(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022319
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】薬液注入配管および薬液注入配管の製造方法
(51)【国際特許分類】
G21D 1/00 20060101AFI20240208BHJP
C23C 28/04 20060101ALI20240208BHJP
【FI】
G21D1/00 X
G21D1/00 W
C23C28/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125814
(22)【出願日】2022-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】室谷 光
(72)【発明者】
【氏名】和田 陽一
(72)【発明者】
【氏名】田村 明紀
(72)【発明者】
【氏名】石田 一成
(72)【発明者】
【氏名】清水 亮介
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044AA02
4K044AA03
4K044AA06
4K044AB03
4K044BA11
4K044BA12
4K044BA13
4K044BA15
4K044BB03
4K044BC02
4K044CA12
4K044CA13
4K044CA14
4K044CA15
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】プラントの系統配管への薬液の注入時に、注入された金属化合物の熱分解や金属イオンの還元を抑制して、金属の過剰な析出による流路抵抗の上昇や流路の閉塞を防止する薬液注入配管および薬液注入配管の製造方法を提供する。
【解決手段】プラントの系統配管1に接続される薬液注入配管100であって、配管の本体を構成する本体部3と、本体部3の内表面の一部または全部に設けられた第1被膜4と、第1被膜4上に設けられた第2被膜5とを備え、第1被膜4は、本体部3よりも熱伝導率の小さい材料で形成されており、第2被膜5は、本体部3よりも電気抵抗率の大きい材料で形成されている。薬液注入配管の製造方法は、本体部3の内表面の一部または全部に本体部3よりも熱伝導率の小さい材料で第1被膜4を形成する工程と、第1被膜4上に本体部3よりも電気抵抗率の大きい材料で第2被膜5を形成する工程とを含む。
【選択図】
図1B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラントの系統配管に接続される薬液注入配管であって、
前記薬液注入配管の本体を構成する本体部と、
前記本体部の内表面の一部または全部に設けられた第1被膜と、
前記第1被膜上に設けられた第2被膜と、を備え、
前記第1被膜は、前記本体部よりも熱伝導率の小さい材料で形成されており、
前記第2被膜は、前記本体部よりも電気抵抗率の大きい材料で形成されている薬液注入配管。
【請求項2】
請求項1に記載の薬液注入配管であって、
前記第1被膜は、熱伝導率が10W/m・K以下、または、単位面積当たりの伝熱量が700kW/m2以下であり、
前記第2被膜は、体積抵抗率が106Ω・cm以上である薬液注入配管。
【請求項3】
請求項1に記載の薬液注入配管であって、
前記第1被膜は、前記本体部の内表面のうち、前記系統配管に接続される先端から前記本体部の長手方向に10cmまでの領域に少なくとも設けられている薬液注入配管。
【請求項4】
請求項1に記載の薬液注入配管であって、
前記本体部が、炭素鋼、ステンレス鋼、ジルカロイ、低合金鋼、および、ニッケル基合金のうち、少なくとも一つで形成されている薬液注入配管。
【請求項5】
請求項1に記載の薬液注入配管であって、
前記第1被膜は、酸化ジルコニウム、イットリア安定化ジルコニア、部分安定化ジルコニア、酸化チタン、および、チタン酸アルミニウムのうち、少なくとも一つを含む薬液注入配管。
【請求項6】
請求項1に記載の薬液注入配管であって、
前記第2被膜は、酸化アルミニウム、酸化クロム、酸化ジルコニウム、イットリア安定化ジルコニア、部分安定化ジルコニア、および、チタン酸アルミニウムのうち、少なくとも一つを含む薬液注入配管。
【請求項7】
請求項1に記載の薬液注入配管であって、
前記プラントは、原子力プラントであり、
前記薬液注入配管は、原子炉冷却水への貴金属注入に用いられる薬液注入配管。
【請求項8】
プラントの系統配管に接続される薬液注入配管の製造方法であって、
前記薬液注入配管の本体を構成する本体部の内表面の一部または全部に、前記本体部よりも熱伝導率の小さい材料で第1被膜を形成する工程と、
前記第1被膜上に、前記本体部よりも電気抵抗率の大きい材料で第2被膜を形成する工程と、を含み、
前記第1被膜は、前記本体部を熱処理する熱酸化法、物理気相成長法、化学気相成長法、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法、および、塗布法のうち、少なくとも一つを用いて形成される薬液注入配管の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の薬液注入配管の製造方法であって、
前記第2被膜は、物理気相成長法、化学気相成長法、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法、および、塗布法のうち、少なくとも一つを用いて形成される薬液注入配管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉冷却水への貴金属注入等に用いられる薬液注入配管および薬液注入配管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
沸騰水型原子炉(Boiling Water Reactor:BWR)では、圧力容器の内部に設置された炉内構造物や、圧力容器に接続された系統配管等について、応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)の抑制が求められる。炉内構造物や系統配管は、ステンレス鋼、低合金鋼、炭素鋼、ニッケル基合金等で形成されている。これらの材料は、耐食性に優れているが、力学因子や環境因子の重畳によって、SCCが発生・進展する恐れがある。
【0003】
