(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022336
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】弾性靴下
(51)【国際特許分類】
A41B 11/00 20060101AFI20240208BHJP
【FI】
A41B11/00 A
A41B11/00 E
A41B11/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125838
(22)【出願日】2022-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】596040149
【氏名又は名称】株式会社鈴木靴下
(74)【代理人】
【識別番号】100126815
【弁理士】
【氏名又は名称】神谷 岳
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 和夫
【テーマコード(参考)】
3B018
【Fターム(参考)】
3B018AC01
3B018AD03
3B018AD07
(57)【要約】
【課題】高齢者のような皮膚の弱い装用者であっても皮膚障害を発生することがなく、しかも、耐久性に優れた筒状包帯を提供する。
【解決手段】人体の下肢に装用することが可能とされた編成組織で構成される筒状包帯であって、少なくともその一部の両面に繊維ループを備えることとしている。該編成組織はブークレ糸を含む糸で編成され、該ブークレ糸の浮き糸が該編成組織の両面で繊維ループを構成する。該繊維ループはピッチ2mm以下、高さが0.8mm乃至1.5mmとされる。好ましくは、筒状包帯は弾性靴下として実施する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状編成組織を備え、
該筒状編成組織は人体の下肢に装用することで少なくとも該下肢の一部に20hPa乃至67hPaの着圧を加えることが可能とされ、
該筒状編成組織は少なくともその一部領域の両面に繊維ループを備えている
ことを特徴とする、筒状包帯。
【請求項2】
前記繊維ループは、パイル編成組織で構成される
ことを特徴とする、請求項1に記載の筒状包帯。
【請求項3】
前記繊維ループは、前記繊維ループのうち前記筒状編成組織の裏面側に現れる繊維ループと、前記繊維ループのうち前記筒状編成組織の表面側に現れる繊維ループが、連続した繊維で構成されている
ことを特徴とする、請求項1に記載の筒状包帯。
【請求項4】
前記編成組織はブークレ糸を平編みして編成され、
該ブークレ糸の浮き糸が該編成組織の両面で前記繊維ループを構成する
ことを特徴とする、請求項3に記載の筒状包帯。
【請求項5】
前記繊維ループはピッチが2mm以下、高さが0.8mm乃至1.5mmとされている
ことを特徴とする、請求項4に記載の筒状包帯。
【請求項6】
前記繊維ループを構成する糸はすくなくとも綿繊維またはレーヨン繊維のいずれか一方を含む
ことを特徴とする、請求項5に記載の筒状包帯。
【請求項7】
前記繊維ループを構成する糸は解撚糸である
ことを特徴とする、請求項6に記載の筒状包帯。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれかに記載の筒状包帯である
ことを特徴とする弾性靴下。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筒状構造を備えた繊維製品であって、下肢に装用可能とされた弾性サポータや弾性靴下を含む筒状包帯に関するものである。より具体的には、下肢に装用することで圧迫を加え、下肢静脈瘤や静脈血栓症などの疾患の予防や治療に用いられる弾性サポータや弾性靴下に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、下肢静脈瘤や静脈血栓症の予防や治療に筒状包帯が利用されている。筒状包帯とは弾性に富む繊維製品であって、装用することで下肢に圧迫を加えることができる装用具であり、典型的には弾性サポータや弾性靴下として流通している。弾性サポータは両端が開口した筒状包帯を指すことが多く、下腿部のみを覆う短いものや、大腿部から下腿部までを覆える長いものなどさまざまな製品がある。一方、弾性靴下は一端が足を差し入れる開口端とされ、他端は足を収納できる足袋とされた筒状包帯の一種であり、これにも足部から下腿部のみを覆う短いものや、大腿部から下腿部までを覆える長靴下形状のものなどさまざまな製品があり、弾性ストッキングと呼ばれるものもこれの一種である。以下、特に区別する場合を除き弾性サポータや弾性靴下、弾性ストッキングを総称して弾性靴下と呼ぶ。
【0003】
弾性靴下は下肢に圧力を加えることで人体の高低差によって生じる重力の影響を緩和し、下肢の静脈還流を改善しようとするものである。弾性靴下を装着することで下肢に圧迫を加えるので、この際に加わる圧力を着圧と呼ぶことがある。多くの弾性靴下では、足関節部の着圧を高くし上に向かうほど着圧が弱くなるように設定するなど、足先から心臓への血流の戻りをさらに助ける工夫がなされている。
【0004】
しかし、脚の疲れや軽いむくみ対策として流通している弾性靴下は概ね着圧が20hPa以下程度であり、ひどいむくみ対策であっても着圧は36hPa以下程度とされている一方、医師等の指導の下で使用される医療用の弾性靴下では着圧が40hPaを超える場合も珍しくない。高い着圧を発生する弾性靴下では、これを構成する編糸(高い着圧を発生するために編み込まれるウレタン弾性糸やゴム糸を含む)が肌に食い込むことで着圧が集中して皮膚表面付近の静脈の環流が阻害されるといった不都合が発生しやすいという課題がある。弾性靴下を正しく装用していればこのような不都合の発生は最小限に抑えられるが、実際には装用者が常に正しく弾性靴下を装用することは容易ではなく、また、装用者が歩行したりすることによっても弾性靴下の装用状態は刻一刻と変化してしまう。また、弾性靴下の着圧の分布を調整したり、履き心地を向上するためにゴアラインを設けると、この部分の着圧が部分的に高くなって肌に食い込みやすく、前記課題はますます深刻になる。
【0005】
