(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024020936
(43)【公開日】2024-02-15
(54)【発明の名称】超音波画像処理装置
(51)【国際特許分類】
A61B 8/14 20060101AFI20240207BHJP
【FI】
A61B8/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022123500
(22)【出願日】2022-08-02
(71)【出願人】
【識別番号】320011683
【氏名又は名称】富士フイルムヘルスケア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】丸山 美咲
(72)【発明者】
【氏名】久津 将則
(72)【発明者】
【氏名】栗原 浩
【テーマコード(参考)】
4C601
【Fターム(参考)】
4C601EE04
4C601HH22
4C601HH25
4C601JB11
4C601JB31
4C601JB32
4C601JB47
4C601JB49
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、音響ノイズおよびスペックルノイズが抑制された超音波画像データを生成することである。
【解決手段】遅延処理部10は、遅延器18-1~18-Mを備えており、振動素子16-1~16-Mのそれぞれが出力する受信信号に対して個別に遅延処理を施す。信号合成部20は、遅延処理後の各受信信号を合成し、整相後受信信号を生成する。評価値演算部22は、遅延処理後の各受信信号に基づいて、整相後受信信号に対するノイズ評価値を求める。ノイズ抑制部26は、ノイズ評価値に対してモルフォロジー処理による平滑化処理を施して、ノイズ評価値を重み値に変換する調整処理部26を有し、前記整相後受信信号に重み値を乗算することでノイズ抑制処理を施す。画像生成部34は、ノイズ抑制処理が施された受信信号に基づいて超音波画像データを生成し、超音波画像データに基づく超音波画像を表示する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波プローブが備える複数の振動素子のそれぞれが出力する受信信号に対して個別に遅延処理を施す遅延処理部と、
前記遅延処理後の各前記受信信号を合成して、整相後受信信号を生成する信号合成部と、
前記遅延処理後の各前記受信信号に基づいて、前記整相後受信信号に対するノイズ評価値を求める評価値演算部と、
前記ノイズ評価値に基づいて、前記整相後受信信号に対してノイズ抑制処理を施すノイズ抑制部と、
前記ノイズ抑制処理が施された前記整相後受信信号に基づいて、画像データを生成する画像生成部と、を備えることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の超音波画像処理装置であって、
前記評価値演算部は、
前記遅延処理後の各前記受信信号に対し、コヒーレンスファクタ法に基づく演算を施して、前記ノイズ評価値を求めることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載の超音波画像処理装置であって、
前記評価値演算部は、
前記遅延処理後の各前記受信信号に対し、第1受信開口関数に基づく第1重み付け加算処理と、第2受信開口関数に基づく第2重み付け加算処理と、を施し、
前記第1重み付け加算処理によって得られる信号と、前記第2重み付け加算処理によって得られる信号との相互相間演算に基づき、前記ノイズ評価値を求めることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の超音波画像処理装置であって、
前記ノイズ抑制処理は、
前記ノイズ評価値に対して調整処理を施して重み値を生成し、前記整相後受信信号に前記重み値を乗ずる処理を含むことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項5】
請求項4に記載の超音波画像処理装置であって、
前記調整処理は、
前記ノイズ評価値と前記重み値とを対応付ける変換関数に基づいて、前記ノイズ評価値に対応する前記重み値を取得する処理を含み、
前記変換関数は、前記重み値に下限値を与えることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項6】
請求項5に記載の超音波画像処理装置であって、
前記変換関数は、
前記ノイズ評価値と前記重み値とを対応付ける異なる複数の候補関数から、前記ノイズ評価値が得られた深さ方向の位置に応じて選択される関数であり、
複数の前記候補関数は、前記重み値に異なる下限値を与えることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項7】
請求項4に記載の超音波画像処理装置であって、
前記信号合成部は、
走査に基づく複数の受信ビームのそれぞれについて前記整相後受信信号を生成し、
前記評価値演算部は、
前記受信ビームが走査された走査領域について、前記ノイズ評価値の分布を表す評価値分布を求め、
前記調整処理は、
前記評価値分布に対して平滑化処理を施して前記重み値を生成する処理を含むことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項8】
請求項4に記載の超音波画像処理装置であって、
前記信号合成部は、
走査に基づく複数の受信ビームのそれぞれについて、前記整相後受信信号を生成し、
前記ノイズ抑制部は、
前記受信ビームが走査された走査領域について、前記重み値の分布を表す重み値分布を求め、
前記超音波画像処理装置は、
前記重み値分布に基づいて、前記画像データが示す画像に含まれる領域について、音響ノイズ領域であるか、前記音響ノイズ領域でない構造領域であるかを判定する音響ノイズ領域判定部を備えることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項9】
請求項8に記載の超音波画像処理装置であって、
前記画像生成部は、
前記整相後受信信号に対し、前記音響ノイズ領域および前記構造領域について異なる帯域通過フィルタ処理を施すことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項10】
請求項8に記載の超音波画像処理装置であって、
前記画像生成部は、
前記画像データに対し、前記音響ノイズ領域および前記構造領域について異なる画像フィルタ処理を施すことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項11】
請求項10に記載の超音波画像処理装置であって、
前記画像生成部は、
前記画像データが示す画像に含まれる領域のうち、前記音響ノイズ領域にはオープニング処理を施し、前記構造領域にはクロージング処理を施すことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項12】
