(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024024157
(43)【公開日】2024-02-22
(54)【発明の名称】ミトコンドリア成分であるカルジオリピン分子種の増加剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/05 20060101AFI20240215BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20240215BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20240215BHJP
A61K 35/618 20150101ALI20240215BHJP
A23L 33/10 20160101ALN20240215BHJP
【FI】
A61K31/05
A61P13/12
A61P39/06
A61K35/618
A23L33/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022126781
(22)【出願日】2022-08-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 一般社団法人 日本医用マススペクトル学会 第46回 日本医用マススペクトル学会年会 The 46th Annual Meeting of the Japanese Society for Biomedical Mass Spectrometry プログラム・抄録集 p.106 2021年8月25日発行 〔刊行物等〕一般社団法人 日本医用マススペクトル学会 第46回 日本医用マススペクトル学会年会 The 46th Annual Meeting of the Japanese Society for Biomedical Mass Spectrometry 第2会場 一般演題5 05-06 オンライン開催(Zoom) 2021年9月17日開催 〔刊行物等〕北海道医師会 第101回 北海道医学大会プログラム・抄録 Program of the 101st Hokkaido Medical Congress 臨床検査医学分科会(第55回日本臨床検査医学会北海道支部総会)(第31回日本臨床化学会北海道支部例会) p.14 2021年8月31日発行 〔刊行物等〕北海道医師会 第101回 北海道医学大会プログラム・抄録 Program of the 101st Hokkaido Medical Congress 臨床検査医学分科会(第55回日本臨床検査医学会北海道支部総会)(第31回日本臨床化学会北海道支部例会) Web開催(zoom)一般演題1 2021年9月 4日開催
(71)【出願人】
【識別番号】596161031
【氏名又は名称】株式会社渡辺オイスター研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100082658
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 儀一郎
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 貢
(72)【発明者】
【氏名】千葉 仁志
(72)【発明者】
【氏名】惠 淑萍
(72)【発明者】
【氏名】何 欣蓉
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 俊宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 秀明
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 孝之
【テーマコード(参考)】
4B018
4C087
4C206
【Fターム(参考)】
4B018MD08
4B018ME06
4B018ME14
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB16
4C087CA37
4C087NA14
4C087ZA81
4C087ZC52
4C206AA01
4C206AA02
4C206CA20
4C206KA18
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA81
4C206ZC52
(57)【要約】
【課題】本発明は、3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分としたミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用などの有用作用を有する増加剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用を有することを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加剤。
【請求項2】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加剤。
【請求項3】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加剤。
【請求項4】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加剤。
【請求項5】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖の増加作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖増加剤。
【請求項6】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖の増加作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖増加剤。
