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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179563
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】電波散乱方向制御板
(51)【国際特許分類】
   H01Q 15/14 20060101AFI20241219BHJP
【FI】
H01Q15/14 Z
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098509
(22)【出願日】2023-06-15
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-12-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)平野 誠(外2名),「歯形導体板の歯形幅比に対する反射散乱特性」,2022年6月23日電磁界理論研究会,令和4年6月20日,29-34ページ(2)平野 誠(外2名),令和6年6月23日に電気学会 電磁界理論研究会にて行った発表
(71)【出願人】
【識別番号】390014306
【氏名又は名称】防衛装備庁長官
(74)【代理人】
【識別番号】100067323
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 教光
(74)【代理人】
【識別番号】100124268
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 典行
(72)【発明者】
【氏名】平野 誠
(72)【発明者】
【氏名】松林 一也
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼熊 亨
【テーマコード(参考)】
5J020
【Fターム(参考)】
5J020AA03
5J020BA06
5J020BD04
(57)【要約】
【課題】設置面積が小さくて済み、取り扱いやすく、耐候性に優れ、入射電波の散乱方向と強度を制御できる電波散乱方向制御板を提供する。
【解決手段】電波散乱方向制御板1は導体から構成され、y方向に連続する矩形の凹部3及び凸部2が、x方向に交互に繰り返し並んだ鋸歯状構造を具備する。歯形の高さ(凹部又は凸部の高さd)を、電波の波長λの4分の1の値を含む所定範囲内の値に設定することで反射電力を抑えることができる。反射電力が100分の1となる帯域幅を求めると0.029λとなり、この場合の中心周波数に対する帯域幅、つまり比帯域は12%となった(図2)。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体から構成されるとともに、第1方向に連続する矩形の凹部及び凸部が、第1方向と直交する第2方向に交互に繰り返し並んだ構造を具備することを特徴とする電波散乱方向制御板。
【請求項2】
前記凹部を覆って前記凸部の表面に誘電体シートを設けたことを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【請求項3】
前記凹部の内部に誘電体又は磁性体の少なくとも何れか一方を設けたことを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【請求項4】
前記凹部の深さ又は前記凸部の高さが、電波の波長の4分の1の値を含む所定範囲内の値に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【請求項5】
第2方向に関する前記凹部の長さと、第2方向に関する前記凹部と前記凸部の合計の長さの比が、0. 5を含む所定範囲内の値に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【請求項6】
第2方向に関して隣接する前記凹部と前記凸部の合計の長さが、電波の1波長から2波長の長さの範囲内の値に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【請求項7】
第2方向について隣り合う2つの前記凹部の深さ又は第2方向について隣り合う2つの前記凸部の高さが互いに異なることを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入射してくる電波(電磁波とも呼ぶ。以下同じ。)の散乱方向を制御することができる電波散乱方向制御板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーダの運用やRCSの屋外計測等においては、目標物以外からの不要反射、即ちクラッタの抑圧対策が求められる。レーダにおけるクラッタ源としては、送受信アンテナ周辺にある種々の構造物が考えられる。また屋外計測における主なクラッタ源としては、送受信アンテナから目標物への伝搬経路と等距離にある、目標物以外の他位置に存在する建物、樹木、塀、標識、屋外電灯、監視カメラ等が考えられる。これらのクラッタ源は、レーダの運用やRCSの屋外計測等にとって障害となっても、その必要性から撤去できない場合が多い。
