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特開2024-24823量子論理ゲート操作装置、量子論理ゲート操作方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024024823
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】量子論理ゲート操作装置、量子論理ゲート操作方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/40 20220101AFI20240216BHJP
   G06F 7/38 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
G06N10/40
G06F7/38 510
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022127743
(22)【出願日】2022-08-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)文部科学省、科学技術振興機構「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」、量子情報処理技術領域、研究課題「Flagshipプロジェクト」、研究開発課題名「超伝導量子コンピュータの研究開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける出願
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】部谷 謙太郎
(72)【発明者】
【氏名】中村 泰信
(57)【要約】      (修正有)
【課題】断熱性を保ちながらゲート実行速度が速く、かつ、ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラー及び位相緩和エラーに耐性があるもつれ量子ゲート操作を実現する量子論理ゲート操作装置、方法及びプログラムを提供する。
【解決手段】量子論理ゲート操作装置は、制御量子ビット11と標的量子ビット12との2量子ビット系、制御量子ビットに標的量子ビットの固有周波数の交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射部、制御量子ビットに量子状態を反転させるエコーパルスを照射するエコーパルス照射部及び量子論理ゲート操作の第1期間に第1位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、第2期間にパルスの強度を保ったまま位相を連続的に変化させ、第3期間に第2位相の交差共鳴ドライブパルスを照射するように交差共鳴ドライブパルス照射部を制御し、第2期間にエコーパルスを照射するようにエコーパルス照射部を制御する制御部を備える。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系と、
前記制御量子ビットに、前記標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射部と、
前記制御量子ビットに、前記制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射するエコーパルス照射部と、
制御部と、
を備えた量子論理ゲート操作装置であって、
前記制御部は、
量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の前記交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記量子論理ゲート操作の第2の期間に、前記交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま前記交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記量子論理ゲート操作の第3の期間に、前記第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射するように、前記交差共鳴ドライブパルス照射部を制御し、
前記第2の期間にエコーパルスを照射するように、前記エコーパルス照射部を制御することを特徴とする量子論理ゲート操作装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記エコーパルスを周波数変調するよう前記エコーパルス照射部を制御することを特徴とする請求項1に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項3】
前記周波数変調は、前記制御量子ビットの共鳴周波数の変調に追随する周波数変調であることを特徴とする請求項2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項4】
前記周波数変調は、前記制御量子ビットの非調和度の変化分をさらに加えたものであることを特徴とする請求項3に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項5】
前記第1の位相は0であり、前記第2の位相はπであることを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項6】
CNOTゲートであることを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項7】
root CNOTゲートであることを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項8】
前記制御量子ビットおよび前記標的量子ビットは超伝導量子ビットであることを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項9】
前記制御部は任意波形発生器を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項10】
前記交差共鳴ドライブパルス照射部と前記エコーパルス照射部とは一体であることを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項11】
前記交差共鳴ドライブパルス照射部と前記エコーパルス照射部とは別体であることを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項12】