【請求項7】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解の活性作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解の活性剤。
【請求項8】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解の活性作用を有する、
ことを特徴とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解の活性剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加剤など各種増加剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化ストレス状態とは、細胞内における酸化と抗酸化機能のバランスが崩れた状態のことを意味し、過剰な活性酸素種が細胞内に蓄積する。酸化ストレス状態は老化や腎臓病などの様々な疾患の原因となる。
【0003】
一方で、ミトコンドリアではエネルギー源であるアデノシン三リン酸を産生する際に副産物として活性酸素種が産生される。酸化ストレスの亢進状態では、ミトコンドリアの内膜にあるリン脂質のカルジオリピンの組成変化や総量の低下が報告されており、細胞内のタンパク質の機能低下と細胞死に繋がる。
【0004】
ところで、腎臓の近位尿細管細胞にはミトコンドリアが多く存在する。その理由は栄養素などを再吸収する際に、ミトコンドリアが産生するアデノシン三リン酸が大量に必要になるからと考えられている。
【0005】
よって、腎臓の近位尿細管細胞においてミトコンドリアのカルジオリピン組成は重要な役割を果たすと考えられる。なぜなら、前述したように、酸化ストレスの亢進状態では、ミトコンドリアの内膜にあるリン脂質のカルジオリピンの組成変化や総量の低下が報告されているからである。
【0006】
マガキはウグイスガイ目イタボガキ科に属する二枚貝で、その生息地は日本を初めとして東アジア全域に及んでいる。マガキは、グリコーゲンやタンパク質のほか、カルシウム、亜鉛などのミネラルを多量に含む、栄養価の高い食材である。本件発明者らは、マガキから生理活性物質の探索と研究を行い、マガキの抽出物より抗酸化能を有する物質を探索した結果、抗酸化物質3,5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol (以下、DHMBAと称する)を発見した。そして、これまでに、DHMBAによるラジカル消去能及びKeap1-Nrf2経路の活性化とそれに伴う抗酸化遺伝子群(HO-1やNQO1など)の発現誘導が確認された。
【0007】
前者を直接抗酸化能と言い、後者を間接抗酸化能と言うが、DHMBAはその両方の機能を併せ持つ物質であることが実証された。更に、DHMBAは既存の抗酸化物質よりも細胞毒性が低いことが明らかになった。そこで、DHMBAが腎保護作用に有用であることをさらに検証するものとした。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、本件発明者が既に取得している3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とした各有用剤の発明につき、さらに開発を行い、3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とした3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用などの有用作用を有するミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加剤など各種増加剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖の増加作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖の増加作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解の活性作用を有する、
ことを特徴とし、
または、
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とし、ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)の酸化ストレス刺激下におけるミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解の活性作用を有する、
ことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分としたミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加作用などの有用作用を有する増加剤を提供出来るとの優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】カルジオリピン(CL)増加効果を探索するための戦略を説明する説明図である。
【
図2】酸化ストレス条件下におけるDHMBAのCL分子種の増加効果を説明する説明図である。HK-2細胞に対してBSOを100 μM、DHMBAを250、500 μMで培養した後、回収し、LC-MS/MSによるCLの測定を行った。Mean ± SD (n = 4)。
【
図3】酸化ストレス条件下におけるDHMBAの総CL量の増加効果を説明する説明図である。HK-2細胞に対してBSOを100 μM、DHMBAを250、500 μMで培養した後、回収し、LC-MS/MSによるCLの測定を行った。Mean ± SD (n = 4)。
【
図4】酸化ストレス条件でのDHMBA添加によるCLアシル基の変化を説明する説明図である。HK-2細胞に対してBSOを100 μM、DHMBAを250、500 μMで培養した後、回収し、LC-MS/MSによるCLの測定を行った。Mean ± SD (n = 4)。
