(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024018017
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】免疫力指標算出システム、方法、及び、プログラム
(51)【国際特許分類】
G16H 50/30 20180101AFI20240201BHJP
【FI】
G16H50/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022121049
(22)【出願日】2022-07-29
(71)【出願人】
【識別番号】519427321
【氏名又は名称】シンバイオシス・ソリューションズ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】518301936
【氏名又は名称】一般社団法人日本農業フロンティア開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100200229
【弁理士】
【氏名又は名称】矢作 徹夫
(72)【発明者】
【氏名】増山 博昭
(72)【発明者】
【氏名】蓮子 和巳
(72)【発明者】
【氏名】林▲崎▼ 誠二
【テーマコード(参考)】
5L099
【Fターム(参考)】
5L099AA15
(57)【要約】
【課題】 腸内細菌叢データを提供したユーザの免疫力指標を算出する技術を提供する。
【解決手段】 免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力する入力部と、複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定する推定部と、前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出する算出部と、を備える免疫力指標算出システム。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力する入力部と、
複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定する推定部と、
前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出する算出部と、
を備える免疫力指標算出システム。
【請求項2】
前記複数の被験者の前記腸内細菌叢データ及び前記疾病罹患状況データを用いて、前記免疫力判別関数のパラメータを決定する決定部をさらに備える請求項1に記載の免疫力指標算出システム。
【請求項3】
前記決定部は、前記複数の被験者を抽出する際の属性として性別を用いる請求項2記載の免疫力指標算出システム。
【請求項4】
前記決定部は、前記パラメータに用いる疾病群の最適化処理を行う請求項2に記載の免疫力指標算出システム。
【請求項5】
前記疾病群は過剰免疫疾病群、健康群、及び、過小免疫疾病群を含み、
前記決定部は、前記免疫力判別関数の判別得点の中央値が、過剰免疫疾病群、健康群、過小免疫疾病群の順序、又は、その逆順序であれば、前記免疫力判別関数による免疫力の表現が正しいと評価する請求項4に記載の免疫力指標算出システム。
【請求項6】
前記算出部は、前記過剰免疫疾病群、及び、前記過小免疫疾病群の両方について前記ユーザの免疫力指標を算出する請求項5に記載の免疫力指標算出システム。
【請求項7】
前記決定部は、前記パラメータである菌属の判別係数、及び/又は、前記菌属の判別寄与率を計算し、
前記算出部は、前記ユーザの免疫力指標を算出する際に、前記判別係数及び/又は前記判別寄与率を用いて、前記免疫力指標を改善するためのアドバイスを出力する請求項2に記載の免疫力指標算出システム。
【請求項8】
免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力し、
複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定し、
前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出するコンピュータによる免疫力指標算出方法。
【請求項9】
