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特開2024-22492電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物および成形体
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  • 特開-電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物および成形体 図1
  • 特開-電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物および成形体 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022492
(43)【公開日】2024-02-16
(54)【発明の名称】電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物および成形体
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20240208BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240208BHJP
【FI】
C08L101/00
C08K3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109572
(22)【出願日】2023-07-03
(62)【分割の表示】P 2022124303の分割
【原出願日】2022-08-03
(71)【出願人】
【識別番号】000222118
【氏名又は名称】artience株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小林 悠太
(72)【発明者】
【氏名】大川 萌
【テーマコード(参考)】
4J002
【Fターム(参考)】
4J002BB021
4J002BB051
4J002BB061
4J002BB071
4J002BB111
4J002BB151
4J002BE031
4J002BK001
4J002CE001
4J002CF061
4J002CF071
4J002CF081
4J002CG001
4J002CL011
4J002CL031
4J002DA017
4J002DA036
4J002FA057
4J002GQ00
(57)【要約】
【課題】分散性の優れた電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物、および反射損失と透過損失のいずれも低い優れた電波吸収性能を示し、さらに電波吸収性能の角度依存性が小さい成形体を提供すること。
なかでも、ミリ波と呼ばれる特定周波数60~90GHz帯の反射損失および透過損失に優れる、ミリ波吸収体用成形体を提供すること。
【解決手段】
熱可塑性樹脂(A)、平均直径が1~15nmであるカーボンナノチューブ(B)、及び平均一次粒子径が20~50nmであるカーボンブラック(C)を含み、
(i)~(iv)のいずれかを満たし、式(1)で表されるΔRLが3dB以下、かつ式(2)で表されるΔTLが5dB以下であることを特徴とする、電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物により解決される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂(A)、平均直径が1~15nmであるカーボンナノチューブ(B)、及び平均一次粒子径が20~50nmであるカーボンブラック(C)を含み、
下記(i)~(iv)のいずれかを満たし、
下記式(1)で表されるΔRLが3dB以下、かつ下記式(2)で表されるΔTLが5dB以下であることを特徴とする、
電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物。

(i):熱可塑性樹脂(A)は、温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリオレフィン樹脂(A1)を含む。
(ii):熱可塑性樹脂(A)は、温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリアミド樹脂(A2)を含む。
(iii):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリエステル樹脂(A3)を含む。
(iv):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリカーボネート樹脂(A4)を含む。

式(1) ΔRL=|RL(MD)-RL(TD)|
式(2) ΔTL=|TL(MD)-TL(TD)|

(なお、RL(MD)、RL(TD)は、それぞれ射出成型機により電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から成形してなる、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体を1日静置後に、成形体の厚み方向に対して、周波数76.5GHzの電磁波を、電磁波の電界方向が、射出方向と平行方向(MD方向)、または射出方向と垂直方向(TD方向)に入射させた際の透過減衰量である。
また、TL(MD)、TL(TD)は、それぞれ射出成型機により電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から成形してなる、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体を1日静置後に、成形体の厚み方向に対して、周波数76.5GHzの電磁波を、電磁波の電界方向が、射出方向と平行方向(MD方向)、または射出方向と垂直方向(TD方向)に入射させた際の反射減衰量である。
また、成形体の縦が射出方向である。)
【請求項2】
前記電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物を基準として、カーボンナノチューブ(B)、およびカーボンブラック(C)の合計含有率は6~15質量%である、請求項1記載の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物。
【請求項3】
前記電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物を基準として、熱可塑性樹脂(A)の含有率は85~90質量%、カーボンナノチューブ(B)の含有率は1~3質量%、カーボンブラック(C)の含有率は5~12質量%である、請求項1記載の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1~3いずれか1項記載の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から形成してなる成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物、及び成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックは成形加工が容易なことから電気・電子機器部品、自動車部品、医療用部品、食品容器などの幅広い分野で使用されており、装飾性を高めるためや機能性を付与させるためにプラスチック成形品の着色が盛んに行われている。特に自動車分野では、機能性を付与させたものとして、電磁波吸収用途を目的とする用途で着色された成形体が流通している。
