(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024179845
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】真空浸炭処理方法および真空浸炭炉
(51)【国際特許分類】
C23C 8/22 20060101AFI20241219BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
C23C8/22
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023099064
(22)【出願日】2023-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(72)【発明者】
【氏名】金山 正男
(72)【発明者】
【氏名】羽深 智
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA01
4K028AB01
4K028AC03
4K028AC07
4K028AC08
(57)【要約】
【課題】浸炭処理後に炭化水素ガスと酸化性ガスを用いて、ワークに炭素を拡散させる処理を行う真空浸炭処理方法において、同一ロット内で処理される複数個のワークの表面炭素濃度のバラつきを低減する。
【解決手段】加熱室内で行うワークの浸炭工程と、ワークの内部に炭素を拡散させる拡散工程と、を有する真空浸炭処理方法において、拡散工程で、加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給して加熱室内の圧力が0.1~100kPaで処理を行う第1工程を行い、第1工程の後に行われる第2工程において、当該第2工程の終了時における加熱室内の圧力が第1工程の終了時における加熱室内の圧力よりも低下する条件下で処理を行う。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空浸炭処理方法であって、
加熱室内で行うワークの浸炭工程と、
前記ワークの内部に炭素を拡散させる拡散工程と、を有し、
前記拡散工程は、
前記加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給して前記加熱室内の圧力が0.1~100kPaで処理を行う第1工程と、
前記第1工程の後に行われる第2工程と、を含み、
前記第2工程において、当該第2工程の終了時における前記加熱室内の圧力が前記第1工程の終了時における前記加熱室内の圧力よりも低下する条件下で処理を行うことを特徴とする、真空浸炭処理方法。
【請求項2】
前記第2工程において、前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスの供給、および、前記加熱室内の排気がいずれも停止した状態を保持することを特徴とする、請求項1に記載の真空浸炭処理方法。
【請求項3】
前記第1工程において、前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスは、下記の式(1)で算出される累積供給量比が1~20となるように供給されることを特徴とする、請求項1または2に記載の真空浸炭処理方法。
累積供給量比=加熱室内に供給された酸化性ガスの累積供給量/加熱室内に供給された炭化水素ガスの累積供給量・・・(1)
【請求項4】
前記炭化水素ガスは、プロパンガス又はブタンガスであることを特徴とする、請求項1または2に記載の真空浸炭処理方法。
【請求項5】
前記酸化性ガスは、二酸化炭素ガスであることを特徴とする、請求項1または2に記載の真空浸炭処理方法。
【請求項6】
真空浸炭炉であって、
浸炭処理されたワークの内部に炭素を拡散させる処理が行われる加熱室と、
前記加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給するガス供給機構と、
前記加熱室内の排気を行う排気機構と、
前記ガス供給機構と前記排気機構を制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、
前記ワークの内部に炭素を拡散させる処理を行う拡散工程において、
前記加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給して前記加熱室内の圧力が0.1~100kPaで処理を行う第1工程と、
前記第1工程の後に行われる第2工程と、を行い、
前記第2工程において、当該第2工程の終了時における前記加熱室内の圧力が前記第1工程の終了時における前記加熱室内の圧力よりも低下する条件下で処理を行う制御を実行するように構成されていることを特徴とする、真空浸炭炉。
【請求項7】
前記制御装置は、前記第2工程において、前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスの供給、および、前記加熱室内の排気がいずれも停止した状態を保持する制御を実行することを特徴とする、請求項6に記載の真空浸炭炉。
【請求項8】
前記制御装置は、
前記第1工程において、下記の式(1)で算出される累積供給量比が1~20となるように前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスを供給する制御を実行することを特徴とする、請求項6または7に記載の真空浸炭炉。
累積供給量比=加熱室内に供給された酸化性ガスの累積供給量/加熱室内に供給された炭化水素ガスの累積供給量・・・(1)
【請求項9】
前記炭化水素ガスは、プロパンガス又はブタンガスであることを特徴とする、請求項6または7に記載の真空浸炭炉。
【請求項10】
前記酸化性ガスは、二酸化炭素ガスであることを特徴とする、請求項6または7に記載の真空浸炭炉。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空浸炭処理方法および真空浸炭炉に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼材料からなる自動車部品や機械部品等の耐久性を向上させる熱処理として、ワーク表面(部品表面)に炭素を固溶させてワーク表面を硬化させる浸炭処理が行われている。また、浸炭処理が行われる浸炭炉から排出される二酸化炭素量を削減できる浸炭処理として、真空雰囲気下で浸炭処理を行う真空浸炭処理が知られている。
【0003】
ところで、上記の真空浸炭処理では、カーボンポテンシャル(Cp値)の制御を行うことができないために、真空浸炭処理後のワークの角部(エッジ部)には、平面部よりも過剰にセメンタイトが残留することが知られている。