免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力する入力ステップと、
複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定する推定ステップと、
前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出する算出ステップと、
をコンピュータに実行させる免疫力指標算出プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、腸内細菌叢を用いた免疫力指標を算出する技術に関し、特に、採便を提出した被験者に対し、免疫力に関するレポートを提供する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
生物(人など)の腸内細菌叢を用いた疾病評価指標を算出する技術が開発されている。特許文献1は、採便を提出、かつ、疾病罹患状況及び食生活に関するアンケートに回答した被験者に対し、特定の疾病に対するリスクを示す評価レポートを提供する技術を開示している。
【0003】
一方、特許文献2は、採取した血液から免疫力を評価する技術を開示している。この技術は、癌患者における化学療法等を行っている場合に、免疫力への副作用をモニターすることができる。そして、免疫力を逐次測定評価していれば、免疫力の低下を容易に知ることができ、感染を予防することが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6533930号公報
【特許文献2】特許第4608704号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、感染に対する免疫力だけでなく、アレルギー及び自己免疫疾患も反映する免疫力指標を算出する技術はまだ開発されていない。
【0006】
本発明は、このような課題に着目して鋭意研究され完成されたものであり、その目的は、腸内細菌叢データを提供したユーザの免疫力指標を算出する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力する入力部と、複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定する推定部と、前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出する算出部と、を備える免疫力指標算出システムである。
【0008】
他の本発明は、免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力し、複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定し、前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出するコンピュータによる免疫力指標算出方法である。
【0009】
他の本発明は、免疫力指標を調べて欲しいと望むユーザの便を解析した結果である腸内細菌叢データを入力する入力ステップと、複数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データに基づく免疫力判別関数のパラメータを用いて前記ユーザの判別得点を推定する推定ステップと、前記判別得点に基づいて前記ユーザの免疫力指標を算出する算出ステップと、をコンピュータに実行させる免疫力指標算出プログラムである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、腸内細菌叢データを提供したユーザの免疫力指標を算出する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る免疫力指標算出システムの全体概略図である。
【
図2】本実施形態に係る免疫力指標算出処理のフローチャートである。
【
図3】本実施形態に係るシミュレーションによる疾病群の最適化処理のフローチャートである。
【
図4】本実施形態に係るシェーグレン症候群の免疫力判別関数に対するROC分析の結果を示す図である。
【
図5】本実施形態に係る過剰免疫疾病群及び過小免疫疾病群の免疫力判別関数に対するROC分析の結果を示す図である。
【
