(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022199
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】質量分析システム
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20240208BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20240208BHJP
H01J 49/26 20060101ALI20240208BHJP
H01J 49/16 20060101ALI20240208BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240208BHJP
【FI】
H01J49/00 360
H01J49/40
H01J49/00 310
H01J49/26
H01J49/16 400
G01N27/62 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125606
(22)【出願日】2022-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寺本 華奈江
【テーマコード(参考)】
2G041
5C038
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041DA16
2G041GA06
5C038HH21
5C038HH28
(57)【要約】
【課題】幅広いm/z範囲にピークを生じる試料を飛行時間型質量分析装置で分析する際に、適切な遅延引き出しパラメータを容易に決定できるようにする。
【解決手段】遅延引き出し法によるイオンの引き出しを行う飛行時間型質量分析装置10と、制御コンピュータとを含む質量分析システムであって、制御コンピュータが、モデル試料に対し、遅延引き出し法における遅延時間を変えて行われた複数回の質量分析の結果を記憶するモデル試料分析データ記憶部61と、被検試料について注目するm/z範囲の入力を受け付ける入力受付部36と、前記複数回の質量分析の結果の各々について、前記注目するm/z範囲における質量分解能の平均値を算出する平均値算出部33と、平均値が最も高くなった質量分析結果に対応する遅延時間を被検試料の分析に最適な値として決定するパラメータ決定部34と、を備える質量分析システム。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析装置と、該質量分析装置と通信可能な制御コンピュータとを含む質量分析システムであって、
前記質量分析装置が、試料から発生したイオンを遅延引き出し法によって加速した上で飛行空間に導入し、該飛行空間内でm/zに応じてイオンを分離して検出するものであって、
前記制御コンピュータが、
モデル試料に対し、前記遅延引き出し法に関連するパラメータである遅延引き出しパラメータの値を変えつつ行われた複数回の質量分析の結果と、該複数回の質量分析の各々に適用された前記遅延引き出しパラメータの値とを対応付けて記憶するモデル試料分析データ記憶部と、
前記質量分析装置を用いて分析しようとする被検試料について、該被検試料の種類又は注目するm/z範囲の入力を受け付ける入力受付部と、
前記モデル試料分析データ記憶部に記憶されている前記複数回の質量分析の結果の各々について、前記注目するm/z範囲、又は前記被検試料の種類に応じて予め定められたm/z範囲における質量分解能、イオン強度、又はSN比のいずれかの平均値を算出する平均値算出部と、
前記複数回の質量分析の結果のうち、前記平均値が最も高くなったものに対応付けて前記モデル試料分析データ記憶部に記憶されている前記遅延引き出しパラメータの値を、前記質量分析装置を用いた前記被検試料の分析に最適な値として決定するパラメータ決定部と、
を備える質量分析システム。
【請求項2】
前記モデル試料分析データ記憶部が、前記複数回の質量分析の結果を、複数種類のモデル試料の各々について記憶し、
前記平均値算出部が、前記複数種類のモデル試料のうち、前記入力受付部で入力された前記被検試料の種類に対応したモデル試料に関する前記複数回の質量分析の結果について前記平均値を算出する、
請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項3】
前記制御コンピュータが、更に、
表示装置と、
前記モデル試料に対する前記複数回の質量分析の結果に基づいて、縦軸又は横軸の一方をm/zとし、他方を前記遅延引き出しパラメータとする二次元領域上における質量分解能、イオン強度、又はSN比の分布を表す画像を生成する画像生成部と、
前記画像を、前記パラメータ決定部によって決定された前記最適な値と共に前記表示装置に表示させる表示制御部と、
前記最適な値の変更を受け付けるパラメータ変更受付部と、
を備える請求項1又は2に記載の質量分析システム。
【請求項4】
前記制御コンピュータが、更に、
表示装置と、
前記表示装置を制御する表示制御部と、
前記複数種類のモデル試料の各々についてその調製方法を記憶する調製方法記憶部と、
を備え、
前記表示制御部が、前記複数種類のモデル試料のうち、前記入力受付部で入力された前記被検試料の種類に対応するモデル試料について、前記調製方法記憶部に記憶されている調製方法を前記表示装置に表示させる、
