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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022071
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】哺乳類の分娩予知方法
(51)【国際特許分類】
   A61D 1/08 20060101AFI20240208BHJP
   A61B 5/1473 20060101ALI20240208BHJP
   A61B 5/157 20060101ALI20240208BHJP
   A01K 67/02 20060101ALN20240208BHJP
【FI】
A61D1/08 A
A61B5/1473
A61B5/157
A01K67/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125404
(22)【出願日】2022-08-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 東京農業大学生物産業学部網走寒冷地農場年報 トウフツ第二十四号 東京農業大学生物産業学部網走寒冷地農場
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】平山 博樹
【テーマコード(参考)】
4C038
【Fターム(参考)】
4C038KK10
4C038KL01
4C038KL09
4C038TA05
(57)【要約】
【課題】非侵襲的に得られる間質液グルコース濃度による初期変化の察知という生体パラメーターを利用し、個体差にかかわらず哺乳類の分娩を省力的かつ正確に予知できる技術を提供することを目的とする。
【解決手段】ウシ100の間質液104中のグルコース濃度を測定し、間質液中のグルコース濃度が60mg/dL以上の値を絶対基準値とするステップと、間質液中のグルコース濃度の3時間移動平均を算出し、6時間前の3時間移動平均値に比較して10mg/dL以上上昇した値を相対基準値とするステップと、絶対基準時と相対基準時の両方を満たした値を総合基準値とするステップと、総合基準値に達した時点から14.4±7.5時間以内に分娩が起こると予知するステップと、を有する哺乳類の分娩予知方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類の間質液中のグルコース濃度を測定する第1ステップと、
前記間質液中のグルコース濃度が基準値に達した時点から分娩のタイミングを予知する第2ステップと、
を有する哺乳類の分娩予知方法。
【請求項2】
前記第2ステップが、
前記間質液中のグルコース濃度60mg/dL以上の値を絶対基準値とするステップと、
前記絶対基準値に達した時点から15.2±8.4時間以内に分娩が起こると予知するステップと、
を有する、請求項1に記載の哺乳類の分娩予知方法。
【請求項3】
前記第2ステップが、
前記間質液中のグルコース濃度の3時間移動平均を算出し、6時間前の3時間移動平均値に比較して10mg/dL以上上昇した値を相対基準値とするステップと、
前記相対基準値に達した時点から24.0±23.9時間以内に分娩が起こると予知するステップと、
を有する、請求項1に記載の哺乳類の分娩予知方法。
【請求項4】
さらに、第3ステップとして、
前記絶対基準値と前記相対基準値の両方を満たした値を総合基準値とするステップと、
前記総合基準値に達した時点から14.4±7.5時間以内に分娩が起こると予知するステップと、
を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の哺乳類の分娩予知方法。
【請求項5】
前記第1ステップが、
哺乳類の間質液中のグルコース濃度を測定するとともに当該グルコース濃度データを送信する手段を備えた間質液グルコース測定装置により、前記哺乳類の間質液中のグルコース濃度を測定し、当該グルコース濃度データを無線送信するステップと、
モニターを備えた読取装置により、前記グルコース濃度データを受信し、受信したグルコース濃度データに基づき、前記哺乳類の間質液中のグルコース濃度をモニターに表示させるステップと、
を有する、請求項1に記載の哺乳類の分娩予知方法。
【請求項6】
前記哺乳類が、ヒト、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコからなる群から選択された少なくとも1種である、請求項1に記載の哺乳類の分娩予知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織内グルコース濃度を用いた哺乳類の分娩予知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分娩事故による子牛や母体の損耗は、畜産農家に大きな経済的損失を与える。ウシの分娩事故を減らすためには、生産者が分娩に立ち会う機会を増やし、適切な分娩介助を行うことが重要となる。
