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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024002491
(43)【公開日】2024-01-11
(54)【発明の名称】被覆めっき鋼板及びこの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20231228BHJP
   C23C 2/26 20060101ALI20231228BHJP
   C23C 22/08 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
C23C28/00 B
C23C2/26
C23C22/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101696
(22)【出願日】2022-06-24
(71)【出願人】
【識別番号】000207436
【氏名又は名称】日鉄鋼板株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】藤井 史朗
(72)【発明者】
【氏名】熊倉 慎太郎
【テーマコード(参考)】
4K026
4K027
4K044
【Fターム(参考)】
4K026AA07
4K026AA13
4K026AA22
4K026BA03
4K026BB01
4K026BB10
4K026CA13
4K026CA23
4K026CA26
4K026DA03
4K027AA05
4K027AA22
4K027AB01
4K027AB15
4K027AB44
4K027AC82
4K044AA02
4K044AA06
4K044AB02
4K044BA10
4K044BA12
4K044BB03
4K044BB04
4K044BC09
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】 被覆めっき鋼板の表面に黒変が発生することを抑制する。
【解決手段】 被覆めっき鋼板は、鋼板と、鋼板の表面に形成されためっき層と、めっき層の表面に形成され、Pを含む酸化被膜層と、を有する。めっき層は、Al、Mg、Si及びZnを含有する。めっき層において、Alの含有量が5質量%以上80質量%以下、Mgの含有量が1質量%以上10質量%以下、Siの含有量が0.5質量%以上5質量%以下である。酸化被膜層におけるPの含有量が0.1質量%以上50重量%以下である。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、
前記鋼板の表面に形成されためっき層と、
前記めっき層の表面に形成され、Pを含む酸化被膜層と、を有し、
前記めっき層は、Al、Mg、Si及びZnを含有し、
前記めっき層において、Alの含有量が5質量%以上80質量%以下、Mgの含有量が1質量%以上10質量%以下、Siの含有量が0.5質量%以上5質量%以下であり、
前記酸化被膜層におけるPの含有量が0.1質量%以上50重量%以下であることを特徴とする被覆めっき鋼板。
【請求項2】
前記酸化被膜層はアモルファス構造を有することを特徴とする請求項1に記載の被覆めっき鋼板。
【請求項3】
前記酸化被膜層の厚さが5nm以上であることを特徴とする請求項1に記載の被覆めっき鋼板。
【請求項4】
前記酸化被膜層は、N、S、Cl、Zn、Al、Si、Mg、Cr、Sr及びCaのうちの少なくとも1つを含有することを特徴とする請求項1に記載の被覆めっき鋼板。
【請求項5】
前記酸化被膜層は、0.1質量%以上50質量%以下のZn、0.1質量%以上60質量%以下のAl、10質量%以下のSi、30質量%以下のMg及び1質量%以下のCaのうちの少なくとも1つを含有することを特徴とする請求項4に記載の被覆めっき鋼板。
【請求項6】
前記めっき層は、1質量%以下のCr、500ppm以下のCa及び100ppm以下のSrのうちの少なくとも1つを含有することを特徴とする請求項1に記載の被覆めっき鋼板。
【請求項7】
前記酸化被膜層の表面に、有機被膜層及び無機被膜層の少なくとも1つが形成されていることを特徴とする請求項1に記載の被覆めっき鋼板。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1つに記載の被覆めっき鋼板を製造する方法であって、
前記鋼板の表面に溶融めっき層を形成し、
Pを含有する水溶液を用いて前記溶融めっき層の表面を洗い出すことにより、前記酸化被膜層を形成することを特徴とする被覆めっき鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記溶融めっき層の表面を洗い出すときの前記溶融めっき層の温度が100℃以上500℃以下であることを特徴とする請求項8に記載の被覆めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム、マグネシウム、ケイ素及び亜鉛を含有するめっき層の表面に酸化被膜層が形成された被覆めっき鋼板と、この被覆めっき鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1では、溶融亜鉛めっき浴から引き出された鋼板に付着した未凝固状態にある溶融亜鉛めっき層の表面に対して所定の水溶液を噴霧することにより、めっき層の表面が黒く変色すること(以下、「黒変」という)を抑制している。