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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024020072
(43)【公開日】2024-02-14
(54)【発明の名称】片状黒鉛鋳鉄製品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 37/06 20060101AFI20240206BHJP
   B22D 27/20 20060101ALI20240206BHJP
   B22D 1/00 20060101ALI20240206BHJP
   C21C 1/08 20060101ALI20240206BHJP
【FI】
C22C37/06 Z
B22D27/20 C
B22D1/00 W
C21C1/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022122962
(22)【出願日】2022-08-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003458
【氏名又は名称】芝浦機械株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100118843
【弁理士】
【氏名又は名称】赤岡 明
(74)【代理人】
【識別番号】100141830
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 卓久
(74)【代理人】
【識別番号】100106655
【弁理士】
【氏名又は名称】森 秀行
(72)【発明者】
【氏名】藤本 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】杉山 直希
【テーマコード(参考)】
4K014
【Fターム(参考)】
4K014AD23
4K014BA08
4K014BC01
4K014BC13
(57)【要約】
【課題】必要な硬さを維持しつつ、硬さ/組織の均一性が高い片状黒鉛鋳鉄製品を得る。
【解決手段】本開示に係る片状黒鉛鋳鉄製品は、質量%で、C:2.9~3.2%;Si:1.1~1.5%;Mn:0.7~1.1%;Cr:0.1~0.2%;Sn:0.06~0.10%;S:0.01~0.03%;Cu:0.4~0.8%;を含むとともに残部Feおよび不可避的不純物からなり、さらに、CE:3.3~3.6であり、かつ、CE≦-0.33×Si+4.26を満足する。CEは、式:CE=C含有量(質量%)+1/3×Si含有量(質量%)により求められる炭素当量である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
片状黒鉛鋳鉄製品であって、
質量%で、
C:2.9~3.2%
Si:1.1~1.5%
Mn:0.7~1.1%
Cr:0.1~0.2%
Sn:0.06~0.10%
S:0.01~0.03%
Cu:0.4~0.8%
を含むとともに残部Feおよび不可避的不純物からなり、
さらに
CE:3.3~3.6
であり、かつ、
CE≦-0.33×Si+4.26
(但し、CEは、式:CE=C含有量(質量%)+1/3×Si含有量(質量%)により求められる炭素当量である)
を満足する片状黒鉛鋳鉄製品。
【請求項2】
取鍋から鋳鉄の溶湯を鋳型内に注湯して前記鋳型内で凝固させる工程を備えた片状黒鉛鋳鉄製品の製造方法であって、
前記片状黒鉛鋳鉄製品が
質量%で、
C:2.9~3.2%
Si:1.1~1.5%
Mn:0.7~1.1%
Cr:0.1~0.2%
Sn:0.06~0.10%
S:0.01~0.03%
Cu:0.4~0.8%
を含むとともに残部Feおよび不可避的不純物からなり、
さらに
CE:3.3~3.6
であり、かつ、
CE≦-0.33×Si+4.26
(但し、CEは、式:CE=C含有量(質量%)+1/3×Si含有量(質量%)により求められる炭素当量である)
を満足する片状黒鉛鋳鉄製品の製造方法。
【請求項3】
前記取鍋で注湯前に一次接種を行う工程と、
前記取鍋での接種を行った後に予め定められた時間が経過した場合に、掛け堰内での二次接種、あるいは掛け堰内での二次接種及び鋳型内での三次接種を行う工程と、
をさらに備えた、請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
前記三次接種は、Fe-Si-Ca系接種剤を用いて行われる、請求項3記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、片状黒鉛鋳鉄製品及びその製造方法に関する。なお、一般に、鋳鉄は、鋳物を指す場合と、鋳物の材料を指す場合とがある。本開示においても同様とする。また、本開示では、鋳物について鋳鉄製品の語を用いることがある。
