(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024021147
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】細胞サイズリポソーム、カプロン酸エチル濃度推定方法、およびカプロン酸エチル濃度測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/92 20060101AFI20240208BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20240208BHJP
G01N 33/14 20060101ALI20240208BHJP
【FI】
G01N33/92 Z
G01N30/88 C
G01N33/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022123779
(22)【出願日】2022-08-03
(71)【出願人】
【識別番号】309015019
【氏名又は名称】地方独立行政法人青森県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100119264
【弁理士】
【氏名又は名称】富沢 知成
(72)【発明者】
【氏名】依田 毅
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045FA16
2G045FB12
(57)【要約】 (修正有)
【課題】低コストで行うことのできる、GCでの精密分析を行うサンプルを選ぶための予備分析、スクリーニングのような形の簡易なカプロン酸エチル分析手法を提供すること。
【解決手段】細胞サイズリポソーム10は、一または二種以上のリン脂質2、3、ならびに一または二種以上のステロール系脂質5が、一定組成をもって用いられてなる脂質成分系と、およびカプロン酸エチル8とによって構成される細胞サイズリポソームであって、カプロン酸エチル8の濃度により異なる相分離ドメイン生成パターンを生じ、これにより相分離ドメイン生成パターンからのカプロン酸エチル濃度推定に用いることができる。リン脂質2、3は、不飽和リン脂質、飽和リン脂質とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一または二種以上のリン脂質ならびに一または二種以上のステロール系脂質が一定組成をもって用いられてなる脂質成分系と、およびカプロン酸エチルとによって構成される細胞サイズリポソームであって、カプロン酸エチル濃度により異なる相分離ドメイン生成パターンを生じ、これにより相分離ドメイン生成パターンからのカプロン酸エチル濃度推定に用いられることを特徴とする、細胞サイズリポソーム。
【請求項2】
前記リン脂質が不飽和リン脂質および飽和リン脂質であることを特徴とする、請求項1に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項3】
前記脂質成分系が1,2-Dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DOPC)、Dipalmitoylphosphatidylcholine(DPPC)、およびコレステロールから構成されることを特徴とする、請求項2に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項4】
室温で用いる場合において、前記脂質成分系のモル濃度組成が、DOPC:DPPC=75~10:25~90、コレステロールはその残量であることを特徴とする、請求項3に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項5】
DOPCおよびDPPCは等量であることを特徴とする、請求項4に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項6】
相分離ドメイン検出用の蛍光試薬が添加されていることを特徴とする、請求項1に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項7】
前記蛍光試薬として、固体秩序相(So相)染色用、液体無秩序相(Ld相)染色用、またはステロール系脂質染色用の中から一または複数が用いられることを特徴とする、請求項6に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項8】
静置水和法により作製されることを特徴とする、請求項1に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項9】
カプロン酸エチルが濃度既知のものであり、相分離ドメイン情報取得用リポソームとして、カプロン酸エチル濃度未知である推定対象物の濃度推定において用いられることを特徴とする、請求項1に記載の細胞サイズリポソーム。
【請求項10】
請求項1に記載の細胞サイズリポソームを相分離ドメイン情報取得用リポソームとして用い、濃度推定対象物におけるカプロン酸エチル濃度を推定する方法であって、該相分離ドメイン情報取得用リポソームは濃度既知のカプロン酸エチル標品を用いて構成されているものを一または複数用いることとし、請求項1に記載の細胞サイズリポソームにおいてカプロン酸エチルの替わりに該濃度推定対象物の抽出物が加えられて形成される濃度推定対象細胞サイズリポソームを蛍光顕微観察し、相分離ドメイン生成パターンすなわち相分離ドメインの生成有無またはこれが生成する場合のパターンを読み取り、あらかじめ得てある上記相分離ドメイン情報取得用リポソームにおける相分離ドメイン生成パターンのカプロン酸エチル濃度依存性情報を参照して、濃度推定対象物に含有されているカプロン酸エチルの濃度を推定することを特徴とする、カプロン酸エチル濃度推定方法。
【請求項11】
濃度推定対象が清酒、または清酒の加工品であることを特徴とする、請求項10に記載のカプロン酸エチル濃度推定方法。
