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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179462
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】分析装置及び分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20241219BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20241219BHJP
   G01N 30/86 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 C
G01N30/72 A
G01N30/86 G
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098330
(22)【出願日】2023-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 歩
(72)【発明者】
【氏名】生方 正章
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA13
2G041EA06
2G041FA09
2G041GA03
2G041GA06
2G041HA01
2G041LA07
2G041MA01
2G041MA04
(57)【要約】
【課題】化合物の組成を推定する精度を高める。
【解決手段】化合物の検出時間(具体的には保持時間)に基づいて保持指標が演算される。保持指標に基づいて分子量範囲及び炭素原子数範囲が特定される。分子量範囲により探索範囲が決定される。分子ピーク探索器42は、化合物のマススペクトルに対して設定された探索範囲内において分子ピークを探索する。組成推定器48は、分子ピークから特定される精密質量に基づいて化合物の組成を推定する。その際、炭素原子数範囲が考慮される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、前記化合物の保持指標を演算する演算器と、
前記化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、前記化合物のマススペクトルを生成する生成器と、
前記保持指標に基づいて、前記化合物のマススペクトルに対して探索範囲を設定する設定器と、
前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内に前記化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、前記分子ピークから特定される分子質量に基づいて、前記化合物の組成を推定する推定器と、
を含むことを特徴とする分析装置。
【請求項2】
請求項1記載の分析装置において、
前記設定器は、前記保持指標に基づいて前記探索範囲の下限及び上限を決定する第1数理モデルに従って、前記探索範囲を設定する、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項3】
請求項2記載の分析装置において、
前記第1数理モデルは、化合物データベースに登録された複数の化合物情報に基づいて生成された数理モデルであり、
前記各化合物情報には、保持指標と、分子質量を示す情報と、が含まれる、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項4】
請求項1記載の分析装置において、
前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内において、前記分子ピークを探索する探索器を含む、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項5】
請求項4記載の分析装置において、
前記探索器は、
前記探索範囲に属する1又は複数のピークの中で、ピーク強度についてのピーク強度条件を満たすピークであって最も高質量側に存在するピークを候補ピークとして特定し、
前記候補ピークの低質量側に前記ピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たすピークが存在している場合には、当該ピークを前記分子ピークとして判定し、
前記候補ピークの低質量側に前記ピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たすピークが存在していない場合には、前記候補ピークを前記分子ピークとして判定する、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項6】
請求項4記載の分析装置において、
前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内に前記分子ピークが存在していない場合に、分子イオンの不検出を示す情報がユーザーに提供される、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項7】
