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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024018007
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】モールド変圧器の診断方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 27/00 20060101AFI20240201BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20240201BHJP
   H01F 41/00 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
H01F27/00 H
H01F27/00 A
G01N21/27 B
H01F41/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022121036
(22)【出願日】2022-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】師岡 寿至
(72)【発明者】
【氏名】三本 浩司
(72)【発明者】
【氏名】五百川 純一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 俊明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝平
【テーマコード(参考)】
2G059
5E059
【Fターム(参考)】
2G059AA03
2G059AA05
2G059BB15
2G059EE02
2G059EE12
2G059FF05
2G059MM01
2G059MM12
5E059BB15
(57)【要約】
【課題】 巻線の導体近傍のような内部のモールド樹脂の特性を診断することにある。
【解決手段】 巻線と、巻線を覆う樹脂を有するモールド変圧器の診断方法であって、樹脂の表面の反射吸光度を測定する第1の測定ステップと、樹脂の表面を研磨して露出した樹脂の内部表面の反射吸光度を測定する第2の測定ステップと、第1の測定ステップの測定データおよび第2の測定ステップの測定データから、巻線の導体近傍の樹脂の曲げ破断強度を推定するステップとを有するモールド変圧器の診断方法。
【選択図】 図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
巻線と、前記巻線を覆う樹脂を有するモールド変圧器の診断方法であって、
前記樹脂の表面の反射吸光度を測定する第1の測定ステップと、
前記樹脂の表面を研磨して露出した前記樹脂の内部表面の反射吸光度を測定する第2の測定ステップと、
第1の測定ステップの測定データおよび第2の測定ステップの測定データから、前記巻線の導体近傍の前記樹脂の曲げ破断強度を推定するステップとを有するモールド変圧器の診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載のモールド変圧器の診断方法において、
前記樹脂の曲げ破断強度を推定するステップは、
前記樹脂の平均温度を推定するステップを有し、推定した平均温度から、前記樹脂の曲げ破断強度を推定するモールド変圧器の診断方法。
【請求項3】
請求項2に記載のモールド変圧器の診断方法において、
第1の測定ステップでは、
異なる2つの波長における反射吸光度を測定し、
第2の測定ステップでは、
異なる2つの波長における反射吸光度を測定するモールド変圧器の診断方法。
【請求項4】
請求項3に記載のモールド変圧器の診断方法において、
前記樹脂の平均温度を推定するステップは、
第1の測定ステップにおける2つの波長の反射吸光度の差と第1のマスターカーブから、第1の一般化時間を求め、
第1の一般化時間と前記モールド変圧器の運転時間から、前記樹脂の表面の第1の平均温度を求め、
第2の測定ステップにおける2つの波長の反射吸光度の差と第2のマスターカーブから、第2の一般化時間を求め、