【請求項12】
複数の試料について、まず請求項10に記載のカプロン酸エチル濃度推定方法によってカプロン酸エチル濃度を推定し、ついで、カプロン酸エチル濃度推定処理済みの一部の試料についてガスクロマトグラフィーによるカプロン酸エチル濃度の精密測定を行うことを特徴とする、カプロン酸エチル濃度測定方法。
【請求項13】
濃度測定対象が清酒、または清酒の加工品であることを特徴とする、請求項11に記載のカプロン酸エチル濃度測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞サイズリポソーム、カプロン酸エチル濃度推定方法、およびカプロン酸エチル濃度測定方法に係り、特に、清酒等に含まれるカプロン酸エチルの含有濃度を、低コストかつ比較的短時間に推測することのできる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酵母においては、生体膜を形成するために脂質鎖が長い長鎖脂肪酸が必要であるが、副生成物として、短い脂質鎖を持つカプロン酸などができるとされている。このカプロン酸から生成するカプロン酸エチルは、酢酸イソアミルとともに清酒における主要な吟醸香成分である。清酒の吟醸香成分は商品価値を高めるため、高カプロン酸エチル生産酵母の需要が従来から存在する。また、同じ酵母を用いても、発酵中の温度条件等の違いによって、生産された清酒中のカプロン酸エチル濃度は異なるものとなる。
【0003】
以上のことに鑑み、清酒の商品価値を高めることを目的として、酵母の違いや製造試験条件の違いがどのようにカプロン酸エチル濃度に影響するか等をテーマとして、試験・研究が行われている。
【0004】
カプロン酸エチル濃度測定試験ではGC(ガスクロマトグラフィー)が使用されているが、この装置は、購入時において非常に高価であるだけでなく、測定毎に分析用の高純度ガスを用いるため、ランニングコストが高いという欠点がある。また、装置の立ち上げには数時間を要する上、標準試料を複数流して検量線を作成し、それからようやく濃度測定を行うものであるため、相当の時間がかかっている。
【0005】
カプロン酸エチルの測定技術については従来、特許出願等もなされている。たとえば後掲特許文献1には、清酒中のカプロン酸エチルを精度良く測定できる定量方法として、アシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を使い、濃度に応じた発色の濃淡を吸光光度法により定量するという技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-157349号公報「清酒に含まれるカプロン酸エチルの濃度の簡易測定方法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、清酒に含まれるカプロン酸エチルは清酒の商品価値を高めるため、測定方法さえ簡易なものであれば、迅速な、かつ低コストでの製造条件検討の実施が期待できる。しかし、カプロン酸エチル測定に用いるGCは初期コストもランニングコストも高価な上、相当の手間や時間を要するという問題点があった。また、上記文献開示技術は、比較的安価な吸光光度計を用いる手法ではあるものの、測定時に酵素や発色剤など複数の試薬の準備を要するという欠点がある。そこで、極力低コストで行うことのできる、GCでの精密分析を行うサンプルを選ぶための予備分析、つまり、いわゆるスクリーニングのような形の簡易な分析手法があれば便利である。
【0008】
ところで、最も単純化された生体膜モデルとして多くの実験・研究に利用されているリポソームは、親水性部分と疎水性脂肪鎖の双方を備えているリン脂質が親水性部分を外側に向けて自己集合して脂質二重膜となり、これが袋状に閉じることで形成されている。リポソームのうち直径が数μm~数十μmのものは、生きた細胞とほぼ同じサイズであり、細胞サイズリポソーム(ジャイアントリポソーム)と呼ばれる。細胞サイズリポソームは、光学顕微鏡で直接観察できること、細胞を模した実験モデルの作製に利用できること等の利点によって、生体膜の制御機構の解明等の研究に有用である。
【0009】
また、細胞膜上には飽和脂質やコレステロールが豊富な相分離ドメイン(ラフトドメイン)が存在し、信号伝達等の機能を担っていることが明らかになっているが、ラフトドメインは細胞間の信号伝達等に伴ってくっついたり離れたりしながら動いているとされる。脂質から人工的に作製されたリポソームでも同様のドメイン構造が観察されることが分かっており、この方面の研究も盛んに行われている。生体モデル膜(人工細胞膜)およびヒト由来細胞を用いたこれらの研究により、膜の三次元ダイナミクス・二次元(ドメイン構造)の集積ダイナミクスと細胞内カルシウムイオンを指標とした信号伝達が関わっていること、脂質やステロール類の構造を変化させるとドメイン構造の温度応答が変化することなどが明らかにされている。
【0010】
発明者はこれまで、生体モデル膜や細胞サイズリポソームの動き・相分離構造を顕微鏡で観察し、その観察動画や画像から細胞膜の機能を明らかにする研究を行い、成果を発表してきた。たとえば、酒の香気成分に対する生体モデル膜のダイナミクスにおいて香りの種類によってダイナミクス発生頻度が異なることの発見(T.Yoda et al.,ACS.Omega2022)である。
【0011】
発明者はまた、抗酸化物質を含む膜が酸化ストレスを受けるとドメイン構造が生じることを明らかにした。すなわち、抗酸化機能性成分として知られるレスベラトロールやテアフラビンといったポリフェノール類溶液と細胞サイズリポソームを混合させると、膜の収縮や揺動などの膜ダイナミクスを引き起こし、観察時に相分離ドメインが出現する観察例の発見である(HHT.Phan,T.Yoda et al.,Biochim.Biophys.Acta,Biomembr.2014)。その他、刀豆に含まれていて免疫を活性化させる機能性成分であるコンカナバリンAが、細胞膜上のドメイン構造の集積を引き起こすことや、細胞内信号伝達を活性化することも、蛍光顕微鏡観察によって明らかとなっている(S.Yabuuchi et al.,2017 J.Biosci.Bioeng.)。