【0003】
ラジオ、テレビ、無線通信などの通信機器からは電磁波が放射されているが、これに加え、最近の情報技術の進展により急増した携帯電話、パソコンなどの電子機器からも電磁波は放射されている。従来、電子機器、通信機器などの電磁波による誤作動を回避するための一手法として、効率よく電磁波を吸収し、吸収した電磁波を熱エネルギーに変換するという電磁波吸収体を電磁波発生部位近傍又は遠方に設置することが行われている。
【0004】
電磁波発生部位より遠方に電磁波吸収体を設置して用いられる例としては、例えば高速道路の自動料金収受システム(ETC)用途がある。ETCは、高速道路の料金所出口を自動車が通過する際に、料金所に備えられた路側機アンテナと車載器側アンテナとの間で周波数5.8GHzのマイクロ波を使用して課金情報等を交換するシステムである。このETCシステムが導入された料金所では、アンテナから放射されたマイクロ波が料金所屋根等にあたって反射され、隣接するETCレーンから不要な電磁波が漏洩する等の理由により、通信に異常を引き起こすことがある。そこで料金所屋根やETCレーンの間に電磁波吸収体を設置することによって、通信異常を抑制することが行われている
【0005】
また、近年では自動車分野において、車両の自動運転や衝突防止を目的としてミリ波レーダーが利用されており、多くの場合はミリ波レーダー装置が自動車の内部に取り付けられている。
ミリ波とは電磁波のうち、波長が1~10mm、周波数30~300GHzの電磁波であり、現在では車載レーダーや空港等で防犯チェックとして衣服の下を透視する全身スキャナー、列車のワンマン運転時において、プラットホーム上の監視カメラの映像伝送等にも使用されている。ミリ波レーダー装置は、ミリ波を飛ばして跳ね返ってくる波を受信し、障害物を認識できる装置であり、検出可能距離が大きいことや、太陽光、雨、霧による阻害を受けにくいこと等から、今日では自動車等の自動運転技術などに利用されている。自動車のセンサーの場合、ミリ波レーダー装置は、アンテナからミリ波を送受信して、障害物との相対距離や相対速度等を検出することができる。
【0006】
これらミリ波レーダー装置の送受信アンテナは、目的とする障害物以外の路面などに反射したものも受信することがあり、装置の検出精度が低下してしまう場合がある。このような問題を解決するため、ミリ波レーダー装置では、アンテナと制御回路との間に電磁波を遮蔽する遮蔽部材として、電磁波吸収体を設けている。
【0007】
このような電磁波吸収体を構成するミリ波帯域の電磁波吸収材料としては、炭素系、金属炭素系、磁性体系が知られており、近年では、その高い導電性や比較的軽量である点から、炭素系としてカーボンナノチューブ(CNT)が注目を集めている。
カーボンナノチューブを含む樹脂組成物は高い導電性を有するため、自動車や家電製品、建築部材の分野で導電性が必要な部品(特許文献1)や、電磁波特性を生かした電磁波
吸収体として使用されている(特許文献2、3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-108524号公報
【特許文献2】特表2017-512847号公報
【特許文献3】特表2016-504471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これら従来の樹脂組成物を用いた成形体では、周辺環境からレーダーを十分に保護するとともに、レーダーの信号伝達を阻害しないようにするための電磁波の反射損失及び透過損失について電磁波吸収性能が充分とはいえない。
【0010】
また、カーボンナノチューブは比較的高いアスペクト比を有する材料であることから分散が難しく、分散が不十分な場合、成形体表面にブツやウェルド(波打ったような模様が出る現象)が発生し、外観を損なうことがある。さらに、成形時にカーボンナノチューブが特定の方向に配向しやすく、電磁波の入射角度により成形体の電磁波吸収性能が異なるといった角度依存性も問題となる。
【0011】
このように、カーボンナノチューブの高い導電性と分散安定性を両立することは難しいことから、本発明の課題は、分散性の優れた電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物、および反射損失と透過損失のいずれも低い優れた電波吸収性能を示し、さらに電波吸収性能の角度依存性が小さい成形体を提供することである。
なかでも、ミリ波と呼ばれる特定周波数60~90GHz帯の反射損失および透過損失に優れる、ミリ波吸収体用成形体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らが鋭意検討を重ねたところ、以下の態様において、本発明の課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、以下の実施形態を含む。
〔1〕熱可塑性樹脂(A)、平均直径が1~15nmであるカーボンナノチューブ(B)、及び平均一次粒子径が20~50nmであるカーボンブラック(C)を含み、
下記(i)~(iv)のいずれかを満たし、
下記式(1)で表されるΔRLが3dB以下、かつ下記式(2)で表されるΔTLが5dB以下であることを特徴とする、
電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物。

(i):熱可塑性樹脂(A)は、温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリオレフィン樹脂(A1)を含む。
(ii):熱可塑性樹脂(A)は、温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリアミド樹脂(A2)を含む。
(iii):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリエステル樹脂(A3)を含む。
(iv):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリカーボネート樹脂(A4)を含む。

式(1) ΔRL=|RL(MD)-RL(TD)|
式(2) ΔTL=|TL(MD)-TL(TD)|
(なお、RL(MD)、RL(TD)は、それぞれ射出成型機により電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から成形してなる、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体を1日静置後に、成形体の厚み方向に対して、周波数76.5GHzの電磁波を、電磁波の電界方向が、射出方向と平行方向(MD方向)、または射出方向と垂直方向(TD方向)に入射させた際の透過減衰量である。
また、TL(MD)、TL(TD)は、それぞれ射出成型機により電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から成形してなる、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体を1日静置後に、成形体の厚み方向に対して、周波数76.5GHzの電磁波を、電磁波の電界方向が、射出方向と平行方向(MD方向)、または射出方向と垂直方向(TD方向)に入射させた際の反射減衰量である。
また、成形体の縦が射出方向である。)
