(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024023101
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】量子素子およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/04 20060101AFI20240214BHJP
C30B 33/04 20060101ALI20240214BHJP
C30B 33/06 20060101ALI20240214BHJP
C30B 33/00 20060101ALI20240214BHJP
【FI】
C30B29/04 E
C30B33/04
C30B33/06
C30B33/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126696
(22)【出願日】2022-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】山口 尚秀
(72)【発明者】
【氏名】蔭浦 泰資
(72)【発明者】
【氏名】笹間 陽介
(72)【発明者】
【氏名】谷口 尚
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 賢司
(72)【発明者】
【氏名】小野田 忍
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA02
4G077BA03
4G077FF10
4G077FH05
4G077FH09
4G077FJ06
4G077FJ10
(57)【要約】
【課題】内部に含まれる窒素の密度を低下させた場合であっても、NV
-をより安定化可能な量子素子およびその製造方法を実現する。
【解決手段】量子素子(10)は、窒素・空孔センター(NV)を内部に含み、水素終端化された表面領域(F0)を有するダイヤモンド(11)と、前記水素終端化された表面領域を封止する封止部(12)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素・空孔センターを内部に含み、水素終端化された表面領域を有するダイヤモンドと、
前記水素終端化された表面領域を封止する封止部と、
を備える量子素子。
【請求項2】
前記封止部は、前記水素終端化された表面領域に密着または接合する薄膜または薄片である、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項3】
前記封止部は、酸化物、窒化物、弗化物、又は樹脂材料から構成される、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項4】
前記封止部は、金属から構成される、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項5】
前記複数の窒素・空孔センターの内、50%を超える窒素・空孔センターにおいて、電界を印加しない状態で、光検出磁気共鳴が観測される、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項6】
前記複数の窒素・空孔センターは、前記表面領域から200[nm]以下の深さに配置される、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項7】
前記複数の窒素・空孔センターは、前記表面領域から見て、101[cm-2]以上、1013[cm-2]以下の面密度を有する、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項8】
前記封止部は、300[nm]以下の厚さを有する、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項9】
前記ダイヤモンドは、前記表面領域から見て、1013[cm-2]以下の面密度の窒素原子を内部に含む、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項10】
前記量子素子は、核磁気共鳴、磁場、電場、温度、歪、またはpHを検出する量子センサ、量子ビットを保持する量子メモリ、量子ビットを操作する量子演算素子、または単一光子を発生する量子光源である、
請求項1に記載の量子素子。
【請求項11】
ダイヤモンドの内部に窒素・空孔センターを形成する形成工程と、
前記複数の窒素・空孔センターが形成されたダイヤモンドの表面領域の少なくとも一部を水素終端化する水素終端化工程と、
前記水素終端化された表面領域を封止する封止工程と、
を有する量子素子の製造方法。
【請求項12】
前記封止工程において、前記水素終端化された表面領域は、大気に暴露されることなく、封止される、
請求項11に記載の量子素子の製造方法。
【請求項13】
前記封止工程は、結晶を劈開することにより得られた薄片を前記表面領域に密着させることで、前記表面領域を前記薄片で封止する工程を有する、
請求項11に記載の量子素子の製造方法。
【請求項14】
前記封止工程は、物理気相成膜法、又は化学気相成膜法によって、前記表面領域上に薄膜を形成する工程を有する、
請求項11に記載の量子素子の製造方法。
【請求項15】
前記薄片で封止する工程又は前記薄膜を形成する工程は、真空下、又は、不活性ガス、水素ガス、又は不活性ガスと水素ガスの混合ガスの雰囲気下で、行われる、
請求項13又は14に記載の量子素子の製造方法。
【請求項16】
前記封止工程は、前記形成された薄膜を酸化させる工程を有する、
請求項14に記載の量子素子の製造方法。
【請求項17】
前記封止工程は、前記表面領域に樹脂材料を塗布する工程を有する、
請求項11に記載の量子素子の製造方法。
【請求項18】
前記形成工程は、
前記表面領域を通して前記ダイヤモンドの内部に窒素イオンとして窒素を注入する工程と、
前記注入された窒素から窒素・空孔センターを形成する工程と、を有し、
前記窒素イオンを注入する工程において、前記表面領域を通して前記ダイヤモンドの内部に注入される窒素イオンの面密度は、1013[cm-2]以下である、
請求項11に記載の量子素子の製造方法。
【請求項19】
前記窒素・空孔センターを形成する工程において、前記ダイヤモンド中に形成される窒素・空孔センターの面密度は、1013[cm-2]以下である、請求項18に記載の量子素子の製造方法。
【請求項20】
前記製造される量子素子が、請求項1から10のいずれか1項に記載の量子素子である、
請求項11に記載の量子素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子素子およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒素と空孔が隣り合って存在する窒素・空孔センターが内部に設けられたダイヤモンドを用いる量子素子の開発が進められている。この量子素子においては、窒素・空孔センターの電荷状態を電界によって制御できることが好ましい。このために、ダイヤモンド表面近くに窒素・空孔センターを形成し、この表面を水素終端化することが試みられている。このとき、量子状態の観測及び操作には、負に帯電した窒素・空孔センター(NV-)が用いられる。
【0003】
