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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179552
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】表面改質基材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08F 292/00 20060101AFI20241219BHJP
【FI】
C08F292/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098486
(22)【出願日】2023-06-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度国立研究開発法人科学技術振興機構 委託研究 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 広賢
(72)【発明者】
【氏名】田儀 陽一
(72)【発明者】
【氏名】谷嶋 美保
(72)【発明者】
【氏名】荘司 拓海
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 博之
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】松川 公洋
【テーマコード(参考)】
4J026
【Fターム(参考)】
4J026AA02
4J026BA27
4J026BB03
4J026CA06
4J026DB02
4J026DB06
4J026DB09
4J026DB19
4J026DB30
4J026FA05
4J026FA06
4J026GA08
4J026GA10
(57)【要約】
【課題】耐摩擦性等の耐久性に優れた低摩擦性の濃厚ポリマーブラシである表面改質膜を有する表面改質基材を提供する。
【解決手段】基材と、基材の表面に設けられる、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)及びフッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)を有するポリマーで形成された表面改質膜と、を備え、ポリマーの片末端が、連結構造を介して基材の表面に結合しており、フッ化アルキルメタクリレートが、2,2,2-トリフルオロエチルメタクリレート等であり、構成単位(i)及び構成単位(ii)の合計に占める、構成単位(ii)の割合が、5~60mol%であり、ポリマーの数平均分子量が10万~300万、分子量分布が1.1~2.0であり、表面改質膜の厚さが0.1~5μmであり、基材の表面に占めるポリマーの占有率σ*が0.1以上である表面改質基材である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に設けられる、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)及びフッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)を有するポリマーで形成された表面改質膜と、を備え、
前記ポリマーの片末端が、連結構造を介して前記基材の表面に結合しており、
前記フッ化アルキルメタクリレートが、2,2,2-トリフルオロエチルメタクリレート、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピルメタクリレート、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルメタクリレート、2,2,3,4,4,4-ヘキサフルオロブチルメタクリレート、2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロブチルメタクリレート、及び3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも一種であり、
前記ポリマー中、前記構成単位(i)及び前記構成単位(ii)の合計の割合が、95質量%以上であり、
前記構成単位(i)及び前記構成単位(ii)の合計に占める、前記構成単位(ii)の割合が、5~60mol%であり、
前記ポリマーの数平均分子量が10万~300万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.1~2.0であり、
前記表面改質膜の厚さが0.1~5μmであり、
前記基材の表面に占める前記ポリマーの占有率σ*が0.1以上である表面改質基材。
【請求項2】
前記表面改質膜が、第1のイオン液体を含有して膨潤している請求項1に記載の表面改質基材。
【請求項3】
前記連結構造が、下記一般式(A)で表される請求項1に記載の表面改質基材。
(前記一般式(A)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、「Polymer」は前記ポリマーを示し、Yは、O又はNHを示し、「*」は前記基材側の結合位置を示す)
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の表面改質基材の製造方法であって、
前記基材の表面に下記一般式(1)で表される重合開始基が結合した開始基付与基材を用意する工程と、
前記開始基付与基材及び第2のイオン液体を含有する重合溶媒の存在下、前記メチルメタクリレート及び前記フッ化アルキルメタクリレートを含むモノマーを10~500MPaの圧力条件下で表面開始リビングラジカル重合して、前記連結構造を介して前記基材の表面にその片末端が結合した前記ポリマーを形成し、前記ポリマーで形成された前記表面改質膜を前記基材の表面に設ける工程と、
