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特開2024-2156140キロ級非調質型厚鋼板、溶接鋼管およびそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024021561
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】40キロ級非調質型厚鋼板、溶接鋼管およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240208BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20240208BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20240208BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C21D8/02 C
C22C38/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022124466
(22)【出願日】2022-08-04
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 昌史
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 進典
(72)【発明者】
【氏名】井上 暢
(72)【発明者】
【氏名】田和 聡典
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CD01
4K032CD02
4K032CD03
4K032CD05
4K032CD06
(57)【要約】      (修正有)
【課題】SR前後の強度差が小さく、優れた耐HIC性能を有する40キロ級非調質型厚鋼板を提供する。
【解決手段】成分組成が、質量%でC:0.020~0.100%他を含有し、式(1)~(3)でそれぞれ規定される、Pcmyが0.100~0.140、PHICが1.100以下、ACRMが0.5~5.0であり、板厚方向1/8~7/8位置におけるミクロ組織の95%以上が上部ベイナイトであり、MAの面積分率が0.2%以下である40キロ級非調質型厚鋼板。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.74Cu+1.70Ni)/15+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+22.36P・・・式(2)
ACRM=(Ca-(1.23O-0.000365))/(1.25S)・・・式(3)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.020~0.100%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.50~1.50%、
P:0.020%以下、
S:0.0020%以下、
Ca:0.0005~0.0050%、
O:0.0040%以下を含有し、
さらに、Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、
Cr:0.30%以下、
Mo:0.05%以下、
Nb:0.080%以下、
V:0.080%以下、
Ti:0.050%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、
式(1)で規定されるPcmyが0.100~0.140、
式(2)で規定されるPHICが1.100以下、
式(3)で規定されるACRMが0.5~5.0である成分組成を有し、
板厚方向1/8~7/8位置におけるミクロ組織は、上部ベイナイトの面積分率が95%以上であり、
MAの面積分率が0.2%以下である40キロ級非調質型厚鋼板。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.74Cu+1.70Ni)/15+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+22.36P・・・式(2)
ACRM=(Ca-(1.23O-0.000365))/(1.25S)・・・式(3)
ただし、(1)~(3)式の元素記号は各元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合はゼロとする。
【請求項2】
請求項1に記載の厚鋼板を筒状に成形し、突合せ部を溶接することで製造された40キロ級非調質型溶接鋼管。
