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特開2024-22267計算方法、計算システム、及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022267
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】計算方法、計算システム、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/60 20220101AFI20240208BHJP
   G06N 99/00 20190101ALI20240208BHJP
【FI】
G06N10/60
G06N99/00 180
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125720
(22)【出願日】2022-08-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り https://ken.ieice.org/ken/index/ieice-techrep-121-342.html、令和4年1月17日 システムとLSIの設計技術研究会(https://us02web.zoom.us/j/82741085453?pwd=TGhRUjMwNjQrSlpGTzVnbFVGRWZlZz09)、令和4年1月24日(開催期間:令和4年1月24日~令和4年1月25日) https://jps2022s.gakkai-web.net/data/pdf/17aB19-05.pdf、令和4年3月1日 日本物理学会第77回年次大会(2022年)(https://gakkai-web.net/p/jps/jps_t/mod2.php)、令和4年3月17日(開催期間:令和4年3月15日~令和4年3月19日) https://ieeexplore.ieee.org/document/9783142、令和4年5月27日 https://www.waseda.jp/top/news/80999、令和4年5月30日 ICTP Conference on Adiabatic Quantum Computation/Quantum Annealing(hosting AQC2022)(https://zoom.us/meeting/register/tJwpde2ppzIsG9ZnYSTXY-qjxivvQbGMkVk2)、令和4年6月22日(開催期間:令和4年6月20日~令和4年6月24日)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)「地理空間情報を自在に操るイジング計算機の新展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸川 望
(72)【発明者】
【氏名】白井 達彦
(57)【要約】
【課題】イジングマシンにマルチスピンフリップを実装可能とする。
【解決手段】イジングモデルを解くための計算方法は、古典コンピュータが、制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンHorgを計算し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、イジングモデルの暫定解に基づいて第2スピン変数を第1スピン変数にマージしてハミルトニアンHorgから第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンH′を計算する。イジングマシンは、変形されたハミルトニアンH′に対する解を求め、古典コンピュータは、イジングマシンで得られた解から第2スピン変数の値を計算することによってイジングモデルの解を求める。
【選択図】図8

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イジングモデルを解くための計算方法であって、
古典コンピュータにより、
(a)制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンを計算し、
(b)前記複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、前記複数のスピン変数の中から前記第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、前記イジングモデルの暫定解に基づいて前記第2スピン変数を前記第1スピン変数にマージして前記ハミルトニアンから前記第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンを計算し、
イジングマシンにより、
(c)前記変形されたハミルトニアンに対する解を求め、
前記古典コンピュータにより、
(d)前記イジングマシンで得られた解から前記第2スピン変数の値を計算することによって前記イジングモデルの解を求める、計算方法。
【請求項2】
前記古典コンピュータは、シミュレーテッドアニーリングにおける初期温度を設定し、前記(b)~前記(d)のプロセスの後、温度を下げ、