原子炉の運転時、炉内構造物や系統配管には、高温・高圧の冷却水が接触する。冷却水には、水の放射線分解で生じた酸素や過酸化水素が含まれている。冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度が高いほど、SCCの発生・進展が顕著になることが知られている。冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度を低減すると、環境因子が緩和されるため、SCCの抑制に有効であることが知られている。
【0004】
SCCを抑制する対策としては、水素注入や貴金属注入がある。水素注入は、冷却水に水素ガスを注入して、酸素や過酸化水素と水素とを再結合反応させて水に戻す技術である。貴金属注入は、冷却水に貴金属化合物の溶液を注入して、冷却水に接液する材料の表面に貴金属を付着させる技術である。白金、ロジウム、パラジウム等の貴金属は、再結合反応を触媒する。
【0005】
特許文献1には、SCCの開始や進展を抑制する方法が記載されている。この方法では、触媒金属を含有している化合物の溶液または懸濁液を原子炉の水内に噴射している。触媒金属を含有する化合物としては、パラジウム・アセチルアセトナートや、硝酸パラジウムが挙げられている。
【0006】
BWRでは、原子炉の運転中に貴金属注入が行われる場合がある。運転中の貴金属注入では、低濃度の白金化合物の溶液が使用されている。白金化合物としては、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム(Na2Pt(OH)6)が用いられている。白金化合物の溶液は、冷却水に対して薬液注入配管によって注入されている。薬液注入配管は、給水系の系統配管に接続されている。
【0007】
貴金属化合物の溶液は、薬液注入配管を通じて冷却水に注入された後、冷却水と共に圧力容器等に供給される。貴金属化合物の溶液は、ガンマ線の照射によって、酸化物のコロイド溶液となり、炉内構造物や系統配管の表面に貴金属を付着させる。貴金属注入時には、水素注入が合わせて行われる。水素ガスが、薬液注入配管よりも上流で冷却水に注入された後、冷却水と共に圧力容器等に供給される。
【0008】
水素注入を行うと、圧力容器の内部や系統配管において、再結合反応によって酸素や過酸化水素が消費される。冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度が低下するため、粒界腐食が進行し難くなり、炉内構造物や系統配管のSCCが抑制される。貴金属注入を行うと、再結合反応が触媒されるため、少ない水素量でSCCが抑制される。一般に、材料の表面に0.1μg/cm2以上の白金が付着していると、十分な抑制効果が得られる。
【0009】
貴金属注入時には、薬液注入配管の出口付近で、貴金属の過剰な還元析出が起こることが知られている。貴金属化合物の溶液が注入された冷却水が高温であると、貴金属化合物の熱分解が起こる。また、冷却水が高水素濃度であると、貴金属イオンの還元が起こる。薬液注入配管の出口付近は、冷却水が高温・高水素濃度になり易いため、貴金属が析出し易い箇所となる。意図しない貴金属の過剰な還元析出が起こると、圧力容器等に供給される貴金属が減少するという問題がある。また、薬液注入配管の流路抵抗が増大したり、薬液注入配管が閉塞したりする問題がある。
【0010】
特許文献2には、貴金属注入装置を原子炉冷却材浄化装置の出口から熱交換器までの間の配管に設ける技術が記載されている。貴金属の注入点における炉水の温度は、30~70℃であることが望ましいとされている。原子炉冷却材浄化装置の出口から熱交換器までの間は、低温であるため、貴金属の析出や配管の閉塞リスクが低減するとされている。
【0011】
特許文献3には、化学反応して水になる水素の濃度に対して酸素または過酸化水素の濃度が当量を超えている系統の水に貴金属化合物を注入する技術が記載されている。このような水に対して、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水溶液を注入すると、給水系配管や、薬液注入配管と系統配管接続部近傍で、水素による還元反応及び熱分解反応に伴う白金化合物の析出量が低減するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平7-311296号公報
【特許文献2】特開2017-181351号公報
【特許文献3】特開2017-181350号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
原子力プラントにおける貴金属注入のように、プラントの系統配管を流れる液体に対して金属化合物の溶液を注入する用途において、薬液注入配管が用いられている。薬液注入配管は、比較的配管径が小さく設けられており、より配管系が大きい系統配管に対して接続されている。この種の薬液注入配管では、系統配管に接続された出口付近において、金属の過剰な還元析出が起こるという問題がある。
【0014】
金属の過剰な還元析出は、金属化合物が熱分解する高温環境下や、金属イオンが還元され易い還元性環境下で起こる。薬液注入配管の出口付近で、金属の意図しない過剰な還元析出が起こると、金属化合物の供給量の減少や、薬液注入配管の流路抵抗の増大や、薬液注入配管の閉塞が起こるという問題がある。
【0015】
薬液注入配管の出口付近の高温化は、原子力プラントの場合、高温の冷却水が系統配管から薬液注入配管に流入することによって起こる。高温の冷却水の流入は、薬液注入配管の設置場所の変更によって防止することが可能である。特許文献2のように、薬液注入配管を低温の場所に設置すると、薬液注入配管の出口付近の高温化を防止できる。しかし、薬液注入配管の設置場所を変更したとしても、配管自体を伝わる熱伝導の問題がある。
【0016】
一方、薬液注入配管の出口付近における還元性は、原子力プラントの場合、薬液注入配管の上流で行われる水素注入によって上昇する。還元性の問題は、薬液注入配管が貴金属注入に用いられる場合、水素注入と一体的に行われるため、薬液注入配管の設置場所の変更では防止することが困難である。その他の対策法としては、薬液注入配管の流量を増大させる方法もある。しかし、流量を増大させる方法では、効果に限界がある。
【0017】
原子力プラントにおける貴金属注入の場合、薬液注入配管の流量は、一般に、数cm/s程度である。これに対し、給水系の系統配管の流量は、数m/s程度である。流量差が極めて大きいため、薬液注入配管の流量を増大させたとしても、系統配管を流れる高水素濃度の冷却水が薬液注入配管に渦流として侵入してしまう。また、特許文献3のように、酸素注入や過酸化水素注入を行ったとしても、薬液注入配管の出口付近の還元性環境を抑制することは困難である。SCCを抑制する観点からは、貴金属注入時に水素注入を停止することも適切ではない。