請求項1に記載の超音波画像処理装置であって、
前記信号合成部は、
走査に基づく複数の受信ビームのそれぞれについて、前記整相後受信信号を生成し、
前記評価値演算部は、
前記受信ビームが走査された走査領域について、前記ノイズ評価値の分布を表す評価値分布を求め、
前記超音波画像処理装置は、
前記評価値分布に基づいて、前記画像データが示す画像に含まれる領域について、音響ノイズ領域であるか、前記音響ノイズ領域でない構造領域であるかを判定する音響ノイズ領域判定部を備えることを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項13】
請求項12に記載の超音波画像処理装置であって、
前記画像生成部は、
前記整相後受信信号に対し、前記音響ノイズ領域および前記構造領域について異なる帯域通過フィルタ処理を施すことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項14】
請求項12に記載の超音波画像処理装置であって、
前記画像生成部は、
前記画像データに対し、前記音響ノイズ領域および前記構造領域について異なる画像フィルタ処理を施すことを特徴とする超音波画像処理装置。
【請求項15】
請求項14に記載の超音波画像処理装置であって、
前記画像生成部は、
前記画像データが示す画像に含まれる領域のうち、前記音響ノイズ領域にはオープニング処理を施し、前記構造領域にはクロージング処理を施すことを特徴とする超音波画像処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波画像処理装置に関し、特に、超音波画像に現れるノイズを抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
被検体に超音波を送信し、被検体で反射し受信された超音波に基づいて、超音波画像データを生成する超音波診断装置が広く用いられている。被検体で反射した超音波に基づく受信信号や、受信信号に基づいて得られた超音波画像データに対しては、画像の質を高めるための処理が施される。
【0003】
受信信号に対する処理としては、電気ノイズや音響ノイズの低減処理が知られている。例えば、帯域通過フィルタが電気ノイズ低減の目的で用いられる。また、サイドローブ、グレーティングローブや超音波の伝搬特性の乱れに起因する種々の音響ノイズを低減する処理として、コヒーレンスファクタ法(Coherence factor)や、DAX法(Dual Apodization with Cross-correlation)に基づく信号処理が知られている。
【0004】
一方、スペックルノイズを低減する処理が、超音波画像データに対して行われる。スペックルノイズとは超音波の受信信号の干渉により生じる輝度の強弱のパターンをいう。スペックルノイズにより、本来は均質である生体組織に輝度のムラが生じる、生体組織の境界が不明瞭になる等、画像の視認性が損なわれる。そのため、平滑化、エッジ強調等の画像処理が行われることがある。
【0005】
以下の特許文献1には、コヒーレンスファクタ法に基づく信号処理が記載されている。特許文献2には、DAX法に基づく信号処理が記載されている。特許文献3には、超音波画像中のスペックルノイズを低減する処理が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-152311号公報
【特許文献2】米国特許8254654号明細書
【特許文献3】特開2020-110296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、コヒーレンスファクタ法やDAX法による信号処理によれば、超音波画像における音響ノイズが抑制される一方で、スペックルノイズの輝度分散の広がりが増加することがある。スペックルの輝度分散が増加すると、スペックルノイズを低減する画像処理を行っても、十分な効果が得られないことがある。例えば、スペックルノイズが却って目立ってしまい、組織構造の視認性が損なわれてしまうことがある。
【0008】
本発明の目的は、音響ノイズおよびスペックルノイズが抑制された超音波画像データを生成することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、超音波プローブが備える複数の振動素子のそれぞれが出力する受信信号に対して個別に遅延処理を施す遅延処理部と、前記遅延処理後の各前記受信信号を合成して、整相後受信信号を生成する信号合成部と、前記遅延処理後の各前記受信信号に基づいて、前記整相後受信信号に対するノイズ評価値を求める評価値演算部と、前記ノイズ評価値に基づいて、前記整相後受信信号に対してノイズ抑制処理を施すノイズ抑制部と、前記ノイズ抑制処理が施された前記整相後受信信号に基づいて、画像データを生成する画像生成部と、を備えることを特徴とする。
【0010】
望ましくは、前記評価値演算部は、前記遅延処理後の各前記受信信号に対し、コヒーレンスファクタ法に基づく演算を施して、前記ノイズ評価値を求める。
【0011】
望ましくは、前記評価値演算部は、前記遅延処理後の各前記受信信号に対し、第1受信開口関数に基づく第1重み付け加算処理と、第2受信開口関数に基づく第2重み付け加算処理と、を施し、前記第1重み付け加算処理によって得られる信号と、前記第2重み付け加算処理によって得られる信号との相互相間演算に基づき、前記ノイズ評価値を求める。
【0012】
望ましくは、前記ノイズ抑制処理は、前記ノイズ評価値に対して調整処理を施して重み値を生成し、前記整相後受信信号に前記重み値を乗ずる処理を含む。
【0013】
望ましくは、前記調整処理は、前記ノイズ評価値と前記重み値とを対応付ける変換関数に基づいて、前記ノイズ評価値に対応する前記重み値を取得する処理を含み、前記変換関数は、前記重み値に下限値を与える。
【0014】
望ましくは、前記変換関数は、前記ノイズ評価値と前記重み値とを対応付ける異なる複数の候補関数から、前記ノイズ評価値が得られた深さ方向の位置に応じて選択される関数であり、複数の前記候補関数は、前記重み値に異なる下限値を与える。
【0015】
望ましくは、前記信号合成部は、走査に基づく複数の受信ビームのそれぞれについて前記整相後受信信号を生成し、前記評価値演算部は、前記受信ビームが走査された走査領域について、前記ノイズ評価値の分布を表す評価値分布を求め、前記調整処理は、前記評価値分布に対して平滑化処理を施して前記重み値を生成する処理を含む。
【0016】
望ましくは、前記信号合成部は、走査に基づく複数の受信ビームのそれぞれについて、前記整相後受信信号を生成し、前記ノイズ抑制部は、前記受信ビームが走査された走査領域について、前記重み値の分布を表す重み値分布を求め、前記超音波画像処理装置は、前記重み値分布に基づいて、前記画像データが示す画像に含まれる領域について、音響ノイズ領域であるか、前記音響ノイズ領域でない構造領域であるかを判定する音響ノイズ領域判定部を備える。