請求項1記載の分析装置において、
前記マススペクトルと共に前記探索範囲を示す範囲像を表示する表示処理器を含む、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項8】
請求項1記載の分析装置において、
前記設定器は第1設定器であり、
前記保持指標に基づいて、炭素原子数範囲を設定する第2設定器が設けられ、
前記推定器は、前記炭素原子数範囲を含む組成推定条件に従って、前記化合物の組成を推定する、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項9】
請求項8記載の分析装置において、
前記第2設定器は、前記保持指標に基づいて前記炭素原子数範囲の下限及び上限を決定する第2数理モデルに従って、前記炭素原子数範囲を設定する、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項10】
請求項9記載の分析装置において、
前記第2数理モデルは、化合物データベースに登録された複数の化合物情報に基づいて生成された数理モデルであり、
前記各化合物情報には、保持指標と、炭素原子数を示す情報と、が含まれる、
ことを特徴とする分析装置。
【請求項11】
ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、前記化合物の保持指標を演算する工程と、
前記化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、前記化合物のマススペクトルを生成する工程と、
前記保持指標に基づいて、前記化合物のマススペクトルに対して探索範囲を設定する工程と、
前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内に前記化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、前記分子ピークから特定される分子質量に基づいて、前記化合物の組成を推定する工程と、
を含むことを特徴とする分析方法。
【請求項12】
情報処理装置において実行されるプログラムであって、
ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、前記化合物の保持指標を演算する機能と、
前記化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、前記化合物のマススペクトルを生成する機能と、
前記保持指標に基づいて、前記化合物のマススペクトルに対して探索範囲を設定する機能と、
前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内に前記化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、前記分子ピークから特定される分子質量に基づいて、前記化合物の組成を推定する機能と、
を含むことを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分析装置及び分析方法に関し、特に、化合物の組成を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
化合物の定性分析を行う各種の分析システムが知られている。その中には、ガスクロマトグラフ、質量分析装置及び情報処理装置により構成される分析システム(GC-MS分析システム)が含まれる。
【0003】
GC-MS分析システムにおいて、ガスクロマトグラフでは、試料に含まれる複数の化合物が時間的に分離される。質量分析装置では、各化合物に対する質量分析が実施される。情報処理装置は、化合物分析装置として機能するものである。具体的には、情報処理装置において、質量分析装置から出力されたデータに基づいて、時系列順で並ぶ複数のマススペクトルからなるマススペクトル列が生成され、そのマススペクトル列に基づいてクロマトグラムが生成される。クロマトグラムに含まれるピークごとに、それに対応するマススペクトルに基づいて化合物の組成(組成式)が推定される。
【0004】
上記のGC-MS分析システムにおいて、ガスクロマトグラフへ試料を注入した時点からガスクロマトグラフで試料から抽出された化合物が質量分析装置で検出されるまでの時間は、一般に、保持時間(Retention time)と言われる。保持時間は溶出時間とも言われる。保持時間は、ガスクロマトグラフにおける諸条件(例えば、カラムの種類、カラムの長さ、加熱温度)によって変化する。
【0005】
保持時間に代わる指標として保持指標(Retention Index)が知られている。保持指標は、基準物質(例えばn-アルカン)をガスクロマトグラフに導入することにより特定される一連の保持時間を基準として演算される指標である(例えば特許文献1を参照)。保持指標は化合物の同定に用いられる。例えば、未知化合物のマススペクトルに基づいて複数の化合物候補が選出された場合に、複数の化合物候補が未知化合物の保持指標によって絞り込まれる(例えば特許文献2を参照)。