【0004】
ワーク角部のセメンタイトを低減または除去する方法として、特許文献1には、真空浸炭処理後に脱炭を含む拡散処理を行う方法が開示されている。例えば特許文献1の実施例2A(表3)では、アセチレンガスを用いて真空浸炭をした後、真空雰囲気下において、浸炭性ガスであるプロパンガスと脱炭性ガスである二酸化炭素ガスの混合ガスを用いて拡散処理を実施している。このように脱炭性ガスを用いて拡散処理を行うことで、ワークの角部におけるセメンタイトが低減または除去される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、上述のようなプロパンガスと二酸化炭素ガスを供給してワークの内部に炭素を拡散させる処理方法を用いて、複数個のワークを同時に真空浸炭処理する試験を実施した。その試験結果から、炉内(加熱室内)における各ワークの配置位置によって、各ワークの表面炭素濃度に差が生じ易く、同一ロット内で複数個のワークを真空浸炭処理する際には、表面炭素濃度のバラつきが大きくなるという知見を得た。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、浸炭処理後に炭化水素ガスと酸化性ガスを用いてワークの内部に炭素を拡散させる処理を行う真空浸炭処理方法において、同一ロット内で処理される複数個のワークの表面炭素濃度のバラつきを低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の態様を以下に例示する。
[1]真空浸炭処理方法であって、
加熱室内で行うワークの浸炭工程と、
前記ワークの内部に炭素を拡散させる拡散工程と、を有し、
前記拡散工程は、
前記加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給して前記加熱室内の圧力が0.1~100kPaで処理を行う第1工程と、
前記第1工程の後に行われる第2工程と、を含み、
前記第2工程において、当該第2工程の終了時における前記加熱室内の圧力が前記第1工程の終了時における前記加熱室内の圧力よりも低下する条件下で処理を行うことを特徴とする、真空浸炭処理方法。
[2]前記第2工程において、前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスの供給、および、前記加熱室内の排気がいずれも停止した状態を保持することを特徴とする、[1]に記載の真空浸炭処理方法。
[3]前記第1工程において、前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスは、下記の式(1)で算出される累積供給量比が1~20となるように供給されることを特徴とする、[1]または[2]に記載の真空浸炭処理方法。
累積供給量比=加熱室内に供給された酸化性ガスの累積供給量/加熱室内に供給された炭化水素ガスの累積供給量・・・(1)
[4]前記炭化水素ガスは、プロパンガス又はブタンガスであることを特徴とする、[1]~[3]のいずれかに記載の真空浸炭処理方法。
[5]前記酸化性ガスは、二酸化炭素ガスであることを特徴とする、[1]~[4]のいずれかに記載の真空浸炭処理方法。
[6]真空浸炭炉であって、
浸炭処理されたワークの内部に炭素を拡散させる処理が行われる加熱室と、
前記加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給するガス供給機構と、
前記加熱室内の排気を行う排気機構と、
前記ガス供給機構と前記排気機構を制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、
前記ワークの内部に炭素を拡散させる処理を行う拡散工程において、
前記加熱室内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給して前記加熱室内の圧力が0.1~100kPaで処理を行う第1工程と、
前記第1工程の後に行われる第2工程と、を行い、
前記第2工程において、当該第2工程の終了時における前記加熱室内の圧力が前記第1工程の終了時における前記加熱室内の圧力よりも低下する条件下で処理を行う制御を実行するように構成されていることを特徴とする、真空浸炭炉。
[7]前記制御装置は、前記第2工程において、前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスの供給、および、前記加熱室内の排気がいずれも停止した状態を保持する制御を実行することを特徴とする、[6]に記載の真空浸炭炉。
[8]前記制御装置は、
前記第1工程において、下記の式(1)で算出される累積供給量比が1~20となるように前記炭化水素ガスと前記酸化性ガスを供給する制御を実行することを特徴とする、[6]または[7]に記載の真空浸炭炉。
累積供給量比=加熱室内に供給された酸化性ガスの累積供給量/加熱室内に供給された炭化水素ガスの累積供給量・・・(1)
[9]前記炭化水素ガスは、プロパンガス又はブタンガスであることを特徴とする、[6]~[8]のいずれかに記載の真空浸炭炉。
[10]前記酸化性ガスは、二酸化炭素ガスであることを特徴とする、[6]~[9]のいずれかに記載の真空浸炭炉。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、浸炭処理後に炭化水素ガスと酸化性ガスを用いてワークの内部に炭素を拡散させる処理を行う真空浸炭処理方法において、同一ロット内で処理される複数個のワークの表面炭素濃度のバラつきを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る真空浸炭炉の概略構成を示す説明図である。
【
図3】加熱室へのワークの装入工程から冷却室におけるワークの焼入工程までの加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。
【
図4】加熱室へのワークの装入工程を説明するための図である。
【
図5】加熱室へのワークの装入と、加熱室から冷却室へのワークの搬送について説明するための図である。
【
図6】浸炭処理試験で使用された治具に対する各ワークの配置を説明するための図である。
【
図7】実施例1の浸炭処理試験における加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。
【
図8】比較例1の浸炭処理試験における加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。
【
