IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大阪新薬株式会社の特許一覧

特開2024-1790662‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸
<>
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図1
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図2
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図3
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図4
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図5
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図6
  • 特開-2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179066
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/16 20060101AFI20241219BHJP
   C07C 57/30 20060101ALI20241219BHJP
   C07C 45/42 20060101ALN20241219BHJP
   C07C 47/27 20060101ALN20241219BHJP
   C07C 41/30 20060101ALN20241219BHJP
   C07C 43/178 20060101ALN20241219BHJP
【FI】
C07C51/16
C07C57/30 CSP
C07C45/42
C07C47/27
C07C41/30
C07C43/178 Z
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097577
(22)【出願日】2023-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】501243753
【氏名又は名称】大阪新薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125450
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 広明
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 康寛
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AA02
4H006AB06
4H006AB12
4H006AB20
4H006AB84
4H006AC14
4H006AC22
4H006AC45
4H006AC46
4H006BB11
4H006BB17
4H006BB21
4H006BC10
4H006BC31
4H006BJ50
4H006BN30
4H006BP10
4H006BQ10
4H006BS10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】安全かつ効率的に生産可能な2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を提供する。
【解決手段】本発明の1つの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドと、該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して2モル等量以上の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成する第1工程と、該m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応によって2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成する第2工程と、該2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを、酸化剤を用いて処理する第3工程と、を含む。加えて、この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法は、前述の第2工程と前述の第3工程を、in‐situで行う。

【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
m‐ヒドロキシベンズアルデヒドと、前記m‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して2モル等量以上の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成する第1工程と、
前記m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応によって2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成する第2工程と、
前記2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを、酸化剤を用いて処理する第3工程と、を含み、
前記第2工程と前記第3工程を、in‐situで行う、
2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
一般式(I)
【化1】
【請求項2】
m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩と、前記アルカリ金属塩に対して反応等量以上の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエ‐テルを生成する第1工程と、
前記m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応によって2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成する第2工程と、
前記2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを、酸化剤を用いて処理する第3工程と、を含み、
前記第2工程と前記第3工程を、in‐situで行う、
2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
一般式(I)
【化2】
【請求項3】
前記m‐ヒドロキシベンズアルデヒドと、前記m‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して2モル等量超の前記ウィッティヒ反応剤とを反応させる、
請求項1に記載の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
【請求項4】
前記第3工程を、-10℃以上10℃以下において行う、
請求項1又は請求項2に記載の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
【請求項5】
前記酸化剤が、ヒドロキシペルオキシドを含む過酸化物及びオキソン(登録商標)(2KHSO5.KHSO4.K2SO4)の群から選択される少なくとも1種である、
請求項1又は請求項2に記載の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
【請求項6】
2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物が、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドを、0.1wt%未満含む、
2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法及び2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸に関する。