を有する表面改質基材の製造方法。
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【請求項5】
前記第2のイオン液体が、N-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)、及びN,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)からなる群より選択される少なくとも一種である請求項4に記載の表面改質基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質基材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の改質方法として、その末端に基材と吸着又は反応しうる基を有するポリマーを基材に作用させることで、物理的又は化学的に結合したポリマー層を基材表面に形成する方法が知られている。また、基材表面に付与した重合性基を起点としてモノマーを重合させることで、基材表面からグラフトしたポリマー層を形成する方法も知られている。
【0003】
近年、1990年代に発展したリビングラジカル重合の技術を利用し、基板上に高密度にグラフトされる、いわゆる「濃厚ポリマーブラシ」が研究されている。この濃厚ポリマーブラシでは、高分子鎖が1~4nm間隔の高密度で基板上にグラフトされている。このような濃厚ポリマーブラシによって基材の表面を改質し、低摩擦性、タンパク質吸着抑制、サイズ排除特性、親水性、及び撥水性等などの特性を付与しうることが知られている(特許文献1及び2、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-133434号公報
【特許文献2】特開2010-261001号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Adv.Polym.Sci.,2006,197,1-45
【非特許文献2】J.Am.Chem.Soc.,2005,127,15843-15847
【非特許文献3】Polym.Chem.,2012,3,148-153
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、近年、より低摩擦性の表面改質膜によって種々の基材の表面を容易に改質することが要求されている。また、使用状況によっては、表面改質膜を構成する機械的なエネルギーによってポリマーの分子鎖が切断され、低摩擦性等の性能が低下しやすくなることが指摘されていた。このため、より耐久性に優れた表面改質膜によって基材を表面改質することが望まれていた。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、耐摩擦性等の耐久性に優れた低摩擦性の濃厚ポリマーブラシである表面改質膜を有する表面改質基材を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記の表面改質基材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下に示す表面改質基材が提供される。
[1]基材と、前記基材の表面に設けられる、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)及びフッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)を有するポリマーで形成された表面改質膜と、を備え、前記ポリマーの片末端が、連結構造を介して前記基材の表面に結合しており、前記フッ化アルキルメタクリレートが、2,2,2-トリフルオロエチルメタクリレート、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピルメタクリレート、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルメタクリレート、2,2,3,4,4,4-ヘキサフルオロブチルメタクリレート、2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロブチルメタクリレート、及び3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも一種であり、前記ポリマー中、前記構成単位(i)及び前記構成単位(ii)の合計の割合が、95質量%以上であり、前記構成単位(i)及び前記構成単位(ii)の合計に占める、前記構成単位(ii)の割合が、5~60mol%であり、前記ポリマーの数平均分子量が10万~300万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.1~2.0であり、前記表面改質膜の厚さが0.1~5μmであり、前記基材の表面に占める前記ポリマーの占有率σ*が0.1以上である表面改質基材。
[2]前記表面改質膜が、第1のイオン液体を含有して膨潤している前記[1]に記載の表面改質基材。
[3]前記連結構造が、下記一般式(A)で表される前記[1]又は[2]に記載の表面改質基材。
【0009】
(前記一般式(A)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、「Polymer」は前記ポリマーを示し、Yは、O又はNHを示し、「*」は前記基材側の結合位置を示す)
【0010】
また、本発明によれば、以下に示す表面改質基材の製造方法が提供される。
