(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022798
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】モータ制御装置並びに電動車両システム
(51)【国際特許分類】
H02P 21/14 20160101AFI20240214BHJP
H02P 25/024 20160101ALI20240214BHJP
B60L 9/18 20060101ALI20240214BHJP
B60L 50/60 20190101ALI20240214BHJP
【FI】
H02P21/14
H02P25/024
B60L9/18 J
B60L50/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126150
(22)【出願日】2022-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 尚礼
(72)【発明者】
【氏名】小原 峻介
(72)【発明者】
【氏名】三井 利貞
(72)【発明者】
【氏名】松井 大和
【テーマコード(参考)】
5H125
5H505
【Fターム(参考)】
5H125AA01
5H125AC12
5H125BA02
5H125BB00
5H125CA01
5H125CC01
5H125EE02
5H125EE03
5H125EE05
5H125EE08
5H125EE13
5H125EE22
5H125EE23
5H125EE42
5H505AA16
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ04
5H505JJ06
5H505JJ17
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ28
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL34
5H505LL40
5H505LL41
5H505LL46
5H505LL58
5H505MM06
(57)【要約】
【課題】
磁束推定の精度および信頼性を向上できるモータ制御装置を提供する。
【解決手段】
本モータ制御装置は、回転子が永久磁石を有するモータの速度指令またはトルク指令に応じて、電力変換装置の出力電圧を制御するための電圧指令を生成する電圧指令作成部(41)と、電圧指令に対してデッドタイム補償を行うデッドタイム補償部(42)と、永久磁石の磁束を推定する磁束推定部(50)と、を備え、磁束推定部は、電圧指令と、モータおよび電力変換装置、並びに、モータおよび電力変換装置間に生じる電圧降下と、に基づいて、永久磁石の磁束を推定し、電圧降下は、抵抗成分による第1の電圧降下成分と、デッドタイム補償によって生じる第2の電圧降下成分と、電圧降下から、第1の電圧降下成分および第2の電圧降下成分を除いた第3の電圧降下成分と、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転子が永久磁石を有するモータの速度指令またはトルク指令に応じて、前記モータへの電力変換装置の出力電圧を制御するための電圧指令を生成する電圧指令作成部と、
前記電圧指令に対してデッドタイム補償を行うデッドタイム補償部と、
前記永久磁石の磁束を推定する磁束推定部と、
を備えるモータ制御装置において、
前記磁束推定部は、
前記電圧指令と、前記モータおよび前記電力変換装置、並びに、前記モータおよび前記電力変換装置間に生じる電圧降下と、に基づいて、前記永久磁石の磁束を推定し、
前記電圧降下は、
前記モータおよび前記電力変換装置、並びに、前記モータおよび前記電力変換装置間における抵抗成分による第1の電圧降下成分と、
前記デッドタイム補償によって生じる第2の電圧降下成分と、
前記電圧降下から、前記第1の電圧降下成分および前記第2の電圧降下成分を除いた第3の電圧降下成分と、
を含むことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記モータの所定回転速度における、前記電圧降下とモータ電流との関係を示すテーブルデータを有し、
前記テーブルデータと前記第2の電圧降下成分とに基づいて、前記抵抗成分を演算することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
スイッチング周期と、前記電力変換装置が備える直流電圧源の直流電圧と、電流位相角とに基づいて、前記第2の電圧降下成分を演算することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記モータの所定回転速度における、前記電圧降下とモータ電流との関係を示す第1のテーブルデータを有し、
前記テーブルデータと前記第2の電圧降下成分とに基づいて、前記第3の電圧降下成分とモータ電流との関係を表す第2のテーブルデータを演算し、
前記第2のテーブルデータに基づいて前記第3の電圧降下成分を演算することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記磁束推定部は、推定した前記磁束に基づいて、前記永久磁石の温度を推定することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記磁束推定部が推定した前記磁束に基づいて、前記速度指令または前記トルク指令を調整すること特徴とするモータ制御装置。
【請求項7】
請求項5に記載のモータ制御装置において、
前記磁束推定部が推定した前記温度に基づいて、前記速度指令または前記トルク指令を調整すること特徴とするモータ制御装置。
【請求項8】
請求項6または請求項7に記載のモータ制御装置において、
前記速度指令または前記トルク指令が所定のしきい値を超えたら、前記速度指令または前記トルク指令を所定値に制限すること特徴とするモータ制御装置。
【請求項9】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記磁束推定部が推定した前記磁束が所定値を超えるかもしくは下回った場合に、外部へ信号を発することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項10】
請求項5に記載のモータ制御装置において、
前記磁束推定部が推定した前記温度が所定値を超えるかもしくは下回った場合に、外部へ信号を発することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項11】
車輪と、
車輪を駆動するモータと、
前記モータに電力を供給する電力変換装置と、
前記電力変換装置を制御する制御装置と、