【0018】
そこで、本発明は、プラントの系統配管への薬液の注入時に、注入された金属化合物の熱分解や金属イオンの還元を抑制して、金属の過剰な析出による流路抵抗の上昇や流路の閉塞を防止する薬液注入配管および薬液注入配管の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記の課題を解決するため、本発明に係る薬液注入配管は、プラントの系統配管に接続される薬液注入配管であって、前記薬液注入配管の本体を構成する本体部と、前記本体部の内表面の一部または全部に設けられた第1被膜と、前記第1被膜上に設けられた第2被膜と、を備え、前記第1被膜は、前記本体部よりも熱伝導率の小さい材料で形成されており、前記第2被膜は、前記本体部よりも電気抵抗率の大きい材料で形成されている。
【0020】
また、本発明に係る薬液注入配管の製造方法は、プラントの系統配管に接続される薬液注入配管の製造方法であって、前記薬液注入配管の本体を構成する本体部の内表面の一部または全部に、前記本体部よりも熱伝導率の小さい材料で第1被膜を形成する工程と、前記第1被膜上に、前記本体部よりも電気抵抗率の大きい材料で第2被膜を形成する工程と、を含み、前記第1被膜は、前記本体部を熱処理する熱酸化法、物理気相成長法、化学気相成長法、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法、および、塗布法のうち、少なくとも一つを用いて形成される。また、前記第2被膜は、物理気相成長法、化学気相成長法、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法、および、塗布法のうち、少なくとも一つを用いて形成される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によると、プラントの系統配管への薬液の注入時に、注入された金属化合物の熱分解や金属イオンの還元を抑制して、金属の過剰な析出による流路抵抗の上昇や流路の閉塞を防止する薬液注入配管および薬液注入配管の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1A】従来の薬液注入配管の構造を示す断面図である。
【
図1B】本発明の実施形態に係る薬液注入配管の構造を示す断面図である。
【
図2】薬液注入配管の周囲における伝熱経路を示す図である。
【
図3】薬液注入配管用母管の外表面からの距離と温度との関係を示す図である。
【
図4】薬液注入配管に設けられる被膜の熱伝導率と薬液注入配管の内表面の温度との関係を示す図である。
【
図5】薬液注入配管用母管の外表面からの距離と温度との関係を示す図である。
【
図6】薬液注入配管内の温度と薬液注入配管の内表面への白金の付着速度との関係を示す図である。
【
図7】薬液注入配管用母管の外表面からの距離と温度との関係を示す図である。
【
図8】本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
【
図9】本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
【
図10】本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一実施形態に係る薬液注入配管および薬液注入配管の製造方法について説明する。なお、以下の各図において共通する構成については同一の符号を付し、重複した説明を省略する。各図において、白抜き矢印は、液体の流れ方向を示す。
【0024】
本実施形態に係る薬液注入配管は、プラントの系統配管に接続される薬液注入用の配管である。薬液注入配管は、プラントの系統配管を流れる液体に対して金属化合物の溶液を注入するために用いられる。以下の説明では、原子力プラントの系統配管を流れる原子炉冷却水に対して貴金属注入を行う場合を例にとり、薬液注入配管や、薬液注入配管の製造方法の説明を行う。
【0025】
図1Aは、従来の薬液注入配管の構造を示す断面図である。
図1Aに示すように、従来の薬液注入配管3は、プラントの系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2に挿入されている。薬液注入配管用母管2は、系統配管1に対して溶接等で接合されている。薬液注入配管3は、系統配管1を流れる液体に金属化合物の溶液である薬液を注入するために用いられる。従来の薬液注入配管3は、金属で形成された単層構造の配管である。
【0026】
原子力プラントでは、薬液注入配管3によって貴金属注入が行われる。系統配管1としては、給水系の配管や、原子炉冷却材浄化系の配管が挙げられる。薬液注入配管3は、原子力プラントの運転中等に、系統配管1を流れる冷却水に対して、貴金属化合物の溶液を注入する。貴金属化合物の溶液としては、例えば、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの水溶液が挙げられる。
【0027】
貴金属化合物の溶液は、冷却水に注入されると、原子炉圧力容器の内部等に供給される。貴金属化合物の溶液は、ガンマ線の照射によって、酸化物のコロイド溶液となり、炉内構造物や系統配管の表面に貴金属を付着させる。白金、ロジウム、パラジウム等の貴金属は、水の放射線分解で生じた酸素や過酸化水素と、水素注入された水素との再結合反応を触媒する。
【0028】
貴金属注入を行うと、水素注入された水素との再結合反応によって、冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度が低下する。応力腐食割れ(SCC)の発生に関与する因子としては、材料に加わる引張応力、残留応力等の力学因子や、材料が晒される環境因子や、材料の化学成分等の材料因子がある。酸素や過酸化水素は、粒界腐食の感受性を高める環境因子である。そのため、水素注入と貴金属注入との組み合わせを行うと、炉内構造物や配管のSCCを抑制することができる。
【0029】
図1Bは、本発明の実施形態に係る薬液注入配管の構造を示す断面図である。
図1Bに示すように、本実施形態に係る薬液注入配管100は、従来の薬液注入配管3と同様に、プラントの系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2に挿入されている。薬液注入配管100は、系統配管1を流れる液体に薬液を注入するために用いられるが、従来の薬液注入配管3とは異なり、多層構造の配管である。
