(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024180146
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】胃幹細胞培養用培地、培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/00 20060101AFI20241219BHJP
C12N 5/074 20100101ALI20241219BHJP
【FI】
C12N5/00
C12N5/074
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023099622
(22)【出願日】2023-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(72)【発明者】
【氏名】栗崎 晃
(72)【発明者】
【氏名】高田 仁実
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BB04
4B065BB19
4B065BD25
4B065BD39
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】動物血清や細胞培養上清などの未確認成分を含まない胃の幹細胞の増殖培地を提供する。また、培養した増殖細胞の不均一性を解決する胃の幹細胞の増殖培地を提供する。さらに、これらの培地を用いた胃培養幹細胞の製造方法を提供する。
【解決手段】NF-κBシグナル経路の活性化因子及びEGF-Erkシグナル阻害剤のうちの少なくとも一種を含む胃幹細胞増殖培地。該培地を用いた胃培養幹細胞の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
NF-κBシグナル経路の活性化因子及びEGF-Erkシグナル阻害剤のうちの少なくとも一種を含む胃幹細胞増殖培地。
【請求項2】
NF-κBシグナル経路の活性化因子が、TNFファミリーの遺伝子組換えタンパク質、インターロイキンファミリーの遺伝子組換えタンパク質、Betulinic acid、Prostratin、PMA、Calcimycin (A23187)からなる群から選択される、請求項1記載の胃幹細胞増殖培地。
【請求項3】
NF-κBシグナル経路の活性化因子が、TNFSF1(TNF-α)、TNFSF2(TNF-β、LT-α)、TNFSF3(LT-β)、TNFSF4(OX40L、CD252、gp34)、TNFSF5(CD40L、CD154、gp39)、TNFSF6(FasL、CD95L、Apo1L)、TNFSF7(CD27L、CD70)、TNFSF8(CD30L、CD153)、TNFSF9(4-1BBL、APCs)、TNFSF10(TRAIL、Apo2L)、TNFSF11(RANKL、TRANCE、OPGL、ODF)、TNFSF12(TWEAK、Apo3L)、TNFSF13(APRIL、TALL-2, TRDL-1)、TNFSF13B(BAFF、BLYS, THANK)、TNFSF14(LIGHT、HVEML、LT-γ)、TNFSF15(VEGI、TL1A)、TNFSF18(GITRL)、EDA-A1、EDA-A2からなる群から選択される、 請求項1記載の胃幹細胞増殖培地。
【請求項4】
NF-κBシグナル経路の活性化因子が、TNFSF10(TRAIL、Apo2L)、TNFSF12(TWEAK、 Apo3L)からなる群から選択される、請求項1記載の胃幹細胞増殖培地。
【請求項5】
EGF-Erkシグナル阻害剤がEGF受容体キナーゼ阻害剤または Erk阻害剤である請求項1~4記載の胃幹細胞増殖培地。
【請求項6】
EGF-Erkシグナル阻害剤がエルロチニブ、または、SCH779284である請求項1~4記載の胃幹細胞増殖培地。
【請求項7】
請求項1~6の胃幹細胞増殖培地を用いた胃培養幹細胞の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胃幹細胞培養用培地、培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胃は、食物を強酸性条件下でプロテアーゼにより分解するとともに付着菌を殺菌し、下流の腸管での栄養分の吸収を促進する特殊化した消化器官である。胃の内腔は複雑に入り組んだ胃腺と呼ばれる上皮細胞集団で覆われており、胃腺の上部に存在する表層粘液細胞はムチンと呼ばれる糖たんぱく質を大量に分泌して粘液層を形成し、胃液と隔離することで強酸性のタンパク質分解酵素液から胃組織を守っている。この表層粘液細胞はその下部に存在する頸部の幹細胞から常時供給されている。表層粘液細胞は、幹細胞から次々と分化して成熟化し、数日間で役目を終えて胃腺上部から脱落し新しい表層粘液細胞と入れ代る。胃は胃酸や消化酵素を分泌する胃体部と主にホルモンや粘液を分泌する幽門前庭部に区別されるが、胃体部の幹細胞は、頸部粘液細胞や胃酸を分泌する壁細胞、消化酵素を分泌する主細胞などにも分化すると考えられている。