を備える電動車両システムにおいて、
前記制御装置が、請求項1または請求項5に記載のモータ制御装置であることを特徴とする電動車両システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置およびそれを用いた電動車両システムに関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石同期モータは、界磁が永久磁石によって与えられ、高効率化に有利であることから、電動車両などの分野で幅広く適用されている。永久磁石同期モータにおいては、温度などにより永久磁石の磁束量が変動すると、トルク特性などのモータ特性が変動する。このため、適用分野によっては、永久磁石の磁束量を推定し、推定された磁束量に基づいて、永久磁石同期モータが制御される。
【0003】
永久磁石同期モータの磁束量を推定する従来技術として、特許文献1および特許文献2に記載された技術が知られている。
【0004】
特許文献1に記載された技術では、基準状態、例えば基準温度状態、からの磁束変化量推定値Δφestが、基準状態におけるd軸電圧Vd_stdおよびq軸電圧Vq_std、d軸補正後電圧指令値Vd**およびq軸補正後電圧指令値Vq**、並びに電気角速度ωによって推定される(Δφest=((Vq**/Vd**)×Vd_std-Vq_std)/ω)。Vd**およびVd**は、それぞれ、d軸電圧指令値Vd*およびq軸電圧指令値Vq*の補正値である。Vd*およびVq*は、インバータにおけるスイッチング素子のデッドタイムTdeadおよびスイッチング素子の直流電圧降下に応じて補正される。Vd*およびVq*のTdeadに応じた補正量は、インバータの直流入力電圧Vdc、スイッチング周波数Fsw、Tdeadおよびd軸基準の電流位相βdに基づいて演算される(段落[0054]参照)。またVd*およびVq*のスイッチング素子の直流電圧降下に応じた補正量は、電流を引数とする電圧降下補正マップにより算出される。
【0005】
特許文献2に記載された技術では、q軸電圧指令値、d軸電圧指令値、q軸電流、d軸電流および角速度ωに基づいて演算される磁束推定値が、永久磁石同期電動機の動作状態に関する複数のパラメータ、すなわち、角速度、トルク(または電流)、各部の温度(センサ温度、モータ温度、インバータ温度)、インバータの直流電圧の各々を引数とする複数のマップを用いて算出される誤差補正値によって補正される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2019-129572号公報
【特許文献2】特開2019-129573号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1は、磁束変動量推定値Δφestの算出において、d軸補正後電圧指令値Vd**に対するq軸補正後電圧指令値Vq**の比(Vq**/Vd**)が用いられるので、Vd**が小さい場合には、磁束変動量推定値Δφest自体が増大する。このため、推定値の信頼性に問題がある。
【0008】
特許文献2は、磁束推定値の演算に用いるq軸電圧指令値およびd軸電圧指令値は補正されない。このため、磁束推定値の精度の向上が制限される。
【0009】
そこで、本発明は、磁束推定の精度および信頼性を向上できるモータ制御装置、並びにこのモータ制御装置を用いる電動車両システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明によるモータ制御装置は、回転子が永久磁石を有するモータの速度指令またはトルク指令に応じて、モータへの電力変換装置の出力電圧を制御するための電圧指令を生成する電圧指令作成部と、電圧指令に対してデッドタイム補償を行うデッドタイム補償部と、永久磁石の磁束を推定する磁束推定部と、を備えるものであって、磁束推定部は、電圧指令と、モータおよび電力変換装置、並びに、モータおよび電力変換装置間に生じる電圧降下と、に基づいて、永久磁石の磁束を推定し、電圧降下は、モータおよび電力変換装置、並びに、モータおよび電力変換装置間における抵抗成分による第1の電圧降下成分と、デッドタイム補償によって生じる第2の電圧降下成分と、電圧降下から、第1の電圧降下成分および第2の電圧降下成分を除いた第3の電圧降下成分と、を含む。
【0011】
上記課題を解決するために、本発明による電動車両システムは、車輪と、車輪を駆動するモータと、モータに電力を供給する電力変換装置と、電力変換装置を制御する制御装置と、を備えるものであって、制御装置が、上記本発明によるモータ制御装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、磁束推定の精度および信頼性を向上できる。
【0013】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1であるモータ駆動システムの概略構成を示す機能ブロック図である。
【
図2】永久磁石同期モータ10の構造を示す、回転軸に垂直な方向の断面図である。
【
図3】d-q軸と、永久磁石同期モータ10の固定子11における三相の巻線15との関係を示す図である。
【
図4】電力変換装置20(
図1)の構成を示す回路図である。
【
図5】駆動信号(G
XP,G
XN)(X:U,V,Wのいずれか)の一例を示す波形図である。
【
図6】電圧指令作成部41の構成を示す機能ブロック図である。
【
図7】実施例1における磁束推定部50(
図1)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図8】I
d-I
q平面に等値線図として表したq軸電圧降下V
drop_q’の算出例である。
【
図9】
図8に示すI
qとV
drop_qの関係を、I
dをパラメータとして表したグラフである。
【
図10】I
d-I
q平面に等値線図として表した第二のq軸電圧降下V
drop_q’の算出例である。
【
図11】
図10に示すI
qとV
drop_q’の関係を、I
dをパラメータとして表したグラフである。
【
図12】I
d-I
q平面に等値線図として表した第三のq軸電圧降下V
drop_q’’の算出例である。
【
図13】モータ制御装置40におけるq軸電圧降下V
drop_q_estの演算部の構成を示す機能ブロック図である。
【
図14】実施例2であるモータ駆動システムの概略構成を示す機能ブロック図である。
【
図15】指令値補正部48(
図14)の一構成例を示す機能ブロック図である。
【
図16】実施例3であるモータ駆動システムにおけるモータ制御装置の概略構成を示す機能ブロック図である。
【
図17】実施例4である電動車両システム300の構成を示す機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、下記の実施例1~4により、図面を用いながら説明する。
