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特開2024-20009フェライト系ステンレス鋼材及びその製造方法、制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材、並びに制振部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024020009
(43)【公開日】2024-02-14
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼材及びその製造方法、制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材、並びに制振部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240206BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240206BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20240206BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20240206BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240206BHJP
【FI】
C22C38/00 302T
C22C38/60
C21D6/00 102E
C21D8/00 E
C21D9/46 R
C21D6/00 101B
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022122853
(22)【出願日】2022-08-01
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】安部 雅俊
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA02
4K032BA03
4K032CF03
4K032CH06
4K032CJ01
4K032CJ02
4K032CJ03
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FB00
4K037FF03
4K037FG00
4K037FJ02
4K037FJ07
4K037FK01
4K037FK02
4K037FK03
(57)【要約】
【課題】制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】素地の表面に酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材である。素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が70.0以上、クロマネチックス指数a*が±1.0以内、クロマネチックス指数b*が±5.0以内であり、且つ85度鏡面光沢Gs(85°)が50.0%以上である。フェライト系ステンレス鋼材は、損失係数ηが4.0×10-4以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地の表面に酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材であって、
前記素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が70.0以上、クロマネチックス指数a*が±1.0以内、クロマネチックス指数b*が±5.0以内であり、且つ85度鏡面光沢Gs(85°)が50.0%以上であり、
前記フェライト系ステンレス鋼材の損失係数ηが4.0×10-4以上である、フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
素地の表面に酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材であって、
前記素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、下記のA群及びB群から選択される1種以上を更に含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が70.0以上、クロマネチックス指数a*が±1.0以内、クロマネチックス指数b*が±5.0以内であり、且つ85度鏡面光沢Gs(85°)が50.0%以上であり、
前記フェライト系ステンレス鋼材の損失係数ηが4.0×10-4以上である、フェライト系ステンレス鋼材。
[A群]Al:0.10%以下及びTi:0.10%以下から選択される1種以上
[B群]Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される1種以上
【請求項3】
前記素地は、前記A群を含む組成を有する、請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記素地は、前記B群を含む組成を有する、請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項5】
前記酸化皮膜の厚みが50nm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項6】
前記素地は、以下の(a)及び(b):
(a)平均結晶粒径が100~1000μmである
(b)直径が0.5μm以上5.0μm未満の析出物の個数密度が300個/mm2以下である
の1つ以上を満たす、請求項1~4のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項7】
前記素地は、以下の(a)及び(b):
(a)平均結晶粒径が100~1000μmである
(b)直径が0.5μm以上5.0μm未満の析出物の個数密度が300個/mm2以下である
の1つ以上を満たす、請求項5に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項8】
質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項9】
質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、下記のA群及びB群から選択される1種以上を更に含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材。