所定の最終温度に達するまで前記(b)~前記(d)のプロセスを繰り返すことにより、前記イジングモデルの基底解を求める、請求項1に記載の計算方法。
【請求項3】
イジングモデルを解くための計算システムであって、
制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンを計算し、前記複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、前記複数のスピン変数の中から前記第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、前記イジングモデルの暫定解に基づいて前記第2スピン変数を前記第1スピン変数にマージして前記ハミルトニアンから前記第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンを計算するプロセッサを有する古典コンピュータと、
前記変形されたハミルトニアンに対する解を求めるイジングマシンと、
を備え、
前記プロセッサは、
前記イジングマシンで得られた解から前記第2スピン変数の値を計算することによって前記イジングモデルの解を求める、計算システム。
【請求項4】
イジングモデルを解くための計算方法をイジングマシンと併用して古典コンピュータに実行させるためのプログラムであって、
制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンを計算し、
前記複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、前記複数のスピン変数の中から前記第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、前記イジングモデルの暫定解に基づいて前記第2スピン変数を前記第1スピン変数にマージして前記ハミルトニアンから前記第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンを計算し、
前記変形されたハミルトニアンに対して前記イジングマシンで得られた解から前記第2スピン変数の値を計算することによって前記イジングモデルの解を求めるプロセスを実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イジングモデルを解くための計算方法、計算システム、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
イジングマシンは、組合せ最適化問題を効率的に解法する可能性を持つハードウェアとして注目されている。組合せ最適化問題とは、複数の制約条件のもとで目的関数を最小化又は最大化する変数の組合せを求める問題である。イジングマシンを使用する際、組合せ最適化問題はイジング問題に変換される。イジング問題は、イジングモデルと呼ばれるフォーマットを用いており、イジングモデルは、+1又は-1の値を持つ複数のスピン変数で与えられる。イジング問題は、イジングモデルのハミルトニアン(エネルギー関数)の基底エネルギーを与えるスピン配置を求める問題である。これまでに、様々な組合せ最適化問題をイジング問題に変換するための方法が提案されてきた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
制約付きの組合せ最適化問題をイジング問題として定式化するときのハミルトニアンHは、H=Hobj+Hcで与えられる。ここで、Hobj及びHcは、それぞれ、目的関数及び制約項である。制約を満たすときHc=0となり、満たさないときHc>0となる。制約を満たす解を実行可能解と呼び、基底エネルギーを与える解を基底解と呼ぶ。多くのイジングマシンのハードウェアは、基底解を探索する際、シングルスピンフリップのシミュレーテッドアニーリング(SA)を動作原理とする。ここで、スピンフリップとは、スピン変数の値を+1と-1との間で変換することである。
【0004】
例えば、ハミルトニアンHが式(1)で与えられる2つのスピン変数(σ、σ)からなるイジングモデルを考える。
【数1】
【0005】
図1に示すように、実行可能解は非実行可能解よりエネルギーが低く、(σ、σ)が(+1、-1)及び(-1、+1)のとき実行可能解となり、(-1、-1)及び(+1、+1)のとき非実行可能解となる。実行可能解のうち基底エネルギーを与える(-1、+1)が基底解であり、(+1、-1)は局所解である。局所解とは、どのスピン変数をフリップしてもエネルギーが高くなる解である。局所解(+1、-1)のいずれか一方のスピン変数をフリップすれば非実行可能解となり、非実行可能解(-1、-1)のσをフリップするか、(+1、+1)のσをフリップすれば基底解となる。
【0006】
ここで、SAでは、エネルギーが低くなる状態変化(非実行可能解から実行可能解への遷移)は必ず受理する一方、エネルギーが高くなる状態変化(局所解から非実行可能解への遷移)は確率的に受理する。この受理確率は温度に依存しており、高温では高く、低温では低くなる。よって、局所解の状態にあるとき、低温ではエネルギーの高い解への遷移は起こりにくいため、局所解にトラップされ、基底解を探索することができない。これにより、イジングマシンの性能の劣化を招くこととなる。
