(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024022880
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/64 20060101AFI20240214BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
F16C33/64
F16C19/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126310
(22)【出願日】2022-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 尚弘
(72)【発明者】
【氏名】福田 真人
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA55
3J701BA69
3J701DA01
3J701DA20
3J701EA03
3J701FA32
3J701FA33
3J701FA44
3J701XB31
3J701XB33
3J701XB37
(57)【要約】
【課題】折り畳み部などの重畳した部分に起因する寿命の低下を抑制可能な軸受を提供する。
【解決手段】軌道面10Aが形成された軌道輪を備える軸受であって、軌道面10Aの残留応力は700MPa以上である。軌道面10Aに形成された凹部Gに凸部Pの一部が重畳した折り畳み部20が形成されている。折り畳み部20の幅の最大値は1μm以下である。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面が形成された軌道輪を備える軸受であって、
前記軌道面の残留応力は700MPa以上であり、
前記軌道面に形成された凹部に凸部の一部が重畳した部分が形成されており、
前記重畳した部分の幅の最大値は1μm以下である、軸受。
【請求項2】
前記軌道面の任意の100μm×100μmの範囲内において、前記重畳した部分の面積比率は5%以下である、請求項1に記載の軸受。
【請求項3】
前記軌道面の表面粗さRaは0.1μm未満である、請求項1または2に記載の軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
希薄潤滑条件で使用される軸受の代表的な破損形態としてピーリング(マイクロピッチング)がある。なお希薄潤滑条件とは、軸受の軌道輪と転動体との接触部における潤滑油の油膜形成が十分にできないような条件を意味する。「転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響」(非特許文献1)にはその発生メカニズムとして、軌道面に形成された折り畳み部がき裂の起点となり、その後の転動疲労により軌道面がピーリングに至るメカニズムが紹介されている。
【0003】
また、特開2019-095044号公報(特許文献1)には、表面に突き出した非金属介在物を起点とした剥離寿命の長寿命化を目的に、軌道面へのバニシング加工による圧縮残留応力の付与が提案されている。特開2019-095044号公報には、バニシング加工等の塑性加工を施すことで表面に圧縮残留応力を付与し、き裂進展を抑制することが開示されている。特開2019-095044号公報では、圧縮残留応力の付与により、非金属介在物を起点とした軸受の剥離を抑制し、長寿命化を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「転がり接触によるピーリングの発生メカニズムとピーリング抑制に及ぼす黒染処理の影響」、トライポロジスト第63巻、第8号、2018年6月、p.551-562
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特開2019-095044号公報では、軌道面への塑性加工を行なうことで、軌道面付近の介在物と母材との隙間を埋め、き裂進展を抑制している。しかし特開2019-095044号公報では、ある程度の粗さを有する表面に対してその粗さを押し潰すような塑性加工をする。このため塑性加工後の凹凸部には、非特許文献1に開示されるような折り畳み部が形成される。軌道面の折り畳み部は初期のき裂と考えることができ、き裂はピーリングを生じさせる可能性がある。このため希薄潤滑条件で使用される軸受は、バニシング加工等の塑性加工を施すことで、塑性加工を施さない場合に比べてピーリング寿命が短くなる恐れがある。特開2019-095044号公報および非特許文献1では、このような課題に踏み込んだ開示がなされていない。
【0007】
