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特開2024-179385水性インク、インクカートリッジ、記録ユニット及びインクジェット記録装置
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  • 特開-水性インク、インクカートリッジ、記録ユニット及びインクジェット記録装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179385
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】水性インク、インクカートリッジ、記録ユニット及びインクジェット記録装置
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/328 20140101AFI20241219BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20241219BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
C09D11/328
B41J2/01 501
B41M5/00 120
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098198
(22)【出願日】2023-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000208743
【氏名又は名称】キヤノンファインテックニスカ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】米澤 詩織
(72)【発明者】
【氏名】澄川 裕輔
【テーマコード(参考)】
2C056
2H186
4J039
【Fターム(参考)】
2C056FC01
2H186BA02
2H186DA07
2H186FB11
2H186FB16
2H186FB17
2H186FB25
2H186FB29
2H186FB30
2H186FB50
2H186FB53
4J039BA14
4J039BA29
4J039BC09
4J039BC29
4J039BC33
4J039BC37
4J039BC39
4J039BC50
4J039BC54
4J039BE04
4J039BE12
4J039BE28
4J039BE30
4J039CA03
4J039EA46
4J039GA24
(57)【要約】      (修正有)
【課題】サーマル方式の記録ヘッドの劣化(発熱部の溶解や断線)を抑制し、連続印刷を行っても良好な吐出性が維持できる水性インクの提供。
【解決手段】金属または金属酸化物を含有する発熱部を備えた記録ヘッドを用いて吐出される水性インクであって、液性がアルカリ性であり、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、式(1)で表される化合物(R~Rは、水素原子、炭素数1~6のアルキル基であり、AO及びAOは、オキシアルキレン基である)と、式(2)で表される化合物と、を含有する。


【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属または金属酸化物を含有する発熱部を備えた記録ヘッドを用いて吐出される水性インクであって、
液性がアルカリ性であり、
芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、下記式(1)で表される化合物と、下記式(2)で表される化合物と、を含有する、ことを特徴とする水性インク。
【化1】
(式(1)中、R、R、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、分枝していても良い炭素数1~6のアルキル基であり、AO及びAOは、それぞれ独立に、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、又はオキシエチレンとオキシプロピレンを含むオキシアルキレン基であり、m及びnは、それぞれ独立に0より大きい整数である。)
【化2】
(式(2)中、Rは炭素数1~4のアルキレン基である。)
【請求項2】
前記色材が下記式(3)で表される化合物又はその塩である、請求項1に記載の水性インク。
【化3】
【請求項3】
前記式(2)で表される化合物の含有量がインク全質量に対して1質量%以上20質量%以下である、請求項1に記載の水性インク。
【請求項4】
インクを収容するインク収容部を備えたインクカートリッジであって、前記インクが請求項1~3のいずれか1項に記載の水性インクである、ことを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項5】
インクを収容するインク収容部と、前記インクに熱エネルギーを加えて前記インクを吐出させ、吐出させた前記インクを用いて画像を記録することが可能な記録ヘッドと、を備えた記録ユニットであって、前記インクが請求項1~3のいずれか1項に記載の水性インクである、ことを特徴とする記録ユニット。
【請求項6】
