(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024001910
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】エミッタ、その製造方法、それを用いた電子銃、および、それを用いた電子機器
(51)【国際特許分類】
H01J 1/304 20060101AFI20231228BHJP
H01J 9/02 20060101ALI20231228BHJP
H01J 37/06 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
H01J1/304
H01J9/02 B
H01J37/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022100768
(22)【出願日】2022-06-23
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】唐 捷
(72)【発明者】
【氏名】唐 帥
(72)【発明者】
【氏名】速水 渉
(72)【発明者】
【氏名】秦 禄昌
【テーマコード(参考)】
5C101
5C227
【Fターム(参考)】
5C101AA02
5C101AA21
5C101DD06
5C101DD07
5C227AA03
5C227AA08
5C227AB10
5C227AB15
5C227AC18
5C227AD02
5C227AD07
5C227AD11
5C227AD15
5C227GG18
5C227HH62
5C227HH76
(57)【要約】
【課題】 高効率で安定に電子を放出するエミッタ、その製造方法、それを用いた電子銃、および、それを用いた電子機器を提供すること。
【解決手段】 本発明のエミッタは、一般式REOx(ただし、REは希土類元素であり、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなるナノニードルを備える。本発明のエミッタの製造方法は、REを含有する金属の表面を酸化し、一般式REOx(ただし、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなる薄膜を形成することと、集束イオンビームを用いて薄膜をニードル状に加工することとを包含する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノニードルを備えたエミッタであって、
前記ナノニードルは、一般式REOx(ただし、REは希土類元素であり、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなる、エミッタ。
【請求項2】
前記xは、1より大きく1.5未満の範囲を満たす、請求項1に記載のエミッタ。
【請求項3】
前記xは、1.4以上1.49以下の範囲を満たす、請求項2に記載のエミッタ。
【請求項4】
前記化合物は、結晶相および/またはアモルファス相である、請求項1~3のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項5】
前記結晶相は、立方晶系、単斜晶系、および、六方晶系からなる群から少なくとも1つ選択される結晶系に属する、請求項4に記載のエミッタ。
【請求項6】
前記結晶相は、多結晶である、請求項4または5に記載のエミッタ。
【請求項7】
前記RE元素は、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)およびサマリウム(Sm)からなる群から少なくとも1種選択される元素である、請求項1~6のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項8】
前記REは、ランタン(La)である、請求項7に記載のエミッタ。
【請求項9】
前記ナノニードルの短手方向の長さは、1nm以上1μm以下であり、前記ナノニードルの長手方向の長さは、500nm以上30μm以下である、請求項1~8のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項10】
前記ナノニードルの電子を放出する端部は、先細りであり、
前記端部の曲率半径は、前記ナノニードルの短手方向の長さの50%以下である、請求項9に記載のエミッタ。
【請求項11】
前記端部の曲率半径は、5nm以上30nm以下の範囲を満たす、請求項10に記載のエミッタ。
【請求項12】
前記ナノニードルの電子を放出する端部の結晶面は、
前記化合物が立方晶系の結晶相である場合、(001)面または(110)面のいずれかであり、
前記化合物が単射晶系の結晶相である場合、(010)面であり、
前記化合物が六方晶系の結晶相である場合、(102 ̄)面である、請求項5に記載のエミッタ。
【請求項13】
前記化合物は、ガリウム(Ga)をさらに含有する、請求項1~12のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項14】
請求項1~13のいずれかに記載のエミッタの製造方法であって、
