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特開2024-179019食品飲料の嚥下補助用とろみ調整剤の錠剤化
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179019
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】食品飲料の嚥下補助用とろみ調整剤の錠剤化
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20241219BHJP
   A23L 29/20 20160101ALI20241219BHJP
【FI】
A23L5/00 D
A23L29/20
A23L5/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097500
(22)【出願日】2023-06-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年6月20日 第68回 日本薬学会東海支部総会発行の「第68回 日本薬学会東海支部総会・大会講演要旨集」に発表 令和4年7月9日 第68回 日本薬学会東海支部総会・大会、愛知学院大学 楠元キャンパスにて発表 令和4年9月1日 名城大学薬学部 令和4年度卒業論文発表会にて発表
(71)【出願人】
【識別番号】500580677
【氏名又は名称】ニュートリー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】安田 有沙
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 敏幸
【テーマコード(参考)】
4B035
4B041
【Fターム(参考)】
4B035LC03
4B035LE01
4B035LG01
4B035LG17
4B035LG20
4B035LG27
4B035LK19
4B035LP36
4B035LP55
4B041LC03
4B041LE01
4B041LH04
4B041LH16
4B041LK02
4B041LP14
4B041LP21
(57)【要約】
【課題】 とろみ度合いに合わせて顆粒剤を計量する手間を省き、取り扱いを容易にするために、実用上十分な硬度と速やかな崩壊性を併せもつ錠剤を提供すること。
【解決手段】 デキストリンと増粘剤の混合物を造粒した顆粒に多孔質デキストリンを添加し、圧縮成形することを含む、錠剤の製造方法。前記方法により製造された錠剤も提供される。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
デキストリンと増粘剤の混合物を造粒した顆粒に多孔質デキストリンを添加し、圧縮成形することを含む、錠剤の製造方法。
【請求項2】
圧縮成形時の打錠圧が1~14MPa である請求項1記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法により製造された錠剤。
【請求項4】
硬度が50 N以上である請求項3記載の錠剤。
【請求項5】
空隙率が57%以上である請求項3又は4記載の錠剤。
【請求項6】
食品にとろみを付与するために使用される請求項3~5のいずれかに記載の錠剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品飲料の嚥下補助用とろみ調整剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の日本は高齢社会である。高齢になるにつれ,嚥下能力は低下していく。とろみ調整剤により液体食品飲料にとろみを付与することで,嚥下困難者の嚥下を補助することが可能である(特許文献1)。家庭や高齢者介護施設では,家族やスタッフなどが嚥下困難者それぞれの嚥下能力低下の程度に応じて,とろみの度合いを調整している。しかしながら,現在流通している市販品はすべて顆粒剤であり,とろみ度合いの調整を再現性良く行いづらいといった課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許4694109
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、とろみ度合いに合わせて顆粒剤を計量する手間を省き、取り扱いを容易にするために、実用上十分な硬度と速やかな崩壊性を併せもつ錠剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意努力した結果、市販品のとろみ調整剤に含まれる分散剤としてのデキストリンが加湿・乾燥時に熱溶融し、粒子間架橋を形成して成形体強度を高めることを発見した。そこで造粒により、とろみ材顆粒の処方と製法を最適化し、得られた顆粒に多孔質デキストリンを添加したのち、低圧力にて圧縮成形することで得た多孔質成形体を必要により加湿・乾燥処理により硬化する新規な錠剤化法を構築した。本発明は、これらの知見に基づいて、完成されたものである
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)デキストリンと増粘剤の混合物を造粒した顆粒に多孔質デキストリンを添加し、圧縮成形することを含む、錠剤の製造方法。
(2)圧縮成形時の打錠圧が1~14MPaである請求項1記載の方法。
(3)(1)又は(2)に記載の方法により製造された錠剤。
(4)硬度が50 N以上である(3)記載の錠剤。
(5)空隙率が57%以上である(3)又は(4)記載の錠剤。
(6)食品にとろみを付与するために使用される(3)~(5)のいずれかに記載の錠剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、とろみ調整剤を錠剤化することが可能となった。とろみ調整剤が錠剤化されることにより、とろみ度合いに合わせて顆粒剤を計量する手間が省かれ、取り扱いが容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】とろみ調製用食品中各成分のSEM写真。左よりとろみ材(顆粒),デキストリン,キサンタンガム。
図2】各処方から成る造粒物の粒度分布。
図3】調製した流動層造粒物の粒子表面SEM写真。
図4】錠剤成形時に打錠用顆粒に後添加するDEXのSEM写真。
図5】錠剤成形時に打錠用顆粒に後添加するDEXの粒度分布。
図6】圧縮成形の模式図。
図7】電気伝導度による溶出試験模式図。
図8】粘度測定方法の模式図。
図9】後添加DEXの変更した錠剤表面のSEM写真。
図10】後添加DEXの種類による錠剤硬度への影響(加湿前)。
図11】後添加DEXの種類による錠剤空隙率への影響(加湿前)。
図12】打錠用顆粒の処方による錠剤硬度への影響(加湿前)。
図13】打錠用顆粒の処方による錠剤空隙率への影響(加湿前)。
図14】加湿時間を変更した錠剤表面のSEM写真(加湿60℃,75%RH)。
図15】加湿時間を変更した錠剤割断面のSEM写真(加湿60℃,75%RH)。
図16】加湿時間による錠剤硬度への影響(Gr(20)-1)。
図17】加湿時間による錠剤空隙率への影響(Gr(20)-1)。
図18】電気伝導度による打錠用末の異なる錠剤からのKClの溶出挙動。
