(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024180209
(43)【公開日】2024-12-26
(54)【発明の名称】分離歯形を持つ平行軸はすば歯車歯形
(51)【国際特許分類】
F16H 55/08 20060101AFI20241219BHJP
【FI】
F16H55/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2023109660
(22)【出願日】2023-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】723008183
【氏名又は名称】島地 重幸
(72)【発明者】
【氏名】島地 重幸
【テーマコード(参考)】
3J030
【Fターム(参考)】
3J030BA05
3J030BB11
3J030BB13
3J030BB14
(57)【要約】 (修正有)
【課題】平行軸“はすば”歯車の歯面において、歯面接触応力を平坦にするため、接触線に沿って定値の歯面相対曲率を与えるラック歯形を数値積分で求める方法の開発を第一の課題とし、その方法により定値の歯面相対曲率を持ち、ピッチ点を通過する接触点の軌跡を持ち、与えられた歯底曲線に接するラック歯形を求めると、歯車歯形、ラック歯形、定値相対曲率の値K
ISなどが唯一に確定するが、この限界K
ISを超えて定値歯面相対曲率の小さい歯面を探索することを第二の課題とする。
【解決手段】ラック歯面曲率と歯面相対曲率の微分関係式を求めた研究成果を、数値積分する手法で定値の歯面相対曲率を与えるラック歯形を求める方法を開発し、歯車軸を結ぶ中心線と交わらないように接触点の軌跡を歯先側と歯元側に分割し、中心線から離れた領域に、それぞれの有効な接触点の軌跡を設置する手段により、値K
ISよりも小さい相対曲率値を得る手法を示している。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平行軸の“はすば”歯車の大歯車歯面と小歯車歯面とラック歯面は共通の接触線を持ち、ラックの歯面あるいは歯形を規定すれば歯車歯面は確定するという関係があり、そのラック歯面の曲率が既知であるとして歯面接触点の歯面相対曲率を求めた研究があり、この研究結果を用いて、N番目の接触点において、歯車歯面の相対曲率を定値KSとして与えるラック歯形の曲率KNを求め、接触点でラック歯形法線上に歯形曲率KNから定まる歯形円弧中心点が定まり、N番接触点の近傍に、歯形円弧上の点として、N+1番目の歯形点を定め、次に、このN+1番目点が接触する位置にラックを移動させて、移動後の接触位置で、歯車歯面の相対曲率を定値KSとして与えるラック歯形曲率KN+1を求めるという、数値積分の手法により、はすば歯面の接触線に沿って定値KSの歯面相対曲率を持つラック歯形を求める方法。
【請求項2】
歯車軸に直角な平面内の両歯車軸点を結ぶ中心線、中心線上のピッチ点、ピッチ点を通り中心線に垂直なゼロ圧力角線が作る座標系内で、はすば歯車歯面の接触点の移動を捉えた接触点の軌跡の形状を規定すれば、“はすば”歯車歯面、ラック歯形が確定するという関係があり、そのラック歯形には、歯底曲線を持つ歯溝と実質を持つ歯を1ピッチ幅内に配置しなければならない“歯溝空間の第1制約”があり、また、歯先側の歯形と歯元側の歯形が連続して噛み合いを行うには、接触点の軌跡はピッチ点を通過しなければならないという“ピッチ点通過の第2制約”があり、さらに、請求項1で述べた手法により可能となる、歯面接触圧力分布を考慮して接触線の全域で歯面相対曲率が一定であるという“定値歯面相対曲率の第3制約”を加えると、十分な歯丈を持ち歯底曲線に接するラック歯形やその接触点の軌跡はインボリュート歯形の場合の歯形や軌跡に似た形状として確定し、その歯車歯面(便宜上、IS歯面と呼ぶことにする)の相対曲率の値KISも唯一に確定することになるが、本発明では、“定値歯面相対曲率の第3制約”において、このIS歯面の定値歯面相対曲率値KISよりも小さい値KSSを歯面相対曲率とする歯面(便宜上、SS歯面と呼ぶことにする)を得るための新たな手段として、“接触点の軌跡がピッチ点を通過するとする第2制約”を取り外し、歯元側歯形や歯先側歯形の有効に接触する接触点の軌跡が、両車軸点を結ぶ中心線と交わらず、歯先側と歯元側に分割し、中心線から離れた位置に来るように設計する手段により、“定値歯面相対曲率の第3制約”を持つSS歯面を設計する“はすば”歯車歯面の設計方法。