REを含有する金属(REは希土類元素である)の表面を酸化し、一般式REOx(ただし、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなる薄膜を形成することと、
集束イオンビームを用いて前記薄膜をニードル状に加工することと
を包含する、方法。
【請求項15】
前記薄膜を形成することは、前記REを含有する金属を、0℃以上800℃以下の温度範囲、101Pa以上105Pa以下の真空度、10%以上70%以下の相対湿度の環境下で保持することを包含する、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記加工することは、前記REを含有する金属の表面から前記薄膜を切り出し、支持ニードル上に前記切り出した薄膜を載置することを包含する、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
少なくともエミッタを備えた電子銃であって、
前記エミッタは、請求項1~13のいずれかに記載のエミッタである、電子銃。
【請求項18】
前記エミッタは、支持ニードルおよびフィラメントをさらに備え、
前記ナノニードルは、タングステン(W)、タンタル(Ta)、プラチナ(Pt)、レニウム(Re)およびカーボン(C)からなる群から選択された元素からなる支持ニードルを介して前記フィラメントに取り付けられている、請求項17に記載の電子銃。
【請求項19】
前記電子銃は、冷陰極電界放出電子銃またはショットキー電子銃である、請求項17または18に記載の電子銃。
【請求項20】
電子銃を備えた電子機器であって、
前記電子銃は、請求項17~19のいずれかに記載の電子銃であり、
前記電子機器は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、および、エネルギー分散型電子分光器からなる群から選択される、電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エミッタ、その製造方法、それを用いた電子銃、および、それを用いた電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
高分解能かつ高輝度な観察画像を得るために、電子顕微鏡における電子銃は、種々の改良がされてきた。このような電子銃を用いたエミッタとして、電界放出型、ショットキー型等があるが、これらは、電子銃に用いるエミッタの先端を先鋭にすることにより、先端に電界集中効果を発生させ、先端からより多くの電子を放出させることを特徴としている。
【0003】
低仕事関数材料として金属ホウ化物や希土類酸化物が知られており、これらがエミッタに適用されることが報告されている(例えば、特許文献1を参照)。また、近年では、炭化ハフニウム(HfC)を用いたエミッタも開発されている(例えば、特許文献2を参照)。当該分野では、引き続き高輝度かつ高寿命なエミッタ材料の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-16451号公報
【特許文献2】国際公開第2021/002305号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、高効率で安定に電子を放出するエミッタ、その製造方法、それを用いた電子銃、および、それを用いた電子機器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のナノニードルを備えたエミッタは、前記ナノニードルは、一般式REOx(ただし、REは希土類元素であり、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなり、これにより上記課題を解決する。
前記xは、1より大きく1.5未満の範囲を満たしてよい。
前記xは、1.4以上1.49以下の範囲を満たしてよい。
前記化合物は、結晶相および/またはアモルファス相であってもよい。
前記結晶相は、立方晶系、単斜晶系、および、六方晶系からなる群から少なくとも1つ選択される結晶系に属してもよい。
前記結晶相は、多結晶であってもよい。
前記REは、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)およびサマリウム(Sm)からなる群から少なくとも1種選択される元素であってもよい。
前記RE元素は、ランタン(La)であってもよい。
前記ナノニードルの短手方向の長さは、1nm以上1μm以下であり、前記ナノニードルの長手方向の長さは、500nm以上30μm以下であってもよい。
前記ナノニードルの電子を放出する端部は、先細りであり、前記端部の曲率半径は、前記ナノニードルの短手方向の長さの50%以下であってもよい。
前記端部の曲率半径は、5nm以上30nm以下の範囲を満たしてもよい。
前記ナノニードルの電子を放出する端部の結晶面は、前記化合物が立方晶系の結晶相である場合、(001)面または(110)面のいずれかであり、前記化合物が単射晶系の結晶相である場合、(010)面であり、前記化合物が六方晶系の結晶相である場合、(102 ̄)面であってもよい。