【0003】
そこで、レーダの運用やRCSの屋外計測等においては、クラッタ源となる障害物に到来した電波を到来方向以外へ散乱させるか、または吸収させることが必要となる。そのための一般的な方法としては、図11に示すように、傾斜した金属平板(図11左図)や電波吸収体(図11右図)を使用する方法が知られている。
【0004】
図11上図に示すように、左側の反射面が上方を向くように金属平板を傾けると、反射の法則により入射電波は主に鏡面反射の方向に散乱されるため、傾斜角度を変えることで所望の方向に電波を散乱させることができる。
【0005】
図11下図に示す屋外用電波吸収体によれば、電波を吸収させる効果が得られると同時に、電波散乱効果も期待できる。
【0006】
さらにまた、下記特許文献1、2に示すように、移動通信システムにおける伝搬エリア の改善策に関する技術として、リフレクトアレイやメタサーフェスによる散乱方向制御が知られている。これは、周期構造を施した平板を用い、傾斜させることなく正面からの入射電波を目的の方向に散乱させる技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-48344号
【特許文献2】特開2021-48465号
【特許文献3】特開2012-39587号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
図11上図に示した金属平板を傾けて使用する方法には次のような問題があった。すなわち、金属平板を傾けても、電波の場合は光線とは異なり、正面反射は減るものの、相当量の入射方向への反射が残るため、傾斜角度を大きくする必要がある。ところが、傾斜角度を大きくすると設置面への投影面積が大きくなり、設置に必要な面積が広大となってしまう。また、傾斜させた金属平板は安全に支持する必要があるが、特に高所に設置する場合には支持が難しいため危険を伴う恐れがあり、金属平板を傾けて使用する方法は安全上の観点からも現実的とは言えない。
【0009】
図11下図に示した屋外用電波吸収体を用いてクラッタ抑圧を図る方法には次のような問題があった。すなわち、屋外用電波吸収体は、電波暗室用の電波吸収体に比べ吸収性能は劣るし、目標までの距離が長いほど、広範囲に電波が照射されるため、全てのクラッタ源に対して電波吸収体を適用することは実際上困難である。また、日射による品質劣化も無視できない。さらに、入射した電波を熱に変えて消費するため、どうしてもある程度の厚さが必要となり、取り扱いに手間を要する上、屋外環境では品質劣化が起こりやすく長期の使用には不向きである。
【0010】
また、特許文献1、特許文献2に例示したリフレクトアレイやメタサーフェス反射板による散乱方向制御は、基板上に導体反射素子の微細加工を要するため、費用対効果の点で現実的とはいえない。
【0011】
なお、特許文献3には電波散乱体の発明が開示されている。当該文献の記載によれば、この電波散乱体を用いることにより、電波を四方八方に散乱させることができるとのことであるが、そうであれば導体球と同様に入射方向にも反射が生じるはずであり、本願発明者が望む入射電波の散乱方向を制御する技術とはなり得ない。
【0012】
本発明は、以上説明した従来の技術と、その課題に鑑みてなされたものであり、大きな傾斜角度で設置する必要がないため設置面積が小さくて済み、取り扱いやすく、耐候性にも優れており、入射してくる電波の散乱方向と強度を制御することができる電波散乱方向制御板を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1に記載された電波散乱方向制御板は、導体から構成されるとともに、第1方向に連続する矩形の凹部及び凸部が、第1方向と直交する第2方向に交互に繰り返し並んだ構造を具備することを特徴としている。
【0014】
請求項2に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
前記凹部を覆って前記凸部の表面に誘電体シートを設けたことを特徴としている。
【0015】
請求項3に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板 において、
前記凹部の内部に誘電体又は磁性体の少なくとも何れか一方を設けたことを特徴としている。
【0016】
請求項4に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
前記凹部の深さ(d)又は前記凸部の高さ(d)が、電波の波長(λ)の4分の1の値を含む所定範囲内の値に設定されていることを特徴としている。
【0017】
請求項5に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