また、下肢静脈瘤や静脈血栓症の患者には皮膚が弱く敏感になっている高齢者が多く、刺激によって皮膚炎を発生したり、紅斑・紫斑を生じたりすることが少なくない。このような患者が弾性靴下を装用する場合、局所的に着圧が高くなる事態を避けなければならないことは言うまでもないが、さらに、ポリウレタン弾性糸やナイロン糸などの皮膚との接触によるアレルギー反応や、汗や皮脂などによる皮膚の汚れ、または汗の水分による蒸れなども、かぶれや湿疹のような皮膚障害の原因になるという課題がある。
【0006】
さらに、一般に弾性靴下は耐久性、特に摩擦強さが低くなりがちであることも課題である。高い着圧を発生しなければならない弾性靴下は、その着圧を発生する糸(ポリウレタン弾性糸やゴム糸など)に高い張力がかかる状態で使用される。一般に繊維は高張力下で他の物品とこすれると強い摩擦作用を受けて摩耗するものであり、弾性靴下は装用時に生活活動の中で強い摩擦作用にさらされるものであるから、その耐久性が問題になることが多いのである。
【0007】
前記のような課題に対し、特開2001-295104号公開特許公報には、靴下の編成組織をパイル編み部分と平編み部分とを混在して編成したことを特徴とする靴下に係る発明が開示されている。この発明に係る靴下は弾性靴下に係るものではないが、[0008]段落に記載されている通り、汗の吸収に優れ、かつ、通気性においても優れることが記載されている。パイル編みで編成される部分は明らかに吸水性に富むので皮膚の汗を速やかに吸収することができ、平編み部分は靴下の表面側(装用時に外気に接する面)と裏面側(装用時に皮膚に接する面)間の通気性が良好となるからである。
【0008】
しかし、弾性靴下にこのような構造を適用すると、厚みのあるパイル編み部分と薄い平編み部分で着圧が変わってしまい、局所的に着圧が高くなるような事態を生じやすい。特に、パイル編み部分と平編み部分の境界部は肌への食い込みを生じてしまいがちである。
【0009】
また、靴下は一般にローゲージ乃至ミドルゲージの編機、つまり、おおむね1インチ当たり10本程度以下の編針で製造されるので、編み目にあわせてパイルの密度も比較的低くなる。また、通常の編機ではあまりにも背が低いパイルを作ることは容易ではないので、結果として密度が低く背が高いパイルを備えることになる。このような編成組織は通常の靴下であれば厚みがあってクッション性を備えるので、特にスポーツ用靴下などに好適である。しかし、弾性靴下においては装用時間が長く、かつ高い着圧によってパイルが寝てしまったりしてクッション性を喪失してしまいやすい。加えて、密度が低く背の高いパイル糸や編目が皮膚に食い込み、編目痕を皮膚に残すなどの不都合を生じるという課題がある。
【0010】
なお、原理的には背の低いパイルを備えた編成組織を編成することは可能であろうが、編機に備えるシンカーの加工上及び強度上の課題があるほか、そもそもパイルの背がある程度高く無ければ、パイル編成組織特有の柔らかさなどを感じにくくパイル編成組織とする利益に乏しくなることもあり、極端に背の低いパイルを備えたパイル編成組織は一般的ではない。
【0011】
パイル編成組織を備える弾性靴下としては、特開2006-219805号公開特許公報に開示された発明がある。同発明においては、パイル編成組織は弾性靴下の装用者の足に部分的に刺激効果・マッサージ効果を与えることが企図されており、皮膚の弱い患者への適用を想定してなされた発明ではないものの、注目に値する技術的特徴を備えている。
【0012】
具体的には、同公報[0048]~[0051]段落には、弾性靴下の着圧効果を高めるために、靴下の裏側(同公報では「内側」)に凸になるようにパイルを形成し、また、パイルはナイロン繊維またはこれを他の繊維と混紡した弾性糸を用いることが可能であることが記載されている。強靭なナイロン繊維またはこれを混紡した弾性糸でパイルを形成しているので、通常の靴下の編成組織で実現した場合のような密度が低く背が高いパイルであっても、高い着圧に負けてパイルがつぶれてしまうようなことは起きにくい。しかし、粗い編成組織の編目が皮膚に食い込むといった課題は変わらない。皮膚の丈夫な装用者であれば問題を生じることはほとんどなくとも、下肢静脈瘤や静脈血栓症の患者には皮膚の弱い高齢者が多く、編目の食い込みが皮膚炎や紅斑・紫斑の原因になることが多いからである。
【0013】
また、同発明では靴下の裏側に凸になるようにパイルが形成されるので、皮膚に接する部分の繊維の表面積が大きく皮膚から発汗した汗を吸収する機能に優れるが、このパイルを構成する糸が靴下の表側に露出する表面積は通常の平編み編成組織の場合と何ら変わない。糸に吸収された汗のような水分の多くは糸の繊維に沿って浸透し靴下の表側に到達するのだが、靴下の表側に露出する糸の表面積が限られているため水分の蒸散は限定的になってしまう。つまり、蒸れを生じやすく、これも皮膚の弱い患者にとって問題を生じやすい。
【0014】
特開2017-205328号公開特許公報には、弾性靴下を含む筒状包袋の環状の編目列の目数の変化により周囲長を変化させることで、ゴアラインが無いにもかかわらず身体の断面寸法の変化にフィットできる筒状包袋が開示されている。ゴアライン及びこれに起因して生じがちな皴は、局所的な着圧の集中や、装用者の皮膚への食い込みの原因になるものであり、このような懸念の少ない同発明は通常の患者が使用する弾性靴下として優れた特徴を備えていると想像される。しかし、高齢な下肢静脈瘤や静脈血栓症の患者は皮膚が特に弱いことが少なくなく、この場合は編目そのものの食い込みが問題となってしまうことに変わりはない。
【0015】
下肢静脈瘤や静脈血栓症の予防や治療を目的とした弾性靴下ではないが、特開2011-21290号公開特許公報に記載のスポーツ用靴下は注目に値する技術的特徴を備えている。
【0016】
