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特開2024-24550未分化幹細胞の細胞死誘導剤、及び分化細胞の純化方法
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  • 特開-未分化幹細胞の細胞死誘導剤、及び分化細胞の純化方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024024550
(43)【公開日】2024-02-22
(54)【発明の名称】未分化幹細胞の細胞死誘導剤、及び分化細胞の純化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240215BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240215BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20240215BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/10
C12N5/077
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022127471
(22)【出願日】2022-08-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム技術開発個別課題、研究開発課題名:「多能性幹細胞の代謝機構に基づく機能制御とその応用」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(71)【出願人】
【識別番号】516182203
【氏名又は名称】Heartseed株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】遠山 周吾
(72)【発明者】
【氏名】福田 恵一
(72)【発明者】
【氏名】金編 さやか
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BB07
4B065BB11
4B065BB12
4B065BB13
4B065BD50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】より少ない量で、また細胞がスフェロイド状でも未分化幹細胞の細胞死誘導を行える方法、その為の薬剤を提供することを目的とする。
【解決手段】TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、多能性幹細胞又は前記多能性幹細胞から誘導された分化多能性を有する細胞の細胞死誘導剤、等。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、多能性幹細胞及び前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞の細胞死誘導剤。
【請求項2】
多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物を、請求項1記載の細胞死誘導剤の存在下で培養することによる、細胞混合物中の分化細胞を純化する方法。
【請求項3】
多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物が、細胞塊の状態である、請求項2記載の純化方法。
【請求項4】
分化細胞が心筋細胞である、請求項2記載の純化方法。
【請求項5】
多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、請求項2記載の純化方法。
【請求項6】
高度に純化された多能性幹細胞由来の心筋細胞の製造方法であって、
多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び心筋細胞を含む細胞混合物を、
請求項4に記載の純化方法を実施する工程に付し、
該細胞混合物中の、多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞の割合を10%以下とする、
方法。
【請求項7】
多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び心筋細胞を含む細胞混合物を、グルコース及び/又はグルタミン含有量が通常培地の10%以下で、乳酸が添加された培地で培養することを特徴とする請求項6に記載の心筋細胞の製造方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の方法で製造される多能性幹細胞由来の心筋細胞を凝集させる工程をさらに含む多能性幹細胞由来の心筋細胞球の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法で製造される多能性幹細胞由来の心筋細胞球を含む心臓疾患治療のための医薬組成物。
【請求項10】
高度に純化された多能性幹細胞由来の分化細胞の製造方法であって、
多能性幹細及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物を、
請求項2~5のいずれかに記載の純化方法を実施する工程に付し、
該細胞混合物中の、多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞の割合を10%以下とする、
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群より選択される少なくとも1つ以上の化合物を有効成分とする多能性幹細胞及び未分化幹細胞の細胞死誘導剤、該細胞死誘導剤を用いる分化細胞の純化方法に関する。また、本発明は、多能性幹細胞由来の高度に純化された心筋細胞及び心筋細胞球の製造方法及び心臓疾患治療の為の医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性を有する幹細胞についての研究が進められている。これらの細胞は多能性を有することから、分化・誘導して所望の系譜に分化した細胞を作製し、移植医療において使用することが可能になりつつある。
【0003】
胚性幹細胞や人工多能性幹細胞等の多能性幹細胞の分化・誘導は、通常、in vitroで行われる。
しかしながら、in vitroでは、全ての多能性幹細胞に対して目的とする系譜の分化を惹起することは難しく、分化・誘導操作後も一部に未分化幹細胞が残存することがある。このような未分化幹細胞は、増殖活性を有し、かつ多種類の細胞に分化できることから、生体内に移植された場合、奇形腫を形成する恐れがある(例えば、非特許文献1を参照)。このような理由から、胚性幹細胞や人工多能性幹細胞等の多能性幹細胞を分化・誘導して作製した細胞集団を、そのまま生体に移植して治療に用いることは困難である。
【0004】
したがって、胚性幹細胞や人工多能性幹細胞等の多能性幹細胞から分化・誘導した細胞の生体への移植を安全に実行し、理想的な治療効果を得るために、未分化幹細胞を除去することが必要である。また、未分化幹細胞が残存したまま移植されてしまった場合には、生体内における未分化幹細胞の増殖を抑制する必要がある。
【0005】
これまでに、未分化幹細胞を培養条件中で選択的に除去できるとされる方法が報告されている(例えば、非特許文献2~4を参照)。本発明者らの研究グループでも、非心筋細胞や未分化幹細胞から、心筋細胞を選抜する方法を開発してきた(特許文献1~7、非特許文献5を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2006/022377号
【特許文献2】国際公開第2007/088874号
【特許文献3】国際公開第2009/017254号
【特許文献4】国際公開第2010/114136号
【特許文献5】国際公開第2011/052801号
【特許文献6】国際公開第2016/010165号
【特許文献7】国際公開第2018/074457号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Miura et al., (2009) Nature Biotech., 8, 743-745.
【非特許文献2】Ben-David,et al., (2013) Cell Stem Cell, 12, 167-179.
【非特許文献3】Wang,et al., (2009) Science, 325, 435-439.
【非特許文献4】Shiraki,et al., (2014) Cell Metabolism, 19, 780-794.