第2の一般化時間と前記モールド変圧器の運転時間から、前記樹脂の内部表面の第2の平均温度を求め、
第1の平均温度と第2の平均温度と、巻線内の樹脂の温度分布データとから、巻線導体近傍の第3の平均温度を求めるモールド変圧器の診断方法。
【請求項5】
請求項4に記載のモールド変圧器の診断方法において、
前記樹脂の曲げ破断強度を推定するステップは、
第3の平均温度、前記モールド変圧器の運転時間から、第3の一般化時間を求め、
第3の一般化時間と第3のマスターカーブから、前記樹脂の曲げ破断強度を推定するモールド変圧器の診断方法。
【請求項6】
請求項1に記載のモールド変圧器の診断方法において、
推定した前記曲げ破断強度を表示するステップを有するモールド変圧器の診断方法。
【請求項7】
巻線と、前記巻線を覆う樹脂とを有し、表面に塗装がされたモールド変圧器の診断方法であって、
塗装表面の反射吸光度の測定する第1の測定ステップと、
塗装面を研磨して前記塗装を除去して露出した前記樹脂の内部表面の反射吸光度を測定する第2の測定ステップと、
第1の測定ステップの測定データおよび第2の測定ステップの測定データから、前記巻線の導体近傍の前記樹脂の曲げ破断強度を推定するステップとを有するモールド変圧器の診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モールド変圧器を診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電気機器には、絶縁材料や構造材料として樹脂材料が用いられている。例えば、モールド変圧器においては、変圧器の巻線に樹脂を含浸してモールドされている。樹脂は成型加工性に優れており、軽量であり、絶縁性能も高い。一方、有機材料である樹脂は、一般に金属材料やセラミック材料と比べて経年劣化しやすい。このため、樹脂材料は電気機器の寿命を支配すると考えられ、電気機器に用いられている樹脂材料の経年劣化状態を評価することによる電気機器の余寿命診断技術が開発されている。
【0003】
特許文献1には、モールド変圧器に対して光やX線照射により劣化診断を行うこと、反射吸光度を測定することにより、劣化診断を行うことが記載されている。また、コイル外周側を覆う樹脂部材に光照射用の非塗装領域とこれを覆う被覆部材を設け、劣化診断時に被覆部材を剥ぎ取って光照射し、劣化診断することが記載されている。
【0004】
特許文献2には、モールド樹脂を備えた電気機器に対してX線等の照射により劣化診断を行うことが記載されている。また、モールド樹脂表層部の物理量測定手段は、モールド樹脂のうち塗装されていない領域を測定することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-166164号公報
【特許文献2】特開2019-7806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
モールド変圧器のモールド樹脂としては、例えば、無機フィラを充填したエポキシ樹脂が用いられる。モールド樹脂は、運転時の発熱や電気的、機械的ストレス、周囲の環境要因によって劣化し、その物性は低下する。一般に、モールド樹脂を構成するエポキシ樹脂や不飽和ポリエルテル樹脂は有機材料であり、熱劣化する。エポキシ樹脂の熱劣化では、樹脂自体の誘電・絶縁特性の変化は小さく、機械特性の変化、機械的強度の低下が顕著である。エポキシ樹脂の機械的強度の低下により、クラックが生成する、あるいは樹脂とコイルとの接着界面が剥離すると絶縁性能が著しく低下する。このため、エポキシ樹脂の熱劣化に伴う機械的強度の低下がモールド変圧器の寿命を支配すると考えられており、エポキシ樹脂の熱劣化挙動に着目した劣化診断技術が開発されている。
【0007】
エポキシ樹脂は、熱劣化によって物理・化学構造が変化することによって物性が変化し、機械特性が変化する。したがって、熱劣化に伴うエポキシ樹脂の物性の変化を評価することで、機械特性の変化、機械的強度の低下を診断できると考えられる。
【0008】
エポキシ樹脂は、熱によって主に以下のメカニズムで劣化すると考えられる。
(1) 樹脂の化学構造が変化し、樹脂表面の色、ガラス転移温度、弾性率や曲げ強度などが変化する。
