(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024023059
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】ウイルス不活化剤
(51)【国際特許分類】
A01N 31/02 20060101AFI20240214BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20240214BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
A01N31/02
A01P1/00
A01N25/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126613
(22)【出願日】2022-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平間 結衣
(72)【発明者】
【氏名】大西 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】森 卓也
(72)【発明者】
【氏名】石田 浩彦
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AA04
4H011BB03
4H011DA13
4H011DE15
(57)【要約】
【課題】環境中に存在するウイルスの不活化を可能とする、ウイルス不活化剤を提供する。
【解決手段】3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを有効成分とするウイルス不活化剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを有効成分とするウイルス不活化剤。
【請求項2】
ウイルスがエンベロープを有するRNAウイルスである、請求項1に記載のウイルス不活化剤。
【請求項3】
ウイルスがインフルエンザウイルスである、請求項1又は2に記載のウイルス不活化剤。
【請求項4】
液相においてウイルスを不活化する、請求項1~3のいずれか1項に記載のウイルス不活化剤。
【請求項5】
3-メチル-3-メトキシブタノールを8%(v/v)以上及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを0.2%(v/v)以上含有するウイルス不活化組成物。
【請求項6】
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを含有し、3-メチル-3-メトキシブタノールの含有量が2-エチルヘキシルグリセリルエーテル1質量部に対して10質量部以上200質量部以下であるウイルス不活化組成物。
【請求項7】
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物をウイルス汚染が懸念される対象に適用する、ウイルス不活化方法。
【請求項8】
適用形態が加圧空気霧化噴霧装置、霧化装置及び拡散装置のいずれかから選ばれる噴霧器を用いて噴霧する形態であって、前記噴霧器の噴出口から噴霧方向に15cmの地点における噴霧粒子の平均粒子径が5μm以上500μm以下である請求項6記載のウイルス不活化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスを不活化するウイルス不活化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス感染症は、感冒症状を始め、肺炎、肝炎、脳炎等の重篤な症状を引き起こす疾患であり、人類にとって永遠の脅威となっている。近年では、インフルエンザウイルスが世界的に猛威を振るい、時には、抗原性が変化した新型インフルエンザの発現によってパンデミックを起こす場合もある。また、2019年には、SARSコロナウイルス-2(SARS-CoV-2)が出現し、パンデミックを引き起こして、生命や健康のみならず、経済活動、社会機能にまで影響を及ぼしている。
【0003】
このような事態に対応するために、ワクチンや抗ウイルス剤の開発があるが、ワクチンや治療薬の開発には時間が掛かり、また必ずしも成功するとは言えない。
ウイルスは、感染者によって生活空間へ持ち込まれた場合に、患者から直接、あるいは衣服、各種器具・部材、壁やエアコン等の設備を含む環境を介して、感染が拡大する。したがって、ウイルスが付着し得る手指、衣服、各種器具・部材を洗浄・消毒することによる除ウイルスやウイルス不活化を図ることや、生活空間に飛沫したウイルス及びエアロゾルとして空間中に漂うウイルスを不活化することが感染拡大を防ぐために有効であると考えられている。
【0004】