【非特許文献5】Tohyama,et al., (2016) Cell Metabolism, 23, 663-674.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまでに報告された、未分化幹細胞を選択的に除去できるとされる方法は、使用する薬剤の至適濃度が高い、あるいは三次元培養等で細胞がスフェロイド状になった場合に未分化幹細胞の細胞死を誘導できない、といった問題点があった。従って、本発明は、より少ない量で、また細胞がスフェロイド状でも未分化幹細胞の細胞死誘導を行える方法、その為の薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、種々の薬剤のスクリーニングを行った。結果、ある特定の化合物が、未分化幹細胞に対し選択的に細胞死を誘導できることを見出した。これらの化合物に対し分化細胞に悪影響を与えることなく未分化幹細胞に対して選択的に細胞死を誘導し得る条件を鋭意検討し、結果、好適な条件を確立して本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含有する、多能性幹細胞及び前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞の細胞死誘導剤。
[1A]多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、上記[1]記載の誘導剤。
[2]多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物を、上記[1]記載の細胞死誘導剤の存在下で培養することによる、細胞混合物中の分化細胞を純化する方法。
[3]多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物が、細胞塊の状態である、上記[2]記載の純化方法。
[4]分化細胞が心筋細胞である、上記[2]又は[3]記載の純化方法。
[5]多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、上記[2]~[4]のいずれかに記載の純化方法。
[6]高度に純化された多能性幹細胞由来の心筋細胞の製造方法であって、
多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び心筋細胞を含む細胞混合物を、
上記[2]~[5]のいずれかに記載の純化方法を実施する工程に付し、
該細胞混合物中の、多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞の割合を10%以下とする、
方法。
[7]多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び心筋細胞を含む細胞混合物を、グルコース及び/又はグルタミン含有量が通常培地の10%以下で、乳酸が添加された培地で培養することを特徴とする上記[6]に記載の心筋細胞の製造方法。
[8]上記[6]または[7]に記載の方法で製造される多能性幹細胞由来の心筋細胞を凝集させる工程をさらに含む多能性幹細胞由来の心筋細胞球の製造方法。
[9]上記[8]に記載の方法で製造される多能性幹細胞由来の心筋細胞球を含む心臓疾患治療のための医薬組成物。
[10]高度に純化された多能性幹細胞由来の分化細胞の製造方法であって、
多能性幹細及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物を、
上記[2]~[5]のいずれかに記載の純化方法を実施する工程に付し、
該細胞混合物中の、多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞の割合を10%以下とする、
方法。
【発明の効果】
【0010】
既存の未分化幹細胞の細胞死誘導剤より少ない量で、かつ適用対象細胞がスフェロイド状態でも、未分化幹細胞の細胞死を誘導することができる。従って、多能性幹細胞から分化細胞への分化誘導、それに続く分化細胞の純化、さらには移植といったプロセス全体において、高い有効性と安全性が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、TVB-3664、TVB-3166、TVB-2640、及びオルリスタット(低濃度)の細胞塊状態のiPS細胞に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
図2図2は、TVB-3664、TVB-3166、TVB-2640、及びオルリスタット(高濃度)の細胞塊状態のiPS細胞に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
図3図3は、TVB-3664、TVB-3166、TVB-2640、及びオルリスタット(高濃度)のiPS細胞と心筋細胞の混合塊に及ぼす影響をフローサイトメトリーで解析した結果を示す図である。
図4図4は、TVB-3664、TVB-3166、TVB-2640、及びオルリスタット(低濃度)のiPS細胞と心筋細胞の混合塊に及ぼす影響をフローサイトメトリーで解析した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.定義等
本明細書において、「未分化幹細胞」は、分化多能性を有する多能性幹細胞を包含する概念として用いられることがあり、胚性幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)、及びこれらの幹細胞から誘導された分化多能性を有する細胞を含み得る。すなわち、本明細書において、「未分化幹細胞」は「多能性幹細胞又は前記多能性幹細胞から誘導された分化多能性を有する細胞」と同義である。未分化幹細胞は、分化多能性を有する細胞であれば特に限定されず、上記例示したES細胞やiPS細胞と同等の性質を有する未知の細胞及びそれから誘導された細胞をも包含する。
【0013】
本発明において、未分化幹細胞のうち多能性幹細胞は、多能性幹細胞に特異的な性質の有無や、多能性幹細胞に特異的な各種マーカーの発現等から判断することができる。例えば、多能性幹細胞に特異的な性質としては、自己複製能を有し、多能性幹細胞とは異なる性質を有する別種の細胞へと分化可能である性質が挙げられる。また、テラトーマ形成能やキメラマウス形成能等も多能性幹細胞に特異的な性質として挙げられる。
【0014】
多能性幹細胞に特異的な各種マーカー(以下、「未分化幹細胞マーカー」という。)とは、多能性幹細胞に特異的に発現する因子であり、例えば、Oct3/4、Nanog、Sox2、SSEA-1、SSEA-3、SSEA-4、TRA1-60、TRA1-81、Lin28、Fbx15等を例示することができる。これら多能性幹細胞マーカーの少なくとも1つの発現が観察された場合には、当該細胞を多能性幹細胞と判断することができる。
本明細書における「多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞」とは、前記多能性幹細胞から分化は始まっているが、下述する分化細胞までには至っておらず、かつその増殖あるいは生存に脂肪酸代謝が必須の細胞であれば特に限定されない。一実施形態として、Oct3/4を発現する細胞を、未分化幹細胞と判断してもよい。なお、細胞における未分化幹細胞マーカーの発現は、RT-PCRやマイクロアレイ等の公知の方法を用いて確認することができる。
【0015】
多能性幹細胞及び未分化幹細胞は、哺乳類の多能性幹細胞及び未分化幹細胞であってもよく、げっ歯類のものであってもよく、霊長類のものであってもよく、ヒトのものであってもよい。多能性幹細胞の一例として、ヒト由来の多能性幹細胞を挙げることができ、より具体的な例としては、ヒトiPS細胞及びヒトES細胞等を挙げることができる。
【0016】
本明細書において、「分化細胞」とは、上記「多能性幹細胞」及び「未分化幹細胞」の性質を有しない細胞のことを指す。分化細胞は、多能性幹細胞から誘導・分化された細胞であり得るが、分化多能性、あるいは分化能を有しない。また、本発明においては、その増殖や生存に脂肪酸代謝を必須としない細胞を意味する。分化細胞としては、例えば、ES細胞から分化した細胞、iPS細胞から分化した細胞であってよい。分化細胞の例としては、心筋細胞、筋細胞、線維芽細胞、神経細胞、リンパ球等の免疫細胞、血管細胞、網膜色素上皮細胞等の眼細胞、巨核球や赤血球等の血液細胞、その他各組織細胞、及びそれらの前駆細胞等が挙げられる。