前記化合物は、ガリウム(Ga)をさらに含有してもよい。
本発明による上記エミッタの製造方法は、REを含有する金属(REは希土類元素である)の表面を酸化し、一般式REOx(ただし、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなる薄膜を形成することと、集束イオンビームを用いて前記薄膜をニードル状に加工することとを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記薄膜を形成することは、前記REを含有する金属を、0℃以上800℃以下の温度範囲、101Pa以上105Pa以下の真空度、10%以上70%以下の相対湿度の環境下で保持することを包含してもよい。
前記加工することは、前記REを含有する金属の表面から前記薄膜を切り出し、支持ニードル上に前記切り出した薄膜を載置することを包含してもよい。
本発明による電子銃は、少なくとも上記エミッタを備え、これにより上記課題を解決する。
前記エミッタは、支持ニードルおよびフィラメントをさらに備え、前記ナノニードルは、タングステン(W)、タンタル(Ta)、プラチナ(Pt)、レニウム(Re)およびカーボン(C)からなる群から選択された元素からなる支持ニードルを介して前記フィラメントに取り付けられていてもよい。
前記電子銃は、冷陰極電界放出電子銃またはショットキー電子銃であってもよい。
本発明による電子機器は、上記電子銃を備え、これにより上記課題を解決する。
前記電子機器は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、および、エネルギー分散型電子分光器からなる群から選択されてもよい。
【発明の効果】
【0007】
本発明のエミッタは、一般式REOx(ただし、REは希土類元素であり、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなるナノニードルを備える。REOxで表される化合物は、低い仕事関数を有し、電子放出能力に優れている。このようなエミッタを用いれば、長期的に安定な電子銃およびそれを用いた電子機器を提供できる。
【0008】
本発明のエミッタの製造方法は、REを含有する金属(REは希土類元素である)の表面を酸化し、一般式REOx(ただし、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなる薄膜を形成することと、集束イオンビームを用いて薄膜をニードル状に加工することとを包含する。集束イオンビームを用いることにより、REOxで表される化合物は容易にナノニードルに加工され、エミッタを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】本発明のエミッタを製造する工程を示すフローチャート
【
図4】REOx(RE=La、x=1)の電子状態密度(DOS)の図
【
図5】種々の結晶系のREOx(RE=La、x=1.4165または1.4375)の電子状態密度(DOS)の図
【
図7】LaOxナノニードルのSEM像(A)およびTEM像(B)を示す図
【
図8】LaOxナノニードルのSTEM-EDSマッピングを示す図
【
図9】LaOxナノニードルの電界放出パターンを示す図
【
図10】LaOxナノニードルの電流安定性を示す図
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の符号を付し、その説明を省略する。
【0011】
(実施の形態1)
実施の形態1は、本発明のエミッタおよびその製造方法を説明する。
【0012】
【0013】
本発明のエミッタ100は、ナノニードル110を備える。ナノニードル110は、一般式REOx(ただし、REは希土類元素であり、xは1以上1.5未満の値である)で表される化合物からなる。
【0014】
本願発明者らは、REの酸化物について鋭意研究したところ、一般式REOx(xが1以上1.5未満の値)を有する化合物が、低い仕事関数を有し、電子放出能力に優れていることを見出した。以降では簡単のため、REOxで表される化合物を、単にREOx化合物と称する。
【0015】
REOx化合物において、x=1の場合、REOとなり、REが2価である酸化物となる。一方、x=1.5の場合、RE2O3となり、REが3価である酸化物となる。本願発明者らは、REが2価である酸化物(x=1)、および、RE2O3において酸素欠損した酸化物(1<x<1.5)とすることにより、電気伝導性が向上し、仕事関数が低くなることを発見した。
【0016】
REOx化合物において、xは、好ましくは、1より大きく1.5未満である。これにより、REOx化合物は化学的に安定となる。xは、より好ましくは、1.2以上1.5未満である。これにより、REOx化合物は、より低い仕事関数を有し、電子放出能力に優れる。xは、なお好ましくは、1.4以上1.49以下の範囲である。これにより、REOx化合物は、特に化学的に安定となり、より低い仕事関数を有し、電子放出能力に優れる。
