spが得られる。ステップS104では、AE信号Spに平均値ゼロ化処理が実施されることで、AE信号Szが得られる。
【0032】
続いて回転同期成分算出部108は、回転1パルス信号を用いてAE信号Szについて周波数分析を行うことにより、回転同期成分を算出する(ステップS105)。ステップS105では、回転同期成分算出部108は、例えばフーリエ変換等の周波数分析を行うことにより、時系列関数であるAE信号Szを周波数ごとの振幅として表した周波数関数に変換し、周波数を回転次数により表した回転次数分析結果Fを出力する(ステップS106)。回転次数分析結果Fでは、回転次数1,2,・・・倍ごとに位相のトレンドグラフが作成される。
【0033】
続いて異常判定部110は、回転同期成分算出部108から出力される回転次数分析結果Fに基づいて、各回転次数における位相情報に基づいて異常を判定する(ステップS107)。ステップS107では、各回転次数における位相の時間的変化が特徴的なトレンドを有する場合には(ステップS107:YES)、異常あり判定が行われる(ステップS108)。一方、各回転次数における位相の時間的変化が特徴的なトレンドを有さない場合には(ステップS107:NO)、異常なし判定が行われる(ステップS109)。
【0034】
他の実施形態では、異常判定部110は、前述の位相の時間的変化に含まれる特徴的なトレンドの有無を、定量的な評価指標を用いて判定してもよい。この場合、定量的な評価指標を用いることで、オペレータの主観に依存することなく、自動的に異常判定を行うことができる。
【0035】
ここで図8を参照して、評価指標を用いた異常診断方法について具体的に説明する。図8は他の実施形態に係る異常診断方法を示すフローチャートであり、図9図8のステップS206の説明図である。
尚、図8においてステップS200~S205は、それぞれ図7のステップS100~S105と同じであるため重複する説明は省略し、ステップS206以降について述べる。
【0036】
異常判定部110は、回転次数分析結果Fから得られる各回転次数における位相の履歴(時間的変化)に対して、線形回帰式を用いてフィッティングを行う(ステップS206)。ステップS206における線形回帰式へのフィッティングは、位相の時間的変化に含まれる各データを対象に、例えば最小二乗法のような線形回帰分析を実施することにより行われる。図9に示すように、このフィッティングでは、各データから求められる近似式として所定の傾きを有する線形関数が得られる。
【0037】
続いて異常判定部110は、位相の時間的変化に含まれる各データについて、ステップS206で得られた線形回帰式に対する乖離量を求め、その総和から評価指標を算出する(ステップS207)。ステップS207では、評価指標は、例えば、各データの近似線に対する残差平方和や残差絶対値和として求められる。
尚、評価指標の算出対象となるデータには、フィッティングに使用したデータだけでなく、フィッティングに使用しなかったデータを含めてもよい。
【0038】
続いて異常判定部110は、S207で算出された評価指標を、予め設定された閾値と比較することにより、異常を判定する(ステップS208)。位相の時間的変化に特徴的なトレンドが現れていない場合(すなわち図5に示すように、ランダムである場合)、近似線に対する各データの乖離量が大きくなるため、評価指標は大きくなる。一方、位相の時間的変化に特徴的なトレンドが現れている場合(すなわち図6に示すように、縞模様が現れている場合)、近似線に対する各データの乖離量が小さくなるため、評価指標は小さくなる。このような評価指標の傾向を考慮して、異常判定部110は、評価指標が閾値以下となった場合に、異常があると判定する(ステップS209)。一方、異常判定部110は、評価指標が閾値より大きい場合に、異常がないと判定する(ステップS210)。
【0039】
尚、評価指標と比較される閾値は、試験的、論理的、又は、シミュレーション的な手法により決定することができる。また閾値は、回転次数ごとに異なる値が設定されてもよいし、異なる回転次数に共通に設定されてもよい。
【0040】
