(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024023091
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】固相担体及び対象物の測定用キット
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20240214BHJP
G01N 21/41 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N21/41 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126678
(22)【出願日】2022-08-08
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】308036402
【氏名又は名称】株式会社JVCケンウッド
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100114937
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 裕幸
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(72)【発明者】
【氏名】小野 雅之
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 禎也
(72)【発明者】
【氏名】矢野 隆章
(72)【発明者】
【氏名】岡田 昌也
【テーマコード(参考)】
2G043
2G059
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043EA03
2G043EA14
2G059AA01
2G059BB09
2G059BB12
2G059EE02
(57)【要約】
【課題】ホットスポット以外の領域への対象物の捕捉量を低減可能な、固相担体、及び対象物の測定用キットの提供。
【解決手段】対象物の測定に用いられる固相担体であって、基板と、前記基板の一方の面に配置されたナノ構造体と、を含み、前記ナノ構造体は、表面プラズモン共鳴を励起可能な物質により形成され、光の照射により局在表面プラズモン共鳴が励起されるナノ構造を有するプラズモン励起層と、表面プラズモン共鳴を励起しない物質により形成される被覆層と、を含み、前記プラズモン励起層は、前記被覆層により被覆される被覆領域と、前記被覆層により被覆されない非被覆領域と、を有し、前記非被覆領域は、局在表面プラズモン共鳴が生じるホットスポットを含み、前記被覆層の表面は、前記プラズモン励起層の表面よりも、前記対象物の特異的結合物質に対する結合親和性が低い、固相担体。
【選択図】
図2B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の測定に用いられる固相担体であって、
基板と、
前記基板の一方の面に配置されたナノ構造体と、を含み、
前記ナノ構造体は、
表面プラズモン共鳴を励起可能な物質により形成され、光の照射により局在表面プラズモン共鳴が励起されるナノ構造を有するプラズモン励起層と、
表面プラズモン共鳴を励起しない物質により形成される被覆層と、を含み、
前記プラズモン励起層は、前記被覆層により被覆された被覆領域と、前記被覆層により被覆されていない非被覆領域と、を有し、
前記非被覆領域は、局在表面プラズモン共鳴が生じるホットスポットを含み、
前記被覆層の表面は、前記プラズモン励起層の表面よりも、前記対象物の特異的結合物質に対する結合親和性が低い、
固相担体。
【請求項2】
前記対象物の第1の特異的結合物質が、前記非被覆領域に結合されている、
請求項1に記載の固相担体。
【請求項3】
前記基板が光を透過する基板である、請求項1に記載の固相担体。
【請求項4】
対象物の測定用キットであって、
請求項1~3のいずれか一項に記載の固相担体と、
標識物質が結合された、前記対象物の第2の特異的結合物質と、
を含む、対象物の測定用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固相担体及び対象物の測定用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料の分析又は分子間相互作用の解析等に、表面プラズモン共鳴(SPR)の現象を利用した測定技術が普及している。市販されている代表的な装置としては、Biacore等が挙げられる。これらの装置では、ガラス表面に50nm程度の金薄膜を形成した測定用基板が用いられている。これらの装置における、タンパク質等の生体分子の検出下限濃度は、数百pM~数nMである。
【0003】
プラズモン現象を応用した、より高感度な測定を可能とする手法として、ナノフォトニクスを用いた技術が研究されている。ナノフォトニクスでは、ナノスケールの構造を用いることで、特有の光学現象を生じさせ、その光学現象の効果によりセンサーの検出性能を向上させることが可能になる。例えば、局在プラズモン共鳴(LSPR)現象を利用した測定技術が利用され始めている。LSPRは、光がナノ構造に閉じ込められることで特定のエネルギー(波長)がナノ構造近傍で増強する現象であり、ナノ構造の形状や材質によって閉じ込められるエネルギーが異なる。
【0004】
これらのナノ構造は、電子線描画やレーザー描画等の微細加工技術を利用して、基板表面に形成することができる。ナノ粒子を塗布等の方法を用いて、基板表面にナノ構造を作製する場合もある。
微細加工技術を利用してLSPR用のナノホール構造を作製する方法は、例えば、特許文献1に記載されている。ナノ構造として、ピラー形状又は剣山形状のナノ構造を形成する場合もある。微細加工技術でモールドを作製し、ナノインプリント等の成型技術で基板表面にナノ構造を作製した後、真空成膜等の方法で金又は銀などのプラズモン特性を有する物質を成膜して、LSPR用ナノ構造を作製する場合もある。アルミ等の表面に陽極酸化法でナノ構造を作製する方法もある。
【0005】
LSPR現象を利用した測定技術では、ナノ構造の表面に、対象物を捕捉又は吸着させる。これにより、共鳴波長のスペクトルシフトが生じる。このスペクトルシフトを検出することで、対象物を定量することができる。LSPRの共鳴波長のスペクトルは、例えば、ナノ構造を透過する透過光を検出することで、確認することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
LSPRはナノ構造の特有の部分でのみ生じる。この部分をホットスポットと呼ぶ。例えば、ナノホール形状の場合は、ホールのエッジ部がホットスポットとなる。剣山形状の場合は、剣山の頂点部がホットスポットとなる。
