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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179415
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】昇降機診断装置及び昇降機診断方法
(51)【国際特許分類】
   B66B 5/00 20060101AFI20241219BHJP
   B66B 3/00 20060101ALI20241219BHJP
   G01S 13/52 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
B66B5/00 D
B66B3/00 R
G01S13/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098256
(22)【出願日】2023-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000232955
【氏名又は名称】株式会社日立ビルシステム
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森下 真年
(72)【発明者】
【氏名】北山 晃
(72)【発明者】
【氏名】小平 法美
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 隆行
(72)【発明者】
【氏名】大西 友治
【テーマコード(参考)】
3F303
3F304
5J070
【Fターム(参考)】
3F303BA01
3F303CB45
3F304BA02
3F304BA16
3F304BA22
3F304BA26
3F304EA00
3F304ED01
5J070AB17
5J070AB24
5J070AC02
5J070AC13
5J070AE03
5J070AF01
5J070AH31
5J070AH35
5J070AK14
(57)【要約】
【課題】作業性を悪化させることなく、昇降機の診断対象物を診断可能とする。
【解決手段】昇降機の診断対象物を非接触式の振動計測によって診断する昇降機診断装置であり、物体の振動成分を含む計測信号を得るためのレーダーと、レーダーを用いて得られる計測信号に対して、振動成分を距離別及び/又は方位別に分離するためのフィルタリング設定を決定する決定部と、決定したフィルタリング設定をずらしながら振動成分を分離する分離部と、分離部が分離した振動成分の経時的な変化と取得部が取得した昇降機の運行情報とを比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出する抽出部と、抽出した振動成分に基づいて診断対象物を診断する診断部と、を備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇降機の診断対象物を非接触式の振動計測によって診断する昇降機診断機であって、
計測範囲内に存在する物体の振動成分を含む計測信号を得るためのレーダーと、
前記レーダーを用いて得られる計測信号に対して、前記振動成分を距離別及び/又は方位別に分離するためのフィルタリング設定を決定する決定部と、
前記決定部が決定したフィルタリング設定をずらしながら前記振動成分を分離する分離部と、
前記昇降機の運行情報を取得する取得部と、
前記分離部が分離した振動成分の経時的な変化と前記運行情報とを比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出する抽出部と、
前記抽出部が抽出した前記振動成分に基づいて前記診断対象物を診断する診断部と、
を備える昇降機診断装置。
【請求項2】
前記取得部は、作業者が入力する前記運行情報を取り込む
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項3】
前記取得部は、前記昇降機の制御部に運行指令情報を送信し、前記運行指令情報を前記運行情報として取得する
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項4】
前記取得部は、前記昇降機の制御部から送信される前記運行情報を取り込む
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項5】
前記運行情報は、運転開始時刻及び運転停止時刻を含み、
前記抽出部は、前記運転開始時刻及び前記運転停止時刻と振動パワーの経時的な変化とを比較する、又は、前記運転開始時刻及び前記運転停止時刻と振動周波数の経時的な変化とを比較することにより、前記診断対象物の振動成分を抽出する
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項6】
前記決定部は、前記フィルタリング設定の範囲を前記昇降機の図面情報に基づいて制限する
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項7】