【0007】
局所解から脱出して実行可能解の間を遷移させるために、図2に示すように、複数のスピン変数を同時にフリップするマルチスピンフリップ手法がある。これに関し、非特許文献1では、非実行可能解を経由せずに基底解に遷移するマルチスピンフリップの有効性が議論されており、SAの性能が改善すると報告がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2020-64536号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Mohammad Bagherbeik, Parastoo Ashtari, Seyed Farzad Mousavi, Kouichi Kanda, Hirotaka Tamura, Ali Sheikholeslami, "A Permutational Boltzmann Machine with Parallel Tempering for Solving Combinatorial Optimization Problems", in International Conference on Parallel Problem Solving from Nature, 2020, pp. 317-331.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、既存のイジングマシンはシングルスピンフリップを動作原理としているため、イジングマシンにマルチスピンフリップを実装することは、その動作原理を改変する必要があり、非常に困難である。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、イジングマシンにマルチスピンフリップを実装可能とする計算方法、計算システム、及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る計算方法は、イジングモデルを解くための計算方法であって、古典コンピュータにより、(a)制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンを計算し、(b)複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、イジングモデルの暫定解に基づいて第2スピン変数を第1スピン変数にマージしてハミルトニアンから第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンを計算し、イジングマシンにより、(c)変形されたハミルトニアンに対する解を求め、古典コンピュータにより、(d)イジングマシンで得られた解から第2スピン変数の値を計算することによってイジングモデルの解を求める。
【0013】
本発明に係る計算システムは、イジングモデルを解くための計算システムであって、制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンを計算し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、イジングモデルの暫定解に基づいて第2スピン変数を第1スピン変数にマージしてハミルトニアンから第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンを計算するプロセッサを有する古典コンピュータと、変形されたハミルトニアンに対する解を求めるイジングマシンと、を備える。プロセッサは、イジングマシンで得られた解から第2スピン変数の値を計算することによってイジングモデルの解を求める。
【0014】
本発明に係るプログラムは、イジングモデルを解くための計算方法をイジングマシンと併用して古典コンピュータに実行させるためのプログラムであって、制約付きの組合せ最適化問題から所定の複数のスピン変数を有するイジングモデルのハミルトニアンを計算し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数をランダムに選択し、複数のスピン変数の中から第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数を第2スピン変数として設定し、イジングモデルの暫定解に基づいて第2スピン変数を第1スピン変数にマージしてハミルトニアンから第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンを計算し、変形されたハミルトニアンに対してイジングマシンで得られた解から第2スピン変数の値を計算することによってイジングモデルの解を求めるプロセスを実行させる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、イジングモデルのスピン変数のマージによってハミルトニアンを変形することにより、マルチスピンフリップと等価な過程をシングルスピンフリップで実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】イジングマシンの動作原理であるシングルスピンフリップのシミュレーテッドアニーリング(SA)を説明するための模式図である。