LSPRを利用して対象物を測定する場合、ホットスポット以外の領域に対象物が捕捉されたとしても、スペクトルシフトは生じない。むしろ、ホットスポット以外の領域に対象物が捕捉されることで、ホットスポットに捕捉される対象物が減少する。その結果、スペクトルシフト量が小さくなる(S/Nが悪くなる)。対象物の濃度が低い場合、ホットスポット以外の領域に対象物が捕捉されることで、スペクトルシフト量が小さくなり、対象物の定量を正確に行えない場合がある。
【0008】
そこで、本発明は、ホットスポット以外の領域への対象物の捕捉量を低減可能な、固相担体、及び対象物の測定用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]対象物の測定に用いられる固相担体であって、基板と、前記基板の一方の面に配置されたナノ構造体と、を含み、前記ナノ構造体は、表面プラズモン共鳴を励起可能な物質により形成され、光の照射により局在表面プラズモン共鳴が励起されるナノ構造を有するプラズモン励起層と、表面プラズモン共鳴を励起しない物質により形成される被覆層と、を含み、前記プラズモン励起層は、前記被覆層により被覆された被覆領域と、前記被覆層により被覆されていない非被覆領域と、を有し、前記非被覆領域は、局在表面プラズモン共鳴が生じるホットスポットを含み、前記被覆層の表面は、前記プラズモン励起層の表面よりも、前記対象物の特異的結合物質に対する結合親和性が低い、固相担体。
[2]前記対象物の第1の特異的結合物質が、前記非被覆領域に結合されている、[1]に記載の固相担体。
[3]前記基板が光を透過する基板である、[1]に記載の固相担体。
[4]対象物の測定用キットであって、[1]~[3]のいずれか一つに記載の固相担体と、標識物質が結合された、前記対象物の第2の特異的結合物質と、を含む、対象物の測定用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ホットスポット以外の領域への対象物の捕捉量を低減可能な、固相担体、及び対象物の測定用キットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1B】電磁波解析による理論計算手法を用いて、
図1Aのナノホール構造で生じるLSPR特性をシミュレーションした結果を示す。
【
図2A】固相担体の一例を示す模式図である。
図2Aは斜視図を示す。
【
図2B】
図2Aの固相担体のA-A切断線による断面図を示す。
【
図3】固相担体の作製方法の一例を説明する模式図である。
【
図4】第1の特異的結合物質を結合させた固相担体の一例を示す模式図である。
【
図5】対象物の測定方法の一例を説明する模式図である。
【
図6A】LSPR現象の検出方法の一例を示す模式図である。
【
図6B】対象物の結合による透過光スペクトルのピークシフトの一例を示す。
【
図7】固相担体1に対して、第1の特異的結合物質(抗体)の反応、ブロッキング工程、及び対象物捕捉工程を行ったときの、特定波長における透過率の変化をリアルタイムに測定した例を示す。
【
図8】標識体を用いた、対象物の測定方法の一例を説明する模式図である。
【
図9A】LSPR現象の検出方法の一例を示す模式図である。
【
図9B】対象物及び標識体の結合による透過光スペクトルのピークシフトの一例を示す。
【
図10】固相担体1に対して、第1の特異的結合物質(抗体)の反応、ブロッキング工程、及び対象物捕捉工程を行ったときの、特定波長における透過率の変化をリアルタイムに測定した例を示す。
【
図11A】対象物捕捉工程後の実施例及び比較例の固相担体を示す模式図である。
【
図11B】実施例又は比較例の固相担体に、0~1ng/mLのPSAを反応させたときの透過率変化量をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、場合により図面を参照しつつ、本発明の実施形態について詳細に説明する。図面中、同一又は相当部分には同一又は対応する符号を付し、重複する説明は省略する。各図における寸法比は、説明のため誇張している部分があり、必ずしも実際の寸法比とは一致しない。
【0013】
「対象物」とは、測定対象となる物(測定対象物)を意味する。対象物は、特に限定されず、当該対象物に特異的に結合する特異的結合物質が存在する物質であればよい。特異的結合物質は、対象物が有する分子に、特異的に結合してもよい。対象物としては、例えば、エクソソーム、ペプチド、タンパク質、核酸、糖鎖、レクチン、脂質等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0014】
対象物は、例えば、生体試料等に含まれるものであってもよい。生体試料は特に限定されず、生体から採取された試料を用いることができる。生体試料としては、例えば、血液、血清、血漿、唾液、尿、涙、汗、乳汁、鼻汁、精液、胸水、消化管分泌液、脳脊髄液、組織間液、及びリンパ液等の体液試料、細胞破砕物試料、及び細胞抽出物試料等が挙げられるが、これらに限定されない。生体試料は、特定の生体物質画分を抽出又は濃縮したものであってもよい。
【0015】
「特異的結合物質」とは、特定の分子に対して、特異的に結合する物質を意味する。「特異的に結合する」とは、特定の分子に対して高い結合親和性を有するが、他の分子に対しては、極めて低い結合親和性しか有さないことを意味する。特異的結合物質は、好ましくは、特定の分子に高い結合性を有するが、他の分子にはほとんど結合性を有しない。一実施形態において、特定の分子は、生体分子である。生体分子としては、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、糖鎖等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
生体分子と特異的結合物質の組合せとしては、例えば、ペプチド若しくはタンパク質と、抗体;核酸と、当該核酸が含む配列に相補的な配列を含む核酸;リガンドと、その受容体;酵素と、その基質、阻害剤若しくは補因子;糖鎖と、レクチン;ペプチド、タンパク質若しくは核酸等と、アプタマー;核酸の転写制御配列部分と、その転写制御因子;等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0017】
「対象物の特異的結合物質」は、対象物に対して特異的に結合する物質を意味する。対象物がペプチド又はタンパク質である場合、対象物の特異的結合物質としては、例えば、抗体又はアプタマーが挙げられ、抗体が好ましい。
【0018】
「抗体」とは、抗原結合活性を有する免疫グロブリンを意味する。抗体は、抗原結合活性を有していれば、インタクトな抗体である必要はなく、抗原結合断片であってもよい。本明細書において、「抗体」という用語は、抗原結合断片を包含する。「抗原結合断片」とは、抗体の一部を含むポリペプチドであって、元の抗体の抗原結合活性を維持しているポリペプチドである。抗原結合断片は、元の抗体の6つの相補性決定領域(complementarity determining region:CDR)を全て含むものが好ましい。すなわち、重鎖可変領域のCDR1、CDR2及びCDR3、並びに軽鎖可変領域のCDR1、CDR2及びCDR3を全て含むことが好ましい。抗原結合断片としては、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2等が挙げられる。