【
図5】酸化ストレス条件下におけるDHMBAのCLの生合成関連遺伝子の発現量の変化を説明する説明図である。HK-2細胞に対してBSOを100 μM、DHMBAを250、500 μMで培養した後、qPCRによってCL生合成関連遺伝子発現量の測定を行った。Mean ± SD (n = 4)。
【
図6】酸化ストレス条件下におけるDHMBAのCLのリモデリング・分解関連遺伝子発現量の変化を説明する説明図である。HK-2細胞に対してBSOを100 μM、DHMBAを250、500 μMで培養した後、qPCRによってミトコンドリア生合成関連遺伝子発現量の測定を行った。Mean ± SD (n = 4)。
【
図7】本発明で使用したプライマーの配列を説明する表1で説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施例)
以下、本発明を図に示す一実施例に基づいて説明する。
本発明では、ミトコンドリアに着目し、ヒト腎近位尿細管細胞HK-2を用いてDHMBAのカルジオリピン増加効果を探索するための戦略を検証した(
図1)。
【0014】
図1に示す様に、ヒト腎近位尿細管細胞HK-2に、例えば酸化ストレス誘導剤などによって酸化ストレスを生じさせると、グルタチオン量が低下する。
ここで、酸化ストレスは、生体内でフリーラジカルや活性酸素種が過剰に存在している場合に生ずる。過剰な活性酸素種の蓄積は、DNA、タンパク質、脂質膜の損傷などの細胞障害につながることが明らかになっている。そして、活性酸素種による細胞の損傷は、老化、喘息、関節炎、糖尿病、がん、炎症、心血管疾患、アテローム性動脈硬化症、ダウン症候群、および神経変性疾患など多くの病理状態の発症への関連が示唆されている。
【0015】
グルタチオンは、細胞内で重要なトリペプチドチオールで、グルタミン酸、システインおよびグリシンで構成される。
また、グルタチオンは、酸化防止剤として作用することによってフリーラジカルによる損傷から細胞を保護する。細胞内のグルタチオンは、還元型グルタチオン(GSH)および酸化型グルタチオン(GSSG)の状態で存在する。正常な細胞や組織では、総グルタチオンの90%を還元型グルタチオン(GSH)が占め、ジスルフィド型である酸化型グルタチオン(GSSG)は10%以下となる。
【0016】
還元型グルタチオン(GSH)の割合が高い理由は、酸化型(GSSG)を変換する酵素、グルタチオンレダクターゼ(GSH還元酵素)が常に活性で酸化ストレスによって誘導されるからであり、GSSG/GSH 存在比率の上昇は、酸化ストレスの指標としても考えられている。
【0017】
図1に示す様に、グルタチオン量が低下すると、内因性活性酸素種が増加し、その結果、ミトコンドリアに障害をもたらす。また、カルジオリピン量に変化をもたらし、細胞機能異常、あるいは細胞死をもたらす。
【0018】
そこで、本件発明者らはミトコンドリアに着目し、ヒト腎近位尿細管細胞HK-2を用いてDHMBAのカルジオリピン増加効果、すなわち、酸化ストレス刺激下においてDHMBAを加えたときの総カルジオリピン量の増加効果、酸化ストレス刺激下においてDHMBAを加えたときのカルジオリピン分子量の増加効果、酸化ストレス刺激下においてDHMBAを加えたときのカルジオリピン脂肪酸鎖の変化効果、さらに、カルジオリピン変化の機序:遺伝子発現量、すなわち、酸化ストレス刺激下においてDHMBAを加えたときのカルジオリピン生合成関連遺伝子発現量の変化、酸化ストレス刺激下においてDHMBAを加えたときのカルジオリピンリモデリング・分解関連遺伝子発現量の変化を検証した。
【0019】
「カルジオリピン増加効果などを探索するための検証実験」
(材料と方法)
細胞培養
ヒト腎近位尿細管細胞(HK-2)を10 % fetal bovine serum、1% penicillin-streptmycin含有Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM、ナカライテスク)の培養液を用いて37°C、5% CO2インキュベーターで継代培養した。酸化ストレスに対するDHMBAのカルジオリピン増加効果を確認するため、酸化ストレス誘導剤を用いて、以下の実験を行った。
【0020】
「細胞内総カルジオリピン量の検証」
HK-2細胞を6-well plateに1.0×105 cells/wellとなるよう播種し、24時間培養した。次に、刺激条件の異なる4群に分け、各wellに2 mLずつ添加した。
【0021】
前述の刺激条件の異なる4群は以下の通りである。
コントロール群(培養液);酸化ストレス群(終濃度100 μM 酸化ストレス);酸化ストレス+DHMBA 250群(終濃度100 μM 酸化ストレス+終濃度250 μM DHMBA);酸化ストレス+DHMBA 500群(終濃度100 μM 酸化ストレス+終濃度500 μM DHMBA)。
【0022】
24時間後、2回リン酸緩衝液(以下、PBSと称する)で洗浄し、さらに各wellに1 mLの PBSを添加し、スクレイパーを用いて細胞を回収した。その細胞懸濁液のうち、100 μLをbicinchoninic acid(BCA)法によるタンパク質定量に用いた。タンパク質の濃度はカルジオリピン濃度の補正のために用いられた。残りの細胞懸濁液を1,200 rpmで5分間遠心し、上清を除去してから、沈殿した細胞を-80 ℃で保存した。
カルジオリピン測定のために、過去の報告と同様に細胞内総脂質を抽出した(Chen Z, et al. Metabolomics, 16: 115, 2020)。
【0023】
簡単に述べると、hexane/isopropanol 3 : 2 (v/v, with 0.05 % butylated hydroxytoluene)で検体内脂質を抽出し、エバポレーターで乾固した。次に、それをメタノール(MeOH)で溶解し、15,000 rpm、4°Cで15分間遠心し、不溶性物質を除去した。抽出した総脂質は-80 ℃で保存した。以前と同じ手順でLC-MS/MSによるカルジオリピン測定を行った。