図19】電気伝導度による加湿時間を変更した錠剤からのKClの溶出挙動。A:10 MPa,B:12 MPa,C:14 MPa。
図20】加湿時間による錠剤硬度への影響。
図21】加湿時間による錠剤空隙率への影響。
図22】電気伝導度による加湿時間を変更した錠剤からのKClの溶出挙動。
図23】加湿温度による錠剤硬度への影響。
図24】加湿温度による錠剤空隙率への影響。
図25】電気伝導度による加湿温度を変更した錠剤からのKClの溶出挙動。
図26】短時間の加湿による錠剤硬度への影響。
図27】短時間の加湿による錠剤空隙率への影響。
図28】電気伝導度による加湿時間を変更した錠剤からのKClの溶出挙動。
図29】加湿時間による錠剤硬度への影響。
図30】加湿時間による錠剤空隙率への影響。
図31】電気伝導度による加湿時間を変更した錠剤からのKClの溶出挙動。
図32】加湿時間による溶出試験後の溶出液の粘度への影響。
図33】加湿温度による溶出試験後の溶出液の粘度への影響。
図34】短時間の加湿による溶出試験後の溶出液の粘度への影響。
図35】短時間の加湿による溶出試験後の溶出液の粘度への影響。
図36】実施例3の実験データをまとめたもの。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0009】
本発明は、デキストリンと増粘剤の混合物を造粒した顆粒に多孔質デキストリンを添加し、圧縮成形することを含む、錠剤の製造方法を提供する。
【0010】
増粘剤は、医療・介護の目的で、あるいは一般の食品加工の目的で食品テクスチャーの改良に用いられ、例えば、液状食品をゾル状またはゲル状に改良することに用いられている。医療介護の目的での食品テクスチャー改良としては、嚥下障害や高齢者などにおいて誤嚥の原因となる液状食品、例えば、飲料用液体、汁物、固体食品中に含まれる液体などのテクスチャーをゾル状またはゲル状に改良することなどが挙げられる。ゾル化を誘導するゾル化剤としては、増粘多糖類、例えばキサンタンガムを用いることができ、ゲル化を誘導する増粘剤としては、キサンタンガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、ジェランガム、寒天、ゼラチンなどを単独であるいは組合せて用いることができる。本発明の一実施態様においては、増粘剤として、キサンタンガムが好適に用いられる。
【0011】
キサンタンガムは、トウモロコシなどの澱粉を細菌 Xanthomonas campestrisにより発酵させて作られる多糖類であり、グルコース2分子、マンノース2分子、グルクロン酸の繰り返し単位からなる。キサンタンガムにはカリウム塩、ナトリウム塩、カルシウム塩も含まれる。キサンタンガムは、水と混合すると粘性が出ることから、増粘剤、増粘安定剤として幅広い用途で用いられている。現在、介護や医療の現場で最もよく使われている増粘剤である。キサンタンガムを食品(特に、液状食品)に添加することにより、食品を低付着性、高凝集性とし、また、食品の温度変化による変性を少なくすることができる。すなわち、食品を低付着性とすることにより、口腔・咽頭などに張り付くことを防止することができ、また、食品を高凝集性にすることにより、食品が舌圧で一度押しつぶされた後にバラバラとならずに再度結着して食塊を形成することで食品を正しく食道へ送り込むことが可能となる。さらに、食品の温度変性を低くすることにより、ゼラチンなどで起こり易い口腔内の温度による溶解で誤嚥を生じ易い低粘性の液体に変化させることを防止することができる。また、キサンタンガムは、上記特性の他、液状食品の塩分濃度、pH、カリウム濃度等に影響され難いなどの優れた点も有している。しかし、キサンタンガムは、分散性、溶解性が極めて低く、液状食品に添加しても塊を形成し、攪拌しても完全に溶かすことは極めて困難である。こうしたキサンタンガムの分散性、溶解性を向上させるため、キサンタンガムを造粒体として用いることが好ましい。またさらに単に造粒するだけではなく、溶解性を向上し得る多孔性粒子とすることが好ましい。このキサンタンガムの造粒方法は、特に限定はないが、溶解性を高め得る多孔性粒子を形成するために用いられる方法、例えばフローコーターなどを用いたフローコーティング造粒法などを好適に用いることができる。造粒体の粒子サイズは、液状食品への溶解性、分散性などを指標として任意に定めることができ、例えば、直径250μm~1000μmとすることができる。
【0012】
デキストリンは、澱粉、デキストリン又はグリコーゲンの加水分解で得られる炭水化物であって、本発明において、増粘剤と混合するデキストリンのDE(デキストロース当量)は、2~30であるとよく、5~30が好ましく、7~13がより好ましい。DEは、SOMOGYI法で測定することができる。デキストリンの重量平均分子量は、4000~100000であるとよく、17000~100000が好ましい。またデキストリンの由来原料は限定されるものではなく、例えばとうもろこし、甘藷、馬鈴薯、タピオカ、小麦、米などが挙げられる。食品飲料の嚥下補助用とろみ調整剤には、増粘剤(例えば、キサンタンガム)の分散性、溶解性を補助するために、分散剤としてデキストリンが混合されていることが多い。とろみ調整剤にデキストリンを添加することにより、液状食品中において増粘剤(例えば、キサンタンガム)の粒子同士が接着し団塊を形成することを抑制して、増粘剤粒子の液状食品への分散性を向上させ、この分散性向上により溶解性を高めることができる。デキストリンを増粘剤粒子と均質に混合するためには、増粘剤粒子と同様に造粒体とすることが好ましい。増粘剤(例えば、キサンタンガム)粒子とデキストリン粒子とを混合した後の分離を防止する観点からは、デキストリンの粒子サイズは増粘剤(例えば、キサンタンガム)粒子と同一粒子サイズとすることが好ましく、増粘剤がキサンタンガムである場合には、キサンタンガム粒子と同様、例えば、直径250μm~1000μmとするとよい。
【0013】
本発明の錠剤の製造方法において、デキストリンと増粘剤の混合物を造粒した顆粒に多孔質デキストリンを添加し、圧縮成形する。デキストリンと増粘剤を混合した後、造粒機により造粒物を調製し、得られた造粒物をふるい分けし、適当な粒子サイズの顆粒を打錠用顆粒として用いるとよい。造粒物を調製するには、デキストリンと増粘剤を予備混合した後、造粒機に仕込み、塩化カリウム水溶液を噴霧しながら、造粒するとよい。造粒方法は、転動造粒法、流動層造粒法などいずれの方法を用いてもよく、流動層造粒法が好ましい。塩化カリウムは、キサンタンガムの表面改質と水への分散性向上のために配合するとよい。塩化カリウムの代わりに、塩化カルシウム、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、グルコン酸ナトリウムなどの金属塩を用いてもよい。デキストリンと増粘剤の混合比は、1:9~9:1であるとよく、好ましくは、1:9~8:2である。増粘剤と塩化カリウムの配合比は、5:1~9:1であるとよく、好ましくは、6:1~8:1である。
【0014】
造粒機により調製された造粒物を250,1000 μmのふるい(例えば、JIS Z 8801)にかけ、250~1000 μmの顆粒を回収して、打錠用顆粒として用いるとよい。
【0015】