【0030】
本実施形態に係る薬液注入配管100は、配管の本体を構成する本体部3と、本体部3の内表面の一部または全部に設けられた第1被膜4と、第1被膜4上に設けられた第2被膜5と、を備えている。本体部3は、円筒状等に設けられている。第1被膜4および第2被膜5は、少なくとも系統配管1に接続された本体部3の先端側において、本体部3の内周面を全周にわたって被覆している。
【0031】
本体部3は、従来の薬液注入配管3と同様に、配管用の金属等で形成される。一方、第1被膜4は、本体部3よりも熱伝導率の小さい材料で形成される。第2被膜5は、本体部3よりも電気抵抗率の大きい材料で形成される。第1被膜4および第2被膜5を形成することによって、薬液注入配管100の出口付近において、意図しない金属の過剰な還元析出を抑制できる。
【0032】
図2は、薬液注入配管の周囲における伝熱経路を示す図である。
図2の黒塗り矢印は、系統配管1を流れる液体から薬液注入配管3を流れる液体への伝熱経路を示している。
図2に示すように、系統配管1に高温の液体が流れる場合、系統配管1を流れる液体から薬液注入配管3を流れる液体への伝熱がある。薬液注入配管3を流れる液体に対しては、系統配管1からの対流熱伝達だけでなく、配管を介した熱伝導がある。
【0033】
原子力プラントの場合、原子炉圧力容器に接続された給水系の配管や浄化系の配管には、炉心の熱効率の向上のために、200℃を超える高温・高圧の冷却水が流される。系統配管1に高温の液体が流れる場合、系統配管1を流れる液体の熱は、主に、薬液注入配管3の出口付近に伝熱する。そのため、薬液注入配管3から注入される薬液は、薬液注入配管3の出口付近で高温に加熱される。
【0034】
薬液に含まれる金属化合物は、高温に晒された場合、熱分解を起こす恐れがある。例えば、貴金属注入に用いられるヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムは、約180℃で熱分解を起こす。金属化合物が熱分解を起こすと、不安定な金属化合物や金属イオンを生じる。不安定な金属化合物や金属イオンは、金属に還元され易い成分である。
【0035】
また、系統配管1には、還元性が高い液体が流される場合がある。原子力プラントの場合、薬液注入配管3が接続された系統配管1の上流側では、系統配管1を流れる冷却水に対して水素注入が行われる。水素注入が行われると、系統配管1を流れる冷却水の溶存水素濃度が上昇して、還元性が高くなる。
【0036】
熱分解によって薬液中に生じた不安定な金属化合物や金属イオンは、系統配管1に還元性が高い液体が流される場合、金属の過剰な還元析出を生じる。過剰な還元析出は、主に、高温環境且つ還元性環境となる薬液注入配管3の出口付近で起こる。薬液注入配管3の出口付近に過剰な金属が析出すると、金属化合物の供給量の減少や、薬液注入配管3の流路抵抗の増大や、薬液注入配管3の閉塞が起こるという問題がある。
【0037】
薬液注入配管3の出口付近では、薬液の流量を増大させたとしても、不安定な金属化合物や金属イオン等の滞留や、系統配管1を流れる液体の侵入を防ぐのが困難である。系統配管1と薬液注入配管3とでは、配管径が大きく異なり、流量差が大きいためである。流量差が大きいため、系統配管1を流れる液体は、薬液注入配管3に渦流として容易に侵入してしまう。
【0038】
そのため、薬液注入配管に関して、出口付近における金属の過剰な還元析出を抑制する対策としては、本体部3よりも熱伝導率の小さい材料で形成された第1被膜4や、本体部3よりも電気抵抗率の大きい材料で形成された第2被膜5が有効となる。
【0039】
図3は、薬液注入配管用母管の外表面からの距離と温度との関係を示す図である。
図3において、横軸は、薬液注入配管用母管の外表面から薬液注入配管の内部への距離[mm]、縦軸は、薬液注入配管用母管や薬液注入配管の温度[℃]を示す。●および▲のプロットは、理論的な伝熱計算による結果を示す。
【0040】
●のプロットは、従来の薬液注入配管のように、薬液注入配管が本体部のみで構成される場合の結果である。▲のプロットは、薬液注入配管が本体部と熱伝導率が小さい被膜で構成される場合の結果である。薬液注入配管用母管や、薬液注入配管の本体部としては、熱伝導率が約40W/m・Kである炭素鋼を想定した。薬液注入配管用母管の外表面の温度としては、215℃を想定した。BWRの運転時には、給水系の冷却水の温度が約215℃となるためである。
【0041】
図3に示すように、薬液注入配管が本体部のみで構成される場合、系統配管に約215℃の液体が流れると、薬液注入配管の内表面の温度が、約205℃となる。このような高温になると、薬液注入配管を通じて金属化合物の溶液を注入する場合に、金属化合物が熱分解してしまう。熱分解によって生じた不安定な金属化合物や金属イオンが、薬液注入配管の出口付近に過剰に還元析出する恐れがある。
【0042】
薬液注入配管によって注入される金属化合物の熱分解を防ぐためには、薬液注入配管を熱伝導率の小さい構造に設けることが有効と考えられる。例えば、
図3に示すように、薬液注入配管の本体部の内表面に、熱伝導率が約30W/m・Kである酸化ジルコニウムの被膜を厚さが1mmとなるように設けると、薬液注入配管の内表面の温度を180℃以下まで低下させることができる。
【0043】
図4は、薬液注入配管に設けられる被膜の熱伝導率と薬液注入配管の内表面の温度との関係を示す図である。
図4において、横軸は、薬液注入配管に設けられる被膜の熱伝導率[W/m・K]、縦軸は、薬液注入配管の内表面の温度[℃]を示す。曲線は、理論的な伝熱計算による結果を示す。被膜の膜厚を1mmに固定して、被膜の熱伝導率を変化させた結果である。
【0044】
図4に示すように、薬液注入配管の内側に設けられる被膜の膜厚が1mmであるとき、被膜の熱伝導率が約3W/m・K以下であると、薬液注入配管の内表面の温度が約180℃を下回る。薬液注入配管の内表面の温度が、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの熱分解温度よりも低くなるため、薬液注入配管の出口付近において、白金イオン等の過剰な生成を防ぐことができる。
【0045】
図4に示す結果によると、薬液注入配管の内側に設けられる被膜の熱伝導率は、薬液注入配管の本体部の熱伝導率や、現実的な被膜の膜厚等を考慮すると、10W/m・K以下が好ましいといえる。
【0046】
図5は、薬液注入配管用母管の外表面からの距離と温度との関係を示す図である。