【0017】
望ましくは、前記信号合成部は、走査に基づく複数の受信ビームのそれぞれについて、前記整相後受信信号を生成し、前記評価値演算部は、前記受信ビームが走査された走査領域について、前記ノイズ評価値の分布を表す評価値分布を求め、前記超音波画像処理装置は、前記評価値分布に基づいて、前記画像データが示す画像に含まれる領域について、音響ノイズ領域であるか、前記音響ノイズ領域でない構造領域であるかを判定する音響ノイズ領域判定部を備える。
【0018】
望ましくは、前記画像生成部は、前記整相後受信信号に対し、前記音響ノイズ領域および前記構造領域について異なる帯域通過フィルタ処理を施す。
【0019】
望ましくは、前記画像生成部は、前記画像データに対し、前記音響ノイズ領域および前記構造領域について異なる画像フィルタ処理を施す。
【0020】
望ましくは、前記画像生成部は、前記画像データが示す画像に含まれる領域のうち、前記音響ノイズ領域にはオープニング処理を施し、前記構造領域にはクロージング処理を施す。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、音響ノイズおよびスペックルノイズが抑制された超音波画像データを生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施形態に係る超音波診断装置の構成を示す図である。
【
図2】コヒーレンスファクタ法に基づいてノイズ評価値を求める評価値演算部のブロック図である。
【
図3A】第1受信開口関数および第2受信開口関数の例を示す図である。
【
図3B】第1受信開口関数および第2受信開口関数の例を示す図である。
【
図3C】第1受信開口関数および第2受信開口関数の例を示す図である。
【
図3D】第1受信開口関数および第2受信開口関数の例を示す図である。
【
図3E】第1受信開口関数および第2受信開口関数の開口中心および開口幅の例を示す図である。
【
図4】DAX法に基づいてノイズ評価値を求める評価値演算部のブロック図である。
【
図5】表示器に表示される超音波画像を模式的に示す図である。
【
図6A】
図5の観測線で求められた重み値を概念的に示す図である。
【
図8B】深さdiに対する下限値A0の関係の例を示す図である。
【
図9】重み値分布に対する二値化およびクロージング処理を説明する図である。
【
図10】画像処理部が実行する処理を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
各図を参照して本発明の実施形態について説明する。複数の図面に示された同一の構成要素については同一の符号を付してその説明を省略する。また、mを正の整数として、「x-m」の形式で符号が付された複数の構成要素のうち、不特定のものを指す符号として、符号「x」が用いられる。
【0024】
図1には、本発明の実施形態に係る超音波診断装置100の構成が示されている。超音波診断装置100は、超音波の送信および受信によって超音波画像を生成し、超音波画像を表示する構成要素として、超音波プローブ12、送信部14、整相部22、画像生成部34および表示器42を備えている。整相部22は、遅延器18-1~18-M(Mは正の整数)および信号合成部20を備えている。また、超音波診断装置100は、超音波診断装置100を全体的に制御する制御部44と、入力部46を備えている。入力部46は、ボタン、レバー、キーボード、マウス等を備えてもよい。入力部46は、表示器42に設けられるタッチパネルであってもよい。超音波診断装置100は、さらに、評価値演算部24、ノイズ抑制部26および音響ノイズ領域判定部32を備えている。評価値演算部24は、受信超音波に含まれる音響ノイズに関する評価を行う。ノイズ抑制部26および音響ノイズ領域判定部32は、表示画像に含まれるノイズ等に関する処理を実行する。
【0025】
遅延器18-1~18-M、信号合成部20、評価値演算部24、ノイズ抑制部26、音響ノイズ領域判定部32、画像生成部34および制御部44は、プログラムを実行することで各機能を実現する演算デバイスによって構成されてよい。この演算デバイスは、CPUやメモリ、インターフェース等を備えたコンピュータや、FPGA(Field Programmable Gate Array)、プロセッサ等のプログラム可能なデバイスであってよい。
【0026】
超音波プローブ12は、M個の振動素子16-1~16-Mを備えている。送信部14は、各振動素子16に送信信号を出力する。各振動素子16は、送信信号を超音波に変換し、被検体の生体組織に超音波を送信する。送信部14は、各振動素子16に出力する送信信号の遅延時間を調整する。これによって、特定の方向で超音波が強められ、超音波の送信ビームが形成される。また、送信ビーム上には、超音波が集中する焦点が形成される。
【0027】
振動素子16-1~16-Mは、生体組織で反射した超音波を受信し、電気信号である受信信号に超音波を変換して、それぞれ、遅延器18-1~18-Mに出力する。遅延器18-1~18-Mおよび信号合成部20から構成される整相部22は、振動素子16-1~16-Mから出力された受信信号を整相加算して、整相後受信信号を生成する。すなわち、遅延器18-1~18-Mは、それぞれ、振動素子16-1~16-Mから出力された受信信号を遅延させて、信号合成部20に出力する。信号合成部20は、遅延器18-1~18-Mから出力された受信信号を加算合計(合成)して整相後受信信号を生成する。
【0028】
各遅延器18が、制御部44の制御に従った遅延時間で受信信号を遅延させることで、特定の方向から到来した超音波に基づく受信信号が強め合った整相後受信信号が生成される。すなわち、振動素子16-1~16-Mから出力された受信信号が整相加算され、特定の方向に受信ビームが形成されるように整相後受信信号が生成される。制御部44は、送信ビーム方向と受信ビーム方向とが一致するように、各遅延器18の遅延時間を制御する。
【0029】
また、振動素子16-1~16-Mで繰り返し送信および繰り返し受信される超音波に対し、制御部44は、送信ビームおよび受信ビーム(以下、これらを併せて超音波ビームという)が生体組織で走査されるように、各送信信号の遅延時間および各遅延器18での遅延時間を変化させる。
【0030】
以下の説明では、超音波プローブ12から見た超音波ビームの方向が方位角θjで表され、整相後受信信号を離散信号で表した場合の時間変数がtiとされる。超音波ビームの方位角θjについては、θ1~θN(θ1<θ2<・・・・・・<θN)が定められており、θ1、θ2、・・・・θN、θ1、θ2・・・・θN、θ1、・・・・のように超音波ビームの方位角が繰り返し変化することで、超音波ビームがセクタ走査される。1本の超音波ビームに対応する整相後受信信号の時間軸上の位置t1、t2、・・・・・tKは、後の時間程、生体組織での深い位置に対応する。そこで、以下では、整相後受信信号の値の時間軸上の位置t1、t2、・・・・・tKを、超音波ビーム方向への生体組織の深さd1、d2、d3・・・・・dKに換算した値に置き換えて説明する。