【0006】
上記のGC-MS分析システムにおいて、質量分析装置は、化合物をイオン化するイオン源を有する。イオン化方法として多様な方法が知られている。その内で電子イオン化法(EI法)は、ハードイオン化法の一種であり、EI法を用いた場合、化合物の分子イオンが検出されることもあるし、それが検出されないこともある。すなわち、EI法に従うイオン源を用いて生成されたマススペクトル(EIマススペクトル)には、分子ピーク(分子イオンピーク)が含まれることもあればそれが含まれないこともある。
【0007】
未知化合物のEIマススペクトルを見たユーザーがそのEIマススペクトルに未知化合物の分子ピークが含まれているのか否かを判断することは非常に難しい。これと同様に、未知化合物のEIマススペクトルにおいて分子ピークを自動的に識別することも難しい。EI法以外のイオン化方法を用いる場合にも、状況次第では、同様の問題が生じる。未知化合物のマススペクトルに基づいて、そこに分子ピークが含まれているか否か(及びそれが含まれている場合にどれが分子ピークであるのか)を正確に判定する技術の確立が要望されている。
【0008】
上記のGC-MS分析システムにおける情報処理装置は、一般に、組成推定機能を備える。具体的には、未知化合物のマススペクトルが分子ピークを含む場合、その分子ピークに対応する精密質量が特定され、その精密質量に基づいて複数の組成式候補が演算される。それに先立って、ユーザーにより、組成式推定条件として、代表的な元素ごとに原子数範囲(下限及び上限)が指定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4438674号公報
【特許文献2】特表2014-524568号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、化合物の組成を推定する精度を高めることにある。あるいは、本発明の目的は、化合物のマススペクトルに含まれる分子ピークを正確に識別する技術を提供することにある。あるいは、本発明の目的は、化合物の組成を推定する条件を絞り込める技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る分析装置は、ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、前記化合物の保持指標を演算する演算器と、前記化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、前記化合物のマススペクトルを生成する生成器と、前記保持指標に基づいて、前記化合物のマススペクトルに対して探索範囲を設定する設定器と、前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内に前記化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、前記分子ピークから特定される分子質量に基づいて、前記化合物の組成を推定する推定器と、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明に係る分析方法は、ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、前記化合物の保持指標を演算する工程と、前記化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、前記化合物のマススペクトルを生成する工程と、前記保持指標に基づいて、前記化合物のマススペクトルに対して探索範囲を設定する工程と、前記化合物のマススペクトルにおける前記探索範囲内に前記化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、前記分子ピークから特定される分子質量に基づいて、前記化合物の組成を推定する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、化合物の組成を推定する精度を高められる。あるいは、本発明によれば、化合物のマススペクトルに含まれる分子ピークを正しく識別できる。あるいは、本発明によれば、化合物の組成を推定する条件を絞り込める。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施形態に係る分析システムを示すブロック図である。
図2】保持指標と分子量の関係を示す第1の散布図である。
図3】保持指標と炭素原子数の関係を示す第2の散布図である。
図4】保持指標区間ごとの分子質量に係る統計情報を示す図である。
図5】保持指標区間ごとの炭素原子数に係る統計情報を示す図である。
図6】分子質量範囲内に分子ピークが存在する例を示す図である。
図7】分子質量範囲内に分子ピークが存在しない例を示す図である。
図8】組成推定条件の一部の変更を示す図である。
図9】組成推定方法を示す図である。
図10】実施形態に係る分析方法を示すフローチャートを示す図である。
図11】モノアイソトピックピークの探索の一例を示す図である。 :