【0016】
各図において、参照番号が同一のものは同一の構成要件あるいは類似の機能を備えた構成要件を示している。
【実施例0017】
図1は、本発明の実施例1であるモータ駆動システムの概略構成を示す機能ブロック図である。
【0018】
モータ駆動システム100は、永久磁石同期モータ10と、電力変換装置20と、電流センサ30と、モータ制御装置40と、を備えている。永久磁石同期モータ10には、図示はしていないが、永久磁石同期モータ10の機械的出力を機械的あるいは磁気的に伝える伝達機構を介して、機械的負荷が接続される。
【0019】
モータ制御装置40は、電力変換装置20を制御することによって、永久磁石同期モータ10の回転数またはトルクを所望の値に制御をする。また、本実施例1において、モータ制御装置40は、後述するように、永久磁石同期モータ10が備える永久磁石の磁束や温度を推定する機能を有する。
【0020】
以下、
図1に示したモータ駆動システムの各構成要素について説明する。
【0021】
図2は、永久磁石同期モータ10の構造を示す、回転軸に垂直な方向の断面図である。
【0022】
永久磁石同期モータ10は、エアギャップを介して対向する固定子11および回転子12から構成されている。固定子11は、磁性体からなる固定子コア16に巻線15が巻かれた固定子磁極18を複数有している。回転子12は、磁性体からなる回転子コア13と、回転子コア13内に位置する永久磁石17とを有している。
【0023】
本実施例では、
図2に示すように、固定子磁極18の個数(=スロット数)が6個、回転子12の磁極数が2個である。なお、固定子11と回転子12の各磁極数は、
図2に示す個数に限らず、所望のモータ特性に応じて任意に設定できる。また、複数ある巻線の接続は、並列接続および直列接続のいずれでもよい。本実施例では、固定子11において対向する2個の固定子磁極18の巻線15が直列接続されて、一相分の巻線が構成されている。したがって、固定子11は、三相分の巻線(U,V,W)を備えている。
【0024】
固定子磁極18は、巻線15に電流を流すことにより、N極およびS極のいずれかの極性の磁極を生じ、巻線15における電流の向きによって極性を変えられる。本実施例では、巻線15に正の直流電流を流すときに固定子磁極18がS極になるとし、このS極に回転子12における永久磁石17のN極が引きつけられるときの回転子12の回転角度をゼロ度とする。なお、以下、回転子12の回転角度を「回転子位置」と表記する。
【0025】
巻線15が複数ある場合、いずれか一つの巻線の位置を基準位置とする。本実施例では、
図2中右側に位置する巻線15(U相巻線)の位置を基準位置とする。また、回転子12の反時計回りの回転を正回転と称し、時計回りの回転を逆回転と称す。
【0026】
本実施例では、回転子位置は、レゾルバやエンコーダ等の回転検出器によって検出され、モータ制御装置40における制御処理に用いられる。なお、回転子位置は、いわゆる位置センサレス制御を適用して、回転検出器を用いることなく、永久磁石同期モータ10に流れるモータ電流もしくは永久磁石同期モータ10への印加電圧に基づいて推定してもよい。
【0027】
本実施例では、
図2に示すように、埋込磁石型の永久磁石同期モータ10が適用されているが、これに限らず、表面磁石型の永久磁石同期モータなど、回転子が、回転子の温度によって磁束が変化する永久磁石を備えているモータが適用されてもよい。
【0028】
モータ制御装置40においては、いわゆるベクトル制御が適用されている。そこで、永久磁石同期モータ10と、ベクトル制御に用いられる回転座標軸(d-q軸)との関係について説明しておく。
【0029】
図3は、d-q軸と、永久磁石同期モータ10の固定子11における三相(U,V,W)の巻線15との関係を示す図である。
【0030】
図3に示すように、三相の巻線(U,V,W)は、電気角で120度の位相差をもって配置されている。回転子12における永久磁石17の主磁束方向をd軸とし、d軸から回転方向に電気角で90度進んだ方向をq軸とする。
【0031】
d-q軸は回転座標系における座標軸、すなわち回転子12に設定される座標軸であり、回転子12とともに回転する。したがって、d軸の回転角度は、回転子位置(θd)に等しい。前述のように、本実施例では、U相巻線の位置を基準位置としているので、
図3に示すように、θdは、U相巻線の位置から、反時計回りの回転方向を正とする角度で表される。
【0032】
なお、d軸の方向は、回転子12を回転させるとき、基準位置の巻線15、本実施例ではU相巻線に鎖交する永久磁石17の磁束が最大となる場合に基準位置の巻線の位置に向かう方向でもある。したがって、
図3においては、θd=0のときに、U相巻線に鎖交する永久磁石17の磁束が最大となる。
【0033】
図4は、電力変換装置20(
図1)の構成を示す回路図である。
図4には、永久磁石同期モータ10および電流センサ30(
図1)を併記する。
【0034】
電力変換装置20は、
図4に示すように、直流電圧源120と、半導体スイッチング素子22a~22fの三相フルブリッジ回路から構成される主回路131と、ゲート駆動回路123とを有している。直流電圧源120と主回路131の間には、シャント抵抗135が接続される。これにより、主回路131に過大な電流が流れることが防止される。
【0035】
直流電圧源120としては、バッテリ、AC/DCコンバータ(整流装置を含む)、DC/DCコンバータなどが適用される。本実施例では、半導体スイッチング素子22a~22fとして、IGBTが適用されるが、これに限らずMOSFETなどを適用してもよい。また、本実施例では、主回路131は、インバータモジュールによって構成されている。
【0036】
主回路131においては、半導体スイッチング素子22a~22fの各々に環流ダイオードが並列接続され、各並列接続がアームを構成する。2個のアームが、直列に接続されることにより、一相分の上下アームが構成される。本実施例では、
図4に示すように、スイッチング素子32a,32bによりU相、スイッチング素子32c,32dによりV相、スイッチング素子32e,32fによりW相の上下アームが構成されている。各相の上下アームの接続点は、永久磁石同期モータ10へ接続されている。
【0037】
ゲート駆動回路123は、PWM信号作成部43(
図1)が出力するPWMパルス信号からなるオン・オフ制御信号S
UP~S
WNに基づいて、駆動信号G
UP~G
WNを生成して、それぞれ半導体スイッチング素子22a~22fの制御端子(本実施例では、ゲート端子)に出力する。半導体スイッチング素子22a~22fは、それぞれ、駆動信号G
