(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024019509
(43)【公開日】2024-02-09
(54)【発明の名称】アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー及び診断用キット、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法、並びに被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240201BHJP
【FI】
G01N33/68
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023209259
(22)【出願日】2023-12-12
(62)【分割の表示】P 2019126183の分割
【原出願日】2019-07-05
(71)【出願人】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】304028726
【氏名又は名称】国立大学法人 大分大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】道川 誠
(72)【発明者】
【氏名】アブドラ モハンマド
(72)【発明者】
【氏名】松原 悦朗
(72)【発明者】
【氏名】木村 成志
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA13
2G045DA36
2G045FB08
(57)【要約】
【課題】低侵襲で簡便かつ安価にアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断を行える、アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー及び診断用キット、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法、並びに被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法の提供。
【解決手段】HSP90からなるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー及び診断用キット、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法、並びに被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液検体中のHSP90濃度とアミロイドPETイメージングによる脳内アミロイドβタンパク質蓄積量の関係を示す検量線を作成する工程、
被験者に由来する血液検体中のHSP90濃度を測定して測定値を得る工程、及び
前記HSP90濃度の測定値を前記検量線に基づいて前記被験者の脳内アミロイドβタンパク質蓄積量に換算する工程
を含む、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法。
【請求項2】
さらに、
血液検体中のCD63濃度とアミロイドPETイメージングによる脳内アミロイドβタンパク質蓄積量の関係を示す検量線を作成する工程、
被験者に由来する血液検体中のCD63濃度を測定して測定値を得る工程、及び
前記CD63濃度の測定値を前記検量線に基づいて前記被験者の脳内アミロイドβタンパク質蓄積量に換算する工程
を含む、請求項1に記載の脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法。
【請求項3】
さらに、
血液検体中のフロチリン濃度とアミロイドPETイメージングによる脳内アミロイドβタンパク質蓄積量の関係を示す検量線を作成する工程、
被験者に由来する血液検体中のフロチリン濃度を測定して測定値を得る工程、及び
前記フロチリン濃度の測定値を前記検量線に基づいて前記被験者の脳内アミロイドβタンパク質蓄積量に換算する工程
を含む、請求項1又は2に記載の脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー及び診断用キット、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法、並びに被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病の病理学的特徴の一つである老人斑の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる主に40又は42個のアミノ酸残基からなるポリペプチドである。近年では、脳内Aβ蓄積はアルツハイマー病発症の10~20年以上前に始まること、脳内Aβ蓄積が確認される健常者及びMCI(軽度認知障害)患者において、アルツハイマー病の発症確率が有意に高いことが明らかとなり、Aβの脳内蓄積が脳アミロイドーシスとしてのアルツハイマー病病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。
【0003】