請求項2に記載の質量分析システム。
【請求項5】
試料から発生したイオンを遅延引き出し法によって加速した上で飛行空間に導入し、該飛行空間内でm/zに応じてイオンを分離して検出する飛行時間型質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
モデル試料に対し、前記遅延引き出し法に関連するパラメータである遅延引き出しパラメータの値を変えつつ複数回の質量分析を行い、
前記複数回の質量分析の結果の各々について、前記飛行時間型質量分析装置で分析しようとする被検試料に関して注目するm/z範囲における質量分解能、イオン強度、又はSN比のいずれかの平均値を算出し、
前記複数回の質量分析の結果のうち、前記平均値が最も高かったものが取得されたときに適用されていた前記遅延引き出しパラメータの値を、前記被検試料の質量分析に最適な値として決定し、
前記最適な値を適用して、前記飛行時間型質量分析装置による前記被検試料の質量分析を行う、質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(Time-Of-Flight Mass Spectrometer、以下「TOFMS」と称す)では、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)法などを用いたイオン源で生成した測定対象物質由来のイオンに一定の運動エネルギを付与して加速し、所定長さの飛行空間中を飛行させる。飛行空間に導入された各イオンの飛行速度は質量電荷比(厳密にはm/z)が小さいほど大きいため、同時にイオン源を発した各種イオンはm/zが小さな順に飛行空間を通り抜けて検出器に到達する。即ち、各種イオンはm/zに応じて時間的に分離される。測定対象物質由来の各イオンの飛行時間はm/zと所定の関係にあるから、イオン種毎に飛行時間を計測すれば、この計測値から各イオン種のm/zを算出することができる。
【0003】
TOFMSにおいて高い質量分解能を達成するには、同じm/zを持つイオンができるだけ同時に検出器に到達する、つまり高い時間収束性を有している必要がある。しかしながら、一般に、MALDI法では、イオンが発生する空間は非常に小さいものの、発生したイオンの初期速度の広がり(ばらつき)は比較的大きい。このような、イオンの初期速度のばらつきはTOFMSにおける時間収束性の低下の大きな要因であり、質量分解能の低下に繋がる。そこで、TOFMSにおける時間収束性を改善するために、従来、遅延引き出し法と一般によばれる手法が広く利用されている(例えば非特許文献1を参照)。
【0004】
一般的な遅延引き出し法では、レーザ光の照射によるイオン発生時点から一定の期間、イオン発生部位の近傍に電場を形成せず、イオンを自由に飛行させてその空間分布を広げる。そして、イオン発生時点から所定の遅延時間が経過した後に、サンプルプレートの前方に配置した引き出し電極にパルス電圧を印加し、サンプルプレートから引き出し電極に向かって下り電位勾配の加速電場を形成する。パルス電圧の印加時点、つまりイオン発生時点から一定の遅延時間が経過した時点では、初期速度の小さなイオンほどサンプルプレートに近い位置(すなわち引き出し電極から遠い位置)にあるため、初期速度の小さなイオンほど、高い加速電圧による大きな運動エネルギが付与されることになる。これによって、イオン発生時点での初期速度のばらつきの影響が軽減され、TOFMSにおける時間収束性つまりは質量分解能を向上させることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】田中耕一、ほか2名、「遅延引き出し法の基礎」、日本質量分析学会誌、2009年、Vol. 57、No.1、pp.31-36
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年、上記のようなMALDIによる試料のイオン化を行うイオン源を備えたTOFMS(以下、MALDI-TOFMSとよぶ)を利用した微生物の簡易同定法が開発されている。これは、被検微生物を用いて得られたマススペクトルパターンに基づいて微生物の同定を行う方法であり、短時間で分析結果を得ることができることから、簡便且つ迅速な微生物の同定が可能である。この手法では、まず、被検微生物から抽出した成分を含む溶液又は被検微生物の懸濁液等をMALDI-TOFMSで分析する。そして、得られたマススペクトルを、既知微生物のマススペクトルと照合することによって、被検微生物の微生物種又は微生物株等を特定する。
【0007】
遅延引き出し法では、遅延時間等のパラメータによって決まる特定のm/z値において最も質量分解能が高くなり、該特定のm/zから離れるほど質量分解能が低下する。そのため、注目するm/zに応じて遅延引き出しに関するパラメータ(以下、遅延引き出しパラメータとよぶ)を適切に設定することが重要となる。
【0008】
しかしながら、上記のようなMALDI-TOFMSを用いた微生物分析においては、注目すべきピーク、例えば、微生物同定に有用なリボソームタンパク質等のピークが、幅広いm/z範囲に亘って検出されるため、遅延引き出しパラメータを適切に設定することが難しいという問題がある。
【0009】
