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  • 特開-多極円筒状磁石および複合部材 図1A
  • 特開-多極円筒状磁石および複合部材 図1B
  • 特開-多極円筒状磁石および複合部材 図2
  • 特開-多極円筒状磁石および複合部材 図3
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  • 特開-多極円筒状磁石および複合部材 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024023145
(43)【公開日】2024-02-21
(54)【発明の名称】多極円筒状磁石および複合部材
(51)【国際特許分類】
   H01F 13/00 20060101AFI20240214BHJP
   H01F 7/02 20060101ALI20240214BHJP
   H02K 1/2733 20220101ALI20240214BHJP
   H02K 15/03 20060101ALN20240214BHJP
【FI】
H01F13/00 350
H01F7/02
H02K1/2733
H02K15/03 C
H02K15/03 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023123615
(22)【出願日】2023-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2022126296
(32)【優先日】2022-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】吉田 理恵
(72)【発明者】
【氏名】伊丹 大地
(72)【発明者】
【氏名】阿部 将裕
(72)【発明者】
【氏名】川村 訓康
(72)【発明者】
【氏名】矢野 喬之
(72)【発明者】
【氏名】山本 宗生
【テーマコード(参考)】
5H622
【Fターム(参考)】
5H622AA03
5H622CA01
5H622CA05
5H622CA10
5H622DD02
5H622DD04
5H622PP03
5H622QA03
5H622QA04
5H622QB09
(57)【要約】
【課題】表面磁束密度がより優れた多極円筒状磁石を提供する。
【解決手段】内周面及び外周面を有し、N極及びS極が周方向に交互に連続して着磁された多極円筒状磁石であって、前記外周面の表面磁束密度は、前記内周面の表面磁束密度の0.2倍以上であり、異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含み、前記異方性希土類磁性粉末及び前記樹脂における前記異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%以上65vol%以下である多極円筒状磁石に関する。
【選択図】図1A

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面及び外周面を有し、N極及びS極が周方向に交互に連続して着磁された多極円筒状磁石であって、
前記外周面の表面磁束密度は、前記内周面の表面磁束密度の0.2倍以上であり、
異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含み、前記異方性希土類磁性粉末及び前記樹脂における前記異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%以上65vol%以下である多極円筒状磁石。
【請求項2】
前記多極円筒状磁石の磁極数が、16以上64以下である請求項1に記載の多極円筒状磁石。
【請求項3】
外径と内径の差が1.0mm以上8.0mm以下である請求項1または2に記載の多極円筒状磁石。
【請求項4】
前記樹脂が、重量平均分子量が1000以上30000以下である第一樹脂、および、重量平均分子量が50000以上300000以下である第二樹脂を含む請求項1または2に記載の多極円筒状磁石。
【請求項5】
前記第一樹脂及び前記第二樹脂における前記第一樹脂の含有量が、0質量%より大きく60質量%以下である請求項4に記載の多極円筒状磁石。
【請求項6】
前記異方性希土類磁性粉末の示差走査熱量測定による発熱開始温度が、170℃以上である請求項1または2に記載の多極円筒状磁石。
【請求項7】
前記異方性希土類磁性粉末が、サマリウム及び鉄を含む窒化物を含む請求項1または2に記載の多極円筒状磁石。
【請求項8】
前記異方性希土類磁性粉末の粒度分布が4.5以下である請求項1または2に記載の多極円筒状磁石。
【請求項9】
前記多極円筒状磁石の内周面または外周面に、バックヨークが固定されている請求項1に記載の多極円筒状磁石を用いた複合部材。
【請求項10】
前記バックヨークは、多極円筒状磁石の外周面に固定されている請求項9に記載の複合部材。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多極円筒状磁石および複合部材に関する。
【背景技術】
【0002】
多極円筒状磁石は、小型モータなどの様々な用途で使用されている。たとえば、特許文献1には、コバルト系磁石のボンド磁石で作製した多極円筒状磁石が開示されている。
【0003】
しかしながら、特許文献1に開示された多極円筒状磁石では、配向が充分に行われておらず、高い磁束密度が得られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5-152122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、表面磁束密度がより高い多極円筒状磁石を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様にかかる多極円筒状磁石は、内周面及び外周面を有し、N極及びS極が周方向に交互に連続して着磁された多極円筒状磁石であって、前記外周面の表面磁束密度は、前記内周面の表面磁束密度の0.2倍以上であり、異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含み、前記異方性希土類磁性粉末及び前記樹脂における前記異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%以上65vol%以下である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、表面磁束密度がより優れた多極円筒状磁石を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A】内周側にバックヨークを備える本実施形態の複合部材の外観図である。