【背景技術】
【0002】
通常、工作機械のベッドおよびテーブルは片状黒鉛鋳鉄を機械加工することにより製造される。ベッドに対するテーブルのガイドが摺動式のガイド機構により行われる場合、摺動面には特に高い加工精度が求められる。片状黒鉛鋳鉄の硬さ及び/又は組織を製品全体で均一にすることは通常は困難である。硬さ/組織にばらつきのある片状黒鉛鋳鉄を機械加工(切削、研磨等)すると、部位毎に加工量にばらつきが生じる。このため、所望の精度を確保するために必要となる作業工数が多くなる。部位毎の硬さ/組織のばらつきを抑制するために、鋳型に冷やし金を設置して冷却速度を調節することが行われている。しかしながら、硬さ/組織の十分な均一性を得ることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2015-158010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、片状黒鉛鋳鉄の化学組成を最適化することにより、必要な硬さを維持しつつ、硬さ/組織の均一性を高める技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄製品は、
質量%で、
C:2.9~3.2%
Si:1.1~1.5%
Mn:0.7~1.1%
Cr:0.1~0.2%
Sn:0.06~0.10%
S:0.01~0.03%
Cu:0.4~0.8%
を含むとともに残部Feおよび不可避的不純物からなり、
さらに
CE:3.3~3.6
であり、かつ、
CE≦-0.33×Si+4.26
(但し、CEは、式:CE=C含有量(質量%)+1/3×Si含有量(質量%)により求められる炭素当量である)
を満足する。
【0006】
本開示では、さらに上記組成を有する片状黒鉛鋳鉄製品の製造方法が提供される。この製造方法は、取鍋から鋳鉄の溶湯を鋳型内に注湯して前記鋳型内で凝固させる工程を備える。必要に応じて接種が行うことができる。
【発明の効果】
【0007】
上記実施形態によれば、必要な硬さを維持しつつ、硬さ/組織の均一性が高い片状黒鉛鋳鉄製品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】硬さ試験の試験片を示す正面図(右)および、Z-Z断面図(左)である。
図2】試験に用いたサンプルのC量,Si量を示すグラフである。
図3】片状黒鉛鋳鉄において亜共晶組織を得るために必要な条件を説明するための公知のデータを示したグラフである。
図4】片状黒鉛鋳鉄における共晶反応時および共析反応時における各種元素含有量と黒鉛化時間との関係を説明する公知のデータを示したグラフである。
図5】片状黒鉛鋳鉄においてMn量と引っ張り強さおよびブリネル硬さとの関係をS量毎に示した公知のデータを示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本開示の一実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄製品について説明する。
【0010】
まず、本実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄製品の合金設計の考え方を以下に述べる。通常、工作機械のベッドおよびテーブルは、「JIS G5501-1995ねずみ鋳鉄品」で定めるFC350相当材で作製される。本実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄は、上述したようにFC350が要求する強度(G5501-1995で定める別鋳込み試験片での引張強さが350MPa)を概ね満足し、かつ、ブリネル硬さ(HB)の標準偏差が概ね1.0未満(後述の試験方法による)となることを目標として、合金設計がなされている。強度に関しては、FC350の規格を厳格に満足していなくてもよく、概ねFC350の規格を満たしていればよい。むしろ安定した加工性を得るために、硬さおよび組織の安定性を重視している。
なお、後述の成分範囲内においてC量を低めに抑えつつMn量を高めにすることにより、引張強さを高めることができるため、引張強さ350MPa以上が必要な場合は、このような調整をすればよい。
【0011】
本実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄製品は、
質量%で、
C:2.9~3.2%
Si:1.1~1.5%
Mn:0.7~1.1%
Cr:0.1~0.2%
Sn:0.06~0.10%
S:0.01~0.03%
Cu:0.4~0.8%
を含むとともに残部Feおよび不可避的不純物からなる。
【0012】