ここで図9を参照して前述したように、異常判定部110において異常判定を行うための評価指標として、線形回帰式に対する乖離量の総和を算出する場合、線形回帰式を特定するために位相の時間的変化に関するデータに対してフィッティング演算を行う必要がある。このようなフィッティング演算は、線形回帰式を精度よく算出するためには、十分に多いデータ数が必要となるが、その分、演算負担が増加するため、リアルタイムな異常判定が難しくなる可能性がある。このような課題は以下の実施例によって好適に解決することができる。
【0041】
図10は他の実施形態に係る異常診断方法を示すフローチャートであり、図11図10のステップS306で取得される位相の時間的変化、ステップS307で算出される位相差の時間的変化、及び、ステップS308で算出される集中度の時間的変化をそれぞれ示すデータ例である。
尚、図10においてステップS300~S305は、それぞれ図7のステップS100~S105と同じであるため重複する説明は省略し、ステップS306以降について述べる。
【0042】
異常判定部110は、ステップS305で算出される回転同期成分に基づいて得られる回転次数分析結果Fから作成された位相のトレンドグラフに基づいて、位相の時間的変化を取得する(ステップS306)。図11の上段には位相の時間的変化の一例が示されている。この位相の時間的変化には、互いに異なる時刻に対応する第1位相データ及び第2位相データが含まれる。例えば、第1位相データは現時刻に対応する位相データであり、第2位相データは第1位相データより前の時刻に対応する位相データである。
【0043】
続いて異常判定部110は、ステップS306で取得された位相の時間的変化から位相差の時間的変化を算出する(ステップS307)。位相差は、位相の時間的変化に含まれる第1位相データ及び第2位相データに基づいて算出される。具体的には、位相差は、第1位相データ及び第2位相データの差として算出される。図11の中段には位相差の時間的変化の一例が示されている。
【0044】
ここで、ステップS306で取得された位相の時間的変化に含まれるデータ数をM個とすると、第2位相データは第1位相データのm個前のデータとして特定される。mはM以下の自然数であり、具体的な値は任意に設定可能であるが、mが小さい場合(すなわち第1位相データと第2位相データとが互いに近い時刻に対応する場合)、位相の時間的変化に含まれるノイズ成分等の影響が大きくなり、精度が低下しやすい。一方、mが大きい場合(すなわち第1位相データと第2位相データとが互いに離れた時刻に対応する場合)、位相の時間的変化に含まれるノイズ成分等の影響を比較的小さくできるが、時刻的に離れた位相データ間の位相差を算出することになるため、リアルタイム性が不利になる。このようにmの値は、精度とリアルタイム性とのバランスを考慮して、適宜設定することが好ましい。
【0045】
続いて異常判定部110は、ステップS307で算出した位相差の時間的変化について、評価指標として、所定期間における集中度を算出する(ステップS308)。集中度は、位相差の時間的変化のうち所定期間に含まれる各データのバラツキ度合いに関する指標である。図11の下段には集中度の一例が示されており、この例では、時刻ta以前では、ステップS306で取得される位相の時間的変化に含まれる各データはランダムに分布しており、これに伴いステップS307で算出される位相差の時間的変化に含まれる各データもまたランダムに分布するため、集中度は小さい値(0に近い値)を示している。一方で時刻ta~tbの期間では、ステップS306で取得される位相の時間的変化に含まれる各データが縞模様を示すように分布しており、これに伴いステップS307で算出される位相差の時間的変化に含まれる各データは所定の範囲(図11の例では、位相差0°近傍)に偏在するため、集中度は高い値(1に近い値)を示している。
尚、時刻tb以降は、時刻ta以前と同様に、集中度は小さい値(0に近い値)を示している。
【0046】
ステップS308における集中度の算出は、ステップS307で算出される位相差の時間的変化のうち最新データから予め設定された個数のデータに基づいて逐次行われる(例えば最新のデータから直近のn個(nは、所定期間に含まれる総データ数以下の任意の自然数)のデータを用いて算出される。具体的な算出方法は限定されないが、例えば、ステップS307で算出される位相差の時間的変化のうち所定期間に含まれるn個の位相差データθ1、θ2、・・・θnを用いて、次式を定義する。
【0047】