本開示は上記の課題に鑑みなされたものである。本開示の目的は、折り畳み部などの重畳した部分に起因する寿命の低下を抑制可能な軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示に従った軸受は、軌道面が形成された軌道輪を備える。軌道面の残留応力は700MPa以上である。軌道面に形成された凹部に凸部の一部が重畳した部分が形成されている。重畳した部分の幅の最大値は1μm以下である。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、折り畳み部などの重畳した部分に起因する寿命の低下を抑制可能な軸受を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施の形態における深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。
【
図2】軌道面に形成された折り畳み部を上方から見た写真である。
【
図3】軌道輪の試験用部材に負荷を加えることにより得られた凹部および凸部の第1例を上方から見た写真である。
【
図4】軌道輪の試験用部材に負荷を加えることにより得られた凹部および凸部の第2例を上方から見た写真である。
【
図5】軌道輪の試験用部材に負荷を加えることにより得られた凹部および凸部の第3例を上方から見た写真である。
【
図6】本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第1工程を示す模式図である。
【
図7】本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第2工程を示す模式図である。
【
図8】本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第3工程を示す模式図である。
【
図9】本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第4工程を示す模式図である。
【
図10】超仕上げ加工後の軌道面に形成された折り畳み部を上方から見た写真である。
【
図11】バニシング加工前の表面粗さRaが0.223μmの軌道面のバニシング加工後の折り畳み部を上方から見た写真である。
【
図12】バニシング加工前の表面粗さRaが0.417μmの軌道面のバニシング加工後の折り畳み部を上方から見た写真である。
【
図13】バニシング加工前の、軌道面に研磨目が形成された態様を示す概略平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本実施の形態について説明する。
本実施の形態の適用対象としての軸受は、軌道面のピーリングが問題になる軸受であり、たとえば油膜パラメータが低い軸受である。より具体的には、たとえば低粘度油で回転速度が低い軸受への適用が考えられる。したがって軸受の種類は特に問わない。このため次に述べる軸受の全体構造の説明においては、一例として深溝玉軸受が示される。
【0012】
図1は、本実施の形態における深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。
図1を参照して、本実施の形態の深溝玉軸受1は、環状の外輪11と、中心線Cに関して外輪11の内側に配置された環状の内輪12と、外輪11と内輪12との間に配置された転動体としての複数の玉13と、外輪11、内輪12および複数の玉13を保持する円環状の保持器14とを有している。
【0013】
外輪11は、複数の玉13の外側において複数の玉13に接触するように配置されている。外輪11は、中心線Cに関する内側に形成される内周面に、外輪軌道面11Aを有している。内輪12は、複数の玉13の内側において複数の玉13に接触するように配置されている。内輪12は、中心線Cに関する外側に形成される外周面に、内輪軌道面12Aを有している。外輪軌道面11Aと内輪軌道面12Aとが互いに対向するように、外輪11と内輪12とが配置されている。
【0014】
複数の玉13は球形を有し、その表面に玉転動面13Aを有している。言い換えれば複数の玉13のそれぞれはその表面全体が玉転動面13Aである。複数の玉13は外輪軌道面11Aと内輪軌道面12Aとの間で転動するように構成されている。複数の玉13は玉転動面13Aにおいて、外輪軌道面11Aおよび内輪軌道面12Aに接触し、かつ保持器14により周方向にある間隔のピッチを有するように複数並んで配置される。これにより複数の玉13のそれぞれは、円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、深溝玉軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0015】
