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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022703
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】真空蒸着装置及び真空蒸着方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20240214BHJP
   C23C 14/52 20060101ALI20240214BHJP
   H10K 50/10 20230101ALI20240214BHJP
   H05B 33/10 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
C23C14/24 U
C23C14/52
H05B33/14 A
H05B33/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020217260
(22)【出願日】2020-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】391043332
【氏名又は名称】公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団
(74)【代理人】
【識別番号】100180921
【弁理士】
【氏名又は名称】峰 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】小林 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】武田 謙吾
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 浩
【テーマコード(参考)】
3K107
4K029
【Fターム(参考)】
3K107AA01
3K107BB01
3K107CC45
3K107GG04
3K107GG32
4K029AA09
4K029AA24
4K029BA62
4K029BD01
4K029CA01
4K029DA03
4K029DB06
4K029DB13
4K029DB19
4K029EA01
(57)【要約】
【課題】 成膜速度が0.01nm/s以下であっても、高精度な蒸着が可能な蒸着装置等を提供することを目的とする。
【解決手段】 真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置であって、前記真空チャンバーの中に、前記材料を保持するためのるつぼと、前記るつぼを加熱する誘導コイルと、前記基板の近くに設置された水晶振動子と、前記水晶振動子に接続されて前記水晶振動子を発振させる発振器とを備え、前記水晶振動子からの情報をデジタル化するデジタル変換部と、前記デジタル変換部が変換したデジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正処理部とをさらに備える、真空蒸着装置である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置であって、
前記真空チャンバーの中に、
前記材料を保持するためのるつぼと、
前記るつぼを加熱する誘導コイルと、
前記基板の近くに設置された水晶振動子と、
前記水晶振動子に接続されて前記水晶振動子を発振させる発振器とを備え、
前記発振器からの情報をデジタル化するデジタル変換部と、
前記デジタル変換部が変換したデジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正処理部とをさらに備える、真空蒸着装置。
【請求項2】
前記デジタル変換部から受信したデジタル信号を記録するデジタル信号記録部と、
前記ノイズ補正処理部が推定した推定成膜速度を記録する推定成膜速度記録部とをさらに備え、
前記ノイズ補正処理部は、前記デジタル信号記録部に記録された前記デジタル信号と前記推定成膜速度記録部に記録された前記推定成膜速度とに基づいて前記成膜速度を推定する、請求項1記載の真空蒸着装置。
【請求項3】
前記るつぼの温度を測定する温度センサと、
前記温度センサが測定したるつぼ温度から前記成膜速度を予測する蒸発モデル予測部とをさらに備え、
前記ノイズ補正処理部は、さらに前記蒸発モデル予測部が予測した予測成膜速度にも基づいて前記成膜速度を推定する、請求項2記載の真空蒸着装置。
【請求項4】
前記蒸発モデル予測部に対して更新されたモデルを伝達するモデル更新部をさらに備える、請求項3記載の真空蒸着装置。
【請求項5】
前記モデル更新部は、