〔2〕前記電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物を基準として、カーボンナノチューブ(B)、およびカーボンブラック(C)の合計含有率は6~15質量%である、〔1〕記載の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物。
〔3〕前記電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物を基準として、熱可塑性樹脂(A)の含有率は85~90質量%、カーボンナノチューブ(B)の含有率は1~3質量%、カーボンブラック(C)の含有率は5~12質量%である、〔1〕または〔2〕記載の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物。
〔4〕請求項〔1〕~〔3〕いずれか記載のいずれか1項記載の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から形成してなる成形体。
【発明の効果】
【0014】
本発明の電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物は分散性に優れ、これにより得られた電磁波吸収体は、反射損失と透過損失のいずれも低い優れた電波吸収性能を示し、さらに電波吸収性能の角度依存性が小さい。
なかでも、ミリ波と呼ばれる特定周波数60~90GHz帯の反射損失および透過損失に優れるため、ミリ波吸収体用成形体としても、好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、ミリ波送信装置による透過減衰量および反射減衰量の測定概念図である。
図2図2は、ミリ波送信装置による入射角度依存性の測定概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
なお、本明細書において「~」を用いて特定される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値の範囲として含むものとする。
また、カーボンナノチューブをCNTと表すことがあり、「平均直径が1~15nmであるカーボンナノチューブ(B)」、「平均一次粒子径が20~50nmであるカーボンブラック(C)」、「温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリオレフィン樹脂(A1)」、「温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリアミド樹脂(A2)」、「温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリエステル樹脂(A3)」、「温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリカーボネート樹脂(A4)」、および「電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物」を、それぞれ「カーボンナノチューブ(B)」、「カーボンブラック(C)」、「ポリオレフィン樹脂(A1)」、「ポリアミド樹脂(A2)」、「ポリエステル樹脂(A3)」、「ポリカーボネート樹脂(A4)」、および「熱可塑性樹脂組成物」と称することがある。
また、本明細書中に出てくる各種成分は特に注釈しない限り、それぞれ独立に一種単独
でも二種以上を併用してもよい。
なお、本明細書において特定する数値は、実施形態または実施例に開示した方法により求められる値である。
【0017】
本発明におけるMFRは、それぞれの熱可塑性樹脂を、JIS.K7210に準ずるメルトマスフローレイトの値で測定した値である。
【0018】
《電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物》
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、電磁波吸収体を形成するために用いられる。
熱可塑性樹脂組成物は、熱可塑性樹脂(A)、平均直径が1~15nmであるカーボンナノチューブ(B)、及び平均一次粒子径が20~50nmであるカーボンブラック(C)を含み、下記(i)~(iv)のいずれかを満たす。
(i):熱可塑性樹脂(A)は、温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリオレフィン樹脂(A1)を含む。
(ii):熱可塑性樹脂(A)は、温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリアミド樹脂(A2)を含む。
(iii):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリエステル樹脂(A3)を含む。
(iv):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリカーボネート樹脂(A4)を含む。
【0019】
このように、平均直径の小さいカーボンナノチューブと、平均一次粒子径が小さく、特定の範囲にあるカーボンブラックを使用し、これらと(i)~(iv)のいずれかを満たす熱可塑性樹脂(A)とを組み合わせて用いることにより、成形体中でのカーボンナノチューブの配向性を制御することができ、熱可塑性樹脂組成物中のカーボンナノチューブ安定性が優れ、成形体としたときの配向を抑えることができる。
【0020】
また、下記式(1)で表されるΔRLが3dB以下、かつ下記式(2)で表されるΔTLが5dB以下である。
式(1) ΔRL=|RL(MD)-RL(TD)|
式(2) ΔTL=|TL(MD)-TL(TD)|
(なお、RL(MD)、RL(TD)は、それぞれ射出成型機により電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から成形してなる、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体を1日静置後に、成形体の厚み方向に対して、周波数76.5GHzの電磁波を、電磁波の電界方向が、射出方向と平行方向(MD方向)、または射出方向と垂直方向(TD方向)に入射させた際の透過減衰量である。
また、TL(MD)、TL(TD)は、それぞれ射出成型機により電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物から成形してなる、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体を1日静置後に、成形体の厚み方向に対して、周波数76.5GHzの電磁波を、電磁波の電界方向が、射出方向と平行方向(MD方向)、または射出方向と垂直方向(TD方向)に入射させた際の反射減衰量である。
また、成形体の縦が射出方向である。)
【0021】
また、ここでいう射出方向とは、熱可塑性樹脂組成物が、成型機のゲート部分から金型内に流入する方向である。
すなわち、縦90mm、横110mm、厚さ3mmの成形体とは、射出方向の長さが90mm×射出方向と垂直方向の長さが110mmであり、厚さ3mmの成形体である。
【0022】
また、分散性、入射角度依存性の観点から、熱可塑性樹脂組成物を基準(100質量%)として、カーボンナノチューブ(B)、およびカーボンブラック(C)の合計含有率は
6~15質量%であることが好ましい。より好ましくは、8~13質量%である。