2011年にNational Institute on Aging-Alzheimer’s Association(NIAAA)合同作業グループから発表されたアルツハイマー病の診断基準(非特許文献1)では、脳内Aβ蓄積を反映するバイオマーカーとして、脳脊髄液中のAβ42の低下及びアミロイドPET(陽電子放出断層撮影)イメージングが挙げられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】McKhann,G.M.,外17名、“The diagnosis of dementia due to Alzheimer’s disease:Recommendations from the National Institute on Aging-Alzheimer’s Association workgroups on diagnostic guidelines for Alzheimer’s disease”、2011年5月、Alzheimer’s & Dementia、第7巻、第3号、p.263-269
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、脳脊髄液(髄液)のAβ42の測定は、髄液の採取に腰椎穿刺が必要であるため、侵襲性が高く、一般病院及び診療所での実施が困難である。また、アミロイドPETイメージングは、脳内Aβ蓄積状態を直接的に評価できるが、高価なPET-CT装置を必要するため、一般病院及び診療所での実施が困難である。さらに、PET検査用の薬剤による放射線障害の可能性を否定できない。
【0006】
そこで、本発明は、低侵襲で簡便かつ安価にアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断を行える、アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー及び診断用キット、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法、並びに被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題は、以下の発明によって解決される。
[1] HSP90からなるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。
[2] HSP90とHSP90以外のバイオマーカーとを組み合わせてなるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。
[3] 前記HSP90以外のバイオマーカーがCD63及びフロチリンからなる群から選択される少なくとも1つである、[2]に記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。
[4] 前記HSP90以外のバイオマーカーがCD63である、[2]又は[3]に記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。
[5] 前記HSP90以外のバイオマーカーがフロチリンである、[2]又は[3]に記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。
[6] 前記HSP90以外のバイオマーカーがCD63及びフロチリンである、[2]又は[3]に記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。 [7] 脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量を評価するための、[1]~[6]のいずれか1つに記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー。
[8] HSP90に特異的な抗体を含む、アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用キット。
[9] さらに、CD63に特異的な抗体を含む、[8]に記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用キット。
[10] さらに、フロチリンに特異的な抗体を含む、[8]又は[9]に記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用キット。
[11] 脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量を評価するための、[8]~[10]のいずれか1つに記載のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用キット。
[12] 被験者由来の血液検体中のHSP90濃度を測定して測定値を得る工程、及び
前記HSP90濃度の測定値を基準値と比較する工程
を含む、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法。
[13] さらに、
被験者由来の血液検体中のCD63濃度を測定して測定値を得る工程、及び
前記CD63濃度の測定値を基準値と比較する工程
を含む、[12]に記載の脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法。
[14] さらに、
被験者由来の血液検体中のフロチリン濃度を測定して測定値を得る工程、及び
前記フロチリン濃度の測定値を基準値と比較する工程
を含む、[12]又は[13]に記載の脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法。
[15] 被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法であって、被験者由来の血液検体中のHSP90濃度を測定する工程を含む、方法。
[16] さらに、
被験者由来の血液検体中のCD63濃度を測定する工程
を含む、[15]に記載の方法。
[17] さらに、