前記制御部は、前記交差共鳴ドライブパルスの位相の変化および前記エコーパルスの照射のセットを繰り返して実行するように、前記交差共鳴ドライブパルス照射部および前記エコーパルス照射部を制御することを特徴とする請求項1または2に記載の量子論理ゲート操作装置。
【請求項13】
制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系を用いて量子論理ゲート操作を行う量子論理ゲート操作方法であって、
前記制御量子ビットに、前記標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射ステップと、
前記制御量子ビットに、前記制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射するエコーパルス照射ステップと、
を含み、
前記交差共鳴ドライブパルス照射ステップでは、
量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の前記交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記量子論理ゲート操作の第2の期間に、前記交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま前記交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記量子論理ゲート操作の第3の期間に、前記第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記エコーパルス照射ステップでは、前記第2の期間にエコーパルスを照射することを特徴とする方法。
【請求項14】
制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系を用いた量子論理ゲート操作をコンピュータに実行させるプログラムであって、
前記制御量子ビットに、前記標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射ステップと、
前記制御量子ビットに、前記制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射するエコーパルス照射ステップと、
を含み、
前記交差共鳴ドライブパルス照射ステップでは、
量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の前記交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記量子論理ゲート操作の第2の期間に、前記交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま前記交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記量子論理ゲート操作の第3の期間に、前記第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、
前記エコーパルス照射ステップでは、前記第2の期間にエコーパルスを照射することを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、量子論理ゲート操作装置、量子論理ゲート操作方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータに必要な量子論理ゲート操作を実現するものに、もつれ量子ゲートがある。もつれ量子ゲートは、周波数の異なる結合量子ビット間にもつれ相互作用を誘起する。これにより、一方の量子ビットから他方の量子ビットに量子情報を伝えることができる。もつれ量子ゲートを操作するものの一例として、交差共鳴ゲートがある(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】"Procedure for systematically tuning up crosstalk in the cross resonance gate", Sarah Sheldon, Easwar Magesan, Jerry M. Chow, and Jay M. Gambetta, Phys. Rev. A 93, 060302 (2016)
【非特許文献2】“Cross-Cross Resonance Gate”, Kentaro Heya and Naoki Kanazawa, PRX Quantum 2, 040336 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、交差共鳴ゲートには、Direct Control-X(以下、「DCX」ともいう)と、Two-pulsed echoed Control-X(以下、「TPCX」ともいう)という2つの手法が提案されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0005】
DCXは、ゲート実行速度が速いという点で優れるが、ゲート操作時のエラー(ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラー)に耐性がないという欠点がある。一方TPCXは、ゲート操作時のエラーに耐性があるという点で優れるが、ゲート実行速度が遅いという欠点がある。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、断熱性を保ちながらゲート実行速度が速く、かつ、ゲート操作時のエラー(ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラー)に耐性があるもつれ量子ゲート操作を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の量子論理ゲート操作装置は、制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系と、制御量子ビットに、標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射部と、制御量子ビットに、制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射するエコーパルス照射部と、制御部と、を備える。制御部は、量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第2の期間に、交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第3の期間に、第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射するように、交差共鳴ドライブパルス照射部を制御し、第2の期間にエコーパルスを照射するように、エコーパルス照射部を制御する。
