(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024020941
(43)【公開日】2024-02-15
(54)【発明の名称】ウイルス不活性化装置およびウイルス不活性化方法
(51)【国際特許分類】
C02F 1/02 20230101AFI20240207BHJP
【FI】
C02F1/02 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022123512
(22)【出願日】2022-08-02
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川田 滋久
(72)【発明者】
【氏名】胡 錦陽
(72)【発明者】
【氏名】小原 卓巳
(72)【発明者】
【氏名】田中 夕佳
(72)【発明者】
【氏名】大月 伸浩
(72)【発明者】
【氏名】山本 勝也
【テーマコード(参考)】
4D034
【Fターム(参考)】
4D034CA06
4D034CA21
(57)【要約】
【課題】試験室のBSLの管理を不要とし、一般的な環境試験室でも、ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で確実にウイルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができるウイルス不活性化装置を提供する。
【解決手段】実施形態のウイルス不活性化装置は、サンプリングした環境水に含まれるウイルスを、所定の条件で加熱することにより、前記ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で、前記ウイルスを不活性化させる不活性化部、を備える。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプリングした環境水に含まれるウイルスを、所定の条件で加熱することにより、前記ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で、前記ウイルスを不活性化させる不活性化部、
を備えるウイルス不活性化装置。
【請求項2】
前記不活性化部は、前記所定の条件として、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上、前記ウイルスを加熱する、
請求項1に記載のウイルス不活性化装置。
【請求項3】
前記不活性化部は、
前記サンプリングした環境水を貯蔵するタンクと、
前記タンク内の環境水の温度を計測する温度計測部と、
前記タンク内の環境水を加熱または冷却する加熱冷却部と、
前記温度計測部で計測される温度が、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上維持されるように、前記加熱冷却部を制御する温度制御部と、
を備える請求項2に記載のウイルス不活性化装置。
【請求項4】
前記不活性化部は、
前記タンク内の環境水を撹拌する撹拌部、をさらに備え、
前記温度制御部は、前記タンク内の環境水を撹拌させながら、前記温度計測部で計測される温度が、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上維持されるように、前記撹拌部と前記加熱冷却部とを制御する、
を備える請求項3に記載のウイルス不活性化装置。
【請求項5】
サンプリングした環境水に含まれるウイルスを、所定の条件で加熱することにより、前記ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で、前記ウイルスを不活性化させる不活性化工程、
を含むウイルス不活性化方法。
【請求項6】
前記不活性化工程は、前記所定の条件として、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上、前記ウイルスを加熱する、
請求項5に記載のウイルス不活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、ウイルス不活性化装置およびウイルス不活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行(パンデミック)は、ワクチン投与などが開始されるもなかなか沈静化せず、人命及び健康の被害や社会経済活動への長期かつ甚大な影響を与えている。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2、以下「SARS-CoV-2ウイルス」と称する場合もある)の主伝播経路は、ヒト-ヒト間の飛沫感染や接触感染であるが、発症前のヒト糞便からもSARS-CoV-2ウイルス遺伝子が検出されることから、環境水である下水からの検出(下水疫学調査)が試みられ、その情報活用も検討されている。下水中のウイルス濃度の定量は、感染者の検査に行われる方法と同様に、リアルタイムPCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)法にて実施されている。
【0003】
下水等の環境水のウイルス濃度の定量手順としては、一般的には、以下の(1)~(8)の手順で実施する。(1)下水(環境水)の採水、(2)検体の検査機関への輸送、(3)検体の保存、(4)濃縮、(5)遺伝子物質(核酸)抽出、(6)対象となるウイルスを検出するためのプライマー・PCR試薬調合、(7)リアルタイムPCR装置による定量、(8)結果の解析。
【0004】
新型コロナウイルスのように感染性の高いウイルスを扱うためには、PCR検査を実施する作業者への感染を防ぐとともに、試験室からのウイルスの拡散を防ぐ必要がある。このため、細菌・ウイルスなどの微生物・病原体等を取り扱う実験室・施設の格付けであるBSL(Biosafety Level)が高い試験室でPCR検査を実施する必要があり、非常に限られた施設(主に、医療関連の研究施設)のみ実施可能である。
【0005】
新型コロナウイルスは、現在のところ、病原体自体を取り扱う場合は、BSL-3、臨床検体を扱う場合はBSL-2以上の実験室で取り扱うことが規定されており、下水の検体についても臨床検体と同様のBSL-2相当の試験室を準備する必要があると認識されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-207180号公報
【特許文献2】特開2004-130196号公報
【特許文献3】国際公開2021/140650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