(2) 樹脂が分解して低分子量の化合物を生成し、離脱することで重量が減少する。
(3) 経年による応力緩和が加速される。
【0009】
モールド変圧器が設置されている現地で診断するためには、簡便な非破壊測定が好ましいが、モールド変圧器の寿命を支配すると考えられるエポキシ樹脂の機械的強度は、非破壊で測定することが難しい。また、モールド変圧器において、巻線の導体近傍のモールド樹脂にクラックや剥離が生成すると絶縁性能が低下する可能性がある。運転時、巻線の導体の温度が高くなるため、導体近傍のモールド樹脂は熱劣化しやすく、劣化診断において、導体近傍のモールド樹脂の機械的強度を評価するのが好ましいが、モールド樹脂の表面から、巻線の導体近傍の内部のモールド樹脂の劣化状態を非破壊で評価するのは難しい。さらに、モールド変圧器においては、モールド樹脂表面が塗装されていることが多く、通常、塗料にはモールドに用いられる樹脂とは異なる材料が用いられている。
【0010】
このため、モールド変圧器の寿命を支配すると考えられるエポキシ樹脂について、巻線の導体近傍の内部のモールド樹脂の機械的強度を、簡便に非破壊で測定するのが難しいという課題があった。
【0011】
特許文献1、特許文献2では、モールド樹脂に光やX線を照射することで劣化診断を行うことが記載されている。また、特許文献1には、コイル外周側を覆う樹脂部材に光照射用の非塗装領域とこれを覆う被覆部材を設け、劣化診断時に被覆部材を剥ぎ取って光照射し、劣化診断することが記載されている。また、特許文献2には、モールド樹脂を備えた電気機器に対してX線等の照射により劣化診断を行い、モールド樹脂表層部の物理量測定手段は、モールド樹脂のうち塗装されていない領域を測定することが記載されている。しかし、いずれもモールド樹脂表面の特性を測定するものであり、巻線の導体近傍のような内部のモールド樹脂の特性を直接、測定するものではない。
【0012】
本発明の目的は、巻線の導体近傍のような内部のモールド樹脂の特性を診断することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一例としては、巻線と、前記巻線を覆う樹脂を有するモールド変圧器の診断方法であって、
前記樹脂の表面の反射吸光度を測定する第1の測定ステップと、
前記樹脂の表面を研磨して露出した前記樹脂の内部表面の反射吸光度を測定する第2の測定ステップと、
第1の測定ステップの測定データおよび第2の測定ステップの測定データから、前記巻線の導体近傍の前記樹脂の曲げ破断強度を推定するステップとを有するモールド変圧器の診断方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、巻線の導体近傍のような内部のモールド樹脂の特性を診断できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】マスターカーブAを示す図。
図2】マスターカーブBを示す図。
図3】マスターカーブCを示す図。
図4】モールド樹脂表面に塗装が無い場合の巻線断面の模式図。
図5】実施例1のモールド変圧器の診断システムのブロック図。
図6】実施例1における処理のフローチャート。
図7】巻線のモールド樹脂の反射吸光度測定箇所の模式図。
図8】マスターカーブA’を示す図。
図9】マスターカーブB’を示す図。
図10】マスターカーブC’を示す図。
図11】モールド樹脂表面に塗装がある場合の巻線断面の模式図。
図12】実施例2における処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態を、図面を用いて説明する。なお、実施の形態を説明するための各図において、同一の構成要素にはなるべく同一の名称、符号を付して、その繰り返しの説明を省略する。
【実施例0017】
診断の対象となるモールド樹脂の熱劣化挙動を把握するため、モールド樹脂硬化物の試料を作製し、作製したモールド樹脂硬化物の試料を所定の形状に切り出し、温度を変えて恒温槽で加熱して加速劣化させた。モールド樹脂表面の色の変化を定量的に評価するため、反射吸光度スペクトルを測定した。さらに、モールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面の反射吸光度を測定した。反射吸光度の測定には、プローブ型ポータブル分光反射率計を用いた。また、樹脂の機械的強度として曲げ破断強度を評価した。
