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特開2024-22193データ解析装置、データ解析システム、データ解析方法及びコンピュータプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022193
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】データ解析装置、データ解析システム、データ解析方法及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/0245 20060101AFI20240208BHJP
   A61B 5/256 20210101ALI20240208BHJP
   A61B 5/352 20210101ALI20240208BHJP
【FI】
A61B5/0245 200
A61B5/0245 100B
A61B5/0245 100C
A61B5/0245 100D
A61B5/256
A61B5/352 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125597
(22)【出願日】2022-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】522234297
【氏名又は名称】株式会社ハートビートサイエンスラボ
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】早野 順一郎
【テーマコード(参考)】
4C017
4C127
【Fターム(参考)】
4C017AA02
4C017AA10
4C017AA14
4C017AC03
4C017AC16
4C017AC28
4C017BC12
4C017BC16
4C017BC21
4C017BD04
4C017CC02
4C017EE01
4C017FF05
4C017FF17
4C127AA02
4C127BB03
4C127GG05
4C127GG11
4C127LL13
(57)【要約】
【課題】健康リスクをより高い精度で予測することができる技術を提供する。
【解決手段】
データ解析システム10は、解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ取得部22と、データ取得部で取得された時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得部24と、を備える。第1周波数帯は、超低周波数帯のうち睡眠時無呼吸による心拍変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得された前記時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、前記超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得部と、を備え、
前記第1周波数帯は、前記超低周波数帯のうち、睡眠時無呼吸による心拍変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている解析装置。
【請求項2】
前記周波数成分取得部で取得された前記第1周波数成分に基づいて、前記解析対象者の健康リスクを評価する健康リスク評価部をさらに備える、請求項1に記載のデータ解析装置。
【請求項3】
前記健康リスク評価部は、前記第1周波数成分のパワー又は振幅に基づいて、健康リスクを評価する、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項4】
前記超低周波数帯は、0.003~0.04Hzであり、
前記第1周波数帯は、0.003~0.0083Hzである、請求項1~3のいずれか一項に記載のデータ解析装置。
【請求項5】
解析対象者の心拍又は脈拍を検出するセンサと、
請求項1~4のいずれか一項に記載のデータ解析装置と、を備え、
前記データ解析装置の前記データ取得部は、前記センサで検出された心拍又は脈波に基づいて、前記時系列データを取得する、データ解析システム。
【請求項6】
解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ工程と、
前記データ取得工程で取得された前記時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、前記超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得工程と、
を備え、
前記第1周波数帯は、前記超低周波数帯のうち、睡眠時無呼吸による心拍変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている、データ解析方法。
【請求項7】
解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ取得処理と、