UP~G
WNによってオン・オフ駆動される。
【0038】
主回路131は、半導体スイッチング素子22a~22fがオン・オフ駆動されることにより、直流電圧源120の直流電圧Edcを三相交流電圧に変換し、この三相交流電圧を永久磁石同期モータ10の三相交流端子に出力する。
【0039】
図5は、駆動信号(G
XP,G
XN)(X:U,V,Wのいずれか)の一例を示す波形図である。
図5には、PWM信号作成部43(
図1)が用いる三角波キャリア信号S
CとX相電圧指令V
X
*の一例が併記されている。
【0040】
PWM信号作成部43(
図1)は、
図5に示すように、三角波キャリア信号S
CとX相電圧指令V
X
*の大小関係から、
図5では図示しない、PWMパルス信号からなるオン・オフ制御信号S
XP,S
XNを生成する。ゲート駆動回路123は、オフ制御信号S
XP,S
XNに応じて、オフ制御信号S
XP,S
XNと同じ波形で、かつ半導体スイッチング素子を駆動するために十分な電圧値を有する駆動信号G
XP,G
XNを生成する。
【0041】
電力変換装置20においては、永久磁石同期モータ10に出力する交流電圧の周波数よりも充分に高い周波数で半導体スイッチング素子がスイッチングされる。すなわち、三角波キャリア信号SCの周波数がX相電圧指令VX
*の周波数よりも十分に高くされる。このため、電力変換装置20における主回路131が出力する各相の電圧は、駆動信号GXP,GXNに応じてパルス幅変調された矩形波状の電圧であるが、時間的に平均すると、デューティファクタの変化に応じて電圧値が変化する正弦波状電圧になる。
【0042】
デューティファクタの大きさや、大きさの変化の周期を変えることにより、すなわち、X相電圧指令VX
*の大きさや周波数を変えることにより、電力変換装置20が出力する三相交流電圧の大きさ(振幅)および周波数を制御することができる。これにより、永久磁石同期モータ10の可変速駆動やトルク制御が可能になる。
【0043】
電流センサ30は、電力変換装置20から永久磁石同期モータ10に流れる三相のモータ電流を検出する。本実施例において、電流センサ30は、U相モータ電流IUおよびW相モータ電流IWを検出する。V相モータ電流(「IV」とする)は、検出されたU相モータ電流IUおよびW相モータ電流IWに基づいて、モータ制御装置40において算出される(IV=-IU-IW)。なお、電流センサ30としては、例えば、電流トランス(CT)が適用される。
【0044】
電流センサ30としては、ホールCTやシャント抵抗が適用されてもよい。シャント抵抗が適用される場合、いわゆる1シャント方式や3シャント方式が用いられる。1シャント方式では、主回路131(
図4)への直流入力電流、すなわち直流母線電流を1個のシャント抵抗(例えば、
図4におけるシャント抵抗135)で検出し、直流母線電流の検出値に基づいて、三相モータ電流が検出される。3シャント方式では、三相の下アームの各々にシャント抵抗を設け、これら3個のシャント抵抗によって検出される電流値に基づいて、三相モータ電流が検出される。
【0045】
次に、モータ制御装置40(
図1)について説明する。
【0046】
モータ制御装置40は、電力変換装置20のスイッチング動作を制御することにより、永久磁石同期モータ10の速度およびトルクの少なくとも一方を制御する。その際、モータ制御装置40は、速度指令ω
r
*またはトルク指令Trq
*と、電流センサ30によって検出されるモータ電流とに基づいて、三相電圧指令V
U
*,V
V
*,V
W
*を作成する。なお、速度指令ω
r
*またはトルク指令Trq
*は、モータ制御装置40に設定されていてもよいし、
図1には図示されない上位制御系などの他の制御系からモータ制御装置40に与えられてもよい。
【0047】
さらに、モータ制御装置40は、PWM信号作成部43によって、三相電圧指令VU
*,VV
*,VW
*に応じたPWMパルスからなるオン・オフ制御信号SUP~SWNを生成する。モータ制御装置40は、このオン・オフ制御信号SUP~SWNによって、電力変換装置20のスイッチング動作を制御する。
【0048】
前述のように、モータ制御装置40においては、いわゆるベクトル制御が適用されている。このため、電圧指令作成部41(
図1)は、回転座標系における演算処理により、電圧指令値を生成する。
【0049】
図6は、電圧指令作成部41の構成を示す機能ブロック図である。
【0050】
電圧指令作成部41は、速度指令またはトルク指令(
図1におけるω
r
*,Trq
*)に基づいて算出される第1のd軸電流指令I
d
*および第1のq軸電流指令I
q
*と、d軸検出電流I
dcおよびq軸検出電流I
qcと、インバータ周波数指令ω
1(ω
1に代えてωr
*でもよい)とを入力して、式(1)および式(2)を用いて、d軸電圧指令V
d
*およびq軸電圧指令V
q
*を生成する。なお、I
dcおよびI
qcは、電流センサ30によって検出される三相モータ電流を、静止座標から回転座標へ座標変換することにより算出される。
【0051】
【0052】
【0053】
式(1)および式(2)において、Rは永久磁石同期モータ10の1相あたりの巻線抵抗、Ldはd軸インダクタンス、Lqはq軸インダクタンス、Keは誘起電圧定数である。
【0054】
Id
**およびIq
**は、モータ電流がId
*およびIq
*に追従して流れるようにするためにPI制御からなる電流制御器によって生成される、それぞれ第2のd軸電流指令および第2のq軸電流指令である。
【0055】
Id
**を生成するd軸電流制御器114aにおいては、加減算器91dによって、第1のd軸電流指令Id
*とd軸検出電流Idcとの差分(Id
*-Idc)が演算され、比例器92cによって、差分演算値に、比例ゲイン(Kp_d)が乗算される。また、差分演算値は、比例器92dによって積分ゲイン(Ki_d)が乗算され、積分器94cによって積分される。比例ゲインKp_dが乗算された差分演算値と、積分ゲインKi_dが乗算された積分値とが、加算器90bによって加算され、Id
**が演算される。
【0056】
Iq
**を生成するq軸電流制御器114bにおいては、加減算器91eによって、第1のq軸電流指令Iq
*とq軸検出電流Iqcとの差分(Iq
*-Iqc)が演算され、比例器92eによって、差分演算値に、比例ゲイン(Kp_q)が乗算される。また、差分演算値は、比例器92fによって積分ゲイン(Ki_q)が乗算され、積分器94dによって積分される。比例ゲインKp_qが乗算された差分演算値と、積分ゲインKi_qが乗算された積分値とが、加算器90cによって加算され、Iq
**が演算される。
【0057】
Id**には乗算器92gによってRが乗算されて、式(1)の右辺における「R×Id