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0016】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る分析装置は、演算器、生成器、設定器、及び、推定器を有する。演算器は、ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、化合物の保持指標を演算する。生成器は、化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、化合物のマススペクトルを生成する。設定器は、保持指標に基づいて、化合物のマススペクトルに対して探索範囲を設定する。推定器は、化合物のマススペクトルにおける探索範囲内に化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、分子ピークから特定される分子質量に基づいて、化合物の組成を推定する。
【0017】
上記構成によれば、探索範囲内で分子ピークが探索されるので、分子ピークの識別精度を高められる。ひいては、化合物の組成を推定する精度を高められる。
【0018】
ガスクロマトグラフへ試料を注入した時点からガスクログラム中で試料から抽出された化合物が質量分析装置で検出されるまでの時間は、一般に、保持時間と言われる。上記の検出時間は保持時間又は保持時間に相当する時間である。探索範囲は、分子ピークの探索が行われる範囲であり、具体的には質量電荷比範囲である。実施形態においては、探索範囲が分子量範囲又は分子質量範囲に基づいて設定される。探索範囲の下限及び上限は、分子量、整数質量又は精密質量で特定される。分子ピークから特定される、組成推定のための分子質量は通常、精密質量である。分子ピークは自動的に特定され又はユーザーにより特定される。後述するプロセッサが演算器、生成器、設定器及び推定器に相当する。
【0019】
実施形態において、設定部は、保持指標に基づいて探索範囲の下限及び上限を決定する第1数理モデルに従って、探索範囲を設定する。第1数理モデルは、例えば、テーブル及び計算式の内で一方又は両方により構成される。
【0020】
実施形態において、第1数理モデルは、化合物データベースに登録された複数の化合物情報に基づいて生成された数理モデルである。各化合物情報には、保持指標と、分子質量を示す情報と、が含まれる。
【0021】
実施形態に係る分析装置は、更に、化合物のマススペクトルにおける探索範囲内において、分子ピークを探索する探索器を含む。この構成によれば、分子ピークが自動的に特定される。
【0022】
実施形態において、探索器は、探索範囲に属する1又は複数のピークの中で、ピーク強度についてのピーク強度条件を満たし且つ最も高質量側に存在するピークを候補ピークとして特定する。探索器は、候補ピークの低質量側にピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たすピークが存在している場合には、当該ピークを分子ピークとして判定する。探索器は、候補ピークの低質量側にピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たすピークが存在していない場合には、候補ピークを分子ピークとして判定する。この構成によれば、分子ピークとして、モノアイソトピックピークを判定することが可能となるので、組成推定を正しく行える。モノアイソトピック条件は、複数の同位体ピークの中からモノアイソトピックピークを特定するための条件である。
【0023】
実施形態において、化合物のマススペクトルにおける探索範囲内に分子ピークが存在していない場合に、分子イオンの不検出を示す情報がユーザーに提供される。そのような情報の提供により、分子ピークによらない他の組成推定方法の採用を促せる。
【0024】
実施形態に係る分析装置は、更に、マススペクトルと共に探索範囲を示す範囲像を表示する表示処理器を含む。この構成によれば、ユーザーにおいて分子ピークを特定することが容易となる。あるいは、探索範囲が正しく設定されていることをユーザーにおいて確認できる。
【0025】
実施形態において、設定器は第1設定器であり、保持指標に基づいて、炭素原子数範囲を設定する第2設定器が設けられる。推定器は、炭素原子数範囲を含む組成推定条件に従って、化合物の組成を推定する。この構成によれば、化合物の組成を推定する精度を高められる。
【0026】
実施形態において、第2設定器は、保持指標に基づいて炭素原子数範囲の下限及び上限を決定する第2数理モデルに従って、炭素原子数範囲を設定する。第2数値モデルは、テーブル及び計算式の内の一方又は両方により構成される。
【0027】
実施形態において、第2数理モデルは、化合物データベースに登録された複数の化合物情報に基づいて生成された数理モデルである。各化合物情報には、保持指標と、炭素原子数を示す情報と、が含まれる。
【0028】