【0019】
抗体は、いずれの生物に由来するものであってもよい。抗体が由来する生物としては、例えば、哺乳類(ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ウマ、ウシ、ブタ、サル、イヌ等)、鳥類(ニワトリ、ダチョウ)等が挙げられるが、これらに限定されない。
抗体は、免疫グロブリンのいずれのクラス及びサブクラスであってもよい。抗体は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよいが、モノクローナル抗体が好ましい。
抗体は、免疫法、ハイブリドーマ法、ファージディスプレイ法等の公知の方法により作製することができる。
【0020】
[固相担体]
本発明の第1の態様は、固相担体である。前記固相担体は、基板と、前記基板の一方の面に配置されたナノ構造体と、を含む。前記ナノ構造体は、表面プラズモン共鳴を励起可能な物質により形成され、光の照射により局在表面プラズモン共鳴が励起されるナノ構造を有するプラズモン励起層と、表面プラズモン共鳴を励起しない物質により形成される被覆層と、を含む。前記プラズモン励起層は、前記被覆層により被覆された被覆領域と、前記被覆層により被覆されていない非被覆領域と、を有し、前記非被覆領域は、局在表面プラズモン共鳴が増強されるホットスポットを含む。前記被覆層の表面は、前記プラズモン励起層の表面よりも、前記対象物の特異的結合物質に対する結合親和性が低い。
【0021】
LSPR現象が生じるナノ構造としては、ナノホール構造が挙げられる。
図1Aは、ナノホール構造の一例を示す。
図1Aのナノホール構造において、電磁波解析による理論計算手法にてLSPR特性をシミュレーションした結果を
図1Bに示す。ガラス(SiO
2)基板上に金ナノホールが周期的に配列した構造に、ガラス基板側から白色光を照射し、透過した光を金ナノホール側から検出した際の透過光スペクトルを有限要素法による光学シミュレーション(COMSOL Multiphysics)にて計算した。ナノホールのピッチ(P)は400nm、ナノホールの直径(D)は150nm、金ナノホールの深さ(T)は100nmとした。
図1A中、n0=1.33(water)は水の屈折率を示す。
【0022】
透過光スペクトルは、波長638nm及び725nmにピークを有しており、波長638nmがナノホールの上端部、波長725nmがナノホールの下端部に局在している。すなわち、ナノホール形状で生じるLSPRはナノホールのエッジ部がホットスポットとなる。このホットスポットに対象物が結合することで、透過光(又は反射光)スペクトルのピークシフトが生じる。このスペクトルの変化を検出することで、対象物を定量することができる。透過光スペクトルのピーク波長は、ナノホールの形状(ピッチ、ホールサイズ、深さ等)及びナノホールを構成する材質の種類で異なってくる。これらを調整することにより、あらかじめ特定の波長にピークを有するようにナノホールを設計することができる。これにより、特定の単一波長の光を照射し、その透過率(または反射率)を測定することで、ナノホール構造に結合した対象物を定量することも可能である。また、従来普及しているSPR検出方式のクレッチマン配置型のプラズモン共鳴角変化を検出するような方法で、共鳴角度の変化を検出することもできる。
ホットスポットに対象物が結合することで生じるLSPR波長のピークシフトは、ラマン散乱光により検出してもよく(例えば、表面増強ラマン散乱分光)、蛍光により検出してもよい。
【0023】
対象物がペプチド又はタンパク質である場合、
図1Aのようなナノ構造に、対象物を特異的に捕捉する方法としては、抗体を用いた免疫学的手法が挙げられる。抗体はタンパク質であり、金の表面に吸着しやすい性質を有する。この性質を利用して、金の表面に抗体を吸着させることで、目的の対象物のみを特異的に捕捉することが可能となる。目的の対象物を捕捉後、さらに標識物質で修飾された抗体で目的の対象物を特異的に標識することで、特異性を向上させることもできる。標識物質で修飾された抗体を用いる方法は、サンドイッチ法と呼ばれる。標識物質としては、蛍光物質、酵素、粒子など挙げられる。
【0024】
図1Aに示す、一般的な金薄膜にナノホールが形成されたナノ構造体を用いて対象物を定量した場合、ホットスポット以外の部分にも抗体が吸着する。そのため、ホットスポット以外の部分にも、対象物が捕捉されることとなる。ホットスポット以外の部分に対象物が捕捉されても、透過光のスペクトルシフトは生じない。ホットスポット以外の部分に対象物が捕捉されることで、ホットスポットに捕捉される対象物が減少する。その結果、透過光のスペクトルのシフト量が小さくなり、対象物の検出感度が低下する。すなわち、ホットスポット以外に捕捉された対象物は、バックグラウンドノイズとなり、検出シグナルのS/N比を悪化させる要因となる。したがって、低濃度の対象物を高感度に測定するためには、ホットスポット以外の部分に捕捉させる対象物の量を低減することが望ましい。
【0025】
本態様の固相担体は、光の照射により局在表面プラズモン共鳴が励起されるナノ構造において、ホットスポット以外の領域の一部又は全部が、表面プラズモン共鳴を励起しない物質からなる被覆層により被覆されている。被覆層の表面は、プラズモン励起層の表面よりも、対象物の特異的結合物質に対する結合親和性が低い。そのため、ホットスポット以外の領域に結合する特異的結合物質の量が低減される。その結果、ホットスポット以外の領域に捕捉される対象物の量を低減することができる。
【0026】
図2A及び
図2Bは、本態様の固相担体の一例を示す模式図である。
図2Aは固相担体の一例である固相担体1の斜視図である。
図2Bは、
図2Aに示す固相担体1のA-A切断線による断面図である。
図2A及び
図2Bに示す固相担体1は、光を透過する基板10と、基板10の一方の面に配置されたナノ構造体20と、を含む。ナノ構造体20は、プラズモン励起層21と、プラズモン励起層21の一部を被覆する被覆層25と、から構成されている。
【0027】
<基板>
基板10は、特に限定されないが、光透過性を有する基板が好ましい。基板10は、局在表面プラズモン共鳴を励起するために用いる励起光を透過するものが好ましい。一実施形態において、基板10は、透明基板である。基板10の材質としては、ガラス、光透過性樹脂等が挙げられる。光透過性樹脂としては、アクリル樹脂(ポリメタクリル酸メチル等)、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー、ポリジメチルシロキサン、ポリスチレン、AS樹脂等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0028】
