(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179802
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】カビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20241219BHJP
C07K 14/705 20060101ALI20241219BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20241219BHJP
【FI】
C12Q1/02 ZNA
C07K14/705
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098942
(22)【出願日】2023-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉川 敬一
【テーマコード(参考)】
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ79
4B063QR41
4B063QS34
4B063QS40
4B063QX01
4B063QX10
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】カビ臭を選択的に抑制することができる物質の探索。
【解決手段】試験物質添加後のOR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することを含む、カビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験物質添加後のOR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することを含む、カビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法。
【請求項2】
前記カビ臭の原因物質がジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記OR8S1が配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記OR8S1と同等の機能を有するポリペプチドが、配列番号1で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種に応答性を有するポリペプチドである、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記OR8S1と同等の機能を有するポリペプチドが、配列番号1で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、配列番号1で示されるアミノ酸配列の下記表1の(1)の各アミノ酸位置に相当する位置の少なくとも1箇所に(2)のアミノ酸残基を有し、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種に応答性を有するポリペプチドである、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【表1】
【請求項6】
前記OR8S1と同等の機能を有するポリペプチドが、配列番号3で示されるアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種に応答性を有するポリペプチドである、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加すること、及び
該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記試験物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質をカビ臭抑制剤として選択することをさらに含む、請求項7記載の方法。
【請求項9】
対照群における前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することをさらに含む、請求項7記載の方法。
【請求項10】
前記試験物質に対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を前記対照群と比べて増強する試験物質をカビ臭抑制剤として選択することをさらに含む、請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び該嗅覚受容体ポリペプチドのアゴニストを添加すること、及び
該アゴニストに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記アゴニストに対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質をカビ臭抑制剤として選択することをさらに含む、請求項11記載の方法。
【請求項13】
対照群における前記アゴニストに対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することをさらに含む、請求項11記載の方法。
【請求項14】
前記アゴニストに対する前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を前記対照群と比べて抑制する試験物質をカビ臭抑制剤として選択することをさらに含む、請求項13記載の方法。
【請求項15】
OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに試料を接触させること、及び
該試料に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む、カビ臭の検出方法。
【請求項16】
前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、ELISA、レポータージーンアッセイもしくはcAMP応答性レポータータンパク質による細胞内cAMP量測定、カルシウムイメージングもしくはTGFα shedding assayによるカルシウムイオン量測定、又はアフリカツメガエル卵母細胞を用いた二電極膜電位固定法による細胞膜内外の電位変化測定により測定される、請求項1~15のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカビ臭を抑制する香料素材を探索する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品、飲料水、空気調和装置(エアコン)のフィルター等、カビが生息することによって生じるカビ臭は、微弱な臭いであってもヒトに対して不快感を与える。
カビ臭は、放線菌、藍藻といった様々な微生物の増殖によって生成する物質の存在によって臭気を感じるものである。代表的な原因物質として、ジオスミン及び2-メチルイソボルネオールが知られている(非特許文献1及び2)。当該物質については、ビーツを由来とする食品、魚介類、果汁等の不快臭のみならず、水道水のカビ臭の原因ともなるため、我が国の水道法において、0.00001mg/L以下と云う基準値が設定されている。ジオスミン及び2-メチルイソボルネオールの発生源には藍藻類、放線菌をはじめとする様々な微生物が知られているが共通しない発生源も多い。例えばカナダにおける水質調査の結果、藍藻類、放線菌の活動が低下する冬季において、ジオスミンが減少したものの2-メチルイソボルネオールは変わらずに検出され続けたことから、2-メチルイソボルネオールについて異なる発生源の存在が示唆されている(非特許文献3)。他の文献では、ストレプトマイセス属がジオスミンよりも顕著に2-メチルイソボルネオールを産生することが報告されている(非特許文献4)。
【0003】
発生するカビ臭に対する対策として、カビ臭の原因となる微生物に対する抗菌成分を用いて静菌を行う技術、活性炭など発生したカビ臭の原因物質を取り除く技術、カビ臭よりも強い匂いの香料によりマスキングする技術等が提案されているが、このような技術は、発生したカビ臭成分を消臭するものではなく、カビ臭を根本的になくすことはできない。また、芳香剤の匂いによる不快感が生じることもある。
【0004】