【請求項3】
請求項2においては、“はすば”歯車において、請求項1の方法により定値歯面相対曲率を持つSS歯面を求めるとしているが、歯筋に対する接触線の傾きの変化が接触線に沿って小さい場合において、歯車軸に直角な断面内の“すぐば”歯車歯形に対して、請求項2と同様にIS歯形の定値歯形相対曲率値KISよりも小さい定値歯形相対曲率KSSを歯形全体に一定として持つ“すぐば”歯車の歯形あるいはラック歯形を求め、その歯形を“はすば”歯車の軸直角断面内の歯形あるいはラック歯形と考えて、“はすば”歯車の歯面を設計する方法。
【請求項4】
請求項2、請求項3の設計方法により得られる歯面の接触点の軌跡は、両歯車軸点を結ぶ中心線を境にして歯先側領域と歯元側領域に分離し、それに対応して“はすば”歯車の歯面領域も歯先側と歯元側に分離するという特徴を持つ歯面となるが、その歯先側歯面部分あるいは歯元側歯面部分の片歯面部分、あるいはこれら両歯面部分の接触線上の歯面相対曲率を、上記IS歯面の定値歯面相対曲率KISよりも小さい定値歯面相対曲率KSSとなるように歯車歯面の全体形状を設計する方法。
【請求項5】
請求項2、請求項3に述べたラック歯形の、ピッチ点近傍の領域では歯形の圧力角が小さく、その領域が歯形に占める割合は極小さいが、この小さい歯形領域だけを、歯形圧力角が数度程度の歯形で置き換えるラック歯形の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平行軸のはすば歯車の歯面形状を設計する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インボリュート歯形は、軸間距離の変化の影響が無く、工具製作が容易であり、多くの研究、実績による知恵・知識があるなど多くの利点があるが、歯数が少ない歯形の基礎円の近くでは歯面干渉の問題や、歯面相対曲率が大きいなどの問題がある。
近年、複雑な形状を高精度で作れるようになり、インボリュート歯形では凸歯面同士の接触となるのに対して、凸面と凹面の歯面同士のかみ合いを取り入れる手法により、歯車負荷能力の評価の一つである面圧能力を向上させようとする歯形の設計が試みられている。このような歯形では歯面の接触応力分布が一様ではなく、インボリュート歯面と比較して接触応力の大きい部分が含まれるという問題があることが分かってきている。
【0003】
基本的な用語や事項などを説明しておくことにする。
図1(a)に、平行軸歯車の車軸に直角な断面における、歯車のピッチ円、ラックの転がりピッチ線、また、歯形1と歯形2とラック歯形が共通の接触点で接触することを示す。このように、平行軸の“はすば”や“すぐば”歯車の大歯車歯面と小歯車歯面、および工具歯面と考えることが出来るラック歯面は共通の接触線を持ち、そのラックの歯面あるいは歯形を規定すれば歯車歯面は確定する一対一の対応関係にある。ラック歯形は歯車歯形の設計の特徴を捉える目的には有用である。また、
図1(b)に、歯車軸に直角な平面内の両歯車軸点を結ぶ“中心線”、中心線上の“ピッチ点”、ピッチ点を通り中心線に垂直な“ゼロ圧力角線”が作る座標系内で、接触点の移動を捉えた“接触点の軌跡の形状”を示す。“接触点の軌跡の形状”は、“はすば”や“すぐば”歯車やラックなどの歯面形状と一対一の対応関係にあり、歯車歯形の性能の特徴を捉える目的には有用である。ここに、歯車軸に直角な平面を軸方向のどの位置に定めても、平行軸歯車の接触点の軌跡の形は変わらない。
【0004】