前記データ取得処理で取得された前記時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、前記超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得処理と、をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムであって、
前記第1周波数帯は、前記超低周波数帯のうち、睡眠時無呼吸による心拍変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている、コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書で開示する技術は、脈拍変動データや、心拍変動データ等を解析する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に、心拍又は脈拍の変動を示すデータを解析することで、健康リスクを評価する技術が開示されている。特許文献1に開示の技術では、心拍又は脈拍の変動を示すデータから心拍数周期性変動(cyclic variation of heart rate, CVHR)を検出し、検出されたCVHRの波形の形状に基づいて、健康リスクを評価している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-168188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されているように、心拍又は脈拍の変動は健康リスクと強い関連を示す。従来から、心拍変動(すなわち、心臓の1拍ごとの拍動の長さの変化)の減少は、高齢者や心血管疾患などの様々な疾患における健康リスク(例えば、死亡、疾患の罹患や発症、重症化、治療抵抗性など)の予測因子として知られている。心拍変動は、その周波数によって複数の成分に分けられる。一般的に心拍変動は、極低周波数成分(ULF:<0.003Hz)、超低周波数成分(VLF:0.003~0.04 Hz)、低周波数成分(LF:0.04~0.15 Hz)、高周波数成分(HF:0.15~0.4 Hz)、超高周波数成分(VHF:>0.4 Hz)に分けられ、これらの周波数成分のパワーや振幅が健康リスクの予測指標として使われている。そして、心拍変動の周波数成分の内、健康リスクの指標としては、超低周波数成分(VLF)の低下が最も高い予測力を有することが知られている。しかしながら、上述した極低周波数帯(ULF)や超低周波数帯(VLF)といった周波数帯は便宜上決められたものであり、明確な生理学的根拠はない。したがって、健康リスクの指標として高い予測力を有する超低周波数帯(VLF)の中でも、健康リスクとの関連は周波数によって異なる可能性があるが、それについてはこれまで検討されてこなかった。本明細書は、健康リスクをより高い精度で予測することができる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本明細書で開示するデータ解析装置は、解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ取得部と、データ取得部で取得された時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得部と、を備える。第1周波数帯は、超低周波数帯のうち、睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている。
【0006】
本願発明者が鋭意検討した結果、超低周波数帯(VLF)には、睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動の影響が大きな周波数帯と、睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動の影響が小さな周波数帯が含まれていることが判明した。そこで、超低周波数帯(VLF)のうち睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動の影響が小さな第1周波数帯の周波数成分のパワーを取得することで、健康リスクをより高い精度で予測することができる。
【0007】
また、本明細書が開示するデータ解析システムは、解析対象者の心拍又は脈拍を検出するセンサと、上記したデータ解析装置と、を備える。データ解析装置のデータ取得部は、センサで検出された心拍又は脈波に基づいて、時系列データを取得してもよい。
【0008】
また、本明細書が開示するデータ解析方法は、解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ工程と、データ取得工程で取得された時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得工程と、を備える。第1周波数帯は、超低周波数帯のうち、睡眠時無呼吸による心拍変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている。