[4]前記[1]~[3]のいずれかに記載の表面改質基材の製造方法であって、前記基材の表面に下記一般式(1)で表される重合開始基が結合した開始基付与基材を用意する工程と、前記開始基付与基材及び第2のイオン液体を含有する重合溶媒の存在下、前記メチルメタクリレート及び前記フッ化アルキルメタクリレートを含むモノマーを10~500MPaの圧力条件下で表面開始リビングラジカル重合して、前記連結構造を介して前記基材の表面にその片末端が結合した前記ポリマーを形成し、前記ポリマーで形成された前記表面改質膜を前記基材の表面に設ける工程と、を有する表面改質基材の製造方法。
【0011】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【0012】
[5]前記第2のイオン液体が、N-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)、及びN,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)からなる群より選択される少なくとも一種である前記[4]に記載の表面改質基材の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐摩擦性等の耐久性に優れた低摩擦性の濃厚ポリマーブラシである表面改質膜を有する表面改質基材を提供することができる。また、本発明によれば、上記の表面改質基材の製造方法を提供することができる。本発明の表面改質基材は、十分な膜厚を有するとともに、低摩擦性及び耐久性に優れた濃厚ポリマーブラシである表面改質膜を有するため、低摩擦性及び耐久性が必要とされる摺動部材、摺動部品、及びシール材等を構成するための材料として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<表面改質基材>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明の表面改質基材の一実施形態は、基材と、この基材の表面に設けられる、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)及びフッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)を有するポリマーで形成された表面改質膜と、を備えるものであり、ポリマーの片末端が、連結構造を介して基材の表面に結合している。表面改質膜を形成するポリマー中、構成単位(i)及び構成単位(ii)の合計の割合は、95質量%以上であり、構成単位(i)及び構成単位(ii)の合計に占める、構成単位(ii)の割合は、5~60mol%である。また、表面改質膜を形成するポリマーの数平均分子量は10万~300万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)は1.1~2.0である。そして、表面改質膜の厚さは0.1~5μmであり、基材の表面に占めるポリマーの占有率σ*が0.1以上である。以下、本発明の表面改質基材の詳細について説明する。
【0015】
(基材)
基材の種類は特に限定されず、天然物、人工物、無機部材、及び有機部材のいずれであっても用いることができる(但し、ビニルアルコール単位を有するポリマーを含む基材を除く)。基材の形状も特に限定されず、塊状物、粉末、シート、フィルム、ペレット、及び板等のさまざまな形状の基材を用いることができる。本実施形態の表面改質基材は、例えば、重合開始基を付与した基材を重合溶媒に浸漬した状態でモノマーを重合して製造される。このため、重合溶液に溶解等せずに耐えうる基材を用いることが好ましい。基材の具体例としては、金属、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、セラミックス、木材、ケイ素化合物、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、セルロース、及びガラス等の材料で形成されたフィルム、繊維、及びシート等を挙げることができる。
【0016】
基材には表面処理が施されていてもよい。表面処理としては、シランカップリング処理、シリカコート処理、及びシリカアルミナ処理等の無機処理;プラズマ処理、紫外線照射処理、オゾン酸化処理、放射線処理、X線処理、電子線処理、及びレーザー処理等の洗浄・活性化処理;等を挙げることができる。
【0017】
(表面改質膜)
表面改質膜を形成するポリマーの片末端は、連結構造を介して基材の表面に結合している。すなわち、本実施形態の表面改質基材は、基材の表面からブラシ状のポリマーが濃密に生成した濃厚ポリマーブラシである表面改質膜を備える。
【0018】
濃厚ポリマーブラシである表面改質膜(ポリマー層)を形成するポリマーは、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)及びフッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)を有する。なお、ポリマーは、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)及びフッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)のみで実質的に形成されていることが好ましい。フッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)を有するポリマーを用いることで、表面改質膜の耐熱性の向上が期待される。また、フッ素と炭素の高結合力エネルギーにより、表面改質膜の耐荷重性及び耐摩擦耐久性の向上につながると考えられる。さらに、フッ素の低表面自由エネルギーにより、摺動部品においての相手面との凝着力が小さくなり、摺動部品の起動トルクの低下、及び低摩擦性の向上が期待される。
【0019】