従来、エタノール、次亜塩素酸ソーダ、二酸化塩素、グルタルアルデヒド等が、ウイルスを不活化することを目的として使用されている(例えば、特許文献1)。しかし、これら一般的な消毒剤は、粘膜や皮膚への刺激性が高いため、安全上の問題から使用用途が限られる。また、空間に存在するウイルスを化学的に不活化する方法として、二酸化塩素を散布することも考案されているが、その効果は確かなものではない。
【0005】
3-メチル-3-メトキシブタノールは、アルコール系溶剤の一つで、家庭品、印刷、農薬、自動車等に使われている。3-メチル-3-メトキシブタノールは、リードディフューザーの溶剤として使用されることも多い。
また、2-エチルヘキシルグリセリルエーテルは、各種油性成分と高い相溶性を示すことから、洗浄効果向上剤、可溶化剤、増粘剤等として洗浄剤や化粧品に使われている。2-エチルヘキシルグリセリルエーテルにはグラム陽性菌や真菌類に対して抗菌作用があることが知られている。
特許文献2には、グリコール系溶剤と、アルキルグリセリルエーテル型界面活性等の非イオン界面活性を含むウイルス不活性化剤組成物が開示されている。しかしながら、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの併用によるウイルスに対する作用については何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表平4-502616号公報
【特許文献2】特開2022-26762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、環境中に存在するウイルスの不活化を可能とする、ウイルス不活化剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを組み合わせると、これらを単独で使用するよりもウイルスを不活化する効果が増強し、ウイルス不活化剤として有用であることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の1)~2)に係るものである。
1)3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを有効成分とするウイルス不活化剤。
2)3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物をウイルス汚染が懸念される対象に適用する、ウイルス不活化方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のウイルス不活化剤によれば、生活環境中の硬質・軟質表面に付着したウイルス、生活空間に飛沫したウイルス、エアロゾルとして空間中に漂うウイルス等を不活化でき、当該ウイルスによる感染の拡大を防止又は低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の3-メチル-3-メトキシブタノールは、3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノールとも呼ばれ、次の化学式で表される化合物(CAS登録番号:56539-66-3)である。
【0012】
【0013】
本発明の2-エチルヘキシルグリセリルエーテルは、3-(2-エチルへキシルオキシ)―1,2-プロパンジオール、グリセリンモノ2-エチルへキシルエーテルとも呼ばれ、グリセリンと2-エチルヘキシルアルコールのエーテルであり、次の化学式で表される化合物(CAS登録番号:70445-33-9)である。
【0014】
【0015】
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルは、市販のものを購入することができる。例えば、富士フイルム和光純薬、東京化成工業等から入手することが可能である。或いは、化学合成によって、該市販品と同一物質又はそれを含む組成物を製造することが可能である。
【0016】
本発明の3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルは、液相状態でも気相状態でも使用できるが、ウイルス不活化効果の点から、液相状態で使用するのが好ましい。
【0017】
本発明のウイルス不活化剤の対象となるウイルスは、核酸の種類(RNA、DNA)及びエンベロープの有無を問わず、すべての種類のウイルスが含まれる。
エンベロープを有するウイルスとしては、核酸としてRNAを有する、インフルエンザウイルス;コロナウイルス;SARSコロナウイルス;SARSコロナウイルス-2;RSウイルス;ムンプスウイルス;ラッサウイルス;デングウイルス;風疹ウイルス;ヒト免疫不全ウイルス、核酸としてDNAを有する、ヒトヘルペスウイルス;ワクシニアウイルス;B型肝炎ウイルス等が挙げられる。