【背景技術】
【0002】
2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸は、少なくとも、アレルギー性の炎症性皮膚疾患又は皮膚バリア機能障害の予防または治療用製剤(特許文献1)、植物の鮮度を保持する及び/又は継続的に植物を成長させる化学物質(特許文献2)、及びGGT阻害剤としてその活性(特許文献3)が見いだされ、化粧品等に添加されているアンチエイジング剤である、カルボキシメチルフェニルアミノカルボキシプロピルホスホン酸メチル(ナールスゲン(登録商標)とも呼ばれる)の出発材として非常に有用な化学製品である。
【0003】
ところで、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸は、例えば、CN(シアニド)ソース(NaCN又はKCN)を用いれば、m‐crezolのメチル基をハロゲンに変換して得られたm‐hydroxyphenyl halideをm‐hydroxyphenyl cyanideに変換した後、加水分解を行うことによって得られる物質であると考えられる。また、他のCNソースとして、TMSCN(trimethylsilyl cyanide)が開発されたことにより、FアニオンによるnakedなCNソースとして利用し得る(Y.Yamasaki et al Chem lett 1985, 1387‐1390, and the references cited in)。
【0004】
また、ウィルゲロット(Willgerodt)反応を用いた2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法の可能性も過去に開示されている(非特許文献2)。この反応においては、硫黄(S)系の反応剤が用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6550656号公報
【特許文献2】特許第6457292号公報
【特許文献3】特許第5082102号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J Am Chem Soc,2008,130,13110
【非特許文献2】J Am Chem Soc,1946,68(12),2633‐2634
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、少なくとも安全性に対する規制が厳しい我が国においては、製造工程においてCN(シアニド)ソースを用いることは現実的ではない。また、TMSCNを利用し得るとしても、TMSCN及び反応媒体が高価であるため、安全性に加えて製造コストの問題も生じ得る。
【0008】
また、非特許文献2において開示される硫黄系の反応剤を用いたとしても、硫黄系のガスの臭気対策のための設備が必要であるとともに、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を得るまでの工程数が多くなるため、工業的見地から採用しづらい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上述の公知技術に対する安全性の向上及び工程の削減という問題意識に基づいて、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法の研究に鋭意取り組んだ。本発明者が試行錯誤とともに精緻な分析と検討を重ねた結果、出発材として、m‐ヒドロキシベンズアルデヒド又は該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を採用するとともに、数多くの採用し得る反応の中からウィッティヒ(Wittig)反応を用いることが、安全に且つ少ない工程数で2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を得る可能性があると本発明者は考え、更に研究を進めた。
【0010】
しかしながら、本発明者が新規の製造方法の研究を進める中で大きな障害が現れた。具体的には、出発材として、市販されているため入手が容易なm‐ヒドロキシベンズアルデヒドを採用した場合、ウィッティヒ反応が非水系反応であるため、通常、ヒドロキシ基など酸性プロトンを分子内に持つ誘導体の該出発材に対してはウィッティヒ反応を適用することが難しい。
【0011】
また、出発材として上述のm‐ヒドロキシベンズアルデヒド又は該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を採用すると、ウィッティヒ反応による反応混合物を、公知の鉱油性溶媒を用いた分離濾過によって除去することが困難になるという問題が生じた。詳しく説明すると、ウィッティヒ反応を用いる場合に、上述の出発材を採用すると、該反応の代表的な副生成物であるトリフェニルホスフィンオキシド(PhPO,triphenylphosphine oxide)を含む反応混合物の除去が困難であることが明らかとなった。
【0012】
そこで、本発明者は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドを出発材とした場合は、ウィッティヒ反応の反応等量を大きく超える量の2‐Methoxymethyl triphenylphosphazene誘導体である、下記の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤を、該出発材に反応させることを試みた。
【0013】
【化1】
【0014】
その結果、大変興味深いことに、以下の(a)及び(b)に示す特有の効果が生じ得ることが明らかとなった。
(a)ウィッティヒ反応剤の一部が、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのヒドロキシ基のプロトンをホスフィニウム基に置換し得る。
(b)ウィッティヒ反応剤の他の一部が、出発材のアルデヒド基と反応させることにより炭素数を1つ増やす、増炭反応(One‐carbon Homologation Reaction)を実現したエノール誘導体を生成することができる。
【0015】
ここで、一般的には、ウィッティヒ反応が非水系反応であるため、ヒドロキシ基を有する出発材を採用することは不適合であると当業者であれば考えるだろう。しかしながら、上述の試みの特筆すべき点は、ウィッティヒ反応の反応等量を大きく超える量のウィッティヒ反応剤を導入することにより、上述の(a)の作用、すなわちヒドロキシ基のプロトンをウィッティヒ反応剤由来のホスフィニウム基に置換されることにより、従来は不適合であると考えられていたヒドロキシ基を有する出発材を実用可能にしたことであると言える。
【0016】
なお、ウィッティヒ反応剤であるHC‐O‐CH=PPhは、既成の化合物として用いられることに限定されない。例えば、ウィッティヒ反応において一般的に用いられる溶媒(例えば、トルエン又はテトラヒドロフラン)中で(メトキシメチル)トリフェニルホスホニウムクロリド(HC‐O‐CH‐P(Cl)Ph)と強塩基(例えば、カリウムtert‐ブトキシド)とをin‐situで反応させることによってウィッティヒ反応剤であるHC‐O‐CH=PPhを生成させることができる。従って、本願においては、原料化合物から生成され得る該ウィッティヒ反応剤を出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドとウィッティヒ反応させることも、HC‐O‐CH=PPhをウィッティヒ反応剤として用いていることに含まれる。
【0017】
また、上述の試みは、下記の化学反応式(II)によって2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を得ようとする、云わば第1段階の工程(反応工程)のためのものである。上述のとおり、ウィッティヒ反応の反応等量を大きく超える量のウィッティヒ反応剤を上述のm‐ヒドロキシベンズアルデヒドに反応させる(下記の化学反応式(II)のX)ことによって、ウィッティヒ反応剤に上述の2つの役割を担わせることが可能となったことは特筆に値する。なお、下記の化学反応式(II)は、ウィッティヒ反応剤の一例であるHC‐О‐CH=PPhを採用した場合の反応式である。
