(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022711
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】永久磁石同期電動機の駆動装置、および制御方法
(51)【国際特許分類】
H02P 6/16 20160101AFI20240214BHJP
【FI】
H02P6/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125982
(22)【出願日】2022-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】000150327
【氏名又は名称】株式会社ナカニシ
(72)【発明者】
【氏名】岩路 善尚
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 好太
【テーマコード(参考)】
5H560
【Fターム(参考)】
5H560BB04
5H560BB12
5H560DC12
5H560EB01
5H560EC07
5H560RR03
5H560TT15
5H560XA02
5H560XA12
5H560XA13
(57)【要約】
【課題】PMモータにおいて、回転子の突極性構造に関わらず、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現する。
【解決手段】永久磁石同期電動機の駆動装置であって、前記永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御手段と、を有し、前記制御手段は、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、
前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、
前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御手段と、
を有し、
前記制御手段は、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う、
ことを特徴とする駆動装置。
【請求項2】
前記第2の多相交流は、相間において対称である、ことを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項3】
前記第2の多相交流は、前記インバータでスイッチング動作を行うための搬送波に同期した波形である、ことを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項4】
前記インバータから出力される多相交流は、3相交流であり、
前記第2の多相交流は、前記インバータによりスイッチング動作を行うための搬送波の周波数の3分の1の整数倍である、ことを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項5】
前記第2の多相交流の波形パターンは、前記永久磁石同期電動機の相の構成に基づいて予め規定される、ことを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項6】
前記第2の多相交流の波形パターンは、180°の矩形波、120°の矩形波、正弦波、のいずれかに基づく、ことを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項7】
前記永久磁石同期電動機は、2極3相の構成を有し、
前記第2の多相交流は、60°ごとの高調波のパターンから構成される、請求項1に記載の駆動装置。
【請求項8】
前記制御手段は、前記所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流の位相に基づいて、前記回転子の位置を推定する、請求項1に記載の駆動装置。
【請求項9】
前記制御手段は、
前記永久磁石同期電動機の回転駆動のための前記第1の多相交流を制御するための第1の処理と、
前記永久磁石同期電動機の位置推定のための前記第2の多相交流を制御するための第2の第2の処理と、
を実行し、
前記第2の処理は、前記第1の処理よりも短い周期で実行され、かつ、前記第1の処理よりも優先的に実行される、ことを特徴とする請求項1に記載の駆動装置。
【請求項10】
前記第2の処理は、前記第2の多相交流に対応する電圧指令の更新処理、前記第2の多相交流に対応して前記永久磁石同期電動機に印加されている電流値の検出処理、および、前記検出処理により得られた電流値に基づく前記回転子の位置の演算、のうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項9に記載の駆動装置。
【請求項11】
永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、を備える永久磁石同期電動機の制御方法であって、
前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御工程を有し、
前記制御工程において、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う、
ことを特徴とする制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石同期電動機の駆動装置、および制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石同期電動機(以下、PM(Permanent Magnet)モータとも称する)は、産業、家電、医療機器、電気自動車、鉄道などに幅広く利用されている。PMモータは、原理上、回転子の位置角度に基づいて回転駆動のための電流位相を制御する必要があるため、回転子に対する位置センサを設ける構成が用いられている。
【0003】
一方、回転子の位置を直接検出しない位置センサレス制御も実用化されてきている。位置センサレス制御の多くは、PMモータの回転に伴って内部で発生する誘起電圧を利用している。例えば、鉄道車両のように起動時から高トルクが必要な用途では、回転子の突極性構造を利用した位置センサレス制御が検討され、すでに実用化されている。位置センサレス制御を実現することで、精密な位置センサを用いる必要が無くなり、過酷な環境下でのモータ駆動が実現でき、また、位置センサが無くなることで装置全体の小型化や、センサ故障のリスクを回避できるなどのメリットもある。
【0004】
例えば、特許文献1には、PMモータの回転子の磁気突極性を利用した位置センサレス方式が記載されている。特許文献1の手法では、回転子の推定位相軸に、回転子の位置を推定するための高調波電圧を印加し続け、それと直交する軸に生じる高調波電流から、推定位置と実際の回転子位相との誤差を演算し、その誤差を修正することでセンサレス駆動を実現する。
【0005】