続いて異常判定部110は、ステップS308で算出した集中度が閾値より大きいか否かを判定する(ステップS309)。その結果、異常判定部110は、集中度が閾値以上となった場合に(ステップS309:YES)、異常があると判定する(ステップS310)。一方、異常判定部110は、集中度が閾値未満となった場合に(ステップS309:NO)、異常がないと判定する(ステップS311)。
【0048】
尚、ステップS309において評価指標と比較される閾値は、試験的、論理的、又は、シミュレーション的な手法により決定することができる。例えば、閾値は、試験的にライフルマーク等の異常が発生する状況において算出される集中度に基づいて設定可能である。具体的には、このときに算出された集中度の確立分布を作成し、確率が所定値(例えば99.7%)以上となる集中度に基づいて閾値を設定することができる。
【0049】
このように本実施形態によれば、位相の時間的変化に含まれる互いに異なる時刻に対応する2つの位相データ間の位相差について、所定期間における集中度が算出される。そして集中度が予め設定された閾値以上になった場合に、異常が有ると判定される。このように異常判定の定量的指標である集中度は、位相の時間的変化に含まれる2つの位相データ(第1位相データ及び第2位相データ)に基づいて算出されるため、前述の実施形態に比べて演算負荷が少なく、精度のよい異常判定をリアルタイムに行うことができる。
【0050】
図12図1の変形例である。この変形例では、複数の工具8を備えることにより、加工対象物の複数位置に対して同時に穴を形成可能である。具体的には、穴加工装置1は、不図示のアクチュエータに接続され、各々が回転可能な複数のバー部材6を備える。各バー部材6の先端には、前述の実施形態と同様に、それぞれ工具8が設けられる。
【0051】
本変形例では、複数のバー部材6の各々に対向する位置には複数の回転数センサ15がそれぞれ設けられる。また台部7には、各バー部材6からのAE信号を取得するためのAEセンサ18aが設けられる。AEセンサ18aからのAE信号は、前述の異常診断方法のように、異常判定に用いられ、個別の診断結果が得られる。尚、AEセンサ18aは、複数のバー部材6の各々に対応する位置にそれぞれ設けられてもよい。この場合、異常が有ると判定されたAE信号を検出したAEセンサ18aの位置に基づいて、どの工具8において摩耗が進行しているかを特定することが可能となる。
【0052】
尚、複数のバー部材6が同期して回転する場合には、回転数センサ15は1つでよいが、複数のバー部材6が非同期である場合には、図12に示すように、バー部材6ごとに回転数センサ15を設けてもよい。
【0053】
ここで異常判定部110によって判定された異常が比較的重度のライフルマークである場合、当該異常が反映されたAE信号は、穴加工装置1の各構成を介して伝播することにより複数のAEセンサ18で検出されることがある。この場合、各AEセンサ18からのAE信号に基づいて異常判定を行うと、共通の異常が、異なるAEセンサ18において、あたかも別の異常であるかのように重複的に判定されるおそれがある。
【0054】
このような課題を解決する手段として、異常判定部110は、各AE信号間の相関に基づいて異常を判定してもよい。この場合、異常判定部110は、複数のAEセンサ18からのAE信号間の相関を算出し、相関が大きい場合には、各AEセンサ18からのAE信号に基づいて判定された異常が共通のものであると判定する。更に異常判定部110は、相関が大きなAE信号が複数のAEセンサ18で検出された場合には、振幅が大きなAE信号が検出された方のAEセンサ18に基づいて、異常の発生箇所を特定してもよい。
尚、異常判定部110は、このように相関が大きなAE信号が複数のAEセンサ18で検出された場合における異常の発生箇所の判定基準として、特徴的なトレンド(縞模様)が強く現れている方、若しくは、評価指標においてより強い異常を示している方として特定してもよい。
【0055】
尚、複数のAE信号間の相関は、各AE信号に基づく回転同期成分の振幅履歴が相似であるか否かに基づいて評価されてもよいし、各AE信号間のコヒーレンスを算出し、その値が1に近い場合は共通のAE信号を取り扱っていると評価するようにしてもよい。
【0056】