外輪11および内輪12に挟まれる空間、より具体的には外輪軌道面11Aおよび内輪軌道面12Aに挟まれる空間である軌道空間には、図示しないグリース組成物が封入されている。このグリース組成物により外輪11および内輪12の各々と玉13との間に油膜が形成されており、外輪11および内輪12の各々と玉13との間の潤滑状態が良好に保たれている。以下においては外輪11と内輪12とを合わせて軌道輪10と記述する。また以下においては外輪軌道面11Aと内輪軌道面12Aとを合わせて軌道面10Aと記述する。
【0016】
図2は、軌道面に形成された折り畳み部を上方から見た写真である。
図2を参照して、本実施の形態の深溝玉軸受1などの軸受において、軌道輪10は、高炭素クロム軸受鋼であるJIS規格に規定されるSUJ2およびSUJ3のいずれかにより形成される。あるいは軌道輪10は浸炭鋼により形成されてもよい。
【0017】
軌道面10Aには、折り畳み部20が形成されている。折り畳み部20の幅Wの最大値は1μm以下である。折り畳み部20の幅Wは、折り畳み部20の延びる方向(
図2の左右方向)に交差する方向(
図2の上下方向)の寸法である。以下、折り畳み部20について詳述する。
【0018】
図3は、軌道輪の試験用部材に負荷を加えることにより得られた凹部および凸部の第1例を上方から見た写真である。
図3を参照して、ここに示す軌道面10Aは、二円筒試験による荷重負荷後の態様である。軌道面10Aには、しわ状の凹凸が形成される。すなわち
図3に示すように、軌道面10Aには、2つの凹部G1,G2が形成されている。凹部G1および凹部G2は図の左右方向に延びており、いずれも図の上下方向に幅を有している。幅方向(
図3の上下方向)についての凹部G1および凹部G2のそれぞれの両隣に凸部が形成されている。つまり凹部G1に隣り合うように凸部P1および凸部P2が形成され、凹部G2に隣り合うように凸部P3および凸部P4が形成されている。以降では凹部は一律に凹部Gと表記し、凸部は一律に凸部Pと表記する。凹部Gおよび凸部Pは、二円筒試験の荷重移動方向(Rolling direction)に沿って延びている。
【0019】
図4は、軌道輪の試験用部材に負荷を加えることにより得られた凹部および凸部の第2例を上方から見た写真である。
図4は
図3と同一の試験用部材の軌道輪のうち
図3とは異なる箇所を示している。
図4を参照して、ここでの軌道輪の試験用部材は、二円筒試験機の駆動円筒により負荷が加えられる、二円筒試験機の従動円筒である。軌道面10Aには、
図3の凹部G1~G2と同様に、凹部Gが形成されている。また軌道面10Aには、
図3の凸部P1~P4と同様に、凸部Pが形成されている。
図4の軌道面10Aにおいて、凹部Gおよび凸部Pは、移動方向(Rolling direction)に沿って左上から右下に延びている。凸部Pの一部が、上方から鉛直に沿う方向に加える力により変形する。この上方からの力は、バニシングツールと同様に負荷を加えることが可能な、二円筒試験機の駆動円筒により加えられる。変形した凸部Pの一部が凹部G側に倒れる。これにより、凸部Pの一部は凹部Gに重畳する部分としての折り畳み部20として形成される。軌道面10Aにおいては、折り畳み部20の一部に切欠き21が形成されている。
【0020】
図5は、軌道輪の試験用部材に負荷を加えることにより得られた凹部および凸部の第3例を上方から見た写真である。
図5は
図3、
図4と同一の試験用部材の軌道輪のうち
図3、
図4とは異なる箇所を示している。
図5を参照して、
図4と同様に移動方向(Rolling direction)に沿って凹部Gと凸部Pとが形成される。凸部Pの一部(図の下側の領域)には凹部Gと重なる折り畳み部20が形成される。
図5の折り畳み部20にも凸部Pの圧延による切欠き21が形成されている。ただし
図5における切欠き21は、折り畳み部20に隠れて視認が困難である。
【0021】
図6~
図9を用いて、折り畳み部20の形成機構についてより詳細に説明する。
図6は、本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第1工程を示す模式図である。
図7は、本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第2工程を示す模式図である。
図6および