[A群]Al:0.10%以下及びTi:0.10%以下から選択される1種以上
[B群]Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される1種以上
【請求項10】
前記A群を含む組成を有する、請求項9に記載の制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項11】
前記B群を含む組成を有する、請求項9に記載の制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項12】
請求項9~11のいずれか一項に記載の制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を、1.0×10-2Pa以下の酸素分圧雰囲気下、1000~1200℃で熱処理した後、800℃までの冷却速度を30℃/分以上として冷却する、フェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項13】
請求項1~4のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼材を含む制振部材。
【請求項14】
請求項5に記載のフェライト系ステンレス鋼材を含む制振部材。
【請求項15】
請求項6に記載のフェライト系ステンレス鋼材を含む制振部材。
【請求項16】
請求項7に記載のフェライト系ステンレス鋼材を含む制振部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼材及びその製造方法、制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材、並びに制振部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車は、電動化に伴ってエンジンによる音及び振動が小さくなり、車室内の静粛性が向上している。その結果、これまでエンジン音に埋もれていた騒音や電動化に特有の高周波音などが搭乗者の耳に異音として捉えられ易くなっており、自動車に用いられる材料に対する制振性のレベルが高くなっている。また、スライドドアレールなどの部品に対しても、ドアの開閉による振動を抑制する観点から、制振性が求められている。
【0003】
さらに、近年、ハードディスク(以下、「HDD」と略す)などの電子機器は、大容量化が進んだことに伴い、単位体積あたりの発熱量が増加している。特に、データセンターなどの多数のHDDを密集して設置する場所では、発熱量が大きくなるため、高出力のファンを用いた冷却が行われている。しかしながら、高出力のファンは、風圧による振動によってハードディスクの共振が生じ易い。HDDなどの電子機器において、振動は誤作動や故障などの原因となるため、電子機器に用いられる部品(例えば、ケース材)に対しても高い制振性が求められている。
【0004】
制振性を有する材料としてはゴムや樹脂が代表例として挙げられるが、ゴムや樹脂は、一般的に熱伝導率が低いため、電子機器など冷却を必要とする用途には使用し難い。そのため、熱伝導率の高い制振性を有する金属材料が必要とされている。また、ゴムや樹脂は、スライドドアレールのような荷重がかかり、且つ少なくとも一部が屋外環境に曝される用途で使用される場合、強度、耐食性などの特性が十分でないことも多い。さらに、これらの部品は人の目につきやすいため、ステンレス鋼に特有の銀白色など表面外観も好まれる。
【0005】
制振性を有する金属材料は、振動エネルギーの減衰機構から、複合型、強磁性型、転位型及び双晶型に大別される。これらは、種類ごとに長所及び短所が存在するが、高強度且つ制振性が良好な強磁性型が好ましい。強磁性型は、振動などの外力が加わった際に磁区が一方向に再配列し、除荷されると磁区はランダムに再配列される。このときの残留歪が振動エネルギーを吸収して振動を減衰させることができる。
【0006】
強磁性型の金属材料としては、例えば、質量%で、C:0.001~0.03%、Si:0.1~1.0%、Mn:0.1~2.0%、Ni:0.01~0.6%、Cr:10.5~24.0%、N:0.001~0.03%、Nb:0~0.8%、Ti:0~0.5%、Cu:0~2.0%、Mo:0~2.5%、V:0~1.0%、Al:0~0.3%、Zr:0~0.3%、Co:0~0.6%、REM(希土類元素):0~0.1%、Ca:0~0.1%、残部Feおよび不可避的不純物である化学組成を有し、マトリックスがフェライト単相であり、フェライト結晶粒の平均結晶粒径が0.3~3.0mmである金属組織を有し、残留磁束密度が45mT以下であるフェライト系ステンレス鋼材が知られている(特許文献1)。
【0007】
また、質量%で、C:0.001~0.04%、Si:0.1~2.0%、Mn:0.1~1.0%、Ni:0.01~0.6%、Cr:10.5~20.0%、Al:0.5~5.0%、N:0.001~0.03%、Nb:0~0.8%、Ti:0~0.5%、Cu:0~0.3%、Mo:0~0.3%、V:0~0.3%、Zr:0~0.3%、Co:0~0.6%、REM(希土類元素):0~0.1%、Ca:0~0.1%、残部Feおよび不可避的不純物である化学組成を有し、マトリックスがフェライト単相であり、フェライト結晶粒の平均結晶粒径が0.3~3.0mmである金属組織を有し、残留磁束密度が45mT以下であるフェライト系ステンレス鋼材も知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-39955号公報
【特許文献2】特開2017-39956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、組成が詳細に検討されていないため、Cr及びMoの含有量が低い場合に所望の制振性が得られ難い。また、制振熱処理は高温で長時間行われるため、特許文献1のフェライト系ステンレス鋼材は、制振熱処理時に酸化皮膜が厚くなって着色(干渉色が発生)することがあり、表面外観が十分とはいえない。
また、特許文献2に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、Alの含有量を高くすることで制振性は向上するものの、Alは非常に酸化し易い元素であるため、制振熱処理時に酸化皮膜が厚くなり易い。
【0010】
制振熱処理は、上記のように高温で長時間行われるため、酸化皮膜の厚みが数十nm以上に成長し、可視光域の光と干渉して黄色や紫などの着色(干渉色)が見られる。この干渉色は、酸化皮膜の厚みを敏感に反映するため、表面全体の色調が均一とはなり難く、美観を損なってしまう。