被験者由来の血液検体中のフロチリン濃度を測定する工程
を含む、[15]又は[16]に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、低侵襲で簡便かつ安価にアルツハイマー病(AD)又は発症前アルツハイマー病(発症前AD)の診断を行える、アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー及び診断用キット、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法、並びに被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、血清中HSP90の分析結果を示す図である。
【
図2】
図2は、血清中CD63の分析結果を示す図である。
【
図3】
図3は、血清中フロチリンの分析結果を示す図である。
【
図4】
図4は、血清中HSP90、CD63、フロチリンを解析したデータを、それぞれ掛け合わせた結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は、血液検体中のHSP90、CD63、フロチリンの濃度と、アミロイドPETイメージングによる脳内Aβ沈着レベルとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
「~」を用いて表す数値範囲には、「~」の両側の数値を含むものとする。
「発症前アルツハイマー病」は、脳内Aβの蓄積が認められるが、認知障害の症状は無い病態をいう。
血液は、全血、血漿又は血清のいずれでもよいが、血漿又は血清が好ましく、血清がより好ましい。
【0011】
[アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用マーカー]
本発明のアルツハイマー病(AD)又は発症前アルツハイマー病(発症前AD)の診断用マーカー(以下、単に「本発明の診断用マーカー」という。)は、HSP90(ヒートショックプロテイン90)からなる。
【0012】
HSP90は、分子量約90kDaのタンパク質であり、エクソソームの内部に含まれている。HSP90は、一般的なエクソソームのマーカーの1つである。
【0013】
エクソソームは、細胞内の小胞輸送を介して多胞体(MVB)から細胞外に放出される直径30~100nm程度の細胞外小胞(EV)の一種である。エクソソームは細胞外に分泌された後、血液等の体液を介して他の組織に取り込まれ、細胞間情報伝達の担い手として機能することが示唆されている。
【0014】
本発明者らは、AD患者では非AD患者に比べて血液中のHSP90濃度が有意に低下することを知見し、アミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量及び認知障害の有無と併せて検討した結果、後述する実施例によって示されるとおり、被験者の血液中のHSP90がAD又は発症前ADの診断用マーカーとして有用であることが裏付けられた。
また、血液中のHSP90濃度とアミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量とは逆相関することが確認されている。
【0015】
HSP90をAD又は発症前ADの診断用マーカーとして用いる場合は、被験者の血液中のHSP90を測定し、測定値を基準値と比較することが好ましい。
前記基準値としては、この値以下であるとADであることが疑われる基準値が考えられる。被験者の血液中のHSP90の測定値がこの基準値以下であっても、臨床症状として認知障害が現れていない場合は、発症前ADと診断できる。また、被験者の血液中のHSP90の測定値がこの基準値を超えておりADが否定される場合であっても、臨床症状として認知障害が現れているときは、AD以外の認知障害であると診断できる。
【0016】
本発明の診断用マーカーは、HSP90とHSP90以外のバイオマーカーとを組み合わせてなることが好ましい。
前記HSP90以外のバイオマーカーは、CD63及びフロチリンからなる群から選択される少なくとも1つが好ましく、CD63又はフロチリンがより好ましく、CD63がさらに好ましい。
【0017】
CD63は、エクソソームの膜に発現する膜貫通タンパク質ファミリーであるテトラスパニンの1種であり、一般的なエクソソームのマーカーの1つである。
【0018】
本発明者らは、AD患者では非AD患者に比べて血液中のCD63濃度が有意に低下することを知見し、アミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量及び認知障害の有無と併せて検討した結果、後述する実施例によって示されるとおり、被験者の血液中のCD63がAD又は発症前ADの診断用マーカーとして有用であることが裏付けられた。 また、血液中のCD63濃度とアミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量とは逆相関することが確認されている。
【0019】
フロチリンは、エンドソーム結合タンパク質の1種であり、エクソソームが多胞性エンドソーム(MVE)の内部にエンドソームの膜が陥没して形成される際に、エクソソームに取り込まれる。フロチリンは、一般的なエクソソームのマーカーの1つである。
【0020】
本発明者らは、国際公開第2018/221212号に開示するとおり、被験者の血液中のフロチリンがAD又は発症前ADの診断用マーカーとして有用であることを示している。
【0021】
後述する実施例に示すとおり、診断用マーカーとして、HSP90と、CD63及びフロチリンからなる群から選択される少なくとも1つを組み合わせることにより、AD群と非AD群との分離がよくなり、診断能力が向上する。