図5において、横軸は、薬液注入配管用母管の外表面から薬液注入配管の内部への距離[mm]、縦軸は、薬液注入配管用母管や薬液注入配管の温度[℃]を示す。●のプロットおよび破線は、理論的な伝熱計算による結果を示す。
【0047】
●のプロットは、従来の薬液注入配管のように、薬液注入配管が本体部のみで構成される場合の結果である。破線は、薬液注入配管が本体部と被膜で構成される場合の結果である。薬液注入配管用母管や、薬液注入配管の本体部としては、熱伝導率が約40W/m・Kである炭素鋼を想定した。被膜の熱伝導率としては、20W/m・Kを想定した。
【0048】
図5に示すように、薬液注入配管の本体部の内表面に、熱伝導率が20W/m・Kである被膜を形成する場合、被膜の膜厚が約10mm以上であると、薬液注入配管の内表面の温度が約180℃を下回る。薬液注入配管の内表面の温度が、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの熱分解温度よりも低くなるため、薬液注入配管の出口付近において、白金イオン等の過剰な生成を防ぐことができる。
【0049】
図5に示す結果によると、薬液注入配管の内側に設けられる被膜の単位面積当たりの伝熱量(熱流束)は、系統配管を流れる液体と薬液注入配管を流れる液体との温度差や、各部の熱伝導や熱伝達等を考慮すると、700kW/m
2以下に抑制されることが好ましいといえる。系統配管を流れる液体の温度としては215℃、薬液注入配管を流れる液体の温度としては25℃が想定されるためである。
【0050】
図6は、薬液注入配管内の温度と薬液注入配管の内表面への白金の付着速度との関係を示す図である。
図6において、横軸は、薬液注入配管の内表面の温度[℃]、縦軸は、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの水溶液を注入する場合の薬液注入配管の内表面への白金の付着速度[m/day]を示す。●のプロットは、薬液注入配管を流れる液体を模擬した模擬試験における結果を示す。
【0051】
白金の付着速度は、薬液注入配管を流れる液体を模擬した模擬試験において、流体の圧力を測定して、流体の圧力変化を白金の付着速度に換算して求めた。薬液注入配管の本体部としては、熱伝導率が約40W/m・Kである炭素鋼を用いた。薬液注入配管を流れる液体は、溶存水素濃度を160ppbに調整したヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの水溶液とした。
【0052】
図6に示すように、薬液注入配管の内表面の温度が約180℃を下回る場合であっても、或る程度の白金の付着速度が認められた。薬液注入配管の内表面の温度が、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの熱分解温度より低くなったとしても、溶存水素濃度が高い場合には、白金の還元析出が起こると推定される。
【0053】
熱分解によって薬液中に生じた不安定な金属化合物や金属イオンの還元を防ぐためには、薬液注入配管を電気抵抗率の大きい構造に設けることが有効と考えられる。熱分解によって生じた不安定な金属化合物や金属イオンは、水素等の還元性化学種との電子授受によって還元される。薬液注入配管の内表面を絶縁被覆すると、水素等の還元性化学種への電子供与を抑制できるため、金属の還元析出を防ぐことができると考えられる。
【0054】
一般に、原子力プラントにおいて、圧力容器に接続された系統配管や、貴金属注入に用いられる薬液注入配管は、炭素鋼で形成されている。炭素鋼製の配管は、高温の冷却水等が流される場合、内表面に酸化皮膜が形成される。酸化皮膜は、溶存酸素濃度等に応じて、ヘマタイト(Fe
2O
3)、マグネタイト(Fe
3O
4)等で形成される。
図6に示す模擬試験においても、配管の内表面に酸化皮膜が形成されていたと推定される。
【0055】
図6に示す結果によると、薬液注入配管の内側に設けられる被膜の体積抵抗率は、薬液注入配管の本体部の導電性や電極電位や、本体部の内表面に形成される酸化皮膜の体積抵抗率等を考慮すると、10
6Ω・cm以上が好ましいといえる。
【0056】
図7は、薬液注入配管用母管の外表面からの距離と温度との関係を示す図である。
図7において、横軸は、薬液注入配管用母管の外表面から薬液注入配管の内部への距離[mm]、縦軸は、薬液注入配管用母管や薬液注入配管の温度[℃]を示す。■および▲のプロットは、理論的な伝熱計算による結果を示す。
【0057】
■のプロットは、薬液注入配管の本体部がジルカロイ製である場合の結果である。▲のプロットは、薬液注入配管の本体部が炭素鋼製である場合の結果である。ジルカロイとしては、熱伝導率が約14W/m・Kである材料を想定した。炭素鋼としては、熱伝導率が約40W/m・Kである材料を想定した。
【0058】
図7に示すように、薬液注入配管の本体部がジルカロイ製である場合、炭素鋼製である場合と比較して、薬液注入配管の本体部の温度や被膜の温度を大きく低下させることができる。薬液注入配管によって注入される金属化合物の熱分解を防ぐ観点からは、薬液注入配管の本体部自体が低い熱伝導であることが好ましいといえる。
【0059】
本実施形態に係る薬液注入配管100において、本体部3は、炭素鋼、ステンレス鋼、ジルカロイ、低合金鋼、および、ニッケル基合金のうち、少なくとも一つで形成することができる。本体部3は、これらの材料のうち、少なくとも一つが用いられている限り、一重管として形成されてもよいし、多重管として形成されてもよい。
【0060】
炭素鋼によると、本体部3のコスト性等を改善できる。ステンレス鋼によると、本体部3の耐食性等を向上させることができる。ジルカロイによると、本体部3の断熱性を向上させることができる。ジルカロイは、熱伝導率が約14W/m・Kであり、炭素鋼等と比較して、断熱性に優れた材料である。低合金鋼は、合金元素の合計が5質量%以下の合金鋼である。低合金鋼やニッケル基合金によると、本体部3の耐食性や高温強度等を向上させることができる。
【0061】
本体部3は、内径、外径、長さ、形状等を、適宜の条件に設けることができる。通常、系統配管1の内径は、数十cm程度である。本体部3の内径は、1~3cm程度に設けることができる。系統配管1と薬液注入配管100とでは、流量差が大きくなり、薬液注入配管100の内部には、渦流が侵入し易くなる。しかし、第1被膜4および第2被膜5によって、金属の過剰な還元析出を防止できる。
【0062】