【0012】
細胞サイズリポソーム上のドメインは、不飽和脂質1,2-Dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DOPC)と飽和脂質(Dipalmitoylphosphatidylcholine(DPPC)を等量混合させて作製した時には、DOPCが豊富な液体無秩序相(liquid disordered phase domain,Ld domain)とDPPCが豊富な固体秩序相(solid ordered phase domain,So domain)に相分離する。また、これにさらにコレステロールを加えた時には、DOPCが豊富な液体無秩序相(liquid disordered phase domain,Ld domain)と、DPPCとコレステロールが豊富な液体秩序相(liquid ordered phase domain,Lo domain)に相分離する細胞サイズリポソームが多く観察されることが明らかとなっている。
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、これまでのリポソームを用いた研究の進展ならびに成果、および測定に係る従来技術の状況を踏まえ、GCほどの精度ではなくともよいが、しかし極力低コストで、かつ短時間で行うことのできる、GCでの精密分析を行うサンプルを選ぶための予備分析、つまり、いわゆるスクリーニングのような形の簡易なカプロン酸エチル濃度分析手法を提供することである。換言すれば、カプロン酸エチルと膜との相互作用により観察で特徴づけられる明かな差異を利用した簡易な測定方法を、細胞サイズリポソームを用いて簡単に判別するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者は、上記課題をもって研究を進めた。細胞サイズリポソームを作製する際にカプロン酸エチル溶液を加えた場合の膜の相分離ドメイン構造を観察したところ、まず、DOPCのみの細胞サイズリポソームを作製する際にカプロン酸エチルを混合させると、サイズが有意に小さくなること、また、カプロン酸エチル濃度によってドメイン構造の割合が異なることを発見した。そして、この割合に基づいて、試料中におけるカプロン酸エチル含有量を固体秩序相/液体無秩序相(Solid ordered/Liquid disordered)の比率、すなわち相分離の比率により判別できることを見出した。
【0015】
また、清酒を用いた実験によって以上のことを確認し、試算によってコスト低減効果も確認し、細胞サイズリポソームをカプロン酸エチル濃度分析ツールとして使用できることが確認できた。すなわち、清酒等に含まれるカプロン酸エチルを分析するために、清酒抽出物と不飽和脂質、飽和脂質、コレステロールを含む細胞サイズリポソームのドメイン構造の割合を観察することで、短時間でカプロン酸エチル含有濃度を推定するという方法である。このようにして完成した本発明、つまり上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0016】
〔1〕 一または二種以上のリン脂質ならびに一または二種以上のステロール系脂質が一定組成をもって用いられてなる脂質成分系と、およびカプロン酸エチルとによって構成される細胞サイズリポソームであって、カプロン酸エチル濃度により異なる相分離ドメイン生成パターンを生じ、これにより相分離ドメイン生成パターンからのカプロン酸エチル濃度推定に用いられることを特徴とする、細胞サイズリポソーム。
〔2〕 前記リン脂質が不飽和リン脂質および飽和リン脂質であることを特徴とする、〔1〕に記載の細胞サイズリポソーム。
〔3〕 前記脂質成分系が1,2-Dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DOPC)、Dipalmitoylphosphatidylcholine(DPPC)、およびコレステロールから構成されることを特徴とする、〔2〕に記載の細胞サイズリポソーム。
〔4〕 室温で用いる場合において、前記脂質成分系のモル濃度組成が、DOPC:DPPC=75~10:25~90、コレステロールはその残量であることを特徴とする、〔3〕に記載の細胞サイズリポソーム。
【0017】
〔5〕 DOPCおよびDPPCは等量であることを特徴とする、〔4〕に記載の細胞サイズリポソーム。
〔6〕 相分離ドメイン検出用の蛍光試薬が添加されていることを特徴とする、〔1〕に記載の細胞サイズリポソーム。
〔7〕 前記蛍光試薬として、固体秩序相(So相)染色用、液体無秩序相(Ld相)染色用、またはステロール系脂質染色用の中から一または複数が用いられることを特徴とする、〔6〕に記載の細胞サイズリポソーム。
〔8〕 静置水和法により作製されることを特徴とする、〔1〕に記載の細胞サイズリポソーム。
〔9〕 カプロン酸エチルが濃度既知のものであり、相分離ドメイン情報取得用リポソームとして、カプロン酸エチル濃度未知である推定対象物の濃度推定において用いられることを特徴とする、〔1〕に記載の細胞サイズリポソーム。
【0018】
〔10〕 〔1〕に記載の細胞サイズリポソームを相分離ドメイン情報取得用リポソームとして用い、濃度推定対象物におけるカプロン酸エチル濃度を推定する方法であって、該相分離ドメイン情報取得用リポソームは濃度既知のカプロン酸エチル標品を用いて構成されているものを一または複数用いることとし、〔1〕に記載の細胞サイズリポソームにおいてカプロン酸エチルの替わりに該濃度推定対象物の抽出物が加えられて形成される濃度推定対象細胞サイズリポソームを蛍光顕微観察し、相分離ドメイン生成パターンすなわち相分離ドメインの生成有無またはこれが生成する場合のパターンを読み取り、あらかじめ得てある上記相分離ドメイン情報取得用リポソームにおける相分離ドメイン生成パターンのカプロン酸エチル濃度依存性情報を参照して、濃度推定対象物に含有されているカプロン酸エチルの濃度を推定することを特徴とする、カプロン酸エチル濃度推定方法。