図6】本実施形態に係る判別得点と免疫力指標との関係を示す図である。
【
図7】本実施形態に係る評価を希望するユーザの判別得点と免疫力指標との関係を示す図である。
【
図8】本実施形態に係る判別係数及び判別負荷率の上位の菌属を示す図である。
【
図9】本実施形態に係る判別係数及び判別負荷率の下位の菌属を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明は省略する。
【0013】
(免疫力指標算出システム)
図1は、本発明の実施形態に係る免疫力指標算出システムの全体概略図である。免疫力指標算出システムは、多数の被験者が提出する採便キットから腸内細菌叢データベース(DB)を作成するフェーズ、複数の疾病群を判別する判別関数を作成するフェーズ、及び、評価を希望するユーザの免疫力指標を算出するフェーズを備える。
【0014】
(腸内細菌叢DB作成フェーズ)
腸内細菌叢DB作成フェーズでは、一万人以上という多数の被験者が各自の大便をトイレで排泄し、それを採便キットで採取する。次に、採便キットを受け取った抽出業者は、採便キットを腸内細菌DNA抽出装置100に入力し、腸内細菌叢に関するDNA溶液が出力される。ここで、腸内細菌叢とは、採便キット内の糞便試料に含まれる腸内細菌の構成比をいう。
【0015】
DNA溶液を受け取った解析業者は、DNA溶液を腸内細菌叢解析装置200に入力し、腸内細菌叢を解析する。解析業者は解析結果データを腸内細菌叢DB300に格納する。
【0016】
DNA溶液のゲノムDNAには16sリボソームRNA遺伝子が存在する。ここでの解析はまず、この16sリボソームRNA遺伝子のv1-v3領域をPCR(Polymerase Chain Reaction)によって増幅し、次世代シーケンサーで塩基配列を決定する。
【0017】
次に、dada2分類器によって、各被験者の腸内細菌叢にユニークなASV(Amplicon Sequence Variant)配列を作成する。また、公開されている外部のDNA配列データベース(例えばSILVA rRNAデータベース)を用いて、各被験者の腸内細菌叢データに菌属名を付与する。これらの腸内細菌叢データが免疫力指標を算出するための基準データになる。
【0018】
基準データは、2つのクラスターに分けてもよい。これは3つのエンテロタイプのうち、日本人に多いB型とP型の2つのタイプに分けることを意図し、クラスター関数を用いて分類している。また、多重共線を回避するために、例えば女性の場合は一定の保有率の139個の菌を変数化する。一定の保有率は、菌の保有者が100人以上に設定する。
【0019】
腸内細菌叢DB300は各被験者のID(識別番号)情報とその被験者の腸内細菌叢データとを関係付けている。なお、抽出業者と解析業者を分けて説明したが、同一の事業者が抽出作業と解析作業を行ってもよい。
【0020】
次に、採便キットを提出した多数の被験者は、ID情報を用いてアンケートを記入し、アンケート回収業者に提出する。アンケート回収業者はアンケート結果をアンケートDB400に格納する。
【0021】
アンケート調査では、被験者の属性(性別及び年齢)、ボディマス指数(BMI)、排便頻度、生活習慣(飲酒、喫煙、運動の頻度)、疾病罹患状況(履歴も含む)、睡眠の状況、うつ病自己評価尺度(CES-D)、ピロリ菌治療の有無、入院または手術の経験、及び処方薬または市販薬の服用状況を含む詳細な情報を調査する。また、女性の被験者に限り、月経の状況、妊娠中又は授乳中であるかを調査する。
【0022】
疾病罹患状況は、過剰免疫疾病群、過小免疫疾病群、その他疾病群の3つに分けて、その病名と、現在治療中であるかどうかを調査する。すなわち、疾病に罹患している人は、現在罹患している人及び/又は過去に罹患していた人を含む。
【0023】
過剰免疫疾病群は、喘息、花粉症、鼻炎、うつ病、アトピー性皮膚炎、自己免疫疾患、シェーグレン症候群、関節リウマチ、過敏性腸症候群、アレルギー性鼻炎、肝炎、及び、潰瘍性大腸炎の12個の疾病である。過小免疫疾病群は、大腸ポリープ、前立腺がん、大腸がん、大腸がん又は大腸ポリープのどちらか、及び、胃炎の5個の疾病である。その他疾病群は、過剰免疫疾病群及び過小免疫疾病群以外の疾病を指し、骨関節疾患、糖尿病、脂質異常症、胃腸疾患、心臓病、高血圧症、腎臓病、肝臓病、腰痛・関節痛、及び、その他疾病を含む。ここで、「大腸がん」及び「大腸ポリープ」は現在、治療中又は通院中の方が該当する。一方、「大腸がん又は大腸ポリープのどちらか」は、過去5年間で大腸がん又は大腸ポリープと診断された方(現在、治療中又は通院中であるかを問わない)が該当する。
