(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024018976
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】腐食抑制被覆を含む物品とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23F 11/00 20060101AFI20240201BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240201BHJP
C23C 18/02 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
C23F11/00 A
C23C26/00 A
C23C18/02
【審査請求】有
【請求項の数】15
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023097492
(22)【出願日】2023-06-14
(31)【優先権主張番号】22187269.0
(32)【優先日】2022-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(71)【出願人】
【識別番号】591048416
【氏名又は名称】ウーテーアー・エス・アー・マニファクチュール・オロロジェール・スイス
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】ラヘレ・パルトヴィ ニア
【テーマコード(参考)】
4K022
4K044
4K062
【Fターム(参考)】
4K022AA02
4K022AA46
4K022BA05
4K022BA13
4K022BA15
4K022BA20
4K022BA22
4K022BA28
4K022BA33
4K022DA06
4K022DB24
4K022DB26
4K022DB29
4K022EA01
4K044AA02
4K044AA06
4K044AB02
4K044AB06
4K044BA18
4K044BA19
4K044BA20
4K044BA21
4K044BB01
4K044BC02
4K044BC05
4K044CA15
4K044CA53
4K044CA62
4K062AA01
4K062BA20
4K062BB03
4K062BB14
4K062BB30
4K062BC21
4K062CA10
4K062DA10
4K062FA20
4K062GA03
4K062GA08
(57)【要約】
【課題】 基材に対する接着性が優れている腐食抑制被覆を含む基材を含む物品を提供する。
【解決手段】 本発明は、基材と、基材の表面の少なくとも一部に存在する腐食抑制被覆を含む物品を開示するものであり、腐食抑制被覆は、少なくとも1つの官能基R
1を含む架橋された無機有機ハイブリッド被覆であり、R
1は、C
1-C
20アルキル、C
1-C
20シロアルキル、C
1-C
10アリール、アミド、アミン、メルカプト、およびエポキシからなる群から選択される一または複数の官能基を含み、さらに、少なくとも1つのハロゲン原子で置換され、被覆は、ケイ素および/またはチタンを含み、酸素-ケイ素結合または酸素-チタン結合によって、金属元素またはその合金と共有結合している。本発明は、さらに、このような物品を作る方法を開示するものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面の少なくとも一部に存在する腐食抑制被覆を含む物品であって、
前記基材は、金属元素および/または金属元素の合金を含み、
前記腐食抑制被覆は、少なくとも1つの官能基R1を含む架橋された無機有機ハイブリッド被覆であり、
R1は、C1-C20アルキル、C1-C20シロアルキル、C1-C10アリール、アミド、アミン、メルカプト、およびエポキシからなる群から選択される一または複数の官能基を含み、
R1は、さらに、少なくとも1つのハロゲン原子で置換され、
前記架橋された無機有機ハイブリッド被覆は、ケイ素および/またはチタンを含み、
前記架橋された無機有機ハイブリッド被覆はそれぞれ、酸素-ケイ素結合または酸素-チタン結合によって、金属元素またはその合金と共有結合している
ことを特徴とする物品。
【請求項2】
前記架橋された無機有機ハイブリッド被覆は、さらに、炭素-ケイ素結合を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項3】
前記ハロゲン原子は、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、またはそれらの2つ以上の組み合わせである
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項4】
R1は、-(CH2)x(CF2)yCF3で表され、
xは、0~z-1、
yは、z-x-1、
zは、炭素原子の数であり、1~20である
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項5】
R1は、-(CH2)2(CF2)5CF3である
ことを特徴とする請求項4に係る物品。
【請求項6】
R1は、-(CH2)3NHC(O)OCH2CF(CF3)OCF2CF(CF3)O(CF2)2CF3である
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項7】