図9】比較例2の浸炭処理試験における加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。
【
図10】ワークの表面炭素濃度の測定位置を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0012】
図1は、本実施形態に係る真空浸炭炉の概略構成を示す説明図である。
図2は、加熱室を説明するための斜視図である。図面に示されたX方向は真空浸炭炉1の幅方向、Y方向は真空浸炭炉1の奥行方向、Z方向は真空浸炭炉1の高さ方向である。
【0013】
<真空浸炭炉>
真空浸炭炉1は、鋼材料からなる複数個の自動車部品や機械部品等のワークWの浸炭処理が行われる加熱室10と、加熱室10に隣接して配置された冷却室40を備えている。ワークWは、例えばトレイまたはバスケットのような形状の治具に複数個、載せられていてもよい。浸炭処理されるワークWの個数は限定されないが、例えば10個以上100000個以下である。真空浸炭炉1の小型化の観点からは、ワークWの個数を10000個以下にしてもよい。
【0014】
(加熱室)
加熱室10は、軸方向がX方向を向いた略円筒状の容器であり、加熱室10の内面には、断熱材11が設けられている。加熱室10の内部には、天井部から下方に延びたヒータ12が複数設置され、各ヒータ12は、X方向に間隔をおいて配置されている。ヒータ12は、SiCヒータなどのセラミックヒータや電気バーナー、ガスバーナー等の公知の加熱装置が適用されるが、高温時の酸化によるヒータ劣化を抑制する観点からは、ヒータ12としてセラミックヒータを用いることが好ましい。加熱室10の天井部中央には、加熱室10内の雰囲気を攪拌する攪拌ファン13が取り付けられている。
【0015】
なお、加熱室10内においては、後述するワークWの表面(部品表面)に固溶した炭素を固溶させる浸炭工程を行う処理空間と、ワークWの内部(部品表面より内側)に炭素を拡散させる拡散工程を行う処理空間が別々に設けられてもよい。この場合、各々の処理空間を隔てるための仕切扉(図示せず)が加熱室10内に設置される。ただし、そのような仕切扉が設置される場合、仕切扉の開放に伴う各々の処理空間の雰囲気制御が難化するため、浸炭工程を行う処理空間と拡散工程を行う処理空間は同一であることが好ましい。
【0016】
加熱室10の冷却室40側(X方向正側)の側壁には、加熱室10から冷却室40にワークWを搬送するための搬送口14が形成されている。また、加熱室10と冷却室40との間には、昇降式の扉15が設けられており、搬送口14は、その扉15によって開放または閉塞される。
【0017】
上記の搬送口14が形成された加熱室10の側壁とは反対側(X方向負側)の側壁には、ワークWを加熱室10から冷却室40に押し出すプッシャー16が設けられている。プッシャー16は、例えばリニアガイドなどの直線移動機構(図示せず)を有し、X方向に移動可能に構成されている。
【0018】
図2に示すように、加熱室10の側壁には、プッシャー16用の開口部17が形成されており、プッシャー16でワークWを押し出す際には、その開口部17をプッシャー16が通過する。
【0019】
図1に示すように、プッシャー16の周囲は、ハウジング18で囲まれている。このハウジング18は、
図2に示す開口部17(
図2ではハウジング18は図示せず)を覆うようにして加熱室10の側壁に固定されている。ハウジング18は、ワークWの浸炭処理の際に、加熱室10内に外気が流入しないように密閉された構造となっている。
【0020】
ハウジング18の上方には、加熱室10内の雰囲気を排気する排気管19が設けられている。排気管19は、真空ポンプ20に接続されている。また、排気管19には、図示しないバルブが設けられており、そのバルブの開閉量の調節あるいは真空ポンプ20の運転状態が制御されることで、加熱室10内の排気量が調節される。すなわち、本実施形態では、上記の排気管19、真空ポンプ20およびバルブ(図示せず)によって、加熱室10の排気を行う排気機構が構成されている。
【0021】
排気管19には、圧力計21が取り付けられ、その圧力計21によって加熱室10内の圧力が測定される。なお、加熱室10内の圧力測定が可能であれば、圧力計21の設置位置は特に限定されない。また、二酸化炭素の排出抑制の観点から、排気管19に二酸化炭素回収装置(図示せず)を取り付けてもよい。
【0022】
図2に示すように、加熱室10の円筒部の外周面には、ガス供給口としてのガスインレット22が設けられている。ガスインレット22は、浸炭性ガス(例えばアセチレンガス、エチレンガス、プロパンガス、ブタンガスやこれらのガスが混合されたガス)、不活性ガス(例えば窒素ガス、アルゴンガス)、酸化性ガス(例えば空気、酸素、二酸化炭素)などのガスを加熱室10内に供給する。
【0023】
ガスインレット22は、X方向およびY方向に沿って複数設けられており、各々のガスインレット22は、互いに間隔をおいて配置されている。なお、
図2では加熱室10に隠れて図示されていないが、加熱室10の円筒部の外周面には、
図2に示されたガスインレット22と対向する位置にも、同様のガスインレットが設けられている。すなわち、対向して配置された一対のガスインレット22は加熱室10を間に挟むように設けられており、加熱室10に供給されるガスは、加熱室10の側方の2方向から供給される。
【0024】
各々のガスインレット22には、それぞれガス供給管(図示せず)が接続されている。それらの複数のガス供給管のうち、例えば一部のガス供給管は、浸炭性ガスが貯蔵されたボンベ(図示せず)に接続され、他の一部のガス供給管は、不活性ガスが貯蔵されたボンベ(図示せず)に接続され、残りのガス供給管は、酸化性ガスが貯蔵されたボンベ(図示せず)やエアーコンプレッサー(図示せず)に接続されている。
【0025】
ガス供給源としての上記の各ボンベには、それぞれバルブ(図示せず)が設けられている。これらのバルブの開閉量の制御あるいはエアーコンプレッサーの運転状態が制御されることによって、加熱室10内に供給されるガスの供給量調節あるいはガス種の変更が可能である。
【0026】
本実施形態では、以上で説明したガスインレット22、ガス供給管(図示せず)、ボンベ(図示せず)、エアーコンプレッサー(図示せず)等によって、加熱室10内に浸炭性ガス、不活性ガス、酸化性ガス等のガスの供給を行うガス供給機構が構成されている。このガス供給機構によれば、加熱室10内の雰囲気を、浸炭性ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、酸化性ガス雰囲気、またはそれら各ガスの混合雰囲気に変更することができる。
【0027】