【0024】
処方薬及び市販薬の服用は、16区分(胃・十二指腸潰瘍・逆流性食道炎、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、糖尿病治療薬、睡眠薬、鎮痛剤・解熱剤、アレルギー治療薬、狭心症治療薬、下剤・便秘の薬、骨粗鬆症治療薬、リウマチ治療薬、副腎皮質ステロイド、抗生剤、かぜ薬、抗血栓薬、及びその他)の薬について、採便時に服用中であるかを調査する。
【0025】
(判別関数作成フェーズ)
判別関数作成フェーズではまず、判別関数作成業者は、多数の被験者を分けたい群を初期設定する。判別関数作成装置500は、設定された群の入力を受け付ける入力部と、設定された群に関係する被験者のID情報をアンケートDB400から男女の属性毎に抽出し、該当するID情報の腸内細菌叢データも腸内細菌叢DB300から抽出する抽出部と、後述する作成方法によって判別関数を作成する作成部を備える。判別関数作成装置500は、作成した判別関数を判別関数DB600に格納する。
【0026】
(免疫力指標算出フェーズ)
免疫力算出フェーズでは、評価業者は、採便キットで採取した大便を提出し、かつ、免疫力の評価を希望する者(以下、ユーザという)に対し、腸内細菌叢DB作成フェーズで説明した採便キットの提出を依頼する。ユーザの採便キットは、前述した多数の被験者の採便キットと同様、腸内細菌DNA抽出装置100及び腸内細菌叢解析装置200で処理される。ユーザの腸内細菌叢データは腸内細菌叢DB300に格納される。さらに、ユーザのID情報(ユーザの性別など属性を含む)を免疫力指標算出装置700に入力する。
【0027】
免疫力指標算出装置700は、入力情報を受付ける入力部と、入力情報に関係する情報を抽出する抽出部と、免疫力指標を算出する算出部と、評価レポートを出力する出力部を備える。入力部はユーザのID情報の入力を受け付ける。抽出部は外部の腸内細菌叢DB300からユーザのID情報に関係する情報(ユーザの性別、及び、腸内細菌叢データ)を抽出する。そして、免疫力指標算出装置700は、ユーザの腸内細菌叢データを、判別関数DB600から抽出した免疫力判別関数に入力し、ユーザの免疫力指標を算出する。算出された免疫力指標に基づく、評価レポートが出力される。なお、各フェーズを行う業者を分けて説明したが、同一の事業者が全てのフェーズを行ってもよい。
【0028】
(免疫力算出処理のフローチャート)
図2は、本実施形態に係る免疫力指標算出処理のフローチャートである。この処理は2つの処理群に分かれる。免疫力判別関数を予め作成する第1の処理群(S100からS130)と、ユーザの免疫力指標を算出する第2の処理群(S200からS230)である。本実施形態では、多数の被験者を女性に限定し、さらにクラスター毎に分類した腸内細菌叢データを基準データ(100%データともいう)として用いる。各クラスターの基準データに対して第1の処理群を予め行う必要がある。
【0029】
第1の処理群は、アンケートDB400を用いて、あるクラスターに属する被験者の腸内細菌叢データを複数の群に分類するステップ(S100)と、被験者の腸内細菌叢データを用いて正準判別分析をするステップ(S110)と、免疫力判別関数を選定するステップ(S120)と、免疫力判別関数の説明変数のパラメータを決定するステップ(S130)を備える。第2の処理群は、評価を希望するユーザのIDを入力するステップ(S200)と、ユーザの腸内細菌叢データを抽出するステップ(S210)と、免疫力判別関数にユーザの腸内細菌叢データを入力し、判別得点を推定するステップ(S220)と、ユーザの免疫力指標を算出するステップ(S230)を備える。
【0030】
(第1の処理群:S100~S130)
アンケートDB400の疾病罹患状況データに基づいて基準データを複数の群に分類する(S100)。ここでは4つの群に分類する。4つの群は、過剰免疫疾病群、過小免疫疾病群、罹患履歴が無い健康群、及び、その他疾病群である。健康群以外の群に含まれる疾病の組合せは暫定的である。各組合せの初期値は、過剰免疫疾病群が12個の疾病であり、過小免疫疾病群が5個の疾病であり、その他疾病群が33個の疾病である。なお、被験者の疾病罹患履歴が過剰免疫疾病群及び過小免疫疾病群の両方に該当する場合、その被験者はどちらかに判別することができないため、その他疾病群に分類する。