このような問題は、微生物由来のタンパク質に限らず、微生物由来の脂質、その他の脂質、又は合成ポリマーなどの、幅広いm/z範囲にピークを生じる試料の分析において共通に存在するものである。
【0010】
本発明は上記の点に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、幅広いm/z範囲にピークを生じる試料を、飛行時間型質量分析装置を用いて分析する際に、適切な遅延引き出しパラメータを容易に決定できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析システムは、質量分析装置と、該質量分析装置と通信可能な制御コンピュータとを含む質量分析システムであって、
前記質量分析装置が、試料から発生したイオンを遅延引き出し法によって加速した上で飛行空間に導入し、該飛行空間内でm/zに応じてイオンを分離して検出するものであって、
前記制御コンピュータが、
モデル試料に対し、前記遅延引き出し法に関連するパラメータである遅延引き出しパラメータの値を変えつつ行われた複数回の質量分析の結果と、該複数回の質量分析の各々に適用された前記遅延引き出しパラメータの値とを対応付けて記憶するモデル試料分析データ記憶部と、
前記質量分析装置を用いて分析しようとする被検試料について、該被検試料の種類又は注目するm/z範囲の入力を受け付ける入力受付部と、
前記モデル試料分析データ記憶部に記憶されている前記複数回の質量分析の結果の各々について、前記注目するm/z範囲、又は前記被検試料の種類に応じて予め定められたm/z範囲における質量分解能、イオン強度、又はS/N比のいずれかの平均値を算出する平均値算出部と、
前記複数回の質量分析の結果のうち、前記平均値が最も高くなったものに対応付けて前記モデル試料分析データ記憶部に記憶されている前記遅延引き出しパラメータの値を、前記質量分析装置を用いた前記被検試料の分析に最適な値として決定するパラメータ決定部と、
を備えるものである。
【発明の効果】
【0012】
上記本発明に係る質量分析システムによれば、幅広いm/z範囲にピークを生じる試料を、飛行時間型質量分析装置を用いて分析する際に、適切な遅延引き出しパラメータを容易に決定できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る質量分析システムの要部の構成図。
【
図2】遅延引き出し法によるイオン引き出し動作を説明するための第1の模式図。
【
図3】遅延引き出し法によるイオン引き出し動作を説明するための第2の模式図。
【
図4】前記実施形態における最適遅延時間の決定手順を示すフローチャート。
【
図5】ヒートマップ及び最適遅延時間をユーザに提示するための表示画面の一例を示す図。
【
図6】最適遅延時間の決定手順の別の例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明を行う。
図1は本発明の一実施形態に係る質量分析システムの要部の構成図である。本実施形態に係る質量分析システムは、飛行時間型質量分析装置(以下、TOFMS10とよぶ)と、制御/処理部30とを備えている。
【0015】
TOFMS10は、MALDI法による試料のイオン化を行うイオン源を備えており、試料16を保持するサンプルプレート15に略直交するイオン光軸Cに沿って、引き出し電極21、ベース電極22、フライトチューブ24内に形成された飛行空間25、及び検出器26が配置されている。サンプルプレート15上には測定対象物(例えば微生物細胞)とマトリックスとを混合して成る試料16が保持される。レーザ光源11から出射したレーザ光は、集光レンズ12及び反射鏡13を経て試料16の表面に照射される。
【0016】
引き出し電圧印加部23は、サンプルプレート15、引き出し電極21、及びベース電極22にそれぞれ所定の直流電圧を印加する。サンプルプレート15は金属又は導電ガラス等の導電性材料から成るものであって、ステージ14上に保持されており、ステージ14を介してサンプルプレート15に電圧が印加されるようになっている。
【0017】
検出器26は例えば光電子増倍管であり、飛行空間25を通過する過程でm/zに応じて時間的に分離されて順次到達するイオンを検出し、イオン量に応じた検出信号を出力する。この検出信号はアナログ-デジタル変換器(ADC)27によりデジタルデータに変換されて、制御/処理部30に設けられたデータ処理部31に入力される。
【0018】
データ処理部31は検出信号に基づいて飛行時間とイオン強度との関係を示す飛行時間スペクトルを作成し、予め求めた校正情報に基づいて飛行時間をm/zに換算することによりマススペクトルを作成する。
【0019】
制御/処理部30は、パーソナルコンピュータ等のコンピュータで構成されており、該コンピュータには、キーボード及びマウス等を備えた入力部40と液晶ディスプレイ等から成る表示部50(本発明における表示装置に相当)が接続されている。制御/処理部30は、機能ブロックとして、上述のデータ処理部31に加えて、分析制御部32、平均値算出部33、パラメータ決定部34、画像生成部35、及び表示制御部36を備えている。これらの機能ブロックは、いずれも基本的には制御/処理部30を構成するコンピュータに予めインストールされた専用のプログラムを該コンピュータのCPUで実行することによってソフトウエア的に実現される機能手段である。前記専用のプログラムは、必ずしも単体のプログラムである必要はなく、例えばTOFMS10を制御するためのプログラムの一部に組み込まれた機能であってもよく、その形態は特に問わない。