【0008】
ある実施の形態では、制御部は、エコーパルスを周波数変調するようエコーパルス照射部を制御してもよい。
【0009】
ある実施の形態では、周波数変調は、制御量子ビットの共鳴周波数の変調に追随する周波数変調であってもよい。
【0010】
ある実施の形態では、周波数変調は、制御量子ビットの非調和度の変化分をさらに加えたものであってもよい。
【0011】
ある実施の形態では、第1の位相は0であり、第2の位相はπであってもよい。
【0012】
ある実施の形態では、制御量子ビットおよび標的量子ビットは超伝導量子ビットであってもよい。
【0013】
ある実施の形態では、制御部は任意波形発生器を含んでもよい。
【0014】
ある実施の形態では、交差共鳴ドライブパルス照射部とエコーパルス照射部とは一体であってもよい。
【0015】
ある実施の形態では、交差共鳴ドライブパルス照射部とエコーパルス照射部とは別体であってもよい。
【0016】
ある実施の形態では、制御部は、交差共鳴ドライブパルスの位相の変化およびエコーパルスの照射のセットを繰り返して実行するように、交差共鳴ドライブパルス照射部およびエコーパルス照射部を制御してもよい。
【0017】
本発明の別の態様は、制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系を用いて量子論理ゲート操作を行う量子論理ゲート操作方法である。この方法は、制御量子ビットに、標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射ステップと、制御量子ビットに、制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射するエコーパルス照射ステップと、を含む。交差共鳴ドライブパルス照射ステップでは、量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第2の期間に、交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第3の期間に、第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、エコーパルス照射ステップでは、第2の期間にエコーパルスを照射する。
【0018】
本発明の別の態様は、プログラムである。このプログラムは、制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系を用いて量子論理ゲート操作をコンピュータに実行させる。このプログラムは、制御量子ビットに、標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する交差共鳴ドライブパルス照射ステップと、制御量子ビットに、制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射するエコーパルス照射ステップと、を含む。交差共鳴ドライブパルス照射ステップでは、量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第2の期間に、交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第3の期間に、第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、エコーパルス照射ステップでは、第2の期間にエコーパルスを照射する。
【0019】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、断熱性を保ちながらゲート実行速度が速く、かつ、ゲート操作時のエラー(ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラー)に耐性があるもつれ量子ゲート操作を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】交差共鳴ゲートの原理を示す模式図である。
図2】DCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化を示す図である。
図3】TPCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化を示す図である。
図4】TPCXで照射するエコーパルスの時間的変化を示す図である。
図5】第1の実施の形態に係る量子論理ゲート操作装置の機能ブロック図である。
図6】OPCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化を示す図である。
図7】OPCXで照射するエコーパルスの時間的変化を示す図である。
図8】第2の期間付近における図6の拡大図である。
図9】複素数平面上でのOPCXの交差共鳴ドライブパルスの位相変化を示す図である。
図10】複素数平面上でのTPCXの交差共鳴ドライブパルスの位相変化を示す図である。
図11】OPCXおよびTPCXのドライブ強度とドライブ周波数との関係を示す図である。
図12】2回実行型のOPCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化を示す図である。
図13】2回実行型のOPCXで照射するエコーパルスの時間的変化を示す図である。
図14】第2の実施の形態に係る量子論理ゲート操作方法の処理フロー図である。
図15】ゲート操作実行に伴うカルタン係数の主要項の推移を示す図である。
図16】ゲート操作実行に伴うカルタン係数の副次項の推移を示す図である。
図17】ゲート操作実行に伴うカルタン係数のリーク量の推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
具体的な実施の形態を説明する前に、図1を参照して、基礎となる知見を述べる。図1は、交差共鳴ゲートの原理を示す模式図である。図1の2量子ビット系100は、制御量子ビット101と標的量子ビット102とが、結合共振器103を介して結合された系として構成されている。この例では制御量子ビット101と標的量子ビット102はともにトランズモンなどの超伝導量子ビットで形成されるが、必ずしもこれに限られない。制御量子ビット101の共鳴周波数(「固有周波数」ともいう)fと標的量子ビット102の共鳴周波数(やはり「固有周波数」ともいう)fとは異なる。一例としてf=8.0GHz、f=8.8GHzといった具合であるが、これらの数値に限られない。なお図1に示される2量子ビット系100は、2つの量子ビットが結合共振器を介して結合されているが、必ずしもこれに限られない。例えば2量子ビット系は、直接結合で形成されてもよい。ここで重要なのは、固有周波数の異なる量子ビットが結合されるという点である。