フッ化アルキルメタクリレートは、2,2,2-トリフルオロエチルメタクリレート、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピルメタクリレート、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルメタクリレート、2,2,3,4,4,4-ヘキサフルオロブチルメタクリレート、2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロブチルメタクリレート、及び3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシルメタクリレートからなる群より選択される少なくとも一種である。フッ化アルキルメタクリレートのフッ化アルキル基が長すぎると、形成される表面改質膜が軟質になる場合がある。なお、パーフルオロアルキル化合物については、近年、蓄積性及び難分解性等の観点から規制が高まる傾向にあるが、上記のフッ化アルキルメタクリレートは性能のみならず、環境の観点からも好適である。
【0020】
表面改質膜を形成するポリマーが、フッ化アルキルメタクリレートに由来する構成単位(ii)のみで構成されていると、一般的に用いられる有機溶剤やイオン液体にポリマーが溶解及び膨潤しにくくなる。このため、ポリマーは、メチルメタクリレートに由来する構成単位(i)を有する。フッ化アルキルメタクリレートと共重合させるモノマーが、メチルメタクリレート以外のメタクリレートであると、立体障害等によって十分な分子量のポリマーを合成することが困難になる場合があるとともに、得られるポリマーのガラス転移温度が低下することがあり、耐久性が低下しやすくなる。
【0021】
ポリマー中、構成単位(i)及び構成単位(ii)の合計に占める、構成単位(ii)の割合は5~60mol%であり、好ましくは10~50mol%である。構成単位(ii)の割合が5mol%未満であると、フッ素原子の効果が十分に発揮されない。一方、構成単位(ii)の割合が60mol%超であると、一般的に用いられる有機溶剤やイオン液体にポリマーが溶解及び膨潤しにくくなる。
【0022】
表面改質膜を形成するポリマー中、構成単位(i)及び構成単位(ii)の合計の割合は、95質量%以上であり、好ましくは98質量%以上、さらに好ましくは100質量%である。ポリマーは、5質量%未満であれば、構成単位(i)及び構成単位(ii)以外のその他の構成単位をさらに有してもよい。その他の構成単位を構成するモノマーとしては、メチルメタクリレート以外のメタクリレート(その他のメタクリレート)を挙げることができる。その他のメタクリレートとしては、エチル、プロピル、ブチル、イソブチル、t-ブチル、ヘキシル、オクチル、2-エチルヘキシル、デシル、イソデシル、ドデシル、ステアリル、ベヘニル、シクロヘキシル、t-ブチルシクロヘキシル、トリメチルシクロヘキシル、トリシクロデシル、イソボルニル、アダマンチル、フェニル、及びベンジル等の脂肪族アルキル、脂環族アルキル、芳香族のメタクリレート;テトラヒドロフルフリル、ジメチルアミノエチル、ジエチルアミノエチル、t-ブチルアミノエチル、トリフルオロメチル、パーフルオロオクチル、及びトリメチルシリル等の酸素、窒素、フッ素、ケイ素等を有するアルコールのエステル化物であるメタクリレート;等を挙げることができる。なかでも、ポリマーを架橋させたり、他の化合物を反応させたりして、機能性及び耐久性を付与することが可能であることから、官能基を有するメタクリレートを用いることが好ましい。官能基を有するメタクリレートとしては、ヒドロキシアルキルメタクリレート、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、エポキシシクロヘキシルメチルメタアクリレート、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、及びブロック化されたメタクリロイルオキシエチルイソシアネート等を挙げることができる。
【0023】
表面改質膜を形成するポリマーの片末端は、連結構造を介して基材の表面に結合している。連結構造としては、例えば、下記一般式(A)で表される構造を挙げることができる。
【0024】
(前記一般式(A)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、「Polymer」は前記ポリマーを示し、Yは、O又はNHを示し、「*」は前記基材側の結合位置を示す)
【0025】
ポリマーの数平均分子量(Mn)は10万~300万であり、好ましくは50万~200万である。ポリマーのMnが10万未満であると、表面改質膜の厚さが不足する。一方、Mnが300万超のポリマーを重合することは困難であるとともに、副反応での停止反応が多く進行し、分子量分布(PDI)が過度に大きくなる場合がある。なお、本明細書におけるポリマーのMn及びMwは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GC)により測定されるポリメチルメタクリレート換算の値である。
【0026】
ポリマーの分子量分布(PDI=重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は1.1~2.0であり、好ましくは1.15~1.8、さらに好ましくは1.2~1.6である。PDIは、ポリマーの分子量のバラツキを表す指標となる物性値である。PDIが2.0超であると、分子量のバラツキが大きいため、形成される表面改質膜の表面に分子量の大きい(長い)分子鎖が突出しやすくなり、濃厚ポリマーブラシの特徴が損なわれる場合がある。
【0027】