【0003】
長年にわたる疾患研究では、永久に増殖するがん細胞株や短期間のみ培養可能な、増殖能が限られた成体組織の初代培養細胞が使用されてきた。ところが、小腸組織でLgr5陽性の幹細胞を試験管内で増殖させる培養条件が発見されたことを契機に(非特許文献1、特許文献1)、癌などの疾患臓器や正常組織から組織細胞を生体の外に取り出して、長期間増殖培養させて解析する新たな培養技術が開発されてきた。特に成体組織の増殖性の細胞を3次元培養で培養して増殖させることで、「オルガノイド」とよばれる生体ミニ組織を試験管内で培養により作り出す技術が急速に発達している。正常組織や疾患組織から様々な幹細胞を含む細胞を取り出して、試験管内で増やして分化させ、ミニ組織を作り出して詳細に解析すること、さらには治療薬を探索することが可能になってきた。小腸組織を試験管内で増殖させる培養条件が最適化され、また、Lgr5陽性細胞が他の組織にも存在することから、類似の培地で様々な組織がオルガノイドとして試験管内で培養される技術が開発されてきている。
【0004】
胃の幹細胞に関してもこのような培養方法が報告されている(非特許文献2-4)。具体的には、細胞増殖因子のWntやR-Spondin、FGF10、また、ペプチドホルモンであるガストリンなどが含まれている。しかし、これらの培地の多くは、動物血清や細胞培養上清を含んだ未確認成分を多く含む培地であり、ロット管理の面からも問題点が指摘されていた。また、培養で増殖させると自発的に分化して複数種の細胞が混在するようになり、その不均一性も培養上の課題と考えられていた。さらに、胃の幹細胞に特化した培地でないため、製造される幹細胞を選択的に増殖させる培地が存在しないことも課題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sato T et al. Nature, 459, 259-262, 2009
【非特許文献2】Baker N et al. Cell Stem Cell 6, 25-36, 2010
【非特許文献3】Huebner AJ et al. Nature Cell Biology 25, 390-403, 2023
【非特許文献4】Mahe, M. M. et al. Curr Protoc Mouse Biology 3, 217-240, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、動物血清や細胞培養上清などの未確認成分を含まない胃の幹細胞の増殖培地を提供することにある。また、製造される幹細胞を選択的に増殖させることで、培養した増殖細胞の不均一性を解決する胃の幹細胞増殖培地を提供することにある。さらに、これらの培地を用いた胃培養幹細胞の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、化学成分と遺伝子組換え精製タンパク質のみを含む胃幹細胞増殖培地を見出し、本発明を完成させた。特に本発明は、幹細胞性を維持する因子としてTnfsf12やTNFαなどのNF-κBシグナル経路を活性化する因子を含む胃幹細胞増殖培地を提供する。また本発明は、幹細胞が表層粘液細胞へと分化するのを抑制するEGF-Erkシグナル阻害剤を含む胃幹細胞増殖培地を提供する。さらに本発明は、胃組織から作製された胃培養幹細胞を提供する。
【0009】
すなわち、本発明は以下の態様を含む。
[1] NF-κBシグナル経路の活性化因子及びEGF-Erkシグナル阻害剤のうちの少なくとも一種を含む胃幹細胞増殖培地。
[2] NF-κBシグナル経路の活性化因子が、TNFファミリーの遺伝子組換えタンパク質、インターロイキンファミリーの遺伝子組換えタンパク質、Betulinic acid、Prostratin、PMA、Calcimycin (A23187)からなる群から選択される、[1]記載の胃幹細胞増殖培地。