実施形態に係る分析方法は、演算工程、生成工程、設定工程、及び、推定工程を有する。演算工程では、ガスクロマトグラフからの化合物が質量分析装置で検出された検出時間に基づいて、化合物の保持指標が演算される。生成工程では、化合物の質量分析により得られたデータに基づいて、化合物のマススペクトルが生成される。設定工程では、保持指標に基づいて、化合物のマススペクトルに対して探索範囲が設定される。推定工程では、化合物のマススペクトルにおける探索範囲内に化合物に対応する分子ピークが存在している場合に、分子ピークから特定される分子質量に基づいて、化合物の組成が推定される。検出時間は保持時間又は保持時間に相当する時間である。
【0029】
上記の分析方法は、ハードウエアの機能として又はソフトウエアの機能として実現され得る。後者の場合、上記の分析方法を実行するためのプログラムが、ネットワーク又は可搬型記憶媒体を介して、情報処理装置へインストールされる。情報処理装置には、そのプログラムを格納する非一時的記憶媒体が設けられる。情報処理装置は、例えば、コンピュータ、分析システム等である。分析システムの一部がネットワーク上のコンピュータによって構成されてもよい。
【0030】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係る分析システムが示されている。分析システムは、試料から分離された各化合物に対して質量分析及び組成推定を行うシステムである。
【0031】
図1において、分析システムは、ガスクロマトグラフ(GC)10、質量分析装置12、及び、情報処理装置14を有する。情報処理装置14は、実施形態に係る分析方法を実行する分析装置である。GC10は、試料に含まれる複数の化合物を時間的に分離するカラムを有する。分離された複数の化合物が質量分析装置12に順次導入される。
【0032】
質量分析装置12は、イオン源16、質量分析器18及び検出器20を有する。イオン源16は、電子イオン化法(EI)に従うイオン源である。他のイオン化法に従うイオン源が用いられてもよい。イオン源16において、各化合物がイオン化される。それにより生じたイオンが質量分析器18に導入される。質量分析器18は、例えば、飛行時間型質量分析器、四重極型質量分析器である。質量分析器18を通過したイオンが検出器20で検出される。検出器20から出力された検出信号が図示されていない信号処理回路を経て情報処理装置14に入力される。
【0033】
情報処理装置14は、例えば、コンピュータにより構成され、それは、情報処理部22、記憶部24、入力器26、及び、表示器28を有する。情報処理部22は、プログラムを実行するプロセッサを有する。そのプロセッサは例えばCPUである。図1においては、情報処理部22が発揮する複数の機能が複数のブロックにより表現されている。記憶部24は、半導体メモリ、ハードディスク等により構成される。入力器26は、キーボード等により構成される。表示器28は、液晶表示器等により構成される。
【0034】
マススペクトル生成器30は、複数の化合物の質量分析により生じた一連の検出信号に基づいて時間軸上に並ぶ複数のマススペクトルからなるマススペクトル列を生成する。マススペクトル列がクロマトグラム生成器32及び表示処理器44へ送られている。クロマトグラム生成器32は、例えば、マススペクトル列を構成する各マススペクトルの積算により、クロマトグラムの一種であるトータルイオンクロマトグラム(TICC)を生成する。
【0035】
クロマトグラムには、試料から分離された複数の化合物に対応する複数の化合物ピークが含まれる。化合物ピーク検出器34は、クロマトグラムに含まれる複数の化合物ピークを検出する。化合物ピーク検出器34は、各化合物ピークにおける代表点(例えばピークトップ)に対応する保持時間を特定する。保持時間は検出時間と言い得る。保持時間は、カラムの長さ、カラムの種類、カラムの温度等によって変動する指標である。
【0036】
保持指標演算器36は、化合物ピークごとに、保持時間を保持指標に変換する。実施形態においては、試料の測定に先立って、基準物質が測定されている。それにより生成されたクロマトグラムに含まれる複数のピークに対応する複数の保持時間に基づいて、保持時間から保持指標を換算するためのパラメータ(変換式)が事前に特定される。保持指標演算器36は、試料の測定時に、そのパラメータを用いて、化合物ごとに、持時間を保持指標に変換する。代表的な基準物質としてn-アルカンが知られている。試料と基準物質とが同時に測定されてもよい。保持指標は、カラムの長さ、カラムの種類、カラムの温度等によらない客観的な指標である。
【0037】
実施形態においては、各化合物の組成の推定に際して、保持指標に基づいて分子量範囲及び炭素原子数範囲が決定される。分子量範囲に基づいて探索範囲が設定される。
【0038】
第1設定器38は、探索範囲設定器である。第1設定器38は、クロマトグラムに含まれる化合物ピークごとに(つまり未知化合物ごとに)、その化合物ピークに対応する保持指標に基づいて、その化合物ピークに対応するマススペクトルに対して、探索範囲を設定する。より詳しくは、第1設定器38は、保持指標から分子量範囲を決定し、分子量範囲に基づいて探索範囲を設定する。探索範囲は質量電荷比範囲である。分子量範囲の代わりに分子質量範囲が決定されてもよく、又は、分子量範囲の代わりに探索範囲が直接的に決定されてもよい。