ヒト等の哺乳動物においては、匂いは、鼻腔上部の嗅上皮に存在する嗅神経細胞上の嗅覚受容体に匂い分子が結合し、それに対する受容体の応答が中枢神経系へと伝達されることにより認識されている。ヒトの場合、嗅覚受容体は約400種存在することが報告されており、これらをコードする遺伝子はヒトの全遺伝子の約2%にあたる。一般的に、嗅覚受容体と匂い分子は複数対複数の組み合わせで対応付けられている。すなわち、個々の嗅覚受容体は構造の類似した複数の匂い分子を異なる親和性で受容し、一方で、個々の匂い分子は複数種の嗅覚受容体によって受容される。さらに、ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が、別の嗅覚受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして働くことも報告されている。これら複数種の嗅覚受容体の応答の組み合わせが、個々の匂いの認識をもたらしている。
【0005】
従来、香料物質の開発においては、候補物質の匂いの評価は専門家による官能試験によって行われてきた。しかし、官能試験には、匂いを評価できる専門家の育成が必要なことや、スループット性が低いなどの問題があった。そこで近年では、候補物質に対する嗅覚受容体の応答を指標にした香料物質の探索方法が開発されている(特許文献1)。嗅覚受容体の応答は匂い物質に選択的であるため、最初に標的とする匂いに選択性を有する嗅覚受容体を見つけ出すことが肝要である。そうした嗅覚受容体を特定すれば、例えば悪臭の消臭を目的とする場合、アンタゴニストによる嗅覚受容体抑制又はアゴニストによる交差順応に基づくアプローチが可能となる。すなわち、悪臭であるカビ臭をより効果的に抑制することが可能となる。実際これまでに、カビ臭の原因物質であるジオスミンに応答する嗅覚受容体としてOR11A1、2-メチルイソボルネオールに応答する嗅覚受容体としてOR2M3(特許文献2)が、あるいはジオスミンに応答する嗅覚受容体としてOR11A1、OR2M3及びOR1A1(特許文献3)が特定されている。しかし、既存の受容体解析方法では、全ヒト受容体の12%程度しか機能解析に成功していない(非特許文献5)。このように、嗅覚システムは未だに解明されておらず、よって、分子生物学的アプローチにより特定の匂いに感受性がある嗅覚受容体を全て見出すことも容易でないという問題があった。
【0006】
殆どの嗅覚受容体が解析に成功していない原因は、目的の嗅覚受容体ポリペプチドを培養細胞に作らせても、細胞の表面に移行(膜発現)せず、小胞体内に留まってしまうことにある。そのため、細胞外から投与するにおい物質に対する結合性を評価することができない。嗅覚受容体が膜発現しない原因については永らく未知であったが、近年、培養細胞で膜発現するマウス嗅覚受容体と膜発現しないマウス嗅覚受容体が比較解析された(非特許文献6)。その結果、膜発現しない嗅覚受容体は立体構造の安定性が低い可能性が見出された。そして重要なことに、膜発現可能な嗅覚受容体と不可能な嗅覚受容体との間にはタンパク質の一次アミノ酸配列において統計学上有意にGrantham distanceが異なるアミノ酸箇所が存在し、そのアミノ酸箇所とは、約一千種の全マウス嗅覚受容体において共通性の高いアミノ酸であることが示された。すなわち、膜発現しない嗅覚受容体とは、本来共通するアミノ酸が使われるべきポリペプチドの位置に、異なるアミノ酸への変異が起きたために、立体構造の安定性を欠き、培養細胞内で、細胞膜に移行させない判断が下されている可能性が示唆された。このことを踏まえると、嗅覚受容体間で共通性の高いアミノ酸を導入する「コンセンサス化法」によって、目的の嗅覚受容体を安定的なタンパク質として獲得することや、効率よく細胞膜上に発現させることが可能になると考えられる。
【0007】
こうした考えのもと、非特許文献5では特定の嗅覚受容体を解析可能とするためにコンセンサス化法が用いられた。具体的には、ヒト嗅覚受容体OR6Y1、OR6B2、OR56A4の3種類について、それぞれ10種類の哺乳類(ゴリラ、ボノボ、チンパンジー、スマトラオランウータン、アカゲザル、ドリル、コモンマーモセット、ハイイロネズミキツネザル、ラット、マウス)の相同遺伝子間での共通性の高いアミノ酸を、それぞれのヒト嗅覚受容体に導入したコンセンサス嗅覚受容体OR6Y1、OR6B2、OR56A4を作製した。その結果、3種の嗅覚受容体のうちOR6Y1は培養細胞を用いて匂い物質に対する応答測定を行うことが可能になったことが開示されている。したがって、コンセンサス化により応答解析が可能になる受容体は存在するものの、その割合は1/3程度であることが示唆されている。
【0008】
コンセンサス化法は産業上有用な酵素を安定的なものにデザインするために古くから実施されてきた。しかし、本法に関する総説である非特許文献7によれば、ある一箇所のアミノ酸配列にコンセンサス化を導入して改善効果が得られる確率は50%程度であり、残る40%は逆にタンパク質を改悪してしまうリスクがあることが、コンセンサス化法の利用を難しくしていると指摘する。また、嗅覚受容体の本来の機能を推定することを目的とした研究においては、コンセンサス化方法の適用は適切ではないとする考え方がある。すなわち、アミノ酸置換を導入するアプローチには、オリジナル嗅覚受容体のリガンド結合部位を変化させ、その結果、本来のにおい応答性を観察させなくなる懸念がある。以上より、コンセンサス化には成功率の低さと、目的の嗅覚受容体本来の機能を変容させてしまうリスクの二つが予測されることから、幅広い嗅覚受容体に対する有効性が検証された例はなかった。
【0009】
斯かる状況下、本発明者は、嗅覚受容体を培養細胞膜上に発現かつ機能させることができる手法について鋭意検討した結果、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列を、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列と該目的の嗅覚受容体の特定のオルソログ又は特定のオルソログ及びパラログにコードされる嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントから従来とは異なる基準に従い導き出されるコンセンサスアミノ酸配列に基づいて改変することにより、改変された嗅覚受容体の培養細胞での膜発現をオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上できること、改変された嗅覚受容体の匂い応答性をオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上できること、また、改変された嗅覚受容体の培養細胞での膜発現がオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上しない場合であっても改変された嗅覚受容体の匂い応答性を向上できること、さらに、改変された嗅覚受容体が改変前のオリジナルの嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持できること、改変された嗅覚受容体によりもたらされる解析結果はヒトの嗅覚をよく反映するものであることを見出した(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2018-74944号公報
【特許文献2】特許第61040458号公報
【特許文献3】特表2021-504673号公報
【特許文献4】特開2023-2484号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】木村憲司,食の科学 No.288 Page.27-37 (2002)
【非特許文献2】浜田信夫, 増田淳二, 福山丈二,生活衛生 Vol.43 No.4 Page.135-143 (1999)
【非特許文献3】Parinet J et al. Water Research 44:5847-5856 (2010)
【非特許文献4】Guttman L et al. Aquaculture 279:85-91 (2008)
【非特許文献5】Trimmer C et al. PNAS 116:9475-9480 (2019)
【非特許文献6】Ikegami K et al. PNAS 117:2957-2967 (2020)
【非特許文献7】Porebski TB et al. Protein Engineering, Design & Selection 29:245-251 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、嗅覚受容体の応答を指標としてカビ臭抑制剤を効率よく評価及び/又は選択する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、特許文献4のコンセンサス化法を用いることで、カビ臭原因物質に選択的に応答する嗅覚受容体を新たに同定することに成功した。また本発明者は、該嗅覚受容体又はそれと同様の機能を有するポリペプチドの応答を指標とすることにより、カビ臭を抑制する物質を効率よく探索すること、試料中のカビ臭を検出することが可能であることを見出した。