〔11〕 濃度推定対象が清酒、または清酒の加工品であることを特徴とする、〔10〕に記載のカプロン酸エチル濃度推定方法。
〔12〕 複数の試料について、まず〔10〕に記載のカプロン酸エチル濃度推定方法によってカプロン酸エチル濃度を推定し、ついで、カプロン酸エチル濃度推定処理済みの一部の試料についてガスクロマトグラフィーによるカプロン酸エチル濃度の精密測定を行うことを特徴とする、カプロン酸エチル濃度測定方法。
〔13〕 濃度測定対象が清酒、または清酒の加工品であることを特徴とする、〔11〕に記載のカプロン酸エチル濃度測定方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の細胞サイズリポソーム、カプロン酸エチル濃度推定方法、およびカプロン酸エチル濃度測定方法は上述のように構成されるため、これらによれば、カプロン酸エチルと膜との相互作用により観察で特徴づけられる明かな差異を利用した簡易な測定方法、細胞サイズリポソームを用いた簡単な判別方法を提供することができる。具体的には、従来よりも大幅に低コストかつ短時間でカプロン酸エチル濃度の分析を行うことができる。
【0020】
高価なGCを要する従来の測定方法では、装置立ち上げ等に長時間を要するという問題があったが、本発明に係る濃度推定方法により、比較的安価な蛍光観察顕微鏡を測定機器として使用できるようになり、イニシャルコストはもちろんランニングコストも低減でき、清酒等のカプロン酸エチル濃度分析に容易に取り組めるようになり、また迅速に測定を行うことができるようになった。 本発明は、測定対象たるカプロン酸エチルを取り込ませた形で細胞サイズリポソームを作製し、これを蛍光顕微鏡で観察するというものであるが、細胞サイズリポソームを構成する脂質の組み合わせとして好適な条件を決定しさえすれば、後は短時間の観察を行うことのみによって含有カプロン酸エチル濃度を推定することができる。
【0021】
なお、効果的な使用例として、GCでの精密分析を行うサンプルを選ぶための予備分析用、いわばスクリーニングのような形の簡易なカプロン酸エチル濃度判定用に本発明を用いるものとすることができ、有用性が高い。本発明方式によれば少なくとも、試料中のカプロン酸エチル含有量が脂質に対しておよそ20%あるかないかを判別することが可能である。したがって、本発明方式とGCとの組み合わせによる、迅速・低コストで、なおかつ精密な分析体系を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明細胞サイズリポソームの基本構成を示す概念図である。
【
図2】本発明細胞サイズリポソームにおける相分離ドメイン生成パターンの例を示す写真図である。
【
図3】本発明細胞サイズリポソームの構成要素例である脂質、およびカプロン酸エチルの化学構造式である。
【
図4】本発明細胞サイズリポソームの作製方法例を示す説明図である。
【
図5】本発明カプロン酸エチル濃度推定方法の構成を概念的に示す説明図である。
【
図6】本発明カプロン酸エチル濃度測定方法の構成を示すフロー図である。(以下の各図は実施例に係る。)
【
図7】各カプロン酸エチル濃度の参照用リポソームにおける相分離ドメイン構造組成を示すグラフである。
【
図8】実施例(ケース1、2、3)に係る推定対象リポソームにおける相分離ドメイン構造組成を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面も用いつつ本発明を詳細に説明する。
図1は、本発明細胞サイズリポソームの基本構成を示す概念図である。図中の(a)に示すように本細胞サイズリポソーム10は、一または二種以上のリン脂質2、3、ならびに一または二種以上のステロール系脂質5が、一定組成をもって用いられてなる脂質成分系と、およびカプロン酸エチル8とによって構成される細胞サイズリポソームであって、カプロン酸エチル8の濃度により異なる相分離ドメイン生成パターンを生じ、これにより相分離ドメイン生成パターンからのカプロン酸エチル濃度推定に用いられることを、主たる構成とする。
かかる構成により本細胞サイズリポソーム10は、これに含有されているカプロン酸エチル8の濃度によって異なる相分離ドメイン生成パターンを生じ、呈するため、この相分離ドメイン生成パターンを用いて、含有されるカプロン酸エチル濃度を推定することができる。少なくとも、試料のカプロン酸エチル含有量が脂質に対して約20%あるかないかの判別を、相分離ドメイン生成パターンを観察することによって可能である。
【0024】
本発明細胞サイズリポソーム10には、既知濃度のカプロン酸エチルを添加して作製する相分離ドメイン情報取得用リポソームが該当するとともに、カプロン酸エチル濃度未知の試料すなわちカプロン酸エチルが含有されていることは確かだがその濃度不明である試料からの抽出物が加えられて形成される濃度推定対象細胞サイズリポソームも該当する。詳細は後述する。
【0025】
図2は、本発明細胞サイズリポソームにおける相分離ドメイン生成パターンの例を示す写真図である。これらは典型的な各パターンを示す顕微鏡写真であるが、このうち、Aは、So(固体秩序相)/Ld(液体無秩序相)ドメイン構造である。Bは、Lo(液体秩序相)/Ld(液体無秩序相)ドメイン構造、そしてCは、均一な膜小胞である。蛍光顕微鏡を用いた観察の結果、本発明では特に、Aに示したSo/Ldドメイン構造のパターンを濃度推定用として好適に用いることができる。蛍光顕微鏡による観察についてはさらに後述する。
【0026】