基板10の厚さは、ナノ構造体20を支持可能な厚さであれば、特に限定されない。基板10の厚さとしては、例えば、0.01~10mmが挙げられる。基板10の厚さは、0.01~5mm、0.01~2mm、0.1~10mm、0.1~5mm、又は0.1~2mmであってもよい。
【0029】
<ナノ構造体>
ナノ構造体20は、プラズモン励起層21及び被覆層25を含む。
【0030】
(プラズモン励起層)
プラズモン励起層21は、表面プラズモン共鳴を励起可能な物質により形成されている。プラズモン励起層21は、光の照射により局在表面プラズモン共鳴が励起されるナノ構造を有している。
【0031】
「表面プラズモン共鳴を励起可能な物質」とは、例えば、自由電子を有する物質をいう。表面プラズモン共鳴を励起可能な物質は、例えば、入射光に対して[実部(n)<消衰係数(k)]の関係を満たす複素屈折率を有する物質である。
複素屈折率は、吸収のある物質の屈折率である。複素屈折率(m)は、下記式で表すことができる。下記式中、実部nは通常の屈折率を表し、虚部kは消衰係数と呼ばれる。
m=n-ik
表面プラズモン共鳴を励起可能な物質としては、例えば、金属が挙げられる。金属としては、例えば、金、銀、白金、アルミニウム等が挙げられる。
【0032】
「ナノ構造」とは、構造単位がナノメートルオーダー(1~1000nm)である立体構造をいう。ナノ構造は、ナノ構造を収容し得る仮想的な外接直方体の最長辺が、ナノメートルオーダーであり得る。
図2A及び
図2Bに示す固相担体1では、プラズモン励起層21は、ナノ構造として、ナノホール構造を有する。プラズモン励起層21は、複数個のナノホールが形成された層である。ナノホールの配置方法は、特に限定されない。ナノホールの配置方法としては、例えば、格子状配置が挙げられる。
ナノホールのピッチP、直径D、及び深さTは、使用する照射光の波長に応じて、適宜設定することができる。ナノホールのピッチPとしては、例えば、50~1000nmが挙げられる。ナノホールの直径Dとしては、例えば、10~500nmが挙げられる。ナノホールの深さTとしては、例えば、10~500nmが挙げられる。
ナノ構造は、光の照射により、LSPRが生じる構造であればよく、ナノホール構造に限定されない。また、ナノホールの形状は、平面視で円形である必要はなく、例えば、平面視で矩形、楕円形等であってもよく、特に限定されない。
【0033】
プラズモン励起層21の厚さは、特に限定されない。プラズモン励起層21の厚さとしては、例えば、10~500nmが挙げられる。プラズモン励起層21の厚さは、ナノホールの深さTを規定する。
【0034】
プラズモン励起層21が有するナノホール構造は、ナノホールの上端エッジ部分及び下端エッジ部分に、ホットスポットHを有する。
プラズモン励起層21は、被覆層25により被覆される被覆領域21aと、被覆層25により被覆されない非被覆領域21bと、を有している。非被覆領域21bは、ホットスポットHを含んでいる。被覆領域21aは、ホットスポットH以外の領域の少なくとも一部を含んでいる。
【0035】
プラズモン励起層21は、自己組織化単分子膜(SAM)、化学修飾等により、第1の特異的結合物質30に対する結合親和性を向上させてもよい。化学修飾としては、例えば、末端に官能基を有する分子を用いた修飾が挙げられる。
【0036】
(被覆層)
被覆層25は、プラズモン励起層21のホットスポットH以外の領域の一部又は全部を被覆する。
図2A及び
図2Bの例では、被覆層25は、プラズモン励起層21のナノホールが形成されていない領域を被覆している。プラズモン励起層21のナノホールの上端エッジ及び下端エッジのホットスポットHは、被覆層25により被覆されていない。
【0037】
被覆層25は、表面プラズモンを励起しない物質により形成されている。「表面プラズモンを励起しない物質」とは、自由電子を有しない物質である。表面プラズモンを励起しない物質としては、例えば、酸化物系の無機化合物、樹脂等を用いることができる。酸化物系の無機化合物としては、例えば、金属酸化物が挙げられる。金属酸化物としては、例えば、二酸化ケイ素(SiO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化鉄(FeO、Fe2O3、Fe3O4)、酸化銅(CuO、Cu2O)、酸化チタン(TiO2)等が挙げられるが、これらに限定されない。樹脂としては、例えば、シリコーン樹脂、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリジメチルシロキサン、フッ素系樹脂等が挙げられるが、これらに限定されない。表面プラズモン共鳴を励起しない物質は、誘電体であってもよく、被覆層25は誘電体層であってもよい。
【0038】
被覆層の表面は、プラズモン励起層21の表面よりも、対象物の特異的結合物質に対する結合親和性が低くなるように形成される。そのため、被覆層は、特異的結合物質に対する結合親和性又は吸着性が低い物質で形成されることが好ましい。
特異的結合物質が抗体等のタンパク質である場合、被覆層は、タンパク質に対する吸着性又は結合親和性の低い物質で形成されることが好ましい。例えば、被覆層表面が親水性となるような物質を用いることができる。例えば、SiO2の表面は、OH基が多く露出しており、親水性の特性を有している。そのため、タンパク質が吸着しにくい。被覆層表面は、特異的結合物質に対する結合親和性又は吸着性が低くなるように修飾されてもよい。例えば、被覆層の表面は、親水化処理がされてもよい。例えば、ポリエチレングリコール等の親水性分子による化学修飾等を行ってもよい。
【0039】
被覆層25の厚さは、特に限定されない。被覆層25の厚さは、透過光スペクトルのピーク波長に影響する。そのため、被覆層25の厚さは、使用する照射光の波長に応じて、適宜設定してもよい。被覆層25の厚さとしては、例えば、1~500nmが挙げられる。
【0040】
<固相担体の製造方法>
図3は、固相担体の製造方法の一例を説明する模式図である。
ガラス基板等の適切な基板を研磨及び洗浄して、平滑な表面を有する基板10を準備する(
図3(A))。
次いで、基板10上に、表面プラズモン共鳴を励起可能な物質の層22を形成する(
図3(B))。層22は、公知の方法により形成することができる。例えば、真空成膜法(スパッタリグ法、真空蒸着法等)等が挙げられる。ナノ構造としてナノホールを形成する場合、層22の厚さは、最終的に形成するナノホールの深さと同じとしてもよく、それ以上としてもよい。層22の厚さは、最終的に形成するナノホールの深さと同じとすることが好ましい。
【0041】
次いで、層22上に、表面プラズモン共鳴を励起しない物質の層26を形成する(