特許文献2は、PMモータの回転子の磁気突極性を利用するものであり、回転子の位置を推定するための高調波電圧として、インバータで発生するパルス状の電圧を利用している。特許文献3は、PMモータの回転子の磁気突極性を利用するものであり、印加した高調波によって生じる電流変化率を利用して、回転子の位置推定を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7-245981号公報
【特許文献2】特開平8-205578号公報
【特許文献3】特開2002-78391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1~3の手法においては、回転子に磁気突極性が必要であり、一般的には磁気突極性が顕著な埋込磁石構造の回転子にのみ適用可能であるという課題があった。例えば、小型で安価なPMモータでは、安価な磁石を回転子表面に張り付けた表面磁石構造のものも多く、この場合には磁気突極性がほとんど無いため、上記の特許文献のような方式のセンサレス駆動が適用できない。
【0008】
例えば、特許文献1、3では、回転子の推定位相軸上で高調波を印加しており、この推定軸の回転(すなわち、回転子の回転)に伴って、高調波の印加軸も同時に回転する。この場合、発生する高調波電流は、回転子の突極性による成分だけでなく、固定子の磁気回路の影響も強く受けることになる。結果として、突極性の少ない回転子を用いるモータでは、固定子側の磁気回路の変化の影響により、回転子の位置の推定が困難になる。このような状況下において位置推定を行おうとした場合、印加する高調波電圧を増やす必要が生じ、結果的に高調波の損失を増大化させてしまう。
【0009】
また、特許文献2では、位置推定のための高調波として、インバータのスイッチ動作によって発生する高調波を利用している。インバータが発生する高調波は、インバータの出力する電圧の位相や、変調率によって大きく変化し、一義的には定まらない。そのため、特許文献1、3と同様、条件によっては固定子側の磁気回路の影響を受け、回転子の位置の推定が困難になる。
【0010】
上記のような理由から、特許文献1~3の手法では、磁気突極性の少ない構造や、固定子鉄芯に空間高調波が伴う構造(例えば、集中巻き構造)のPMモータでは、回転子の位置の推定は困難であり、位置センサレス制御ができなかった。特に、突極性構造を有しないPMモータにおいて、低速域での位置推定には上記手法を用いることができず、このような場合には位置センサを別途用意する必要があった。
【0011】
上記課題を鑑み、本発明は、PMモータにおいて、回転子の突極性に係る構造に関わらず、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明は以下の構成を有する。すなわち、永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、
前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、
前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御手段と、
を有し、
前記制御手段は、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う。
【0013】
また、本発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、を備える永久磁石同期電動機の制御方法であって、
前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御工程を有し、
前記制御工程において、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、PMモータにおいて、回転子の突極性に係る構造に関わらず、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】PMモータの構成例およびその突極性を説明するための図。
【
図2】高調波重畳方法による回転子の位置検出の方式を説明するための図。
【
図3】本発明の一実施形態に係る回路構成の例を示す図。
【
図4】本発明の一実施形態に係る位置推定部の回路構成の例を示す図。
【
図6】本発明の一実施形態に係る位相を説明するためのグラフ図。
【
図7】本発明の一実施形態に係る検出結果の例を示す図。
【
図8】本発明の一実施形態に係る位置推定の例を示す図。
【
図9】本発明の一実施形態に係る位置推定の例を示す図。
【
図10】PMモータにおける通電方式を説明するための図。
【
図11】PMモータにおけるインダクタンスの変化を説明するための図。
【
図12】本発明の一実施形態に係る波形パターンの例を示す図。
【
図13】本発明の一実施形態に係る波形パターンの例を示す図。
【
図14】本発明の一実施形態に係る波形パターンの例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本願発明を説明するための一実施形態であり、本発明を限定して解釈されることを意図するものではなく、また、各実施形態で説明されている全ての構成が本発明の課題を解決するために必須の構成であるとは限らない。また、各図面において、同じ構成要素については、同じ参照番号を付すことにより対応関係を示す。
【0017】
<第1の実施形態>
[PMモータ概略]
まず、本発明を適用可能なPMモータ100の構成概略について説明する。
図1(a)は、本実施形態に係るPMモータ100の構成概略を示す。PMモータ100は、回転子101と固定子102を含んで構成される。固定子102は、突極を備えた固定子鉄芯に銅線などによるコイルを巻いた集中巻による構成を有する。ここでは、固定子102が6つの固定子鉄芯を備える例を示しているが、固定子鉄心の数はこれに限定するものではない。また、コイルは集中巻に限定するものではなく、分布巻の構成であってもよい。回転子101は永久磁石を含んで構成される。回転子101は、
図1(b)に示すような回転子鉄心の周りの表面に永久磁石が張り付けられた表面磁石形回転子と、
図1(c)に示すような回転子鉄心に永久磁石が埋め込まれた埋込磁石形回転子とが挙げられる。
図1の例では、4極の回転子の例を示している。
【0018】
図1(b)に示す表面磁石形回転子と、
図1(c)に示す埋込磁石形回転子の突極性について説明する。表面磁石形回転子では、磁極がつくる磁束の方向(主磁束方向)であるd軸、および、d軸に磁気的に直交するq軸の両方に永久磁石が位置するため、d軸方向のインダクタンスLdとq軸方向のインダクタンスLqが一致し(Ld=Lq)、非突極性を有する。一方、埋込磁石形回転子では、d軸にしか永久磁石が存在しないため、q軸方向のインダクタンスが大きくなり(Ld<Lq)、突極性を有する。つまり、回転子の構造によって、d軸とq軸のインダクタンスに差が生じる。
【0019】
上記のような回転子の突極性の違いにより、特許文献1~3などに示されている突極性を利用する従来の高調波重畳方法による位置センサレス制御は、表面磁石形回転子を用いるPMモータ、すなわち、SPMモータには適用できない。また、固定子のコイルが集中巻の場合、空間高調波の影響が大きいため、従来の高調波重畳方法によるセンサレス制御が適用しにくいという側面がある。