【0023】
制御量子ビット101および標的量子ビット102は、それぞれ状態0(|0>と表す)および状態1(|1>と表す)を持つ。ここでは、制御量子ビット101の状態0および状態1をそれぞれ|0>および|1>と表し、標的量子ビット102の状態0および状態1をそれぞれ|0>および|1>と表す。
【0024】
この系において、マイクロ波発生源104から、制御量子ビット101に対して、標的量子ビット102の固有周波数fを持つマイクロ波パルスを照射する。このマイクロ波パルスは、「交差共鳴ドライブパルス」と呼ばれる。このとき制御量子ビット101の状態は、交差共鳴ドライブパルスを照射した前後で変わらない。すなわち、|0>→|0>または|1>→|1>である(右向き矢印の左側は交差共鳴ドライブパルスを照射する前、右側は照射した後の状態を示す。以下同様)。一方、標的量子ビット102の状態は、制御量子ビット101の状態に応じて変わる。具体的には、制御量子ビット101の状態が状態0(|0>)のときは、標的量子ビット102の状態は変わらない。すなわち、|0>ならば、|0>→|0>または|1>→|1>である。一方、制御量子ビット101の状態が状態1(|1>)のときは、標的量子ビットの状態は反転する。すなわち、|1>ならば、|0>→|1>または|1>→|0>である。特にこのような動作をする2入力2出力の交差共鳴ゲートは、制御ビット反転(CNOT)ゲートに対応し、ZX軸90度回転と局所的に等価である。交差共鳴ドライブでは他にも、漏話補正ドライブと呼ばれる追加のマイクロ波照射を行うことで、制御量子ビットの状態に応じた対象量子ビットへの任意の回転をもたらす(A*ZX+B*IX)軸の回転を実装することができる(A、Bは任意の実係数)。ここでZX軸回転とは、制御側が0のとき対象側が正回転し、制御側が1のとき対象側が負回転するような操作のことをいう。また、制御が0のとき対象が静止し、制御が1のとき対象が動作する、という操作を(ZX-IX)軸回転という。
【0025】
[従来技術1:DCX]
交差共鳴ゲートを実現する従来技術の1番目の例として、DCXを説明する。DCXでは、量子ゲート操作中に、交差共鳴ドライブパルスを、制御量子ビット101に1回だけ照射する。これにより、前述のように、一方の量子ビット(制御量子ビット101)の量子情報が他方の量子ビット(標的量子ビット102)に伝搬する。しかしながらDCXには、エラー耐性がないという問題がある。図2に、DCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化の例を示す。この例では、横軸(時間)はns(ナノ秒)を単位とする。図示されるように、交差共鳴ドライブパルスの照射時間(ゲート実行時間)は約125nsである。縦軸(振幅)は、大きさを1で規格化し、位相0を正、位相πを負で表している(図3、4も同様)。
【0026】
ここで、交差共鳴ゲートに存在する3種類のエラーについて説明する。制御量子ビット101に交差共鳴ドライブパルスを照射すると(以下では、この操作を「交差共鳴ドライブを掛ける」または「ゲートを掛ける」ということもある)、制御量子ビット101と標的量子ビット102との間には、ZX相互作用と呼ばれる相互作用が働く。ZX相互作用は、交差共鳴ゲートにとって望ましい相互作用である。しかし実際には交差共鳴ゲートには、ZX相互作用とは別に、望ましくない相互作用、具体的にはZI相互作用および残留ZZ相互作用と呼ばれる相互作用が働く。これらは交差共鳴ゲートの実行時に、エラーを引き起こす原因となる。
【0027】
(エラー1:ZI相互作用エラー)
前述のように交差共鳴ゲートでは、制御量子ビット101は、自身の持つ固有周波数fと異なる周波数fの交差共鳴ドライブパルスを照射される。このとき、ドライブ誘起ACシュタルクシフトと呼ばれる効果が働き、制御量子ビット101の共鳴周波数が本来の固有周波数fからシフトする。このような周波数シフトにより発生するエラーは、ZI相互作用エラーと呼ばれる。
【0028】
(エラー2:残留ZZ相互作用エラー)
制御量子ビット101と標的量子ビット102との間には、交差共鳴ドライブを掛けていないときも、両量子ビット間の結合に由来する残留相互作用(残留ZZ相互作用)が存在する。こうした残留ZZ相互作用も交差共鳴ゲートにとっては望ましいものではなく、エラーの原因となる。このような残留ZZ相互作用により発生するエラーは、残留ZZ相互作用エラーと呼ばれる。
【0029】
(エラー3:位相緩和エラー)
制御量子ビット101の量子状態の位相は、時間的にゆらぐ(言い換えれば、位相が時間とともに緩和する)。このような位相の時間的な緩和により発生するエラーは、位相緩和エラーと呼ばれる。
【0030】
DCXは、これらの3つのエラー(すなわち、ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラー)に対する耐性を持たないことが分かっており、これが大きな欠点となっている。
【0031】
[従来技術2:TPCX]
交差共鳴ゲートを実現する従来技術の2番目の例として、TPCXを説明する。TPCXは、上記の3つのエラーに対して耐性を与えるために開発された手法である。照射TPCXは、交差共鳴ドライブパルスを2回照射するところに特徴がある。
【0032】
TPCXでは、先ずゲート操作の前半で、1回目の交差共鳴ドライブパルスを、制御量子ビット101に照射する。この1回目の照射の後に、制御量子ビット101の量子状態を反転させるためのパルス(「エコーパルス」または「X-πパルス」と呼ばれる)を、制御量子ビット101に照射する。従って、1回目の交差共鳴ドライブパルスを照射した後、制御量子ビット101の量子状態は反転する。その後、ゲート操作の後半で、2回目の交差共鳴ドライブパルスを、制御量子ビット101に照射する。ただし2回目の交差共鳴ドライブパルスの位相は、1回目の交差共鳴ドライブパルスの位相と逆相となるようにしておく。最後に(2回目の照射の後に)、制御量子ビット101の量子状態を反転させるためのエコーパルスを、制御量子ビット101に照射する。図3に、TPCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化の例を示す。図4に、TPCXで照射するエコーパルスの時間的変化の例を示す。1回目の交差共鳴ドライブパルスは、t0からt1の間に照射される。1回目のエコーパルスは、t1からt2の間に照射される。2回目の交差共鳴ドライブパルスは、t2からt3の間に照射される。2回目のエコーパルスは、t3からt4の間に照射される。