前記金属元素は、鉄または銅である
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項8】
前記金属元素は、鉄であり、
前記基材は、鋼、好ましくは炭素鋼、を含む
ことを特徴とする請求項7に記載の物品。
【請求項9】
前記金属元素は、銅であり、
前記基材は、銅合金、好ましくは黄銅、を含む
ことを特徴とする請求項7に記載の物品。
【請求項10】
携行型時計用コンポーネントである
ことを特徴とする請求項1に記載の物品。
【請求項11】
基材と、前記基材の表面の少なくとも一部に存在する腐食抑制被覆とを含む請求項1に記載の物品を作る方法であって、前記方法は、
金属元素および/または金属元素の合金を含む基材を用意するステップと、
式(I)、
【化1】
で表される第1の化合物および式(II)、
【化2】
で表される第2の化合物を用意するステップであって、Mは、ケイ素またはチタンであり、R
1は、C
1-C
20アルキル、C
1-C
20シクロアルキル、C
1-C
10アリール、アミド、アミン、メルカプト、およびエポキシからなる群から選択される一または複数の官能基を含み、少なくとも1つのハロゲン原子を含む基であり、R
5は、架橋可能な官能基であり、R
2、R
3、R
4、R
6、R
7およびR
8はそれぞれ、互いに独立して、H、C
1-C
20アルキル、C
1-C
10アリール、C
1-C
20アルケニル、C
1-C
20アルキルアリール、またはC
1-C
20アリールアルキルである、ステップと、
水の存在下で、前記第1の化合物および前記第2の化合物を加水分解するステップと、
加水分解された前記第1の化合物と加水分解された前記第2の化合物を縮合させて、官能基としてR
1とR
5を含むプレポリマーを得るステップと、
前記プレポリマーを前記基材の表面の少なくとも一部に堆積させるステップと、
前記プレポリマーを250℃までの温度、UV放射線およびIR放射線のうちの一または複数に曝露することによって、前記架橋可能な官能基R
5の架橋を誘導して、基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を覆う腐食抑制被覆とを含む物品を得るステップとを含み、
前記腐食抑制被覆は、少なくとも1つの官能基R
1を含む架橋された無機有機ハイブリッド被覆であり、
前記架橋された無機有機ハイブリッド被覆は、酸素-金属結合によって前記金属元素またはその合金と共有結合している
ことを特徴とする方法。
【請求項12】
R5は、エポキシ、(メタ)アクリレート、エステル、メルカプト、ビニルおよび(メタ)アクリル化ウレタンからなる群から選択される官能基である
ことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記架橋は、50~200℃の温度、好ましくは100~175℃の温度、で行う
ことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項14】
R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ、互いに独立して、C1-C8アルキル、好ましくはC1-C4アルキル、である
ことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項15】
請求項1に記載の物品を携行型時計において使用する
ことを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、この基材の表面の少なくとも一部上にある腐食抑制被覆とを含む物品に関する。本発明は、さらに、このような物品を作る方法、およびこのような物品の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
金属を含む材料や物品の主な劣化機構として、腐食がある。腐食は、一般的に、金属性材料とその周囲環境との反応と定義することができる。材料の物理的性質と化学的性質の両方が、腐食反応の速度に影響を与える。そのため、腐食反応を、遅らせる、すなわち、抑制させる、必要がある。腐食を防ぐための様々なアプローチが知られている。
【0003】
例えば、腐食プロセスにおいて基材を構成している金属に基材表面を腐食保護成分によって富ませる元素をドープすることが知られている。
【0004】
代わりに、腐食抑制剤を添加することも知られており、この腐食抑制剤は、基材の表面に含まれる金属を強く吸着するため、酸化剤との反応を防ぎ、腐食の発生を防ぐ。腐食抑制剤は、受動的な性質の保護膜、すなわち、不動態化層、を形成することによって、金属性基材を保護する。しかし、一般的に用いられる腐食抑制剤は、かなり高価であり、また、近年の法律では有毒であるものとされる。
【0005】
また、基材の表面、特に、金属を含む領域のような腐食に対する保護が必要な領域、に保護膜を堆積させることも知られている。これらの被覆は、腐食性環境に対する保護バリアとなる。しかし、伝統的な腐食保護被覆の多くは、例えば、現在の法律に従って有毒とみなされる化合物を用いているため、今日では環境に害を与える被覆とされる。
【0006】
近年、ゾル-ゲルプロセスを利用して得られる被覆が注目されている。ゾル-ゲル被覆は、環境への配慮、高性能、既存の被覆堆積技術との互換性、被覆の性質をオンデマンドで調整する簡便性のような点で望ましい。
【0007】