【0003】
畜産農場では、膣温の変化を指標とした分娩予知器具がウシの分娩事故の低減に成果を挙げている。しかし、膣内貯留型の器具は炎症を引き起こして妊娠牛の発熱の原因となる場合や分娩前の膣温低下(0.3-0.4℃程度)が不明瞭で分娩予知に失敗することもある。また、古くから乳房の張り、外陰部の腫脹、尾根部の落ち込み、食欲の減退、落ち着きの無さなどの変化を分娩予知の指標としてきた。しかし、分娩牛の生理的変化には個体差があり、熟練の生産者でも外部兆候からの正確な分娩予知が難しい場合がある。
【0004】
そこで、特定の指標を持ってウシの分娩を予測する技術が提案されている。例えば、特開2003-70815号公報には、血液成分の一つである血糖を指標として、ウシの血糖値の顕著な上昇が判別された場合、採血時より12時間程度でまたは12時間以内に分娩が起こると予測する分娩予測方法が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-70815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の経験に基づく分娩予知方法では、数日から長ければ1週間以上も分娩に備えなければならず、生産者の負担が大きいばかりか、結果として分娩に立ち会えないことも多々あった。
【0007】
血液成分の一つである血糖を指標としたウシの分娩予測方法は、血糖値による分娩予知のためには血液を複数回採取して血糖値の上昇率を算出する必要があり、測定者の負担が大きく、また、ウシに与えるストレスも大きい。さらに、分娩牛の生理的変化には個体差があり、熟練の生産者でも外部兆候からの正確な分娩予知が難しい場合がある。これらの問題はウシに限らず、哺乳類一般にも共通する課題である。
【0008】
そこで、本発明は、非侵襲的に得られる間質液グルコース濃度による初期変化の察知という生体パラメーターを利用し、個体差にかかわらず哺乳類の分娩を省力的かつ正確に予知できる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、多細胞生物の組織において細胞を浸す液体、すなわち間質液にもグルコースが存在するため、この間質液中のグルコース濃度を指標にすれば、血管から血液を採取するまでもなく血糖値を指標とした哺乳類の分娩予知が可能であることを見出した。
【0010】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、哺乳類の間質液中のグルコース濃度を測定する第1ステップと、前記間質液中のグルコース濃度が基準値に達した時点から分娩のタイミングを予知する第2ステップと、を有する哺乳類の分娩予知方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、細胞間質液中のグルコースを採取できればよいため、従来のように血液を採取するための注射針よりも極めて哺乳類の負担の少ない極小針やマイクロニードル等を使用することができ、哺乳類の負担を強いることなく非侵襲的に生体パラメーターを利用することができる。また、間質液グルコース測定装置は哺乳類の体表面にウエアラブル器具として常時装着することができ、グルコース濃度データ送信機能により測定者がその都度採血しなくても哺乳類の細胞間質液中のグルコース濃度をモニタリングすることができるため、従来の血糖値に基づく分娩予知方法よりもより正確に哺乳類の分娩予知を行うことができる。測定者の採血作業及びグルコース濃度測定作業の負担も解消する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明のシステムの概要を説明するための図である。
図2】間質液グルコース測定装置が間質液グルコースを測定する様子を説明するための概念図である。
図3】ウシの尾裏側に間質液グルコース測定装置を装着した様子を示す写真である。
図4】分娩前後のウシの間質液グルコース濃度を経時的に測定した結果を示す図である。
図5】分娩前後のウシの血糖値と間質液グルコース濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態に係る分娩予知方法を、図面を参照しつつ説明する。図1は本発明の哺乳類の分娩予知方法で使用されるシステム1の概要を説明するための図であり、図2は間質液グルコース測定装置が間質液グルコースを測定する様子を説明するための概念図である(そのため、実際の各部の縮尺率とは異なる)。
