(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024024151
(43)【公開日】2024-02-22
(54)【発明の名称】ガスクロマトグラフ質量分析計
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20240215BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240215BHJP
G01N 27/66 20060101ALI20240215BHJP
G01N 27/64 20060101ALI20240215BHJP
H01J 49/14 20060101ALI20240215BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20240215BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20240215BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240215BHJP
【FI】
H01J49/00 360
G01N27/62 C
G01N27/66
G01N27/64 C
H01J49/14 700
H01J49/04 220
H01J37/08
G01N30/72 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126763
(22)【出願日】2022-08-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(74)【代理人】
【識別番号】100116687
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 爾
(74)【代理人】
【識別番号】100098383
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100155860
【弁理士】
【氏名又は名称】藤松 正雄
(72)【発明者】
【氏名】閑念 弘樹
【テーマコード(参考)】
2G041
5C101
【Fターム(参考)】
2G041AA05
2G041CA01
2G041DA09
2G041DA13
2G041EA06
2G041HA01
5C101AA22
5C101DD03
5C101DD13
5C101DD30
5C101GG18
5C101GG20
5C101GG25
5C101LL06
(57)【要約】
【課題】
フィラメントに流れる電流値のみからフィラメント寿命を正確に判断するガスクロマトグラフ質量分析計を提供すること。
【解決手段】
ガスクロマトグラフで分離された試料の質量分析を行うガスクロマトグラフ質量分析計において、該試料をイオン化するために、熱電子を放出するフィラメントを備え、該フィラメントに流れる電流を所定間隔Δt(1時間程度)で測定した測定電流値に基づき、該所定間隔で変動する該測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出し、該補正電流値に基づきフィラメントの劣化判断を行うフィラメメント劣化判断手段を有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクロマトグラフで分離された試料の質量分析を行うガスクロマトグラフ質量分析計において、
該試料をイオン化するために、熱電子を放出するフィラメントを備え、
該フィラメントに流れる電流を所定間隔Δtで測定した測定電流値に基づき、該所定間隔で変動する該測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出し、該補正電流値に基づきフィラメントの劣化判断を行うフィラメメント劣化判断手段を有するガスクロマトグラフ質量分析計。
【請求項2】
請求項1に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、
該フィラメント劣化判断手段では、該補正電流値は、該測定電流値の移動平均値により算出され、該補正電流値の所定時間ΔT1に対する変化量を算出し、該変化量が所定値より大きく変動した場合は、該フィラメントの断線が近いと判断するガスクロマトグラフ質量分析計。
【請求項3】
請求項1に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、
該フィラメント劣化判断手段では、該補正電流値は、該測定電流値の移動平均値により算出され、該補正電流値の所定時間ΔT2の範囲内における標準偏差が、当該範囲内の平均値の所定割合以上である場合は、該フィラメントの断線が近いと判断するガスクロマトグラフ質量分析計。