また、エンベロープを有さないウイルスとしては、核酸としてRNAを有する、ノロウイルス;ポリオウイルス;エコーウイルス;A型肝炎ウイルス;E型肝炎ウイルス;ライノウイルス;アストロウイルス;ロタウイルス;コクサッキーウイルス;エンテロウイルス;サポウイルス、核酸としてDNAを有する、アデノウイルス;B19ウイルス;パポバウイルス;ヒトパピローマウイルス等が挙げられる。
【0018】
このうち、エンベロープを有するウイルスが好ましく、エンベロープを有し核酸としてRNAを有するウイルスがより好ましく、インフルエンザウイルス、ヒトコロナウイルス、SARSコロナウイルス、SARSコロナウイルス-2がより好ましい。
なお、SARSコロナウイルス-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2,;SARS-CoV-2)は、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルスである。
【0019】
本発明において、ウイルスの不活化とは、ウイルスの活性を低減又は消失し、宿主細胞への感染力を消失させる作用を意味する。
なお、ウイルスの不活化作用は、例えば、試験品とウイルスを接触させた後、ウイルスを宿主細胞に感染させ、そのウイルス感染価を測定すること等により確認することができる。ここで、宿主細胞としては、対象となるウイルスが増殖可能な細胞であればよく、インフルエンザウイルスであれば、例えばイヌ腎臓細胞(MDCK)、アフリカミドリザル腎臓上皮細胞(Vero)、アヒル胚性幹細胞由来株化細胞(EB66)、ヒトコロナウイルスであれば、例えばヒト回盲腺癌細胞(HCT-8)、アフリカミドリザル腎臓上皮細胞(VeroE6)、ヒト肝臓がん由来株化細胞(Huh7)を用いることができる。
【0020】
後述する実施例に示すように、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの組み合わせは、インフルエンザウイルスに対して優れたウイルス不活化効果を示す。しかもその効果は、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルそれぞれ単独での効果と比べて優れ、且つ、それぞれ単独で添加した際の効果の相加を超え、相乗的効果であると云える。一方、プロピレングリコールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの組み合わせによるウイルス不活化作用の増強は認められなかった。
したがって、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの組み合わせは、ウイルス不活化剤、好ましくは液相においてウイルスを不活化するウイルス不活化剤となり得る。或いは、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの組み合わせは、ウイルス不活化剤、好ましくは液相においてウイルスを不活化するウイルス不活化剤を製造するために使用することができる。
また、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの組み合わせは、ウイルスを不活化するために、好ましくは液相においてウイルスを不活化するために使用することができる。
【0021】
本発明において、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルはどちらを先に適用しても、同時に適用してもよい。両剤を同時に適用しない場合、両剤の適用間隔は、3-メチル-3-メトキシブタノール又は2-エチルヘキシルグリセリルエーテルのウイルス不活化作用の増強効果を奏するかぎり適宜選択しうる。
3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを組み合わせてなる剤は、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを配合剤として一の剤型に製剤化したものでも、また単独に製剤化したものを同時に又は間隔を空けて別々に使用できるようにしたキットであってもよい。なかでも、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを配合剤として一の剤型に製剤化し、同時に適用することが好ましい。
【0022】
本発明のウイルス不活化剤は、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを含む組成物(例えば、ウイルス不活化組成物、衛生用品組成物等)の形態であってもよい。すなわち、本発明のウイルス不活化剤は、ウイルス不活化効果を発揮するウイルス不活化組成物や衛生用品組成物となり、或いはこれらへ配合するための素材又は製剤となり得る。
【0023】