他方、表面外観が低下する要因となる酸化皮膜を研磨や酸洗などによって除去することが考えられる。しかしながら、研磨は、フェライト系ステンレス鋼材に歪が加わるため制振性を低下させてしまう。また、酸洗によって、酸化皮膜(特にAl23)を除去することは非常に困難であり、除去できたしても光沢が低下して肌荒れも生じ易い。
したがって、フェライト系ステンレス鋼材に特有の銀白色の外観を維持しつつ高い制振性を付与することは困難であった。
【0011】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに制振部材を提供することを目的とする。
また、本発明は、制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材を製造可能な制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記のような問題を解決すべく鋭意研究を行った結果、素地の表面に酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材において、素地の組成、酸化皮膜の明度指数L*、クロマネチックス指数a*及びb*、85度鏡面光沢Gs(85°)、並びに損失係数ηを制御することにより、制振性及び表面外観を向上させ得ることを見出した。また、本発明者らは、このような特徴を有するフェライト系ステンレス鋼材が、所定の組成を有する材料(制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材)を用い、所定の条件で制振熱処理を行うことで得られることも見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0013】
すなわち、本発明は、素地の表面に酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材であって、
前記素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が70.0以上、クロマネチックス指数a*が±1.0以内、クロマネチックス指数b*が±5.0以内であり、且つ85度鏡面光沢Gs(85°)が50.0%以上であり、
前記フェライト系ステンレス鋼材の損失係数ηが4.0×10-4以上である、フェライト系ステンレス鋼材である。
【0014】
また、本発明は、素地の表面に酸化皮膜を有するフェライト系ステンレス鋼材であって、
前記素地は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、下記のA群及びB群から選択される1種以上を更に含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が70.0以上、クロマネチックス指数a*が±1.0以内、クロマネチックス指数b*が±5.0以内であり、且つ85度鏡面光沢Gs(85°)が50.0%以上であり、
前記フェライト系ステンレス鋼材の損失係数ηが4.0×10-4以上である、フェライト系ステンレス鋼材である。
[A群]Al:0.10%以下及びTi:0.10%以下から選択される1種以上
[B群]Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される1種以上
【0015】
また、本発明は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材である。
【0016】
また、本発明は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、下記のA群及びB群から選択される1種以上を更に含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材である。
[A群]Al:0.10%以下及びTi:0.10%以下から選択される1種以上
[B群]Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される1種以上
【0017】
また、本発明は、前記制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を、1.0×10-2Pa以下の酸素分圧雰囲気下、1000~1200℃で熱処理した後、800℃までの冷却速度を30℃/分以上として冷却する、フェライト系ステンレス鋼材の製造方法である。
【0018】
さらに、本発明は、前記フェライト系ステンレス鋼材を含む制振部材である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに制振部材を提供することができる。
また、本発明によれば、制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材を製造可能な制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
強磁性型のフェライト系ステンレス鋼材の制振性は、磁区が移動した際の変形量(磁歪)の大きさによって決まる。Alは磁歪を大きくすることができる一方で、酸化し易い元素であるため、制振熱処理時に酸化皮膜が着色(干渉色が発生)して表面外観が低下する要因となる。また、TiもAlと同様に酸化し易い元素であるため、制振熱処理時に酸化皮膜が着色して表面外観が低下する要因となる。そのため、表面外観を向上させるために、Al及びTiを含まないか又はAl及びTiを低減した組成系とした。他方、磁歪を大きくするために、CrをMoと複合添加し、それらの含有量を最適化した。
【0021】
また、フェライト系ステンレス鋼材における制振性の発現には、磁区が自由に移動できることが必要であるが、フェライト系ステンレス鋼材中の歪(転位)、析出物及び結晶粒界は磁区の移動を妨げる。フェライト系ステンレス鋼材中の歪(転位)、析出物及び結晶粒界を低減するためには熱処理が必要であるが、溶製時に析出した析出物(特に、Nbの炭窒化物)は、熱処理によって消失し難い。そこで、析出物を少なくするために、Nbを含まないか又はNbを低減した組成系とした。
【0022】
また、フェライト系ステンレス鋼材中のC及びNの固溶量が多いと、Crと結合してCr炭化物及びCr窒化物が析出する。これらの析出物は周囲のCrを奪って耐食性を低下させる鋭敏化を招く。そこで、C及びNの固溶量を低減し、鋭敏化を抑制するために、Nbを添加してC及びNを析出物として固定化した。Nbの炭窒化物(析出物)は、800℃以上1000℃未満で析出し、1000℃以上で固溶するため、制振熱処理を1000~1200℃で行いTiの炭窒化物を固溶させた後、800℃までの冷却速度を早めることで析出物を微細にした。