【0031】
各超音波ビームの方向について生成された整相後受信信号に対しては、ノイズを抑制する処理がノイズ抑制部26によって施される。ノイズ抑制処理が施された整相後受信信号(以下ノイズ抑制受信信号という)は、画像生成部34に入力される。
【0032】
画像生成部34は、信号処理部36、包絡線検波部38および画像処理部40を備えている。信号処理部36は、ノイズ抑制受信信号に対して対数増幅、帯域通過フィルタ処理等を施し、包絡線検波部38に出力する。包絡線検波部38は、ノイズ抑制受信信号に対して包絡線検波を施して、超音波ビームに対応するビームラインデータを生成する。ビームラインデータは、生体組織の深さ方向に配列される複数の画素の各画素値を示す。包絡線検波部38は、超音波ビームの方位角θ1~θNのそれぞれについてビームラインデータを生成する。すなわち、包絡線検波部38は、N本の超音波ビームに対応するNセットのビームラインデータを生成し、画像処理部40に出力する。
【0033】
画像処理部40は、Nセットのビームラインデータに基づいて、ビームラインデータのアップサンプリングまたはダウンサンプリングの処理、深度‐方位角θの座標から画像表示時の縦横の画素座標への座標変換を行うスキャンコンバージョン処理、およびエッジ強調や平滑化処理等を行い、1フレームの超音波画像データを生成する。画像処理部40は、所定のフレームレートで超音波画像データを順次生成し、超音波画像を表す映像信号を生成し、表示器42に出力する。表示器42は映像信号に基づいて、所定のフレームレートで順次生成される超音波画像データに基づく超音波画像を表示する。
【0034】
本発明の実施形態に係る超音波診断装置100では、遅延処理部10、信号合成部20、評価値演算部24、ノイズ抑制部26および画像生成部34が、超音波画像処理装置を構成する。遅延処理部10は、遅延器18-1~18-Mを備えており、超音波プローブ12が備える複数の振動素子16-1~16-Mがそれぞれ出力する受信信号に対して個別に遅延処理を施す。信号合成部20は、遅延処理後の各受信信号を加算合計、すなわち、遅延処理後の各受信信号を合成し、整相後受信信号を生成する。
【0035】
評価値演算部24は、遅延処理後の各受信信号に基づいて、整相後受信信号に対するノイズ評価値を求める。ノイズ評価値は、後述するように、整相後受信信号に含まれる音響ノイズを評価した値である。ノイズ抑制部26は、ノイズ評価値に基づいて、整相後受信信号に対してノイズ抑制処理を施す。画像生成部34は、ノイズ抑制受信信号に基づいて超音波画像データを生成し、超音波画像データに基づく超音波画像を表示器42に表示させる。
【0036】
評価値演算部24およびノイズ抑制部26について説明する。評価値演算部24は、遅延器18-1~18-Mから出力された受信信号に対し、後述するコヒーレンスファクタ法またはDAX法に基づいてノイズ評価値Pijを求める。ここで、iおよびjは、方位角がθjである超音波ビームに対して得られた整相後受信信号の時間tiにおける値(深さdiに対応する値)であることを示す。ノイズ評価値Pijは、0以上1以下の値であり、整相後受信信号の値に含まれるノイズ成分が大きい程、小さい値を有する。
【0037】
評価値演算部24は、超音波ビームの方位角θ1~θNのそれぞれについて生成された、深さd1~dKに対応する整相後受信信号の値に基づいて、ノイズ評価値Pij(i=1~K,j=1~N)を生成し、調整処理部28に出力する。すなわち、評価値演算部24は、ノイズ評価値P11、P12、P13、・・・・・P1K、P21、P22、P23、・・・・・P2K、P31、P32、・・・・・・PNKを生成し、調整処理部28に出力する。このように、ノイズ評価値Pijは、深さ方向の位置をdとし、方位角方向をθとしたd-θ平面(受信ビームが走査された走査領域上の2次元座標平面)で定義される。iおよびjの各組み合わせについて生成されるノイズ評価値Pijは、d-θ平面におけるノイズ評価値の分布(評価値分布)を表す。
【0038】
ノイズ抑制部26は、調整処理部28および乗算器30を備えている。調整処理部28は、ノイズ評価値Pijに対して調整処理を施して重み値Aijを求め、乗算器30および音響ノイズ領域判定部32に出力する。調整処理は、表示器42に表示される超音波画像の視認性を向上させる処理である。調整処理には、d-θ平面でノイズ評価値Pijを平滑化する平滑化処理や、重み値Aijの下限値を規定する下限リミット処理がある。下限リミット処理は、ノイズ評価値Pijが所定値以下である場合に、重み値Aijを一定の下限値とする処理である。
【0039】
乗算器30は、信号合成部20から出力された整相後受信信号の値Rijに対し、重み値Aijを乗ずるノイズ抑制処理を施し、ノイズ抑制受信信号を生成する。ここで、整相後受信信号の値Rijは、方位角θj方向への深さdiに対応する値である。乗算器30は、ノイズ抑制受信信号を画像生成部34に出力する。
【0040】
評価値演算部24がノイズ評価値Pijを求める処理について説明する。評価値演算部24は、例えば、コヒーレンスファクタ法に基づく(数1)に従って、Pijを求める。
【0041】
【0042】
ここで、si,j(m)は、超音波ビームの方位角をθjとしたときに、遅延器18-m(mは1~Mのいずれかの整数)から出力される受信信号の、生体組織の深さdiに対応する値である。
【0043】
図2には、評価値演算部24が、コヒーレンスファクタ法に基づいてノイズ評価値Pijを求める場合のブロック図が示されている。遅延器18-1~18-Mからは、それぞれ、受信信号s
i,j(1)~s
i,j(M)が評価値演算部24に出力される。評価値演算部24は、(数1)に従って求められたノイズ評価値Pijを出力する。
【0044】
(数1)で求められるノイズ評価値Pijは、生体組織を伝搬する超音波に対する位相収差が大きい程、小さい値を示す。位相収差とは、生体組織内での超音波の伝搬特性が不均一であることによって、同一距離を伝搬する超音波の位相回転量にバラツキが生じる現象をいう。また、(数1)で求められるノイズ評価値Pijは、受信信号si,j(m)に含まれるサイドローブ成分が大きい程、小さい値を示す。整相後受信信号の値Rijにノイズ評価値Pijが掛け合わされることで、あるいはノイズ評価値Pijに対して後述の調整処理が施された重み値Aijが掛け合わされることで、位相収差やサイドローブに起因して整相後受信信号に含まれることとなったノイズが抑制される。
【0045】