【0009】
また、本明細書が開示するコンピュータプログラムは、解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得するデータ取得処理と、データ取得処理で取得された時系列データから算出される超低周波数帯の超低周波数成分のうち、超低周波数帯内に設定された第1周波数帯の第1周波数成分を少なくとも取得する周波数成分取得処理と、をコンピュータに実行させる。そして、第1周波数帯は、超低周波数帯のうち、睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動の影響が小さくなるような周波数帯として設定されている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例のデータ解析システムの概略構成を示す図。
図2】実施例のデータ解析システムで実施される健康リスク評価処理の手順を示すフローチャート。
図3】急性心筋梗塞後生存群(618例)と死亡群(42例)の心拍変動の平均パワースペクトル、およびパワースペクトル密度と死亡リスクとの関連を示す図。
図4】中等症以上の睡眠時無呼吸を合併する急性心筋梗塞後生存群(179例)と死亡群(17例)の心拍変動スペクトル、およびパワースペクトル密度と死亡リスクとの関連を示す図。
図5】睡眠時無呼吸を有しない急性心筋梗塞後生存群(406例)と死亡群(23例)の心拍変動スペクトル、およびパワースペクトル密度と死亡リスクとの関連を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書に開示するデータ解析装置において、第1周波数帯は、超低周波数帯の中から睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動(CVHR)の影響が小さな周波数帯を適宜設定することができる。例えば、解析対象者が睡眠時無呼吸症候群である場合、当該解析対象者の睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動が生じる周波数帯を測定し、その測定した周波数帯を除いた周波数帯を超低周波数帯の中から設定してもよい。あるいは、睡眠時無呼吸による心拍数周期性変動がおおよそ30秒から2分(0.0083~0.033 Hz)の心拍変動を伴うことが知られていることから、超低周波数帯からこの周波数帯(0.0083~0.033 Hz)を除いた周波数帯の中から設定してもよい。
【0012】
本明細書で開示するデータ解析装置では、周波数成分取得部で取得された第1周波数成分に基づいて、解析対象者の健康リスクを評価する健康リスク評価部をさらに備えていてもよい。このような構成によると、健康リスクを高い精度で評価することができる。
【0013】
本明細書で開示するデータ解析装置では、健康リスク評価部は、第1周波数成分のパワー又は振幅に基づいて、健康リスクを評価してもよい。第1周波数成分のパワー又は振幅は、第1周波数帯における心拍変動の大きさを表している。このため、第1周波数成分のパワー又は振幅に基づいて、健康リスクを好適に評価することができる。
【0014】
本明細書で開示するデータ解析装置では、超低周波数帯は、0.003~0.04Hzであり、第1周波数帯は0.003~0.0083Hzであってもよい。このような構成によると、睡眠時無呼吸の影響を低減し、健康リスクの評価精度を高めることができる。
【実施例0015】
実施例に係るデータ解析システム10について説明する。図1に示すように、データ解析システム10は、解析対象者に取付けられるセンサ12と、センサ12から入力される信号を解析する演算装置20(データ解析装置の一例)と、演算装置20で解析された結果を表示するディスプレイ14とを備える。
【0016】
センサ12は、解析対象者(被測定者)の心拍又は脈拍の変動に関する生体情報を検知するセンサである。センサ12は、解析対象者(被測定者)の生体情報(例えば、心電図波形)を検知し、検知した生体情報を演算装置20に入力する。センサ12としては、例えば、心臓の電気的な活動を測定する心電計、心拍数の変化に対応する動脈および毛細血管の血液量の変化を測定する光電式容積脈波計(PPG)、心拍動に伴う動脈内圧の変化を測定する圧脈波センサ、血圧計(例えば、直接動脈圧を計測するもの、動脈圧トノメトリの利用するもの等)、バリストカルディオグラフィー(Ballistocardiography)やセイスモカルディオグラフィー(Seismocardiography)のためのセンサ(加速度、振動、音、張力、圧、光学センサなど)、心臓の鼓動による身体の動きから心拍変動を測定するレーダーセンサ等を用いることができる。すなわち、センサ12には、解析対象者(被測定者)の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得可能な種々の生体情報を検知するセンサを用いることができる。