特に、ゾル-ゲルプロセスによって得られる、登録商標「Ormocer」によって知られているような、無機有機ハイブリッド被覆が注目されている。このような被覆には、無機材料に固有の性質と有機ポリマーに固有の性質を組み合わせることができる可能性がある。無機有機ハイブリッド材料は、純粋な無機材料や有機材料では得られない特徴を実現することができる可能性がある。一般的に、有機高分子材料は、良好な弾性、粘り強さ、成形性を有し、密度がやや低く、無機材料は、一般的に、硬く、剛性が高く、熱的に安定である。無機有機ハイブリッド被覆によって、無機と有機の構造単位を変えることで、無機有機ハイブリッド被覆の性質を変えて最適化することが可能となる。無機ハイブリッドポリマーは、その無機網のおかげで、過酷な環境下でも高い機械的、化学的、熱的な安定性を発揮することができる。
【0008】
無機有機ハイブリッド被覆には、無機構造単位と有機構造単位の間における、直接結合、すなわち、分子スケールでの結合、という特徴がある。したがって、無機有機ハイブリッド被覆は、共有結合によって相互接続される三次元無機網と三次元有機網を含むポリマーである。
【0009】
ゾル-ゲルプロセスは、低分子から固体物質を作る方法であり、持続可能で無害な手法と考えられている。このプロセスは、モノマーをコロイド溶液(ゾル)に変換することを伴い、このコロイド溶液は、離散粒子または網ポリマー(架橋ポリマー)の一体化された網(またはゲル)の前駆体として機能する。
【0010】
文献、「Hybrid sol-gel coatings: smart and green materials for corrosion mitigation(ハイブリッドゾル-ゲル被覆:腐食軽減のためのスマートでグリーンな材料)」, R. Figueira, I. Fontinha, et al., Coatings 2016, 6, 12は、鋼、アルミニウムおよびそれらの合金の腐食保護のためのゾル-ゲル被覆を開示している。このハイブリッド被覆は、テトラエチルオルソシリケート(TEOS)、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(MAPTS)、メチルトリエトキシシラン(MTES)、およびトリイソプロポキシ(メチル)シランのうちの2つの様々な組み合わせを共重合することによって得られる。
【0011】
欧州特許文献EP1729892は、ゾル-ゲルプロセスによる無機有機ハイブリッド被覆を作ることを開示しており、これにおいては、大気圧プラズマに曝露することによってプレポリマー(いわゆる「ゾル」)を架橋し、これによって、架橋された無機有機ハイブリッド被覆(いわゆる「ゲル」)を得ている。
【0012】
上記の無機有機ハイブリッド被覆の課題としては、基材との密着性に限界があり、被覆の剥離を発生させてしまうことがある。これによって、水や湿気が被覆と基材表面との界面に到達して、腐食につながってしまう可能性がある。
【0013】
上記の方法、特にCVDやPVDプロセス、の課題として、さらに、汚染を避けるために、不活性ガスで満たされたグローブボックス内で作業したり減圧下で作業したりすることのような制御された環境での作業が必要なことがある。このために、このような方法は複雑で高価なものとなっている。被覆を堆積させるためにめっきを用いる方法の課題として、被覆の堆積速度が非常に低く、被覆堆積のプロセスが長いこと、そして、激しい化学物質を用いるために環境に優しくないことがある。また、このような方法の環境への影響を低減させるために、廃棄物、特に化学物質、をリサイクルするための廃棄物処理工程が必要であり、この方法が複雑で高価になってしまう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記の課題の一または複数を克服することを目的とする。本発明の目的の1つは、基材に対する接着性が優れている腐食抑制被覆を含む基材を含む物品を提供することである。本発明の別の目的として、基材と被覆を含む物品であって、被覆が基材に与える腐食保護が優れており、被覆が非毒性であるものを提供することがある。
【0015】
本発明の別の目的として、このような物品を作る方法であって、激しいまたは毒性のある化合物の使用を必要とせず、適度な温度で実行され、長い処理時間を必要としない方法を提供することがある。また、従来技術の方法と比べてエネルギー消費量が低い方法を提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の態様において、添付の特許請求の範囲に記載のように、基材と、腐食抑制被覆とを含む物品が開示される。
【0017】
前記基材は、金属元素および/または金属元素の合金を含む。好ましいことに、前記基材の表面の少なくとも一部が、金属元素および/またはその合金を含む。例えば、前記金属元素および/またはその合金は、前記基材の表面にのみ存在することができる。代わりに、基材は、実質的に金属元素および/またはその合金からなることができる。
【0018】
好ましいことに、前記金属元素は、鉄または銅である。好ましいことに、前記基材は、鉄、例えば、鋼のような鉄を含む合金、を含む。好ましいことに、前記鋼は、任意のタイプの鋼であることができ、特に、携行型時計(例、腕時計、懐中時計)用コンポーネントに用いられる任意のタイプの鋼であることができる。例えば、鉄の合金は、ステンレス鋼や炭素鋼であることができる。代わりにまたは追加的に、前記基材は、銅、例えば、黄銅のような銅を含む合金、を含む。