【0018】
【化2】
【0019】
ここで、上述の化学反応式(II)のXに示す工程(化学反応工程)を確度高く実現するためには、ウィッティヒ反応の反応等量の2倍以上(より好適には2倍超、さらに好適には2.1倍以上)の量のウィッティヒ反応剤を該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドに反応させることが好適な一態様である。というのも、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドが該反応系内に残存すると、後で行われるZに示す工程、すなわち酸化反応において、当該残存するm‐ヒドロキシベンズアルデヒドがそのまま酸化された、m‐ヒドロキシ安息香酸(m‐hydroxybenzoic acid)を生成させ、それが2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸との混合物を生成することになるためである。該m‐ヒドロキシ安息香酸と2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸とは、メチレン鎖一つの差に過ぎないため、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の各種分析による識別、又は2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸のみを単離抽出することは実質的に不可能と言える。その結果、目的とする2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸とm‐ヒドロキシ安息香酸が混在することになるため、例えば、上述の背景技術において説明した化学製品としての効用が低下するという問題が生じることになる。
【0020】
一方、上述の化学反応式(II)のXに示す工程(反応工程)を確度高く実現するためウィッティヒ反応剤の導入量の上限値は特に限定されない。なお、不要なまでの多くの量を導入することの経済的不利益、副次反応の影響の防止ないし抑制、及び/又は付随する精製工程の適正化の観点から、ウィッティヒ反応剤の反応等量の3倍以下(より好適には、2.5倍以下)とすることは好適な一態様である。
【0021】
さらに、本発明者が研究を進める中で、上記(II)に示す化学反応式におけるY及びZに示す各工程(反応工程)、すなわち、生成された該エノール誘導体から酸加水分解を経て2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を得る工程を確度高く実現するためには、新たな障害を克服する必要が生じた。
【0022】
具体的には、該エノール誘導体は、酸性下においては容易に加水分解される。そのため、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドから1炭素が増炭された2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成することができる。しかしながら、該2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドは、不安定であるために単離させることが非常に難しい化合物であることが確認された。
【0023】
そこで、さらに研究と分析を重ねた結果、本発明者は、該2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを単離することなく、酸加水分解反応の反応媒体中で酸化反応をin‐situで行うことにより、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造し得ることを見出した。
【0024】
その結果、本発明者は、市販の出発材から、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を全く用いることなく、安全に、且つ多段階工程を経ることなく効率的に2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造し得ることを見出した。本発明の一つは上述の視点と経緯に基づいて創出された。
【0025】
本発明の1つの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドと、該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して2モル等量以上の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成する第1工程と、該m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応によって2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成する第2工程と、該2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを、酸化剤を用いて処理する第3工程と、を含む。加えて、この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法は、前述の第2工程と前述の第3工程を、in‐situで行う。
一般式(I)
【0026】
【化3】
【0027】
この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法によれば、第1工程(上述の化学反応式(II)のXの反応工程に相当)において出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して2モル等量以上の該ウィッティヒ反応剤を反応させることにより、該出発材から確度高くm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成することができる。換言すれば、第1工程後の該出発材の残量を確度高く少なくすることができる。また、この製造方法における第2工程(上述の化学反応式(II)のYの反応工程に相当)と第3工程(上述の化学反応式(II)のZの反応工程に相当)とをin‐situで行うことにより、確度高く、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造することができる。なお、この製造方法を採用すると、後述する、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を出発材とするもう一つの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法と比較して、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩の調整を予め行う必要がないため、その観点において、そのための材料が不要であるとともに、製造工程の簡素化が実現され得る。
【0028】
また、本発明者は、研究を進める中で、上述の第1工程における出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドの代わりに、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を出発材とすることを試みた。その結果、上述の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤の使用量を低減し得ることが明らかとなった。
【0029】
下記の化学反応式(III)は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩の一例であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのナトリウム(Na)塩を採用した場合の反応式である。化学反応式(III)に示すように、出発材としてm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのナトリウム(Na)塩を採用した場合、ウィッティヒ反応剤は、上述の2つの役割、すなわち(a)及び(b)の役割のうち、(a)の役割の担う必要性が実質的になくなることになる。そのため、該(b)の役割、換言すれば増炭反応を担うのに必要な量の該ウィッティヒ反応剤を導入すれば、上述のm‐ヒドロキシベンズアルデヒドを出発材としたときの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法における該第1工程と同様の効果を生じさせ得ることを本発明者は知得した。