一定期間に観測された周波数のデータに基づいて成膜速度を算出するものであり、
算出された成膜速度と、前記ノイズ補正処理部が推定した成膜速度との違いに基づいてモデルを更新する、請求項4記載の真空蒸着装置。
【請求項6】
前記発振器を前記真空チャンバーの中にさらに備える、請求項1から5のいずれかに記載の真空蒸着装置。
【請求項7】
前記水晶振動子は、前記発振器の回路に設けられたソケットに直接接続されている、請求項6記載の真空蒸着装置。
【請求項8】
前記水晶振動子の基本周波数は、5-30MHzである、請求項1から7のいずれかに記載の真空蒸着装置。
【請求項9】
前記成膜速度推定部が推定した推定成膜速度に基づいて、前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御部とをさらに備える、請求項1から8のいずれかに記載の真空蒸着装置。
【請求項10】
真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置を用いた真空蒸着方法であって、
前記真空蒸着装置は、
前記真空チャンバーの中に、
前記材料を保持するためのるつぼと、
前記るつぼを加熱する誘導コイルと、
前記基板の近くに設置された水晶振動子と、
前記水晶振動子に接続されて前記水晶振動子を発振させる発振器とを備え、
前記発振器からの情報をデジタル化するデジタル変換部と、
前記デジタル変換部が変換したデジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正処理部とをさらに備えるものであり、
前記誘導コイルが、前記るつぼを加熱する加熱ステップと、
前記デジタル変換部が、前記発振器からの情報をデジタル化するデジタル化ステップと、
前記ノイズ補正処理部が、前記デジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正ステップを含む、真空蒸着方法。
【請求項11】
前記真空蒸着装置は、
前記るつぼの温度を測定する温度測定部と、
前記ノイズ補正処理部が推定した推定成膜速度に基づいて、前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御部をさらに備え、
前記ノイズ補正ステップよりも後に、
前記電流制御部が、前記誘導コイルに流れる電流を制御して前記るつぼの温度を保つ電流制御ステップをさらに含む、請求項10記載の真空蒸着方法。
【請求項12】
真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置を用いた真空蒸着方法であって、
前記真空蒸着装置は、
前記真空チャンバーの中に、
前記材料を保持するためのるつぼと、
前記るつぼを加熱する誘導コイルと、
前記基板の近くに設置された水晶振動子と、
前記水晶振動子に接続されて前記水晶振動子を発振させる発振器とを備え、
前記るつぼの温度を測定する温度測定部と、
前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御部をさらに備えるものであり、
前記誘導コイルが、前記るつぼを加熱する加熱ステップと、
前記温度測定部が、前記るつぼの温度を測定する温度測定ステップと、
前記電流制御部が、前記温度測定部が測定した前記温度に基づいて前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御ステップとを含む、真空蒸着方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空蒸着装置及び真空蒸着方法に関し、特に、真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、有機EL分野において、正確なドーピング、精密なバルクヘテロ構造、分子エピタキシャル構造の生成のために、0.005nm/s以下で安定に蒸着できる技術が求められている。有機FET分野においても、結晶性を向上させ、移動度を上げるために、蒸着速度の低速化が求められている。
【0003】
図16は、従来の真空蒸着装置におけるフィードバック制御の概要を示す図である。真空蒸着装置101は、水晶振動子117と、膜厚計109と、制御部107と、加熱部110と、るつぼ111と、温度センサ112とを備える。膜厚計109は、カウンタ131と、成膜速度換算部133とを有する。
【0004】
カウンタ131は、水晶振動子117の発信周波数を測定する。成膜速度換算部133は、カウンタ131の測定値に基づいて成膜速度を換算する。成膜速度換算部133が算出した成膜速度は、制御部107に送信される。制御部107は、成膜速度に基づいて加熱部110にフィードバック制御を行う。加熱部110は、交流電源及び誘導コイルを含み、るつぼ111を加熱する。温度センサ112は、るつぼ111の温度を測定する。