【0039】
探索範囲は、分子ピーク(分子イオンピーク)を探索する範囲である。探索範囲内において分子ピークを探索することにより、分子ピークを正しく特定できる。ひいては、化合物の組成を推定する精度を高められる。
【0040】
後述するように、事前に、保持指標区間ごとに、分子量の平均(μa)及び分子量の標準偏差(σa)が定められている。演算された保持指標が属する保持指標区間に対応付けられた平均(μa)及び標準偏差(σa)に基づき、分子量範囲の下限及び上限が以下のように定められる。
【0041】
分子量範囲の下限:μa-k1×σa ・・・(1-1)
分子量範囲の上限:μa+k1×σa ・・・(1-2)
【0042】
ここで、k1は例えば3である。k1はユーザーにより変更され得る。例えば、k1として1又は2が設定されてもよい。分子量範囲から質量電荷比軸上の探索範囲が一意に定まる。
【0043】
第2設定器40は、原子数範囲設定器である。第2設定器40は、クロマトグラムに含まれる化合物ピークごとに(つまり未知化合物ごとに)、その化合物ピークに対応する保持指標に基づいて、炭素原子数範囲を設定する。炭素原子数範囲は、組成推定条件の一部を構成する。自動的に決定された炭素原子数範囲を含む組成推定条件に従って、化合物の組成を推定することにより、化合物の組成を推定する精度を高められる。
【0044】
後述するように、事前に、保持指標区間ごとに、炭素原子数の平均(μb)及び炭素原子数の標準偏差(σb)が定められている。演算された保持指標が属する保持指標区間に対応付けられた平均(μb)及び標準偏差(σb)から、炭素原子数範囲の下限及び上限が以下のように定められる。
【0045】
炭素原子数範囲の下限:μb-k2×σb ・・・(2-1)
炭素原子数範囲の上限:μb+k2×σb ・・・(2-2)
【0046】
ここで、k2は例えば3である。k2はユーザーにより変更され得る。例えば、k2として1又は2が設定されてもよい。
【0047】
分子ピーク探索器42は、各化合物のマススペクトルに設定された探索範囲内において分子ピークを探索する。ここで、そのマススペクトルは、通常、化合物ピークに相当する複数のマススペクトルの積算により生成された積算マススペクトルである。後述するように、ピーク強度条件及びモノアイソトピック条件の両条件が満たされるように、分子ピークが探索される。
【0048】
組成推定器48は、組成推定条件に従って、未知化合物の分子ピークから特定される分子質量(精密質量)に基づいて、未知化合物の組成(組成式)を推定する。組成推定条件には、複数の元素に対応する複数の原子数範囲が含まれる。複数の原子数範囲の内で、炭素原子数範囲の上限及び下限は、上記のように、第2設定器40により定められる。他の複数の原子数範囲は、通常、ユーザーによって定められる。
【0049】
表示処理器44は、表示器28の画面上に表示される画像を生成するものである。表示処理器44は、範囲像生成器46を有する。範囲像生成器46は、未知化合物のマススペクトルに対して設定される探索範囲を示す範囲像を生成する。
【0050】
表示器28には、クロマトグラム、化合物ピークテーブル等が表示される。化合物ピークテーブルには、複数の化合物に対応する複数の行が含まれる。各行には、保持時間、保持指標等が含まれる。いずれかの行を選択すると、その行に対応付けられた情報が表示される。その場合、例えば、マススペクトル、組成推定結果を示すリスト、等が表示される。マススペクトルには範囲像が含まれる。マススペクトルに、識別された分子ピークを特定する情報が含まれてもよい。
【0051】
図2及び図3には、既存の化合物データベースに登録された複数の化合物情報に基づいて作成された2つの散布図が示されている。各化合物情報には、保持指標、分子量、分子質量、組成式、等が含まれる。分子量及び分子質量はいずれも分子の質量を表す情報である。組成式は炭素原子数を示す情報である。既存の化合物データベースは、例えば、NIST(National Institute of Standards and Technology)により提供されているマススペクトルデータベースである。
【0052】
図2に示されている散布図において、横軸は分子量を示す軸であり、縦軸は保持指標を示す軸である。分子量を示す軸に代えて分子質量を示す軸を採用してもよい。その場合、分子質量は整数質量又は精密質量である。図2に示されているように、保持指標と分子量の間には正の相関が認められる。
【0053】
図3に示されている散布図において、横軸は炭素原子数を示す軸であり、縦軸は保持指標を示す軸である。図3に示されているように、保持指標と炭素元素数の間には正の相関が認められる。他の元素については通常、図3に示されているような相関は認められない。
【0054】
図4及び図5には、上記の化合物データベースに登録されている複数の化合物情報に基づいて作成された2つのテーブル50,60が示されている。
【0055】