【0020】
制御/処理部30は、HDD(Hard Disk Drive)又はSSD(Solid State Drive) 等の大容量記憶装置から成る記憶部60にアクセス可能に構成されている。記憶部60にはモデル試料分析データ記憶部61が設けられている。記憶部60は、制御/処理部30を構成する前記コンピュータに内蔵された又は前記コンピュータに直接接続された記憶装置によるものとするほか、例えば、前記コンピュータからインターネット等を介してアクセス可能である別のコンピュータシステム上に存在する、つまりはクラウドコンピューティングにおける記憶装置によるものなどとすることができる。
【0021】
本実施形態におけるTOFMS10では、試料16のイオン化に際して遅延引き出し法によるイオンの引き出しが実行される。以下、遅延引き出し法におけるTOFMS10の基本的な動作について説明する。
【0022】
まず、試料16にイオン化のためのレーザ光が照射される前の所定の時点において、引き出し電圧印加部23が、分析制御部32の制御の下に、ステージ14と引き出し電極21に同一の電圧V
Eを印加し、ベース電極22には電圧V
Eよりも絶対値が十分に小さいベース電圧V
Bを印加する。一般的にはベース電極22は接地されるので、ここではV
B=0とする。これにより、イオン光軸C上の電位分布は
図2に示すようになる。即ち、サンプルプレート15と引き出し電極21との間の引き出し領域には電位勾配がなく、引き出し電極21とベース電極22との間の加速領域には、引き出し電極21からベース電極22に向かって下傾する電位勾配を有する電場が形成される。なお、
図2では正イオンの引き出しを行う場合の電位分布を示しており、負イオンの引き出しを行う場合には電位の正負が同図とは逆になる。
【0023】
その後、分析制御部32がレーザ光源11を制御して、パルス状のレーザ光を出射させて試料16に短時間照射する。このとき、サンプルプレート15と引き出し電極21との間の引き出し領域には上記の通り電位勾配がないため、レーザ光照射によって試料16から発生したイオンは加速されない。したがって、イオン発生時に大きな初期エネルギを持つイオンほど試料16から遠ざかる(
図2の右方に移動する)こととなる。その結果、イオン発生から或る一定の時間が経過した時点では、イオンのm/zとは無関係に、初期エネルギが大きなイオンほど引き出し電極21に近い位置に存在する。
【0024】
レーザ光の照射から所定の遅延時間(通常数十~数百nsec程度)が経過すると、分析制御部32は、引き出し電圧印加部23からサンプルプレート15への印加電圧の絶対値を、V
EからV
Sに増大させる。これにより、
図3に示すように、引き出し領域には、サンプルプレート15から引き出し電極21に向かって下向き傾斜の電位勾配を有する電場が形成される。この電場によって、その直前に引き出し領域に存在していた各種イオンは一斉に加速される。このとき、サンプルプレート15に近い位置にあるイオンほど、つまり初期エネルギが小さなイオンほど、高い(すなわち絶対値が大きい)電位による加速を受けるため、イオンに与えられる運動エネルギは大きい。したがって、同種のイオン(すなわち同じm/zを有するイオン)であっても、イオン発生時の初期エネルギが小さなものほど大きな速度で飛行空間25に送り込まれることとなり、遅れて飛行空間25に導入されたイオンは飛行途中で、先行している初期エネルギが相対的に大きな同種のイオンに徐々に追いつき、最終的にほぼ同時に検出器26に到達する。このようにして同種のイオンにおける初期エネルギのばらつきの影響が排除され、高い時間収束性を達成することができる。
【0025】
ただし、こうした遅延引き出し法では、遅延引き出しに関するパラメータ(例えば、上記の遅延時間等)によって決まる特定のm/z値において最も質量分解能が高くなり、該特定のm/zから離れるほど質量分解能が低下する。そのため、上記のような遅延引き出し法においては、注目するm/zに応じて遅延引き出しに関するパラメータ(以下、遅延引き出しパラメータとよぶ)を適切に設定することが重要となる。
【0026】
以下、本実施形態に係る質量分析システムの特徴的動作である遅延引き出しパラメータの設定手順について
図4のフローチャートを参照しつつ説明する。以下では遅延引き出しパラメータとして遅延時間を設定する場合を例に挙げて説明を行うが、遅延時間に加えて又は代えて他の遅延引き出しパラメータ(例えば、上記の電圧V
E若しくは電圧V
Sの値又はその両方)の設定を行うものとしてもよい。
【0027】
なお、モデル試料分析データ記憶部61には、予め複数種類のモデル試料について、各モデル試料を遅延引き出し法における遅延時間を様々に変えて質量分析することによって取得された複数のマススペクトルのデータが、モデル試料分析データとして記憶されている。前記複数種類のモデル試料は、例えば、微生物タンパク質分析用のモデル試料と微生物脂質分析用モデルの試料などとすることができる。ここで、微生物タンパク質分析用のモデル試料とは、所定の微生物(例えば大腸菌)の細胞又はその抽出物をタンパク質の質量分析に適したマトリックスと混合して成る試料であり、微生物脂質分析用のモデル試料とは、所定の微生物の細胞又はその抽出物を脂質の質量分析に適したマトリックスと混合して成る試料である。前記モデル試料分析データは、本実施形態におけるTOFMS10又はそれと同様の構成を有する質量分析装置を用いて取得されたものであることが望ましい。このようなモデル試料分析データは、TOFMS10のメーカーが用意してモデル試料分析データ記憶部61に格納しておいてもよく、あるいは、ユーザがTOFMS10を用いて実際にモデル試料を質量分析することによって取得し、モデル試料分析データ記憶部61に記憶させてもよい。