【0020】
ここで、本出願人は、上述したような表面磁石形回転子の構成であっても、永久磁石の角度によって弱い突極性が現れることを確認した。しかしながら、
図1(a)に示すような固定子のスロット構造による磁気回路の変化が相対的に大きく、回転子の弱い突極性が検出できない。その結果、表面磁石形回転子の構成では、従来の高調波重畳方法による位置センサレス制御の適用は困難である。
【0021】
そこで、本実施形態に係る方法では、
図1(c)に示すような突極性を有する埋込磁石形回転子の構成に加え、
図1(b)に示すような表面磁石形回転子での弱い突極性(弱突極)を有する構成であっても適用可能な構成を示す。なお、本明細書にて説明する構成において、表面磁石形回転子における非突極性(弱突極)は、埋込磁石形回転子の構成の突極性と比較して極めて小さいものとして説明する。詳細については、後述する。
【0022】
[位置推定方式]
図2は、特許文献1などに記載されている従来の回転子の位置推定方式と、本実施形態に係る回転子の位置推定方式の差異を説明するための図である。
【0023】
図2(a)は、PMモータである3相交流モータのU相、V相、W相の軸を示す。また、d軸は、磁石磁束Φの向きを示す。θdは、U相の固定巻線の位置を基準として、U相の軸とd軸との差分を示す。θdが、回転子の位置(角度)に対応する。なお、センサ付きのモータであればθdを直接検出することができるが、センサレス制御の場合はθdを直接検出することができない。
【0024】
図2(b)は、従来の方式における回転子の位置推定および制御の概略を示す。例えば、特許文献2では、突極性に基づいて、制御上の軸であるdc―qc軸上にて任意の高調波の電圧変化を重畳させ、その結果として得られる電流から、回転子の実位相であるθdと推定位相であるθdcの誤差Δθdを演算する。そして、Δθdが0になるように角速度ω1を修正することでdq軸とdc-qc軸を一致させるように制御することで、センサレス制御を実現している。このとき、従来の手法では、高調波の重畳位相を回転させている。
【0025】
図2(c)は、本実施形態に係る回転子の位置の推定の概略を示す。本実施形態に係る方式では、回転子の位置とは無関係に、所定のパターンに基づいて位相θdhの高調波電圧をdh軸上に印加し、その検出結果に基づいて回転子の位置を推定する。本実施形態では、従来の手法とは異なり、高調波の重畳位相の軸を固定して回転させない方式により、回転子の位置推定を可能とする。パターン等の詳細については後述する。
【0026】
[回路構成]
本実施形態の回路構成の例について、
図3、
図4を用いて説明する。また、比較対象として従来の手法における回路構成の例を
図5に示す。
図3は、本実施形態に係るPMモータの制御装置を含んで構成されるシステムの構成例を示す図である。システムは、永久磁石同期電動機(PMモータ1)、インバータ2、電流検出器3、制御装置4、および機械負荷5を含んで構成される。本実施形態に係るPMモータ1は、
図1(b)、(c)のいずれの構成の回転子でも利用可能であるが、ここでは、
図1(b)のように非突極性を有する回転子を備えた3相のPMモータとして説明する。
【0027】
インバータ2は、制御装置4からのPWM(Pulse Width Modulation)制御信号に基づいてスイッチング動作を行い、不図示の交流電源からの電流を3相の電圧に変換してPMモータ1に印加する。
【0028】
機械負荷5は、PMモータ1によって駆動される負荷装置である。本実施形態は、産業機器、家電機器、医療機器、鉄道、電気自動車などの動作部分が相当し、本発明に係るPMモータの制御方式が適用可能である。
【0029】
電流検出器3は、インバータ2からPMモータ1に対して印加される電圧により流れる3相の電流を検出し、制御装置4へフィードバックする。ここでは、3相の電流のうち、U相に対応する電流値Iuと、W相に対応する電流値Iwを検出する例を示す。
【0030】
制御装置4は、PMモータ1を、位置センサ(回転角度センサ)を用いずに駆動させるセンサレス・ベクトル制御を行う。制御装置4は、指令発生器6、電流制御器(ACR)7a、7b、逆座標変換器8a、座標変換器9a、PWM制御器10、加減算器11、KPLL制御器12、積分器13、2倍ゲイン14、および位置推定器15を含んで構成される。
【0031】
指令発生器6は、モータ電流に対応する励磁電流指令Idrおよびトルク電流指令Iqrを発生させる。励磁電流指令Idrは、加減算器11aを介して電流制御器7aに入力される。このとき、加減算器11aは、励磁電流指令Idrから、座標変換器9aから出力されるフィードバック電流値IdFBの分を減算し、電流制御器7aに出力する。トルク電流指令Iqrは、加減算器11bを介して電流制御器7bに入力される。このとき、加減算器11bは、トルク電流指令Iqrから、座標変換器9aから出力されるフィードバック電流値IqFBの分を減算し、電流制御器7bに出力する。電流制御器7aは、入力された励磁電流指令Ibrに基づいて、d軸に対する電圧指令Vdを制御する。電流制御器7bは、入力されたトルク電流指令Iqrに基づいて、q軸に対する電圧指令Vqを制御する。
【0032】
電流制御器7aからの電圧指令Vdと、電流制御器7bからの電圧指令Vqは、逆座標変換器8aに入力される。逆座標変換器8aは、積分器13から入力されるθdcに基づいて、入力された電圧指令Vd、Vqを2相から、PMモータ1に対応する3相の電圧指令Vu0、Vv0、Vw0に変換して出力する。つまり、逆座標変換器8aは、2相の座標系から3相の座標系への座標変換を行う。
【0033】
加減算器11dは、U相に対応する電圧指令Vu0と、位置推定器15から出力されるU相の電圧指令Vuhとを加算し、電圧指令Vu1としてPWM制御器10へ出力する。加減算器11eは、V相に対応する電圧指令Vv0と、位置推定器15から出力されるV相の電圧指令Vvhとを加算し、電圧指令Vv1としてPWM制御器10へ出力する。加減算器11fは、W相に対応する電圧指令Vw0と、位置推定器15から出力されるW相の電圧指令Vwhとを加算し、電圧指令Vw1としてPWM制御器10へ出力する。つまり、位置推定器15から出力される電圧指令Vuh、Vvh、Vwhが、PMモータ1の回転制御を行うためのVu0、Vv0、Vw0に重畳される。位置推定器15から出力される電圧指令Vuh、Vvh、Vwhの詳細については後述する。
【0034】
座標変換器9aは、積分器13から入力されるθdcに基づいて、電流検出器3にて検出したU相の電流値IuとW相の電流値Iwを3相から、2相のフィードバック電流値IdFB、IqFBに変換する。つまり、座標変換器9aは、3相の座標系から2相の座標系への座標変換を行う。変換されたフィードバック電流値IdFB、IqFBはそれぞれ、加減算器11a、11bに出力される。
【0035】
PWM制御器10は、入力された電圧指令Vu1、Vv1、Vw1に基づいて、インバータ2に対してPWM制御信号を出力する。