さらに、Cr、Fe、Mnなどの元素の酸化を抑制し、着色(干渉色が発生)し難い酸化皮膜を形成するために、制振熱処理時の雰囲気を制御した。
【0023】
上記の観点に基づいて完成された本発明の実施形態について、以下で具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0024】
(1)フェライト系ステンレス鋼材
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材は、素地の表面に酸化皮膜を有する。
ここで、本明細書において「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼から形成された材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。また、断面形状がT形、I形などの各種形鋼であってもよい。
また、本明細書において「フェライト系」とは、常温で金属組織が主にフェライト相であるものを意味する。したがって、「フェライト系」にはフェライト相以外の相(例えば、オーステナイト相やマルテンサイト相など)が僅かに含まれるものも包含される。
【0025】
素地は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。
【0026】
ここで、本明細書において「不純物」とは、フェライト系ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。不純物としては、例えばOが挙げられる。
なお、各元素の含有量に関して、「xx%以下」を含むとは、xx%以下であるが、0%超(特に、不純物レベル超)の量を含むことを意味する。
【0027】
また、素地は、下記のA群及びB群から選択される1種以上を更に含むことができる。
[A群]Al:0.10%以下及びTi:0.10%以下から選択される1種以上
[B群]Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される1種以上
以下、各成分について詳細に説明する。
【0028】
(C:0.100%以下)
Cは、フェライト系ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。Cの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、Cの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%である。
【0029】
(Si:1.00%以下)
Siは、フェライト系ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Siの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下する。そのため、Siの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Siの含有量の下限値は、特に限定されないが、Siによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%、更に好ましくは0.05%である。
【0030】
(Mn:1.00%以下)
Mnは、脱酸元素として有用な元素である。Mnの含有量が多すぎると、腐食起点となるMnSを生成し易くなるとともに、フェライト相を不安定化させる。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Mnの含有量の下限値は、特に限定されないが、Mnによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%、更に好ましくは0.05%である。
【0031】
(P:0.100%以下)
Pは、フェライト系ステンレス鋼材の溶接性や加工性などの特性に影響を与える元素である。Pの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Pの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、Pの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Pの含有量の下限値は、好ましくは0.010%、より好ましくは0.012%である。
【0032】
(S:0.100%以下)
Sは、腐食起点となるMnSを生成し、フェライト系ステンレス鋼材の靭性などの特性に影響を与える元素である。Sの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Sの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、Sの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Sの含有量の下限値は、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%である。
【0033】
(Cr:20.00~35.00%)
Crは、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性及び制振性(磁歪の増大)を向上させるのに有効な元素である。Crの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Crの含有量の上限値は、35.00%、好ましくは34.50%、より好ましくは34.00%である。一方、Crの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Crの含有量の下限値は、20.00%、好ましくは20.50%、より好ましくは21.00%である。
【0034】
(Ni:1.00%以下)
Niは、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性及び靭性を向上させるのに有効な元素である。Niの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Niの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%である。一方、Niの含有量の下限値は、特に限定されないが、Niによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%である。