【請求項3】
質量%で
C:0.020~0.100%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.50~1.50%、
P:0.020%以下、
S:0.0020%以下、
Ca:0.0005~0.0050%、
O:0.0040%以下を含有し、
さらに、Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、
Cr:0.30%以下、
Mo:0.05%以下、
Nb:0.080%以下、
V:0.080%以下、
Ti:0.050%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、
式(1)で規定されるPcmyが0.100~0.140、
式(2)で規定されるPHICが1.100以下、
式(3)で規定されるACRMが0.5~5.0である成分組成を有するスラブを、
1000~1250℃に加熱した後、熱間圧延で所望の板厚にし、
Ar3以上の温度から式(4)で規定される冷却速度CRで、式(5)に規定される冷却停止温度FCTまで水冷し、その後、空冷する40キロ級非調質型厚鋼板の製造方法。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.74Cu+1.70Ni)/15+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+22.36P・・・式(2)
ACRM=(Ca-(1.23O-0.000365))/(1.25S)・・・式(3)
25-75(Pcmy+2Nb)≦CR≦190-750(Pcmy+2Nb)・・・式(4)
561-474C-33Mn-17Ni-17Cr-21Mo-1000Nb≦FCT≦830-270C-90Mn-37Ni-70Cr-83Mo-1000Nb・・・式(5)
CR:板厚中央温度がBs(ベイナイト変態開始温度)に達したときの板厚中央の冷却速度(℃/s)、FCT:冷却停止温度(℃)
ただし、(1)~(5)式の元素記号は各元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合はゼロとする。
【請求項4】
請求項3に記載の製造方法で製造された厚鋼板を筒状に成形し、突合せ部を溶接する40キロ級非調質型溶接鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿潤硫化水素腐食環境下にある石油精製プラントの圧力容器、プロセス配管およびラインパイプなどに使用される厚鋼板、溶接鋼管およびそれらの製造方法に関し、特に優れた耐HIC性能と耐SR性能を有する40キロ級(引張強度400MPa級)厚鋼板、溶接鋼管およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原油の品質は年々低下し、硫化水素濃度が高くなってきている。そのため、石油精製プラントの圧力容器やプロセス配管にも湿潤硫化水素腐食応力下に対する抵抗力、すなわち優れた耐水素誘起割れ(HIC)性能が求められている。鋼に耐HIC性能を確保するための技術は、主にラインパイプ分野のAPI 5L X52MS~X65MSといった50キロ級の鋼において開発されている。例えば、鋼材成分設計の面では、低C-低Mn-低P化による中心偏析硬さの低減、低S化およびCaの最適量添加による中心偏析の伸長MnSの球状化、Caクラスタの生成抑制などにより、優れた耐HIC性能を有する鋼が開発されている。また、厚鋼板製造方法の面では、均一なミクロ組織に制御することが重要で、ベイナイト単相組織を得やすいQT(焼入れ後に焼き戻しを行うこと)や加速冷却を適用することにより、優れた耐HIC性能を有する鋼が開発されている。
【0003】
また、圧力容器やプロセス配管は一般的に、構造物を製作する際の冷間加工や溶接の後に、応力除去焼鈍(SR(Stress Relieving)といい、溶接部に対して行う場合はPWHT(Post Weld Heat Treatment)ともいう)を行い、冷間加工や溶接によって内部に生じる応力の除去をする。SRは、例えば鋼に対して630℃で180分焼鈍熱処理をして、鋼の内部に生じる応力を除去する処理である。耐SR性能とは、厚鋼板に対して前述のSRを行った際の前後の強度差のことを指す。耐SR性能が大きいと、厚鋼板に対して局部的にSRを行った際に、厚鋼板内で強度差ができてしまい、変形することがあり、小さい方がよい(強度差が小さいことを耐SR性能に優れるとする)。
【0004】