図7を参照して、ここには従動円筒である軌道輪10の試験用部材が示される。軌道輪10の軌道面10Aには、上方に延びる小突起部101が形成されている。小突起部101は軌道面10Aの表面粗さにより形成されている。駆動円筒30の、軌道面10Aに対向する面には、下方に延びる突起31が形成されている。突起31は駆動円筒30の加工面30Aの表面粗さにより形成されている。
【0022】
図6のように駆動円筒30が紙面奥行方向である移動方向Rに移動しながら、突起31が下方に力Fを加える。ここでの移動方向Rは、
図3~
図5の移動方向(Rolling direction)に相当する。このとき小突起部101は突起31に接触し、突起31により上方からの力が印加される。これにより
図7に示すように、軌道面10Aにはしわ状の凹凸が形成される。具体的には、軌道面10Aが突起31で下方に押し込まれるために、押し込まれた部分は下方に移動し、凹形状部102が形成される。凹形状部102は
図3~
図5の凹部G(凹部G1,G2)に相当する。また凹形状部102により下方に移動した領域に隣接する領域は、これとは逆に上方に動き、凸形状部103となる。凸形状部は
図3~
図5の凸部P(凸部P1~P4)に相当する。このように軌道面10Aの一部の領域が下方に押し込まれることで、それの周囲の領域において、周期的に上方に移動する領域と下方に移動する領域とが形成される。これにより、凹形状部102と凸形状部103とが複数交互に得られ、しわ状の凹凸が形成される。
【0023】
図8は、本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第3工程を示す模式図である。
図8を参照して、駆動円筒30の移動により、
図6の第1工程とは異なる他の突起、具体的にはたとえば軌道面10Aの凸形状部103が、力Fにより下方に押し込まれる。
【0024】
図9は、本実施の形態の折り畳み部を有する軌道面における、ピーリング初期き裂の形成メカニズムの第4工程を示す模式図である。
図9を参照して、押圧を受けた凸形状部103は、上方から鉛直に沿う方向に押圧されることで変形する。つまり凸形状部103は、鉛直方向の寸法が小さくなるように押し潰され、圧延されるように変形する。これにより、凸形状部103は平坦化部104となる。元々は凸形状部103であった平坦化部104は、その一部が、これに隣り合う凹形状部102側に倒れるように折り畳まれる。
図9においては、平坦化部104の左側の部分が、凹形状部102内に入り込むように食み出している。平坦化部104の左側の部分はその左に存在する凹形状部102内に入り込み、平面視にて平坦化部104が凹形状部102と重畳する。この平坦化部104が凹形状部102と重畳する領域が折り畳み部20である。なお
図9の平坦化部104の右側の部分にも、これの右側に凹形状部102が隣接し、そこと重畳する折り畳み部が形成される場合がある。このため折り畳み部20の幅の最大値は、その延在方向に直交する方向についての、凹形状部102と重なるように食み出した部分の寸法の最大値である。
【0025】
折り畳み部20の形成により、平坦化部104と凹形状部102との境界を起点とする切欠き21が形成される。切欠き21の先端21P(平坦化部104と凹形状部102との境界とは反対側の、
図9の右側の端部)には応力集中が生じるため、それにより初期き裂25が発生する。初期き裂25が発生すれば、たとえば切欠き21の先端21Pから初期き裂25が軌道輪10内を概ね
図9の左側から右側へ進行することがある。このようになればピーリングが発生する。すなわち
図9のようにき裂が進展したピーリング部26が形成される。ピーリングは、初期き裂と軌道面10Aとの間の薄い領域が軌道輪10から剥がされる現象である。
【0026】
以上のようにバニシング加工などの塑性加工がなされる軌道面10Aおよびこれに隣接する比較的浅い領域において、表層のマクロな塑性変形により、圧縮残留応力が生じる。このため軌道面10Aにおける残留応力(圧縮残留応力)が700MPa以上となる。具体的には、残留応力が700MPa以上であるとは、軌道面10Aそのものについて任意の3カ所について測定した平均値が700MPa以上であることを意味する。
【0027】
次に、本実施の形態の作用効果について説明する。
本実施の形態に係る軸受は、軌道面10Aが形成された軌道輪10を備える。軌道面10Aの残留応力は700MPa以上である。軌道面10Aに形成された凹部Gに凸部Pの一部が重畳した部分としての折り畳み部20が形成されている。折り畳み部20の幅Wの最大値は1μm以下である。
【0028】