本明細書において定義された各種合金元素の成分範囲(CE値範囲も含む)は範囲の両端を含み、かつ、範囲の両端の数値は、当該数値の最下位の桁の1つ下の桁の値を四捨五入したものである。具体的には例えば、Siに関しては、1.05%、1.54%は、1.1~1.5%の範囲内にあるものと理解すべきである。
【0013】
本実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄は、上記個々の合金元素の成分範囲に加えてさらに、
式「CE=C含有量(質量%)+1/3×Si含有量(質量%)」で表される炭素当量(CE)が3.3~3.6%であり、かつ、
不等式「CE≦-0.33×Si含有量(質量%)+4.26」
を満たすことを特徴とする。
【0014】
以下、本実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄の合金設計の考え方について説明する。
C,Siに関しては、
C:2.9~3.2%・・・(1)
Si:1.1~1.5%・・・(2)
CE:3.3~3.6・・・(3)
CE≦-0.33×Si+4.26・・・(4)
とすることにより、黒鉛晶出量を最小限にすることで硬さを維持し、
また、
Mn、Cr、Cu、Sn、S添加量を最適化することでばらつきを最小限にしている。
各成分元素の範囲は、実験結果に基づいて、及び/又は、公知の知見に基づいて、決定している。
【0015】
まず最初に、成分元素の範囲を定めるために行った実験について説明する。
【0016】
図1に示すように、砂型鋳造により、全体として1050mm×550mm×300mmのサイズの直方体であって、かつ、上面中央部に1050mm×35mm×20mmのサイズの溝を形成した片状黒鉛鋳鉄品鋳物を、試験用のサンプルとして鋳造した。鋳造方法は、ごく一般的なものである。
【0017】
鋳鉄の各種成分を溶解炉で溶解し、本実施形態に係る上記組成を有する溶湯を生成した。溶湯は溶解炉から取鍋に移され、取鍋から溶湯が鋳型に注湯され、注湯された溶湯が凝固することにより片状黒鉛鋳鉄品を得た。鋳造にあたっては、一般的な片状黒鉛鋳鉄品用の製造設備をそのまま用いた。サンプルNo.21,22を除く全てのサンプルにおいて、取鍋での置き注ぎ接種を行った。
【0018】
サンプルの鋳造後に、溝のところで鋳物を切断し、溝の両側面をデジタル硬度計で測定し、ブリネル硬さ(HB)に換算した。溝の各側面では深さ3mm、10mmの位置を100mm間隔で長手方向に10点で測定を行い、すなわち、各組成の鋳物に対してそれぞれ合計40点の硬さ測定を行い、平均値および標準偏差を求めた。
【0019】
また、各サンプルの鋳造時に、「JIS G5501-1995ねずみ鋳鉄品」で定める別鋳込み供試材を作製した。各組成の試験片に対して引張り試験を行い、引張り強さの平均値(N=2)を求めた。
【0020】
実験結果を表1に示す。表1において、No.の数字の前に記載されたアルファベットは、着目すべき成分元素を意味しているが、以下の説明においてはアルファベットについては参照せずに、数字部分のみによりサンプルの番号を記載するものとする。表1に示した成分は、鋳込み前に取鍋から採取した分析用サンプルの分析値である。
【0021】
【表1】
【0022】
以下、表1も参照して、各種成分元素の含有量の決定について説明する。なお、図2のグラフは、表1の各サンプルのSi量、C量をプロットしたものである。図2のグラフには、 C=2.9、C=3.2(上記条件1の両上下限値に対応)、Si=1.1、Si=1.5%(上記条件2の上下限値に対応)、CE=3.3、CE=3.6(上記条件3の上下限値に対応)、CE=-0.33×Si+4.26(上記条件(4)のCE上限値に対応)をそれぞれ示す直線が描かれている。なお、条件(4)を示す不等式CE≦-0.33×Si+4.26は、「C+1/3Si≦-0.33×Si+4.26」と書き換えることができ、これはさらに「C≦4.26-0.66Siとさらに書き換えることができる。
【0023】
C,Siの含有量設定について以下に詳述する。まず、条件(4)についてであるが、
CE≦-0.33×Si+4.26・・・(4)
とすることにより、黒鉛晶出量を最小限とした亜共晶組織が得られる。亜共晶組織は安定した硬さを得る上で有利である。上記の条件(4)は、既知の知見に基づくものであり、図3のFe-C-Si安定系三元状態図(共晶温度付近を拡大)から導き出せるものである。図3のグラフから、亜共晶組織が得られるか否かの境界となるCE値およびSi量の関係は、CE=0.33Si+4.276であることがわかる。本実施形態では、確実に亜共晶組織を得るためのマージンを考慮して、4.276を4.26とし、これに基づいて上記の条件(4)を導出した。図3は、「中江秀雄:鋳型の高温強度と引け・寸法精度(2014)」より引用したものである。約0.02%を減じたのは実用上、計器精度によるばらつき±0.02%の実績よりによって過共晶とならないような設定とした。