【0036】
位置推定器15は、PMモータ1の回転子の位置を推定するために予め規定されたパターン信号に対応する3相の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhを出力し、これに対応して電流検出器3にて検出したU相の電流値IuとW相の電流値Iwから、PMモータ1の回転子の位置を推定する。本実施形態に係る位置推定の具体的な方法は、後述する。位置推定器15は、3相の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhをそれぞれ、加減算器11d、11e、11fに出力する。位置推定器15は、PMモータ1の回転子の位置の推定結果として、位相θdc2rを加減算器11cに出力する。
【0037】
加減算器11cは、位置推定器15からの位相θdc2rから、2倍ゲイン14からの位相を減算し、KPLL制御器12へ出力する。KPLL制御器12は、加減算器11cからの回転角に基づいて、回転子の位置を調整するための角周波数ω1を算出し、積分器13へ出力する。積分器13は、KPLL制御器12からの角周波数ω1を用いて位相θdcを導出する。位相θdcは、逆座標変換器8a、座標変換器9a、および2倍ゲイン14それぞれへ出力される。2倍ゲイン14は、位相θdcを2倍する増幅器であり、増幅した値を加減算器11cへ出力する。
【0038】
(位置推定器)
図4は、本実施形態に係る位置推定器15の回路構成の例を示す図である。
図3を用いて示したように、位置推定器15は、電流検出器3にて検出されたPMモータ1の電流値Iu、Iwを入力とし、3相の高調波電圧に対応する電圧指令Vuh、Vvh、Vwh、および位相θdc2rを出力とする。
【0039】
位置推定器15において、高調波位相発生器16が、高調波位相θdhを発生させ、逆座標変換器8b、座標変換器9b、サイン信号発生器19、およびコサイン信号発生器20にそれぞれ出力する。高調波電圧設定器17は、印加する高調波電圧の大きさを示す電圧値Vhを設定する。ここで設定される電圧値が、dh軸の電圧指令であるVhdとして用いられる。ゼロ設定器18は、ゼロの電圧値を設定する。ここで設定される電圧値が、qh軸の電圧指令であるVhqとして用いられる。
【0040】
逆座標変換器8bは、高調波電圧設定器17からの電圧指令Vhdと、ゼロ設定器18からの電圧指令Vhqとを、高調波位相発生器16からの高調波位相θdhに基づいて、3相の高調波の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhに変換し、出力する。つまり、逆座標変換器8bは、2相の座標系から3相の座標系への座標変換を行う。
【0041】
座標変換器9bは、電流検出器3にて検出したU相の電流値IuとW相の電流値Iwを、高調波位相発生器16からの高調波位相θdhに基づいて、dh-qh軸の2相の電流値に変換する。つまり、座標変換器9bは、3相の座標系から2相の座標系への座標変換を行う。このうち、qh軸における高調波電流値Iqhが、積算器21a、21bそれぞれに入力される。
【0042】
サイン信号発生器19は、高調波位相発生器16からの高調波位相θdhに基づき、sin(2×θdh)を求め、積算器21aへ出力する。コサイン信号発生器20は、高調波位相発生器16からの高調波位相θdhに基づき、cos(2×θdh)を求め、積算器21bへ出力する。
【0043】
積算器21aは、サイン信号発生器19と、座標変換器9bからの高調波電流値Iqhとを積算し、平均値演算器22aへ出力する。平均値演算器22aは、積算器21aからの出力値の平均値を算出し、電流値Iqhsinとしてアークタンジェント演算器23へ出力する。積算器21bは、コサイン信号発生器20と、座標変換器9bからの高調波電流値Iqhとを積算し、平均値演算器22bへ出力する。平均値演算器22bは、積算器21bからの出力値の平均値を算出し、電流値Iqhcosとしてアークタンジェント演算器23へ出力する。
【0044】
アークタンジェント演算器23は、平均値演算器22a、22bから入力される電流値Iqhsinと電流値Iqhcosとを用いてアークタンジェント(tan-1)を演算し、θdc2rとして出力する。
【0045】
(従来構成例)
図5は、比較例としての回路構成の例を示す図である。
図3に示す本実施形態の構成と重複する構成については、同じ参照番号を付し、説明を省略する。制御装置4Zは、
図3に示した本実施形態の制御装置4の2倍ゲイン14、および位置推定器15に代えて、電圧設定器95、変化量抽出器96、軸誤差推定器97、およびゼロ設定器98が設けられる。
【0046】
電流制御器7aからの電圧指令と、電圧設定器95からの電圧指令Vhとが、加減算器11dにて加算され、逆座標変換器8aにd軸に対する電圧指令として入力される。電圧設定器95からの電圧指令Vhが、従来の手法にて重畳される高調波に相当する。
【0047】
座標変換器9aからのフィードバック電流値IqFBが変化量抽出器96へ入力される。変化量抽出器96は、フィードバック電流値IqFBに基づいて、qc軸上の誤差電流であるΔIqcを算出し、軸誤差推定器97へ出力する。軸誤差推定器97は、ΔIqcを用いて、
図2(b)に示すΔθdcを算出する。そして、加減算器11cが、ゼロ設定器98からの値から、Δθdcの値を減算することで、マイナスの値の差分値を算出し、KPLL制御器12へ出力する。従来の手法では、この差分値が0になるように角速度ω1を修正することでdq軸とdc-qc軸を一致させる。
【0048】
[位相]
図6は、本実施形態に係るPMモータ1の制御装置4における位相θdc、θdc2r、θdhの関係を示す。
図6において、横軸は時間tを示し、縦軸は位相[deg]を示す。
図6(a)と
図6(b)に示すように、位相θdc2rは、位相θdcの2倍の周波数となっている。また、θdhは、θdcやθdc2rと比べて、極めて高い周波数(高調波)である。
【0049】
本実施形態では、位相θdcに対応した制御信号としてインバータ2から出力される多相交流(本例では、三相交流)を「第1の多相交流」とも称する。一方、位相θdhに対応した位置推定のための多相交流(本例では、三相交流)を「第2の多相交流」とも称する。なお、PMモータの回転子を停止させた状態で位置推定を行う場合には、インバータ2からは第2の多相交流のみが出力されるが、回転子を回転させた状態(例えば、低速回転など)で回転子の位置推定を行う場合には、第1の多相交流に第2の多相交流が重畳した状態で出力される。
【0050】
図6(a)と
図6(c)との周波数の関係によると、
図3に示す逆座標変換器8からの電圧指令Vu0、Vv0、Vw0の出力頻度に比べ、位置推定器15からの電圧指令Vuh、Vvh、Vwhの出力頻度の方が大きくなる。言い換えると、回転駆動に係る処理よりも、位置推定のための処理がより短い周期にて実行される。
【0051】
図7は、位置推定器15における検出波形の例を示す。
図7において、横軸は時間tを示し、
