(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022742
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】湿式摩擦材、および湿式摩擦材を有する湿式摩擦板
(51)【国際特許分類】
C09K 3/14 20060101AFI20240214BHJP
C08L 1/00 20060101ALI20240214BHJP
C08L 83/06 20060101ALI20240214BHJP
C08L 63/00 20060101ALI20240214BHJP
C08L 101/12 20060101ALI20240214BHJP
F16D 69/02 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
C09K3/14 530D
C08L1/00
C08L83/06
C08L63/00 A
C08L101/12
C09K3/14 520M
C09K3/14 520C
F16D69/02 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126046
(22)【出願日】2022-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000221111
【氏名又は名称】モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【弁理士】
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 涼
(72)【発明者】
【氏名】磯 賢一
(72)【発明者】
【氏名】高林 秀明
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 三紗子
(72)【発明者】
【氏名】鳥谷 律雄
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 健司
(72)【発明者】
【氏名】松本 允
【テーマコード(参考)】
3J058
4J002
【Fターム(参考)】
3J058AA44
3J058AA53
3J058AA59
3J058AA70
3J058AA77
3J058AA87
3J058BA32
3J058GA19
3J058GA57
3J058GA67
3J058GA92
3J058GA93
3J058GA94
4J002AA00W
4J002AB01W
4J002CD00Y
4J002CP06X
4J002FA04W
4J002GM00
4J002GN00
(57)【要約】 (修正有)
【課題】湿式クラッチ或いは湿式ブレーキに用いられる湿式摩擦材であって、湿式摩擦材自体の耐熱耐久性の向上が図られると共に、油中での膨潤を抑制することが可能な湿式摩擦材を提供する。
【解決手段】繊維基材と充填剤とを用いて形成された基材ペーパーと、基材ペーパーを硬化させるための結合材とを含む湿式摩擦材19であって、結合材は、下記に示す成分(A)と成分(B)とからなるエポキシ変性シリコーン樹脂である。
(A)以下の平均組成式(1)で表される有機ケイ素化合物
R1
aSi(OR2)
bO
(4-a-b)/2(1)
[式中、R1は1価の炭化水素基の置換または非置換、R2は水素または1価の炭化水素基の置換または非置換、定数a、bは0≦a<3、0.001≦b≦4、a+b≦4である。]
(B)1分子中に1個以上のエポキシ基と1個以上の水酸基を有するエポキシ化合物
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材と充填剤とを用いて形成された基材ペーパーと、
前記基材ペーパーを硬化させるための結合材とを含む湿式摩擦材であって、
前記結合材は、成分(A)と成分(B)とからなるエポキシ変性シリコーン樹脂であり、
前記成分(A)と前記成分(B)は、
(A)以下の平均組成式(1)で表される有機ケイ素化合物
R1aSi(OR2)bO(4-a-b)/2 (1)
[式中、R1は1価の炭化水素基の置換または非置換、R2は水素または1価の炭化水素基の置換または非置換、定数a、bは0≦a<3、0.001≦b≦4、a+b≦4である。]