非特許文献1では、ダイヤモンドに窒素イオンを打ち込むことにより窒素・空孔センターを形成した後、ダイヤモンドの表面を水素終端化し、光検出磁気共鳴(ODMR:OpticallyDetectedMagneticResonance)スペクトルを観測することで、NV-が存在することを確認している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nature Electronics vol.1,pp.502-507(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、窒素・空孔センターが内部に設けられた量子素子においては、ダイヤモンド中の窒素の密度を低下させることが好ましい。窒素の好ましい密度の一例としては、109[cm-2]が挙げられる。その一方で、本願の発明者らは、窒素の密度を低下させればさせるほど水素終端表面下のNV-の安定性が低下するため、NV-を存在させることが難しいことを見出した。なお、非特許文献1においてNV-の存在を確認できたのは、内部に設けられた窒素の密度が高い(1013[cm-2])ためと考えられる。
【0006】
本発明の一態様は、上述した課題に鑑みなされたものであり、内部に含まれる窒素の密度を低下させた場合であっても、NV-をより安定化可能な量子素子およびその製造方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る量子素子は、窒素・空孔センターを内部に含み、水素終端化された表面領域を有するダイヤモンドと、前記水素終端化された表面領域を封止する封止部と、を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、内部に含まれる窒素の密度を低下させた場合であっても、NV-をより安定化可能な量子素子およびその製造方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の実施形態に係る量子素子を表す図である。
【
図2】窒素・空孔センターのエネルギー準位を表す図である。
【
図3】窒素・空孔センターのエネルギー準位を表す図である。
【
図4】量子素子の製造方法の一例を表すフロー図である。
【
図11】観測されたODMRのスペクトルの一例を表すグラフである。
【
図12】観測されたラビ振動の一例を表すグラフである。
【
図13】観測されたハーンエコーの一例を表すグラフである。
【
図14】水素終端化されたダイヤモンドの状態を表す模式図である。
【
図15】水素終端化されたダイヤモンドの状態を表す模式図である。
【
図16】水素終端化されたダイヤモンドの状態を表す模式図である。
【
図17】水素終端化されたダイヤモンドの状態を表す模式図である。
【
図18】水素終端化されたダイヤモンドの状態を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る量子素子10を表す模式図である。
【0011】
量子素子10の適用例としては、核磁気共鳴、磁場、電場、温度、歪、またはpHを検出する量子センサ、量子ビットを保持する量子メモリ、量子ビットを操作する量子演算素子、及び単一光子を発生する量子光源が挙げられる。なお、これらの適用例については、後述する。
【0012】
〔量子素子の構成〕
量子素子10は、ダイヤモンド11と封止部12とを有する。ダイヤモンド11は、窒素・空孔センターNVを内部に含み、水素終端化された表面領域F0を有する。ダイヤモンド11に含まれる窒素・空孔センターNVの数は、限定されず、1又は複数の何れであってもよい。
【0013】
ダイヤモンド11は単結晶であることが好ましい。その場合、ダイヤモンド11の表面の結晶面方位は、(111)、(100)、及び(113)の何れかであることが好ましい。特に、結晶面が(111)のダイヤモンド11に、化学気相合成法でデルタドープの窒素・空孔センターNVを作れば、表面に対して垂直な方向に沿って窒素・空孔センターNVのNからVに向かう方向を配向できるため、実効的な磁気感度を向上させることができる。
【0014】
また、ダイヤモンド11においては、炭素のうち13Cの濃度を減らし、12Cの割合を高めることが好ましい。この構成によれば、13C核スピンのフリップ・フロップによる局所磁場の変動を低減し、コヒーレンス時間を長くすることができる。
【0015】
ダイヤモンド11の表面領域F0(封止部12側)の表面粗さRaは、小さいほど好ましく、具体的には、0[nm]以上、10[nm]以下が好ましく、0[nm]以上1[nm]以下がより好ましく、0[nm]以上、0.1[nm]以下(原子レベルで平滑な表面)がさらに一層好ましい。
【0016】
窒素・空孔センターNVは、一種の色中心であり、ダイヤモンド11中に隣接する窒素と空孔の組である。より詳細には、窒素・空孔センターNVは、ダイヤモンド11中で、本来は炭素原子(C)があるべきところが窒素(N)で置換され、隣接する本来は炭素原子(C)があるべき位置に空孔(V)がある複合欠陥である。
【0017】
窒素・空孔センターNVは、封止部12の下方、特に、表面領域F0から深さDを中心に分布する。深さDは、窒素・空孔センターNVの分布(体積密度)が最大値をとる表面領域F0からの距離である。後述のように、窒素・空孔センターNVをダイヤモンド11の内部に注入された窒素イオンから形成する場合は、窒素・空孔センターNVの分布は、注入された窒素の分布と対応する。
【0018】
窒素・空孔センターNVは、非帯電のNV0、正に帯電したNV+、及び負に帯電したNV-という3つの電荷状態を取り得る。
【0019】
これらの電荷状態は、蛍光スペクトルから判別可能である。NV0とNV-は、波長532[nm]程度の緑色レーザーを照射することで、それぞれ特徴的な蛍光スペクトルを示し、その差によって電荷状態を判別可能である。NV0の蛍光スペクトルは575[nm]にゼロフォノン線を有し、NV-の蛍光スペクトルは637[nm]にゼロフォノン線を有する。どちらのスペクトルも、ゼロフォノン線よりも長波長側にブロードなフォノンサイドバンドを有し、シリコン検出器で計測できる。一方、NV+はシリコン検出器では計測できない。
【0020】
NV-は、量子ビットの初期化、操作、読み出しが可能であり、室温下で量子ビットとして利用できる。すなわち、NV-は、電子スピンS=1を有し、光照射によるスピンの偏極(量子ビットの初期化)、マイクロ波によるスピン共鳴(量子ビットの操作)、蛍光強度によるスピン状態の観測(量子ビットの読み出し)が可能である。
【0021】
NV
-は、磁気量子数m
Sが、0(m
S=0)、+1(m
S=+1)、および-1(m
S=-1)の状態を取り得る。
図2、
図3は、NV
-のバンド状態を表す模式図である。このうち、
図2は、「m
S=0」の状態からの励起を表し、
図3は、「m
S=±1」の状態からの励起を表す。
【0022】
図2,
図3に示すように、「m
S=0」の状態と「m
S=±1」の状態との間には、磁場の非印加下であっても、エネルギー差(ゼロ磁場分裂)があるが、このエネルギー差は、11.9[μeV](マイクロ波の周波数換算で、2.88[GHz])と、比較的小さい。このため、室温・熱平衡状態では、「m
S=0」と「m
S=±1」の状態間で、占有確率に実質的な差はない。
【0023】
しかし、NV-に波長532[nm]程度の緑色レーザーを照射することで、基底状態間で占有確率に大きな差が生じ、「mS=0」の基底状態が優位となる。すなわち、NV-は、光照射によるスピン偏極(光照射による初期化)が可能である。
【0024】
図2に示すように、「m
S=0」の基底状態から励起されると(経路E11)、赤色光を放出して「m
S=0」の基底状態へと戻る(経路E12)。これに対し、
図3に示すように、「m
S=±1」の基底状態から励起されると(経路E21)、赤色光を放出して「m