このように本変形例によれば、複数のAEセンサ18を用いることで異常の有無に加えて、発生箇所を特定することができる。特に、複数のAEセンサ18で異常発生に起因するAE信号が検出された場合には、これらのAE信号間の相関に基づいて重複した異常を判別することで、異常の発生箇所を好適に特定することができる。
【0057】
他の実施形態では、異常判定部110は、特徴的な位相トレンド(図6に例示される縞模様)が生じる回転次数に基づいて、加工対象物2に形成されるライフルマークLMの形状を推定してもよい。前述のように位相の時間的変化は、回転次数分析結果Fから回転次数ごとに算出され、その各々が特徴的な位相トレンドを有するか否かに基づいて異常が判定される。この態様では、特徴的な位相トレンドが生じた回転次数を特定することで、回転次数に対応するライフルマークLMの形状が推定される。
【0058】
回転次数がnである場合、ライフルマークLMの形状はn角形であると推定される。図13は特徴的な位相トレンドが生じる回転次数が「3」である場合に推定されるライフルマークLMの形状を示す模式図である。図13に示すように、この場合、ライフルマークLMの形状は三角形状であると推定される。
【0059】
このように本実施形態では、特徴的な位相トレンドが生じる回転次数に基づいてライフルマークLMの形状を推定することにより、ライフルマークLMが加工対象物2に与える影響を把握し、適切な対処方法を選択することができる。
【0060】
図14は他の実施形態に係る穴加工装置1を示す概略構成図である。この実施形態では、AEセンサ18が前述の実施形態のように穴加工装置1側に設けられているのではなく、加工対象物2に設けられる。何らかの事情により穴加工装置1側にAEセンサ18が設置できない場合においても、加工対象物2に設置されたAEセンサ18bからのAE信号を用いて、前述の実施形態と同様に異常を判定することができる。
【0061】
また本実施形態は、図12に示すように複数の工具8を用いる穴加工装置1を用いて複数の穴を同時に加工する際においてもコスト削減のためにAEセンサ18の数を低減したい場合においても有効である。この場合、加工対象物2側にAEセンサ18bを設置することにより、複数の工具8のいずれかにおいて異常が生じると、その影響が加工対象物2を介して、加工対象物2に設置されたAEセンサ18bによって検出することができる。これにより、工具8と同数のAEセンサ18aを設置することなく、複数の工具8に生じる異常を好適に特定することができる。
【0062】
尚、本実施形態においても加工対象物2の異なる位置に複数のAEセンサ18bを設置することにより、穴加工装置1のどの工具8に異常が生じているのかを特定することも可能である。この場合、加工対象物2に設置された複数のAEセンサ18bのうち、どのAEセンサ18bからのAE信号に基づいて前述の特徴的な位相トレンドが最も強く現れたかに基づいて、異常が生じた工具8を特定することができる。
【0063】
特に穴加工装置1によって形成される穴の深さが大きい場合には、仮にAEセンサ18bが加工対象物2のうち穴加工装置1側の表面に設置されていると、加工の進行とともに工具8とAEセンサ18bとの距離が離れるため、AEセンサ18bで検出されるAE信号が次第に弱くなる。それに対して、図14に示すように、加工対象物2のうち穴加工装置1とは反対側の表面にAEセンサ18bを設置することにより、加工の進行とともにAEセンサ18bと工具8との距離が近くなるため、AE信号が次第に強くなり、異常判定精度を効果的に向上することができる。
【0064】
また他の実施形態では、穴加工装置1及び加工対象物2の両方にAEセンサ18(AEセンサ18a及び18b)をそれぞれ設置してもよい。この場合、穴加工装置1又は加工対象物2のいずれか一方のみにAEセンサ18(AEセンサ18a又は18bのいずれか一方)が設置された場合では見逃す可能性がある比較的軽度なライフルマークLMを、より的確に診断することができる。また穴加工装置1及び加工対象物2にそれぞれ設置されたAEセンサ18からのAE信号を互いに加算することで、AE信号に含まれるノイズ成分を抑制し、異常判定精度を向上させることも期待される。
【0065】