本発明細胞サイズリポソームは、リン脂質として特に不飽和リン脂質および飽和リン脂質の双方を用いる構成とすることができる。本発明では特に、不飽和リン脂質として1,2-Dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DOPC)を、また飽和リン脂質としてDipalmitoylphosphatidylcholine(DPPC)を用いるものとすることができ、併せて、ステロール系脂質としてはコレステロール(Chol)を用いる脂質成分系とすることができる。以降の説明では、かかる脂質成分系を主として説明する。
【0027】
なお、
図3は、本発明細胞サイズリポソームの構成要素例である脂質、およびカプロン酸エチル(EC)の化学構造式である。図中、AはDOPC、BはDPPC、Cはコレステロール、Dはカプロン酸エチルである。
【0028】
本発明細胞サイズリポソームの脂質成分系は、室温で用いる場合のモル濃度組成を、DOPCおよびDPPCは45以上、コレステロールはその残量、とすることができる。本発明においてカプロン酸エチル濃度判定用の観察用として最も望ましい相分離ドメイン組成は、上述の通りSo/Ldドメインである。このドメインが観察されるモル濃度組成には従来、次のような報告例がある。
DOPC:DPPC:Chol=37.5~50:37.5~50:0~15
DOPC:DPPC:Chol=75~10:25~90:0~10
【0029】
このように報告例によって組成範囲が異なるのは、ドメイン形成が温度の影響を受けるためである。発明者が室温(20℃前後)で行った結果によれば、
DOPC:DPPC:Chol=42.5~50:42.5~50:残量
である。たとえばCholを10とした場合、DOPC0~65、DPPC25~90のモル濃度組成範囲で、So/Ldドメイン構造を得ることができる。DOPCおよびDPPCを等量としても、もちろんよい。後述する実施例では、DOPCおよびDPPCを等量(45)としている。
【0030】
なお、相分離ドメイン自体はコレステロールが15以上でも観察される。たとえば、コレステロールが20以上40以下、リン脂質が60以上80以下の場合は、Lo/Ld液体秩序相/液体無秩序相)ドメインが観察される。しかしながらこのドメインパターンでは、ドメイン形成割合とカプロン酸エチル濃度との間における対応関係が確認されなかった。
【0031】
前出
図1中の(b)における細胞サイズリポソーム10’のように本発明細胞サイズリポソームは、相分離ドメイン検出用の蛍光試薬9が添加されている構成とすることができる。相分離ドメイン構造の有無は細胞サイズリポソームの蛍光観察によって判断されるが、蛍光試薬9はそのために添加されるものであり、相分離形成には作用しない。蛍光試薬9としては、液体秩序相(Lo相)染色用、液体無秩序相(Ld相)染色用、またはステロール系脂質染色用の中から一または複数を用いて本細胞サイズリポソーム10’を構成するものとすることができる。
【0032】
後述する実施例では蛍光試薬として、Rhodamine B 1,2-Dihexadecanoyl-sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine Triethylammonium Salt(Rhodamine DHPE)を脂質の1モル濃度%加えているが、これはDOPCが豊富なLd相を染色する蛍光試薬として比較的よく用いられている。一方、DPPCが豊富なSo相もしくはLo相を染める蛍光試薬としては、1,2-Dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine-N-(7-nitro-2-1,3-benzoxadiazol-4yl)(ammonium salt)(NBD-PE)がある。これらは互いに蛍光波長が異なるので、使い分けたり、また同時に二種類を用いること可能である。
【0033】
また、コレステロールの部分を蛍光染色として、たとえばNBD-Cholesterolがある。So/Ldドメイン構造を用いる本発明では、DPPCが豊富なSoドメインを染色する。なお本発明では、以上説明した以外の蛍光試薬の使用も、もちろん可能である。
【0034】
図4は、本発明細胞サイズリポソームの作製方法例を示す説明図である。図に例示するように本細胞サイズリポソームは、試験管などの容器中で溶媒(図ではクロロホルムCH(Cl)
3)にリポソーム構成用の脂質を溶解し、溶媒を飛ばして容器内壁に脂質膜を形成させ、蒸留水により水和させるという方法を基本として用い、作製することができる。この方法を静置水和法という。後述する実施例では、水和時に脂質膜および蒸留水を約50度に加温し、静置水和法を用いて細胞サイズリポソームを作製した。これはDPPCの融点である41度以上にすることで脂質膜中で脂質やカプロン酸エチルを均一になるようにするためのものである。
【0035】
相分離ドメイン構造は、製造方法ではなく構成脂質などの膜にある成分に依存して決定される。したがって、本発明細胞サイズリポソームの具体的な作製方法は限定されず、従来公知の方法を適宜用いればよい。たとえば、エレクトロフォーメーション法、液滴法やその新法(特許第6031711号)などがあるが、本発明では特に静置水和法を好適に用いることができる。静置水和法は一般によく知られた方法であり、試験管とガス、所定の溶液などがあれば、特別の器具が必要なく、簡単に作製できるという利点を有し、本発明には最適である。
【0036】
図5は、本発明カプロン酸エチル濃度推定方法の構成を概念的に示す説明図である。ここまで述べたいずれかの構成の本発明細胞サイズリポソームは、含有されているカプロン酸エチルを濃度既知のものとし、カプロン酸エチル濃度未知である推定対象物の濃度推定において用いられるリポソーム、すなわち「相分離ドメイン情報取得用リポソーム」として用いることができる。この「相分離ドメイン情報取得用リポソーム」に含有せしめるカプロン酸エチルとしては、カプロン酸エチル標品(純品)を用いることができる。本図では「相分離ドメイン情報取得用リポソーム」を「参照用リポソーム」と略称しており、以降の説明でもこの略称を併用する。
【0037】
本