分化細胞の1態様である「心筋細胞」とは、脂肪酸合成酵素の発現が多能性幹細胞や未分化幹細胞に比べて極めて低く、脂肪酸代謝が当該細胞の増殖や生存に必須ではないという特徴を有する。さらには、その増殖や生存に必要なエネルギーを解凍系からでなく、乳酸から生成することができる特徴も有する。
【0017】
2.細胞死誘導剤
1実施形態において、本発明は、多能性幹細胞及び未分化幹細胞の細胞死誘導剤(以下、「本発明の細胞死誘導剤」ともいう。)を提供する。
本発明の細胞死誘導剤は、多能性幹細胞及び未分化幹細胞の細胞死を誘導することができる化合物を有効成分として含有する。該化合物としては、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体が挙げられる。
以下、実施の形態に基づき、本発明を説明する。
【0018】
TVB-3166およびその類縁体
下式
【0019】
【化1】
【0020】
で表される化合物は、TVB-3166と称され脂肪酸合成経路の調節不全疾患治療薬、具体的にはウイルス感染症治療薬、がん治療薬として知られている。TVB-3166の薬理作用については、Ventura R., EBioMedicine. 2015 Jul 2;2(8):808-24.に詳説されている。当該化合物の類縁体として例えば特許第6522007号公報(国際公開第2015/105860号)に開示される下記化合物(I)およびその医薬上許容される塩が挙げられる。
【0021】
【化2】
【0022】
式中、各記号の定義は、国際公開第2015/105860号に記載の通りである。
【0023】
TVB-3664およびその類縁体
下式
【0024】
【化3】
【0025】
で表される化合物は、TVB-3664と称され脂肪酸合成酵素(FASN)阻害剤として知られている。当該化合物の類縁体として例えば特許第6109934号公報(国際公開第2014/008197号)に開示される下記化合物(II)およびその医薬上許容される塩が挙げられる。
【0026】
【化4】
【0027】
式中、各記号の定義は、国際公開第2014/008197号に記載の通りである。
【0028】
TVB-2640およびその類縁体
下式
【0029】
【化5】
【0030】
で表される化合物は、TVB-2640あるいはDenifanstat、FASN-IN-2とも称され脂肪酸合成酵素(FASN)阻害剤として知られている。当該化合物の類縁体として例えば特許第5973473号公報(国際公開第2012/122391号)に開示される下記化合物(III)およびその医薬上許容される塩が挙げられる。
【0031】
【化6】
【0032】
式中、各記号の定義は、国際公開第2012/122391号に記載の通りである。
【0033】
FAS-IN-1tosylateおよびその類縁体
下式
【0034】
【化7】
【0035】
で表される化合物は、FAS-IN-1tosylateとも称され強力な脂肪酸合成酵素(FASN)阻害剤として知られている。当該化合物およびその類縁体として例えば国際公開第2012/064642号)に開示される下記化合物(I)およびその医薬上許容される塩が挙げられる。
【0036】
【化8】
【0037】
式中、各記号の定義は、国際公開第2012/064642号に記載の通りである。FAS-IN-1は該公報では実施例29の化合物に相当する。FAS-IN-1の薬理作用については、Chu J., Nat Metab. 2021 Nov;3(11):1466-1475.に詳説されている。
【0038】
FT113およびその類縁体
下式
【0039】
【化9】
【0040】
で表される化合物は、FT113とも称され強力な脂肪酸合成酵素(FASN)阻害剤として知られている。当該化合物及びその類縁体として例えば国際公開第2014/164749号)に開示される下記化合物(I-D)およびその医薬上許容される塩が挙げられる。
【0041】
【化10】
【0042】
式中、各記号の定義は、国際公開第2014/164749号に記載の通りである。FT113の薬理作用については、Martin MW, et al. Bioorg Med Chem Lett. 2019 Apr 15;29(8):1001-1006.に詳説されている。
【0043】
本発明の細胞死誘導剤は、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体(以下、総称して「本発明の化合物」ともいう。)からなる群より選択される化合物を1種又は2種以上を組み合わせて含有することができる。
【0044】
本発明の細胞死誘導剤は、適用対象中の含有する本発明の化合物の濃度が、10nM~5μM、好ましくは10nM~500nMであってよい。なお、本明細書中において、単位としての「M」は、mol/Lを意味する。また、本明細書中において、「適用対象中」とは、培地中、又は血中を意味する。
【0045】
本発明の化合物がTVB-3166又はその類縁体、特にTVB-3166である場合、適用対象中のTVB-3166の濃度は、10nM~1μMが好ましく、40nM~1μMがより好ましく、50nM~1μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、適用対象中のTVB-3166の濃度は、50nM~1μMが好ましく、100nM~1μMがより好ましく、150nM~1μMがさらに好ましい。
【0046】
本発明の化合物がTVB-3664又はその類縁体、特にTVB-3664である場合、適用対象中のTVB-3664の濃度は、10nM~1μMが好ましく、15nM~1μMがより好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、適用対象中のTVB-3664の濃度は、50nM~1μMが好ましく、100nM~1μMがより好ましく、150nM~1μMがさらに好ましい。
【0047】
本発明の化合物がTVB-2640又はその類縁体、特にTVB-2640である場合、適用対象中のTVB-2640の濃度は、10nM~1μMが好ましく、40nM~1μMがより好ましく、50nM~1μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、適用対象中のTVB-2640の濃度は、50nM~1μMが好ましく、100nM~1μMがより好ましく、150nM~1μMがさらに好ましい。
【0048】
本発明の化合物がFAS-IN-1tosylate又はその類縁体、特にFAS-IN-1tosylateである場合、適用対象中のFAS-IN-1tosylateの濃度は、200nM~3μMが好ましく、300nM~3μMがより好ましく、400nM~3μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、適用対象中のFAS-IN-1tosylateの濃度は、500nM~5μMが好ましく、1μM~5μMがより好ましく、2μM~5μMがさらに好ましい。
【0049】
本発明の化合物がFT113又はその類縁体、特にFT113である場合、適用対象中のFT113の濃度は、200nM~3μMが好ましく、300nM~3μMがより好ましく、400nM~3μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、適用対象中のFT113の濃度は、500nM~5μMが好ましく、1μM~5μMがより好ましく、2μM~5μMがさらに好ましい。
【0050】
本発明の細胞死誘導剤は、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群より選択される化合物の少なくとも一種のみからなるものであってもよく、多能性幹細胞、及び未分化幹細胞の細胞死誘導能を有する限りにおいて、その他の任意成分を含有していてもよい。
【0051】
本発明の細胞死誘導剤は、後述する培地、分化細胞の純化方法、心筋細胞、心筋細胞球の製造方法に使用することができ、また、当該細胞死誘導剤自体を、細胞移植を受けた患者の体内に移植された未分化幹細胞に細胞死を誘導する為の薬剤等として用いることもできる。
【0052】