ポリマーの分子量は、例えば、表面改質基材をアルカリ等で処理し、基材との結合部分を切断して得た表面改質膜を試料とし、GPCによって測定することができる。なお、リビングラジカル重合でポリマーを合成する場合、重合開始基から均一に重合が進行する。このため、エチルイソ酪酸ブロマイド等の単官能の重合開始化合物をポリマーの重合系に配合しておけば、単官能の重合開始化合物から伸長したポリマーの分子量を、基材の表面から伸長したポリマーの分子量と同一であると見積もることができる。
【0028】
表面改質膜の厚さ(乾燥膜厚)は0.1~5μmであり、好ましくは0.2~3μm、さらに好ましくは0.4~1.5μmである。表面改質膜の厚さが0.1μm未満であると、薄過ぎるため、摺動部材として使用した場合に、相手面の表面粗さが表面改質膜の厚さよりも粗くなることがあり、表面改質膜が削られやすくなる場合がある。一方、表面改質膜の厚さが5μm超であると、ポリマーの重合時間が過度に長くなるとともに、ポリマーの分子量分布が過度に広くなることがある。
【0029】
表面改質膜の厚さのバラツキは、表面改質膜の平均厚さを基準として、±20%以内であることが好ましく、±10%以内であることがさらに好ましい。表面改質膜の平均厚さは、任意の10箇所で測定した表面改質膜の厚さの平均値である。表面改質膜の厚さのバラツキが±20%超であると、表面改質膜の表面の平滑性がやや低下し、ブラシ効果が不十分になる場合がある。
【0030】
基材の表面に占めるポリマーの占有率(表面占有率σ*)は0.1以上であり、好ましくは0.1~1.0、さらに好ましくは0.15~0.8である。ポリマーの表面占有率σ*を上記範囲内とすることで、濃厚ポリマーブラシとしての特性を発揮させることができる。すなわち、濃厚ポリマーブラシであるポリマーによって表面改質膜を形成したことで有効なブラシ効果が発揮され、様々な用途での使用が可能となる。そして、極低摩擦性による摩擦エネルギーロス低減や摩耗を防止することで、高寿命化、サイズ排除特性による抗菌・抗ウィルス性、耐汚染性、タンパク質付着防止性等の効果、液保持性による高潤滑性、高すべり性等の効果を基材に付与することができる。
【0031】
表面占有率σ*は、下記式(X)により算出される「グラフト密度σ(本/nm)」を用いて、下記式(Y)にしたがって算出することができる。
σ=dLNAMn ・・・(X)
d:ポリマーの密度
L:表面改質膜(ポリマー層)の厚さ
NA:アボガドロ数
Mn:ポリマーの数平均分子量
σ*=aσ ・・・(Y)
:モノマー断面積
【0032】
表面改質膜の厚さは、例えば、エリプソメータ、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡等を使用し、従来公知の方法にしたがって測定することができる。ポリマーの密度は、従来公知の文献に記載された値や、JIS K 7112:1999等に記載された方法にしたがって測定した値を用いることができる。
【0033】
表面改質膜は、溶媒を含有して膨潤していることが、より有効なブラシ効果が発揮されるために好ましい。表面改質膜を膨潤させる溶媒としては、ポリマーを溶解しうる親和性のある液媒体を用いることが好ましい。このような液媒体でポリマー層を膨潤させることで、表面改質膜の厚さを1.1~4倍にまで増大させることもできる。
【0034】
表面改質膜を膨潤させる溶媒(液媒体)としては、水系潤滑材や潤滑油等を挙げることができる。水系潤滑材としては、水、グリセリン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等を挙げることができる。潤滑油としては、炭化水素系潤滑油、エステル系潤滑油、シリコーンオイル、及びイオン液体等を挙げることができる。これらの液媒体で表面改質膜を膨潤させることで、極低摩擦性、サイズ排除特性、及び高液保持性等のブラシ効果を有効に発揮させることができる。これにより、省エネルギー、高寿命、及び高性能化等の特性が付与された各種の物品を提供することができる。
【0035】
なかでも、表面改質膜は、イオン液体(第1のイオン液体)を含有して膨潤していることが好ましい。イオン液体は、不揮発性であるとともに不燃性である。このため、表面改質膜を膨潤させる液媒体としてイオン液体を用いることで、表面改質膜の表面を部材等で摺動した場合であっても揮発や発火しにくく、安全性及び長期耐久性を保持することができる。イオン液体は、有機塩構造を有する、室温付近で液状の化合物である。イオン液体を構成するカチオンとしては、ホスホニウムカチオン、アンモニウムカチオン、イミダゾリウムカチオン、及びピリジニウムカチオン等を挙げることができる。イオン液体を構成するアニオンとしては、塩素アニオン、臭素アニオン、ヨウ素アニオン、スルホネートアニオン、スルホンイミドアニオン、テトラフロロホウ素アニオン、及びヘキサフルオロリンアニオン等を挙げることができる。表面改質膜を膨潤する第1のイオン液体は、ポリマーの溶解性、低摩擦性、高極性、及び重合の進行性等の観点から、N-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)、及びN,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)からなる群より選択される少なくとも一種が好ましい。
【0036】
表面改質膜は、基材の表面全体に設けてもよく、基材の表面の一部に設けてもよい。表面改質膜を設けていない基材の表面には、他の表面処理やコーティング等を施してもよい。例えば、フィルム状の基材の一方の面に表面改質膜を設けるとともに、他方の面に粘着層や粘着層を設けることで、種々の物品等に貼り付けて用いることが可能な表面改質基材とすることができる。
【0037】
本実施形態の表面改質基材は、十分な厚さを有するとともに、基材から脱離しにくく、耐摩耗性等の耐久性に優れた濃厚ポリマーブラシである表面改質膜を備える。このため、本実施形態の表面改質基材は、例えば、機械・装置、ロボット、家電、乗り物、航空機、及び宇宙関係等の摺動部品として好適である。さらに、表面改質膜を溶媒(液媒体)によって膨潤させることで、省エネルギー、高寿命、及び高性能化等の特性が付与された各種の物品を提供することができる。