打錠用顆粒に多孔質デキストリンを添加した後、低圧力にて圧縮成形して、錠剤を調製するとよい。成形体を加湿・乾燥して硬化させてもよい。多孔質デキストリンを打錠用顆粒に添加することにより、硬度が高く、かつ空隙率の大きい錠剤が得られる。錠剤の空隙が錠剤の崩壊性,導水性に寄与しており,空隙が大きいほど,錠剤内部への導水が容易になり,崩壊しやすくなると推察される。また、デキストリンは加湿・乾燥時に熱溶融し、粒子間架橋を形成して錠剤の物理的強度を高めうる。
【0016】
多孔質デキストリンは、澱粉の加水分解物をドラムドライヤーで乾燥することにより得られ、形状は板状が多く水分等への分散性が良い。そのため、増粘剤(例えば、キサンタンガム)粒子が分散する前の団塊の形成をより防止することができる。多孔質デキストリンのDE値は、5~30であるとよく、7~13であることが好ましい。多孔質デキストリンのかさ密度g/cm3は、0.08~0.32 g/cm3であるとよく、0.09~0.16 g/cm3が好ましい。
【0017】
打錠用顆粒と多孔質デキストリンの混合比(打錠用顆粒:多孔質デキストリン)は、1:2~3:1であるとよく、好ましくは、1:2~2:1である。多孔質デキストリンを添加した後の錠剤内組成比(デキストリン:増粘剤:塩化カリウム)は、45~80:15~55:2~10であるとよく、好ましくは、50~70:20~45:3~7である。
【0018】
打錠用顆粒に多孔質デキストリンを添加した後、圧縮成形するときの打錠圧は、1~14 MPaであるとよく、好ましくは、4~12 MPaである。圧縮手段としては、打錠機、圧縮引張試験装置などを使用することができる。成形の際、滑沢剤を加えてもよい。滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸、タルク、ラウリル硫酸ナトリウムなどを挙げることができる。錠剤のその他の圧縮成形条件としては、直径が1~30 mm、好ましくは、10~25 mmであり、仕込量が200~3000 mg、好ましくは、400~2000 mgであり、厚みは、1~20 mm、好ましくは、2~15 mmであるとよい。
【0019】
錠剤には、さらに加湿処理を行ってもよい。加湿方法としては、高湿度環境下に置く方法、スプレーにより水を噴霧する方法、蒸気を吹き付ける方法などを用いることができる。高湿度環境下に置く方法において、加湿の条件としては、温度が50~85℃であるとよく、好ましくは、55~80℃であり、湿度が60~95%RHであるとよく、好ましくは、75~95%RHであり、時間が5秒~5分であるとよく、好ましくは5秒~3分である。加湿時間が長くなるにつれて、硬度の上昇が確認される。
【0020】
加湿処理した後に、乾燥処理をしてもよい。乾燥方法としては、高温度条件下に置く方法、高温乾燥空気を接触させる方法などが挙げられる。高温度条件下に置く方法において、乾燥温度は70~95℃であるとよく、好ましくは、75~85℃であり、乾燥時間は、3~20分であるとよく、好ましくは5~15分である。
【0021】
本発明の錠剤の製造方法により、実用上十分な硬度と速やかな崩壊性を併せもつ錠剤が得られる。本発明は、上記の方法により製造された錠剤も提供する。
【0022】
錠剤の硬度は、50 N以上であるとよく、好ましくは、50~80 Nである。錠剤の硬度は、ロードセル式錠剤硬度計により、直径方向に加圧し、破断したときの荷重を硬度(Hardness,N)とすることで測定できる。硬度が50 N以上であると、実用上十分な硬度であると言える。
【0023】
錠剤の速やかな崩壊性のために、錠剤の空隙率は、57%以上であるとよく、好ましくは60%以上である。錠剤の空隙率が高いと、空隙を介して急速に水が浸入することで、速やかな溶出挙動が得られる。
【0024】
錠剤の空隙率は、以下の式を用いて算出することができる。
【0025】
錠剤の真密度は、ヘリウムガス置換式真密度計を用いて測定することができる。
【0026】
錠剤の崩壊性は、錠剤を水中に投入した後の崩壊に起因して、溶出するKClの電気伝導度を測定することにより調べることができる(後述の実施例に記載の溶出試験)。電気伝導度は、電気伝導度計を用いて測定することができる。溶出試験において、導電性の値がプラトーに達する時間が短いほど錠剤の崩壊が速いことを示し、導電性のプラトー値が高いほど錠剤が崩壊しやすいことを示す。とろみ材(顆粒)の溶出挙動に近いほど錠剤の崩壊性が良好であると言える。また、溶出試験後の溶液の粘度測定の結果から,各錠剤の溶出挙動における導電性のプラトー値が大きい順に粘度も上昇していることが示され、KClの溶出と粘度の発現との比例関係が示唆される。溶出試験後の溶出液の粘度は、コーンプレート型回転粘度計及びB型粘度計を用いて測定することができる。粘度の測定条件の一例は後述の実施例に記載のとおりである。
【0027】
錠剤の形状としては、円柱、楕円柱、立方体、直方体、板、球、多角柱、多角錐、多角錐台、多面体などを例示できる。
【0028】
錠剤の形状が円柱である場合、錠剤の大きさは、1~30 mmφであるとよく、好ましくは10~25 mmφであり、錠剤の厚みは、1~20 mmであるとよく、好ましくは2~15 mmである。
【0029】
本発明の錠剤は、食品(特に、液状食品)にとろみを付与するために使用することができる。「とろみ」とは、液体に多少の粘度がある状態を意味する概念であり、「とろみ」は、日本摂食嚥下リハビリテーション学会の「嚥下調整食分類2021(とろみ)」(日摂食嚥下リハ会誌 25(2):135-149, 2021)では、以下の「3段階のとろみ」として分類されている。
「薄いとろみ」:スプーンを傾けるとすっと流れ落ちる。粘度(mPa・s)50-150
「中間のとろみ」:スプーンを傾けると、とろとろ流れ落ちる。粘度(mPa・s)150-300
「濃いとろみ」:スプーンを傾けても、形状がある程度保たれ流れにくい。粘度(mPa・s)300-500
粘度(mPa・s):コーンプレート型回転粘度計を用い,測定温度 20℃,ずり速度 50 s-1 における 1 分後の粘度測定結果である。
【0030】
食品は、いかなる飲食物であってもよく、特に、食物の嚥下が困難な患者、慢性腸疾患の患者、高齢者などの口から食物を摂取することが困難な患者のための流動食(自然食タイプ(通常食品を使用)、半消化タイプ(食品からある程度分解した製品を使用したもの)、消化タイプ(そのまま分解しないで吸収できる状態のもの)のいずれでもよい)などの経腸栄養法に利用するものであるとよい。その他、あんかけ料理、スープ、シチューなどの汁物、みたらし、シロップ、ジャム、プリン、ムースなどの食品に使用してもよい。
【実施例0031】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。
〔緒言〕
現在の日本は高齢社会である.高齢になるにつれ,嚥下能力は低下していく.とろみ調整用食品により液体にとろみを付与することで,嚥下困難者の嚥下を補助することが可能である.家庭や高齢者介護施設では,家族やスタッフなどが嚥下困難者それぞれの嚥下能力低下の程度に応じて,とろみの度合いを調整している.しかしながら,現在流通している市販品はすべて顆粒剤であり,とろみ度合いの調整を再現性良く行いづらいといった課題がある.