図7(a)~(d)において対応している。また、Tsは、位置推定のための制御周期を示し、予め規定されている。Tsは、例えば、制御装置4の演算処理周期程度が設定される。したがって、制御装置4の処理速度が高い場合には、Tsをより短く設定できる。
【0052】
図7(a)において、縦軸は高調波電圧の位相θdhを示し、ここでは60°刻みのステップ幅が設定されている。従って、θdhは、0°、60°、120°、180°、240°、300°の値が繰り返される。これらの高調波電圧が、PMモータ1に対して印加される制御用の電圧に重畳される。
図4に示す高調波電圧設定器17およびゼロ設定器18によって、dh軸に対してのみ電圧指令Vhが設定される。そして、設定された電圧が高調波位相発生器16からのθdhに基づいて、高調波の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhに変換される。
図3に示すように、高調波の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhはそれぞれ、三相電圧指令Vu0、Vv0、Vw0に加算(重畳)され、Vu1、Vv1、Vw1としてPWM制御器10に入力される。
【0053】
図7(b)は、PMモータ1の回転子の位置がθd=0°である場合に電流検出器3で得られる電流値Iu、Iwに基づいて、位置推定器15の座標変換器9bにて得られる高調波電流値Iqhを示す波形である。
図7(b)において、黒丸(●)でプロットした値は、Tsの各区間におけるフーリエ積分の算出結果に相当する。
【0054】
図7(c)は、PMモータ1の回転子の位置がθd=45°である場合に電流検出器3で得られる電流値Iu、Iwに基づいて、位置推定器15の座標変換器9bにて得られる高調波電流値Iqhの値を示す波形である。
図7(b)と
図7(c)に示すように回転子の位置に応じて波形の位相が異なる。また、
図7(b)と
図7(c)に示すように、高調波電流値Iqhは、θdhの2倍の周期で発生する。このように、高調波電流値Iqhを観測し、その位相を求めることで、回転子の位相θd、すなわち位置の推定演算が可能となる。
【0055】
図7(d)は、
図7(a)に示す高調波位相θdhに基づいて、サイン信号発生器19およびコサイン信号発生器20それぞれにて出力される信号波形を示す。
【0056】
図8、
図9を用いて、
図7(b)、
図7(c)の波形の発生原理についてより詳細に説明する。まず、
図8を用いて、回転子の位置がθd=0°の場合(
図7(b))の波形について説明する。
図7(a)に示したようにθd=0、60、120、180、240、300[deg]の6つの位置それぞれに対し、回転子における重畳電圧Vh、高調波電流Ih、および磁石磁束Φの関係を示す。磁石磁束Φの向きがd軸の向きに対応し、これに直交する向きがq軸の向きに対応する。また、重畳電圧Vhは、上述した高調波の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhに基づいてPMモータに印加される電圧を示す。
【0057】
ここでは、PMモータ1の回転子の回転速度は低速であるものとし、θdhの変化に比べてθdは止まっているものとみなせるものとして説明する。つまり、回転子がある回転角(位置)において止まっている状態において、θdhを順に切り替えた場合を想定して説明する。これは、
図6(a)と
図6(c)にて示した関係に基づく。
【0058】
図8(a)は、θdh=0°の場合の状態を示す。この場合、高調波の重畳電圧Vhがd軸上の正の向きで印加されるため、高調波電流Ihは、dh軸上でのみ観測され、qh軸上には発生しない。つまり、qh軸上の高調波電流値Iqhは0となる。
【0059】
図8(b)は、θdh=60°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してdh軸の負の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが負の値として観測される。ここでの値は、
図7(b)において、負の値がプロットされた位置に対応する(θdh=60°)。このときの高調波電流Ihの傾きは、
図1(b)、
図1(c)に示すような突極性の異なる表面磁石形回転子と埋込磁石形回転子のいずれの構成のPMモータでも生じ得る現象である。本発明では、この現象を応用して回転子の位置推定を行う。
【0060】
図8(c)は、θdh=120°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の正の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが正の値として観測される。ここでの値は、
図7(b)において、正の値がプロットされた位置に対応する(θdh=120°)。
【0061】
図8(d)は、θdh=180°の場合の状態を示す。この場合、高調波の重畳電圧Vhがd軸上の負の向きにて印加されるため、高調波電流Ihは、dh軸上でのみ観測され、qh軸上には発生しない。つまり、
図8(a)と同様、qh軸上の高調波電流値Iqhは0となる。ここでの値は、
図7(b)において、0がプロットされた位置に対応する(θdh=180°)。
【0062】
図8(e)は、θdh=240°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の負の方向に傾く。そのため、qh軸上におけるIqhが負の値として観測される。ここでの値は、
図7(b)において、負の値がプロットされた位置に対応する(θdh=240°)。また、これは、θdh=60°の場合と同等の値が観測される。
【0063】
図8(f)は、θdh=300°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の正の方向に傾く。そのため、qh軸上におけるIqhが正の値として観測される。ここでの値は、
図7(b)において、正の値がプロットされた位置に対応する(θdh=300°)。また、これは、θdh=120°の場合と同等の値が観測される。このように、θdhの値と、回転子の位置との関係により、Iqhが周期的な値にて観測することができ、観測結果に基づいて、回転子の位置を推定することができる。
【0064】
同様に、
図9は、回転子の位置がθd=45°の場合(
図7(c))の波形を検出する際の原理を示す。θd=45°であるため、磁石磁束Φの向き(すなわち、d軸の向き)が
図8とは異なる。
【0065】
図9(a)は、θdh=0°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の正の方向に傾く。そのため、qh軸上におけるIqhが正の値として観測される。ここでの値は、
図7(c)において、正の値がプロットされた位置に対応する(θdh=0°)。
【0066】
図9(b)は、θdh=60°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の負の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが負の値として観測される。ここでの値は、