【0005】
例えば、特許文献1には、約0.6Å/s(約0.06nm)の成膜速度で蒸着を行ったと記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2016/031727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の蒸着装置では、成膜速度が0.01nm/s以下の場合は、成膜速度の測定ノイズが無視できなくなり、正確な成膜速度を把握することが困難であった。そのため、適切なフィードバック制御も困難であった。
【0008】
特許文献1にもノイズが無視できない程度にのっていることが見てとれる。また、特許文献1にも成膜速度が0.01nm/sを下回る速度の真空蒸着の実施について記載も示唆もされていない。
【0009】
そこで、本発明は、成膜速度が0.01nm/s以下であっても、高精度な蒸着が可能な蒸着装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の観点は、真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置であって、前記真空チャンバーの中に、前記材料を保持するためのるつぼと、前記るつぼを加熱する誘導コイルと、前記基板の近くに設置された水晶振動子と、前記水晶振動子に接続された発振器とを備え、前記発振器からの情報をデジタル化するデジタル変換部と、前記デジタル変換部が変換したデジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正処理部とをさらに備える、真空蒸着装置である。
【0011】
本発明の第2の観点は、第1の観点の真空蒸着装置であって、前記デジタル変換部から受信したデジタル信号を記録するデジタル信号記録部と、前記ノイズ補正処理部が推定した推定成膜速度を記録する推定成膜速度記録部とをさらに備え、前記ノイズ補正処理部は、前記デジタル信号記録部に記録された前記デジタル信号と前記推定成膜速度記録部に記録された前記推定成膜速度とに基づいて前記成膜速度を推定する。
【0012】
本発明の第3の観点は、第2の観点の真空蒸着装置であって、前記るつぼの温度を測定する温度センサと、前記温度センサが測定したるつぼ温度から前記成膜速度を予測する蒸発モデル予測部とをさらに備え、前記ノイズ補正処理部は、さらに前記蒸発モデル予測部が予測した予測成膜速度にも基づいて前記成膜速度を推定する。
【0013】
本発明の第4の観点は、第3の観点の真空蒸着装置であって、前記蒸発モデル予測部に対して更新されたモデルを伝達するモデル更新部をさらに備える。
【0014】
本発明の第5の観点は、第4の観点の真空蒸着装置であって、前記モデル更新部は、一定期間に観測された周波数のデータに基づいて成膜速度を算出するものであり、算出された成膜速度と、前記ノイズ補正処理部が推定した成膜速度との違いに基づいてモデルを更新する。
【0015】
本発明の第6の観点は、第1から第4のいずれかの観点の真空蒸着装置であって、前記発振器を前記真空チャンバーの中にさらに備える。
【0016】
本発明の第7の観点は、第6の観点の真空蒸着装置であって、前記水晶振動子は、前記発振器の回路に設けられたソケットに直接接続されている。
【0017】
本発明の第8の観点は、第1から第7のいずれかの観点の真空蒸着装置であって、前記水晶振動子の基本周波数は、5-30MHzである。
【0018】
本発明の第9の観点は、第1から第8のいずれかの観点の真空蒸着装置であって、前記成膜速度推定部が推定した推定成膜速度に基づいて、前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御部とをさらに備える。
【0019】
本発明の第10の観点は、真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置を用いた真空蒸着方法であって、前記真空蒸着装置は、前記真空チャンバーの中に、前記材料を保持するためのるつぼと、前記るつぼを加熱する誘導コイルと、前記基板の近くに設置された水晶振動子と、前記水晶振動子に接続されて前記水晶振動子を発振させる発振器とを備え、前記発振器からの情報をデジタル化するデジタル変換部と、前記デジタル変換部が変換したデジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正処理部とをさらに備えるものであり、前記誘導コイルが、前記るつぼを加熱する加熱ステップと、前記デジタル変換部が、前記発振器からの情報をデジタル化するデジタル化ステップと、前記ノイズ補正処理部が、前記デジタル信号のノイズを抑制する補正を行って成膜速度を推定するノイズ補正ステップとを含む、真空蒸着方法である。