同公報[0026]段落には、スポーツ用靴下の編成組織に意匠撚糸、具体的にはブークレ糸を編み込む構成が開示されている。一般に意匠撚糸は、芯糸、芯糸の上に巻いて飾りを作る浮き糸(からみ糸と呼ばれることもある)、浮き糸の崩れを押さえる押さえ糸から構成される糸の総称で、その中でもブークレ糸は、撚りの甘い浮き糸を多く供給して芯糸の周りにワナを形成し、その後押さえ糸を用いて逆方向に上撚りした糸である。ブークレ糸は芯糸に対して浮き糸が長く余りが発生するため、これによって編成した編成組織はその両面に余った浮き糸による小さなループが構成される。これにより、スポーツ用靴下の裏面及び両面の両方に密度の高い小さなループが構成され、これが摩擦面、つまり、滑り止めの効果が高い靴下の部分として働くことで、優れたスポーツ用靴下が得られるというものである。なお、同公報[0010]段落に記載があるように、滑り止め部はスポート用靴下のつま先部、足の甲側、足の裏側の指球部とその付近に形成される。[0021]段落に記載があるように、滑り止め部はあくまでも滑り止めが目的であり、この機能が必要のない部分(例えばふくらはぎ部分)は汗の蒸発を促進し気化熱によるクーリング機能を高めるために高通気性部分を設けることがスポーツ用靴下として好ましいからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2001-295104 公開特許公報
【特許文献2】特開2006-219805 公開特許公報
【特許文献3】特開2017-205328 公開特許公報
【特許文献4】特開2011-21290 公開特許公報
【0018】
上記説明したように、汗の吸収に優れていたり通気性が改善されたりした靴下や、あるいは、ゴアライン及びこれに起因する皴が発生しにくく皮膚への食い込みも生じにくい弾性靴下がすでに上市されているのだが、高齢者など特に皮膚の弱い患者にとって編成組織の編目の食い込みが皮膚炎や紅斑・紫斑の原因になるという課題は解決されていない。
【0019】
また、そもそも靴下は装用された際に強い摩擦にさらされるため使用につれて消耗していくものであるが、弾性靴下においてはその構成糸は高い着圧を発生するために強い張力にさらされているため、特に耐久性に難があるという課題も解消されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明が解決しようとする課題は、上記課題を解決した弾性靴下を提供することである。つまり、高齢者のような皮膚の弱い装用者であっても皮膚炎や紅斑・紫斑といった皮膚障害を発生せず、下肢にむらなく圧迫を加えることのでき、しかも、耐久性にも優れた弾性靴下を提供することを本発明が解決しようとする課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
(1)上記課題を解決するため、本発明においては
筒状編成組織を備え、
該筒状編成組織は人体の下肢に装用することで少なくとも該下肢の一部に20hPa乃至67hPaの着圧を加えることが可能とされ、
該筒状編成組織は少なくともその一部領域の両面に繊維ループを備えている
ことを特徴とする、筒状包帯としている。
【0022】
本発明は、典型的には糸を丸編み機を用いて筒状に編成して製造された筒状編成組織を備えた筒状包帯である。帯状の弾性包帯を下肢に巻き付けて圧迫を加えることが下肢静脈瘤や静脈血栓症の予防や治療に有用であることが知られるが、弾性包帯を用いて下肢に適切な圧迫を加えるには熟練した医師や看護師による装着が必要であり、患者やその家族がこれを行うことは容易ではない。そこで、弾性を備える素材で筒状に製造した筒状包帯が広く利用されており、これによれば患者が該筒状包帯を下肢に装用することで比較的容易に必要な圧迫を加えることが出来る。
【0023】
筒状包帯の語は、装用することで圧迫を加えることのできるものであれば様々な大きさや形態の物品を指す語として使用されている。本発明においても、筒状包帯の語は様々な形態の物品を含むものである。具体的には、筒状編成組織の両端が開口しており、下腿や大腿に装用可能とされた筒状の繊維製品(狭義の筒状包帯であって、しばしば着圧サポータなどと呼ばれる)や、下腿に装用可能とされた一端が開口した筒状編成組織の他端に足を挿納可能とされた袋状編成組織が接続されたいわゆる弾性靴下、あるいは大腿・下腿に装用可能とされた長靴下形状のもの(弾性ストッキングと呼ばれることもある)などを総称して、筒状包帯と称呼している。
【0024】
通常の自立姿勢時に人体の下側に位置する下肢部分は、血液に作用する重力の影響で血圧が高く、心臓から送り出された血液が静脈を通じて心臓へ戻りにくい傾向がある。このような理由から、下肢部分には、下肢静脈瘤や静脈血栓症、あるいは、むくみといった疾患や症状を発生することがあり、これらの予防や治療に下肢部を圧迫することが有効であることはすでに述べた通りであるが、靴下やストッキングの類は多かれ少なかれ装用時に下肢部を圧迫するものである。本発明は、積極的に血液が心臓に戻る流れ(静脈還流)を助ける機能を目的としており、少なくとも下肢の一部に20hPa(約15mmHg)以上の着圧を加えることのできることを特徴とする筒状包帯としている。少なくとも下肢の一部とは、必ずしも本発明に係る筒状包帯を装用した際に装用部を均等に圧迫するとは限らないことを意味している。むしろ、装用時に下側になる部分(足先側)の着圧が高く、上側(心臓に近い側)になるに伴って徐々に着圧が漸減することが着圧靴下の作用効果上好ましいとされており、本発明はこのように設定されている筒状包帯ものを含むものである。
【0025】
さらに、少なくとも下肢の一部に27hPa(約20mmHg)以上の着圧を加えることができることが好ましい。下肢静脈瘤の予防などには27hPa未満の着圧でも効果があるとされるが、静脈瘤(高齢者静脈瘤を含む)などには、27hPa~40hPa(約30mmHg)程度のより高い着圧が必要とされ、このような高い着圧では皮膚への刺激も強くなることから、本発明の効果がより強く求められるからである。さらに、少なくとも下肢の一部に40hPa(約30mmHg)以上の着圧を加えることができることがさらに好ましい。皮膚病変のある下肢静脈瘤など重い症例にも効果のある着圧靴下とできるからである。
【0026】
なお、本発明においては67hPa(50mmHg)以下の着圧となることが好ましい。これを超える着圧の筒状包帯が用いられる場合もあるが、このような高い着圧は非常に注意深く装用しなければ皮膚障害の原因になりやすいのみならず、静脈還流をかえって悪化させるなどの不都合を生じる懸念があるからである。また、53hPa(40mmHg)以下の着圧とすることも好ましい実施形態である。医師等の指導や訓練を十分に受けていない患者であっても着圧によって生じる不具合の懸念をより小さくできるからである。
【0027】