圧力容器やプロセス配管には、ASTM A516-60、65やAPI 5L 5LBMS~X42MSといった40キロ級の鋼が適用されることが多く、これらの強度グレードにおいて、優れた耐HIC性能および耐SR性能を安定的に確保できる製造方法を開発することが求められている。
【0005】
上記のような課題に対して、これまでに以下のような発明が行われている。特許文献1~4では、QTプロセスを適用することで、優れた耐HIC性能を有する40~50キロ級鋼を製造する方法が開示されている。特許文献5では、フィッティング部材に関して、QTプロセスを適用することで、優れた耐HIC性能を有する40~50キロ級鋼を製造する方法が開示されている。特許文献6~7では、熱間曲げ部材に関して、TMCP(Thermo-Mechanical Control Process)と焼ならしプロセスを連続して行うことで、優れた耐HIC性能を有する40~60キロ級鋼を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013-7079号公報
【特許文献2】特開2013-7080号公報
【特許文献3】特開2013-23713号公報
【特許文献4】特開2013-23714号公報
【特許文献5】特開平8-283906号公報
【特許文献6】特開平8-283839号公報
【特許文献7】特開平8-283840号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1~7の方法では、圧延した後に鋼に対してQTあるいは焼ならし等の熱処理を適用するため耐HIC性能および耐SR性能は良好であると推定されるが、熱処理を適用するため、生産性が悪い。
【0008】
このように、従来技術では、40キロ級の強度クラスで耐HIC性能および耐SR性能を安定的に確保し、なおかつ、圧延した後にQTあるいは焼きならしを行わない非調質プロセスで生産性よく厚鋼板および溶接鋼管を製造することが難しかった。
【0009】
そこで、本発明では、SR前後の強度差が小さく、優れた耐HIC性能を有する40キロ級非調質型厚鋼板を提供することを目的とする。
なお、本発明においてSRとは、残留応力の低減のために例えば630℃で180分熱処理を施すことをいう。また、本発明におけるキロ級とは、kgf/mm単位で強度範囲を規定した鋼板の強度レベルの通称である。また、40キロ級とはSR前後共に400~520MPaの引張強度を持つ厚鋼板または溶接鋼管のことを指す。また、本発明で、QTあるいは焼ならしを行なわない非調質プロセスで製造した厚鋼板および溶接鋼管を非調質型厚鋼板および非調質型溶接鋼管とよぶ。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、非調質プロセス、すなわち圧延後にQTあるいは焼ならしを行わずに耐HIC性能および耐SR性能を安定的に確保した40キロ級鋼を製造する方法について鋭意検討し、以下の知見を得た。
【0011】
まず、一般的に40キロ級鋼の製造に適用されている制御圧延ままプロセスで鋼の耐HIC性能を確保する方法について検討したが、制御圧延ままプロセスで製造した場合はミクロ組織がフェライトとパーライトおよびベイナイトからなる複合組織となり中心偏析部でのHICの発生を抑制できなかった。
【0012】
そこで、50キロ級の耐HIC厚鋼板の製造に一般的に用いられている加速冷却を40キロ級鋼に適用する方法について検討した。
【0013】
その結果、加速冷却の開始温度をAr3以上とし、加速冷却の冷却速度を冷却中にフェライトが生成しない範囲に制御しつつ、冷却停止温度をベイナイト変態開始温度以下にすることで、均一なベイナイト組織にすることができ、優れた耐HIC性能を得ることができることがわかった。均一なベイナイト組織を得るためには、Bs(ベイナイト変態開始温度)における加速冷却中の冷却速度を一定以上に制御する必要があることがわかった。一方で、加速冷却を適用することでベイナイト組織のラス間に硬質なMA(島状マルテンサイトとも言う)が生成し、これがSR前の耐HIC性を劣化させるだけでなく、SRを実施した際にMAが軟質なセメンタイトに分解することにより厚鋼板の強度低下を招く。そのため、SR前後の強度変化を小さくするためには、加速冷却停止温度をマルテンサイト変態温度以上にすることでベイナイトラス間におけるMA生成を抑制することが有効である。これによりSRによるMAの炭化物への分解の結果生じる強度低下を抑制できることがわかった。
【0014】
さらに、40キロ級に強度調整するためには、鋼材成分に応じて加速冷却の冷却速度の上限管理を行うことが必要なことがわかり、耐HIC性能確保のために管理する冷却速度の下限と合わせて、式(4)の範囲に制御する必要があることがわかった。