【0032】
そこで、本発明者らは、とろみ度合いに合わせて顆粒剤を計量する手間を省き,取り扱いを容易にするために,実用上十分な硬度と速やかな崩壊性を併せもつ錠剤の開発を企図し,その処方や製造法を構築することを手掛けた.開発にあたり,とろみ材に含まれるデキストリンが加湿・加温時に熱溶融し,粒子間架橋を形成して成形体強度を高めることを発見した.そこで造粒により,とろみ材顆粒の処方と製法を最適化し,得られた顆粒にデキストリンを添加したのち,低圧力にて圧縮成形することで得た多孔質成形体を加湿・乾燥処理により硬化する新規な錠剤化法を構築した.
以下,嚥下補助用とろみ調整剤の錠剤化に関する検討結果を詳述する.
【0033】
〔実施例1〕造粒による打錠用顆粒の調製と評価
1.1 目的
分散剤としてデキストリン(以下DEX),キサンタンガムをはじめとする増粘多糖類,増粘多糖類の表面改質と水への分散性向上のために配合した塩化カリウム(以下KCl)からなる流動層造粒物(以下、「とろみ材」と記す)を圧縮成形し,加湿乾燥により硬化することが示された.この硬化現象には,加湿温度,加湿湿度,加湿時間の変化が大きな影響を及ぼしていることが判明し,硬度上昇には,デキストリン(DEX)の熱溶融による架橋形成が関与していると推察された.だが,とろみ材を直打した錠剤を水に入れた際に錠剤表面のキサンタンガム(XG)がゲル化層を形成するため,錠剤内部まで水が導水せず,適切な崩壊性を得ることは出来なかった.
そのため,本実施例では,とろみ材成分の配合比を変更した複数の処方を検討し,打錠用顆粒を調製した.
【0034】
1.2 方法
1.2.1 試料
とろみ材の組成を表1に示した.また,各試料のSEM写真を図1に示した.
【0035】
表1 とろみ材の組成
【0036】

1.2.2 打錠用顆粒の調製方法と処方設計
1.2.2.1 打錠用顆粒の調製方法
実用上十分な硬度と速やかな崩壊性を示すことが可能な錠剤を作製するにあたって,最処方を検討するために,造粒機を用いて,造粒物を調製した.
【0037】
[調製方法]
DEXとXGを混合してから、造粒機内に入れ、KCl水溶液を噴霧しながら、造粒を行った。造粒物をふるい分けし、250~1000 μmの範囲内の顆粒を打錠用顆粒とした.
【0038】
1.2.2.2 打錠用顆粒の処方設計
とろみ材の配合比を変更した処方を複数検討し,処方設計を行った.
XG:KCl=7:1に統一してDEXの造粒物内含有量を変化させた表2に示す3つの処方を検討した.各造粒物(Granule)を造粒物内のDEX組成比(%)に因み,Gr(DEX%)と表記した.
【0039】
表2 造粒を行った処方
【0040】
1.2.3 打錠用顆粒の粒度評価方法
造粒物の粒度分布をふるい分けによる粒度分布測定法,レーザー回折・散乱法の2つの方法で測定した.
ふるい分けによる粒度分布では,造粒物を回収し,回収全量を測定後,250,1000 μmのふるい(Test sieves,試験用ふるい,JIS Z 8801)にかけ,10 min振盪した後,ふるいに残留した顆粒をそれぞれ計量し,粒度分布率を算出した.
また,ふるい分け法における250~1000 μmの範囲内の顆粒のみを,レーザー回折・散乱法(LMS-2000e,セイシン企業)を用いて,粒度分布の測定を行い,造粒物の粒子評価を行った.レーザー回折・散乱法は乾式分散で行い,圧縮空気圧は0.4MPaである.
【0041】
1.2.4 打錠用顆粒の粒子写真
走査型電子顕微鏡(SEM, JSM-IT100LA, 日本電子)により,造粒物の粒子状態を観察した.絶縁性粘着両面テープを貼り付けたサンプル台に調製した造粒物を乗せ,プラチナ蒸着(JFC-1600 Auto fine coater, 日本電子)を3.0 Pa以下で30 mA,180 s行った後に観察を行った.
【0042】
1.3 結果・考察
1.3.1 ふるい分けによる粒度分布
得られた造粒物のふるい分け法によって求めた粒度分画の割合を表3に示した.
すべての処方で,1000 μm以上の分画は5%程度と少なく,打錠用顆粒とする250~1000 μmの顆粒が60%以上であり,造粒は良好に進行していることを示した.
一方,250 μm以下の小粒分画についてはDEXの造粒物内含有量が増加するにつれ,多くなる傾向を示した.
【0043】
表3 造粒物のふるい分け法による粒度分画の割合
【0044】

1.3.2 レーザー回折・散乱法による粒度分布
レーザー回折・散乱法によるD10,D50(メジアン径),D90を表4に,粒度分布を図2に示した.とろみ材(顆粒)のD50は434.67μmであり,どの処方においてもD50 値が430~560μm以内であった.
また処方内での比較としてDEXの造粒物内含有量が減少する(XGの造粒物内含量が増加する)につれて,図2の粒度分布が右にシフトしており,大きな粒度の顆粒が得られた.
このことから,調製した顆粒は流動層造粒品であるとろみ材と同等,あるいは同等以上の造粒物を得ることが出来たと考えられた.さらにXGの造粒物内含有量が大きくなるにつれて,粒度が大きくなっていたことから,XGの造粒物内含有量が増加するにつれて,XGがKCl水溶液に触れる機会が多くなり,造粒物の成長が促進されると推察した.