(B)1分子中に1個以上のエポキシ基と1個以上の水酸基を有するエポキシ化合物
であることを特徴とする湿式摩擦材。
【請求項2】
前記R1は、メチル基およびフェニル基からなる群から選択した1価の炭化水素基であることを特徴とする請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項3】
前記R2は、水素、または、メチル基、エチル基、プロピル基からなる群から選択したアルキル基であることを特徴とする請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項4】
前記定数aおよびbの範囲は、1≦a<3、0.3≦b≦4であることを特徴とする請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項5】
前記成分(B)は、ビスフェノールA型エポキシ樹脂であることを特徴とする請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項6】
前記結合材の全重量を100重量%とすると、前記成分(A)が10~80重量%であり、成分(B)が90~20重量%であることを特徴とする請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項7】
請求項1から6の何れか一項に記載の湿式摩擦材を有することを特徴とする湿式摩擦板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機に組み込まれる湿式クラッチ或いは湿式ブレーキに用いられる湿式摩擦材、および当該湿式摩擦材を有する湿式摩擦板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の駆動装置のひとつである自動変速機の構成部品として、湿式クラッチ或いは湿式ブレーキで使用される湿式摩擦板がある。近年、自動車の動力の変化において電動化への適用要求がある。電動化の動力として、例えば電動モータを用いた場合、従来の動力と比較すると、高速回転の環境となる場合がある。このような高速回転の環境下においては、湿式クラッチ或いは湿式ブレーキの作動に湿式摩擦材の耐熱耐久性が大きく影響するため、変速時の性能低下の懸念がある。
【0003】
特許文献1には、湿式摩擦材の基材にシリコーン樹脂を結合させることにより、湿式摩擦材自体の耐熱耐久性を向上させると共に、相手プレートへの蓄熱を抑制することができる湿式摩擦材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の湿式摩擦材においては、シリコーン樹脂が油中で膨潤することにより湿式摩擦材あるいは湿式摩擦板の総厚が変化し、これによる性能の低下が懸念される。
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、自動変速機内の湿式クラッチ或いは湿式ブレーキに用いられる湿式摩擦材であって、高速回転環境下における湿式摩擦材自体の耐熱耐久性の向上が図られると共に、油中での膨潤を抑制することが可能な湿式摩擦材、および当該湿式摩擦材を有する湿式摩擦板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る湿式摩擦材は、
繊維基材と充填剤とを用いて形成された基材ペーパーと、
前記基材ペーパーを硬化させるための結合材とを含む湿式摩擦材であって、
前記結合材は、成分(A)と成分(B)とからなるエポキシ変性シリコーン樹脂であり、
前記成分(A)と前記成分(B)は、
(A)以下の平均組成式(1)で表される有機ケイ素化合物
R1aSi(OR2)bO(4-a-b)/2 (1)
[式中、R1は1価の炭化水素基の置換または非置換、R2は水素または1価の炭化水素基の置換または非置換、定数a、bは0≦a<3、0.001≦b≦4、a+b≦4である。]
(B)1分子中に1個以上のエポキシ基と1個以上の水酸基を有するエポキシ化合物
であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、自動変速機内の湿式クラッチ或いは湿式ブレーキに用いられる湿式摩擦材であって、高速回転環境下における湿式摩擦材自体の耐熱耐久性の向上が図られると共に、油中での膨潤を抑制することが可能な湿式摩擦材、および当該湿式摩擦材を有する湿式摩擦板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は本実施形態に係る湿式摩擦材および湿式摩擦板を用いた湿式摩擦係合装置の軸方向に沿った部分断面図である。
【
図2】
図2は本実施形態に係る湿式摩擦材を用いた湿式摩擦板を模式的に示す正面図である。
【
図3】
図3は、相手側プレートの焼き付き状況を示す図であり、
図3(a)は比較例に係る湿式摩擦板の相手側プレートの表面を示し、
図3(b)は実施例に係る湿式摩擦板の相手側プレートの表面を示している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係る湿式摩擦材および当該湿式摩擦材を有する湿式摩擦板について説明する。
本実施形態の湿式摩擦材および湿式摩擦板は、車両等の自動変速機内の湿式摩擦係合装置すなわち湿式多板クラッチ或いは湿式多板ブレーキに用いられるものである。以下の説明においては、湿式摩擦材および湿式摩擦板を、それぞれ「摩擦材」および「摩擦板」と略記する場合がある。また、本明細書において軸方向は湿式摩擦係合装置の軸方向とし、湿式摩擦係合装置の軸線と直交する方向を径方向とする。摩擦材および摩擦板に係る方向は、摩擦材および摩擦板が湿式摩擦係合装置に組み付けられた状態における軸方向、径方向、および周方向とする。
【0011】
図1は、本実施形態に係る湿式摩擦材および湿式摩擦板を用いた湿式摩擦係合装置の例である湿式多板クラッチの軸方向に沿った部分断面図である。
湿式多板クラッチ1は、軸方向の一方の端部で開放した略円筒状のハウジング2と、ハウジング2の内周側にハウジング2と同心に配置され、ハウジング2と相対回転可能なハブ3とを備えている。ハウジング2の内周面に設けられたスプライン4には、環状のセパレータプレート5が軸方向に移動可能に複数嵌合されている。セパレータプレート5はスプライン4に嵌合するスプライン部8を備えている。ハブ3の外周面に設けられたスプライン6には、環状の湿式摩擦板7が軸方向に移動可能に複数嵌合されている。湿式摩擦板7はスプライン6に嵌合するスプライン部9を備えている。摩擦板7とセパレータプレート5とは軸方向に交互に配置されている。
【0012】
摩擦板7は、その軸方向の両面に所定の摩擦係数を有する湿式摩擦材19が接着剤により固定されている。なお、湿式摩擦材19は、摩擦板7の片面のみに設けることもできる。セパレータプレート5は摩擦板7の摩擦係合相手部材である。
【0013】
湿式多板クラッチ1はさらに、セパレータプレート5と摩擦板7とを軸方向に押圧し締結させるピストン10と、ハウジング2の内周側部分に設けられ、セパレータプレート5および摩擦板7を軸方向の一端で固定状態に保持するためのエンドプレート11と、エンドプレート11をハウジング2の内周側部分に保持するための止め輪12とを備えている。また、ハブ3には径方向に貫通した潤滑油供給口15が設けられ、この潤滑油供給口15を介して湿式多板クラッチ1の内径側から外径側へと潤滑油が供給されている。
【0014】
ピストン10は、ハウジング2の閉口端側の内側面において、該内周面に対して軸方向摺動自在に配置されている。ピストン10の外周面とハウジング2の内周面との間にはOリング13が介装されている。ピストン10の内周面と、ハウジング2の内筒部(不図示)の外周面との間にもシール部材(不図示)が介装され、これによりハウジング2の閉口端側の内周面とピストン10との間に油密状態の油圧室14が画成される。
【0015】
このように構成された湿式多板クラッチ1は、次のように係合すなわち締結および解除をする。
図1の状態は、クラッチ解除状態を示しており、セパレータプレート5と摩擦板7とはそれぞれ離れている。クラッチ解除状態では、不図示のリターンスプリングの付勢力により、ピストン10はクラッチハウジング2の閉口端に当接している。
【0016】
この状態で湿式多板クラッチ1を係合させるには、油圧室14に油圧を供給する。油圧の上昇に伴い、図示しないリターンスプリングの付勢力に抗して、ピストン10は、