なお、ガスインレット22は、複数設置されなくてもよい。例えばガス供給機構は、1つのガスインレット22から、浸炭性ガス、不活性ガスおよび酸化性ガスの各ガスが適宜混合された状態で供給される構成であってもよい。
【0028】
図1に示すように、加熱室10の底部10aには、ワークWを装入するための装入口23が形成されている。加熱室10の下方には、装入口23から加熱室10内にワークWを装入するための昇降機としてのシザーリフター30が設けられている。
【0029】
このシザーリフター30の上方には、ワークWを支持する支持台31と、支持台31の下に設けられた断熱材32と、断熱材32の下に配置された蓋体33が設けられている。蓋体33は、装入口23を閉塞し、加熱室10の底壁部として機能する部材であり、装入口23全体を覆う形状を有している。蓋体33の下面は、シザーリフター30の上端部に接続されており、蓋体33は、シザーリフター30の昇降動作に連動して昇降するように構成されている。
【0030】
(冷却室)
加熱室10に隣接して配置される冷却室40では、ワークWの冷却が行われる。
図1に示す冷却室40は、油冷式の冷却室であり、冷却室40は、焼入れ用の油が貯留する油槽41を備えている。
【0031】
この油槽41の上方には、ワークWの搬送空間が存在する。搬送空間には、ワークWを当該搬送空間と油槽41との間で昇降させるエレベータラック42が設けられている。冷却室40の加熱室10側(Y方向負側)の側壁には、冷却室40にワークWを搬送するための搬送口43が形成されている。一方、その搬送口43が形成された側壁とは反対側(Y方向正側)の側壁には、冷却室40からワークWを搬出するための搬出口44が形成されている。また、搬出口44が形成された側壁の外側には、搬出口44を閉塞する昇降式の扉45が設けられている。
【0032】
なお、冷却室40の冷却方式は、油冷式に限定されず、ガス冷式などの他の冷却方式であってもよい。また、冷却室40は、加熱室10に隣接して配置されなくてもよい。例えば加熱室10から搬出したワークWが、加熱室10に対して間隔をおいて配置された冷却室40に装入される装置構成であってもよい。
【0033】
(制御装置)
上記の真空浸炭炉1は、制御装置100を備えている。制御装置100は、例えばCPUやメモリ等を備えたコンピュータであり、プログラム格納部(図示せず)を有している。プログラム格納部には、真空浸炭炉1で実施される一連の処理を制御する各種のプログラムが格納されている。例えばプログラム格納部には、加熱室10内にガスを供給するためのガス供給機構の動作や、加熱室10内の排気を行うための排気機構の動作を制御するプログラム等が格納されている。なお、上記プログラムは、コンピュータに読み取り可能な記憶媒体に記録されていたものであって、当該記憶媒体から制御装置100にインストールされたものであってもよい。
【0034】
本実施形態に係る真空浸炭炉1は、以上のように構成されている。なお、本明細書では説明を省略しているが、真空浸炭炉1は、加熱室10内の温度を測定する温度センサなどの一般的な真空浸炭炉で必要とされる構成も有している。
【0035】
<真空浸炭処理方法>
次に、真空浸炭炉1で行われるワークWの真空浸炭処理方法の一例について説明する。
図3は、加熱室10へのワークWの装入工程から冷却室40におけるワークWの焼入工程までの加熱室10内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。
【0036】
以下で説明する真空浸炭処理方法は、制御装置100により真空浸炭炉1の各動作が制御されることによって自動的に実行されるが、一部の動作については、オペレータによる手動操作によって実行されてもよい。なお、以下の説明で使用する「圧力」は絶対圧である。
【0037】
(装入工程)
装入工程は、真空浸炭炉1の加熱室10内にワークWを装入するまでの工程である。
装入工程では、加熱室10内にワークWを装入する前の段階(装入口23が開放される前の段階)では、ガスインレット22から加熱室10内に不活性ガス(例えば窒素ガス)が供給されることによって、加熱室10内の雰囲気は不活性ガス雰囲気となっている。このとき、加熱室10内の圧力が例えば10~150kPa、加熱室内10内の温度が例えば750~1000℃に保持される。
【0038】
続いて、
図4(A)に示すように、蓋体33が下降し、加熱室10の底部10aに設けられた装入口23が開放される。そして、
図4(B)に示すように、ローラーコンベア(図示せず)などの搬送手段によって炉外から搬送されたワークWが支持台31の上に支持される。
【0039】
その後、制御装置100からシザーリフター30に対して上昇を指示する信号が出力され、
図5(A)に示すように、蓋体33が上昇する。これによって加熱室10の底部10aと蓋体33が密接して装入口23が閉塞され、加熱室10内にワークWが装入される。
【0040】
(昇温工程)
昇温工程は、加熱室10内の雰囲気を後述する浸炭工程を行う浸炭温度まで加熱する工程である。
昇温工程では、上記の装入工程で加熱室10内にワークWが装入された後、まず加熱室10内の真空排気が行われる。この真空排気によって加熱室10内の圧力が例えば1.0kPa以下となった後、真空排気が停止する。次いで、加熱室10内に不活性ガス(例えば窒素ガス)が供給されると共にヒータ12と攪拌ファン13が作動し、加熱室10内の温度上昇が開始される。
【0041】
その後、加熱室10内の圧力が、例えば30~99kPaに達した後に不活性ガスの供給が停止され、加熱室10内が所定の浸炭温度となるまで加熱される。昇温工程においては、加熱室10内が真空雰囲気ではなく、不活性ガス雰囲気であるために、加熱室10内の温度が上昇し易くなり、昇温時間を短縮できる。昇温工程の目標温度となる浸炭温度は、ワークWの鋼種や炉内の構造物によって適宜設定される温度であり、真空浸炭処理の場合には、例えば730~1200℃に設定される。
【0042】
(一次均熱工程)
一次均熱工程は、浸炭温度まで加熱されたワークWの均熱を行う工程である。
一次均熱工程では、上記の昇温工程で加熱室10内の温度が所定の浸炭温度まで昇温した後、加熱室10内の圧力が例えば1.0kPaとなるまで真空排気が行われる。この真空排気中にワークWの均熱が行われる。
【0043】
なお、一次均熱工程は実施されなくてもよい。一次均熱工程が実施されない場合、前述した昇温工程の途中から真空排気が開始される。ただし、一次均熱工程が実施されずに昇温工程の途中から真空排気が開始される場合、加熱室10内が真空雰囲気となった後は対流熱伝達が生じない。そのような対流熱伝達が生じない環境下では、昇温工程においてワークWの温度ばらつきが生じ易くなる。このため、ワークWの温度ばらつきを抑制し、浸炭品質を高めるためには、不活性ガス雰囲気下でワークWを十分に加熱した後に、一次均熱工程を行うことが好ましい。