【0035】
(Cu:1.00%以下)
Cuは、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Cuの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Cuの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.70%、より好ましくは0.30%である。一方、Cuの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cuによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.01%である。
【0036】
(Mo:0.50~4.00%)
Moは、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性及び制振性(磁歪の増大)を向上させるのに有効な元素である。Moの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性が低下するとともに、製造コストが上昇する。そのため、Moの含有量の上限値は、4.00%、好ましくは3.80%、より好ましくは3.60%である。一方、Moの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Moの含有量の下限値は、0.50%、好ましくは0.60%、より好ましくは0.80%である。
【0037】
(N:0.100%以下)
Nは、フェライト系ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。Nの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、Nの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、Nの含有量の下限値は、特に限定されないが、Nの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Nの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%、更に好ましくは0.005%である。
【0038】
(Nb:0.20~1.00%)
Nbは、C及びNの炭窒化物(析出物)を形成することにより、フェライト系ステンレス鋼材の鋭敏化を抑制する成分である。Nbの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材中の析出物が増加し、制振性が低下してしまう。そのため、Nbの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.50%である。一方、Nbの含有量が少なすぎると、フェライト系ステンレス鋼材の鋭敏化を抑制できず、耐食性が低下してしまう。そのため、Nbの含有量の下限値は、0.20%、好ましくは0.23%、より好ましくは0.25%である。
【0039】
(1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上)
Cr及びMoは、上記したようにフェライト系ステンレス鋼材の制振性(磁歪の増大)や耐食性を向上させるのに有効な元素である。これらの効果を有効に得るためには、CrとMoのバランスが肝要であり、1.8Cr+2.8Moを40.00%以上、好ましくは40.50%以上、より好ましくは41.00%以上に制御する。一方、1.8Cr+2.8Moの上限値は、特に限定されないが、好ましくは74.00%、より好ましくは73.00%、更に好ましくは72.00%である。
【0040】
(Al:0.10%以下)
Alは、フェライト系ステンレス鋼材の制振性(磁歪の増大)を向上させるのに有効な元素である。ただし、Alの含有量が多すぎると、制振熱処理時に酸化皮膜が着色(干渉色が発生)して表面外観が低下する。そのため、Alの含有量の上限値は、0.10%、好ましくは0.09%、より好ましくは0.08%である。一方、Alの含有量の下限値は、特に限定されないが、Alによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%、更に好ましくは0.01%である。
【0041】
(Ti:0.10%以下)
Tiは、フェライト系ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)などの特性に影響を与える元素である。Tiの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性が低下する。また、TiもAlと同様に酸化し易い元素であるため、制振熱処理時に酸化皮膜が着色(干渉色が発生)して表面外観が低下する。そのため、Tiの含有量の上限値は、0.10%、好ましくは0.09%、より好ましくは0.08%である。一方、Tiの含有量の下限値は、特に限定されないが、Tiによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%、更に好ましくは0.01%である。
【0042】
(Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下)
Zr、Co、V及びWは、フェライト系ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Zr、Co、V及びWの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Zr、Co、V及びWの含有量の上限値はいずれも、1.00%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%である。一方、Zr、Co、V及びWの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.01%である。
【0043】
(REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下)
REM(希土類元素)及びCaは、フェライト系ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。REM及びCaの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の製造コストの上昇につながる。そのため、REM及びCaの含有量の上限値はいずれも、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、REM及びCaの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.003%である。