[3] NF-κBシグナル経路の活性化因子が、TNFSF1(TNF-α)、TNFSF2(TNF-β、LT-α)、TNFSF3(LT-β)、TNFSF4(OX40L、CD252、gp34)、TNFSF5(CD40L、CD154、gp39)、TNFSF6(FasL、CD95L、Apo1L)、TNFSF7(CD27L、CD70)、TNFSF8(CD30L、CD153)、TNFSF9(4-1BBL、APCs)、TNFSF10(TRAIL、Apo2L)、TNFSF11(RANKL、TRANCE、OPGL、ODF)、TNFSF12(TWEAK、Apo3L)、TNFSF13(APRIL、TALL-2, TRDL-1)、TNFSF13B(BAFF、BLYS, THANK)、TNFSF14(LIGHT、HVEML、LT-γ)、TNFSF15(VEGI、TL1A)、TNFSF18(GITRL)、EDA-A1、EDA-A2からなる群から選択される、 [1]記載の胃幹細胞増殖培地。
[4] NF-κBシグナル経路の活性化因子が、TNFSF10(TRAIL、Apo2L)、TNFSF12(TWEAK、 Apo3L)からなる群から選択される、[1]記載の胃幹細胞増殖培地。
[5] EGF-Erkシグナル阻害剤がEGF受容体キナーゼ阻害剤または Erk阻害剤である[1]-[4]記載の胃幹細胞増殖培地。
[6] EGF-Erkシグナル阻害剤がエルロチニブまたはSCH772984である[1]-[4]記載の胃幹細胞増殖培地。
[7] [1]-[6]の胃幹細胞増殖培地を用いた胃培養幹細胞の製造方法
【発明の効果】
【0010】
本発明の増殖培地により、胃の幹細胞を化学的に特定された成分のみを含む培地で幹細胞を安定かつ未分化な状態で長期に培養し増殖させることが可能となる。従って動物血清由来の未知の成分の混入に伴うロット管理の問題を克服し、市販培地として安定供給が容易となる
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1Aは、実施例1において、TNFSF12を添加したSTO培地、TNSFS12を含まないSTO培地で培養して作製した胃上皮細胞オルガノイドの顕微鏡写真である。
図1B-Eは、作製した胃幹細胞オルガノイドにおけるKi67(
図1B), Gkn2(
図1C), Muc5ac(
図1D), Aqp3(
図1E)の遺伝子発現を示す図である。
図1Fは、作製した胃上皮細胞オルガノイドの凍結切片の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図2】
図2Aは、実施例2において、TNFαを添加したSTO培地、TNFαを含まないSTO培地で培養して作製した胃上皮細胞オルガノイドの顕微鏡写真である。
図2B-Eは、作製した胃幹細胞オルガノイドにおけるKi67(
図2B), Gkn2(
図2C), Muc5ac(
図2D), Aqp3(
図2E)の遺伝子発現を示す図である。
図2Fは、作製した胃上皮細胞オルガノイドの凍結切片の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図3】
図3Aは、実施例3において、erlotinibを添加したSTO培地、erlotinibを含まないSTO培地で培養して作製した胃上皮細胞オルガノイドの顕微鏡写真である。
図3B-Eは、作製した胃幹細胞オルガノイドにおけるKi67(
図3B), Gkn2(
図3C), Muc5ac(
図3D), Aqp3(
図3E)の遺伝子発現を示す図である。
図3Fは、作製した胃上皮細胞オルガノイドの凍結切片の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図4】
図4Aは、実施例4において、SCH772984を添加したSTO培地、SCH772984を含まないSTO培地で培養して作製した胃上皮細胞オルガノイドの顕微鏡写真である。
図4B-Eは、作製した胃幹細胞オルガノイドにおけるKi67(
図4B), Gkn2(
図4C), Muc5ac(
図4D), Aqp3(
図4E)の遺伝子発現を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
【0013】
本発明の第1態様に係る胃幹細胞増殖培地は、NF-κB(Nuclear factor-kappa B)シグナル経路の活性化因子及びEGF-Erk(Epidermal growth factor- Extracellular signal-regulated kinase)シグナル阻害剤のうちの少なくとも一種を含む。