【0044】
(浸炭工程)
浸炭工程は、加熱室10内に供給された浸炭性ガスの存在下で熱処理を行い、浸炭性ガスの熱分解反応させることでワークWの表面に炭素を固溶させる工程である。
浸炭工程では、上記の一次均熱工程で加熱室10内が真空雰囲気となった後、真空排気を継続しながら加熱室10内に浸炭性ガス(例えばアセチレンガス、エチレンガス、プロパンガス、ブタンガスやこれらのガスが混合されたガス)が供給される。また、加熱室10内の排気量が調節されることで、加熱室10内の圧力は例えば10kPa以下で維持される。浸炭工程の加熱室10内の圧力は、例えば、1.0kPaを超えるように維持してもよい。
【0045】
加熱室10内のワークWは、そのような浸炭雰囲気の下で所定の浸炭時間が経過するまで浸炭が行われ、その後、浸炭性ガスの供給が停止する。なお、「所定の浸炭時間」とは、ワークWの鋼種や要求される浸炭品質の水準等に応じて適宜設定される時間である。
【0046】
浸炭性ガスの供給停止後、加熱室10内の圧力が例えば1.0kPa以下となるまで真空排気が行われ、その後、真空排気が停止する。
【0047】
上記の真空排気は実施されなくてもよいが、後述の拡散工程において、加熱室10内に残留する浸炭性ガスがワークWの内部に炭素を拡散させる拡散処理に影響を及ぼさないようにするために真空排気を行うことが好ましい。特に、浸炭工程で使用される浸炭性ガスと、後述の拡散工程で使用される炭化水素ガスが異なる種類のガスである場合には、加熱室10内に残留するガスがワークWの拡散処理に影響を及ぼす可能性があるため、真空排気を行うことが好ましい。
【0048】
なお、浸炭性ガスの供給停止後に真空排気が実施されない場合、浸炭工程とは、加熱室10内への浸炭性ガスの供給を開始してから「所定の浸炭時間」が経過するまでの工程のことを指す。
【0049】
浸炭工程の終了時におけるワークWの表面炭素濃度は、後述する拡散工程の終了時のワークWの表面炭素濃度よりも高い。浸炭条件は、ワークWの用途に応じて所望の表面炭素濃度が得られるように適宜設定されるが、浸炭工程では、例えば共析組成が得られるように表面炭素濃度が0.8%以上となるように浸炭処理を行うことが好ましい。また、表面炭素濃度が6.67%以下や3%以下となるように浸炭処理を行ってもよい。
【0050】
(拡散工程)
拡散工程は、ワークWの内部(部品表面より内側)に炭素を拡散させる工程である。炭素がワークWの内部に拡散したか否かは、拡散工程前後のワーク表面の炭素濃度を測定し、拡散工程を行うことでワーク表面の炭素濃度が、拡散工程を行わないワーク表面の炭素濃度と比較して低くなっていることを確認することで判断できる。
拡散工程は、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスの供給が開始されてから、所定の拡散処理時間が経過するまでの工程である。以下、拡散工程の詳細について説明する。
【0051】
まず拡散工程では、加熱室10内の温度が例えば730~1200℃に保持される。なお、加熱室10内の温度は、ワークWの鋼種や加熱室10の構造に応じて適宜変更されるものである。
【0052】
・第1工程
次に、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスが供給される。このとき、加熱室10内の排気は停止した状態にあるため、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスが供給されることによって加熱室10内の圧力は上昇する。
【0053】
本明細書では、拡散工程において、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給し、加熱室10内の圧力が0.1~100kPa以下で処理を行う工程のことを拡散工程の「第1工程」と定義する。
【0054】
加熱室10内の圧力を0.1~100kPa以下とすることで、加熱室10内で炭化水素ガスと酸化性ガスを含む雰囲気の対流が生じ易くなる。これによって第2工程にて行われる拡散処理において、ワーク表面における炭素の拡散効果が高まる。
【0055】
第1工程の終了時における加熱室10内の圧力は、好ましくは1.0kPa以上、より好ましくは10kPa以上、さらに好ましくは20kPa以上である。また、第1工程の終了時における加熱室10内の圧力は、好ましくは80kPa以下、より好ましくは50kPa以下である。
【0056】
加熱室10内に供給される炭化水素ガスと酸化性ガスは、各々のガスが混合された状態で加熱室10内に供給されてもよいし、各々のガスが個別に加熱室10内に供給されてもよい。また、炭化水素ガスと酸化性ガスが加熱室10内に供給されるタイミングは同時でなくてもよい。すなわち、拡散工程の第1工程においては、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスの混合雰囲気が形成されるように、各々のガスが供給されていればよい。
【0057】
炭化水素ガスの種類は、特に限定されないが、例えばガスの反応速度が過度に速くならないことによって表面炭素濃度を制御しやすいメタンガス、メタノールガス、プロパンガス、ブタンガス等を用いることが好ましい。なお、ここで例示した炭化水素ガスにおける1molの化合物中に含まれる炭素のmol数は、メタン(CH4)が1mol、メタノール(CH4O)が1mol、プロパン(C3H8)が3mol、ブタン(C4H10)が4molである。このため、ガス使用量を節約した拡散処理を行うためには、化合物1molあたりの炭素のmol数が多いプロパンガスまたはブタンガスを炭化水素ガスとして用いることが好ましい。
【0058】
拡散工程において炭化水素ガスを供給することで、ワークの表面の炭素が内部に拡散し、同一ロット内で処理される複数個のワークの表面炭素濃度のバラつきを低減することができる。さらに炭化水素ガスが熱分解反応することによりワーク表面の炭素濃度が所望の炭素濃度より低くなることを抑制できる。また、酸化性ガスによってワーク表面が酸化する粒界酸化の発生を抑制できる。
【0059】
炭化水素ガスと共に加熱室10内に供給される酸化性ガスは、酸素原子を含むガスであり、例えば空気、酸素ガス、二酸化炭素ガス等のガスが使用される。拡散工程において酸化性ガスを供給することで、ワーク内部への炭素拡散を促進することができる。なお、酸化性ガスとして供給されるガスは、ボンベ等の容器に貯蔵されたガスであることが好ましい。
【0060】