【0017】
REOx化合物は、結晶相および/またはアモルファス相であってよい。例えば、REOx化合物全体が結晶相であってもよいし、全体がアモルファス相であってもよいが、電子を放出する端部120は、結晶相であることが好ましい。これにより、安定して電子を放出できるので、優れたエミッタを提供できる。このような場合、REOxから構成されるナノニードル110の内部はアモルファス相であり、表面は結晶相であってよい。
【0018】
結晶相は、単結晶であってもよいし、多結晶であってもよい。製造の容易さの観点から多結晶が好ましい。
【0019】
RE元素は、希土類元素であれば特に制限はないが、好ましくは、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)およびサマリウム(Sm)からなる群から少なくとも1種選択される元素である。これらの元素であれば、2.7eV以下の仕事関数を達成できる。中でも、RE元素は、より好ましくは、Laである。この場合、組成を調整することにより、1.8eV~2.3eVの仕事関数となり、電子放出能力に優れる。
【0020】
REOx化合物が結晶相である場合、立方晶系、単斜晶系、および、六方晶系からなる群から少なくとも1つ選択される結晶系に属する。結晶系について、分かりやすさのために、REがLaの場合について説明する。
【0021】
[LaOx、x=1]
LaOは、表1に示すように、立方晶系の結晶構造を有し、Fm3 ̄m空間群(「3 ̄」は、本願明細書では、3のオーバーバー表示であり、International Tables for Crystallographyの225番の空間群)に属する結晶である。格子定数a(nm)は、好ましくは、0.45<a<0.55を満たす。これにより結晶構造が安定となる。
【0022】
[LaOx、1<x<1.5]
LaOxは、立方晶系、六方晶系、単斜晶系のいずれかの結晶構造を有する。LaOxが立方晶系の結晶構造を有する場合、表2および表3にそれぞれ示すように、Ia3 ̄(「3 ̄」は、本願明細書では、3のオーバーバー表示であり、International Tables for Crystallographyの206番の空間群)、または、Im3 ̄m(「3 ̄」は、本願明細書では、3のオーバーバー表示であり、International Tables for Crystallographyの229番の空間群)に属する結晶である。
【0023】
Ia3 ̄の空間群の場合、格子定数a(nm)は、好ましくは、1.10<a<1.20を満たす。Im3 ̄mの空間群の場合、格子定数a(nm)は、好ましくは、0.43<a<0.47を満たす。これにより結晶構造が安定となる。
【0024】
表4に示すように、LaOxが六方晶系の結晶構造を有し、P3 ̄m1空間群(International Tables for Crystallographyの164番の空間群)に属する結晶であってもよい。この場合、格子定数aおよびc(nm)は、それぞれ、好ましくは、0.37<a<0.41および0.58<c<0.64を満たす。LaOxが六方晶系の結晶構造を有する場合、より小さな仕事関数を達成できるため好ましい。
【0025】
表5に示すように、LaOxが単斜晶系の結晶構造を有し、C2/m空間群(International Tables for Crystallographyの12番の空間群)に属する結晶であってもよい。この場合、格子定数a、bおよびc(nm)は、それぞれ、好ましくは、1.40<a<1.50、0.30<b<0.40および0.85<c<0.95を満たす。これにより結晶構造が安定となる。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
【0030】
【0031】
REOx化合物であれば、REがLa以外の希土類元素であったり、構成元素の一部が他の元素で置き換わったりすることによって格子定数は変化するが、結晶構造、原子が占めるサイト、および、その座標によって与えられる原子位置は、骨格原子間の化学結合が切れるほどには大きく変わることはない。得られたREOx化合物について、X線回折や中性子線回折の結果を上述の空間群でリートベルト解析して求めた格子定数から計算されたRE-Oの化学結合の長さ(近接原子間距離)が、表1~表5に示す結晶の格子定数と原子座標から計算された化学結合の長さと比べて±5%以内の場合は同一の結晶構造と判定できる。
【0032】
なお、REOx化合物が結晶相である場合、上述の結晶相が複合化されていてもよい。この場合には、表1~表5の結晶構造パラメータを用いて計算した回折ピーク位置(2θ)と、得られたREOx化合物のX線回折結果とを比較し、主要ピークの一致、ずれ等から主要な主相、第二相を同定できる。
【0033】
REOx化合物は、ガリウム(Ga)をさらに含有してもよい。これにより、長時間にわたって電子を安定的に放出できる。Gaの含有量は、0原子%より多く5原子%以下であってよい。この範囲であれば、REOxの結晶構造を維持できる。
【0034】