インボリュート歯形が持つ歯形干渉の問題に対して、特許文献1は“すぐば”歯車(平歯車)歯形間の歯形相対曲率を歯形全体に亘り一定とする手段で対処している。もちろん、歯面干渉が生じやすい基礎円近傍の歯形相対曲率が大きいという課題も解決できるとしているが、主たる目的は歯数が22よりも小さいような場合に、干渉が生じやすく、歯元歯厚が薄くなる問題への対処に注目している。この問題に対処するために、“平歯車を対象とした接触点の軌跡形状と歯形相対曲率の関係”を示し、この関係を用いてピッチ点における歯形相対曲率の値が歯形全体においても一定に保たれる“定値相対曲率の制約”を持つ歯形の近似解を与えている。
【0005】
特許文献2では、“すぐば”歯車における干渉を避け、しかも、かみ合い率を3程度にするために、歯形中央部はインボリュート歯形とし、歯先や歯元側部分の歯形を湾曲させる手法として特許文献1の手法を利用している。
【0006】
ラック歯形の設計に関する基本的な事項を説明しておくことにする。
図2に示すように、ラック歯形の設計では、1ピッチの幅の中に歯と歯溝を設置するが、ラックの転がりピッチ線と歯形との交点Oの位置が設定され、交点Oを通り、かつ歯溝底に設定される歯底曲線(歯元円)に接するように歯元歯形を、歯溝幅の中に構成しなければならない。この制約を“歯溝空間の第1制約”と呼ぶことにする。インボリュート歯形用の標準ラック歯形は、ピッチ点を通り、歯底曲線である歯元円に接する直線である。仮に、歯先側や歯元側で凹凸の歯面同士の接触とするため、交点Oと歯元円の接点を結ぶラック歯形として円弧状の歯形を想定すると、“歯溝空間の第1制約”のために、ピッチ点Oの近傍の歯形の圧力角は小さく、逆に歯元や歯先部分の圧力角は大きくなる。両方を同時に大きくしたり、小さくしたりは出来ない。
第1制約の他に、歯先側の歯形と歯元側の歯形が連続的にかみ合いを繋ぐためには、接触点の軌跡は転がりピッチ点を通過しなければならないという“ピッチ点通過の第2制約”がある。
【0007】
インボリュート歯形の歯形相対曲率に関する基本的なことを説明しておくことにする。インボリュート歯形の歯形相対曲率は、接触位置がピッチ点から離れるほど相対曲率の値は大きくなり、基礎円と接する点では無限大となる。ただ、サイクロイド歯形や正弦歯形などと比べれば、インボリュート歯形がピッチ点近傍で利用されることもあり、歯形相対曲率の歯形に沿う変化は小さく、ほぼ一定と見做せることが多い。
【0008】
平行軸の“はすば”歯車には、“すぐば”歯車(平歯車)には無い特徴として、その歯面の広がり領域内に、歯元から歯先まで接触線の全長が同時接触する全長接触領域がある。この領域内の接触線に沿う歯面相対曲率の値が大きい部分と小さい部分があると、接触線単位長さ当たりの荷重(線荷重)がほぼ一定であるので、歯面相対曲率の値が大きい部分で歯面接触応力が大きくなり、この部分で歯面全体としての面圧負荷能力を規定することになる。
凸歯面同士の接触となるインボリュート歯形の改善として、凸面と凹面の歯面同士のかみ合いを取り入れた歯形の提案があるが、面相対曲率を小さくしようとすると、“歯溝空間の第1制約”があるために、残りの凸歯面同士が接触する歯面相対曲率が大きい部分の相対曲率が、インボリュート歯形の場合の相対曲率よりも大きくなることが分かってきている。
【0009】
歯形全域で凸面と凹面の歯面同士のかみ合いとなる歯車としてWN(Wildhaver-Novikov)歯車がある。WN歯車では、歯車軸に直角な面内において、一方の歯先側歯形は転がりピッチ点を中心とする円弧歯形、相手の歯元側歯形はその円弧よりも少し半径の異なる円弧歯形とし、圧力角20~30°の歯当たり中心点で両円弧が接触するように設計した歯形対から成る。歯形のかみ合い率はゼロになるので、歯車全体として連続的なかみ合いを得るために、“はすば”歯車として用いられる。
歯面相対曲率を調べるために、仮に、両円弧歯形の半径を一致させた“はすば”歯車を考える。転がりピッチ点を中心とする円弧歯形は、歯車回転中に瞬間的に円弧歯形全体が接触条件を満たすが、その接触線に沿う歯面相対曲率の値は大きい所と小さい所では5倍以上の不均一な分布となり、曲率の大きい部分の面圧能力が問題となる。また、接触線をゼロ圧力角線に近づけると歯面干渉の問題も生じる。