【0045】
表4 レーザー回折・散乱法により測定した造粒物のD10,D50,D90
【0046】
1.3.3 打錠用顆粒の粒子状態の観察
走査型電子顕微鏡により,造粒物の粒子状態を観察したSEM写真を図3に示した.とろみ材(顆粒品)では球形のDEX粒子とブロック状のXG粒子が複合しており,その複合粒子が各造粒物でも確認された.
XGとDEXの粒子が複合し,造粒ができていると推察した.
【0047】
1.4 小括
造粒によって,流動層造粒品であるとろみ材と同様の造粒物を得られたたことが,いずれの処方の粒度分布測定の結果および粒子表面画像から確認できた.
【0048】
〔実施例2〕打錠用顆粒を用いたとろみ調整用錠剤の検討
2.1 目的
予備検討において,とろみ材(顆粒)を圧縮成形し,加湿・乾燥工程を経由することで成形体が硬化する現象を発見した.この現象には,加湿温度,湿度,時間の変化が大きな影響を及ぼしていることが判明し,硬度上昇には,DEXの熱溶融・硬化(以下,飴化と称す)による架橋形成が関与していると推察された.また造粒物にDEXを添加したのち,低圧力にて圧縮成形することで得た多孔質成形体を加湿・乾燥処理により硬化する新規な錠剤化法を構築したが,崩壊に非常に強力な撹拌力が必要であることが課題となっていた.
そこで,実施例1で調製した打錠用顆粒に,様々なグレードのDEXを後添加した混合末を低圧力にて圧縮成形し,成形体を加湿して硬化させることで,速やかな崩壊性と適切な硬度を兼ね備えた錠剤の取得を目標とし,更なる検討を行った.
【0049】
2.2 方法
2.2.1 試料
2.2.1.1 打錠用顆粒
〔実施例1〕1.2.1 試料,1.2.2 打錠用顆粒の調製方法と処方設計を参照。
【0050】
2.2.1.2 錠剤成形時に打錠用顆粒に後添加するDEX
打錠用顆粒に後添加するDEXとして,製造方法及び形状の異なる3種のグレードのDEXを用いた.DE値は、それぞれ、7~12のDEXを選択した。
【0051】
各試料の物理化学的性質を表5にSEM写真を図4に,示した,また,各試料のレーザー回折・散乱法によるD10,D50(メジアン径),D90を表6に,粒度分布を図5に示した
【0052】
表5 錠剤成形時に打錠用顆粒に後添加するDEXの物理化学的性質
【0053】

表6 レーザー回折・散乱法により測定した造粒物のD10,D50,D90
【0054】
2.2.2 錠剤の調製方法と処方設計
2.2.2.1 錠剤の処方設計
打錠用末の処方として,とろみ材(顆粒)中のDEX組成比が60%であるため,DEXの錠剤内含有率が60%となるよう,実施例1で調製した打錠用顆粒DEX1~3を後添加・混合し,打錠用末とした.つまり,錠剤中の組成比は,すべての錠剤でとろみ材(顆粒)と同様となるように統一した.
錠剤化に用いた打錠用顆粒ごとの後添加するDEXとの混合比および後添加したのちの錠剤内組成比を表7に示した.
【0055】
表7 後添加するDEXとの混合比および後添加したのちの錠剤内組成比
【0056】
2.2.2.2 錠剤の調製方法
上記にて得た混合末を円形平型臼に充填し,万能圧縮引張試験装置(Autograph AG-X,島津製作所)を用いて種々の打錠圧にて圧縮成形した.成形化の際,円形平型杵臼に滑沢剤として0.5w/v%ステアリン酸マグネシウムEtOH(99.5)溶液を塗布した.臼への充てん時のタッピング回数は5回とした.圧縮成形の模式図を図6に,打錠条件を表8に示す.各錠剤を(打錠用顆粒の名称)-(後添加したDEX番号)-(打錠圧)と表記した.
【0057】
表8 錠剤の圧縮成形条件
【0058】
2.2.3 加湿・乾燥処理
500 μmのふるい(Test sieves,試験用ふるい,JIS Z 8801)上に錠剤を並べ,小型環境試験器(SH-242,エスペック)内で表9に示した条件にて加湿処理を行い,小型環境試験器(STH-120,エスペック)を用いて,乾燥時間は80℃10 minに統一して調製した.各錠剤を(打錠用顆粒の名称)-(後添加したDEX番号)-(打錠圧)-(加湿時間)と表記した.
【0059】
表9 錠剤の硬化のための加湿条件
【0060】
2.2.4 錠剤の評価
2.2.4.1 硬度測定
ロードセル式錠剤硬度計(PC-30,岡田精工)により,直径方向に加圧し,破断したときの荷重を硬度(Hardness,N)とした.
【0061】
2.2.4.2 錠剤表面の観察
走査型電子顕微鏡(SEM, JSM-IT100LA, 日本電子)により,表面状態を観察した.絶縁性粘着両面テープを貼り付けたサンプル台に錠剤をのせ,プラチナ蒸着(JFC-1600 Auto fine coater, 日本電子)を4.5 Pa以下で30 mA,240 s行った後,錠剤の上部表面を撮影箇所として観察を行った.SEM撮影用成形体の調製条件を表10に示した.加湿処理を施した錠剤表面の観察は,Gr(20)-1-10のみで行った.
【0062】
表10 SEM撮影用錠剤の調製のための圧縮成形並びに加湿・乾燥条件
【0063】
2.2.4.3 溶出試験
電気伝導度計(Seven Excellence,メトラー・トレド)を用いて,とろみ材(顆粒),あるいは錠剤の崩壊に起因して,溶出するKClの電気伝導度を測定した.
溶出試験模式図を図7に示した.
【0064】
[溶出試験方法]
1) 300 mLのビーカー内に20℃の精製水 200 mLを準備する。
2) 1)を 全長40 mmのスターラーバーを用いて,マグネチックスターラーにて回転数400 rpmで攪拌する。
3) 電気伝導度計(Seven Excellence,メトラー・トレド)の電極部をビーカー内に入れ,固定する。
4) ビーカー内にとろみ材(顆粒)1000 mg,あるいは錠剤1錠1000 mgを投入し,300 s 攪拌し,電気伝導度を2 s間隔にて経時的に測定する。
【0065】
2.2.4.4 粘度測定
タッチパネル式B型粘度計DVNext(BROOKFIELD型粘度計,英弘精機株式会社)を用いて,2.2.4.3 溶出試験 にて,溶出試験直後の水溶液の粘度を測定した.粘度測定方法の模式図を図8に示した.