前記運行情報は、第1の運転速度及び第2の運転速度を含み、
前記抽出部は、前記第1の運転速度と前記第2の運転速度との比と、前記第1の運転速度で前記昇降機を運転したときに得られる第1の振動周波数と前記第2の運転速度で前記昇降機を運転したときに得られる第2の振動周波数との比を比較することにより、前記診断対象物の振動成分を抽出する
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項8】
前記診断部による診断結果を遠隔監視センタに送信する通信部を備える
請求項1に記載の昇降機診断装置。
【請求項9】
昇降機の診断対象物を非接触式の振動計測によって診断する昇降機診断方法であって、
物体の振動成分を含む計測信号に対して、前記振動成分を距離別及び/又は方位別に分離するためにフィルタリング設定を決定するステップと、
前記決定したフィルタリング設定をずらしながら前記振動成分を分離するステップと、
前記昇降機の運行情報を取得するステップと、
前記分離した振動成分の経時的な変化と前記運行情報とを比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出するステップと、
前記抽出した前記振動成分に基づいて前記診断対象物を診断するステップと、
を含む昇降機診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昇降機診断装置及び昇降機診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エレベータやエスカレータなどの昇降機の点検作業において、作業者は、エレベータの塔内やエスカレータの機械室に入り込んで作業する場合がある。その場合、塔内や機械室には、作業者が接触を回避することが必須とされる移動体や回転体が存在する。このため、昇降機の点検作業では、危険回避及び安全性向上が求められている。
【0003】
昇降機の点検作業に関しては、塔内や機械室で発生する音をマイクで収集して昇降機を診断する方法が知られている。例えば、特許文献1には、エレベータの塔内にマイクを配置し、機器の稼働音をマイクで集音して異常を検知する方法が記載されている。ただし、この方法を、塔内や機械室のように壁で囲まれた空間に適用すると、音が壁で反射しまうため、収集した音のみによって異常の発生要因を特定することは難しい。
【0004】
一方で、測定範囲にある対象物の振動を計測できる非接触式の方法として、ミリ波レーダーを使った方法がある。例えば、特許文献2には、ミリ波レーダーを用いて、被測定者の人体における複数の箇所の生体信号を非接触で測定する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-274805号公報
【特許文献2】特開2022-21422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
昇降機の塔内や機械室は、壁によって閉鎖された空間になっている。また、塔内や機械室には、点検及び診断の対象となり得る複数の機器が配置されている。ミリ波レーダーを使って昇降機を診断する場合は、複数の対象物の振動を反映した振動データが得られる。ただし、この振動データには複数の対象物の振動成分が混在している。このため、振動データの中から診断対象物の振動データを特定(抽出)するには、ミリ波レーダーから診断対象物までの距離等を、例えば作業者がメジャー等を使って測定する必要がある。したがって、ミリ波レーダーを用いて昇降機を診断する技術には、作業性が悪化するという課題がある。
【0007】
本発明の目的は、作業性を悪化させることなく、昇降機の診断対象物を診断することができる昇降機診断装置及び昇降機診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、例えば、特許請求の範囲に記載された構成を採用する。
本願は、上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一つを挙げるならば、昇降機の診断対象物を非接触式の振動計測によって診断する昇降機診断機であって、計測範囲内に存在する物体の振動成分を含む計測信号を得るためのレーダーと、レーダーを用いて得られる計測信号に対して、振動成分を距離別及び/又は方位別に分離するためのフィルタリング設定を決定する決定部と、決定部が決定したフィルタリング設定をずらしながら振動成分を分離する分離部と、昇降機の運行情報を取得する取得部と、分離部が分離した振動成分の経時的な変化と運行情報とを比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出する抽出部と、抽出部が抽出した振動成分に基づいて診断対象物を診断する診断部と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、作業性を悪化させることなく、昇降機の診断対象物を診断することができる。