図4に示されているテーブル50は、保持指標から分子量の平均(μa)及び標準偏差(σa)を特定するためのテーブルである。図5に示されているテーブル60は、保持指標から炭素原子数(C原子数)の平均(μb)及び標準偏差(σb)を特定するためのテーブルである。
【0056】
2つのテーブル50,60は、図1に示した記憶部に格納される。上記の計算式(1-1),(1-2),(2-1),(2-2)も図1に示した記憶部に格納される。テーブル50及び上記の計算式(1-1),(1-2)により第1数理モデルが構成される。テーブル60及び上記の計算式(2-1),(2-2)により第2数理モデルが構成される。
【0057】
具体的に説明すると、図4に示されているテーブル50において、保持指標(RI)区間列52は、複数の保持指標区間52Aにより構成される。保持指標区間52Aごとに、分子量の平均(μa)及び標準偏差(σa)が登録されている。未知化合物の保持指標が特定された場合、テーブル50を参照することにより、その保持指標に基づいて平均(μa)及び標準偏差(σa)が特定される。それらを上記の(1-1)式及び(1-2)に代入することにより、分子量範囲が演算される。分子量範囲から探索範囲が定められる。
【0058】
図5に示されているテーブル60において、保持指標(RI)区間列62は、複数の保持指標区間62Aにより構成される。保持指標区間62Aごとに、炭素原子数の平均(μb)及び標準偏差(σb)が登録されている。未知化合物の保持指標が特定された場合、テーブル60を参照することにより、その保持指標に基づいて平均(μb)及び標準偏差(σb)が特定される。それらを上記の(2-1)式及び(2-2)に代入することにより、炭素原子数範囲が演算される。
【0059】
図6及び図7には、表示器に表示された2つのマススペクトル69,81が示されている。各マススペクトル69,81において、その横軸は質量電荷比(m/z)軸であり、その縦軸は強度軸である。
【0060】
図6に示されているマススペクトル(EIマススペクトル)69には、探索範囲70が設定されている。例えば、保持指標が1500の場合に、分子量範囲の下限として150が設定され、また、分子量範囲の上限として250が設定される。それら下限及び上限に基づいて探索範囲70の下限及び上限が設定される。
【0061】
探索範囲70が範囲像71によって表現されている。範囲像71には、図示の例において、2つのライン72A,72Bと、それらの間の着色エリア76とが含まれる。ライン72Aは探索範囲70の下限を表すラインであり、ライン72Bは探索範囲70の上限を表すラインである。探索範囲70内において、ピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たす分子ピークが探索される。図示の例では、分子ピーク78が特定されている。その場合、分子ピーク78に対応する質量電荷比から精密質量80が特定される。その精密質量が未知化合物の組成の推定で用いられる。
【0062】
図7に示されているマススペクトル(EIマススペクトル)81には、探索範囲82が設定されている。例えば、保持指標が1950の場合に、分子量範囲の下限として220が決定され、また、分子量範囲の上限として320が設定される。それら下限及び上限に基づいて探索範囲82の下限及び上限が設定される。
【0063】
探索範囲82が範囲像71Aによって表現されている。範囲像71Aには、図示の例において、2つのライン83A,83B及び着色エリア84が含まれる。探索範囲82内には分子ピークは含まれていない。
【0064】
図8において、組成推定条件86は、ユーザーが設定したものである。組成推定条件86は、複数の元素に対応した複数の原子数範囲を有する。各原子数範囲は下限及び上限で定義される。炭素について、下限は0であり、上限は50である(符号90a及び92aを参照)。
【0065】
図8において、組成推定条件88は、上記のように設定された炭素原子数範囲に基づいて変更された組成推定条件である。炭素の原子数範囲の下限が7に変更されており(符号90bを参照)、その上限が15に変更されている(符号92bを参照)。
【0066】
図9には、組成推定方法が示されている。計算式94の左辺は、分子質量(精密質量)である。その分子質量は、分子ピークに対応する質量電荷比から特定される(符号102を参照)。より詳しくは、分子質量は、分子ピークに対応する質量電荷比に相当する質量に対して電子の質量を足すことにより特定される。計算式94の右辺には、C原子質量(精密質量)96、H原子質量(精密質量)98、O原子質量(精密質量)100、等が含まれる。また、計算式94の右辺には、C原子質量96に乗算される係数n1、H原子質量98に乗算される係数n2、O原子質量100に乗算される係数n3、等が含まれる。
【0067】
各係数n1,n2,n3,・・・は、0以上の整数であって、組成推定条件104で定められた各原子数範囲内の整数である。実施形態においては、n1には、未知化合物の保持指標に基づいて決定された炭素原子数範囲に属する整数が与えられる(符号106を参照)。計算式94が成立するように、各係数が調整され、元素ごとに原子数が絞り込まれる。これにより未知化合物の組成が推定される。複数の組成が推定されてもよい。