【0066】
[粘度測定方法]
1) 溶出試験後の溶出液に粘度計のプローブを挿入し,タッチパネル式B型粘度計を用いて粘度を測定する。
【0067】
[B型粘度計の測定条件]
・スピンドル:LV-02
・回転数:60.0 rpm
・モード:マルチポイント(2 s間隔)
・測定時間:1 min
【0068】
2.2.4.5 錠剤の真密度,空隙率
ヘリウムガス置換式真密度計(ウルトラピクノメーター1000,カンタクローム)を用いて,打錠用顆粒の処方ごと、DEXのグレードごとに粒子密度の測定を行い,各DEXを後添加後の混合末の真密度を算出した.そこで得られた真密度と調製した錠剤の厚み,直径,質量を用いて,錠剤の空隙率を以下の式を用いて算出した.
【0069】
2.3 結果・考察
2.3.1 後添加DEXの種類による錠剤物性への影響
2.3.1.1 錠剤表面写真
走査型電子顕微鏡(SEM, JSM-IT100LA, 日本電子)により,打錠用顆粒をGr(20)に固定し,各DEXを後添加に供して製した錠剤の表面状態を観察したSEM写真を図9に示した.
各錠剤のSEM画像から,DEX1を用いて製した錠剤では扁平状粒子が積層しており,DEX2およびDEX3を用いて製した錠剤では塊り状集合体が形成されていることが観察された.
【0070】
2.3.1.2 後添加DEXの種類による錠剤の硬度変化
打錠用顆粒をGr(20)に固定し,DEX1,2,3を後添加に供して製した未加湿錠剤の各打錠圧における硬度を図10に,算出した空隙率を図11に示した.
DEX1を用いて製した錠剤はいずれの打錠圧においてもDEX2およびDEX3を用いて製した錠剤よりも硬度が上昇することが確認できた.またDEX1を用いて製した錠剤のうち,打錠圧が12 MPa以上の錠剤では,未加湿錠においても実用上十分とされる50 N以上を達成した.このことからかさ密度の非常に小さな(かさ高い)DEXを後添加に供することにより,圧縮度が大きくなることによって成形性が良好になり,硬度の上昇をもたらしたと推察した.
空隙率については,いずれの打錠圧においてもDEX1が最も大きく,DEX3,DEX2の順となり,空隙率の大きいDEX1を用いて製した錠剤が最も多孔質であることが示唆され,この空隙が錠剤の崩壊性および導水性に寄与している可能性が考えられた.このことから後添加に供するDEXのかさ密度が圧縮成形後の錠剤の空隙率に大きな影響を及ぼしていると推察した.
【0071】
2.3.2 打錠用顆粒の処方による錠剤の硬度変化
後添加に供するDEXをDEX1に固定し,各打錠用顆粒を用いて製した未加湿錠剤の各打錠圧における硬度測定の結果をまとめたグラフを図12に,算出した空隙率をまとめたグラフを図13に示した.
錠剤硬度と錠剤空隙率の双方においてGr(20)を用いて製した錠剤は,いずれの打錠圧においてもその他の処方を用いて製した錠剤より増大することが確認できた.このことから,後添加するDEXの混合比が大きいほど,錠剤成形時に打錠用顆粒に後添加する DEXのもたらす錠剤への影響を大きく受けると推察した.
【0072】
2.3.3 加湿時間による錠剤物性への影響
2.3.3.1 表面状態写真
走査型電子顕微鏡(SEM, JSM-IT100LA, 日本電子)により,Gr(20)-1-10錠剤の加湿時間を変更した錠剤の表面状態を観察した写真を図14に,割断面状態を観察した写真を図15に示した.錠剤表面において未加湿錠ではDEXの飴化が起こっていなかったが,加湿錠ではいずれもDEXの飴化が確認できた.加湿が進行するほど粒子間の融着が進行する様子が観察されており,粒子間架橋が強くなっていることが観察できた.このことからDEXの飴化・熱溶融が加湿時間の増大でより大きくなり,粒子間架橋も起こりやすくなると推察した.このDEXの飴化,粒子間架橋の程度が大きくなることで,錠剤内の粒子同士が強く結合するため,加湿時間の長さが硬度の上昇に影響していると考えられた.
また割断面のSEM写真から,飴化(粒子間架橋)の発生している硬化層が加湿時間の延長に伴って,わずかではあるが深部に拡大していることが観察された.しかし,錠剤内部では飴化は観察されず,加湿処理によって内部構造までに影響を及ぼすことは少ないと推察した.ただし,この硬化層の厚みが増大するほど,崩壊時には不利に働くと推察した.
【0073】
2.3.3.2 加湿時間による錠剤の硬度変化
打錠用顆粒の処方をGr(20),後添加に供するDEXをDEX1に固定して製した錠剤の各打錠圧における,未加湿,加湿時間2 min,5 min,10 minの際の硬度を図16に,算出した空隙率を図17に示した.
いずれの錠剤においても加湿時間が長くなるにつれて,硬度の上昇が確認できた.2.3.3.1で前述した錠剤表面のSEM写真からも,加湿時間の増大により,錠剤表面の溶融割合が大きくなっていた.このことからDEXの飴化・熱溶融によって,粒子間架橋の程度が大きくなることで,粒子同士が強く結合し,硬度の上昇をもたらしていると推察した.加湿時間の長さが錠剤の硬度に影響していると示唆された.
空隙率については,加湿処理の有無および加湿時間の増大による変化は確認できなかった.このことから,2.3.3.1で前述した,加湿・乾燥処理によって錠剤の内部構造が大きく変化することはないという推論が支持される結果となった.
【0074】
2.3.4 電気伝導度による溶出挙動と粘度測定結果
2.3.4.1 打錠用末の異なる錠剤の電気伝導度による溶出挙動と粘度測定結果
打錠用末の異なる錠剤の物性値および崩壊後の粘度測定結果を表11に,電気伝導度による打錠用末の異なる錠剤からのKClの溶出挙動を図18に示した.局所的な濃度の不均一により,ノイズが入るものの,電気伝導度計を用いてKClの溶出挙動を測定することが可能であった.