【0010】
歯車の負荷能力の向上を目指したものとしては、新たな歯形の提案だけでなく、歯面修整や歯車素材における改善もあり、負荷能力の向上はいつの時代も課題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】US3631736A、Filed:Dec 12.29,1969、Patented Jan.1.4,1972、O.E.Saari、Title:Gear tooth Form
【特許文献2】US4640149A、Filed:Mar.4,1983、Raymond Drago、Title:High profile contact ratio,Non-involute gear tooth form and method
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】酒井高男、ハイポイド歯車の歯形に関する研究、日本機械学会論文集、昭和30年、21巻102号、164~170頁
【非特許文献2】谷村正義、定回転比歯車に就いて(第1報)、日本機械学会論文集、昭和17年、5巻、18号
【非特許文献3】島地重幸、他1,食違軸歯車の設計基準点に関する研究(第2報、交せつ干渉に関して)、日本機械学会論文集、43-368(1977-4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
はすば歯車歯面の全長接触領域の接触線において、凹凸歯面同士の接触を取り入れようとすると、歯面相対曲率を部分的に小さくすると残りの部分の歯面相対曲率は大きくなるので、本発明では、限られた歯丈において面圧負荷能力を最大とするには、接触線に沿う接触応力分布を平坦化する、言い換えれば歯面相対曲率を接触線に沿って一定値とする“定値相対曲率の第3制約”を与える方法が有効であると考えることにする。
定値相対曲率の第3制約を適用した特許文献1では、“すぐば”歯車(平歯車)歯形を対象とし、歯形に沿って歯形相対曲率を一定とする接触点の軌跡の関係式を用いている。“はすば”歯車歯面の場合、歯筋線と接触線の成す角が歯形に沿って変化するため、“すぐば”歯車の関係式を用いることは出来ない。従って、本発明では、“はすば”歯車歯面の相対曲率を接触線に沿って定値とする方法を開発することが最初の課題となる。
【0014】
“すぐば”歯車歯形に“定値相対曲率の第3制約”を与えると、転がりピッチ点の歯形相対曲率KSは、ピッチ点の圧力角をφP、歯車ピッチ円半径R1とR2の相対曲率半径をRとすると、KS=1/(RsinφP)となり、ピッチ点の圧力角φPで確定する。インボリュート歯形では、基礎円に近い干渉領域から離れた領域を利用する場合、歯形に沿う相対曲率はほぼ平坦であると見做せ、かつ、接触線と歯筋線の成す角が大きく変化することは無いので、“はすば”歯車歯面の場合においても、“定値相対曲率の第3制約”を与えると歯面の相対曲率はピッチ点の圧力角により確定することになると推察される。実際に後述するように、ピッチ点の圧力角により確定する歯形が存在する。本発明の第二の課題は、この“ピッチ点圧力角の壁”を超えて、歯面相対曲率の小さい歯面の設計方法を探索することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
はすば歯車の歯面相対曲率が一定となる歯面の設計方法を開発することが最初の課題である。特許文献1では、定値相対曲率となる“接触点の軌跡の形状”を決める方式を採用しているが、ここでは、定値相対曲率となる“ラック歯形の形状”を決める方式を採用する。
一般歯車歯形理論があり、工具歯面であるラック歯形の曲率Kを与えると歯面相対曲率KSが求まる関係が示されている。これを用いれば、定値とする歯面相対曲率の値を与えて、逆にラック歯形の曲率を定めることが出来るので、N番目の接触点において、ラック歯形の法線上に歯形曲率KNから定まる歯形円弧中心点が定まり、N番目点の近傍で歯形円弧上にN+1番目の歯形点を定めるという、数値積分の手段によりラック歯形を求めることが出来る。