コヒーレンスファクタ法を用いてノイズ評価値Pijを求める処理としては、(数1)で表される処理の他、受信信号si,j(1)~si,j(M)の位相の標準偏差を用いてノイズ評価値Pijが求められるPCF(Phase Coherence factor)がある。また、si,j(1)~si,j(M)のm軸方向のフーリエスペクトルを算出し、フーリエスペクトルの全エネルギーに対する、周波数0近傍の低周波数帯域におけるエネルギーの比率を用いるGCF(Generalized Coherence factor)(特許文献1)等がある。コヒーレンスファクタ法を用いたいずれの演算も、伝搬媒質としての生体組織内の位相収差のバラツキが大きい程、求められる評価値が小さくなる演算である。そのため、例えばサイドローブ成分が多く含まれる程、また超音波の伝搬過程の媒体についての、音速分布のバラツキが大きい程、小さな評価値が得られる。他にも反射強度の強い複数の構造やプローブ表面で超音波が繰り返し反射することで生じる多重反射によるアーチファクトの受信信号は、小さな評価値となる傾向にある。
【0046】
評価値演算部24は、DAX法(Dual Apodization with Cross-Correlation)に基づく(数2)に従って、ノイズ評価値Pijを求めてもよい。
【0047】
【0048】
ただし、チャネル間加算信号Y1(k,j)およびY2(k、j)は、それぞれ、次の(数3)および(数4)に従って求められる。
【数3】
【0049】
【0050】
第1受信開口関数A1i,j(m)および第2受信開口関数A2i,j(m)は、DAX法で用いられる2つの受信開口関数である。(数3)は、遅延処理後の各受信信号に対し、第1受信開口関数A1i,j(m)に基づく第1重み付け加算処理を施してチャネル間加算信号Y1(k,j)を求めることを意味する。(数4)は、遅延処理後の各受信信号に対し、第2受信開口関数A2i,j(m)に基づく第2重み付け加算処理を施してチャネル間加算信号Y2(k,j)を求めることを意味する。(数1)は、第1重み付け加算処理によって得られたチャネル間加算信号Y1(k,j)と、第2重み付け加算処理によって得られたチャネル間加算信号Y1(k,j)との相互相間演算に基づき、ノイズ評価値Pijを求めることを意味する。
【0051】
図3A~
図3Dには、第1受信開口関数A1
i,j(m)および第2受信開口関数A2
i,j(m)の例が示されている。横軸は振動素子16の配列順位m(チャネル番号)を示し、縦軸は開口関数の値を示す。
図3A~
図3Dには、64個の振動素子16-1~16-64に対する第1受信開口関数A1
i,j(m)および第2受信開口関数A2
i,j(m)の例が示されている。網掛けが付された領域のmの範囲が受信開口関数が1となるmの範囲であり、網掛けが付されていない領域のmの範囲が受信開口関数が0となるmの範囲である。
【0052】
図3Eには、
図3A~
図3Dに示した方位θj方向のビーム中心に対応するチャネル番号の位置と、深さdiでの有効な受信開口幅の例が示されている。受信開口幅は、一般に、深さdiが深い程広く設定される。このようにして、
図3A~
図3Dに例示する第1受信開口関数A1
i,j(m)および第2受信開口関数A2
i,j(m)は、ビームの方位方向θjと深さdiごとに設定される設定値である。
【0053】
図3A~
図3Bに示されている例では、A1
i,j(m)およびA2
i,j(m)は、整数Lの単位で1と0を繰り返す周期的なパターンを有する。例えば整数L=2の場合は、A1
i,j(m)およびA2
i,j(m)は、1,1,0,0,1,1,0,0・・のようなパターンを有する。また第1受信開口関数A1
i,j(m)と第2受信開口関数A2
i,j(m)は相補的である。すなわち、第1受信開口関数A1
i,j(m)が1となるmの範囲では、第2受信開口関数A2
i,j(m)は0となり、第1受信開口関数A1
i,j(m)が0となるmの範囲では、第2受信開口関数A2(m)
i,jは1となる。
【0054】
図3Cに示されている第1受信開口関数A1
i,j(m)と第2受信開口関数A2
i,j(m)は、受信開口の中心に対して対称の関係にある。
【0055】
図3Dに示されている第1受信開口関数A1
i,j(m)は有効な受信開口幅の重みが総て1のフラットな関数であり、第2受信開口関数A2
i,j(m)は、ハニング窓やハミング窓等の関数で表される、有効な受信開口幅の中心から外側にかけて重みが小さくなる関数である。
【0056】
(数2)は、チャネル間加算信号Y1(k,j)およびY2(k、j)の正規化相互相関演算によって、ノイズ評価値Pijが求められることを示している。方位角θj方向への深さdiの位置を中心とした2b+1の範囲で、方位角θj方向への深さdiについての相互相関値が求められる。相互相関値は、チャネル間加算信号Y1(k,j)およびY2(k、j)が近似している度合い(近似度)を示す。前記、相互相関を算出する深さdi方向の範囲2b+1としては、超音波の数波長程度の長さに相当する範囲が設定される。また(数2)に示す深さdi方向への1次元の範囲を用いる相互相関の他にも、方位角θjの位置を中心とした2e+1の範囲と深さdiの位置を中心とした2b+1の範囲の2次元の範囲を用いて同様に相互相関を求めてもよい。
【0057】
図4には、評価値演算部24が、DAX法に基づいてノイズ評価値Pijを求める場合のブロック図が示されている。評価値演算部24は、第1のチャネル信号加算器50、第2のチャネル信号加算器52、メモリ54および相互相関演算器56を備えている。遅延器18-1~18-Mからは、それぞれ、受信信号s
i,j(1)~s
i,j(M)が、第1のチャネル信号加算器50および第2のチャネル信号加算器52の両者に出力される。
【0058】
第1のチャネル信号加算器50は、(数3)に従って、k=1~Kのそれぞれについてチャネル間加算信号Y1(k,j)を求めメモリ54に記憶させる。第2のチャネル信号加算器52は、(数4)に従って、k=1~Kのそれぞれについてチャネル間加算信号Y2(k,j)を求めメモリ54に記憶させる。メモリ54は、チャネル間加算信号Y1(1,j)~Y1(K,j)と、チャネル間加算信号Y2(1,j)~Y2(K,j)を記憶する。相互相関演算器56は、メモリ54に記憶されたチャネル間加算信号Y1(1,j)~Y1(K,j)と、チャネル間加算信号Y2(1,j)~Y2(K,j)を参照し、(数2)に従ってノイズ評価値Pijを求める。
【0059】
チャネル間加算信号Y1(k,j)と、チャネル間加算信号Y2(k,j)の相互相関値は、第1受信開口関数A1
i,j(m)と第2受信開口関数A2
i,j(m)が、
図3A~
図3Dに示されているような関係にあるときに、適切なノイズ評価値Pijを表すことがシミュレーションによって確かめられている。すなわち、方位角θj方向への深さdiに対応する整相後受信信号の値Rijに含まれるノイズが大きい程、ノイズ評価値Pijが小さくなる。その理由は、振動素子16-1~16-Mで受信されるノイズの位相が不揃いであることや、振動素子の配列方向におけるノイズの信号強度の分布特性が、観測されるべき信号と異なることによる。
【0060】
例えば
図3A~