ところで、着圧を発生させる筒状編成組織の構成は任意である。例えば、天然ゴムや合成ゴム、または、弾性ポリウレタン製のいわゆるゴム糸を筒状編成組織に編み込むことで、前記必要な着圧を発生させることができる。しかし、本発明においては、より好ましくはポリウレタン弾性繊維を含む糸によって筒状編成組織を編成することが好ましい。天然ゴムに含まれるラテックスタンパク質によってアレルギー症状を発し赤み、かゆみ、じんましんなどの皮膚障害を発現することはよく知られており、本発明においてはゴム糸が装用者の皮膚に直接接触しない構成とされているものの、汗等の水分を介して天然ゴムアレルギーを発生する可能性は否定できないからである。ポリウレタンであればアレルギー症状が発生しないとは言い切れないものの、高品質のポリウレタン弾性繊維を選択し、及び温水洗浄・高温乾燥工程を経ることでそのリスクは天然ゴム糸を使用する場合よりもはるかに低くできると考えられるからであり、このことは、高齢者など皮膚が弱く敏感な患者が装用者になる可能性の高い本発明において重要である。
【0028】
本発明においては、筒状編成組織の少なくともその一部領域の両面に繊維ループを備えている。ここで繊維ループを備えるとは、筒状編成組織を構成する編成組織の生地の表面に糸を含む繊維で構成される多数のループ(輪)が設けられた状態を指しており、いわゆるタオル地などにみられる構造と同様または類似のものである。本発明においては、特にこの繊維ループが筒状編成組織の少なくとも一部領域の両面に設けられていることを特徴としている。繊維で構成される多数のループが設けられているので、その部分は繊維(糸を含む)の表面積が極めて大きくなっている。このため、本発明のこの部分の裏面側(装用時に皮膚に接する側)では、皮膚から発汗した汗や分泌された皮脂などが速やかに繊維ループに吸収される。そして、この部分の表面側(装用時に外気に接する側)に浸透した汗等は、外気と接触する表面積が大きいことから速やかに蒸散する。これによって、皮膚を清潔に維持し、及び、皮膚の蒸れを防ぐことができ、皮膚の弱い装用者であっても皮膚炎等が発生しにくい。
【0029】
また、繊維ループを備えている部分は、筒状編成組織の発生する着圧で皮膚を圧迫する際に、繊維ループが撓むなどしてクッション作用を奏する。筒状編成組織の発生する着圧自体は最終的にはすべて皮膚が支えるのであるが、繊維ループのクッション作用によって着圧のむらが分散し、皮膚を均等に圧迫することになるので、着圧むらを原因とする皮膚への食い込みのような不具合が防止される。
【0030】
(2)上記課題を解決するため、本発明においては
前記繊維ループは、パイル編成組織で構成される
ことを特徴とする、(1)に記載の筒状包帯としている。
【0031】
本発明に係る筒状編成組織の備える繊維ループは、パイル編成組織で構成することができる。パイル編成組織は、丸編み編成組織を構成するグランド糸と共にパイルループを構成するパイル糸が編成されており、丸編み編成組織を構成するグランド糸よりもパイル糸が長いために高さのあるパイルループとなっていることが特徴である編成組織であり、ファッション分野やインテリア分野などで幅広く利用されているものである。パイル編成組織の編成には、シングル編機のシンカを用いて編成するシンカパイルと、ダブル編機で特殊な針(プラッシュ針等)を用いて編成するダブル編機パイルなどいくつもの編成法が知られるが、本発明においては任意の編成法を用いることができる。なお、本発明においては、繊維ループが筒状編成組織の少なくとも一部の両面に現れることを特徴としているので、繊維ループとなるパイルループが筒状編成組織の両面に形成されている。
【0032】
ところで、本発明において、機能的には繊維ループの高さは、タオルやスポーツソックスなどに見られる一般的なパイル編成組織のパイルループの高さよりも低いことが好ましい。繊維ループの高さが高いと、強い着圧によって繊維ループが寝てしまって厚みを失ってしまいクッション性が得られなくなってしまうとともに、クッション性を喪失した繊維ループが着圧によって皮膚に押さえつけられ、皮膚にループ跡をつけてしまうことにもなる。つまり、本発明においては、着圧が比較的低い筒状包帯では繊維ループの高さが高めであることが許容され、着圧が高い筒状包帯では繊維ループの高さが低くなければならない。具体的には、パイルループによって構成される繊維ループの高さが1.5mm~2.5mmであることが好ましい。繊維ループの高さが2.5mmを超えると、筒状包帯として不都合が顕在化する懸念が増すからである。また、繊維ループの高さを1.5mm未満であるような筒状編成組織をパイル編成で実現することは技術的及び経済的に容易ではないからである。
【0033】
(3)上記課題を解決するため、本発明においては
前記繊維ループは、前記繊維ループのうち前記筒状編成組織の裏面側に現れる繊維ループと、前記繊維ループのうち前記筒状編成組織の表面側に現れる繊維ループが、連続した繊維で構成されている
ことを特徴とする、(1)に記載の筒状包帯としている。
【0034】
本発明において、筒状編成組織の裏面側(装用時に皮膚に接する側)の繊維ループは、その広い表面により皮膚から発汗した汗などの水分を速やかに吸収する機能を担う。一方、筒状編成組織の表面側(装用時に外気に接する側)の繊維ループは、その広い表面から外気に水分を速やかに蒸散する機能を担う。しかし、裏面側の繊維ループで吸収した水分が表面側の繊維ループに速やかに輸送されなければ、汗などの皮膚表面の水分が滞留して蒸れを生じてしまう。これは、装用感の低下や、皮膚のかぶれなどの原因になるものであって好ましくない。
【0035】
そこで、本発明においては、裏面側の繊維ループと表面側の繊維ループが連続した繊維(糸を含む)で構成されることとしている。吸水・吸湿性の高い繊維は通常繊維方向に水分が浸透しやすいため、裏面側の繊維ループで吸収された水分が繊維に沿って速やかに表面側の繊維ループに浸透し、外気に速やかに蒸散されることになる。このため、編目が細かく繊維ループも密集した筒状編成組織であっても蒸れが少なく、皮膚への刺激の小さい装用感の良い筒状包帯が得られる。
【0036】