**」が演算される。Iq**には乗算器92iによってRが乗算されて、式(2)の右辺における「R×Iq
**」が演算される。
【0058】
Iq
**がローパスフィルタ98aによってフィルタリングされて、式(1)の右辺に示すIq
**
_filが得られる。さらに、Iq
**
_filには乗算器92hによってLqおよびω1が乗算されて、式(1)の右辺における「ω1×Lq×Iq
**
_fil」が演算される。加減算器91fによって、乗算器92gによって演算された「R×Id
**」から、乗算器92hによって演算された「ω1×Lq×Iq
**
_fil」が減算される。これにより、Vd
*が生成される。
【0059】
Id
**がローパスフィルタ98bによってフィルタリングされて、式(2)の右辺に示すId
**
_filが得られる。さらに、Id
**
_filには乗算器92jによってLdおよびω1が乗算されて、式(2)の右辺における「ω1×Ld×Id
**
_fil」が演算される。ω1には乗算器92kによってKeが乗算されて、式(2)における「ω1×Ke」が演算される。加算器90dによって、乗算器92iによって演算された「R×Iq
**」と、乗算器92jによって演算された「ω1×Ld×Id
**
_fil」と、乗算器92kによって演算された「ω1×Ke」とが加算される。これにより、Vq
*が生成される。
【0060】
上述のように、電圧指令作成部41では、d軸電流制御器114aおよびq軸電流制御器114bが、式(1)および(2)に基づく電圧演算部にカスケードに接続される。また、電圧演算部には、永久磁石同期モータ10のモータ定数に応じた時定数(Tq(=Lq/R),Td(=Ld/R))を有する一次遅れからなるローパスフィルタ98a,98bが適用されている。これらにより、演算周期に制約がある場合などにおいても、安定したベクトル制御を実現できる。
【0061】
以下、本実施例1におけるモータ制御装置40が備える磁束推定機能について説明する。
【0062】
図7は、本実施例1における磁束推定部50(
図1)の構成を示す機能ブロック図である。
【0063】
なお、
図7には、磁束推定部50とともに磁束推定に関わる、磁束テーブル51、漂游電圧テーブル52、デッドタイム補償誤差演算部53、巻線抵抗推定部54も併記されている。
【0064】
本実施例においては、電力変換装置20から永久磁石同期モータ10に三相交流電圧が出力されているとき、q軸電圧指令Vq
*、永久磁石同期モータ10の回転角速度ω
e(電気角)、d軸電流I
dおよびq軸電流I
q、直流電圧源120(
図2)の直流電圧Edc、巻線温度Temp_wに基づいて、磁石磁束を表すd軸鎖交磁束Ψ
d並びに磁石温度Temp_mが推定される。
【0065】
永久磁石同期モータ10の定常状態におけるq軸電圧方程式は、微分項(sLqIq
**)を無視すると、式(3)および(4)で表せる。なお、式(4)におけるΨd0は、永久磁石のみによるd軸鎖交磁束成分である。
【0066】
【0067】
【0068】
式(3)におけるq軸電圧降下V
drop_qは、速度起電力(誘起電圧:ω
e×Ψ
d)とq軸電圧指令値V
q
*との差分(V
q
*-ω
e×Ψ
d)であり、巻線抵抗Rによる電圧降下、スイッチング素子(
図4:22a~22f)での電圧降下、デッドタイムに起因する誤差電圧、PWM方式に起因する誤差電圧などを含むq軸における総電圧降下である。式(3)に基づけば、V
drop_qを構成するこれら複数の電圧成分を考慮してV
drop_qを算出することにより、Ψ
dを推定することができる。
【0069】
まず、予め、永久磁石同期モータ10の異なる二通りの回転数のもとで、d軸電流Idおよびq軸電流Iqを格子点状((Id,Iq))に振り、(Id,Iq)に対するd軸電圧およびq軸電圧(Vd,Vq)を測定する。この時、磁石温度Temp_mは一定値(Temp_m_calib)、例えば、予め設定される標準温度となるようにする。
【0070】
永久磁石同期モータ10の回転角速度(電気角)がωe1およびωe2である時のq軸電圧指令値をそれぞれVq1
*およびVq2
*とすると、Vq1
*およびVq2
*は、式(3)に基づいて、それぞれの式(5)および式(6)で表せる。なお、ωe2>ωe1とする。
【0071】
【0072】
【0073】
ここで、d軸鎖交磁束Ψdとq軸電圧降下Vdrop_qは回転数に依存しないとしている。
【0074】
式(5)および式(6)より、d軸鎖交磁束Ψdおよびq軸電圧降下Vdrop_qは、それぞれ式(7)および式(8)で表される。
【0075】
【0076】
【0077】
上述の測定データ((Id,Iq)に対する(Vd,Vq))を用いて、式(7)および式(8)より、(Id,Iq)を引数とするΨdおよびVdrop_qの各テーブルデータが算出される。ΨdおよびVdrop_qのテーブルデータは、それぞれ、磁束テーブル51(Ψd_calib_table)およびq軸電圧降下適合テーブル(Vdrop_q_calib_table)として、モータ制御装置40に保存される。
【0078】
q軸電圧降下Vdrop_qは、複数の要因によって生じる電圧降下成分が含まれている。本発明者の検討により、本実施例では、高精度に磁束推定を行うために、次の三要因に関してq軸電圧降下成分を補正する。三要因とは、デッドタイム誤差時間、巻線抵抗を含む抵抗成分、並びに、q軸電圧降下適合テーブルから得られるVdrop_qからデッドタイム誤差時間および抵抗成分を要因とする電圧降下成分を除いた残りの電圧降下成分(漂游電圧)、である。
【0079】
上記三要因を考慮すると、Vdrop_qは式(9)で表される。
【0080】
【0081】
式(9)の右辺第一項(RI
q)は、抵抗成分Rによる電圧降下成分であり、d軸電流I
dに比例する。式(9)におけるRは、永久磁石同期モータ10の巻線抵抗と、半導体スイッチング素子(22a~22:
図4)の抵抗成分と、配線ケーブルなど、電力変換装置20から永久磁石同期モータ10までの抵抗成分の和である(以下、「総抵抗値」と称する)。式(9)の右辺第二項(V
dead_q)は、デッドタイム補償に伴って生じる電圧降下成分である。式(9)の右辺第三項(V
err_q)は、漂游誤差電圧と称し、半導体スイッチング素子の電圧降下の非線形成分、半導体スイッチング素子のスイッチングに起因する非線形成分、永久磁石同期モータ10の漏れ磁束や構造に起因する成分などを含み、電力変換装置20と永久磁石同期モータ10の組合せによる固有の値になる。
【0082】
以下、Vdead_qについて説明するが、まず、デッドタイムについて簡単に説明しておく。
【0083】
前述の
図5においては、図示および説明を省略したが、X相上アームの半導体スイッチング素子を駆動する駆動信号G