図2】マルチスピンフリップを説明するための模式図である。
図3】本実施形態に係る計算システムの構成を示すブロック図である。
図4図3に示す古典コンピュータのハードウェア構成を示すブロック図である。
図5】マージ手法によるエネルギー地形の変形を表す概念図である。
図6A】2スピン系のイジングモデルのエネルギー地形の一例を表す模式図である。
図6B図6Aのイジングモデルのスピン変数のマージによって得られる変形されたエネルギー地形を表す模式図である。
図7A】4スピン系のイジングモデルのエネルギー地形の一例を表す模式図である。
図7B図7Aのイジングモデルのスピン変数のマージによって得られる変形されたエネルギー地形を表す模式図である。
図8】本実施形態に係る計算方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
【0018】
<計算システム>
まず、本実施形態の計算システムの構成について説明する。図3に示すように、本実施形態の計算システム10は、古典コンピュータ20と、古典コンピュータ20に接続されたイジングマシン30とを備える。古典コンピュータ20は、パーソナルコンピュータなどのフォンノイマン型のコンピュータである。
【0019】
イジングマシン30は、D-Wave 2000Qマシン、CMOSアニーリングマシン、デジタルアニーラ(登録商標)などの公知のイジングマシンである。
【0020】
図4に示すように、古典コンピュータ20は、プロセッサ202と、メモリ204と、記憶装置206と、入力部208と、ディスプレイ210と、I/F212とを備え、これらのデバイスはバスを介して接続される。
【0021】
プロセッサ202は、Central Processing Unit(CPU)等を有し、メモリ204及び記憶装置206に格納されたプログラムに従って各種の処理を実行する。プロセッサ202によって実行される計算方法の詳細については後述する(図5図8参照)。
【0022】
なお、プロセッサ202として、CPU等の汎用コンピュータの代わりに、本実施形態の計算方法を実行するためのApplication Specific Integrated Circuits(ASIC)、Field Programmable Gate Array(FPGA)等の専用コンピュータを採用してもよい。
【0023】
メモリ204は、Read Only Memory(ROM)及びRandom Access Memory(RAM)を有する。ROMは、BIOS等のブートプログラムを格納している。プロセッサ202が、ROMに格納されたプログラム又は記憶装置206に格納されたプログラムを読み出す際、これらのプログラムはRAMにロードされる。
【0024】
記憶装置206は、非一時的なコンピュータ読み取り可能な記憶媒体を有し、本実施形態の計算方法を実行するためのプログラム、プログラムの実行に必要なデータ等を格納している。コンピュータ読み取り可能な記憶媒体としては、Hard Disk Drive(HDD)、Solid State Drive(SSD)、光ディスク等が挙げられる。
【0025】
なお、プロセッサ202によって実行されるプログラムを、ネットワークを介して接続された他のコンピュータに格納し、プロセッサ202が、他のコンピュータからI/F212を介してプログラムを読み出すようにしてもよい。
【0026】
入力部208は、マウス、キーボード等の入力デバイスを有する。ディスプレイ210は、Liquid Crystal Display(LCD)等のディスプレイであり、プロセッサ202により実行された処理の結果を表示する。
【0027】
I/F212は、古典コンピュータ20をLocal Area Network(LAN)、Wide Area Network(WAN)、及び/又はインターネット等のネットワークに接続するためのインターフェースである。
【0028】
<計算方法>
次に、図5図8を参照して、本実施形態の計算方法について説明する。本実施形態では、イジングマシン30でマルチスピンフリップを実現するため、図5に示すように、イジングモデルの少なくとも一部のスピン変数をマージ(merge)することでイジングモデルのエネルギー地形を変形するマージ手法を用いる。これにより、変形されたハミルトニアンにおけるシングルスピンフリップと元のハミルトニアンにおけるマルチスピンフリップとを等価にさせる。
【0029】
以下、2スピン系のイジングモデルと4スピン系のイジングモデルの例を挙げて、マージ手法を説明する。
【0030】
2スピン系のイジングモデルとして、上述の式(1)と同一のハミルトニアンH(σ、σ)を与えるイジングモデル(以下、イジングモデルIと呼ぶ。)を考える。イジングモデルIは、σとσのうち一方が+1で他方が-1のときに制約を満たすというone-hot制約を有する。図6Aに、H(σ、σ)のエネルギー地形を示す。イジングモデルIは、エネルギー値-2の局所解(+1、-1)と、エネルギー値-4の基底解(-1、+1)とを有する。残りの非実行可能解は、エネルギー値20及び14をそれぞれ与える(-1、-1)及び(+1、+1)である。イジングモデルIにおいて実行可能解の間を遷移するためには、ダブルスピンフリップが必要となる。