図3Bに例示された受信開口関数を用いることで、周期的なパターンにより、グレーティングローブが生じる。グレーティングローブの方向から到来するエコー信号は、チャネル間加算信号Y1(k,j)と、チャネル間加算信号Y2(k,j)とで、位相が1/2周期ずれ、振幅の符号が反転するため、ノイズ評価値Pijは-1の低値をとる。ここで観測されるべき信号は、方位各θjの方向に強い感度を持つのに対して、位相が不揃いであるノイズは、方位角θjの方向とは異なる角度の平面波が混ざりあった信号と捉えることができる。そのため観測されるべき信号に比べ、前記グレーティングローブの方向に相当する平面波成分の比率が多くなり、評価値Pijが小さくなると説明できる。また、振動素子の方向における信号高度の分布特性について、観測されるべき信号は、θj方向のビーム中心位置に対して左右対称なのに対し、サイドローブ等のノイズは左右非対称の傾向にある。そのため、
図3Cに例示された、θj方向のビーム中心位置に対して左右反転の受信開口関数を用いることで、整相後受信信号の値Rijに含まれるノイズが大きい程、ノイズ評価値Pijが小さくなる。その他にも、
図3Dに例示した、フラットな第1受信開口関数A1
i,j(m)は、ハミング窓等の第2受信開口関数A2
i,j(m)よりも、一般にサイドローブ成分が多く受信されることが知られており、整相後受信信号の値Rijに含まれるノイズ、中でもサイドローブ成分が大きい程、ノイズ評価値Pijが小さくなる。
【0061】
次に、調整処理部28が、ノイズ評価値Pijに対して調整処理を施して重み値Aijを求める処理について説明する。調整処理部28は、d-θ平面におけるノイズ評価値Pijの分布に対して平滑化処理を施す。平滑化処理には、メディアンフィルタ処理やモルフォロジー処理等が用いられてよい。例としてモルフォロジー処理を適用する場合について説明する。モルフォロジー処理は、以下に説明するダイレーション処理およびエロージョン処理のうち少なくとも一方を含む。これらの処理には、処理対象とする分布値をその周囲の分布値を用いて決定するために構造要素や構造関数と呼ばれる関数が用いられる。
【0062】
ダイレーション処理(拡張処理)は、(数5)に示されるダイレーション演算によって、d-θ平面においてノイズ評価値Pijを平滑化する処理である。ダイレーション処理によれば、ノイズ評価値P(x)の分布において値が増加し、値が0と1の2値を有する場合で考えれば、0でない範囲がd-θ平面上で拡大される。
【0063】
【0064】
(数5)の右辺は、構造関数g(u)の独立変数u分だけ、ノイズ評価値P(x)の分布をd-θ平面上でシフトさせ、構造関数g(u)を加算した値について、最大値を求めることを意味する。最大値を求める範囲は、構造関数g(u)の定義域Gの範囲およびノイズ評価値P(x-u)の定義域Fの範囲である。すなわち、右辺の中括弧は、構造関数g(u)の定義域Gの範囲で、かつ、ノイズ評価値P(x-u)の定義域Fの範囲で独立変数uの値を変化させた場合における最大値を求めることを意味する。
【0065】
変数xおよびuは、d-θ平面上、すなわち走査領域上の2次元座標値であってよい。また、変数xおよびuは、d-θ平面における離散値(di,θj)であってよい。構造関数g(u)は、走査領域上の2次元座標で定義された関数であってよい。構造関数g(u)は、構造要素が存在すると仮定した変数uの範囲で値が0でない値(例えば1)となり、構造要素が存在しないと仮定した変数uの範囲で値が0となる関数であってよい。また、構造関数g(u)の値は、構造要素の中心から外側にかけて値が小さくなる勾配を持った値であってもよいが、構造要素が存在する範囲で一定であってもよい。構造要素の大きさは、スペックルノイズの大きさと同程度であってよい。複数の構造要素が、例えば、深さ方向に超音波の1波長程度、超音波ビームの走査方向に2~3波長程度の間隔で配列されてもよい。
【0066】
エロージョン処理(減少処理)は、(数6)に示されるエロージョン演算によって、d-θ平面においてノイズ評価値ijを平滑化する処理である。エロージョン処理によれば、ノイズ評価値P(x)の分布において値が減少し、値が0と1の2値を有する場合で考えれば、0でない範囲がd-θ平面上で縮小される。
【0067】
【0068】
(数6)の右辺は、構造関数g(u)の独立変数u分だけ、ノイズ評価値P(x)の分布をd-θ平面上でシフトさせ、構造関数g(u)を減算した値について最小値を求めることを意味する。最小値を求める範囲は、構造関数g(u)の定義域Gの範囲およびノイズ評価値P(x-u)の定義域Fの範囲である。すなわち、右辺の中括弧は、構造関数g(u)の定義域Gの範囲で、かつ、ノイズ評価値P(x-u)の定義域Fの範囲で独立変数uの値を変化させた場合における最小値を求めることを意味する。
【0069】
調整処理部28は、ダイレーション処理を施した後に、エロージョン処理を施すクロージング処理をノイズ評価値Pijに対して施してもよい。また、調整処理部28は、エロージョン処理を施した後に、ダイレーション処理を施すオープニング処理をノイズ評価値Pijに対して施してもよい。
【0070】
図5には、表示器42に表示される超音波画像が模式的に示されている。この図には、スペックルノイズが現れている左右のスペックル領域60と、左右のスペックル領域60に挟まれた音響ノイズ領域64(無エコー領域)が示されている。
図6Aには、
図5の観測線58で求められる重み値Aijが概念的に示されている。横軸は観測線58に対応するα軸であり、縦軸は重み値Aijを示す。平滑化処理としてモルフォロジー処理をノイズ評価値Pijに施すことで求められた重み値Aijが、分布66で示されている。また、平滑化処理が施されないノイズ評価値Pijに施して求められた重み値Aijが、分布68で示されている。
図6Aに示されているように、平滑化処理が施された場合には、スペックル領域60において、α軸方向に見たときの重み値Aijの変動が抑制されている。これによって、スペックルノイズの抑制効果が向上する。
【0071】
図6Bには、ノイズ抑制処理によって音響ノイズを低減していない場合の画素値分布70と、ノイズ抑制処理によって音響ノイズを低減した場合の画素値分布72および74が概念的に示されている。画素値分布72は、平滑化処理が施されていないノイズ評価値Pijを用いた場合の画素値分布、すなわち平滑化処理を実行せずに音響ノイズを低減した画素値分布である。画素値分布74は、平滑化処理によって得られた重み値Aijを用いた場合の画素値分布、すなわち平滑化処理を実行すると共に音響ノイズを低減した画素値分布である。
【0072】
平滑化処理を実行せずに音響ノイズを低減した画素値分布72では、音響ノイズを低減していない場合の画素値分布70に対して、音響ノイズ領域64での音響ノイズが低減されている。しかし、α軸方向に見たときのスペックル領域60の画素値の変動が大きく、音響ノイズを低減していない場合の画素値分布70に対して、スペックルノイズは増加している。ここでスペックルノイズの大きさは、例えばスペックル領域の画素値分布の標準偏差値を指標として考えてもよく、スペックルノイズが大きいことは、画素値の変動が大きいことを意味する。