S=±1」の基底状態へと戻る(経路E22)以外に、「m
S=±1」の励起状態から光放出をせずに「m
S=0」の基底状態に至る状態遷移(経路E23)が存在する。そのため、一定時間の緑色レーザーの照射によって、NV
-を「m
S=0」の基底状態に揃えることが可能である。
【0025】
「mS=0」と「mS=±1」の状態間での赤色発光の差(蛍光強度の差)を用いて、NV-のスピン状態の観測が可能である。NV-に、例えば、マイクロ波を印加し、その周波数を変化させた場合、「mS=0」の状態と「mS=±1」の状態のエネルギー差に対応する周波数(2.88[GHz])のときに、蛍光強度が減少する。このように、光によって、NV-の電子スピン共鳴(ESR)を検出可能である(光検出磁気共鳴:Optically Detected Magnetic Resonance、略号でODMR)。
【0026】
これに対して、マイクロ波のパルスによって、電子スピン共鳴を生じさせ(量子ビットの操作)、レーザーパルスによって、スピン状態を観測(量子ビットの読み出し)してもよい。マイクロ波のパルス幅を長くするにつれて、スピン状態が「mS=0」と「mS=+1」あるいは「mS=-1」状態の間を振動(ラビ振動)する。蛍光強度の変化として、ラビ振動を観測することができる。
【0027】
後述の実験例に示すように、本実施形態の量子素子10においては、複数の窒素・空孔センターNVの内、50%、更には、60%、70%を超える窒素・空孔センターNVにおいて、電界を印加しない状態で、光検出磁気共鳴(ODMR)が観測される。
【0028】
以上のように、量子素子10を動作させるために、一般に、500~800[nm]の波長域の光の照射や取出しが行われる。このため、封止部12の材質、膜厚等に所定の制約がある。この詳細は後述する。
【0029】
ダイヤモンド11は、表面領域F0において、水素終端化されている。ダイヤモンド中の各炭素原子は、周りの4つの原子と共有結合で結び付いているが、ダイヤモンドの表面では、各炭素原子の結合手が余る。この未結合手は不安定で、表面準位として振る舞う。炭素原子の未結合手は、水素と結合することで、安定化される。このように炭素原子の未結合手が水素と結合された状態は水素終端と呼ばれる。ダイヤモンド11の表面領域F0を水素終端化することで、ダイヤモンドの表面準位密度が低減される。そのため、後述する封止部12の上層にゲート電極を設けることで、ゲート電極に電圧をかけて、電界効果により窒素・空孔センターNVの位置におけるフェルミ準位を変化させることができる。そのため、ゲート電極を設けた量子素子10においては、電界効果を用いて窒素・空孔センターNVの電荷制御を容易にすることができる。また、表面準位密度の低減は常磁性欠陥の低減にもつながり、スピンコヒーレンス時間の増大に繋がる。なお、上述したように封止部12の上層にゲート電極を設ける場合、封止部12は、ゲート絶縁体として機能する。
【0030】
ここで、水素終端化されている表面領域F0は、ダイヤモンド11の全面である必要はなく、その一部で足りる。すなわち、ダイヤモンド11の表面領域F0以外の表面領域が他の終端化(例えば、酸素終端化、窒素終端化、フッ素終端化)されていてもよい。
【0031】
封止部12は、水素終端化された表面領域F0に密着する層(例えば、薄膜、又は薄片)である。本実施形態において、封止部12として用いる薄膜は、表面領域F0上に堆積(一例として、気相成長、液相成長)された層であり、封止部12として用いる薄片は、固体(一例として、単結晶)を切り欠く(例えば、劈開)ことにより得られた層である。なお、薄膜は、単結晶、多結晶、及びアモルファスの何れであってもよい。また、封止部12を構成する層の別の一例としては、樹脂を薄く塗布した後に硬化させることによって得られる樹脂層であってもよい。
【0032】
封止部12は、例えば、ファンデルワールス力により、表面領域F0に密着、接合する。封止部12は、水素終端化された表面領域F0を封止することにより、大気中の水分や、CO2や、NO2などに代表される酸性ガス等から表面領域F0を保護する。これにより、表面領域F0近傍の窒素・空孔センターNVが負に帯電したNV-として安定に存在可能となる。この詳細は後述する。
【0033】
封止部12を構成する材料は、無機物であってもよいし、有機物であってもよい。無機物の一例としては、金属、グラファイト、及び無機化合物が挙げられる。金属の一例としては、アルミニウムが挙げられる。無機化合物の一例としては、酸化物、窒化物、及び弗化物が挙げられる。窒化物の一例としては、BN、GaN、及びAlNが挙げられる。有機物の一例としては、樹脂が挙げられる。なお、封止部12を表面領域F0に形成し、且つ、密着させる方法は、封止部12を構成する材料に応じて適宜選択することができる。
【0034】
なお、窒化ホウ素の構造体としては、アモルファス構造のアモルファス窒化ホウ素(a-BN)、c軸方向の積層構造の乱れた乱層窒化ホウ素(t-BN)、立方晶系閃亜鉛鉱型の立方晶窒化ホウ素(c-BN)、六方晶系グラファイト構造の六方晶窒化ホウ素(h-BN)および六方晶系ウルツ鉱型構造のウルツ鉱窒化ホウ素(w-BN)が知られている。これらのBNの中で、封止部12としては、封止部12中及び封止部12の表面の電荷およびスピンをもつ欠陥を減らす観点から、単結晶が好ましく、六方晶窒化ホウ素(h-BN)がさらにより好ましい。h-BNは、高い熱伝導率(4W/cm・K)を有することから、窒素・空孔センターNVを高強度レーザーで励起するときの放熱に寄与する。また、h-BNは、高温下(1000℃)でも酸化を防ぐコーティング材として働くことが知られている。そのため、封止部12を構成する材料としてh-BNを用いることにより、量子素子10を高温下で使用する場合であっても、表面領域F0を保護できる。
【0035】
層状に剥離(劈開)可能であり、薄片を得ることができる材料としては、グラファイト、六方晶窒化ホウ素(h-BN)、GaS、2H-SnS2を挙げることができる。これらの材料は、粘着テープなどを用いて劈開させることができるので、劈開により得られた薄片を表面領域F0に付着させることで、表面領域F0に密着可能である。
【0036】
また、ダイヤモンド11とは別の基板上に成長させた窒化物(例えば、GaN及びAlN)の薄膜を用いて封止部12を形成することもできる。
【0037】
薄膜を用いて封止部12を構成する場合、物理気相成膜(Physical Vapor Deposition:PVD)法や化学気相成膜(CVD:Chemical Vapor Deposition)法等の成膜方法を用いることができる。封止部12として機能する薄膜の材料としては、例えば、金属、酸化物、窒化物、弗化物が挙げられる。
【0038】
樹脂を用いて封止部12を構成する場合、例えば、スピンコート等の塗布法を用いることができる。封止部12を構成する樹脂は、適宜選択することができるが、一例として、フッ素樹脂が挙げられる。
【0039】
ここで、封止部12は、以下のような特性(1)~(4)を有することが好ましい。
(1)封止部12は、帯電し難い、特に、負に帯電し難い材料であることが好ましい(非帯電性)。NV-の電荷安定性を高めるためである。例えば、封止部12は、電荷トラップ、または、固定電荷を含まないことが好ましい。
(2)封止部12は、500~800[nm]の波長域の光の透過性を有することが好ましい(光の透過性)。
(3)封止部12は、蛍光を発しないことが好ましい(非蛍光性)。封止部12(封止材料自体)から蛍光が生じると、ダイヤモンド11からの光を検出する際の背景ノイズとなる。