図1B】外周側にバックヨークを備える本実施形態の複合部材の外観図である。
図2】本実施形態の多極円筒状磁石(磁極数48)を作製するための射出成形金型の断面図である。
図3】本実施形態の多極円筒状磁石の着磁装置の断面図である。
図4】比較例の多極円筒状磁石を作製するための射出成形金型の断面図である。
図5】比較例の多極円筒状磁石の着磁装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について詳述する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための一例であり、本発明を以下のものに限定するものではない。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0010】
<多極円筒状磁石>
本実施形態の多極円筒状磁石は、内周面及び外周面を有し、N極及びS極が周方向に交互に連続して着磁された多極円筒状磁石であって、
前記外周面の表面磁束密度は、前記内周面の表面磁束密度の0.2倍以上であり、
異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含み、前記異方性希土類磁性粉末及び前記樹脂における前記異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%以上65vol%以下であることを特徴とする。
【0011】
前記多極円筒状磁石の外径と内径の差(厚みの2倍)は、1.0mm以上8.0mm以下が好ましく、2.0mm以上6.0mm以下がより好ましく、2.5mm以上6.0mm以下がさらに好ましい。8.0mm以下であると、薄肉の多極円筒状磁石となることで磁性粉末の配向性を向上できる傾向があり、1.0mm以上とすることで、多極円筒状磁石の強度が向上し、成形品における割れの低減のほか、磁石形成時の流動性が確保できることで配向率を向上できる傾向がある。一方、外径は特に限定されないが、15mm以上100mm以下が好ましく、16mm以上50mm以下がより好ましい。
【0012】
多極円筒状磁石の長さは、特に限定されないが、3mm以上80mm以下が好ましく、5mm以上30mm以下がより好ましい。80mmを超えると、射出成形時に磁粉と樹脂の混合物を流し込むゲートから遠い箇所での充填性や配向性が低下する傾向があり、3mm未満では、作用面における磁束量が低下する。
【0013】
多極円筒状磁石は、N極及びS極が周方向に交互に連続して着磁されており、磁極数は特に限定されないが、16極以上64極以下が好ましく、24極以上64極以下がより好ましく、36極以上64極以下がさらに好ましい。用途によって、磁極数を変更するが、16極以上とした際に、多極円筒状磁石における表面磁束密度向上の効果がより得られやすく、64極以下とすることで、配向磁石間の間隔を一定以上確保できるため、配向磁場が大きく、表面磁束密度が高いボンド磁石が得られやすくなる。
【0014】
多極円筒状磁石は、異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含んでおり、異方性希土類磁性粉末及び樹脂中の異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%以上65vol%以下であり、50vol%以上60vol%以下が好ましく、50vol%以上58vol%以下がより好ましく、51vol%以上56vol%以下がさらに好ましい。異方性希土類磁性粉末及び樹脂中の異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%未満の場合には、外径と内径の差が小さい薄肉多極のボンド磁石を成形する際に困難になる場合があり、65vol%を超えると、多極のボンド磁石形成時に配向性が低下することで、得られるボンド磁石の表面磁束密度が低下する傾向がある。
【0015】
多極円筒状磁石は、外周側においても表面磁束密度を示すものである。「外周側においても表面磁束密度を示す」とは、バックヨークが配置されていない多極円筒状磁石の外周側の表面磁束密度と内周側の表面磁束密度を測定した際に、外周側の表面磁束密度が内周側の表面磁束密度に比べて、0.2倍以上であり、好ましくは0.4倍以上であり、より好ましくは0.5倍以上、さらに好ましくは0.8倍以上、特に好ましくは、0.95倍以上である。また、外周側の表面磁束密度は、内周側の表面磁束密度に比べて、1.2倍以下であってよく、1.1倍以下、または1.0倍以下であってよい。上述のように外周側にも表面磁束密度を示すことで、外周側を作用面とする磁石としても利用することが可能であり、特にバックヨークを配置した際に、より磁気特性の高い複合部材として機能させることができる。外周側および内周側の表面磁束密度は後述の方法で測定することができる。
【0016】
多極円筒状磁石は、多極円筒状磁石の内周面または外周面に、バックヨークを固定することで、複合部材として利用することができる。本実施形態の多極円筒状磁石を用いて、内周面または外周面をバックヨークで固定することにより、目的とする作用面での表面磁束密度を高くすることができる。図1A図1Bに、バックヨークをそれぞれ内周側および外周側に設置した本実施形態の複合部材の外観図を示す。バックヨークの材料は特に限定されないが、SUS403を含むステンレススチール、SS400を含むSS材(一般構造用圧延鋼材)などが挙げられる。バックヨークの表面は、腐食を抑制する効果の点で、亜鉛等でメッキされていることが好ましい。バックヨークの形状は環状のものであってもよく、内周側に設ける際には、円柱状の形状を有するものであってもよい。バックヨークを外周側に設置する場合、バックヨークは多極円筒状磁石の外径より大きい内径を有するものであればよい。また、バックヨークの厚みは、特に限定されないが、0.5mm以上10mm以下が好ましく、1mm以上5mm以下がより好ましい。