図5では、左側に表形式で参照用リポソーム群10a、10b、・・・を概念的に示し、右側にカプロン酸エチル濃度未知である形態の本発明細胞サイズリポソーム10xを示している。図示するように本発明カプロン酸エチル濃度推定方法は、上記相分離ドメイン情報取得用リポソーム(参照用リポソーム)10a等を用いて濃度推定対象物におけるカプロン酸エチル濃度を推定する方法である。参照用リポソーム10a等には濃度既知のカプロン酸エチル標品を用いて構成されているものを一または複数用いることとする。
【0038】
参照用リポソーム10a等に含有されているカプロン酸エチルの濃度n、所定濃度nのカプロン酸エチルが含有されている参照用リポソーム、当該参照用リポソームが有するドメイン構造生成パターン(ドメイン生成パターン)を各列とし、濃度の相違を各行として、図中の表に示している。すなわち、濃度n=aであるカプロン酸エチル8aを含有する参照用リポソーム10aはドメイン生成パターンDaを有する。濃度n=bであるカプロン酸エチル8bを含有する参照用リポソーム10bはドメイン生成パターンDbを有する。そして、濃度n=cであるカプロン酸エチル8cを含有する参照用リポソーム10cはドメイン生成パターンDcを有する。
【0039】
一方、右に示された、
図1~4を用いつつ説明したいずれかの構成の細胞サイズリポソームにおいてカプロン酸エチルの替わりに濃度推定対象物の抽出物が加えられて形成される濃度推定対象細胞サイズリポソーム、換言すればカプロン酸エチル濃度未知である形態の本発明細胞サイズリポソーム10xは、カプロン酸エチルまたはそれとの比較対象要素8xを含有しており、蛍光顕微観察により相分離ドメイン生成パターンDxを有するものである。
【0040】
本発明カプロン酸エチル濃度推定方法は、上記濃度推定対象細胞サイズリポソーム10xを蛍光顕微観察し、相分離ドメイン生成パターンDxすなわち相分離ドメインの生成有無またはこれが生成する場合のパターンを読み取り、あらかじめ得てある参照用リポソーム10a等における相分離ドメイン生成パターンDa、Db、・・・のカプロン酸エチル濃度依存性情報を参照して、濃度推定対象物に含有されているカプロン酸エチルの濃度を推定する方法である。なお、以降、「濃度推定対象細胞サイズリポソーム」を単に「推定対象リポソーム」とも略称する。
【0041】
かかる構成により本カプロン酸エチル濃度推定方法では、推定対象リポソーム10xが蛍光顕微観察されて、相分離ドメイン生成パターンDxすなわち相分離ドメインの生成有無またはこれが生成する場合のパターンが読み取られ、ついで相分離ドメイン生成パターンDxは、あらかじめ得てある参照用リポソーム10a等における相分離ドメイン生成パターンDa、Db、・・・のカプロン酸エチル濃度依存性情報と参照、比較され、一致する相分離ドメイン生成パターンを有する参照用リポソームにおける濃度が、すなわち濃度推定対象物に含有されているカプロン酸エチルの濃度である、と推定される。
【0042】
図6は、本発明カプロン酸エチル濃度測定方法の構成を示すフロー図である。図示するように本カプロン酸エチル濃度測定方法は、複数の試料について、まず上述のカプロン酸エチル濃度推定方法により濃度推定対象の全試料Nについてカプロン酸エチル濃度を推定する濃度推定過程P10、ついで、カプロン酸エチル濃度推定処理済みの一部の試料nについてGCによるカプロン酸エチル濃度の精密測定を行う精密測定過程P20から構成される。
【0043】
本カプロン酸エチル濃度測定方法は、精密測定過程P20においてGCでの精密分析を行うサンプルを選ぶための予備分析用、いわばスクリーニングのような形の簡易なカプロン酸エチル濃度判定を、濃度推定過程P10にて行うという方法であり、濃度推定過程P10で試料中のカプロン酸エチル含有量が脂質に対しておよそ20%あるかないかを判別した上で、一部の試料nについての精密測定過程P20が実施される。したがって、迅速・低コスト、かつ精密な分析体系を実現することができる。
【0044】
以上説明した本発明カプロン酸エチル濃度推定方法、およびカプロン酸エチル濃度測定方法は、カプロン酸エチルを含有すると見込まれる全ての推定・測定対象物に対して用いることができ、カプロン酸エチルを含む清酒、またはその加工品も、これら本発明方法の適用対象であることは言うまでもない。
【実施例0045】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明がこれに限定されるものではない。なお、本発明完成に至る実験結果の一部についての概要説明をもって、実施例説明とする。また、実験では、K.Sugahara et al., 2015 Chem.Lett.に記載された方法を基礎とし、同報告におけるLidcaine、TetracaineをECに替えて行った。
〔研究課題〕
人工生体モデル膜の相分離ドメイン構造観察を利用した、カプロン酸エチル簡易検出法の開発
〔研究目的〕
清酒の吟醸香の主成分であるカプロン酸エチル濃度に依存する相分離ドメイン構造の作製を行い、これを用いたカプロン酸エチル濃度推定技術、すなわち精密測定用のスクリーニング技術を確立すること。
【0046】
〔実験の詳細〕
〔1.細胞サイズリポソーム作製の基本〕
細胞サイズリポソーム作製方法は上述
図4による。脂質成分系の構成は次の通りとした。また、添加する蛍光試薬にはDOPCが豊富なLd相を染色するものを用いた。
DOPC/DPPC/Chol=45:45:10
+Lissamine Rhodamine B 1,2-Dihexadecanoyl-sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine Triethylammonium Salt(Rhodamine DHPE) 1% (stained liquid disordered domain)
これにより、上述
図2中のAに示したような、So/Ldドメイン構造を有するリポソームが得られる。
【0047】
〔2.カプロン酸エチル混合条件〕