【0022】
本発明の診断用マーカーは、血液中のHSP90、CD63、フロチリンの濃度がアミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量と逆相関することから、脳内へのAβの蓄積量を評価するためにも使用できる。
【0023】
本発明の診断用マーカーは、以下の利点を有する。
(1)血液検体(全血、血漿又は血清)を用いるため、侵襲が少なく、腰椎穿刺により髄液を採取するのに比べて、容易に検体を採取できる。特に、被験者自身が検体を採取することも可能である。
(2)ADの発症前診断、早期診断が可能である。
(3)ADと他の脳内Aβ蓄積の無い認知障害との鑑別が可能である。
(4)アミロイドPETイメージングの代替となり得る。
【0024】
[アルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用キット]
本発明のアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の診断用キット(以下、単に「本発明の診断用キット」という。)は、HSP90に特異的な抗体及び取扱説明書を含む。
HSP90に特異的な抗体は、HSP90に対する特異的結合性を有する抗HSP90抗体である。抗HSP90抗体は、HSP90に対する特異的結合性を有する限り、その種類及び由来等は特に限定されない。また、ポリクローナル抗体、オリゴクローナル抗体及びモノクローナル抗体のいずれでもよい。ポリクローナル抗体又はオリゴクローナル抗体としては、動物免疫して得た抗血清由来のIgG画分の他、抗原によるアフィニティー精製抗体を使用できる。抗HSP90抗体が、Fab、Fab’、F(ab’)2、scFv、dsFv抗体等の抗体断片であってもよい。
【0025】
抗HSP90抗体は、免疫学的手法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法等を利用して調製できる。免疫学的手法によるポリクローナル抗体の調製は次の手順で行える。抗原(HSP90又はその一部)を調製し、これを用いてウサギ等の動物に免疫を施す。抗原は生体試料を精製することにより得られる。また、組換え型抗原を用いることもできる。組換え型抗原は、例えば、HSP90をコードする遺伝子(遺伝子の一部であってもよい)を、ベクターを用いて適当な宿主細胞に導入し、得られた組換え細胞内で遺伝子を発現させることにより調製できる。
【0026】
免疫惹起作用を増強するために、キャリアタンパク質を結合させた抗原を用いてもよい。キャリアタンパク質としては、KLH(キーホールリンペットヘモシアニン)、BSA(ウシ血清アルブミン)、OVA(オボアルブミン)等が使用される。キャリアタンパク質の結合には、カルボジイミド法、グルタルアルデヒド法、ジアゾ縮合法、MBS(マレイミドベンゾイルオキシコハク酸イミド)法等を使用できる。一方、HSP90(又はその一部)を、GST(グルタチオンS-トランスフェラーゼ)、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク又はヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として発現させた抗体を用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用液な方法により簡便に精製できる。
【0027】
必要に応じて免疫を繰り返し、充分に抗体価が上昇した時点で採決し、遠心処理等によって血清を得る。得られた抗血清をアフィニティー精製し、ポリクローナル抗体とする。
【0028】
一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製できる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、充分に抗体価が上昇した時点で免疫細胞から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、このハイブリドーマをモノクローナル化した後、HSP90に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。選択されたクローンの培養液を精製して目的の抗体を得られる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植し、腹水内で増殖させて腹水を精製しても目的の抗体を取得できる。培養液の精製又は腹水の精製には、プロテインG、プロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原(HSP90)を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。さらには、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、硫安分画又は遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は、単独で、又は組み合わせて、用いられる。
【0029】
HSP90への特異的結合性を保持することを条件として、得られた抗体に種々の改変を施すことができる。このような改変抗体をHSP90に特異的な抗体として用いてもよい。
【0030】