(4)封止部12は、常磁性スピンを有しないことが好ましい。封止部12が常磁性スピンを有すると、NV-のスピンコヒーレンス時間が低下する原因となる。
【0040】
劈開によってダングリングボンドを実質的に有しない表面を得ることができるh-BNなどの層状構造をもつ材料は、封止部12の構成材料として好ましい。ダングリングボンドは、電荷トラップとして働き、NV-の電荷安定性を低下させる原因や、常磁性スピンによるコヒーレンス時間低下の原因になる。
【0041】
封止部12が金属の場合、光の透過性を得るために、厚さを十分薄くすることや、誘電体との積層化構造を形成するなどの手法を用いることが好ましい。また、金属は、仕事関数が低いことが好ましい。NV-の電荷安定性を高めるためである。
【0042】
封止部12の厚さは、1[nm]以上300[nm]以下であることが好ましい。ゲート電圧による窒素・空孔センターNVの電荷状態の制御性を高めるためである。封止部12の厚さが、1[nm]未満の場合、リーク電流が多くなり、300[nm]を超えると、十分な静電容量を得ることが困難になる。
【0043】
窒素・空孔センターNVからの蛍光の検出のために、500~800[nm]の波長において、ダイヤモンド内部から封止部上方への光の透過率が1%以上あることが好ましく、10%以上あることがさらに好ましい。例えば、封止部がアルミニウムの場合、屈折率と消衰係数から鑑みて、厚さは25[nm]以下であることが好ましく、10[nm]以下であることがさらに好ましい。
【0044】
〔量子素子の適用例〕
以下、量子素子10の適用例につき説明する。
【0045】
<量子メモリ及び量子演算素子>
既述のように、窒素・空孔センターNVは、量子状態(量子ビット)を保持する。この量子ビットは、窒素・空孔センターNVへの光の照射又はマイクロ波パルスの印加等によって操作することができる。このため、量子素子10は、量子ビットを保持する量子メモリ、または量子ビットを操作する量子演算素子として機能し得る。特に、電子スピンの情報を窒素や炭素の核スピンに転写し、核スピンに量子状態を保持させることによって、保持時間(コヒーレンス時間)を伸ばすことが可能である。
【0046】
ここで、電子スピンと核スピンの間の量子状態の転写を行い、かつ、核スピンのコヒーレンス時間を伸ばすためには、NV-状態からNV+状態への能動的な切り替えが望まれる。この切り替えを実施するためには、封止部12を構成する材料として絶縁体を用い、封止部12の上層にゲート電極を設ければよい。この場合、封止部12は、ゲート絶縁体として機能する。この構成によれば、ゲート電極に印加する電圧を介して窒素・空孔センターNVの位置におけるフェルミ準位を制御することができるので、窒素・空孔センターNVの電荷状態を能動的に切り替えることができる。
【0047】
窒素・空孔センターNVの深さは、0[nm]より大きく、100[nm]以下であることが好ましく、1[nm]以上、40[nm]以下であることがより好ましい。ゲート電圧による窒素・空孔センターNVの電荷状態の制御性を高めつつ、表面欠陥・表面吸着物の影響を受け難くするためである。
【0048】
なお、深さ方向の窒素・空孔センターNVの分布は、小さいほうが望ましい。ゲート電圧を印加した際の窒素・空孔センターNVの電荷状態のばらつきを少なくするためである。
【0049】
窒素・空孔センターNVの面密度ρは、1010[cm-2]以下であることが好ましい。それぞれの窒素・空孔センターNVにゲート電極を割り当てられることが可能となる。
【0050】
<量子センサ>
また、窒素・空孔センターNVの量子状態は、近傍の核磁気、磁場、電場、温度、歪、またはpHによって変化する。このため、量子素子10は、核磁気共鳴、磁場、電場、温度、歪、またはpHを検出する量子センサとして機能し得る。
【0051】
例えば、封止部12上に検出対象(微小試料)を配置することで、微小試料をナノスケールの空間分解能で核磁気共鳴(以下、NMR)計測することができる。封止部12を有することで、検出感度が向上する。後述のように、封止部12を用いることで、NV-が安定化され、かつスピンコヒーレンスが向上し、この両者が相まって、核磁気共鳴の検出感度が大きく向上する。
【0052】
窒素・空孔センターNVの深さは、0[nm]より大きく100[nm]以下であることが好ましく、1[nm]から40[nm]であることがより好ましい。高い空間分解能と検出感度と、表面欠陥・表面吸着物の影響の低減を両立させるためである。
【0053】
ここで、高い空間分解能と検出感度を得るためには、窒素・空孔センターNVをできるだけダイヤモンド11の表面近くに形成することが好ましい。例えば、核磁気共鳴の検出体積は、検出対象と窒素・空孔センターNVの距離の3乗に比例し、対象の核スピンが作る磁場は、検出対象と窒素・空孔センターNVの距離の-3/2乗に比例するためである。
【0054】
一方、表面欠陥・表面吸着物の影響を受けにくくするためには、窒素・空孔センターNVをダイヤモンド表面深くに形成することが好ましい。また、この範囲内においても、検出対象の体積に合わせた深さを用いることが好ましい。例えば、検出体積を1000[nm3]とするには、窒素・空孔センターNVの深さdを10[nm]を中心として分布させることが好ましい。
【0055】
量子センサにおいて、深さ方向の窒素・空孔センターNVの分布は、小さいほうが好ましい。検出体積を所望の値に近づけ、かつ、観測結果の解釈を容易にするためである。
【0056】
量子センサが光を用いる場合、窒素・空孔センターNVの面密度ρは、101[cm-2]以上108[cm-2]以下であることが好ましい。この下限は、3mm角のダイヤモンド11に、1の窒素・空孔センターNVを配置した場合に対応する。面密度ρがこの下限を下回ると、ダイヤモンド11(ダイヤモンド基板)の浪費となる。上限は、1[μm]程度の光のスポット径に多くともひとつの窒素・空孔センターNVが含まれるようにして、個々の窒素・空孔センターNVのスピン状態を独立して制御・観測するためである。電気的手法を用いる場合には、それぞれの窒素・空孔センターNVに電極を割り当てられるように窒素・空孔センターNVの面密度ρを調整する。このとき、電極作製用のレジストマスクを使って、窒素・空孔センターNVの形成位置を電極下に限定することは有用である。
【0057】
封止部12の厚さは1[nm]から50[nm]であることが好ましく、3[nm]から30[nm]であることがより好ましい。空間分解能と検出感度を上げつつ、NV-の安定性を高めるためである。すなわち、封止部12が薄くなり過ぎると、封止部12の表面に負の電荷をもった不純物(後述のアクセプタAC)が吸着し、窒素・空孔センターNVの電荷状態を0あるいは+にする傾向が強くなる。
【0058】
<磁化イメージング>
量子素子10は、薄膜試料や磁性体を含む微小生物の磁化イメージングに用いることも可能である。封止部12の面上に磁性薄膜試料や磁性体を含む微小生物・生体細胞などを配置することで、量子素子10内にその磁性体から生じる磁場のイメージングが形成され、これを観測することが可能となる。既述のように、封止部12によって、磁気感度が向上する。
【0059】
このとき、サブマイクロメートルのイメージング空間分解能を得るためには、表面領域F0からの窒素・空孔センターNVの深さは、0[nm]から200[nm]であることが好ましく、1[nm]から100[nm]であることがより好ましい。高い空間分解能と磁気検出感度を得つつ、表面欠陥・表面吸着物の影響を受けにくくするためである。
【0060】
深さ方向の窒素・空孔センターNVの分布は、小さいこと、例えば、深さ方向の分布の半値幅は0[nm]か50[nm]であることが好ましく、0から20[nm]であることがより好ましい。観測結果の解釈を容易にするためである。