【0014】
前記NF-κBシグナル経路の活性化因子は、TNF(Tumor Necrosis Factor)ファミリーの遺伝子組換えタンパク質やインターロイキンファミリーの遺伝子組換えタンパク質、またBetulinic acid、Prostratin、PMA(Phorbol 12-myristate 13-acetate)、Calcimycin (A23187)などの低分子化合物からなる群から選ばれるNF-κBのアクチベーターのいずれか1つを使用すればよい。
【0015】
前記TNFファミリーの遺伝子組換えタンパク質は、TNFSF1(TNF-α)、TNFSF2(TNF-β、LT-α)、TNFSF3(LT-β)、TNFSF4(OX40L、CD252、gp34)、TNFSF5(CD40L、CD154、gp39)、TNFSF6(FasL、CD95L、Apo1L)、TNFSF7(CD27L、CD70)、TNFSF8(CD30L、CD153)、TNFSF9(4-1BBL、APCs)、TNFSF10(TRAIL、Apo2L)、TNFSF11(RANKL、TRANCE、OPGL、ODF)、TNFSF12(TWEAK、Apo3L)、TNFSF13(APRIL、TALL-2、TRDL-1)、TNFSF13B(BAFF、BLYS、THANK)、TNFSF14(LIGHT、HVEML、LT-γ)、TNFSF15(VEGI、TL1A)、TNFSF18(GITRL)、EDA-A1、EDA-A2が挙げられ、好ましくはTNFSF10(TRAIL、Apo2L)、TNFSF12(TWEAK、Apo3L)であり、さらに好ましくはTNFSF12(TWEAK、Apo3L)である。
【0016】
前記インターロイキンファミリーの遺伝子組換えタンパク質としては、IL-1A、IL-1B、IL-2、IL-3、IL-4、IL-5、IL-6、IL-7、IL-8、IL-9、IL-10、IL-11、IL-12、IL-13、IL-14、IL-15、IL-16、IL-17、IL-18、IL-19、IL20、IL-21、IL-22、IL-23、IL-24、IL-25、IL-26、IL-27、IL-28、IL-29、IL-30、IL-31、IL-32、IL-33、IL-34、IL-36、IL-37、IL-38、L-39が挙げられる。
【0017】
上記第1態様に係る胃幹細胞増殖培地のEGF-Erkシグナル阻害剤は、この阻害剤の非存在下でのEGF活性レベルと比較して、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上の阻害活性を有する。EGF-Erkシグナル阻害活性は、当業者にとって公知の方法(参考文献: Chen et al., Kidney International 82(1):45-52, 2012.)を用いて、EGF受容体やERKタンパク質のリン酸化状態をウエスタンブロッティング等により測定することによって、評価することができる。
【0018】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地に含まれるEGF-Erkシグナル阻害剤としては、選択性の高い阻害剤であることが好ましく、例えば、EGF受容体キナーゼ阻害剤であるゲフィチニブ、セツキシマブ、パニツムマブ、エルロチニブ(Erlotinib)やErk阻害剤であるラボキセルチニブ(GDC0994)、SCH900353(MK8353)、ウリキセルチニブ、AZD0364(ATG017)、VX-11e(VTX-113)、CC-90003、LY3214996、FR180204、ASN007、DEL-22379、VX-11e(TCS ERK 11e)、ERK5-IN-1、XMD8-92、SC1 (プルリポチン(pluripotin))、BIX 02189、SCH772984、HER2阻害薬であるラパチニブ、トラスツズマブ等が挙げられる。
【0019】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地に含まれるEGF-Erkシグナル阻害剤の濃度は、1nM以上100μM以下であることが好ましく、5nM以上20μM以下であることがより好ましく、20nM以上10μM以下であることがさらに好ましい。幹細胞の培養中、3日毎に増殖培地を新鮮なものに交換してEGF-Erkシグナル阻害剤を増殖培地に添加することが好ましい。