通常、臨床検体を取り扱うPCR検査機関では、BSL-2相当の試験環境を整備してPCR検査を実施している。環境水の検体についても臨床検体と同様のBSL-2相当の試験室を準備する必要があるが、環境サンプルを分析する検査機関は、通常、このような高いBSL試験室を保有しておらず、感染性ウイルス含まれる可能性のサンプルの分析ができなくなる恐れがある。現在、日本で稼働している下水処理場だけで1500箇所があり、限られた分析施設しかウイルスの定量ができないため、環境水中のウイルス分析能力を上げることができず、網羅的なデータ収取が困難となる。
【0008】
また、環境水の疫学調査は、感染性ウイルス流行の兆候を把握できる可能性が高く、非常に注目されているが、上述したように感染性ウイルスを含む環境水を扱う場合、BSL-2以上相当の高いBSLの試験室での作業が必要となり、一般的な環境サンプル分析機関が取り扱えない恐れがある。また、流行の兆候を把握するために、数多くのサンプル分析が必要であり、試験員の安全確保の視点からも一般な環境試験室でも検査が可能な方法が求められる。
【0009】
さらに、ウイルスの熱処理による不活性化は、ウイルスの感染力を低下させる手段であるが、加熱により遺伝物質、すなわち、核酸(DNAやRNA)に損傷を与える可能性がある。PCR検査を行うためには、ウイルスより抽出された遺伝物質が必要であるため、ウイルスの感染力を無くし、かつ遺伝物質に損傷を与えない方法が必要となってくる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
実施形態のウイルス不活性化装置は、サンプリングした環境水に含まれるウイルスを、所定の条件で加熱することにより、前記ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で、前記ウイルスを不活性化させる不活性化部、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、従来のウイルス検出方法の流れの一例を説明するための図である。
【
図2】
図2は、第1実施形態にかかるウイルス検出方法の一例を説明するための図である。
【
図3】
図3は、ウイルスの構造の一例を説明するための図である。
【
図4】
図4は、ウイルスの不活性化による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。
【
図5】
図5は、第3実施形態における試験結果としてウイルス力価の一例を示すグラフである。
【
図6】
図6は、第3実施形態における試験結果としてウイルス量の一例を示すグラフである。
【
図7】
図7は、ウイルスの保存条件による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。
【
図8】
図8は、第6実施形態にかかるウイルス検出方法により検出するウイルスの一例を説明するための図である。
【
図9】
図9は、第7実施形態にかかるウイルス検出方法の一例を説明するための図である。
【
図10】
図10は、第8実施形態にかかるウイルス検出装置の構成の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付の図面を用いて、実施形態にかかるウイルス検出方法、ウイルス不活性化装置およびウイルス不活性化方法の一例について更に詳しく説明する。なお、実施形態にかかるウイルス検出方法、ウイルス不活性化装置およびウイルス不活性化方法は下記に述べることに限定されない。
【0013】
図1は、従来のウイルス検出方法の流れの一例を説明するための図である。
図1に示すウイルス検出方法は、環境水からPCR法によってウイルスを検出する処理の手順の一例である。具体的には、従来のウイルス検出方法は、
図1に示すように、現場でサンプリングした環境水のサンプルを一定の条件で保存した後、輸送し、ウイルスの量を定性または定量できる分析施設に送られる(ステップS101)。
【0014】
その後、ウイルスの濃縮過程でPCR検査が検出可能な濃度にウイルスの濃度が高められる(ステップS102)。次いで、濃縮したウイルスを破壊し、遺伝子物質(DNAまたはRNA)を抽出する(ステップS103)。抽出した遺伝子物質がRNAの場合は、逆転写を行って、RNAをDNAに変換する。次に、抽出した遺伝子物質を鋳型にして、検出したい遺伝子配列のプライマー、DNAポリメラーゼ、その他の必須試薬と混合し、PCR(Polymerase Chain Reaction)装置を使ってポリメラーゼ連鎖反応を起こし、検出したいウイルスの遺伝子配列部分のみを対数的に増幅させる(ステップS104)。
【0015】
一般的なPCR法では、ポリメラーゼ連鎖反応で得られた反応物を回収し、染色薬品で染色し、アガロースゲルによる電気泳動で増幅されたDNA断片を分離する。次に、得られたDNA断片の濃度を測定することで、鋳型のDNA濃度を逆算し、さらに濃縮した倍率を使って、環境水のサンプル中のウイルスの濃度を算出する。近年、リアルタイムPCR装置が主流になっており、PCRで使われるプライマーに蛍光物質(例えば、Fam、Cy5、Cy3、sybr green)を付与し、蛍光分析計を、PCR装置内に設置する技術が開発されている。これにより、ポリメラーゼ連鎖反応の際に、標的DNA断片の増幅をリアルタイムで監視できるとともに、増幅した標的DNA断片を精製、電気泳動を行うことなく、反応終了直後に定量データが得られるメリットがある。
【0016】
PCR法は、感染性の高いウイルス(例えば、ノロウイルス、SARS-Cov-1ウイルス、SARS-Cov-2ウイルス)を測定する際には、試験する人間の身を守るとともに、試験室からのウイルスの拡散を防ぐためにBSLの高い試験室で実施する必要がある。そのため、PCR法は、非常に限られた施設(主に、医療関連の研究施設)のみで実施可能である。
【0017】
例えば、SARS-Cov-1ウイルス、SARS-Cov-2ウイルスの病原体自体を扱う場合は、BSL-3相当の試験室で、当該ウイルスを取り扱うことが規定されている。また、例えば、臨床検体を扱う場合は、BSL-2以上の試験室で、当該ウイルスを取り扱うことが規定されている。また、環境水の検体についても、臨床検体と同様に、BSL-2相当の試験室を準備する必要がある。
【0018】
環境サンプルを分析する検査機関は、通常、このような高いBSLに相当する試験室を保有していないため、感染性のウイルスが含まれる可能性があるサンプルの分析ができなくなる恐れがある。一方で、環境水の疫学調査は広範囲で、多地点のサンプルを分析することで、パンダミックが起こりそうな地域を事前に把握することを目的としているが、限られた施設しか測定できないことはボトルネックとなっている。
【0019】