【0061】
表面領域F0から見た窒素・空孔センターNVの面密度ρは108[cm-2]から1013[cm-2]であることが好ましく、1011[cm-2]から1012[cm-2]であることがより好ましい。発光強度の増加によって磁気感度を高めつつ、スピンコヒーレンスの低下によって磁気感度が逆に低下することを防止するためである。
【0062】
以上のように、窒素・空孔センターNVの用い方によって、窒素・空孔センターNVの適正な面密度ρは、異なる。すなわち、単一の窒素・空孔センターNVを用いて、微小試料を核磁気共鳴計測する場合、面密度ρは101から108[cm-2]であることが好ましい。一方、多数の窒素・空孔センターNVを用いて、磁化イメージングまたは電流分布イメージングを行う場合、面密度ρは108から1013[cm-2]であることが好ましい。いずれにしても、表面領域F0から見て、101[cm-2]以上、1013[cm-2]以下の面密度ρを有する量子素子によって、種々の計測等を行うことができる。
【0063】
封止部12がh-BNである場合、その厚さは0[nm]より大きく、50[nm]以下であることが好ましく、10[nm]から30[nm]であることがより好ましい。空間分解能と検出感度を上げつつ、NV-の安定性を高めるためである。
【0064】
量子素子10は、薄膜試料中の電流分布イメージングに用いることも可能である。電流が作る磁場を、上記の磁気イメージングと同様の手法で検出する。封止部12によって、磁気感度(微小電流の検出)を向上できる。好ましいNVの深さ、h-BNの厚さは、磁化イメージングの場合と同様である。この場合、量子素子10のユーザは、表面領域F0に設けられた封止部12の上に観察対象の薄膜試料を成膜すればよい。また、観察対象の薄膜試料自体を封止部12として利用することも可能である。この場合、観察対象の薄膜試料を表面領域F0の上に成膜することで、薄膜試料によって、表面領域F0を封止することができる。
【0065】
<その他の適用例>
また、量子素子10は、窒素・空孔センターNVに光や電子線を照射することで、単一光子の発生が可能である。このため、量子素子10は、単一光子を発生する量子光源として機能し得る。
【0066】
〔製造方法〕
以下、量子素子10の製造方法を説明する。
図3は、量子素子10の製造方法の一例を表すフロー図である。
図5~
図7は、製造中の量子素子10を表す図である。以下、
図4~
図7に基づき、量子素子10の製造方法を説明する。以下、量子素子10の製造方法の詳細を説明する。
【0067】
(1)基板の準備(ステップS11)
基板として、表面が研磨、清浄化されたダイヤモンド11を準備する。例えば、化学気相合成のダイヤモンド単結晶基板の表面を研磨し、硫酸や硝酸、塩酸など、あるいはその混合溶液中における煮沸酸洗浄およびエタノールやアセトン、イソプロピルアルコールなどによる有機洗浄により清浄化する。
【0068】
(2)基板への窒素イオンの注入(ステップS12)
表面領域F0を通して、準備された基板(ダイヤモンド11)の内部に窒素イオンを注入する。具体的には、電圧(加速電圧)によって窒素イオンを加速し、表面領域F0に照射し、適宜の密度でダイヤモンド11に注入する。
図5に示されるように、窒素イオンがダイヤモンド11に打ち込まれ、その内部に留まる。窒素イオンは、ダイヤモンド11の表面領域F0から内部に注入され、ダイヤモンド11内を進む。窒素イオンは、ダイヤモンド11内で衝突を繰り返すことで、エネルギーを失い、停止する。なお、このときに用いる窒素イオンの価数(正負および絶対値)は、適宜に設定することができる。
【0069】
ここでは、判り易さのために、6個の窒素イオンが注入された状態を表す。このとき、窒素イオンの加速電圧によって、注入される窒素イオンの分布(体積密度)が最大値をとる深さDが規定される。深さDは、注入される窒素イオンの分布の中心値として観念してもよい。また、表面領域F0を通してダイヤモンド11の内部に注入される窒素イオンの面密度ρ[cm-2]を、例えば、1012[cm-2]以下と適宜に調節する。面密度ρ[cm-2]についての詳細は後述する。
【0070】
以上では、窒素イオンを加速して打ち込むことで、ダイヤモンド11に窒素(窒素イオン)を注入している。これに対して、他の手法を用いて、ダイヤモンド11に窒素を供給し、窒素・空孔センターNVを形成してもよい。この一例として、ダイヤモンド11の成膜(例えば、化学気相合成)の際に、窒素をドープした層を形成する方法を挙げることができる。なお、このように成膜の際に窒素をドープした場合、窒素の深さ分布は、
図1に示される分布とは異なる可能性がある。すなわち、窒素の分布は、成膜のどのタイミングでどれくらい窒素原料を添加したかなどによって決定される。
【0071】
(3)アニールによる窒素・空孔センターNVの形成(ステップS13)
窒素イオンが注入された基板(ダイヤモンド11)をアニールして、基板中の注入窒素から窒素・空孔センターNVを形成する。注入された窒素がダイヤモンド11中の炭素原子の本来の位置に移動し、その隣に原子空孔が移動してくることで表面領域F0の近傍に窒素・空孔センターNVが形成される。
【0072】
ここで、ステップS12、S13を併せて、ダイヤモンドの内部に複数の窒素・空孔センターを形成する形成工程と観念することができる。
【0073】
ここでは、判り易さのために、注入された6個の窒素イオンの全てから窒素・空孔センターNVが形成したとしている。但し、注入された窒素イオンの一部から窒素・空孔センターNVが形成されれば足りる。
【0074】
(4)表面領域F0の水素終端化(ステップS14)
内部に窒素・空孔センターNVを形成した基板(ダイヤモンド11)の表面領域F0の少なくとも一部を水素終端化する(水素終端化工程)。
水素終端化には、例えば、ダイヤモンド基板(ダイヤモンド11)表面への水素ラジカル照射などの手法が用いられる。水素ラジカルは、水素プラズマや水素ガス雰囲気中における熱フィラメントなどを用いた熱分解により生成することができる。また、その化学反応を促進させるため、適宜ダイヤモンド基板を加熱することが好ましい。このとき、水素終端化の条件は、基板表面のエッチングや、基板表面からの水素拡散が実質的に生じない範囲内とすることが好ましい。表面のエッチングや水素拡散は、表面領域F0の近傍の窒素・空孔センターNVの消滅に繋がるからである。
【0075】
(5)表面領域F0の封止(ステップS15)
水素終端化された表面領域F0を大気に暴露することなく封止部12で封止する(封止工程)。この封止の際に、水素終端化された表面領域F0は、大気に暴露されないことが好ましい。例えば、同一又は連結された真空チェンバ内で、水素終端化と封止とを行う。また、搬送用真空チャンバーを介して、水素終端化されたダイヤモンド11を不活性ガス(例えば、アルゴン)が充満されたグローブボックス内に搬入し、その中で、封止を行ってもよい。その他に、例えば、水素終端化された表面領域F0を大気に晒したのちに、真空チャンバー内や不活性ガスで満たされたグローブボックス内で加熱し、大気由来の表面吸着物を脱離させてから、封止部12で封止することもできる。しかし、大気由来の表面吸着物と水素終端表面の化学反応によって水素終端表面の劣化が生じる可能性があるため、水素終端化された表面領域F0は封止までの間に大気に暴露されないことがより好ましい。
【0076】