インクを収容するインク収容部と、前記インクに熱エネルギーを加えて前記インクを吐出させ、吐出させた前記インクを用いて画像を記録することが可能な記録ヘッドと、を備えたインクジェット記録装置であって、前記インクが請求項1~3のいずれか1項に記載の水性インクである、ことを特徴とするインクジェット記録装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーマル方式の記録ヘッドに生じる不具合を抑制し、長期に渡って良好な吐出性が得られる水性インク、これを用いたインクカートリッジ、記録ユニット及びインクジェット記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方法は、普通紙および光沢メディア等の記録媒体にインク滴を吐出して画像を形成する記録方法であり、近年、低価格化と高画質化が進んだことに加えて急速にデジタルカメラが普及したことで、銀塩写真に替わる写真画像の出力方法として広く利用されている。
【0003】
一方、インク滴を吐出する記録ヘッドには、インクに熱エネルギーを加えて発生させた気泡でインク滴を吐出するサーマル方式と、ピエゾ素子を変形させて機械的にインク滴を吐出するピエゾ方式の2種類の方式が採用されている。サーマル方式の記録ヘッドは、ピエゾ方式の記録ヘッドよりも構造がシンプルであり、吐出口を高密度に形成できるという点で有利であるが、特定の色材と特定の溶剤を含む水性インクを吐出させると、吐出性が低下し、不吐(インク滴が吐出しない現象)が発生する場合があった。
【0004】
例えば、水素イオンを放出しやすい置換基(トリアジン環に結合したヒドロキシ基)を有する色材と、グリセリンと、を含む水性インクを、サーマル方式の記録ヘッドで吐出すると、記録ヘッド内部に設けられた、インクに熱エネルギーを加える発熱部が溶解したり、発熱部に電圧を印加する配線が断線して、吐出性が低下していた。
【0005】
このような問題に対して特許文献1では、一般式(I)で表される色材(トリアジン環にヒドロキシ基が結合した化合物)と、グリセリンと、を含む水性インクに、一般式(II)で表される化合物(ブチンジオールエーテル化物誘導体)を添加することで、吐出の際に生じる記録ヘッドの劣化(発熱部の溶解や断線)を抑制させていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006-63337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1で開示された技術は、一般式(I)で表される色材を用いた場合にのみ有効であり、色材を分子構造が異なる別の化合物に置き換えると、十分な効果が得られない場合があった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、特定の色材(水素イオンを放出しやすい置換基を有する色材)とグリセリンを含む水性インクを吐出する際に生じる記録ヘッドの劣化を抑制し、連続印刷を行っても良好な吐出性が維持できる水性インクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、以下に示す水性インクが提供される。
金属または金属酸化物を含有する発熱部を備えた記録ヘッドを用いて吐出される水性インクであって、液性がアルカリ性であり、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、下記式(1)で表される化合物と、下記式(2)で表される化合物と、を含有する、ことを特徴とする水性インク。
【0010】
【化1】
(式(1)中、R、R、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、分枝していても良い炭素数1~6のアルキル基であり、AO及びAOは、それぞれ独立に、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、又はオキシエチレンとオキシプロピレンを含むオキシアルキレン基であり、m及びnは、それぞれ独立に0より大きい整数である。)
【0011】
【化2】
(式(2)中、Rは炭素数1~4のアルキレン基である。)
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、特定の色材(水素イオンを放出しやすい置換基を有する色材)とグリセリンを含む水性インクを吐出する際に生じる記録ヘッドの劣化を抑制し、連続印刷を行っても良好な吐出性が維持できる水性インクを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明で使用するインクジェット記録装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<インク>
本発明にかかる水性インクは、液性がアルカリ性であり、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、式(1)で表される化合物と、式(2)で表される化合物と、を含有している。
【0015】
(色材)
本発明で用いる色材は、分子内に、ヒドロキシ基が結合した芳香環、またはヒドロキシ基が結合したトリアジン環を有する化合物である。例えば、下記式(3)で表される化合物又はその塩、下記式(4)で表される化合物又はその塩等が挙げられる。芳香環またはトリアジン環に結合したヒドロキシ基は、水素イオンを放出しやすい性質を有しており、このような性質を持つ色材を水溶液(水性インク)の状態にすると、緩衝作用を示す場合がある。緩衝作用とは、溶液に酸または塩基を加えた場合に起こる水素イオン濃度の変化をやわらげる作用であり、このような作用を持つ溶液では、少量の酸や塩基の添加に対してpHがあまり変化しない領域が現れる。
【0016】