【0016】
はすば歯車において、“ピッチ点圧力角の壁”を超えて、歯面相対曲率の小さい歯面の設計方法を探索することが主たる課題である。
ラック歯形には、1ピッチ幅内に、歯底曲線を持つ歯溝と実質部を持つ歯を配置しなければならない“歯溝空間の第1制約”があり、これは不可避の制約である。本発明では、歯面接触圧力分布を考慮して接触線の全域で歯面相対曲率が一定であるという“定値相対曲率の第3制約”を重視している。WN歯形を除いて、外歯歯車のほとんどの歯形は、歯先側の歯形と歯元側の歯形が連続的に噛み合いを繋ぐために、接触点の軌跡がピッチ点を通過するという“ピッチ点通過の第2制約”を満たしている。ピッチ点を通過するような接触点の軌跡で、しかも“定値相対曲率の第3制約”を満たす接触点の軌跡をIS型と呼び、その軌跡の定値歯面相対曲率の値をKISとする。
本発明では、“ピッチ点通過の第2制約”を放棄する手段を採用する。後に詳しく説明するが、本発明における探索により、ピッチ点を通過しない接触点の軌跡には、2つの型があることが新たに分かった。接触点の軌跡が歯車軸点を結ぶ中心線と交わらず、ゼロ圧力角線と交わることを許すSS型、逆に接触点の軌跡がゼロ圧力角線と交わらず、中心線と交わることを許すFS型である。定値歯面相対曲率の大きさは、FS>IS>SSの順となっている。本発明では、SS型の接触点の軌跡を選択する。
SS型の接触点の軌跡は、両歯車軸点を結ぶ中心線を境にして歯先側領域と歯元側領域に分離し、それに対応して、歯車回転速度を一定とすると歯先側の歯面接触は歯元側歯面接触に連続せず、本発明は歯面噛み合いが不連続となることを許容することを手段としているとも言える。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、インボリュートなど従来の歯形を用いる“はすば”歯車歯面と比較して、面圧負荷能力の高い歯面形状を設計できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】歯車1,歯車2に対するラアック歯車の関係と、中心線やゼロ圧力角線が作る系における接触点の軌跡を示す。
【
図3】SS歯形のN番目の歯形点、法線、曲率半径が与えられたとして、N+1番目の歯形点、法線を求める手順のイメージを示す。
【
図4】ラック歯面上の接触線と接触点の軌跡における、IS歯形に対するSS歯形の特徴を示す。
【
図5】歯面相対曲率の値による接触点の軌跡の変化を示す。
【
図6】SSラック歯形と、歯車回転に伴う歯形同士の接触の進行状況の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
相対曲率が一定となる歯形の求め方について説明する。
食違軸歯車をも含む一般歯車の歯形を論じ、工具歯車歯面の曲率と線接触歯車歯面の接触点における歯面相対曲率の関係式を求めた研究があり、平行軸歯車においてラックを工具歯車とする条件をその関係式に加えて、接触線に垂直な断面の歯面相対曲率kSは式(1)で求められる。
【0020】
【0021】
式(1)は、一般歯車歯面間の接触と包絡関係を扱う歯面形状関係をベクトル演算式で記述され、歯面法線の微分量がアフィノール表現されており、利用される際には、非特許文献1を読んでもらうのが最良と考えている。
この研究の他にも、はすば歯車に特化した関係式であれば、かなり簡単なものになると予想でき、平行軸歯車に馴染みが無かった筆者が知らない研究はあるだろうと推察している。また、国際的には、歯面を論じる学術論文は多くの国から発表されており、各国独自に発達した歯車歯形論があると推察されるので、紹介した非特許文献1にこだわる必要は全くないと考える。
【0022】
希望するk
Sから逆にkを求める方法は幾つかあるが、例えばラック歯形の曲率kを試行錯誤的に逐次近似法で決めることも出来るので、問題はない。
図3において、N番目のラック歯形点r
N、その点の歯面法線n
N及び曲率k
Nが与えられたとするときに、N+1番目の点を求める数値積分のイメージを示す。N番目の点r
Nの曲率k
Nの逆数である曲率半径をR