【0033】
ここで、以下の性質に着目する。すなわち、ZX相互作用、ZI相互作用およびZZ相互作用のうち、ZX相互作用は、照射する交差共鳴ドライブパルスの位相に従う。すなわち、符号が正の交差共鳴ドライブパルスを照射すると、符号が正のZX相互作用が生じる。逆に、符号が負の交差共鳴ドライブパルスを照射すると、符号が負のZX相互作用が生じる。一方、ZI相互作用およびZZ相互作用は、照射する交差共鳴ドライブパルスの符号とは無関係に、常に特定の位相を持つ。すなわち、交差共鳴ドライブパルスの符号が正であろうが負であろうが、ZI相互作用およびZZ相互作用は常に正または負である。また、エコーパルスによって制御量子ビット101の量子状態が反転すると、ZX相互作用、ZI相互作用およびZZ相互作用のすべては、その位相が反転する。
【0034】
このように、1回目の交差共鳴ドライブパルスの位相と2回目の交差共鳴ドライブパルスの位相を逆相にするとともに、2回目の交差共鳴ドライブパルス照射前にエコーパルスを照射すると、ZX相互作用は、ゲート操作の前半および後半を通して同じ符号の相互作用として働く。従ってZX相互作用は、ゲート操作全体で有効な相互作用として働く。一方、ZI相互作用およびZZ相互作用は、ゲート操作の前半と後半とで、符号が逆の相互作用として働く。従ってZI相互作用およびZZ相互作用は、ゲート操作全体では、その効果が相殺される。このようにTPCXによれば、望ましいZX相互作用を実現しつつ、望ましくないZI相互作用、残留ZZ相互作用および位相緩和エラーを除去することができる。
【0035】
しかしながらTPCXには、ゲート実行速度が遅いという欠点がある。一般にゲートを掛ける場合、ゲートのドライブ速度は、図2および図3に示される交差共鳴ドライブパルスのパルス面積によって決まる。すなわちゲート操作は、このパルス面積が所定の値になったとき終了する。従ってゲートの実行速度を上げるには、できるだけ短時間にできるだけ大きなパルス面積を与える必要がある。図3に示されるように、TPCXでは、2回のパルスの立ち上がりおよび立ち下がりがあり、かつエコーパルス照射を実行している。これらの時間帯(パルスエッジともいう)は、パルスの空白期間に相当する。従ってTPCXは、DCXに比べて、このパルスの空白期間の分、ゲート実行速度が遅い。実際には、パルス面積の10%~20%程度をパルスエッジが占める。
【0036】
以下、実施の形態を用いて説明するOPCXは、DCXとTPCXの持つ課題を解決し、高いエラー耐性と速いゲート実行速度の両立を狙ったものである。
【0037】
[第1の実施の形態]
図5に、第1の実施の形態に係る量子論理ゲート操作装置1の機能ブロック図を示す。量子論理ゲート操作装置1は、2量子ビット系10と、交差共鳴ドライブパルス照射部20と、エコーパルス照射部30と、制御部40と、を備える。2量子ビット系10は、制御量子ビット11と標的量子ビット12とが結合され形成される。交差共鳴ドライブパルス照射部20は、制御量子ビット11に、標的量子ビット12の固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する。エコーパルス照射部30は、制御量子ビット11に、制御量子ビット11の量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射する。
【0038】
以下、図6図8を参照して、本実施の形態における交差共鳴ドライブパルス照射およびエコーパルス照射の制御について説明する。
【0039】
図6は、OPCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化を示す図である。図示されるように、交差共鳴ドライブパルスは、t10からt13の間、照射される。すなわちOPCXでは、交差共鳴ドライブパルスが1回だけ、ゲート操作の全期間にわたって照射される。この点でOPCXは、交差共鳴ドライブパルスが2回照射されるTPCXと異なる。ただし、t10からt11の間(以下、この期間を「第1の期間」と呼ぶ)は、交差共鳴ドライブパルスの位相は0である。t11からt12の間(以下、この期間を「第2の期間」と呼ぶ)は、交差共鳴ドライブパルスは、交差共鳴ドライブパルスの強度を一定に保ったまま、位相が0からπまで連続的に変化しながら照射される。t12からt13の間(以下、この期間を「第3の期間」と呼ぶ)は、交差共鳴ドライブパルスの位相はπである。
【0040】
図7は、OPCXで照射するエコーパルスの時間的変化を示す図である。図示されるように、エコーパルスは、t11からt12の間、すなわち第2の期間に照射される。
【0041】
図8は、図6の第2の期間付近での拡大図である。図8には、複素数表示した交差共鳴ドライブパルスの実部と虚部とが示されている。図示されるように、第2の期間では、ゼロでない強度の交差共鳴ドライブパルスが照射され、その位相が反転する。
【0042】
このようにOPCXは、交差共鳴ドライブパルスの位相反転とエコーパルスの照射を実行する。従ってOPCXは、TPCXと同様に、ZI相互作用、残留ZZ相互作用および位相緩和エラーに対する耐性を持つ。
【0043】
図9に、複素数平面上でのOPCXの交差共鳴ドライブパルスの位相変化を示す。図示されるように、t11までは一定強度かつ一定位相(0)だった交差共鳴ドライブパルスのベクトルは、t11で位相が変化し始める。第2の期間(t11からt12)では、交差共鳴ドライブパルスは、強度を一定に保ったまま、回転しながら円筒上を滑らかにたどるように、位相を0からπまで変化させる。エコーパルスは、第2の期間に照射される。t12でエコーパルスの照射が終わると、交差共鳴ドライブパルスは、連続的に位相がπとなり、その後一定強度かつ一定位相(π)で照射され続ける。
【0044】
比較のため、図10に、複素数平面上でのTPCXの交差共鳴ドライブパルスの位相変化を示す。図示されるように、t1までは一定強度かつ一定位相(0)だった交差共鳴ドライブパルスのベクトルは、エコーパルスの照射前に強度が減少し始める。t1で、交差共鳴ドライブパルスの強度ゼロとなる。t1からt2の間、エコーパルスが照射される。t2でエコーパルスの照射が終わると、交差共鳴ドライブパルスのベクトルは、位相が非連続的にπに反転し、一定強度になるまで強度(の絶対値)が増加する。
【0045】