溶出挙動の結果から,打錠用顆粒の処方がGr(20)かつ後添加DEXとしてDEX1を用いて作製した錠剤のみ,とろみ材(顆粒)と同等の溶出挙動を示しており,わずかに溶出遅延が認められるものの,急速に崩壊する錠剤であることが示された.このことから,2.3.1.2および2.3.2で前述した通り,造粒物にかさ高いDEX1を多量に後添加して錠剤を製することで,空隙率の大きい多孔質錠剤となる.この空隙が錠剤の崩壊性,導水性に寄与しており,空隙が大きいほど,錠剤内部への導水が容易になり,崩壊しやすくなると推察した.
打錠用顆粒の処方として,2.3.2で前述した通り,Gr(20)が後添加DEXの混合比が最も大きいため,錠剤の硬度や速崩壊性に大きく影響をもたらした.それに加え,打錠用顆粒中のXGとKClの配合比が他の打錠用顆粒の処方より大きいため,相互の粒子が近接しており,錠剤表面でXGのゲル化が遅延することも,とろみ材(顆粒)の直打錠では見られない速やかな崩壊性に寄与していると推察した.
また完全に崩壊しなかった錠剤と比較して,完全に崩壊した新規の錠剤化法にて製した錠剤による導電性のプラトー値はとろみ材(顆粒)と同等のプラトー値を示し,錠剤内組成比がとろみ材(顆粒)と同等であることも示唆された.
崩壊試験後溶液の粘度測定の結果から,各錠剤の溶出挙動における導電性のプラトー値が大きい順に粘度も上昇していることが示され、KClの溶出と粘度の発現との比例関係が示唆される結果となった.ただし,とろみ材(顆粒)は今回の検討とは異なる力価の増粘剤を使用しているため,粘度については調製した錠剤よりも高粘度となっている.
【0075】
表11 打錠用末の異なる錠剤の物性値および崩壊後の粘度測定結果
【0076】
2.3.4.2 加湿時間を変更した錠剤の電気伝導度による溶出挙動と粘度測定結果
加湿時間を変更した錠剤の物性値および崩壊後の粘度測定結果を表12に,電気伝導度による加湿時間を変更した錠剤からのKClの溶出挙動を図19に示した. 検討には2.3.4.1にて最適処方であったGr(20)にDEX1を後添加した打錠用末を用いて調製した錠剤を使用した.
溶出挙動の結果から,打錠圧14 MPa以下,加湿時間0~5 minの条件にて作製した錠剤が,とろみ材(顆粒)と同等の溶出挙動を示しており,わずかに溶出遅延が認められるものの,急速に崩壊する錠剤であることが示された.また各打錠圧で調製した錠剤は,0 min,2 min,5 minと加湿時間が延長するにつれて,溶出が徐々に遅延していくことが示された.加湿時間が10 minの錠剤は打錠圧が4 MPaと低く,他の錠剤と比較して硬度が低く,空隙率が高いのにも関わらず,完全には崩壊しなかったことから,2.3.3.1で前述したとおり,加湿時間が10 minの錠剤は硬化層が厚いため,これが破壊されず崩壊が起こらなかったと示唆された.したがって,加湿時間を5 min以下にとどめ,飴化(粒子間架橋)の程度を適度とすることで,速やかな崩壊性を有する錠剤が調製できることが明らかとなった.また適度な加湿処理を施すことで,粒子間架橋が表面のみに限定され,内部にまで進行しないため,速やかな崩壊性を保持したまま錠剤の物理的強度が増強されたと推察した.
以上,処方が最適化された錠剤は,飲料水中でも速やかに崩壊することが期待でき,用時調製用のとろみ調製用錠剤として,製品化が期待できるものと考察した.
【0077】
表12 加湿時間を変更した錠剤の物性値および崩壊後の粘度測定結果
【0078】
2.4 小括
打錠用顆粒の処方としてXGとKClの配合比を増量して造粒を行い,XG粒子のコーティング効率が高いGr(20)に,後添加DEXとして非常にかさ高く,圧縮度が最大で,打錠後の錠剤空隙率も最大となるDEX1を多量に添加・混合し,適切な打錠圧および加湿時間にて製した錠剤が実用上十分な硬度である50 N以上,とろみ材(顆粒)と同等の速崩壊性を達成した.
非常にかさ高いDEX1を打錠用顆粒と同量配合し,低圧力にて圧縮成形することで高い空隙率を有する錠剤となった.高い空隙率を有するため,空隙を介して急速に水が浸入することで,調製した錠剤は,とろみ材(顆粒)と同等の速やかな溶出挙動を得ることが可能となった.
また加湿処理により後添加したDEXの熱溶融に起因して,粒子間架橋が形成され,実用上十分な硬度を持つ錠剤が得られた.加湿時間の増大により,硬度の上昇が認められた点から,加湿時間が増大することで,DEXの飴化・熱溶融が進行すると判明した.そのため,緩和な条件(60℃,75%RH,短時間)で加湿処理を施すことで,高い空隙率を保持したまま粒子間架橋を形成させることが可能となり,急速な水の侵入を保持したまま,物理的強度を増強させることに成功した.さらに加湿条件が過酷すぎると硬化層が過度に厚くなってしまい,空隙率が大きく,比較的低硬度の錠剤でも崩壊しなくなることが明らかになった.
【0079】
総括
本研究では,とろみの度合いに合わせてとろみ材(顆粒)を計量する手間を省き,取り扱いを容易にするために,実用上十分な硬度と速やかな崩壊性を併せもつとろみ調整用錠剤の処方や製造法を構築することを試みた.
実施例1では,成分の含有量を変化させた3つの処方で打錠用顆粒を調製し、粒度分布を測定し、粒子状態を観察した。
【0080】
実施例2では,打錠用顆粒の処方としてXGとKClの配合比を増量して造粒を行い,XG粒子のコーティング効率が高いGr(20)に,後添加DEXとして非常にかさ高く,圧縮度が最大で,打錠後の錠剤空隙率も最大となるDEX1を多量に添加・混合し,適切な打錠圧および加湿時間にて製した錠剤が実用上十分な硬度である50 N以上,とろみ材(顆粒)と同等の速崩壊性を達成した.
また加湿処理により後添加したDEXの熱溶融に起因して,粒子間架橋が形成され,実用上十分な硬度を持つ錠剤が得られた.加湿時間の増大により,硬度の上昇が認められた点から,加湿時間が増大することで,DEXの飴化・熱溶融が進行すると判明した.そのため,緩和な条件(60℃,75%RH,短時間)で加湿処理を施すことで,高い空隙率を保持したまま粒子間架橋を形成させることが可能となり,急速な水の侵入を保持したまま,物理的強度を増強させることに成功した.