【0020】
本発明の第11の観点は、第10の観点の真空蒸着方法であって、前記真空蒸着装置は、前記るつぼの温度を測定する温度測定部と、前記成膜速度推定部が推定した推定成膜速度に基づいて、前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御部をさらに備え、前記ノイズ補正ステップよりも後に、前記電流制御部が、前記誘導コイルに流れる電流を制御して前記るつぼの温度を保つ電流制御ステップをさらに含む。
【0021】
本発明の第12の観点は、真空チャンバーを備えて基板に材料を蒸着する真空蒸着装置を用いた真空蒸着方法であって、前記真空蒸着装置は、前記真空チャンバーの中に、前記材料を保持するためのるつぼと、前記るつぼを加熱する誘導コイルと、前記基板の近くに設置された水晶振動子と、前記水晶振動子に接続されて前記水晶振動子を発振させる発振器とを備え、前記るつぼの温度を測定する温度測定部と、前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御部をさらに備えるものであり、前記誘導コイルが、前記るつぼを加熱する加熱ステップと、前記温度測定部が、前記るつぼの温度を測定する温度測定ステップと、前記電流制御部が、前記温度測定部が測定した前記温度に基づいて前記誘導コイルに流れる電流を制御する電流制御ステップとを含む、真空蒸着方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の各観点によれば、ノイズを抑制する補正が行われることにより、0.01nm/s以下と超低速で長時間にわたり安定に制御(成膜レートを一定に保持)が可能な真空蒸着装置を提供することが可能となる。
【0023】
本発明の第2及び第3の観点によれば、具体的にノイズを抑制して成膜速度のS/N比を向上させるデジタル信号の補正が可能となる。
【0024】
本発明の第4及び第5の観点によれば、蒸発モデルと実機のズレを解消し、精度の高い成膜速度の制御がさらに容易となる。
【0025】
本発明の第6の観点によれば、発振器と水晶振動子との間の配線を短くすることが可能となる。そのため、配線に由来する成膜速度の測定ノイズを抑制し、成膜速度のS/N比をさらに向上させることが可能になる。
【0026】
本発明の第7の観点によれば、発振器と水晶振動子の間の配線をほぼゼロとすることが可能となる。そのため、成膜速度のS/N比を向上させることがさらに容易となる。
【0027】
本発明の第8の観点によれば、蒸着速度の測定感度を約10倍向上させることが可能になる。
【0028】
本発明の第9の観点によれば、超低速の成膜速度による真空蒸着を高精度に制御することが可能となる。
【0029】
本発明の第11の観点によれば、信号のS/N比が改善され、成膜速度の急激な変化にも速やかに追随してフィードバック制御を行うことが可能となる。
【0030】
従来、抵抗加熱の真空蒸着装置が一般的であった。しかし、本発明の第13の観点によれば、本発明者らは、制御への応答が早い誘導加熱方式の真空蒸着方法においては、るつぼ温度に基づく高精度な成膜速度の制御が現に可能であることを見出した。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の真空蒸着装置における加熱のフィードバック制御の概要を示す図である。
図2】本発明の真空蒸着装置の構成の概要を示す図である。
図3】本実施例における水晶振動子及び発振器回路基板の接続について例示する図である。
図4】本発明者らによる周波数変化率の移動平均の検討結果を示す図である。
図5】本実施例におけるカルマンフィルタの概要を示す図である。
図6】本実施例におけるカルマンフィルタの構成をさらに説明する図である。
図7】本実施例のカルマンフィルタを用いて0.001nm/sの成膜速度を目標値として蒸着を行った結果を示す図である。
図8図7の蒸着試験における(a)周波数変化量、及び、(b)周波数変化率を示すグラフである。
図9】本実施例のカルマンフィルタを用いて約0.0003nm/sで真空蒸着した結果を示すグラフである。
図10】本実施例のカルマンフィルタを用いて約0.0002nm/sの超低速で真空蒸着した結果を示すグラフである。
図11】本実施例のカルマンフィルタを用いて約0.0001nm/sの超低速で真空蒸着した結果を示すグラフである。
図12】本発明の真空蒸着装置において、成膜速度に基づくPID制御とるつぼ温度に基づくPID制御による成膜速度の安定性の違いを示す図である。
図13】本発明の真空蒸着方法について概念を説明する図である。