XPと、X相下アームの半導体スイッチング素子を駆動する駆動信号G
XNには、上下アームの短絡を防止するために、両アームの半導体スイッチング素子が共にオフとなる期間、すなわち、いわゆるデッドタイムが設定される。
【0084】
なお、本実施例では、PWM信号作成部43(
図1)によって、オン・オフ制御信号S
UP~S
WNにデッドタイムが設定される。
【0085】
デッドタイムが設定されていると、永久磁石同期モータ10に印加したい電圧(電圧指令)と、実際に永久磁石同期モータ10に印加される電圧との間に誤差(デッドタイム誤差電圧)が生じる。このため、モータ電流の波形歪が発生する。そこで、本実施例では、デッドタイム補償部42(
図1)が、V
d
*およびV
q
*を三相交流電圧指令V
U
*,V
V
*,V
W
*に変換し、さらに、デッドタイムに伴うモータ電流の波形歪を低減するために、V
U
*,V
V
*,V
W
*に対してデッドタイム誤差電圧を補償する。
【0086】
なお、デッドタイム誤差電圧を補償するデッドタイム補償に関しては様々な技術が知られている。例えば、dq軸における電流指令から三相電流の極性を求め、この三相電流極性により三相交流電圧指令を補正する。
【0087】
本実施例のデッドタイム補償部42では、電力変換装置20の直流電源電圧、スイッチング周波数、デッドタイムおよび電流位相に基づき、所定の数式を用いて、デッドタイム誤差電圧を演算する。
【0088】
本実施例におけるデッドタイム補償誤差演算部53(
図1)は、デッドタイム補償に伴って発生する電圧降下成分(以下、デッドタイム補償誤差電圧と称す)を演算する。
【0089】
デッドタイム補償誤差演算部53は、q軸に現れるデッドタイム補償誤差電圧Vdead_qを、式(10)および式(11)によって演算する。
【0090】
【0091】
【0092】
式(10)および式(11)において、Edcは直流電圧源120(
図2)の直流電圧、T
swはスイッチング周期、βはd軸を基準とする電流位相角、T
dead_realは実際のデッドタイム、T
dead_cmpはデッドタイム補償時間(デッドタイム(設定値)に相当)である。
【0093】
実際のデッドタイムTdead_realと、デッドタイム補償時間Tdead_cmpは、同じ値にすることが多い。しかし、異なる値にすることもある。例えば、モータのインダクタンスが小さい時などは、モータ電流の歪を抑制したい場合がある。その場合、デッドタイム補償時間は、モータ電流の歪を最小化する値に設定する。電流ゼロクロス付近の電流歪は、デッドタイム補償量を大きくすると増大しやすいため、デッドタイム補償時間は実際のデッドタイム時間とは異なり、小さい値に設定されることがある。このような場合、式(10)および式(11)に示すデッドタイム補償誤差電圧Vdead_qが発生する。デッドタイム補償誤差電圧Vdead_qは、デッドタイム補償を行った際の過補償あるいは補償不足による誤差電圧を意味する。
【0094】
本実施例においては、PWM信号作成部43やゲート駆動回路123で設定される実際のデッドタイムと、デッドタイム補償部42で補償するデッドタイム補償時間が異なる場合においても高精度に磁束推定ができる。
【0095】
ここで、q軸電圧降下V
drop_qの算出例について、
図8および
図9を用いて説明する。
【0096】
図8は、I
d-I
q平面に等値線図として表したq軸電圧降下V
drop_qの算出例である。また、
図9は、
図8に示すI
qとV
drop_qの関係を、I
dをパラメータとして表したグラフである。
【0097】
図8により、あるI
qに対してI
dが負方向に大きくなるにつ入れて、V
drop_qの絶対値が減少する傾向にあるのが分かる。つまり、I
dが負方向に大きくなると、I
qが正ではV
drop_qが減少、I
qが負ではV
drop_qが増加する傾向がある。また、
図9からも、I
dの値に応じて、I
qに対するV
drop_qの変化が異なっているのが分かる。
【0098】
式(10)および式(11)に基づけば、Iqに対するVdrop_qの変化が異なっているのは、電流位相角βの関数であるデッドタイム補償誤差電圧Vdead_qが存在するためである。一方、実際のデッドタイムとデッドタイム補償時間が同じである場合、q軸電圧降下Vdrop_qは、式(9)の右辺第一項の抵抗成分Rによる電圧降下成分が支配的な成分となる。この場合、Idに依存することなくIqによってVdrop_qの値が決まる。
【0099】
上述のように予め算出されてテーブルデータとして保存されているq軸電圧降下Vdrop_qから、デッドタイム誤差時間の算出のため、式(12)に示すように、q軸電圧降下Vdrop_qからデッドタイム補償誤差電圧Vdead_qを減じた第二のq軸電圧降下Vdrop_q’を定義する。
【0100】
【0101】
V
drop_qのテーブルデータ算出時におけるデッドタイム誤差時間を算出するために、デッドタイム補償誤差時間T
dead_calibを変化させていき、第二のq軸電圧降下V
drop_q’のI
d依存性が最も小さくなるデッドタイム補償誤差時間T
dead_calibを求める。これは、言いかえると、
図9に示すI
dをパラメータとする複数のグラフが最も重なる状態となるT
dead_calibを求めることになる。このとき、公知の種々の最適化計算を用いることも可能であるが、本実施例では分散の総和が最小になるように、デッドタイム補償誤差時間T
dead_calibを求める。次の式(13)および式(14)のように、V
drop_qのテーブルデータ算出時におけるq軸電圧降下V
drop_qの母平均μおよび分散Vを求める。
【0102】
【0103】
【0104】
式(13)および式(14)におけるN
Idは、あるI
qデータにおけるI
d方向のデータ群である。分散は、
図9に示すI
q-V
drop_q平面におけるV
drop_qのバラつきに相当する。
【0105】
さらに、各Iqデータ点における第二のq軸電圧降下Vdrop_q’の分散の総和Sを式(15)により求める。
【0106】
【0107】
式(15)で表される総和Sが最小になる時、第二のq軸電圧降下Vdrop_q’のIdに対する依存性(バラつき)が小さくなるとして、デッドタイム補償誤差時間Tdead_calibを求める。
【0108】
図8および
図9に示したq軸電圧降下V
drop_qの測定例において、デッドタイム補償誤差時間T
dead_calibを変化させ(例えば、0.1μs毎など)、総和Sが最小になるデッドタイム補償誤差時間T
dead_calibを求めた際の第二のq軸電圧降下V
drop_q’を
図10および
図11に示す。
【0109】
図10は、I
d-I
q平面に等値線図として表した第二のq軸電圧降下V