Nとして、点r
Nから法線n
Nの延長線上に距離R
Nの点O
Nを定め、点Nをこの点O
Nの周りに微小角δ
Nだけ回転させた位置r
N+1を、点N+1番目の点とする。点N+1番目の点の面法線は、点Nの法線n
Nを同じように微小角δ
N回転させた法線n
N+1として与える。これで、N+1番目の点の位置r
N+1と法線n
N+1とが求まる。次に、ラックの位置を変えてN+1番目の点が接触する位置を探し、その接触点の位置におけるラック歯形の曲率k
N+1を求める。以下同様に繰り返すことになる。
【0023】
ラック歯形の設計では、1ピッチの幅の中に歯と歯溝を設置する。標準ラック歯形で転位が無い場合、ラックの転がりピッチ線上の歯厚幅と歯溝幅は等しく設定され、ラックの転がりピッチ線と歯形の交点Oの位置が確定する。上述の数値積分法を用いて求める定値歯面相対曲率のラック歯形は、交点Oを通ること、および歯溝底に設定される歯元円に接することが要求される。
具体的には、数値積分においては、歯元円上に積分開始点を置き、定値歯面相対曲率のラック歯形が交点Oに到達するように、積分開始点の位置とラック歯形長を調整して、歯形を求める第1の方法がある。これに対して、逆に、交点Oから歯面圧力角αを持つ短い直線を伸ばし、その直線の端点を積分開始点として、ラック歯形が歯元円に接するように、交点Oの歯面圧力角と歯形長さを調整する第2の方法がある。第2の方法を流用する第3の方法もあるが、これについては後述する。
第1の方法は、定値歯面相対曲率のラック歯形を求める基本的な方法である。
第2の方法は、短い直線歯形部分の歯面相対曲率の値(ピッチ点の歯面相対曲率の値)と、定値として与える歯面相対曲率の値とを同値に定めて、高精度にIS歯形を求める有力な方法となる。
【実施例0024】
定値として与える歯面相対曲率の値に対応して、幾つかの特徴ある接触点の軌跡の型が得られる。試算例の諸元は次のとおりである。
歯数:15/45、
ラック歯溝幅と歯厚幅が同じとなるように転がりピッチ線と歯形の交点Oを定める、
半径0.38mの歯元円中心を(1/4)ピッチの位置に置き、
ラック歯形の歯底深さ=1.25m(m:モジュール)、
捩れ角30°の“はすば”歯車。
特徴的なラック歯形として、接触点の軌跡がピッチ点を通過し、かつ直線に近い形であり、ラック歯形も直線に近い、言い換えれば、インボリュート歯形に似たラック歯形がある。その歯形をIS歯形と呼び、また、その定値歯面相対曲率の値をK
ISとする。
IS歯形の値K
ISよりも小さい値K
SSを定値歯面相対曲率の値とする歯形を、SS歯形と呼ぶことにする。
図4(a)に、IS歯形、歯面相対曲率の値を変えた2種のSS歯形のラック歯面上の接触線を、また車軸直角平面における接触点の軌跡を同図(b)に示す。
同図(a)の横方向がラック歯筋方向で、縦方向が歯丈方向である。IS歯形の接触線はほぼ直線であり、インボリュート歯形に似ていることが分かる。IS歯形は、ピッチ点Oを通っているが、SS歯形の接触線は空白部分を中心に左右に分離している。
同図(b)では、縦方向が歯車軸共通垂線方向、横方向がゼロ圧力角線方向である。IS歯形の接触点の軌跡はほぼ直線であり、インボリュート歯形に似ていることが分かる。IS歯形の軌跡はピッチ点Oを通るが、SS歯形の接触点の軌跡は中心線を中心に左右に分離している。
図4(b)では、数値積分のステップが大きいためではあるが、SS歯形の接触点の軌跡とゼロ圧力角線の間に隙間がある。これは、例えば平方根の引数が負などの理由により、計算不能で積分計算が停止した点である。
【0025】
図4に示す試算結果で、注目しなければならない点として、次の点がある。接触線と歯筋線の成す角は、接触線に沿って大きな変化をしていないこと、交点O近傍のラック歯形圧力角はほぼゼロであり、歯面創成への配慮に関すること、SS歯形の接触点の軌跡とゼロ圧力角線の間に隙間がどのようになっているかを明らかにすることなどである。以下、順次これらに関する事項を説明する。
【0026】
第1点に関して、すぐば歯車歯形を基に、はすば歯車歯面を設計する方法について説明する。