以上説明したように上記各実施形態によれば、工具8又は加工対象物2に設けられたAEセンサ18からAE信号が取得される。このAE信号には、加工対象物2に穴を形成する際に回転駆動される工具8に同期する位相情報が含まれる。そのため、このようなAE信号の位相情報を解析することにより、工具8の回転に同期して生じるライフルマークLMのような異常の発生を好適に判定することができる。この異常判定は、AEセンサ18によって取得されたAE信号の位相情報に基づいて行われるため、加工時にリアルタイムに行うことができる。
【0066】
その他、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、上記した実施形態を適宜組み合わせてもよい。
【0067】
上記各実施形態に記載の内容は、例えば以下のように把握される。
【0068】
(1)一態様に係る穴加工装置の異常診断装置は、
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断装置であって、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得するためのAE信号取得部と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定するための異常判定部と、
を備える。
【0069】
上記(1)の態様によれば、工具又は加工対象物に設けられたAEセンサからAE信号が取得される。このAE信号には、加工対象物に穴を形成する際に回転駆動される工具に同期する位相情報が含まれる。そのため、このようなAE信号の位相情報を解析することにより、工具の回転に同期して生じるライフルマークのような異常の発生を好適に判定することができる。この異常判定は、AEセンサによって取得されたAE信号の位相情報に基づいて行われるため、加工時にリアルタイムに行うことができる。
【0070】
(2)他の態様では、上記(1)の態様において、
前記位相情報は、前記AE信号のうち、前記少なくとも1つの工具の回転周波数に対して整数倍の同期周波数を有する少なくとも1つの回転同期成分の位相の時間的変化を含む。
【0071】
上記(2)の態様によれば、工具の回転周波数に同期する回転同期成分について位相の時間変化を位相情報とすることで、工具の回転に同期して生じるライフルマークのような異常を好適に判定できる。
【0072】
(3)他の態様では、上記(2)の態様において、
前記異常判定部は、異なる前記同期周波数に対応する前記回転同期成分ごとに前記異常を判定する。
【0073】
上記(3)の態様によれば、工具の回転周波数に対して整数倍の関係にある異なる同期周波数ごとの回転同期成分に基づいて異常判定がなされる。これにより、異なる回転周波数を有する様々な異常を個別に判定することができる。
【0074】
(4)他の態様では、上記(2)又は(3)の態様において、
前記回転同期成分は、前記AE信号に包絡線処理を実施することにより抽出された振動の変動をフーリエ変換することにより求められる。
【0075】
上記(4)の態様によれば、AE信号に対して包絡線処理を実施することで抽出された振動の変動をフーリエ変換することにより、異常判定に必要な回転同期成分を好適に得ることができる。
【0076】
(5)他の態様では、上記(4)の態様において、
前記包絡線処理は、所定の周波数帯域を通過帯域とするバンドパスフィルタが適用された前記AE信号に対して実施される。
【0077】
上記(5)の態様によれば、異常判定に用いられるAE信号に対して、バンドパスフィルタが適用される。本発明者の検証によれば、ライフルマークの発生を判定するための位相情報を含むAE信号は、例えば200kHz以上の高周波数帯においてS/N比が向上する知見が得られた。このようにS/N比が向上する周波数帯域を通過帯域とするバンドパスフィルタをAE信号に適用することで、異常判定精度を効果的に向上できる。
【0078】
(6)他の態様では、上記(2)から(5)のいずれか一態様において、
前記異常判定部は、前記位相の時間的変化を表示するための表示部を含む。
【0079】
上記(6)の態様によれば、AE信号から得られる位相情報である位相の時間的変化が、表示部に表示可能である。この場合、オペレータは当該表示を参照することで、位相の時間変化から異常を好適に判定できる。
【0080】
(7)他の態様では、上記(2)から(6)のいずれか一態様において、