図1において右方に移動し、セパレータプレート5と摩擦板7とを密着させる。これにより湿式多板クラッチ1が係合される。
【0017】
湿式多板クラッチ1の係合後、湿式多板クラッチ1を再度解除するには、油圧室14の油圧を解除する。油圧が解除されると、ピストン10は図示しないリターンスプリングの付勢力により、ハウジング2の閉口端に当接する位置まで移動する。すなわち、湿式多板クラッチ1が解除される。
【0018】
図2は本実施形態に係る湿式摩擦材19を用いた湿式摩擦板7を模式的に示す正面図である。
本実施形態に係る湿式摩擦材19および湿式摩擦板7の製法は次のとおりである。すなわち摩擦材19は、繊維基材に充填剤や摩擦調整剤を配合したものを抄紙して基材ペーパーを作製し、得られた基材ペーパーに結合材として、例えば熱硬化性樹脂等を含浸させ、硬化させることにより造られる。摩擦板7は、上記製法によって造られた摩擦材19を所定の形状に打ち抜き、芯金である金属製の円環状のコアプレート17に接着することにより造られる。
【0019】
繊維基材としては、天然パルプ繊維、有機合成繊維、無機化合物を含む繊維の一種又は複数を用いることができる。
【0020】
充填剤、摩擦調整剤としては、例えば、珪藻土、カーボン等の無機化合物の一種又は複数を用いることができる。
【0021】
本実施形態の湿式摩擦材19は、基材ペーパーに含浸させる結合材として、成分(A)と成分(B)との混合物からなるエポキシ変性シリコーン樹脂を用いている。成分(A)は、以下の平均組成式(1)で表される有機ケイ素化合物である。
(A):R1aSi(OR2)bO(4-a-b)/2 (1)
[式中、R1は1価の炭化水素基の置換または非置換、R2は水素または1価の炭化水素基の置換または非置換、O(オー)は酸素基、定数a、bは0≦a<3、0.001≦b≦4、a+b≦4である。]
成分(B)は、1分子中に1個以上のエポキシ基と1個以上の水酸基を有するエポキシ化合物である。
【0022】
成分(A)および成分(B)について、さらに詳細に説明する。
成分(A)の平均組成式(1)において、R1は化学式上の置換基を表すものであり、メチル基(CH3)、フェニル基(C6H5)からなる群から選択した1価の炭化水素基である。また、R2も同様に置換基を表すものであり、水素(H)、または、メチル基(CH3)、エチル基(CH2CH3)、プロピル基(CH2CH2CH3)からなる群から選択したアルキル基である。
【0023】
なお、成分(A)の平均組成式(1)における定数a、bの範囲は、1≦a<3、0.3≦b≦4としても良い。
【0024】
成分(B)は、1分子中に1個以上のエポキシ基と1個以上の水酸基を有するエポキシ化合物であれば良く、例として、部分エポキシ化フェノールノボラック樹脂、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンから得られる平均重合度が2を超えるビスフェノールA型エポキシ樹脂がある。さらに、当該ビスフェノールA型エポキシ樹脂を脂肪酸で部分変性したエポキシ化合物、或いは当該ビスフェノールA型エポキシ樹脂をアルキド樹脂等で変性したエポキシ化合物等がある。これらのうち、耐熱性と経済性とから、成分(B)としてはビスフェノールA型エポキシ樹脂が好ましい。また、市販品のビスフェノールA型エポキシ樹脂おいても、本実施形態の成分(B)として用いることができるものがある。
【0025】
次に、成分(A)と成分(B)との配合割合について説明する。
結合材の全重量、すなわち成分(A)+成分(B)を100重量%とすると、本実施形態における成分(A)と成分(B)との比率としては、成分(A)が10~80重量%で、成分(B)が90~20重量%となるように配合することが好ましい。このような範囲での配合割合とすることにより、本実施形態の湿式摩擦材は、高速回転環境下における湿式摩擦材自体の耐熱耐久性の向上が図られると共に、油中での膨潤を抑制することが可能となる。
【0026】
成分(A)の配合割合が10重量%よりも少ないと、湿式摩擦材の耐熱性が低下するため、好ましくない。また、成分(A)の配合割合が80重量%よりも多いと、耐熱性は優れるものの、耐油性が低下してしまうので、好ましくない。なお、耐熱性および耐油性を充分に発揮するための成分(A)と成分(B)とのより好ましい配合割合の範囲は、成分(A)が20~60重量%で、成分(B)が80~40重量%である。