【化3】
【0017】
【化4】
(式(4)中、Rは水素原子、アルキル基、ヒドロキシ低級アルキル基、シクロヘキシル基、モノ又はジアルキルアミノアルキル基、又はシアノ低級アルキル基であり、R、R、R、R及びRはそれぞれ独立に水素原子、炭素数1~8のアルキル基、又はカルボキシル基(但し、R、R、R、R及びRのすべてが水素原子である場合を除く)である。)
【0018】
色材の含有量は、インク全質量に対して0.1質量%以上10.0質量%以下であることが好ましく、インク全質量に対して3.0質量%以上10.0質量%以下であることがより好ましい。色材の含有量が0.1質量%未満である場合、画像濃度が低く、良好な発色性が得られないことがある。また、色材の含有量が10.0質量%を超える場合は、固着回復性が低下することがある。固着回復性とは、吐出口にインクが固着して吐出性が低下した記録ヘッドを、良好な吐出ができるように回復させる場合の難易度を意味する。通常、記録ヘッドの回復操作は、吐出口の周辺をワイピングしたり、吐出口からインクを吸引することで行われるが、固着回復性が低下すると、これらの操作が繰り返し必要になる。
【0019】
(その他の色材)
本発明の水性インクは、色調を整える目的で、前述した色材と異なるその他の色材を組み合わせて用いてもよい。以下に、その他の色材として使用できる色材を挙げるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
C.I.ダイレクトブラック17、19、22、31、32、51、62、71、74、112、113、154、168、195; C.I.アシッドブラック2、48、51、52、110、115、156; C.I.フードブラック1、2; カーボンブラック。
【0021】
ただし、その他の色材の含有量は、本発明の効果に影響を及ぼさないように、インク全質量に対して0.1質量%以上3.0質量%以下とすることが好ましく、0.5質量%以上3.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0022】
(グリセリン)
本発明にかかる水性インクは、グリセリンを含有している。本発明のインクにグリセリンを添加することで、固着回復性が向上できる。これは、グリセリンが不揮発性であり、インク中の揮発性成分(水やアルコール)が蒸発した場合でも、色材を溶解でき、インクが固化することを抑制できるからである。
【0023】
グリセリンの含有量は、インク全質量に対して3.0質量%以上20.0質量%以下であることが好ましく、インク全質量に対して5.0質量%以上15.0質量%以下であることがより好ましい。グリセリンの含有量が3.0質量%未満である場合は、固着回復性が不十分となることがあり、グリセリンの含有量が20.0質量%を超える場合には、インクの粘度が高くなり、インクの供給が遅くなることから、吐出性が低下する場合がある。
【0024】
(式(1)で表される化合物)
本発明にかかる水性インクは、下記式(1)で表される化合物を含有している。芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンを含むインクに、式(1)で表される化合物を添加することで、安定した吐出性が得られる。
【0025】
【化1】
(式(1)中、R、R、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、分枝していても良い炭素数1~6のアルキル基であり、AO及びAOは、それぞれ独立に、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、又はオキシエチレンとオキシプロピレンを含むオキシアルキレン基であり、m及びnは、それぞれ独立に0より大きい整数である。)
【0026】
式(1)で表される化合物の含有量は、インク全質量に対して0.01質量%以上1.0質量%以下であることが好ましく、インク全質量に対して0.01質量%以上0.5質量%以下であることがより好ましい。式(1)で表される化合物の含有量が0.01質量%未満である場合は、吐出性が悪化することがあり、式(1)で表される化合物の含有量が1.0質量%を超える場合は、滲み等の画像不良が発生する場合がある。
【0027】
(式(2)で表される化合物)
本発明にかかる水性インクは、下記式(2)で表される化合物を含有している。式(1)で表される化合物と、式(2)で表される化合物を併用することで、さらに安定した吐出性が得られる。
【0028】
【化2】
(式(2)中、Rは炭素数1~4のアルキレン基である。)
【0029】
式(2)で表される化合物の含有量は、インク全質量に対して1.0質量%以上20.0質量%以下であることが好ましく、インク全質量に対して5.0質量%以上10.0質量%以下であることがより好ましい。式(2)で表される化合物の含有量が1.0質量%未満である場合、本発明の効果(記録ヘッドに生じる劣化の抑制)が不十分となることがあり、良好な吐出性が得られないことがある。また、式(2)で表される化合物の含有量が20.0質量%を超える場合、インクの粘度が高くなり、インクの供給が遅くなって、良好な吐出性が得られないことがある。
【0030】
[特定の色材を含有するインクがサーマル方式の記録ヘッドを劣化させるメカニズム]
芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、を含む水性インクを、サーマル方式の記録ヘッドで吐出すると、記録ヘッド内部に設けられた発熱部(以下、特に断らない限り、インクと接する表面部分を指す)が溶解したり、発熱部に電圧を印加するための配線が断線したりする。このような記録ヘッドの劣化がどのようにして起こるのか、そのメカニズムは明確にはわかっていないが、特許文献1を参照すると次のように説明できる。
【0031】
記録ヘッド内部に設けられた発熱部は、後述するように、金属または金属酸化物で形成されている。このような発熱部の表面には、インク中に存在する水酸化物イオン(OH)が吸着しやすく、水酸化物イオン(OH)が吸着した状態で発熱部が加熱されると、吸着した水酸化物イオン(OH)と発熱部表面の金属が反応して発熱部が溶解する(削られる)。
【0032】
色材として通常の染料を使用した水性インクは、インク中に存在する水酸化物イオン量がわずかであり(例えば、pHが9.0のインク中に存在する水酸化物イオンの量は1.0×10-5mol/lであり)、金属または金属酸化物を含有する発熱部の表面に吸着する水酸化物イオンの量は少ない。このため、インクの吐出時、即ち、発熱部に電圧が印加され、発熱部が加熱された時に、水酸化物イオンと発熱部はほとんど反応を起こさない。その結果、発熱部の溶解や、発熱部に電圧を印加するための配線の断線は発生しない。
【0033】
これに対して、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材を含有する水性インクは、インク中に存在する水酸化物イオンの量が、色材として通常の染料を含有するインクよりも多い。これは、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材を含有するインクに緩衝作用があり、後述するpHの範囲にインクを調整する際に、多くの塩基を必要とするからである。水酸化物イオンの量は、インクのpHや色材の含有量によっても異なるが、通常の染料を含有するインクの水酸化物イオンの量(pHが9.0のとき、1.0×10-5mol/l)と比較して数桁以上多い。
【0034】
したがって、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材を含む水性インクを用いる場合、非常に多くの水酸化物イオンが記録ヘッド内の発熱部の表面に吸着する。そして、発熱部に電圧が印加され、発熱部が加熱された時に、発熱部に吸着した多量の水酸化物イオンと発熱部が反応を起こし、発熱部が激しく溶解する(削られる)。また、上記の反応は、発熱部に電圧が印加され、発熱部が加熱されるたびに繰り返されるため、発熱部の溶解や、発熱部に電圧を印加するための配線の断線はより発生しやすくなる。
【0035】
[式(1)および式(2)の化合物が記録ヘッドの劣化を抑制するメカニズム]
本発明においては、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、を含む水性インクに、式(1)で表される化合物を添加することで、安定した吐出性が得られる。この理由は、特許文献1で次のように説明されている。
【0036】
トリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材(特許文献1における一般式(I)の化合物に該当)と、グリセリンを含む水性インクに、式(1)で表される化合物(特許文献1における一般式(II)の化合物に該当)を添加すると、式(1)で表される化合物が、インク中の水酸化物イオン(OH)よりも優先して記録ヘッドの発熱部に吸着し、水酸化物イオン(OH)の発熱部への吸着を阻害する。その結果、発熱部の溶解が抑制され、安定した吐出性が得られる。
【0037】
また、本発明においては、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、式(1)で表される化合物を含有する水性インクに、式(2)で表される化合物を添加することで、さらに安定した吐出性が得られる。この理由は次のように推測している。
【0038】
式(2)で表される化合物は、式(1)で表される化合物と同じように、金属または金属酸化物の表面に吸着できる水酸基を持っている。したがって、式(2)で表される化合物は、式(1)で表される化合物と同様にして、インク中の水酸化物イオン(OH)よりも先に記録ヘッドの発熱部に吸着する。そして、式(1)で表される化合物と共に、水酸化物イオン(OH)が発熱部へ吸着することを阻止している。
【0039】
また、式(2)で表される化合物は、式(1)で表される化合物よりも分子サイズが小さいことから、発熱部への吸着量は式(1)で表される化合物よりも多いと予想される。一方、式(1)で表される化合物は、式(2)で表される化合物よりも分子サイズが大きく、一分子当たりの水酸化物イオン(OH)の発熱部への吸着を阻止する効果は大きいと考えられる。したがって、式(1)で表される化合物と式(2)で表される化合物を併用することで、水酸化物イオン(OH)の発熱部への吸着を効果的に抑制することができ、その結果、発熱部の溶解が抑制され、安定した吐出性が得られたと考えられる。
【0040】
尚、特許文献1は、本発明で用いた式(2)で表される化合物に類似した化合物(2-ピロリドン)と、式(1)で表される化合物を併用することで、発熱部の耐久性が改善されること、即ち、水酸化物イオン(OH)による発熱部の溶解が抑制できることを開示しているが、本発明者らの検討によれば、式(2)で表される化合物は、2-ピロリドンよりも明らかに高い効果を有している。この理由については次のように推測される。
【0041】