【0030】
【化4】
【0031】
なお、上述の説明においては、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのナトリウム(Na)塩をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩の一例として説明したが、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのナトリウム(Na)塩に限定されない。m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのカリウム(K)塩であっても、該ナトリウム(Na)塩と同傾向の結果が実現され得る。
【0032】
従って、上述の化学反応式(III)のXに示す工程(反応工程)を確度高く実現するためのウィッティヒ反応剤の導入量は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩に対して反応等量以上であればよい。なお、該導入量の上限値は特に限定されない。しかしながら、不要なまでの多くの量を導入することの経済的不利益、副次反応の影響の防止ないし抑制、及び/又は付随する精製工程の適正化の観点から、ウィッティヒ反応剤の反応等量の2倍未満(より好適には、1.5倍以下)とすることは好適な一態様である。
【0033】
また、上記(III)に示す化学反応式におけY及びZに示す各工程(反応工程)における技術的課題は、出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドとした場合と同様であり、上述と同様の解決手段を採用することによって、該課題が克服され得ることを本発明者は知得した。
【0034】
その結果、本発明者は、出発材としてm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を採用することにより、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を全く用いることなく、安全かつ効率的に2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造し得ることを見出した。本発明のもう一つは、かかる視点と経緯に基づいて創出された。
【0035】
本発明のもう1つの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩と、該アルカリ金属塩に対して反応等量以上の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成する第1工程と、該m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応によって2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成する第2工程と、該2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを、酸化剤を用いて処理する第3工程と、を含む。加えて、この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法は、前述の第2工程と前述の第3工程を、in‐situで行う。
一般式(I)
【0036】
【化5】
【0037】
この製造方法によれば、第1工程において、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を出発材とすることにより、該アルカリ金属塩と上述の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させる際の該ウィッティヒ反応剤の量は、反応等量以上であれば足りることになる。換言すると、該ウィッティヒ反応剤の量を、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドを出発材としたときよりも低く抑えることが可能となる。また、この製造方法における第2工程(上述の化学反応式(III)のYの反応工程に相当)と第3工程(上述の化学反応式(III)のZの反応工程に相当)とをin‐situで行うことにより、確度高く、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造することができる。
【0038】
また、本発明の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物は、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物が、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドを、0.1wt%未満含む。
【0039】
この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物によれば、上記説明した2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法を採用することにより、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドが存在する量、換言すれば該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドの残存量を、0.1wt%未満にまで低減した、純度の高い2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸が実現され得る。また、この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物は、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を含有しないため、安全性が高い。
なお、本願において、「2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物」とは、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸に加えて、その他の物質(例えば、出発材としてのm‐ヒドロキシベンズアルデヒド又は該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩、あるいは該2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造過程において生成される副生成物)を含有し得る組成物という意味であり、該「2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物」の組成は特に限定されない。
【発明の効果】
【0040】
本発明の1つの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法によれば、出発材から確度高くm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成することができる。また、この製造方法における第2工程(酸加水分解工程に相当)と第3工程(酸化工程に相当)とをin‐situで行うことにより、確度高く、出発材からの増炭反応が実現された2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造することができる。加えて、この製造方法によれば、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を全く用いることなく、安全かつ効率的に2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造し得る。