【0024】
ところで、図2のグラフから、上記条件(1)~(3)を満足すると自動的に条件(4)を満たすことは明らかであり、この条件(4)には、亜共晶組織が確実に保証されるという以上の意味は無い。
【0025】
条件(1)~(3)については主に後述の実験結果に基づいて定めた。特にサンプルNo.3,7,15の試験結果からC量を2.9~3.2%の範囲内とすることにより、少なくとも当該範囲内で所望の強度および安定した硬さが得られることがわかる。また、Si量を特に大きく変化させたサンプルNo.8,10,14の試験結果から、サンプルNo.14のようにSi量が1.82%と高くなりすぎると、硬さの標準偏差が大きくなることがわかる。なお、実験の評価項目と直接関係はないが、Si量が、上記の下限値である1.1%よりも低いと、鋳造時の凝固開始が早くなりすぎて湯回りが悪くなることがわかっている。このため、Si量の下限値は1.1%とし、上限値は、良好な結果が得られているサンプルNo.10においてSi量が1.49%であることを考慮して、Si量は、1.1~1.5%とすることとした。Si量をこの範囲とすることにより、所望の強度および安定した硬さが得られている(以下、このことを「良好な特性が得られている」とも記載する)ことがわかる。
【0026】
また、CE値については3.3~3.6(条件(3))としたのは、Si量が多少変化しても確実に亜共晶組織を得るためである。
【0027】
なお、図2のグラフにおいて、条件(1)~(3)の全てを満たすということは、データのプロットが、直線C=2.9より上にあり直線C=3.2より下にあること、直線Si=1.1より右にありSi=1.5%より左にあること、直線CE=3.3より上にあり直線CE=3.6より下にあること、および直線C=4.26-0.66Siよりも下にあることと等価である。図2のグラフでは、サンプルNo.7,11,14,17,21,23が上記直線で囲まれた領域の外にあるが、前述したようにC量、S量およびCE値の有効数字は2桁であり、有効数字の最下位の桁の1つ下の桁の値を四捨五入したものである。つまり、サンプルNo.7,11,17,23は、上記直線で囲まれた領域内にあるものと見なして構わないことに留意されたい。
【0028】
[MnおよびSnについて]
Mn量およびSn量を適切な範囲に定めることにより、共晶反応時における黒鉛化阻害影響を小さくし、かつ、共析反応時にパーライト化を促進する。この点については、図4も参照されたい。図4は「井ノ山直哉他:鋳物62(1990)7」より引用したものである。図4は、各元素の含有量(mass %)と黒鉛化時間(min)との関係を示している。図4の上段は、共晶反応時の黒鉛化時間を示しており、黒鉛化時間が長時間であるほど黒鉛化阻害度合いが高くなることを意味している。図4の下段は、共析反応時の黒鉛化時間を示しており、黒鉛化時間が長時間であるほどパーライト化が促進され、黒鉛化時間が短時間であるほどフェライト化が促進されることを意味している。基地組織を全面パーライトにすることにより、引張強さを向上させることができる。本実施形態では、亜共晶組織を狙っていることもあり黒鉛化は阻害された方が好ましく、また、FC350程度の高強度を狙っていることもありパーライト化が促進された方が好ましい。この観点からはMn、Snの含有量は高い方が好ましいが、Mn、Snを必要以上に添加すると硬さの凝固時冷却速度感受性が高くなるため、硬さのムラが生じ易くなるため好ましくない。本実施形態では、上記の知見を考慮した上で、実験結果に基づいて、下記のようにMn、Sn量を決定している。
【0029】
表1のサンプルNo.18,24の試験結果から、Mn量が0.64~1.13%の範囲内で良好な結果が得られていることがわかる。サンプルNo.23の試験結果から、Mnのみが高くSn量が低いと、硬さの標準偏差が大きくなることがわかる。サンプルNo.17、19の試験結果から、Sn量が0.03%の程度まで低くなるとMn量が比較的高くても(0.85%)十分な引張強さが得られず、一方で、Mn量が比較的高いのならSn量が0.06%でも良好な特性が得られている。サンプルNo.1のようにMn量が低い(0.68%)場合は、Sn量が0.06%あっても十分な引張強さが得られてない。サンプルNo.8~11の試験結果より、Mn量が0.92~1.04%、Snが0.10%では良好な特性が得られている。サンプルNo.20のようにMn量が0.94%であっても、Sn添加量が0.15%まで高くなると硬さが増して標準偏差が大幅に悪化している。上記のことを考慮して、Mn量は0.7~1.1%とし、Sn量は0.06~0.10%とした。少なくとも、これらのMn量およびSn量の範囲内では、良好な特性が得られている。
【0030】
[Sについて]