【0028】
[ステップ101:被検試料の種類と注目m/z範囲の入力を受け付け]
まず、ユーザ(分析担当者)が入力部40で所定の操作を行うと、表示制御部36の制御の下に表示部50の画面上に所定の設定画面が表示される。前記設定画面は、これから質量分析装置を用いて分析しようとする試料(すなわち被検試料)の種類、及び該被検試料の分析において注目するm/z範囲(以下、注目m/z範囲とよぶ)の入力を受け付け可能に構成されている。すなわち、このステップにおいては、表示制御部36が本発明における入力受付部として機能する。前記被検試料の種類の入力形式としては、例えば、前記設定画面上に「微生物タンパク質」及び「微生物脂質」いった複数の選択肢を表示してユーザにいずれか1つを選ばせるものとすることができる。この場合において、前記被検試料が、所定の微生物の細胞又はその抽出物をタンパク質の質量分析に適したマトリックスと混合して成るものであるときには、ユーザは前記被検試料の種類として「微生物タンパク質」を選択する。一方、前記被検試料が、所定の微生物の細胞又はその抽出物を脂質の質量分析に適したマトリックスと混合して成るものであるときには、ユーザは前記被検試料の種類として「微生物脂質」を選択する。前記注目m/z範囲の入力形式としては、例えば、前記設定画面上で注目m/z範囲の下限値と上限値をユーザに数値で入力させるものなどとすることができる。
【0029】
一般的に、MALDI-TOFMSにより微生物を質量分析する場合、微生物に由来するタンパク質のピークが高頻度で検出されるm/z2000~20000の範囲が分析対象となる。このうちリボソームタンパク質のピークはm/z9000~14000の範囲に出現することが知られている。そこで、被検試料の種類が「微生物タンパク質」である場合には、ユーザは、注目m/z範囲として例えばm/z9000~14000の範囲を入力する。また、MALDI-TOFMSを用いた質量分析において微生物に由来する脂質のピークは概ねm/z500~2000の範囲で検出されることが知られている。そこで、被検試料の種類が「微生物脂質」である場合には、ユーザは、注目m/z範囲として例えばm/z500~2000の範囲を入力する。なお、被検試料の種類が、合成ポリマーである場合には、ユーザは、注目m/z範囲として例えばm/z200~3000の範囲を入力する。
【0030】
[ステップ102:被検試料の種類に対応したモデル試料分析データの読み出し]
ユーザが入力部40を介して被検試料の種類と注目m/z範囲を入力すると、続いて、平均値算出部33が、前記被検試料の種類に応じたモデル試料分析データを、モデル試料分析データ記憶部61から読み出す。例えば、ステップ101において被検試料の種類として「微生物タンパク質」が入力された場合、本ステップでは、上述の「微生物タンパク質分析用のモデル試料」に関する複数のマススペクトル(すなわち、該モデル試料について、各々異なる遅延時間を適用して行われた複数回の質量分析の結果)が読み出される。
【0031】
[ステップ103:質量分解能の平均値を算出]
更に、平均値算出部33は、前記複数のマススペクトルの各々について、注目m/z範囲に含まれるピークを抽出すると共に、各ピークの質量分解能を求めて、その平均値を算出する。
[ステップ104:最適遅延時間の決定]
次に、パラメータ決定部34が、前記m/z範囲における質量分解能の平均値が最も高くなったマススペクトルに対応付けてモデル試料分析データ記憶部61に記憶されている遅延時間(すなわち、該マススペクトルが取得されたときに適用されていた遅延時間)を前記被検試料の分析に最適な遅延時間(以下、最適遅延時間とよぶ)として決定する。
【0032】
[ステップ105:ヒートマップの作成]
更に、画像生成部35が、ステップ103で算出された各ピークの質量分解能に基づいて、各遅延時間及び各m/zにおける質量分解能の分布で表したヒートマップを作成する。前記ヒートマップは、例えば、前記複数のマススペクトルの各々に含まれるピークのm/zと各マススペクトルが取得されたときの遅延時間との組み合わせによって特定される複数のセルを有し、前記組み合わせの各々における質量分解能の高低を各セルに付した色の濃淡で表した画像とすることができる(
図5を参照)。但し、本実施形態におけるヒートマップは、縦軸又は横軸の一方をm/zとし、他方を遅延時間とする二次元領域内における質量分解能の分布を視覚的に表した画像であれば上記に限定されるものではなく、例えば、質量分解能の高低を各セルに付した色の色相、明度、若しくは彩度の違い、各セルに付した模様の違い、又はそれらの組み合わせで表したものであってもよい。
【0033】
なお、上記のステップ104とステップ105は逆の順で行ってもよい。
【0034】