【0041】
また、本発明の1つの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物によれば、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドが存在する量、換言すれば該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドの残存量を、0.1wt%未満にまで低減した、純度の高い2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を実現し得る。また、この2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物は、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を含有しないため、安全性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1】実施例1における、ウィッティヒ反応剤調整後、所定の温度条件下において、反応混合物中に出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドを滴下完了した直後の第1工程の途中段階のHPLC(高速液体クロマトグラフィー)の図である。
図2】実施例1における第1工程(ウィッテッヒ反応)後のHPLCの図である。
図3】実施例1における第2工程(酸加水分解反応)後のHPLCの図である。
図4】実施例1における第3工程(酸化反応)後のHPLCの図である。
図5】実施例1における第3工程(酸化反応)後に得られた、精製後の生成物のプロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトルの図である。
図6】実施例1における第3工程(酸化反応)後に得られた、精製後の生成物のC‐13核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルの図である。
図7】実施例1における第3工程(酸化反応)後に得られた、精製後の生成物のIRスペクトル(赤外吸収スペクトル)の図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
<第1の実施形態>
以下に、本実施形態における2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法、及び該2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸について説明する。
【0044】
<2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法>
本実施形態は、出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドとしたときの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造する方法を説明する。
【0045】
本実施形態においては、ウィッティヒ反応剤であるHC‐O‐CH=PPhと出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドとをウィッティヒ反応させるために、次の反応工程(A)と反応工程(B)とが、ウィッティヒ反応において一般的に用いられる溶媒(例えば、トルエン又はテトラヒドロフラン)中において行われる。従って、該反応工程(A)と該反応工程(B)とが云わばin‐situで行われることになる。
(A)市販されている、原料化合物の(メトキシメチル)トリフェニルホスホニウムクロリド(HC‐O‐CH‐P(Cl)Ph)と、強塩基(例えば、カリウムtert‐ブトキシド)とを反応させて該ウィッティヒ反応剤を生成する工程
(B)(A)反応に続く、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドと該ウィッティヒ反応剤とのウィッティヒ反応を生じさせることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成させる工程
【0046】
より具体的には、上述の反応工程(A)、すなわち、該ウィッティヒ反応剤を生成する工程の後に、該ウィッティヒ反応剤を収容する容器(例えば、フラスコ)内に出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドを導入することにより、in‐situでのウィッティヒ反応に基づく、m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの生成を実現し得る。本実施形態のように、反応工程(A)と反応工程(B)とをin‐situで行うことにより、市販の原料化合物を採用できるとともに、ウィッティヒ反応剤を態々単離する必要もなくなるため、非常に効率的な、且つ収率の点において無駄が生じ難いm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの生成が可能となる。
【0047】
ここで、上述の反応工程(A)において生成されるウィッティヒ反応剤の量が、該出発材に対して、ウィッティヒ反応における反応等量を大きく超える量、より詳細には2モル等量以上となること、又はそのような量になるように上述の原料化合物と強塩基との量が調整されることは、上述の反応工程(B)を確度高く生じさせる観点から好適な一態様である。既に述べたとおり、該反応工程(B)後の出発材(m‐ヒドロキシベンズアルデヒド)の残存量をできる限り少なくすることが、後述する第3工程後に、不要で且つ単離が困難な副生成物であるm‐ヒドロキシ安息香酸(m‐hydroxybenzoic acid)の生成を確度高く防止することにつながる。
【0048】
なお、より確度高く、副生成物であるm‐ヒドロキシ安息香酸の生成を防止する観点から言えば、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドと、該m‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して2モル等量超(さらに好適には、2.1モル等量以上)の該ウィッティヒ反応剤を反応させることが、より好適な一態様である。
【0049】
また、上述の反応工程(A)及び反応工程(B)のいずれにおいても、冷却及び撹拌しながら反応させることが好ましい。また、上述の反応工程(B)が、本実施形態における第1工程(既に説明した、化学反応式(II)のXの反応工程に相当)となる。
【0050】
その後、本実施形態においては、第1工程によって得られたm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを含む反応混合物等(未反応の化合物を含む)を、濃度が数wt%の塩酸水によって分液して得られる有機層を採用する。該有機層を塩酸水及び水によって分液した後、減圧下において第1工程の該溶媒を留去し、酢酸エチル等のエステルの溶液を加えて撹拌することによって、冷却下で析出させた固形物を濾過する。その後、得られた有機層から酢酸エチル等のエステルの該溶液を減圧下において留去することによって得られる粘稠状の固形物が、m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの粗生成物となる。なお、本実施形態においては、前述の粘稠状の固形物は、該m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの粗生成物と、上述の第1工程によって生成されるウィッティヒ反応の副生成物の一部との混合物(すなわち、粘稠状の混合物)である。
【0051】
その後、本実施形態においては、第2工程(既に説明した、化学反応式(II)のYの反応工程に相当)が行われる。
【0052】