【0027】
(実施例)
次に、本実施形態に係る湿式摩擦材の実施例と、実施例および比較例を用いた評価試験について説明する。なお、以下の評価は、本実施形態に係る湿式摩擦材を湿式クラッチとして用いた場合の評価であるが、本実施形態に係る湿式摩擦材を湿式ブレーキとして用いても同様である。
【0028】
上述した製法によって、実施例に係る湿式摩擦材と、従来の成分配合の比較例に係る湿式摩擦材を得た。比較例および実施例の平均組成式を以下に示す。また、実施例に係る湿式摩擦材に用いた結合材における成分(A)と成分(B)との配合割合は、成分(A)が30重量%であり、成分(B)が70重量%である。比較例に係る湿式摩擦材の結合材は、従来一般に用いられているシリコーン樹脂を用いた。
比較例:(CH3)1.0Si(OH)0.4O1.2
実施例:(CH3)0.67(C6H5)1.0Si(OH)1.47O0.43
【0029】
次に、実施例および比較例に係る湿式摩擦材を用いた高エネルギーヒートスポット評価について説明する。
高エネルギーヒートスポット評価は、表1に示す評価条件にて、実施例に係る湿式摩擦材を接着した湿式クラッチ板と、該湿式クラッチ板と係合する相手側プレートとの係合、解放のサイクルを所定回数実施し、相手側プレートを冷却した後、目視にて相手側プレートの焼き付き状況すなわちヒートスポットの有無を確認した。比較例に係る湿式摩擦材についても同様に実施した。
【0030】
【0031】
図3は、相手側プレートの焼き付き状況を示す図であり、
図3(a)は比較例に係る湿式摩擦材と係合する相手側プレートの表面を示し、
図3(b)は実施例に係る湿式摩擦材と係合する相手側プレートの表面を示している。
【0032】
図3(a)に示すように、比較例に係る湿式摩擦材と係合する相手側プレートの表面には焼き付きであるヒートスポット20の発生が広い範囲で認められる。これに対し、
図3(b)に示す実施例に係る湿式摩擦材と係合する相手側プレートの表面には、ヒートスポット20の発生が認められない。
【0033】
ヒートスポットは、回転摺動によって、瞬間的に鋼材材料の変態点まで過大な熱負荷が掛かることにより発生する。
図3(b)に示すように、実施例に係る湿式摩擦材の相手側プレートにヒートスポットの発生が認められないことは、実施例に係る湿式摩擦材は、回転摺動による湿式摩擦材自体の昇温および相手側プレートの昇温を抑制していることを示している。これより、実施例に係る湿式摩擦材は、湿式摩擦材自体の耐久性の向上が図られると共に、相手側プレートとの係合、解放による蓄熱が抑制され、蓄熱による相手側プレートへの焼き付き、熱変形等の影響を抑制する効果が認められる。
【0034】
次に、実施例および比較例に係る湿式摩擦材を用いた油中膨潤評価について説明する。
油中膨潤評価は、オートマチックトランスミッションフルード(ATF)を120℃まで加熱し、これに実施例に係る湿式摩擦材が接着されたクラッチディスクを24時間浸漬し、膨潤量を測定した。比較例に係る湿式摩擦材についても同様に実施した。
膨潤量の測定は、次のように行った。オートマチックトランスミッションフルードへ浸漬する前のドライ状態のクラッチディスクの総厚を測定した。次に浸漬後のクラッチディスクの油を除去し、乾燥させた後、クラッチディスクの総厚を測定した。膨潤量の値は、試験後の総厚の測定値から試験前の総厚の測定値を引いた値である。表2に、膨潤量の測定結果を示す。
【0035】
【0036】
表2より、実施例は、比較例に対して膨潤量を約80%抑制していることから、膨潤に対して優れた効果を発揮していることがわかる。
【0037】
以上説明したように、本実施形態によれば、自動変速機内の湿式クラッチ或いは湿式ブレーキに用いられる湿式摩擦材であって、高速回転環境下における湿式摩擦材自体の耐熱耐久性の向上が図られると共に、油中での膨潤を抑制することが可能な湿式摩擦材、および当該湿式摩擦材を有する湿式摩擦板を提供することができる。
【符号の説明】
【0038】
1 湿式多板クラッチ
2 ハウジング
3 ハブ
5 セパレータプレート
7 湿式摩擦板
10 ピストン
14 油圧室
17 コアプレート
19 湿式摩擦材
20 ヒートスポット