式(2)で表される化合物は、金属または金属酸化物の表面に吸着できる水酸基を持っている。したがって、式(2)で表される化合物の発熱部への吸着量は、2-ピロリドンの発熱部への吸着量よりも多い。さらに、式(2)で表される化合物は、環外に炭素数1~4のアルキル基を有しており、これが水酸化物イオン(OH)の発熱部への吸着を阻止する障害となって、水酸化物イオン(OH)による発熱部の溶解を抑制したのではないかと考えられる。
【0042】
(インクのpH)
本発明にかかる水性インクはアルカリ性である。pHは7.1以上10.5以下であることが好ましく、8.0以上10.0以下であることがより好ましい。インクのpHが7.1未満である場合、本発明で使用する色材の溶解性が低下するため、インクの保存安定性が低下することがある。また、インクのpHが10.5を越える場合、インクカートリッジや記録装置のインクと接する部材から不純物が溶出して、インクの性能が低下することがある。
【0043】
pHの調整には、アルカリ金属水酸化物やアンモニアなどのpH調整剤を用いることができる。アルカリ金属水酸化物としては、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、及び 水酸化リチウムなどが挙げられる。
【0044】
(溶媒)
本発明にかかる水性インクに含有される溶媒は特に限定されず、水、或いは水と水溶性有機溶剤の混合溶媒を使用することができる。
【0045】
使用する水は、脱イオン水(イオン交換水)であることが好ましい。また、水の含有量は、インク全質量に対して10.0質量%~90.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0046】
水溶性有機溶剤としては、アルコール、多価アルコール、ポリグリコール、グリコールエーテル、含窒素極性溶媒、含硫黄極性溶媒等が使用できる。具体的には、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール等の炭素数1~4のアルキルアルコール類; ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド類; アセトン、ジアセトンアルコール等のケトン又はケトアルコール類; テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類; ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール類; エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6-ヘキサントリオ-ル、チオジグリコール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等のアルキレン基が2~6 個の炭素原子を含むアルキレングリコール類; ポリエチレングリコールモノメチルエーテルアセテート等の低級アルキルエーテルアセテート;エチレングリコールモノメチル(又はエチル) エーテル、ジエチレングリコールメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル等の多価アルコールの低級アルキルエーテル類; トリメチロールプロパン、トリメチロールエタン等の多価アルコール; N-メチル-2-ピロリドン、2-ピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン等を用いることができる。なお、本発明で使用できる水溶性有機溶剤はこれらに限られるものではない。また、上記水溶性有機溶剤は、単独で用いても、或いは混合物として用いてもよい。
【0047】
水溶性有機溶剤の含有量は、インク全質量に対して5.0質量%~30.0質量%の範囲とすることが好ましく、インク全質量に対して10.0質量%~20.0質量%の範囲とすることがより好ましい。水溶性有機溶剤の含有量が5.0質量%より少ない場合、吐出性が悪化することがあり、水溶性有機溶剤の含有量が30.0質量%より多い場合、インクの粘度が上昇して、インクの供給に支障が生じることがある。
【0048】
(その他の添加剤)
本発明においては必要に応じて、界面活性剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤、及び、水溶性ポリマーなど、種々の添加剤を含有させてもよい。
【0049】
<記録媒体>
本発明の水性インクを用いて画像を形成する記録媒体としては、インクを付与して記録が行える従来より公知の記録媒体が使用できる。特に、支持体上に空隙を持つインク受容層が形成された記録媒体は、インク吸収性が高く、高画質な画像が記録できるので好ましい。
【0050】
<インクジェット記録方法>
本発明にかかる水性インクは、インクジェット法でインクを吐出するインクジェット記録方法に用いることが好ましく、特に、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法に用いることが好ましい。
【0051】
<インクカートリッジ>
本発明にかかる水性インクを用いるのに好適なインクカートリッジは、インクを収容するインク収容部を備えている。
【0052】
<記録ユニット>
本発明にかかる水性インクを用いて記録を行うのに好適な記録ユニットは、インクを収容するインク収容部と、該インクに熱エネルギーを加えてインクを吐出させ、吐出させたインクを用いて画像を記録することが可能な記録ヘッドと、を備えている。