図3(C))。層26は、公知の方法により形成することができる。例えば、真空成膜法、スピンコーティング等が挙げられる。例えば、表面プラズモン共鳴を励起しない物質として酸化物系の無機化合物を用いる場合、真空成膜法を用いることができる。表面プラズモン共鳴を励起しない物質として樹脂を用いる場合、スピンコーティング法を用いることができる。後述の工程で、先に金属の酸化物をレジストとして用いる場合、レジスト膜は真空成膜法で成膜されるため、層22、層26、及びレジスト膜を連続して真空成膜法により作製できることが好ましい。また、レーザー描画法によりナノ構造を形成する場合、熱伝導率が低い材料で、層26を形成することが好ましい。そのような物質としては、例えば、SiO
2が挙げられる。
層26の厚さは、最終的に形成する被覆層25と同じ厚さとしてもよく、それ以上としてもよい。
【0042】
次いで、層26上に、レジスト膜40を形成する。レジスト膜40の形成は、公知のレジスト組成物を用いて、公知の方法により行うことができる。例えば、真空成膜法、スピンコーティング等が挙げられる。
ナノ構造の形成に電子線描画法を用いる場合、例えば、ポジ型レジスト(代表的なレジスト材料としてZEP-520等)を用いることができる。ナノ構造の形成にレーザー描画法を用いる場合、一般的なg線レジスト及びi線レジストでは解像限界以下のため用いることができない。集光レーザーのガウス分布の熱エネルギーを利用する場合は、メタルレジスト(代表的なレジスト材料として遷移金属の酸化物等)を用いることができる。
レジスト膜40の厚さは、特に限定されず、後述の工程で、マスクとして使用可能な厚さであればよい。レジスト膜40の厚さとしては、例えば、50~1000nm程度が挙げられる。
層26へのレジスト膜40の密着性を向上させるため、層26とレジスト膜40との間に密着層を形成してもよい。密着層としては、クロム、ゲルマニウム又はチタンなどの無機薄膜、シランカップリング剤などによる有機薄膜等が挙げられる。層22、層26、及びレジスト膜40を真空成膜法で作製する場合、連続的な成膜が可能となるため、密着層として無機薄膜を用いることが好ましい。現像工程でアルカリ現像液を用いる場合、アルカリ現像液に溶解しないクロムを用いてもよい。
密着層の厚さとしては、例えば、1~5nm程度が挙げられ、1~2nm程度が好ましいる。
【0043】
次いで、電子線描画法又はレーザー描画法等により、ナノ構造パターン(例えば、ナノホールパターン)を露光する(
図3(E))。露光により、レジスト膜40に、露光部41及び未露光部42が形成される。レーザー描画法は、電子線描画法に比べて高速に描画することが可能なため、短時間で大面積にナノ構造を作製することができる。それゆえ、量産性が高く、安価な固相担体の提供が可能となる。
【0044】
次いで、現像液を用いて現像し、レジストパターン43を形成する(
図3(F))。
次いで、レジストパターン43をマスクとして、層22及び層26をエッチングする(
図3(G)、
図3(H))。エッチングは、公知の方法で行うことができる。例えば、反応性イオンエッチング(RIE)又はイオンミリングなどのドライエッチング法を用いることができる。ドライエッチングとしては、例えば、Arガスによるエッチング等が挙げられる。ナノホールを形成する場合、所望の深さのナノホールとなるように層22のエッチングを行う。ナノホールを形成する場合、ナノホール形成部分の層22は、エッチングにより全て除去することが好ましい。
【0045】
次いで、レジストパターン43を除去する(
図3(I))。これにより、基板10上に所望のナノ構造を有するナノ構造体20が配置された固相担体1を得ることができる。レジストパターン43の除去は、公知の方法で行うことができる。例えば、アルカリ又は有機溶剤などを用いた液浸法、又はドライエッチング法等を用いることができる。
【0046】
<第1の特異的結合物質が結合された固相担体>
固相担体は、プラズモン励起層の非被覆領域に、対象物の第1の特異的結合物質が結合されたものであってもよい(
図4参照)。
図4に示す固相担体2では、非被覆領域21bに、対象物の第1の特異的結合物質30が結合されている。
【0047】
非被覆領域21bに対する第1の特異的結合物質30の結合方法は、公知の方法を用いて行うことができる。プラズモン励起層21が金等の金属で形成されている場合、金属表面は一般的に有機物を吸着しやすいという性質を有する。一方、被覆層25の表面は、非被覆領域21bよりも第1の特異的結合物質30に対する結合親和性が低くなっている。
そのため、例えば、第1の特異的結合物質30を含む溶液を、ナノ構造体20が配置された固相担体1の面に供給する。これにより、第1の特異的結合物質30を非被覆領域21bの表面に吸着させることができる。一方、被覆層25の表面には、第1の特異的結合物質30はほとんど吸着しない。その結果、第1の特異的結合物質30が、非被覆領域21bのみに結合した固相担体2を得ることができる。
【0048】
第1の特異的結合物質30の結合反応において、第1の特異的結合物質30を含む溶液に界面活性剤等を添加することで、被覆層25への第1の特異的結合物質30をさらに抑制してもよい。
【0049】
ナノ構造体20が配置された固相担体1の面への第1の特異的結合物質30を含む溶液の供給は、当該面に井戸型のウェルを貼り付け、そこに第1の特異的結合物質30を含む溶液を注入することにより、行うことができる。井戸型のウェルは、例えば、ジメチルシロキサン(PDMS)等の樹脂で作製することができる。非被覆領域21bへの第1の特異的結合物質30の結合反応は、室温(20~30℃)で行ってもよく、所定温度に維持した恒温槽内で行ってもよい。結合反応の温度は、第1の特異的結合物質30の種類に応じて、適宜選択することができる。
第1の特異的結合物質30の結合反応後、固相担体2の洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理は、洗浄液を固相担体2の表面に供給し、洗浄液を除去することを1~3回程度繰り返すことにより、行うことができる。洗浄液としては、PBS等の緩衝液にTween20等の非イオン性界面活性剤を添加したもの等が挙げられる。洗浄処理を行うことにより、未反応の第1の特異的結合物質30を除去することができる。
【0050】
<対象物の測定方法(1)>
図5及び
図6Aは、固相担体2を用いた対象物の測定方法を説明する模式図である。
測定方法は、固相担体2の、ナノ構造体20が配置された面をブロッキングする工程(ブロッキング工程;
図5(B))と、第1の特異的結合物質30との結合を介して、非被覆領域21bに、対象物を結合させる工程(対象物捕捉工程;
図5(C))と、LSPRを検出する工程(LSPR検出工程;
図6A)と、を含むことができる。
【0051】
(ブロッキング工程)
ブロッキング処理を行うことにより、第1の特異的結合物質30が結合していない固相担体2の表面をブロッキングすることができる。これにより、固相担体2に対する非特異的吸着を低減することができる。