図4に示す試算結果で、接触線の傾きの変化が小さいことが注目される。試算する以前、はすば歯車歯面の場合、歯筋線と接触線の成す角が歯形に沿って変化するため、平歯車の関係式を用いることは出来ないので、“はすば”歯車歯面の相対曲率を接触線に沿って定値とする方法を開発する必要があるとした。これ自体は正しい。しかし、
図4の歯筋線と接触線の成す角は、接触線に沿って少しは変化しているが、大きくは変化しないことを示している。
このことは、実用的には、“すぐば”歯車において歯形に沿って歯形の相対曲率を一定とした歯形を、“はすば”歯車の軸直角断面歯形であるとして、はすば歯車を設計しても、実用上の許容幅で歯面相対曲率がほぼ一定の歯面が得られることを示している。
接触点の軌跡の形態に対応して、IS歯形やSS歯形も“すぐば“歯車上で全く同様に考えることが出来る。
ほぼ定値相対曲率の歯面を持つ“はすば”歯車を設計するこの方法には、歯面相対曲率が一定の歯形を求める基礎式として、特許文献1に示されるような簡単な関係式を扱うだけで済む利点がある。
特許文献1では、同特許文のコラム6の15行に示されるように、“すぐば“歯車におけるIS歯形を求めている。“すぐば“歯車の歯形としてSS歯形を採用すると、ピッチ点周辺の歯面の噛み合いが存在しないので、歯車として成立しなくなることに注意されたい。
【0027】
第2点に関して、ラック歯形の点O近傍に、小圧力角の直線を挿入する歯形についての説明をする。
SSラック歯形は、交点Oの近傍では歯面圧力角はほぼゼロである。圧力角がゼロでは歯面を創成できるかが不安な場合、交点Oの近傍の歯面圧力角を数度程度とすることがある。ラック歯形を数値積分により求める方法として二つの方法があることを既に説明した。この場合、第2の方法において、交点Oから始まる短い直線歯形部分の歯形圧力角を数度の値として、その部分の歯面相対曲率の値を無視して、直線の他端を積分開始点として希望する値を持つ定値歯面相対曲率の歯形を求める第3の方法を採用することになる。
【0028】
第3点に関して、接触点の軌跡とゼロ圧力角線の交点での歯形特性について説明する。
図4に示す試算では、数値積分のステップが大きいためではあるが、SS歯形の接触点の軌跡とゼロ圧力角線の間に隙間がある。この隙間に関して、両歯車軸点を結ぶ中心線、ピッチ点、ゼロ圧力角線などの境界に対して、接触点の軌跡が交点を持つか否かの解明が必要となる。
定値歯面相対曲率の値に対する接触点の軌跡の形を調べた。ピッチ点近傍、およびゼロ圧力角線近傍の接触点の軌跡の様子に注目するために、数値積分のステップを極度に細かく、積分の精度を無視して接触点の軌跡を求めた結果を
図5に示す。
図5は小歯車の歯元側の接触点の軌跡だけを示してある。
歯面相対曲率k
S=0.12の場合の接触点の軌跡はほぼ直線であり、ラック歯形はインボリュート歯形の場合の直線に近いIS歯形になる。
歯面相対曲率k
S=0.12よりも大きいk
S=0.24の場合の接触点の軌跡は、両歯車軸を結ぶ中心線と交わり、ゼロ圧力角線から離れている。この型の歯形をFS歯形と呼ぶことにする。
歯面相対曲率k
S=0.12よりも小さいSS歯形の場合の接触点の軌跡の特性、即ち、歯車軸円を結ぶ中心線とピッチ点で交わるのか否か、ゼロ圧力角線と交わるのか否か等は、数値計算による曲線からは明確に出来なかった。しかし、次の項で説明する理論的な考察の結果、接触点の軌跡はゼロ圧力角線と交わると推察される。
このように、定値歯面相対曲率の歯形は、FS型、IS型、SS型に分類できるが、本発明では、SS型を選択することになる。
【0029】
歯形論では、専門書にも書いてあるように、「ゼロ圧力角線を横切るような接触点の軌跡」を持つ歯形は、横切る点で歯面相対曲率の正負の符号が変わるため、利用できない。また、「接触点の軌跡がゼロ圧力角線に近い」ということは、歯面圧力角がゼロに近いということであり、それだけで歯面干渉が生じることが知られている。
WN歯形はこれらの事項が当てはまり、接触線(接触点の軌跡でもある)をゼロ圧力角線近傍に近づけることは出来ない。しかし、SS歯形には当てはまらない。