【0014】
したがって、本発明は、以下の1)及び2)を提供する。
1)試験物質添加後のOR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することを含む、カビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法。
2)OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに試料を接触させること、及び該試料に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む、カビ臭の検出方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、カビ臭を選択的に抑制することができる物質を効率よく評価又は選択することができる。また、試料中のカビ臭を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】嗅覚受容体のルシフェラーゼアッセイ。コンセンサス嗅覚受容体についてジオスミンもしくは2-メチルイソボルネオールを濃度を変えて投与した際の応答強度をバーグラフで示す。エラーバーはSEMを表す(1回の実験における3つの複製から)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0018】
本明細書において「アゴニスト」とは、受容体に結合し、活性化させる物質をいう。一方、本明細書において「アンタゴニスト」とは、受容体に結合するが、受容体を活性化しないか、又はアゴニストに対する受容体の応答を抑制する物質をいう。
【0019】
本明細書において、「嗅覚受容体アゴニズム」とは、受容体に結合して、その受容体を活性化することをいう。
【0020】
本明細書において、標的においに関する「においの交差順応(又は嗅覚の交差順応)」とは、該標的においの原因物質とは別の物質のにおいを予め受容し、そのにおいに慣れることによって、該標的においの原因物質に対する嗅覚感受性が低下又は変化する現象を指す。本発明者らは、以前、「においの交差順応」が、嗅覚受容体アゴニズムに基づく現象であることを明らかにした(国際公開公報第2016/194788号)。すなわち、「においの交差順応」においては、標的においの原因物質に対する嗅覚受容体が、該標的においの原因物質への応答に先だって異なるにおいの原因物質に応答し、次いで脱感作することにより、後から該標的においの原因物質に曝されても低い応答しかできず、その結果、個体に認識される標的においの強度の低下又は変質が生じる。こうした嗅覚受容体の挙動により引き起こされるにおいの交差順応の仕組みを、本明細書において「嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応」とも呼ぶ。
【0021】
本明細書において、標的においの「嗅覚受容体アンタゴニズムによる抑制」とは、標的においを有する物質に対する嗅覚受容体の応答を、アンタゴニストにより抑制し、結果的に個体に認識される標的においを抑制することをいう。
【0022】
本明細書において、「嗅覚受容体ポリペプチド」とは、嗅覚受容体又はそれと同等の機能を有するポリペプチドをいい、「嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、嗅覚受容体と同様に、細胞膜上に発現することができ、におい分子の結合によって活性化し、かつ活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで細胞内cAMP量を増加させる機能を有するポリペプチドをいう(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。
【0023】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン-パーソン法(Lipman-Pearson法;Science,1985,227:1435-41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0024】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列に関する「少なくとも80%の同一性」とは、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性をいう。また、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列に関する「少なくとも90%の同一性」とは、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0025】
本明細書において、「アミノ酸残基」とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸残基、アラニン(Ala又はA)、アルギニン(Arg又はR)、アスパラギン(Asn又はN)、アスパラギン酸(Asp又はD)、システイン(Cys又はC)、グルタミン(Gln又はQ)、グルタミン酸(Glu又はE)、グリシン(Gly又はG)、ヒスチジン(His又はH)、イソロイシン(Ile又はI)、ロイシン(Leu又はL)、リシン(Lys又はK)、メチオニン(Met又はM)、フェニルアラニン(Phe又はF)、プロリン(Pro又はP)、セリン(Ser又はS)、スレオニン(Thr又はT)、トリプトファン(Trp又はW)、チロシン(Tyr又はY)及びバリン(Val又はV)を意味する。
【0026】
本明細書において、アミノ酸の改変は、公認されているIUPACの1文字のアミノ酸略記により、[元のアミノ酸、位置、改変されたアミノ酸]で表記されることがある。
【0027】
本明細書において、アミノ酸配列上の「相当する位置」は、目的配列と基準配列(本発明においては配列番号1で示されるアミノ酸配列)とを、最大の相同性を与えるように整列(アラインメント)させることにより決定することができる。アミノ酸配列のアラインメントは、公知のアルゴリズムを用いて実行することができ、その手順は当業者に公知である。例えば、アラインメントは、Clustal Wマルチプルアラインメントプログラム(Thompson,J.D.et al,1994,Nucleic Acids Res.22:4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより、行うことができる。あるいは、Clustal Wの改訂版であるClustal W2やClustal omegaを使用することもできる。Clustal W、Clustal W2及びClustal omegaは、例えば、University College Dublinが運営するClustalのウェブサイト([www.clustal.org])、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute:EBI[www.ebi.ac.uk/index.html])や、国立遺伝学研究所が運営する日本DNAデータバンク(DDBJ[www.ddbj.nig.ac.jp/searches-j.html])のウェブサイト上で利用することができる。上述のアラインメントにより基準配列の任意の位置にアラインされた目的配列の位置は、当該任意の位置に「相当する位置」とみなされる。
【0028】
本発明により抑制される「カビ臭」とは、放線菌、藍藻といった様々な微生物の増殖によって生成する物質により生じるにおいである。好ましくは、カビ臭の代表的な原因物質であるジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種のにおいである。一例において、カビ臭はジオスミン臭であり、別の一例において、カビ臭は2-メチルイソボルネオール臭であり、さらに別の一例において、カビ臭はジオスミン臭及び2-メチルイソボルネオール臭である。
【0029】