【0031】
いま、H(σ、σ)の局所解にあるものとする。局所解においてσσ=-1であることから、σ=-σを用いてσをσにマージしてH(σ、σ)からσを消去すると、式(2)のように、変形されたハミルトニアンH′(σ)が得られる。
【数2】
【0032】
′(σ)は、マージされたスピン変数σに依存しない。図6Bに、H′(σ)のエネルギー地形を示す。元のH(σ、σ)では、局所解と基底解との間にエネルギー障壁があったが、H′(σ)ではエネルギー障壁がなくなっていることがわかる。H′(σ)をイジングマシン30に入力すると、シングルスピンフリップでH′(σ)の基底解を求めることができる。H′(σ)は、σ=+1でエネルギー値-2となり、σ=-1でエネルギー値-4となるので、σ=-1が基底解である。すなわち、H′(σ)において、σ=+1はもはや局所解ではなく、シングルスピンフリップで基底解σ=-1に遷移する。
【0033】
次に、σ=-σから、消去したσの値を求める。H′(σ)の基底解σ=-1から、(σ、σ)=(-1、+1)が得られ、エネルギー関数は最小値-4をとる。よって、(σ、σ)=(-1、+1)は元のH(σ、σ)の基底解である。このように、H′(σ)におけるσ=+1からσ=-1へのシングルスピンフリップは、元のH(σ、σ)における(σ、σ)=(+1、-1)から(σ、σ)=(-1、+1)へのダブルスピンフリップと等価になる。
【0034】
次に、式(3)のハミルトニアンH(σ、σ、σ、σ)を与える4スピン系のイジングモデル(以下、イジングモデルIIと呼ぶ。)を考える。
【数3】
【0035】
イジングモデルIIは、{σ、σ}、{σ、σ}、{σ、σ}、{σ、σ}に対し、一方のスピン変数が+1で他方のスピン変数が-1のときに制約を満たすというone-hot制約を有する。図7Aに、H(σ、σ、σ、σ)のエネルギー地形を示す。イジングモデルIIは、エネルギー値+1を与える局所解(-1、+1、+1、-1)と、エネルギー値-1を与える基底解(+1、-1、-1、+1)とを有する。残りの非実行可能解は、大きなエネルギー値799を与える(+1、+1、+1、-1)、(+1、-1、+1、-1)及び(+1、-1、+1、+1)である。イジングモデルIIにおいて実行可能解の間を遷移するためには、4スピンフリップが必要となる。
【0036】
いま、H(σ、σ、σ、σ)の局所解にあるものとする。4つのスピン変数のうち、マージの基準とするスピン変数(以下、第1スピン変数と呼ぶ。)をσとし、σにマージされるスピン変数(以下、第2スピン変数と呼ぶ。)をσ、σ、σとする。局所解において、σσ=-1、σσ=-1、σσ=+1であることから、σ=-σ、σ=-σ、σ=σを用いてσ、σ、σをσにマージしてH(σ、σ、σ、σ)からσ、σ、σを消去すると、式(4)のように、変形されたハミルトニアンH′(σ)が得られる。
【数4】
【0037】
′(σ)は、マージされた第2スピン変数σ、σ、σに依存しない。図7Bに、H′(σ)のエネルギー地形を示す。元のH(σ、σ、σ、σ)では、局所解と基底解との間にエネルギー障壁があったが、H′(σ)では、エネルギー障壁がなくなっていることがわかる。H′(σ)をイジングマシン30に入力すると、シングルスピンフリップでH′(σ)の基底解を求めることができる。H′(σ)は、σ=-1でエネルギー値が+1となり、σ=+1でエネルギー値が-1となるので、σ=+1が基底解である。すなわち、H′(σ)において、σ=-1はもはや局所解ではなく、シングルスピンフリップで基底解σ=+1に遷移する。
【0038】
次に、マージで得られたσ=-σ、σ=-σ、σ=σを用いて、第2スピン変数の値を求める。H′(σ)の基底解σ=+1から、(σ、σ、σ、σ)=(+1、-1、-1、+1)が得られ、エネルギー関数は最小値-1をとる。よって、(σ、σ、σ、σ)=(+1、-1、-1、+1)は元のH(σ、σ、σ、σ)の基底解である。このように、H′(σ)におけるσ=-1からσ=+1へのシングルスピンフリップは、元のH(σ、σ、σ、σ)における(σ、σ、σ、σ)=(-1、+1、+1、-1)から(σ、σ、σ、σ)=(+1、-1、-1、+1)への4スピンフリップと等価になる。
【0039】
なお、上述の2スピン系と4スピン系のイジングモデルの例では、1つのスピン変数に対して残りのスピン変数を全てマージしたが、実際のイジングモデルでは、スピン変数の数が非常に多いことから、全スピン変数のうちの一部(例えば30%)がマージされるように、マージされる第2スピン変数を確率的に決めることができる。また、第2スピン変数をユーザが指定することも可能である。シミュレーテッドアニーリング(SA)では、エネルギー障壁が残ったとしても、温度が高いうちはエネルギーが高くなる解へ確率的に遷移するため、エネルギー障壁を超えられる可能性がある。
【0040】
2スピン系と4スピン系のイジングモデルのマージ手法を例示したが、任意のN個のスピン変数からなるイジングモデルに対してマージ手法を適用することができる。一般に、N個のスピン変数σ(i∈{1、2、…、N})からなるイジングモデルのハミルトニアンHは式(5)のように定義される。
【数5】
ここで、Jijはσとσとの間の相互作用係数、hはσの外部磁場係数、Hは定数である。Jijは対称であり(Jij=Jji)、対角成分はゼロとする(Jii=0)。