図2は、第1実施形態にかかるウイルス検出方法の一例を説明するための図である。次に、本実施形態にかかるウイルス検出方法の一例について説明する。本実施形態にかかるウイルス検出方法は、オートサンプラー、PCR装置等のウイルス検出装置で実行されるウイルス検出方法の一例である。
【0020】
本実施形態にかかるウイルス検出方法は、まず、現場で環境水のサンプルをサンプリングした直後、特定の不活性化方法によって、サンプリングした環境水に含まれる感染性のウイルスを不活性化する(ステップS201)。本実施形態にかかるウイルス検出方法では、ウイルスの表面タンパクを不活性化(不活化とも称する)する不活性化方法(所謂、表面タンパク変性)、またはウイルスの殻を溶かして遺伝子物質(DNAまたはRNA)を抽出する手段により当該ウイルスを不活性化する不活性化方法(所謂、殻破壊)によって、サンプリングした環境水に含まれるウイルスを不活性化する。
【0021】
次に、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、不活性化したウイルスまたは不活性化によりウイルスから抽出される遺伝子物質を、特定の保存条件で保存し(ステップS202)、かつ当該保存したウイルスまたは遺伝子物質を検査機関に輸送する。次いで、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、検査機関において、当該保存したウイルスまたは遺伝子物質の濃度を高める濃縮を実行する(ステップS203)。さらに、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、表面タンパク変性によりウイルスが不活性化されている場合、濃縮したウイルスを破壊して遺伝子物質(RNA)を抽出する(ステップS204)。
【0022】
そして、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、濃縮したウイルスから遺伝子物質を抽出した場合には、PCR法等によって、当該抽出した遺伝子物質の定性または定量分析を行って、所定ウイルスを検出する(ステップS205)。一方、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、遺伝子物質が保存されている場合、PCR法等によって、保存された遺伝子物質の定性または定量分析を行って、所定ウイルスを検出する(ステップS206)。これにより、サンプリングした環境水のサンプルに含まれるウイルスの感染性を無くした状態で、当該サンプルが検査機関に輸送されるので、一般的な環境試験室で、ウイルスの濃縮、遺伝子物質の抽出、ウイルスの定性や定量分析が可能となる。
【0023】
従来のウイルス検出方法では、サンプリングした環境水に含まれるウイルスによって試験員の感染や、試験室に感染性ウイルスを広げる可能性があるため、BSLの厳重管理が必要で、限られた施設でしか、ウイルスを測定できず、サンプルの検査数を増やすことが困難である。これに対して、本実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、サンプリングした環境水に含まれるウイルスが不活性化されているので、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウイルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0024】
本実施形態にかかるウイルス検出方法では、ウイルスの定性や定量分析の方法としてPCR法を用いているが、これに限定するものではなく、例えば、抗原抗体法、LAMP法、NGS法、DNAアプタマー法等の方法による測定でも良い。
【0025】
このように、第1実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、サンプリングした環境水に含まれるウイルスが不活性化して保存されているので、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウイルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0026】
(第2実施形態)
本実施形態は、サンプリングした環境水に含まれるウイルスを加熱等によって不活性化する例である。以下の説明では、第1実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0027】
ウイルスの不活性化方法は、様々あり、例えば、加温による不活性化、界面活性剤による不活性化、抗体による不活性化、次亜塩素酸による不活性化、pH調整による不活性化、紫外線による不活性化、電子線による不活性化等がある。
【0028】
ウイルスの不活性化方法の最終目的は、ウイルスの感染性をなくすことであるが、不活性化方法によってその原理が異なる。
図3は、ウイルスの構造の一例を説明するための図である。ウイルスは、
図3に示すように、主に、3つのパーツから構成されている。ウイルスは、殻301を持っており、殻301の外はタンパク302に覆われていて、このタンパク302が宿主細胞に感染させる役割を果たしている。殻301の内部には、ウイルスの遺伝子物質303が閉じ込められている。
【0029】
ウイルスの不活性化には、3つのアプローチがあり、1つ目のアプローチは、表面タンパクを変性するか、または表面タンパクの宿主細胞との結合部分に蓋をすることで、ウイルスが宿主細胞と結合する能力をなくすことである。代表的な不活性化方法としては、加温方法、pH調整方法、抗体法がある。
【0030】
加温方法は、特にエンベロープウイルス(代表的なウイルスとしては、SARS-Cov-2ウイルス)に対して効果的で、サンプリングした環境水に含まれるウイルスを、56℃以上の温度で、30分以上加熱処理することで不活性化する方法である。pH調整方法も、特にエンベロープウイルスに対して効果的ウイルスで、サンプリングした環境水を、pH値が4以下の環境に置いて、表面タンパクを変性させて、当該ウイルスを不活性化する方法である。抗体法は、それぞれのウイルスの抗原タンパクに適応する抗体が必要となる。ノーエンベロープウイルス(代表的なウイルスとしては、ノロウイルス)に関しては、エンベロープウイルスより硬い殻をもっているため、加温方法、pH調整方法による不活性化が可能であるが、より強力な処理条件が必要となる。
なお、加温方法の詳細については後述の実施形態で説明する。
【0031】