【0038】
<表面改質基材の製造方法>
本実施形態の表面改質基材は、例えば、以下に示す方法によって製造することができる。すなわち、本発明の表面改質基材の製造方法の一実施形態は、前述の表面改質基材を製造する方法であり、基材の表面に下記一般式(1)で表される重合開始基が結合した開始基付与基材を用意する工程と、開始基付与基材及び第2のイオン液体を含有する重合溶媒の存在下、メチルメタクリレート及びフッ化アルキルメタクリレートを含むモノマーを10~500MPaの圧力条件下で表面開始リビングラジカル重合して、連結構造を介して基材の表面にその片末端が結合したポリマーを形成し、ポリマーで形成された表面改質膜を基材の表面に設ける工程と、を有する。
【0039】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【0040】
従来、基材の表面からビニル系ポリマーをグラフトさせることで、基材の表面を改質する方法が知られている。基材の表面からポリマーをグラフトさせる方法としては、例えば、基材の表面からポリマーを重合させる、いわゆる表面開始重合方法等がある。表面開始重合方法としては、基材表面に放射線等を照射して発生させたラジカルから重合を開始する方法;基材表面に導入したアゾ基や過酸化物基を有する化合物から重合を開始する方法;などがある。これに対して、本実施形態の表面改質基材の製造方法では、まず、ラジカルを発生させる特定の重合開始基がその表面に結合した基材(開始基付与基材)を用意する。次いで、用意した開始基付与基材の重合開始基から表面開始リビングラジカル重合してポリマーをグラフトさせ、基材の表面に表面改質膜を設ける。
【0041】
重合開始基は、下記一般式(1)で表される構造を有する。一般式(1)中、Xで表される基がラジカルとして脱離するとともに、炭素ラジカルが生成する。その後、生成した炭素ラジカルにしてモノマーが挿入されて重合が進行する。これにより、重合開始基を片末端とするポリマーが形成される。
【0042】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子、アルキル基、アシル基、又はアリール基を示し、Rは、アルキル基又はアリール基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、O又はNHを示す)
【0043】
一般式(1)中、Xが結合する炭素原子は、第3級炭素原子又は第4級炭素原子である。R及びRの少なくともいずれかは、アルキル基以外の基であることが好ましい。すなわち、R及びRの少なくともいずれかがアルキル基以外の電子供与性基であると、Xが脱離しやすくなる。なかでも、Xが結合する炭素原子が第4級炭素原子であると、ラジカルを発生させるのにより好ましい。
【0044】
特定の重合開始基が結合した開始基付与基材を用意する方法、すなわち、特定の重合開始基を基材の表面に導入する(結合させる)方法としては、例えば、重合開始基を有する化合物を、塗布、蒸着、転写、電着、ラミネート、及び単層膜形成等の方法で基材に付与する方法を挙げることができる。なかでも、基材表面と反応する基及び重合開始基を有する化合物や、重合開始基を有するポリマーを基材に付与する方法が好ましい。このような方法によって、特定の重合開始基が結合した開始基付与基材を用意することができる。したがって、本実施形態の表面開始基材の製造方法によれば、その表面に水酸基やアミノ基等の反応性基を実質的に有しない基材の表面にも、濃厚ポリマーブラシである表面改質膜(ポリマー層)を設けることができる。
【0045】
重合開始基を有するポリマーとしては、三次元架橋構造を有するポリマーや、基材表面と反応する基をさらに有するポリマーが好ましい。基材表面と反応する基及び重合開始基を有する化合物や、重合開始基を有するポリマーを基材に付与することで、強固に結合した重合開始基を基材の表面に導入することができる。
【0046】
基材表面と反応する基(反応性基)は、基材の種類にあわせて適宜選択すればよい。例えば、シリコン基板、金属、金属酸化物、及び水酸基を有する無機化合物等を基材として用いる場合には、アルコキシシリル基及びエポキシ基等が反応性基として好ましい。また、セルロース等の水酸基を有する有機化合物を基材として用いる場合には、酸ハライド基、酸無水物基、及びイソシアネート基等が反応性基として好ましい。アルコキシシリル基(シランカップリング基)及び重合開始基を有する化合物としては、下記式(2)で表される化合物を用いることが好ましい。
【0047】
【0048】
また、下記式(3)で表されるモノマーと、(メタ)アクリロシロキシプロピルトリメチルシリルや(メタ)アクリロイロキシプロピルトリエトキシシリル等のアルコキシシリル基を有するモノマーと、を含むモノマー成分を重合して得られるポリマー(ポリマータイプの処理剤)を基材表面に付与し、基材表面を付与したポリマーでコーティングすることによっても、重合開始基が結合した開始基付与を用意することができる。
【0049】
【0050】
開始基付与基材及び重合溶媒の存在下、メチルメタクリレート及びフッ化アルキルメタクリレートを含むモノマーを10~500MPaの圧力条件下で表面開始リビングラジカル重合する。これにより、所定の連結構造を介して基材の表面にその片末端が結合したポリマーが形成され、このポリマーで形成された表面改質膜を基材の表面に設けることができる。
【0051】