抗HSP90抗体として標識化抗体を使用すれば、標識量を指標に結合体量を直接検出することが可能である。従って、より簡便な検査法を構築できる。その反面、標識物質を結合させた抗HSP90抗体を用意する必要があることに加えて、検出感度が一般に低くなるという問題点がある。そこで、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法、二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法等、間接的検出方法を利用することが好ましい。ここでの二次抗体とは、抗HSP90抗体に特異的結合性を有する抗体であった、例えばウサギ抗体として抗HSP抗体を調製した場合には、抗ウサギIgG抗体を使用できる。ウサギ、ヤギ又はマウス等、様々な種の抗体に対して使用可能な標識二次抗体が市販されており(例えばフナコシ社、コスモバイオ社等)、適切なものを適宜選択して使用できる。
【0031】
標識物質としては、例えば、フルオレセイン、ローダミン、テキサスレッド、オレゴングリーン等の蛍光色素、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、アルカリ性ホスファターゼ、β-D-ガラクトシダーゼ等の酵素、ルミノール、アクリジン色素等の化学又は生物発光化合物、32P、35S、131I、125I等の放射性同位体、及びビオチンが挙げられる。
【0032】
一態様では、HSP90に特異的な抗体はその用途に合わせて固相化されている。固相化に用いる不溶性支持体は特に限定されない。例えば、ポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、シリコン樹脂、ナイロン樹脂等の樹脂、又はガラス等の水に不溶性の物質からなる不溶性支持体を用いることができる。不溶性支持体への抗体の担持は、物理吸着又は化学吸着によって行える。
【0033】
本発明の診断用キットは、被験者の血液中のHSP90を測定する際に使用する、HSP90に特異的な抗体以外の試薬を含んでもよい。このような試薬としては、緩衝液、部ロッキング用試薬、酵素の基質、発色試薬等が挙げられる。さらに、被験者の血液中のHSP90を測定する際に使用する、容器、反応装置、蛍光リーダー等の器具又は装置を含んでもよい。また、標準試料として、HSP90をキットに含めることが好ましい。
【0034】
本発明の診断用キットは、HSP90に特異的な抗体に加えて、CD63に特異的な抗体及びフロチリンに特異的な抗体のいずれか一方又は両方を含むことが好ましい。
HSP90に特異的な抗体は、上述したとおりである。
【0035】
CD63に特異的な抗体は、CD63に対する特異的結合性を有する抗CD63抗体である。抗CD63抗体は、CD63に対する特異的結合性を有する限り、その種類及び由来等は特に限定されない。抗CD63抗体は、抗HSP90抗体の調製方法に準じて調製できる。
【0036】
フロチリンに特異的な抗体は、フロチリンに対する特異的結合性を有する抗フロチリン抗体である。抗フロチリン抗体は、フロチリンに対する特異的結合性を有する限り、その種類及び由来等は特に限定されない。抗フロチリン抗体は、抗HSP90抗体の調製方法に準じて調製できる。
【0037】
HSP90に特異的な抗体に加えて、CD63に特異的な抗体及びフロチリンに特異的な抗体のいずれか一方又は両方を含む場合は、各抗体はそれぞれ別個の容器に収容されていてもよいし、同一の容器に収容されていてもよい。
【0038】
本発明の診断用キットでは、抗体をはじめとする各試薬は、それぞれ別個の容器に収容されて、使用者が使用時に混合するようにして提供されてもよいし、少なくとも一部の試薬についてプレミックスとして予め混合した状態で提供されてもよい。
【0039】
本発明の診断用キットには、さらに、取扱説明書(プロトコール)を添付することが好ましい。
【0040】
本発明の診断用キットは、血液中のHSP90、CD63、フロチリンの濃度がアミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量と逆相関することから、脳内へのAβの蓄積量を評価するためにも使用できる。
【0041】
[脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法]
本発明の脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法(以下、単に「本発明の評価方法」という。)は、以下の工程(1)及び工程(2)を含む。
【0042】
工程(1):
工程(1)は、被験者由来の血液検体中のHSP90濃度を測定して測定値を得る工程である。
被験者から採取された血液検体を用意し、血液中のHSP90濃度を測定する。
【0043】
血液検体としては、全血、血漿又は血清のいずれでもよいが、血漿又は血清が好ましく、血清がより好ましい。全血からの血漿の調製は、例えば、凝固剤の添加及びその後の遠心処理により行うことができる。全血からの血清の調製は、例えば、常温での静置による凝固及びその後の遠心処理により行うことができる。
血液検体の量は、特に限定されないが、0.1mL以上が好ましく、0.5mL以上がより好ましい。
【0044】
被験者は、特に限定されないが、脳内Aβ蓄積量を評価することが必要な被験者が好ましい。具体的には、AD又は発症前ADの診断が必要な被験者、ADと脳内Aβ蓄積が無いAD以外の認知障害との鑑別が必要な被験者が好ましい。
【0045】
血液中のHSP90濃度の測定方法は、特に限定されないが、免疫学的手法が好ましい。免疫学的手法によれば、迅速に、かつ、精度よく、血液中のHSP90濃度を測定できる。また、操作も簡便である。免疫学的手法による血液中のHSP90濃度の測定では、HSP90に特異的な抗体(抗HSP90抗体)が使用される。抗HSP90抗体については、上述したとおりである。