第1被膜4は、本体部3よりも熱伝導率の小さい材料で形成される限り、適宜の熱伝導率となるように、適宜の材料で形成することができる。第1被膜4は、第2被膜5とは異なる独立した被膜として設けられることが好ましい。第1被膜4は、適宜の相対密度や充填率に設けることができる。
【0063】
第1被膜4は、熱伝導率が10W/m・K以下であることが好ましい。熱伝導率が10W/m・K以下であると、被膜の膜厚が1mm以上であるときに、薬液注入配管の内表面の高温化を十分に抑制できる。薬液注入配管100によって注入される金属化合物の熱分解が抑制されるため、薬液注入配管100の出口付近において、金属の過剰な還元析出による流路抵抗の増大や流路の閉塞を防止できる。
【0064】
第1被膜4は、酸化ジルコニウム(ジルコニア:ZrO2)、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、部分安定化ジルコニア(PSZ)、酸化チタン(チタニア:TiO2)、および、チタン酸アルミニウム(TiO2・Al2O3)のうち、少なくとも一つを含むように形成することができる。これらの材料によると、高い断熱性を小さい膜厚で得ることができる。
【0065】
第1被膜4は、本体部3と薬液との間で断熱性が確保される限り、適宜の膜厚に設けることができる。第1被膜4は、薬液注入配管100によって注入される金属化合物の熱分解を抑制する観点からは、1mm以上の厚さに設けられることが好ましい。
【0066】
第2被膜5は、本体部3よりも電気抵抗率の大きい材料で形成される限り、適宜の電気抵抗率となるように、適宜の材料で形成することができる。第2被膜5は、第1被膜4とは異なる独立した被膜として設けられることが好ましい。第2被膜5は、適宜の相対密度や充填率に設けることができるが、電気絶縁性を確保する観点からは、第1被膜4よりも高い相対密度や充填率に設けることが好ましい。
【0067】
第2被膜5は、体積抵抗率が106Ω・cm以上であることが好ましい。体積抵抗率が106Ω・cm以上であると、使用環境下で内表面に酸化皮膜が生成した従来の炭素鋼製の配管と比較して、薬液注入配管の内表面における電子授受を十分に抑制できる。熱分解によって薬液中に生じた不安定な金属化合物や金属イオンの還元が抑制されるため、薬液注入配管100の出口付近において、金属の過剰な還元析出による流路抵抗の増大や流路の閉塞を防止できる。
【0068】
第2被膜5は、酸化アルミニウム(アルミナ:Al2O3)、酸化クロム(クロミア:Cr2O3)、酸化ジルコニウム(ジルコニア:ZrO2)、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、部分安定化ジルコニア(PSZ)、および、チタン酸アルミニウム(TiO2・Al2O3)のうち、少なくとも一つを含むように形成することができる。これらの材料によると、高い電気絶縁性を小さい膜厚で得ることができる。
【0069】
第2被膜5は、本体部3と薬液との間で電気絶縁性が確保される限り、適宜の膜厚に設けることができる。第2被膜5は、熱分解によって薬液中に生じた不安定な金属化合物や金属イオンの還元を抑制する観点からは、0.5μm以上の厚さに設けられることが好ましい。
【0070】
第1被膜4および第2被膜5は、本体部3の内表面のうち、系統配管1に接続される先端側に少なくとも設けられることが好ましい。薬液注入配管100の先端側には、系統配管1を流れる液体からの対流熱伝達や、系統配管1や薬液注入配管用母管2を介した熱伝導によって、高熱流束の侵入があるためである。第1被膜4や第2被膜5を薬液注入配管100の先端側に設けると、金属の過剰な還元析出を抑制する高い効果が得られる。
【0071】
第1被膜4および第2被膜5は、本体部3の内表面のうち、系統配管1に接続される先端から本体部3の長手方向に10cmまでの領域に少なくとも設けられることがより好ましい。薬液注入配管100の出口付近のうち、先端から30cm程度までの領域には、系統配管1を流れる液体が渦流として侵入することがある。第1被膜4や第2被膜5を薬液注入配管100の先端側の10cmまでの領域に設けると、渦流による高温化や高還元性化を抑制する高い効果が得られる。
【0072】
このような本実施形態に係る薬液注入配管100は、配管の本体を構成する本体部を素材として、適宜の成膜方法を利用して製造することができる。
【0073】
本実施形態に係る薬液注入配管の製造方法は、薬液注入配管の本体を構成する本体部の内表面の一部または全部に、本体部よりも熱伝導率の小さい材料で第1被膜を形成する工程と、本体部の内表面の一部または全部に形成された第1被膜上に、本体部よりも電気抵抗率の大きい材料で第2被膜を形成する工程と、を含む。
【0074】
第1被膜は、本体部を熱処理する熱酸化法、物理気相成長法(Physical Vapor Deposition:PVD)、化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition:CVD)、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法(Metal Organic Decomposition:MOD)、および、塗布法のうち、少なくとも一つを用いて形成することができる。
【0075】
第2被膜は、物理気相成長法(PVD)、化学気相成長法(CVD)、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法(MOD)、および、塗布法のうち、少なくとも一つを用いて形成することができる。第2被膜を形成する成膜方法は、第1被膜を形成する成膜方法と同一であってもよいし、第1被膜を形成する成膜方法と異なっていてもよい。
【0076】
熱酸化法としては、薬液注入配管の本体を構成する本体部を熱処理して熱酸化させる方法を用いることができる。熱処理は、大気雰囲気下や、酸化性ガス雰囲気下で行うことができる。適切な材料で形成された本体部を熱酸化させると、本体部の内表面等に熱伝導率が小さい無機酸化物の被膜を形成することができる。例えば、ジルカロイで形成された本体部を熱酸化させると、酸化ジルコニウムの被膜を形成できる。熱酸化法によると、被膜材料を別途用意することなく、熱伝導率の小さい第1被膜を簡便な操作で形成できる。
【0077】
物理気相成長法(PVD)としては、抵抗加熱、電子ビーム加熱、高周波誘導加熱等による真空蒸着法や、反応性スパッタリング法等を用いることができる。化学気相成長法(CVD)としては、熱CVD法、プラズマCVD法、有機金属CVD法等を用いることができる。PVDやCVDによると、密着性が高い精密な被膜を形成することができる。