図14】蒸発モデルを更新する機能を備えたカルマンフィルタの概要を示す図である。
図15図14の更新機能を用いた結果の一例として推定レート及び観測レートの推移を示す図である。
図16】従来の真空蒸着装置における加熱のフィードバック制御の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、本発明の実施例は、以下に記載する内容に限定されるものではない。
【実施例0033】
図1は、本発明の真空蒸着装置における加熱のフィードバック制御の概要を示す図である。真空蒸着装置1は、水晶振動子17と、膜厚計8と、制御部7と、加熱部10と、るつぼ11と、温度センサ12とを備える。膜厚計8は、カウンタ31と、成膜速度推定部33とを有する。
【0034】
カウンタ31は、水晶振動子17の発信周波数を測定する。成膜速度推定部33は、カウンタ31の測定値と、温度センサ12が測定したるつぼ温度とに基づいて成膜速度を推定する。成膜速度推定部33が推定した推定成膜速度は、制御部7に送信される。制御部7は、推定成膜速度に基づいて加熱部10にフィードバック制御を含む制御を行う。加熱部10は、交流電源及び誘導コイルを含み、るつぼ11を加熱する。温度センサ12は、るつぼ11の温度を測定する。
【0035】
従来の真空蒸着装置101においては、成膜速度換算部133が算出した成膜速度をそのままフィードバック制御に用いていたが、ノイズが大きな信号であるため、精密な制御が困難であった。これに対して、本実施例の真空蒸着装置においては、特に低速蒸着においては、測定された発振周波数のノイズが無視できないことを前提とする。そのため、成膜速度推定部33が、水晶振動子17からの信号に加えて温度センサ12からのるつぼ温度も入力として、成膜速度を「推定」する点が従来の真空蒸着装置101と大きく異なる点である。
【0036】
図2は、本発明の真空蒸着装置1の構成の概要を示す図である。真空蒸着装置1は、真空チャンバー3と、交流電源部5と、制御部7と、成膜速度モニタ9とを備える。
【0037】
真空チャンバー3は、るつぼ11と、誘導コイル13と、膜厚測定器15とを備える。るつぼ11は、蒸着材料を保持する容器である。るつぼ11は少なくとも一部が金属で構成されている。誘導コイル13に交流電流が流れることによりるつぼ11又は蒸着材料が誘導加熱される。膜厚測定器15は、水晶振動子17と、発振器19とを有する。水晶振動子17を発振器19が発振させると共に、水晶振動子17の振動数を計測する。水晶振動子17は、蒸着材料が蒸着される基板の近くに設置されている。
【0038】
また、水晶振動子17と発振器19は、ごく短い配線で接続されている。図3は、本実施例における水晶振動子17及び発振器回路基板20の接続について例示する図である。図3に示すように、水晶振動子17の発信器回路基板20は、発振器回路基板20からのデガス防止のために接着剤22でカバーされてコネクタ24を接続した封止状態26とされる。コネクタ24を経由して、水晶振動子17の信号が取り出され、また、駆動用電力が供給される。この封止状態26でも水晶振動子17の端子28をセットするソケット30が2か所存在する。その上、電磁シールド32で囲われた構成とされている。水晶振動子17は、発振器19の回路に水晶振動子17をはめるソケットを配置して直接接続する。図3に示すように、本実施例の構成は、水晶振動子17と発振器回路基板20との距離が短いため、配線由来のノイズを抑制して振動数を高精度に計測することが可能になる。
【0039】
また、水晶振動子17の基本周波数は、5-30MHzであることが望ましい。これにより、成膜速度の測定感度を約10倍向上させることが可能になる。本実施例では、基本周波数が5MHzの水晶振動子を採用した。
【0040】
交流電源部5は、直流電源21と、トランジスタ23と、トランジスタ23と、FETドライバ25とを備える。直流電源21、トランジスタ23のドレイン電極、トランジスタ23のソース電極、トランジスタ23のドレイン電極は、順に直列に接続されている。トランジスタ23のドレイン電極は、接地されている。トランジスタ23のソース電極とトランジスタ23のドレイン電極の間にある接点29は、誘導コイル13に電気的に接続されている。FETドライバ25は、トランジスタ23のゲート電極、トランジスタ23のゲート電極と、それぞれ接続されている。FETドライバ25は、制御部7の発振器27から与えられる信号の周波数に対応して、トランジスタ23のゲート電極、トランジスタ23のゲート電極にゲート電圧を印加する。結果として、交流電源部5は、発振器27から与えられる信号の周波数に対応して、誘導コイル13に対して交流電流を流す。
【0041】