【0053】
<インクジェット記録装置>
本発明にかかる水性インクを用いて記録を行うのに好適なインクジェット記録装置は、インクを収容するインク収容部と、該インクに熱エネルギーを加えてインクを吐出させ、吐出させたインクを用いて画像を記録することが可能な記録ヘッドと、を備えている。
【0054】
本発明における記録ヘッドは、その内部に、インクに熱エネルギーを加えるための発熱部を備えており、該発熱部は、Ta、Zr、Ti、Ni、Al等の金属、もしくはこれらの金属酸化物で形成されている。また、本発明においては、記録媒体を一時的に静止させた状態で記録媒体の幅に合わせてヘッドを左右に往復させて印刷するシリアル方式の記録ヘッドや、固定式のヘッドで記録媒体を止めずに搬送しながら印刷するライン方式の記録ヘッドが利用できるが、印刷速度が速く大量のインクを消費するライン方式の記録ヘッドでは、本発明の効果(発熱部の劣化を抑制する効果)がより大きく発揮される。
【0055】
図1は、本発明で使用するインクジェット記録装置の一例である。インクジェット記録装置100は、情報処理装置101に接続されている。情報処理装置101は、プリンタケーブル102を介して、画像データおよび記録媒体に関する情報などを制御コマンドとして記録装置100に出力する。記録装置100には、ロール状に巻かれた記録媒体103が搭載されており、記録媒体103は画像が記録された後に切断される。記録媒体103を搬送する搬送ユニット104には、搬送モータ105、搬送ベルト106、および記録媒体を吸引するための吸引ファン107が備えられている。搬送ベルト106は、ガイドローラ108A、108B、108C、および駆動ローラ108Dの間に架け渡されており、吸引ファン107は、搬送ベルト106に形成された複数の吸引孔から空気を吸引し、搬送ベルト106の表面に記録媒体103を吸着させることができる。搬送ベルト106に吸着された記録媒体103は、搬送モータ105によって駆動ローラ108Dを回転させ、搬送ベルト106を矢印A1方向に移動させることで搬送される。
【0056】
記録ユニット110には、記録媒体103に画像を記録するライン方式の記録ヘッド(不図示)と、記録ヘッドに供給するインクを収容するインク収容部(不図示)が備えられており、記録ヘッドは搬送ベルト106に対向して着脱可能に設置されている。記録ヘッドは、記録媒体の搬送方向と直交する方向に並べられた複数のノズルと、ノズル内に設置された電気熱変換素子(発熱部)を備えていて、電気熱変換素子の発熱によってインクを発泡させて記録ヘッドのノズル先端(吐出口)からインクを吐出する。なお、記録ユニット110内に設置される記録ヘッドの数は、記録する幅やインクの数に合わせて変更できる。
【0057】
記録装置100には、記録媒体103への記録タイミングを得るために記録媒体103の先端を検知する先端検知センサ111、記録媒体103の切断タイミングを得るために記録媒体103の先端を検知する先端検知センサ112、記録媒体103の用紙サイズを検知する用紙幅検知センサ113(不図示)が備えられている。
【0058】
さらに、記録装置100には、予備吐出動作、吸引回復動作、ワイピング動作が行える回復装置(不図示)が備えられている。
【実施例0059】
以下、本発明の具体的な実施例について説明する。ただし、本発明は、下記の実施例によっていかなる制限を受けるものではない。なお、以下の記載における「部」は、特に断らない限り質量基準である。
【0060】
<インクの調製>
表1に記載した成分に、水酸化カリウム水溶液を加えてpHが8.5となるように調整し、十分に撹拌した後、ポアサイズ0.2μmのフィルターにて加圧濾過を行い、インクA~Iを調製した。表1内の数値は、各成分の添加量(単位:部)であり、pH調整に使用した水酸化カリウムは水に含まれる。
【0061】
【表1】
【0062】
また、表1において、色材は下記式(3)で表される化合物(日本化薬社製)であり、式(1)で表される化合物は下記式(5)で表される化合物(アセチレノールE100、m+n=10、川研ファインケミカル社製)であり、式(2)で表される化合物は下記式(6)で表される化合物(1-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドン、東京化成工業社製)である。
【0063】
【化3】
【0064】
【化5】
【0065】
【化6】
【0066】
<評価>
(評価1:吐出性)
調整した水性インクA~Iを、サーマル方式の記録ヘッドを有するインクジェット記録装置(LX-D5500、キヤノンファインテックニスカ製)のインクカートリッジに充填し、連続印刷を行った。具体的には、ロール状に巻かれたシートの表面に不連続に貼り付けられた4×3インチの紙製ラベルに、ラベル1枚に対して256×3600ドットのベタ印刷を行い、下記基準に従って評価を行った。結果を表2に示す。
<評価基準>
〇:印刷したラベルの枚数が150万枚以上でも不吐が発生しない
△:印刷したラベルの枚数が75万枚以上150万枚未満で不吐が発生
×:印刷したラベルの枚数が75万未満で不吐が発生
【0067】
【表2】
【0068】
表2から明らかなように、芳香環またはトリアジン環にヒドロキシ基が結合した分子構造を有する色材と、グリセリンと、式(1)で表される化合物と、式(2)で表される化合物を含有する水性インク(実施例1~8)は、式(2)で表される化合物の代わりに2-ピロリドンが添加された水性インク(比較例1、特許文献1で開示されたインク)よりも吐出性が良好であった。

図1