【0020】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地に含まれる NF-κBシグナル経路の活性化因子としてTNFファミリーの遺伝子組換えタンパク質を用いる場合、TNFファミリーの遺伝子組換えタンパク質の濃度は、1ng/mL以上3000ng/mL以下であることが好ましく、3ng/mL以上1000ng/mL以下であることがより好ましく、10ng/mL以上300ng/mL以下であることがさらに好ましい。幹細胞の培養中、3日毎に増殖培地を新鮮なものに交換してTNFファミリーの遺伝子組換えタンパク質を増殖培地に添加することが好ましい。
【0021】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、及びFischer’s培地、これらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0022】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地には、血清代替物を含有することができる。血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができ、また市販品を利用してもよい。市販の血清代替物としては、例えば、Knockout(TM) Serum Replacement(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、Chemically-defined Lipid concentrated(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、Glutamax(TM)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、B27(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、1×Non-essential Amino Acids(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)等が挙げられる。
【0023】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地には、Wntシグナル増強剤を更に含んでいてもよい。Wntシグナル増強剤としては、例えば、Wntファミリータンパク質、R-spondinファミリータンパク質、及びCHIR99021などのGSK-3β阻害剤が挙げられる。
【0024】
前記Wntファミリータンパク質としては、各種生物由来のWntタンパク質を用いることができる。生物由来のWntタンパク質中でも、哺乳類動物由来のWntタンパク質であることが好ましい。哺乳類動物のWntタンパク質としては、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、及びWnt16等が挙げられる。中でもWnt3aが好ましい。
【0025】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地には、骨形成タンパク質(Bone morphogenetic protein/BMP)阻害剤を更に含んでいてもよい。
【0026】
前記BMP阻害剤は、BMP受容体セリンスレオニンキナーゼ阻害剤であるK02288、LDN-214117、LDN-193189、ML347、LDN-212854、Dorsomorphin、DMH1からなる群から選ばれる少なくとも一種であってもよい。あるいは、BMPシグナルを阻害するBMP結合タンパク質であるコーディンドメインを含むコーディン様タンパク質(ノギン、グレムリン、コーディン)に加えて、フォリスタチンやフォリスタチンドメインを含むフォリスタチン関連タンパク質、DANやDANシステインノットドメインを含むDAN様タンパク質、スクレロスチン/SOST、及びα-2マクログロブリンからなる群から選ばれる少なくとも一種であってもよい。
【0027】
本実施形態の胃幹細胞増殖培地は、線維芽細胞増殖因子ファミリー由来の増殖因子(FGF、例えばFGF2、FGF7、FGF9、または、FGF10)、Y-27632などのROCK阻害剤、N-アセチルシステイン、ペニシリン、ストレプトマイシン、ガストリン、の1つまたは複数(またはすべて)をさらに含んでもよい。
【0028】