封止には次のように、種々の手法を用いることができる。但し、いずれの手法を用いる場合でも、水素終端化された表面領域F0が大気に暴露されないように、真空、不活性ガス、水素ガス、及び不活性ガスと水素ガスの混合ガスの雰囲気下のいずれかにおいて、表面領域F0を封止部12で封止することが好ましい。
【0077】
(a)薄片の接合
封止部12を構成する薄片を表面領域F0に付着させることで、表面領域F0に当該薄片を密着、接合させる。例えば、固体(例えば単結晶)を切り欠く(例えば劈開)することにより当該固体の薄片が得られる。得られた薄片の劈開面を表面領域F0に付着させることで、表面領域F0に薄片を密着、接合させる(転写法)。グラファイト、h-BN、GaS、2H-SnS2などを劈開して得られた薄片では、この接合は、薄片と表面領域F0間のファンデルワールス力で行われ、接着剤等を要しない。
【0078】
例えば、六方晶窒化ホウ素(h-BN)を用いて、次のように、表面領域F0を封止できる。まず、粘着テープによって、高温高圧合成したh-BN単結晶を劈開する。劈開されたh-BN単結晶は、単結晶薄片として、粘着テープに付着する。次に、このh-BN単結晶薄片を粘着テープからPDMS(ポリジメチルシロキサン)シートへと転写する。さらに、PDMSシートを表面領域F0に貼り付け、PDMSシートを剥がすことで、h-BN単結晶薄片をダイヤモンド表面に付着させる。
【0079】
(b)気相成膜
気相成膜法を用いて、封止部12を構成する薄膜を表面領域F0に成膜することもできる。気相成膜法の例としては、物理気相成膜(PVD)法、及び、化学気相成膜(CVD)法が挙げられる。物理気相成膜法の一例としては、真空蒸着法や分子線ビームエピタキシー(molecular Beam Epitaxy:MBE)法が挙げられる。化学気相成膜法の一例としては、原子層堆積(Atomic Layer Deposition: ALD)法が挙げられる。
【0080】
物理気相成膜(PVD)法、及び、化学気相成膜(CVD)法によって、例えば、金属、酸化物、窒化物、及び弗化物を形成することができる。
【0081】
(c)成膜後ガス処理
表面領域F0上に膜を形成した後に、この膜にガス処理を行い、酸化等してもよい。例えば、金属の成膜後に、酸化させ、酸化層を形成してもよい。
【0082】
(d)液相成膜
液体材料を用いて成膜を行ってもよい。例えば、スピンコートなどの塗布法によって、表面領域F0上に樹脂(例えば、フッ素樹脂)の層を形成してもよい。
【0083】
(6)素子加工(ステップS16)
必要に応じて、ダイヤモンド11上に電極等を形成することで、量子素子10が製造される。
【0084】
〔実施例〕
以下、本発明の実施例を説明する。ここでは、既述のステップS11~S16を実行して、
図1に示す素子構造(試料)を作成し、作製した基板を評価した。
【0085】
A.試料の作成
基本的には、
図3~
図7で示した製造方法に基づき、試料を作成した、詳細には以下の通りである。
(1)基板の準備
基板として、化学気相合成ダイヤモンド単結晶基板(エレメントシックス社製、Electronic Grade;基板の大きさ:4.5mm×4.5mm×0.5mm)を用い、シンテック社において表面を研磨した。その後、基板を4分割し、熱混酸および有機洗浄により清浄化した。なお、4分割した基板は、裏表の判別容易のため、切り欠けを付与した。
【0086】
(2)窒素イオンの打ち込み
基板に窒素イオンを注入した。具体的には、室温において、加速エネルギー10[keV]で、注入密度7×1011[cm-2]で窒素イオンを注入した。
【0087】
(3)真空アニールによる窒素・空孔センターNVの形成
基板を真空アニールして窒素・空孔センターNVを形成した。具体的には、窒素イオンを注入した基板を熱混酸で洗浄した後、真空中において、1000℃で2時間アニールを実施し、窒素・空孔センターNVを形成した。その後、再度熱混酸洗浄を行った。
【0088】
(4)表面領域の水素終端化
内部に窒素・空孔センターNVが形成された基板を水素終端化した。ここでは、ダイヤモンド成膜用のマイクロ波プラズマ気相合成装置内で、30分間、ダイヤモンド表面を水素プラズマに暴露することで、ダイヤモンドの表面を水素終端化した。水素の流量は50[sccm]、圧力は10[Torr]であった。なお、この条件の水素プラズマ照射によって、ダイヤモンド表面が水素終端化されることは、次のように確認した。すなわち、別のダイヤモンドを用いて、同等の条件でプラズマ処理を行い、大気に暴露した際に表面伝導が生じた。
【0089】
(5)表面領域の封止
水素終端化された表面領域F0を封止部12で封止した。ここでは、封止部12として、h-BN単結晶を用い、次のように封止を行った。すなわち、アルゴンで満たされたグローブボックス中で、高温高圧合成したh-BN単結晶を粘着テープによって劈開し、劈開したh-BN単結晶薄片をPDMSシートに転写した。搬送用真空チャンバーを使って、水素終端処理されたダイヤモンドを、大気に晒さずに、このグローブボックス内に搬入した。そして、このダイヤモンド表面に上記PDMSシートを貼り合わせることで、h-BN単結晶薄片をダイヤモンド表面に貼り合わせた。その後、PDMSシートを剥がしても、h-BN単結晶薄片はダイヤモンド表面(表面領域F0)に付着したまま残る。
【0090】
B.試料の評価
次のように、作製された試料を評価した。
【0091】
試料の評価としては、(1)蛍光強度マッピング、(2)ODMRスペクトル、(3)ラビ振動、(4)ハーンエコーを測定した。
【0092】
(1)蛍光強度マッピングは、蛍光強度の面内分布を表す。ここでは、連続波(CW)のレーザーによって試料を励起する。なお、このとき、マイクロ波は用いられない。
図8~
図10は、蛍光強度マッピングの測定結果を表す。
(2)ODMRスペクトルの観測の際は、連続波(CW)のレーザー、連続波(CW)のマイクロ波を試料に照射する。
図11は、ODMRスペクトルの測定結果を表す。
(3)ラビ振動の観測の際は、試料にパルス化したレーザー、パルス化したマイクロ波を照射する。
図12は、ラビ振動の測定結果を表す。
(4)ハーンエコーの観測の際は、試料にパルス化したレーザー、パルス化したマイクロ波を照射する。
図13は、ハーンエコーの測定結果を表す。
【0093】
(2)測定系および測定方法について
試料の励起用光源として、緑レーザー(波長532[nm])を用いた。対物レンズ(倍率:50、NA:0.95)を介して、試料に緑レーザーを照射した。音響光学変調器(Acousto Optic Modulator:AOM)を用いて、励起用光源からのレーザー光をパルス化した。パルス化したレーザーは、約3[μ秒]のパルス幅、200[μW]の強度であり、NV-の初期化及びスピン読み出し用として用いた。
【0094】
試料(NV-)からの蛍光は、ロングパスフィルタ(カットオフ波長:647[nm])にて励起光と分離し、単一光子検出器(Avalanche PhotoDiode:APD)を用いて計数した。計数値は蛍光強度とも称する。
【0095】
蛍光強度マッピングは、ダイヤモンド11の表面にレーザー光の焦点を合わせ、ダイヤモンド11の表面を2次元的にスキャンしながら蛍光強度を検出することで取得した。
【0096】
ODMRスペクトルを計測する場合、マイクロ波源、マイクロ波増幅器、及び試料(ダイヤモンド)近傍に設置されたアンテナを用いる。連続的に周波数を変えたマイクロ波を試料に照射しながらAPDにて計数することで、ODMRスペクトルを得ることができる。マイクロ波の周波数がmS=0と、mS=-1もしくはmS=+1とのエネルギー差と一致する場合、蛍光強度が下がる。このときのマイクロ波周波数を共鳴周波数と呼ぶ。共鳴周波数のマイクロ波を照射することでNV-のスピン状態を変化させることができる。