第2方向に関する前記凹部の長さ(W)と、第2方向に関する前記凹部と前記凸部の合計の長さ(周期L)の比(W/L)が、0. 5を含む所定範囲内の値に設定されていることを特徴としている。
【0018】
請求項6に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
第2方向に関して隣接する前記凹部と前記凸部の合計の長さ(周期L)が、電波の1波長(λ)から2波長(2λ)の長さの範囲内の値に設定されていることを特徴としている。
【0019】
請求項7に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
第2方向について隣り合う2つの前記凹部の深さ又は第2方向について隣り合う2つの前記凸部の高さが互いに異なることを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
請求項1に記載された電波散乱方向制御板によれば、断面が矩形の凹部及び凸部から構成された鋸歯状構造において、凹部及び凸部の寸法、例えば第1方向と第2方向の両方と直交する方向に関する寸法である凹部の深さ及び凸部の高さ、また第2方向に関する凹部及び凸部の長さを適宜に設定することにより、入射する電波の散乱方向や強度を制御することができるので、これによって入射方向へ反射される不要な電波の強度を低減させることができる。また、この電波散乱方向制御板は導体により構成されるため、製造が容易であり、材料費及び製造コストを抑えることができるとともに、電波吸収体と比較して耐候性に優れており、劣化が少ない。また、電波は電波散乱方向制御板の表面で反射されるため、必ずしも導体の塊からの削り出しで製造する必要はなく、薄い導体板の板金加工で製造することができるため、軽量化も可能である。
【0021】
請求項2に記載された電波散乱方向制御板によれば、電波の影響を受けにくい誘電体シートを凸部の表面に設けて凹部を覆うことにより、凹部へ雨水が浸入するのを防ぐことができ、凹部へ水が浸入することで電波を散乱する性能が変動するのを防止することができる。
【0022】
請求項3に記載された電波散乱方向制御板によれば、凹部の内部に設けた材料の比誘電率に応じて内部波長が短くなるため、凹部内が空気である場合と同様の効果を保ちつつ、電波散乱方向制御板としての厚さを小さくすることができる。
【0023】
請求項4に記載された電波散乱方向制御板によれば、凹部の深さ(d)又は凸部の高さ(d)を、電波の波長(λ)の4分の1の値を含む所定範囲内の値に設定することにより、方向制御する電波を所望の周波数に合致させることができる。
【0024】
請求項5に記載された電波散乱方向制御板によれば、第2方向に関する凹部の長さ(W)と、第2方向に関して隣接する凹部と凸部の合計の長さ(周期L)の比を、0. 5を含む所定範囲内の値に設定することにより、反射電界を所望のレベル以下に低減させることができる。
【0025】
請求項6に記載された電波散乱方向制御板によれば、第2方向に関して隣接する凹部と凸部の合計の長さ(周期L)を、電波の1波長(λ)から2波長(2λ)の長さの範囲内の値に設定することにより、反射散乱波の反射散乱角度(θn )を仰角で30°から90°の範囲内において任意に設定することができる。
【0026】
請求項7に記載された電波散乱方向制御板によれば、第2方向について隣り合う2つの凹部の深さ又は凸部の高さ(周期L)を異なる値とすること、すなわち凹部の深さ(d)又は凸部の高さ(d)について2種類以上の値を設けると、制御する電波の帯域幅(比帯域)を拡大することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】第1実施形態に係る電波散乱方向制御板の縦断面図であって、分図(a)は板金加工によって製造した場合の構造例を示し、分図(b)は金属の削り出しによって製造した場合の構造例を示し、分図(c)は分図(b)の例において電波が入射する表面側に誘電体シートを設けた構造例を示す。
図2】第1実施形態の電波散乱方向制御板における歯形の高さ(波長λによって規格化された凹部の深さd又は凸部の高さd、すなわちd/λ)と反射電界(Erx I /Ein)の関係を示すグラフと、反射が抑制される帯域幅の一例を説明するために同グラフの一部を拡大して示した説明図である。
図3】第1実施形態において、歯形の幅比( 第2方向に関する凹部の長さWと、第2方向に関する凹部と凸部の合計の長さ(周期)Lの比、すなわちW/L)と、反射電界(Erx I /Ein)及び散乱電界(Erx I /Ein)との関係を、波長(λ)で規定した異なる周期(L)ごとに示した図である。
図4】第1実施形態において、波長(λ)で規格化した歯形の周期(L/λ)と反射散乱角度(θn )の関係を示すグラフである。
図5】第1実施形態において、電波が正面入射した場合における散乱波の方向(反射散乱角度(θn ))を示す説明図である。
図6】第1実施形態において、波長(λ)で規格化した歯形の周期(L/λ)と、反射電界(Erx I /Ein)及び散乱電界(Erx I /Ein)との関係を示すグラフである。