【0018】
モールド樹脂表面に塗装が無い場合の、モールド変圧器の劣化診断の手順をスキーム1として説明する。スキーム1は、以下に示す「モールド樹脂の特性の劣化に関するマスターカーブの作成」、「運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データの作成」、「反射吸光度測定によるモールド樹脂の平均温度の推定」、「モールド樹脂の曲げ破断強度の推定」からなる。
【0019】
Dakinにより提唱された考え方に基づき、熱劣化に伴う絶縁材料の諸特性の変化がすべて化学構造の変化量xに起因すると仮定する。化学構造の変化量xが化学反応速度論に従うと仮定すれば、時間tに対して式(1)のように表される。
dx/dt=a・exp(-ΔE/RT)・g(x) (1)
a:頻度因子
ΔE:みかけの活性化エネルギ
R:気体定数
T:絶対温度
g(x):熱劣化反応を表す関数
また、下式(2)で時間の単位を有する一般化時間(劣化度)θが定義される。
θ=t・exp(-ΔE/RT) (2)
【0020】
「モールド樹脂の特性の劣化に関するマスターカーブの作成」について以下の手順で劣化に関するマスターカーブを作成することができる。
まず、加熱温度を変えて試料を熱劣化させ、熱劣化後の特性を測定し、加熱時間に対して測定した特性をプロットする。次に、その特性がある値になるまでの加熱時間(t)を試験温度毎に求め、その加熱時間の対数を各試験温度(絶対温度)の逆数(1/T)に対してプロットすると、その傾きから式(1)の(ΔE/R)が得られ、活性化エネルギΔEを算出できる(アレニウス法)。さらに、式(2)を用いて加熱時間tを一般化時間θに変換して再プロットすると、各データが重ね合わせられ劣化に関するマスターカーブを作成することができる。
【0021】
熱劣化によってモールド樹脂表面の反射吸光度が顕著に変化する波長λ1と変化の小さい波長λ2の2波長を選定し、各々の波長における反射吸光度A(λ1)とA(λ2)との差ΔAを評価した。反射吸光度の差ΔAの変化がアレニウス則に従うと仮定し、反射吸光度の差ΔAに関するマスターカーブを作成することができる。モールド樹脂表面の反射吸光度の差ΔAに関するマスターカーブAの模式図を図1に示す。
【0022】
次に、モールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面の反射吸光度が顕著に変化する波長λ3と変化の小さい波長λ4の2波長を選定し、各々の波長における反射吸光度B(λ3)とB(λ4)との差ΔBを評価した。反射吸光度の差ΔBの変化がアレニウス則に従うと仮定し、反射吸光度の差ΔBに関するマスターカーブBを同様に作成することができる。反射吸光度の差ΔBに関するマスターカーブBの模式図を図2に示す。
【0023】
図1、および図2より、反射吸光度の差がある値に達するまでの一般化時間θが得られる。得られたθから、式(2)よりt時間使用したときに反射吸光度の差がある値に達する使用温度、すなわち耐熱温度Tが求められる。逆に、使用温度Tが決まれば式(2)によってθを実時間tに変換し、実時間tでの熱劣化による反射吸光度の差の変化挙動が得られる。同様の手順で作成した、曲げ破断強度に関するマスターカーブCの模式図を図3に示す。
【0024】
「運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データの作成」について
解析、およびモールド変圧器の運転時の温度の実測により、運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データを作成する。モールド樹脂表面に塗装が無い場合の巻線断面の模式図を図4に示す。反射吸光度を測定するモールド樹脂表面4a、モールド樹脂1の表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面5a、巻線の導体2近傍のモールド樹脂6aにおける運転時の温度を評価できるように、あらかじめ運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データを取得しておく。