【0023】
本発明では、式(1)で表されるΔRLが3dB以下、かつ式(2)で表されるΔTLが5dB以下とするだけでなく、さらに平均直径の小さいカーボンナノチューブ(B)、および比較的平均一次粒子径の小さく、特定の粒子径範囲であるカーボンブラック(C)に加えて、(i)、(ii)、(iii)、または(iv)のいずれかを満たす熱可塑性樹脂(A)とを組み合わせて使用することが重要である。これに加えて、さらにそれぞれの配合量を可能な限り少なくすることで、カーボンナノチューブとカーボンブラックの配向性を制御し、成形体の射出方向に平行方向で電磁波を入射した場合はもとより、垂直方向で電磁波を入射した場合にも、十分な電波吸収性を発現することが可能となり、電磁波吸収体の角度依存性を、より抑制することができるものとなっている。
【0024】
<熱可塑性樹脂(A)>
熱可塑性樹脂(A)は、加熱溶融により成形可能な樹脂であり、本発明の熱可塑性樹脂組成物は、下記(i)~(iii)のいずれかを満たす。
(i):熱可塑性樹脂(A)は、温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリオレフィン樹脂(A1)を含む。
(ii):熱可塑性樹脂(A)は、温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリアミド樹脂(A2)を含む。
(iii):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリエステル樹脂(A3)を含む。
(iv):熱可塑性樹脂(A)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリカーボネート樹脂(A4)を含む。
【0025】
ポリオレフィン樹脂(A1)、ポリアミド樹脂(A2)、ポリエステル樹脂(A3)、またはポリカーボネート樹脂(A4)は、溶融時の流動性が高く、このような熱可塑性樹脂を選択し、カーボンブラック(C)およびカーボンナノチューブ(B)と組み合わせて使用することで、成形体としたときのカーボンナノチューブの配向を抑制することが可能となり、電波吸収の角度依存性が小さいという効果を有する熱可塑性樹脂組成物とすることができる。
一方で、溶融時の流動性が一定以上高くなると、成形体表面と内部において、カーボンナノチューブ(B)の濃度が比較的低いスキン層と、カーボンナノチューブ(B)の濃度が比較的高いコア層が生じ、濃度勾配が発生する。そのため、上記熱可塑性樹脂を選択して用いることで、均一なカーボンナノチューブ濃度の成形体を得ることができ、電波吸収の角度依存性が小さいといった効果を奏する。
【0026】
なお、(i)、(ii)、(iii)または(iv)のそれぞれの実施形態において、熱可塑性樹脂(A)を基準とした、ポリオレフィン樹脂(A1)、ポリアミド樹脂(A2)、ポリエステル樹脂(A3)、またはポリカーボネート樹脂(A4)は、それぞれ単独で用いられることが好ましく、ポリオレフィン樹脂(A1)、ポリアミド樹脂(A2)、ポリエステル樹脂(A3)、およびポリカーボネート樹脂(A4)の少なくともいずれかが、主成分であることが好ましい。
主成分とは、熱可塑性樹脂(A)を構成する熱可塑性樹脂のなかで、最も含有率が高い成分であることをいう。
具体的には、ポリオレフィン樹脂(A1)、ポリアミド樹脂(A2)、ポリエステル樹脂(A3)、またはポリカーボネート樹脂(A4)の含有率は、それぞれの実施形態において、熱可塑性樹脂(A)を基準として、80質量%以上であることが好ましく、90%質量以上がさらに好ましく、100質量%が特に好ましい。
【0027】
[ポリオレフィン樹脂(A1)]
ポリオレフィン樹脂(A1)は、温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリオレフィン樹脂である。
ポリオレフィン樹脂(A1)は、オレフィン(単量体、モノマー)より構成される重合体であり、具体的には、高密度ポリエチレン(HDPE)や低密度ポリエチレン(LDPE)、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)等のポリエチレン樹脂(PE)、ポリプロピレン樹脂(PP)、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレンビニルアルコール共重合耐、エチレンアクリル酸エチル共重合体や、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー等の環状オレフィン樹脂等が挙げられる。汎用性や流動性の点から、低密度ポリエチレン(LDPE)、直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)、もしくはポリプロピレン樹脂(PP)が好ましい。これらのポリオレフィン樹脂は、ポリオレフィンが部分的に酸化された酸化ポリオレフィンであっても構わない。また、ポリオレフィン樹脂(A1)は、単独または2種以上を併用できる。
【0028】
また、本発明におけるポリオレフィン系樹脂(A1)は、温度230℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分の範囲内であり、15~40g/10分の範囲内であることが好ましく、25~35g/10分の範囲内であることが特に好ましい。上記範囲内であることが、入射角度依存性の点で好ましい。
【0029】
[ポリアミド樹脂(A2)]
ポリアミド樹脂(A2)は、温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリアミド樹脂である。
ポリアミド樹脂(A1)は、アミド結合を有する重縮合体であり、具体的には、ナイロン4,6、ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン12、ナイロン6,T、ナイロン9,T、芳香族ナイロン樹脂、等が挙げられる。汎用性や流動性の点から、ナイロン6、ナイロン6,6が好ましい。また、ポリアミド樹脂(A2)は、単独または2種以上を併用できる。
【0030】
また、本発明におけるポリアミド樹脂(A2)は、温度240℃、荷重2.16kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分の範囲内であり、15~40g/10分の範囲内であることが好ましく、25~35g/10分の範囲内であることが特に好ましい。上記範囲内であることが、入射角度依存性の点で好ましい。
【0031】
[ポリエステル樹脂(A3)]
ポリエステル樹脂(A3)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリエステル樹脂である。
ポリエステル樹脂(A3)は、エステル結合を有する重縮合体であり、具体的には、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンナフタレート樹脂、非晶性コポリエステル樹脂等が挙げられる。汎用性や流動性の点から、ポリエチレンテレフタレート樹脂、またはポリブチレンテレフタレート樹脂が好ましい。また、ポリエステル樹脂(A3)は、単独または2種以上を併用できる。
【0032】
また、本発明におけるポリエステル樹脂(A2)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分の範囲内であり、15~40g/10分の範囲内であることが好ましく、25~35g/10分の範囲内であることが特に好ましい。上記範囲内であることが、入射角度依存性の点で好ましい。