【請求項4】
請求項1に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、
該補正電流値は、該測定電流値が直前の測定電流値より所定値以上変化した場合には、その値を排除した測定電流値であるガスクロマトグラフ質量分析計。
【請求項5】
請求項1に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、
2つのフィラメントを備え、
該フィラメント劣化判断手段では、該測定電流値は、熱電子を放出する第1フィラメントに流れるエミッション電流であり、さらに、前記第1フィラメントから第2フィラメントに流れるトラップ電流を測定し、該エミッション電流に係る該補正電流値と該トラップ電流の測定値に基づき、前記第1フィラメントの劣化状態を判断するガスクロマトグラフ質量分析計。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、
前記熱電子を放出するフィラメントの通電時間を累積する時間計測手段を備え、
該所定間隔は、該時間計測手段が累積した時間に基づき設定されているガスクロマトグラフ質量分析計。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかに記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、
前記熱電子を放出するフィラメントに通電を開始してから予め設定された時間まで、又は該フィラメントに通電を開始してから該電流値が安定するまでの間までは、該所定間隔による電流値の測定は行わないよう設定されているガスクロマトグラフ質量分析計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ質量分析計に関し、特に、ガスクロマトグラフで分離された試料をイオン化するために、熱電子を放出するフィラメントの寿命を判断するガスクロマトグラフ質量分析計に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフは、気化した試料をキャリアガスと共にカラムに導入し、カラムを通過する際に試料の種類毎に分離してカラムから順次排出するものである。さらに、分離された試料(化合物等)を質量分析装置に導入し、試料の成分の詳細な分析が行われる。
【0003】
質量分析装置で試料を分析するには、試料をイオン化し、質量電荷比(m/z)の違いに応じてイオンを分離し、検出器でイオンの検出を行う。このイオン化に際しては、電子イオン化(EI)、正化学イオン化(PCI)および負化学イオン化(NCI)の3種類のイオン化法が使われる。これらイオン化法では、フィラメントから放出される熱電子を用いて試料をイオン化させる。
【0004】
熱電子を発生させる際にフィラメント温度が重要なパラメータとなる。フィラメント温度は、フィラメント電力に依存する。フィラメントが消耗すると、線径が細くなり、フィラメントの抵抗値が上昇するため、同じ電力を得るために必要なフィラメント電流が低下する。
従来技術において、特許文献1に示すように、フィラメントに流れる電流を検出し、電流値が設定値を下回った場合に警報を発することが開示されている。
【0005】
しかしながら、イオン源の出力が常に一定でない場合は、フィラメントに流れる電流も変化するため、電流値のみでは正確な寿命を評価することが難しい。このため、特許文献2では、フィラメントに流れる電流とフィラメント両端の電圧からフィラメントの抵抗値を算出し、該抵抗値の変化量に基づいてフィラメントの寿命を判断する方法が提案されている。
【0006】
特許文献2の場合においては、フィラメントの電圧をモニタする場合、フィラメントには負高圧のアイアス電圧が印加されており、また、フィラメントから接地(GND)に流れる微小な電流もモニタする必要があるため、モニタ回路側への要求が厳しくなり、複雑な回路、高度な設計知識が必要となる。
【0007】
また、ガスクロマトグラフ質量分析計に使用されるフィラメントに流れる電流は、イオン化電圧、エミッション電流とトラップ電流、イオン源内部の温度、フィラメント制御のON/OFF、キャリアガス、フィラメントに付着している水などの夾雑物などによっても影響を受ける。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4-306544号公報