【0031】
次に、基準データを用いて判別分析を行う(S110)。ここでは、複数の群が3群以上であるため、正準判別分析を行う。カテゴリーデータである4つの群を目的変数とし、数量データである基準データを説明変数とし、目的関数と説明変数の関係を分析する。正準判別分析によって、4つの群を判別するための3つの判別関数を得ることができる。本実施形態の判別関数の構成は以下の通りである。説明変数が基準データ(すなわち、複数の被験者を性別に分け、さらにクラスターに分類した後の腸内細菌叢データ)であり、説明変数のパラメータは、過剰免疫疾病群、過小免疫疾病群、及び、その他疾病群それぞれに含まれる疾病の組合せである。また、判別得点は実際に計算された値(理論値)であり、目的変数が4つの群の何れかである。
【0032】
3つの判別関数は、複数の疾病群が免疫力と腸内細菌叢の関係を表現しているかについて評価する。ここでは、判別得点の中央値の絶対値が「過剰免疫疾病群>健康群>過小免疫疾病群」の順になっているかを評価する。判別得点は、正準判別分析によって求めた判別関数式に説明変数をあてはめた値である。本実施形態では、上述した4つの群の何れかに属する被験者(すなわち全被験者)について求めた判別得点の平均値が0(ゼロ)になるように設定している。
【0033】
続いて、クラスター毎に免疫力判別関数を選定する(S120)。ここでは、クラスター毎に、判別得点の中央値の絶対値が「過剰免疫疾病群>健康群>過小免疫疾病群」の順を与える判別関数を、3つの判別関数から1つ選び、免疫力判別関数としてその番号を管理する。免疫力判別関数は、後段の処理ステップ、すなわち、免疫力判別関数の説明変数の係数パラメータを決定する(S130)際に提供される。
【0034】
本実施形態では、免疫力判別関数の説明変数の係数パラメータは、過剰免疫疾病群、過小免疫疾病群、及び、その他疾病群それぞれに含まれる疾病の組合せである。このようなパラメータを決定する(S130)ために、疾病の組合せの最適化シミュレーションを行ってもよい。本実施形態のパラメータ決定処理ステップ(S130)は、クラスター毎にシミュレーションを行い、疾病群の最適化処理を行う。
図3は、本実施形態に係るシミュレーションによる疾病群の最適化処理のフローチャートである。
【0035】
疾病群の最適化処理は、複数の群それぞれに含まれる疾病の組合せを設定するステップ(S310)と、各群の被験者の腸内細菌叢データを作成するステップ(S320)と、免疫力表現の評価点を算出するステップ(S330)と、最適な疾病の組合せを選択するステップ(S340)を備える。本実施形態では、複数の群が4グループに分かれている場合を説明する。
【0036】
過剰免疫疾病群の暫定12疾病から3~12疾病を組合せる場合、過小免疫疾病群について胃炎を含めるか否かの2つの場合、及び、過剰免疫疾病群と過小免疫疾病群以外の疾病は全てその他疾病群にし、4つの群それぞれに含まれる疾病の組合せを設定する(S310)。そして、各組合せについて判別得点を計算する。
【0037】
上記全ての組合せについて、アンケートDB400を用いて4つの群それぞれの被験者の腸内細菌叢データを作成する(S320)。
【0038】
全ての組合せについて、5分割交差検証法(5-fold:100%データの80%を学習データに、残りの20%をテストデータに設定)を用いて、免疫力判別関数の判別得点を計算する。そして、5-foldの各5分割菌叢について、各群の80%菌叢解析結果と20%菌叢の外挿結果のそれぞれの判別得点の中央値が「過剰免疫疾病群>健康群>過小免疫疾病群」の順序(又はその逆順序)になっていれば、免疫力判別関数による免疫力の表現(免疫過剰や免疫過小など)が正しいと評価して、1点を付与する。一方そうでなければ、免疫力の表現が間違っていると評価して、0点にする。全ての場合について、免疫力表現を最適化するための評価点の算出結果を出力する(S330)。なお、逆順序の場合、判別得点が負の値になる場合もあり、符号も含めて「過剰免疫疾病群>健康群>過小免疫疾病群」の大小関係が成立するように、各判別得点を変換した。