上記ウイルス不活化組成物は、液相又は気相の状態で使用されるものを包含する。
液相状態で使用されるウイルス不活化組成物は、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの他、基剤、次亜塩素酸、過酸化水素、銀イオン化合物等の抗菌性物質や、カチオン性抗菌剤(塩化ベンゼトニウム等)、殺菌剤(トリクロサン、イソプロピルメチルフェノール等)、界面活性剤等を含んでいてもよい。また、ウイルス不活化組成物は、キレート剤、保湿剤、潤滑剤、ビルダー、緩衝剤、研磨剤、電解質、漂白剤、香料、染料、発泡制御剤、腐食防止剤、精油、増粘剤、顔料、光沢向上剤、酵素、洗剤、溶媒、分散剤、ポリマー、シリコーン、向水性物質等の添加剤を適宜配合することにより調製される。斯かる組成物の形態としては、液状、乳液状、クリーム状、ローション状、ペースト状、ジェル状、シート状(基剤担持)、オイル状等の形態であり得るが、これらに限定されない。
当該ウイルス不活化組成物は、各種洗浄剤(衣料用洗浄剤、住居用洗浄剤、食器用洗浄剤、洗髪剤、手指洗浄剤、全身用洗浄剤等)、消毒剤等に適宜配合して使用することができる。
【0024】
気相状態で使用されるウイルス不活化組成物(例えば、空間ウイルス不活化組成物)は、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの他、基剤及び各種添加剤(界面活性剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、防腐剤、消臭剤、天然抽出物、シリコーン、増粘剤、染料、顔料、色素、油剤、香料等)を配合することにより調製できる。斯かる組成物の形態としては、液状又はゲル状等が挙げられるが、液状であるのが好ましい。
【0025】
本明細書において、基剤としては、油性又は水性の別を問わず、水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、プロピレングリコール、トリエチレングリコール、ジメチルエーテル、液体プロパン、ワセリン、ラノリン、ヒマシ油、パラフィン系炭化水素(例えば、流動パラフィン等)等の従来公知のものが挙げられる。これら基剤は単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
また、香料としては、例えば、炭化水素類、アルデヒド類、ケトン類、アルコール類、フェノール類、ラクトン類、エステル類、エーテル類、チオール類等が挙げられる。
なおウイルス不活化組成物をゲル状製剤とする場合は、例えば、カラギーナン、ジェランガム等の水溶性ゲル化剤、金属石鹸、オクチル酸アルミニウム等の油溶性ゲル化剤等、天然ゲル化剤又は合成ゲル化剤を従来公知の方法に従って、適宜添加することにより調製できる。
【0026】
上記衛生用品組成物としては、例えばローション、クリーム、シャンプー、ヘアコンディショナー、ハンドソープ、ボディシャンプー、洗顔料、入浴剤、フォーム、制汗剤、消臭剤、腋臭防止剤、口腔衛生用品(洗口液、歯磨、口中清涼剤、うがい薬等)等が挙げられる。
当該組成物は、化粧料等として許容される担体(例えば、希釈剤、分散剤、緩衝剤、pH調整剤、乳化剤、界面活性剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、保湿剤、増粘剤、殺菌剤、香料等)を適宜組み合わせて常法により調製することができる。
【0027】
本発明のウイルス不活化剤を組成物として使用する態様における前記有効成分の含有量は、組成物の形態に応じて適宜決定できるが、ウイルス不活化の観点から、組成物の総量に対する3-メチル-3-メトキシブタノールの含有量は、好ましくは5v/v%以上、より好ましくは8v/v%以上である。
また、組成物の総量に対する2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの含有量は、ウイルス不活化の観点から、好ましくは0.1v/v%以上、より好ましくは0.2v/v%以上である。
【0028】
本発明において、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの組み合わせの割合は、ウイルス不活化の観点から、2-エチルヘキシルグリセリルエーテル1質量部に対して、3-メチル-3-メトキシブタノールは、好ましくは10質量部以上、より好ましくは15質量部以上、さらに好ましくは20質量部以上であり、また、好ましくは200質量部以下、より好ましくは150質量部以下、さらに好ましくは100質量部以下である。
【0029】