図7(c)において、負の値がプロットされた位置に対応する(θdh=60°)。
【0067】
図9(c)は、θdh=120°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の負の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが負の値として観測される。ここでの負の方向の傾きは、θdh=60°よりも大きくなり、その結果、観測される値もθdh=60°の場合よりも小さくなる。ここでの値は、
図7(c)において、負の値がプロットされた位置に対応する(θdh=120°)。
【0068】
図9(d)は、θdh=180°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の正の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが正の値として観測される。ここでの値は、
図7(c)において、正の値がプロットされた位置に対応する(θdh=180°)。また、これは、θdh=0°の場合と同等の値が観測される。
【0069】
図9(e)は、θdh=240°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の負の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが負の値として観測される。ここでの値は、
図7(c)において、負の値がプロットされた位置に対応する(θdh=240°)。また、これは、θdh=60°の場合と同等の値が観測される。
【0070】
図9(f)は、θdh=300°の場合の状態を示す。この場合、高調波電流Ihがdh軸に対してqh軸の負の方向に傾く。そのため、qh軸上における高調波電流値Iqhが負の値として観測される。ここでの負の方向の傾きは、θdh=240°よりも大きくなり、その結果、観測される値もθdh=240°の場合よりも小さくなる。ここでの値は、
図7(c)において、負の値がプロットされた位置に対応する(θdh=300°)。また、これは、θdh=120°の場合と同等の値が観測される。
【0071】
なお、θdhが60°刻みで1周分(360°分)の観測を行った場合、高調波電流値Iqhは、2周期分の値を観測することができる。このとき、2周期分の値を観測する必要はなく、高調波電流値Iqhの1周期分の観測ができた時点で回転子の位置推定を行ってもよい。また、推定精度を向上させるために、高調波電流値Iqhの観測周期をより長くした上で(例えば、3周期以上)、回転子の位置推定を行ってもよい。
【0072】
上記のθdhに応じた高調波電流値Iqhの観測結果を位相情報として、PMモータ1の回転子の実位相θdを算出する。本実施形態では、高調波電流値Iqhに基づいて回転子の位相θdを推定するために、フーリエ積分を用いる。フーリエ積分は、
図4に示した位置推定器15の構成のうち、サイン信号発生器19、コサイン信号発生器20、積算器21a、21b、平均値演算器22a、22bにて実現する。これらによる一連の処理はフーリエ積分に相当し、結果として、高調波電流値Iqhに含まれるsin成分、cos成分の大きさが得られる。そして、これらのsin成分、cos成分からアークタンジェント演算器23により位相θdc2rが得られ、これが回転子の実位相に相当する値となる。
【0073】
位置推定器15にて推定した回転子の推定位置である位相θdc2rに関し、高調波電流によって推定を行っているため、ノイズ成分が含まれていることが想定される。そこで、本実施形態では、ノイズの影響を抑制するために、KPLL制御器12によるPLL(Phase Locked Loop)制御を用いて、応答に一定の帯域を持たせることでノイズ成分を除去する。ここで、KPLL制御器12の出力がPMモータ1への駆動のための角周波数ω1になるため、PMモータ1の回転子の位置推定と併せて、回転子の回転速度の推定も可能である。
【0074】
また、高調波の印加によって得られる位相θdc2rは、
図8を用いて上述したようにθdの2倍の周波数で変化する。回転子の突極性は、回転子に備えられる永久磁石のN極、S極の両方に等価に作用するため、必ず2倍の周波数の変化となる。そこで、本実施形態では、
図3に示すように、2倍ゲイン14を設け、推定位相θdcを予め2倍にしておき、これとθdc2rとの偏差を加減算器11cにて求める。そして、その偏差に対してKPLL制御器12によるPLL制御を行う。
【0075】
[効果]
以下、本実施形態に係る方式による位置センサレス駆動の効果について説明する。
図10は、本実施形態に係る方式を適用可能なPMモータの構成例を示し、ここでは、2極3相のPMモータを示す。PMモータは、U相、V相、W相の三相の巻線が固定子スロットに巻かれた構造とする。また、ここで示すPMモータは、
図1を用いて説明したように、表面磁石形回転子のように突極性が無い(すなわち、従来の手法では変化を検出できないほどに突極性が弱い)構成である。
【0076】
図10において、白矢印は各相に通電した際の磁束の向きを示し、黒矢印は各相に通電した際の磁力線の向きを示す。また、
図11は、PMモータを構成する固定子および回転子のインダクタンスの変化を説明するためのグラフ図である。
図11において、横軸は時間の経過に従って回転する回転子の回転角(実位相)を示し、縦軸はインダクタンスを示す。
【0077】
巻線に高調波を印加した場合、例えば、V相とW相からU相へ通電した場合(
図10(a))と、W相からU相に通電し、V相には通電しない場合(
図10(b))とでは、電流による磁束の磁気回路が異なる。
図10(b)のパターンの場合、V相が空きコイルとなっている。このような各相の通電状態に応じて、PMモータ内の磁束の磁気回路が変化する。その結果、PMモータでの回路において固定子のインダクタンスが変動して見えることとなる。
【0078】
固定子のインダクタンスが通電位相に応じて変化した場合、
図11(a)に示すように、60°ごとの周期性を有する。一方、回転子のインダクタンスは、突極性によりd軸、q軸のインダクタンスが
図11(b)のように変換する。ここでは、180°ごとの周期性を有する。また、
図10(a)、(b)に示すように、インダクタンスの変化の幅は、固定子に比べて回転子の方が小さい。つまり、固定子と回転子ではそのインダクタンスの変化に差異が生じる。従来の手法のように突極性を利用する回転子の位置の推定では、回転子のインダクタンスの変化のみを抽出する必要がある。しかし、回転子のインダクタンスの変化幅が小さい場合には、固定子のインダクタンスの変化に埋もれてしまい、回転子のインダクタンスの変化のみを検出することが困難となる。
【0079】
すなわち、従来の方式のように、任意の位相に高調波を重畳した場合、固定子側のインダクタンスの変化の影響により、回転子のインダクタンスの変換を検出できなくなり、回転子の位置推定が不可能となる。