本発明の細胞死誘導剤は、細胞移植を受けた患者への投与により、その体内に移植された多能性幹細胞及び未分化幹細胞に細胞死を誘導することに用いることでもできる。このような場合の投与方法は、例えば、非経口的または経口的に当業者に公知の方法により行いうる。非経口的な投与方法としては、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等のほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、または経皮的投与等が挙げられる。投与量は、患者の体重や年齢、投与方法などにより変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。
【0053】
本発明の細胞死誘導剤を投与することにより、移植細胞、又は組織中に残存する多能性幹細胞及び未分化幹細胞を生体内で死滅させ除去することができる。これにより、移植細胞あるいは移植組織の癌化等の、多能性幹細胞及び未分化幹細胞の増殖に起因する疾患を予防又は治療できる。
【0054】
上記患者に投与される医薬品としては、本発明の化合物以外の他の成分は、特に限定されないが、例えば、薬学的に許容される担体、トランスフェクション促進剤、緩衝剤、賦形剤、安定剤、抗酸化剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、キレート剤等が挙げられる。
【0055】
本発明の細胞死誘導剤の剤型は、特に限定されず、液状物、粉末状物、顆粒状物、ゲル状物、固形物等の種々の形態であり得る。また、本発明の化合物のいずれか又はいくつかの組合せをミセル内に封入したエマルション形態や、リポソーム内に封入したリポソーム形態であってもよい。
【0056】
3.分化細胞の純化方法
1実施形態において、本発明は、多能性幹細胞及び/又は多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物を本発明の細胞死誘導剤の存在下で培養することによる、細胞混合物中の分化細胞の純化方法を提供する(以下、「本発明の純化方法」とも称する。)。
本明細書において、「細胞混合物」とは、多能性幹細胞から特定の分化細胞へ分化誘導される培養系に存在する2種以上の細胞を含む細胞集団である。
「細胞混合物」は、2種以上の細胞のほか、培地の成分等を含み得る。「細胞混合物」の形態は、特に限定されず、集合状態、分散状態、培養容器に接着した状態、細胞外マトリクス等の接着因子へ接着した状態、シート状、塊状、コロニー、胚様体、細胞塊、組織、器官等であり得る。
【0057】
多能性幹細胞に、分化・誘導処理を行うと、多能性幹細胞から分化細胞が誘導される。しかしながら、in vitroでは、全ての多能性幹細胞を分化細胞に誘導することは難しく、通常、一部の多能性幹細胞と前記多能性幹細胞から誘導された分化能を有する細胞や多能性幹細胞自体が残存し、これらの細胞と分化細胞との細胞混合物が形成される。本実施形態の方法では、このような細胞混合物から、多能性幹細胞及び多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞を選択的に除去し、分化細胞のみを取り出す、即ち分化細胞を純化することができる。なお、本実施形態の方法において、多能性幹細胞及び/又は未分化幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物は、多能性幹細胞及び/又は多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞と分化細胞とを混合したものであってもよい。
【0058】
本発明の純化方法において、多能性幹細胞は、特に限定されないが、iPS細胞又はES細胞であることが好ましく、iPS細胞であることがより好ましい。
【0059】
本発明の純化方法において、分化細胞は、特に限定されないが、混在する未分化幹細胞と同種の、多能性幹細胞から分化・誘導されたものであることが好ましい。分化細胞への分化・誘導方法は、これまでに幾つか報告されており、これら公知の方法を用いて分化細胞を誘導することができる。
【0060】
前記細胞混合物中の多能性幹細胞及び未分化幹細胞を、選択的に除去できる効率は、高いほど好ましい。上記した本発明の細胞死誘導剤の存在下で、多能性幹細胞及び/又は未分化幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物を培養し、細胞混合物を得た場合、(多能性幹細胞数+未分化幹細胞数)/全体細胞数×100で表される多能性幹細胞等の残存率は、10%未満であることが好ましく、1%未満であることがより好ましく、0.1%未満であることがさらに好ましく、0.01%未満であることがいっそう好ましい。なお、死細胞は上記細胞数に含めないものとする。
前記細胞混合物中に残存する多能性幹細胞及び未分化幹細胞は、前記多能性幹細胞や未分化幹細胞に特異的な各種マーカーの発現をもとに検出、判断することができる。また、前記細胞混合物中の分化細胞に特異的な各種マーカーにより分化細胞数を特定し、これ以外の細胞を多能性幹細胞及び未分化幹細胞として判断することもできる。
【0061】
分化細胞としては、心筋細胞、筋細胞、線維芽細胞、神経細胞、免疫細胞(例、リンパ球等)、血管細胞、眼細胞(例、網膜色素上皮細胞等)、血液細胞(例、巨核球、赤血球等)、その他各組織細胞、及びそれらの前駆細胞等であってよい。中でも、心筋細胞、神経細胞が好ましく、心筋細胞がより好ましい。
【0062】
多能性幹細胞から心筋細胞を誘導する場合、心筋細胞への分化が進行するにつれて、未分化中胚葉、心臓中胚葉(又は予定心筋細胞)を経て心筋細胞に分化すると考えられている。ここで、未分化中胚葉とは、未分化中胚葉に特異的なBrachyuryタンパク質の発現が認められる段階をいう。一方、心臓中胚葉(又は予定心筋細胞)とは、Brachyury等の未分化中胚葉に特異的なタンパク質の発現が認められ、かつ同一細胞においてNkx2.5やアクチニン等の心筋細胞特異的タンパク質の発現が認められない細胞であって、培養液に対して新たに物質が加えられることを必要とせず、専ら心筋細胞へ分化する能力を有する細胞を意味する。本発明における分化細胞の一態様としての心筋細胞は、自身の増殖や生存に必要なエネルギーを脂肪酸代謝に依存しておらず、さらに好ましくはグルコース等の糖を必要とせず、乳酸やピルビン酸をエネルギー源として用いることができる特徴を有する。心筋細胞のマーカーとしては、トロポニン、Nkx2.5、GATA4、アクチニン等が用いられる。本明細書においては、「心筋細胞」という用語は、心筋細胞及び心臓中胚葉(又は予定心筋細胞)を包含する概念として用いられる。
【0063】
多能性幹細胞から心筋細胞への分化・誘導は、例えば、国際公開第2007/088874号、国際公開第2008/150030号、Tohyama et al.,Cell Stem Cell,12,127(2013)、Tohyama et al., Cell Metabolism, 23, 663(2016)、Tohyama et al., Stem Cell Reports, 9, 1406(2017)等に記載の方法を用いて行うことができる。具体的には例えば、多能性幹細胞を培養する培地に、心筋細胞への分化を惹起する物質を添加することにより、心筋細胞への分化・誘導を行ってもよい。
そのような物質としては、例えば、中胚葉誘導因子であるアクチビンA、BMP4、bFGF、VEGF、SCF、CHIR99021等のGSK3阻害剤、Wntシグナル阻害剤であるDkk1、IWR-1、IWP-2、IWP-4、XAV等、BMPシグナル阻害剤であるNOGGIN等、TGFβ/アクチビン/NODALシグナル阻害剤であるSB431542等、レチノイン酸シグナル阻害剤、および心臓分化因子であるVEGF、bFGF、DLL15等が挙げられる。
【0064】
本発明の純化方法は、上記多能性幹細胞から心筋細胞等の分化細胞を分化・誘導する過程において存在する多能性幹細胞及び/又は未分化幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物を本発明の細胞死誘導剤の存在下で培養する工程を含む。当該工程は、上記のような細胞培養用培地に本発明の細胞死誘導剤を添加し、細胞混合物を培養することにより、実施することができる。あるいは、多能性幹細胞及び/又は未分化幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物を培養している培地中に、未分化幹細胞の細胞死誘導剤を添加してもよい。