【0017】
演算装置20は、CPU,ROM,RAMを備えたコンピュータによって構成され、センサ12及びディスプレイ14に接続されている。演算装置20は、ROMに記憶されたプログラムを実行することで、データ取得部22,周波数分析部24、リスク評価部26として機能する。データ取得部22は、センサ12から入力される信号から心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得する。周波数分析部24は、データ取得部22で取得された時系列データを周波数分析し、リスク評価部26は、周波数分析部24による周波数分析結果から健康リスクを評価する。演算装置20による各処理22、24,26については、後で詳述する。なお、演算装置20で取得された健康リスクは、ディスプレイ14に出力され、ディスプレイ14に表示される。
【0018】
ディスプレイ14は、操作者(例えば、解析対象者)に各種の情報を提供する表示装置として機能すると共に、操作者からの指示や情報を受け付ける入力装置として機能する。すなわち、ディスプレイ14には、演算装置20で算出される健康リスク等が表示される。また、ディスプレイ14から演算装置20に操作者の指示を入力することができる。演算装置20は、ディスプレイ14から入力される指示に基づいて、各種の演算を実行する。ディスプレイ14には、例えば、タッチパネルを用いることができる。
【0019】
次に、データ解析システム10によって解析対象者の健康リスクを評価するときの手順を説明する。データ解析システム10によって解析対象者の健康リスクを評価するためには、まず、センサ12を解析対象者(すなわち、被測定者)に装着し、ディスプレイ14から健康リスク評価処理を実行する旨の指示を入力する。これによって、演算装置20は、図2に示す健康リスク評価処理を実行する。図2に示すように、演算装置20は、まず、センサ12から入力される信号を取り込む(S10)。すなわち、解析対象者に装着されたセンサ12は、解析対象者の心拍又は脈拍の変動に関する生体情報(例えば、心電図波形等)を検出し、検出した生体情報を演算装置20に出力する。このため、S10では、演算装置20はセンサ12から入力される生体情報を取り込む。
【0020】
次に、演算装置20は、S10で取り込んだ生体情報(すなわち、解析対象者に装着されたセンサ12から取得された生体情報)から、解析対象者の心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得する(S12)。具体的には、演算装置20は、S10で取り込んだ生体情報(例えば、心電図波形)から、1拍毎の心拍間隔(時間)を取得し、それら心拍間隔(時間)の時系列データを取得する。例えば、1番目と2番目の心拍の心拍間隔がT1となり、2番目と3番目の心拍の心拍間隔がT2となり、3番目と4番目の心拍の心拍間隔がT3と推移する場合、時系列データはT1,T2,T3となる。
【0021】
なお、S12で取得する時系列データとしては、上記した心拍間隔(時間)の時系列データに限られず、1拍毎の瞬時心拍数の時系列データであってもよい。また、例えば、光電式容積脈波計のようなセンサ12によって脈拍の変動に関する生体情報を取得する場合は、S12においては、1拍毎の脈拍間隔(時間)の時系列データや、1拍毎の瞬時脈拍数の時系列データを取得してもよい。
【0022】
ここで、S10で取り込んだ生体情報(例えば、心電図波形)にノイズやデータ欠損が含まれている場合、そのままS14の周波数解析を行うと、周波数解析の精度が損なわれることになる。このため、S12においては、S10で取り込んだ生体情報からノイズの部分や欠損部分を除外して時系列データを取得してもよい。あるいは、S10で取り込んだ生体情報からノイズの部分や欠損部分を除外し、一定区間(例えば、60秒以下であって、信頼できる平均心拍数が得られる最小の時間区間)の連続するセグメントの平均心拍数(又は平均脈拍数)を計算し、得られた平均心拍数(又は平均脈拍数)が連続する時系列データ(以下、平均心拍数(又は脈拍数)時系列データという)を算出するようにしてもよい。すなわち、心電図の波形や脈波からノイズ部分を除外する処理を実行した後に、例えば、30秒毎に計算された平均心拍(又は脈拍)数の時系列データ(1~30秒:nbpm,31~60秒:nbpm,61~90秒:nbpm,・・・・)を取得するようにしてもよい。これらの処理によって、次に実行するS14の周波数分析の精度を高めることができる。なお、生体情報からノイズの部分を除外する処理については、公知の種々の方法(例えば、(Albrecht and Cohen, 1988))を使用することができる。また、平均心拍数(又は脈拍数)時系列データに替えて、平均心拍間隔(又は脈拍間隔)時系列データを算出するようにしてもよい。
【0023】