以上のような交差共鳴ドライブパルス照射およびエコーパルス照射の制御は、制御部40によって実行される。すなわち本実施の形態では、制御部40は、量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射するように、交差共鳴ドライブパルス照射部20を制御する。そして制御部40は、量子論理ゲート操作の第2の期間に、交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射するように、交差共鳴ドライブパルス照射部20を制御する。そして制御部40は、量子論理ゲート操作の第3の期間に、第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射するように、交差共鳴ドライブパルス照射部20を制御する。そして制御部40は、第2の期間にエコーパルスを照射するように、エコーパルス照射部30を制御する。
【0046】
以下、図11を用いて、本実施の形態による作用効果を説明する。図11は、OPCXおよびTPCXのドライブ強度Ωとドライブ周波数Δとの関係を示す図である。横軸は、交差共鳴ドライブパルスの強度を示す(ただし、エネルギーの単位を持つ強度をプランク定数で割って、周波数(MHz)の単位に換算している。また位相が0を正、位相がπを負としている)。この例では、OPCX、TPCXともに、ドライブ強度Ω=300MHzとしている。縦軸のドライブ周波数Δは、制御量子ビットに照射されるマイクロ波パルスの周波数と制御量子ビットの固有周波数との差に相当する。この例では、マイクロ波パルスの周波数=8.8GHz、制御量子ビットの固有周波数=8.0GHzとしているので、Δ=800MHzである。図11は、OPCXおよびTPCXにおいて、エコーパルスがどのようにドライブ周波数Δおよびドライブ強度Ωを変調しているかを表している。
【0047】
OPCXにおける交差共鳴ドライブパルスの位相反転は、ドライブ強度Ωを+300MHzに保ったまま、ドライブ周波数Δを一時的に変化させることに相当する。この例では、20nsで位相を0からπに反転させることとする。するとこの一時的なドライブ周波数Δの変化は、25MHzとなる。従ってOPCXにおける交差共鳴ドライブパルスの変化は、図の点PからQに向かう上向きの実線矢印と、点Qから点Pに戻る下向きの実線矢印とで示される。一方、TPCXにおける交差共鳴ドライブパルスの変化は、ドライブ周波数Δを800MHzに保ったまま、ドライブ強度Ωが+300MHzから-300MHzに変化するものであるので、図の点Pから点Sを通って点Rに向かう破線矢印で示される。
【0048】
パルスの時間的変化の滑らかさは、以下の式(1)で示される非断熱遷移εで評価することができる(断熱定理)。
【数1】
この非断熱遷移εが小さいほど、パルスは時間的に滑らかに変化する。これにより、望ましくないエネルギー遷移を防ぐことができる。言い換えれば、非断熱遷移εが小さいほど、量子論理ゲート操作にとって望ましい結果が得られる。式(1)の分子は、図11の座標平面上で点が動いたときの、当該点の原点に対する偏角変化の速度を表す。従ってεを小さくするためには、偏角変化がなるべくゆっくりであることが望ましい。一方、式(1)の分母は、図11の座標平面上の点の原点からの距離を表す。従ってεを小さくするためには、原点からの距離がなるべく遠いことが望ましい。
【0049】
この観点で、OPCXとTPCXとを比較する。2本の実線矢印で示されるOPCXにおいては、状態がP→Q→Pと変化したとき、原点に対する偏角変化の総量は、0.57°×2=1.14°である。また原点までの距離は、点Pから徐々に増加し、点Qで最大となった後減少に転じ、点Pで元の値に戻る。一方、破線矢印で示されるTPCXにおいては、状態がP→S→Rと変化したときの原点に対する偏角変化の大きさは、41.1°である。また原点までの距離は、点Pから徐々に減少し、点Sで最小となった後増加に転じ、点Rで元の値に戻る。以上から分かるように、偏角変化の大きさは、OPCXの方がTPCXより小さい。従って、同じεの値に関し、OPCXの方がより短時間で状態を変化させることができる(式(1)の分子参照)。また原点からの距離は、OPCXの方がTPCXより長い。従ってOPCXの方が、εの値をより小さくできる(式(1)の分母参照)。
【0050】
以上のことから、OPCXは、εの値を大きくすることなく(言い換えれば、品質を損なうことなく)ゲート操作をTPCXより短時間で実行できることが分かる。さらに図8に示されるように、OPCXでは、エコーパルスを照射している期間(第2の期間)にも、交差共鳴ドライブパルスが照射されている。すなわち、第2の期間中にもZX相互作用が働く。これに対しTPCXでは、エコーパルスを照射している期間(図3および10のt1~t2)には、交差共鳴ドライブパルスが照射されない。この場合、t1~t2の期間中はZX相互作用が働かない。この点から見ても、OPCXはTPCXより高速にゲート操作を実現することが分かる。
【0051】
さらにOPCXは、エラー耐性の点でも有利である。すなわちOPCXは、εの値が小さいので、その分エラーを小さくできる。さらにOPCXは、TPCXよりゲート操作時間が短いので、その分エラー発生確率を小さく抑えることができる。
【0052】
以上説明したように、本実施の形態によれば、断熱性を保ちながらゲート実行速度が速く、かつ、ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラーに耐性があるもつれ量子ゲート操作を実現することができる。
【0053】
本実施の形態には、以下のような様々な個別の実施の形態が存在する。
【0054】
[エコーパルスの周波数変調]
ある実施の形態では、制御部40は、エコーパルスを周波数変調するようエコーパルス照射部30を制御してもよい。前述のように、OPCXでは、エコーパルスを照射している期間(第2の期間)にも交差共鳴ドライブパルスが照射されている。このときエコーパルスは変調されていることが望ましい。以下、この点について説明する。
【0055】
超伝導量子ビットに非共鳴なマイクロ波を照射すると、超伝導量子ビットにおける異なるエネルギー準位同士が照射されたマイクロ波光子を介して結合を持つようになる。その結果、以下のように、互いに反交差する効果(ドライブ誘起ACシュタルク効果)が生まれる。
【0056】
駆動周波数ωが遷移周波数ωge、ωefのいずれからも十分離れている場合の時間発展について説明する。このとき3準位系の各エネルギー準位は、g-e遷移およびe-f遷移の両方についてのACシュタルクシフトの影響を受けてシフトする。このことを確かめるため、駆動の回転座標系
【数2】
に移った上で、回転近似波を用いると、時間に依存しないハミルトニアン
【数3】