【0019】
本発明に関連して、「腐食抑制被覆」とは、基材上のこの被覆の存在が、この被覆を含む基材の表面の領域における腐食の形成を、低減させ、好ましいことに回避する、ものを意味する。
【0020】
前記腐食抑制被覆は、さらに、少なくとも1つの官能基R1を含む架橋された無機有機ハイブリッド被覆である。好ましいことに、R1は、C1-C20アルキル、C1-C20シクロアルキル、C1-C10アリール、アミド、アミン、エーテル、メルカプト(すなわち、チオール)およびエポキシからなる群から選択される一または複数の官能基を含む。さらに、R1は、少なくとも1つのハロゲン原子を含む。好ましいことに、前記ハロゲン原子は、フッ素、塩素、臭素、またはヨウ素である。R1が2つ以上のハロゲン原子を含む場合、それらは同じであることができ、また、異なっていることができ、すなわち、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素の2つ以上の組み合わせであることができる。前記腐食抑制被覆は、さらに、ケイ素および/またはチタンを含む。
【0021】
1つの実施形態において、R1は、C1-C20アルキル、すなわち、鎖中に1~20個の炭素原子を含むアルキル、である。好ましいことに、R1は、式-(CH2)x(CF2)yCF3で表されるC1-C20アルキルであり、xは、0~z-1、yは、z-x-1、zは、炭素原子の合計数、すなわち、1~20、である。例えば、R1がC8アルキルである場合、すなわち、zが8である場合、R1は、式、-(CH2)2(CF2)5CF3(xは2、yは5)で表すことができる。
【0022】
代わりに、R1は、アミド官能基と一または複数のエーテル官能基を含む。例えば、R1は、-(CH2)3NHC(O)OCH2CF(CF3)OCF2CF(CF3)O(CF2)2CF3であることができる。
【0023】
前記架橋された無機有機ハイブリッド被覆は、基材の金属元素またはその合金と少なくとも部分的に共有結合している。「少なくとも部分的に共有結合している」とは、その被覆が、金属元素またはその合金と、少なくとも1つ、好ましくは複数、の共有結合によって結合していることを意味する。好ましいことに、前記腐食抑制被覆がケイ素を含む場合、前記共有結合は、酸素-ケイ素結合を含む。好ましいことに、前記腐食抑制被覆がチタンを含む場合、前記共有結合は、酸素-チタン結合を含む。
【0024】
好ましいことに、前記架橋された無機有機ハイブリッド被覆は、さらに、炭素-ケイ素結合を含む。
【0025】
前記腐食抑制被覆は、前記基材の表面の少なくとも一部に存在する。すなわち、前記腐食抑制被覆は、好ましいことに、前記基材の表面の少なくとも一部を覆う。好ましいことに、前記腐食抑制被覆は、腐食しやすい基材の部分に存在する。代わりに、前記腐食抑制被覆は、前記基材の表面全体に存在するまたは前記基材の表面全体を覆う。
【0026】
本開示の物品の例としては、船舶のコンポーネントのような腐食しやすい環境において用いられるコンポーネント、プリント回路ボードのような電子デバイスのコンポーネント、保管中に腐食しやすいコンポーネント、酸化や腐食によって色や明るさのような美観が変わりやすいコンポーネントが挙げられる。本開示の物品の具体例としては、携行型時計や非携行型時計のコンポーネントが挙げられる。
【0027】
本発明の第2の態様において、特許請求の範囲に記載のように、基材と、前記基材の表面の少なくとも一部に存在する腐食抑制被覆とを含む物品を作る方法が開示される。
【0028】
好ましいことに、前記物品は、本発明の第1の態様によるものである。好ましいことに、前記基材が用意される。好ましいことに、前記基材は、前記基材の表面の少なくとも一部に、金属元素および/または金属元素の合金を含む。好ましいことに、前記金属元素およびその合金は、前記のものである。
【0029】
本方法は、式(I)で表される第1の化合物を用意するステップを含む。
【0030】
【0031】
ここで、Mは、ケイ素またはチタンであり、R1は、C1-C20アルキル、C1-C20シクロアルキル、C1-C10アリール、アミド、アミン、エーテル、メルカプト(すなわち、チオール)、およびエポキシからなる群から選択される一または複数の官能基を含み、かつ、少なくとも1つのハロゲン原子を含む基であり、R2、R3およびR4はそれぞれ、互いに独立して、H、C1-C20アルキル、C1-C10アリール、C1-C20アルケニル、C1-C20アルキルアリール、またはC1-C20アリールアルキルである。
【0032】
好ましいことに、前記ハロゲン原子は、フッ素、塩素、臭素、またはヨウ素である。R1が2つ以上のハロゲン原子を含む場合、それらは同じでも異なっていることができ、すなわち、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素の2つ以上の組み合わせである。
【0033】
本方法は、さらに、式(II)で表される第2の化合物を用意するステップを含む。
【0034】
【0035】
ここで、Mはケイ素またはチタンであり、R5は、架橋可能な官能基であり、R6、R7およびR8はそれぞれ、互いに独立して、H、C1-C20アルキル、C1-C10アリール、C1-C20アルケニル、C1-C20アルキルアリール、またはC1-C20アリールアルキルである。
【0036】