具体的には、多能性幹細胞から心筋細胞等の分化細胞を分化・誘導する工程を行った後、培地を本発明の未分化幹細胞の細胞死誘導剤入り培地に交換してさらに培養することにより行うことができる。その後、心筋細胞においては、さらにグルコース及び/又はグルタミン含有量が通常培地の10%以下で、乳酸が添加された培地に交換して培養することにより、心筋細胞をより高純度とすることができる(国際公開第2007/088874号、国際公開第2016/10165号)。
【0065】
本発明の細胞死誘導剤の培地への添加量は、特に限定されないが、本発明の化合物がTVB-3166又はその類縁体、特にTVB-3166である場合、培地中のTVB-3166の濃度は、10nM~1μMが好ましく、40nM~1μMがより好ましく、50nM~1μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、培地中のTVB-3166の濃度は、50nM~1μMが好ましく、100nM~1μMがより好ましく、150nM~1μMがさらに好ましい。
【0066】
本発明の化合物がTVB-3664又はその類縁体、特にTVB-3664である場合、培地中のTVB-3664の濃度は、10nM~1μMが好ましく、15nM~1μMがより好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、培地中のTVB-3664の濃度は、50nM~1μMが好ましく、100nM~1μMがより好ましく、150nM~1μMがさらに好ましい。
【0067】
本発明の化合物がTVB-2640又はその類縁体、特にTVB-2640である場合、培地中のTVB-2640の濃度は、10nM~1μMが好ましく、40nM~1μMがより好ましく、50nM~1μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、培地中のTVB-2640の濃度は、50nM~1μMが好ましく、100nM~1μMがより好ましく、150nM~1μMがさらに好ましい。
【0068】
本発明の化合物がFAS-IN-1tosylate又はその類縁体、特にFAS-IN-1tosylateである場合、培地中のFAS-IN-1tosylateの濃度は、200nM~3μMが好ましく、300nM~3μMがより好ましく、400nM~3μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、培地中のFAS-IN-1tosylateの濃度は、500nM~5μMが好ましく、1μM~5μMがより好ましく、2μM~5μMがさらに好ましい。
【0069】
本発明の化合物がFT113又はその類縁体、特にFT113である場合、培地中のFT113の濃度は、200nM~3μMが好ましく、300nM~3μMがより好ましく、400nM~3μMがさらに好ましい。また、未分化幹細胞が後述する細胞塊となっている状態では、培地中のFT113の濃度は、500nM~5μMが好ましく、1μM~5μMがより好ましく、2μM~5μMがさらに好ましい。
【0070】
本発明の細胞死誘導剤の存在下での細胞混合物の培養は、細胞培養に一般的に用いられる温度で行えばよい。例えば、培養温度として、20~40℃、好ましくは25~38℃、より好ましくは30~37℃を例示することができる。
【0071】
本発明の細胞死誘導剤の存在下での細胞混合物の培養時間は、特に限定されないが、好ましくは24時間以上、具体的には1~7日、好ましくは3~5日である。必要に応じて、細胞は継代培養されてもよい。継代の前後で、培地の組成は、細胞死誘導剤を含む限りにおいて、同一であってもよく異なっていてもよい。
【0072】
本発明の細胞死誘導剤の存在下での細胞混合物の細胞密度は、細胞混合物中の分化細胞以外の細胞は分化細胞に比べて増殖しやすい傾向にあるため、分化細胞以外の細胞が不必要に増殖しない程度に調整される。具体的には、例えば、本発明の細胞死誘導剤を添加する時点で、底面積150cmの培養皿に細胞混合物として、1~6×10個を播種することが好ましく、2~6×10個がより好ましく、3~5×10個がさらに好ましい。
【0073】
また、本発明の純化方法において、細胞混合物の培養は、培養皿プレート等を用いて2次元で行われるものであっても、3次元で行われるものであってもよい。3次元で行われる培養法としては、例えば、Kempf et al., Nature Protocol, vol.10, 1345(2015)、Halloin et al., Stem Cell Reports, vol.13,1(2019)に記載の方法等が挙げられる。
このうち三次元で培養する場合、細胞が凝集して細胞塊となることが知られており、これまで知られていた多能性幹細胞及び未分化幹細胞(本明細書中ではこれを「多能性幹細胞等」と称することがある)の細胞死誘導剤では、そのような塊状となった細胞中の多能性幹細胞等には細胞死を誘導しにくかったが、本発明の細胞死誘導剤は、細胞混合物が凝集した状態であっても多能性幹細胞等に細胞死を誘導することができる。
【0074】
本発明の純化方法により、多能性幹細胞等を除去した細胞混合物は、多能性幹細胞等の割合が低減され、専ら分化細胞により構成される。すなわち本発明は分化細胞の純化方法を提供する。本実施形態の分化細胞の純化方法によれば、多能性幹細胞等を実質的に含まないか、多能性幹細胞等の割合が低減された細胞混合物を得ることができる。したがって、本実施形態の方法で得られた細胞混合物は、生体へと移植される移植用細胞として好適に使用することができる。
【0075】
また、他の態様において、本発明は、細胞混合物から分化細胞を純化するための、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群から選ばれる少なくとも一種の使用、を提供する。
【0076】
4.移植用細胞の製造方法
1実施形態において、本発明は、以下の(i)~(iii)の工程を含む、高度に純化された多能性幹細胞由来の分化細胞、好ましくは心筋細胞の製造方法を提供する。当該高度に純化された分化細胞、好ましくは心筋細胞は、移植用細胞として用いられる。
(i)多能性幹細胞から所望の分化細胞を誘導する工程;
(ii)前記工程(i)により、多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された分化能を有する細胞(未分化幹細胞)、及び分化細胞を含む細胞混合物を得る工程;及び
(iii)前記工程(ii)により得られた細胞混合物を、多能性幹細胞及び未分化幹細胞の細胞死誘導剤の存在下で培養する工程。
【0077】
本実施形態の移植用細胞の製造方法に使用する細胞死誘導剤は、上記「2.細胞死誘導剤」と同様である。
【0078】
本実施形態の方法における工程(i)は、多能性幹細胞から所望の分化細胞を誘導する工程である。工程(i)における多能性幹細胞は、特に限定されないが、iPS細胞又はES細胞であることが好ましく、iPS細胞であることがより好ましい。
【0079】
工程(i)において、多能性幹細胞から誘導する分化細胞の種類は、特に限定されず、所望の分化細胞に誘導すればよい。多能性幹細胞から分化細胞への誘導方法は、目的とする分化細胞に応じて、公知の方法を適宜選択して用いることができる。多能性幹細胞から誘導する分化細胞の例としては、例えば、心筋細胞、筋細胞、線維芽細胞、神経細胞、免疫細胞(例、リンパ球等)、血管細胞、眼細胞(例、網膜色素上皮細胞等)、血液細胞(例、巨核球、赤血球等)、その他各組織細胞、及びそれらの前駆細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。好適な分化細胞の例としては、心筋細胞が挙げられる。多能性幹細胞から心筋細胞への誘導は、上記「3.分化細胞の純化方法」で例示したような方法により行うことができる。また、工程(ii)も、上記「3.分化細胞の純化方法」に例示した方法により行うことができる。
【0080】