【0017】
多極円筒状磁石は、異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含む。異方性希土類磁性粉末としては、SmFeN系、NdFeB系、SmCo系などが挙げられる。なかでも、サマリウム及び鉄を含む窒化物であるSmFeN系が好ましい。SmFeN系は、一般的にSmFe17で表される。SmFeN系は、フェライト系に比べると磁力が強く、比較的少ない量でも高磁力を発生することができる。また、SmFeN系は、NdFeB系やSmCo系といった他の希土類系と比べると、粒径が小さく、母材樹脂へのフィラーとして適していることや、錆びにくいという特徴がある。
【0018】
<異方性希土類磁性粉末>
異方性希土類磁性粉末の発熱開始温度は、160℃以上とすることができ、170℃以上が好ましく、200℃以上がより好ましく、210℃以上がさらに好ましく、260℃以上が特に好ましい。発熱開始温度は、異方性希土類磁性粉末をリン酸塩被覆した場合、リン酸塩被覆の緻密さ、厚み、および耐酸化性等の総合的な評価であり、170℃以上であれば高い保磁力が得られる。また発熱開始温度が210℃より高い場合、ボンド磁石を作製した際により耐水性が高くなる傾向があり、260℃以上であれば、さらに耐水性が向上する。ここで、発熱開始温度は、示差走査熱量計(DSC)により測定することができる。
【0019】
多極円筒状磁石に用いられる異方性希土類磁性粉末の平均粒径は、10μm以下が好ましく、1μm以上5μm以下がより好ましい。10μm以下であれば、製品の表面に凹凸部や亀裂等が発生し難く、外観的に優れており、さらに、低コスト化を図ることができる。平均粒径が10μmよりも大きいと、製品の表面に凹凸部や亀裂等が発生して外観的に劣るおそれがある。一方で、平均粒径が1μmよりも小さいと、磁性粉末のコストが高くなるので、低コスト化の観点から好ましくない。異方性希土類磁性粉末の平均粒径は、レーザー散乱法によって得られる体積基準の粒度分布において、小粒径側からの体積積算値が50%となる粒径として測定される。また、体積基準による累積粒度分布における90%粒径D90の10%粒径D10に対する比D90/D10が4.5以下であることが好ましく、4以下がより好ましく、3.5以下が特に好ましい。粒度分布D90/D10が4.5以下であることで、肉厚の薄い形状の磁石を形成する際にも流動性が良くなることで、配向性が良く、配向率の高いボンド磁石が得られやすくなる。
【0020】
<SmFeN系の異方性磁性粉末の製造方法>
SmFeN系の異方性磁性粉末は、たとえば以下の方法によって製造することができる。
SmとFeなどの金属を含む溶液と沈殿剤を混合し、SmとFeなどの金属を含む沈殿物を得る工程(沈殿工程)、
前記沈殿物を焼成してSmとFeなどの金属を含む酸化物を得る工程(酸化工程)、
前記酸化物を、還元性ガス含有雰囲気下で熱処理して部分酸化物を得る工程(前処理工程)、
前記部分酸化物を還元する工程(還元工程)、および
還元工程で得られた合金粒子を窒化処理する工程(窒化工程)
【0021】
前述した製造方法により作製した異方性磁性粉末を、そのまま利用することもできるが、さらに以下の処理を行うことが好ましい。
(1)異方性磁性粉末、水、およびリン酸化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整することにより表面にリン酸塩が被覆された異方性磁性粉末を得るリン酸処理工程(pH調整を行ったリン酸処理工程)、および/または、
(2)リン酸塩被覆異方性磁性粉末を酸素含有雰囲気下200℃以上250℃以下で熱処理する酸化工程(酸化工程)
【0022】
[リン酸処理工程]
リン酸処理工程では、異方性磁性粉末、水、およびリン酸化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整することにより表面にリン酸塩が被覆された異方性磁性粉末を得る。リン酸塩被覆異方性磁性粉末は、異方性磁性粉末に含まれる金属成分(例えば鉄やサマリウム)とリン酸化合物に含まれるリン酸成分とが反応することによりリン酸塩(例えばリン酸鉄、リン酸サマリウム)が異方性磁性粉末の表面において析出することによって形成される。スラリーのpH調整は任意で、pH調整することなくリン酸塩被覆することもできるが、pH調整することによって、pH調整しない場合と比較して、リン酸塩の析出量を多くすることができ、被覆部の厚みが厚いリン酸塩被覆異方性磁性粉末が得られる。また、溶媒を水にすることによって、溶媒を有機溶媒とする場合と比べて、粒径が小さいリン酸塩が析出するので、被覆部が緻密なリン酸塩被覆異方性磁性粉末が得られる。
【0023】
異方性磁性粉末、水、およびリン酸化合物を含むスラリーを作製する方法は、特に限定されないが、例えば、異方性磁性粉末と水を溶媒としてリン酸化合物を含むリン酸水溶液とを混合することによって得られる。スラリー中の異方性磁性粉末の含有量は、例えば1質量%以上50質量%以下であり、生産性の点から5質量%以上20質量%以下が好ましい。スラリー中のリン酸成分(PO)の含有量は、PO換算量で、例えば0.01質量%以上10質量%以下であり、リン酸成分の反応性や生産性の点から0.05質量%以上5質量%以下が好ましい。
【0024】
リン酸水溶液はリン酸化合物と水を混合することによって得られる。リン酸化合物としては、例えば、オルトリン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸一水素アンモニウム、リン酸亜鉛、リン酸カルシウムなどのリン酸塩系、次亜リン酸系、次亜リン酸塩系、ピロリン酸系、ポリリン酸系などの無機リン酸等、有機リン酸、およびそれらの塩が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。また、被覆による耐水性、耐食性や磁性粉末の磁気特性を向上する目的で、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、バナジン酸塩、クロム酸塩などのオキソ酸塩等、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウムなどの酸化剤等、EDTAなどのキレート剤等を更に添加してもよい。