【0052】
ブロッキングは、固相担体2のナノ構造体20が配置された面に、ブロッキング剤50を含む溶液を供給することにより、行うことができる。
ブロッキング剤は、公知のブロッキング剤を特に制限なく用いることができる。ブロッキング剤としては、例えば、ウシ血清アルブミン(BSA)、カゼイン、スキムミルク、フィッシュゼラチン等の生化学の分野で一般的に用いられる生体由来タンパク質系のブロッキング剤;ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルアルコール(PVA)等の合成高分子化合物等が挙げられる。ブロッキング剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。例えば、PEGとタンパク質系ブロッキング剤とを組み合わせて用いてもよい。
ブロッキング液用の緩衝液としては、例えばリン酸緩衝液、PBS、トリス緩衝液、HEPES緩衝液等の緩衝液、又は前記のような緩衝液にTween20等の界面活性剤を添加したもの等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0053】
ブロッキング反応の反応温度としては、例えば、20~40℃が挙げられる。ブロッキング反応の反応時間としては、例えば、10~120分が挙げられる。
ブロッキング反応後は、固相担体2の洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理を行うことにより、未反応のブロッキング剤を除去することができる。
【0054】
(対象物捕捉工程)
固相担体2のナノ構造体20が配置された面に、対象物60を含む溶液を供給することにより、第1の特異的結合物質30に、対象物60が結合する。これにより、対象物60を、固相担体2に捕捉させることができる。
【0055】
対象物を含む溶液は、生体試料であってもよい。生体試料は、希釈バッファーで適宜希釈してもよい。希釈バッファーとしては、例えば、緩衝液(PBS等)等を用いることができる。また、希釈バッファーは、非特異的吸着を低減するために、ブロッキング剤及び又は界面活性剤(Tween20等)を含んでいてもよい。
【0056】
第1の特異的結合物質と対象物との結合反応の条件は、対象物及び第1の特異的結合物質の種類に応じて、適宜選択可能である。例えば、対象物がタンパク質又はペプチドであり、第1の特異的結合物質が抗体である場合、反応温度としては、20℃以上、30℃以上、又は35℃以上等が挙げられる。反応温度の上限は、特に限定されないが、例えば、50℃以下、45℃以下、又は40℃以下等が挙げられる。反応温度の範囲としては、例えば、20~50℃、30~45℃、又は30~40℃等が挙げられる。
反応時間は、特に限定されず、第1の特異的結合物質と対象物との結合反応が十分に進行する程度の時間とすることができる。反応時間は、対象物及び第1の特異的結合物質の種類に応じて適宜選択することができる。対象物がタンパク質又はペプチドであり、第1の特異的対象物が抗体である場合、反応時間としては、例えば、3~200分が挙げられる。反応時間の下限値は、特に限定されないが、例えば、3分以上、5分以上、10分以上、20分以上、又は30分以上等が挙げられる。反応時間の上限は、特に限定されないが、例えば、200分以下、180分以下、120分以下、又は100分以下等が挙げられる。
【0057】
対象物の結合反応後は、固相担体2の洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理を行うことにより、未反応の対象物及び夾雑物を除去することができる。
【0058】
ブロッキング工程及び対象物捕捉工程は、固相担体2のナノ構造体20が配置された面に、反応液を留置可能な構造を形成することにより行ってもよい。例えば、反応液を留置可能な構造内に、反応液を一定時間留置することで、ブロッキング反応又は対象物結合反応を行うことができる。反応液を留置可能な構造としては、例えば、ウェル構造、流路構造等が挙げられる。ウェル構造は、例えば、所望の大きさの貫通孔を有する樹脂シート等を、固相担体2のナノ構造体20が配置された面に積層することにより、形成することができる。流路構造は、例えば、前記面に流路が形成されるように樹脂シートを配置し、前記流路の上部を別の樹脂シートで封鎖することにより形成することができる。樹脂シートの材質は、特に限定されないが、例えば、PDMS、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー等が挙げられる。
【0059】
(LSPR検出工程)
対象物を結合させる前の固相担体2(
図5(B))及び対象物を結合させた固相担体2(
図5(C))について、
図6(A)に示すように、基板10側の面から光を照射し、ナノ構造体20が配置された面側に透過する透過光を分光器100で検出する。透過光の測定は、スペクトル検出可能な機器で行ってもよい。分光器100により、特定の波長にピークを有する透過光スペクトルが検出される。
図5(C)の固相担体2では、対象物60が捕捉されていることにより、
図5(B)の固相担体2の透過光スペクトルとは、ピーク波長がシフトした透過光スペクトルが検出される。このピークシフト量から、固相担体2に捕捉された対象物60の量を検出することができる。
図6Bは、透過光のスペクトルシフトの例を示す。
【0060】
LSPRによる透過光スペクトルのピークシフトは、特定の検出波長における透過率が変化することを意味する(
図6B参照)。そのため、LSPRの検出は、単一波長の光を用いて行ってもよい。使用する波長は、例えば、対象物を結合させる前の固相担体2における透過光スペクトルのピーク波長付近を用いることができる。対象物を結合させる前の固相担体2(
図5(B))及び対象物を結合させた固相担体2(
図5(C))について、特定波長における透過率の変化を検出することにより、対象物を定量することができる。高額な分光器を用いる必要がないため、検出装置の低コスト化が見込めるというメリットがある。
【0061】
図1A及び
図1Bで示したように、ピッチP400nm、直径D150nm、深さT100nmの金ナノホールにおけるLSPRを電磁波シミュレーションで計算すると、638nm及び725nmにピークを有する透過光スペクトルとなる。このナノホールのホットスポットに対象物が吸着すると、長波長側にピークシフトする。ピークシフト量は対象物の吸着量と比例関係にあり、デバイスとしての感度を示す値として、対象物の単位屈折率変化量当たりのピークシフト量としてnm/RIU(Refractive Index Unit)という単位で評価されている。金ナノホールなどのナノ構造を使ったLSPRの感度として、100~1000nm/RIUの報告例がある。このピークシフトは、ホットスポットに結合した対象物に起因して生じる。ホットスポット以外に吸着した対象物は、LSPRモードでの変化として検出することはできず、通常のSPRモードでの変化として検出される。そのため、LSPRの検出においてはバックグラウンドノイズとして検出精度を低下させる要因となる。