【0073】
平滑化処理を実行すると共に音響ノイズを低減した画素値分布74では、音響ノイズを低減していない場合の画素値分布70に対して、音響ノイズ領域64での音響ノイズが低減されている。さらに、α軸方向に見たときの画素値の変動が、平滑化処理を実行せずに音響ノイズを低減した画素値分布72に比べて抑制されている。このように、平滑化処理を実行すると共に音響ノイズを低減することで、表示画像に表される生体組織の視認性が向上する。
【0074】
調整処理部28は、コヒーレンスファクタ法またはDAX法に基づいて求められたノイズ評価値Pijに対してさらにモルフォロジー処理を施したノイズ評価値Pijに対し、重み値Aijを求める重み値変換処理を施す。重み値変換処理では、ノイズ評価値Pijに対し、0から1の範囲をとる重み値Aijを関係付けた変換関数により重み値Aijが求められる。あるいは、調整処理部28は、コヒーレンスファクタ法またはDAX法に基づいて求められ、モルフォロジー処理が施されないノイズ評価値Pijに対して、重み値変換処理を施してもよい。
【0075】
前記変換関数は、線形の関数でも非線形の関数でもよく、また重み値Aijの下限値を有してもよい。
図7には、ノイズ評価値Pijと重み値Aijとを関係付ける変換関数の第1の例が示されている。重み値Aijには下限値A0が設定されており、ノイズ評価値Pijがε以下の範囲であるときに、求められる重み値Aijが下限値A0とされる。重み値Aijに下限値A0が設定されることで、整相後受信信号に含まれる音響ノイズが大きい場合であっても、観測すべき部位が超音波画像から消滅してしまうことが回避される。また、変換関数に、
図7に示す閾値pを設けて、ノイズ評価値Pijがp以上1以下であるときに重み値Aijが1となるように、重み値Aijが定められてもよい。このような閾値pを設けることで、観測すべき信号に音響ノイズが混ざっていても、観測すべき信号の信号強度が過度に抑制されることが回避される。ノイズ評価値Pijがεより大きくpより小さい範囲においては、変換関数f1によれば、ノイズ評価値Pijに対して、重み値Aijが線形に増加する。または変換関数f2に例示するように、ノイズ評価値Pijに対して、重み値Aijが非線形に増加してもよい。
【0076】
図8Aには、ノイズ評価値Pijと重み値Aijとを関係付ける変換関数の第2の例が示されている。この変換関数では、処理対象の深さdiを指定することで1つの変換関数が選択される。例えば、
図7に例示した下限値A0が異なる複数の候補関数から、処理対象の深さdiを指定することで1つの変換関数が選択される。
【0077】
図8Bには、深さdiに対する下限値A0の関係の例が示されている。超音波ビームの焦点が形成される焦点深さdfで下限値A0が最小となっており、深さdiが焦点深さdfよりも大きい範囲では、深さdiの増加と共に下限値A0が増加し、深さdiが焦点深さdf以下である範囲では、深さdiの増加と共に下限値A0が減少する。
【0078】
調整処理部28は、
図8Bに示される関係に従って、処理対象の深さdiに対応する下限値A0を取得し、
図8Aに示される複数の変換関数のうちその下限値A0によって特定される変換関数に基づいて重み値Aijを求める。
【0079】
ノイズ評価値Pijには、焦点深さdfから離れた領域で値が小さくなる傾向がある。その理由としては、焦点深さdfから離れた領域では送信ビームのビーム幅が太く、方位角θjのビーム中心軸から離れた位置の反射体のエコーがノイズとしてより多く混ざり受信されることが考えられる。その他にも、焦点深さdfよりも深い領域では、生体組織で反射して超音波プローブ12で受信されるまでに超音波が減衰し信号強度に対するランダムな電気ノイズの比率が増加することが考えられる。また、一般に近距離音場と呼ばれる焦点深さdfよりも浅い領域では、送信ビームの波面の位相差が大きく、送信開口の回折波の強度も大きいため、受信信号の位相のばらつきが大きくなる傾向にある。
【0080】
ノイズ評価値Pijに対して、深さdiに対応して変化する下限値を定めない場合には、焦点深さdfから離れた領域で、必要な整相後受信信号に対するノイズ評価値Pijが全体的に低下してしまい、観測すべき生体組織の視認性が低下してしまうことがある。深さdiに対応して変化する下限値を設けた重み値変換処理では、焦点深さdfから離れた領域でも、観測すべき部位の視認性が向上する。
【0081】
次に、音響ノイズ領域判定部32が実行する領域判定処理について説明する。以下の説明では、d-θ平面上の座標値(di,θj)で表される位置を、単に位置(di,θj)という。音響ノイズ領域判定部32は、d-θ平面上の各位置(di,θj)について調整処理部28によって求められた重み値Aijに基づいて、位置(di,θj)が音響ノイズ領域に属するか、音響ノイズ領域でない構造領域に属するかを判定する。すなわち、音響ノイズ領域判定部32は、受信ビームが走査された走査領域上の2次元座標で求められた重み値分布に基づいて、位置(di,θj)が音響ノイズ領域に属するか、構造領域に属するかを判定する。
【0082】
音響ノイズ領域判定部32は、調整処理部28から出力された重み値Aijが所定の判定閾値Th以下であるときは、位置(di,θj)が音響ノイズ領域に属すると判定する。一方、調整処理部28から出力された重み値Aijが所定の判定閾値Thを超えるときは、音響ノイズ領域判定部32は、位置(di,θj)が構造領域に属すると判定する。判定閾値Thは、1よりも小さくスペックルノイズに対する平均的な重み値Aijよりも大きい固定値として設定されてよい。音響ノイズ領域判定部32は、位置(di,θj)が音響ノイズ領域に属するか、構造領域に属するかを示す領域判定情報を、信号処理部36および画像処理部40に出力する。
【0083】
領域判定情報は二値化された情報で表されてよい。すなわち、音響ノイズ領域であることを示す場合に値が0となり、構造領域であることを示す場合に値が1となる領域識別子Qを用いて、領域判定情報は(di,θj,Q)と表されてもよい。領域判定情報は(di,θj,Q)は、位置(di,θj)と、領域識別子Qとを対応付けた情報である。
【0084】
この場合、音響ノイズ領域判定部32は、調整処理部28から出力された重み値Aijが判定閾値Thを超えるときは、位置(di,θj)に対し、領域判定情報(di,θj,1)を生成し、信号処理部36および画像処理部40に出力する。調整処理部28から出力された重み値Aijが判定閾値Th以下であるときは、音響ノイズ領域判定部32は、位置(di,θj)に対し、領域判定情報(di,θj,0)を生成し、信号処理部36および画像処理部40に出力する。
【0085】