本発明のウイルス不活化剤によれば、ウイルスで汚染された動物の皮膚若しくは粘膜や無生物対象物の硬質又は軟質表面、廃棄物等の物体に付着した当該ウイルスの不活化や生活空間に飛沫したウイルスの不活化が可能となる。ここで、無生物対象物の表面としては、例えば、家庭や事業施設における、カウンタ、シンク、化粧室、トイレ、浴槽、シャワー台、床、窓、ドアノブ、壁、下水口、パイプ、ゴミ集積場等の硬質表面;塵芥車、衛生車などの特殊車両のゴミ投入口、作業表面、スイッチ表面等の硬質表面;鉄道車両、航空機体などの運輸車両の床、手すり、ドア表面等の硬質表面;キッチン用品、家具、電話、玩具等の各種器具、道具、雑貨等の硬質表面;繊維製品(カーペット、エリアラグ、カーテン、座席、布製家具、衣類等)等の軟質表面が挙げられる。
廃棄物としては、一般廃棄物(食材残渣、ティッシュペーパー、マスク等の家庭廃棄物)、産業廃棄物(汚泥、糞尿、医療廃棄物等)が挙げられる。廃棄物が袋に内包されている場合、袋表面を対象としても良い。
また、生活空間としては、ダイニングキッチン室、寝室、子供室、浴室、トイレ等の一般家庭内、販売店、食堂、旅館、病院、作業場、工場、家畜飼育場等の施設内、自動車、電車、航空機等の乗り物内、準密閉空間(ロッカー、物置、押入れ等;収納箱(おもちゃ用、カラオケ用マイク用、食器用、調味料用、筆記具用、文房具用))等が挙げられる。
【0030】
本発明のウイルス不活化剤において、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物は、ウイルス汚染が懸念される対象に適用されるが、その態様は特に限定されず、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を液相又は気相でウイルスと接触又は反応させればよい。
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを液相でウイルスと接触させる方法としては、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を処理対象にそのまま塗布する方法、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を拡散させて処理対象に振りかける方法、或いは、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を含浸させたシート、ガーゼ、タオル、おしぼり、ティッシュ、ウエットティッシュ等で対象表面を拭き取る方法等、の何れでもよい。
また、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を、例えば、トリガースプレー容器(直圧又は蓄圧型)やディスペンサータイプのポンプスプレー容器、耐圧容器を具備したエアゾールスプレー容器等の公知のスプレー容器に充填し、噴霧量を適宜調整して処理対象に噴霧する方法が挙げられる。また、加圧空気霧化噴霧装置、ネブライザー、ディフューザー等の霧化装置、ウオッシャーノズルやミスト機等の拡散装置に充填し、ウイルスが存在する空間中に噴霧する方法が挙げられる。ウイルス存在する空間中に霧状に散布して用いることによって、揮散速度を速めることができ、迅速にウイルス不活化効果を発揮させることができる。本発明においては、ウイルス汚染が懸念される対象へ適切に3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を届ける観点から、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を加熱しない状態(非加熱の状態)で噴霧することが好ましい。
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を処理対象に非加熱の状態で噴霧する際、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を噴射する噴射部と物体との距離は、組成物を噴霧できる範囲であれば特に限定されないが、ウイルス不活化効果を十分発揮させる観点から、好ましくは3m以内、さらに好ましくは1m以内である。
【0031】
噴霧粒子の平均粒子径は、狙った場所に噴霧できるよう、気流の影響を受けにくくする観点から、好ましくは5μm以上、より好ましくは10μm以上、更に好ましくは50μm以上であり、また、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物の使用量を抑えつつ満遍なく噴霧する観点及び揮発して空間中のウイルス不活化しやすくする観点から、好ましくは500μm以下、より好ましくは200μm以下、更に好ましくは150μm以下、更に好ましくは100μm以下である。ここで、噴霧粒子の平均粒子径は、レーザー回折式粒子分析計により測定される体積基準のメジアン径(D50)であり、後述する実施例に記載の方法で測定できる。
【0032】