【0033】
[ポリカーボネート樹脂(A4)]
ポリカーボネート樹脂(A4)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分である、ポリカーボネート樹脂である。
ポリカーボネート樹脂(A4)は、モノマー単位同士の接合部がカーボネート基からな
る重縮合体である。具体的には、芳香族ジヒドロキシ化合物とホスゲンあるいは炭酸ジエステル等のカーボネート前駆体とを反応させることにより容易に製造される樹脂を用いることができる。樹脂の製造としては例えば、カーボネート前駆体としてホスゲンを用いる場合は界面法により、炭酸ジエステルを用いる場合は溶融状態で反応させるエステル交換法等により得ることができる。
【0034】
また、本発明におけるポリカーボネート樹脂(A3)は、温度280℃、荷重1.2kgfにおけるMFRが5.0~50g/10分の範囲内であり、15~40g/10分の範囲内であることが好ましく、25~35g/10分の範囲内であることが特に好ましい。上記範囲内であることが、入射角度依存性の点で好ましい。
【0035】
熱可塑性樹脂(A)の含有率は、電磁波吸収性能の観点から、熱可塑性樹脂組成物を基準(100質量%)として、85質量%以上が好ましい。また、90質量%以下であることが好ましい。
【0036】
<カーボンナノチューブ(B)>
カーボンナノチューブ(B)は、走査型電子顕微鏡により求められる平均直径が1~15nmである。好ましくは、1~10nmの範囲内である。この範囲であることで、熱可塑性樹脂組成物中のカーボンナノチューブの分散性が高く、成形体の電磁波吸収性能に優れる。
【0037】
カーボンナノチューブの平均直径は、具体的には例えば、走査型電子顕微鏡(日本電子(JEOL)社製、JSM-6700M))を用いて求められる。条件は、加速電圧5kVにてカーボンナノチューブを観察し、5万倍の画像(画素数1024×1280)を撮影し、次いで、撮影された画像にて任意のカーボンナノチューブ20個について、各々の短軸長を測定し、それら短軸長の数平均値をカーボンナノチューブの平均直径として算出する。
【0038】
カーボンナノチューブ(B)は、単層カーボンナノチューブ、2層またはそれ以上で巻いた多層カーボンナノチューブでも、これらが混在するものであっても良いが、コスト面および強度面から多層カーボンナノチューブであることが好ましい。また、カーボンナノチューブの側壁がグラファイト構造ではなく、アモルファス構造をもったカーボンナノチューブを用いても構わない。
【0039】
カーボンナノチューブ(B)は、一般にレーザーアブレーション法、アーク放電法、化学気相成長法(CVD)、燃焼法などで製造できるが、どのような方法で製造したカーボンナノチューブでも構わない。特にCVD法は、通常、400~1000℃の高温下において、シリカ、アルミナ、酸化マグネシウム、酸化チタン、珪酸塩、珪藻土、アルミナシリカ、シリカチタニア、およびゼオライトなどの担体に鉄やニッケルなどの金属触媒を担持した触媒微粒子と、原料の炭素含有ガスとを接触させることにより、カーボンナノチューブを安価に、かつ大量に生産することができる方法であり、本発明に使用するカーボンナノチューブとしても好ましい。
【0040】
カーボンナノチューブ(B)の含有率は、電波吸収性能の観点から、熱可塑性樹脂組成物を基準(100質量%)として、0.1質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましい。また、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましく、2質量%以下であることがさらに好ましい。
【0041】
<カーボンブラック(C)>
カーボンブラック(C)は、走査型電子顕微鏡により求められる平均一次粒子径が20
~50nmである。25nm以上が好ましい。また、好ましくは40nm以下であり、より好ましくは35nm以下である。平均一次粒子径がこの範囲であるカーボンブラック(C)を用いることで、射出成型や押出成形後、成形体内部に取り込まれたカーボンナノチューブ(B)同士が有効に導電パスを形成することができ、安定して高い導電性と電磁波吸収性能を発現することが可能となる。
【0042】
カーボンブラックの平均一次粒子径は、具体的には例えば、走査型電子顕微鏡(日本電子(JEOL)社製、JSM-6700M))を用いて求められる。条件は、加速電圧5kVにてカーボンブラックを観察し、5万倍の画像(画素数1024×1280)を撮影し、次いで、撮影された画像にて任意のカーボンブラック20個について、各々の粒子径を測定し、それらの数平均値をカーボンブラックの平均一次粒子径として算出する。
【0043】
導電性材料としてカーボンナノチューブのみを配合した熱可塑性樹脂組成物では、射出成形をして成形体を製造した場合、組成物中に十分にカーボンナノチューブが分散された状態であっても、高い導電性を発現することが難しい。その理由としては、成形体表面に、樹脂の存在比率が高くなり、カーボンナノチューブが低濃度の層(いわゆる「スキン層」)が形成されてしまうことが要因と考えられている。つまり、熱可塑性樹脂組成物中に、樹脂の存在比率が高くカーボンナノチューブが低濃度の部分と、樹脂の存在比率が低くカーボンナノチューブが高濃度の部分とが共存すると、各々の部分で溶融時の粘度(溶融粘度)が異なるため、例えば押出成型する場合、粘度が低く流動性の高い樹脂の存在比率が高い部分が成型時に先に押し出されることとなり、成形体表面がスキン層に覆われて、成形体の導電性が低下するものと推定される。
【0044】
一方、カーボンブラックは、カーボンナノチューブと比較して、一般的に比表面積や吸油量が低いため、カーボンブラックを含む熱可塑性樹脂組成物は、カーボンナノチューブのみを含む熱可塑性樹脂組成物よりも、溶融粘度が高くなりにくく、成形体表面にスキン層が形成されにくい。また、カーボンブラックはカーボンナノチューブとの親和性も良好なため、カーボンナノチューブが成形体内部に取り込まれても、成形体表面に存在するカーボンブラックとの間に導電パスを形成できるため、本発明の成形体は高い導電性を発現することができる。
【0045】
すなわち本発明の熱可塑性樹脂組成物では、平均直径の小さいカーボンナノチューブ(B)、および比較的平均一次粒子径の小さく、特定の範囲にあるカーボンブラック(C)を組み合わせて用いることで、成形体中のカーボンナノチューブとカーボンブラックの配向性を制御し、成形体の射出方向に平行方向で電磁波を入射した場合はもとより、垂直方向で電磁波を入射した場合にも、十分な電波吸収性を発現することが可能となる。
【0046】
カーボンブラック(C)としては、気体もしくは液体の原料を反応炉中で連続的に熱分解し製造するファーネスブラック、特にエチレン重油を原料としたケッチェンブラック、原料ガスを燃焼させて、その炎をチャンネル鋼底面にあて急冷し析出させたチャンネルブラック、ガスを原料とし燃焼と熱分解を周期的に繰り返すことにより得られるサーマルブラック、及び、特にアセチレンガスを原料とするアセチレンブラック等の各種のものを単独で、若しくは2種類以上併せて使用することができる。又、通常行われている酸化処理されたカーボンブラックや、中空カーボン等も使用できる。
【0047】