本実施形態の製造方法における工程(iii)は、前記工程(ii)により得られた細胞混合物を、本発明の細胞死誘導剤の存在下で培養する工程である。本工程(iii)における培養は、上記「3.分化細胞の純化方法」で例示したような方法により行うことができる。
【0081】
本実施形態の製造方法は、上記工程(i)~(iii)に加えて、他の工程を追加してもよい。他の工程としては、例えば、分化細胞を精製する工程、分化細胞を回収する工程等が挙げられる。これらの工程を追加する場合、これらの工程は、上記工程(i)及び(ii)、上記工程(ii)及び(iii)の間、又は上記工程(iii)の後に行われる。
分化細胞が心筋細胞である場合、工程(iii)の後に、得られた心筋細胞を凝集させる工程を更に含んでもよい。該工程を追加することにより、心筋細胞球を製造することができる。
【0082】
分化細胞の精製工程や回収工程は、分化細胞の種類に応じて、適宜適切な方法を選択することができる。例えば、分化細胞が心筋細胞である場合には、国際公開第2006/022377号、国際公開第2007/088874号、国際公開第2016/010165号に記載の方法等を、精製工程に適用してもよい。また、回収工程としては、遠心分離法等を適用してもよい。心筋細胞を凝集させる工程は、国際公開第2009/017254号、Hattori et al., Nat Methods, 7(1),61-6(2010)、Morita et al. Methods Mol Biol.2320:11-21(2021)、Tabei et al. J Heart Lung Transplant. 38(2):203-214(2019)に記載の方法を適用してもよい。
本発明の心筋細胞球は、その直径が50~500μm、好ましくは100~300μm、さらに好ましくは100~200μmである。
【0083】
本実施形態の製造方法において得られる移植用細胞において、分化細胞数/全体細胞数×100で表される分化細胞の純度は、例えば、70%以上であってよく、80%以上であってよく、90%以上であってよく、95%以上であってよく、99%以上であってよい。なお、死細胞は上記細胞数に含めないものとする。
【0084】
本実施形態の製造方法により製造された移植用細胞は、多能性幹細胞等が選択的に除去されているため、多能性幹細胞等の割合が低減されており、専ら分化細胞により構成される。そのため、本実施形態の製造方法によれば、多能性幹細胞等を実質的に含まないか、多能性幹細胞等の割合が低減された移植用細胞を得ることができる。そのため、前記移植用細胞を生体に移植した場合でも、奇形腫形成等のリスクが低減される。
【0085】
本発明は、移植用細胞を製造するための、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群から選ばれる少なくとも一種の使用、を提供する。
【0086】
5.医薬組成物
1実施形態において、本発明は、上記3.又は4.に記載の方法により取得された高度に純化された多能性幹細胞由来の分化細胞、好ましくは心筋細胞、あるいはこれら分化細胞を凝集させた細胞球を含む医薬組成物を提供する。分化細胞が心筋細胞の場合、該医薬組成物は、好ましくは、該心筋細胞が心筋細胞球の形態で含まれるものである。
【0087】
本発明の分化細胞、例えば心筋細胞、特に心筋細胞球を含む医薬組成物を移植される対象は、特に限定されないが、当該分化細胞の移植を必要とするヒト、又はヒト以外の動物であり得る。例えば、当該分化細胞が正常に機能していない患者、当該分化細胞を含む組織に欠損、障害等を有する患者であってよい。ヒト以外の動物は、特に限定されないが、哺乳類が挙げられる。哺乳類としては、サルなどの霊長類;マウス、ラットなどのげっ歯類;イヌ、ネコなどのペット動物;牛、ウマ、ヒツジ、ブタなどの家畜類等が挙げられる。未分化幹細胞から誘導された分化細胞を移植される対象は、未分化幹細胞が由来する生物と同種の生物であることが好ましく、未分化幹細胞が由来する個体と同一の個体であることがより好ましい。未分化幹細胞から誘導された分化細胞を移植される対象は、後述の「6.移植方法」に記載の「移植が必要な対象」であってもよい。
【0088】
6.移植方法
また、1実施態様において、本発明は、以下の(i)~(iv)の工程を含む、分化細胞の移植方法を提供する:
(i)多能性幹細胞から所望の分化細胞を誘導する工程;
(ii)前記工程(i)により、多能性幹細胞及び/又は前記多能性幹細胞から誘導された未分化幹細胞、及び分化細胞を含む細胞混合物を得る工程;
(iii)前記工程(ii)により得られた細胞混合物を、多能性幹細胞及び未分化幹細胞の細胞死誘導剤の存在下で培養して移植用細胞を得る工程、及び
(iv)前記工程(iii)で得られた移植用細胞を、移植が必要な対象に移植する工程。
【0089】
本実施形態の移植方法における工程(i)~(iii)は、上記「4.移植用細胞の製造方法」で記載した工程(i)~(iii)と同様に行うことができる。また、本実施形態の移植方法の工程(iii)で使用する本発明の細胞死誘導剤は、上記「2.細胞死誘導剤」で記載したものと同様である。
【0090】
本実施形態の移植方法における工程(iv)は、前記工程(iii)で得られた移植用細胞を、移植が必要な対象に移植する工程である。「移植が必要な対象」とは、当該対象の生体内において、前記工程(iii)で得られた移植用細胞と同種の細胞に欠陥、損傷等が生じており、前記移植用細胞を移植することにより、当該細胞の欠陥、損傷等に起因する症状の改善が見込める対象である。移植は、一般的な細胞移植の手法により行うことができる。具体的には、例えば、国際公開第2020/013125号に記載の注入器具による方法や、カテーテルを用いた方法等が挙げられる。
【0091】
本実施形態の移植方法は、上記工程(i)~(iv)に加えて、他の工程を追加してもよい。他の工程としては、例えば、分化細胞を精製する工程、分化細胞を回収する工程等が挙げられる。また、分化細胞が心筋細胞の場合、工程(iii)で得られた心筋細胞を凝集させる工程をさらに含んでもよく、又含むことが好ましい。これらの工程を追加する場合、これらの工程は、上記工程(iii)と工程(iv)の間に行われる。このような精製工程や回収工程、あるいは心筋細胞の凝集工程は、上記「4.移植用細胞の製造方法」に記載したようにして行うことができる。
【0092】
7.培地
1実施形態において、本発明は、培地を提供する(以下、「本発明の培地」とも称する。)。本実施形態の培地は、上述の本発明の細胞死誘導剤を含む。本発明の培地は、細胞の培養に使用できる。本明細書において、「培養」とは、生体(個体)外において細胞を飼育又は生育させることを意味し、いわゆるin vitroで細胞を扱うことを含む。「培地」とは、前記3.等に記載の培養環境を細胞に提供する液体又は固体の物質のことを指す。
【0093】
本発明の培地は、例えば、任意の培地成分と、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113及びその類縁体からなる群より選択される化合物からなる群から選ばれる少なくとも一種(即ち、本発明の化合物)と、を含む組成物であり得る。本発明の培地は、媒体と本発明の化合物とを含む組成物である。媒体としては、水、緩衝液等が挙げられる。媒体は、本発明の化合物を溶解させるものであってもよく、分散させるものであってもよい。培地成分は、細胞の生育に有効な成分を含有していてもよく、そのような成分としては、例えば、アミノ酸、ビタミン類、無機塩類、糖類、成長因子等の各種成分が挙げられる。その他、抗生物質、緩衝液、キレート剤、フェノールレッド指示薬等の成分を含有していてもよい。
【0094】
本発明の培地から本発明の化合物を除いた残りの成分は、従来培地として用いられている一般的な細胞培養液[例えば、ダルベッコ改変イーグル培養液(DMEM)、MEM培養液(例えば、α-MEM、MEM[Hank’s BSS])、RPMI培養液(例えば、RPMI 1640など)、F12培養液、StemPro34、mTeSR1など]と同様の組成としてもよい。前記成分は、未分化幹細胞維持培地として用いられている一般的な細胞培養液[例えばStemFit培地、mTeSR(登録商標) Essential 8(登録商標)培地、StemSure(登録商標)培地など]と同様の組成としてもよい。また、本発明の細胞死誘導剤は、脂肪酸合成酵素活性を阻害することにより多能性幹細胞等に細胞死を誘導するので、脂肪酸を含まないものが好適に用いられる。