図7】第1実施形態において、電波が入射角度(θi )で斜め入射した場合における散乱波の方向(反射散乱角度(θn ))を示す説明図である。
図8】第1実施形態において、電波が斜め入射した場合における入射波の入射角度(θi )と反射散乱角度(θn )の関係を示すグラフである。
図9】板金加工によって製造した第2実施形態に係る電波散乱方向制御板の縦断面図であって、歯形の凸部の前端が同一面であり、歯形の凸部の高さ又は凹部の深さにd1 、d2 の異なる2種類の寸法が含まれた構造例を示す図である。
図10】板金加工によって製造した第3実施形態に係る電波散乱方向制御板の縦断面図であって、歯形の凹部の底面が同一面であり、歯形の凸部の高さ又は凹部の深さにd1 、d2 の異なる2種類の寸法が含まれた構造例を示す図である。
図11】傾斜した金属平板及び屋外用電波吸収体を用いた従来の電波散乱方向制御の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の第1実施形態を図1図8を参照して説明する。
図1(a)に示す実施形態の電波散乱方向制御板は、導体から構成された板金を折曲して形成されており、その断面形状から理解されるように、矩形の凸部(歯部)2と凹部(スロット)3が交互に連続して現れる鋸歯状の繰り返し構造を備えている。図1(b)に示す実施形態の電波散乱方向制御板10は、図1(a)に示す電波散乱方向制御板1とは異なり、導体からの削り出しによって形成されているが、その反射面の形状・構造は図1(a)の電波散乱方向制御板1と同様であり、図1(a)に示す電波散乱方向制御板1と同様に電波は導体中へ進入することなく反射面で反射散乱されるので、得られる作用効果は図1(a)の電波散乱方向制御板1の場合と同様である。
【0029】
図1(c)に示す電波散乱方向制御板10は、図1(b)に示す実施形態の電波散乱方向制御板10において、その凹部3を覆って凸部2の表面に誘電体シート4を設けたものである。この電波散乱方向制御板10によれば、凹部3へ雨水が浸入するのを防ぐことができ、以下に説明する電波散乱方向制御板1の電波を散乱する性能が、凹部3へ浸入した水によって変動するのを防止することができる。なお、誘電体シート4は電波の影響を受けにくいので、電波散乱方向制御板10の電波を散乱する性能には影響を与えない。
【0030】
なお、図1(a)乃至(c)に示した電波散乱方向制御板1,10において、凹部3の内部に誘電体又は磁性体の一方又は両方を設けてもよい。この電波散乱方向制御板1,10によれば、凹部3の内部に設けた材料の比誘電率に応じて内部波長が短くなるため、凹部3内が空気である場合と同様の効果を保ちつつ、電波散乱方向制御板1,10としての厚さを小さくすることができる。例えば、電波散乱方向制御板1,10において、凹部3内に誘電体がなく、凹部3内が空気で満たされている場合、電波の周波数が10GHzの場合で波長は3cmであるが、凹部3内に誘電体を入れると、その材料の比誘電率(>1)に応じて波長は3cmよりも短くなる。
【0031】
図1を参照して電波散乱方向制御板1,10の構造をより具体的に説明する。
電波散乱方向制御板1,10は、第1方向としてのy方向(紙面垂直方向)に沿って一様に連続する矩形の凸部(歯部)2と凹部(スロット)3を備えており、またy方向と直交する第2方向としてのx方向(紙面内の上下方向)に沿って凸部2と凹部3が繰り返して交互に並ぶ鋸歯状構造を備えている。なお、x方向とy方向の両方に垂直な方向をz方向(紙面内の左右方向)と称する。ここで、凹部3の深さ又は凸部2の高さをd(総称して「高さ」dと称する。)で表し、x方向に関して隣接する凹部3と凸部2の合計の長さ、すなわち凹凸構造の繰り返しの1周期をLで表す。
【0032】
図1(a)に示すように、遠方から到来する入射波(磁界Hy 及び電界Eの電波)が入射角度θi で電波散乱方向制御板1に入射した際の反射散乱波を求める。なお、電波散乱方向制御板10の場合も同様である。ここで、入射波が到来する自由空間を第I領域、凸部2の間の凹部3内を第II領域とし、それぞれの領域における物理量を表す記号にはサフィックスI 、 IIを付けて表すことにする。
【0033】
先に説明した電波散乱方向制御板1,10の各部の寸法等の名称及び記号と、反射散乱波を求めるために使用する数式を記述するための文字、係数、関数等の記号と、その意味を次の(数1)にまとめて示す。
【0034】
【数1】
【0035】
各領域の電磁界をMaxwell の方程式を満たすように定め、z=0の境界条件を表す式に代入し整理すると、次の(数2)に示す式(1)のような基礎方程式が得られる。
【0036】
【数2】
【0037】
ただし、kx は、入射波の位相定数、kx I は第I領域の反射散乱波の位相定数である。kx IIは、第II領域の位相定数である。
【0038】
上記基礎方程式(1)を展開係数Bm について、必要な項数mに対して求めたものを、次の(数3)に示す式(2)に代入すれば、第I領域の反射散乱波を表す係数An が求められる。