市販のカーボンブラックとしては、例えば、ニテロン#10、#200及び#300等の新日化カーボン社製ファーネスブラックや、トーカブラック#4300、#4400、#4500、及び#5500等の東海カーボン社製ファーネスブラック、プリンテックスL等のデグサ社製ファーネスブラック、Raven7000、5750、5250、5000ULTRAIII、5000ULTRA、Conductex SC ULTRA、97
5 ULTRA、PUER BLACK100、115、及び205等のコロンビヤン社製ファーネスブラック、#30B、#45、#2350、#2400B、#2600B、#30050B、#3030B、#3230B、#3350B、#3400B、及び#5400B等の三菱ケミカル社製ファーネスブラック、MONARCH1400、1300、900、VulcanXC-72R、及びBlackPearls2000等のキャボット社製ファーネスブラック、Ensaco250G、Ensaco260G、Ensaco350G、及びSuperP-Li等のイメリス社製ファーネスブラック、ケッチェンブラックEC-300J、及びEC-600JD等のアクゾ社製ケッチェンブラック、デンカブラックHS-100、FX-35等の電気化学工業社製アセチレンブラック等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0048】
カーボンブラック(C)の含有率は、電波吸収性能の観点から、熱可塑性樹脂組成物を基準(100質量%)として、3質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましく、7質量%以上であることがさらに好ましい。また、15質量%以下であることが好ましく、12質量%以下であることがより好ましい。
【0049】
<その他任意成分>
熱可塑性樹脂組成物は、必要に応じて電磁波吸収材料、耐候安定剤、帯電防止剤、染料、顔料、カップリング剤、結晶造核剤、樹脂充填材等のその他任意成分を用いることができる。
【0050】
なお、熱可塑性樹脂組成物は、揮発成分を含まないことが好ましい。
熱可塑性樹脂組成物100質量%中、溶剤や低分子量成分等の揮発成分は5質量%以下であることが好ましく、1質量%以下がより好ましい。
【0051】
電磁波吸収材料としては、本発明の効果を損なわない範囲で、カーボンナノチューブ(B)、およびカーボンブラック(C)以外のカーボンナノチューブやカーボンブラック等を含んでもよいが、電磁波吸収性能の点から、電磁波吸収材料100質量%中、カーボンナノチューブ(B)およびカーボンブラック(C)が多いほど好ましく、より好ましくは、50~100質量%、より好ましくは70~100質量%、さらに好ましくは90~100質量%である。
カーボンナノチューブ(B)およびカーボンブラック(C)以外の電磁波吸収材料の含有率は、電磁波吸収材料100質量%中、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。
【0052】
カーボンナノチューブの分散性が悪い状態であると、実用範囲内の電磁波吸収性能を達成しようとする際に、高添加量が必要となってしまう。しかし高添加になることで透過損失性能は向上するが、電磁波を反射してしまうため、電磁波吸収性能は低下する。
また、カーボンナノチューブよりも導電性能の劣るカーボンブラックにより電磁波吸収性能を達成しようとする場合には、カーボンナノチューブ以上の高添加が必須となる。これら電磁波吸収材料が樹脂組成物中に高濃度となることで、樹脂組成物の流動性が低下し、分配不良によって成形品における均一な電磁波吸収性能が得られなくなる場合がある。
【0053】
しかし本発明の熱可塑性樹脂組成物は、平均直径が1~15nmであるカーボンナノチューブ(B)、及び平均一次粒子径が20~50nmであるカーボンブラック(C)を組み合わせて用い、さらに特定の反射減衰量および透過減衰量の関係を有することで、電磁波吸収材料を高添加量としなくても、成形体が、高い電磁波吸収性能と角度依存性の抑制が可能となった。
【0054】
<熱可塑性樹脂組成物の製造方法>
本発明の熱可塑性樹脂組成物の製造方法は、特に限定されるものではない。
例えば、熱可塑性樹脂(A)と、カーボンナノチューブ(B)、カーボンブラック(C)、更に必要に応じて添加剤等を加え、ヘンシェルミキサーやタンブラー、ディスパー等で混合しニーダー、ロールミル、スーパーミキサー、ヘンシェルミキサー、シュギミキサー、バーティカルグラニュレーター、ハイスピードミキサー、ファーマトリックス、ボールミル、スチールミル、サンドミル、振動ミル、アトライター、バンバリーミキサーのような回分式混練機、二軸押出機、単軸押出機、ローター型二軸混練機等で混合や溶融混練し、ペレット状、粉体状、顆粒状あるいはビーズ状等の形状の樹脂組成物を得ることができる。
本発明では、溶融混錬に二軸押出機を用いるのが好ましい。
【0055】
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、カーボンナノチューブ(B)を比較的高濃度に含有し、成形時に熱可塑性樹脂(A)で希釈して用いられるマスターバッチであってもよいし、カーボンナノチューブ(B)の濃度が比較的低く、熱可塑性樹脂(A)で希釈せずにそのままの組成で成形に供されるコンパウンドであってもよい。添加コストや在庫コスト等の点から、高濃度化できるマスターバッチであることが好ましい。マスターバッチは、取り扱いが容易なペレット状が好ましい。
【0056】
《成形体》
成形体は、本発明の熱可塑性樹脂組成物から形成され、電磁波吸収体に用いられる。
成形体は、熱可塑性樹脂組成物であるコンパウンド、またはマスターバッチと希釈樹脂を、通常50℃~350℃に設定した成型機にて溶融混合後に成形体の形状を形成し冷却することで得ることができる。成型機の温度は、熱可塑性樹脂(A)が軟化する温度であれば問題ないが、主成分となる熱可塑性樹脂の軟化点より30℃以上高い温度である。
成形体の形状は、板状、棒状、繊維、チューブ、パイプ、ボトル、フィルムなどを得ることができることが好ましい。
【0057】
成形方法は、例えば、押出成形、射出成形、ブロー成形、圧縮成形、トランスファー成形、T-ダイ成形やインフレーション成形のようなフィルム成形、カレンダー成形、紡糸等を用いることができる。
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、カーボンナノチューブ(B)の配向性を高度に制御することが可能であるため、配向性が生じやすい射出成形体や押出成形体であっても高い電磁波吸収性能および角度依存性の抑制に優れた効果を発揮できる。
【0058】
成形体のカーボンナノチューブ(B)の含有率は、電波吸収性能の観点から、熱可塑性樹脂組成物を基準(100質量%)として、0.1質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましい。また、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましく、2質量%以下であることがさらに好ましい。
また、成形体のカーボンブラック(C)の含有率は、電波吸収性能の観点から、熱可塑性樹脂組成物を基準(100質量%)として、3質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましく、7質量%以上であることがさらに好ましい。また、15質量%以下であることが好ましく、12質量%以下であることがより好ましい。
【0059】
電磁波吸収体は、入射した電磁波のエネルギーを吸収体内部で熱エネルギーに変換し、吸収する。電磁波シールド材とは異なり、電磁波吸収体では、成形体表面で電波を反射することなく、成形体内部で電波を吸収することを目的とする。