【0025】
リン酸水溶液におけるリン酸の濃度(PO換算量)は、例えば5質量%以上50質量%以下であり、リン酸化合物の溶解度、保存安定性や化成処理のし易さの点から10質量%以上30質量%以下であることが好ましい。リン酸水溶液のpHは、例えば1以上4.5以下であり、リン酸塩の析出速度を制御しやすい点から1.5以上4以下であることが好ましい。pHは希塩酸、希硫酸などにより調整できる。
【0026】
リン酸処理工程においては、無機酸を添加することによりスラリーのpHを1以上4.5以下に調整することが好ましく、1.6以上3.9以下に調整することがより好ましく、2以上3以下に調整することがさらに好ましい。pH1未満では、局部的に多量に析出したリン酸塩を起点としてリン酸塩被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末同士が凝集し、保磁力が低下する傾向がある。pH4.5を超えるとリン酸塩の析出量が減少することにより被覆が不十分となり保磁力が低下する傾向がある。添加する無機酸としては、塩酸、硝酸、硫酸、ほう酸、フッ化水素酸が挙げられる。リン酸処理工程中は、上記pHの範囲となるように、無機酸を随時添加する。廃液処理の観点から無機酸を使用するが、目的に応じて有機酸を併用することができる。有機酸としては酢酸、蟻酸、酒石酸等が挙げられる。無機酸と有機酸を混合して使用してもよい。
【0027】
リン酸処理工程は、得られるリン酸塩被覆異方性磁性粉末におけるリン酸塩含有量の下限が0.1質量%より大きくなるように行うことができる。リン酸処理工程において得られるリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末のリン酸塩含有量の下限は、0.2質量%以上が好ましく、0.5質量%以上が特に好ましい。リン酸塩含有量の上限は4.5質量%以下が好ましく、2.5質量%以下がより好ましく、2質量%以下が特に好ましい。リン酸塩含有量が0.1質量%以下の場合、リン酸塩による被覆の効果が小さくなる傾向があり、4.5質量%を超えると、リン酸塩被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末同士が凝集して保磁力が低下する傾向がある。また、リン酸塩含有量が0.5質量%以上であると、得られるリン酸塩被覆異方性磁性粉末の耐熱水性がさらに向上する傾向がある。なお、磁性粉末のリン酸塩含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定されるPO分子換算量で表す。
【0028】
異方性磁性粉末、水、およびリン酸化合物を含むスラリーをpH1以上4.5以下の範囲にする調整する場合、10分間以上行うことが好ましく、被覆部の厚さが薄い部分を減らす点から30分間以上行うことが好ましい。pH維持の初期はpHの上昇が早いためにpH制御用の無機酸の投入間隔が短いが、被覆が進むとともに次第にpH変動が緩やかになり、無機酸の投入間隔が長くなることから反応終点が判断できる。
【0029】
[酸化工程]
酸化工程では、得られたリン酸塩被覆異方性磁性粉末を酸素含有雰囲気下200℃以上250℃以下の高温で熱処理する。これにより、リン酸塩により被覆されている母材の異方性磁性粉末の表面が酸化されて厚い酸化鉄層が形成されるので、リン酸塩被覆異方性磁性粉末の耐熱水性が向上すると考えられる。
【0030】
酸化工程では、リン酸処理工程で得られたリン酸塩が被覆された異方性磁性粉末に、酸素含有雰囲気下200℃以上250℃以下で熱処理することで酸化処理を行うことが好ましい。リン酸塩が被覆された異方性磁性粉末を酸素含有雰囲気下200℃以上250℃以下の高温で熱処理することによりリン酸塩により被覆されている母材の異方性磁性粉末の表面が酸化されて厚い酸化鉄層が形成され、リン酸塩被覆異方性磁性粉末の耐熱水性が向上する。
【0031】
酸化工程は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を、酸素含有雰囲気下で熱処理することにより行う。反応雰囲気は窒素、アルゴンなどの不活性ガス中に酸素を含むことが好ましい。酸素濃度は3%以上21%以下が好ましく、3.5%以上10%以下がより好ましい。酸化反応中は磁性粉末1kgに対して2L/分以上10L/分以下の流速でガスを交換することが好ましい。
【0032】
酸化工程における熱処理温度は200℃以上250℃以下が好ましく、210℃以上230℃以下がより好ましい。200℃未満では酸化鉄層の生成が不十分であり、耐熱水性が小さくなる傾向がある。250℃を超えると酸化鉄層が過剰に形成し、保磁力が低下する傾向がある。熱処理時間は3時間以上10時間以下が好ましい。
【0033】
リン酸塩被覆異方性磁性粉末の、リン酸塩被覆部の厚みは、リン酸塩被覆異方性磁性粉末の保磁力の点から10nm以上200nm以下が好ましい。なお、リン酸塩被覆部の厚みは、リン酸塩被覆異方性磁性粉末の断面において、EDXによるライン分析によって組成分析を行うことにより測定できる。
【0034】
[シリカ処理工程]
リン酸処理後の異方性磁性粉末は、必要に応じてシリカ処理を行ってもよい。磁性粉末にシリカ薄膜を形成することにより、耐酸化性を向上できる。シリカ薄膜は、例えば、アルキルシリケート、リン酸塩被覆異方性磁性粉末、およびアルカリ溶液を混合することにより形成できる。
【0035】
[シランカップリング処理工程]