【0078】
溶射法としては、フレーム式溶射法、プラズマ式溶射法、アーク式式溶射法、コールドスプレ法等を用いることができる。溶射法によると、雰囲気が限定されないため、密着性が高い被膜を現場で容易に形成することができる。
【0079】
ゾルゲル法としては、例えば、金属アルコキシド等を原料として、加水分解および重縮合反応を行う方法を用いることができる。有機金属分解法(MOD)としては、例えば、クエン酸塩、カルボン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩等を原料として、乾燥や焼成を行う方法を用いることができる。塗布法としては、液体状や流動体状の原料液を塗布して、原料液の乾燥や焼成を行う方法を用いることができる。ゾルゲル法やMOD法や塗布法によると、雰囲気や配管形状が限定されないため、被膜を現場で容易に形成することができる。また、添加剤の併用によって被膜の相対密度や充填率を容易に調整することができる。
【0080】
第1被膜を形成する工程や、第2被膜を形成する工程は、薬液注入配管100の本体部3を系統配管1に接続する前、および、薬液注入配管100の本体部3を系統配管1に接続した後のうち、いずれの段階で実施してもよい。但し、成膜処理の施工性の観点からは、薬液注入配管100の本体部3を系統配管1に接続する前に実施することが好ましい。
【0081】
以上の薬液注入配管100および薬液注入配管の製造方法によると、薬液注入配管の本体を構成する本体部の内表面に、本体部よりも熱伝導率の小さい材料で形成された第1被膜、および、本体部よりも電気抵抗率の大きい材料で形成された第2被膜が形成されるため、プラントの系統配管への薬液の注入時に、注入された金属化合物の熱分解や、熱分解によって生じた不安定な金属化合物や金属イオンの還元を抑制することができる。よって、金属の過剰な析出による薬液注入配管の流路抵抗の上昇や、薬液注入配管の流路の閉塞を防止することができる。また、金属化合物は、系統配管に向けて流れ易くなると共に、薬液注入配管の出口付近に固定化され難くなるため、系統配管に対する高い供給量を確保することが可能になる。
【0082】
図8は、本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
図8に示すように、本実施形態に係る薬液注入配管100は、系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2に挿入・固定することによって設置することができる。
【0083】
薬液注入配管用母管2は、プラントの系統配管1の中間部に既設の配管として接続されている。薬液注入配管用母管2としては、系統配管1の反対側に、接続用のフランジ6が設けられたものを用いることができる。薬液注入配管100の本体部3には、薬液注入配管用母管2のフランジ6とフランジ接続可能なフランジ7を予め設けることができる。フランジ7は、薬液注入配管用母管2の長さに対応した本体部3の先端側の中間部に、径方向の外側に向けて突出するように設けられる。
【0084】
薬液注入配管100の設置時には、はじめに、薬液注入配管100を、系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2に挿入する。薬液注入配管100の外径と、薬液注入配管用母管2の内径とは、互いに近似する大きさに設けられることが好ましい。薬液注入配管用母管2と薬液注入配管100との隙間が小さいと、液体の漏洩の防止が容易になる。
【0085】
続いて、薬液注入配管用母管2のフランジ6と薬液注入配管100のフランジ7との間に、液体の漏洩を防止するためのパッキン8を挟む。そして、薬液注入配管用母管2のフランジ6と薬液注入配管100のフランジ7とを、ボルト9およびナット10で互いに締結する。このようなフランジ接続によって、薬液注入配管100をプラントの系統内に設置することができる。
【0086】
なお、第1被膜4および第2被膜5は、薬液注入配管100を薬液注入配管用母管2に挿入する前、および、薬液注入配管100を薬液注入配管用母管2に挿入した後のうち、いずれの段階で形成してもよい。但し、成膜処理の施工性の観点からは、薬液注入配管100を薬液注入配管用母管2に挿入する前に形成しておくことが好ましい。
【0087】
図8において、薬液注入配管100は、薬液注入配管用母管2に対して、パッキン8を挟むフランジ接続によって設置されている。しかし、薬液注入配管100は、フランジ接続を用いることなく、軸封方式によって設置されてもよい。
【0088】
軸封方式の場合、薬液注入配管100は、パッキン等の封止材を挟んで薬液注入配管用母管2に挿入することによって固定できる。封止材は、薬液注入配管と薬液注入配管用母管2との間に介装される。封止材としては、パッキンの他、ガスケット、Oリング、シーリング材等を用いてもよい。パッキンやシーリング材としては、黒鉛系等のグランドパッキンや、ラビリンスパッキン、シーリンググランド等を用いることができる。
【0089】
図8に示す設置方法によると、系統配管1に接続された既存の薬液注入配管用母管2を利用することができる。そのため、施工作業の軽減を図ることができる。
【0090】
図9は、本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
図9に示すように、本実施形態に係る薬液注入配管100は、系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2に挿入・固定することによって設置することができる。
【0091】
薬液注入配管用母管2は、プラントの系統配管1の中間部に既設の配管として接続されている。薬液注入配管用母管2としては、系統配管1の反対側の外周面に、ねじ切り部分が形成されたものを用いることができる。ねじ切り部分は、キャップ14のねじ切り部分と螺合可能に設けられる。キャップ14は、固定具として用意され、薬液注入配管用母管2を覆うように取り付けられる。
【0092】
薬液注入配管100の設置時には、はじめに、薬液注入配管100を、系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2に挿入する。続いて、薬液注入配管用母管2と薬液注入配管100との間に、液体の漏洩を防止するためのシーラント12を挟む。さらに、薬液注入配管用母管2と薬液注入配管100との間に、フォロア13を挿入する。
【0093】