具体的な例の一つとして、該第2工程は、第1工程によって得られたm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを含む粘稠状の混合物を、例えば有機溶媒(例えば、アセトニトリル)を用いて希釈した後、該混合物を収容する容器に塩酸を加えて酸加水分解反応を生じさせる工程である。なお、本実施形態においては酸加水分解反応のために塩酸が採用されているが、塩酸の代わりに、希硫酸、メチルスルホン酸、又はp‐トルエンスルホン酸等が採用されても、本実施形態の少なくとも一部の効果が奏され得る。
【0053】
本実施形態においては、m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応を生じさせるための十分な時間が経過した後、その反応混合物(代表的には、2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒド)を取り出すことなく、すなわち、in‐situで、続く第3工程(既に説明した、化学反応式(II)のZの反応工程に相当)が行われる。
【0054】
具体的な例の一つとして、該第3工程は、適切に温度管理が行われている中で、上述の第2工程が行われた反応系内に酸化剤を加える工程である。該酸化剤による2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドの酸化反応によって、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を含む反応混合物が得られる。
【0055】
また、本実施形態においては、該反応混合物から固体を濾過して得られた濾液から上述の有機溶媒を減圧下において留去した後、酢酸エチル等のエステルの溶液と水酸化ナトリウム(NaOH)とを加えて撹拌することにより、分液を経てアルカリ性の水溶液を得る。本実施形態は、その後、該水溶液に該エステルの溶液と濃塩酸とを加えることによって分液して得られる有機層を採用する。該有機層は、減圧下において該エステルの溶液を留去することにより、粘稠状の固体である2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の粗生成物が得られる。
【0056】
なお、該粗生成物の精製のためには、例えば、該粗生成物を多量の有機溶媒(例えば、トルエン)を用いて加熱還流処理を行った後、濾過処理を行い、得られた濾液を冷却することにより、薄茶色固体物質が析出する。この薄茶色固体物質が、精製された2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸である。
【0057】
なお、酸化剤を用いて処理する上述の第3工程は、-10℃以上10℃以下において行うことが好ましい。該第3工程が-10℃未満の温度条件下で行われると、生成させた2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドからin‐situで目的の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸への変換が極めて遅く工業的に実用的でなく、該第3工程が10℃超の温度条件下で行われると、酸素ラジカルが増炭した炭素であるメチレン炭素を攻撃することで、開裂反応をおこしたのち酸化反応を提供するので、m‐ヒドロキシ安息香酸(出発材の酸化生成物と同じ化合物)を与えるという問題が生じ得る。
【0058】
また、上述の第3工程の反応を実現し得る酸化剤は、次の(x)及び(y)の要件を満たす酸化剤であれば、酸化剤の種類は限定されない。
(x)2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドにおけるアルデヒド基をカルボキシル基へ導く反応を実現し得る酸化剤
(y)該アルデヒド基とは異なる官能基に対する副次的反応を生じさせ難い酸化剤
【0059】
上述の観点から見れば、該第3工程に用いられる酸化剤が、ヒドロキシペルオキシドを含む過酸化物及びオキソン(登録商標)(2KHSO5.KHSO4.K2SO4)の群から選択される少なくとも1種であることは、本実施形態の好適な一態様である。なお、前述の2種類の酸化剤の例の中でも、特にオキソン(登録商標)を採用することは、本実施形態の効果を最も確度高く生じさせるものとして好適である。
【0060】
本実施形態の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法を採用することにより、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドから確度高くm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成することができる。換言すれば、第1工程後の該出発材の残量を確度高く少なくすることができる。また、この製造方法における該第2工程と該第3工程とをin‐situで行うことにより、確度高く2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造することができる。また、本実施形態の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法を採用することにより、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を全く用いることなく、安全に、且つ多段階工程を経ることなく効率的に2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造し得ることは特筆に値する。
【0061】
加えて、本実施形態の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法を採用することにより、上述のとおり、該出発材の残量を確度高く少なくすることができる。従って、該製造方法によって生成された2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物が含むm‐ヒドロキシベンズアルデヒドの量は、0.1wt%未満にまで低減され得る。
【0062】
<第2の実施形態>
以下に、本実施形態における第1の実施形態とは異なる2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法について説明する。
【0063】
<2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法>
本実施形態は、出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩としたときの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造する方法を説明する。
【0064】
既に説明したとおり、化学反応式(III)は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩の一例であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのナトリウム(Na)塩を採用した場合の反応式である。なお、既成のm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を出発材として採用しても良いが、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩の原料化合物からm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を生成することも採用し得る一態様である。
【0065】
<出発材の合成工程>
上述のとおり、本実施形態においては、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩を出発材として採用する。原料化合物であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドから、代表的なm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩の例である、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのナトリウム塩の合成例は、次のとおりである。
【0066】