なお、平均心拍数(又は脈拍数)時系列データ若しくは平均心拍間隔(又は脈拍間隔)時系列データを算出する場合、周波数解析の精度は向上するが、時系列データの時間分解能は低下する。例えば、1秒ごとのデータの時系列(時間分解能1秒)を、30秒のセグメントで平均化すると、時間分解能は30秒に低下する。しかしながら、後述するように本実施例で健康リスク評価に必要となる特定周波数領域は、例えば、0.003~0.0083 Hzであり、必要とされる時間分解能は低い(最低60秒 = 1/(0.0083×2))。このため、S10で取り込んだ生体情報にノイズや欠損が多く含まれていても、これらのデータを使用して健康リスクを評価することが可能となる。
【0024】
次に、演算装置20は、S12で取得した心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを周波数分析し(S14)、特定の周波数帯のパワーを算出する(S16)。すなわち、演算装置20は、S12で取得した時系列データを、予め設定された周波数帯(例えば、極低周波数帯(<0.003Hz)、超低周波数帯(0.003~0.04 Hz)、低周波数帯(0.04~0.15 Hz)、高周波数帯(0.15~0.4 Hz)を含む周波数帯(0.0~0.5 Hz)にフーリエ変換し、予め設定された周波数帯についてパワースペクトルを算出する。次いで、フーリエ変換で得られたパワースペクトルを、特定周波数帯(すなわち、「第1周波数帯」の一例であって、超低周波数帯内の一部の周波数帯(例えば、0.003~0.0083 Hz))について積分することで、特定周波数帯のパワーを算出する。後で詳述するように、超低周波数帯は、健康リスクの指標として高い予測力を有するが、超低周波数帯には、睡眠時無呼吸の影響が大きな周波数帯と、睡眠時無呼吸の影響が小さな周波数帯が含まれている。このため、S16では、超低周波数帯のうち睡眠時無呼吸の影響が小さな特定周波数帯(例えば、0.003~0.0083 Hz)についてパワーを取得する。これによって、本実施例では、健康リスクをより高い精度で予測することを可能としている。上記したフーリエ変換には、例えば、離散フーリエ変換(DFT)を用いることができる。
【0025】
なお、S14の周波数分析には、フーリエ変換だけでなく、種々の周波数分析手法(例えば、最大エントロピー法、自己回帰分析、complex demodulation等)を用いてもよい。また、S16では、健康リスクを評価する指標として、特定周波数帯についてパワーを算出したが、このような例に限られず、特定周波数帯のパワースペクトルの振幅を算出するようにしてもよい。パワースペクトルの振幅を算出する方法には、種々の方法を用いることができる。例えば、心拍又は脈拍の変動を示す時系列データをセグメンタルFFT(高速フーリエ変換)で処理し、得られた特定周波数帯のパワーの時系列データから振幅を取得する。あるいは、Complex demodulation法により周波数分析を行い、特定周波数帯(例えば、0.003~0.0083 Hz)の振幅の経時的変化を復調してもよい。あるいは、S12で取得した心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを特定周波数帯(例えば、0.003~0.0083 Hz)のバンドパスフィルタに通した後、エンベロープの幅や区間毎の分散などから振幅を計算してもよい。
【0026】
次に、演算装置20は、S16で算出した特定周波数帯のパワーから解析対象者の健康リスクを評価する(S18)。すなわち、S16で算出した特定周波数帯のパワーが所定の閾値以上となると解析対象者の健康リスクは低いと評価し、S16で算出した特定周波数帯のパワーが所定の閾値未満となると解析対象者の健康リスクは高いと評価する。
【0027】
S18で健康リスクが評価されると、次に、演算装置20は、S18で得られた健康リスクをディスプレイ14に表示する(S20)。これによって、データ解析システム10の操作者は、解析対象者の健康リスクを把握することができる。なお、ディスプレイ14に表示されるデータとしては、特定周波数帯のパワーだけでなく、特定周波数帯の振幅を表示してもよいし、パワーや振幅といった指標の測定条件による差や、経時的変化などを数値又はグラフ等で表示してもよい。
【0028】
ここで、超低周波数帯内の一部の特定周波数帯の変動成分が健康リスクを精度よく評価可能であることを説明する。本発明者は、急性心筋梗塞の患者660例を平均25か月間追跡し、その間に42例が死亡したコホートデータについて、追跡開始時の24時間心電図の心拍変動のパワースペクトルを、生存例と死亡例とで比較した。その結果、周波数成分の中で超低周波数帯(以下、VLF帯という)のパワーの低下は、死亡リスクと最も強い関連を示したが、VLF帯の中でも周波数帯によってリスクとの関連の強さや関連の方向が異なっていることを見出した。そこで、VLF帯を以下の3つのサブコンポーネント、すなわち、0.003~0.0083 Hz(変動周期2分~5分)のVLF subcomponent 1 (以下、VLF1という)と、0.0083-0.03 Hz(変動周期30秒~2分)のVLF subcomponent 2 (以下、VLF2という)と、0.03-0.04 Hz(変動周期25秒~30秒)のVLF subcomponent 3 (以下、VLF3という)に分割し、死亡リスクを評価した。その結果、死亡リスクとの関連が最も強いのは、VLF1の低下であり、VLF2の予測力は最も弱く、VLF3の低下は中等度であった(表1、図3)。