【0041】
式(5)のイジングモデルに対して、以下のようにマージ手法のための定理を導くことができる。
<定理> 全てのi∈{1、2、…、N}に対して、マルチスピンフリップするスピン変数の集合の情報を与えるパラメータとして、mとsを式(6)のように定義する。
【数6】
このとき、式(7)のように、N個のスピン変数からなるイジングモデルのハミルトニアンH({s}i=1 N、{m}i=1 N;H)が得られる。
【数7】
ここで、Jij 、h 、H は、それぞれ、式(8)、式(9)、式(10)を満たす。
【数8】
【数9】
【数10】
【0042】
このとき、全てのiに対してσσmi=sを満たす状態に対して、式(11)に示すように、H({s}i=1 N、{m}i=1 N;H)とHは同じエネルギー値をとる。
【数11】
【0043】
({s}i=1 N、{m}i=1 N;H)はマージ手法によって得られた変形されたハミルトニアンを表している。この定理は、マージ手法においてハミルトニアンを変形しても、エネルギー値が変化しないことを意味している。スピン変数は+1又は-1の値をとるため、σσmi=sからσ=sσmiを得る。この関係式を用いて式(5)のHからm≠iを満たすiを持つσを消去することで式(7)のH({s}i=1 N、{m}i=1 N;H)を得ることができる。
【0044】
次に、図8に示すフローチャートを参照して、計算システム10によって実行される計算方法の流れを説明する。本実施形態の計算方法は、上述のマージ手法をSAに組み込んだハイブリッドアルゴリズムである。
【0045】
まず、古典コンピュータ20は、制約付きの組合せ最適化問題からイジングモデルのハミルトニアンHorgを計算し(ステップ802)、当該イジングモデルの初期解(暫定解)とSAの初期温度(例えば100度)とを設定する(ステップ804)。
【0046】
次に、古典コンピュータ20は、イジングモデルの全スピン変数の中からマージの基準となる第1スピン変数をランダムに選択し、全スピン変数の中から第1スピン変数以外の所定の割合のスピン変数(例えば、全スピン変数の30%)を第2スピン変数として設定する。そして、古典コンピュータ20は、現在の暫定解に基づき第2スピン変数を第1スピン変数にマージして元のハミルトニアンHorgから第2スピン変数を消去することによって、変形されたハミルトニアンH′を得る(ステップ806)。変形されたハミルトニアンH′はイジングマシン30に入力される。
【0047】
イジングマシン30は、変形されたハミルトニアンH′に対する解を求め、解を更新する(ステップ808)。次に、古典コンピュータ20は、イジングマシン30で得られた解から、ステップ806のマージで消去された第2スピン変数の値を計算することで、イジングモデルの新たな暫定解を求める(ステップ810)。そして、古典コンピュータ20は、ハミルトニアンを元のHorgに戻す(ステップ812)。
【0048】
次に、古典コンピュータ20は、SAにおける温度を所定の温度間隔だけ下げ(ステップ814)、現在の温度が予め設定された最終温度(例えば1度)に達したか否かを判定する(ステップ816)。現在の温度が最終温度に達していない場合(ステップ816;NO)、ステップ806に戻り、ステップ806~814のプロセスが繰り返される。最終温度になるまでステップ806~814を繰り返すことで、暫定解が徐々に最適解に近くなる。一方、現在の温度が最終温度に達した場合(ステップ816;YES)、直近に得られた暫定解がイジングモデルの基底解として定まり、本実施形態の計算方法が終了する。
【0049】
このように、マージ手法を用いてイジングモデルのハミルトニアンを変形し、イジングマシン30によって変形後のハミルトニアンに対する解を求めることで、マルチスピンフリップと等価な過程をシングルスピンフリップで実現することができる。よって、イジングマシン30の動作原理(シングルスピンフリップ)を変更することなく、マルチスピンフリップを実装することができ、イジングマシン30の性能を改善することができる。
【0050】
本実施形態のマージ手法を用いた計算方法を評価するため、当該計算方法をNP困難な問題である二次ナップサック問題(QKP)に適用したところ、マージ手法を用いない計算方法に比べて、残留エネルギー(最適値からのエラーの大きさ)を平均して68%削減することに成功した。同様に、本実施形態の計算方法を二次割り当て問題(QAP)に適用したところ、残留エネルギーを平均して15%削減することができた。
【0051】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の変更が可能であり、当業者によってなされる他の実施形態、変形例も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0052】
10 計算システム
20 古典コンピュータ
30 イジングマシン
202 プロセッサ
204 メモリ
206 記憶装置
208 入力部
210 ディスプレイ
212 I/F
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図8