【0015】
本発明は、上記した知見にさらに検討を加えてなされたもので、本発明の要旨は以下の通りである。
[1] 質量%で
C:0.020~0.100%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.50~1.50%、
P:0.020%以下、
S:0.0020%以下、
Ca:0.0005~0.0050%、
O:0.0040%以下を含有し、
さらに、Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、
Cr:0.30%以下、
Mo:0.05%以下、
Nb:0.080%以下、
V:0.080%以下、
Ti:0.050%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、
式(1)で規定されるPcmyが0.100~0.140、
式(2)で規定されるPHICが1.100以下、
式(3)で規定されるACRMが0.5~5.0である成分組成を有し、
板厚方向1/8~7/8位置におけるミクロ組織は、上部ベイナイトの面積分率が95%以上であり、
MAの面積分率が0.2%以下である40キロ級非調質型厚鋼板。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.74Cu+1.70Ni)/15+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+22.36P・・・式(2)
ACRM=(Ca-(1.23O-0.000365))/(1.25S)・・・式(3)
ただし、(1)~(3)式の元素記号は各元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合はゼロとする。
[2] [1]に記載の厚鋼板を筒状に成形し、突合せ部を溶接することで製造された40キロ級非調質型溶接鋼管。
[3] 質量%で
C:0.020~0.100%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.50~1.50%、
P:0.020%以下、
S:0.0020%以下、
Ca:0.0005~0.0050%、
O:0.0040%以下を含有し、
さらに、Cu:0.30%以下、
Ni:0.30%以下、
Cr:0.30%以下、
Mo:0.05%以下、
Nb:0.080%以下、
V:0.080%以下、
Ti:0.050%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、
式(1)で規定されるPcmyが0.100~0.140、
式(2)で規定されるPHICが1.100以下、
式(3)で規定されるACRMが0.5~5.0である成分組成を有するスラブを、
1000~1250℃に加熱した後、熱間圧延で所望の板厚にし、
Ar3以上の温度から式(4)で規定される冷却速度CRで、式(5)に規定される冷却停止温度FCTまで水冷し、その後、空冷する40キロ級非調質型厚鋼板の製造方法。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.74Cu+1.70Ni)/15+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+22.36P・・・式(2)
ACRM=(Ca-(1.23O-0.000365))/(1.25S)・・・式(3)
25-75(Pcmy+2Nb)≦CR≦190-750(Pcmy+2Nb)・・・式(4)
561-474C-33Mn-17Ni-17Cr-21Mo-1000Nb≦FCT≦830-270C-90Mn-37Ni-70Cr-83Mo-1000Nb・・・式(5)
CR:板厚中央温度がBs(ベイナイト変態開始温度)に達したときの板厚中央の冷却速度(℃/s)、FCT:冷却停止温度(℃)
ただし、(1)~(5)式の元素記号は各元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合はゼロとする。
[4] [3]に記載の製造方法で製造された厚鋼板を筒状に成形し、突合せ部を溶接する40キロ級非調質型溶接鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、SR前後の強度差が小さく、優れた耐HIC性能を有する40キロ級非調質型厚鋼板を提供することができる。
【0017】