なお、蒸れを少なくするという目的は、編目を荒くする、または、いわゆるクロスタックパイル編成のように地組織の密度が低くなるようにするなどして、通気性の高い編成組織を実現することでも達成されるのであるが、高い着圧を加えることが必要である本発明に係る筒状包帯には適さない。網目が荒いことは着圧のむらを発生させて装用者の皮膚に編目痕をつけてしまう原因となるし、地組織や繊維ループの密度が低いことも同様の不都合を生じる原因となるからである。
【0037】
(4)上記課題を解決するため、本発明においては
前記編成組織はブークレ糸を平編みして編成され、
該ブークレ糸の浮き糸が該編成組織の両面で前記繊維ループを構成する
ことを特徴とする、(3)に記載の筒状包帯としている。
【0038】
ブークレ糸とは、いわゆる意匠撚糸の一種であって、芯糸に撚りの甘い浮き糸がゆるく巻き付けられ、これらが、その上から巻きつけられた押さえ糸によって固定され糸の形状を安定化させたものである。製造時に芯糸に対して浮き糸を多く送ることで、浮き糸の余剰部分が撚りによってねじられて小さなループを作り、ブークレ糸全体としては糸に沿って多数の小さなループが付随した形態となる。
【0039】
ブークレ糸を単独で、または、他の糸と共に平編みして筒状編成組織を編成すると、ブークレ糸に付随した無数のループが編成組織の両面に現れ、これが繊維ループとなる。また、ブークレ糸に付随するループの大きさや密度によって、筒状編成組織の両面に現れる繊維ループの高さや密度が決まるため、パイル編成組織では編機の制限のために実現が困難であった背の低い繊維ループを高密度に形成することが可能である。このため、高い着圧であっても繊維ループが寝てしまってクッション性を喪失することがなく、編目が細かく高密度であって皮膚に編目痕をつけてしまうことも少ない、筒状包帯が得られるのである。なお、ブークレ糸だけでは十分な着圧を得ることが容易ではないので、ブークレ糸を平編みする際にポリウレタン弾性糸を編み込むことで所望の着圧を実現することが出来る。
【0040】
さらに、ブークレ糸によって両面に繊維ループを備えることとした筒状包帯には、その耐久性の点でも大きな利点がある。パイル編成組織では、構造的にそのパイルは引っ掛かりや摩擦によって引き出されてしまい易いが、引き出された糸はますます引っ掛かりや摩擦によってさらに引き出され易くなる。これが進行すると、絡みや糸切れを発生するなどして、短期間の間に筒状包帯としての寿命を迎えてしまう。また高い着圧を発生する筒状包帯では、当然ながら地糸に高い張力が加わっており、パイル構造が乱れて摩擦にさらされると切れてしまいやすい性質があることも問題を深刻にしている。
【0041】
一方、ブークレ糸によって両面に繊維ループを備えることとした筒状包帯では、繊維ループを構成するブークレ糸の浮き糸がその上から巻き付けられた押さえ糸によって芯糸に固定されているため、引っ掛かりや摩擦によっても容易には引き出されない。また、本発明における筒状包帯では、繊維ループの高さを一般的なパイル編成組織の備えるパイルよりも低くするので、そもそも引っ掛かりを生じにくい。また、繊維ループの密度が高いということは、多くの繊維ループによって摩擦に耐えることができるので、繊維ループ(パイル)の密度が低くなりより少ない繊維で摩擦に耐えなければならないパイル編成組織と比較して、個々の繊維の摩耗が少なく、高い耐久性が実現される。
【0042】
ところで、本発明に係る筒状編成組織を構成するブークレ糸の浮き糸は、親水性に優れた素繊維を含む撚りの甘い撚糸であることが好ましい。浮き糸は芯糸に寄り添いつつその撚りによってねじられて小さなループを形成しなければならなのであるから、撚糸でなければならないことは当然である。また、撚りの強い撚糸は素繊維同士が固く密着するなど、繊維ループの表面積を減らしてしまうとともに、固い肌触りとなって装用者の皮膚への刺激を強くしてしまう。よって、撚りの甘い撚糸であることが好ましいのである。
【0043】
(5)上記課題を解決するため、本発明においては
前記繊維ループはピッチが2mm以下、高さが0.8mm乃至1.5mmとされている
ことを特徴とする、(4)に記載の筒状包帯としている。
【0044】
すでに説明した通り、繊維ループはその高さが低く、密度が高いことが好ましいのであるが、具体的には隣接する繊維ループのピッチ(ある繊維ループの頂点と隣接する繊維ループの頂点の距離)が2mm以下、高さが1.5mm以下とすることが好ましい。隣接する繊維ループのピッチが2mm以下となる密度になると、装用者の皮膚に係る着圧のむらが実質無視できる程度となり、編目痕が残るような事態を生じにくい。また、繊維ループの高さが1.5mm以下であれば、高い装用圧であっても繊維ループが寝てしまったりつぶれてしまったりすることもなく、本発明の作用効果が維持されるからである。なお、ブークレ糸の浮き糸によって繊維ループが形成されるのであるから、繊維ループの高さやピッチには本質的にばらつきが発生する。従って、繊維ループの高さやピッチとは、多くの繊維ループにおける平均的な高さやピッチを指しているのであって、例外的に範囲外の高さやピッチの繊維ループが存在することを否定するものではない。ブークレ糸の本質的な態様からくるばらつきであって、技術的に不可避なものだからである。
【0045】
さらに、繊維ループの高さは0.8mm~1.2mmとすることがさらに好ましい。繊維ループの高さが0.8mmよりも低くなると、十分なクッション性が得られず、装用者の皮膚に地組織(または、編み込まれたポリウレタン弾性糸など)の発生する着圧が十分に分散させずに伝わって編目痕を残すことになる懸念が高まるからである。また、繊維ループの高さが1.2mm以下であれば、本発明の作用効果がより確実に長時間にわたって維持されるからである。
【0046】
(6)上記課題を解決するため、本発明においては
前記繊維ループを構成する糸はすくなくとも綿繊維またはレーヨン繊維のいずれか一方を含む
ことを特徴とする、(5)に記載の筒状包帯としている。
【0047】
すでに説明した通り、本発明においては、筒状編成組織の裏面側の繊維ループで皮膚から発汗された汗や皮脂等を速やかに吸収して皮膚を清潔に保ち、汗などの水分は表面側の繊維ループまで浸透して輸送されて表面側の繊維ループから外気に蒸散されなければならない。これを実現するため、繊維ループを構成する浮き糸は吸水性・吸湿性に優れていなければならない。同時に、繊維ループは装用者の皮膚に直接触れるものであるので皮膚への刺激が小さいことが必要であり、さらには、高い着圧であっても繊維ループの形状を保ちクッション性を維持しなければならないとともに摩擦にさらされるのである程度の強度が必要である。