【0029】
【表1】
【0030】
表1において、「Mean ± SD 」はパワーの平均値±標準偏差を、「Wald」はワルド検定値を示している。また、「HR」はハザード比(hazard ratio)であって、指標の1SD低下あたりの倍率を示している。また、「c-Statistic」はc統計量を示しており、receiver-operating characteristic (ROC) curve 分析のarea under the curve (AUC)に相当する。表1から明らかなように、死亡リスクとの関連が最も強いのは、VLF1の低下であり、VLF全体の低下よりも関連が強かった。また、VLF2の低下の予測力は最も弱く、VLF3の低下の予測力は中等度であり、これらの予測力はVLF全体の低下の予測力よりも低くなった。
【0031】
また、図3は、急性心筋梗塞後生存群(618例)と死亡群(42例)の心拍変動スペクトルとその特徴を示す図である。図3Aは生存群と死亡群の平均パワースペクトル密度(PSD)を示し、図3Bは生存群に対する死亡群の平均パワースペクトル密度の比を示し、図3Cは各周波数のPSD値の生存群と死亡群の識別力(logistic modelによるc統計量)を示し、図3Dは各周波数のPSD値の生存群と死亡群の識別力(Wald χ2値)を示している。各図中の点線は、従来の周波数区分(極低周波数帯(<0.003Hz)、超低周波数帯(0.003~0.04 Hz)、低周波数帯(0.04~0.15 Hz)、高周波数帯(0.15~0.4 Hz))を示し、図3Cと3Dの影を付けた部分は、超低周波数成分のサブコンポーネント(VLF1,VLF2,VLF3)の区分を示す。図3からも明らかなように、死亡リスクとの関連が最も強いのは、VLF1のパワーの低下であった。
【0032】
なお、VLF1のパワー低下がVLF全体のパワー低下よりもより強く死亡リスクと関連する理由としては、睡眠時無呼吸によるVLFパワーの修飾が考えられる。睡眠時無呼吸の発作は、心拍数周期性変動(CVHR)と呼ばれる周期が30秒から2分(0.0083~0.033 Hz)の心拍変動を伴うことが知られている。そのために、睡眠時無呼吸のある人では、睡眠中の記録を含む心拍変動のVLF2にCVHRのピークが現れ、その分だけVLFのパワーが増加する。睡眠時無呼吸は心血管疾患に高率に合併し、特に重症例に多く見られる。その結果、睡眠時無呼吸に依らない本来のVLFの低下と死亡リスクとの間の関連が、睡眠時無呼吸によるVLFパワーの増加によって、希釈される事になる。VLF1は、CVHRの周波数の外側にあるため、睡眠時無呼吸の影響を受け難く、死亡のリスクとより強い関連を示すものと考えられる。
【0033】
睡眠時無呼吸が、実際にVLFの各サブコンポーネントVLF1,VLF2,VLF3に異なった影響を与えるかどうかを確かめるために、上記の急性心筋梗塞のコホートデータの内、中等症以上の睡眠時無呼吸を有する196例(生存179例、死亡17例)と、睡眠時無呼吸を有しない429例(生存406例、死亡23例)で、生存群と死亡群の心拍変動のパワースペクトル比較した(図4,5)。
【0034】
図4は、中等症以上の睡眠時無呼吸を合併する急性心筋梗塞後生存群(179例)と死亡群(17例)の心拍変動スペクトルを示している。図4Aは生存群と死亡群の平均PSDを示し、図4Bは生存群に対する死亡群の平均PSDの比を示し、図4Cは各周波数のPSD値の生存群と死亡群の識別力(c統計量)を示し、図4Dは各周波数のPSD値の生存群と死亡群の識別力(Wald χ2値)を示している。また、図5は、睡眠時無呼吸を有しない急性心筋梗塞後生存群(406例)と死亡群(23例)の心拍変動スペクトルを示している。図5Aは生存群と死亡群の平均PSDを示し、図5Bは生存群に対する死亡群の平均PSDの比を示し、図5Cは各周波数のPSD値の生存群と死亡群の識別力(c統計量)を示し、図5Dは各周波数のPSD値の生存群と死亡群の識別力(Wald χ2値)を示している。図4、5ともに、各図中の点線は、従来の周波数区分(極低周波数帯(<0.0003Hz)、超低周波数帯(0.0033~0.04 Hz)、低周波数帯(0.04~0.15 Hz)、高周波数帯(0.15~0.4 Hz))を示し、影を付けた部分は、超低周波数成分のサブコンポーネント(VLF1,VLF2,VLF3)の区分を示す。
【0035】