また、本発明により、湿潤硫化水素腐食環境下にある石油精製プラントの圧力容器やプロセス配管などに使用される厚鋼板、溶接鋼管およびその製造方法に関し、SR前後の強度差が小さく、優れた耐HIC性能を有する40キロ級厚鋼板を、調質処理を行わずに製造でき、産業上極めて有効である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の各構成要件の限定理由について説明する。
【0019】
1.成分組成について
はじめに、本発明の鋼の成分組成を規定した理由を説明する。なお、以下の説明における「%」は、すべて質量%を意味する。
【0020】
C:0.020~0.100%
Cは、加速冷却によって製造される鋼板の強度を高めるために最も有効な元素である。しかし、C含有量が0.020%未満では十分な強度を確保できず、0.100%を超えると靭性および耐HIC性を劣化させる。従って、C含有量は、0.020~0.100%の範囲内とする。
【0021】
Si:0.50%以下
Siは脱酸のために添加するが、Si含有量が0.50%を越えるとMA(島状マルテンサイトとも言う)の生成量が増え、HIC性能や耐SR性能が劣化する。従ってSi含有量は、0.50%以下とする。
【0022】
Mn:0.50~1.50%
Mnは鋼の強度および靭性の向上のため添加するが、Mn含有量が0.50%未満ではその効果が十分ではなく、また焼き入れ性が低下してベイナイトが生成しなくなるため、1.50%を越えると溶接性と耐HIC性が劣化する。従って、Mn含有量は、0.50~1.50%の範囲内とする。
【0023】
P:0.020%以下
Pは鋼の成分に不可避的に含まれる元素であり、中心偏析部の硬さを上昇させることで耐HIC性を劣化させる。この傾向はP含有量が0.020%を超えると顕著となる。従って、P含有量は、0.020%以下とする。好ましくは、0.015%以下とする。
【0024】
S:0.0020%以下
Sは、鋼中においては一般にMnS系の介在物となるが、Ca添加によりMnS系からCaS系介在物に形態制御され、それにより中心偏析で発生するHICを抑制する。しかしSの含有量が多いとCaS系介在物の量も多くなり、高強度材では割れの起点となり得る。この傾向は、S含有量が0.0020%を超えると顕著となる。従って、S含有量は、0.0020%以下とする。S含有量は好ましくは、0.0010%以下である。
【0025】
Ca:0.0005~0.0050%
Caは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であるが、Ca含有量が0.0005%未満ではその効果がなく、0.0050%を超えて含有すると効果が飽和し、一方で清浄度の低下により靱性を劣化させる。従って、Ca含有量は、0.0005~0.0050%の範囲内とする。
【0026】
O:0.0040%以下
Oは鋼中に不可避的に含まれる元素である。O含有量が0.0040%を超えると、Caを添加しても中心偏析でのMnSを抑制できず耐HIC性能が劣化するため、O含有量の上限を0.0040%とする。O含有量は好ましくは0.0030%以下である。
【0027】
Pcmy:0.100~0.140
Pcmyは溶接低温割れの指標として広く知られるPcmのMoの係数を変更したもので本発明のようなCが0.010%以下の低炭素低合金TMCP鋼の強度および変態挙動とよい相関がある。Pcmyは下記式(1)で表すことができる。Pcmyが0.100未満になると、加速冷却の冷却速度を制御してもフェライトが生成し、耐HIC性能が確保できないため、下限を0.100とする。また、Pcmyが0.140を超えると強度が高くなりすぎて本発明が対象とする40キロ級に強度を制御できないため、Pcmyの上限を0.140とする。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
※各元素記号は鋼板におけるその元素の含有量(質量%)とし、含有しない場合はゼロとする。
なお、含有しない場合には、検出限界未満を含むものとする。本式に含まれるBは本発明では添加量を規定していないが、0.0001%未満は0として不可避的不純物とみなす。
【0028】
PHIC:1.100以下
PHICは各合金元素の含有量から中心偏析部の材質を推定するために考案された式であり、PHICが高いほど中心偏析部の濃度が高くなり、中心偏析部硬度が上昇する。PHICは下記式(2)で表すことができる。本発明の強度クラスでは、PHICが1.100を超えると中心偏析部の硬化に起因したHICが発生するため、PHICは1.100以下とする。なお、式(2)は各成分の含有量と係数の積の和であるため、0以上の値をとる。
PHIC=4.46C+2.37Mn/6+(1.74Cu+1.70Ni)/15+(1.18Cr+1.95Mo+1.74V)/5+22.36P・・・式(2)