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明によって明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施形態に係る昇降機診断装置によって診断される昇降機の一例を示す概略図である。
図2】第1実施形態に係る昇降機診断装置の構成例を示すブロック図である。
図3】レーダーを用いて得られる計測信号を示す模式図である。
図4】決定部によって決定されるフィルタリング設定の例を示す模式図である。
図5】レーダーの計測範囲をフィルタリング設定で区分した例を示す模式図である。
図6】フィルタリング設定をずらしながら振動成分を分離する処理を説明する模式図である。
図7】振動パワーの経時的な変化の例を示す図である。
図8】振動周波数の経時的な変化の例を示す図である。
図9】第1実施形態に係る昇降機診断方法を示すフローチャートである。
図10】第1の振動周波数の経時的な変化の例を示す図である。
図11】第2の振動周波数の経時的な変化の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。本明細書及び図面において、実質的に同一の機能又は構成を有する要素については、同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0012】
図1は、実施形態に係る昇降機診断装置によって診断される昇降機の一例を示す概略図である。なお、図1には、昇降機の一例としてエレベータを示しているが、エスカレータなどであってもよい。
【0013】
図1において、エレベータ10は、巻上機11と、乗りかご12と、釣り合いおもり13と、ロープ14と、を備えている。
【0014】
巻上機11は、昇降路の底部に設置されている。巻上機11は、駆動源であるモータと、モータの駆動により回転するシーブとを備えている。巻上機11のシーブには、ロープ14がU字形に巻き掛けられている。巻上機11は、シーブの回転によってロープ14を巻き上げることにより、昇降路内で乗りかご12と釣り合いおもり13を昇降させる。その際、乗りかご12と釣り合いおもり13は、互いに反対方向に移動する。
【0015】
乗りかご12は、図示しない一対のかごガイドレールに案内されながら昇降路を上下方向に移動する。乗りかご12は、2つのかごプーリ16を有する。2つのかごプーリ16は、乗りかご12の下部に取り付けられている。各々のかごプーリ16には、ロープ14が巻き掛けられている。
【0016】
釣り合いおもり13は、図示しない一対のおもりガイドレールに案内されながら昇降路を上下方向に移動する。釣り合いおもり13は、おもりプーリ17を有する。おもりプーリ17は、釣り合いおもり13の上部に取り付けられている。おもりプーリ17には、ロープ14が巻き掛けられている。
【0017】
ロープ14は、上述したシーブ、かごプーリ16及びおもりプーリ17に加えて、2つのプーリ18,19に巻き掛けられている。2つのプーリ18,19は、昇降路の頂部に配置されている。ロープ14は、シーブからプーリ18を経由してかごプーリ16に巻き掛けられている。また、ロープ14は、シーブからプーリ19を経由しておもりプーリ17に巻き掛けられている。また、ロープ14の長さ方向の両端部は、昇降路の頂部に固定されている。
【0018】
上記構成からなるエレベータ10において、巻上機11のシーブを図の時計方向に回転させると、乗りかご12は昇降路を下方に移動し、釣り合いおもり13は昇降路を上方に移動する。また、巻上機11のシーブを図の反時計方向に回転させると、乗りかご12は昇降路を上方に移動し、釣り合いおもり13は昇降路を下方に移動する。エレベータ10の動作は、図示しない制御部(制御盤等)によって制御される。エレベータ10の制御部は、乗りかご12の昇降動作やかごドアの開閉動作などを含むエレベータ10の動作を統括的に制御する。
【0019】
<第1実施形態>
図2は、第1実施形態に係る昇降機診断装置の構成例を示すブロック図である。
図2に示す昇降機診断装置20は、昇降機の診断対象物を非接触式の振動計測によって診断する。診断とは、何らかの異常が発生していないか調べて判断することをいう。昇降機診断装置20は、レーダー21と、診断制御部22とを備えている。レーダー21は、計測範囲内に存在する物体の振動成分を含む計測信号を得るためのものである。レーダー21の計測範囲内に複数の物体が存在する場合、レーダー21を用いて得られる計測信号には、複数の物体の振動成分が含まれる。レーダー21と診断制御部22は、図示しないケーブルを介して電気的に接続されている。ケーブルは、電源ケーブル及び信号ケーブルを含む。
【0020】
レーダー21は、図示しない送信アンテナと受信アンテナを備えている。レーダー21は、対象物に向けて送信アンテナから電波を発し、対象物に反射して戻ってくる電波を受信アンテナで受信する。これにより、レーダー21は、対象物までの距離及び方位を計測する。
【0021】