なお、REMは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらは単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。
【0044】
(Sn:0.100%以下)
Snは、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Snの含有量が多すぎると、Snが偏析し、製造性が低下する。そのため、Snの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、Snの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0045】
(B:0.0100%以下)
Bは、フェライト系ステンレス鋼材の二次加工性を向上させるのに有効な元素である。Bの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の疲労強度が低下する。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0080%、より好ましくは0.0050%である。一方、Bの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%である。
【0046】
素地は、平均結晶粒径が100~1000μmであることが好ましい。平均結晶粒径を100μm以上に制御することにより、制振性の発現に有効な磁区の移動を妨げる結晶粒界が少なくなるため、制振性を向上させることができる。この効果を安定して得る観点から、平均結晶粒径は、より好ましくは120μm以上、更に好ましくは150μm以上、また更に好ましくは180μm以上、特に好ましくは190μm以上である。また、平均結晶粒径を1000μm以下に制御することにより、結晶粒の極端な粗大化によって靭性が低下することを安定して抑制することができる。この効果を安定して得る観点から、平均結晶粒径は、より好ましくは800μm以下、更に好ましくは600μm以下、また更に好ましくは500μm以下である。
ここで、本明細書において平均結晶粒径とは、後述する光学顕微鏡を用いて測定されるものを意味する。
【0047】
素地は、直径が0.5μm以上5.0μm未満の析出物の個数密度が300個/mm2以下であることが好ましい。直径が0.5μm以上5.0μm未満の析出物は磁区の移動を妨げるため、この析出物の個数密度を300個/mm2以下に制御することにより、制振性を向上させることができる。この効果を安定して得る観点から、この析出物の個数密度は、より好ましくは290個/mm2以下、更に好ましくは280個/mm2以下である。なお、この析出物は、制振性の観点から少ないほどよいため、その下限値は特に限定されないが、好ましくは100個/mm2、より好ましくは120個/mm2、更に好ましくは130個/mm2である。
ここで、本明細書において析出物の直径及び個数密度とは、後述するSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて測定されるものを意味する。また、析出物の直径は、(長辺の長さ×短辺の長さ)1/2によって算出される値とする。
【0048】
酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が70.0以上、クロマネチックス指数a*が±1.0以内、クロマネチックス指数b*が±5.0以内である。明度指数L*、クロマネチックス指数a*及びb*が上記の範囲内であれば、所望の色調(銀白色)が得られているということができるため、フェライト系ステンレス鋼材の表面外観が向上する。
明度指数L*は、所望の色調を安定して確保する観点から、好ましくは72.0以上、より好ましくは75.0以上である。なお、明度指数L*の上限値は、特に限定されないが、一般的に90.0である。
クロマネチックス指数a*は、所望の色調を安定して確保する観点から、好ましくは±0.8以内、より好ましくは±0.6以内である。また、クロマネチックス指数b*は、所望の色調を安定して得る観点から、好ましくは±4.8以内、好ましくは±4.6以内である。
ここで、本明細書において「明度指数L*」及び「クロマネチックス指数a*及びb*」は、JIS Z8722:2009に準拠して測定することができる。
【0049】
酸化皮膜は、85度鏡面光沢Gs(85°)が50.0%以上である。Gs(85°)が上記の範囲内であれば、所望の光沢が得られているということができるため、フェライト系ステンレス鋼材の表面外観が向上する。
Gs(85°)は、所望の光沢を安定して確保する観点から、好ましくは60.0%以上、より好ましくは70.0%以上である。なお、Gs(85°)の上限値は、特に限定されないが、一般的に90.0%である。
ここで、本明細書において「85度鏡面光沢Gs(85°)」とは、JIS Z8741:1997に準拠して測定することができる。
【0050】
酸化皮膜の厚みは、酸化皮膜の色調や光沢、すなわち、フェライト系ステンレス鋼材の表面外観に影響を与える。酸化皮膜に所望の色調や光沢を付与する観点から、酸化皮膜の厚みは、好ましくは50nm以下、より好ましくは48nm以下、更に好ましくは45nm以下である。なお、酸化皮膜の厚みの下限値は、特に限定されないが、好ましくは5nm、より好ましくは7nmである。
ここで、本明細書において、酸化皮膜の厚みは、グロー放電発光分光法(GD-OES)を用いて得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となるポイントまでの深さとする。
【0051】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材は、損失係数ηが4.0×10-4以上である。このような範囲の損失係数ηとすることにより、所望の制振性を確保することができる。
損失係数ηは、所望の制振性を安定して確保する観点から、好ましくは4.1×10-4以上、より好ましくは4.2×10-4以上である。なお、損失係数ηの上限値は、特に限定されないが、一般的に2.0×10-3、好ましくは1.0×10-3である。
ここで、本明細書において損失係数ηとは、後述する「中央加振法」によって測定されるものを意味する。