【0097】
ラビ振動は、共鳴周波数のマイクロ波を照射する時間を長くしていきながら蛍光強度をモニタすることで観測することができる。測定方法は、次のとおりである。(1)パルスレーザーでNVを初期化する。(2)共鳴周波数のマイクロ波のパルスを照射する。(3)パルスレーザーでNVの蛍光強度を計測する。
【0098】
以上(1)~(3)の測定を繰り返し行うが、ラビ振動を観測するためには、マイクロ波の照射時間を少しずつ長く(マイクロ波のパルス幅を長く)していく必要がある。マイクロ波をパルス化するために、マイクロ波源とマイクロ波増幅器の間に高周波スイッチを配し、高速(1[GS/秒])でON/OFFスイッチングする。ラビ振動は最大値と最小値が一定の周期で繰り返される。位相を1周期分変化させるマイクロ波のパルス幅を2πと呼ぶ。初期化のための約5[μ秒]の532[nm]レーザー照射の後、2[μ秒]の待機時間を経て、試料にマイクロ波パルスを照射する。その後、試料に532[nm]のレーザーを照射しながら、300[n秒]程度の間蛍光強度を積算することで、スピン状態の読み出しを行った。
【0099】
ハーンエコー(スピンエコーの一種)の測定方法は、次のとおりである。(1)パルスレーザーで初期化する。(2)π/2のパルス幅のマイクロ波を照射する。(3)待ち時間τの間待つ。(4)πのパルス幅のマイクロ波を照射する。(5)待ち時間τの間待つ。(6)パルスレーザーでNVの蛍光強度を計測する。以上(1)~(6)の測定を繰り返し行うが、ハーンエコースペクトルを得るためには、待ち時間τを少しずつ長くしていく必要がある。
【0100】
(2)測定結果
図8~
図10は、ダイヤモンド表面近傍の蛍光強度マッピングの結果を表す図である。
図11は、観測されたODMRのスペクトルの一例を表すグラフである。
図8~
図10中、黒丸、白丸、及び点線の丸の箇所は、ODMRの観測を試みた箇所である。この内、黒丸はODMRが観測された箇所、白丸はODMRが観測なかった箇所、点線の丸は弱いODMRが観測された箇所である。この試料は、封止部12で封止された領域(封止部12下)、封止部12で封止されなかった領域(封止部12外)の双方を有する。これらの領域の境界BLが点線で仮想的に示される。
【0101】
封止部12で封止されていない領域では、30箇所中14箇所(47%)の発光点においてODMRが観測された(うち、3つは、弱いODMR)。これに対し、封止部12で封止した領域では、30箇所中23箇所(77%)の発光点においてODMRが観測された(うち、2つは、弱いODMR)。
【0102】
図12は、観測されたラビ振動の一例を表すグラフである。
図13は、観測されたハーンエコーの一例を表すグラフである。ODMRが観測された箇所では、ラビ振動およびハーンエコーも観測できることをそれぞれ5点について確認した。
【0103】
以上のように、注入密度7×1011[cm-2]で窒素イオンを注入したダイヤモンド表面を水素終端化した後、大気に晒すことなく、封止部12(六方晶窒化ホウ素(h-BN)単結晶薄膜)で封止した。これにより、封止部12で覆われた領域においては、当該領域に含まれる窒素・空孔センターNVのうち70%を超える窒素・空孔センターNVにおいて、ODMR、ラビ振動、及びスピンエコーを観測することができた。このことは、70%を超える窒素・空孔センターNVの状態がNV-であることを意味する。すなわち、水素終端したダイヤモンド11の表面領域F0を封止部12により封止することで、NV-がより安定して存在可能となることが分かった。なお、既述のように、封止部12で覆われていない領域においては、ODMR、ラビ振動、及びスピンエコーを観測できた窒素・空孔センターNVは、47%であった。
【0104】
(3)考察
以上のように、水素終端ダイヤモンドを封止することで、NV
-の安定性を向上できることは次のように説明することができる。
図14~
図18は、水素終端化されたダイヤモンドの状態を表す模式図である。ダイヤモンド11は、窒素・空孔センターNVを内部に含み、水素終端化された表面領域F0を有する。
図14、
図15では、ダイヤモンド11は封止部12によって封止されていない。
【0105】
図14に示されるように、ダイヤモンド11は、水素終端化され、水素終端層LHを有する。ダイヤモンド11を大気に晒すと、水素終端層LH上にアクセプタAC(大気由来の負に帯電しやすい不純物)が配置される。負に帯電したアクセプタACの1例は、表面に形成された二酸化炭素などを含み弱酸性の水の層LWの中の、水酸化物イオンや炭酸イオンである。別の1例は、大気中の二酸化窒素に起因する硝酸イオンである。
【0106】
負に帯電したアクセプタACに起因して、ダイヤモンド11の表面から数[nm]の深さに正孔HLが生成される。さらに、窒素・空孔センターNVも、正に帯電(NV+)あるいは非帯電(NV0)状態になり易くなる。
【0107】
図14、
図15は、ダイヤモンド11に注入された窒素の密度が異なる。
図14では、10
8[cm
-2]、
図14では、10
13[cm
-2]の窒素密度としている。ダイヤモンドの炭素を置換した窒素はCセンターあるいはP1センターと呼ばれ、1.7[eV]程度の深い準位をもつドナーとして振る舞う。そのため、ダイヤモンド基板中に存在する窒素や、打ち込んだ窒素の濃度が高いほど、窒素・空孔センターNVは負に帯電しやすい。
【0108】
図15では、窒素密度が大きいため、アクセプタACの負の帯電は、正に帯電した窒素ドナーによってキャンセルされる。このため、正孔HLは存在しなくなり、負の窒素・空孔センターNV(NV
-)が存在可能となる。このように、水素終端化されたダイヤモンド11は、大気由来の負のアクセプタACが吸着することで、NV
-が安定的に存在することが困難となるが、窒素の面密度を、例えば、10
13[cm
-2]より大きくすることで、NV
-が安定して存在可能となる。
【0109】
しかし、窒素の密度を大きくすることは、好ましくない影響を及ぼす。炭素を置換した窒素は帯電していない状態でスピンS=1/2をもつ。このスピンによる局所磁場の変動によって、量子状態を保持可能なスピンコヒーレンス時間T2が短くなる。また、窒素の密度を大きくすることは、窒素・空孔センターNVの密度を大きくすることに繋がり、個々の窒素・空孔センターNVを区別して、量子状態を検出、操作することが困難となる。
【0110】
これに対して、実施例に示されるように、ダイヤモンド11を封止部12で封止することで、窒素の注入密度(面密度ρ)が1013[cm-2]以下、7×1011[cm-2]と比較的小さくても、NV-を安定化することが可能であった。
【0111】
図16~
図18では、ダイヤモンド11の一部が封止部12によって封止されている。なお、一部封止としたのは、封止の有無の影響の対比を容易とするためである。
図16,
図17は、注入密度を10
8[cm
-2]としている。ここで仮定として、封止部12で封止されない箇所でのアクセプタACの密度が10
12~10
13[cm
-2]であるのに対して、封止部12で封止された箇所でのアクセプタACの密度が10
7[cm
-2]程度であるとする。この場合、
図16に示すように、封止部12で封止されない箇所ではNV
+が優位となるが、封止部12で封止された箇所ではNV
-が優位となり、安定して存在可能と考えられる。
【0112】
しかしながら、今回の実験結果からすれば、
図17に示すように、注入密度10
8[cm
-2]程度では、封止部12で封止された箇所であっても、NV
+が優位になると考えられる。
【0113】
図18は、今回の実験結果に対応し、注入密度7×10