カプロン酸エチル純品(EC)の混合条件は次の通りとした。
0%(Control)、10%、20%、脂質成分系とECによる最終濃度は0.2mM、容量400μLとし、これにRhodamine DHPEを2μM添加し、各濃度の参照用リポソームとした。すなわち、混合に用いた各容量は次の例の通りである。単位:μL
・Control:
DOPC/DPPC/Chol/EC=18/18/4/0
・EC_10%:
DOPC/DPPC/Chol/EC=16.2/16.2/3.6/4
・EC_20%:
DOPC/DPPC/Chol/EC=14.4/14.4/3.2/8
・DOPCのみ:(リポソームの作製用コントロール)
DOPC/DPPC/Chol/EC=40/0/0/0
【0048】
〔3.相分離ドメイン構造の蛍光顕微観察〕
相分離ドメイン構造の蛍光顕微観察条件は次の通りである。
使用顕微鏡:Olympus BX51
観察条件:WIG(励起波長530-550nm,蛍光波長575nm)
なお、WIY(励起波長545-580nm,蛍光波長610nm)でも観察可能である。
【0049】
〔4.参照用リポソーム〕
図7は、各カプロン酸エチル濃度の参照用リポソームにおける相分離ドメイン構造組成を示すグラフである。ドメイン構造の観察された割合をそれぞれ均一な膜小胞(白),Lo/Ldドメイン構造(明るい灰色)、So/Ldドメイン構造(濃い灰色)で示している。図示するように、各濃度と相分離ドメイン構造組成の対応関係は次の通りとなった。
【0050】
濃度0%:So/Ldドメインが約90%を占める
濃度10%:So/Ldドメイン約70%、Lo/Ldドメイン4%以下
濃度20%:So/Ldドメイン約60%、Lo/Ldドメイン5%以下
【0051】
〔5.清酒を用いての実験〕
EC濃度について、吟醸香を顕著に含む清酒中においては約7mg/Lであるとの報告がある(「エステル高生産酵母の育種と高精白を必要としないフルーティーな清酒の開発」,高橋俊成,日本醸造協会誌115号,2020年 以下「学術文献1」)。また、発明者が過去に行った分析では、通常の吟醸酒で1.6mg/L、カプロン酸エチル高生産酵母によって発酵させた吟醸酒で11mg/L、という値を得ている(T.Yoda and T.Saito 2020 Membranes)。本研究では、吟醸香カプロン酸エチルを顕著に含むことをうたう市販の清酒(「清酒1」とする)と、吟醸香酢酸イソアミルを顕著に含むことうたうがカプロン酸エチル濃度については通常であると思われる清酒(「清酒2」とする)を試料とし、それぞれに脂質へ加えて細胞サイズリポソームを作製し、その相分離ドメイン構造を観察し、カプロン酸エチル濃度推定を試みることとした。各試料は下記の通りである。
清酒1
製造元 菊正宗酒造株式会社
銘柄名 菊正宗 しぼりたてギンパック
清酒2
製造元 宝酒造株式会社
銘柄名 松竹梅「かおりカン」〈酵母877〉
【0052】
細胞サイズリポソームの作製時には、有機溶媒分および水分は蒸発した後に水和を行うこと、試験管内にそそぐ量は4μLもしくは8μLと微量であることから、清酒1および清酒2いずれもそのまま、もしくはメチルアルコールにより2倍希釈した後に行った。以下、実験で行ったケースを列挙し、条件を述べる。
ケース1(清酒1)
ケース2(2倍希釈した清酒1。清酒1とメチルアルコールを500μLずつ混合した後に使用した。)
ケース3(清酒2)
ケース4(2倍希釈した清酒2。清酒2とメチルアルコールを500μLずつ混合した後に使用した。)
ケース5(メチルアルコール)
【0053】
細胞サイズリポソーム各成分の分子量を次の通りとして、脂質0.2mM/400μLとした場合における細胞サイズリポソーム各成分のMol重量を算出した。
DOPC:786
DPPC:734
Chol:387
EC :144
なお、脂質0.2mM/400μL中の脂質は80nMである。
【0054】
ケース1 清酒1
上記学術文献1における値に基づき、濃度未知の清酒1中のEC濃度を7.2mg/Lと仮定した。細胞サイズリポソーム作製に際しての試料の添加量は4μLであるため、仮定に基づくmol重量は下記の通りとなる。
7.2×4/1000/1000/144×1000×1000×1000=20nM
(4μL換算した後、分子量で除し、単位合わせ)
【0055】
400μL中における脂質合計濃度100nM、EC濃度20nMであるから、作製される細胞サイズリポソーム中におけるEC濃度は、
20mol%
と算定される。そうすると相分離ドメイン構造は、
図7を参照すれば、So/Ldドメインが55%程度となるであろうことが予想される。
【0056】
ケース2 2倍希釈した清酒1
あらかじめ清酒1を薄めて、EC濃度を3.6mg/Lとした。仮定に基づくmol重量は、10nMである。400μL中における脂質合計濃度90nM、EC濃度10nMであるから、作製される細胞サイズリポソーム中におけるEC濃度は、
10mol%
と算定される。そうすると相分離ドメイン構造は、
図7を参照すれば、So/Ldドメインが75%程度となるであろうことが予想される。
【0057】
ケース3 清酒2
上記文献値に基づき、濃度未知の清酒2中のEC濃度は、1.6mg/Lと仮定した。仮定によれば細胞サイズリポソームを作製に4μL加えたので仮定に基づくmol重量は4.4nMである。
【0058】
400μL中における脂質合計濃度84.4nM、EC濃度4.4nMであるから、作製される細胞サイズリポソーム中におけるEC濃度は、
5.2mol%
と算定される。そうすると相分離ドメイン構造は、
図7を参照すれば、So/Ldドメインが90%程度となるであろうことが予想される。
【0059】
ケース4 2倍希釈した清酒2
あらかじめ清酒1を薄めて、EC濃度を0.8mg/Lとした。仮定に基づくmol重量は、2.2nMである。
400μL中における脂質合計濃度82.2nM、EC濃度2.2nMであるから、作製される細胞サイズリポソーム中におけるEC濃度は、