表面開始リビングラジカル重合としては、例えば、原子移動ラジカル重合(ATRP法)が採用される。ATRP法では、重合開始基から引き抜いたハロゲン化物のラジカルを、金属イオンの価数を変化させてハロゲン化物塩とし、安定化させる。そして、ハロゲン化物が脱離した残基である有機ラジカルにモノマーが付加する。但し、有機ラジカルは不安定であるため、金属ハロゲン化物からハロゲンをラジカルとして引き抜いて安定化し、カップリング等の停止反応を防止する。そして、ハロゲンが抜かれた金属イオンは元の価数に戻る。このような酸化還元反応の繰り返しにより、有機ハロゲン化物を重合開始基としてモノマーが重合して成長し、ポリマーが形成される。重合反応はラジカル濃度が低い状態で進むので、ポリマーは均一に成長し、均一な分子量になりやすい。このATRP法を表面開始リビングラジカル重合に適用することで、濃厚なブラシ状のポリマーを形成することができる。
【0052】
原子移動ラジカル重合では、金属錯体を用いる。金属錯体としては、塩化銅や臭化銅と、ジノニルビピリジン、トリジメチルアミノエチルアミン、及びペンタメチルジエチレントリアミン等のポリアミンとの錯体や;ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム;などを挙げることができる。
【0053】
原子移動ラジカル重合は、重合溶媒の存在下で実施する。重合溶媒としては、イオン液体(第2のイオン液体)を含有する重合溶媒を用いる。高極性のイオン液体の存在下で重合することで、重合速度が増大し、高分子量のポリマーを得ることができる。イオン液体(第2のイオン液体)としては、表面改質膜を膨潤させる際に用いることができる前述の第1のイオン液体と同様のものを用いることができる。すなわち、第2のイオン液体は、N-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)、及びN,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)からなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましい。第1のイオン液体と第2のイオン液体は、同一の種類であっても異なる種類であってもよい。
【0054】
重合溶媒は、イオン液体以外の溶剤(その他の有機溶剤)をさらに含有してもよい。その他の有機溶剤としては、炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、グリコール系溶剤、エーテル系溶剤、アミド系溶剤、アルコール系溶剤、スルホキシド系溶剤、及び尿素系溶剤等を挙げることができる。
【0055】
本実施形態の製造方法では、10~500MPaの圧力条件下、好ましくは100~400MPaの圧力条件下でモノマーを重合する。このような高圧条件下で重合することで、停止反応を防止するとともに、ポリマーの伸長反応速度を向上させることができる。これにより、高分子量のポリマーが生成し、単ポリマーブラシ鎖で高膜厚(~5μm)の表面改質膜を形成することができる。
【0056】
重合容器としては、密閉可能であるとともに、高圧に耐えうる容器を用いることが好ましい。また、容器の内部に圧力が伝達される必要があるため、プラスチック製の軟質部分や伸縮部分などの、圧力で変形する部分を有する容器を用いることが好ましい。具体的には、ポリエチレン製の瓶、ペットボトル、レトルトパウチ、ブリスター容器など様々な容器を用いることができる。また、重合時の温度で変形しにくい、耐熱性を有する素材からなる容器が好ましい。さらに、重合用の溶剤等で侵されにくい、耐薬品性や耐溶剤性などの特性を有する素材からなる容器が好ましい。重合容器を構成する素材としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エンジニアプラスチック等を挙げることができる。また、重合時には、可能な限り、重合容器内に気体が入りこまないようにすることが好ましい。例えば、重合容器の容量の90%以上に重合溶液を仕込むことが好ましい。
【0057】
なお、前述の通り、重合開始基を有する単官能の重合開始化合物をポリマーの重合系に配合した状態で重合することで、単官能の重合開始化合物から伸長したポリマーの分子量を、基材の表面から伸長したポリマーの分子量と同一であると見積もることができる。重合系に配合する単官能の重合開始基化合物の量は、重合系全体を基準として、0.01質量%以下とすることが好ましく、0.001質量%以下とすることがさらに好ましい。単官能の重合開始化合物の量が多すぎると、重合系が高粘度化してしまい、得られる表面改質基材を取り出しにくくなることがある。また、得られる表面改質基材の表面に付着した遊離ポリマーを洗浄して除去するのに時間がかかる場合がある。
【実施例0058】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0059】
<表面改質基材の製造>
(実施例1)
3cm×3cmサイズのシリコン基板を用意し、メチルエチルケトン(MEK)、テトラヒドロフラン(THF)、2-プロパノール(IPA)の順に用いて超音波洗浄した。次いで、UVオゾンクリーナー(日本レーザー&エレクトロニクスラボ社製)を使用して基材をUVオゾン照射した。その後、エタノール89部、28%アンモニア水溶液10部、及び2-ブロモ-2-メチルプロピオニルオキシプロピルトリメトキシシラン(BPM)1部を入れた容器に基材を18時間浸漬させた。エタノールを用いて容器から取り出した基材を超音波洗浄した後、ブロワー乾燥させて、開始基付与基材-1を得た。
【0060】
窒素雰囲気下、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸エチル(EBiB)0.0001部、臭化銅(II)0.0096部、臭化銅(I)0.0558部、4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジル(dNbpy)0.3884部、メタクリル酸メチル(MMA)10.81部、2,2,2-トリフルオロエチルメタクリレート(TFEMA)2.02部、アニソール11.96部、及びN-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)(以下、MEMP-TFSI)1.33部をバイアルに入れて撹拌し、重合溶液を調製した。