本発明の第2態様に係る胃培養幹細胞の製造方法は、NF-κBシグナル経路の活性化因子及びEGF-Erkシグナル阻害剤のうちの少なくとも一種を含む増殖培地で胃組織を培養する工程を含む。本発明に係る胃幹細胞増殖培地は、胃幹細胞を安定かつ未分化な状態で長期に培養し、増殖させることが可能となるものである。本発明に係る胃培養幹細胞の製造方法は、本発明に係る胃幹細胞増殖培地を用いるほかは、非特許文献2-4に開示されるような、定法にしたがって行えばよい。
【実施例0029】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0030】
[実施例1]
(1-1)胃幹細胞培地の調製
非特許文献4に記載の消化管上皮細胞増殖培地に各種細胞増殖因子や低分子阻害剤等を添加して胃幹細胞培地を調製した。具体的には、市販のAdvanced DMEM/F-12培地(Thermo Ficher SCIENTIFIC社製)に、1/100量のN2(Nacalai tesque)と1/100量のNeuroBrew-21(Miltenyi Biotec)、終濃度10mMとなるようにHEPESを添加し、終濃度100U/mL penicillinと終濃度100μg/mL streptomycinとなるようにそれぞれを添加した。さらに、以下の細胞増殖因子の遺伝子組換えタンパク質を各記載の終濃度となるよう添加した。100 ng/mL Wnt3aタンパク質(R&D Systems)、1 mg/mL R-spondin1タンパク質、100 ng/mL FGF10、10 nM gastrin(Sigma)。さらにBMPシグナル阻害剤であるLDN-193189(Hello Bio)を終濃度0.1 μMとなるように添加し、終濃度1 mM N-acetylcysteine(Sigma Aldrich)、終濃度10 μM Y-27632(BLD Pharm)となるよう各低分子化合物を添加して、「STO培地」を作製した。
【0031】
(1-2)TNFSF12添加培地の作製
実施例(1-1)に記載のSTO培地にTNFSF12を添加した培地を作製した。また、コントロールとしてTNFSF12を含まない培地を用意した。
【0032】
(1-3)TNFSF12添加培地による胃上皮細胞オルガノイドの培養
非特許文献4に記載の方法に従って、C57BL/6Jの成体マウス(日本SLC)の胃組織から胃腺を回収し、マトリゲル(Corning社製)に包埋した。胃腺を含むマトリゲルは24ウェルプレートに播種し、(実施例1-2)で調製した、TNFSF12添加したSTO培地で6日間培養して胃上皮細胞オルガノイドを作製した。また、ネガティブコントロールとして、TNSFS12を含まないSTO培地で同様に培養した(
図1A)。
【0033】
作製した胃幹細胞オルガノイドの性状を確認するため、オルガノイドからRNAを抽出し、遺伝子発現を定量的RT-PCRにて確認した。その結果、TNFSF12添加STO培地で培養した胃上皮細胞オルガノイドは、コントロールと比較して、胃の幹細胞マーカーであるKi67の発現が上昇しており(
図1B)、分化した表層粘液細胞マーカーであるGkn2やMuc5ac、Aqp3の発現が減少していた(
図1C、D、E)。
【0034】
また、作製した胃上皮細胞オルガノイドの凍結切片を作製し、KI67の特異的抗体を用いて免疫蛍光染色を行ったところ、TNFSF12添加STO培地で培養した胃上皮オルガノイドは、KI67陽性の幹細胞の数が増加することが示された(
図1F)。以上のことから、本発明のTNFSF12を添加した幹細胞増殖培地は、胃組織幹細胞の分化を抑制し、幹細胞を選択的に増殖させる培地であることが明らかとなった。
【0035】
なお、RT-qPCRに用いたプライマー配列は以下の通りである。
Muc5ac Fw: CAGGACTCTCTGAAATCGTACCA
Muc5ac Rv: AAGGCTCGTACCACAGGGA
Gkn2 Fw: ATGAAACCCCTCGTGGCATTT
Gkn2 Rv: TGTCTCCTGGATATTGCCTCC
Ki67 Fw: ATCATTGACCGCTCCTTTAGGT
Ki67 Rv: GCTCGCCTTGATGGTTCCT
Stmn1 Fw: TCTGTCCCCGATTTCCCCC
Stmn1 Rv: AGCTGCTTCAAGACTTCCGC
【0036】
[実施例2]
(2-1) TNFα添加培地の作製
実施例(1-1)に記載のSTO培地に、TNFαを添加した培地を用意した。また、ネガティブコントロールとしてTNFαを含まないSTO培地を用意した。
【0037】