【0080】
一方、本実施形態に係る方法では、高調波重畳位相θdhを、
図7(a)に示したように所定の間隔、すなわち、60°周期とすることで、固定子のインダクタンスの値を固定させる。つまり、
図11(a)の黒丸(●)にてプロットした位置に位相を固定する。
図11(a)の例の場合、インダクタンスが最も高い位置にて検出を行うように固定する。その結果、回転子のインダクタンスの変化のみを抽出して検出することが可能となり、回転子の位置推定精度を向上させることができる。
【0081】
固定子が集中巻きのような空間高調波の大きなPMモータや、回転子が表面磁石形のような非突極性(すなわち、弱い突極性)のPMモータであっても回転子の位置の推定演算が可能となる。また、固定子がスロットレス構造では巻線の配置によって磁束密度分布に差が生じて、わずかな空間高調波を伴う場合があるが、このような構成でも本実施形態に係る方法を適用可能である。
【0082】
また、
図7(a)に示した例などでは、θdhを0、60、120・・・として設定したが、これに限定するものではない。
図11(a)を用いて説明したように、固定子のインダクタンスの変化を固定できれば、他の角度を用いてもよい。また、
図8や
図9の例では、6つのパターンを用いて回転子の位置推定を行ったが、その粒度や精度を向上させるために、より多くのパターンを用いてもよい。また、θdhの設定間隔についても、PMモータの固定子および回転子の構造に応じて、変動してよい。
【0083】
また、PMモータに重畳電圧を印加する場合において、
図10(a)のような電流のパターン(すなわち、空きコイルが無いパターン)を用いてもよいし、
図10(b)のような電流のパターン(すなわち、空きコイルが有るパターン)を用いてもよい。いずれであっても、
図11に示したように固定子側のインダクタンスの変化を固定させ、回転子側のインダクタンスのみを抽出できるような構成であればよい。
【0084】
以上、本実施形態により、これまで高調波重畳によるセンサレス駆動が困難とされてきた、非突極性(すなわち、突極性が弱い)PMモータにおいて、位置センサレス駆動が可能になる。また、PMモータが低速域で動作している場合でも、回転子の位置推定が可能となる。
【0085】
[波形]
本発明に係る回転子の位置推定の際に用いる高調波の印加パターンの例を、
図12~
図14に示す。ここでは、2相3極のPMモータを対象とした例について説明する。なお、PMモータの相数や極数が異なった場合には、その構成に応じて印加パターンを定義すればよい。以下に示す印加パターンでは、3つの固定子コイルV、U、Wの全てを用い、空きコイルは生じない例を示している。
【0086】
図12は、本実施形態に係る高調波の重畳波形の例を示す図である。ここでの波形は、180度矩形波による例を示す。
図12の横軸は時間を示し、各グラフにおいて対応している。
図12において、破線はTsの間隔に相当し、図中に両向きで示すように6つの区間が1周期分の波形を示す。また、
図12において、上からの3つは順に固定子コイルU相、V相、W相に対する高調波の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhを示し、ここでは、三角波による搬送波に対応して示す。また、Pu、Pv、Pwは、U相、V相、W相それぞれに対応する、位置推定用の高調波に対応するPWM制御器10からのパルス信号を示す。Vuvは、三相回路における線間電圧を示す。Vunは、U相の相電圧を示す。
【0087】
高調波の電圧指令Vuh、Vvh、Vwhは、位相が120°ずつ、ずれている。つまり、各相の電圧の大きさが等しく、相差が120°となる対称三相交流電圧の構成を有する。また、電圧指令Vuh、Vvh、Vwhは、三角波の搬送波の正負のピークの位置において、立ち上がりおよび立ち下りを行うように構成される。
【0088】
固定子コイルUに対する高調波のパルス信号Pu、固定子コイルVに対する高調波のパルス信号Pv、固定子コイルWに対する高調波のパルス信号Pwは、回転子の位置推定を行う際に、PWM制御器10からインバータ2に出力される信号波形を示し、これらパルス信号は、位置推定の際の重畳電圧が一定となるように規定される。
【0089】
図12の例において、1周期分の6つの区間は右から順に、θdh=300°、0°、60°、120°、180°、240°に対応しており、これは、
図8の(f)、(a)、(b)、(c)、(d)、(e)に相当する。
【0090】
図13、
図14は、本実施形態に係る高調波の重畳波形の別の例を示す図である。
図13での波形は、120度矩形波による例を示す。
図14での波形は、正弦波による例を示す。
図13、
図14においても相間が対称となった構成を有する。また、
図13、
図14においても搬送波は三角波の例を示し、電圧指令Vuh、Vvh、Vwhは、三角波の搬送波の正負のピークの位置において、立ち上がりおよび立ち下りを行うように構成される。
【0091】
なお、本実施形態に係る制御装置4において、位置推定器15による回転子の位置推定に関し、電流検出(電流値Iu、Iwの検出)、電圧更新(電圧指令Vuh、Vvh、Vwhの更新)、フーリエ積分の処理が行われる。これらの位置推定のための処理は、指令発生器6からの電流制御や速度制御など、回転子の回転動作の制御よりも優先的に行われてよい。つまり、位置推定のための制御に係る信号を優先的に割り込ませて実行してもよい。
【0092】
以上、本実施形態により、PMモータにおいて、回転子の突極性に係る構造に関わらず、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現することが可能となる。
【0093】
<その他の実施形態>
上記の実施形態では、非突極性を有するPMモータを例に挙げて説明した。本発明の適用対象は、上記の実施形態に示したモータ構成に限定するものではない。例えば、スロットレスモータ、ステッピングモータなどにも適用可能である。また、固定子のコイルの構成として、集中巻/分布巻のコイル構成、単層巻/多層巻のコイル構成、全節巻/短節巻のコイル構成などのPMモータであっても適用可能である。
【0094】
また、本発明が適用可能な装置は、低速域での動作を要する機器や、省サイズ化を目的とする機器などのPMモータ制御にて用いられてよい。なお、ここでの低速域とは、例えば、モータの定格回転速度に対して、10%以下の速度の範囲であってよい。
【0095】
また、1の装置にて、本実施形態に係るモータ制御の方式と、他のセンサレス制御の方式を組み合わせてもよい。例えば、モータ制御において、低速域では本発明に係る方式を用い、高速域では従来のセンサレス制御を用いるように切り替えてもよい。
【0096】
また、本発明において、上述した1以上の実施形態の機能を実現するためのプログラムやアプリケーションを、ネットワーク又は記憶媒体等を用いてシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。
【0097】