【0039】
5-foldの評価点の合計が80%菌叢解析結果で5点(すなわち全て正解した場合)に、20%菌叢の外挿結果で3、4、又は、5点(すなわち3つ以上正解した場合)になるシミュレーション結果のうち、100%データでの過剰免疫疾病群と過小免疫疾病群の判別得点の中央値の差の絶対値が最大になる疾病の組合せを選択する(S340)。そして、選択した疾病の組合せを免疫力判別関数のパラメータとして(5セット菌叢分の免疫力判別関数のパラメータを計算して)判別関数DB600に保存する。このようにして判別に最適な疾病の組合せを選択したのは、20%でも5点に制限すると、その条件でのオーバーフィッティングの可能性があり、100%でも差がはっきりと出ることが望ましい。新規データの免疫力指標を求める際に使用するのは、保存した5セット菌叢うち1セット分の免疫力判別関数のパラメータであるから、あらかじめこれを選んでおく。選択基準の一例として本実施形態では「過剰免疫疾病群と過小免疫疾病群の差の重み付き平均(80mean*4+20mean)/5)の絶対値が最大になる菌叢セット」を選んでその情報を保存した。
【0040】
(第2の処理群:S200~S230)
免疫力について評価を希望するユーザは、ユーザのIDを免疫力指標算出装置700に入力する(S200)。ユーザはまた採便キットを提出し、ユーザの腸内細菌叢データは腸内細菌叢DB作成フェーズで説明したのと同様の手法によって腸内細菌叢DB300に格納される。免疫力指標算出装置700は、ユーザのID情報を用いて腸内細菌叢DB300からユーザの腸内細菌叢データを抽出する(S210)。
【0041】
ユーザの腸内細菌叢データは、前述した2つのクラスターのどちらかに振り分けられている。振り分けられたクラスターに関する免疫力判別関数のパラメータが判別関数DB600から取得される。免疫力指標算出装置700は、取得した免疫力判別関数のパラメータを用いて外挿又は内挿し、判別得点を推定する(S220)。
【0042】
免疫力指標算出装置700は、推定した判別得点から免疫力指標を算出する(S230)。ここで、免疫力指標は0以上1以下のスコアである。なお、ユーザが振り分けられたクラスターの基準データに含まれる健康群の中央値が指標値0.5に一致するように、判別得点から免疫力指標への変換を調整してもよい。
【0043】
次に、免疫力判別関数を用いて推定する判別得点に寄与する2種類の値について説明する。1つ目の値は、免疫力判別関数の各説明変数(又は各菌属)の係数である(以下「判別係数」という)。S340では、選択した疾病の組合せを免疫力判別関数のパラメータに設定した。これらのパラメータが判別係数である。免疫力を反映する判別係数の上位30個は、判別得点が大きくなることに寄与する。一方、判別係数の下位30個は、判別得点が小さくなることに寄与する。本実施形態では、上位30個及び下位30個の判別係数を取得する。
【0044】
2つめの値は、判別寄与率である。これは判別に寄与している割合を示す。本実施形態では、判別寄与率は基準データを用いて、判別得点と対応する菌属の判別係数と占有率の積を計算している。判別寄与率の上位30個及び下位230個を取得する。この時j番目の菌属(菌変数ともいう)についての判別負荷率jは以下の式で相関係数として求めることができる。
(判別負荷率j)=Σ(Si-dm)(vji-vjm)/sqrt(Σ(si-dm)2)sqrt(Σ(vji-vjm)2)
ここで、i番目のサンプルに関して、判別得点をsi、そのj番目の菌変数の占有率をvjiとする。また、dmは判別得点のサンプル平均であり、vjmはj番目の菌変数のサンプル平均である。また、判別負荷率も判別係数と同様、S340の処理の中で算出する。すなわち、判別係数及び/又は判別負荷率は、第1の処理群(S100からS130)として予め算出され、免疫力判別関数のパラメータとして判別関数DB600に保存される。
【0045】
(免疫力指標の算出例)
シェーグレン症候群は過剰免疫疾病群の1つであり、男女の属性及びクラスター化/非クラスター化にかかわらず、全ての基準データに含まれる過剰免疫疾病群である。そこで、シェーグレン症候群の免疫力判別関数の精度をROC(Receiver Operating Characteristic)分析により調べる。
【0046】