【0014】
(第1ステップ)
本実施形態において使用されるシステム1は、間質液グルコース測定装置10、読取装置20、コンピュータシステム30を基本構成とし、さらにクラウドクラウドコンピューティング40も含め、相互に無線通信を行うことができる機能を有する。
【0015】
間質液グルコース測定装置10は、モニタリング回路および電源を含むハウジング11、接着パッチ12、グルコースセンサ13を備え、グルコースセンサ13は、接着パッチ12を通ってモニタリング回路と電気的に接続されている。また、グルコースセンサ13は、哺乳類(例としてウシを示す)100の表皮102の真皮層または皮下層などの組織内に挿入できるように、先端部が針状に形成されている。
【0016】
間質液104は、多細胞生物の組織において細胞を浸す液体であり、細胞外液のうち血液とリンパ管の中を流れるリンパ液を除く体液である。組織液、細胞間液ともいう。グルコース110は血管を通って体中に運ばれ、体の末端で毛細血管106から間質液104、間質液104から個々の細胞108へと運ばれ、利用される。
【0017】
本実施形態では、この間質液104中に存在するグルコース110を、間質液グルコース測定装置10で測定する。間質液グルコース測定装置10がウシ100の組織液からグルコース濃度データを収集した後、当該グルコース濃度データを後述する読取装置20に送信するためにデジタル形式に変換し、図示しないデータ送信手段により無線通信する。無線通信の形式は特に限定されることはなく、本出願の出願時点で存在する通信プロトコルを使用することができる。
【0018】
間質液グルコース測定装置10は、ウシ100の表皮に常駐させることができ、常時、間質液104のグルコース110濃度を測定することができる。そして、経時的に測定したグルコース濃度のデータを一時的に保存するメモリを備えることもできる。
【0019】
間質液グルコース測定装置10の装着場所は哺乳類の種類に応じて任意に決定することができるが、脱落を極力防止する観点から、例えば、ウシにおいては尾裏側、乳房に装着することが好ましい。装着手段は特に限定されないが、粘着テープを使用することが好ましい。
【0020】
本実施形態では、間質液グルコース測定装置10は皮膚上に装着した例を示したが、これに限定されることなく、皮下に埋め込むマイクロチップ形式であってもよい。
【0021】
読取装置20は、間質液グルコース測定装置10から送信された情報を受信し、データを保存するとともに、デジタル表示のためにフォーマットまたはグラフィック処理し、ウシ100の間質液中のグルコース濃度の測定結果をモニターに表示する機能を有する。
【0022】
読取装置20は、本システムの専用の読取り装置としてもよいが、アプリケーションを実行する携帯電話やタブレット端末などでもよい。
【0023】
間質液グルコース測定装置10および読取装置20は、アルゴリズム処理および表示のために、デジタル生データを別のコンピュータシステム30やクラウドクラウドコンピューティング40に送信することができる。
【0024】
また、間質液グルコース測定装置10および読取装置20は市販の持続グルコースモニタリング(CGM:Continuous Glucose Monitoring)システムやフラッシュグルコースモニタリング(FGM:Flash Glucose Monitoring)システムを利用することができ、例えば、Abbott Laboratories社のフリースタイルリブレ(商標)、デクスコム社のDexcom G6 CGMシステム(商標)その他間質液グルコース測定装置10および読取装置20と同等の機能を備えたウエアラブル機器などを挙げることができる。
【0025】
コンピュータシステム30は、パーソナルコンピュータ、サーバ端末、ラップトップコンピュータ、タブレット、または他の適切なデータ処理デバイスを使用することができる。
【0026】
(第2ステップ)
測定者は、読取装置20のモニターに表示されたウシ100のグルコース濃度データに基づきウシ100の分娩のタイミングを予知する。具体的には、ウシ100の間質液104中のグルコース濃度が60mg/dL以上の値を絶対基準値とし、絶対基準値に達した時点から15.2±8.4時間以内に分娩が起こると予知する。
【0027】
通常、妊娠中のウシの間質液中のグルコース濃度は、個体差はあるものの、50mg/dL以下で安定している。ところが、出産が近づくにつれ、間質液中のグルコース濃度が上昇し始め、分娩の前後2.2時間の間にピークを迎えることが発明者らの検討により明らかとなった。そして、この知見に基づき、間質液104中のグルコース濃度が60mg/dL以上の値を絶対基準値として、この絶対基準値に達した時点平均15.2±8.4時間以内にウシ100が分娩を行う確率が高いことを見出した。