レーダー21は、好ましくは、発信する電波の周波数帯がミリ波帯(波長にすると1~10mm)であるレーダー、すなわちミリ波レーダーである。ミリ波レーダーは波長が短いため、対象物までの距離を高い分解能で精度良く計測することができる。また、レーダー21としてミリ波レーダーを用いる場合、対象物の振動は、対象物までの距離の微小変化として算出され、この距離の微小変化の周期の逆数が振動の周波数として算出される。
【0022】
レーダー21としてミリ波レーダーを用いる場合、レーダーの周波数変調方式はFMCW(周波数連続変調)方式であることが好ましい。レーダー21の周波数をFMCW方式で変調することにより、計測範囲内に存在する複数の対象物(物体)までの距離及び/又は方位を同時に計測することができる。また、FMCW方式では、送信信号と受信信号を合成することで生成されるIF信号をA/Dコンバータによってデジタル化した後、IF信号をFFT(Fast Fourier Transform)処理することにより、対象物までの距離、対象物の方位、対象物の振動を検出することができる。これにより、レーダー21を用いて得られる計測信号は、対象物までの距離、対象物の方位、対象物の振動の各成分を含む信号となる。
【0023】
なお、対象物の方位を検出するには、レーダー21が、少なくとも2つの受信アンテナを備えている必要がある。また、IF信号をデジタル化するためのA/Dコンバータや、FFT処理のためのプロセッサ部は、レーダー21が備えていてもよいし、診断制御部22が備えていてもよい。
【0024】
本実施形態においては、一例として、図1に示すようにエレベータ10の昇降路の底部にレーダー21を設置し、レーダー21から巻上機11に向かって電波を発信する場合を想定する。
【0025】
診断制御部22は、振動成分を分離するためのフィルタリング設定を決定する決定部25と、上述した計測信号から振動成分を分離する分離部26と、エレベータ10の運行情報を取得する取得部27と、診断対象物の振動成分を抽出する抽出部28と、診断対象物を診断する診断部29と、診断部29による診断結果を外部に送信する通信部30と、を備えている。診断制御部22は、コンピュータのハードウェア資源として、図示しないCPU(Central Processing Unit)と、ROM(Read Only Memory)と、RAM(Random Access Memory)とを備える。そして、診断制御部22の各機能部は、ROMに格納されたプログラムをCPUがRAMに読み出して実行することにより実現される。
【0026】
決定部25は、レーダー21を用いて得られる計測信号を取り込むとともに、取り込んだ計測信号に対して、振動成分を距離別及び方位別に分離するためフィルタリング設定を決定する。
【0027】
図3は、レーダーを用いて得られる計測信号を示す模式図である。
図3に示すように、計測信号40は、距離、方位及び振動の各成分を含んでいる。また、計測信号40は、振動成分の経時的な変化を把握するために時刻の情報を含んでいる。振動成分は、例えば、振動パワー、振動周波数などで表される。振動パワーは、振動を大きさ、すなわち振幅のことである。
【0028】
図4は、決定部によって決定されるフィルタリング設定の例を示す模式図である。
図4に示すように、決定部25は、レーダー21を用いて得られる計測信号40に対して、距離という物理量と方位という物理量に対して、それぞれフィルタリング設定を決定する。
【0029】
例えば、距離に関して、図5に示すように、レーダー21から距離Lまでの範囲で計測信号40が得られている場合、決定部25は、この範囲で距離Lを所定の間隔で複数に分割し、分割した距離ごとに振動成分を取り出せるよう、フィルタリング設定を決定する。また、方位に関して、図5に示すように、+θから-θまでの範囲で計測信号40が得られている場合、決定部25は、この範囲で方位を所定の間隔で複数に分割し、分割した方位ごとに振動成分を取り出せるよう、フィルタリング設定を決定する。距離の分割に適用される所定の間隔は、距離を計測するときのレーダー21の分解能に応じて予め設定され、方位の分割に適用される所定の間隔は、方位を計測するときのレーダー21の分解能に応じて予め設定される。
【0030】
分離部26は、決定部25が決定したフィルタリング設定をずらしながら振動成分を分離する。具体的には、分離部26は、距離に関しては、図6に示すように、距離という物理量の軸上において、決定部25が決定したフィルタリング設定を矢印のように順にずらしながら、各々の距離に属する振動成分を分離する。また、分離部26は、方位に関しても、図6に示すように、方位という物理量の軸上において、決定部25が決定したフィルタリング設定を矢印のように順にずらしながら、各々の方位に属する振動成分を分離する。
【0031】