【特許文献2】特開2004-165034号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、フィラメントに流れる電流値のみからフィラメント寿命を正確に判断するガスクロマトグラフ質量分析計を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るガスクロマトグラフ質量分析計の一態様は、次のとおりである。
ガスクロマトグラフで分離された試料の質量分析を行うガスクロマトグラフ質量分析計において、該試料をイオン化するために、熱電子を放出するフィラメントを備え、該フィラメントに流れる電流を所定間隔Δtで測定した測定電流値に基づき、該所定間隔で変動する該測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出し、該補正電流値に基づきフィラメントの劣化判断を行うフィラメメント劣化判断手段を有するガスクロマトグラフ質量分析計である。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るガスクロマトグラフ質量分析計の上記態様によれば、フィラメントに流れる電流を所定間隔Δtで測定した測定電流値に基づき、該所定間隔で変動する該測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出し、該補正電流値に基づきフィラメントの劣化判断を行うフィラメメント劣化判断手段を有するため、フィラメント電流のみを計測するだけでフィラメントの寿命を判断でき、しかも、フィラメント電流の短時間の変動の影響も抑制し、より正確な判断が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明のガスクロマトグラフ質量分析計に使用可能な電子イオン化手段の一例を示す概略図。
【
図2】フィラメントに係る電気回路の一例を説明する回路図。
【
図3】通電時間の累積値Tに対するフィラメント電流値(移動平均値)の変化を示すグラフ(G1)。
【
図4】通電時間の累積値Tに対するフィラメント電流値(実測値)の変化の一例を示すグラフ(G2)。
【
図5】質量分析装置の立ち上げ時のフィラメント電流値(実測値)の時間(t)変化を示すグラフ(G3)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のガスクロマトグラフ質量分析計について、以下に詳細に説明する。
本発明のガスクロマトグラフ質量分析計では、フィラメント電流のみで正確に寿命を推定する方法を提案する。特に、分析中に生じるフィラメント電流の変動の時間は、フィラメントが消耗したことが原因で生じるフィラメント電流の変動時間と比べて十分短いため、短時間での急激な変動のような、フィラメントの劣化による変動とは異なるフィラメント電流の変動を無視したり、あるいは当該変動を抑制したデータ処理をすることで、その影響を排除することが可能となる。
【0014】
図1は、電子イオン化法を利用したイオン源の一例である。
フィラメントF1には、電流が流れ、発熱したフィラメントから熱電子が放出される。フィラメントF1とF2との間には高電圧が印加されると共に、磁石Mによる磁場により、フィラメントF1から放出された熱電子の一部は、高エネルギー電子となってイオン化領域を通過してフィラメントF2に達する。高エネルギー電子は試料である気体に衝突し、試料をイオン化する。イオン化された試料は、電極E1及びE2により図の右方向へ移動し、電子レンズLNなどで集束させられ分析室内に放出される。
本発明が適用されるフィラメントは、上記電子イオン化法で使用されるフィラメントに限らず、正化学イオン化法や負化学イオン化法で使用されるフィラメントにも適用できることは言うまでもない。
【0015】
図2は、
図1に示した二つのフィラメントに係る回路図である。第1フィラメントF1には、電圧V1が印加され電流I1が通電されている。また、第1フィラメントと第2フィラメントとの間には高転圧V2が印加され、第1フィラメントF1から放出された熱電子はガスクロマトグラフから排出される試料をイオン化し、残った熱電子が第2フィラメントに入射し、電流I2となる。
本発明では、電流(エミッション電流)I1のみでフィラメントの寿命などの劣化を判断することが可能である。電流(トラップ電流)I2も組み合わせることで、寿命だけでなく、フィラメントの湾曲(フィラメントが細ると変形し易くなる)も判断することが可能である。
【0016】
図3は、フィラメントの劣化状態を、通電時間Tとフィラメントに流れる電流Iとの変化で示したグラフである。フィラメントの寿命(断線するまでの通電時間)は、フィラメントの素材や太さ、通電時の電流量などにも影響を受けるが、例えば、1500時間から2000時間程度である。
【0017】