前記異常判定部は、前記位相の時間的変化について求められる近似線に対する前記位相の時間的変化に含まれる各データの乖離度の大きさを示す評価指標が予め設定された閾値以下になった場合に、前記異常が有ると判定する。
【0081】
上記(7)の態様によれば、AE信号から得られる位相情報である位相の時間的変化から、適量的な評価指標が求められる。この評価指標は、位相の時間的変化について求められる近似線に対する位相の時間的変化に含まれる各データの乖離度の大きさを示すように算出される。このように算出された評価指標を閾値と比較することにより、オペレータの主観に依存することなく、異常判定を定量的に行うことができる。
【0082】
(8)他の態様では、上記(2)の態様において、
前記異常判定部は、前記位相の時間的変化に含まれる互いに異なる時刻に対応する第1位相データ及び第2位相データとの位相差を算出し、
前記位相差の所定期間における集中度が、予め設定された閾値以上になった場合に、前記異常が有ると判定する。
【0083】
上記(8)の態様によれば、位相の時間的変化に含まれる互いに異なる時刻に対応する2つの位相データ間の位相差について、所定期間における集中度が算出される。そして集中度が予め設定された閾値以上になった場合に、異常が有ると判定される。このように異常判定の定量的指標である集中度は、位相の時間的変化に含まれる2つの位相データ(第1位相データ及び第2位相データ)に基づいて算出されるため演算負荷が少なく、精度のよい異常判定をリアルタイムに行うことができる。
【0084】
(9)他の態様では、上記(8)の態様において、
前記第1位相データは現時刻に対応する位相データであり、
前記第2位相データは前記第1位相データより前の時刻に対応する位相データである。
【0085】
上記(9)の態様によれば、現時刻に対応する第1位相データと、現時刻より前の時刻に対応する第2位相データとの位相差の所定期間における集中度に基づいて、少ない演算負荷でリアルタイムな異常判定を好適に行うことができる。
【0086】
(10)他の態様では、上記(8)又は(9)の態様において、
前記集中度は、前記位相差の時間的変化のうち最新データから予め設定された個数のデータに基づいて逐次算出される。
【0087】
上記(10)の態様によれば、逐次算出される位相差の時間変化のうち予め設定された個数の最新データに基づいて集中度を算出することにより、少ない演算負荷でリアルタイムな異常判定を好適に行うことができる。
【0088】
(11)他の態様では、上記(8)から(10)のいずれか一態様において、
前記閾値は、前記異常が有る場合に取得された前記AE信号に基づいて算出された前記位相差の前記集中度に対応して設定される。
【0089】
上記(11)の態様によれば、異常判定のために集中度と比較される閾値は、予め以上は有る場合に取得されたAE信号に基づいて算出された位相差の集中度として、予め設定される。
【0090】
(12)他の態様では、上記(1)から(11)のいずれか一態様において、
前記少なくとも1つの工具は、前記加工対象物に対して複数の前記穴を同時に加工するための複数の工具を含み、
前記少なくとも1つのAEセンサは、前記複数の工具の各々に対応するように設けられた複数のAEセンサを含み、
前記異常判定部は、前記複数のAEセンサごとに前記異常を判定する。
【0091】
上記(12)の態様によれば、複数の工具を用いて同時に複数の穴を加工する場合に、複数の工具の各々に対応して複数のAEセンサが設けられる。これらのAEセンサからのAE信号をそれぞれ解析することにより、異常判定がなされたAEセンサの位置から異常が発生した工具を区別して判定することができる。
【0092】
(13)他の態様では、上記(12)の態様において、
前記複数のAEセンサからの前記AE信号間の相関を示す相関指標を算出するための相関指標算出部を更に備え、
前記異常判定部は、前記相関指標の大きさに基づいて、前記異常の発生箇所を判定する。
【0093】
上記(13)の態様によれば、各AEセンサで取得されたAE信号間の相関の大きさから、同じ異常が異なるAEセンサからのAE信号から重複して判定されることを識別できる。
【0094】
(14)他の態様では、上記(2)から(13)のいずれか一態様において、
前記異常判定部は、前記異常が有ると判定された前記回転同期成分の回転次数に基づいて前記穴の輪郭を推定する。