2つ目のアプローチは、ウイルスの殻を破ることで、ウイルスをバラバラにし、感染性をなくすことである。代表的な不活性化方法としては、界面活性剤添加法、次亜塩素酸添加法、アルコール添加法等がある。界面活性剤添加法は、例えば、0.01%以上の界面活性剤をウイルスに添加して不活性化する不活性化方法であり、特にエンベロープウイルスに有効である。その理由としては、エンベロープウイルスの殻は脂質膜によって構成されており、界面活性剤が脂質膜を溶解する作用によって、簡単にエンベロープウイルスの殻を破壊することができるからである。
【0032】
代表的な界面活性剤としては、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキルグリコシド、アルキルアミンオキシド、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、純石けん分(脂肪酸カリウム)、純石けん分(脂肪酸ナトリウム)などがあり、脂質膜を溶解できるものであれば、これに限定するものではない。
【0033】
次亜塩素酸添加法とアルコール添加法も、界面活性剤添加法と同様の原理で、ウイルスの殻を破ることが可能な方法である。特に、次亜塩素酸添加法は、殻の硬いノーエンベロープウイルスにも効果がある。
【0034】
3つ目のアプローチは、ウイルスの遺伝子物質を破壊し、ウイルスの増殖能力をなくすことである。代表的な不活性化方法としては、紫外線照射法、電子線照射法等がある。これらの方法は、エンベロープウイルス、ノーエンベロープウイルスともに有効であるが、検出方法を、PCR法とする場合、検出に必要な鋳型の遺伝子物質が破壊されるため、PCR法、LAMウイルスウイルスP法、NGS法に不適合な不活性化方法である。
【0035】
本実施形態では、不活性化による遺伝子物質への影響について、試験で検討した。不活性化による遺伝子物質の影響を検討した試験条件は、下記の表1に示す試験条件である。
図4は、ウイルスの不活性化による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。
図4において、縦軸は、PCR法により測定されるCt値を表し、横軸は、不活性化条件を表す。遺伝子物質には、SARS-Cov-2ウイルス由来のRNAを使用し、それぞれの不活性化方法でRNAを処理し、リアルタイムPCR法にてCt値の測定を行った。
【表1】
【0036】
図4に示すように、加温と界面活性剤を使用した不活性化方法の場合、純水、および環境水の一例である下水の両方においてウイルスのRNAが検出された。一方、アルコールと次亜塩素酸を添加する不活性化方法の場合、純水および下水の両方においてはウイルスのRNAの検出ができなかった。アルコールは、PCR法の反応系を阻害すると知られている。次亜塩素酸は、下水中の有機物と反応したのが原因で、添加した次亜塩素酸が先に有機物によって消費されてしまったため、下水からはRNAが検出されたが、純水の場合は、アルコール添加法と同様、PCR法の反応系を阻害するため、RNAを検出できなかったと考えられる。
【0037】
この試験結果から、加温による不活性化方法と界面活性剤添加による不活性化方法は、PCR法への阻害がなく、環境水中のウイルス由来のRNAの検出に寄与する適切な不活性化方法であることが確認された。pH調整による不活性化方法は、本実施形態の試験での検討を実施していないが、以上の試験結果から、低いpH値の環境下で不活性化処理した後に、pH値を中性付近に戻し、かつpH調整の過程でPCR法に対する阻害物質を用いらなければ、ウイルス由来のRNAの検出が可能と考える。
【0038】
以上、様々な環境水中のウイルスの不活性化方法について記述したが、ウイルスの不活性化は、通常の試験室でもウイルスが混在するサンプルの測定を可能にするためのものであり、ウイルスが完全に不活性化されることが大変重要である。不活性化処理の完全性を調査するには、ウイルスの感染力を調べる方法として細胞を使った培養法があるが、この試験を行うためには、BSLが高い試験室が要求される。ウイルスの種類にもよるが、SARS-Cov-2の場合、BSL-3であることが必要で、通常の検査より要求されるBSLが高くなる。そのため、現場でウイルス不活性化が確実に実施されたことを検証できるよう、その不活性化条件と不活性化記録を残すプロセスの構築と遂行が必要である。
【0039】
このように、第2実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、サンプリングした環境水に含まれるウイルスを、加熱方法、界面活性剤添加法、pH調整方法によって不活性化することにより、PCR法への阻害なく、環境水中のウイルス由来のRNAの検出を可能とする。
【0040】
(第3実施形態)
第3の実施形態は、加温法によるウイルスの不活性化の例である。
ウイルスを加熱して不活性化すると、ウイルスの感染力を低下させることができる。しかしながら、加熱によりウイルスの遺伝物質、すなわち核酸(DNAやRNA)に損傷を与える可能性がある。PCR検査を行うためには、ウイルスより抽出された遺伝物質(核酸)が必要であるため、ウイルスの感染力を無くし、かつ遺伝物質(核酸)に損傷を与えない方法が必要となってくる。
【0041】
発明者らは、加温法によるウイルスの不活性化により、ウイルスの感染力を無くし、かつ遺伝物質(核酸)に損傷を与えない所定条件を見いだした。また、本実施形態にかかるウイルス不活性化方法では、他の実施形態のように遺伝子情報(RNA)を不活性化するのではなく、ウイルス自体を不活性化している。
【0042】
具体的には、本実施形態では、所定の条件として、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上、ウイルスを加熱することによりウイルスを不活性化することで、遺伝物質(核酸)に損傷を与えず、言い換えれば、ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で、ウイルスの感染力を無くすことができる。
【0043】
以下、実施例に基づいて説明する。
コロナウイルス(SARS-CoV-2)の加温時間による不活性化効果を確認するために以下の条件で、実施した。試験資材には環境水(すなわち、下水)を用いた。
【0044】
1.供試ウイルス
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)
ヒト由来分離株:唾液よりVero細胞を用いて分離培養後、リアルタイムPCRを用いてSARS-CoV-2ウイルス遺伝子の増幅の確認(厚生労働省通知法)を行ったウイルス株培養細胞:Vero細胞(アフリカミドリザルの腎臓上皮由来株化細胞)を用いた。
【0045】
2.実験区
実験区として、下記の表2に記載のとおり、加温温度56℃の試験区1と、加温温度65℃の試験区2と、を用い、比較例として、加温温度25℃の対照区を用いた。