図3のように、通常のフィラメントでは、同じ電圧をフィラメントに印加した場合、通電時間T1よりは寿命に近づく通電時間T2の方が急激に電流値Iが低下している。例えば、通常の電流値が3.0A程度である場合、寿命の100時間前で1.5mA/hで電流値が変動(低下)し、50時間前で3mA/hの変動幅となる。
【0018】
しかしながら、
図4に示すように、フィラメントの寿命に関係なく、点線枠Aで示すように、フィラメント電流が急激に変動する現象が発生している。その原因としては、上述したように、イオン化電圧、エミッション電流とトラップ電流、イオン源内部の温度、フィラメント制御のON/OFF、キャリアガス、フィラメントに付着している水などの夾雑物などの影響が考えられる。このような変動は、通常の電流値が3.0A程度である場合に、変動幅が、例えば、50mA/hにもなる。これは、上述したフィラメントの寿命(劣化)による変動幅より大きい。このため、本発明では、このような短時間での急激な変動の影響を排除又はその影響を抑制して、より適切にフィラメントの寿命などの劣化を判断するよう構成している。
【0019】
本発明の特徴では、熱電子を放出するフィラメントに流れる電流を所定間隔Δtで測定した測定電流値に基づき、該所定間隔で変動する該測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出し、該補正電流値に基づきフィラメントの劣化判断を行うフィラメメント劣化判断手段を備えている。
【0020】
電流値を測定する間隔である所定間隔Δtとしては、2000時間程度の寿命から考慮するとΔt=1時間又はこれに近い時間間隔であることが好ましい。より好ましくは、1時間以下であっても良いが、測定データが多くなり処理が煩雑化する。また、1時間より短い時間に急激に変動する電流の変化の測定データがより多く入ることで、急激な変動の影響を考慮した劣化の判断となる。本発明では、このような短時間に発生する急激な変動のデータをできるだけ取り込まないことが好ましい。
【0021】
なお、
図4のように、測定値が急激に変化した(変化量が大きい)場合や、通常は電流値が徐々に低下していることから、
図4のように、電流値が増加した場合などはイレギュラーな値と判断し、劣化判断を行う測定電流値から削除することも可能である。これにより、より適正な測定データに基づく判断が可能となる。
【0022】
ガスクロマトグラフ質量分析計は、約2000時間に亘って連続運転するものでなく、分析が必要な時に装置を立ち上げ、分析が終わると装置の電源が遮断される。このように不連続な稼働に対応してフィラメントへの通電が行われている。所定間隔Δt毎に電流値を測定するには、フィラメントへの通電時間を累積(累計)する時間計測手段を別途備え、該時間計測手段が累積した時間に基づき、当該所定時間Δt毎の測定を行うよう設定することが可能である。また、例えば、一回のフィラメントへの通電時間が4時間30分であった場合は、時間計測手段には、4時間のみを加算し、端数を切り捨ていることも可能である。当然、切り捨てる単位は任意に設定可能である。
【0023】
また、装置を立ち上げ、フィラメントへの通電を開始した直後では、電流値が変動し易い。
図5に示すように、通電開始時刻t0から時刻t1までの経過時間Δsの間は、電流値が変化(減少)している。フィラメント電流を測定する際には、このような予め設定された時間Δsの間、例えば、1分程度(通常は、50秒程度で安定化する。)の間は、電流値の測定は行なわない。又は、測定行っても測定電流値として採用しないよう構成することも可能である。さらに、予め設定した時間を利用するのではなく、電流値が安定するのを観察(電流値の時間変化量を測定)し、定常状態になった段階から測定電流値を取得し始めても良い。
【0024】
次に、本発明に使用されるフィラメント劣化判断手段における、所定間隔で変動する測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出する方法について説明する。
第1の方法としては、測定電流値の移動平均値を補正電流値とする方法である。移動平均値は、新たに測定した測定電流値とその直前に測定した複数回分の測定電流値とを単純に加算し、加算した測定電流値の数で割り平均値を求めるものである。当然、最新の測定電流値の影響をより強調して反映するには、単純平均ではなく、より新しい測定電流値の比重を大きくした加重平均を採用することも可能である。
【0025】
加算する回数は、測定する所定間隔Δtにも依存するが、例えば、Δt=1時間の場合は、10回以上、より好ましくは30回以上である。100回を超えることも可能であるが、多すぎると測定電流値の変化を補正電流値に敏感に反映することが難しくなるため、100回以下、より好ましくは50回以下である。例えば、測定電流値3.0Aに対し、変動幅50mA/hの影響を排除し、3mA/hの変化量を検出するようにするためには、約17回分以上の測定電流値で移動平均値を求めることが好ましい。