【0025】
図5は、本実施例のモールド変圧器の診断システムのブロック図を示す。本実施例のモールド変圧器の診断システムは、測定装置10と、診断装置11から構成される。測定装置10は、巻線と巻線を覆う樹脂を有するモールド変圧器のモールド樹脂表面などの反射吸光度を測定する装置である。
【0026】
診断装置11は、モールド樹脂の平均温度推定部12、モールド樹脂の曲げ破断強度の推定部13、表示部14からなる。診断装置は、プロセッサーなどの処理装置と、プログラムを格納した記録部などを有し、処理装置がプログラムを呼び出して、機能を実現する構成とすることができる。表示部14は、診断したモールド樹脂の曲げ破断強度の推定結果、もしくは、その推定結果から評価したモールド変圧器の余寿命などの劣化状態を表示するようにしてもよい。
【0027】
図6は、診断システムの処理についてのフローチャートを示す。図6を用いて、スキーム1における「反射吸光度測定によるモールド樹脂の平均温度の推定」、「モールド樹脂の曲げ破断強度の推定」について説明する。
【0028】
測定装置10は、運転時間tのモールド変圧器のモールド樹脂表面の反射吸光度を測定する(S601)。
【0029】
モールド樹脂の平均温度の推定部13は、測定で得た異なる2波長λ、λにおける反射吸光度の差とマスターカーブAより、一般化時間θを求める(図1を参照)。一般化時間θと運転時間tとから、式(2)より、運転時のモールド樹脂表面の平均温度Tを求める(S602)。
【0030】
運転時間tのモールド変圧器におけるモールド樹脂表面が研磨された箇所において、測定装置10は、モールド樹脂内部の反射吸光度を測定する(S603)。ここでは、モールド樹脂表面を、研磨することでよいので、巻線の導体近傍の内部のモールド樹脂の機械的強度を、簡便に非破壊で測定するために有効である。
【0031】
モールド樹脂の平均温度の推定部13は、測定で得た異なる2波長λ、λにおける内部の反射吸光度の差とマスターカーブBより、一般化時間θを求める(図2を参照)。一般化時間θと運転時間tとから、式(2)より、運転時のモールド樹脂内部の平均温度Tを求める(S604)。
【0032】
モールド樹脂の平均温度の推定部13は、運転時のモールド樹脂表面の平均温度T、モールド樹脂内部の平均温度T、および、作成しておいた運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データより、導体近傍のモールド樹脂の平均温度Tを得る(S605)。
【0033】
モールド樹脂の曲げ破断強度の推定部13は、運転時間t、運転時の導体近傍のモールド樹脂の平均温度T、式(2)から、一般化時間θを求める。モールド樹脂の曲げ破断強度の推定部13は、図3に示した一般化時間θとマスターカーブCより、導体近傍6aのモールド樹脂の運転時の平均的な温度Tのときの樹脂の曲げ破断強度を推定する(S606)。なお、反射吸光度の差から一般化時間を求めるには、マスターカーブにおける縦軸の反射吸光度の差と横軸の一般化時間との対応関係をデータベースなどの記録部に記録しておき、その対応関係から、反射吸光度の差に基づいて一般化時間を求めることができる。
【0034】
ここで、図2と比べて図1の方が、劣化に伴う反射吸光度の差の変化が大きいことがわかる。これは、モールド樹脂の内部では主に熱による分解反応や架橋反応が起こるのに対し、大気と接触しているモールド樹脂表面では主に酸化反応や加水分解反応が起こるため、化学構造の変化に伴う反射吸光度の変化が大きいためと考えられる。したがって、熱に対する感度が高い表面の反射吸光度測定で得られた図1のマスターカーブAを用いることで、高い精度でモールド樹脂表面の運転時の平均的な温度Tを推定することが可能となる。さらに、モールド樹脂表面4a、モールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面5aの運転時の平均的な温度が各々T、Tを用いることで、導体近傍6aのモールド樹脂の運転時の平均的な温度Tをより高い精度で推定することができる。
【0035】