上述のREOx化合物からなるナノニードル110の短手方向の長さd(すなわち、直径)は、好ましくは、1nm以上1μm以下の範囲であり、長手方向の長さLは、500nm以上30μm以下の範囲である。このようなサイズにより、ナノニードル110の電子を放出すべき端部120へ電界集中を効率的に発生させ、端部120からより多くの電子を放出させることができる。
【0035】
より好ましくは、ナノニードル110の短手方向の長さdは、400nm以上800nm以下の範囲であり、長手方向の長さLは、1μm以上3μm以下の範囲である。この範囲であれば、加工がしやすいため、歩留まりよくエミッタを提供できる。
【0036】
電子を放出すべき端部120は、先細りの形状を有し、端部120の先端の曲率半径rは、ナノニードル110の短手方向の長さdの50%以下の値であってよい。これにより、本発明のエミッタ100は、電子を効率的に放出することができる。
【0037】
より好ましくは、電子を放出すべき端部120の先端の曲率半径rは、ナノニードル110の短手方向の長さdの1%以上10%以下の範囲である。また、電子を放出すべき端部120の先端の曲率半径rは、ナノニードル110の短手方向の長さdの1%以上5%以下の範囲であることがさらに好ましい。端部120の先端の曲率半径rとナノニードル110の短手方向の長さdが上記の条件を満たすことにより、より優れた本発明の効果を有するエミッタが得られる。
【0038】
端部120を先細りの形状とするための加工・処理は、例えば、イオンビーム、電界蒸発等によって行われ得る。集束イオンビームを用いれば、REOx化合物にGaを添加できるので好ましい。なお、エミッタ100の電子を放出すべき端部120の先端の曲率半径rは、端部120のSEM像から算出するものとする。また、端部120が先細りの形状を有することは、端部120のSEM像から確認することができる。
【0039】
電子を放出すべき端部120の先端の曲率半径rの値は特に制限されないが、電界集中を考慮すると、0.5nm以上75nm以下の範囲であることが好ましく、5nm以上50nm以下の範囲であることがより好ましく、10nm以上30nm以下の範囲であることがさらに好ましく、15nm以上25nm以下の範囲であることがなおさらに好ましい。
【0040】
また、電子を放出すべき端部120の先端の曲率半径rの値は、エミッタの用途等に応じて適宜調整することができる。具体的には、例えば、本発明のエミッタを電子銃に用いる場合、実用上の観点からは、電子を放出すべき端部120の先端の曲率半径rは、5nm以上50nm以下の範囲であってもよく、あるいは、10nm以上30nm以下の範囲、15nm以上25nm以下の範囲であってもよい。
【0041】
REOx化合物が結晶相である場合、電子を放出すべき端部120の結晶面が選択されてもよい。例えば、REOx化合物が立方晶系の結晶相である場合、(001)面または(110)面のいずれかであってよい。具体的には、REOx(x=1)であれば(001)面であり、REOx(1<x<1.5、空間群Ia3 ̄)であれば(110)面であり、REOx(1<x<1.5、空間群Im3 ̄m)であれば(001)面であってよい。例えば、REOx化合物が六方晶系の結晶相である場合、(102 ̄)面(「2 ̄」は、本願明細書では、0のオーバーバー表示である)であってよい。例えば、REOx化合物が斜方晶系の結晶相である場合、(010)面であってよい。これらの結晶面は化学的に安定であり、電子を効率的に放出できる。上記は一例であり、これらに限らない。原理的には、ミラー指数3以下の数値で表わされるすべての表面を採用できる。ここで、ミラー指数3以下とは、それぞれの値の絶対値が3以下であることを意味する。
【0042】
次に、本発明のエミッタの例示的な製造方法について説明する。
図2は、本発明のエミッタを製造する工程を示すフローチャートである。
【0043】
ステップS210:REを含有する金属(REは希土類元素である)の表面を酸化し、一般式REOx(ただし、xは1以上1.5未満)で表される化合物からなる薄膜を形成する。
ステップS220:集束イオンビームを用いて、ステップS210で得られた薄膜をニードル状に加工する。
【0044】
ステップS210において、REOx化合物からなる薄膜は、続くステップS220における加工性を考慮して、2μm以上の厚さを有することが好ましい。
【0045】
ステップS210において、REを含有する金属は、RE単体からなる金属であってもよいし、2以上のREを含有する合金であってもよい。金属表面は研削加工することが好ましい。これにより均一な薄膜が形成され得る。
【0046】
ステップS210において、表面酸化の処理は、選択したRE元素によって異なるが、例示的には、0℃以上800℃以下の温度範囲、101Pa以上105Pa以下の真空度、10%以上70%以下の相対湿度の環境下で保持すればよい。保持時間は、薄膜の厚さによって異なるが、2μm以上の厚さを有する薄膜を得るためには、1時間以上30日間以下の間で保持すればよい。例えば、厚さ2μm~3μmである多結晶LaOx(1<x<1.5)を形成する場合であれば、室温(10℃以上30℃以下の温度範囲)、50Pa以上150Pa以下の真空度、30%以上55%以下の相対湿度の環境下で、1週間以上3週間以下の間、保持すればよい、