本実施の形態の発明者は鋭意研究の結果、軌道面10Aの塑性加工により軌道面10Aに形成される折り畳み部20の幅Wを小さくすることにより、軌道面10Aのピーリングの発生を抑制できるという新しい知見を得た。塑性加工(バニシング加工)により形成された軌道面10Aの折り畳み部20の幅Wが小さくなることで、折り畳み部20を起点とする初期き裂25の進展が抑制される。折り畳み部20により通常、上記の切欠き21および初期き裂25が形成されると考えられる。初期き裂25が進展すればピーリングが起こる。このため初期き裂25の進展が抑制されれば、軌道輪10のピーリングの発生も抑制できる。このようになれば、希薄潤滑条件下であっても軸受の折り畳み部20から発生するピーリングを起点とした軌道面10Aの早期剥離を抑制し、軸受の寿命の低下を抑制できる。以下、これについて補足説明する。
【0029】
図6~
図9にて述べたように、折り畳み部20は軌道面10Aに元々存在する粗さ成分の凹凸、または駆動円筒30などの相手部品の粗さ成分が転写されて発生した凹凸が、塑性変形により変形したものである。特に研磨面(超仕上げ加工がなされていない表面)に対して塑性加工としてのたとえばバニシング加工がなされれば、塑性加工により粗さ成分のうち特に凸形状部103が折り畳まれることが確認されている。一方、軌道面10Aを超仕上げ加工する場合には、当該加工工程において大きな折り畳み部20は形成されない。
図10は、超仕上げ加工後の軌道面に形成された折り畳み部を上方から見た写真である。
図10を参照して、超仕上げ加工された軌道面10Aでは、仮に確認されるとしても、折り畳み部の幅の最大値は0.1μm程度と比較的小さい。したがって折り畳み部の幅が0.1μm程度(いわゆるサブミクロンレベルの大きさ)であれば、バニシング加工によるピーリング寿命の低下を抑制できる。この観点から、折り畳み部20の幅が1μm以下であれば、ピーリング寿命の低下を抑制できる。
【0030】
上記のように、折り畳み部20は塑性加工前の軌道面10Aの凹凸形状が基になり形成される。このため製造方法としては、塑性加工前の軌道面10Aの凹凸を小さくすることが好ましい。これにより、折り畳み部20を小さくすることができる。
図11は、バニシング加工前の表面粗さRaが0.223μmの軌道面のバニシング加工後の折り畳み部を上方から見た写真である。
図11を参照して、上記軌道面10Aのバニシング加工後に形成された折り畳み部20の幅Wの最大値は1.6μmであった。
図12は、バニシング加工前の表面粗さRaが0.417μmの軌道面のバニシング加工後の折り畳み部を上方から見た写真である。
図12を参照して、上記軌道面10Aのバニシング加工後に形成された折り畳み部20の幅Wの最大値は6.3μmであった。
図11および
図12から、バニシング加工後の折り畳み部20の幅Wの最大値は、バニシング加工前の表面粗さRaの数値の10倍程度となる。表面粗さRaは、JIS規格に規定される、基準長さの範囲内における粗さの絶対値の平均を表わす。
【0031】
したがって折り畳み部20を1μm以下とする観点からは、塑性加工前の軌道面10Aの最大高さRzを小さくすることが好ましい。より具体的には、塑性加工前の軌道面10AのRzは1μm以下であることが好ましく、その中でも0.5μm以下であることがいっそう好ましい。最大高さRzは、JIS規格に規定される、基準長さの範囲内における輪郭曲線の中で最も高い山の高さと最も深い谷の深さとの和を表わす。
【0032】
バニシング加工は表面の粗さ成分を塑性変形させることにより平滑化する。このためバニシング加工により軌道面10Aに形成される折り畳み部20の幅Wなどの大きさは、加工前の軌道面10Aの粗さの影響を受ける。加工前の軌道面10Aの粗さを十分に小さくする(平坦に近くする)ことで、バニシング加工後の折り畳み部20を小さくできる。折り畳み部20は通常初期き裂25を有することから、折り畳み部20は初期き裂25であるとも考えられる。このようにすれば、初期き裂25の進展によりピーリング部26が形成されるため、初期き裂25すなわち折り畳み部20が小さいほど、初期き裂25は進展しにくく、ピーリングは起こりにくくなる。以上により、折り畳み部20の幅を小さくすることにより、折り畳み部20(初期き裂25)の幅が大きい場合に比べて、ピーリング寿命を長くできる。
【0033】
き裂進展であるピーリングの有無は基本的にはき裂の長さで決まる。初期き裂25は
図9のように、折り畳み部20の幅方向に延びるよう形成される。このため、折り畳み部20の長さよりもその幅Wの大小が重要となる。
【0034】