ここで、所定の水溶液は、100℃から500℃までの昇温過程で吸熱反応が生じる物質(塩)を構成するカチオンおよびアニオンを含有しており、カチオン種としてナトリウムイオンを含有し、アニオン種としてリン酸イオンを含有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001-140052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明者らは、特許文献1とは異なる方法によって、めっき層の表面における黒変の発生を抑制できることを見出した。具体的には、P(リン)を含む酸化被膜層をめっき層の表面に形成することにより、黒変の発生を抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。なお、特許文献1では、めっき層の表面に所定の水溶液(リン酸イオンを含む)を噴霧し、その水溶液中に含まれる化合物を離散的にめっき層の表面に付着させ、その後の熱分解反応で生じる吸熱反応を利用して、めっき層の冷却凝固の起点となる凝固結晶核を高密度でめっき層の表面に与えている。これにより、めっき結晶組織を微細化(ミニマムスパングル化)し、最も化学的に安定とされる亜鉛結晶の(0001)底面をめっき層の表面に優先的に配向させることで、めっき層の表面の黒変を抑制している。一方、本発明では、P(リン)を含む水溶液を高温のめっき層の表面と接液反応させてPを含む酸化被膜層を形成するとともに、高温状態で進行する焼結反応によってPを含む酸化被膜層を化学的に安定化させることにより、めっき層の表面の黒変を抑制するようにしている。特許文献1と本発明では、黒変を抑制する作用機構とそれを実現する方法・手段が互いに異なる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願第1の発明である被覆めっき鋼板は、鋼板と、鋼板の表面に形成されためっき層と、めっき層の表面に形成され、Pを含む酸化被膜層を有する。めっき層は、Al、Mg、Si及びZnを含有する。めっき層において、Alの含有量が5質量%以上80質量%以下、Mgの含有量が1質量%以上10質量%以下、Siの含有量が0.5質量%以上5質量%以下である。酸化被膜層におけるPの含有量が0.1質量%以上50重量%以下である。なお、酸化被膜層におけるPの含有量を0.1質量%以上50重量%以下とする代わりに、酸化被膜層1cにおけるPの含有量を1mg/m以上500mg/m以下としてもよい。
【0006】
酸化被膜層はアモルファス構造を有することができる。酸化被膜層の厚さは、5nm以上とすることができる。
【0007】
酸化被膜層は、N、S、Cl、Zn、Al、Si、Mg、Cr、Sr及びCaのうちの少なくとも1つを含有することができる。ここで、酸化被膜層は、0.1質量%以上50質量%以下のZn、0.1質量%以上60質量%以下のAl、10質量%以下のSi、30質量%以下のMg及び1質量%以下のCaのうちの少なくとも1つを含有することができる。一方、めっき層は、1質量%以下のCr、500ppm以下のCa及び100ppm以下のSrのうちの少なくとも1つを含有することができる。酸化被膜層の表面に、有機被膜層及び無機被膜層の少なくとも1つを形成することができる。ここで、有機被膜層には、黒変抑制、防錆、着色等といった、有機被膜層の機能強化や性質変化のための無機化合物を含有する有機被膜層が含まれる。
【0008】
本願第2の発明は、本願第1の発明である被覆めっき鋼板を製造する方法であって、鋼板の表面に溶融めっき層を形成し、Pを含有する水溶液を用いて溶融めっき層の表面を洗い出すことにより、酸化被膜層を形成する。ここで、溶融めっき層の表面を洗い出すときの溶融めっき層の温度を100℃以上500℃以下とすることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、めっき層の表面にPを含む酸化被膜層を形成することにより、めっき層の表面において黒変が発生することを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】被覆めっき鋼板の断面を示す概略図である。
図2】変形例である被覆めっき鋼板の断面を示す概略図である。
図3】被覆めっき鋼板の製造工程の一部(一例)を示す概略図である。
図4】黒変試験後の被覆めっき鋼板の表面を示す写真である。
図5】実施例及び比較例におけるL値の差ΔLを示す図である。
図6】化成処理被膜を形成した実施例及び比較例におけるL値の差ΔLを示す図である。
図7】実施例において、観察断面のSTEM(走査透過電子顕微鏡)画像と、各元素の分布を示す画像を示す図である。
図8】比較例において、観察断面のSTEM(走査透過電子顕微鏡)画像と、各元素の分布を示す画像を示す図である。
図9】実施例の酸化被膜層における電子回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(被覆めっき鋼板)
図1は、本実施形態である被覆めっき鋼板の断面を示す概略図である。被覆めっき鋼板1は、鋼板1aと、鋼板1aの表面に形成されためっき層1bと、めっき層1bの表面に形成された酸化被膜層1cとを有する。
【0012】
めっき層1bは、Al(アルミニウム)、Mg(マグネシウム)、Si(ケイ素)及びZn(亜鉛)を含有しており、不可避的不純物を含有することがある。めっき層1bにおいて、Alの含有量は5質量%以上80質量%以下であり、Mgの含有量は1質量%以上10質量%以下であり、Siの含有量は0.5質量%以上5質量%以下である。めっき層1bにおいて、Al、Mg及びSiを除いた残部はZn及び不可避的不純物で構成されており、めっき層1bにおけるZnの含有量は、Al、Mg及びSiの合計の含有量に依存する。
【0013】