本実施形態においては、決定部25が距離別及び方位別にフィルタリング設定を決定する場合を想定している。その場合、分離部26は、図5に示すように、分割された距離ごと及び方位ごとに振動成分を分離する。分離する順番は任意に設定可能である。これにより、例えば、m番目に分離される振動成分は、図5に示すEmエリアで得られた振動成分となる。また、決定部25が決定したフィルタリング設定にしたがってレーダー21の計測範囲が合計n個のエリアに区分される場合は、計測信号40に含まれる振動成分が分離部26によってn個に分離される。
【0032】
その際、レーダー21の計測範囲のすべてをフィルタリング設定の対象にすると、分離部26によって分離される振動成分の個数が多くなるため、抽出部28で行われる処理の回数が増える。この対策として、決定部25は、レーダー21の計測範囲内でフィルタリング設定の対象を絞ることが考えられる。具体的には、決定部25は、フィルタリング設定の範囲を昇降機の図面情報に基づいて制限することが好ましい。これにより、レーダー21の計測範囲に含まれるエリアのうち、診断対象物が存在するはずのないエリアをフィルタリング設定の対象から外し、抽出部28で行われる処理の回数を減らすことができる。診断対象物が存在するはずのないエリアは、例えば、レーダー21の設置位置から見て昇降路の壁よりも奥側のエリアである。昇降機の図面情報は、診断制御部22が有するメモリ(図示せず)に予め保存しておけばよい。
【0033】
取得部27は、所定の方法でエレベータ10の運行情報を取得する。取得部27が取得する運行情報は、エレベータ10の運転開始時刻及び運転停止時刻を含む。運行情報を取得する方法は種々考えられる。第1の方法は、作業者が入力する運行情報を取り込む場合である。この場合は、エレベータ10側で改造等を行わなくても運行情報を取得可能になる。第2の方法は、エレベータ10の制御部に取得部27自身が運行指令情報を送信する場合、この運行指令情報を取得部27が運行情報として取得する場合である。この場合は、作業者の入力に頼らずに、運行情報を自動的に取得可能になる。第3の方法は、エレベータ10の制御部から送信される運行情報を取り込む場合である。この場合も、作業者の入力に頼らずに、運行情報を自動的に取得可能になる。なお、運行指令情報を送信する機能部は、取得部27とは別に備えていてもよい。
【0034】
抽出部28は、分離部26が分離した振動成分の経時的な変化と取得部27が取得した運行情報とを比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出する。また、レーダー21の計測範囲内に複数の診断対象物が存在する場合、抽出部28は、診断対象物ごとに振動成分を抽出する。以下、具体的な抽出方法について説明する。
【0035】
まず、振動成分が振動パワーで表される場合、抽出部28は、運行情報に含まれる運転開始時刻及び運転停止時刻と振動パワーの経時的な変化とを比較する。ここで、診断対象物が巻上機11のモータである場合、モータの振動パワーは、図7に示すように、運転開始時刻t1を始点として加速区間で増加する。次に、モータの振動パワーは、一定速区間では一様のレベルで推移する。次に、モータの振動パワーは、運転停止のための減速区間で減少し、運転停止時刻t2では、運転開始前と同等のレベルに収束する。
【0036】
抽出部28は、運行情報に含まれる運転開始時刻t1及び運転停止時刻t2と、振動パワーが増加し始める時刻ta及び振動パワーが減少して収束した時刻tbとを比較し、それらが実質的に一致する場合(t1=ta、t2=tbの場合)は、その振動パワーの経時的な変化を示すデータを、巻上機11のモータの振動成分として抽出する。
【0037】
一方、振動成分が振動周波数で表される場合、抽出部28は、運行情報に含まれる運転開始時刻及び運転停止時刻と振動周波数の経時的な変化とを比較する。ここで、診断対象物が巻上機11のモータである場合、モータの振動周波数は、図8に示すように、運転開始時刻t1を始点として加速区間で増加する。次に、モータの振動周波数は、一定速区間では一様のレベルで推移する。次に、モータの振動周波数は、運転停止のための減速区間で減少し、運転停止時刻t2では、運転開始前と同等のレベルに収束する。
【0038】
抽出部28は、運行情報に含まれる運転開始時刻t1及び運転停止時刻t2と、振動周波数が増加し始める時刻tc及び振動周波数が減少して収束した時刻tdとを比較し、それらが実質的に一致する場合(t1=tc、t2=tdの場合)は、その振動周波数の経時的な変化を示すデータを、巻上機11のモータの振動成分として抽出する。
【0039】
なお、分離部26が計測信号40から分離する振動成分は、決定部25が決定したフィルタリング設定をずらすたびに1つずつ取り出される。このため、運行情報と振動成分との比較は、計測信号40から取り出される振動成分の個数に応じて複数回実施され、そのなかで運行情報に一致する振動成分が、診断対象物の振動成分として抽出される。
【0040】