【0026】
第2の方法としては、上述したように、イレギュラーな測定電流値を効率的に排除することである。例えば、測定電流値が直前の測定値より上昇した場合には、その値は排除する。また、測定電流値が直前の測定値より所定値以上変化した場合は、その値を排除する。具体的には、測定電流値の変化量が、例えば、測定電流値が3.0A程度であれば、±50mA/h以上、又は±10mA/h以上の場合はその測定電流値は排除する。さらには、フィラメントへの通電開始直後の所定期間は電流を測定しないなどの調整を行うことも可能である。さらに、このようなノイズデータを除去した測定電流値を補正電流値としても良いし、さらに、ノイズデータを除去した測定電流値の移動平均値を補正電流値としても良い。なお、ノイズデータを除去した場合には、移動平均値の対象値の数(回数)は、上記第1の方法で示した場合より少なくすることができる。
【0027】
次に、フィラメントの劣化を判断する方法について説明する。
第1の判断方法としては、補正電流値に対し、所定時間ΔT1に対する変化量を算出し、該変化量が所定値より大きく変動した場合は、フィラメントの断線が近いと判断する。所定時間ΔT1は、例えば、1時間に設定される。現時点の測定した測定電流値を補正電流値に変換し、一つ前の補正電流値からの変化量を所定間隔Δtで割った値が、例えば、3mA/h以上であった場合、残り寿命を50時間と判断する。また、直前の補正電流値と比較するだけでなく、数回から10回程度の連続する補正電流値の平均変化量を算出し、所定値(3mA/hなど)と比較することも可能である。当然、フィラメントの種類毎に、変化量と残り寿命との関係を調べて特定しておくことが好ましい。
【0028】
第2の判断方法としては、補正電流値の所定時間ΔT2の範囲内における標準偏差が、当該範囲内の平均値の所定割合以上である場合は、該フィラメントの断線が近いと判断する。
これは、補正電流値の急速な変化がある場合には、標準偏差を平均値で規格化した値が大きくなる特性を利用している。電流値を測定する所定間隔Δtを1時間程度とする場合には、所定時間ΔT2を50時間以内、好ましくは30時間以内、より好ましくは10時間以内程度に設定し、標準偏差を算出する。例えば、平均値で規格化した値が10%以上である場合には、フィラメントの残り寿命が50時間と推定する。当然、フィラメントの種類毎に、規格化した標準偏差とフィラメントの残り寿命との関係を予め調べておくことが好ましい。
【0029】
第3の判断方法としては、上述した補正電流値に対して、通常の劣化は、徐々に補正電流値が低下していき、残り寿命が短くなると、
図3のように大きく低下する。このため、着目する補正電流値と直前の補正測定値との変化量(減少量)が所定値以上変化した場合や、補正電流値の変化量(時間微分値)が所定値(負の値)より大きく負に傾いた場合は、残り寿命が少ないと判断することができる。
【0030】
さらに、フィラメントの劣化には、切断だけでなく、フィラメント自体が細り湾曲する現象も含まれる。
図6の(a)は正常なフィラメントFの形状を示すが、(b)は自重でフィラメントFが湾曲した状態を示している。
このように湾曲したフィラメントにおいては、フィラメント全体が正規の位置から一部がズレて配置されるため、
図1に示すように、第1フィラメントF1から放出される熱電子がシールドSに取り込まれ易くなる。このため、第2フィラメントF2に取り込まれる熱電子は減少し、トラップ電流の低下に繋がる。
【0031】
本発明では、
図2のエミッション電流I1とトラップ電流I2との差又は比を算出し、例えば、差(I1-I2)が所定値より大きくなる場合や比(I1/I2)が所定値より大きくなる場合には、フィラメントに湾曲等の劣化が発生していると判断することが可能である。当然、エミッション電流やトラップ電流は、測定した生の電流値(測定電流値)を使用することも可能であるが、フィラメントに係る電流値に変動があることを考慮すると、上述した方法でエミッション電流やトラップ電流に関する補正電流値を算出し、当該補正電流値を使用して判断することも可能である。
【0032】
本発明のガスクロマトグラフ質量分析計に関する上述の説明は、実施形態の一例であり、例えば、電流測定に際してはアナログ-デジタル変換回路を用いてモニタするなど、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を行っても本発明の技術的範囲に属することは明らかである。