[ステップ106:最適遅延時間とヒートマップの表示]
続いて、表示制御部36が、ステップ104で決定された最適遅延時間の値とステップ105で作成されたヒートマップの画像とを示す表示画面を、表示部50に表示させる。この表示画面は、前記最適遅延時間及び前記ヒートマップを表示すると共に、ユーザによる最適遅延時間の変更を受け付け可能に構成されている。すなわち、このステップでは表示制御部36が本発明におけるパラメータ変更受付部として機能する。
【0035】
前記表示画面の一例を
図5に示す。ユーザは、該表示画面上のヒートマップ表示欄71に表示されるヒートマップと最適遅延時間表示欄72に表示される最適遅延時間とを確認し、特に問題がないと判断した場合には、入力部40を介してOKボタン73を押下する。これにより、前記最適遅延時間の値が、前記被検試料の質量分析に適用される遅延時間の値として設定される。
【0036】
一方、ユーザが前記ヒートマップと前記遅延時間の値とを確認して遅延時間の変更が必要であると判断した場合には、該ユーザが入力部40を介して変更ボタン74を押下する。これにより、例えば、最適遅延時間表示欄72が編集可能な状態となり、ユーザが同欄における遅延時間の値を適当な値に変更した上でOKボタン73を押下すると、変更された遅延時間の値が、前記被検試料の質量分析に適用される遅延時間として設定される。
【0037】
以上により、被検試料の質量分析に適用する遅延時間の値が、該被検試料の種類及び注目m/z範囲に応じた適切な値に設定された状態となる。その後は、ユーザが該被検試料をTOFMS10のイオン源にセットし、入力部40を介して分析制御部32に質量分析の開始を指示することにより、前記遅延時間を適用した質量分析が実行される。
【0038】
なお、同じ測定対象物(例えば微生物の懸濁液)に同じ遅延時間を適用して質量分析した場合であっても、試料の調製方法(例えば、調製に使用するマトリックスの種類など)によって各m/zにおける質量分解能が異なってくる。そのため、被検試料の調製には、該被検試料に対応するモデル試料と同様の調製方法を適用することが望ましい。そこで、本実施形態に係る質量分析システムは、上述のような最適遅延時間の表示に加えて、被検試料の調製方法を表示するものとしてもよい。具体的には、例えば、モデル試料分析データ記憶部61にモデル試料分析データが記憶されている複数のモデル試料について、各モデル試料の調製に適用されたマトリックスの種類、測定対象物(例えば、微生物細胞の懸濁液又は微生物細胞の抽出液)とマトリックスとの混合比、又は前記測定対象物とマトリックスとの混合手順などの情報を、予め記憶部60に記憶させておく。そして、ステップ101でユーザが被検試料の種類を入力した後の所定の時点において、表示制御部36が、前記被検試料の種類に応じたモデル試料について記憶されている調製方法を記憶部60から読み出して表示部50の画面上に表示させる。ユーザは表示部50に表示された前記調製方法にしたがって被検試料の調製を行う。なお、前記調製方法は、ステップ106において最適遅延時間と同時に表示するようにしてもよく、最適遅延時間とは別のタイミング(例えば、ステップ106の直前若しくは直後、又はステップ101の直後など)で表示するようにしてもよい。
【0039】
上述の例では、モデル試料分析データ記憶部61に予め複数のモデル試料についてのデータを記憶させておき、被検試料の種類に応じたモデル試料分析データを読み出して最適遅延時間を求める場合について説明を行ったが、これに限らず、被検試料の種類に対応した単一のモデル試料についてのモデル試料分析データを取得し、これに基づいて被検試料についての最適遅延時間を決定するものとしてもよい。
【0040】
このような場合における最適遅延時間の決定手順の一例を、
図6のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0041】
[ステップ201:注目m/z範囲の入力を受け付け]
まず、ユーザ(分析担当者)が入力部40で所定の操作を行うと、表示制御部36の制御の下に表示部50の画面上に所定の設定画面が表示される。前記設定画面は、被検試料の質量分析における注目m/z範囲の入力を受け付け可能に構成されており、ユーザは入力部40を介して前記設定画面に注目m/z範囲を入力する。
【0042】
[ステップ202:モデル試料の質量分析]
その後、ユーザがモデル試料を保持したサンプルプレート15をMALDI-TOFMS10のイオン源にセットする。このとき、前記モデル試料としては、前記被検試料と同種の測定対象物(例えば、微生物)と、前記被検試料の調製に用いられるものと同じマトリックスとを混合して成るものとする。その後、ユーザが入力部40を介して分析制御部32に質量分析の開始を指示することにより、前記モデル試料に対して、遅延時間を変えつつ複数回の質量分析が実行される。その結果、データ処理部31では、少なくとも注目m/z範囲を含んだ所定のm/z範囲について、複数のマススペクトルが生成されて、モデル試料分析データ記憶部61に記憶される。
【0043】
[ステップ203:質量分解能の平均値を算出]
次に、平均値算出部33が、ステップ202で生成された複数のマススペクトルを読み出し、その各々について、前記注目m/z範囲に含まれるピークを抽出すると共に、各ピークの質量分解能を求めて、その平均値を算出する。