シリカ処理後の磁性粉末を、さらにシランカップリング剤で処理してもよい。シリカ薄膜が形成された磁性粉末をシランカップリング処理することで、シリカ薄膜上にカップリング剤膜が形成され、磁性粉末の磁気特性が向上するとともに、樹脂との濡れ性、磁石の強度を改善することができる。シランカップリング剤は、樹脂の種類に合わせて選定すればよく特に限定されないが、例えば、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン・塩酸塩、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチレンジシラザン、γ-アニリノプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、オクタデシル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、γ-クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリス(βメトキシエトキシ)シラン、ビニルトリエトキシシラン、β-(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、オレイドプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、ポリエトキシジメチルシロキサン、ポリエトキシメチルシロキサン、ビス(トリメトキシシリルプロピル)アミン、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン、γ-イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、ビニルメチルジメトキシシラン、1,3,5-N-トリス(3-トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレート、t-ブチルカルバメートトリアルコキシシラン、N-(1,3-ジメチルブチリデン)-3-(トリエトキシシリル)-1-プロパンアミン等のシランカップリング剤が挙げられる。これらのシランカップリング剤は1種のみを使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。シランカップリング剤の添加量は、磁性粉末100質量部に対して、0.2質量部以上0.8質量部以下が好ましく、0.25質量部以上0.6質量部以下がより好ましい。0.2質量部未満ではシランカップリング剤の効果が小さく、0.8質量部を超えると、磁性粉末の凝集により、磁性粉末や磁石の磁気特性を低下させる傾向がある。
【0036】
リン酸処理工程後、酸化工程後、シリカ処理、或いはシランカップリング処理後の異方性磁性粉末は、常法により、ろ過、脱水、乾燥を行うことができる。
【0037】
<ボンド磁石用コンパウンドとその製造方法>
本実施形態の多極円筒状磁石に使用するボンド磁石用コンパウンドは、たとえばリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と、ポリプロピレンなどの樹脂を含むことができる。リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と、ポリプロピレンを含むことで、これらボンド磁石用コンパウンドを用いて作製されるボンド磁石の耐熱水性が向上する。なお、ボンド磁石用コンパウンドは前述した方法により得られる。
【0038】
異方性希土類磁性粉末及び樹脂における異方性希土類磁性粉末の充填率(ボンド磁石用コンパウンド中の磁性粉末の含有量)は、50vol%以上65vol%以下であるが、50vol%以上60vol%以下が好ましく、50vol%以上58vol%以下がより好ましく、51vol%以上56vol%以下がさらに好ましい。65vol%以下とすることで、多極の円筒状ボンド磁石で薄肉とした場合にも表面磁束密度の低下を抑制できる傾向があり、50vol%以上とすることで、ボンド磁石中の磁性粉の割合を多くでき、表面磁束密度をより向上することができる。
【0039】
樹脂としては、例えば、ポリフェニレンエーテル、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリフェニレンサルファイド、アクリル樹脂などの熱可塑性樹脂が挙げられる。なかでも、耐水性の観点から吸湿性が小さいポリプロピレンが好ましく、さらに耐熱水性を付与するために、ポリプロピレンとポリフェニレンエーテルとのポリマーアロイまたは混合樹脂がより好ましい。一例として、ポリフェニレンエーテルにポリプロピレンを加えた混合樹脂とすることで、ポリフェニレンエーテルのみを用いる場合と比べて粘度が低くなり、多極円筒状磁石の配向性が向上する場合がある。ポリプロピレンとポリフェニレンエーテルとのポリマーアロイの作製は、従来から知られている方法によって行なうことができ、作製方法は特に限定されない。例えば、非晶性樹脂としてポリフェニレンエーテルを使用する場合に、ポリプロピレン樹脂、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン樹脂それぞれ別々に過酸化物、無水マレイン酸を加えて単軸混練押出機または二軸混練押出機を用いて溶融混練し、酸無水物をグラフト変性したそれぞれの樹脂にジアミンを混ぜて再び混練し、構成成分をグラフト反応により結合させる手法や、ポリプロピレン樹脂、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレンアロイ樹脂に相溶化剤を添加して混練する方法が利用できる。後者の場合の相溶化剤としては、水添ブタジエン・スチレン共重合体、スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体、スチレン-エチレン・ブチレン-エチレンブロック共重合体、エチレン-エチレン・ブチレン-エチレンブロック共重合体等が使用できる。ポリマーアロイ中に含まれるポリプロピレン樹脂の含有量は、例えば10質量%以上20質量%以下の範囲となるように調整され、非晶性樹脂の含有量は、例えば50質量%以上70質量%以下となるように調整される。また、ポリマーアロイ樹脂としては、市販品を用いてもよい。例えば、ザイロンEV103、ザイロンT0702(旭化成ケミカルズ)、レマロイPX603Y(三菱化学)等が挙げられる。
【0040】