上述したMn量0.7~1.1%の範囲では、サンプルNo.3,5,8~11,13,18,19,24より、S量が0.01%、0.03%のときに、硬さ、引張強さが安定していることがわかる。サンプルNo.6のように(Sn量が少ない状態で)S量のみを増やしても十分な硬さは得られず、標準偏差も大きくなることがわかる。
【0031】
S量とMn量との関係については既に報告がある(図4を参照)。図4は、「菅野ら 鋳造工学85(2013)7」より引用したものである。図4の上段はMn量と引っ張り強さとの関係をS量毎に示しており、下段はMn量とブリネル硬さとの関係をS量毎に示している。図4のデータはFC350相当材に関するものではなく、それより低強度の片状黒鉛鋳鉄に関するものであるが、傾向としては同じである。MnとSは化合物を作って黒鉛核および共晶セル形成の核になることから、一定の割合で存在することが重要であることは知られている。本実施形態では、まず、Mn量およびSn量を前述した考え方に基づいて定め、決定されたMn量に対して好適なS量を実験結果に基づいて定めている。0.01~0.03%と決定している。Mn量を0.7~1.1%、Sn量を0.06~0.10%としたときに、S量を0.01~0.03%とすることにより良好な特性が得られていることが、表1の実験結果より明らかである。
【0032】
[Crについて]
サンプルNo.2,4の試験結果から、Cr量が0.3%以上になると硬さは得られるが標準偏差が大きくなることがわかる。これはCrを必要以上に添加すると、硬さの凝固時冷却速度感受性が高くなるからである。表1では、サンプルNo.10、13より、Cr量が0.09%、0.19%のときに良好な特性が得られている。このことから、Cr量は0.1~0.2%とした。
【0033】
[Cuついて]
Cuは共晶凝固時のセメンタイト化には影響が少なく、硬さの標準偏差への影響も小さい(この点については図4も参照されたい)。但し、Mn量が一定以上あるとCu添加によってパーライトを安定化させる作用が得られる。表1の試験結果によれば、Cu量が0.4~0.8%で良好な特性が得られている。なお、Cu量がこの範囲内であっても、サンプルNo.25のようにCu量が0.45%程度と比較的低い場合には、Mn量が0.61%(これは0.7~1.1%の範囲外であるが)程度に低くなると、引張強さが327Mpaとかなり低くなる。このことからも、Mn量の下限を0.7%に定めている。なお、Cu量が0.8%以上となっても合金の性能に問題は生じないものと考えられるが、必要以上のCu添加は合金のコストを増大させるため、合理的ではない。上記のことを考慮して、Cu量は0.4~0.8%とした。
【0034】
上述したように、上記実施形態に係る合金は、合金成分の含有量を適切な範囲に調整することにより、亜共晶組織が得られるようにし、かつ、硬さおよび組織の凝固時冷却速度感受性を低く抑えて、硬さと均一性を向上させている。
【0035】
[接種について]
上記実施形態に係る片状黒鉛鋳鉄製品の鋳造にあたっても、接種剤例えばFe-Si系接種剤を用いて、溶湯に接種処理を行うことが好ましい。接種処理としては、公知の処理方法を適宜用いることができる。具体的には例えば、取鍋での置き注ぎ接種、取鍋での表面添加接種を、一次接種として行うことができる。
【0036】
取鍋での接種から時間が経過すると、フェーディング現象により接種効果が減少してゆくので、その場合は、掛け堰での注湯流接種、掛け堰内に設置した接種剤による接種等を二次接種として行うことができる。二次接種を行う場合には、例えば溶湯重量に対して0.05~0.10%に相当する量のFe-Si系接種剤を追加で接種することができる。
【0037】
さらには、インモールド接種(鋳型内接種)等の三次接種を行うことができる。インモールド接種を行う場合には、例えば溶湯重量に対して0.05~0.10%に相当する量のFe-Si-Ca系接種剤を追加で接種することができる。
【0038】
このような二次接種または三次接種により、フェーディングにより低下した接種効果を回復させることが期待できる。
【0039】
接種を行うことにより、結晶粒を微細化し、引け巣の大きさを最小化し、引張強さを高めることができる。なお、サンプルNo21,22は接種を行っておらず、その他のサンプルは接種を行っている。例えばサンプルNo.3とサンプルNo.21とを比較すると、後者の方がブリネル硬さの標準偏差が悪化していることがわかる。言い換えれば、適切な接種を行うことにより、鋳造製品全体における硬さが一層均一化されることになる。つまり製品端部と中央部とでは冷却速度の差があるため硬さの差が生じやすいが、適切な接種を行うことにより、その差を小さくすることができる。このことは、工作機械のベッドおよびテーブル等の製造において、機械加工時の切削または研磨に対する抵抗のばらつきを小さくすることができる。
図1
図2
図3
図4
図5