【0024】
「カルジオリピンの生合成・リモデリング・分解に関連する遺伝子の発現量」
例えば酸化ストレス誘導剤による酸化ストレス刺激は、カルジオリピンの分子種の組成変化やカルジオリピン総量の低下を誘導し、それと同時に電子伝達系を含むミトコンドリアの膜タンパク質の機能低下と細胞死の一つであるアポトーシスを誘導するという報告がある(Paradies G, et al. FEBS Lett, 466: 323-326, 2000; Paradies G, et al. Cells, 8: 728, 2019)。
したがって本発明では、酸化ストレス刺激においてカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解に関連する遺伝子の発現量を解析することを検証した。
6-well plateにHK-2細胞を5.0×104 cells/wellとなるよう播種し、24時間培養した。
【0025】
次に、上述と同じ刺激条件で、各wellに2 mLずつ添加した。24時間後、NucleoSpin(登録商標) RNA キット(MACHEREY-NAGEL)を用いてtotal RNAを回収した。精製されたRNA濃度をNanodrop(Invitrogen)により定量した。Total RNA 1.0 μgから、ReverTra Ace(登録商標)qPCR RT Master Mix with gDNA Remover (TOYOBO)のプロトコルに従い、cDNAを合成した。
【0026】
遺伝子発現量の測定には、THUNDERBIRD(登録商標) SYBR(登録商標) qPCR Mix(TOYOBO)のプロトコルに従って実施された。CFX ConnectTMリアルタイムPCR解析システム(BioRad)を用いて測定し、2-(ΔΔCT) 法にて解析を行った。
【0027】
コントロール群の遺伝子発現量を1として比較を行った。図は平均値±SDで表された(各群n = 4)。各々の発現量はハウスキーピング遺伝子である β-actinの発現量で補正した。使用したプライマーの配列は、
図7に示す表の通りである。
【0028】
「統計処理」
得られたデータは平均値±標準偏差(standard deviation, SD)で表し、JMP Pro 16(SAS Institute Inc.)を用いて統計解析を行った。群間の多重比較にはDunnett検定を用い、P < 0.05を統計学的有意水準とした。
【0029】
「結果と考察」
(カルジオリピン分子種の変化)
これまでの結果では、酸化ストレス条件下、DHMBAのミトコンドリア保護作用が示された。ここでは、ミトコンドリア内膜の重要な成分であるカルジオリピンの変化について調べた(
図2)。
【0030】
酸化ストレス添加群では、コントロール群に比べてカルジオリピンの各分子種に大きな変動は見られなかったが、酸化ストレス+DHMBAの添加群では、ほぼ全てのカルジオリピン分子種が有意に増加した。カルジオリピン分子種とミトコンドリア機能や細胞の機能は相関し、この結果から、DHMBA添加によりミトコンドリアの機能が上昇したと考えられた。
【0031】
(総カルジオリピン量の変化)
DHMBA添加によって、ほぼ全てのカルジオリピン分子種が増加したため、総カルジオリピンの変化量についても調べた。
図3に示したように、100 μM 酸化ストレス (100 μM 酸化ストレス+0 μM DHMBA群)を添加したHK-2細胞において、総カルジオリピン量の減少は観察されなかった。
一方、100 μM 酸化ストレスと250 μM、500 μM DHMBAの共処理によって、総カルジオリピン量は約1.5倍増加した。
【0032】
この結果は、酸化ストレス刺激によって総カルジオリピン量の変化が起きなかったが、DHMBAは総カルジオリピン量を増加させたことを示すと考えられた。この結果は、
図2のカルジオリピン分子種の変化と一致し、酸化ストレス刺激によってカルジオリピン分子種と総カルジオリピン量の変化が起きなかったが、DHMBAはカルジオリピン分子種と総カルジオリピン量を増加させたことから、DHMBAの添加によってミトコンドリアの機能が改善されたと考えられる。
【0033】
(カルジオリピンのアシル基の変化)
更に、カルジオリピンのアシル基の組成がミトコンドリアの機能に関連すると報告されており(Chicco AJ and Sparagna GC. Am J Physiol Cell Physiol, 292: C33-C44, 2007)、本発明による検証では、カルジオリピンのアシル基の分布についても調べた(
図4)。
【0034】
酸化ストレスの添加により飽和脂肪酸鎖FA16:0が増加し、DHMBAの添加により飽和脂肪酸鎖FA16:0の減少とともに不飽和脂肪酸鎖FA18:1とFA18:2が増加した。
不飽和脂肪酸鎖の増加によって、ミトコンドリア内膜の流動性が改善され、膜タンパク質の機能が上昇したと考えられる(Fouret G, et al. Biochim Biophys Acta Bioenerg, 1847: 1025-1035, 2015)。
したがって、DHMBAによるカルジオリピンプロフィールの変化がDHMBAによるミトコンドリアの保護作用を説明し得ると考えられる。
【0035】
なお、CLアシル基の変化の結果に関して述べておくと、脂肪酸は、構造の違いにより「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」の2種類に分類され、炭素と炭素の間に二重結合が全くない脂肪酸を飽和脂肪酸、二重結合がある脂肪酸を不飽和脂肪酸という。
【0036】
結果において、「酸化ストレスの添加により飽和脂肪酸鎖FA16:1 FA16:0が増加し、DHMBAの添加により飽和脂肪酸鎖FA16:0の減少とともに不飽和脂肪酸鎖FA18:1とFA18:2が増加した。」とあるが、二重結合の数が多い(=不飽和度が高い)リン脂質を多く含むほど、脂質二重層の流動性が高まることが知られている。理由としては、不飽和脂肪酸であることにより、脂肪酸は折れ曲がって、隣り合ったリン脂質の間に隙間ができるので、流動性のある柔らかい膜になると考えられている。