[ステップ204:最適遅延時間の決定]
次に、パラメータ決定部34が、前記平均値が最も高くなったマススペクトルが取得されたときに適用されていた遅延時間を、前記被検試料の分析に最適な遅延時間として決定する。
【0044】
以降の工程、すなわちステップ205及ぶステップ206については、上述のステップ105及びステップ106と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0045】
以上、本発明を実施するための形態について具体例を挙げて説明を行ったが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容される。例えば、上記の例では、ステップ103(又はステップ203)において、前記注目m/z範囲に含まれるピークの質量分解能の平均値を算出し、その値が最も高かったマススペクトルに対応する遅延時間を、ステップ104(又はステップ204)において最適遅延時間として決定するものとしたが、これに代えて、ステップ103(又はステップ203)において、前記注目m/z範囲に含まれるピークの高さ(すなわちイオンの検出強度)又はSN比(すなわち信号対雑音比)の平均値を算出し、その値が最も高かったマススペクトルに対応する遅延時間を、ステップ104(又はステップ204)において最適遅延時間として決定するものとしてもよい。
【0046】
また、上記の例では、モデル試料分析データとして、モデル試料を質量分析することで得られたマススペクトルをモデル試料分析データ記憶部61に記憶させるものとしたが、これに限らず、前記マススペクトルに含まれるピークのm/z及び該ピークの質量分解能(又はイオン強度若しくはSN比)の値を、該マススペクトルの取得時に適用された遅延時間の値と対応付けて記載したリストを記憶させるようにしてもよい。この場合、該リストが本発明におけるモデル試料分析データに相当する。
【0047】
また、上記の例では、ステップ105、106(又はステップ205、206)において質量分解能の分布を表すヒートマップを作成及び表示するものとしたが、これに代えて、上述のイオン強度又はSN比の分布を示すヒートマップを生成及び表示するものとしてもよい。あるいは、ヒートマップに代えて、質量分解能(又はイオン強度若しくはSN比)の高低を等高線で表した画像(すなわち等高線図)を作成して表示するようにしてもよい。また、ヒートマップ又は等高線図は必ずしも表示部50に表示しなくてもよい。その場合、ステップ105(又はステップ205)は省略し、ステップ106(又はステップ206)では最適遅延時間に関する情報のみを表示する。
【0048】
また、本実施形態に係る質量分析システムは、上記のような最適遅延時間の表示を行わず、ステップ104(又はステップ204)で決定された最適遅延時間が、その後の被検試料の分析に適用する遅延時間として自動的に設定されるようにしてもよい。その場合、上述のステップ105、106(又はステップ205、206)は省略する。
【0049】
また、上記実施形態では、イオン源としてMALDIイオン源を備えたTOFMSを例に挙げたが、イオン源はこれに限定されるものではなく、TOFMSのイオン源として利用されるイオン化法によるイオン源であって、短時間の間に試料からイオンを発生させ、そのイオンを電場により引き出し加速して飛行空間に送り込む構成のイオン源であればいかなるものを用いてもよい。このようなイオン源としては、例えば、マトリックスを利用しないレーザ脱離イオン化(LDI)法、二次イオン質量分析(SIMS=Secondary Ion Mass Spectrometry)法、脱離エレクトロスプレイイオン化(DESI=Desorption Electrospray Ionization)法、プラズマ脱離イオン化法(PDI=Plasma Desorption Ionization)法によるイオン源などが挙げられる。
[態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0050】
(第1項)本発明の一態様に係る質量分析システムは、
質量分析装置と、該質量分析装置と通信可能な制御コンピュータとを含む質量分析システムであって、
前記質量分析装置が、試料から発生したイオンを遅延引き出し法によって加速した上で飛行空間に導入し、該飛行空間内でm/zに応じてイオンを分離して検出するものであって、
前記制御コンピュータが、
モデル試料に対し、前記遅延引き出し法に関連するパラメータである遅延引き出しパラメータの値を変えつつ行われた複数回の質量分析の結果と、該複数回の質量分析の各々に適用された前記遅延引き出しパラメータの値とを対応付けて記憶するモデル試料分析データ記憶部と、
前記質量分析装置を用いて分析しようとする被検試料について、該被検試料の種類又は注目するm/z範囲の入力を受け付ける入力受付部と、
前記モデル試料分析データ記憶部に記憶されている前記複数回の質量分析の結果の各々について、前記注目するm/z範囲、又は前記被検試料の種類に応じて予め定められたm/z範囲における質量分解能、イオン強度、又はSN比のいずれかの平均値を算出する平均値算出部と、
前記複数回の質量分析の結果のうち、前記平均値が最も高くなったものに対応付けて前記モデル試料分析データ記憶部に記憶されている前記遅延引き出しパラメータの値を、前記質量分析装置を用いた前記被検試料の分析に最適な値として決定するパラメータ決定部と、