【0095】
本発明の培地中の本発明の化合物の濃度は、前述した本発明の細胞死誘導剤中の適用対象中の本発明の化合物の濃度と同じであってよい。本発明の培地が本発明の化合物を上記濃度で含むことにより、効果的に未分化多能性幹細胞等の細胞死を誘導することが可能となる。また、未分化多能性幹細胞等と分化細胞とが混在する場合、分化細胞の生育を良好な状態とさせつつ、未分化多能性幹細胞等の細胞死を誘導し除去することが可能となる。
【0096】
本発明の培地は、脂肪酸を含まないことが好ましい。
本発明の培地は、グルコース、グルタミン、及びメチオニンからなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物を含んでもよい。
【0097】
また、他の態様において、本発明は、本発明の細胞死誘導剤の製造のための、TVB-3166又はその類縁体、TVB-3664又はその類縁体、TVB-2640又はその類縁体、FAS-IN-1tosylate又はその類縁体、及びFT113又はその類縁体からなる群より選択される化合物からなる群から選ばれる少なくとも一種の使用、を提供する。
【0098】
8.キット
1実施形態において、本発明は、上記した本発明の細胞死誘導剤を備えるキットを提供する(以下、「本発明のキット」とも称する。)。
【0099】
本発明のキットは、上記した本発明の細胞死誘導剤のほか、多能性幹細胞から分化細胞を誘導するための試薬類、培地類、細胞培養器具、使用説明書等をさらに備えるものであってもよい。分化細胞を誘導するための試薬類は、誘導しようとする分化細胞に応じて、適宜選択することができる。心筋細胞を誘導するための試薬類としては、例えば、デメチラーゼ、5-アザシチジン、DMSOなどの染色体DNA脱メチル化剤;PDGF、線維芽細胞増殖因子8(FGF-8)、エンドセリン1(ET1)、ミドカイン(Midkine)および骨形成因子4(BMP-4)、G-CSFなどのサイトカイン;ゼラチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチンなどの接着分子;レチノイン酸などのビタミン;Nkx2.5/Csx、GATA4、MEF-2A、MEF-2B、MEF-2C、MEF-2D、dHAND、eHAND、TEF-1、TEF-3、TEF-5およびMesP1などの転写因子;心筋細胞由来の細胞外基質;ノギン、コーディン、フェチュイン、フォリスタチン、スクレロスチン、ダン、サーベラス、グレムリン、ダンテなどのBMPアンタゴニスト等を挙げることができるが、これらに限定されない。また、培地類としては、例えば、ダルベッコ改変イーグル培養液(DMEM)、MEM培養液(α-MEM、MEM[Hank’s BSS]等)、RPMI培養液(RPMI 1640等)、F12培養液、StemPro34、mTeSRI、StemFit培地、mTeSR Essential 8培地、StemSure培地等を挙げることができるが、これらに限定されない。また、細胞培養器具等としては、細胞培養プレート等を挙げることができるが、これに限定されない。
【0100】
本発明のキットは、上記の分化細胞の純化方法に好適に用いることができ、当該分化細胞の純化方法を説明する指示書等をさらに備えることができる。上記した本発明の細胞死誘導剤と共に、分化細胞の純化方法に使用する試薬類、指示書等をキット化することにより、より簡便かつ短時間に分化細胞を純化することが可能となる。
【0101】
本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例0102】
次に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0103】
(1)ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)への影響の確認
ヒト人工多能性幹細胞(253 G4株)(以下、「iPS細胞」と称することがある)は国立大学法人・京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授から入手した。上記iPS細胞(は、マトリゲル(BD Bioscience cat 354230)を用いて未分化維持培養を行った。未分化維持培養液はStemFitAK02N培地(味の素)を用いた。未分化維持培養液に関しては、mTESR1(STEMCELL Technologies Inc.cat11875-119)などフィーダーフリー用の培地として一般的に使用されているものであれば使用可能である。また、マトリックスとして、他にiMatrix511(マトリクソーム)などフィーダーフリー用のマトリックスとして一般的に使用されているものであれば使用可能である。
植え継ぎに関しては、Accutase(Innovative Cell Technologies cat.AT-104)、37℃、3-5分にてiPS細胞のコロニーを分離した。また、播種時には培地にCultureSure Y27632(wako cat.034-24024)を10μM添加し、以降培地交換時には添加しない。
上記のように未分化維持培養したiPS細胞をマトリゲルコートした24穴培養プレート(コーニング)にStemFitAK02N培地(味の素)+Y27632(wako cat.034-24024)を用いて3.0~3.5×10個/wellになるよう播種し、3-4日間、37℃、5%COインキュベーターで培養した。70-80%コンフルエントとなったところで表1記載の各化合物を表2に記載の各終濃度となるように添加したStemFitAK02N培地に交換してさらに3日間培養した後に、4%パラホルムアルデヒドで固定し、細胞が有するアルカリホスファターゼ(ALP)の活性をStemTAG(登録商標)アルカリホスファターゼ染色キット(Sigma 86-R)を用いて発色させ、赤色に染色された細胞を生細胞として確認した。コントロールとして、何も添加しないStemFitAK02N培地(味の素)で同条件で培養したwellも用意した。表2に示したとおり、TVB3166、TVB2640、は80nMの添加で、TVB3664は、16nM濃度の添加で未分化のiPS細胞死を誘導でき、FAS-IN-1Tosylate及びFT113は400nM濃度の添加で、未分化のiPS細胞の細胞死を誘導できた。一方、未分化幹細胞誘導剤として公知のオルリスタット(Sigma、O4139)は、同じ条件で6μM濃度の添加で当該細胞死を誘導した。また、上記化合物の脂肪酸合成酵素阻害剤としてのIC50は表1に記載したとおりであるが、iPS細胞に細胞死を誘導し得る各化合物の濃度と、当該化合物の脂肪酸合成酵素阻害活性のIC50とは相関がなかった。
【0104】
【表1】
【0105】
【表2】
【0106】
(2)心筋細胞への影響の確認
今回の試験で用いたiPS細胞から心筋細胞への分化誘導、純化法は以下の通りである。
心筋細胞への分化・誘導にあたり、(1)のように未分化維持培養していたiPS細胞が70~90%コンフルエントになったところで、RPMI培地(Wako)にB27(インスリンなし、Invitrogen)およびCHIR99021(Selleckchem又はWako)6μM、BMP-4(R&D Systems cat.314-BP)1μg/mlを添加したものに培地を交換した(Day 0)。
Day 1、RPMI培地(Wako)にB27(インスリンなし、Invitrogen)を添加した培地(以下、「RPMI/B27インスリン(-)培地」と称することがある)に交換し、Day 3には、RPMI/B27インスリン(-)培地にIWP2 5μM又はIWR-1(Sigma I0161)5μMを添加した培地に交換し培養を行った。Day 6には、RPMI/B27インスリン(-)培地に交換し、Day 7以降は、MEMα(Invitrogen)/5%FBS/2%ピルビン酸(SIGMA)(以下「調製済みMEMα培地」と称することがある)培地で培養を行った(Lian,X.,et al.,Nat Protocol,2013,8,162-175)。Day10でトリプシンを用いて細胞を剥離したあと、15cmコラーゲンIコートディッシュ(IWAKI)に再播種し、調製済みMEMα培地にオルリスタットを6μMで添加した培地でDay10-12まで培養した。Day13以降は文献(Tohyama,et al., (2016) Cell Metabolism, 23, 663-674.)に記載の方法に沿って、グルコース(-)グルタミン(-)乳酸添加培地で3-4日間ほど培養して心筋細胞以外の細胞を死滅させ、純化精製心筋細胞を得た。純化精製心筋細胞はCryostor CS10(STEMCELL Technologies)に懸濁して凍結ストックとした。なお、Day 8~Day 11の段階で、拍動する心筋細胞を確認することができた。