【0047】
ステップS220において、集束イオンビームの照射に先立って、ステップS210で得られた薄膜を、REを含有する金属の表面から切り出し、支持ニードルに載置してもよい。このようにすることにより加工性に優れる。支持ニードルは、後述する
図3に示す支持ニードル330の機能を兼ね備えるようにしてもよい。
【0048】
ステップS220において、集束イオンビームの照射条件は、特に制限はないが、例えば、ガリウム(Ga)イオンを用いて、以下のような条件を採用できる。
電流:5~1000pA(好ましくは、500pA~900pA)
電圧:1~100kV(好ましくは、20kV~40kV)
照射時間:1分~60分(好ましくは、5分~15分)
特に、電子を放出すべき端部120を先細りに加工する場合には、上記範囲内において、載置した薄膜の外側から内側に走査するように照射するとよい。
【0049】
(実施の形態2)
実施の形態2は、本発明のエミッタを備えた電子銃を説明する。
図3は、本発明の電子銃を示す模式図である。
【0050】
本発明の電子銃400は、少なくとも、実施の形態1で説明したナノニードル110を備えたエミッタ410を備える。
図3では、エミッタ410は、ナノニードル110に加えて、フィラメント320と支持ニードル330とをさらに備える。
【0051】
ナノニードル110は、タングステン(W)、タンタル(Ta)、プラチナ(Pt)、レニウム(Re)およびカーボン(C)からなる群から選択された元素からなる支持ニードル330を介して、フィラメント320に取り付けられている。これにより、ナノニードル110の取り扱いが簡便となるため好ましい。なお、
図4では、フィラメント320は、ヘアピン型の形状を有している(U字状である)が、これに限らず、フィラメント320の形状はV字型など任意である。
【0052】
電子銃400では、引出電源450が電極440と引出電極460との間に接続されており、引出電源450は、エミッタ410と引出電極460との間に電圧を印加する。さらに、電子銃400では、加速電源470が電極440と加速電極480との間に接続されており、加速電源470は、エミッタ410と加速電極480との間に電圧を印加する。
【0053】
電極440は、さらに、電子銃400が冷陰極電界放出電子銃の場合にはフラッシュ電源に接続されてもよく、電子銃400がショットキー電子銃の場合には加熱電源に接続されてもよい。
【0054】
なお、電子銃400は、10-8Pa~10-7Pa(10-8Pa以上10-7Pa以下)の真空下に配置されてもよく、この場合、エミッタ410の電子が放出されるべき端部を、清浄に保つことができる。
【0055】
本発明の電子銃400が冷陰極電界放出電子銃である場合の動作を簡単に説明する。
【0056】
引出電源450がエミッタ410と引出電極460との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ410のナノニードル110の電子を放出すべき端部に電界集中を発生させ、電子を引き出す。さらに、加速電源470がエミッタ410と加速電極480との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ410のナノニードル110の電子を放出すべき端部において引き出された電子は、加速され、試料に向けて出射される。なお、電極440に接続されたフラッシュ電源により、適宜、フラッシングを行い、ナノニードル110の表面を清浄化してもよい。これらの動作は上述の真空下で行われる。
【0057】
本発明の電子銃400がショットキー電子銃である場合の動作を簡単に説明する。
【0058】
電極440に接続された加熱電源がエミッタ410を加熱し、引出電源450がエミッタ410と引出電極460との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ410のナノニードル110の電子を放出すべき端部にショットキー放出を生じさせ、電子を引き出す。さらに、加速電源470がエミッタ410と加速電極480との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ410のナノニードル110の電子を放出すべき端部において引き出された電子は、加速され、試料に向けて出射される。これらの動作は上述の真空下で行われる。なお、加熱電源によりエミッタ410のナノニードル110から熱電子が放出され得るので、電子銃400は、熱電子を遮蔽するためのサプレッサ(図示せず)をさらに備えてもよい。
【0059】
本発明の電子銃400は、実施の形態1で詳述したナノニードル110を備えたエミッタ410を備えるので、電子が容易に放出され、長時間にわたって安定的に電子を放出できる。このような電子銃400は、電子集束能力を持つ任意の電子機器に採用される。例えば、このような電子機器は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、および、エネルギー分散型電子分光器からなる群から選択される。