【0028】
哺乳類の間質液104中のグルコース濃度の最高値は個体差があるため、絶対基準値に基づく分娩予知において絶対基準値に達する前に分娩する個体も存在する。そのような比較的間質液104中のグルコース濃度の最高値が低い個体に対しても的確に分娩予知方法を適用するため、別の方法を検討したところ、間質液中のグルコース濃度の3時間移動平均を算出し、6時間前の3時間移動平均値に比較して10mg/dL以上上昇した値を相対基準値とし、相対基準値に達した時点から平均24.0±23.9時間以内にウシ100が分娩を行う確率が高いことを見出した。
【0029】
(第3ステップ)
絶対基準値と相対基準値の両方を満たした値に達した時点から分娩までの時間は平均14.4±7.5時間であり、それぞれ単独の基準から分娩までの時間よりも標準偏差が小さかった。そのため、間質液104中のグルコース濃度が絶対基準値と相対基準値の両方を満たした値を総合基準値とし、総合基準値に達した時点から平均14.4±7.5時間以内に分娩が起こると予知すれば、機を逸することなくウシの分娩に立ち会う機会を増やすことができる。
【0030】
実際のイメージは、分娩予定日が近づいたウシ100に間質液グルコース測定装置10を装着し、朝晩一回程度、間質液グルコース値の上昇がないか読取装置20でチェックする。もし間質間液中のグルコース値の上昇を察知した場合に、ほぼ半日から一日以内に分娩が始まると考え、ウシ100の観察回数を増やす。遠出も控え、他の農作業の量も調整し、いつ分娩が始まってもよいように鑑視体制を整える。経験的な方法では、数日から長ければ1週間以上も分娩に備えなければならず、結果として分娩に立ち会えないということも生じたが、本実施形態によれば、そのような待機時間を極力減らすことができるというメリットがある。
【0031】
上述の分娩予知方法は主にウシを例にして説明したが、本発明はこれに限定されることなく、ヒト、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコからなる群から選択された少なくとも1種の哺乳類に対しても適用可能である。
【実施例0032】
A~Iの計9頭の妊娠中の雌牛について、分娩予知を以下の要領で実施した。
【0033】
間質液グルコース測定装置10および読取装置20としてAbbott Laboratories社のフリースタイルリブレ(商標)を使用し、間質液グルコース測定装置10を、ウシの尾裏側に粘着テープで固定した(図3)。そして、15分間隔で間質簡液中のグルコース濃度を記録した。読取装置20は、1日に1~2回間質液グルコース測定装置10にかざし(センサーと数センチの距離まで近づければデータを読み取ることができる)、間質液グルコース測定装置10内に記録されたデータを読み取った。その際、グルコース濃度の上昇が始まっているかを読取装置20上に表示される折れ線グラフから確認した。なお、15分ごとの実測値は、分娩後に読取装置20をパソコンに接続してエクスポートした。
【0034】
分娩予知基準値A(絶対基準値)は、間質液グルコース濃度60、70、80および90mg/dLとした。分娩予知基準値B(相対基準値)は、3時間毎の間質液グルコース濃度移動平均が6時間前の同移動平均に対して10mg/dL以上上昇した値とした。
【0035】
結果を表1、表2と図4に示す。表1は分娩タイミングと間質液グルコース値の関係を検討した結果である。表2は組織内グルコース濃度基準値から分娩までの時間である。図4は分娩前後のウシの間質液グルコース濃度を経時的に測定した結果(3時間移動平均と6時間前値の相対変化量)を示す図である。
【0036】
図4に示すように、グルコース濃度は全供試牛で分娩前に上昇した。供試牛9頭で絶対基準値および相対基準値を用いた分娩予知が可能であった。絶対基準値から分娩までの時間は60mg/dLが15.2±8.4時間(9頭)、70mg/dLが10.6±6.6時間(8頭)、80mg/dLが7.0±6.5時間(8頭)、90mg/dLが3.3±2.7時間(7頭)であった。間質液グルコース濃度の最高値は個体差があった。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
図5は分娩前後のウシの血糖値と間質液グルコース濃度との関係を示す図である。分娩前から分娩時の間の任意のタイミングで尾静脈より血液を採取し、血糖値を測定した。血糖値は、ヒト用の血糖自己測定器を用いて測定した。血糖値と同時点の間質液グルコース濃度の相関はr=0.964となり、有意な高い相関関係が認められた。このことから、分娩前の血糖値の上昇を間質グルコース濃度の変化から検出できることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5