11[cm
-2]の場合に、NV
-が安定化された状態を表す。すなわち、今回の実験結果からすると、封止部12で封止された箇所におけるアクセプタACの密度は5×10
11[cm
-2]程度であり、この密度を超える7×10
11[cm
-2]の窒素の注入によって、NV
-が安定化されたと考えることができる。
【0114】
封止部12で封止された箇所で5×1011[cm-2]程度のアクセプタACが残存するのは、今回の実験で用いた、試料の保持、封止に用いたグローブボックスとそのガス循環精製装置の性能に起因する限界と考えられる。従って、例えば、水素終端化と封止部12による封止を同一の真空チェンバで行うなど、より確実に大気を遮断可能な環境で処理を行うことで、窒素の注入密度の更なる低減が図れると考えられる。
【0115】
(まとめ)
以下、上記実施形態から把握される発明を示す。
【0116】
本発明の態様1に係る量子素子は、窒素・空孔センターを内部に含み、水素終端化された表面領域を有するダイヤモンドと、前記水素終端化された表面領域を封止する封止部を備える。これにより、水素終端化された表面領域への大気不純物の吸着に起因するアクセプタの発生が防止され、複数の窒素・空孔センターが、負に帯電したNV-としてより安定して存在可能となる。
【0117】
本発明の態様2に係る量子素子は、態様1において、前記封止部は、前記水素終端化された表面領域に密着または接合する薄膜または薄片である。薄膜または薄片によって、表面領域を封止することができる。
【0118】
本発明の態様3に係る量子素子は、態様1又は2において、前記封止部は、酸化物、窒化物、弗化物、又は樹脂材料から構成される。これらの材料により構成された封止部によって、表面領域を効率的に保護することができる。
【0119】
本発明の態様4に係る量子素子は、態様1又は2において、前記封止部は、金属から構成される。金属によって、表面領域を効率的に保護することができる。
【0120】
本発明の態様5に係る量子素子は、態様1~4において、前記複数の窒素・空孔センターの内、50%を超える窒素・空孔センターにおいて、電界を印加しない状態で、光検出磁気共鳴が観測される。表面領域を封止したことで、NV-が安定化され、光検出磁気共鳴の観測が容易となる。
【0121】
本発明の態様6に係る量子素子は、態様1~5において、前記複数の窒素・空孔センターは、前記表面領域から200[nm]以下の深さに配置される。量子素子をセンサとして用いる場合に、サブマイクロメートルのイメージング空間分解能を得ることが容易となる。
【0122】
本発明の態様7に係る量子素子は、態様1~6において、前記複数の窒素・空孔センターは、前記表面領域から見て、101[cm-2]以上、1013[cm-2]以下の面密度ρを有する。量子素子をセンサとして用いる場合に、個々の窒素・空孔センターNVのスピン状態を独立して制御・観測することや磁気感度を確保することが容易となる。
【0123】
本発明の態様8に係る量子素子は、態様1~7において、前記封止部は、300[nm]以下の厚さを有する。これにより、封止部を透過する光を用いる量子状態の観測、操作が容易となる。
【0124】
本発明の態様9に係る量子素子は、態様1~8において、前記ダイヤモンドは、前記表面領域から見て、1013[cm-2]以下の面密度の窒素原子を内部に含む。窒素密度が少ないことにより、コヒーレンス時間の向上が容易となる。
【0125】
本発明の態様10に係る量子素子は、態様1~9において、前記量子素子は、核磁気共鳴、磁場、電場、温度、歪、またはpHを検出する量子センサ、量子ビットを保持する量子メモリ、量子ビットを操作する量子演算素子、または単一光子を発生する量子光源である。量子素子は、種々のセンサ、メモリ、演算素子、または光源として用いることができる。
【0126】
本発明の態様11に係る量子素子の製造方法は、ダイヤモンドの内部に窒素・空孔センターを形成する形成工程と、前記複数の窒素・空孔センターが形成されたダイヤモンドの表面領域の少なくとも一部を水素終端化する水素終端化工程と、前記水素終端化された表面領域を封止する封止工程と、を有する。表面領域を封止することで、複数の窒素・空孔センターが、負に帯電したNV-としてより安定して存在可能となる。
【0127】
本発明の態様12に係る量子素子の製造方法は、態様11において、前記封止工程では、前記水素終端化された表面領域は、大気に暴露されることなく、封止される。表面領域を、大気に暴露することなく、封止することで、複数の窒素・空孔センターが、負に帯電したNV-としてさらに安定して存在可能となる。
【0128】
本発明の態様13に係る量子素子の製造方法は、態様11または12において、前記封止工程は、結晶を劈開することにより得られた薄片を前記表面領域に密着させることで、前記表面領域を前記薄片で封止する工程を有する。薄片を表面領域に密着させることで、表面領域を効果的に封止できる。
【0129】
本発明の態様14に係る量子素子の製造方法は、態様11または12において、前記封止工程は、物理気相成長法、又は化学気相成長法によって、前記表面領域上に薄膜を形成する工程を有する。物理気相成長法、又は化学気相成長法によって、薄膜を形成することで、表面領域を効率的に封止できる。
【0130】
本発明の態様15に係る量子素子の製造方法は、態様13又は14において、前記薄片で封止する工程又は前記薄膜を形成する工程は、真空下、又は、不活性ガス、水素ガス、又は不活性ガスと水素ガスの混合ガスの雰囲気下で、行われる。真空下、又は、不活性ガス等の雰囲気下で封止を行うことで、表面領域への大気成分等の吸着を防止できる。
【0131】
本発明の態様16に係る量子素子の製造方法は、態様14において、前記封止工程は、前記形成された薄膜を酸化させる工程を有する。薄膜を形成後に酸化しても、表面領域の封止状態は維持される。
【0132】
本発明の態様17に係る量子素子の製造方法は、態様11において、前記封止工程は、前記表面領域に樹脂材料を塗布する工程を有する。樹脂材料を塗布することによって、表面領域を効率的に封止できる。
【0133】
本発明の態様18に係る量子素子の製造方法は、態様10~17おいて、前記形成工程は、前記表面領域を通して前記ダイヤモンドの内部に窒素イオンを打ち込む工程、を有し、前記窒素イオンを打ち込む工程において、前記表面領域を通して前記ダイヤモンドの内部に打ち込まれる窒素イオンの面密度は、1013[cm-2]以下である。窒素イオンの面密度を制限することで、個々の窒素・空孔センターNVを区別して、量子状態を検出、操作することが容易となる。また、量子状態を保持可能なスピンコヒーレンス時間T2が長くなる。
【0134】
本発明の態様19に係る量子素子の製造方法は、態様18において、前記窒素・空孔センターを形成する工程で、前記ダイヤモンド中に形成される窒素・空孔センターの面密度は、1013[cm-2]以下である。窒素・空孔センターの面密度を制限することで、個々の窒素・空孔センターNVを区別して、量子状態を検出、操作することがより容易となる。また、量子状態を保持可能なスピンコヒーレンス時間T2が長くなる。
【0135】
本発明の態様20に係る量子素子の製造方法は、態様10~19において、前記製造される量子素子が、態様1から10のいずれか1項に記載の量子素子である。種々のセンサ、メモリ、演算素子として用いることができる、種々の量子素子を製造できる。
【0136】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0137】
10 量子素子
11 ダイヤモンド
12 封止部
NV 窒素・空孔センター