上記軸受において、軌道面10Aのバニシング加工前の表面粗さRaは0.2μm以下であってもよい。バニシング加工前の軌道面10Aの表面粗さRaが0.2μm以下であれば、バニシング加工後(最終製品)における軌道面10Aの表面粗さRaは通常0.1μm未満である。上記のように最終製品における折り畳み部20の幅Wは表面粗Raの10倍程度となるため、当該特徴により、最終製品における軌道面10Aの折り畳み部20の幅Wの最大値を1μm以下とできる。なお、上記数値範囲の中でも、軌道面10Aのバニシング加工前の表面粗さRaは、特に0.15μm以下であることが好ましく、その中でも0.12μm以下であることがさらに好ましい。その結果、バニシング加工後の最終製品においては、表面粗さは0.08μm以下であることが好ましく、その中でも0.06μm以下であることがさらに好ましい。
【0035】
上記軸受において、軌道面の任意の100μm×100μmの範囲内において、前記折り畳み部の面積比率は5%以下であってもよい。これは軌道面10Aからどのように100μm×100μmの範囲を抽出したとしても、その中での折り畳み部の面積比率が5%以下となることを意味する。上記のように折り畳み部20の幅の大小が、軸受の寿命に大きく影響する。一方で、ピーリング部26の面積がある程度以上に大きくなれば、軸受の機能に影響を及ぼす。このため上記のように折り畳み部20の面積を小さくすれば、ピーリング部26の面積(長さ)を小さくすることができる。これにより、軸受の機能の低下を抑制できる。
【0036】
その他、上記軸受は以下の特徴を有してもよい。
図13は、バニシング加工前の、軌道面に研磨目が形成された態様を示す概略平面図である。
図13を参照して、上記軌道面10Aには、バニシング加工前において、複数の研磨目40が形成されている。バニシング加工は研磨目40の延びる方向に沿ってなされ、通常折り畳み部20は研磨目40の延びる方向に沿って形成される。軌道面10Aの任意の100μm×100μmの範囲内において、複数の研磨目40のうち1つの研磨目40に形成される折り畳み部20を1つと考えれば、折り畳み部20の数は5つ以下である。たとえば
図13のように、単一の研磨目40に間隔をあけて複数の折り畳み部20が形成される場合、これは1つの折り畳み部20であると考える。したがって、実際には100μm×100μmの範囲内における折り畳み部20が6つ以上となる場合がある。このようにすることによっても、折り畳み部20の面積比率が5%以下である場合と同様の作用効果が得られる。
【0037】
上記のように折り畳み部20は初期き裂25であると考えられる。このため折り畳み部20の数が少なくなることで、初期き裂25同士の連結による広範囲のピーリングの発生を抑制できる。広範囲のピーリングは、ピーリングを起点とした軌道面10Aの大規模な剥離に繋がり、軸受の継続使用が不可能となる。このため軸受の寿命の低下を抑制できる。初期き裂25同士の連結は、初期き裂25が折り畳み部20の幅方向に延びて他の初期き裂25と繋がることにより生じる。このため同一の研磨目40上の複数の折り畳み部20の初期き裂25同士が連結する可能性は少ない。
【0038】
なお、上記の各パラメータの測定方法は次の通りである。圧縮残留応力は、軸受部品の表面の一部を切り出した後、その表面を電解研磨し、X線回折装置を用いることにより測定できる。折り畳み部20の幅および面積は、測定しようとする軌道面10Aの領域を切り出した後、当該軌道面10Aをたとえば測長用のSEM(Scanning Electron Microscope)で観察しながら計測される。軌道面10Aの表面粗さRa、最大高さRzは、たとえば共焦点型のレーザ顕微鏡で軌道面10Aの表面形状を測定し、その表面形状を基に算出される。
【0039】
以上においては凹部Gに凸部Pが重畳した部分として、
図6~
図9の工程により形成された折り畳み部20を用いて説明している。ただし本実施の形態における「重畳した部分」は
図6~
図9の工程により形成されたいわゆる「折り畳み部」に限らず、それ以外の過程により生じた、軌道面10Aが部分的に2重以上に重なった部分を全て含むものとする。
【0040】
以上に述べた実施の形態(に含まれる各例)に記載した特徴を、技術的に矛盾のない範囲で適宜組み合わせるように適用してもよい。
【0041】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0042】
1 深溝玉軸受、10 軌道輪、10A 軌道面、11 外輪、11A 外輪軌道面、12 内輪、12A 内輪軌道面、13 玉、13A 玉軌道面、14 保持器、20 折り畳み部、21 切欠き、21P 先端、25 初期き裂、26 ピーリング部、30 駆動円筒、30A 加工面、31 突起、40 研磨目、101 小突起部、102 凹形状部、103 凸形状部、104 平坦化部、G,G1,G2 凹部、P,P1,P2,P3,P4 凸部、R 移動方向。