以上,最適化された処方および錠剤化法にて調製した錠剤は,飲料水中でも速やかに崩壊することが期待でき,用時調製用のとろみ調製用錠剤として,製品化が期待できるものと考察した.
【0081】
〔実施例3〕とろみ調整用錠剤の調製条件の検討 -加湿・加熱条件による影響-
[造粒]
●試料(打錠用顆粒)
〔実施例1〕1.2.1 試料, 1.2.2 打錠用顆粒の調整方法と処方設計を参照。
【0082】
[打錠]
●試料
〔実施例2〕2.2.2.1 錠剤処方設計, 2.2.2.2錠剤の調整方法を参照。
【0083】
Gr(20)-1を使用し検討。
【0084】
[加湿・乾燥]
〔実施例2〕2.2.3 加湿・乾燥処理を参照。
下記条件にて加湿・加熱条件による影響を確認した。

●加湿条件
《実験1:加湿時間による影響》
[1]未加湿
[2]60℃、75%RHにおいて2min
[3]60℃、75%RHにおいて5min
[4]60℃、75%RHにおいて10min

《実験2:加湿温度による影響》
[5]60℃、95%RHにおいて30sec
[6]70℃、95%RHにおいて30sec
[7]80℃、95%RHにおいて30sec
[8]90℃、95%RHにおいて30sec

《実験3:短時間の加湿条件の検討》
[9]80℃、95%RHにおいて5sec
[10]80℃、95%RHにおいて10sec
[11]80℃、95%RHにおいて20sec
[7]80℃、95%RHにおいて30sec

《実験4》
[12]75℃、95%RHにおいて10sec
[13]75℃、95%RHにおいて20sec
[14]75℃、95%RHにおいて30sec

●乾燥条件
温度:80℃
時間:10min
【0085】
[溶出試験]
〔実施例2〕2.2.4.3 溶出試験を参照。

●実験結果
《実験1:加湿時間による影響》
図20(錠剤の硬度)、図21(錠剤の空隙率)、図22(電気伝導度による錠剤からのKClの溶出挙動)。
《実験2:加湿温度による影響》
図23(錠剤の硬度)、図24(錠剤の空隙率)、図25(電気伝導度による錠剤からのKClの溶出挙動)。
《実験3:短時間の加湿条件の検討》
図26(錠剤の硬度)、図27(錠剤の空隙率)、図28(電気伝導度による錠剤からのKClの溶出挙動)。
《実験4》
図29(錠剤の硬度)、図30(錠剤の空隙率)、図31(電気伝導度による錠剤からのKClの溶出挙動)。
【0086】
●考察
《実験1:加湿時間による影響》
打錠圧が大きいほど、また加湿時間が長いほど硬度が高くなるという結果となった。
空隙率について、未加湿錠剤が最も低いという結果となった。加湿によって錠剤が膨張することで空隙が大きくなった。
また、加湿時間の延長によって空隙率はわずかに低下するものの大きな変化は見られないことから、加湿によって錠剤の内部構造は大きく変化せず、固体架橋が表面からより内部へ深化したと考えた。
加湿時間2分の錠剤よりも、未加湿錠剤の方が崩壊・溶出が遅延していることが図22のグラフより読み取れる。これは[加湿・乾燥]工程の結果で示した空隙率と相関しており、錠剤の速やかな崩壊・溶出には内部に水を導水するための空隙が必要であると考えられる。
良好な条件:60℃、75%RH、2min、4~10MPa
《実験2:加湿温度による影響》
加湿温度が高いほど硬度が上昇し、空隙率が低下するとわかった。90℃では、錠剤が収縮することで空隙率が小さくなった。
次の実験3においてさらに短い加湿時間について検討するため、30secの加湿時間ですべての錠剤が実用上十分である硬度50N以上を達成した80℃・95%RHに条件を絞り、比較検討することとした。
80℃、90℃の加湿温度では、すべての打錠圧において崩壊・溶出が遅延した。崩壊・溶出性は錠剤内部の空隙率だけでなく、錠剤表面の硬化層の厚さも影響すると考えた。加湿強度が高い場合、硬化層が厚くなり、水が導水しにくいと考えられる。
良好な条件:70℃、95%RH、30sec、6~8MPa
《実験3:短時間の加湿条件の検討》
加湿時間の延長によって硬度は上昇するが、空隙率に大きな変化は見られなかった。
50N以上の硬度の錠剤を得るには、80℃、95%RHの条件で5secの処理では8MPa以上、10ないし20secの処理では6MPa以上の打錠圧が必要であることがわかった。(赤色円)
良好な条件:80℃、95%RH、5sec、10~12MPa
10sec、8~10MPa
20sec以上、なし
《実験4》
加湿時間の延長によって硬度は上昇するが、空隙率に大きな変化は見られなかった。
50N以上の硬度の錠剤を得るには、75℃、95%RHの条件で10secの処理では8MPa以上、20ないし30secの処理では6MPa以上の打錠圧が必要であることがわかった。(赤色円)
良好な条件:75℃、95%RH、10sec、8~12MPa
20sec、6~10MPa
【0087】
[粘度試験]
●粘度測定〔実施例2〕2.2.4.4 粘度測定を参照。

●実験結果
《実験1:加湿時間による影響》
図32(溶出試験後の溶出液の粘度)
《実験2:加湿温度による影響》
図33(溶出試験後の溶出液の粘度)
《実験3:短時間の加湿条件の検討》
図34(溶出試験後の溶出液の粘度)
《実験4》
図35(溶出試験後の溶出液の粘度)

●考察
《実験1:加湿時間による影響》
崩壊・溶出性が優れていた加湿2分の錠剤が高粘度を示す結果となった。
とろみ材(顆粒)と同等の溶出挙動を示す錠剤においても、とろみ材(顆粒)と比較すると低粘度となった。これは、とろみ材(顆粒)は今回の検討とは異なる力価の増粘剤を使用しているため,粘度については調製した錠剤よりも高粘度となっていると考えられる。
【0088】
(まとめ)図36
良好な条件:60℃、75%RH、2min、4~10MPa
70℃、95%RH、30sec、6~8MPa
(80℃、95%RH、5sec、10~12MPa:加湿時間を短くしなければならない場合のバックアップ)
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、食品飲料の嚥下を補助するためのとろみ調整剤として利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
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図32
図33
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図35
図36