また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array))によって実現してもよい。
【0098】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0099】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、
前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、
前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御手段と、
を有し、
前記制御手段は、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う、
ことを特徴とする駆動装置。
この構成によれば、PMモータを備えた機器において、回転子の突極性に係る構造に関わらず、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現することが可能となる。
【0100】
(2) 前記第2の多相交流は、相間において対称である、ことを特徴とする(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、より精度良く多相交流の印加を制御することが可能となる。
【0101】
(3) 前記第2の多相交流は、前記インバータでスイッチング動作を行うための搬送波に同期した波形である、ことを特徴とする(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、より精度良く多相交流の印加を制御することが可能となる。
【0102】
(4) 前記インバータから出力される多相交流は、3相交流であり、
前記第2の多相交流は、前記インバータによりスイッチング動作を行うための搬送波の周波数の3分の1の整数倍である、ことを特徴とする(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、3相構成のPMモータを対象として、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現することが可能となる。
【0103】
(5) 前記第2の多相交流の波形パターンは、前記永久磁石同期電動機の相の構成に基づいて予め規定される、ことを特徴とする(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、PMモータの相構成に応じて、回転子の位置推定のためのパターンを規定することが可能となる。
【0104】
(6) 前記第2の多相交流の波形パターンは、180°の矩形波、120°の矩形波、正弦波、のいずれかに基づく、ことを特徴とする(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、回転子の位置推定のためのパターンとして、様々な波形にて規定することができる。
【0105】
(7) 前記永久磁石同期電動機は、2極3相の構成を有し、
前記第2の多相交流は、60°ごとの高調波のパターンから構成される、(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、2極3相の構成を有するPMモータを対象として、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現することが可能となる。
【0106】
(8) 前記制御手段は、前記所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流の位相に基づいて、前記回転子の位置を推定する、(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、固定子側の影響を抑制し、回転子側の変化のみを抽出して、回転子の位置を推定することが可能となる。
【0107】
(9) 前記制御手段は、
前記永久磁石同期電動機の回転駆動のための前記第1の多相交流を制御するための第1の処理と、
前記永久磁石同期電動機の位置推定のための前記第2の多相交流を制御するための第2の第2の処理と、
を実行し、
前記第2の処理は、前記第1の処理よりも短い周期で実行され、かつ、前記第1の処理よりも優先的に実行される、ことを特徴とする(1)に記載の駆動装置。
この構成によれば、PMモータにおいて、回転制御よりも回転子の位置推定を短い周期にて優先して実行することが可能となる。
【0108】
(10) 前記第2の処理は、前記第2の多相交流に対応する電圧指令の更新処理、前記第2の多相交流に対応して前記永久磁石同期電動機に印加されている電流値の検出処理、および、前記検出処理により得られた電流値に基づく前記回転子の位置の演算、のうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする(9)に記載の駆動装置。
この構成によれば、PMモータにおいて、回転子の位置推定のための制御として、電圧指令の更新、電流値の検出、回転子の演算を短い周期にて優先して実行することが可能となる。
【0109】
(11) 永久磁石同期電動機を駆動するインバータと、前記永久磁石同期電動機に流れる電流を検出する検出手段と、を備える永久磁石同期電動機の制御方法であって、
前記検出手段によって検出した電流値を用いて、前記インバータを介して前記永久磁石同期電動機を制御する制御工程を有し、
前記制御工程において、前記永久磁石同期電動機を回転駆動させるための第1の多相交流よりも高い周波数の第2の多相交流を、所定の位相間隔にて前記永久磁石同期電動機に印加することにより生じる電流に基づいて、前記永久磁石同期電動機の回転子の位置の推定演算を行う。
この構成によれば、PMモータを備えた機器において、回転子の突極性に係る構造に関わらず、低速域での位置推定も可能な位置センサレス制御を実現することが可能となる。
【0110】
以上、図面を参照しながら各種の実施の形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。また、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施の形態における各構成要素を任意に組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0111】
1 PMモータ
2 インバータ
3 電流検出器
4 制御装置
5 機械負荷
6 指令発生器
7a,7b 電流制御器
8a,8b 逆座標変換器
9a,9b 座標変換器
10 PWM制御器
11a~11f 加減算器
12 KPLL制御器
13 積分器
14 2倍ゲイン
15 位置推定器
16 高調波位相発生器
17 高調波電圧設定器
18 ゼロ設定器
19 サイン信号発生器
20 コサイン信号発生器
21a,21b 積算器
22a,22b 平均値演算器
23 アークタンジェント演算器
95 電圧設定器
96 変化量抽出器
97 軸誤差推定器
98 ゼロ設定器
100 PMモータ
101 回転子
102 固定子