診断部29は、抽出部28が抽出した振動成分に基づいて診断対象物を診断する。例えば、エレベータ10の診断対象物が巻上機11のモータであり、抽出部28が抽出した振動成分がこのモータの振動成分である場合、診断部29は、抽出部28が抽出した振動成分に基づいてモータを診断する。具体的には、モータの振動成分が振動パワーで表される場合、診断部29は、例えば、正常時の振動パワーの波形データと今回抽出した振動パワーの波形データとを比較することにより、モータに異常な振動が発生していなかどうかを診断する。また、モータの振動成分が振動周波数で表される場合、診断部29は、正常時の振動周波数の波形データと今回抽出した振動周波数の波形データとを比較することにより、モータに異常な振動が発生していないかどうかを診断する。なお、モータの振動が異常か否かを診断する方法は、波形データを比較する方法に限らず、種々の方法を採用可能である。
【0041】
通信部30は、診断部29による診断結果を作業者端末34及び/又は遠隔監視センタ35に送信する。診断部29による診断結果には、診断に使用した振動成分と、この振動成分が抽出された診断対象物の位置を特定するための情報(距離、方位など)とを対応付けたデータが含まれる。作業者端末34は、昇降機診断装置20を用いて昇降機を診断する作業者が保有する端末装置(例えば、ノートPC、タブレットなど)である。遠隔監視センタ35は、エレベータ10が設置された建物とは離れた場所に設置され、エレベータ10の主要機器の状態を監視する。診断結果を現場で作業者に提示する場合は、通信部30から作業者端末34に診断結果を送信することが好ましい。これにより、作業者は、作業者端末34に表示される診断結果を確認して、直ちに必要な措置をとることができる。
【0042】
また、昇降機診断装置20をエレベータ10などの昇降機に常時設置する場合は、通信部30から遠隔監視センタ35に診断結果を送信することが好ましい。遠隔監視センタ35には、遠隔監視用のセンタ端末が設置され、上記診断結果は通信部30から通信回線を介して遠隔監視センタ35のセンタ端末に送られる。これにより、診断のたびに作業員が現場に赴く必要がなくなる。また、現場の近くにいる作業員に確認の指示をだすことができる。
【0043】
なお、診断部29による診断結果は、エレベータ10の制御部を経由して遠隔監視センタ35に送られる構成になっていてもよい。また、エレベータ10の制御部と昇降機診断装置20の診断制御部22との間の通信は、通信のための配線をレイアウトしなくても済むよう、無線通信によって行われることが好ましい。
【0044】
図9は、第1実施形態に係る昇降機診断方法を示すフローチャートである。
まず、診断制御部22は、レーダー21による計測を実行する(ステップS1)。
【0045】
次に、決定部25は、レーダー21を用いて得られる計測信号を取り込むとともに、取り込んだ計測信号に対して、振動成分を距離別及び方位別にフィルタリング設定を決定する(ステップS2)。具体的な決定方法は、上述したとおりである。
【0046】
次に、分離部26は、決定部25が決定したフィルタリング設定をずらしながら振動成分を分離する(ステップS3)。具体的な分離方法は、上述したとおりである。
【0047】
次に、取得部27は、エレベータ10の運行情報を取得する(ステップS4)。なお、エレベータ10の運行情報は、後述するステップS5の処理を行う前であれば、いずれのタイミングで取得してもよい。
【0048】
次に、抽出部28は、分離部26が分離した振動成分の経時的な変化と取得部27が取得した運行情報とを比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出する(ステップS5)。具体的な抽出方法は、上述したとおりである。
【0049】
次に、診断部29は、抽出部28が抽出した振動成分に基づいて診断対象物を診断する(ステップS6)。具体的な診断方法は、上述したとおりである。
【0050】
次に、通信部30は、診断部29による診断結果を外部に送信する(ステップS6)。診断結果の送信先は、作業者端末34のみでもよいし、遠隔監視センタ35のみでもよいし、作業者端末34と遠隔監視センタ35の両方であってもよい。
【0051】
以上説明したように、本実施形態に係る昇降機診断装置20及び昇降機診断方法によれば、レーダー21を用いて得られる計測信号40の中から、昇降機(本実施例ではエレベータ10)の運行情報を用いて、診断対象物の振動成分を抽出することができる。これにより、レーダー21から診断対象物までの距離等を作業者がメジャー等を使って測定する必要がなくなる。したがって、作業性を悪化させることなく、昇降機の診断対象物を診断することができる。また、昇降機の所定の場所にレーダー21を設置した場合は、レーダー21を用いた非接触の振動計測により、診断に必要な計測信号が得られる。このため、作業者の安全性を確保することができる。
【0052】
<第2実施形態>
続いて、本発明の第2実施形態について説明する。第2実施形態に係る昇降機診断装置及び昇降機診断方法は、上述した第1実施形態の場合と比較して、取得部27が取得する昇降機の運転情報と、抽出部28が診断対象物の振動成分を抽出する方法が異なる。
【0053】