制御部7は、発振器27と、PID演算部28とを有する。発振器27は、矩形波発振を行う。また、発振器27は、デッドタイムを生成する。このため、制御部7は、交流電流を制御する電流制御部として機能する。発振器27及びPID演算部は、本実施例では1つのマイコンで構成されているが、別々のIC等であってもよい。
【0042】
PID演算部28は、成膜速度モニタ9からデジタル信号を受信する。また、PID演算部28は、るつぼ11の温度を計測する熱電対計測モジュールからの信号を受信する。PID演算部28は、発振器27に接続されている。PID演算部28は、成膜速度モニタ9からのデジタル信号に基づいて発振器27に対して振動数・パルス幅のPID制御を行う。本実施例においては、パルス幅変調制御(PWM制御)を採用した。また、PID演算部28は、成膜速度推定部としても機能する。成膜速度推定部は、換算部と、デジタル信号記録部と、ノイズ補正処理部とを備える。成膜速度推定部は、発振器19が計測した振動数及び/又はその振動数から算出された成膜速度のノイズを補正して真の振動数及び/又は成膜速度を推定する。このとき、成膜速度推定部は、カルマンフィルタを使用する。
【0043】
成膜速度モニタ9は、送信部と、受信部と、デジタル変換部とを備える。成膜速度モニタ9は、発振器19からの信号を受信した後、デジタル変換して制御部7に送信する。
【0044】
図4は、本発明者らによる周波数変化率の移動平均の検討結果を示す図である。計測開始から約430秒後までの間は、計算周期10msで1.0秒間の移動平均とした。また、計測開始から約430秒以降は、計算周期10msで0.5秒間の移動平均とした。図4に示すように、感度の高い水晶振動子を採用しても、成膜速度に換算される周波数変化率のノイズが大きい。また、移動平均の時間を長くしてフィルタリング効果を高くすると信号が平滑化されることが分かる。ただし、移動平均の時間が長いほど位相遅れが大きくなり、制御性が悪くなってしまう。そこで、制御性とフィルタリング効果の両立のためにカルマンフィルタの適用を検討した。
【0045】
カルマンフィルタは、制御対象のモデルを作成し、モデルの計算結果と実際の観測結果との誤差共分散が最小となるように状態量を推定するフィルタである。
【0046】
図5は、本実施例におけるカルマンフィルタ41の概要を示す図である。本発明者らは、誘導加熱方式の真空蒸着装置におけるモデルとして、制御対象を交流電源部5及び誘導コイル13が構成する加熱部10、るつぼ11、カウンタ31とした。また、入力をるつぼ温度、観測値を周波数変化率(成膜速度)とした。実際には、制御部7が、モデル計算を行うモデル計算部43と、推定計算を行う推定計算部45とを有する。
【0047】
図6は、本実施例におけるカルマンフィルタ41の構成をさらに説明する図である。制御部7のマイコンは、以下のプロセスを10ms周期で繰り返す。
(1)るつぼ温度と蒸発モデルより周波数変化率の予測値を計算する。
(2)設定された観測ノイズの共分散と推定誤差共分散よりカルマンゲインKを計算する。
(3)カウンタから得た変化率の観測値と予測値より推定値を計算する。
【0048】
続いて、カルマンフィルタの計算式について述べる。真空蒸着による水晶振動子17の周波数変化率を状態量xとし、入力をるつぼ温度uとしたとき、真空蒸着システムの状態方程式は、連続時間系では以下のように表すことができる。なお、wはシステムノイズ、vは観測ノイズを表し、平均値ゼロの白色ノイズとする。
【0049】
【数1】
【0050】
(1)式は、離散時間系では(2)式で表すことができる。なお、Fは離散時間系におけるAに対応し、Gは離散時間系におけるBに対応する。
【0051】
【数2】
【0052】
(2)式で表されるシステムについて、カルマンフィルタは以下の式を用いて計算することができる。
【0053】
【数3】
【0054】
以下、本実施例のカルマンフィルタを使用して真空蒸着を行った結果について述べる。
【0055】
図7は、本実施例のカルマンフィルタを用いて低速の0.001nm/sの成膜速度を目標値として蒸着を行った結果を示す図である。0.001nm/sの成膜速度は、従来安定して実現できなかった0.01nm/sのさらに10分の1と超低速の速度である。図7に示す真空蒸着においては、基本周波数5MHzの水晶振動子を用いた。発振器は、大気中に設置した。蒸着試験は、約24時間連続して行われた。図7(a)は、試験開始直後、図7(b)は、試験終了直前の成膜速度モニタ9の表示画面を示す。
【0056】
図7に示されるように、試験期間中、時折成膜速度が変化したものの、安定して保持されていることが分かる。超低速の真空蒸着においては、材料の蒸発量が極めて少ないこともあり、温度変化はほとんどなかった。図7(a)及び図7(b)では、目標値に対して10%ほど低く偏差があるが、原因はプログラムのミスで積分制御が働いていなかったためである。修正後、目標値に安定して制御できることを確認した。