が得られる。ここでδ=ωge-ωを駆動周波数ωに対するg-e遷移周波数ωgeの離調とした。駆動による各準位のエネルギーシフトは、2次の摂動エネルギーを計算することにより、
【数4】
【数5】
【数6】
となる。
【0057】
以上のことから、非共鳴なマイクロ波の照射により、超伝導量子ビットの共鳴周波数ω(第1励起準位と基底準位のエネルギー差)および非調和度α(第1励起遷移と第2励起遷移のエネルギー差)と呼ばれる性質が変調されることが分かる。このときエコーパルスの駆動周波数を、共鳴周波数の変調分δωに追随して変調する必要がある。
【0058】
一般に現代の超伝導量子計算機では、固定の駆動周波数(~数GHz)を持った局所発振器から生成される定常マイクロ波と、周波数可変(~数百MHz)の任意波形発生器から生成される任意マイクロ波波形とを乗算することで、量子ビット制御マイクロ波パルスを生成している。そのため、エコーパルスの駆動周波数の変調は、後者の任意波形発生器によって行われる。任意波形発生器から本来出力したいマイクロ波波形A(t)に、変調周波数δωに対応する複素変調を加えたB(t)=A(t)exp(-iδωt)が、実際に出力される波形になる。
【0059】
より詳細には、非調和度αの値もδαだけ変調されることで、エコーパルスに加えるべき非断熱遷移の抑制を目的とした変調(DRAGと呼ばれる)も変化する。この変調では、エコーパルス波形の時間微分に係数を乗算した変調をエコーパルスの複素成分に加える。すなわち、
【数7】
が出力される波形となる。従って、非調和度αの変化分δαもエコーパルスの変調に取り込むことによって、より精度の高いゲート操作を実現することができる。
【0060】
本実施の形態によれば、第2の期間中に、より適切にエコーパルスを照射することができる。
【0061】
[CNOTゲートとroot CNOTゲート]
前述の例では、第1の期間および第2の期間を適切に設定することにより、CNOTゲートを実現した。しかしこれに限られず、第1の期間および第2の期間を適切に設定することにより、平方根ゲートであるroot CNOTゲートを実現してもよい。
【0062】
交差共鳴ドライブパルスを照射された2量子ビット系では、角速度ωのZX軸回転が生じる。このとき、CNOTゲートはZX軸90度回転、root CNOTゲートはZX軸45度回転と局所的に等価である。このとき、CNOTゲートは交差共鳴ドライブパルスの照射時間tをt=π/(2ω)、root CNOTゲートはt=π/(4ω)とすることにより実現できる。
【0063】
本実施の形態によれば、様々な論理ゲートを実現することができる。
【0064】
[回転軸および回転角度の自由度]
前述の例では、交差共鳴ドライブパルスの位相は、ZX回りの回転により、0からπまで変化させた。しかしこれに限られず、交差共鳴ドライブパルスの位相変化は、任意の軸回りの回転でもよく、任意の角度の回転でもよい。
【0065】
本実施の形態によれば、応用上の自由度を上げることができる。
【0066】
[超伝導量子ビット]
ある実施の形態では、制御量子ビット11および標的量子ビット12は、トランズモンなどの超伝導量子ビットであってもよい。
【0067】
本実施の形態によれば、超伝導量子ビットを用いて量子論理ゲート操作装置を実現することができる。
【0068】
[任意波形発生器]
ある実施の形態では、制御部は任意波形発生器を含んでもよい。
【0069】
本実施の形態によれば、既存の装置である任意波形発生器を用いて量子論理ゲート操作装置を実現することができる。
【0070】
[一体型の実装形態]
ある実施の形態では、交差共鳴ドライブパルス照射部20とエコーパルス照射部30とは一体であってもよい。すなわち、交差共鳴ドライブパルス照射部20とエコーパルス照射部30とが、統合された1つのハードウェアで形成されてもよい。
【0071】
本実施の形態によれば、システムの装置点数を減らすことができるので、シンプルな構成を実現することができる。
【0072】
[別体型の実装形態]
ある実施の形態では、交差共鳴ドライブパルス照射部20とエコーパルス照射部30とは別体であってもよい。すなわち、交差共鳴ドライブパルス照射部20とエコーパルス照射部30とが、個別に独立したハードウェアで形成されてもよい。
【0073】
本実施の形態によれば、構成の自由度を上げることができる。
【0074】
[複数回実行型OPCX]
OPCXゲートにおける位相反転とエコーパルス照射を行うと、非常に微小ながら不要もつれ生成エラーが生じることがある。この不要もつれ生成エラーは、エコーパルス波形を工夫することで排除することも可能であると思われる。しかしより簡単には、OPCX実行中に位相反転とエコーを2回実行し、不要もつれエラーを相殺することができる。
【0075】
図12に、2回実行型のOPCXで照射する交差共鳴ドライブパルスの時間的変化を示す。図13に、2回実行型のOPCXで照射するエコーパルスの時間的変化を示す。図示されるように、この実施の形態では、OPCXにおける交差共鳴ドライブの位相反転とエコーパルス照射のセットを2回繰り返して実行する。繰り返しの回数は2回に限られず、任意の回数であってもよい。
【0076】
このように、OPCXゲート実行中の交差共鳴ドライブの位相反転とエコー操作を複数回繰り返して実行することで、より堅牢なエラー耐性を獲得することができる。なお、エコー回数が増えるたびに、目的のもつれ生成にかかる実行時間が増大するが、排除可能なエラーの摂動次数が増加するというトレードオフがある。
【0077】
[第2の実施の形態]
第2の実施の形態は、制御量子ビットと標的量子ビットとが結合された2量子ビット系を用いて量子論理ゲート操作を行う量子論理ゲート操作方法である。図14は、本実施の形態に係る量子論理ゲート操作方法の処理フロー図である。この方法は、交差共鳴ドライブパルス照射ステップS1と、エコーパルス照射ステップS2と、を含む。交差共鳴ドライブパルス照射ステップS1で本方法は、制御量子ビットに、標的量子ビットの固有周波数を持つ第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射する。このとき、量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第2の期間に、交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第3の期間に、第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射する。エコーパルス照射ステップS2で本方法は、制御量子ビットに、制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射する。このとき、第2の期間にエコーパルスを照射する。