「架橋可能な官能基」とは、本開示に関連して、他の官能基と反応することが可能な官能基を意味する。反応の際に、共有結合を形成し、これによって、架橋されたポリマーを実現する。架橋されたポリマーは、三次元構造を有するポリマーと考えることができる。
【0037】
好ましいことに、R5は、熱架橋可能な基および/または光架橋可能な基である。すなわち、R5は、熱架橋可能、光架橋可能、またはその両方であることができる。
【0038】
「熱架橋可能な基」とは、本開示に関連して、R5の架橋が、熱硬化とも呼ばれる熱架橋によって、誘導されることおよび/または発生することを意味する。熱硬化は、(熱)架橋可能な基、本開示では前記のような架橋可能な基を含むプレポリマー、を高温に曝露することによって、すなわち、このプレポリマーを加熱することによって、行う。
【0039】
「光架橋可能な基」とは、本開示に関連して、R5の架橋が、光化学的硬化とも呼ばれる光化学的架橋によって、誘導されることおよび/または発生することを意味する。光化学硬化は、(光)架橋可能な基、本開示では前記のような架橋可能な基を含むプレポリマーを放射線に曝露することによって行う。好ましいことに、前記放射線は、赤外線(IR)の放射線、紫外線(UV)の放射線、または可視光(VIS)の波長範囲の波長を有する光の放射線のうちの一または複数を含む。
【0040】
好ましいことに、R5は、エポキシ、(メタ)アクリレート、エステル、メルカプト、ビニルおよび(メタ)アクリル化ウレタンからなる群から選択される官能基である。本開示において、「(メタ)アクリレート」とは、官能基がアクリレートまたはメタクリレートであることができることを意味する。
【0041】
好ましいことに、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ、互いに独立して、HまたはC1-C20アルキル、好ましくはC1-C8アルキル、より好ましくはC1-C6アルキル、最も好ましくはC1-C4アルキル、である。特に、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ、独立して、メチル(-CH3、すなわち、C1アルキル)、またはエチル(-C2H5、すなわち、C2アルキル)である。
【0042】
前記第1の化合物および前記第2の化合物は、水の存在下で加水分解される。加水分解の際、R2、R3、R4、R6、R7およびR8のいずれか1つがC1-C8アルキルであるC1-C8アルキル鎖が、水素原子へと変換され、これによって、ヒドロキシル基、および式CxH2x+1OHのアルコール分子を形成する。ここで、xは、R2、R3、R4、R6、R7およびR8のC1-C8アルキル鎖中の炭素原子の数である(すなわち、xは1~8である)。
【0043】
次に、加水分解された前記第1の化合物および加水分解された前記第2の化合物を縮合させる。縮合の際、水を除去する。縮合の際、加水分解された第1の化合物および加水分解された第2の化合物とからプレポリマーを得る。プレポリマーは、官能基としてR1およびR5を含む。このプレポリマーは、いわゆる「ゾル」と考えることができる。
【0044】
前記プレポリマーは、前記基材の表面の少なくとも一部に堆積させる。好ましいことに、気孔ポリマーを、前記金属元素および/またはその合金を含む表面の少なくとも一部に堆積させる。この堆積は、当技術分野で知られている方法、例えば、基材をプレポリマー内へとキャストまたは浸漬させる方法、プレポリマーを基材上にスプレーする方法、バー被覆、またはロールツーロール被覆、によって行うことができる。
【0045】
所望であれば、プレポリマーをその少なくとも一部に堆積させる前に、前記基材を洗浄することができる(いわゆる予備洗浄)。好ましいことに、プレポリマーを堆積させる基材の表面の少なくとも一部に対して、予備洗浄を行う。この予備洗浄は、当技術分野で知られている方法によって行うことができる。例としては、研削および研磨、化学洗浄、超音波洗浄、サンドブラスト、大気圧または減圧でのプラズマ処理、コロナ処理(空気プラズマ)が挙げられる。
【0046】
前記基材の表面の少なくとも一部に堆積したプレポリマーを架橋させる。好ましいことに、前記プレポリマーの架橋は、架橋可能な官能基R5の架橋によって実現される。
【0047】
R5が熱架橋可能な官能基である場合、前記架橋は、好ましいことに、プレポリマーを250℃までの温度に曝露することによって誘導および/または実行がされる。この温度は、好ましいことに、25~250℃、好ましくは50~200℃、より好ましくは75~185℃、例えば100~175℃、または125~160℃、である。
【0048】
R5が光架橋可能な官能基である場合、前記架橋は、好ましいことに、プレポリマーを放射線に曝露することによって誘導および/または実行がされる。好ましいことに、前記放射線は、IR放射線またはUV放射線、またはそれらの組み合わせである。
【0049】
架橋の際、基材の表面におけるプレポリマーが堆積した部分に、腐食抑制被覆を得る。この被覆は、酸素-M結合を利用して前記基材の金属元素またはその合金と共有結合している。ここで、Mは、ケイ素またはチタンである。
【0050】
前記腐食抑制被覆は、少なくとも1つの官能基R1を含む架橋された無機有機ハイブリッド被覆(いわゆる「ゲル」)である。
【0051】
本発明の第3の態様において、添付の特許請求の範囲に記載のように、第1の態様に係る物品または第2の態様によって得られた物品の使用が開示される。好ましいことに、前記物品は、携行型時計において用いられる。
【0052】