【0030】
歯車歯形の相対曲率Kの理論式(非特許文献2)は分数式で表され、その分母は相対速度Vの2乗、その分子は歯面圧力角φの正弦値sin(φ)と歯面のすべり率σ
1、σ
2の積である。
特別なことが無い場合、接触点の軌跡とゼロ圧力角線との交点におけるすべり率は特別の値にはならない。この場合、前項で述べた常識的な結果になる。しかし、交点が「一方の歯面のすべり率が無限大である」という特別な点であると考えると、両歯形それぞれのすべり率の積は(無限大×1)となり、歯面接触点の圧力角φがゼロであるために、交点への極限で歯面相対曲率は(ゼロ×無限大)の不定形となり、相対曲率Kは有限値を保つことが出来る。
ここに、すべり率が無限大とは、接触点軌跡の注目点の法線が歯車軸を通る特異な条件を満たすことである。
図5の相対曲率値0.04の軌跡線Aがゼロ圧力角線に接近する部分(丸で囲った部分)に注目する。同図には当該軌跡Aに接するような、すべり率が無限大となる円弧軌跡Bも書いてある。丸で囲った部分で軌跡線Aはゼロ圧力角線との交点ですべり率が無限大となって、ゼロ圧力角線を横切ると考えて、矛盾はない。
さらに、確認検証のために行った別の数値計算でも、定値相対曲率となる接触点の軌跡がゼロ圧力角線と交わり、この線を通過した後でも正負の符号も変わらず定値相対曲率の要件を満たし、歯形理論と矛盾がないことが確認できた。
このように、特異な条件を満たせば、ゼロ圧力角線に接触点の軌跡が通過出来る“穴”を作ることが出来る。SS歯形は、従来に類型の無い歯形と言える。
歯面干渉に関しては、平行軸歯車の歯面の圧力角がゼロである場合、一般にはNQ(交せつ)干渉が生じるが、すべり率が無限大である特異な点では干渉を回避できる(非特許文献3に、一般歯車歯面においてNQ干渉の解明がなされている)。この点においても問題はない。
図6に示すように、歯形のかみ合い進行図でも、干渉が生じていないことが確認できる。
参考までに、IS歯形の様に接触点の軌跡がピッチ点を通る場合、ピッチ点への極限値は、ピッチ点から接触点までの極限ゼロ距離をs、ピッチ点での歯面圧力角をφとすると、すべり率σ
1、σ
2、相対速度Vは共に極限ゼロでは、K=(1/R)(s
2/s
2)/sin(φ)=(1/R)/sin(φ)となり公知の式が得られる。IS歯形とSS歯形の違いが理解できる。
【0031】
定値相対曲率歯形の接触点の軌跡は、歯面相対曲率の値が小さいほど、ピッチ点近傍の軌跡線の傾きは小さく、歯面圧力角は小さい。この定値相対曲率歯形の性向は、ピッチ点を通過する接触点の軌跡を持つIS型歯形やインボリュート歯形など多くの歯形とは逆である。
【0032】
図6に、ラック歯形の一例と大小歯車歯形のかみ合い進行の様子を示す。
ラック歯形のピッチ点近傍の領域では歯形の圧力角はほぼゼロとなり、その領域が歯形に占める割合は極小さいが、歯車歯面の創成加工に不安がある場合、この小さい歯形領域だけを、歯形圧力角が数度程度の歯形で置き換えるラック歯形の設計方法が考えられる。
図6のラック歯形は、ピッチ点近傍の直線歯形の圧力角を5°とした例である。
大小歯車歯形のかみ合い進行においては、ピッチ点Oの近傍のすべり率が無限大であることに対応して、歯車回転が少し進んだ後、歯形間の傾きを増した後、かみ合いを離れた歯面部分の隙間が大きくなった後に、接触することが分かる。
【0033】
SS歯面とすることにより、歯面全体の負荷能力がどの程度、改善できるかの評価をする必要がある。
歯面全体の負荷能力の評価線接触する二円筒に負荷をかけるとき、接触部の最大ヘルツ応力P
0は、式(2)で表される。
て、
【0034】
【0035】
以下、“最大ヘルツ応力”を単に“ヘルツ応力”あるいは“面圧”と呼ぶことにする。式(2)によれば、許容面圧P0、およびSS歯形の場合には希望する歯面相対曲率ksである相対曲率(1/R)が与えられると、単位接触線長さ当たりの荷重である線荷重(P/l)0が式(3)のように定まることになり、歯先限界内にある接触線の全体に対して、線荷重を積分すると歯面総負荷が求まる。
【0036】