【0062】
第1の特異的結合物質30及び対象物の溶液をナノ構造表面に注入した状態で固相担体1に対して、光入射及び透過光検出を維持できる構成であれば、ホットスポットに結合した物質の量をリアルタイムに測定が可能することもできる。例えば、ナノ構造表面に、溶液を留置可能な流路構造を形成することで、光入射及び透過光検出を維持したまま、ナノ構造表面への溶液注入が可能である。
固相担体1に対して、第1の特異的結合物質30の反応、ブロッキング工程、及び対象物捕捉工程を行ったときの、特定波長(
図6B参照)における透過率の変化をリアルタイムに測定した例を
図7に示す。
【0063】
<対象物の測定方法(2)>
対象物の測定方法は、対象物捕捉工程及びLSPR検出工程の間に、対象物に標識体を結合させる工程(標識体結合工程;
図8(D))を含んでもよい。
図8は、標識体結合工程を含む、対象物の測定方法を説明する模式図である。
【0064】
ブロッキング工程(
図8(B))及び対象物捕捉工程(
図8(C))は、上記と同様に行うことができる。
【0065】
(標識体結合工程)
標識体70は、標識物質72が結合した第2の特異的結合物質71から構成される。
【0066】
第2の特異的結合物質71は、対象物に応じて適宜選択される。第2の特異的結合物質71は、第1の特異的結合物質30と同じであってもよく、異なっていてもよい。第1の特異的結合物質-対象物-第2特異的結合物質の複合体の形成の観点から、第2特異的結合物質は、第1特異的結合物質と異なることが好ましい。例えば、対象物がペプチド又はタンパク質である場合、第1の特異的結合物質及び第2特異的結合物質は、互いに異なるエピトープに結合する抗体であってもよい。例えば、対象物がRNA又はDNA等の核酸である場合、第1の特異的結合物質及び第2特異的結合物質は、互いに異なる領域にハイブリダイズする核酸プローブ(ポリヌクレオチドプローブ又はオリゴヌクレオチドプローブ)であってもよい。
【0067】
標識物質72としては、例えば、ナノ粒子、酵素、蛍光物質等が挙げられる。ナノ粒子の材質は、特に限定されない。ナノ粒子としては、例えば、樹脂ビーズ(ポリスチレン、グリシジルメタクリレート等)、磁気ビーズ、金属ナノ粒子等が挙げられる。酵素としては、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等が挙げられる。蛍光物質としては、カルボキシフルオレセイン(FAM)、6-カルボキシ-4’,5’-ジクロロ2’,7’-ジメトキシフルオレセイン(JOE)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラクロロフルオレセイン(TET)、5'-ヘキサクロロ-フルオレセイン-CEホスホロアミダイト(HEX)、Cy3、Cy5、Alexa568、Alexa647等が挙げられる。
標識物質72は、対象物60のみが捕捉された時の透過光スペクトルのピークシフトよりも、対象物60に標識体70が結合したときの透過光スペクトルのピークシフトが大きくするような物質を用いることが好ましい。標識物質72としては、例えば、ナノ粒子が好ましい。ナノ粒子の種類としては、プラズモン励起層21が有するナノ構造と、ナノ粒子との相互作用により、透過光スペクトルのピークシフト量が増大するようなものを選択してもよい。
【0068】
第2の特異的結合物質71に対する標識物質72の結合は、公知の方法により行うことができる。例えば、物理的吸着を利用する方法、第2の特異的結合物質が有する官能基と反応する官能基により標識物質を修飾する方法(例えば、アミノ基修飾、水酸基修飾、カルボキシ基修飾、スクシンイミド基修飾等)、ビオチン-アビジン結合を利用する方法等が挙げられる。
【0069】
標識体70の結合反応は、固相担体2のナノ構造体20が配置された面に、標識体70を含む溶液を供給することにより、行うことができる。
【0070】
標識体の結合反応の条件は、対象物及び第2の特異的結合物質の種類に応じて、適宜選択可能である。例えば、対象物がタンパク質又はペプチドであり、第2の特異的結合物質が抗体である場合、反応温度としては、20℃以上、30℃以上、又は35℃以上等が挙げられる。反応温度の上限は、特に限定されないが、例えば、50℃以下、45℃以下、又は40℃以下等が挙げられる。反応温度の範囲としては、例えば、20~50℃、30~45℃、又は30~40℃等が挙げられる。
反応時間は、特に限定されず、第2の特異的結合物質と対象物との結合反応が十分に進行する程度の時間とすることができる。反応時間は、対象物及び第2の特異的結合物質の種類に応じて適宜選択することができる。対象物がタンパク質又はペプチドであり、第2の特異的対象物が抗体である場合、反応時間としては、例えば、3~200分が挙げられる。反応時間の下限値は、特に限定されないが、例えば、3分以上、5分以上、10分以上、20分以上、又は30分以上等が挙げられる。反応時間の上限は、特に限定されないが、例えば、200分以下、180分以下、120分以下、又は100分以下等が挙げられる。
【0071】
標識体70の結合反応後は、固相担体2の洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理を行うことにより、未反応の標識体70を除去することができる。
【0072】
標識体70を対象物60に結合させることで、LSPRによる透過光スペクトルのピークシフト量を増大させることができる。そのため、対象物の検出感度を向上させることができる。また、対象物に対する特異性を向上させることができる。
【0073】
標識体結合工程は、ブロッキング工程及び対象物捕捉工程と同様に、固相担体2のナノ構造体20が配置された面に、反応液を留置可能な構造を形成することにより行ってもよい。
【0074】
LSPR検出工程(
図9(A))は、標識体70を結合させた固相担体(
図8(D))を用いること以外は、上記と同様に行うことができる。
【0075】
図9Bは、透過光のスペクトルシフトの例を示す。
固相担体1に対して、第1の特異的結合物質30の反応、ブロッキング工程、対象物捕捉工程、及び標識体結合工程を行ったときの、特定波長(
図9B参照)における透過率の変化をリアルタイムに測定した例を
図10に示す。
【0076】
本実施形態の固相担体は、プラズモン励起層のホットスポット以外の領域の一部又は全部が被覆層により被覆されている。被覆層は、第1の特異的結合物質に対する結合親和性が、プラズモン励起層よりも低い。そのため、固相担体に第1の特異的結合物質を結合させる際に、ホットスポット以外の領域への第1の特異的結合物質の結合が低減される。これにより、S/N比が向上し、対象物の検出感度を向上させることができる。
【0077】