【0052】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の厚さは、特に限定されないが、好ましくは3.0mm以下、より好ましくは2.8mm以下、更に好ましくは2.5mm以下である。また、このフェライト系ステンレス鋼材の厚さは、好ましくは0.2mm以上、より好ましくは0.3mm以上である。
【0053】
(2)制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材
本発明の実施形態に係る制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材は、制振熱処理が行われる前の材料である。この制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材は、上記のフェライト系ステンレス鋼材の素地と同じ組成を有する。
【0054】
したがって、本発明の実施形態に係る制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。
【0055】
また、本発明の実施形態に係る制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:20.00~35.00%、Ni:1.00%以下、Cu:1.00%以下、Mo:0.50~4.00%、N:0.100%以下、Nb:0.20~1.00%を含み、下記のA群及びB群から選択される1種以上を更に含み、1.8Cr+2.8Mo:40.00%以上であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。
[A群]Al:0.10%以下及びTi:0.10%以下から選択される1種以上
[B群]Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される1種以上
なお、各成分の詳細については、上記した通りであるため、その説明を省略する。
【0056】
本発明の実施形態に係る制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材は、熱延材又は冷延材のいずれであってもよく、常法によって製造することができる。具体的には、まず、上記の組成を有するステンレス鋼を溶製して鍛造又は鋳造した後、熱間圧延を行うことによって熱延材を得ることができる。また、冷延材は、熱延材に対して焼鈍、酸洗、冷間圧延を順次行うことによって得ることができる。冷延材は、必要に応じて、焼鈍及び酸洗を順次行ってもよい。なお、各工程における条件については、ステンレス鋼の組成などに応じて適宜調整すればよく、特に限定されない。
【0057】
本発明の実施形態に係る制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材は、所定の部材への加工が行われていてもよいし、板状又はコイル状のままであってもよい。加工方法としては、金型を用いた各種プレス加工、曲げ加工、溶接加工などが挙げられる。
【0058】
(3)フェライト系ステンレス鋼材の製造方法
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の製造方法は、上記の特徴を有するフェライト系ステンレス鋼材を製造可能な方法であれば特に限定されない。例えば、本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼材の製造方法は、上記の制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材に制振熱処理することを含む。制振熱処理は、制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を1.0×10-2Pa以下の酸素分圧雰囲気下、1000~1200℃で熱処理した後、800℃までの冷却速度を30℃/分以上として冷却することにより行われる。
【0059】
制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を1.0×10-2Pa以下の酸素分圧雰囲気下で熱処理することにより、Cr、Fe、Mnなどの元素の酸化を抑制し、酸化皮膜が厚くなり難い。その結果、所望の色調及び光沢を確保できるため、フェライト系ステンレス鋼材の表面外観を向上させることができる。酸素分圧は、上記の効果を安定して得る観点から、好ましくは0.5×10-2Pa(5.0×10-3Pa)、より好ましくは0.3×10-2Pa(3.0×10-3Pa)である。なお、酸素分圧の下限値は、特に限定されないが、一般的に1.0×10-6Paである。
【0060】
また、制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を1000~1200℃で熱処理することにより、平均結晶粒径が100~1000μmとなるように結晶粒を成長させることができる。ここで、熱処理の雰囲気は、大気雰囲気であっても非酸化性雰囲気などであってもよい。なお、熱処理時間は、特に限定されないが、好ましくは10~120分である。
【0061】
また、1000~1200℃の熱処理温度から800℃までの温度域は、Nb炭窒化物が析出する温度域であるため、この温度域の冷却速度を30℃/分以上、好ましくは35℃/分以上、より好ましくは40℃/分以上とすることにより、Nb炭窒化物の析出を効果的に抑制することができる。その結果、直径が0.5μm以上5.0μm未満の析出物の個数密度が300個/mm2以下に制御される。なお、この温度域の冷却速度の上限は、特に限定されないが、一般的に300℃/分以下、好ましくは250℃/分以下、より好ましくは200℃/分以下である。
【0062】
(4)制振部材
本発明の実施形態に係る制振部材は、上記のフェライト系ステンレス鋼材を含む。上記のフェライト系ステンレス鋼材は、制振性及び表面外観に優れているため、この制振部材も制振性及び表面外観に優れている。
制振部材の例としては、特に限定されないが、排気管やマフラーなどの排気系部材、スライドドアレール、電池ケースなどの自動車部品、ハードディスクカバーなどの電子部品、音響部品などが挙げられる。
【実施例0063】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0064】
(実施例1~8及び比較例1~10)
以下の手順に従ってフェライト系ステンレス鋼板を作製した。