※各元素記号は鋼板におけるその元素の含有量(質量%)とし、含有しない場合はゼロとする。
【0029】
ACRM:0.5~5.0
CaはOとの親和性が高く、まずCaOを生成し、残ったCaがSと結合しCaSを形成する。ACRMはこれらの鋼中のOとSとCaの存在形態を表す指標であり、ACRMは下記式(3)で表すことができる。ACRMが0.5未満の場合は、中心偏析でのMnSの生成量およびサイズが大きくなり1/2tのHICを助長する。一方、ACRMが5.0を超えると過剰に添加されたCaがクラスタ状になり1/4tのHICを助長する。よって、ACRMは0.5~5.0の範囲とする。ACRMは好ましくは、1.0~4.0の範囲である。
ACRM=(Ca-(1.23O-0.000365))/(1.25S)・・・式(3)
※各元素記号は鋼板におけるその元素の含有量(質量%)とし、含有しない場合はゼロとする。
【0030】
以上が本発明の厚鋼板の基本成分であるが、所望の強度、靭性を得るために以下に示す合金元素の中から選ばれる1種以上を含有させる。
【0031】
Cu:0.30%以下
Cuは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るには、Cu含有量を0.05%以上にすることが好ましい。一方、0.30%を超えてCuを含有すると強度が高くなりすぎて40キロ級に制御できない。従って、Cuを含有する場合は0.30%以下とする。
【0032】
Ni:0.30%以下
Niは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るには、Ni含有量を0.05%以上にすることが好ましい。一方、0.30%を超えてNiを含有すると強度が高くなりすぎて40キロ級に制御できない。従って、Niを含有する場合は0.30%以下とする。
【0033】
Cr:0.30%以下
Crは、焼き入れ性を高めるため強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るには、Cr含有量を0.05%以上にすることが好ましい。一方、0.30%を超えてCrを含有すると強度が高くなりすぎて40キロ級に制御できない。従って、Crを含有する場合は0.30%以下とする。
【0034】
Mo:0.05%以下
Moは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るには、Mo含有量を0.02%以上にすることが好ましい。一方、0.05%を超えてMoを含有すると強度が高くなりすぎて40キロ級に制御できない。従って、Moを含有する場合は0.15%以下とする。
【0035】
Nb:0.080%以下
Nbは、圧延時の粒成長を抑制し、微細粒化により靭性を向上させる元素である。この効果を得るには、Nb含有量を0.006%以上にすることが好ましい。一方、0.080%を超えてNbを含有すると強度が高くなりすぎて40キロ級に制御できない。従って、Nbを含有する場合は0.080%以下とする。
【0036】
V:0.080%以下
Vは靭性を劣化させずに強度を上昇させる元素である。この効果を得るには、V含有量を0.010%以上にすることが好ましい。一方、0.080%を超えてVを含有すると強度が高くなりすぎて40キロ級に制御できない。従って、Vを含有する場合は、0.080%以下とする。
【0037】
Ti:0.050%以下
Tiは、TiNを形成してスラブ加熱時の粒成長を抑制するだけでなく、溶接熱影響部の粒成長を抑制し、母材及び溶接熱影響部の微細粒化により靭性を向上させる。この効果を得るには、Ti含有量を0.006%以上にすることが好ましい。しかし、Ti含有量が0.050%を越えると靭性を劣化させる。従って、Ti量を含有する場合は0.050%以下とする。
【0038】
残部がFeおよび不可避的不純物
本発明の鋼板における成分組成は、以上に説明した含有量の基本成分および選択的に選ばれる成分を含み、残部がFeおよび不可避的不純物である。
【0039】
2.ミクロ組織について
板厚方向1/8~7/8位置におけるミクロ組織は、上部ベイナイト(ベイナイトともいう)の面積分率が95%以上
鋼板母材の組織は耐HIC性能確保の観点から、単相組織にすることが望ましく、また40キロ級鋼としての所望の強度を確保するため、ベイナイト組織とする。板厚方向1/8~7/8位置におけるミクロ組織のベイナイト組織分率は100%とすることが望ましいが、5%以下のフェライトやセメンタイト、MAなどが生成しても耐HIC性能は確保されるので、下限を95%とする。なお、ベイナイトラスの間に生成するセメンタイトはベイナイトの一部とし、ベイナイトラスの間に生成するMAは下記のMAの面積分率(以下、MA分率ともいう。)に含める。ベイナイト組織分率は圧延方向平行な板厚断面で光学顕微鏡もしくは電子顕微鏡によって観察した際の面積分率とする。