【0046】
【0047】
表2に示すとおり、試験区1では、加温温度56℃の開始から15分、30分、60分を検査時点に設定して、反復回数1として検査した。試験区2では、加温温度65℃の開始から30分を検査時点に設定して、反復回数1として検査した。
【0048】
対照区では、加温温度25℃の開始時点(すなわち、0分)、加温温度25℃の開始から15分、30分、60分を検査時点に設定して、反復回数1として検査した。
【0049】
3.試験方法
以下の手順で試験を実施した。
【0050】
1) 手順
(1)試験資材に、ウイルス力価が約106TCID50/mLとなるようにウイルスを添加した。
(2)マイクロチューブ7本を用意し、300μLずつ分注した。
(3)表2に示す実験区の設定に従い、所定の温度で静置した。
(4)表2に示す検査時点に従い、時点ごとにマイクロチューブを取り出し、0.45μmのフィルターでろ過後、ウイルス力価及びリアルタイムPCRでウイルス遺伝子コピー数を測定した。
【0051】
2)ウイルス力価の測定
(1)フィルターろ過後の検体をそれぞれ10倍段階希釈し、96wellプレートに培養した細胞に100μLずつ接種した。
(2)判定は、37℃、炭酸ガス培養(5%)で5日間培養した後、培養細胞を顕微鏡観察し、培養細胞に現れるCPE(細胞変性)をもってウイルス増殖の有無を確認し、その濃度を算出した。
【0052】
3)リアルタイムPCRによるコピー数の測定
測定には、TOYOBO SARS CoV 2 Detection Kit Multi、Takara Thermal Cycler Dice Real Time System IIIを用いた。
(1)サンプル液 8μLを前処理液3μLに混合し、95℃、5分加熱後冷却した。
(2)RT PCR(Reverse Transcription PCR)用ミクスチャーを作成後、40μLを先の前処理反応チューブに添加した。
(3)同様に、陽性コントロール(濃度別に検量線を作成)、陰性コントロールについても用意し、ミクスチャーを40μL添加した
(4)逆転写42℃、5分、プレ変成95℃、10秒の処理を行った後、45サイクルで変成95℃、5秒、伸長60℃、30秒及び蛍光検出の設定でリアルタイムPCRを行った。
検出は、N1領域をCy5で、N2領域をROXで、インターナルコントロール(IC)をFAMで実施し、FAM(IC)及びROX(N2)における検出が確認されていることを確認した後、Cy5(N1)を用いて陽性コントロールにおける検量線から各サンプルの定量を行った。
(5)得られた定量値を原液1mLあたりに換算し、報告数値とした。
【0053】
4.結果
試験結果は以下のとおりである。
【0054】
1)ウイルス力価
表3と
図5は、試験結果としてウイルス力価を示している。
図5は、第3実施形態における試験結果としてウイルス力価の一例を示すグラフである。
図5のグラフにおいて、横軸は時間(分)、縦軸はウイルス力価(TCID
50/mL)である。また、
図5において、試験区1(56℃)、試験区2(65℃)、対照区(25℃)での結果を示している。
【0055】
【0056】
表3および
図5に示すとおり、対照区では、試験開始から終了時までウイルス力価は一定であった。
これに対し、試験区1,試験区2では、時間が経過するにしたがい、ウイルス力価の減少が認められ、試験区1,試験区2における両温度ともに30分後には不検出となった。
【0057】
2)リアルタイムPCR
表4と
図6は、試験結果としてウイルス量を示している。
図6は、第3実施形態における試験結果としてウイルス量の一例を示すグラフである。
図6のグラフにおいて、横軸は時間(分)、縦軸はウイルス量(コピー数/mL)である。また、
図6において、試験区1(56℃)、試験区2(65℃)、対照区(25℃)での結果を示している。
【0058】
【0059】
表4および
図6に示すように、対照区、試験区1および試験区2のいずれも、時間経過によるウイルス量の低下は認められず、一定であった。
【0060】
今回、環境水(すなわち、下水)中のSARS-CoV-2ウイルスの加温に対する不活性化効果を確認するために実験を実施した。その結果、加温時間が経過するに従い、ウイルス力価の減少が認められ、30分後には不検出となった。一方、リアルタイムPCRでは、56℃あるいは65℃の加温ではウイルス量(遺伝物質)の減少は認められず、その値は概ね一定であった。
【0061】
以上の結果から、56℃、65℃で30分加温することにより、ウイルスの表面タンパク質が変性し、ウイルスの感染力は失活されるものの、遺伝物質レベル、すなわち核酸(DNAやRNS)レベルまでの破壊はおこらず、リアルタイムPCRでの定量は問題ないことがわかった。
【0062】
以上の実験結果により、本実施形態にかかるウイルス不活性化方法では、所定の条件として、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上、ウイルスを加熱してウイルスを不活性化することで、遺伝物質(核酸)に損傷を与えず、すなわち、ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で、ウイルスの感染力を無くすことができる。
【0063】
このため、本実施形態によれば、遺伝物質(核酸)に損傷を与えずに、ウイルスの感染力を無くすことができるので、試験室のBSLの管理を不要とし、一般的な環境試験室でも、ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で確実にウイルスの測定が可能で、かつ測定するサンプル数を簡単に増やすことが可能となる。
【0064】
本実施形態のウイルス不活性化方法を実施するウイルス不活性化装置については、後述する実施形態で説明する。
【0065】
(第4実施形態)
本実施形態は、不活性化したウイルスまたは遺伝子物質を25℃または4℃以下で保存する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0066】
感染性のウイルスを含む環境水のサンプルに不活性化方法による不活性化処理を施した場合、不活性化方法によって不活性化処理後のウイルスの形態が異なる。例えば、加熱方法による不活性化方法の場合、ウイルスの表面タンパクが変形されるだけで、ウイルスの原型が保ったままであり、比較的に安定である。
【0067】
一方、界面活性剤等によるウイルスの殻を溶かす不活性化方法の場合、ウイルス中の遺伝子物質がサンプル水中に溶出される。ウイルスには、DNAウイルス(遺伝子物質がDNAであるタイプ)、RNAウイルス(遺伝子物質がRNAであるタイプ)があり、特に、RNAウイルスが、DNAウイルスと比較して、環境中において特段に不安定であることが知られている。