【0068】
図10には、実施形態に係る分析方法がフローチャートとして示されている。図10に示されている一連の過程が未知化合物ごとに実行される。
【0069】
S10では、保持時間(RT)から保持指標(RI)が演算される。その際には、事前に特定された換算式が利用される。S12では、未知化合物のマススペクトルに対して、保持指標に基づく探索範囲が設定される。S13では、探索範囲内において分子ピークが探索される。その場合、ピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たすピークが分子ピークとして判定される。
【0070】
ピーク強度条件は、分子ピークの強度が満たすべき条件である。実施形態においては、マススペクトルに含まれる複数のピークが有する複数の強度の中から最大強度が特定される。続いて、最大強度のα%(例えばα=10)に相当する閾値が設定される。αはユーザーにより指定又は変更される。閾値を超えるピークがピーク強度条件を満たすピークである。ピーク強度条件として他の条件が定められてもよい。
【0071】
モノアイソトピック条件は、分子ピークとしてモノアイソトピックピークを特定するための条件である。未知化合物に含まれるいずれかの元素が複数の同位体を有する場合、複数の同位体ピークが生じる。複数の同位体ピークの中で、もっとも大きな存在比に対応するピークがモノアイソトピックピークである。一部の例外を除き、複数の同位体ピークの中でもっとも低質量側の同位体ピークがモノアイソトピックピークであり、それを特定するための条件がモノアイソトピック条件である。
【0072】
S14では、探索範囲内における分子ピークの存否が判断される。分子ピークが特定されなかった場合、S16において、その旨が表示される。つまり、分子イオンの不検出が表示される。これにより、他の組成推定法の適用が促される。他の組成推定法として、フラグメントピーク及びニュートラルロスに基づく組成推定法が挙げられる。
【0073】
探索範囲内において分子ピークが特定された場合、S18において、分子ピークに対応する質量電荷比に基づいて分子質量(精密質量)が特定される。S20では、保持指標に従って炭素原子数範囲が設定され、それによりユーザーが設定した組成推定条件が部分的に変更される。S22では、分子質量に基づいて組成が推定される。組成推定が失敗した場合、S24においてそれが判断され、続いてS26において組成推定失敗を示す情報がユーザーに提供される。一方、組成推定が成功した場合、S24においてそれが判断され、続いてS28において組成推定結果が表示される。
【0074】
図11を用いて上記S13の具体例を説明する。図11には未知化合物のマススペクトルが示されている。それに対して探索範囲108が設定されている。ピーク強度条件を満たすか否かを判定するための閾値αが示されている。
【0075】
最初に、探索範囲108内において、閾値αを超える最も高質量側のピーク111が一次候補ピークとして特定される。一次候補ピーク111に基づいて、第1サブ探索範囲114及び第2サブ探索範囲116が設定される。ピーク111に対応する質量miを基準として、質量mi-1及び質量mi-2が特定される。質量mi-1を中心とする局所範囲が第1サブ探索範囲114である。質量mi-2を中心とする局所範囲が第2サブ探索範囲116である。
【0076】
第1サブ探索範囲114内において、閾値αを超えるピーク112が存在している場合、そのピーク112が二次候補ピークとされる。第2サブ探索範囲116内において、閾値αを超えるピーク113が存在している場合、そのピーク113が三次候補ピークとされる。探索範囲108に含まれる1又は複数の候補ピークの中で、もっとも低質量側のピークが分子ピークであるとみなされる。図11に示す例では、ピーク113が未知化合物の分子ピークであると判定される。なお、探索範囲108内において、一次候補ピークを特定できなかった場合には、分子イオンの不検出を示す情報がユーザーに提供される。
【0077】
以上により、ピーク強度条件及びモノアイソトピック条件を満たす分子ピークが正しく特定される。
【0078】
上記実施形態によれば、化合物のマススペクトルに含まれる分子ピークを正しく識別でき、また、化合物の組成を推定する条件を絞り込めるので、化合物の組成を推定する精度を高められる。上記実施形態においてガスクロマトグラフを液体クロマトグラフに置換してもよい。そのような変形例においても上記同様の組成推定を行える。上記の探索範囲の設定に係る技術及び炭素原子数範囲の設定に係る技術のいずれか一方のみが採用されてもよい。
【符号の説明】
【0079】
10 ガスクロマトグラフ、12 質量分析装置、14 情報処理装置、32 クロマトグラム生成器、34 化合物ピーク検出器、36 保持指標演算器、38 第1設定器(分子量範囲設定器)、40 第2設定器(炭素原子数範囲設定器)、42 分子ピーク探索器、44 表示処理器、46 範囲像生成器、48 組成推定器。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11