【0046】
測定方法として、ラテックス凝集法、蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法)、放射免疫測定法(RIA)法、ウェスタンブロッティング法を例示できる。これらの中では、FIA法又はEIA法が好ましい。これらの方法によれば、好感度、迅速かつ簡便に、血液中のHSP0濃度を測定できる。FIA法では、蛍光標識した抗体を用い、蛍光をシグナルとして抗原抗体複合体(免疫複合体)を定量する。一方、EIA法では、酵素標識した抗体を用い、酵素反応に基づく発色又は発光をシグナルとして免疫複合体を定量する。各測定法は標準的なプロトコールで実施できるが、当業者であれば、適宜プロトコールを変更可能である。
【0047】
ELISA法は検出感度が高いこと、特異性が高いこと、定量性に優れること、操作が簡便であること、多検体の同時処理に適することなど、多くの利点を有する。ELISA法を利用する場合の具体的な操作法の一例を以下に示す。
まず、抗HSP90抗体を不溶性支持体に固定化する。具体的には、例えば、マイクロプレートの表面を抗HSP90抗体で感作する(コートする)。このように固相化した抗体に対して、血液検体を接触させる。この操作の結果、固相化した抗HSP90抗体に対する抗原(HSP90)が血液検体中に存在していれば免疫複合体が形成される。洗浄操作によって非特異的結合成分を除去した後、酵素を結合した抗体を添加して免疫複合体を標識し、次いで、酵素の基質を反応させて発色させる。そして、発色量を指標として、免疫複合体を検出する。
【0048】
非競合法に限らず、競合法(検体とともに抗原を添加して競合させる方法)を用いることにしてもよい。また、検体中のHSP90を標識化抗体で直接検出する方法を採用しても、又はサンドイッチ法を採用してもよい。サンドイッチ法では、エピトープの異なる2種類の抗体(捕捉用抗体及び検出用抗体)が用いられる。ELISA法の詳細については、数多くの成書、論文に記載されており、各方法の実験手順及び実験条件を設定する際には、それらを参考にできる。
【0049】
HSP90濃度の測定値は、実測値であってもよいし、指数であってもよい。
指数とする場合は、予め健常者又は非AD患者(non-AD群という)について、血液検体中のHSP90濃度を測定しておき、non-AD群の血液検体中のHSP90濃度の平均値を1.0とする方法が挙げられる。
【0050】
血液検体中のHSP90濃度の測定値は、通常、1~100ng/mLの範囲である。
【0051】
工程(2):
工程(2)は、工程(1)で得られたHSP90濃度の測定値を基準値と比較する工程である。
工程(1)の測定値を基準値と比較して、脳内へのAβの蓄積量を評価する。
【0052】
基準値は、血液検体中の絶対的な濃度で設定してもよいし、指数で設定してもよい。 指数で設定する場合は、予めnon-AD群について、血液検体中のHSP90濃度を測定しておき、non-AD群の血液検体中のHSP90濃度の平均値を1.0として、基準値を、例えば、0.8とする方法が挙げられる。基準値は1つに限定されず、例えば、0.8及び0.4とするなど、2つ以上設定してもよい。
【0053】
また、血液検体中のHSP90濃度を脳内Aβ蓄積量に換算して、基準値と比較してもよい。血液検体中のHSP90濃度と、アミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量とは、負の相関があることから、検量線を作成しておくことにより、血液検体中のHSP90濃度を脳内Aβ蓄積量に換算できる。
【0054】
脳内へのAβの蓄積量は、認知障害等の臨床症状の有無と組み合わせることにより、発症前AD、AD、AD以外の認知障害等の診断を行うことができる。
具体的には、脳内へのAβの蓄積量が基準値以上であれば、AD又は発症前ADであると診断し、さらに、認知障害の有無と組み合わせて、AD、発症前ADの診断ができる。また、脳内へのAβの蓄積量が基準値未満であれば、AD及び発症前ADが否定され、さらに、認知障害があれば、AD以外の認知障害であると診断でき、認知障害がある被験者のADとAD以外の認知障害の鑑別が可能となる。
【0055】
本発明の評価方法は、工程(1)及び工程(2)に加えて、以下の工程(3)及び工程(4)を含むことが好ましい。
工程(3):
工程(3)は、被験者由来の血液検体中のCD63濃度を測定して測定値を得る工程である。工程(3)は、抗HSP90抗体に代えて抗CD63抗体を用い、血液検体中のCD63濃度を測定する点を除いて、工程(1)に準じる。
工程(4):
工程(4)は、工程(3)で得られたCD63濃度の測定値を基準値と比較する工程である。工程(4)は、HSP90濃度に代えてCD63濃度の測定値を用いる点を除いて、工程(2)に準じる。
【0056】
本発明の評価方法は、工程(1)及び工程(2)に加えて、以下の工程(5)及び工程(6)を含むことが好ましい。
工程(5):
工程(5)は、被験者由来の血液検体中のフロチリン濃度を測定して測定値を得る工程である。工程(5)は、抗HSP90抗体に代えて抗フロチリン抗体を用い、血液検体中のフロチリン濃度を測定する点を除いて、工程(1)に準じる。
工程(6):
工程(6)は、工程(5)で得られたフロチリン濃度の測定値を基準値と比較する工程である。工程(6)は、HSP90濃度に代えてフロチリン濃度の測定値を用いる点を除いて、工程(2)に準じる。
【0057】
本発明の評価方法は、工程(1)及び工程(2)に加えて、上述した工程(3)、工程(4)、工程(5)及び工程(6)を含むことが好ましい。