主に熱による分解反応や架橋反応が起こるモールド樹脂の内部と、主に酸化反応や加水分解反応が起こるモールド樹脂表面とでは、劣化後のモールド樹脂の化学構造は異なるため、測定で得られる反射吸光度スペクトルも異なる。したがって、モールド樹脂表面4a、およびモールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面5aの熱劣化を反射吸光度で評価する際、選定する2波長λ1、λ2および、2波長λ3、λ4の組み合わせは、同じであっても良いが、各々の反射吸光度スペクトルにおいて、ΔA、ΔBの変化が大きくなるように、適切な波長を選定するのが好ましい。
【0036】
また、モールド樹脂の内部の評価において、表面から約50~100μm程度研磨するのが好ましい。空気中の酸素、あるいは水はモールド樹脂内部にゆっくりと拡散するため、直接、外気と触れていないモールド樹脂内部においても、酸化反応や加水分解反応による劣化がある程度は起こると考えられる。熱劣化に伴うモールド樹脂の色の変化は、モールド樹脂表面から約50~100μmまでが顕著であるため、熱劣化による色の変化が著しい部分を研磨して除去することで、導体近傍のモールド樹脂と同様のメカニズムで劣化したモールド樹脂の熱劣化状態を評価することができる。
【0037】
巻線のモールド樹脂の反射吸光度測定箇所の模式図を図7に示す。通常、ジュール熱で温度が上昇する巻線7の周囲の空気は、自然対流しながら巻線7を冷却するため、巻線7の下部と比べて上部の温度が高くなる。このため、例えば、図7の8aの巻線モールド樹脂の上面の温度を測定することで、モールド樹脂1の熱劣化をより感度よく、評価することができる。また、図7の8b、あるいは8cの巻線モールド樹脂の上部の側面を測定しても良い。
【0038】
巻線の構造、モールド樹脂の厚さや、導体表面からモールド樹脂表面までの距離などによって、モールド樹脂表面の温度が異なると考えられる。このため、あらかじめ取得した温度分布データから、温度の高い部分を選定し、反射吸光度を測定することで、モールド樹脂の熱劣化をより感度よく、評価することができる。
【0039】
以上のスキーム1に示した手順によって、巻線のモールド樹脂において、モールド樹脂表面、およびモールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面の反射吸光度測定結果から、巻線の導体近傍の内部のモールド樹脂の曲げ破断強度を非破壊で評価することが可能となる。
【実施例0040】
診断の対象となる表面が塗装されているモールド樹脂の熱劣化挙動を把握するため、作製したモールド樹脂硬化物の表面に塗装した試料を作製し、作製したモールド樹脂硬化物の試料を所定の形状に切り出し、温度を変えて恒温槽で加熱して加速劣化させた。塗装表面の色の変化を定量的に評価するため、反射吸光度スペクトルを測定した。さらに、モールド樹脂表面の塗装を研磨して露出したモールド樹脂表面の反射吸光度を測定した。反射吸光度の測定には、プローブ型ポータブル分光反射率計を用いた。また、樹脂の機械的強度として曲げ破断強度を評価した。
【0041】
モールド樹脂表面に塗装がある場合である、実施例2におけるモールド変圧器の劣化診断の手順をスキーム2として説明する。本実施例においても、実施例1と同様の以下の手順で劣化に関するマスターカーブを作成することができる。
【0042】
「モールド樹脂の特性の劣化に関するマスターカーブの作成」について
まず、加熱温度を変えて試料を熱劣化させ、熱劣化後の特性を測定し、加熱時間に対して測定した特性をプロットする。次に、その特性がある値になるまでの加熱時間(t)を試験温度毎に求め、その加熱時間の対数を各試験温度(絶対温度)の逆数(1/T)に対してプロットすると、その傾きから式(1)の(ΔE/R)が得られ、活性化エネルギΔEを算出できる(アレニウス法)。さらに、式(2)を用いて加熱時間tを一般化時間θに変換して再プロットすると、各データが重ね合わせられ劣化に関するマスターカーブを作成することができる。
【0043】