樹脂は、第一樹脂と第二樹脂を含むことが好ましい。また、第一樹脂の重量平均分子量は、第二樹脂の重量平均分子量よりも小さいことが好ましい。第一樹脂の重量平均分子量は、1000以上30000以下が好ましく、5000以上20000以下がより好ましい。30000を超えると、第二樹脂との差が小さくなり流動性の改善が大きく見込めず、1000未満では、強度が低下する傾向がある。また、第二樹脂の重量平均分子量は、50000以上300000以下が好ましく、50000以上200000以下がより好ましく、50000以上150000以下がさらに好ましい。300000を超えると、流動性が悪くなることで、配向しにくくなり、50000未満では、第一樹脂との分子量の差が小さくなり、第一樹脂と第二樹脂の合計の分子量が小さくなるため、ボンド磁石の形成がしづらくなる傾向がある。ここで、重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定することができる。重量平均分子量の小さい第一樹脂としては、重量平均分子量が1000以上30000以下であるポリプロピレンが好ましく、重量平均分子量が大きい第二樹脂としては、重量平均分子量が150000以上300000以下であるポリプロピレンが好ましい。
【0041】
また、第三樹脂としてTg(ガラス転移点)の高い樹脂を含むことがより好ましい。第三樹脂のガラス転移点は、第一樹脂および第二樹脂のガラス転移点より高いことが好ましく、また、100℃以上であることが好ましい。ガラス転移点は、250℃以下とすることができる。100℃以上とすることで、高温下で使用する際にも、耐熱水性がさらに向上する傾向があり、250℃以下とすることで第三樹脂を用いたボンド磁石において、磁気特性の低下を抑制することができる。ここで、ガラス転移点は示差走査熱量計(DSC)により測定することが出来る。第三樹脂としては、ポリフェニレンエーテルやポリプロピレンなどを加えた変性ポリフェニレンエーテルが好ましい。
【0042】
異方性希土類磁性粉末と樹脂に加えて、熱可塑性エラストマー、リン系酸化防止剤やフェノール系酸化防止剤などの酸化防止剤を同時に混練することができる。熱可塑性エラストマーを含む場合には、ポリプロピレンと熱可塑性エラストマーとの質量比率が90:10から50:50の範囲が好ましく、耐衝撃性の点から89:11から70:30の範囲がより好ましい。更にリン系酸化防止剤やフェノール系酸化防止剤等を含む場合には、ボンド磁石用コンパウンド中の磁性粉末に対する酸化防止剤の含有量の合計は、0.1質量%以上2質量%以下が好ましい。リン系酸化防止剤を含むことにより、複合部材が高温にさらされた場合にも強度の経時変化を小さくすることができる。リン系酸化防止剤としては、トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)ホスファイト等が挙げられる。
【0043】
第一樹脂及び第二樹脂中の第一樹脂の含有量は、0質量%より大きく60質量%以下が好ましく、15質量%以上50質量%以下がより好ましい。第一樹脂及び第二樹脂中の第一樹脂の含有量が60質量%以下であると、薄肉の多極円筒状磁石としても成形がしやすくなる傾向がある。また、第一樹脂を含む場合、すなわち、第一樹脂及び第二樹脂中の第一樹脂の含有量が0質量%を超える場合には、薄肉の多極円筒状磁石において表面磁束密度がより高くなる傾向がある。第三樹脂を含む場合、第三樹脂の含有量は、第一樹脂、第二樹脂および第三樹脂の合計に対して、1質量%以上20質量%以下が好ましく、5質量%以上15質量%以下がより好ましい。第三樹脂の含有量が上述の範囲にあることで、第一樹脂と第二樹脂の混合による本発明の効果が得られやすい傾向がある。
【0044】
<多極円筒状磁石とその製造方法>
本実施形態の多極円筒状磁石は、異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含むボンド磁石用コンパウンドを射出成形して着磁することにより作製することができる。射出成形に使用する金型の一例の断面図を図2に示す。射出成形時には、熱処理をしながら配向磁場をかける配向工程を含んでいても良い。配向工程における熱処理温度は、例えば90℃以上200℃以下が好ましく、100℃以上150℃以下がより好ましい。また配向工程における配向磁場の大きさは、例えば720kA/mとすることができる。この金型では、キャビティ4の内側と外側の両方に配向用磁石5を設置しており、配向用磁石5の個数は多極円筒状磁石の実際の極数と対応するように配置されている。極数が多くNSピッチが狭い場合でも、磁気特性の高い多極円筒状磁石を得ることができるという点で、内周側と外周側の両方に配向用磁石を設置することが好ましい。配向用磁石5のキャビティ4側には配向用磁石5をカバーし、樹脂と直接接しないようにする隔壁6が設置されている。隔壁6の厚みは特に限定されないが、0.7mm以下が好ましく、0.5mm以下がより好ましい。0.7mmを超えると、配向磁場がキャビティに届かず、十分な配向磁場が得られにくくなる傾向がある。また、隔壁は0.01mm以上とすることができ、0.05mm以上が好ましい。隔壁の厚みが0.01mm未満であると、キャビティの変形のおそれがあり、狙いの寸法の磁石が得られにくくなる傾向がある。
【0045】
本実施形態の多極円筒状磁石は、配向工程の後に、着磁磁場を用いてパルス着磁することで得られる。着磁工程においては、多極円筒状磁石の内周側と外周側の両方に着磁用のコイルを設置することが好ましい。そのような着磁装置の断面図を図3に示す。着磁工程における着磁磁場の大きさは、例えば800kA/m以上2000kA/m以下とすることができる。
【0046】
本発明の多極円筒状磁石は、小型モータ、冷媒バルブの電気式膨張弁などに好適に適用することができる。
【実施例0047】
以下の実施例などにより、本開示を更に具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例などにより何ら限定されるものではない。
【0048】
実施例では、下記の材料を使用した。
磁性粉末:SmFeN系異方性磁性材料(平均粒径3μm)
第一樹脂:ポリプロピレン(重量平均分子量9000)
第二樹脂:ポリプロピレン(重量平均分子量90000)
第三樹脂:ポリプロピレンとポリフェニレンエーテルとのポリマーアロイ(ガラス転移点210℃)
添加剤A:フェノール系酸化防止剤
添加剤B:リン系酸化防止剤
【0049】
製造例1(pH調整を伴うリン酸処理工程と、酸化工程を実施)
[リン酸処理工程]