本発明者は、これまでに、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列を、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列と該目的の嗅覚受容体の特定のオルソログ又は特定のオルソログ及びパラログにコードされる嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントから従来とは異なる基準に従い導き出されるコンセンサスアミノ酸配列に基づいて改変することにより、改変された嗅覚受容体の培養細胞での膜発現をオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上できること、改変された嗅覚受容体のにおい応答性をオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上できること、また、改変された嗅覚受容体の培養細胞での膜発現がオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上しない場合であっても改変された嗅覚受容体の匂い応答性を向上できること、さらに、改変された嗅覚受容体が改変前のオリジナルの嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持できること、改変された嗅覚受容体によりもたらされる解析結果はヒトの嗅覚をよく反映するものであることを見出した(特許文献4)。本明細書において、改変前の嗅覚受容体を「オリジナルの嗅覚受容体」と称し、嗅覚受容体のアミノ酸配列をコンセンサスアミノ酸配列に基づいて改変することを「コンセンサス化する」と称し、コンセンサス化された嗅覚受容体を「コンセンサス嗅覚受容体」と称することがある。
【0030】
ここで、「コンセンサスアミノ酸配列」とは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び該目的の嗅覚受容体の特定のオルソログ又は特定のオルソログ及びパラログにコードされる嗅覚受容体(例えば、哺乳類における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体)のアミノ酸配列のアラインメントから以下の(i)~(iii)の基準に従い同定したコンセンサス残基からなるアミノ酸配列である。
(i)該アラインメントの各アミノ酸位置において、
(i-i)該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度50%以上のアミノ酸残基が1種存在する場合、該アミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-ii)出現頻度50%のアミノ酸残基が2種存在する場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-iii)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在し且つ出現頻度40%以上でアミノ酸残基が存在しない場合、コンセンサス残基なしと同定する、
(i-iv)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在せず且つ出現頻度60%以上でアミノ酸残基が存在する場合、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-v)上記(i-i)~(i-iv)のいずれにも該当しない場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(ii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端又はそれよりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更する、
(iii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端よりもN末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、該アラインメントの該コンセンサス残基の位置よりN末端側にアミノ酸位置を1つずつ遡り、メチオニン残基が出現するまで、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する。
またここで、「嗅覚受容体のアミノ酸配列をコンセンサスアミノ酸配列に基づいて改変する」、すなわち「コンセンサス化する」とは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変することをいう。
【0031】
上記の嗅覚受容体のコンセンサス化は、嗅覚受容体にアミノ酸変異を導入することから、一見、オリジナルの嗅覚受容体が有する本来の機能と人の嗅覚感覚を正しく反映しない測定結果を与える可能性を懸念させる。しかしながら、特許文献4に示されているように、コンセンサス嗅覚受容体は、オリジナルの嗅覚受容体のリガンド応答選択性を高度に維持しており、なおかつ、人の嗅覚感覚を最もよく説明する測定結果を与えるものである。
【0032】
したがって、コンセンサス嗅覚受容体は、アミノ酸配列が改変されているものの、その応答性はオリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞における応答性を反映しており、嗅覚受容体としての機能はオリジナルの嗅覚受容体と同等である。
【0033】
本発明者は、上記同様のコンセンサス化を適用した嗅覚受容体の中から、コンセンサスOR8S1がカビ臭原因物質に対して応答することを見出した。上述したように、コンセンサス嗅覚受容体は、オリジナルの嗅覚受容体のリガンド選択性を高度に維持している。すなわち、コンセンサス嗅覚受容体のあるにおい物質に対する応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞における該におい物質に対する応答を反映している。したがって、OR8S1をカビ臭原因物質に対して応答する嗅覚受容体として同定することができる。
【0034】
OR8S1がカビ臭原因物質に応答すること又はその可能性があることはこれまで認識されていなかった。
【0035】
図1に示すとおり、コンセンサスOR8S1は、ジオスミン及び2-メチルイソボルネオールに応答する。
【0036】
したがって、OR8S1は、新たに見出されたカビ臭原因物質受容体である。OR8S1又はこれと同等の機能を有するポリペプチドの応答を抑制する物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムによるにおい抑制に基づいて、中枢におけるカビ臭の認識に変化を生じさせ、結果として、カビ臭を選択的に抑制することができる。一方、OR8S1又はこれと同様の機能を有するポリペプチドの応答を増強する物質は、嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応に基づいて、中枢におけるカビ臭の認識に変化を生じさせ、結果として、カビ臭を選択的に抑制することができる。したがって、これらのポリペプチドの応答を抑制又は増強する物質によれば、従来の消臭剤又は芳香剤を用いる消臭方法において生じていた芳香剤の強いにおいに基づく不快感等や、他のにおいをも抑えてしまうという問題を生じることがなく、カビ臭を消臭することができる。
【0037】
したがって、本発明は、カビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法を提供する(以下、本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法と称する)。当該方法は、試験物質添加後のOR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することを含む。測定された応答に基づいて、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強又は抑制する試験物質が検出される。検出された試験物質は、カビ臭の抑制剤として選択される。すなわち、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質は、嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応に基づくカビ臭の抑制剤として選択され、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づくカビ臭の抑制剤として選択される。
【0038】
上記本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法は、in vitro又はex vivoで行われ得る。
【0039】
本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法に使用される試験物質は、カビ臭の抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。該試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的若しくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。
【0040】