【0039】
【数3】
【0040】
得られたAn を用いると、第I領域の反射散乱波(電界)は、次の(数4)に示す式(3)で表すことができる。
【0041】
【数4】
【0042】
電波が正面入射した場合(θi =0)、すなわちn=0の場合における反射係数A0 を意味する値、すなわち式(3)から求めた領域Iの反射電界Erxを入射電界Einで除した値(Erx I /Ein)を縦軸にとり、凸部2(歯形)の高さdを波長λで規格化したd/λを横軸にとって計算した。その結果を図2の上のグラフに示す。また、上のグラフにおいて、高さdがλ/4近傍(d/λが0.25近傍)の極小値付近を拡大したのが下のグラフである。下のグラフにおいて、電波の散乱を制御する一つの目安として、入射電界で規格化した反射電界が0.1となる帯域幅、つまり反射電力が100分の1となる帯域幅を求めると0.029λとなり、この場合の中心周波数に対する帯域幅、つまり比帯域は12%となった。
【0043】
反射電界及び散乱電界(Erx I /Ein)を、x方向に関する凹部3の長さ(W)と、x方向に関して隣り合う凹部3と凸部2の長さの合計(周期L)の比、すなわち幅比W/Lを横軸にとり、波長(λ)で規定した異なる周期(L)、すなわち(イ)~(ハ)ごとに計算した結果を図3のグラフに示す。図3によれば、いずれの周期においても、幅比W/Lが0.5の近傍で反射電界が極小となる特性が得られる。ただし、必ずしも正確に幅比が0.5で極小とは限らないこともわかる。このことから、凸部2の先端面からの反射波と、凹部3の底面からの反射波が、単純に幅比1:1であれば打ち消し合うものではないといえる。従って、幅比W/Lを、0対1を越え、1対0未満の範囲で変化させることによって散乱電界(Erx I /Ein)を制御することができるが、その際には、特に幅比W/Lの値を、0. 5を含む所定範囲内において、反射電界(Erx I /Ein)が極小値となるような最適な値に設定することが好ましい。
【0044】
正面入射(θi =0 )の時の反射散乱波の反射散乱角度(すなわち散乱波の伝搬方向)θn は、次の(数5)に示す式(4)で表すことができる。
【0045】
【数5】
【0046】
図4は、凸部2の周期Lを波長λで規格化した値、すなわちL/λを横軸にとり、式(4)の反射散乱角度θn を計算した結果を縦軸に示したグラフである。n=±1の散乱波は、凸部2の周期L(規格化したL/λ)が小さいほど入射方向からの開き角度が大きくなり、より広角に散乱される。図5は、このような正面入射の場合における散乱波の反射散乱角度θn を示した図である。なお、図5には電波散乱方向制御板10を図示しているが、電波散乱方向制御板1でも同様である。
【0047】
図4において、凸部2の周期Lを1λ~2λの範囲で変化させると、反射散乱角度θn の仰角は、30°と90°の間、すなわち60°の範囲で変化することになる。よって、凸部2の周期Lを適切に設定することにより、散乱波の反射散乱角度を制御することが可能である。
【0048】
図6は、凸部2の周期Lを波長λで規格化した値、すなわちL/λを横軸にとり、反射電界及び散乱電界(Erx I /Ein)を計算した結果を示す上下2つのグラフを示している。ここで、凸部2の高さdは反射係数が極小値となるλ/4 とし、凹部3と凸部2の幅比は1:1としている。図6の上グラフがn=0 の反射電界、下グラフがn=±1の散乱電界を示しており、nの+1と-1は同じ値であるため、共通のグラフとなっている。
【0049】
図6の上グラフに示すように、反射電界は、L/λの増加に対しほぼ単調減少となり、特に約1.5~2.0の間では、反射電界は抑圧されて完全反射の場合の5%以下となり、残り95%は全て散乱され、図6の下グラフに示すように、エネルギー保存側により散乱電界はほぼ最大値で安定している。なお、このとき、先に示した図4から分かるように、散乱の方向は30°~41°の範囲に制御されている。このように、L/λを約1.5~2.0の間に設定すれば、反射が特に大きく抑制されて散乱量が大きくなり散乱方向制御には有効である。
【0050】
図7は、斜め入射の場合における入射波の入射角度θi と、散乱波の反射散乱角度θn を示した図である。なお図7には電波散乱方向制御板10を図示しているが、電波散乱方向制御板1でも同様である。また図8は、凸部2の周期L=1.5λとし、入射波を斜め入射させた場合の入射角度斜θi と、反射散乱角度θn の関係を示したグラフである。斜め入射(θi >0)の場合、散乱波は、反射の法則に従う鏡面反射の方向とは別の方向にも散乱し、凸部2の周期Lや凸部2の高さdを最適に調整することにより、鏡面反射を抑圧すると共に散乱方向を制御することができる。このように、斜め入射の場合、散乱波(n=-1)の散乱角度θn は入射角度斜θi によって変化するので、散乱方向の制御が可能である。なお、図8の例では、-42°から+19°の範囲で制御できる。
【0051】