【0057】
図8は、図7の蒸着試験における(a)周波数変化量、及び、(b)周波数変化率を示すグラフである。図7(a)は、蒸着開始から終了までの周波数変化を示す。周波数は一様に減少しており、減少率は0.00617Hz/sであった。また、測定開始時のるつぼ温度は233.86℃、測定終了時のるつぼ温度は233.74℃であった。真空蒸着終了後の膜厚測定結果は51.3nmであった。蒸着時間は86,520s(約24時間)であったため、膜厚から計算される成膜速度の平均値は、0.000593nm/s=0.00593Åであった。このため、カウンタが観測した成膜速度[Hz/s]と基板に成膜された膜厚から算出された成膜速度[Å/s]がおおよそ一致したといえる。
【0058】
図8(b)は、カウンタで観測した周波数変化率と、カルマンフィルタを用いた推定変化率とを示す。カルマンフィルタにより変動がかなり抑えられていることが一目瞭然である。図8(b)において、カウンタ観測値の平均0.0110Hz/sと比較して、カルマンフィルタの推定値0.0184Hz/sと高い。これは、モデルの蒸発温度を225℃と実際より若干低めに設定したため、逆に推定値が高くなったものである。モデルの蒸発温度が実際の温度と一致すれば、カルマンフィルタの推定レートと実質レートとが一致するようになる。
【0059】
以上より、カルマンフィルタを用いることで従来よりも10分の1も低速である0.001nm/sオーダーの超低速で安定して真空蒸着を行うことが可能であることが示された。以下、さらに低速での蒸着実験の結果について述べる。
【0060】
図9は、本実施例のカルマンフィルタを用いて約0.0003nm/sの超低速で真空蒸着した結果を示すグラフである。110,419s(約30時間)かけて真空蒸着を行った。膜厚を成膜時間で割って算出された成膜速度は0.000293nm/sであった。周波数の変化量を成膜時間で割った実質レートである周波数変化率の平均値は0.00330Hz/sであった。カルマンフィルタが推定した周波数変化率の平均値は0.0050Hz/sであり、安定して制御されていた。周波数変化率との差分は、モデルの蒸発温度が低いためと考えられる。成膜開始時のるつぼ温度は189.94℃であり、成膜終了時のるつぼ温度は193.27℃(平均193.27℃)であった。実質レート0.00330Hz/sから逆算すると蒸発温度は195.01℃となる。
【0061】
図10は、本実施例のカルマンフィルタを用いて約0.0002nm/sの超低速で真空蒸着した結果を示すグラフである。成膜時間は1,996s(約30分)であった。実質レートは0.00252Hz/sであった。カルマンフィルタが推定した周波数変化率の平均値は、0.00250Hz/sであった。成膜に時間がかかるため膜厚は計測しなかった。成膜開始時のるつぼ温度は192.88℃であり、成膜終了時のるつぼ温度は191.06℃(平均191.75℃)であった。モデルの蒸発温度を196℃とし、実機とほぼ一致させたことで、設定レート0.002Hz/sに対し、カルマン推定値、実質レートともほぼ一致した。
【0062】
図11は、本実施例のカルマンフィルタを用いて約0.0001nm/sの超低速で真空蒸着した結果を示すグラフである。成膜時間は5,373s(約1時間30分)であった。実質レートの平均値は0.00057Hz/sであった。カルマンフィルタが推定した周波数変化率の平均値は、0.00100Hz/sであった。成膜に時間がかかるため膜厚は計測しなかった。成膜開始時のるつぼ温度は186.19℃であり、成膜終了時のるつぼ温度は186.13℃(平均185.96℃)であった。カルマン推定値は設定レートと安定してよく一致したが、実質レートは約半分となった。状況によりモデル蒸発温度が変わるため、低速の真空蒸着では、その都度蒸着温度を再設定する必要がある。実質レートから蒸発温度を計算し、再設定することで改善可能と考えられる。
【0063】
以上より、0.0001nm/sと従来の限界よりも約1/100もの超低速においても、本実施例のカルマンフィルタを用いることにより、安定して誘導加熱方式の真空蒸着を行うことが可能であった。
【実施例0064】
図12は、本発明の真空蒸着装置において、成膜速度に基づくPID制御とるつぼ温度に基づくPID制御による成膜速度の安定性の違いを示す図である。
図12(a)は、トリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)を低速で蒸着させた時の成膜速度の経時変化を示し、図12(b)は、バックグラウンドを示す。図12は、バックグラウンドのノイズよりは信号レベルは大きいものの、信号ノイズが無視できないことを示している。