本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドである。OR8S1は、ヒト嗅細胞で発現している嗅覚受容体である。各嗅覚受容体のNCBIデータベースにおけるAccession No.及びアミノ酸配列を表1に示す。
【0041】
【0042】
OR8S1と同等の機能を有するポリペプチドの例としては、配列番号1で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
OR8S1と同等の機能を有するポリペプチドの別の例としては、配列番号1で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、配列番号1で示されるアミノ酸配列の下記表2の(1)の各アミノ酸位置に相当する位置の少なくとも1箇所、好ましくは少なくとも3箇所、より好ましくは少なくとも5箇所、さらに好ましくは少なくとも10箇所、さらにより好ましくは少なくとも20箇所、さらにより好ましくは30箇所、さらにより好ましくは少なくとも40箇所さらにより好ましくは全ての箇所に(2)のアミノ酸残基を有し、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。ここで、下記表2の(1)のC末端に相当するアミノ酸位置に(2)のRTLEKYLQHIRを有するとは、あるアミノ酸配列において、配列番号1で示されるアミノ酸配列の最後のアミノ酸位置に相当する位置のC末端側にRTLEKYLQHIRが付加されていることを意味する。尚、配列番号1で示されるアミノ酸配列において、下記表2の(1)の各アミノ酸位置の全ての箇所に(2)のアミノ酸残基を有するポリペプチドは、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるコンセンサスOR8S1である。換言すれば、下記表2は、OR8S1とコンセンサスOR8S1の間で異なるアミノ酸残基を示している。
【0043】
OR8S1と同等の機能を有するポリペプチドのさらに別の例としては、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるコンセンサスOR8S1又はこれと少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
コンセンサスOR8S1は、配列番号1で示されるOR8S1のアミノ酸配列と哺乳類におけるOR8S1のオルソログにコードされる嗅覚受容体241種のアミノ酸配列のアラインメントから上記の手法により導き出される配列番号3で示されるコンセンサスアミノ酸配列からなり、かつジオスミン及び2-メチルイソボルネオールに対する応答性を有する。該オルソログは、哺乳類に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子のうち、OR8S1と相同性の高い遺伝子であって、OR8S1と同じ名称を含む遺伝子である。コンセンサスOR8S1とOR8S1のアミノ酸配列同一性は89%である。
【0044】
【0045】
本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法では、OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種を使用すればよいが、いずれか2種以上を組み合わせて使用してもよい。好ましくは、OR8S1及びコンセンサスOR8S1からなる群より選択される少なくとも1種が使用され、より好ましくは、コンセンサスOR8S1が使用される。
【0046】
一例において、カビ臭原因物質がジオスミンである場合、嗅覚受容体ポリペプチドとしては、好ましくは、OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種が使用され、より好ましくは、OR8S1及びコンセンサスOR8S1からなる群より選択される少なくとも1種が使用され、さらに好ましくは、コンセンサスOR8S1が使用される。
【0047】
別の一例において、カビ臭原因物質が2-メチルイソボルネオールである場合、嗅覚受容体ポリペプチドとしては、好ましくは、OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種が使用され、より好ましくは、OR8S1及びコンセンサスOR8S1からなる群より選択される少なくとも1種が使用され、さらに好ましくは、コンセンサスOR8S1が使用される。
【0048】
本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法において、該嗅覚受容体ポリペプチドは、カビ臭原因物質に対する応答性を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、該嗅覚受容体ポリペプチドは、生体から単離された嗅覚受容器若しくは嗅細胞等の、該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する組織や細胞、又はそれらの培養物;該嗅覚受容体ポリペプチドを担持した嗅細胞の膜;該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物;該嗅覚受容体ポリペプチドを有する該組換え細胞の膜;該嗅覚受容体ポリペプチドを有する人工脂質二重膜、などの形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される嗅覚受容体ポリペプチドの範囲に含まれる。
【0049】
好ましい態様においては、嗅覚受容体ポリペプチドとしては、嗅細胞等の該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する細胞、又は該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。該組換え細胞は、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
【0050】
好適には、該嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現を促進するために、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに、RTP(receptor-transporting protein)をコードする遺伝子を細胞に導入する。好ましくは、RTP1Sをコードする遺伝子を、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに細胞に導入する。RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GenBankにGI:50234917として登録されており、配列番号4のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号5のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0051】
該嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加する方法としては、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する細胞を培養する培地に試験物質を添加する方法、該嗅覚受容体ポリペプチド又はそれを含む細胞や組織に試験物質を直接添加、滴下、散布もしくは噴霧する方法などが挙げられるが、特に限定されない。
【0052】