を備える。
【0051】
第1項に係る質量分析システムによれば、入力受付部を介してユーザが入力した被検試料の種類又は該被検試料について注目するm/z範囲に基づいて自動的に該被検試料の質量分析に最適な遅延引き出しパラメータの値が決定するため、幅広いm/z範囲(例えば、上限と下限の差がm/z1000以上であるもの)にピークを生じる試料について適切な遅延引き出しパラメータを容易に決定できるようになる。
【0052】
(第2項)第2項に係る質量分析システムは、第1項に係る質量分析システムにおいて、
前記モデル試料分析データ記憶部が、前記複数回の質量分析の結果を、複数種類のモデル試料の各々について記憶し、
前記平均値算出部が、前記複数種類のモデル試料のうち、前記入力受付部で入力された前記被検試料の種類に対応したモデル試料に関する前記複数回の質量分析の結果について前記平均値を算出するものである。
【0053】
第2項に係る質量分析システムによれば、複数種類のモデル試料についての質量分析結果の中から、ユーザが入力した被検試料の種類に対応したモデル試料の質量分析結果が自動的に選出され、該質量分析結果に基づいて適切な遅延引き出しパラメータが決定される。したがって、前記質量分析装置によって様々な種類の被検試料を分析する場合であっても、各被検試料に応じた適切な遅延引き出しパラメータを簡単に決定することができる。
【0054】
(第3項)第3項に係る質量分析システムは、第1項又は第2項に係る質量分析システムにおいて、
前記制御コンピュータが、更に、
表示装置と、
前記モデル試料に対する前記複数回の質量分析の結果に基づいて、縦軸又は横軸の一方をm/zとし、他方を前記遅延引き出しパラメータとする二次元領域上における質量分解能、イオン強度、又はSN比の分布を表す画像を生成する画像生成部と、
前記画像を、前記パラメータ決定部によって決定された前記最適な値と共に前記表示装置に表示させる表示制御部と、
前記最適な値の変更を受け付けるパラメータ変更受付部と、
を備えるものである。
【0055】
第3項に係る質量分析システムによれば、表示装置に表示される前記画像に基づいて、m/zと遅延引き出しパラメータとの各組み合わせにおける質量分解能、イオン強度、又はSN比の高低をユーザが視覚的に把握することができる。これにより、前記パラメータ決定部によって決定された遅延引き出しパラメータの値が適切であるかをユーザが判断することが可能となり、更に、必要に応じて、パラメータ変更受付部を介してその値を変更することができる。
【0056】
(第4項)第4項に係る質量分析システムは、第2項又は第3項に係る質量分析システムにおいて、
前記制御コンピュータが、更に、
表示装置と、
前記表示装置を制御する表示制御部と、
前記複数種類のモデル試料の各々についてその調製方法を記憶する調製方法記憶部と、
を備え、
前記表示制御部が、前記複数種類のモデル試料のうち、前記入力受付部で入力された前記被検試料の種類に対応するモデル試料について、前記調製方法記憶部に記憶されている調製方法を前記表示装置に表示させるものである。
【0057】
第4項に係る質量分析システムによれば、被検試料に対応したモデル試料、すなわち該被検試料の質量分析に最適な遅延引き出しパラメータを決定する際に用いられるモデル試料が、どのように調製されたものであるかをユーザが容易に知ることができる。そして、ユーザが、該モデル試料と同じ調製方法によって被検試料を調製することにより、調製方法の違いによる質量分解能等の変化を防ぐことができる。
【0058】
(第5項)第5項に係る質量分析方法は、
試料から発生したイオンを遅延引き出し法によって加速した上で飛行空間に導入し、該飛行空間内でm/zに応じてイオンを分離して検出する飛行時間型質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
モデル試料に対し、前記遅延引き出し法に関連するパラメータである遅延引き出しパラメータの値を変えつつ複数回の質量分析を行い、
前記複数回の質量分析の結果の各々について、前記飛行時間型質量分析装置で分析しようとする被検試料に関して注目するm/z範囲における質量分解能、イオン強度、又はSN比のいずれかの平均値を算出し、
前記複数回の質量分析の結果のうち、前記平均値が最も高かったものが取得されたときに適用されていた前記遅延引き出しパラメータの値を、前記被検試料の質量分析に最適な値として決定し、
前記最適な値を適用して、前記飛行時間型質量分析装置による前記被検試料の質量分析を行うものである。
【0059】
第5項に係る質量分析方法によれば、被検試料が幅広いm/z範囲にピークを生じる場合であっても、該被検試料に対して適切な遅延引き出しパラメータによる質量分析を容易に行うことができる。
【符号の説明】
【0060】
10…TOFMS
11…レーザ光源
15…サンプルプレート
16…試料
21…引き出し電極
22…ベース電極
23…引き出し電圧印加部
24…フライトチューブ
25…飛行空間
26…検出器
30…制御/処理部
31…データ処理部
32…分析制御部
33…平均値算出部
34…パラメータ決定部
35…画像生成部
36…表示制御部
40…入力部
50…表示部
60…記憶部
61…モデル試料分析データ記憶部
71…ヒートマップ表示欄
72…最適遅延時間表示欄