図9は、第2実施形態に係る電波散乱方向制御板11の縦断面図であって、図1(a)に示した第1実施形態の電波散乱方向制御板1と同様、板金加工によって製造したものである。この電波散乱方向制御板11は、凸部2の前端が同一面であり、凸部2の高さ又は凹部3の深さについて、異なる2種類の高さd1 、d2 が含まれた構造となっている。
【0052】
図10は、第3実施形態に係る電波散乱方向制御板12の縦断面図であって、図1(a)に示した第1実施形態の電波散乱方向制御板1と同様、板金加工によって製造したものである。この電波散乱方向制御板12は、凹部3の底面が同一面であり、凸部2の高さ又は凹部3の深さについて、異なる2種類の高さd1 、d2 が含まれた構造となっている。
【0053】
第1実施形態において図2で示したように、反射電界の強度の極小点は、波長λで規格化した凸部2の高さd(すなわちd/λ)に応じて決まるが、極小点には幅があるため、凸部2の高さd(d/λ)が変わると極小値から外れて反射電界が大きくなってしまう。ところが、第2及び第3実施形態の電波散乱方向制御板11,12によれば、凸部2の高さ又は凹部3の深さについて2種類以上の寸法(高さd1 、d2 )を設けているため、極小点をずらして複数持たせることができ、帯域幅(比帯域)を拡大することができる。そして、帯域幅(比帯域)の拡大により、より広い周波数に対して反射を抑えつつ、散乱方向を制御することが可能となる。
【0054】
以上説明したように、各実施形態に係る電波散乱方向制御板1,10,11,12は、導体製であり、矩形の凹部3と凸部2からなる鋸歯形状の繰り返し構造を有しているため、その凹部3又は凸部2の寸法を変えることで、電波の散乱方向を任意に制御することができる。このような電波散乱方向制御板1,10,11,12を、レーダや屋外計測用の送受信アンテナ近傍の構造物や目標物近くのクラッタ源に配置することにより、不要反射を低減して精度の高い目標信号を得ることができる。
【0055】
また、各実施形態に係る電波散乱方向制御板1,10,11,12は、分厚い屋外用電波吸収体に比べて軽量で取り扱いやすく、また金属製であるため日射による劣化もない。風雨による経年劣化が想定されるとしても、電波特性に影響しない塗料を塗布することにより対策可能で、これは一般家屋の屋根や雨戸等と同様の維持要領である。
【0056】
また、各実施形態に係る電波散乱方向制御板1,10,11,12は、基本的に斜めに傾ける必要はないので、設置面積が少なく安全上も有利である。そして、精密で高価なリフレクトアレイやメタサーフェスに頼ることなく、凹凸の板金加工のみで容易に安価に製造できる。
【符号の説明】
【0057】
1,10,11,12…電波散乱方向制御板
2…凸部(歯部)
3…凹部(スロット)
4…誘電体シート
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【手続補正書】
【提出日】2024-10-03
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項4
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項4】
前記凹部の深さ又は前記凸部の高さ電波の波長で規格化した値が、反射電界が0.1以下となる範囲の値に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【手続補正2】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項5
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項5】
第2方向に関する前記凹部の長さと、第2方向に関する前記凹部と前記凸部の合計の長さの比が、反射電界が極小値となるような値に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の電波散乱方向制御板。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0016
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0016】
請求項4に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
前記凹部の深さ(d)又は前記凸部の高さ(d)電波の波長(λ)で規格化した値(d/λ)が、反射電界が0.1以下となる範囲の値に設定されていることを特徴としている。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0017
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0017】
請求項5に記載された電波散乱方向制御板は、請求項1に記載の電波散乱方向制御板において、
第2方向に関する前記凹部の長さ(W)と、第2方向に関する前記凹部と前記凸部の合計の長さ(周期L)の比(W/L)が、反射電界が極小値となるような値に設定されていることを特徴としている。