図4は、本実施形態に係るシェーグレン症候群の免疫力判別関数に対するROC分析の結果を示す図である。同図(a)乃至(c)は、被験者を女性に限定した場合にシェーグレン症候群と健康群を判別する際のクラスター化の効果を示す。同図(a)はクラスター化していない場合を示し、同図(b)はクラスター1の場合を示し、同図(c)はクラスター2の場合を示す。ここでは、クラスター1がB型であり、クラスター2がP型である。
【0047】
同図(a)乃至(c)は、シェーグレン症候群と健康群を判別するための免疫力判別関数に対するROC曲線を表す。縦軸は“Sensitivity(感度)”を表す。実際に罹患している人を罹患していると判断する確率が高くなると、縦軸の値が1に近くなる。横軸は“1-Specificity(特異度)”を表す。シェーグレン症候群に罹患していない人を罹患していないと判断する確率が高くなると、特異度の値が1に近くなる。横軸は1から特異度を引いているため、横軸の値が0に近くなると、シェーグレン症候群に罹患していない人を罹患していないと判断する確率が高くなる。
【0048】
同図では、太い実線がROC曲線を表し、対角線(細い実線)が確率0.5を表す。同図(a)乃至(c)は全て、太い実線と細い実線で囲む面積が広く、免疫力判別関数による判別能力の精度が高いと視覚的に(又は直感的に)判断できる。このため、免疫力判別関数にユーザの腸内細菌叢データを入力することによって判別得点を推定し、さらに推定した判別得点から算出された免疫力指標の精度も高いと判断できる。
【0049】
また、同図(b)及び(c)を同図(a)と比較すると、Sensitivity(感度)の値が横軸の原点付近で大きい。このため、クラスター化する方が、クラスター化しないよりも、横軸の原点付近で免疫力を判別する能力(すなわち、シェーグレン症候群に罹患していない人を罹患していないと判断する能力)が高いという効果を有する。
【0050】
図5は、本実施形態に係る過剰免疫疾病群及び過小免疫疾病群の免疫力判別関数に対するROC分析の結果を示す図である。同図(a)はクラスター1の場合を示し、同図(b)はクラスター2の場合を示す。クラスター1の場合、過剰免疫疾病群はシェーグレン症候群、過敏性腸症候群、及び、潰瘍性大腸炎の3個の疾病であり、過小免疫疾病群は大腸ポリープ、前立腺がん、大腸がん、大腸ガン又は大腸ポリープのどちらか、及び、胃炎の5個の疾病である。クラスター2の場合、過剰免疫疾病群は自己免疫疾患、シェーグレン症候群、及び、過敏性腸症候群の3個の疾病であり、過小免疫疾病群は大腸ポリープ、前立腺がん、大腸がん、及び、大腸ガン又は大腸ポリープのどちらかの4個の疾病である。
【0051】
同図(a)及び(b)は共に、太い実線が過剰免疫疾病群と健康群を判別するための免疫力判別関数に対するROC曲線を表し、点線が過小免疫疾病群と健康群を判別するための免疫力判別関数に対するROC曲線を表す。同図(a)及び(b)は共に、太い実線及び点線が対角線(細い実線)から離れていることを示している。このように健康群と比較することによって、過剰免疫疾病群及び過小免疫疾病群の両方について免疫力指標を算出することができる。
【0052】
また、同図(a)及び(b)は共に、太い実線と対角線(細い実線)で囲む面積が、点線と対角線で囲む面積よりも広いことを示している。免疫力指標の精度は、過剰免疫疾病群の方が過小免疫疾病群よりも高くなることがわかる。
【0053】
図6は、本実施形態に係る判別得点と免疫力指標との関係を示す図である。横軸は判別得点を表し、縦軸は免疫力指標を表す。丸印は過剰免疫疾病群に属する各被験者の判別得点を免疫力判別関数を用いて算出した値を表し、三角印は健康群の場合について同様に算出した値を表し、バツ印は過小免疫疾病群の場合について同様に算出した値を表す。上述したクラスター1の場合の各群の判別得点をシグモイド関数によって、0から1の範囲に収め免疫力指標を求めると、同図が表示される。同図は、判別得点から免疫力指標への変換を調整した後の状態を表している。クラスター1の健康群の中央値が指標値0.5に一致するように調整した後の図を表示する。
【0054】