電磁波吸収体は、高速道路の自動料金収受システム(ETC)、または車載レーダーや空港等で防犯チェックとして衣服の下を透視する全身スキャナー、列車のワンマン運転時において、プラットホーム上の監視カメラの映像伝送等に用いられるミリ波レーダー装置、船舶マストのレーダー偽像防止等に用いられる。
なかでも、本発明における熱可塑性樹脂組成物により形成される成形体は、周波数60~90GHz帯のミリ波帯域の電磁波吸収性能にも優れるため、ミリ波レーダー装置にも好適に用いることができる。
【実施例0060】
以下に、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、以下の実施例は本発明を何ら制限するものではない。なお、実施例中の「部」は「質量部」を、「%」は「質量%」を表す。また、表中の配合量は質量%であり、表中の空欄は配合していないことを表す。
【0061】
なお、カーボンナノチューブの平均直径、及びカーボンブラックの平均一次粒子径、および熱可塑性樹脂(A)のMFRは次の方法で測定した。
【0062】
<カーボンナノチューブの平均直径>
走査型電子顕微鏡(日本電子(JEOL)社製、JSM-6700M))を用いて加速電圧5kVにてカーボンナノチューブを観察し、5万倍の画像(画素数1024×1280)を撮影した。次いで、撮影された画像にて任意のカーボンナノチューブ20個について、各々の短軸長を測定し、それら短軸長の数平均値をカーボンナノチューブの平均直径とした。
【0063】
<カーボンブラックの平均一次粒子径>
走査型電子顕微鏡(日本電子(JEOL)社製、JSM-6700M))を用いて加速電圧5kVにてカーボンブラックを観察し、5万倍の画像(画素数1024×1280)を撮影した。次いで、撮影された画像にて任意のカーボンブラック20個について、各々の粒径を測定し、それらの数平均値をカーボンブラックの平均一次粒子径とした。
【0064】
<熱可塑性樹脂(A)のMFR(メルトマスフローレイト)>
熱可塑性樹脂(A)のMFRは、東洋精機社製メルトインデクサーを用いて、JIS.K7210に準じ、測定を行った。
測定は、ポリオレフィン樹脂については温度230℃、荷重2.16kgf、ポリアミド樹脂は温度240℃、荷重2.16kgf、ポリエステル樹脂は温度280℃、荷重1.2kgf、ポリカーボネート樹脂は温度280℃、荷重1.2kgfの条件で測定して求めた。
【0065】
実施例で使用した材料は以下のとおりである。
<熱可塑性樹脂(A)>
・(A1-1)プライムポリプロJ107G(プライムポリマー社製ポリプロピレン樹脂)
・(A1-2)プライムポリプロJ106G(プライムポリマー社製ポリプロピレン樹脂)
・(A1-3)サンアロマーPM802A(サンアロマー社製ポリプロピレン樹脂)
・(A2-4)アミランCM1017(東レ社製ナイロン6)
・(A3-5)ジュラネックス700FP(ポリプラスチックス社製ポリブチレンテレフタレート樹脂)
・(A4-6)ユーピロンH3000(三菱エンジニアリングプラスチックス社製ポリカーボネート樹脂)
・(A5-7)サンアロマーPMB60A(サンアロマー社製ポリプロピレン樹脂)
・(A5-8)サンアロマーPM472W(サンアロマー社製ポリプロピレン樹脂)
・(A5-9)結晶性ポリアミド樹脂(240℃×1.2kgfにおけるMFR0.1g/10分以下、300℃×10kgfにおけるMFR60g/10分)

表1に熱可塑性樹脂(A)の、それぞれの条件におけるMFRをまとめて記載した。
【0066】
【表1】
【0067】
<カーボンナノチューブ(B)等>
・(B-1)Flotube7000(CNano社製、平均直径6.0nm)
・(B-2)SMW210(SouthWest NanoTechnologies社製、平均直径9.0nm)
・(B-3)CM‐130(Hanhwa Chemical hanos社製、平均直径15.0nm)
・(B’-1)NTP3121(NTP社製、平均直径30.0nm)
<カーボンブラック(C)等>
・(C-1)三菱カーボン#30B(三菱ケミカル社製、平均一次粒子径30nm)
・(C-2)ニテロン#10(日鉄カーボン社製ファーネスブラック、平均一次粒子径39nm)
・(C-3)Ensaco250G(イメリス社製ファーネスブラック、平均一次粒子径45nm)
・(C’-1)三菱カーボン#3030B(三菱ケミカル社製、平均一次粒子径55nm)
・(C’-2)三菱カーボン#900B(三菱ケミカル社製、平均一次粒子径16nm)
【0068】
(熱可塑性樹脂組成物の製造)
(実施例1)
熱可塑性樹脂(A-1)89質量%、カーボンナノチューブ(B-1)1質量%、カーボンブラック(C-1)10質量%となるように混合して溶融混錬し、二軸押出機(日本製鋼所社製)にて230℃で押出し、造粒し、熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0069】
(実施例2~14)
表1、2に示す材料と配合量(質量%)にそれぞれ変更した以外は、実施例1と同様の方法で熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0070】
(実施例15)
熱可塑性樹脂(A-4)89質量%、カーボンナノチューブ(B-1)1質量%、カーボンブラック(C-1)10質量%となるように混合して溶融混錬し、二軸押出機(日本製鋼所社製)にて280℃で押出し、造粒し、熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0071】
(実施例16)
熱可塑性樹脂(A-5)89質量%、カーボンナノチューブ(B-1)1質量%、カー
ボンブラック(C-1)10質量%となるように混合して溶融混錬し、二軸押出機(日本製鋼所社製)にて260℃で押出し、造粒し、熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0072】
(実施例17)
熱可塑性樹脂(A-6)89質量%、カーボンナノチューブ(B-1)1質量%、カーボンブラック(C-1)10質量%となるように混合して溶融混錬し、二軸押出機(日本製鋼所社製)にて280℃で押出し、造粒し、熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0073】
(比較例1)
熱可塑性樹脂(A-1)89質量%、カーボンナノチューブ(B’-1)1質量%、カーボンブラック(C-1)10質量%となるように混合して溶融混錬し、単軸押出機(日本製鋼所社製)にて230℃で押出し、造粒し、熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0074】
(比較例2、比較例4~10)
表3に示す材料と配合量(質量%)にそれぞれ変更した以外は、比較例1と同様の方法で熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0075】
(比較例3)
熱可塑性樹脂(A-3’)89質量%、カーボンナノチューブ(B-1)1質量%、カーボンブラック(C-1)10質量%となるように混合して溶融混錬し、単軸押出機(日本製鋼所社製)にて280℃で押出し、造粒し、熱可塑性樹脂組成物を得た。
【0076】
≪熱可塑性樹脂組成物の物性値および評価≫
得られた熱可塑性樹脂組成物の物性値および評価結果を下記の方法で求めた。結果を表2~4に示す。
【0077】