【0068】
また、感染性のウイルスの多く(例えば、ノロウイルス、SARS-Cov-1ウイルス、SARS-Cov-2ウイルス)がRNAウイルスで、不活性化処理後、サンプル中に流出した遺伝子物質が分解されないよう、工夫が必要である。遺伝子物質が不安定な原因として、環境中にDNA分解酵素(DNase、デオキシリボヌクレアーゼ)、RNA分解酵素(RNase、リボヌクレアーゼ)があらゆる場所に存在し、DNAまたはRNAを分解するからである。
【0069】
これらの遺伝子分解酵素の働きを止めるためにはいくつの方法が開発されているが、例えば、DNase、RNase阻害剤の添加、またはDNase、RNase分解薬品の添加等があるが、環境水を測定する場合、ウイルス濃度が極めて低く、大量のサンプルが必要で(例えば、100ml以上)、DNase、RNaseの働きを止めるには、大量なDNase、RNase阻害剤または分解薬品を添加する必要があるため、処理コストが大きく上昇する。また、大量なDNase、RNase阻害剤または分解薬品を添加により、サンプル中の測定ターゲット物質に悪影響を及ぼす可能性がある。これらの方法とは別に、最も簡単でかつ低コストな方法として、環境水の温度を下げる方法がある。DNase、RNaseは、酵素で、酵素活性を発揮できる温度領域がある。したがって、その温度領域以下の温度であれば、遺伝子分解酵素が休眠状態となり、酵素反応が起きにくくなる。
【0070】
そこで、本実施形態では、不活性化されたサンプルのRNAの分解性と、保存温度および保存時間との関係を検討するために、SARS-Cov-2ウイルス由来のRNAを使用し、下記の表5に示す各保存条件にてRNAを保存した後、リアルタイムPCRにてCt値の測定を行った。
図7は、ウイルスの保存条件による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。
図7において、縦軸は、PCR法により測定されるCt値を表し、横軸は、保存条件を表す。
【表5】
【0071】
図7に示すように、RNAウイルスの希釈水が純水である場合、反応系に、RNaseが含まれていないため、RNAウイルスが安定し、どの保存温度と保存時間の条件においても、Ct値の検出感度が変わらない結果となる。一方、RNAウイルスの希釈水が下水である場合、下水中には、RNaseが多く含まれているため、RNAウイルスの分解がみられた。
【0072】
また、下水中に保存されたRNAウイルスが25℃と4℃のそれぞれの保存条件では、RNAウイルスが検出されたことから、不活性化処理後、24時間以内にウイルス量(Ct値)を測定するのであれば、25℃(室温)の保存条件でも、RNAウイルスを検出可能であることが分かった。また、-20℃の保存条件では、保存時間が2h、24h、48hで純水とほぼ変わらない検出感度が確認されたため、不活性化処理後、48時間以内にウイルス量(Ct値)を測定するのであれば、4℃以下での保存が必要であり、-20℃程度が望ましい。
【0073】
このように、第4実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、不活性化したウイルスまたは遺伝子物質を、酵素反応が起きにくい温度領域で保存することにより、サンプリングした環境水に対して、DNase、RNase阻害剤または分解薬品を添加することなく、環境水に含まれるウイルスを安定した状態で保存することができる。
【0074】
(第5実施形態)
本実施形態は、ウイルスの不活性化方法に応じて、不活性化したウイルスまたは遺伝子物資の濃縮方法を変更する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0075】
第2実施形態において述べたように、ウイルスの不活性化方法は、様々であり、ターゲットとする対象も異なる。例えば、加温方法、pH調整方法、抗体法による不活性化の場合、ウイルスの表面タンパクが変形または蓋がされるだけで、ウイルスの原型が保たれたままである。一方、アルコール、次亜塩素酸、界面活性剤等によるウイルスの殻を溶かす不活性化の場合、ウイルス中の遺伝子物質がサンプル中に溶出される。そのため、不活性化方法が異なると、その後の濃縮段階では濃縮の対象が違ってくる。
【0076】
不活性化処理後、ウイルスの原型を保たれている場合、濃縮対象は、ウイルスであり、ウイルスに対応した濃縮方法を選択する必要がある。したがって、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、ウイルスの表面タンパクが不活性化された場合、当該ウイルスに対応した濃縮方法によって当該ウイルスを濃縮する。本実施形態にかかるウイルス検出方法では、例えば、ポリエチレングリコール沈殿法、陰電荷膜破砕型濃縮法、限外ろ過膜法、凍結乾燥法、セルロース吸着・凝集法、超遠心法等によって、ウイルスを濃縮するものとするが、これに限定しない。
【0077】
本実施形態にかかるウイルス検出方法では、濃縮したウイルスからRNAウイルスを抽出し、PCR法により、ウイルスの定量分析を行う。本実施形態にかかるウイルス検出方法は、PCR法に限定しないが、環境水中のウイルス濃度が非常に低い(サンプル1リッターあたり数個ほど)ため、濃縮作業が必須である。
【0078】
不活性化処理後、ウイルスの遺伝子物質が溶出される場合、遺伝子物質を濃縮する必要がある。本実施形態にかかるウイルス検出方法では、ウイルスの殻を溶かす手段により当該ウイルスが不活性化される場合、ウイルスから抽出する遺伝子物質に対応した濃縮方法により当該遺伝子物質を濃縮する。
【0079】
遺伝子物質の一例のDNAウイルスまたはRNAウイルスの濃縮方法の例としては、エタノール沈殿法、イソプロパノール沈殿法、磁気ビーズ法、カラム法、または市販のDNA,RNA抽出キット等があり、特に限定しない。その後、本実施形態にかかるウイルス検出方法では、濃縮した遺伝子物質をPCR法により定量する。ウイルスの検出方法は、PCR法に限定しないが、環境水中のウイルス濃度が非常に低い(サンプル水リッターあたり数個ほど)ため、濃縮作業が必須である。
【0080】
このように、第5実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、不活性化したウイルスまたは遺伝子物質に適した濃縮方法で、当該不活性化したウイルスまたは遺伝子物質を濃縮することができるので、PCR法等によるウイルスの検出精度を向上させることができる。
【0081】
(第6実施形態)