同図は、健康群が過剰免疫疾病群と過小免疫疾病群の間にあるように描かれている。これは、免疫力判別関数を選定する際に、判別得点の中央値の絶対値が「過剰免疫疾病群>健康群>過小免疫疾病群」の順を与える判別関数を選んでいるからである。ここで、各群に属する被験者の判別得点を求めると、負の値になる場合がある。過小免疫疾病群の場合、負の値になる場合が多い。本実施形態では、判別得点の中央値の絶対値が「過剰免疫疾病群>健康群>過小免疫疾病群」の順を与える判別関数を免疫力判別関数として選んだが、中央値の代わりに平均値を用いても良い。
【0055】
図7は、本実施形態に係る評価を希望するユーザの判別得点と免疫力指標との関係を示す図である。
図7は、免疫力について評価を希望するユーザ(「あなた」ともいう)の免疫力指標を
図6に追加した図である。「あなた」の免疫力指標は四角印で表されている。
【0056】
評価を希望するユーザは、上述したS200~S230の処理ステップによって、ユーザの免疫力指標を算出してもらえる。
図7のユーザの免疫力指標は「0.082」である。ユーザは、過小免疫疾病群に属しているという評価レポートを受け取る。
【0057】
図8は、本実施形態に係る判別係数及び判別負荷率の上位の菌属を示す図である。また
図9は、本実施形態に係る判別係数及び判別負荷率の下位の菌属を示す図である。ここでの菌属名は全て、系統分類学(進化の道筋を考慮した分類学)に則って分類された名称である。
【0058】
判別寄与率は上述した通り、ある菌属の判別係数と、基準データにおけるその菌属の占有率の積である。このため、重複して表示される菌属名がある。重複している菌属名に下線を引く。
【0059】
図8は
図9よりも重複している菌属が多いことがわかる。ユーザが過剰免疫疾病群を改善したいと望む場合、免疫力指標算出装置700は、免疫力指標を算出するステップ(S230)の際に、判別関数DB600から判別係数及び/判別負荷率を抽出し、重複している菌属名がユーザの腸内細菌叢を占有する割合を下げるように助言する評価レポートを出力してもよい。
【0060】
例えば重複している菌属の割合を下げるのに役立つ作物を紹介し、そのような作物の摂取を推奨するアドバイスを評価レポートに記載してもよい。
【0061】
(効果)
本実施形態によれば、多数の被験者の腸内細菌叢データ及び疾病罹患状況データを用いて免疫力判別関数を予め作成する。免疫力指標を調べて欲しいと希望するユーザに対して、免疫力判別関数及びユーザの腸内細菌叢データを用いてユーザの判別得点を推定し、ユーザの免疫力指標を算出することができる。
【0062】
そして、ユーザは採便キットで大便を採取、提出すれば、疾病罹患状況などの詳細なアンケートに回答せずに、ユーザ自身の免疫力指標について評価レポートを手軽に受け取ることができる。また、評価レポートを提供する事業者はプレバイオティクスの設計、検討、及び提案をユーザに対し行うことができる。このような評価レポートによって、ユーザはユーザ自身の免疫力指標を改善する作物を個別具体的に理解でき、ユーザがそのような作物を摂取する励みにもなる。
【0063】
以上、本発明の実施例(変形例を含む)について説明してきたが、これらのうち、2つ以上の実施例を組み合わせて実施しても構わない。あるいは、これらのうち、1つの実施例を部分的に実施しても構わない。さらには、これらのうち、2つ以上の実施例を部分的に組み合わせて実施しても構わない。
【0064】
また、本発明は、上記発明の実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【0065】
例えば、本実施形態では、多数の被験者を分けたい群を設定し、その群に関係する被験者のID情報をアンケートDB400から男女の属性毎に抽出し、判別関数を作成したが、群の種類によっては男女の属性毎に抽出しなくてもよい。また、本実施形態では、判別係数及び判別負荷率を取得する各菌属の個数は上位30個及び下位30個としたが、これらの個数は適宜変更可能である。また、作物摂取の推奨アドバイスには、判別係数及び判別寄与率の両方を用いたが、判別係数又は判別寄与率の一方を用いてもよい。さらに、免疫力判別関数は、被験者の腸内細菌叢データを用いてクラスタリングによって被験者をグループ化した後に疾病罹患状況データを利用する場合を含む。
【符号の説明】
【0066】
100 腸内細菌DNA抽出装置
200 腸内細菌叢解析装置
300 腸内細菌叢DB
400 アンケートDB
500 判別関数作成装置
600 判別関数DB
700 免疫力指標算出装置