<透過減衰量と反射減衰量の測定>
実施例1~14、比較例1~2、比較例4~13により得られた熱可塑性樹脂組成物は、シリンダー設定温度220℃、金型温度40℃の射出成型機(東芝機械社製)にて射出成形し、縦(射出方向)90mm、横(射出方向と垂直の方向)110mm、厚さ3mmの成形体を作製した。
【0078】
実施例15、17により得られた熱可塑性樹脂組成物は、シリンダー設定温度280℃、金型温度80℃の射出成型機(東芝機械社製)にて射出成形し、縦(射出方向)90mm、横(射出方向と垂直の方向)110mm、厚さ3mmの成形体を作製した。
【0079】
実施例16により得られた熱可塑性樹脂組成物は、シリンダー設定温度260℃、金型温度40℃の射出成型機(東芝機械社製)にて射出成形し、縦(射出方向)90mm、横(射出方向と垂直の方向)110mm、厚さ3mmの成形体を作製した。
また、成形体の縦が射出方向である。
【0080】
得られた成形体を用いて、以下の方法で、電磁波の電界方向が、成形体の射出方向と平行の方向(MD方向)および射出方向と垂直の方向(TD方向)の、反射減衰量RL(TD)、及び透過減衰量TL(TD)を測定した。
図1は、成形体の厚み方向に対して電磁波を入射させた際、電磁波の射出方向に成形体の平面を静置した際、電磁波の照射方向(x)、電界方向(y)、磁界方向(z)であり、
1.は透過減衰量TL(MD)、2.は反射減衰量RL(MD)、3.は透過減衰量RL(TD)、4.は反射減衰量RL(TD)の測定概念図である。
図1の1、2に示すように、得られた成形体を1日静置後に、電磁波の電界方向(図中y方向)が、射出方向と平行方向(MD方向)となる状態での反射減衰量RL(MD)、
及び透過減衰量TL(MD)を測定した。
また、図1の3、4に示すように、得られた成形体を1日静置後に、電磁波の電界方向(図中y方向)が、射出方向と電磁波の電界方向(図中y方向)が垂直方向(TD方向)となる状態での反射減衰量RL(TD)、及び透過減衰量TL(TD)を測定した。
ミリ波送信装置としては、E8257D+E8257DS12(出力:4dBm)、ミリ波受信装置としてN9030A+M1970V、ホーンアンテナとしてAAHR015(WR15、AET,INC)(すべてキーサイトテクノロジー社製)を用い、温度24.8℃、相対湿度48%の環境下で、得られた成形体について、測定周波数76.5GHzにおける反射減衰量、および透過減衰量を測定した。
得られた反射減衰量RL(MD)、RL(TD)、及び透過減衰量TL(MD)、TL(TD)をもとに、下記式(1)、(2)より、反射減衰量における入射角度依存性ΔRL、及び透過減衰量における入射角度依存性ΔTLを算出した。
式(1) ΔRL=|RL(MD)-RL(TD)|
式(2) ΔTL=|TL(MD)-TL(TD)|
【0081】
<分散性>
得られた電磁波吸収体用熱可塑性樹脂組成物を、シリンダー設定温度220℃、金型温度40℃のT型成形機(東洋精機製)にて押出成形し、幅10cm×長さ5m×厚み100μmのTダイフィルムを作製した。
得られたTダイフィルムを光学顕微鏡(キーエンス製)で観察し、100μm以上のブツ個数をカウントし、下記基準で分散性の評価を行った。
[評価基準]
〇(良好):ブツ個数が30個未満
△(実用可):ブツ個数が30個以上、50個未満
×(実用不可):ブツ個数が50個以上
【0082】
<電磁波吸収性能>
(反射損失RL(MD))
電磁波吸収性能の指標として、ミリ波周波数帯の反射損失(dB)を以下の方法で測定した。
ミリ波送信装置として、E8257D+E8257DS12(出力:4dBm)、ミリ波受信装置としてN9030A+M1970V、ホーンアンテナとしてAAHR015(WR15、AET,INC)(すべてキーサイトテクノロジー社製)を用い、温度24.8℃、相対湿度48%の環境下で、実施例及び比較例で得られた成形体について、測定周波数76.5GHzにおける射出方向(MD方向)と電磁波の電界方向(図中y方向)が
平行方向となる状態での反射損失を測定した。
電磁波吸収性能として、反射損失RL(MD)の評価は下記の基準で行った。
[評価基準]
〇(良好):反射損失が-7dB未満
△(実用可):反射損失が-7dB以上、-5dB未満
×(実用不可):反射損失が-5dB以上
【0083】
(透過損失TL(MD))
電磁波吸収性能の指標として、ミリ波周波数帯の透過損失(dB)を以下の方法で測定した。
ミリ波送信装置として、E8257D+E8257DS12(出力:4dBm)、ミリ波受信装置としてN9030A+M1970V、ホーンアンテナとしてAAHR015(WR15、AET,INC)(すべてキーサイトテクノロジー社製)を用い、温度24.8℃、相対湿度48%の環境下で、実施例及び比較例で得られた成形体について、測定周波数76.5GHzにおける射出方向(MD方向)と電磁波の電界方向(図中y方向)が
平行方向となる状態での透過損失を測定した。
電磁波吸収性能として、透過損失TL(MD)の評価は下記の基準で行った。
[評価基準]
〇(良好):透過損失が-15dB未満
△(実用可):透過損失が-15dB以上、-10dB未満
×(実用不可):透過損失が-10dB以上
【0084】
<入射角度依存性>
角度依存性は、以下の方法で入射角依存性により評価を行った。
ミリ波送信装置として、E8257D+E8257DS12(出力:4dBm)、ミリ波受信装置としてN9030A+M1970V、ホーンアンテナとしてAAHR015(WR15、AET,INC)(すべてキーサイトテクノロジー社製)を用い、温度24.8℃、相対湿度48%の環境下で、実施例及び比較例で得られた成形体について、測定周波数76.5GHzにおける射出方向(MD方向)と電磁波の電界方向(図中y方向)が
平行方向となる状態での反射損失、及び透過損失を測定した。
また、本測定では、電磁波の照射方向に対し、角度が20°となるよう成形体を設置し、測定を行った(図2は透過損失の測定を例とした概念図である)。
入射角度依存性として、反射損失RL(MD)の評価は下記の基準で行った。
[評価基準]
〇(良好):反射損失が-5dB未満
△(実用可):反射損失が-5dB以上、-3dB未満
×(実用不可):反射損失が-3dB以上
【0085】
また、入射角度依存性として、透過損失TL(MD)の評価は下記の基準で行った。
[評価基準]
〇(良好):透過損失が-15dB未満
△(実用可):透過損失が-15dB以上、-10dB未満
×(実用不可):透過損失が-10dB以上
【0086】
【表2】
【0087】
【表3】
【0088】
【表4】
【0089】
なお、実施例2~12の熱可塑性樹脂について、熱可塑性樹脂(A1-1)にかえて、それぞれ熱可塑性樹脂(A2-4)、熱可塑性樹脂(A3-5)、熱可塑性樹脂(A4-6)に置き換えて形成した熱可塑性樹脂組成物は、熱可塑性樹脂(A1-1)を用いた場合と同様の評価結果であった。
すなわち、(i)~(iv)のすべての形態における効果が確認された。
【0090】
上記の評価結果より、本発明の熱可塑性樹脂組成物ならびにそれを用いた成形体は、樹脂組成物としての分散性に優れ、成形体は反射損失と透過損失のいずれも低い優れた電波吸収性能を示し、かつ、入射角度を変えて電磁波を入射した場合においても、安定して電磁波吸収性能を発現することが可能であることより、角度依存性の抑制に優れている結果が確認できた。
なかでも、ミリ波と呼ばれる特定周波数60~90GHz帯の反射損失および透過損失に優れるため、ミリ波吸収体用成形体としても、好適に用いることができるといえる。

図1
図2