【0048】
そこで、繊維ループを構成する糸は、少なくともその構成線維の一部に綿繊維またはレーヨン繊維のいずれか一方を含む撚糸とすることが好ましい。綿繊維やレーヨン繊維はポリエステル糸ほどではないものの強度的に不足はなく、吸水性・吸湿性に富み、肌触りが良く皮膚への刺激が少ないなど、本発明に係る筒状包帯に必要な機能を満足するからである。なお、繊維ループを構成する糸を綿繊維やレーヨン繊維と他の種類の繊維を混紡した糸とする、例えば綿繊維とポリエステル糸の混紡糸とすることを妨げない。筒状包帯に設定する着圧の違いなどによって、繊維ループの構成糸の強度や吸水性・吸湿性などは、適宜適切に設計されるべきものだからである。
【0049】
(7)上記課題を解決するため、本発明においては
前記繊維ループを構成する糸は解撚糸である
ことを特徴とする、(6)に記載の筒状包帯としている。
【0050】
ブークレ糸の浮き糸に使用される撚りの甘い撚糸は、素繊維が広がって特にループ部分でかさが出がちである。これは、繊維ループ部分の表面積を大きくし、肌触りを柔らかくするなどの点で大きな利点があるのだが、撚りの甘い撚糸を浮き糸としたブークレ糸は形状が安定せず、このままでは編製が困難である。そこで、撚糸の周囲に水溶性ビニロン(またはこれに類する水溶性の樹脂)の長繊維を巻き付けて形状を安定させ編成を容易とした解撚糸が用いられる。本発明に係る筒状包帯においても、このような解撚糸を浮き糸としたブークレ糸を用いて編成する。
【0051】
ところで、浮き糸の周囲に巻き付けられた水溶性ビニロンの長繊維(またはこれに類する水溶性の長繊維)は、本発明に係る筒状包帯の編成後に冷水または温水にて洗浄して除去することが好ましい。これにより、繊維ループを構成するブークレ糸の浮き糸の構成繊維がほぐれて表面積が大きくなり、かつ、肌触りが柔らかくなる。これよって、ますます吸水性・吸湿性に優れ、皮膚への刺激も少ない筒状包帯とすることが出来る。
【0052】
(8)上記課題を解決するため、本発明においては、
(1)~(7)に記載されている筒状包帯とは弾性靴下である
ことを特徴としている。
【0053】
筒状包帯は弾性に富む繊維製品であって、装用することで下肢に圧迫を加えることができる装用具を広く含む語であり、本発明はこのような筒状包帯に広く適用できるものであるが、特に好ましくは様々な筒状包帯の中でも、特に弾性靴下に適用する。弾性靴下は筒状構造の一端が開口部で他端には袋状構造が設けられるという非対称な構造であるので、筒状包帯の着圧に方向性を設けた場合(つまり、足の先端側である下側の着圧を高く、心臓に近い側である上側の着圧を低く設定した場合)であっても、装用方向を誤認する恐れが全くない。また、着圧を高く設定することの多い足の先端側である下側が開口していないので、開口部の縁が皮膚に食い込むなどして皮膚炎や紅斑・紫斑の原因となる懸念もない。このように、本発明に係る筒状包帯を弾性靴下として実施することは、医師等のように専門知識や経験を備えていない患者が装用する際の安全性を高めるという好ましいものである。
【0054】
ところで、ここでいう弾性靴下は、長靴下の形態のもの(通常膝上以上の長さのあるもの)を含む。前記説明した、本発明に係る筒状包帯を弾性靴下とすることの利点は、長靴下の形態である弾性靴下としても全く変わらないからである。なお、長靴下はストッキングとも呼ばれる。
【発明の効果】
【0055】
(1)筒状編成組織の少なくともその一部の両面に繊維ループを備えることとしたので、皮膚から発汗した汗や分泌された皮脂などが速やかに裏面側の繊維ループによって除去される。よって、装用者の皮膚を清潔に維持する。また、裏面側の繊維ループから表面側の繊維ループに浸透した汗等の水分は速やかに外気に蒸散されるので、皮膚の蒸れを防ぐことができる。これらにより、皮膚炎のような障害を防止できるという効果を奏する。
【0056】
また、裏面側の繊維ループが撓むことでクッション作用を奏し、筒状編成組織の発生する高い着圧のむらを分散して皮膚を均等に圧迫する。これにより、着圧むらを原因とする皮膚への食い込みの発生のような不具合を防止できるという効果を奏する。
【0057】
(2)繊維ループをパイル編成組織で構成することとしたので、実績ある編機によって編成することが可能であり、安定して筒状包帯を提供できるという効果を奏する。
【0058】
(3)筒状編成組織の裏面側に現れる繊維ループと、前記繊維ループのうち前記筒状編成組織の表面側に現れる繊維ループが、連続した繊維で構成されていることとしたので、装用者の皮膚から発汗した汗などの水分が裏面側の繊維ループに吸収されたのちに連続した繊維に沿って速やかに浸透して表面側の繊維ループに輸送されて外気に蒸散される。これにより、編み目が細かく繊維ループも密集した筒状編成組織であっても蒸れが少なく、皮膚への刺激の小さい装用感の良い筒状包帯が得られるという効果を奏する。
【0059】
(4)編成組織をブークレ糸を平編みして編成し、該ブークレ糸の浮き糸が該編成組織の両面で繊維ループを構成することとしたので、背の低い繊維ループを高密度に形成することが出来、これにより、高い着圧であっても繊維ループが寝てしまってクッション性を喪失するような不都合が生じないという効果が得られる。また、編目が細かく高密度であるので、装用者の皮膚に編目痕をつけてしまうことも少ないという効果も得られる。
【0060】
さらに、繊維ループが高密度に形成されるとともに、繊維ループを構成するブークレ糸の浮き糸が、押さえ糸によって芯糸に固定されているため、引っ掛かりや摩耗によって引き出されがたく、多くの繊維ループによって摩耗に耐えるために極めて耐久性の高い筒状包帯が得られるという効果を奏する。
【0061】
(5)繊維ループがピッチが2mm以下、高さが0.8mm乃至1.5mmとなるようにしたので、前記の通り、繊維ループが着圧によって寝てしまうことが無くクッション性を維持し、及び、装用者の皮膚に編目痕をつけてしまうことも少ないという効果が得られる。
【0062】
さらに、繊維ループの高さを0.8mm~1.2mmとしたので、前記効果がますます確実なものとなる。
【0063】