(2-2) TNFα添加培地による胃上皮細胞オルガノイドの培養
非特許文献4に記載の方法に従って、C57BL/6Jの成体マウス胃組織から胃腺を回収し、マトリゲルに包埋した。胃腺を含むマトリゲルは24ウェルプレートに播種し、(2-1)で作製したTNFαを添加したSTO培地で6日間培養して胃上皮細胞オルガノイドを作製した。また、ネガティブコントロールとして、TNFαを含まないSTO培地で同様に培養した(
図2A)。
【0038】
作製した胃上皮細胞オルガノイドの遺伝子発現を定量的RT-PCRにて確認した。使用したプライマーは(1-2)に記載したものと同じである。その結果、TNFαを添加したSTO培地で培養した胃上皮オルガノイドは、コントロールと比較して、胃の幹細胞マーカーであるKi67の発現が上昇し (
図2B)、分化した表層粘液細胞マーカーであるGkn2やMuc5ac、Aqp3の発現が減少していた(
図2C、D、E)。また、胃上皮細胞オルガノイドの凍結切片を作製し、KI67の特異的抗体を用いて免疫抗体染色を行った結果、TNFαを添加したSTO培地で培養した胃上皮オルガノイドではKI67陽性の細胞数が増加することが明らかになった(
図2F)。すなわち、本発明のTNFαを添加した細胞増殖培地は、胃組織幹細胞の分化を抑制し、選択的に幹細胞を増殖させることが明らかになった。
【0039】
[実施例3]
(3-1)EGFR阻害剤erlotinib添加培地の作製
実施例(1-1)に記載のSTO培地に、EGFR阻害剤であるerlotinibを添加した培地を用意した。また、ネガティブコントロールとしてerlotinibを含まないSTO培地を用意した。
【0040】
(3-2)EGFR阻害剤erlotinib添加培地による胃上皮オルガノイドの培養
非特許文献4に記載の方法に従って、C57BL/6Jの成体マウス胃組織から胃腺を回収し、マトリゲルに包埋した。胃腺を含むマトリゲルは24ウェルプレートに播種し、(3-1)で作製したerlotinibを添加したSTO培地で6日間培養して胃上皮オルガノイドを作製した。また、ネガティブコントロールとして、erlotinibを含まないSTO培地で同様に培養した(
図3A)。
【0041】
作製した胃上皮細胞オルガノイドの遺伝子発現を定量的RT-PCRにて解析した。使用したプライマーは(1-2)に記載したものと同じである。その結果、erlotinibを添加した培地で培養した胃上皮細胞オルガノイドは、コントロールと比較して、胃の幹細胞マーカーであるKi67の発現が上昇しており(
図3B)、分化した表層粘液細胞マーカーであるGkn2やMac5ac、Aqp3の発現が減少していた(
図3C、D、E)。続いて、胃上皮細胞オルガノイドの凍結切片を作製し、KI67の特異的抗体で免疫蛍光染色を行ったところ、erlotinibを添加したSTO培地で培養した胃上皮細胞オルガノイドでは、KI67陽性の細胞数が増加することが明らかになった(
図3F)。すなわち、本発明のerlotinibを添加したSTO培地は、胃腺の幹細胞の分化を抑制することが明らかになった。
【0042】
(実施例4)
(4-1)ERK阻害剤SCH772984添加培地の作製
実施例(1-1)に記載のSTO培地に、ERK阻害剤であるSCH772984を添加した培地を用意した。また、ネガティブコントロールとしてSCH772984を含まない培地を用意した。
【0043】
(4-2)ERK阻害剤SCH772984添加培地による胃上皮細胞オルガノイドの培養
非特許文献4に記載の方法に従って、C57BL/6Jの成体マウス胃組織から胃腺を回収し、マトリゲルに包埋した。胃腺を含むマトリゲルは24ウェルプレートに播種し、(4-1)で作製したSCH772984を添加したSTO培地で6日間培養して胃上皮細胞オルガノイドを作製した。また、コントロールとして、SCH779284を含まないSTO培地で同様に培養した(
図4A)。
【0044】
作製した胃上皮細胞オルガノイドの遺伝子発現を定量的RT-PCRにて解析した。使用したプライマーは(1-2)に記載したものと同じである。その結果、erlotinibを添加した培地で培養した胃上皮細胞オルガノイドは、コントロールと比較して、胃の幹細胞マーカーであるKi67の発現が上昇しており(
図4B)、分化した表層粘液細胞マーカーであるGkn2やMuc5ac、Aqp3の発現が減少していた(
図4C、D、E)。すなわち、本発明のSCH772984を添加したSTO培地は、胃腺の幹細胞の分化を抑制することが明らかになった。