本実施形態は、濃縮したウイルスまたは遺伝子物質を定性または定量して、RNAウイルスまたはエンベロープなし型ウイルスを検出する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0082】
図8は、第6実施形態にかかるウイルス検出方法により検出するウイルスの一例を説明するための図である。本実施形態にかかるウイルス検出方法は、RNAウイルスまたはエンベロープなし型ウイルスを所定ウイルスとして検出する。
図8に示すように、ウイルスは、DNAウイルスとRNAウイルスに分類され、更にそれぞれ「エンベロープあり」と「エンベロープなし」の2種類に分類される。代表例に示すように、より人類に大きい被害を与えたのは、RNAウイルスであることが分かる。RNAウイルスの中、ノロウイルス、SARS-Cov-1ウイルス、SARS-Cov-2ウイルスが、人の腸管上皮細胞にて増殖し、感染者の半数以上の糞便中に残存し、環境水での存在が確認されている。
【0083】
本実施形態では、これらの環境水中に存在する感染性が大きく、被害が大きいウイルスの流行予兆を把握するのに非常に有効な手段を提供する。また、2019年から発生したSARS-Cov-2による世界的パンダミックがまだ収束の目途が立っていない。
図8に示すように、SARS-Cov-2ウイルスは、「エンベロープあり」のウイルスであり、本実施形態において提案した不活性化方法により、簡単に不活性化することができる。SARS-Cov-2ウイルスの感染性と被害が大きいため、従来のウイルス検出方法では、限られた検査機関でしか分析できなかったが、本実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、RNAウイルス(エンベロープありのウイルス)が一般的な試験室も扱えるようになり、多く分析データの蓄積により、環境水中感染性ウイルス検出による流行予兆把握システムの構築に貢献できる。
【0084】
このように、第6実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、RNAウイルスまたはエンベロープなし型ウイルスを不活性化した状態で保存することにより、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウイルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0085】
(第7実施形態)
本実施形態は、オートサンプラーによって、環境水をサンプリングし、かつウイルスの不活性化および濃縮の少なくとも一方を実行する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0086】
図9は、第7実施形態にかかるウイルス検出方法の一例を説明するための図である。本実施形態では、オートサンプラー700が、ため池またはマンホール等の水が集積された場所から環境水のサンプルを自動的に採取(サンプリング)する。オートサンプラー700が、環境水のサンプルをサンプリングする時間や採取量は特に限定しない。
【0087】
オートサンプラー700は、採取されたサンプルを、自動的に、不活性化工程または濃縮工程に入れる。サンプルに含まれるウイルスの不活性化方法は、第2および第3実施形態に記載された方法があるが、ウイルスの感染性を無くす方法であれば良く、特に限定しない。ウイルスの濃縮方法に関しても、第5実施形態に記載された方法があるが、ウイルスまたはウイルスの遺伝子物質を濃縮できる方法であれば良く、特に限定しない。
【0088】
サンプルの不活性化工程または濃縮工程が終了すると、オートサンプラー700は、自動的に、サンプルを保存工程に入れる。サンプルの保存条件は、第4実施形態に記載されたように、ウイルスの測定が24時間以内に行われる場合、25℃以下で保存することが望ましく、ウイルスの測定が48時間以内に行われる場合、4℃以下で保存することが望ましい。その後、保存されたサンプルは、測定工程に移り、PCR法を代表としたウイルス検出方法でウイルスの濃度を測定する。ウイルスの検出方法についても、第4実施形態と同様、特に限定しない。
【0089】
このように、第7実施形態にかかるウイルス検出方法によれば、オートサンプラー700において、サンプルの採水、不活性化工程、濃縮工程、保存工程がすべて自動に行われ、人間の介在を無くすことで、ウイルスに感染するリスクが大幅に低減できる。また、ウイルスの不活性化、濃縮作業は、ヒューマンエラーが起こりやすく、機械で行うことで、上記リスクも低減される。さらに、自動的に不活性化処理されたサンプルであるため、オートサンプラー700で前処理されたサンプルに感染性がなく、ウイルスの検出作業は一般的な実験室でも実施可能となる。
【0090】
(第8実施形態)
第8実施形態は、上述した第3実施形態にかかるウイルス不活性化方法を実行するウイルス不活性装置を含むウイルス検出装置である。
【0091】
図10は、第8実施形態にかかるウイルス検出装置800の構成の一例を示す模式図である。本実施形態のウイルス検出装置800は、
図10に示すように、サンプルタンク810と、開閉弁820と、ポンプ830と、供給管801と、ウイルス不活性化装置840と、排出管803と、開閉弁850と、ポンプ860と、保存タンク870と、を主に備えている。
【0092】
サンプルタンク810は、サンプル対象の環境水(下水等)を貯蔵する。サンプルタンク810は、供給管801でウイルス不活性化装置840に接続されている。
【0093】
開閉弁820とポンプ830は、供給管801に設けられる。開閉弁820を開状態とした状態で、ポンプ830が駆動されることにより、サンプルタンク810から環境水が採取されて、ウイルス不活性化装置840に供給される。開閉弁820の開閉とポンプ830の駆動は、図示しない制御部によって制御されるように構成しても良い。
【0094】
ウイルス不活性化装置840は、環境水のウイルスを所定の条件で不活性化する処理を実行する装置である。ウイルス不活性化装置840は、排出管803で保存タンク870と接続されている。
【0095】
開閉弁850とポンプ860は、排出管803に設けられる。開閉弁850を開状態とした状態で、ポンプ860が駆動されることにより、ウイルス不活性化装置840で不活性化されたウイルスを含む環境水が、ウイルス不活性化装置840から保存タンク870に排出される。開閉弁850の開閉とポンプ860の駆動は、後述するウイルス不活性化装置840の温度制御部844によって制御される。
保存タンク870は、不活性化されたウイルスを含む環境水を保存するタンクである。
【0096】
次に、ウイルス不活性化装置840の詳細について説明する。
ウイルス不活性化装置840は、環境水中のウイルスを加温して当該ウイルスの不活性化を行う装置である。本実施形態では、ウイルス不活性化装置840は、上述した第3実施形態のウイルス不活性化方法を実現するための装置である。