【0061】
開始基付与基材-1を入れたアルミラミネート袋に重合溶液を充填し、気体を抜きながらヒートシールした。加圧媒体として水を入れた高圧装置(商品名「PV-400」、シンコーポレーション社製)内にアルミラミネート袋を入れた。60℃、400MPaの条件で4時間重合した。
【0062】
反応系中には、フリーの重合開始剤であるEBiBから重合が開始したポリマーを含有する高粘性の溶液が生成していた。溶液の一部をサンプリングし、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を展開溶媒とするゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリマーのポリメタクリル酸メチル換算の数平均分子量(Mn)を測定した。その結果、ポリマーのMnは244万であり、分子量分布(PDI=重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は1.45であった。リビングラジカル重合では、重合開始基から均一に重合が開始する。そして、基材に結合した重合開始基と、フリーの重合開始剤であるEBiBから同時にポリマーがそれぞれ生成し、生成する2つのポリマーの分子量は同一であることが知られている。以下、同様にして、基材表面の重合開始基から生成したポリマーの分子量は、フリーの重合開始剤(EBiB)から生成したポリマーの分子量と同一であるとして、基材表面の重合開始基から生成したポリマーの分子量を測定した。
【0063】
アルミラミネート袋から取り出した内容物をTHFで十分に洗浄して、表面改質基材1を得た。形成された表面改質膜の任意の10箇所を選択し、分光膜厚計を使用して測定した表面改質膜の厚さ(乾燥膜厚)は940nmであった。また、前述の方法により算出した表面占有率(σ*)は0.13であった。
【0064】
得られた表面改質基材1をMEMP-TFSIに浸漬し、ホットプレートを用いて80℃で10分間加熱し、表面改質膜を膨潤させた。スピンコーターを使用して余分なMEMP-TFSIを振り切った後、膨潤した表面改質膜の任意の10箇所を選択し、分光膜厚計を使用して測定した表面改質膜の厚さ(膨潤膜厚)は2,610nmであった。また、膨潤度(膨潤膜厚/乾燥膜厚)は3.22であった。
【0065】
(実施例2~9)
表1-1及び1-2に示す条件等としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、表面改質基材2~9を得た。得られた表面改質基材2~9の物性等を表1-1及び1-2に示す。
なお、表1-1~1-3中の略称は以下の通りである。
・DEME-TFSI:N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド)
・HFBMA:2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロブチルメタクリレート
・NFHMA:3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロヘキシルメタクリレート
【0066】
(比較例1)
フッ化アルキルメタクリレートであるTFEMAを用いずに、MMAのみをモノマーとして用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして表面改質基材1Hを得た。得られた表面改質基材1Hの物性等を表1-3に示す。
【0067】
(比較例2)
窒素雰囲気下、EBiB0.0039部、臭化銅(II)0.0134部、臭化銅(I)0.0861部、dNbpy0.5934部、MMA10.81部、TFEMA2.02部、アニソール9.96部、及びMEMP-TFSI1.11部をバイアルに入れて撹拌し、重合溶液を調製した。以降、60℃、0.1MPaの条件で12時間重合したこと以外は、前述の実施例1と同様にして表面改質基材2Hを得た。得られた表面改質基材2Hの物性等を表1-3に示す。
【0068】
(比較例3)
開始基付与基材-1を送風式乾燥機に入れ、200℃で2時間加熱して、開始基付与基材-2を製造した。この開始基付与基材-2は、開始基付与基材-1を加熱することで重合開始基の一部を分解し、重合開始基の密度を低下させたものである。そして、製造した開始基付与基材-2を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして表面改質基材3Hを得た。得られた表面改質基材3Hの物性等を表1-3に示す。
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
<評価>
摩擦摺動試験機(商品名「TRB3」、アントンパール社製)を使用し、製造した表面改質基材の表面改質膜について摩擦摺動試験を行い、摩擦係数を測定及び算出した。結果を表2に記載する。具体的には、潤滑溶媒としてMEMP-TFSI、相手材として直径10mmのSUJ2球を使用し、室温(25℃)条件下、線速度0.5cm/sで表面改質膜の表面を摩擦する摩擦試験を行った。なお、荷重は1~30Nの範囲で変化させた。
【0073】
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の表面改質基材は、耐摩耗性等の耐久性に優れた低摩擦性の表面改質膜を有するので、各種の機械、装置、及びシステム等の摺動部分を構成する部品等として有用である。