【0060】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0061】
[例1]
例1では、REOx(RE=La、Ce、Pr、Nd、Sm、x=1)の電子状態と仕事関数とを第一原理計算から計算した。具体的には、計算は密度汎関数法にもとづき、平面波を基底関数としてウルトラソフト擬ポテンシャルを用いた。密度勾配近似を取り入れ、平面波のカットオフエネルギーは80Ryとした。仕事関数は真空準位とフェルミ準位との差より算出した。これらの計算には、Quantum Espresso v7.0(https://www.quantum-espresso.orgよりダウンロード)を用いた。結果を
図4および表6に示す。
【0062】
図4は、REOx(RE=La、x=1)の電子状態密度(DOS)の図である。
【0063】
図4によれば、LaOの電子状態は金属的であり、その(001)面の仕事関数は、計算されたフェルミ準位と真空準位の差から2.3eVと算出された。図示しないが、他のCeO、PrO、NdOおよびSmOの電子状態密度もLaOのそれと同様であり、金属的であった。これらの仕事関数は、2.7eV以下と算出された。
【0064】
【0065】
表6によれば、特に、REがLaおよびCeにおいては、LaB6の仕事関数(2.3eV)に匹敵する低い仕事関数が得られた。このことから、REOx(REは希土類元素、x=1)は、エミッタとして機能する材料であることが示唆される。
【0066】
[例2]
例2では、REOx(RE=La、x=1.4165~1.4375)の電子状態と仕事関数とを例1と同様に第一原理計算から計算した。結果を
図5および表7に示す。
【0067】
図5は、種々の結晶系のREOx(RE=La、x=1.4165または1.4375)の電子状態密度(DOS)の図である。
【0068】
図5によれば、結晶系によらず、いずれも、酸素の欠陥準位が伝導体の底付近に生じることにより、LaOxの電子状態は金属的であった。
【0069】
【0070】
表7には、表6で算出したLaO、ならびに、LaOx(1<x<1.5)およびLaB6の仕事関数の値も併せて示す。表7に示すように、LaOxが1より大きく1.5未満、すなわちLa2O3における酸素欠損の場合に、1.8eV~2.1eVとなり、LaB6よりも低い値となった。このことから、REOx(REは希土類元素、1≦x<1.5)は、エミッタとして機能する材料であり、特に、酸素欠損にある1<x<1.5を満たすREOxが好ましいことが示唆される。
【0071】
[例3]
例3では、REOx(RE=La、x=1、1.4375)およびLaB6の化学的安定性を第一原理分子動力学シミュレーションにより見積もった。具体的には、例1に加え、分子動力学部分にCar-Parrinello法を採用した。シミュレーションは、温度500Kとし、水分子を表面から4Åの距離に配置し行った。これらの計算には、Quantum Espresso v7.0(https://www.quantum-espresso.orgよりダウンロード)を用いた。結果を
図6に示す。
【0072】
図6は、分子動力学シミュレーションの結果を示す図である。
【0073】
図6において、左側はLaB
6の結晶とその(001)面上の水分子の様子とを示し、右側はLaOの結晶とその(001)面上の水分子の様子を示す。
図6によれば、水分子(H
2O)は、LaB
6の(001)面上ではHとOHとに解離吸着されたが、LaOの(001)面上では解離しなかった。図示しないが、六方晶系LaOx(x=1.14375)の(110)面においても、LaOと同様に、水分子は解離しなかった。このことから、REOx(1≦x<1.5)は、LaB
6に比べて、化学的に安定であることが分かり、エミッタに有効であることが示唆される。
【0074】
[例4]
例4では、LaOx(1<x<1.5)を用いたエミッタを製造した。
【0075】
Laからなる金属(株式会社高純度化学研究所社製、直径10mm×厚さ2mm)の表面を酸化し、LaOx(1<x<1.5)で表される化合物の薄膜を形成した(
図2のステップS210)。詳細には、La金属の表面を研削仕上げし、室温(20℃)、相対湿度45%、真空度100Paの環境下で2週間保持した。
【0076】
X線回折を行ったところ、表面に六方晶系多結晶LaOx(空間群P63/mmc、a=0.39nm、b=0.39nm、c=0.61nm)が形成されたことを確認した。また、走査型電子顕微鏡(SEM)観察からLaOxの膜厚は2.5μmであった。さらに、SEM付属のエネルギー分散型X線分光法(EDX)によりOとLaとの原子比を調べたところ、O/Laは1.48と算出された。以上から、酸化処理により、La金属上に六方晶系LaOx(x=1.48)の多結晶薄膜(厚さ2.5μm)が得られた。
【0077】
次いで、集束イオンビーム(FIB)を用いて薄膜をニードル状に加工した(