【0095】
上記(14)の態様によれば、異常が有ると判定された回転同期成分の回転次数に基づいて、穴の輪郭が推定できる。これにより、穴の輪郭に応じて、ライフルマークのような異常が加工対象物に与える影響を把握し、適切な対処方法の選択等の対策を検討することができる。
【0096】
(15)他の態様では、上記(1)から(14)のいずれか一態様において、
前記少なくとも1つのAEセンサは、前記工具に設けられる。
【0097】
上記(15)の態様によれば、ライフルマークのような異常を発生させる要因となる工具に直接AEセンサを設けることで、精度のよい異常判定が可能である。
【0098】
(16)他の態様では、上記(1)から(14)のいずれか一態様において、
前記少なくとも1つのAEセンサは、前記加工対象物に設けられる。
【0099】
上記(16)の態様によれば、加工対象物に設けたAEセンサからのAE信号に基づいて、異常判定を行うことができる。これにより、工具側にAEセンサを設置できない場合においても、前述と同様の異常判定が可能となる。また複数の工具を用いて同時に複数の穴を加工する場合においても、加工対象側にAEセンサを設置することで、少ない数の
AEセンサを用いて複数の工具を対象とした異常診断が可能となる。
【0100】
(17)他の態様では、上記(1)から(16)のいずれか一態様において、
前記工具は、
本体と、
前記本体の先端部に設けられた切り刃と、
前記本体の側部に設けられたガイドパッドと、
を備える。
【0101】
上記(17)の態様によれば、本体に対して切り刃及びガイドパッドが設けられた工具を有する穴加工装置における異常を好適に診断できる。
【0102】
(18)一態様に係る穴加工装置の異常診断方法は、
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断方法であって、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する工程と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定する工程と、
を備える。
【0103】
上記(18)の態様によれば、工具又は加工対象物に設けられたAEセンサからAE信号が取得される。このAE信号には、加工対象物に穴を形成する際に回転駆動される工具に同期する位相情報が含まれる。そのため、このようなAE信号の位相情報を解析することにより、工具の回転に同期して生じるライフルマークのような異常の発生を好適に判定することができる。この異常判定は、AEセンサによって取得されたAE信号の位相情報に基づいて行われるため、加工時にリアルタイムに行うことができる。
【0104】
(19)一態様に係る穴加工装置の異常診断方法は、
加工対象物に穴を形成するために回転可能な少なくとも1つの工具を備える穴加工装置の異常診断プログラムであって、
コンピュータ装置に、
前記加工対象物又は前記工具の少なくとも一方に設けられる少なくとも1つのAEセンサからAE信号を取得する工程と、
前記AE信号の位相情報に基づいて、前記工具の異常を判定する工程と、
を実行可能である。
【0105】
上記(19)の態様によれば、工具又は加工対象物に設けられたAEセンサからAE信号が取得される。このAE信号には、加工対象物に穴を形成する際に回転駆動される工具に同期する位相情報が含まれる。そのため、このようなAE信号の位相情報を解析することにより、工具の回転に同期して生じるライフルマークのような異常の発生を好適に判定することができる。この異常判定は、AEセンサによって取得されたAE信号の位相情報に基づいて行われるため、加工時にリアルタイムに行うことができる。
【符号の説明】
【0106】
1 穴加工装置
2 加工対象物
6 バー部材
7 台部
8 工具
10 本体
12 切り刃
14 ガイドパッド
15 回転数センサ
16 開口部
18(18a、18b) AEセンサ
100 異常診断装置
102 AE信号取得部
104 フィルタ処理部
106 データ処理部
108 回転同期成分算出部
110 異常判定部
LM ライフルマーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14