drop_q’の算出例である。また、
図11は、
図10に示すI
qとV
drop_q’の関係を、I
dをパラメータとして表したグラフである。
【0110】
図10と
図8を比較すると、第二のq軸電圧降下Vd
rop_q’の等値線がd軸に対し平行になっている。つまり、あるI
qに対し、第二のq軸電圧降下V
drop_q’はI
dにほとんど依存せず、一定となっている。また、
図11と
図9を比較すると、I
dをパラメータとする、I
qに対するV
drop_q’の変化を示す複数のグラフが重なっている。このようにして、V
drop_qのテーブルデータ算出時におけるデッドタイム誤差時間T
dead_calibを算出することができる。
【0111】
次に、抵抗成分による電圧降下成分について説明する。
【0112】
本実施例では、前述の
図11のグラフの傾きから、前述の式(9)における抵抗成分Rが算出される。本実施例では、I
qデータ点毎にV
drop_q’の平均値を算出し、平均値に対して最小二乗法による線形近似を行って傾きを求め、V
drop_qのテーブルデータ算出時における総抵抗R
calibとする。
【0113】
なお、公知の種々の最適化計算を用いて、総抵抗Rcalibを算出してもよい。
【0114】
R
calibには、巻線温度Temp_wによって抵抗値が変化する巻線抵抗R
wと、スイッチング素子の抵抗成分と、配線ケーブルなど電力変換装置20から永久磁石同期モータ10までの抵抗成分とが含まれる。そこで、巻線抵抗推定部54(
図1)は、V
drop_qのテーブルデータ算出時における巻線温度をTemp_w
_calibとし、巻線抵抗R
wの巻線温度に対するテーブルデータ(巻線抵抗テーブルR
w_table)を用いて、V
drop_qのテーブルデータ算出時における巻線温度Temp_w
_calibに依存しない定抵抗成分R
calib_constを式(16)で算出する。
【0115】
【0116】
なお、巻線抵抗Rwは、公知の計算式で算出されてもよい。
【0117】
次に、デッドタイム誤差電圧および抵抗成分による電圧降下以外の電圧降下成分、すなわち漂游電圧と称する電圧降下成分について説明する。
【0118】
Vdrop_qのテーブルデータ算出時におけるq軸電圧降下Vdrop_qから、デッドタイム補償誤差電圧Vdead_qと総抵抗Rcalibによる電圧降下成分を除いた残りの電圧降下成分を、第三のq軸電圧降下Vdrop_q’’として、式(17)で定義する。なお、式(17)の右辺第一項のVdrop_q’は、前述の第二のq軸電圧降下(式(12))である。
【0119】
【0120】
図12は、I
d-I
q平面に等値線図として表した第三のq軸電圧降下V
drop_q’’の算出例である。
【0121】
V
drop_q’’の算出においては、前述(
図8)に示したV
drop_qの算出例が用いられている。したがって、(I
d,I
q)を引数とするV
drop_q’’のテーブルデータ(V
err_q_calib_
table)が算出される。V
drop_q’’のテーブルデータは、漂游電圧テーブル52(
図1,7)として、モータ制御装置40に保存される。
【0122】
図12から分かるように、V
drop_q’’は、q軸電圧降下V
drop_qから、デッドタイム補償誤差電圧V
dead_qと総抵抗R
calibによる電圧降下成分(R
calibI
d)を除いた残りの電圧降下成分であるため、非常に小さい値となっている。
【0123】
本発明者の検討によれば、Vdrop_q’’は、具体的要因を特定して計算式で表すことが難しい。そこで、本実施例では、Vdrop_q’’を漂游電圧と称している。
【0124】
本発明者の検討によれば、漂游電圧は、永久磁石同期モータ10の漏れ磁束や構造が関わっており、電力変換装置20と永久磁石同期モータ10の組合せによる固有の値になる。したがって、漂游電圧テーブルにより、精度よく漂游電圧を算出することができる。
【0125】
なお、漂游電圧テーブルは、モータ制御装置毎に作成することが好ましいが、代表的な電力変換装置20と永久磁石同期モータ10の組合せについて漂游電圧テーブルを作成し、各モータ制御装置において共用してもよい。
【0126】
次に、予め所定の動作条件で算出されて保存されているVdrop_qを、永久磁石同期モータ10の駆動時の動作条件(直流電圧Edc、巻線温度、スイッチング周波数など)に応じて補正して、q軸電圧降下Vdrop_q_estを算出する手段について説明する。
【0127】
図13は、モータ制御装置40におけるq軸電圧降下V
drop_q_estの演算部の構成を示す機能ブロック図である。
【0128】
永久磁石同期モータ10の駆動時における総抵抗Restは、式(18)により算出される。
【0129】
【0130】
式(18)において、T
w_estはモータ駆動時(磁束推定時)の巻線温度(
図13中ではTemp_w)であり、R
calib_constは前述(式(16))の定抵抗成分である。R
w_table(T
w_est)は、前述した、巻線抵抗R
wの巻線温度に対するテーブルデータであり、巻線温度テーブル541(
図13)に格納されている。
【0131】
推定総抵抗Restにより、巻線温度の依存性が抵抗成分による電圧降下の値に反映される。
【0132】
次に、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)における、スイッチング周期T
sw_est、直流電圧E
dc_estおよび電流位相角β
estを用いて、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)におけるデッドタイム補償誤差電圧V
dead_q_calibを式(19)により算出する。電流位相角β
estは、電流位相演算器531(
図13)によって、I
d,I
qに基づいて演算される。式(19)による演算は、演算部532の動作に相当する。
【0133】
【0134】
なお、式(19)は、前述の式(10)の右辺において、Tsw、Edcおよびβestを、それぞれ、Tsw_est、Edc_estおよびβestに置き換えたものに相当する。
【0135】
Vdead_q_calibにより、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)における動作条件の違いを、動的にデッドタイム誤差電圧の値に反映される。
【0136】
さらに、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)における、d軸電流Id_estおよびq軸電流Iq_estを用いて、漂游電圧テーブル52(Verr_q_calib_table(Id,Iq))を参照することで、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)における漂游誤差電圧Verr_q_estを式(20)により算出する。