【0040】
MAの面積分率が0.2%以下
MA(島状マルテンサイト)とは、ベイナイトのラス間などに生成する炭素量の高い組織のことをいい、組織形態はマルテンサイトとオーステナイトが混合されたものである。MAは硬質相であるが、熱処理により硬質のマルテンサイトが分解し、軟質のセメンタイトになる。そのため、MAの面積分率の大きい鋼板は、SRにより強度が低下する。低炭素鋼で通常行われる630℃以下のSRの場合、MAの面積分率が0.2%を超えるとSR後の強度低下を起こすため、上限を0.2%とする。MAの面積分率の上限はより好ましくは0.1%である。MAの面積分率は、圧延方向平行な板厚断面を電子顕微鏡で観察した際の面積率とする。MAの面積分率の測定位置は、板厚方向1/8~7/8位置の位置でなおかつ中心偏析部は除くものとする。具体的には、板厚方向1/4、3/4の2か所を撮影し、それら2か所のMAの面積分率の平均をMAの面積分率とする。MA分率はさらに好ましくは0%である。ここでのMAの面積分率には、ベイナイトラスの間に生成するMAも含める。
【0041】
3.板厚
本発明における「厚鋼板」とは、本技術分野における通常の定義に従い、厚さ6mm以上の鋼板を指すものとする。一方、本発明における厚鋼板の厚さの板厚の上限は特に限定されず、任意の値とすることができる。
【0042】
4.厚鋼板製造条件
次に、本発明の一実施形態に従う厚鋼板の製造方法について説明する。
【0043】
本発明の一実施形態に従う鋼板の製造方法は、上記成分組成を有するスラブを、1000~1250℃に加熱した後、熱間圧延で所望の板厚にし、Ar3以上の温度から下記の式(4)で規定される加速冷却の冷却速度(単に冷却速度ともいう。)CRで、下記の式(5)に規定される加速冷却停止温度(単に冷却停止温度ともいう。)FCTまで水冷し、その後、空冷する工程を有する。この製造方法を用いることにより、耐HIC性能および耐SR性能に優れた40キロ級非調質型厚鋼板を製造することができるが、上記製造方法に限定されない。
【0044】
スラブ加熱温度:1000~1250℃
スラブ加熱温度は、1000~1250℃とする。スラブ加熱温度が1000℃未満では炭化物の固溶が不十分で必要な強度が得られず、1250℃を超えると過剰な強度になると共に靭性が劣化するため、1000~1250℃とする。なお、ここでの温度は加熱炉から抽出した直後のスラブの温度であるが、炉内温度などの情報から伝熱計算で求めてもよい。
【0045】
加速冷却開始温度:Ar3以上
スラブ表層近傍のフェライトの生成を抑制し、優れた耐HIC性能が得られる均一なベイナイト組織とするため、水冷による加速冷却開始をAr3以上とする。本発明で均一なベイナイト組織とは面積率で95%以上のベイナイトを含有するもので、他の組織を含んでも良いものとする。ミクロ組織については後述する。Ar3は例えば以下の式で求めることができる。
Ar3(℃)=910-310C-80Mn-20Cu-55Ni-15Cr-80Mo
※各元素記号は鋼板におけるその元素の含有量(質量%)とする。
【0046】
加速冷却の冷却速度(℃/s):25-75(Pcmy+2Nb)≦CR≦190-750(Pcmy+2Nb)・・・式(4)
加速冷却の冷却速度は、ミクロ組織と強度を制御する上で重要な因子である。板厚中央温度がBsに達したときの板厚中央の冷却速度CRが190-750(Pcmy+2Nb)(℃/s)を超えると40キロ級の強度に制御できないため、上限を190-750(Pcmy+2Nb)(℃/s)とする。一方で冷却速度が25-75(Pcmy+2Nb)(℃/s)未満になると、フェライト生成が起こりベイナイト単相組織につくりこめないため、下限を25-75(Pcmy+2Nb)(℃/s)とする。なお、Bsは厚鋼板のベイナイト変態開始温度を実測してもよいが、Bs(℃)=830-270C-90Mn-37Ni-70Cr-83Mo-1000Nbから算出してもよい。なお、各元素記号は鋼板におけるその元素含有量(質量%)とし、含有しない場合はゼロとする。また、板厚中央の温度および冷却速度は、熱伝導計算によって算出する。
【0047】
加速冷却停止温度:561-474C-33Mn-17Ni-17Cr-21Mo-1000Nb≦FCT≦830-270C-90Mn-37Ni-70Cr-83Mo-1000Nb・・・式(5)