【0097】
ウイルス不活性化装置840は、
図10に示すように、加熱冷却装置841と、不活性化タンク842と、温度計測器843と、温度制御装置844と、モータ845と、撹拌装置846と、を主に備えている。
【0098】
ここで、加熱冷却装置841、不活性化タンク842、温度計測器843、温度制御装置844、モータ845、撹拌装置846は、不活性化部に相当する。また、加熱冷却装置841は加熱冷却部に、不活性化タンク842はタンクに、温度計測器843は温度計測部に、温度制御装置844は温度制御部に、モータ845および撹拌装置846は撹拌部にそれぞれ相当する。
【0099】
不活性化タンク842は、サンプルタンク810から採取されて供給される環境水に対して不活性化処理を施すために貯蔵する。
加熱冷却装置841は、不活性化タンク842の周面と底面を覆うように設定され、温度制御装置844の制御により不活性化タンク842内の環境水を加熱したり、あるいは冷却する。加熱冷却装置841は、例えば、ヒータや熱交換器等で構成すればよいが、これらに限定されるものではない。
【0100】
温度計測器843は、不活性化タンク842内に設置され、不活性化タンク842内の環境水の温度を計測し、計測結果を温度制御装置844に通知する。
【0101】
モータ845は、後述する温度制御装置844からの指示を受けて駆動し、撹拌装置846を駆動する。撹拌装置846は、複数の羽根部から形成され、不活性化タンク842内の下部に設置される。そして、撹拌装置846では、モータ845の駆動により複数の羽根部が回転することで、不活性化タンク842内の環境水を撹拌する。
【0102】
温度制御装置844は、温度計測器843で計測された、不活性化タンク842内の環境水の現在の温度を受信する。そして、温度制御装置844は、モータ845を駆動して、撹拌装置846により不活性化タンク842内の環境水を撹拌させながら、不活性化タンク842内の環境水の温度が56℃以上、かつ65℃以下の所定温度になるように、加熱冷却装置841による加熱および冷却を制御する。これにより、不活性化タンク842内の環境水の温度が一定に制御される。
【0103】
また、温度制御装置844は、内部に不図示のタイマーを備える。そして、温度制御装置844は、タイマーで、加熱冷却装置841に対して温度が56℃以上、かつ65℃以下となる加熱の開始から時間を計測し、30以上経過するまで、不活性化タンク842内の環境水の温度が56℃以上、かつ65℃以下を維持するように、加熱冷却装置841による加熱を制御する。
【0104】
温度制御装置844は、不図示のROMに記憶された温度制御プログラムを読み出して、不図示のCPUにより、ROMから読み出された温度制御プログラムを実行することにより実現される。なお、温度制御装置844を回路で構成し、上記制御をハードウェアで実現するように構成しても良い。
【0105】
これにより、第3実施形態における、環境水に含まれるウイルスを、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上加熱するウイルス不活性化方法が実施されることなる。
【0106】
温度制御装置844は、56℃以上、かつ65℃以下の温度で加熱して、30分以上の所定時間が経過したら、加熱冷却装置841の加熱制御を終了することによりウイルス不活性化処理を終了する。そして、温度制御装置844は、開閉弁850を開状態とし、ポンプ860を駆動する。これにより、不活性化タンク842内の不活性化されたウイルスを含む環境水が、保存タンク870に排出される。
【0107】
この後は、例えば、第4~第6実施形態で説明したように、濃縮工程、保存工程、測定工程等の各処理が、保存タンク870内の環境水に対して行われる。
【0108】
このように本実施形態では、ウイルス不活性化装置840は、サンプリングした環境水を貯蔵する不活性化タンク842と、不活性化タンク842内の環境水の温度を計測する温度計測器843と、不活性化タンク842内の環境水を加熱または冷却する加熱冷却装置841と、不活性化タンク842内の環境水を撹拌するためのモータ845および撹拌装置846と、不活性化タンク842内の環境水を撹拌させながら、環境水の温度が、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上維持されるように、モータ845と加熱冷却装置841とを制御する温度制御装置844と、を備えている。
【0109】
このため、本実施形態によれば、環境水に含まれるウイルスを、56℃以上、かつ65℃以下の温度で、30分以上加熱する第3実施形態のウイルス不活性化方法が実施される。従って、本実施形態によれば、遺伝物質(核酸)に損傷を与えずに、ウイルスの感染力を無くすことができるので、試験室のBSLの管理を不要とし、一般的な環境試験室でも、ウイルスの遺伝子の配列情報を保持した状態で確実にウイルスの測定が可能で、かつ測定するサンプル数を簡単に増やすことが可能となる。
【0110】
開閉弁820の開閉とポンプ830の駆動を、温度制御装置844によって制御されるように構成しても良い。
【0111】
(その他の実施形態)
人間は、主に糞便を通して環境水特に下水にウイルスを放出するため、時間帯によってウイルス濃度に波が生じることが考えられる。オートサンプラーで採取されたサンプルは直ちに不活性化工程または濃縮工程に移らず、自動保存工程によって、一定時間を保存する。例えば、1時間に一回サンプリングを実施し、一日24サンプルが取得できる。24サンプルを混合すれば、ウイルス濃度が平均化されたサンプルが得られる。このようにサンプルを自動的に作成し、不活性化、濃縮、測定すれば、より実態に近い値を得ることが可能となる。
【0112】
以上説明したとおり、第1から第8の実施形態によれば、サンプリングした環境水に含まれるウイルスが不活性化されているので、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウイルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0113】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0114】
700 オートサンプラー
800 ウイルス検出装置
810 サンプルタンク
820,850 開閉弁
830,860 ポンプ
840 ウイルス不活性化装置
841 加熱冷却装置
842 不活性化タンク
843 温度計測器
844 温度制御装置
845 モータ
846 撹拌装置
870 保存タンク