また、上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが、当業者により理解される。
【0033】
(第1項)
ガスクロマトグラフで分離された試料の質量分析を行うガスクロマトグラフ質量分析計において、該試料をイオン化するために、熱電子を放出するフィラメントを備え、該フィラメントに流れる電流を所定間隔Δtで測定した測定電流値に基づき、該所定間隔で変動する該測定電流値の影響を抑制した補正電流値を算出し、該補正電流値に基づきフィラメントの劣化判断を行うフィラメメント劣化判断手段を有するガスクロマトグラフ質量分析計である。
【0034】
分析中にフィラメント電流が変動すると、寿命時間を誤って推定してしまう恐れがあり、特許文献2などの従来技術ではフィラメント電圧も合わせてモニターする必要があるが、回路系が複雑になるという欠点が生じていた。本発明では、分析中のフィラメント電流の変動時間は、フィラメントが消耗したことが原因で生じるフィラメント電流の変動時間と比べて、十分短いため、本発明の構成のように、データ処理によってその影響を排除することが出来る。それにより、簡易的な回路で正確に寿命時間を推定することが可能となる。
【0035】
(第2項)
上記第1項に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、該フィラメント劣化判断手段では、該補正電流値は、該測定電流値の移動平均値により算出され、該補正電流値の所定時間ΔT1に対する変化量を算出し、該変化量が所定値より大きく変動した場合は、該フィラメントの断線が近いと判断する。
【0036】
この構成により、イレギュラーな測定電流値の影響を抑制でき、簡単な計算処理で容易にフィラメントの劣化状態を判断することができる。
【0037】
(第3項)
上記第1項に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、該フィラメント劣化判断手段では、該補正電流値は、該測定電流値の移動平均値により算出され、該補正電流値の所定時間ΔT2の範囲内における標準偏差が、当該範囲内の平均値の所定割合以上である場合は、該フィラメントの断線が近いと判断する。
【0038】
この構成により、上記第2項の場合と同様に、イレギュラーな測定電流値の影響を抑制でき、簡単な計算処理で容易にフィラメントの劣化状態を判断することができる。
【0039】
(第4項)
上記第1項に記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、該補正電流値は、該測定電流値が直前の測定電流値より所定値以上変化した場合には、その値を排除した測定電流値である。
【0040】
この構成により、例えば、
図4に示すようなイレギュラーな測定値を効果的に排除し、フィラメントの劣化状態をより適正に判断することが可能となる。
【0041】
(第5項)
上記第1項乃至第4項のいずれかに記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、2つのフィラメントを備え、該フィラメント劣化判断手段では、該測定電流値は、熱電子を放出する第1フィラメントに流れるエミッション電流であり、さらに、前記第1フィラメントから第2フィラメントに流れるトラップ電流を測定し、該エミッション電流に係る該補正電流値と該トラップ電流の測定値に基づき、前記第1フィラメントの劣化状態を判断する。
【0042】
この構成により、フィラメントの切断だけでなく湾曲などの劣化状態も判断することが可能となる。
【0043】
(第6項)
上記第1項乃至第5項のいずれかに記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、前記熱電子を放出するフィラメントの通電時間を累積する時間計測手段を備え、該所定間隔は、該時間計測手段が累積した時間に基づき設定されている。
【0044】
この構成により、フィラメントを含む装置の不連続な稼働(フィラメントへの通電)を行う場合であっても、フィラメント電流を適正なタイミグで測定し続けることができる。
【0045】
(第7項)
上記第1項乃至第5項のいずれかに記載のガスクロマトグラフ質量分析計において、前記熱電子を放出するフィラメントに通電を開始してから予め設定された時間まで、又は該フィラメントに通電を開始してから該電流値が安定するまでの間までは、該所定間隔による電流値の測定は行わないよう設定されている。
【0046】
この構成により、イレギュラーなデータが測定電流値に混入することを抑制することが可能となる。
【符号の説明】
【0047】
F フィラメント
F1 第1フィラメント
F2 第2フィラメント
I1 フィラメント電流(エミッション電流)
I2 トラップ電流