図2のステップS220)。詳細には、La金属上のLaOx薄膜の一定の範囲(15μm×3μm)にプラチナ(Pt)を蒸着させた後、その周囲および底部を切削・切断してLaOx薄膜片を切り出した。切り出したLaOx薄膜片の表面にタングステン(W)チップを接触させ、その接触点にPtを蒸着させることによって、LaOx薄膜片とタングステンチップとを固定した。このLaOx薄膜片を、タングステンチップを用いてピックアップし、タングステン支持ニードル上に載せた。その後、Ptを蒸着し、支持ニードル上にLaOx単結晶片を固定し、適切な位置で切断した。なお、半径100nmを有するタングステンW(310)ニードルを、FIBによって端部に平坦形状を有するよう加工し、支持ニードルとした。このようにして、LaOx薄膜片(幅2μm×奥行2μm×高さ2.5μm)がタングステン支持ニードルに固定された。
【0078】
次いで、FIBシステムを用い、Gaイオンビームを加速し、LaOx薄膜片を走査した。このとき、イオンビームの照射条件は以下の通りであった。
電流:790pA
電圧:30kV
照射時間:10分
照射位置:LaOx薄膜片の外側から内側の方向に走査
環境:10-5Pa~10-3Pa
【0079】
このようにして得られたLaOxナノニードルを走査型電子顕微鏡(日本エフイー・アイ株式会社製、Helios 650)および透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JEM-3100F)により観察した。観察結果を
図7に示す。
【0080】
図7は、LaOxナノニードルのSEM像(A)およびTEM像(B)を示す図である。
【0081】
図7(A)によれば、タングステン支持ニードル上にPtを介して先細りの形状を有するLaOxナノニードルが位置することが分かる。LaOxナノニードルの短手方向の幅(
図1の幅d)は600nmであった。この端部の先端の曲率半径は、20nmであり、LaOxナノニードルの短手方向の長さの3.3%の値であった。
【0082】
図7(B)によれば、LaOxの先端は単結晶であり、その結晶面は(102 ̄)であることが分かった。
【0083】
ナノニードルを走査透過型電子顕微鏡により観察し、EDSにより元素分析を行った。結果を
図8および表8に示す。
【0084】
図8は、LaOxナノニードルのSTEM-EDSマッピングを示す図である。
【0085】
図8ではグレースケールで示すが、
図8(B)および
図8(C)の明るく示される領域は、それぞれ、ランタン(La)および酸素(O)が存在していることを示す。
図8によれば、LaOxナノニードルは、実質的に、LaおよびOからなることが分かる。
【0086】
【0087】
表8において、Ptが検出されたが、これは、タングステン支持ニードルとLaOxナノニードルとの固定に用いたPtに起因する。ここでも、LaOxナノニードル中のLaとOとの原子比は、1.48(=58.39/39.4)であり、LaO1.48であることが確認された。さらに、イオン源としてGaを用いたことにより、LaOxナノニードル中からGaが検出された。
【0088】
次に、電界放射顕微鏡装置(FEM)を用いてLaOxナノニードルの電界放出特性を調べた。チャンバ内を3×10
-7Paの高真空に維持し、熱フラッシングを行い、LaOxナノニードルの先端(電子を放出すべき端部)を清浄化した。次に、LaOxナノニードルの先端に負の電圧(750V)を印加し、電子の放出を誘引した。次いで、LaOxナノニードルの先端の引出電圧極性を反転させ、電界放出を行い、電界放出パターンを観察した。なお、電界放出パターンは、LaOxナノニードルから5cmの距離に配置したスクリーン(マイクロチャンネルプレート、直径1cm)に投影された。結果を
図9に示す。
【0089】
図9は、LaOxナノニードルの電界放出パターンを示す図である。
【0090】
図9ではグレースケールで示すが、明るく示される領域が、電子がスクリーンに衝突した領域であり、LaOxナノニードルは、電界放出し、エミッタとして機能することが分かった。特に、LaOxナノニードルは単一の電界放出パターンを示し、高輝度化に有利であることが示された。
【0091】
さらに、LaOxナノニードルの先端を熱フラッシングし、室温、電流値:36nA、印加電圧:750V、および、電流値100nA、印加電圧800Vにおける電流安定性を測定した。結果を
図10に示す。
【0092】
図10は、LaOxナノニードルの電流安定性を示す図である。
【0093】
図10によれば、電流値:36nA、印加電圧:750V、および、電流値100nA、印加電圧800Vのいずれの条件においても、電流は安定していた。放出電流の揺らぎ(<ΔI
2>
1/2/I)を評価したところ、それぞれ、2%/15分、2%/10分であり、有意に低い値が得られた。このことは、本発明のLaOxナノニードルは、エミッタとして優れた特性を有することを示している。
本発明のエミッタを用いれば、効率的かつ安定して電子を放出できるので、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、エネルギー分散型電子分光器等の電子集束能力をもつ任意の機器に採用される。