iM221(マトリクソーム)コートした24穴培養プレート(コーニング社)に、上記の手順で作製した心筋細胞の凍結ストックを解凍し、4×10個/wellとなるように調製済みMEMα培地を用いて播種し、3日間、37℃、5%COインキュベーターで培養した後、表3記載の各化合物を各終濃度となるように添加した調製済みMEMα培地に置き換え、さらに4日間上記条件で培養した後、LiveDead Viability/Cytotoxity Kit for mammalian cells(Thermo L3224))を使用して生細胞、死細胞を染色した。コントロールとして、何も添加しない調整済みMEMα培地で同条件で培養したwellも用意した。表3に示したとおり、TVB3166、TVB2640、TVB3664、FAS-IN-1Tosylate、及びFT113は2μM、5μM、及び10μM濃度で添加しても心筋細胞には影響を及ぼさなかった。また、上述のオルリスタット(Sigma社製、O4139)は2μMの添加では影響を及ぼさなかったが、10μM濃度で添加した場合に心筋細胞が死滅した。
【0107】
【表3】
【0108】
(3)神経幹細胞への影響の確認
上記(1)と同様に培養したiPS細胞(253 G4株)を6穴培養プレート(Corning)に2×10個/wellとなるように播種し、STEMdiff SMADi Neural Induction kit(STEMCELL Technologies)を用いて、当該キット添付のプロトコールに従い神経幹細胞への分化を行った。神経幹細胞への分化は、PAX6抗体、Nestin抗体を用いた免疫染色により確認した。
分化した神経幹細胞をマトリゲルコートした24穴培養プレートへStemFitAK02N培地(味の素)を用いて4×10個/wellになるよう播種し、2日後、培地を、表4記載の各化合物を各終濃度となるように添加したStemFitAK02N培地(味の素)に置き換え、さらに3日間培養した後、LiveDead Viability/Cytotoxity Kit for mammalian cells(Thermo L3224))を使用して生細胞、死細胞を染色した。結果を表4に示す。
【0109】
【表4】
【0110】
表4の通り、TVB3166及びTVB3664は、終濃度80nMでiPS細胞から誘導された神経幹細胞に対し細胞死を誘導し、TVB2640は、終濃度400nMでiPS細胞から誘導された神経幹細胞に対し細胞死を誘導した。また、上述のオルリスタット(Sigma、O4139)は終濃度10μMでわずかにiPS細胞から誘導された神経幹細胞に対し細胞死を誘導したが、それ以下の濃度では全く影響しなかった。
【0111】
(4)iPS細胞塊への影響の確認
上記(1)と同様に未分化維持培養したiPS細胞(253 G4株)を、底面に小ディンプルを有する24穴培養プレート(Corning Elplasiaマルチウェルプレート cat.4441)に1×10個/wellとなるように播種し、StemFitAK02N培地(味の素)で1日培養し、顕微鏡下でiPS細胞が塊状になっていることを確認してから、StemFitAK02N培地(味の素)に表5記載の各化合物を各終濃度(1回目に記載の濃度)となるように添加したものに置き換え、さらに5日間培養した後、細胞塊を回収し、24穴平底培養プレート(Corning)に移し、顕微鏡で細胞塊の状態を観察した。図1の通り、TVB3166、TVB3664、TVB2640は終濃度200nMで細胞塊状態のiPS細胞に細胞死を誘導した。また、添加濃度を上げて2回目の試験をおこなった。終濃度は表5記載の通り(2回目に記載の濃度)である。2回目の試験では、コントロールとして各化合物の添加量と同量のDMSOを添加したStemFitAK02培地で培養したwellも同条件で培養した。図2及び表5の通り、TVB3166、TVB3664、及びTVB2640は、終濃度200nM以上で細胞塊状態のiPS細胞に細胞死を誘導した。また、上述のオルリスタット(Sigma、O4139)は終濃度10μMでも細胞塊状態のiPS細胞に対し細胞死を誘導しなかった。
【0112】
【表5】
【0113】
(5)iPS細胞由来心筋細胞とiPS細胞とを含む細胞混合物への影響の確認
(2)に示す手順により作製した純化精製心筋細胞5×10個と、(1)に示す手順で未分化維持培養したiPS細胞5×10個とが混在した状態にある細胞混合物を用意し、iM221(マトリクソーム)をコートした12wellプレートに播種した。1日後、StemFitAK02N培地(味の素)に表6記載の各化合物を各終濃度となるように添加したもの、およびコントロールとしてDMSOを添加したStemFitAK02N培地に置き換え、さらに3日間培養した後、未分化細胞のマーカーであるOCT4および分化した心筋細胞のマーカーであるActininに対する免疫染色を実施した。結果を表6に示す。
【0114】
【表6】
【0115】
TVB3166、TVB3664、及びTVB2640を終濃度100nMで添加した場合はActininを発現する心筋細胞はコントロールと同様に確認されたがOCT4を発現するiPS細胞は確認できなかったことから、未分化状態の細胞特異的に細胞死を誘導することができることが示された。上述のオルリスタット(Sigma社製、O4139)は終濃度1μMでもOCT陽性細胞は多数確認された。
【0116】
(6)iPS細胞と心筋細胞の混合塊への影響の確認
上記(1)に記載の通り未分化維持培養したiPS細胞(253 G4株)を8×10個、((2)に示す手順により作製した純化精製心筋細胞4×10個をStemFitAK02N培地(味の素)を用いて混合し、小ディンプルを有する6穴培養プレート(Corning Elplasia マルチウェルプレート cat.4440)に播種して1日培養し、顕微鏡で細胞塊になっていることを確認した後、表7記載の各化合物を終濃度10μMとなるように添加したStemFitAK02N培地(味の素)に置き換え、さらに3日間培養した後、細胞塊を回収した。回収された細胞塊は、Trypsin-EDTA(Thermo cat.25200056)とAccumax(Innovative Cell Technologies cat.AM105)を3:1で混合したものに懸濁し、37℃に設定したwater bathで5分程度振とうしながらシングルセル化したあと、4%パラホルムアルデヒドで固定、0.1%TritonX-100で膜透過処理を行い、Cardiac Troponin T-FITC抗体(Milteny)で染色しフローサイトメトリー(ベクトンディッキンソン社製)で解析を行った。結果を図3に示す。図3から明らかなように、TVB3166、TVB3664及びTVB2640は、終濃度10μMで未分化細胞の比率が、ネガティブコントロール(DMSO)が約9%であるのに対し、それぞれ約1%に減少していたが、上述のオルリスタット(Sigma社製、O4139)では4.4%までしか減少していなかった。
【0117】
【表7】
【0118】
2回目の試験として、各化合物の添加濃度を100nMにして同様の試験をおこなった結果を図4に示す。図4から明らかなように、TVB3166、TVB3664及びTVB2640は、終濃度100nMで未分化細胞の比率が、ネガティブコントロール(DMSO)が約18.5%であるのに対し、それぞれ3~5%に減少していたが、上述のオルリスタット(Sigma社製、O4139)では14%までしか減少していなかった。
【0119】
【表8】
【0120】
【産業上の利用可能性】
【0121】
より少ない量で細胞がスフェロイド状態でも未分化幹細胞の細胞死を誘導することができる。従って、多能性幹細胞から分化細胞への分化誘導、それに続く分化細胞の純化、さらには移植といったプロセス全体において、高い有効性と安全が期待できる。
図1
図2
図3
図4