原料化合物であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒド(Mw=122.12,204.7mmol)をメタノール100mL(ミリリットル)内に投入し、0℃~5℃の温度条件下で攪拌しながら、ナトリウムメトキシド28wt%メタノール溶液39.5g(Mw=54.01,204.7mmol)を滴下する。この工程により、反応混合物が生成する。
【0067】
その後、室温に戻した該反応混合物から、減圧下において溶媒のメタノールを留去した。その結果として得られた固体を50℃で約12時間減圧乾燥を行うことにより、本実施形態の出発材である薄黄色結晶の、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドナトリウム(Na)塩(Mw=144.1,29.49g)を得ることができる。
【0068】
<出発材の合成工程>
上述のとおり合成されたm‐ヒドロキシベンズアルデヒドナトリウム(Na)塩は、第1の実施形態と同様に、ウィッティヒ反応剤であるHC‐O‐CH=PPhとの反応(ウィッティヒ反応)によって、m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルを生成させる(本実施形態における第1工程)。
【0069】
なお、本実施形態においては、第1の実施形態とは異なり、ウィッティヒ反応剤の導入量は、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩(前述の例においては、ナトリウム塩)に対して反応等量以上であればよい。これは、本実施形態の出発材において、既にヒドロキシ基のプロトンがナトリウム基に置換されていることから、ウィッティヒ反応を行う際の該ヒドロキシ基の影響は実質的に無くなっているためである。
【0070】
その後の本実施形態における第2工程(既に説明した、化学反応式(III)のYの酸加水分解反応工程に相当)は、第1の実施形態の第2工程(既に説明した、化学反応式(II)のYの酸加水分解反応工程に相当)と同じ工程である。また、その後の本実施形態における第3工程(既に説明した、化学反応式(III)のZの酸化反応工程に相当)は、第1の実施形態の第3工程(既に説明した、化学反応式(III)のZの酸加水分解反応工程に相当)と同じ工程である。
【0071】
上述のとおり、出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩としたときであっても、第1の実施形態と同様に、該第2工程と該第3工程とをin‐situで行うことにより、確度高く2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造することができる。また、本実施形態の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法を採用することにより、第1の実施形態と同様に、毒性のあるCNソースの反応剤、あるいは臭気対策が必要な硫黄系の反応剤を全く用いることなく、安全に、且つ多段階工程を経ることなく効率的に2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造し得ることは特筆に値する。
【0072】
<実施例>
以下の各実施例を通じて上述の実施形態を具体的に説明するが、該実施例の記載によって本発明及び該実施形態の範囲は限定されない。
【0073】
(実施例1)
[出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドとしたときの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造方法について]
【0074】
(第1工程に用いるウィッティヒ反応剤の生成)
本実施例においては、有機溶媒(トルエン)300mLが収容されたフラスコに、原料化合物の(メトキシメチル)トリフェニルホスホニウムクロリド206g(0.6mol)とカリウムtert‐ブトキシド74.1g(0.66mol)とを、窒素ガスを流しながら反応系内を5℃以下になるように温度制御された状態で反応させる。その結果、ウィッティヒ反応剤であるHC‐O‐CH=PPhが生成される。
【0075】
(第1工程)
その後、上述のウィッティヒ反応剤の生成が行われた反応系内に、該反応系内が20℃以下になるように温度制御された状態でm‐ヒドロキシベンズアルデヒド30.6g(0.251mol)を添加し、室温下において撹拌した。なお、本実施例においては、上述のウィッティヒ反応剤の生成工程において生成されたウィッティヒ反応剤は、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドの約2.4モル等量である。
【0076】
その後、該第1工程における第1反応混合物(未反応の化合物を含む)を約10℃になるように冷却し、氷100g及び5%塩酸水200gを用いて有機層を分液した。さらにその後、該有機層を塩酸水及び水によって分液した後、減圧下において有機溶媒であるトルエンを留去し、酢酸エチル100mLを加えて約0℃の温度条件下で撹拌した。その結果、m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの粗生成物とウィッティヒ反応の副生成物とを含む粘稠状の混合物(第1混合物)を得た。
【0077】
図1は、本実施例における、ウィッティヒ反応剤調整後、所定の温度条件下において、反応混合物中に出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドを滴下完了した直後の第1工程の途中段階のHPLC(高速液体クロマトグラフィー)の図である。また、図2は、本実施例における第1工程(ウィッテッヒ反応)後のHPLCの図である。ここで、図中のP1はウィッティヒ反応剤であり、Q1は出発材(m‐ヒドロキシベンズアルデヒド)である。また、R1はウィッティヒ反応の副生成物であり、S1はウィッティヒ反応の生成物であるm‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルである。また、T1は、溶媒であるトルエンである。なお、図1以外のHPLCの図においても、特に言及がない限り、共通する化合物に対しては共通する記号が付されている。
【0078】
図1及び図2に示すように、ウィッティヒ反応が進むにつれて、出発材を示すQ1のピークが小さくなり、本実施例における第1工程後においては、Q1のピークは、殆ど確認することができない程度の高さにまで小さくなっている。従って、上述のとおり、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドに対して、ウィッティヒ反応における2モル等量以上のウィッティヒ反応剤の量(例えば、約2.4モル等量)が該出発材と反応したことにより、確度高く出発材の残量を低減することが可能となった。
【0079】
(第2工程)
その後、上述の第1混合物を、アセトニトリル300mlを用いて希釈した後、該第1混合物を収容する容器に、濃塩酸5gに対して水5gを添加した塩酸を加えて、室温下において撹拌することにより、酸加水分解反応(既に説明した、化学反応式(II)のYの反応工程に相当)を生じさせた。
【0080】
図3は、本実施例における第2工程(酸加水分解反応)後のHPLCの図である。なお、図中のU1は2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドであり、V1は残酢酸エチルである。
【0081】
ここで、本実施例においては、上述の第2工程が終わるまでの十分な時間(例えば、12時間)が経過した後、2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを含む反応混合物(第2混合物)を取り出すことなく、すなわち、in‐situで、続く第3工程(既に説明した、化学反応式(II)のZの反応工程に相当)が行われた。
【0082】
(第3工程)
上述のとおり、in‐situで、0℃以上5℃以下の温度条件下において、該第2混合物を収容する容器内に、酸化剤であるオキソン(登録商標)(2KHSO5.KHSO4.K2SO4)153.7gを加えて撹拌することにより、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を含む反応混合物(第3混合物)を得た。