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物を気相でウイルスと接触又は反応させる方法としては、例えば、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを強制揮散させる形態が挙げられる。これにより、生活空間に存在するウイルスを不活化でき、簡便に空間のウイルス除去(除ウイルス)が行える。
3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを強制揮散させて用いる場合、斯かる手段としては、例えば、ファン等を用いて揮散させる方法、ヒーター等を用いた加熱揮散方法、超音波によって揮散させる方法等が挙げられる。
なお、空間除ウイルス処理を行う場合、3-メチル-3-メトキシブタノール及び2-エチルヘキシルグリセリルエーテル、又はこれらを含有する組成物の使用量は、処理の態様、気温・湿度等の空間環境等によって適宜調整できる。
【実施例0033】
試験例1 液相でのインフルエンザウイルスの不活化
1)供試ウイルス
Influenza A virus(H1N1,A/PR/8/34)ATCC VR-1469
【0034】
2)試験ウイルス液の作製
T175フラスコにてMDCK細胞をコンフルエント状態(2×107 cells/フラスコ)に培養し、PBSにて洗浄後、終濃度2μg/mLアセチルトリプシンと50μg/Lゲンタマイシンを添加したSerum Free Medium(Gibco, Hybridoma Serum Free Medium、P/N 123-00067、以下SFMと記載)40mLにMOI=0.001となる量のInfluenza A virus(H1N1,A/PR/8/34)を添加し、細胞に感染させた。5% CO2下、37℃で約48時間培養後、細胞培養上清を回収し、遠心処理(800g/10min at 4℃)した上清を再度遠心処理(13,000g/120min at 4℃)し、上清を除去することで、ウイルス濃縮塊(沈殿物)を得た。ウイルス濃縮塊をSFMに再懸濁した後、さらに遠心処理(800g/10min at 4℃)を実施し、上清を回収することでInfluenza A virus液を得た。Influenza A virus液のウイルス力価をFocus assay法にて測定し、測定結果をもとに1.3×108 FFU/mLにウイルス力価を調整した液を試験ウイルス液とした。
【0035】
3)試験液及び対照液の作製
試験液は、滅菌チューブに3-メチル-3-メトキシブタノール(クラレ製)、プロピレングリコール(富士フイルム和光純薬製)、2-エチルヘキシルグリセリルエーテル(富士フイルム和光純薬製)をウイルスと反応する際の終濃度%(v/v)がそれぞれ表1に示す濃度になるように十分に撹拌して調製した。試験液および対照液として用いた蒸留滅菌水(Invitrogen, P/N 10977)は滅菌チューブに45μL分注し、いずれも試験に供するまで室温で静置した。
【0036】
4)試験操作
(i)試験液あるいは対照液45μLにそれぞれの試験ウイルス液5μLを添加し、直ちにボルテックスミキサーで5秒間攪拌後、静置した。
(ii)接触(試験ウイルス液添加)から5分後、SFMで20倍希釈し、ボルテックスミキサーで10秒間攪拌することで反応を停止した。さらにSFMにて適宜段階希釈した。
(iii)SFMで希釈した液500μLを12well plateにコンフルエント状態にしたMDCK細胞に接種した。
(iv)18~22時間後、接種させた溶液の感染力価(FFU/mL)を測定した(Focus assay)。
【0037】
5)Log減少量の算出
対照液の感染力価の対数値から試験液の感染力価の対数値を差し引くことで、表1に示すlog減少量を得た。
【0038】
【0039】
試験例2 液相でのインフルエンザウイルスの不活化
3-メチル-3-メトキシブタノール(クラレ製)、2-エチルヘキシルグリセリルエーテル(花王製)、香料(蟻酸シス-3-ヘキセニル(シグマアルドリッチ製)、酢酸ヘキシル(富士フイルム和光純薬製))を用いて、試験例1記載と同様の方法にて、終濃度%(v/v)が下記表2の通りになるように調製した試験液のインフルエンザウイルスの不活化効果を評価した。
【0040】
【0041】
表1及び表2に示すとおり、3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルの併用は、これらを単独で用いた場合と比べて優れたウイルス不活化効果を示した。3-メチル-3-メトキシブタノールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを併用して添加した場合のlog減少量は単独の活性を足した場合の活性値より大きかったことから、これら組み合わせによるウイルス不活化への効果は相乗的であった。一方、プロピレングリコールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを併用して添加した場合のlog減少量は単独の活性を足した場合の活性値より小さく、プロピレングリコールと2-エチルヘキシルグリセリルエーテルを組み合わせることによるウイルス不活化作用の増強は認められなかった。