[対象物の測定用キット]
本発明の第2の態様は、対象物の測定用キットである。前記キットは、第1の態様の固相担体と、標識物質が結合された、前記対象物の第2の特異的結合物質と、を含む。
【0078】
固相担体は、前記第1の態様の固相担体と同様である。固相担体は、プラズモン励起層の非被覆領域に、第1の特異的結合物質が結合されているものであってもよく、第1の特異的結合物質が結合されていないものであってもよい。
【0079】
標識物質が結合された第2の特異的結合物質は、上記標識体として説明したものと同様である。標識物質は、ナノ粒子が好ましい。
【0080】
(任意構成)
本実施形態の測定用キットは、上記構成に加えて、任意の構成を含んでいてもよい。任意の構成としては、例えば、試料を処理するための試薬(例えば、希釈液等)、洗浄液、ブロッキング液、緩衝液等の各種試薬類、標準試薬、及び使用説明書等が挙げられる。
【0081】
本実施形態の測定用キットは、標準試薬を含んでいてもよい。標準試薬は、検出対象物の検量線を作成するための試薬である。標準試薬は、例えば、対象物と同種の精製物を用いることができる。
【0082】
本実施形態の測定用キットは、前記態様の固相担体及び標識体を含むため、低濃度の対象物を感度よく測定することができる。
【実施例0083】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
[実施例]
(固相担体の作製)
図3に示す方法に従って、固相担体を作製した。表面プラズモン共鳴を励起可能な物質としては、金を用いて、プラズモン励起層21を形成した。表面プラズモン共鳴を励起しない物質としては、SiO
2を用いて、被覆層25を形成した。
具体的には、研磨洗浄したBK7ガラス表面に、スパッタ法により、2nmのクロム層(接着層)、50nmの金薄膜層、50nmのSiO
2被覆層、及び50nmの熱レジスト層(タングステンを酸素とアルゴンの混合ガスを使って反応性スパッタにて成膜)を形成した。各層は、表面酸化の影響をなくすため、同一のスパッタ装置で連続的に形成した。次いで、波長405nmの半導体レーザーを対物レンズでレジスト表面に集光して、ピッチ400nmでホールパターン(直径150nm)の描画を行った。次いで、2.38%テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド(TMAH)現像液で、20分間現像した。これにより、400nmピッチのホールレジストパターンを作製した。
次いで、反応性イオンエッチング(RIE)法にて、CHF
3ガスを用いて、被覆層であるSiO
2層をエッチングした。次いで、Arガスにより、金薄膜層をエッチングした。次いで、2.38%テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド(TMAH)現像液に一晩液浸させて、熱レジスト層を除去した。これにより、ガラス表面に、ナノホール構造(ピッチ400nm、直径150nm、深さ100nm)のナノ構造体が配置された固相担体Aを作製した。
【0085】
(抗PSA抗体の結合)
固相担体のナノ構造体が配置された面に、PDMSで作製した直径6mm、高さ10mmの井戸型ウェルを複数貼付けた。各井戸型ウェルに、PBSで5μg/mLに調製した抗PSA抗体(HyTest社製、型番4P33-1H12)溶液を100μL注入し、37℃で30分間インキュベートした。その後、PBSTで3回洗浄した。
【0086】
(ブロッキング工程)
固相担体Aへの非特異的吸着を抑制するために、固相担体Aのナノ構造体が配置された面をBSA(牛血清アルブミン、サーモフィッシャー製、型番37525)でブロッキングした。ブロッキング後、PBSTで3回洗浄した。
【0087】
(対象物捕捉工程)
対象物として、PSAを用いた。PSA抗原(HyTest社製、型番8P78)をPBSTで希釈し、0~1ng/mLの希釈系列のPSA溶液を作製した。前記希釈系列のPSA溶液を100μLずつ各ウェルに注入し、37℃で60分間反応させた。結合反応後、PBSTで3回洗浄した。
実施例における対象物捕捉工程後の固相担体Aの模式図を
図11A(上図)に示す。
【0088】
(LSPR検出工程)
ガラス基板側から白色光を照射し、各反応領域における波長725nmの透過光の透過率を分光器で測定した。PSA濃度0ng/mLにおける透過率を基準として、各PSA濃度における透過率の変化量をグラフにプロットした。
【0089】
[比較例]
(固相担体の作製)
層26を形成しなかったこと以外は、
図3に示す方法に従って、固相担体を作製した。
具体的には、研磨洗浄したBK7ガラス表面に、スパッタ法により、2nmのクロム層(接着層)、50nmの金薄膜層、及び50nmの熱レジスト層(タングステンを酸素とアルゴンの混合ガスを使って反応性スパッタにて成膜)を形成した。実施例1と同様の方法で、400nmピッチのホールレジストパターンを作製した。
次いで、反応性イオンエッチング(RIE)法にて、Arガスにより、金薄膜層をエッチングした。次いで、2.38%テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド(TMAH)現像液に一晩液浸させて、熱レジスト層を除去した。これにより、ガラス表面に、ナノホール構造(ピッチ400nm、直径150nm、深さ50nm)のナノ構造体が配置された固相担体Bを作製した。
【0090】
(抗PSA抗体の結合、対象物捕捉工程)
固相担体Aに替えて固相担体Bを用いたこと以外は、実施例と同様に、抗PSA抗体の結合、及び対象物捕捉工程をおこなった。
比較例における対象物捕捉工程後の固相担体Bの模式図を
図11A(下図)に示す。
【0091】
(LSPR検出工程)
ガラス基板側から白色光を照射し、各反応領域における波長725nmの透過光の透過率を分光器で測定した。PSA濃度0ng/mLにおける透過率を基準として、各PSA濃度における透過率の変化量をグラフにプロットした。
【0092】
透過率変化量をプロットしたグラフを
図11Bに示す。いずれのPSA濃度においても、比較例と比較して、実施例の方が、透過率変化量が大きかった。透過率変化量は、ホットスポット以外の部分に捕捉される対象物の量に影響される。比較例の場合は、ホットスポット以外の部分がSiO
2層で被覆されていないため、ホットスポット以外の領域にも対象物が捕捉される。その結果、ホットスポットに捕捉される対象物の量が減少し、透過率変化量が小さくなったと考えられる。したがって、低濃度の対象物を測定する最の透過率変化は小さくなり、対象物の測定が困難となる。
一方、実施例では、PSA濃度0.1ng/mLにおいても、透過率変化を十分に検出できることが確認された。これらの結果は、実施例では、高感度に対象物を検出できることを示している。
以上の結果より、ホットスポット以外の領域を被覆層で被覆した固相担体を用いることにより、高感度に対象物を検出できることが確認された。