本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法においては、該嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質の添加に続いて、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。測定は、嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、細胞内cAMP量測定等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、におい分子によって活性化されると、細胞内のGαsファミリーに分類されるGタンパク質αサブユニットと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。一方で、嗅覚受容体はにおい分子により活性化されると、細胞内でGα15などGqファミリーに属するタンパク質とも共役し、細胞内でカルシウムイオン量を増加させることもできる。したがって、におい分子添加後の細胞内cAMP量もしくはカルシムイオン量、もしくはそれらを介して活性化する下流分子の挙動を指標にすることで、嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法、レポータージーンアッセイ、cAMP応答性レポータータンパク質を用いる方法等が挙げられる。cAMP応答性レポータータンパク質を用いる方法では、例えば、内部にcAMP結合タンパク質の一部が含まれるように遺伝子改変されたホタルルシフェラーゼを用い、cAMP量に対応する該ルシフェラーゼの発光値をモニターすることでcAMP量を測定する(GloSensor(商標) cAMP Assay(Promega)。嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する他の方法としてカルシウムイオン濃度を測定する方法は、カルシウムイメージング法やTGFα shedding assayが挙げられる。また、cAMP量を介して活性化する下流分子の挙動を指標とした方法の例として、アフリカツメガエル卵母細胞において、cAMPシグナルにより活性化する嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子CFTRを介した細胞膜内外の電位変化を測定する二電極膜電位固定法も有効である。
【0053】
本発明の第一の実施形態において、本発明によるカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法は、上述した嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加すること;及び、該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。次いで、測定した応答に基づいて、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質を検出する。検出された試験物質は、カビ臭の抑制剤として選択される。
【0054】
該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質は、先に嗅覚受容体の応答を増強させておくことで、後でカビ臭原因物質に曝露されたときの該嗅覚受容体の応答を弱めることができる。結果、におい交差順応に基づいて、個体によるカビ臭の認識を抑制することができる。したがって、該第一の実施形態では、嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応に基づくカビ臭の抑制剤が選択される。
【0055】
該嗅覚受容体ポリペプチドに対する試験物質の作用は、例えば、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の応答を、対照群における応答と比較することによって評価することができる。対照群の例としては、試験物質を添加していない該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、より低濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド、該嗅覚受容体ポリペプチドが発現していない細胞、などを挙げることができる。好ましくは、該第一の実施形態における本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下及び非存在下での該嗅覚受容体ポリペプチドの活性を測定することを含む。また好ましくは、該第一の実施形態における本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下で、該嗅覚受容体ポリペプチドが発現した細胞及び未発現の細胞の該試験物質に対する応答を測定することを含む。
【0056】
例えば、試験群における応答が対照群と比べて増強されていた場合、該試験物質を、カビ臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として選択することができる。例えば、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して、好ましくは120%以上、より好ましくは150%以上、さらに好ましくは200%に増強されていれば、該試験物質を、カビ臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として選択することができる。あるいは、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に増強されていれば、該試験物質を、カビ臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として選択することができる。
【0057】
該第一の実施形態に従って選択されたカビ臭の抑制剤によって抑制されるカビ臭としては、例えば、ジオスミン臭、2-メチルイソボルネオール臭等が挙げられ、好ましくは、ジオスミン臭及び2-メチルイソボルネオール臭からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0058】
該第一の実施形態に従って選択されたカビ臭の抑制剤の使用についての一実施形態は、以下のとおりである:まず、カビ臭の抑制を所望する対象者に、該対象者が該臭気に曝露される前に、該抑制剤のにおいを嗅がせておく。あるいは、該対象者に対し、カビ臭よりも強いにおいとなるように該抑制剤を適用する。その結果、該対象者は、カビ臭に曝露されても、該臭気に対する嗅覚感受性が低下しているため、該臭気を弱いと感じるか、又は感じなくなる。
【0059】
本発明の第二の実施形態において、本発明によるカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法は、上述した嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び該嗅覚受容体ポリペプチドのアゴニストを添加すること;及び、該アゴニストに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。該アゴニストとしては、限定されないが、好ましくはカビ臭原因物質、より好ましくはジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種が使用される。次いで、測定した応答に基づいて、該アゴニストに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を検出する。検出された試験物質は、カビ臭の抑制剤として選択される。
【0060】
該第二の実施形態においては、該嗅覚受容体ポリペプチドのアゴニストに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づくカビ臭の抑制剤として選択される。
【0061】
該嗅覚受容体ポリペプチドの該アゴニストへの応答に対して該試験物質が及ぼす作用は、例えば、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の該アゴニストに対する応答を、対照群における該アゴニストに対する応答と比較することによって行うことができる。対照群の例としては、上述したものが挙げられる。好ましくは、該第二の実施形態における本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下及び非存在下で、該アゴニストに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの活性を測定することを含む。
【0062】
例えば、試験群における応答が、対照群よりも抑制されていた場合、該試験物質を、カビ臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として選択することができる。例えば、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていれば、該試験物質を、カビ臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として選択することができる。あるいは、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に抑制されていれば、該試験物質を、カビ臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として選択することができる。
【0063】
該第二の実施形態に従って選択されたカビ臭の抑制剤によって抑制されるカビ臭としては、上記の第一の実施形態に従って選択されたカビ臭の抑制剤によって抑制されるカビ臭と同様のものが挙げられる。