【0137】
【0138】
上述のRest,Vdead_q_calib,Verr_q_estを用いて、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)におけるq軸電圧降下Vdrop_q_estが式(21)により算出される。
【0139】
【0140】
式(21)による演算は、演算部501(
図13)の動作に相当する。
【0141】
上述のように要因別に算出された複数の電圧降下成分からなるq軸電圧降下に基づいて、磁束推定部50(
図7)は、式(22)により磁束推定を行う。
【0142】
【0143】
式(22)において、Vq_est
*は永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)におけるq軸電圧指令であり、ωe_estは、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)における回転角速度ωe(電気角)である。
【0144】
なお、式(22)による演算は、磁束推定部50(
図7)における演算部55の動作に相当する。
【0145】
さらに、磁束推定部50は、I
d_est,I
q_estを用いて、同一電流条件(I
d=I
d_est,I
q=I
q_est)における、V
drop_qのテーブルデータ算出時における磁束Ψ
d_calibを、式(23)により算出する。式(23)の右辺は、予め保存されている磁束テーブル51(
図1)におけるテーブルデータΨ
d_calib_table(I
d,I
q)において、引数(I
d,I
q)が(I
d_est,I
q_est)である場合のデータを表している。
【0146】
【0147】
さらに、磁束推定部50は、永久磁石同期モータ10の駆動時(磁束推定時)におけるVdrop_qのテーブルデータ算出時からのd軸磁束変化量ΔΨdを、式(24)により算出する。なお、算出に用いるdq軸電流は、検出電流でも電流指令値でも構わない。
【0148】
【0149】
d軸磁束変化量ΔΨ
dは、磁石温度の変動に伴う磁石磁束の変化を示している。d軸インダクタンス(L
d)は磁石温度に寄らずほぼ一定であるため無視すると、式(25)のように、通常のd軸電流Idをゼロになるように制御する場合における、Ψ
d_calibに対するΨ
d_estの比率、すなわちd軸磁束変化率を算出する。なお、式(24)と同様に、磁束テーブル51(
図1,7)が参照されている。
【0150】
【0151】
なお、式(25)の右辺における分数部分の分母は、式(24)により算出されたd軸磁束変化量ΔΨdに相当する。
【0152】
算出したd軸磁束変化率は、磁石温度推定部56(
図7)に入力され、予め保存されている、温度-無負荷誘起電圧テーブルと比較される。なお、本実施例では、温度-無負荷誘起電圧テーブルは、V
drop_qのテーブルデータ算出時における標準温度における無負荷誘起電圧に対する、磁石温度Temp_mの時の無負荷誘起電圧の比率、すなわち無負荷誘起電圧変化率と、磁石温度Temp_mとの関係を示す。
【0153】
磁石温度推定部56は、比較の結果、式(25)により算出されたd軸磁束変化率と一致する無負荷誘起電圧変化率を示す温度を推定磁石温度Temp_mとして出力する。
【0154】
上述した実施例1によれば、永久磁石同期モータ10および電力変換装置間の配線や半導体スイッチング素子の抵抗を含む総抵抗成分による電圧降下成分、デッドタイム補償による電圧降下成分、漂游電圧による電圧降下成分という、発生要因別に電圧降下成分を算出し、これらの電圧降下成分に基づいて、すなわち電圧指令値と、これら電圧降下成分の総和との差に基づいて、永久磁石の磁束を推定する。これにより、磁束推定の精度が向上する。
【0155】
また、実施例1においては、予め、永久磁石同期モータ10の所定の動作条件(実施例1では、ωe1,ωe2)で、モータ電流(Id,Iq)に対する電圧指令からq軸電圧降下Vdrop_qを算出し、モータ電流を引数とするテーブルデータとしてモータ制御装置40に保存される。このテーブルデータと、デッドタイム補償による電圧降下成分の算出値とに基づいて、総抵抗成分と、漂游電圧のテーブルデータが算出される。したがって、磁束推定のために、予め実機を運転してデータの収集を要するテーブルデータの数が低減できる。このため、テーブルデータ作成作業の負担増加が避けられる。
【0156】
また、計算式で表すことが難しい電圧降下成分である漂游電圧をテーブルデータとして予め保存しておくことにより、永久磁石同期モータに印加する電圧が小さくなる駆動条件の場合、例えば低速または低トルクの駆動条件においても、電圧降下成分の算出精度を確保できる。このため、磁束推定および磁石温度の推定精度が向上する。
【0157】
本実施例1では、
図1に示すように、磁束推定に関わる機能構成部、すなわち磁束推定部50、磁束テーブル51、漂游電圧テーブル52、デッドタイム補償誤差演算部53および巻線抵抗推定部54がモータ制御装置40に内蔵されているが、このような形態に限らず、磁束推定装置としてモータ制御装置40とは独立した形態としてもよい。この場合、電圧指令や電流検出値(または電流指令値)は、有線もしくは無線通信を介して、磁束推定装置に入力される。これにより、モータ制御装置に、磁束推定機能を、後付けすることができる。また、モータ制御装置40の配置の自由度を高めることができる。
【0158】
また、本実施例では、上述のように、モータのトルク指令に基づき電圧指令値を演算する電圧指令値演算部と、電圧指令値に基づきデッドタイム補償を行うデッドタイム補償部と、モータの電流検出値と直流電圧検出値に基づきデッドタイム補償誤差を演算するデッドタイム補償誤差算出部と、巻線の温度検出値に基づき、巻線の電気抵抗値を演算する巻線抵抗演算部と、モータの電流検出値から求められる漂遊電圧とデッドタイム補償誤差と電気抵抗値とから磁石の磁束を推定する磁束推定部と、を備える。これにより、磁束推定を行う際に用いる電圧情報自体の誤差を低減し、磁束推定精度を高めることができる。
永久磁石同期モータに用いられる永久磁石においては、永久磁石の温度が上昇すると、減磁が発生し、回転速度やトルクの制御が難しくなる。また、永久磁石同期モータが発生するトルクを確保するために、モータ電流や、電力変換装置に流れる電流が、増加する場合もある。
上述の実施例2によれば、永久磁石の減磁や、永久磁石同期モータや電力変換装置に流れる電流の増加を抑制することができる。したがって、モータ制御装置やモータ駆動システムの信頼性が向上する。