添付の図面を参照しながら本発明のいくつかの態様について詳細に説明する。同じ参照数字は、同じ特徴を示す。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【
図1】本発明に係る物品を概略的に示している断面図である。
【
図2】本発明によって被覆された基材と基準被覆を施した基材の開回路電位値を示しているグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0054】
図1は、本発明に係る物品1を概略的に示している。この物品1は、基材2と、基材2の表面の少なくとも一部を覆う腐食抑制被覆3とを含む。
【0055】
基材2は、金属元素および/または金属元素の合金を含む。好ましいことに、基材2の表面の少なくとも一部は、金属元素および/またはその合金を含む。好ましいことに、金属元素および/またはその合金を含む表面の部分の少なくとも一部、例えば全部が、腐食抑制被覆3で被覆される。このようにすることで、取り扱い、保管、製造および操作の際に、基材のいずれの腐食しやすい領域も、腐食から効率的に保護することができる。好ましいことに、
図1に示しているように、基材2の実質的に全表面が、腐食抑制被覆1で被覆される。
【0056】
前記金属元素の例としては、鉄、銅、アルミニウム、亜鉛、銀、金、スズ、マンガンおよびニッケルが挙げられる。前記基材は、金属元素および/またはその合金を2つ以上含むことができる。好ましいことに、前記基材は、鉄および/または銅を含む。
【0057】
例えば、前記基材は、鉄を含むまたは実質的に鉄からなることができる。例えば、前記基材が鉄を含む場合、前記基材は、炭素鋼のような鋼であるまたはこれを含むことができる。
【0058】
例えば、前記基材は、銅を含むまたは実質的に銅からなることができる。例えば、前記基材が銅を含む場合、前記基材は、黄銅または青銅であるまたはこれを含むことができる。
【0059】
「実質的に~からなる」とは、本発明において、基材中に存在する不純物または他の成分の量が、好ましいことに、1重量%未満、好ましくは0.5重量%未満、より好ましくは0.1重量%未満、例えば、X線光電子分光法(XPS)のような組成を決めるために用いられる分析技法の検出限界未満、であることを意味している。
【0060】
所望であれば、前記基材は、さらなる非金属元素および/または非金属化合物を含むことができる。このような非金属元素の例としては、リン、またはケイ素やヒ素のようなメタロイドが挙げられる。非金属化合物の例としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリウレタン、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミド-イミド、FR4のようなエポキシ樹脂、およびガラスが挙げられる。
【0061】
好ましいことに、前記腐食抑制被覆は、無機有機ハイブリッド被覆である。好ましいことに、前記腐食抑制被覆は、架橋された無機有機ハイブリッド被覆である。好ましいことに、前記腐食抑制被覆は、基材の表面、特に金属元素、と少なくとも部分的に共有結合し、または前記金属元素が合金として存在する場合には、その合金が含む金属元素、と少なくとも部分的に共有結合している。好ましいことに、前記腐食抑制被覆は、前記金属元素と共有結合する被覆の酸素原子のような酸素を含む結合によって、前記金属元素と共有結合している。
【0062】
好ましいことに、架橋された前記無機有機ハイブリッド被覆は、ケイ素、チタン、ジルコニウム、アルミニウム、鉄、またはホウ素のうちの一または複数を含み、好ましくは、ケイ素および/またはチタンを含む。好ましいことに、架橋された前記無機有機ハイブリッド被覆がケイ素および/またはチタンを含む場合、前記被覆はそれぞれ、ケイ素-酸素-金属元素および/またはチタン-酸素-金属元素の結合によって、基材の金属元素と少なくとも部分的に共有結合する。
【0063】
好ましいことに、前記無機有機ハイブリッド被覆は、少なくとも1つの官能基R1を含む。好ましいことに、R1は、C1-C20アルキル、C1-C20シクロアルキル、C1-C10アリール、アミド、アミン、エーテル、メルカプト(すなわち、チオール)およびエポキシからなる群から選択される一または複数の官能基を含むまたはこれからなる。
【0064】
好ましいことに、「C1-C20アルキル」は、鎖中に1~20個の炭素原子を含むアルキル官能基を含む。好ましいことに、C1-C20アルキルは、C1-C12アルキル、好ましくはC1-C10アルキル、例えば、C1-C8アルキル、C1-C6アルキル、C1-C4アルキルである。
【0065】
好ましいことに、「C1-C20シクロアルキル」は、鎖中に合計で1~20個の炭素原子を含むシクロアルキル官能基を含む。
【0066】
好ましいことに、「C1-C10アリール」は、鎖中に1~10個の炭素原子を含むアリール官能基を含む。例えば、R1は、フェニル官能基を含むことができ、またはC1-C20アルキルフェニルであることができる。
【0067】
好ましいことに、R1がアミド官能基を含む場合、R1は、式、-(CH2)a(CF2)bC(O)NH2で表され、ここで、aは、0~c-2、bは、c-a-1、cは、炭素原子の合計数である。好ましいことに、cは、2~20、好ましくは2~10、例えば2~8や2~6、または2~4、例えば2、3または4である。
【0068】