そして、薬液注入配管100の外径と同程度の直径の孔を有したキャップ14を薬液注入配管100に通し、キャップ14および薬液注入配管用母管2のねじ切り部分同士を噛み合わせる。それにより、シーラント12およびフォロア13を系統配管1側へ押し込み固定する。このようなシーリンググランドによる薬液注入配管100の固定によって、薬液注入配管100をプラントの系統内に設置することができる。
【0094】
なお、第1被膜4および第2被膜5は、薬液注入配管100を薬液注入配管用母管2に挿入する前、および、薬液注入配管100を薬液注入配管用母管2に挿入した後のうち、いずれの段階で形成してもよい。但し、成膜処理の施工性の観点からは、薬液注入配管100を薬液注入配管用母管2に挿入する前に形成しておくことが好ましい。
【0095】
図9に示す設置方法によると、系統配管1に接続された既存の薬液注入配管用母管2を利用することができる。そのため、施工作業の軽減を図ることができる。シーラント12としては、例えば、グラファイト、テトラフルオロエチレン、シリコーン、フッ素ゴム等を用いることができる。
【0096】
図10は、本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
図10に示すように、本実施形態に係る薬液注入配管100は、系統配管1の中間部に接続された薬液注入配管用母管2を本体部3として、本体部3である薬液注入配管用母管2の内表面に第1被膜4および第2被膜5を形成することによって設置することもできる。
【0097】
薬液注入配管用母管2の内表面に第1被膜4や第2被膜5を形成する方法としては、本体部を熱処理する熱酸化法、物理気相成長法(PVD)、化学気相成長法(CVD)、溶射法、ゾルゲル法、有機金属分解法(MOD)、塗布法等、適宜の成膜方法を用いることができる。但し、系統配管1に接続された既存の薬液注入配管用母管2を利用する場合には、系統配管1を流れる液体に水質の影響を与えない成膜方法を用いることが好ましい。このような成膜方法としては、ゾルゲル法や、MODや、塗布法が挙げられる。
【0098】
ゾルゲル法や、MODや、塗布法では、被膜を形成する原料として、スラリ状の高粘度の原料液を用いることができる。高粘度の原料液は、液だれを起こし難いため、系統配管1を流れる液体に混入させることなく、薬液注入配管用母管2の内表面に施工できる。原子力プラントの場合には、水垢の発生や、水垢や混入物の放射化汚染を防止して、浄化系への負荷を軽減できる。
【0099】
図10に示す設置方法によると、系統配管1に接続された既存の薬液注入配管用母管2を利用することができる。そのため、施工作業の軽減を図ることができる。薬液注入配管100の本体部3を挿入する必要がないため、配管径の確保や、材料コストの削減が容易になる。
【0100】
図11は、本発明の実施形態に係る薬液注入配管の設置方法例を示す図である。
図11に示すように、本実施形態に係る薬液注入配管100は、系統配管1に開口を形成し、その開口に挿入・固定することによって設置することもできる。
【0101】
プラントの系統配管1には、プラントの停止時等に、機械切断、レーザ切断等の切断加工によって開口を形成できる。薬液注入配管100の本体部3は、このような開口に挿入した後、溶接によって溶接部11を介して接合することができる。溶接方法としては、適宜の方法を用いることができる。
図11においては、溶接部11が隅肉として設けられているが、突合せ溶接、差し込み溶接等の各種の溶接方法を用いることができる。
【0102】
図11に示す設置方法によると、薬液注入配管100を、薬液注入配管用母管2を利用することなく、系統配管1に対して接続することができる。既存の薬液注入配管用母管2を利用しないため、薬液注入配管100の接続場所の自由度が高くなる。金属の過剰な還元析出を抑制するための対策がなされた薬液注入配管100は、従来の薬液注入配管3と比較して、より高温の液体が流れる系統配管1の区間や、より還元性が高い液体が流れる系統配管1の区間に接続することも可能になる。
【0103】
本実施形態に係る薬液注入配管100は、系統配管に対して金属化合物の溶液が注入される各種のプラントで用いることができる。プラントとしては、原子力プラント、火力プラント、化学プラント、石油プラント等が挙げられる。薬液注入配管100は、プラントの停止時に使用されてもよいし、プラントの運転中に使用されてもよい。
【0104】
プラントの系統配管は、プラントの主要な機能を担う液体が流れる配管である。系統配管は、内径、外径、長さ、形状等が特に限定されるものではない。系統配管としては、高温の液体や還元性化学種の濃度高い液体が流される配管が好ましい。このような系統配管に薬液注入配管100を接続して用いることができる。
【0105】
本実施形態に係る薬液注入配管100の用途の具体例としては、沸騰水型原子炉(BWR)等の原子力プラントにおける貴金属注入が挙げられる。貴金属注入に用いられる貴金属化合物としては、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、オスミウム、イリジウム等の化合物が挙げられる。薬液注入配管100は、BWRにおいて、高温の冷却水が流れる給水系の系統配管に接続されることが好ましい。薬液注入配管100は、冷却水の温度が200℃を超える区間に接続されてもよい。
【0106】
また、本実施形態に係る薬液注入配管100は、加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactor:PWR)等の原子力プラントや、火力プラント等において、金属化合物の溶液を注入する処理に用いることができる。金属化合物の溶液を注入する処理としては、腐食防止剤、放射性核種付着抑制剤、脱酸素剤、pH調整剤等を注入する処理が挙げられる。
【0107】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。例えば、本発明は、必ずしも前記の実施形態が備える全ての構成を備えるものに限定されない。或る実施形態の構成の一部を他の構成に置き換えたり、或る実施形態の構成の一部を他の形態に追加したり、或る実施形態の構成の一部を省略したりすることができる。
【符号の説明】
【0108】
100 薬液注入配管
1 系統配管
2 薬液注入配管用母管
3 本体部(薬液注入配管)
4 第1被膜
5 第2被膜
6 フランジ
7 フランジ
8 パッキン、ガスケット、Oリングまたはシーリング材
9 ボルト
10 ナット
11 溶接部
12 シーラント
13 フォロア
14 キャップ