【0037】
従って、DHMBAの添加により「不飽和脂肪酸鎖の増加によって、ミトコンドリア内膜の流動性が改善され、膜タンパク質の機能が上昇したと考えられる(Fouret G, etal. Biochim Biophys Acta Bioenerg, 1847: 1025-1035, 2015)。」
【0038】
(カルジオリピンの生合成・リモデリング・分解に関連する遺伝子の発現量)
DHMBAによるカルジオリピン増加の機序を調べるために、カルジオリピンの生合成・リモデリング・分解に関わる遺伝子の発現について検証した。
【0039】
まず、
図5に示したように、酸化ストレス群ではカルジオリピン生合成に関連するCDS2の遺伝子発現量は増加したが、DHMBA添加によってcontrol群と同程度まで減少した。
【0040】
ここで、CDS2とは、CL生合成経路で働く合成酵素の1つであり、ホスファチジン酸(PA) と シチジン三リン酸(CTP) か ら CDSによってCDP-DAG が合成される。活性は小胞体膜とミトコンドリア内膜に存在することが知られている。CDS とし て CDS1,CDS2の2遺伝子が同定されている。
【0041】
また、カルジオリピンリモデリングと分解に関連するPNPLA8の遺伝子発現量も酸化ストレス群で増加し、DHMBA添加によってcontrol群と同程度まで減少した(
図6)。
【0042】
ここで、PNPLA8とは脂肪酸を切り出すホスホリパーゼA(PLA)のうち、2位を切る酵素っをいう。ミトコンドリアとペルオキシソームに局在する酵素で、酸化カルジオリピンの代謝に関わり、ミトコンドリアの機能維持に重要である。このため, PNPLA8の欠損や変異は、脂質代謝異常やミトコンドリア障害に関連して、エネルギー代謝の盛んな骨格筋、心筋、脂肪組織や脳神経系を中心に、筋力減退、脂肪組織退縮、体温低下、神経変性などの表現型を生じる。
【0043】
今回の酸化ストレス条件下でカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解を活性化することが示され、酸化ストレス障害を受けたHK-2細胞は、ミトコンドリアの合成とリモデリングの亢進を通じて、ミトコンドリア機能を維持しようとした可能性が考えられる。したがって酸化ストレスの添加によりカルジオリピン総量とその組成の変化が見られなかったのかもしれない。
【0044】
一方、DHMBAの添加によりカルジオリピン生合成に関連するCDS2が低下し、またカルジオリピンリモデリングと分解に関連するPNPLA8とHADHBの発現量がそれぞれ低下と増加した。カルジオリピン生合成およびリモデリング、分解に関連する遺伝子発現量の変化とカルジオリピンのプロファイル変化との関連性は明らかになっていないが、DHMBAは酸化ストレスを減少させることにより、HK-2細胞の酸化ストレス代償作用(遺伝子発現量の変化)が働く必要性をなくしていると解釈できる。
【0045】
ここで、HADH(3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素)について説明すると、細胞内に取り込まれた長鎖脂肪酸は、ミトコンドリア内で脂肪酸の炭素長に応じた各脱水素酵素で順次代謝され、1ステップごとに炭素鎖が2個ずつ短くなってアセチルCoAに至り、エネルギー産生に寄与している。
【0046】
3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素(3-hydroxy acyl-CoA dehydrogenase :HADH)はミトコンドリア内膜に存在する酵素であり、他のβ酸化酵素群と協働して中・短鎖アシルCoAの代謝を担当している。
本結果から、DHMBAの添加により機能性が維持された多くのカルジオリピンよってミトコンドリア機能が保持され、向上したことが示唆された。
【0047】
(本発明の製造方法について)
前述した3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を有効成分とするミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピン分子種の増加剤、ミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加剤、ミトコンドリア内膜成分である総カルジオリピン量の増加剤、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンのアシル基変化による不飽和脂肪酸鎖増加剤、ミトコンドリア内膜成分であるカルジオリピンの生合成・リモデリング・分解活性剤などの製造方法につき述べる。
【0048】
3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)は前記したようにマガキから取得することが出来、本件発明者は前記マガキから3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)を効率よく抽出して製造する方法につき多くの特許を既に取得している。また、3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)は合成により生成することも出来、該合成方法についても本件発明者は特許を既に取得している。
【0049】
そして、本発明では3、5-ジヒドロキシ-4-メトキシベンジルアルコール(3、5-dihydroxy-4-methoxybenzyl alcohol)についてはヒトの各臓器につき多くの保護有用性があることを推し量り、それを検証すべく実験を行って本件発明をするに至った。
よって、本件発明の有用剤は、これら検証を行った上で製造されるものである。