取得部27が取得する昇降機の運行情報には、上述した運転開始時刻及び運転停止時刻の他に、第1の運転速度及び第2の運転速度が含まれる。昇降機がエレベータ10である場合、第1の運転速度及び第2の運転速度は、いずれも巻上機11のモータの回転速度である。巻上機11のモータの回転速度は、乗りかご12の昇降速度に比例する。このため、第1の運転速度及び第2の運転速度は、乗りかご12の昇降速度であってもよい。
【0054】
第1の運転速度と第2の運転速度は、互いに異なる速度である。具体例として、第1の運転速度は、通常運転時に適用される運転速度であるのに対し、第2の運転速度は、メンテナンス運転時に適用される運転速度である。メンテナンス運転時に適用される運転速度は、通常運転時に適用される運転速度よりも遅い。
【0055】
一方、抽出部28は、第1の運転速度と第2の運転速度との比と、第1の運転速度で昇降機を運転したときに得られる第1の振動周波数と第2の運転速度で昇降機を運転したときに得られる第2の振動周波数との比を比較することにより、診断対象物の振動成分を抽出する。
【0056】
例えば、通常運転時に適用される第1の運転速度で巻上機11のモータを駆動したときに得られる第1の振動周波数が、図10に示す波形で表され、メンテナンス運転時に適用される第2の運転速度で巻上機11のモータを駆動したときに得られる第2の振動周波数が、図11に示す波形で表される場合を考える。この場合、第1の運転速度をV1、第2の運転速度をV2とすると、抽出部28は、第1の運転速度V1と第2の運転速度V2との比(以下、「運転速度比」ともいう。)を求める。また、抽出部28は、一定速区間における第1の振動周波数F1(図10)と、一定速区間における第2の振動周波数F2(図11)との比(以下、「振動周波数比」ともいう。)を求める。このとき、抽出部28は、運行情報に含まれる運転開始時刻及び運転停止時刻を参照することにより、一定速区間を特定する。そして抽出部28は、振動周波数比が運転速度比に一致する場合は、その振動周波数の経時的な変化を示すデータを、巻上機11のモータの振動成分として抽出する。
【0057】
これにより、第2実施形態においても、レーダー21を用いて得られる計測信号40の中から、昇降機(本実施例ではエレベータ10)の運行情報を用いて、診断対象物の振動成分を抽出することができる。
【0058】
<変形例等>
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例を含む。例えば、上述した実施形態では、本発明の内容を理解しやすいように詳細に説明しているが、本発明は、上述した実施形態で説明したすべての構成を必ずしも備えるものに限定されない。また、ある実施形態の構成の一部を、他の実施形態の構成に置き換えることが可能である。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、これを削除し、又は他の構成を追加し、あるいは他の構成に置換することも可能である。
【0059】
また、上記実施形態においては、レーダー21がミリ波レーダーである場合を例に挙げて説明したが、これ以外にも、例えばマイクロ波レーダーを適用することが可能である。また、FMCW方式はミリ波レーダー以外のレーダーにも適用可能である。
【0060】
また、上記実施形態において、決定部25は、距離別及び方位別にフィルタリング設定を決定する場合を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限らず、決定部25は、距離別又は方位別にフィルタリング設定を決定してもよい。決定部25が距離別又は方位別にフィルタリング設定を決定する場合、分離部26は、図5に示すように分割された距離ごと又は方位ごとに振動成分を分離する。その場合、距離ごとに分離された振動成分には、異なる方位から得られる振動成分が含まれるが、レーダー21から見て各々の診断対象物の方位が異なる条件で計測すれば、各々の振動対象物の振動成分を個別に抽出することができる。同様に、方位ごとに分離された振動成分には、異なる距離から得られる振動成分が含まれるが、レーダー21から各々の振動対象物までの距離が異なる条件で計測すれば、各々の振動対象物の振動成分を個別に抽出することができる。
【0061】
また、上記実施形態においては、昇降機の一例としてエレベータ10を挙げ、診断対象物の一例として巻上機11のモータを例に挙げて説明したが、昇降機や診断対象物はこれに限定されない。例えば、昇降機がエレベータの場合は、乗りかご12をガイドレールに沿って昇降させるためのガイドローラーや、巻上機11が備えるブレーキなどが診断対象物となり得る。また、昇降機がエスカレータの場合は、チェーンを移動させるターミナルギヤ、ギヤのベアリング、モータのベアリングなどが診断対象物となり得る。
【符号の説明】
【0062】
10…エレベータ、11…巻上機、20…昇降機診断装置、21…レーダー、22…診断制御部、25…決定部、26…分離部、27…取得部、28…抽出部、29…診断部、30…通信部、34…作業者端末、35…遠隔監視センタ
図1
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