表1に示す組成を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延して厚さ4.0mmの熱延板を得た後、熱延板を1050℃で焼鈍して酸洗することによって熱延焼鈍板を得た。次に、熱延焼鈍板を冷間圧延して厚さ1.0mmの冷延板を得た。次に、冷延板から幅方向100mm×圧延方向300mmの試験片を切削によって切り出した後、SiC研磨紙(#400)を用い、研磨目が圧延方向に平行となるように表面の研磨を行った。
【0065】
【表1】
【0066】
上記の試験片を電気炉に入れ、表2に示す酸素分圧雰囲気下、表2に示す温度で60分間、熱処理を行った後、熱処理温度から800℃までを表2に示す速度で冷却した。なお、酸素分圧は、酸素ガスとアルゴンガスとの導入比を調整することによって制御した。また、試験片の冷却速度は、電気炉内に導入する冷却ガスの流量を調整することによって制御した。
【0067】
【表2】
【0068】
上記の熱処理(制振熱処理)が行われた試験片に対して以下の評価を行った。
【0069】
(素地の平均結晶粒径)
上記の試験片から10mm×10mmの測定用試験片を切削によって切り出した(ただし、板幅方向の端部から20mm以上離れた位置とした)後、圧延方向に平行な厚み方向断面が観察面となるように樹脂埋めを施した。次に、樹脂埋めを行った測定用試験片を湿式研磨によって鏡面処理した後、フッ硝酸でエッチングして現出させた金属組織を光学顕微鏡で観察した。光学顕微鏡による観察は、JIS G0551:2013に準じ、光学顕微鏡画像上の任意の位置に直線を引き、直線と結晶粒界との交点の数を計測し、平均切片長さを結晶粒径とした。結晶粒径の測定は、複数の視野で20本以上の直線を引いて計測することにより行い、それらの平均値を平均結晶粒径とした。
【0070】
(素地における直径が0.5μm以上5.0μm未満の析出物の個数密度)
上記の試験片から10mm×10mmの測定用試験片を切削によって切り出した(ただし、板幅方向の端部から20mm以上離れた位置とした)後、圧延面が観察面となるように樹脂埋めを施した。次に、樹脂埋めを行った測定用試験片を湿式研磨によって鏡面処理した。鏡面処理した表面について、FE-SEM(株式会社日立ハイテク製SU5000)を用い、自動分析機能によって析出物を検出し(0.47μm以上の析出物を検出可)、EDX点分析によって析出物の組成を同定した。この分析では、測定面積を5mm2(2.0mm×2.5mm)、観察倍率を200倍(1視野範囲0.48mm×0.64mmを5%ラップさせつつ18視野測定した)、EDX分析ビーム径を0.05μmとした。そして、直径が0.5μm以上5.0μm未満であり且つEDX点分析においてNb又はTiが1%以上である析出物の個数を求めた。析出物の直径は、(長辺の長さ×短辺の長さ)1/2によって算出した。次に、析出物の個数を観察面積で除することにより、析出物の個数密度を算出した。
【0071】
(酸化皮膜の厚み)
上記の試験片から50mm角の測定用試験片を切り出し、表面をアセトンで脱脂させた。次に、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光法(GD-OES)を用いて酸化皮膜の分析を行った。
GD-OESでは、得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となるポイントまでの深さを酸化皮膜の厚みとした。
【0072】
(酸化皮膜の色調)
酸化皮膜の任意の5箇所について、測定径3mmφの分光測色計を用いてJIS Z8722:2009に準拠した色調測定を行い、平均値をJIS Z8781-4:2013に準拠するCIELAB(L***表色系)である明度指数L*、クロマネチックス指数a*、b*で示した。
【0073】
上記の色調の測定条件は、以下の通りとした。
装置:コニカミノルタ 分光測色計 CM-700d
光源:パルスキセノンランプ
受光素子:デュアル36素子シリコンフォトダイオードアレイ
ターゲットマスク:φ3mm
測定:10°視野
補助イルミナント:D65 昼光、色温度6504K
正反射処理モード:SCI
【0074】
(酸化皮膜の光沢度)
酸化皮膜の任意の5箇所について、JIS Z8741:1997に準拠し、光沢度計日本電色工業製PG-1Mを用いて85度鏡面光沢Gs(85°)を測定し、その平均値を評価結果とした。なお、各測定位置の間は5mm以上離した。
【0075】
(制振性:損失係数)
上記の試験片から幅方向10mm×圧延方向250mmの測定用試験片を切削によって切り出した。この測定用試験片を用い、JIS K7391:2008に規定される「中央加振法」に準じて損失係数ηを測定した。具体的には、中央部を固定した試験片をインピーダンスヘッドにより加振し、出力される力信号及び加速度振動から機械インピーダンスを導出した。そして、機械インピーダンスのピークとなる反共振周波数及びピークから振幅が3dB下がる周波数に基づいて損失係数ηを導出した。
【0076】
上記の各評価結果を表3に示す。
【0077】
【表3】
【0078】
表3に示されるように、実施例1~8は、酸化皮膜の明度指数L*、クロマネチックス指数a*及びb*、85度鏡面光沢Gs(85°)、損失係数ηが所定の範囲を満たしており、制振性及び表面外観に優れていることが確認できた。
これに対して比較例1は、熱処理温度及び冷却速度が適切でなかったため、平均結晶粒径が小さく、また、析出物の個数密度が高くなった結果、制振性が十分でなかった。
比較例2は、熱処理後の冷却速度が適切でなかったため、析出物の個数密度が高くなった結果、制振性が十分でなかった。
比較例3は、熱処理時の酸素分圧が適切でなかったため、表面外観が十分でなかった。
比較例4は、Nbの含有量が少なく、Tiの含有量が高かったため、表面外観が十分でなかった。
比較例5は、Alの含有量が多いため、表面外観が十分でなかった。
比較例6~8は、Cr及びMoの含有量が少なく、Cr及びMoのバランスが適切でない(1.8Cr+2.8Moが低すぎる)とともに、Nbを含有しておらず、Ti及びAlの含有量も高かったため、表面外観や制振性が十分でなかった。
比較例9は、Mnの含有量が高いとともに、Crの含有量が少なく、Cr及びMoのバランスが適切でない(1.8Cr+2.8Moが低すぎる)ため、制振性が十分でなかった。
比較例10は、Moの含有量が少なく、Cr及びMoのバランスが適切でない(1.8Cr+2.8Moが低すぎる)ため、制振性が十分でなかった。
【0079】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに制振部材を提供することができる。また、本発明によれば、制振性及び表面外観に優れたフェライト系ステンレス鋼材を製造可能な制振熱処理用フェライト系ステンレス鋼材を提供することができる。