加速冷却停止温度FCTが830-270C-90Mn-37Ni-70Cr-83Mo-1000Nb(℃)を超えると加速冷却終了後にフェライトが生成し耐HIC性能が確保できないため上限を830-270C-90Mn-37Ni-70Cr-83Mo-1000Nb(℃)とする。一方で、加速冷却停止温度が561-474C-33Mn-17Ni-17Cr-21Mo-1000Nb(℃)を下回ると、加速冷却中にベイナイトラスの間にMAが生成し、SRを行った際に強度が下がってしまうため、下限を561-474C-33Mn-17Ni-17Cr-21Mo-1000Nb(℃)とする。なお、各元素記号は鋼板におけるその元素の含有量(質量%)とし、含有しない場合はゼロとする。
【0048】
水冷後の空冷
水冷による加速冷却の停止後は空冷を行う。空冷は0.01~2℃/sで行うことが好ましい。なお、本発明においては空冷後にQTあるいは焼ならしを行わないため、非調質型の厚鋼板を得ることができる。
【0049】
5.溶接鋼管製造条件
本発明の一実施形態に従う溶接鋼管では、上記の成分組成およびミクロ組織を有する厚鋼板を筒状に成形し、突合せ部を溶接することで耐HIC性能および耐SR性能に優れた40キロ級非調質型溶接鋼管とすることができる。筒状に成形する方法は特には規定しないが、例えば、UOE法やプレスベンド法を適用できる。また、溶接方法についても特に規定しないが、例えば、サブマージアーク溶接を適用することができる。
【0050】
6.溶接鋼管製造方法
本発明の一実施形態に従う溶接鋼管の製造方法では、上記の製造方法で製造した厚鋼板を筒状に成形し、突合せ部を溶接することで耐HIC性能および耐SR性能に優れた40キロ級非調質型溶接鋼管の製造方法とすることができる。筒状に成形する方法は特には規定しないが、例えば、UOE法やプレスベンド法を適用できる。また、溶接方法についても特に規定しないが、例えば、サブマージアーク溶接を適用することができる。
【実施例0051】
表1に示す化学成分の鋼を連続鋳造法によりスラブとした後、表2に示す条件でスラブ加熱し、熱間圧延、加速冷却した後、空冷して非調質型厚鋼板とした。製造した鋼板の一部はUO成形(Uプレス成形およびOプレス成形(Oプレス圧縮率=0.3%))を行い、その後、突合せ部をシーム溶接して溶接鋼管(以下、単に鋼管ともいう。)とし、さらに拡管率1.0%で拡管(Expansion)を実施しUOE鋼管とした。熱間圧延後の加速冷却の冷却速度は、熱伝導計算により求めた。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
鋼板のミクロ組織は、圧延方向に平行な板厚断面から採取したサンプルを鏡面研磨した後、ナイタールエッチングを行い、光学顕微鏡で観察した。鋼管のミクロ組織は、円周方向に溶接部と反対の位置の圧延方向に平行な板厚断面から採取したサンプルを同様に鏡面研磨した後、ナイタールエッチングを行い、光学顕微鏡で観察した。ベイナイト分率は、板厚方向1/8から7/8にかけて光学顕微鏡で拡大した写真を撮影し、フェライト、塊状セメンタイトおよび塊状MAの面積分率を測定し、100からその測定分率(%)を引いた値をベイナイト分率(%)とした。MAの面積分率は、上記サンプルをさらに電解エッチングして、板厚方向1/4、3/4の2か所を電子顕微鏡で撮影し、得られた画像のMAの面積分率を測定し、2か所のMAの面積分率の平均をMAの面積分率(MA分率)として評価した。
【0055】
HIC試験は、NACE TM0284に準じて行い、各鋼板の幅中央および鋼管の溶接部と反対の位置(鋼管において溶接部を0°とした場合の180°の位置を意味する。)から9本の試験片を加工して試験に供し、その平均CLR(鋼管の割れ長さ率(Crack Length Ratio)を意味し、以下HIC CLRもしくは単にCLRともいう。)を測定して、CLRが5%以下のものを合格とした。なお、CLRはNACE TM0284に準じて算出した。
【0056】
引張試験は、試験片に対するSRの前後で実施した。ASTM A370に準拠する試験片に対しSRを630℃ 180minで行った。引張試験はASTM A370に準拠し、全厚引張試験を実施した。引張強度(以下、TSともいう。)は、一般的な40キロ級鋼の強度範囲である400~520MPaの場合を合格とし、SRによる強度低下が30MPa以内であった場合を合格とした。
【0057】
表3に得られた鋼板および鋼管のミクロ組織、材料試験結果を示す。規定範囲内の製造条件で製造した鋼板および溶接鋼管(実施例)は、SR前及び後の強度(TS)、SRによる強度低下、CLRおよびMAの面積分率が前述の数値範囲を満たしているのに対して、本発明の範囲を満たしていない製造条件で製造した鋼板(比較例)は前述の数値範囲をいずれか1つ以上満たしていない。
【0058】
【表3】