【0042】
試験例3 噴霧形態でのインフルエンザウイルスの不活化
36L容積のアクリル容器内(商品名、アズワン製吸引ボックス10L 350×490×240mm)にてウイルス不活性試験を行った。インフルエンザウイルス液(1.2×108FFU/mL)はコンプレッサー式ネブライザー(NE-C803、オムロン製)で噴霧した。表2の実施例14に示す組成の試験液を調製し、アクリル容器内に蓋の中央部の穴から噴霧器で噴霧した。噴霧器本体は工進製ミスターオート2.5Lを使用し(最大圧力約0.3MPa)、先端ノズル部は微細ミスト用ノズル(霧のいけうち製、空円錐ノズルKB8010N)に変更した。対照として、試験液を噴霧しない条件で評価を行った。
具体的には、試験液と試験ウイルス液を同時に10秒間アクリルボックス内で噴霧し10秒間静置した。容器空間内に浮遊しているウイルスはアスピレーターを用いてバブラー(柴田科学製)内の計3mLのSFMに3分間回収した。試験開始から3分20秒後に事前にアクリル容器の底面に設置しておいた2枚の直径6cmのディッシュ(AGCテクノグラス社製)に落下したウイルスを、ディッシュ1枚当たり1.5mLのSFMで回収し、合わせて3mLとした。回収ウイルス液を希釈後、あらかじめ12穴プレートで培養していたMDCK細胞(イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来)に接種し、37℃、5%CO2条件下で約18時間培養後、形成されたフォーカス数を測定し、ウイルス感染力価を測定した。
対照の感染力価の対数値から試験液の感染力価の対数値を差し引くことで、表3に示すlog減少量を得た。
【0043】
【0044】
表3に示すとおり、実施例14に示す組成の試験液を噴霧することにより、空間の浮遊ウイルス及び落下ウイルスの両方に対しウイルス不活化効果を示した。
また、実施例14に示す組成の試験液の噴霧の体積基準のメジアン径(D50)を下記条件に従い測定したところ59.3μmであった。
<D50の測定条件>
レーザー回折式粒度分布測定装置(メーカー:マルバーン社製スプレーテック)、使用レンズ300mm
噴霧方向:水平方向に噴霧
測定エリア:噴霧器の噴出口から水平(噴霧方向)に15cmの地点が測定エリアとなるよう、測定装置を配置
サンプリング時間:1s
なお、上記と同様に、表2の実施例6及び11に示す組成の試験液を調製し、噴霧器で噴霧した際の体積基準のメジアン径(D50)を測定したところ、実施例6は59.1μm、実施例11は58.8μmであった。
【0045】
試験例4 SARS-CoV-2の不活化
SARS-CoV-2はhCoV-19/Japan/TY11-927/2021を試験ウイルス株として用いた。ウイルス液には反応時の終濃度が1.5%(v/v)となるようにモデル汚濁物質のニュートリエント培地(Difco)を添加した。反応は、表2の実施例14に示す組成の試験液27μLにウイルス液3μLを添加して混合した。室温で5分間反応させ、5分後に細胞維持培地(ダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク株式会社)に牛胎児血清 2%、ペニシリン 100U/mL、ストレプトマイシン 100μg/mL、ジェネティシンG418 1mg/mLを加えたもの)を用いて20倍に希釈し細胞維持培地を用いて3倍ずつ段階希釈した。あらかじめ96穴プレートで培養していたVeroE6/TMPRSS2細胞に、1穴あたり希釈した反応液100μLを接種し、37℃、5%CO2条件下で約1時間感染させた。感染後、希釈液をすべて除去し、細胞維持培地を用いて2回洗浄し、新たな細胞維持培地を入れ3日間培養した。培養後、倒立位相差顕微鏡を用いて細胞の形態変化(細胞変性効果:CPE)の有無を観察し、Behrens-Karber法により50%組織培養感染量(TCID50)を算出して反応液 1mL当たりのウイルス感染価に換算した。水と反応させた際の感染力価を対照とし、反応液のウイルス不活化活性を下記式より算出した。試験は4重測定で実施してTCID50を算出し、それぞれの試験条件について結果の整合性を確かめるために2重測定で再度、試験を実施しTCID50を算出し2回の測定結果が一致することを確認した。
ウイルス不活化効果(log減少値)=対照のlogTCID50/mL-反応液のlogTCID50/mL
【0046】
実施例14に示す組成の試験液はSARS-CoV-2に対して、3.1log以上のウイルス不活化効果を示した。