リン酸処理液として、85%オルトリン酸:リン酸二水素ナトリウム:モリブデン酸ナトリウム2水和物=1:6:1の質量比で混合し、純水と希塩酸でpHを2、PO濃度を20質量%に調整したものを準備した。SmFeN系異方性磁性粉末1000gを含むスラリーに対して塩化水素:70gの希塩酸を添加し1分間攪拌して表面酸化膜や汚れ成分を除去した後、上澄み液の導電率が100μS/cm以下になるまで排水と注水を繰り返し、SmFeN系異方性磁性粉末を10質量%含むスラリーを得た。得られたスラリーを撹拌しながら、準備したリン酸処理液100gを処理槽中に全量投入した後、6質量%の塩酸を随時投入することでリン酸処理反応スラリーのpHを2.5±0.1の範囲にて制御し30分間維持した。続いて吸引濾過、脱水し、真空乾燥することでリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0050】
[酸化工程]
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末1000gを窒素とエアーの混合ガス(酸素濃度4%、5L/min)雰囲気下で室温から徐々に昇温し、最高温度230℃で8時間の熱処理を実施し、酸化処理されたリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0051】
[シリカ処理工程]
得られた磁性粉末、エチルシリケート40、および12.5質量%のアンモニア水を、それぞれ97.8:1.8:0.4の質量比で、ミキサーで混合した。混合物を真空中200℃で加熱して、粒子表面にシリカ薄膜が形成されたSmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0052】
[シランカップリング処理工程]
得られたシリカ薄膜が形成されたSmFeN系異方性磁性粉末と、12.5質量%のアンモニア水をミキサー内で混合した後、50質量%3-アミノプロピルトリエトキシシランのエタノール溶液をミキサーにて混合した。シリカ薄膜が形成されたSmFeN系異方性磁性粉末と12.5質量%のアンモニア水と3-アミノプロピルトリエトキシシランのエタノール溶液との質量比は、それぞれ99:0.2:0.8であった。その混合物を100℃の窒素雰囲気下で10時間乾燥し、シランカップリング処理されたSmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0053】
製造例2(pH調整を伴うリン酸処理工程を実施し、酸化工程を実施せず)
製造例1において、[酸化工程]を行わなかったこと以外は製造例1と同様の方法で、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0054】
製造例3(pH調整を伴わないリン酸処理工程と、酸化工程を実施)
製造例1において、[リン酸処理工程]で6質量%の塩酸を随時投入することでリン酸処理反応スラリーのpHを2.5±0.1の範囲にて制御しなかったこと以外は製造例1と同様の方法で、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0055】
製造例4(pH調整を伴わないリン酸処理工程を実施し、酸化工程を実施せず)
製造例1において、[リン酸処理工程]で6質量%の塩酸を随時投入することでリン酸処理反応スラリーのpHを2.5±0.1の範囲にて制御しなかったこと、および、[酸化工程]を行わなかったこと以外は製造例1と同様の方法で、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0056】
<粒度分布>
粒度分布は、レーザー回折式粒度分布測定装置(日本レーザー株式会社のHELOS&RODOS)により測定した。測定結果を表1に示す。
【0057】
<発熱開始温度>
製造例1から4で作製した各磁性粉末を20mg計量し、高温型示差走査熱分析装置(DSC6300、株式会社日立ハイテクサイエンス製)を用いて、エアー雰囲気(200mL/min)、室温から400℃(昇温速度:20℃/min)、リファレンス:アルミナ(20mg)の測定条件でDSC分析を行い、発熱開始温度を測定した。発熱開始温度を表1に示す。発熱開始温度が高いことは、酸化による発熱が起こりにくく、リン酸被覆がより緻密に形成されていることを意味する。測定結果を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
製造例5から13
第一樹脂、第二樹脂、第三樹脂、添加剤A、添加剤B、製造例1から4で作製した磁性粉末をミキサーで混合した後、二軸混練機に投入し、210℃にて混練してボンド磁石用コンパウンドを得た。第一樹脂、第二樹脂および第三樹脂の配合比は表2および表3に示す配合量とし、また、添加剤A、添加剤Bはそれぞれ、磁性粉末に対して0.3質量%、0.2質量%となるように混合した。
【0060】
<射出圧>
製造例5から13で得られたボンド磁石用コンパウンドを、シリンダー温度240℃、金型温度90℃、配向磁場9kOeで射出成形した。空芯コイルにて60kOeの磁場で着磁して、直径10mm高さ7mmのテストピース型の評価用ボンド磁石1を作製した。射出成形時の射出圧を表2および表3に示す。
また、製造例6、9から13で得られたボンド磁石用コンパウンドを、配向用磁石が縦方向にNS2mm間隔で配置された金型で、シリンダー温度240℃、金型温度90℃で、射出成形した。NS2mm間隔の着磁ヨークで着磁して、縦45mm、横10mm、高さ2mmである平面多極である評価用ボンド磁石2を作製した。射出成形時の射出圧を表3に示す。
【0061】
<残留磁束密度Brおよび表面磁束密度>
製造例5から13で得られたボンド磁石用コンパウンドを用いて作製した評価用ボンド磁石1を用い、BHトレーサーで残留磁束密度Brを測定した。その結果を表2および表3に示す。また、製造例6、9から13で得られたボンド磁石用コンパウンドを用いて作製した評価用ボンド磁石2を用い、マグネットアナライザーで表面磁束密度を測定した。その結果を表3に示す。
【0062】
<5%減磁到達時間>
製造例5から8で作製した評価用ボンド磁石1の磁石表面の汚れや油分をふき取った。その後、磁石全体を浸漬するのに充分な量の水とともに耐圧容器に仕込み、120℃のオーブン中で所定時間保持し、1000時間後の試験前後での磁石のトータルフラックス変化に基づき不可逆減磁率を求めた。なお、トータルフラックスは、サーチコイル内部に置いた多極円筒状磁石を、サーチコイル外部へ引き抜くことによるサーチコイル内の磁束変化量をフラックスメータ(日本電磁測器製;型式:NFX-1000)で測定し、不可逆減磁率は、以下の計算式で求めた。