また、加熱室10内で進む炭化水素ガスと酸化性ガスの化学反応の観点から炭化水素ガスの使用量を節約するためには、酸化性ガスとして二酸化炭素ガスを用いることが好ましい。
【0061】
第1工程における炭化水素ガスと酸化性ガスの供給量は、ワークWの表面積(複数のワークWが存在する場合には全てのワークWの合計表面積)に応じて適宜変更されるが、下記の式(1)で算出される累積供給量比が1~20となるように各々のガスが供給されることが好ましい。累積供給量比を1以上とすることで、炭化水素ガスの熱分解反応をより迅速に行うことができる。また、累積供給量比を20以下にすることで、ワーク表面が酸化する粒界酸化が過剰に生じることを抑制できる。
【0062】
累積供給量比=加熱室10内に供給された酸化性ガスの累積供給量(L)/加熱室10内に供給された炭化水素ガスの累積供給量(L)・・・(1)
【0063】
なお、「累積供給量」は、加熱室10内に供給されるガスの体積流量(L/min)×そのガスの供給時間(min)で算出される。
【0064】
第1工程の処理時間は、加熱室10の容積や、ワークWの鋼種、要求される浸炭品質の水準等に応じて適宜変更されるが、例えば10分以上180分以下であることが好ましい。第1工程の処理時間の短縮を図るためには、第1工程の処理時間は120分以下、60分以下または30分以下にすることが好ましい。
【0065】
・第2工程
第1工程において加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスを供給した後、制御装置100からの制御信号に基づき炭化水素ガスと酸化性ガスの供給が停止する制御が行われる。
【0066】
このとき、加熱室10内の排気を停止させる制御が第1工程から継続して行われているため、上記のように炭化水素ガスと酸化性ガスの供給が停止することにより、加熱室10内では、ガスの供給と排気の両方が停止した状態となる。これにより、それまでに加熱室10内に供給されていた炭化水素ガスと酸化性ガスが加熱室10内に封じ込められた状態となる。このような炭化水素ガスと酸化性ガスの混合雰囲気下でワークWの内部に炭素を拡散させる拡散処理が行われる。
【0067】
後述の実施例で示すように、炭化水素ガスと酸化性ガスを加熱室10内に封じ込めた状態で複数個のワークに対して拡散処理を行うと、各ワークの表面炭素濃度の差が小さくなり、表面炭素濃度のバラつきを低減することができる。例えば後述する複数個のワークの表面炭素濃度のバラつきRを0.2以下にすることができる。好ましくはワークの表面炭素濃度のバラつきRを0.15以下にできる。このような効果が得られる理由としては、加熱室10内が排気されないことによって炭化水素ガスの熱分解反応が十分に進むためであると推察される。
【0068】
このとき第2工程の終了時における加熱室10内の圧力は、第1工程の終了時における加熱室10内の圧力よりも低い圧力となる。本明細書においては、第2工程の終了時における加熱室10内の圧力が第1工程の終了時における加熱室10内の圧力より低下する条件下で拡散処理を行う工程を拡散工程の「第2工程」と定義する。
【0069】
なお、「第2工程の終了時における加熱室内の圧力」とは、第2工程を開始してから所定の時間が経過した時の圧力である。ここで言及する「所定の時間」は、加熱室10の容積や、ワークWの鋼種、要求される浸炭品質の水準等に応じて適宜変更される。
【0070】
従前の拡散工程においては、加熱室10内へのプロパンガスと二酸化炭素ガスの供給と排気が継続されることによって、ガスインレット22から排気管19に形成されるガス流路の近傍にある特定のワークに対してのみ供給される状態となる。その状態で拡散処理を行うと、ガス流路の近傍に位置するワークと、ガス流路の近傍に位置していないワークとで拡散処理の進行速度に差が生じ、ワークごとの表面炭素濃度にバラつきが生じ易かった。
【0071】
一方、本実施形態に係る拡散工程の第2工程においては、炭化水素ガスと酸化性ガスの供給と排気を停止した状態が保持される。その結果、相対的に表面炭素濃度が低いワークWにおいても炭素の拡散が促進される。
【0072】
さらに、加熱室10内の排気が停止していることによって、加熱室10内の全体に炭化水素ガスと酸化性ガスを行き渡らせることが可能となる。これによって、複数個のワークWの配置位置に関わらず、各々のワークに対して炭化水素ガスと酸化性ガスを供給することができる。すなわち、従前の方法では拡散処理が起こり難い箇所に配置されていたワークにおいても、拡散処理が起き易い状態となり炭素の拡散が促進される。
【0073】
以上のように本実施形態に係る拡散工程の第2工程によれば、相対的に表面炭素濃度が低いワークにおいても炭素の拡散が促進されるため、複数個のワークを同時に浸炭処理した際の表面炭素濃度のバラつきを低減することができる。
【0074】
なお、第2工程において、炭化水素ガスと酸化性ガスの供給と排気のそれぞれを停止した状態の保持時間は、炭化水素ガスの種類や酸化性ガスの種類、加熱室10の容積、加熱室内温度、ワークWの表面積や鋼種、要求される浸炭品質の水準等に応じて適宜変更されるが、例えば20分以上であることが好ましい。より好ましくは、25分以上、さらに好ましくは30分以上である。また、生産工程時間の短縮の観点からは、炭化水素ガスと酸化性ガスの供給と排気のそれぞれを停止した状態の保持時間は、180分以下であることが好ましく、より好ましくは150分以下である。
【0075】
また、第2工程において、炭化水素ガスと酸化性ガスの供給と排気のそれぞれを停止している間は、加熱室10内の圧力が漸減する。このため、拡散工程が終了するまでの間、低圧雰囲気下での拡散処理を行う状態を維持するためには、加熱室10内の圧力を大気圧未満の圧力、例えば99kPa以下(より好ましくは50kPa以下)で保持することが好ましい。一方、加熱室10内の圧力の好ましい下限値は、前述の式(1)の下限値と加熱室10の容積等に応じて変わる。加熱室10内の圧力は、好ましくは1.0kPa以上、より好ましくは10kPa以上、さらに好ましくは20kPa以上である。
【0076】
また、拡散工程においては、炭化水素ガスと酸化性ガスに加えて、不活性ガス(例えば窒素ガス又はアルゴンガス等)を供給してもよい。この場合、不活性ガスの供給は、炭化水素ガスと酸化性ガスの供給を停止するタイミングと同様のタイミングで停止される。
【0077】
また、不活性ガスの供給量は、炭化水素ガス、酸化性ガス及び不活性ガスの供給を停止した時の加熱室10内の圧力が99kPa以下となる供給量に設定されることが好ましい。なお、不活性ガスを供給する場合には、前述の式(1)の累積供給量比を算出する際に不活性ガスの供給量を考慮する必要がある。