熱劣化によって塗装表面の反射吸光度が顕著に変化する波長λ5と変化の小さい波長λ6の2波長を選定し、各々の波長における反射吸光度A’(λ5)とA’(λ6)との差ΔA’を評価した。反射吸光度の差ΔA’の変化がアレニウス則に従うと仮定し、反射吸光度の差ΔA’に関するマスターカーブA’を作成することができる。モールド樹脂表面の反射吸光度の差ΔA’に関するマスターカーブA’の模式図を図8に示す。
【0044】
次に、モールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面の反射吸光度が顕著に変化する波長λ7と変化の小さい波長λ8の2波長を選定し、各々の波長における反射吸光度B’(λ7)とB’(λ8)との差ΔB’を評価した。反射吸光度の差ΔB’の変化がアレニウス則に従うと仮定し、反射吸光度の差ΔB’に関するマスターカーブB’を同様に作成することができる。反射吸光度の差ΔB’に関するマスターカーブB’の模式図を図9に示す。
【0045】
図8、および図9より、反射吸光度の差がある値に達するまでの一般化時間θが得られる。得られたθから、式(2)よりt時間使用したときに反射吸光度の差がある値に達する使用温度、すなわち耐熱温度Tが求められる。逆に、使用温度Tが決まれば式(2)によってθを実時間tに変換し、実時間tでの熱劣化による反射吸光度の差の変化挙動が得られる。同様の手順で作成した、曲げ破断強度に関するマスターカーブC’の模式図を図10に示す。
【0046】
「運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データの作成」について
また、解析、およびモールド変圧器の運転時の温度の実測により、運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データを作成する。モールド樹脂表面に塗装がある場合の巻線断面の模式図を図11に示す。反射吸光度を測定する塗装表面4b、塗装面を研磨して露出した内部のモールド樹脂1の表面5b、巻線の導体2近傍のモールド樹脂6bにおける運転時の温度を評価できるように、あらかじめ運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データを取得しておく。
【0047】
図12は、診断システムにおける処理についてのフローチャートを示す。図12を用いて、スキーム2における「反射吸光度測定によるモールド樹脂の平均温度の推定」、「モールド樹脂の曲げ破断強度の推定」について説明する。実施例1と同様な説明は省略している場合がある。実施例2についても、診断システムのシステム構成図は、図5と同様である。
【0048】
測定装置10は、運転時間tのモールド変圧器の塗装表面の反射吸光度を測定する(S1201)。
【0049】
診断装置11におけるモールド樹脂の平均温度の推定部12は、測定で得た異なる2波長λ、λにおける反射吸光度の差とマスターカーブA’より、一般化時間θ’を求める(図8を参照)。そして、θ’と運転時間tとから、式(2)より、運転時のモールド樹脂の塗装表面の平均温度T’を求める(S1202)。
【0050】
運転時間tのモールド変圧器におけるモールド樹脂の塗装が研磨された箇所において、測定装置10は、内部のモールド樹脂の反射吸光度を測定する(S1203)。
【0051】
モールド樹脂の平均温度の推定部12は、測定で得た異なる2波長λ、λにおける反射吸光度の差とマスターカーブB’より、θ’を求める(図9を参照)。そして、θ’と運転時間tとから、式(2)より、運転時のモールド樹脂内部の平均温度T’を求める(S1204)。
【0052】
モールド樹脂の平均温度の推定部12は、運転時のモールド樹脂の塗装表面の平均温度T1’、モールド樹脂内部の平均温度T’、および、作成しておいた運転時の巻線内のモールド樹脂の温度分布データより、巻線導体近傍のモールド樹脂の平均温度T’を得る(S1205)。
【0053】
モールド樹脂の曲げ破断強度の推定部13は、運転時間t、運転時の導体近傍のモールド樹脂の平均温度T’、式(2)から、一般化時間θ’を求める。そして、樹脂の曲げ破断強度の推定部13は、一般化時間θ’と、図10におけるマスターカーブC’より、導体近傍6bのモールド樹脂の運転時の平均的な温度T’のときの樹脂の曲げ破断強度を推定する(S1206)。
【0054】