【0064】
該第二の実施形態に従って選択されたカビ臭の抑制剤の使用についての一実施形態は、以下のとおりである:まず、カビ臭の抑制を所望する対象者に、該対象者が該臭気に曝露される前から又は同時に、該抑制剤のにおいを嗅がせておく。その結果、該対象者は、カビ臭に曝露されても、該臭気に対する嗅覚感受性が低下しているため、該臭気を弱いと感じるか、又は感じなくなる。
【0065】
以上の手順で、カビ臭応答性を有する嗅覚受容体ポリペプチドの応答活性に基づいて、カビ臭抑制剤を取得することができる。必要に応じて、上記で選択された試験物質のカビ臭抑制能を、官能試験によりさらに評価してもよい。すなわち、本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法の一実施形態においては、上記手順で選択された試験物質を、カビ臭抑制剤の候補物質として取得する。次いで、該候補物質のカビ臭抑制作用を官能試験により評価する。官能試験でより良い評価が得られた候補物質は、カビ臭抑制剤として選択される。
【0066】
該候補物質の官能試験は、当該分野で通常行われる消臭剤の評価手順に準じて行われ得る。該候補物質がにおいの交差順応の誘導物質である場合は、評価者に対する該候補物質と標的のにおいの原因物質の適用順序が調整され得る。例えば、上述した第一の実施形態で選択された試験物質を候補物質として官能試験する場合、評価者は、最初に該候補物質のにおいを嗅ぎ、そのにおいに順応しておく。次いで該評価者は、標的のにおい(好ましくはカビ臭)を嗅ぎ、その強度を評価する。得られた評価結果は、該候補物質に順応させなかった場合の標的のにおいの強度と比較される。また例えば、上述した第二の実施形態で選択された試験物質を候補物質として官能試験する場合、評価者は、該候補物質のにおいと同時に標的のにおい(好ましくはカビ臭)を嗅ぎ、該標的のにおいの強度を評価する。得られた評価結果は、標的のにおい単独でのにおいの強度と比較される。官能試験の結果、標的のにおいの強度を低下させたと評価された候補物質は、カビ臭抑制剤として選択される。
【0067】
本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法で得られたカビ臭抑制剤は、カビ臭の抑制のための有効成分として使用され得る。例えば、該抑制剤は、カビ臭を抑制するための組成物又は物品に、カビ臭を抑制するための有効成分として含有され得る。あるいは、該抑制剤は、カビ臭を抑制するための組成物又は物品の製造のために使用することができる。本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法で得られたカビ臭抑制剤の適用例としては、該剤を含んだ肌着、下着、リネン類等の服飾類、布製品、又は織物;該剤を含んだ洗濯用洗剤又は柔軟剤;該剤を含んだ香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品、食品、等;玄関、下駄箱、寝室、台所、洗面所、風呂若しくはトイレの前又は中への該剤の載置や噴霧;自動車の中への該剤の載置や噴霧;病棟又は介護施設などへの該剤の載置や噴霧;カビ臭を発生する環境への適用;カビ臭を発生する水道水への添加;カビ臭を発生する飲食物への添加、などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0068】
また、上述したように、OR8S1は新たに見出されたカビ臭原因物質受容体であるから、OR8S1又はこれと同等の機能を有するポリペプチドを用いれば、カビ臭を検出することができる。したがって、本発明は、カビ臭の検出方法を提供する(以下、本発明の検出方法と称する)。当該方法は、OR8S1及びこれと同等の機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに試料を接触させること;及び、該試料に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。測定された応答に基づいて、試料に含まれるカビ臭が検出される。
【0069】
ここで、「検出」という用語は、「評価」又は「測定」とも言い換えることができ、「カビ臭の検出」とは、カビ臭の存在又は不存在の証明及びカビ臭の程度の測定を含む。
【0070】
本発明の検出方法に使用される試料は、カビ臭の有無又は程度の確認を所望する試料であれば、特に制限されない。該試料は、化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよく、気体であっても、液体であっても、固体であってもよい。該試料としては、実試料が好ましく、実試料としては、例えば、体液(例えば唾液、汗、尿)、汚水の他、食品、香料物質、化粧品、医薬品、洗浄剤、日用品、洗濯物由来の試料が挙げられる。
【0071】
本発明の検出方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態については、本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態と同様である。
【0072】
該嗅覚受容体ポリペプチドに試料を接触させる方法としては、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する細胞を培養する培地に試料を添加する方法、該嗅覚受容体ポリペプチド又はそれを含む細胞や組織に試料を直接添加、滴下、散布もしくは噴霧する方法などが挙げられるが、特に限定されない。
【0073】
該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する方法としては、本発明のカビ臭抑制剤の評価及び/又は選択方法と同様の手法を使用できる。
【0074】
測定した応答に基づいて、試料中のカビ臭が検出される。該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を引き起こす試料は、カビ臭を呈する試料、換言すれば、カビ臭原因物質を含む試料であると評価することができる。試料が引き起こす応答強度が大きい程、該試料が呈するカビ臭の程度が大きい、換言すれば、該試料に含まれるカビ臭原因物質が多いと評価される。
【0075】
好適には、試料に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答は、試料を接触させた該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の応答を、対照群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答と比較することによって評価することができる。対照群としては、試料を添加していない該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、より低濃度の試料を接触させた該嗅覚受容体ポリペプチド、試料を接触させる前の該嗅覚受容体ポリペプチド、などを挙げることができる。試験群における応答が対照群と比べてより高い場合、該試料はカビ臭を呈する試料であると評価される。
【0076】
したがって、本発明の検出方法の一実施形態においては、試料の存在下及び非存在下での該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定され、次いで、試料の存在下での応答が、試料非存在下での応答に比べて高いか否かが判定される。試料の存在下での応答がより高い場合、該試料はカビ臭を呈する試料であると評価される。好ましい実施形態においては、試料の存在下での該嗅覚受容体ポリペプチドの応答強度が、試料非存在下と比較して、好ましくは120%以上、より好ましくは150%以上、さらに好ましくは200%以上であれば、該試料はカビ臭を呈する試料であると評価される。別の好ましい実施形態においては、試料の存在下での該嗅覚受容体ポリペプチドの応答強度が、試料非存在下と比較して統計学的に有意に増加していれば、該試料はカビ臭を呈する試料であると評価される。
【0077】
あるいは、試料に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答は、試料を接触させた該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の応答を、試料として濃度既知のカビ臭原因物質を含む標準試料を用いた場合の応答より予め作成した検量線と比較することによって評価することができる。試験群における応答が検量線の定量範囲内である場合、該試料はカビ臭を呈する試料であると評価され、また、検量線に基づいて該カビ臭の程度を算出することができる。