2.7mol%
と算定される。そうすると相分離ドメイン構造は、
図7を参照すれば、So/Ldドメインが90%程度となるであろうことが予想される。
【0060】
ケース5 メチルアルコール
メチルアルコールを用いる。したがって作製される細胞サイズリポソーム中におけるEC濃度は0mol%である。そうすると相分離ドメイン構造は、
図7を参照すれば、So/Ldドメインが約90%となるであろうことが予想される。
【0061】
〔6.実験結果〕
図8は、実施例(ケース1、2、3、4,5)に係る推定対象リポソームにおける相分離ドメイン構造組成を示すグラフである。図示する通り、ケース5メチルアルコール(Methyl alcohol)を用いた推定対象リポソームでは、蛍光顕微観察の結果、So/Ldドメインが約94%であった。これを
図7の参照用リポソームのグラフと対照すると、EC濃度0%の相分離ドメイン構造組成と合致した。すなわち、ケース5メチルアルコールにおけるEC濃度(含有量)は、脂質に対して10mol%以下であるという推定結果となった。メチルアルコール中のEC濃度は当然ながら0mol%であるから、得られた推定結果は妥当であることが確認できた。
【0062】
ケース1清酒1ではドメインが観察されにくかったが、それでも約57%のSo/Ldドメインが蛍光顕微観察により確認できた。これを
図7の参照用リポソームのグラフと対照すると、EC濃度20%の相分離ドメイン構造組成と合致することが示された。すなわち、ケース1清酒1におけるEC濃度(含有量)は、脂質に対しておよそ20mol%であるという推定結果となった。既に述べた通り、文献値から推測された濃度約20mol%となる。したがって、得られた推定結果は妥当であることが確認できた。
【0063】
ケース2の2倍希釈清酒1では蛍光顕微観察により確認できたSo/Ldドメインは約72%だった。これを
図7の参照用リポソームのグラフと対照すると、EC濃度10%とよく一致した。すなわち、ケース2の2倍希釈清酒1におけるEC濃度(含有量)は、脂質に対して10mol%程度であるという推定結果となった。既に述べた通り、希釈と添加量から清酒に含まれるEC量から求めた計算では濃度約10mol%となる。したがって、得られた推定結果は妥当であることが確認できた。
【0064】
ケース3清酒2ではドメインが観察されやすく、約87%のSo/Ldドメインが蛍光顕微観察により確認できた。これを
図7の参照用リポソームのグラフと対照すると、EC濃度0%の相分離ドメイン構造組成よりは少なく、EC濃度10%よりは多いという結果が示された。すなわち、ケース3清酒2におけるEC濃度(含有量)は、脂質に対して0mol%を越え10mol%未満の範囲内の程度であるという推定結果となった。既に述べた通り、文献値から推測された濃度は約5.2mol%となる。したがって、得られた推定結果は妥当であることが確認できた。
【0065】
ケース4の2倍希釈清酒2では蛍光顕微観察により確認できたSo/Ldドメインは約94%だった。これを
図7の参照用リポソームのグラフと対照すると、EC濃度0%の相分離ドメイン構造組成とよりは少なく、EC濃度10%よりは多いという結果が示された。すなわち、ケース4の2倍希釈清酒2におけるEC濃度(含有量)は、脂質に対して0mol%を越え10mol%未満の範囲内の程度であるという推定結果となった。既に述べた通り、文献値から推測された濃度約2.7mol%となる。したがって、得られた推定結果は妥当であることが確認できた。
【0066】
〔7.コスト低減効果の試算〕
GCによる従来の測定方法と、本発明方法について、コスト(費用と時間)を試算した。なおイニシャルコストには、購入後繰り返し使用できる器具や試薬も含まれるが、最小単位で購入が必要なものの価格を既存方法、本発明方法で計上した。
1)既存方法(GC)
イニシャルコスト
GC装置 16,880,000円(アジレント社製)
ランニングコスト
ヘリウムガス(ボンベ一本) 13,000円
吸着用器具 PDMS Twister
59,700円
EC (測定用標品) 1,800円
Methyl caproate 12,730円
(測定用レファレンス)
合計 87,230円
測定所用時間
1~2日(装置立ち上げ、検量線サンプル測定を含む)
【0067】
2)本発明方法(細胞サイズリポソーム)
イニシャルコスト
顕微鏡 1,146,260円
蛍光ユニット 1,400,000円
(いずれもオリンパス社製)
合計A 2,546,260円
なお、データベース作成に必要な脂質およびECを含めた場合は、
脂質 DOPC 8,800円
DPPC 9,000円
Chol 5,000円
RhodamineDHPE 50,900円
EC 1,800円
Methyl alcohol 900円
合計B 2,622,660円
ランニングコスト
脂質 DOPC 8,800円
DPPC 9,000円
Chol 5,000円
RhodamineDHPE 50,900円
Methanol 900円
合計 74,600円
測定所用時間
準備:8時間(リポソーム作製(フィルム作製1H+真空乾燥3H+水和4H))
測定:1時間(60サンプル観察に要する時間)
合計:9時間
【0068】
以上の通り、本発明方法は従来のHPLC使用による方法と比較して、イニシャルコストが14,000、000円程度、ランニングコストが13,000円程度、それぞれ安価になると試算された。また、測定所要時間も半日程度で済み、短縮になるという試算結果であった(なお、ガラス器具、ピペット、プラスチックチューブ、フィルター、シリンジは安価であり、それによっては殆ど差がつかないため、本試算では計上を割愛した)。
本発明の細胞サイズリポソーム、カプロン酸エチル濃度推定方法、およびカプロン酸エチル濃度測定方法によれば、従来よりも大幅に低コストかつ短時間でカプロン酸エチル濃度の分析を行うことができる。したがって、特に食品成分分析、食品品質管理の各分野、および関連する全分野において産業上利用性が高い発明である。