ここで、図9と比べて図8の方が、劣化に伴う反射吸光度の差の変化がやや大きいことがわかる。これは、モールド樹脂の内部では主に熱による分解反応や架橋反応が起こるのに対し、大気と接触しているモールド樹脂表面では主に酸化反応や加水分解反応が起こるため、化学構造の変化に伴う反射吸光度の変化が大きいためと考えられる。したがって、熱に対する感度が高い表面の反射吸光度測定で得られた図8のマスターカーブA’を用いることで、高い精度で塗装表面の運転時の平均的な温度T’を推定することが可能となる。さらに、塗装表面4b、モールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面bの運転時の平均的な温度が各々T’、T’を用いることで、導体近傍6bのモールド樹脂の運転時の平均的な温度Tをより高い精度で推定することができる。
【0055】
構成する材料や化学構造が異なるモールド樹脂と塗装とでは、測定で得られる反射吸光度スペクトルは異なる。また、主に熱による分解反応や架橋反応が起こるモールド樹脂の内部と、主に酸化反応や加水分解反応が起こる塗装表面とでは、劣化後のモールド樹脂の化学構造は異なるため、測定で得られる反射吸光度スペクトルも異なる。したがって、塗装表面4b、およびモールド樹脂表面を研磨して露出したモールド樹脂内部表面5bの熱劣化を反射吸光度で評価する際、選定する2波長λ5、λ6および、2波長λ7、λ8の組み合わせは、同じであっても良いが、各々の反射吸光度スペクトルにおいて、ΔA’、ΔB’の変化が大きくなるように、適切な波長を選定するのが好ましい。
【0056】
また、通常、塗装の厚さは約50~100μm程度であるため、モールド樹脂の内部の評価において、この塗装を除去すればよく、表面から約50~100μm程度研磨するのが好ましい。空気中の酸素、あるいは水はモールド塗装を通してモールド樹脂内部にゆっくりと拡散するため、直接、外気と触れていないモールド樹脂内部においても、酸化反応や加水分解反応による劣化がある程度は起こると考えられる。熱劣化に伴うモールド樹脂の色の変化は、塗装表面から約50~100μmまでが顕著であるため、熱劣化による色の変化が著しい塗装部分を研磨して除去することで、導体近傍のモールド樹脂と同様のメカニズムで劣化したモールド樹脂の熱劣化状態を評価することができる。
【0057】
巻線のモールド樹脂の反射吸光度測定箇所の模式図を図7に示す。通常、ジュール熱で温度が上昇する巻線の周囲の空気は、自然対流しながら巻線7を冷却するため、巻線の下部と比べて上部の温度が高くなる。このため、例えば、図7の8aの巻線モールド樹脂の上面の温度を測定することで、モールド樹脂1の熱劣化をより感度よく、評価することができる。また、図7の8b、あるいは8cの巻線モールド樹脂の上部の側面を測定しても良い。
【0058】
巻線の構造、モールド樹脂の厚さや、導体表面からモールド樹脂表面までの距離などによって、モールド樹脂表面の温度が異なると考えられる。このため、あらかじめ取得した温度分布データから、温度の高い部分を選定し、反射吸光度を測定することで、モールド樹脂の熱劣化をより感度よく、評価することができる。
【0059】
以上のスキーム2に示した手順によって、巻線の、表面が塗装されているモールド樹脂において、塗装表面、および塗装面を研磨して露出した内部のモールド樹脂の表面の反射吸光度測定結果から、巻線の導体近傍の内部のモールド樹脂の曲げ破断強度を非破壊で評価することが可能となる。
【0060】
上述した実施例1、実施例2では、二つの波長における反射吸光度の変化に基づいたマスターカーブを使って診断をした例で説明したが、それに限らず、劣化に伴う反射吸光度スペクトルの変化に基づいたマスターカーブを使って診断しても良い。
【符号の説明】
【0061】
1…モールド樹脂
2…導体
3…塗装
4a…モールド樹脂表面
4b…塗装表面
5a…表面を研磨して露出したモールド樹脂内部の表面
5b…塗装面を研磨して露出した内部のモールド樹脂の表面
6a、6b…導体近傍のモールド樹脂
7…巻線
8a、8b、8c…反射吸光度の測定位置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12