【0078】
以上で説明した加熱室10内に供給され得る各ガスは、加熱室10内に連続的に供給されてもよいし、間欠的に供給されてもよい。同様に、加熱室10内の排気は、連続的に実施されてもよいし、間欠的に実施されてもよい。
【0079】
(二次均熱工程)
二次均熱工程では、上記の拡散工程が終了した後、加熱室10内の圧力が所定の圧力以下(例えば100kPa以下)となるまで真空排気が行われる。そして、この状態が一定時間保持され、ワークWの均熱が行われる。
【0080】
(搬送工程)
搬送工程では、上記の二次均熱工程が終了した後、
図5(B)に示すように、加熱室10の側壁に設置された扉15が開かれる。その後、加熱室10から冷却室40にワークWが搬送され、扉15が閉じられる。
【0081】
(焼入工程)
焼入工程では、冷却室40に搬送されたワークWが油槽41内に浸漬され、焼入れ処理が行われる。その後、油槽41からワークWが引き上げられ、ワークWが冷却室40から搬出される。
【0082】
以上の一連の工程を経ることによって、1ロット分のワークWの真空浸炭処理が完了する。そして、次ロットのワークWが加熱室10に装入される際には、前述した装入工程が再度実施される。
【0083】
以上、本実施形態に係る真空浸炭処理方法について説明した。この真空浸炭処理方法の拡散工程は、炭化水素ガスと酸化性ガスを加熱室10に供給して加熱室10内の圧力が0.1~100kPa以下で処理を行う第1工程と、第1工程の終了時における加熱室10内の圧力が漸減する条件下で拡散処理を行う第2工程を有する。
【0084】
その第2工程において、炭化水素ガスと酸化性ガスの供給と加熱室内の排気をいずれも停止させることによって、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスの混合雰囲気を封じ込めた状態とすることができる。
【0085】
そして、加熱室10内に炭化水素ガスと酸化性ガスの混合雰囲気を封じ込めた状態とすることで、炭化水素ガスと酸化性ガスが加熱室10内の全体に行き渡る。これによって、同一ロット内で浸炭処理される複数個のワークにおいて、各ワークの表面炭素濃度のバラつきを低減させることが可能となる。
【0086】
なお、本実施形態に係る拡散工程の第2工程では、加熱室10の排気を停止していたが、排気を完全に停止させずに微量の排気をしてもよい。排気量が微量である場合には、加熱室10内に供給された炭化水素ガスと酸化性ガスが加熱室10内に実質的に滞留するため、前述した加熱室10内への炭化水素ガスと酸化性ガスの封じ込めの効果を得ることができる。第2工程で許容される排気量は、単位時間あたりの排気量が加熱室10の容積の1/100以下となる量であり、例えば2L/min以下である。
【0087】
また、上記実施形態に係る第2工程においては、加熱室10内の圧力が漸減する条件下で拡散処理が実施されているが、加熱室10内の圧力が段階的に低下する条件下で拡散処理が実施されてもよい。
【0088】
例えば、第2工程において加熱室10内への炭化水素ガスと酸化性ガスの供給と排気を停止している場合、加熱室10内の圧力は漸減するが、排気を停止した状態で上記のガスを供給すれば加熱室10内の圧力を一定に保持できる。そして、排気を停止した状態で加熱室10内へのガスの供給と停止を繰り返すことで加熱室10内の圧力が段階的に低下し、第1工程の終了時における加熱室10内の圧力が第2工程の終了時における加熱室10内の圧力よりも低下する。
【0089】
そのような条件下で拡散処理を行う場合も、前述した加熱室10内への炭化水素ガスと酸化性ガスの混合雰囲気の封じ込め効果を得ることが可能である。ただし、第2工程において加熱室10内の圧力を段階的に低下させる場合、加熱室10内の圧力を一定に保持する制御が容易ではないため、加熱室10内の圧力が漸減する条件下で第2工程を行うことが好ましい。
【0090】
以上、本発明の実施形態の一例について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0091】
例えば、上記実施形態の構成要件は任意に組み合わせることができる。当該任意の組み合せからは、組み合わせにかかるそれぞれの構成要件についての作用及び効果が当然に得られるとともに、本明細書の記載から当業者には明らかな他の作用及び他の効果が得られる。
【実施例0092】
鋼種SCR420からなる丸棒試験片(φ18mm×全長40mm)をワークとして13個準備し、13個のワークに対して同時に真空浸炭処理を行う真空浸炭処理試験を実施した。なお、ワーク13個の合計表面積は約360cm2である。
【0093】
図6は、試験に用いた治具に対する各ワークの配置位置を示した模式図であり、
図6(A)は、治具を斜め上から見たときのワークの位置を示し、
図6(B)は、治具を上方から見たときのワークの位置を示している。なお、治具は、縦760mm、横610mm、高さ200mmの直方体形状である。
【0094】
ワークの配置位置について詳細に説明する。まず、直方体の頂点の位置P1~P8にそれぞれ1つずつワークが配置され、また、直方体の重心の位置P9にもワークが1つ配置されている。さらに、位置P4と位置P9とを結ぶ直線の中間の位置P10、位置P8と位置P9とを結ぶ直線の中間の位置P11、位置P1と位置P9とを結ぶ直線の中間の位置P12、位置P5と位置P9とを結ぶ直線の中間の位置P13にそれぞれ1つずつワークが配置されている。
【0095】
上述したようにワークが配置された治具を真空浸炭炉に装入し、以下の条件で真空浸炭処理を施した。なお、真空浸炭炉の構成は、
図1および
図2を参照しながら説明した前述の実施形態の真空浸炭炉1と同様の構成である。
【0096】
<実施例1>
まず実施例1の処理条件について説明する。
図7は、実施例1の浸炭処理試験における加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。
【0097】
(装入工程)
加熱室内の温度を850℃、加熱室内の圧力を100kPaに調節し、その加熱室内に各ワークが配置された上記の治具を装入する。
【0098】
(昇温工程)
加熱室に治具を装入した後、5分以内に加熱室内の圧力が0.5kPaとなるように加熱室の真空排気を行う。真空排気の完了後、加熱室への窒素ガスの供給を開始し、加熱室内の圧力が90kPaに達した後に窒素ガスの供給を停止する。その後、加熱室内の温度を浸炭温度である930℃まで60分かけて昇温させる。
【0099】
(一次均熱工程)
加熱室内の温度を930℃に保持し、加熱室内の圧力が0.1kPaとなるまで10分間、真空排気を行う。
【0100】
(浸炭工程)