【0065】
図12(a)において、5MHzの水晶振動子を用いて、成膜速度0.002nm/sを目標値として設定した。測定開始から約11,000秒までは、成膜速度に基づいてPID制御を行った。測定開始から約11,000秒以降は、るつぼ温度に基づいてPID制御を行った。これは、るつぼ温度が一定であれば結果として成膜速度が一定になるはずとの考えに基づく。
【0066】
結果として、図12(a)に示されるように、約11,000秒までは成膜速度が安定しなかった。しかし、約11,000秒以降は対照的に成膜速度が約0.002nm/sに落ち着いたことが見てとれる。ただし、この方法は、制御への応答が早い誘導加熱方式の真空蒸着方法だからこそ実現できるものである。
【0067】
図13は、本発明の真空蒸着方法について概念を説明する図である。超低速で真空蒸着を行う方法は、以下の2つがある。
【0068】
第1に、図13の1つ目に示すように、成膜速度を直接的に制御する代わりに、るつぼ温度をPI制御する方法である。実施例2に述べたように、制御への応答が早い誘導加熱方式の真空蒸着方法だからこそ実現可能となる。
【0069】
第2に、図13の2つ目に示すように、成膜速度の信号のノイズをカルマンフィルタで落とした後の信号にPID制御を行う方法である。信号の質が改善するため、急激な変化にも追随可能となる。これが実施例1で述べた方法である。
【実施例0070】
さらに、カルマンフィルタが蒸発モデルを更新する実施例を示す。図14は、図6に示すカルマンフィルタ41と比較して、蒸発モデルを更新する機能をさらに備えたカルマンフィルタ51の概要を示す図である。
【0071】
蒸発モデルと実機とにズレがあると、推定レートも誤差を含むこととなる。実機の状態は、材料、るつぼやヒータ等の特性により変わる。そのため、その都度モデル式を調整しなければならない。
【0072】
そこで、本実施例のカルマンフィルタ51は、周波数カウンタ31から得たある一定期間の周波数データに基づいて実レートを計算し、推定レートとの差からモデル式を更新するモデル更新部53を備える。
【0073】
経験的に蒸発レート(Hz/s)はるつぼ温度uの関数f(u)として表すことができる。本発明に係るカルマンフィルタのモデルもこの式を使用している。また、蒸発は特定の温度以上で発生するので基準となる温度(蒸発温度)をu0とすると、関数はf(u-u0)と表すことができる。モデルと実際のズレはこのu0のズレに起因するため、u0を実際の蒸発温度に合わせることで推定レートの誤差を無くすことができる。一定周期で周波数差から実質レートを計算し、f(u-u0)を逆算することで、実際の温度と一致性の高いu0を算出することができる。
【0074】
図15に、モデル更新部を使用した結果を示す。図15は、図14の更新機能を用いた結果の一例として推定レート及び観測レートの推移を示す図である。なお、設定レートは、0.01Hz/sとした。図15に示すように、試験開始から間もない丸い点線で示す期間は、推定レートと観測レートに開きが見られる。しかし、本実施例のモデル更新部による更新機能により、試験開始から約5分でほぼ一致させることができた。
【0075】
なお、発振器19は、真空チャンバーの内部ではなく、大気中に存在してもよい。従来の真空蒸着装置においては、大気中に発振器19が設置されているため、従来の発振器19を本願発明の真空蒸着装置に使用することも可能である。ただし、制御部7は、本発明のものを使用することが必要である。
【0076】
また、成膜速度モニタ9から制御部7に送信する信号は、アナログ信号であってもよい。この場合、制御部7が受信した信号をAD変換されて同じ処理が行われる。ただし、アナログ信号を送信する場合、ノイズ混入、インピーダンス整合、電圧オフセット、ゲイン調整が必要となる。
【符号の説明】
【0077】
1:真空蒸着装置、3:真空チャンバー、5:交流電源部、7:制御部、8:膜厚計、9:成膜速度モニタ、10:加熱部、11:るつぼ、12:温度センサ、13:誘導コイル、15:膜厚測定器、17:水晶振動子、19:発振器、21:直流電源、23:トランジスタ、25:FETドライバ、27:発振器、28:PID演算部、29:接点、31:カウンタ、33:成膜速度推定部、41:カルマンフィルタ、43:モデル計算部、45:推定計算部、51:カルマンフィルタ、53:モデル更新部、101:真空蒸着装置、107:制御部、109:膜厚計、110:加熱部、111:るつぼ、112:温度センサ、117:水晶振動子、131:カウンタ、133:成膜速度換算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16