【0058】
本発明において、HSP90濃度に加えて、CD63濃度及びフロチリン濃度のいずれか一方又は両方を測定した場合には、測定結果を組み合わせてもよい。
例えば、健常者由来の血液検体中のHSP90濃度等の測定値の平均を1.0として、被験者由来の血液検体中のHSP90濃度等の測定値を指数化できるようにしておき、指数を掛け合わせる方法等が挙げられる。具体的には、HSP90、CD63、フロチリンのいずれについても、AD患者では健常者よりも低値となることから、被験者由来の血液検体中のHSP90濃度の指数が0.6、CD63濃度の指数が0.5であれば、これらを掛け合わせたHSP90×CD63は、0.3となる。指数が1.0よりも小さいものをかけ合わせれば値はより小さくなるので、健常者とよりよく分離できるようになる。
【0059】
[被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法]
本発明の被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するためのインビトロの方法(以下、単に「本発明のインビトロの方法」という。)は、被験者由来の血液検体中のHSP90濃度を測定する工程を含む。
被験者由来の血液検体中のHSP90濃度を測定する工程は、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における工程(1)と同様である。
さらに、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における工程(2)と同様の工程、すなわち、測定して得られたHSP90濃度を基準値と比較する工程を含んでもよい。
【0060】
本発明のインビトロの方法は、さらに、被験者由来の血液検体中のCD63濃度を測定する工程及び被験者由来の血液検体中のフロチリン濃度を測定する工程のいずれか一方又は両方を含んでもよい。
【0061】
前記被験者由来の血液検体中のCD63濃度を測定する工程は、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における工程(3)と同様である。
本発明のインビトロの方法が、被験者由来の血液検体中のCD63濃度を測定する工程を含む場合において、さらに、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における工程(4)と同様の工程、すなわち、測定して得られたCD63濃度を基準値と比較する工程を含んでもよい。
【0062】
前記被験者由来の血液検体中のフロチリン濃度を測定する工程は、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における工程(5)と同様である。
本発明のインビトロの方法が、被験者由来の血液検体中のフロチリン濃度を測定する工程を含む場合において、さらに、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における工程(6)と同様の工程、すなわち、測定して得られたフロチリン濃度を基準値と比較する工程を含んでもよい。
【0063】
前記基準値は、上述した脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量の評価方法における基準値と同様である。
【0064】
本発明のインビトロの方法は、被験者におけるアルツハイマー病又は発症前アルツハイマー病の検出を補助するための方法であり、臨床症状としての認知障害の有無及び程度、その他のバイオマーカー、AD以外の認知障害との鑑別検査の結果などを組み合わせることが好ましい。
【実施例0065】
アルツハイマー病患者の脳内ではAβレベルが著しく高いことから、エクソソームの分泌レベルも低下している可能性がある。そこで、エクソソームのマーカーとして利用されているHSP90、CD63、フロチリンのレベルを、患者サンプルを用いて解析することにした。
【0066】
1.対象と方法
解析対象としたのは下記のサンプルである。これらの解析に当たっては、名古屋市立大学、大分大学の倫理審査委員会の承認を受けた。
(i) 臨床診断(アミロイドPET検査でアミロイド沈着陽性)でADと診断された人の血清(-80℃で凍結保存)
(ii)臨床診断(アミロイドPET検査でアミロイド沈着陰性)で非ADと診断された健常診の血清(-80℃で凍結保存)。
【0067】
上記サンプルを用いて、抗HSP90抗体、抗CD63抗体又は抗フロチリン抗体を使用したウエスタンブロット解析を行った。
血清は、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、NaCl 137mmol/L、KCl 2.7mmol/L、Na2HPO4 10mmol/L、KH2PO4 1.76mmol/L、pH7.4)で100倍に希釈した後、等量のサンプリングバッファー(組成は、100mM トリス-塩酸(pH7.4)、10質量% グリセロール、4質量% SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)、10質量% メルカプトエタノール、0.01質量% ブロモフェノールブルー)に混和させ、90℃で5分間ボイルした。
各サンプルは、10質量%トリス・トリシンSDS-PAGEで電気泳動させた後、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)膜(イモビロン膜、ミリポア社製)に転写した。
【0068】