図4から明らかなように、睡眠時無呼吸合併例では、VLF1とVLF3は生存群より死亡群でPSDが低下し、VLF2は逆に生存群より死亡群でPSDが増加していた。睡眠時無呼吸を有しない例では、VLF1とVLF3だけでなくVLF2でも生存群に較べて死亡群でPSDが低下していた。さらに、図5に示すように、睡眠時無呼吸を有しない場合でも、VLFのサブコンポーネント(VLF1~VLF3)の中で、VLF1のパワーが最も強い死亡リスクの予測力を示した。この事から、VLF1のパワーを用いる事によって、睡眠時無呼吸の影響を受けることなく、健康リスクをより高い精度で予測することが可能となることが分かった。
【0036】
上述の説明から明らかように、本実施例のデータ解析システム10によると、超低周波数帯のうち睡眠時無呼吸の影響が小さな特定周波数帯(例えば、0.003~0.0083 Hz)についてパワーを取得し、取得したパワーにより健康リスクを評価する。このため、健康リスクをより高い精度で予測することができる。
【0037】
また、本実施例では、特定周波数帯(0.003~0.0083 Hz)について取得したパワーを用いて健康リスクを評価する。その結果、Photoplethysmography (PPG、光電容積脈波)センサ等を内蔵したウェアラブルセンサを利用して、心拍又は脈拍の変動を示す時系列データを取得することを可能とする。すなわち、PPGセンサ等を内蔵したウェアラブルセンサは急速に普及しており、日常生活下の脈拍データの収集を容易化し、健康増進、疾病予防、疾病のスクリーニングなどへの応用が期待されている。しかしながら、PPGセンサなどにより取得する脈波は、心電図に較べて体動などによるノイズの影響を強く受け、1拍毎の脈拍間隔の連続したデータを取得することが困難である。そのため活動中のデータでは、心拍変動の低周波数成分(LF:0.04~0.15 Hz)や高周波数成分(HF:0.15~0.4 Hz)などの高い周波数成分の分析の精度は実用レベルにはない。さらに、脈拍間隔変動から得られる低周波数成分(LF)や高周波数成分(HF)は、心電図のR-R間隔から得られる心拍変動の低周波数成分(LF)や高周波数成分(HF)とは生理学的に異なるものであり、心拍変動の低周波数成分(LF)や高周波数成分(HF)による自律神経機能評価法をそのまま当てはめることはできない。
【0038】
一方、 PPGセンサから得られる信号から、ノイズの部分を除外して一定区間毎に計算された平均脈拍数は、心電図から得られる平均心拍数と比較的よく一致する。この場合、実用的な精度の脈拍数を得るのに必要な最小平均区間は10秒程度であるが、この区間が長いほどより精度の高い(すなわち、心電図の心拍数と一致する)脈泊数データが得られる。10秒ごとの脈拍数時系列データが得られれば、VLF帯をカバーするNyquist周波数0.05Hzまでのスペクトルを計算することができ、30秒ごとの脈拍数であれば、VLF1をカバーする0.0167Hzまで計算できる。つまり、ノイズを含む脈波信号からも、VLFまでは分析できる可能性があり、周期が2~5分のVLF1であれば30秒ごとの脈拍数時系列データであっても高精度の測定ができる可能性がある。したがって、本実施例のVLF1の周波数成分による健康リスクの予測は、日常生活下のウェアラブルセンサによりデータを取得することができ、ウェアラブルセンサの医療、保健、健康科学、健康産業への活用の可能性をより高めることができる。
【0039】
なお、本明細書に開示の技術に係るデータ解析システムでは、センサ12と演算装置20とディスプレイ14とを一体とした装置として構成することができるし、あるいは、センサ12を備えたウェアラブル装置と、該ウェアラブル装置と通信可能に接続される、演算装置20及びディスプレイ14として機能する装置(例えば、PC,スマートフォン等)とにより構成することができる。さらには、センサ12とディスプレイ14を備えたウェアラブル装置と、該ウェアラブル装置と通信可能に接続される演算装置20(例えば、サーバ等)により構成することもできる。
【0040】
また、上記の実施例においては、VLF1のパワーにより健康リスクを評価したが、本明細書に開示の技術はこのような例に限られない。例えば、VLF1とVLF3のパワーにより健康リスクを評価してもよい。このような構成であっても、睡眠時無呼吸による影響の大きいVLF2の周波数帯を除いて健康リスクを評価するため、精度よく健康リスクを評価することができる。また、VLF1とVLF2のパワーを用いることで、健康リスク及び睡眠時無呼吸の有無を評価してもよい。例えば、まず、VLF1のパワーで健康リスクを評価する。そして、VLF1のパワーで健康リスクが高いと評価される場合に、さらにVLF2のパワーで健康リスクを評価して健康リスクが低いと評価されるときは、睡眠時無呼吸を有する可能性があると評価することができる。あるいは、VLF1とVLF全体のパワーを用いることで、上記と同様に健康リスク及び睡眠時無呼吸の有無を評価することができる。
【0041】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0042】
10:データ解析システム
12:センサ
14:ディスプレイ14
20:演算装置
図1
図2
図3
図4
図5