【0083】
該第3混合物から固体を濾過して得られた濾液から上述のアセトニトリルを減圧下において留去した後、酢酸エチル240mLと10wt%の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液とを加えて撹拌することにより、分液を経てアルカリ性の水溶液を得た。
【0084】
その後、該水溶液に、再び酢酸エチル300mLと濃塩酸約80gを加えて撹拌した後、分液して得られた有機層から減圧下において酢酸エチルを留去した。その結果、粘稠状の固体である2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の粗生成物を得た。
【0085】
さらにその後、該粗生成物の精製のために、粗粗生成物の約10倍の容量のトルエンと少量の活性炭とを該粗生成物を収容する容器内に加え、加熱還流処理を行った後、濾過処理を行った。本実施例においては、該濾過処理によって得られた濾液を冷却することにより、薄茶色固体物質である2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸19.65gを得た。本実施例における収率は、約51.6%であった。
【0086】
図4は、本実施例における第3工程(酸化反応)後の、精製された上述の薄茶色固体物質のHPLCの図である。なお、図中のW1は、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸である。
【0087】
図4に示すように、ウィッティヒ反応の副生成物(R1)を除けば、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸のピーク(W1)のみを視認することができる。従って、その他の化合物は、非常に少ない量しか残留していないことが分かる。
【0088】
また、図5は、本実施例における第3工程(酸化反応)後に得られた、精製後の生成物のプロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトルの図である。また、図6、本実施例における第3工程(酸化反応)後に得られた、精製後の生成物のC‐13核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルの図である。加えて、図7は、本実施例における第3工程(酸化反応)後に得られた、精製後の生成物のIRスペクトル(赤外吸収スペクトル)の図である。
【0089】
図5乃至図7に示すように、精製された2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸は、出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドを殆ど含有していない。より具体的には、2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸組成物が含有する出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドは、0.1wt%未満であることが明らかとなった。
【0090】
(実施例2)
[出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩としたときの2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸を製造方法について]
【0091】
まず、実施例1と同様に、有機溶媒(トルエン)120mL(実施例1に対して容量比で約40%の量)が収容されたフラスコに、ウィッティヒ反応剤であるHC‐O‐CH=PPhを生成するために、原料化合物の(メトキシメチル)トリフェニルホスホニウムクロリド37.8g(0.11mol)とカリウムtert‐ブトキシド13.5g(0.12mol)とを、窒素ガスを流しながら反応系内を5℃以下になるように温度制御された状態で反応させる。なお、出発材をm‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩としていることから、該原料化合物及び該カリウムtert‐ブトキシドの量は、いずれも、実施例1に対してモル比で約20%の量である。
【0092】
(第1工程)
その後、本実施例においては、上述のウィッティヒ反応剤の生成が行われた反応系内に、該反応系内が20℃以下になるように温度制御された状態で、第2の実施形態において説明した出発材であるm‐ヒドロキシベンズアルデヒドナトリウム(Na)塩14.4g(0.10mol)を添加し、室温下において撹拌した。
【0093】
なお、本実施例の出発材の量は、実施例1に対してモル比で約40%の量である。従って、本実施例においては、上述のとおり、ウィッティヒ反応剤の導入量が、m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩に対して反応等量以上(より詳細には、反応等量の小過剰量。代表的な一例は約1.2等量)という比較的少ない量である。
【0094】
その後に行われる第2工程及び第3工程は、それらの各工程において用いた化合物の量を実施例1における化合物に対して約40%の量に合わせたうえで、第2の実施形態において説明した各処理(精製処理を含む)が行われた。その結果、実施例1において説明した反応と同様の反応が行われることにより、薄茶色固体物質である2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸7.76gを得た。本実施例における収率は、約51.0%であった。また、本実施例においても、実施例1と同様に各種のHPLC分析、プロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトル分析、C‐13核磁気共鳴(13C NMR)スペクトル分析、及びIRスペクトル分析を行った結果、実施例1と同様の結果が得られた。
【0095】
上述の実施形態及び各実施例は、本発明を何ら限定するものではない。上述の実施形態及び各実施例の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法、及び本発明の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸は、有用な化学物質、又はその製造方法として、多様な用途の材料(例えば、各種の医薬品又は化粧品等に用いられる機能性材料又はその中間体)のために広く利用され得る。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【手続補正書】
【提出日】2024-06-06
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
m‐ヒドロキシベンズアルデヒドのアルカリ金属塩と、前記アルカリ金属塩に対して反応等量以上の一般式(I)で表されるウィッティヒ反応剤とを反応させることによってm‐ヒドロキシスチリルメチルエ‐テルを生成する第1工程と、
前記m‐ヒドロキシスチリルメチルエーテルの酸加水分解反応によって2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを生成する第2工程と、
前記2‐(m‐ヒドロキシフェニル)アセトアルデヒドを、酸化剤を用いて処理する第3工程と、を含み、
前記第2工程と前記第3工程を、in‐situで行う、
2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
一般式(I)
【化1】
【請求項2】
前記第3工程を、-10℃以上10℃以下において行う、
請求項1に記載の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。
【請求項3】
前記酸化剤が、ヒドロキシペルオキシドを含む過酸化物及びオキソン(登録商標)(2KHSO5.KHSO4.K2SO4)の群から選択される少なくとも1種である、
請求項1又は請求項2に記載の2‐m‐ヒドロキシフェニル酢酸の製造方法。