PVDF膜は、スキムミルク溶液でブロッキングした後、4℃で8~10時間、一次抗体含有の溶液中でインキュベーションした。
一次抗体には、抗HSP90抗体(Purified Mouse Anti-Hsp90、BD Biosciences Pharmingen社製)、抗CD63抗体(CD63/MLA1ポリクローナル抗体、Bioss社製)又は抗フロチリン1抗体(抗フロチリン1ウサギ宿主抗体、Sigma-Aldrich社製)を使用した。翌朝、PVDF膜をPBS-T(PBS-ツイーン20)溶液にて洗浄し、非特異的に結合している一次抗体を除去した後、二次抗体(抗HSP90抗体には抗マウスIgG抗体、抗CD63抗体には抗ウサギIgG抗体をそれぞれ5000倍希釈)を溶解した溶液で室温にて1時間インキュベーションした。その後、PBS-Tにて十分に洗浄した後、発色液で反応させイメージアナライザーでHSP90、CD63又はフロチリンのバンドを検出した。イメージアナライザーにインストールされているソフトウエアにてこれらのバンドの強さを定量してグラフを作成するとともに、統計学的解析をした。
【0069】
2.結果
血清中のHSP90、CD63又はフロチリンのレベルを解析した結果、血清においてHSP90、CD63又はフロチリンのレベルが、それぞれ、Non-ADに比べてADで有意に低下することが判明した(
図1、
図2、
図3)。
【0070】
<血清中のHSP90、CD63又はフロチリンのレベルを用いた診断・鑑別>
図1(B)、
図2(B)、
図3(B)に、non-AD群の平均値を1.0としてnon-AD群及びAD群の各測定値を指数化して示す。
non-AD群とAD群とでは、平均値に有意な差があった。
血清中のHSP90、CD63又はフロチリンのレベルが0.4以下であれば、AD又は発症前ADである可能性が高い。重度の認知障害が認められる場合はADである可能性が極めて高く、そうでない場合であっても、発症前ADである可能性が極めて高い。
血清中のHSP90、CD63又はフロチリンのレベルが0.4超0.8以下であれば、AD又は発症前ADである可能性を否定できない。アミロイドPETイメージングその他のより精密な検査を受診すべきである。
血清中のHSP90、CD63又はフロチリンのレベルが0.8超1.2以下であれば、AD又は発症前ADである可能性は低い。認知障害が認められる場合は、ADも疑うべきである。
血清中のHSP90、CD63又はフロチリンのレベルが1.2超であれば、AD又は発症前ADである可能性を否定してよい。認知障害が認められる場合は、AD以外を疑うべきである。
【0071】
<HSP90、CD63、フロチリンの組合せ>
同じ血清サンプルを用いた解析で、HSP90、CD63、フロチリンを解析したデータを、それぞれ、non-AD群の平均値を1.0として指数化し、掛け合わせると、
図4(A)~(D)に示すように、HSP90、CD63、フロチリン単独で見られたデータ間の重複が著しく軽減された。このことから、診断用マーカーの値をそれぞれ掛け合わせることで、特異性が上昇することが分かった。
【0072】
<HSP90、CD63、フロチリンとアミロイドPETイメージングとの相関>
図5から、血液検体中のHSP90、CD63又はフロチリンの濃度は、アミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量と、負の相関があることがわかる(
図5(A)~(C))。
図5(A)は、PiB SUVR(ピッツバーグコンパウンドBの標準取込値比、Aβの沈着量が多いほど高値)を横軸に、HSP90 levels(血清HSP90濃度をnon-ADの平均値を1として指数化した値、血清HSP90濃度が低いほど低値)を縦軸にとって作成したグラフである。PiB SUVRとHSP90 levelsとは、負の相関を示した。なお、
図5(A)~(B)において、PiB SUVRは、アミロイドPETイメージングによって測定した脳内Aβ沈着レベルに基づく。
図5(B)は、PiB SUVRを横軸に、CD63 levels(血清CD63濃度をnon-ADの平均値を1として指数化した値、血清CD63濃度が低いほど低値)を縦軸にとって作成したグラフである。PiB SUVRとCD63 levelsとは、負の相関を示した。
図5(C)は、PiB SUVRを横軸に、Flotillin×HSP90×CD63 levels(血清HSP90濃度をnon-ADの平均値を1として指数化した値と、血清CD63濃度をnon-ADの平均値を1として指数化した値と、血清フロチリン(Flotillin)濃度をnon-ADの平均値を1として指数化した値とを掛け合わせた値)を縦軸にとって作成したグラフである。PiB SUVRとFlotillin×HSP90×CD63 levelsとは、相関係数が、r=-0.5194、P<0.027(Spearman rho関数)と有意差があり、負の相関を示した。フロチリン、HSP90、CD63の値を掛け合わせた指数は、脳内Aβ沈着レベルと逆相関する。
血液検体中のHSP90、CD63又はフロチリンの濃度とアミロイドPETイメージングによる脳内Aβ蓄積量の検量線を作成して、血液検体中のHSP90、CD63又はフロチリンの濃度を脳内Aβ蓄積量に換算してもよい。
非検体の血液中のHSP90、CD63、フロチリンの濃度は、いずれも、脳内へのアミロイドβタンパク質の蓄積量と負の相関があることから、脳内Aβ蓄積を反映するバイオマーカーである。そのため、本発明の診断用マーカーは、脳内Aβ蓄積を反映するバイオマーカーとして有用であり、従来用いられている、脳脊髄液中のAβ42の低下及びアミロイドPET(陽電子放出断層撮影)イメージングを代替し得るものである。