【0078】
この実施の形態によれば、2量子ビット系を用いて、断熱性を保ちながらゲート実行速度が速く、かつ、ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラーに耐性があるもつれ量子ゲート操作を実行することができる。
【0079】
[第3の実施の形態]
第3の実施の形態はプログラムである。このプログラムは、交差共鳴ドライブパルス照射ステップS1と、エコーパルス照射ステップS2と、をコンピュータに実行させる。交差共鳴ドライブパルス照射ステップS1は、制御量子ビットに、標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射する。このとき、量子論理ゲート操作の第1の期間に、第1の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第2の期間に、交差共鳴ドライブパルスの強度を保ったまま交差共鳴ドライブパルスの位相を第1の位相から第2の位相に連続的に変化させながら交差共鳴ドライブパルスを照射し、量子論理ゲート操作の第3の期間に、第2の位相の交差共鳴ドライブパルスを照射する。エコーパルス照射ステップS2では、制御量子ビットに、制御量子ビットの量子状態を反転させるためのエコーパルスを照射する。このとき、第2の期間にエコーパルスを照射する。
【0080】
この実施の形態によれば、2量子ビット系を用いて、断熱性を保ちながらゲート実行速度が速く、かつ、ZI相互作用エラー、残留ZZ相互作用エラーおよび位相緩和エラーに耐性があるもつれ量子ゲート操作を実行するプログラムをソフトウェアに実装することができる。
【0081】
[評価]
本発明者らの評価によれば、エラー耐性に関しては、OPCXはTPCXと同等の性能を実現している。ゲート操作速度に関しては、TPCXはDCXに対して20%程度遅いのに対し、OPCXはDCXに対して10%程度の遅さにとどまっている。
【0082】
以下では、図15から図17を参照して、DCX、TPCX、OPCXをもつれ生成速度(カルタン係数)およびリーク発生量の観点から比較する。
【0083】
図15は、ゲート操作実行に伴うカルタン係数の主要項の推移を示す。カルタン係数の主要項は、0~π/4の値を取る係数である。カルタン係数の主要項が0のときもつれが生まれておらず、π/4のときCNOTゲートと等価となることを表す。従って、カルタン係数主要項がより早くπ/4に到達するほど、高速なゲートであるといえる。図15では、π/4への到達時間は、DCXゲートが126ns、OPCXゲートがく137ns、TPCXゲートが162nsであり、この順に高速であることが分かる。OPCXおよびTPCXにおいて、ゲートの途中で一旦カルタン係数の上昇が停滞する領域がるが、これは交差共鳴ドライブのパルスエッジおよびエコーパルス実行部に対応する。OPCXゲートの場合はTPCXゲートと異なり、交差共鳴ドライブの強度を一度0に戻す必要がないため、カルタン係数の上昇が停滞する時間幅が極めて短いことが分かる。(なお、エコーパルス長はOPCXとTPCXとで揃っている)。
【0084】
図16は、ゲート操作実行に伴うカルタン係数の副次項の推移を示す。カルタン係数副次項は、ゲート実行に伴って生じる不本意なもつれ成分に対応する係数である。従って、この値がゲートの最後でなるべく少なくなっていることが望ましい。OPCXゲートでは、交差共鳴ドライブの位相回転とエコーパルス照射に伴い、微小ながら一旦不要なもつれエラーが生じていることに留意する。この不要なもつれエラーを排除する目的で、エコーパルスを2回照射している。その結果、もつれエラーの排除に成功している。ゲート終了時点では、DCX、TPCX、OPCXのもつれエラー量はどれも変わらないことが分かる。
【0085】
図17は、ゲート操作実行に伴うカルタン係数のリーク量の推移を示す。リーク量は、ゲート実行に伴い、超伝導量子ビットが低エネルギー準位空間から飛び出してしまう量を表す。特に重要なのは、ゲート実行終了後のリーク量である。基本的には、より強い強度の交差共鳴ドライブを照射することでより多くのリークが生まれる。ここでの数値計算では、DCX、TPCX、OPCXで同じ交差共鳴ドライブ強度を採用しているため、最終的なリークはどれも概ね同等であることが分かる。この事実は、OPCXにおける高速な交差共鳴ドライブの位相反転、および同時に照射されたエコーパルスなどによって、不本意なリークが生じないことを示唆する。
【0086】
以上の数値計算を用いた比較検討により、OPCXゲートはTPCXゲートよりも高速にもつれ生成ができることが示された。
【0087】
以上、本開示を実施の形態を基に説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合わせに、色々な変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0088】
[SQUID]
上記の実施の形態は、駆動周波数が変調されたマイクロ波パルスをエコーパルスとして制御量子ビットに照射する、というものであった。しかし実装形態はこれに限られない。例えば、超伝導磁束量子干渉計(SQUID)と呼ばれる回路素子が組み込まれた可変共鳴周波数を有する超伝導量子ビットの場合、SQUIDに磁束バイアスの周期的変調を加える、という実装形態を実現することができる。
【0089】
実施の形態及び変形例を抽象化した技術的思想を理解するにあたり、その技術的思想は実施の形態及び変形例の内容に限定的に解釈されるべきではない。前述した実施の形態及び変形例は、いずれも具体例を示したものにすぎず、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「実施の形態」との表記を付して強調している。しかしながら、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。
【符号の説明】
【0090】
1・・量子論理ゲート操作装置
10・・2量子ビット系
11・・制御量子ビット
12・・標的量子ビット
20・・交差共鳴ドライブパルス照射部
30・・エコーパルス照射部
40・・制御部
100・・2量子ビット系
101・・制御量子ビット
102・・標的量子ビット
S1・・制御量子ビットに、標的量子ビットの固有周波数を持つ交差共鳴ドライブパルスを照射するステップ
S2・・制御量子ビットに、制御量子ビットの量子状態を反転させるエコーパルスを照射するステップ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17