不可逆減磁率(%)=(トータルフラックス(0hrの値)-トータルフラックス(所定時間後の値))/トータルフラックス(0hrの値)×100
不可逆減磁率が5%に到達した時間を表2に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
表2より、製造例1の磁性粉末を利用したボンド磁石(製造例8)では、高い残留磁束密度を維持しつつ、耐水性が特に高いことが明らかとなった。リン酸処理工程において、pH調整を行うとともに、得られた磁性粉末を酸化すると、5%減磁までの到達時間が大きくなり、耐熱水性が大幅に向上することが分かる。
【0065】
【表3】
【0066】
表3の結果より、製造例9、12、13で作製した磁石は、薄肉ではない評価用ボンド磁石1において、磁性粉の充填率の増加により、射出圧の増加が見られたが、残留磁束密度には大きな違いが見られなかった。一方で、厚みの薄い評価用ボンド磁石2においては、磁性粉末の充填量を多くした際、充填率が59%となるところで、表面磁束密度の低下が見られた。このことから、異方性磁性粉末を用いた薄肉多極磁石の場合には、磁粉の充填率を高くしても磁気特性が高くなるわけではなく、樹脂と磁性粉末とが混合された磁性粉樹脂混合物の流動性が、得られるボンド磁石の磁気特性に影響することが分かった。また、製造例6、9、10、11で作製した多極板状磁石の評価結果から、分子量の低い第一樹脂の含有量が増加すると、流動性が改善され、表面磁束密度が向上することが分かった。
【0067】
実施例1から12
[射出成形工程]
図2に示すような金型を用いて射出成形を行った。キャビティ4と配向用磁石5との距離(隔壁6の厚さ)を0.3mmとし、配向用磁石5を24個配置したものを使用した。製造例5から12で作製したボンド磁石用コンパウンドを、射出成形機のバレル内で240℃に加熱し、9kOeの磁場を印加して配向しながら90℃に温調した金型内に射出成形した。射出成形したボンド磁石に対して図3に示すような金型を用いて着磁を行った。内外周に対して、着磁ヨークを配置し、1800kV(静電容量1000μF)で着磁を行い、外径39mm、内径36mm、高さ10mmである実施例1から9の多極円筒状磁石成形品を得た。
【0068】
[バックヨーク配置工程]
外径43mm、内径39mm、高さ10mmであり、SUS430(材料)からなるバックヨークを準備した。成形工程で得られた多極円筒状磁石成形品の外周面に、準備したバックヨークを当接し、嵌め込むことで実施例1から9の多極円筒状磁石を用いた複合部材を作製した。また、表4に記載の作製条件以外は、実施例1と同様の方法で作製された磁石としてシミュレーションした結果を実施例10から12として表4に示す。シミュレーションは、製造例6の情報と電磁界解析ソフトウェア(JMAG(登録商標):株式会社JSOL製)を用いて行った。
【0069】
比較例1から4
図4に示すような金型を用いて、内周に24個の配向用磁石5を配置し、外周には配向用磁石を配置しなかったこと以外は、実施例1から12と同様にして射出成形を行った。また、図5に示すような金型を用いて、内周側のみの着磁ヨークで着磁を行った。また、実施例1から12と同様にしてバックヨーク配置工程を行った。また、表4に記載の作製条件以外は、比較例1と同様の方法で作製された磁石としてシミュレーションした結果を比較例2から4として表4に示す。
【0070】
<表面磁束密度>
各実施例、比較例で作製した多極円筒状磁石の表面磁束密度(外周側磁束密度と内周側磁束密度)(mT)を、マグネットアナライザーを用いて測定した。測定結果を表4に示す。
【0071】
【表4】
【0072】
表4より、挟み込み配向した磁石においては、いずれの多極円筒状磁石も、肉厚が薄く、24極もあるものの、充分な表面磁束密度を有していた。
【0073】
本明細書の開示内容は、以下の態様を含み得る。
(態様1)
内周面及び外周面を有し、N極及びS極が周方向に交互に連続して着磁された多極円筒状磁石であって、
前記外周面の表面磁束密度は、前記内周面の表面磁束密度の0.2倍以上であり、
異方性希土類磁性粉末及び樹脂を含み、前記異方性希土類磁性粉末及び前記樹脂における前記異方性希土類磁性粉末の充填率が、50vol%以上65vol%以下である多極円筒状磁石。
(態様2)
前記多極円筒状磁石の磁極数が、16以上64以下である態様1に記載の多極円筒状磁石。
(態様3)
外径と内径の差が1.0mm以上8.0mm以下である態様1または2に記載の多極円筒状磁石。
(態様4)
前記樹脂が、重量平均分子量が1000以上30000以下である第一樹脂、および、重量平均分子量が50000以上300000以下である第二樹脂を含む態様1から3のいずれか1つに記載の多極円筒状磁石。
(態様5)
前記第一樹脂及び前記第二樹脂中の前記第一樹脂の含有量が、0質量%より大きく60質量%以下である態様4に記載の多極円筒状磁石。
(態様6)
前記異方性希土類磁性粉末の示差走査熱量測定による発熱開始温度が、170℃以上である態様1から5のいずれか1つに記載の多極円筒状磁石。
(態様7)
前記異方性希土類磁性粉末が、サマリウム及び鉄を含む窒化物を含む態様1から6のいずれか1つに記載の多極円筒状磁石。
(態様8)
前記異方性希土類磁性粉末の粒度分布が4.5以下である態様1から7のいずれか1つに記載の多極円筒状磁石。
(態様9)
前記多極円筒状磁石の内周面または外周面に、バックヨークが固定されている態様1から8のいずれか1つに記載の多極円筒状磁石を用いた複合部材。
(態様10)
前記バックヨークは、多極円筒状磁石の外周面に固定されている態様9に記載の複合部材。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の多極円筒状磁石は、優れた表面磁束密度を有しているので、小型モータなどの様々な用途に適用することができる。
【符号の説明】
【0075】
1:希土類磁石
2:内周側バックヨーク
3:外周側バックヨーク
4:キャビティ
5:配向用磁石
6:隔壁(配向用磁石カバー)


図1A
図1B
図2
図3
図4
図5