音響ノイズ領域判定部32は、位置(di,θj)を与えることで領域識別子Qが得られる二値化ノイズ分布Q=B(di,θj)に対し、d-θ平面におけるクロージング処理を施してもよい。この場合、音響ノイズ領域判定部32は、クロージング処理を施すことで得られた領域識別子Q~を含む領域判定情報(di,θj,Q~)を、信号処理部36および画像処理部40に出力する。クロージング処理を施すことで、重み値Aijの位置(di,θj)ごとのばらつきが大きな構造、例えばスペックルノイズの大きな弱散乱体の集合構造においても、構造領域として判定される割合が高くなる。
【0086】
上記では、位置(di,θj)が音響ノイズ領域に属するか、構造領域に属するかを、重み値Aijに基づいて判定する処理が示された。この判定は、評価値演算部24から出力されたノイズ評価値Pijに基づいて行われてもよい。
【0087】
図9の上段左側には、重み値Aijが画像によって模式的に示されている。上段右側には、
図5と同様の観測線58を示すα軸上での重み値Aijが示されている。
図9の中段には、二値化ノイズ分布Q=B(di,θj)が画像によって示されている。黒色の領域は二値化によって0とされた音響ノイズ領域であり、白色の領域は二値化によって1とされた構造領域である。
【0088】
図9の下段には、二値化ノイズ分布Q=B(di,θj)に対してクロージング処理を施した二値化ノイズ分布が示されている。クロージング処理によって、音響ノイズ領域が縮小され、構造領域が拡大されている。
【0089】
信号処理部36が実行する帯域通過フィルタ処理(バンドパスフィルタ)では、振動素子16の使用周波数帯域幅、生体組織内での非線形特性、生体組織内での減衰特性等に応じて、di方向のフィルタ特性が決定される。フィルタとしては、di方向の所定の長さのタップ係数を与えることでフィルタ特性が定まるFIRフィルタ(Finite Impulse Response Filter)が用いられてよい。フィルタ特性の通過周波数帯域幅を狭めると、音響ノイズを抑制する効果が高まる。しかし、通過周波数帯域幅を狭めると、超音波画像の生成に寄与させる信号のレベルが低下する、分解能(解像度)が低下する等の問題が生じることがある。
【0090】
そこで、信号処理部36は、領域判定情報(di,θj,Q)に応じて、フィルタ特性を切り替えてよい。信号処理部36は、例えば、位置(di,θj)が音響ノイズ領域に属する場合、すなわちQ=0の場合には、フィルタ特性を第1フィルタ特性に設定し、位置(di,θj)が構造領域に属する場合、すなわちQ=1の場合には、フィルタ特性を第2フィルタ特性に設定する。第1フィルタ特性は、第2フィルタ特性に比べて、通過周波数帯域幅が狭い特性である。フィルタとしてFIRフィルタが用いられる場合、信号処理部36は、フィルタに与える複数のタップ係数を変更することで、第1フィルタ特性および第2フィルタ特性のいずれか一方から他方にフィルタ特性を切り替える。
【0091】
画像処理部40は、Nセットのビームラインデータに基づいて生成された1フレームの超音波画像データに対してスペックルノイズ低減やエッジ強調を目的とした、平滑化フィルター処理やモルフォロジー処理等の画像フィルタ処理を実行してもよい。この場合、画像処理部40は、領域判定情報に応じて、一例としてモルフォロジー処理としてクロージング処理を超音波画像データに対して施すか、オープニング処理を施すかを決定する。すなわち、超音波画像の領域のうち、音響ノイズ領域に対してはオープニング処理を施し、構造領域に対してはクロージング処理を施してよい。
【0092】
図10には、画像処理部40が実行する画像フィルタ処理の例が示されている。超音波画像データによって示される超音波画像は、処理対象となる複数の画像領域に分割され、処理対象の各画像領域に対して以下の処理が実行される。画像処理部40は、超音波画像データによって示される超音波画像のうちの処理対象の画像領域に対し、領域判定処理を実行する(S1)。画像処理部40は、処理対象の画像領域が音響ノイズ領域であるときは、その画像領域に対してオープニング処理を施す(S2)。一方、処理対象の画像領域が構造領域であるときは、画像処理部40は、その画像領域に対してクロージング処理を施す(S3)。画像処理部40は、処理対象となる複数の画像領域のそれぞれについてS1~S3の処理を実行する。このようなモルフォロジー処理が施された超音波画像データに基づいて、表示器42は超音波画像を表示する。
【0093】
音響ノイズ領域では、画素値が小さい領域に、部分的に画素値の大きなノイズが存在する。そのため、はじめにエロージョン処理(減少処理)を行うオープニング処理を施すことで、部分的に存在したノイズが減少し、視認性が向上する。一方、構造領域では、画素値が大きい領域に、部分的に画素値の小さな領域が存在する。そのため、はじめにダイレーション処理(拡張処理)を行うクロージング処理を施すことで、部分的に存在した画素値の小さな領域が埋まり、構造領域の画素値が平滑化され視認性が向上する。
【0094】
画像処理部40は、モルフォロジー処理で用いる構造関数について、値が0でない領域が及ぶ範囲を、領域判定情報に応じて決定してよい。例えば、音響ノイズ領域に対しては、構造領域と比べて、値が0でない領域が及ぶ範囲が広い構造関数を用いてモルフォロジー処理を実行してよい。構造領域に対しては、音響ノイズ領域と比べて、値が0でない領域が及ぶ範囲が狭い構造関数を用いてモルフォロジー処理を実行してよい。一般に構造関数が0でない領域が及ぶ範囲が広い程、ノイズ低減効果、平滑化効果が高いが、分解能は劣化する。そのため、値が0でない領域が及ぶ範囲を、領域判定情報に応じて決定することで、音響ノイズ領域ではノイズ低減効果を優先し、構造領域では分解能を優先したモルフォロジー処理を施すことができる。
【0095】
なお、上記では、超音波ビームがセクタ走査され、生体組織内の位置が深さdiおよび方位角θjによって特定される実施形態が示された。超音波ビームは、コンベックス走査、リニア走査等、その他の走査方式で走査されてもよい。この場合、生体組織内の位置は、走査方式に従った座標系で特定される。例えば、リニア走査では、深さ方向をx軸方向とし、x軸方向に垂直なy軸方向に超音波ビームを走査した場合には、生体組織内の位置はxy座標系における位置(xi、yj)で特定される。いずれの走査方式についても、画像処理部40はビームラインデータに対し適切な座標変換を施して、表示器42に超音波画像を表示させるための超音波画像データを生成する。
【符号の説明】
【0096】
10 遅延処理部、12 超音波プローブ、14 送信部、16-1~16-M 振動素子、18-1~18-M 遅延器、20 信号合成部、22 整相部、24 評価値演算部、26 ノイズ抑制部、28 調整処理部、30 乗算器、32 音響ノイズ領域判定部、34 画像生成部、36 信号処理部、38 包絡線検波部、40 画像処理部、42 表示器、44 制御部、46 入力部、50 第1のチャネル信号加算器、52 第2のチャネル信号加算器、54 メモリ、56 相互相関演算器、58 観測線、60 スペックル領域、64 音響ノイズ領域、66,68 重み値の分布、70,72,74 画素値分布。