(6)繊維ループを構成する糸に綿繊維又はレーヨン繊維の少なくとも一方を含むこととしたので、その吸水性・吸湿性によって装用者の皮膚から発汗された汗や皮脂を速やかに除去・吸収して清潔に保つとともに、皮膚への刺激も小さく、かつ、十分な耐久性を備えた筒状包帯とすることが出来るという効果を奏する。
【0064】
(7)繊維ループを構成する糸を解撚糸としたので、筒状包帯を編成後に水洗浄または温水洗浄することでブークレ糸の浮き糸に巻き付けられた水溶性ビニロン長繊維などの水溶性繊維を除去することが出来、これによって浮き糸の構成繊維がほぐれて表面積が大きくなり、かつ、肌触りが柔らかくなる。これにより、ますます吸水性・吸湿性に優れた皮膚への刺激の少ない筒状包帯とすることが出来るという効果を奏する。
【0065】
(8)筒状包帯を弾性靴下としたので、医師等のように専門知識や経験を備えていない患者が装用する場合であっても装用方向を誤認する恐れが無く、また、装用圧が高く設定されることの多い足の先端側である下側が開口していないので、開口部の縁が皮膚に食い込んで皮膚炎や紅班・紫班の原因となることもなく、高い安全性が実現されるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【発明を実施するための形態】
【0067】
以下、本発明に係る筒状包帯の発明について、特に弾性靴下の実施例をもとに図面を用いて詳細に説明する。
【実施例0068】
図1は、本発明の一実施例である弾性靴下の説明図である。本弾性靴下は、ほぼ全体にわたってその裏面・表面の両側に繊維ループを備えており、
図2がその編成組織の説明図である。また、
図3には編成組織の表面状態を撮影した写真を示す。本実施例においては、表面側も裏面側も同じ表面状態が現れるので、
図3に示した写真は本実施例に係る弾性靴下の表面及び裏面の両方を示したものと考えてよい。
【0069】
本実施例に係る弾性靴下(1)は、全体として筒状に編成された筒状編成組織からなる。一般に流通している靴下と同じく上端部に装用者が足を差し入れる履き口(2)、下肢部を覆う下肢被覆部(4)、踵部を覆う踵被覆部(5)、足部を収納する足袋部(6)、下端部で筒状編成組織を閉じる爪先部(3)を備え、下肢被覆部(4)で装用者の下肢の太さの変化に合わせて太さを変化させる場合や、踵被覆部(5)を立体的形状としたり爪先部(3)を閉じたりする部分などにゴアラインが形成されている。なお、後に説明する通り、本発明においてはゴアラインを形成しても装用者の皮膚への食い込みなどがほとんど発生しないことが重要な特徴なのであるが、編成方法の工夫によってそもそもゴアラインが形成されない構造としてもかまわない。
【0070】
本実施例に係る弾性靴下(1)はそのほぼ全面を
図2に示すような編成組織で構成している。これは、芯糸(8)がナイロン糸、浮き糸(9)が綿糸で、押さえ糸がナイロン糸であるブークレ糸を平編みに編成したものである。なお、図が煩雑になるために表示を省略しているが、本編成組織には着圧靴下に必要な着圧を発生するためにポリウレタン弾性糸が編み込まれている他、ブークレ糸の浮き糸を芯糸に固定する押さえ糸としてナイロン糸が巻き付けられている。また、ブークレ糸の浮き糸は綿糸である以上当然ではあるが、モノフィラメント糸ではなくマルチフィラメント糸なのであるが、図では一本の糸として表示している。さらに、ブークレ糸の浮き糸は、芯糸に絡みつつ多数のループが現れるのであるが、このループの位置は完全に制御されたものではなく本質的にばらつきのあるものである。
図2は説明図であり、規則的にループが現れるとして作図されているが、実際の編成組織においてはループの出現位置にはかなりのばらつきがある。また、同図は手前側が弾性靴下の裏面側(装用時に装用者の皮膚に接する側)、奥側が弾性靴下の表面側(装用時に外気に接する側)を示している。
【0071】
ブークレ糸の浮き糸(9)は、芯糸(8)にゆるく絡み沿いつつ、ところどころにループを形成しているのだが、ループは裏面側に出現する場合もあれば表面側に出現する場合もある。図で繊維ループ(裏側)(9b)と表示されたループは装用時に装用者の皮膚に接する側に出現したものであり、繊維ループ(表側)(9a)と表示されたループは装用時に外気に接する側に出現したものである。
【0072】
本実施例に係る弾性靴下の具体的な設計及び製造について説明する。70デニールナイロン糸の芯糸に対して撚りの甘い60番綿糸に41デシテクス水溶性ビニロン長繊維を巻いてなる浮き糸が粗撚りされ、さらに、30デニールナイロン糸を押さえ糸として巻き付けた、25毛番ブークレ糸を用いた。浮き糸が作るループの高さがほぼ1.0mm程度であるが、ループの高さは完全に制御されて製造されるものではなく、その多くは0.8mm~1.2mm程度の範囲の高さとなっているものの、まれにはこれよりも高いまたは低いループも存在する。これはブークレ糸としての本質的な態様である。
【0073】
前記ブークレ糸を、4インチ径で針数200本の丸編み機によってポリウレタン弾性糸を編み込みつつ平編みに編成して、ほぼ
図1に示す形態の弾性靴下を得る。ポリウレタン弾性糸の編み込み量は、弾性靴下が必要な着圧を発生するように常法にて調整したが、これまでにも行われている通り、弾性靴下の部位によって着圧を変化させるように調整してもよい。具体的な例としては、下肢被覆部の下側は着圧が高くなるように設定し、ここから上側に行くにしたがって着圧が徐々に低くなるように調整することができる。このようにすることで、下肢の静脈還流をより好ましく改善できるといわれているからであるが、このような工夫は従来から行われている通り本発明においても実施できるものである。
【0074】
弾性靴下の編成後、温水によって洗浄して浮き糸に巻かれた水溶性ビニロン糸を除去する。撚りの甘い綿糸はそのままでは糸としての形状が不安定であってそのままでは編成が困難であるので、水溶性ビニロン長繊維を巻き付けて形状を安定させて編成を行っているのであるが、そもそもビニロン繊維はしなやかさに欠けるためにごわごわとした触感を与えるなど皮膚への刺激の原因となるし、また、水溶性ビニロン長繊維が浮き糸である綿糸に巻き付いて形状が固定されていると綿糸が硬く、やはり皮膚への刺激の原因となる。そこで、温水洗浄によって水溶性ビニロン長繊維を除去し、撚りの甘い綿糸の柔らかな肌触りを得ることとしている。