【0078】
本発明の検出方法により検出されるカビ臭としては、例えば、ジオスミン臭、2-メチルイソボルネオール臭等が挙げられ、好ましくは、ジオスミン臭及び2-メチルイソボルネオール臭からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【実施例0079】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0080】
実施例1 カビ臭原因物質に応答する嗅覚受容体の同定
1)嗅覚受容体発現細胞の作製
コンセンサス嗅覚受容体を、特許文献4の実施例に記載の方法と同様にしてデザインした。コンセンサス嗅覚受容体をデザインするにあたり、目的の嗅覚受容体遺伝子の相同遺伝子候補の検索はNCBI BLASTを用いて行った。得られた遺伝子群についてオルソログ群を特定した。
具体的には、BLASTにより検索された相同性上位の遺伝子から、目的の嗅覚受容体と同じ名称をもつ遺伝子をオルソログとして選択した。例えばヒトOR8S1の場合、ヒトOR8S1(NP_001377778.1)のアミノ酸配列をquery配列とし、BLASTにより検索された相同性上位の250遺伝子の中から、名称にOR8S1を含む241遺伝子を選択した。これら241遺伝子をオルソログとして特定した。これら241遺伝子にヒトOR8S1を加えた計242遺伝子のアミノ酸配列について以下に述べるようにアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行った。
【0081】
特定した遺伝子群についてのアラインメント解析はClustalWを用いて行い、嗅覚受容体間で高度に保存されたアミノ酸もしくはアミノ酸モチーフを基準に、最適化するようにさらに調整した。アラインメント結果に基づき、Jalviewを用いてコンセンサス嗅覚受容体の設計を行った。該アラインメントにおいて、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の各アミノ酸位置に相当する位置に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度が50%以上のアミノ酸残基が1種存在する場合に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を該アミノ酸残基に改変した。尚、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の各アミノ酸位置に相当する位置に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度が50%のアミノ酸残基が1種存在する場合であっても、該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基の出現頻度も50%の場合には該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を改変しなかった。該アラインメントにおいて、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の各アミノ酸位置に相当する位置に出現頻度が40%以上で欠失が存在する場合に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を欠失に改変した。一方で、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の欠失位置に相当する位置に出現頻度が60%以上でアミノ酸が存在する場合に該基準アミノ酸配列の欠失位置に最も保存性の高いアミノ酸を挿入するよう改変した。最も保存性の高いアミノ酸が2種以上ある場合は、最も分子量が小さいアミノ酸を挿入するように改変した。
設計における嗅覚受容体のトポロジーの確認は、TMHMM(Transmembrane Hidden Markov Model)を使用した。デザインした各種嗅覚受容体ポリペプチドをコードするDNA配列は、そのアミノ酸配列に対応する塩基配列コドンをヒト培養細胞での発現用に最適化した上でDNA合成により獲得した。配列番号3に示すアミノ酸配列からなるコンセンサスOR8S1をコードするコドンを最適化した塩基配列を配列番号2に示す。この塩基配列の両末端にはEcoRI、XhoIサイトを付加しており、pME18Sベクター上のFlag-Rhoタグ配列の下流に作製したEcoRI、XhoIサイトへと組換えた。また、培養細胞内で作られた嗅覚受容体タンパク質を細胞膜上へ移行するヒトRTP1Sをコードする遺伝子を、別のpME18SベクターのEcoRI、XhoIサイトへ組込み、pME18S-RTP1Sベクターを作製した。
【0082】
表3に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で20分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。次いで、DMEM(Nacalai)で懸濁させたHEK293細胞を100μLずつ各ウェルに2×105細胞/cm2で播種し、37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。対照として、嗅覚受容体を発現させない細胞(Mock)を用意した。
【0083】
【0084】
2)ルシフェラーゼアッセイ
HEK293細胞に発現させた嗅覚受容体は、細胞内在性のGαSと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。におい応答測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(fluc2P-CRE-hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモータ下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたもの(hRluc2P-CMV-hygro)を同時に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。
【0085】
上記1)で作製した培養物から、培地を取り除き、新しい培地で調製した試験物質溶液(ジオスミン(CAS:16423-19-1、富士フイルム和光純薬)又は2-メチルイソボルネオール(CAS:2371-42-8、富士フイルム和光純薬)、濃度範囲:0μM、1μM、3μM、10μM、30μM、100μM、300μM)を75μL添加した。細胞をCO2インキュベータ内で4時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼ活性は、Dual-GloTM luciferase assay system(Promega)を用いて、製品の操作マニュアルに従って測定した。96ウェルプレートの各ウェルにおいて、試験物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値をウミシイタケルシフェラーゼ由来の発光値で除した値(fluc/hRluc)をシグナルとして算出し解析に用いた。各トランスフェクション条件でのシグナルに対して、におい物質による刺激を行わない条件のシグナル値(fluc/hRluc)を0%、10μMホルスコリンで刺激した時のシグナル値(fluc/hRluc)を100%として基準化を行い、Response(%)として解析に用いた。
【0086】
3)結果
結果を
図1に示す。
図1には嗅覚受容体について各濃度のジオスミン又は2-メチルイソボルネオールに対する応答値を示す。試験した最高濃度300μMに対する嗅覚受容体の応答値(Response(%))と、受容体を発現させないMock条件の細胞の応答値(Response(%))との間には統計学上有意な差が認められた(Student’s t-test、P<0.05)。なお、嗅覚受容体において、におい物質による刺激を行わない条件のシグナル値(fluc/hRluc)と、最高濃度300μMで刺激した条件のシグナル値(fluc/hRluc)を比較しても同じ統計学手法における有意差が認められた。したがって、コンセンサスOR8S1は、ジオスミン及び2-メチルイソボルネオールに応答した。よって、コンセンサスOR8S1がジオスミン及び2-メチルイソボルネオールからなる群より選択される少なくとも1種のカビ臭原因物質に応答することが判明した。
【0087】
コンセンサス嗅覚受容体のにおい物質に対する応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞での応答を反映している。よって、上記の結果から、オリジナルのOR8S1がカビ臭の原因物質の受容体として同定された。