好ましいことに、R1がアミン官能基を含む場合、R1は、式、-(CH2)p(CF2)qNH2で表され、ここで、pは、0~r-1、qは、r-p-1、rは、炭素原子の合計数である。好ましいことに、rは、1~20、好ましくは1~10、例えば1~8、1~6、または1~4、例えば1、2、3または4である。
【0069】
好ましいことに、R1がメルカプト(チオール)官能基を含む場合、R1は、式、-(CH2)u(CF2)vSHで表され、ここで、uは、0~w-1、vは、w-u-1、wは、炭素原子の合計数である。好ましいことに、wは、1~20、好ましくは1~10、例えば1~8、1~6、または1~4、例えば1、2、3または4である。
【0070】
好ましいことに、前記無機有機ハイブリッド被覆は、さらに、少なくとも1つのハロゲン原子を含む。好ましいことに、前記ハロゲン原子は、フッ素、塩素、臭素、またはヨウ素である。R1が2つ以上のハロゲン原子を含む場合、それらは同じあることができ、また、異なっていることができる。すなわち、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素の2つ以上の組み合わせであることができる。前記腐食抑制被覆は、さらに、ケイ素および/またはチタンを含む。
【0071】
好ましいことに、R1は、式(III)、
-(CH2)x(CF2)yCF3 (III)
で表されるC1-C20アルキルを含むまたはこれからなる。ここで、xは、0~z-1であり、yは、z-1-xであり、zは、鎖中の炭素原子数であり、0~20である。
【0072】
例えば、R1は、-(CH2)2(CF2)5CF3、すなわち、zは8、xは2、yは5、であることができる。例えば、R1は、-(CH2)5CF3、すなわち、zは6、xは5、yは0、であることができる。
【0073】
R1は、-(CF2)yCF3で表される、C1-C20のペルフルオロアルキル、すなわち、すべての水素原子がフッ素原子で置き換えられたアルキル、であることができ、ここで、式(III)において、xは0、yはz-1、zは1~20である。例えば、R1は、C8ペルフルオロアルキル、すなわち、-(CF2)7CF3(式(III)においてz=8、x=0およびy=7)、C6ペルフルオロアルキル、すなわち、-(CF2)5CF3(式(III)においてz=6、x=0およびy=5)、またはC4ペルフルオロアルキル、すなわち、-(CF2)3CF3(式(III)においてz=4、x=0およびy=3)であることができる。
【0074】
好ましいことに、前記被覆は、1μm~20μm、好ましくは1.2μm~10μm、例えば、1.5μm~5μm、の厚みを有する。理解することができるように、前記被覆の最適な厚みは、とりわけ、保護される基材、特にその組成と形状、および物品の用途に依存する。
【0075】
好ましいことに、前記基材が鉄、例えば鋼、特に炭素鋼、を含む場合、前記被覆は少なくとも2μm、例えば少なくとも2.1μm、好ましくは少なくとも2.2μm、例えば少なくとも2.3μm、少なくとも2.4μm、少なくとも2.5μm、の厚みを有する。前記被覆がこのような厚みを有する場合、前記基材に効率的な腐食保護が与えられる。
【0076】
好ましいことに、前記基材が黄銅や青銅のような銅を含む場合、前記被覆は、少なくとも1μm、好ましくは少なくとも1.2μm、例えば少なくとも1.3μm、少なくとも1.4μm、少なくとも1.5μm、の厚みを有する。前記被覆がこのような厚みを有する場合、前記基材が効率的に腐食保護される。
【0077】
好ましいことに、前記物品が携行型時計用コンポーネントである場合、すなわち、前記物品が携行型時計に用いられる場合、厚みは、好ましいことに、5μm以下である。携行型時計用コンポーネントの分野で知られているように、より高い厚みは携行型時計の機能に影響を与える可能性があり、そのコンポーネントの再設計を必要とする場合があり、それには大きな費用がかかる。発明者らは、被覆の厚みが高々5μmである本発明に係る物品によって、設計変更の必要性を避けつつ、腐食を著しく低減させることができることを発見した。
【0078】
例えば、前記基材が炭素鋼のように鉄を含む場合、前記被覆は、好ましいことに、2μm~5μm、好ましくは2.2μm~5μm、より好ましくは2.4μm~5μmの厚みを有する。
【0079】
例えば、前記基材が青銅や黄銅のように銅を含む場合、前記被覆は、好ましいことに、1μm~5μm、好ましくは1.2μm~5μm、例えば1.3μm~5μm、より好ましくは1.5μm~5μmの厚みを有する。
【0080】
例
炭素鋼板と黄銅板の2タイプの基材を用意した。
【0081】
両基材に基準腐食抑制被覆を堆積させることによって基準物品を得た。この基準腐食抑制被覆は、ハロゲンを含まない被覆であった。
【0082】
本発明に係る4つの異なるプレポリマーを調製した。表1に、官能基の詳細を羅列している。2つのプレポリマーは、式、-(CH2)2(CF2)5CF3で表されるフッ素化アルキル基を官能基として含んでいた(表1のB1とB2)。対応するプレポリマーの総重量に基づいて、B1は、低い比率のフッ素化アルキル官能基を含み、B2は、高い比率のフッ素化アルキル官能基を含んでいた。別の2つのプレポリマーは、式、-(CH2)3NHC(O)OCH2CF(CF3)OCF2CF(CF3)O(CF2)2CF3で表される、アミド官能基とエーテル官能基を含む官能基を含んでいた(表1のC1とC2)。対応するプレポリマーの総重量に基づいて、C1は、低い比率の官能基を含み、C2は、高い比率の官能基を含んでいた。