【0075】
温水洗浄を終えた弾性靴下をタンブラー乾燥する。さらに、これに蒸気セットを行って弾性靴下(1)を得る。タンブラー乾燥工程で弾性靴下の編成組織が収縮し蒸気セット工程で所望の大きさに固定されるのであるが、これら工程を終えた完成状態で編目の詰まった弾性靴下(1)となるように調整を行っている。
【0076】
このようにして得た弾性靴下の編成組織の表面を撮影したものが
図3に示す写真であるが、この写真から明らかな通り、表面が小さな繊維ループによって高密度に覆われている。ブークレ糸の浮き糸が作るループであるのでばらつきはあるものの、それぞれの繊維ループの高さは多くが約0.8mm~1.2mmであり、ピッチ(ある繊維ループの頂点と隣接する繊維ループの頂点の距離)は多くが1.0mm~1.6mmであった。また、写真から明らかな通り、それぞれの繊維ループは撚りが甘い綿糸である浮き糸が作っていることから、構成繊維がほぐれて広がっている。密度の高い繊維ループと、繊維ループの構成繊維がほぐれて広がっていることにより、編成組織の編地面(ナイロン芯糸による平編組織)や編み込んだポリウレタン弾性糸は全く表面に現れない。加えて、靴下を形成する際に通常発生するゴアラインもほとんどが繊維ループに埋もれている。つまり、装用者の皮膚に触れるのは綿糸の繊維ループのみであり、よって、ナイロン芯糸やポリウレタン弾性糸やゴアラインが皮膚に刺激を与える懸念がほとんどなくなっている。
【0077】
また、高さが約0.8mm~1.2mm程度の小さな繊維ループであるので、高い着圧がかかって押さえつけられても寝てしまったりつぶれてしまったりすることなくクッション性を維持する。繊維ループは着圧靴下の裏面を高密度に覆っているのであるから、そのクッション性によって着圧の集中や皮膚への食い込みを防ぎ、装用者の皮膚に編目痕を残したり紅斑・紫斑を発生させる危険も低減させる。
【0078】
つぎに、このようにして得た弾性靴下(1)を51名の被験者に装用してもらい、その際の着圧を調査した結果を表1に示す。同表に示す通り、25hPa前後の着圧を発生する弾性靴下が得られている。なお、着圧は弾性靴下の装用者がその疾患や症状に応じて適正に設定されなければならず、すでに説明した通り本実施例においてはポリウレタン弾性糸の編み込み量によってさまざまな着圧に設定することができるものである。具体的には、20hPa以上としたり、あるいは27hPa以上や40hPa以上とすることができる。また、高すぎる着圧による不具合を避けるため、67hPa以下、あるいは、53hPa以下とすることができる。
【0079】
【0080】
図3から明らかな通り、本発明に係る弾性靴下においては、その裏側(装用時に装用者の皮膚に接する面)が綿糸の繊維ループ(裏側)で高密度に覆われており、かつ、その繊維ループは繊維がほぐれて広がっているので非常に表面積が広い状態である。このため、皮膚から発汗した汗や分泌された皮脂などが速やかに吸収される。また、
図2から明らかな通り、裏側の繊維ループ(裏側)(5a)と表側(装用時に外気に接する面)の繊維ループ(表側)(5b)が連続してつながった浮き糸で構成されているので、発汗した汗などの水分は繊維ループ(裏側)で吸収された後に、浮き糸(5)に沿って浸透して繊維ループ(表側)に至る。繊維ループ(表側)はやはり表面積が広く、かつ、外気に接しているので、水分は速やかに蒸散することになる。
【0081】
これを確かめるため、蒸散率試験を実施した結果を表2に示す。なお、相対比較のため、綿糸平編み編成組織で構成した一般的な靴下についても試験を実施した。同表に示す通り、本実施例に係る弾性靴下は、一般的な靴下と比較して顕著に高い蒸散率を示している。つまり、本実施例に係る弾性靴下は高密度の繊維ループに覆われた構造であるにもかかわらず、蒸れの発生が少なく皮膚への刺激が少ないことがわかる。
【0082】
【0083】
ところで、本実施例は着圧靴下に係るものである。着圧靴下は、高い着圧を発生するのであるから皮膚への刺激が強く、皮膚への悪影響を発生しがちであるところ、本実施例に係る着圧靴下はすでに説明した通り皮膚への悪影響を与える懸念が少ないという優れた特徴を示している。しかし、着圧靴下の第一の目的は、下肢の静脈還流を改善する、つまり、下肢の血流を増加することにある。必要な着圧が得られている以上、このような効果を奏するであろうことは想像できるが、これを実際に確認するため、51名の被験者による膝窩静脈最高血流速度の調査を実施した。この結果を表3に示す。
【0084】
同表から、本実施例に係る着圧靴下の装用前の膝窩静脈最高血流速度が5.9cm/sであるのに対し、本実施例に係る着圧靴下の装用後20分経過時点での膝窩静脈最高血流速度は7.1cm/sと顕著に血流量が増加していることがわかる。なお、さらに20分経過した装用後40分経過時点でも膝窩静脈最高血流速度は7.0cm/sであり、増加した血流量を維持していることがわかる。つまり、本実施例に係る着圧靴下の装用によって下肢の静脈還流が持続的にされる。
【0085】
【0086】
また、本実施例においては、繊維ループをつくるブークレ糸の浮き糸が芯糸に押さえ糸で固定されていて摩擦などによって引き出されにくいこと、及び、高密度に繊維ループが形成されており、繊維ループを構成する多くの糸で摩擦を受けることができることから、すぐれた摩耗耐久性が期待できる。これを確認するため、本実施例に係る弾性靴下を2点について、それぞれの爪先部と踵部の摩耗試験を行った結果を表4に示す。
【0087】
同表の通り、すべての試験において15,000回前後の摩耗耐久回数を示すことが分かった。一般のパイル編成組織の摩耗耐久回数の基準値は500回以上とされ、強靭なスポーツソックスでも10,000回~12,000回程度の摩耗耐久回数がせいぜいであるところ、一般に摩耗耐久性に劣る弾性靴下であるにもかかわらずこれらをはるかに超える摩耗耐久回数が得られたことになる。このことから、本実施例に係る弾性靴下は、従来にない優れた耐久性を備えていることがわかる。
【0088】
以上説明したとおり、本発明は高齢者のような皮膚の弱い装用者であっても皮膚炎や紅班・紫班などの障害を発生せず、下肢にむら無く圧迫を加えることのでき、しかも、耐久性にも優れた弾性靴下を提供するものであり、産業上の価値は頗る高い。