加熱室内を真空雰囲気とした後、真空排気を継続しながら加熱室内にアセチレンガスを16L/minの供給量で供給する。そして、排気量を調節して加熱室の圧力が2kPa以下となる状態を保持し、38分間浸炭処理を行う。その後、アセチレンガスの供給を停止し、加熱室内の真空排気を行う。
【0101】
(拡散工程)
・第1工程
加熱室内の真空排気を停止し、加熱室内にプロパンガスを8L/min、二酸化炭素ガスを16L/minの供給量で15分間供給し、加熱室内の圧力を30kPaまで上昇させる。また、下記の式(1)で算出される炭化水素ガスと酸化性ガスの累積供給量比は2であった。
累積供給量比=加熱室内に供給された酸化性ガスの累積供給量(L)/加熱室内に供給された炭化水素ガスの累積供給量(L)・・・(1)
・第2工程
その後、プロパンガスと二酸化炭素ガスの供給を停止し、この状態を37分間保持する。なお、ガスの供給を停止した時点の加熱室内の圧力は30kPaであったが、第2工程の終了時点の加熱室内の圧力は25kPaであった。また、加熱室内に供給するガスの供給量と全てのワークの合計表面積との比は、3×10-5[m3/cm2]であった。
【0102】
(二次均熱工程)
加熱室内の温度を930℃で保持した状態で、加熱室内の圧力が100Paとなるまで真空排気を行い、その状態を5分間保持する。
【0103】
(焼入工程)
均熱処理されたワークが載せられた治具を湯温130℃の油槽内に10分間浸漬する。その後、治具を油槽から引き上げて真空浸炭炉から搬出する。
【0104】
以上の工程を経て、実施例1における真空浸炭処理が完了する。次に、実施例2~4および比較例1~2の処理条件について説明する。実施例2~4および比較例1~2の処理条件は、拡散工程の条件のみが実施例1と相違しているため、以下の説明では、実施例1に対する相違点のみを説明する。また、各例における拡散工程の条件を比較し易いように下記表1に拡散工程の条件を示す。
【0105】
【0106】
<実施例2>
実施例2の処理条件は、拡散工程の第1工程におけるプロパンガスの供給量を4.8L/min、二酸化炭素ガスの供給量を19.2L/minとしたことを除いて、実施例1と同様の条件である。なお、ガスの供給を停止した時点の加熱室内の圧力は30kPaであったが、拡散工程の第2工程の終了時における加熱室内の圧力は27kPaであった。
【0107】
<実施例3>
実施例3の処理条件は、拡散工程の第2工程におけるプロパンガスと二酸化炭素ガスの供給、及び、加熱室内の排気をいずれも停止した状態の保持時間を60分間としたことを除いて、実施例1と同様の条件である。
【0108】
<実施例4>
実施例4の処理条件は、拡散工程の第2工程におけるプロパンガスと二酸化炭素ガスの供給、及び、加熱室内の排気をいずれも停止した状態の保持時間を120分間としたことを除いて、実施例1と同様の条件である。
【0109】
<比較例1>
図8は、比較例1の浸炭処理試験における加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。比較例1の拡散工程においては、加熱室内の排気を停止せず、加熱室内にプロパンガスを8L/min、二酸化炭素ガスを16L/minの供給量で52分間供給した。
【0110】
また、プロパンガスと二酸化炭素ガスの供給を開始して加熱室内の圧力が1.0kPaに達した後は、拡散工程が終了するまでの間、1.0kPaの圧力が維持されるように排気量を調節した。その他の処理条件については、実施例1と同様の条件である。
【0111】
<比較例2>
図9は、比較例2の浸炭処理試験における加熱室内の圧力履歴および温度履歴を示す図である。比較例2の拡散工程においては、加熱室内の排気を停止せず、加熱室内にプロパンガスを8L/min、二酸化炭素ガスを16L/minの供給量で52分間供給した。
【0112】
また、プロパンガスと二酸化炭素ガスの供給を開始して加熱室内の圧力が30kPaに達した後は、拡散工程が終了するまで30kPaの圧力が維持されるように排気量を調節した。その他の処理条件については、実施例1と同様の条件である。
【0113】
以上の条件で真空浸炭処理された実施例1~4及び比較例1~2の各ワークに対して表面炭素濃度の測定を行い、各々の例における13個のワークの表面炭素濃度のバラつきを求めた。
【0114】
(表面炭素濃度のバラつきRの算出方法)
まず
図10に示すように、ワークの全長の中央の位置(20mmの位置)において、ワークの軸方向に対して垂直な方向にワークを切断する。次に、表面炭素濃度測定装置として日本電子株式会社製の電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用い、ワークの切断面の外縁から20μmの位置で表面炭素濃度を測定する。表面炭素濃度測定条件は、電子ビーム径が10μm、ビームスキャン幅が80μmである。
【0115】
次に、検出された炭素の特性X線強度と、別途標準試料を用いて作成した検量線から表面炭素濃度を算出する。そして、この表面炭素濃度の測定を1つの治具に配置された13個のワークに対してそれぞれ行い、測定された表面炭素濃度の最大値と最小値の差を算出する。ここで算出された値を13個のワークにおける表面炭素濃度のバラつきRとする。
【0116】
本浸炭処理試験では、上述した表面炭素濃度のバラつきRの計算を実施例1~4および比較例1~2でそれぞれ行い、上記の表1に示すように各例における表面炭素濃度のバラつきRを算出した。
【0117】
表1に示すように、拡散工程でガスの供給と排気をそれぞれ停止してプロパンガスと二酸化炭素ガスを加熱室内に封じ込めた実施例1~4においては、ガスの供給と排気をいずれも停止していない比較例1~2に対して表面炭素濃度のバラつきRが低減した。
【0118】
また、実施例1~4、比較例1~2の拡散工程前と拡散工程後のワーク表面の炭素濃度を測定し、拡散工程を行うことでワーク表面の炭素濃度が、拡散工程を行わないワーク表面の炭素濃度と比較して低下していたため、ワーク内部(部品表面より内側)に炭素が拡散したことも確認できた。
【0119】
すなわち、本発明に係る真空浸炭処理方法によれば、浸炭後に炭化水素ガスと酸化性ガスを用いた拡散処理を行う真空浸炭処理において、同一ロット内で処理される複数個のワーク同士の表面炭素濃度のバラつきを低減させた状態で各ワークの内部に炭素を拡散させることができる。
【0120】
以上、本発明に係る真空浸炭処理方法について説明した。なお、本明細書に記載された効果は、あくまで説明的または例示的なものであって限定的ではない。つまり、本開示に係る技術は、上記の効果とともに、又は、上記の効果に代えて、本明細書の記載から当業者には明らかな他の効果を奏しうる。