【0083】
【0084】
基材をプレポリマー中に浸漬し、その後で160℃で熱硬化させることによって、本発明のプレポリマーを炭素鋼と黄銅の基材に堆積させた。炭素鋼基材上に得られた被覆は、いずれも1μm~3μmの厚みを有し、黄銅基材上の被覆は、いずれも1.5μm~2.5μmの厚みを有していた。
【0085】
本発明に係る4つの被覆(B1、B2、C1、C2)はすべて、光透過性であり、基材を均質に覆っていることがわかった。さらに、被覆C2は被覆C1よりもフレキシブル性が高く(剛性が低く)、厚みを大きくして、クラックのような欠陥が発生するリスクを低減させることに貢献できることがわかった。また、被覆B2は、フッ素系官能基の含有量がより少ない被覆B1よりも、洗浄しやすく、表面エネルギーが若干低いことがわかった。この表面エネルギーは、規格ASTM D5946に従って水接触角を測定し、この水接触角を既知の一般から入手可能な変換表を用いて表面エネルギー値に変換することによって、測定した。
【0086】
5つの物品すべてと腐食保護を施していない基材についての腐食保護の性質を、0.1%NaCl水溶液中で開回路電位(OCP)を測定することによって、試験した。OCPの値が高いことは、腐食に起因する短絡のような損傷が大幅に低減するために、腐食に対する保護性能が高いことを示す指標となる。基準電極として飽和カロメル電極(SCE)を用いて、24℃でEC-pen法によって、OCPを測定した。
図2に結果を示しており、「非被覆」は、腐食保護を施していない基材に対するOCP値を示している。三角形で示した値4は、炭素鋼基材のOCP値、丸で示した値5は、黄銅基材のOCP値を表している。
【0087】
図2から、炭素鋼に施されたすべての腐食抑制被覆または腐食保護被覆が、非被覆の保護されていない基材よりも高いOCP値をもたらすことは、明らかである。一般的に知られているように、何も保護されていない炭素鋼は腐食しやすい。したがって、この結果は、すべての被覆が炭素鋼の基材を腐食から保護することを表す。また、エポキシ基を含む官能基に基づく被覆(C1およびC2)は、基準被覆よりも優れた保護を提供する一方、アルキル官能基(B1およびB2)は、保護性がわずかに低いことを表すが、この保護性は、裸の基材と比較すると依然として大きい。
【0088】
黄銅基材上の被覆は、OCP値の観点からは腐食保護を著しく向上させたとはいえないようである。しかし、一般的に知られているように、黄銅自体、すなわち、何の保護も施されていない状態のものは、すでに腐食に対してある程度の耐性を有していることに留意する必要がある。このことは、裸の黄銅の基材が裸の炭素鋼の基材よりも著しく高いOCP値を有していたことからも明らかである。したがって、
図2から、いずれの被覆も、黄銅基材が本来有する腐食保護性を低下させていないことがわかる。また、被覆B1は、非被覆の基材よりも著しく高いOCP値を示した。
【0089】
腐食保護を評価するための第2の試験として、基材からのイオンの放出を測定した。基材に含まれるイオンの放出、すなわち、溶出、が多いことは、腐食反応のような副反応による基材への損傷が大きいことを表す。
【0090】
未処理の基材と、被覆B1、C1を施した基材について、イオンの放出の試験を行った。これらの基材を0.9%NaCl溶液中に37℃で7日間放置した。放出されたイオンを、誘導結合プラズマ分光法(ICP-MS)で測定した。
【0091】
表2は炭素鋼基材、表3は黄銅基材の結果を示している。「< LOD」は、放出されたイオンの濃度が検出限界(LOD)に満たなかったことを意味する。
【0092】
【0093】
表2から、腐食保護を施していない(「非被覆」)基材と比べて、被覆された炭素鋼基材においては、基材からNaCl溶液に溶出する鉄(Fe)イオンとマンガン(Mn)イオンの濃度が著しく低くなっていることは明らかである。また、非被覆の基材とは対照的に、被覆された基材においては、鉛(Pb)イオンの放出や溶出がいずれも検出されなかった。このことは、本発明に係る被覆が炭素鋼基材を効率的に保護していることを表している。
【0094】
【0095】
表3から、腐食保護を施していない(「非被覆」)基材とは対照的に、被覆された黄銅基材においては、黄銅の主成分である銅(Cu)イオンと亜鉛(Zn)イオンが放出されて黄銅基材からNaCl溶液へと溶出していないことが明らかである。このことは、本発明に係る被覆が黄銅基材を効率的に保護していることを表す。
【0096】
また、何も被覆していない非被覆の黄銅の基材について、大気(太陽光、空気)に曝露されて3~5日以内で、色や光沢が変わることがわかった。金色のような色が、オレンジ色の光沢に変わった。このような黄銅のコンポーネントが携行型時計において用いられ外側から見える場合、このような色合い、光沢または色の変化は、美観上好ましくない。非被覆の黄銅とは対照的に、本発明に係る被覆で被覆された同じ基材が、数ヶ月間大気に曝露されても腐食の兆候を示さないことがわかった(6ヶ月間まで試験したが、目に見える変化は見られなかった)。
【0097】
両基材上の被覆B1およびC1の接着強度を、EN ISO 2409(いわゆる「クロスカット試験」)に従って測定した。すべての試験サンプルは、0点であった。このことは、カットのエッジが滑らかであり、格子の正方形が1つも剥離していないことを意味する。
【符号の説明】
【0098】
1 物品
2 基材
3 腐食抑制被覆
4 炭素鋼のOCP値
5 黄銅のOCP値
【外国語明細書】