Alの含有量が5質量%以上であれば、めっき層1bの耐食性を確保することができる。Alの含有量が80質量%以下であれば、Znによる犠牲防食効果が充分に発揮されるとともに、めっき層1bの硬質化が抑制されて被覆めっき鋼板1の折曲加工性を向上させることができる。Alの含有量は、45質量%以上であることが好ましいとともに、65質量%以下であることが好ましい。
【0014】
Mgの含有量が1質量%以上であれば、耐食性を向上させる効果が安定して得られる。Mgの含有量は、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。Siの含有量が0.5質量%以上であれば、鋼板1aと溶融めっき層(めっき層1b)の界面において、脆性を有するFe-Al系合金層が形成されたり成長したりすることを抑制でき、被覆めっき鋼板1の機械的加工性を向上させることができる。
【0015】
めっき層1bにおいて、Si:Mgの質量比は、100:50~100:300の範囲内であることが好ましい。これにより、めっき層1bにおいて、Si-Mg相の形成が特に促進され、めっき層1bにおけるしわの発生が更に抑制される。Si:Mgの質量比は、100:70~100:250であることが好ましく、100:100~100:200の範囲内であることが好ましい。
【0016】
めっき層1bは、0.2体積%以上15体積%以下のSi-Mg相を含むことが好ましい。Si-Mg相の体積割合は、0.2体積%以上10体積%以下であることがより好ましく、0.4体積%以上5体積%以下であることが更に好ましい。
【0017】
Si-Mg相は、Si及びMgの金属間化合物で構成される層であり、めっき層1b中に分散して存在する。めっき層1bにおけるSi-Mg相の体積割合は、めっき層1bを厚み方向に切断したときの切断面におけるSi-Mg相の面積割合と等しい。めっき層1bの切断面におけるSi-Mg相は、電子顕微鏡観察によって確認できる。このため、切断面におけるSi-Mg相の面積割合を測定することにより、めっき層1bにおけるSi-Mg相の体積割合を間接的に測定することができる。
【0018】
めっき層1b中のSi-Mg相の体積割合が高いほど、めっき層1bにおけるしわの発生が抑制される。この理由としては、溶融めっき金属が冷却されて凝固することによってめっき層1bが形成されるプロセスにおいて、溶融めっき金属が完全に凝固する前に、Si-Mg相が溶融めっき金属中で析出し、Si-Mg相が溶融めっき金属の流動を抑制するためであると考えられる。
【0019】
めっき層1bは、Ni(ニッケル)、Ce(セリウム)、Cr(クロム)、Fe(鉄)、Ca(カルシウム)、Sr(ストロンチウム)、Mn(マンガン)、Co(コバルト)及び希土類元素(Y、La、Ceなど)から選択される一種以上の元素を含有していてもよい。これにより、めっき層1bにおいて、Alに起因する保護作用と、Znに起因する犠牲防食作用とが共に向上することにより、被覆めっき鋼板1の耐食性が向上する。
【0020】
めっき層1bがNiを含有する場合、めっき層1bにおけるNiの含有量は、1質量%以下であることが好ましい。Niの含有量は、0.01質量%以上0.5質量%以下であることがより好ましい。また、めっき層1bがCrを含有する場合、めっき層1bにおけるCrの含有量は、1質量%以下であることが好ましい。Crの含有量は、0.01質量%以上0.5質量%以下であればより好ましい。
【0021】
めっき層1bにNiやCrを含有させることにより、被覆めっき鋼板1の耐食性が向上する。耐食性を向上させるためには、例えば、Ni及びCrを鋼板1aとめっき層1bとの界面付近に存在させたり、めっき層1b内におけるNi及びCrの濃度が鋼板1aに近い位置ほど高くなる濃度分布を持たせたりすることが好ましい。
【0022】
めっき層1bがCaを含有する場合、めっき層1bにおけるCaの含有量は、500ppm以下であることが好ましく、200ppm以下であることがより好ましい。めっき層1bがSrを含有する場合、めっき層1bにおけるSrの含有量は、100ppm以下であることが好ましく、10ppm以下であることがより好ましい。
【0023】
めっき層1bがYを含有する場合、めっき層1bにおけるYの含有量は、0.5質量%以下であることが好ましい。Yの含有量は、0.001質量%以上0.1質量%以下であることがより好ましい。めっき層1bがLaを含有する場合、めっき層1bにおけるLaの含有量は、0.5質量%以下であることが好ましい。Laの含有量は、0.001質量%以上0.1質量%以下であることがより好ましい。めっき層1bがCeを含有する場合、めっき層1bにおけるCeの含有量は、0.5質量%以下であることが好ましい。Ceの含有量は、0.001質量%以上0.1質量%以下であることがより好ましい。めっき層1bにY、LaやCeを含有させることにより、被覆めっき鋼板1の耐食性が向上するとともに、めっき層1bの表面における欠陥の抑制効果が期待される。
【0024】
酸化被膜層1cは、O(酸素)及びP(リン)を含有する。黒変の発生を抑制するために、酸化被膜層1cにおけるPの含有量は、0.1質量%以上50質量%以下である。Pの含有量は、0.1質量%以上20質量%以下であることが好ましい。一方、黒変の発生を抑制するために、酸化被膜層1cにおけるPの含有量は、1mg/m以上500mg/m以下であってもよい。この含有量は、酸化被膜層1cのうち、1mの領域(酸化被膜層1cの厚み部分を含む)内に含まれるPの含有量[mg]である。この含有量の測定方法としては、酸化被膜層1cの表面をテープでマスキングして所定領域だけを露出させた後、この露出領域をインヒビター溶液(塩酸系)で溶解する。そして、溶解液を回収した後、ICP発光分光分析装置によってPの含有量を測定する。酸化被膜層1cにPを含有させる上では、Pの含有量を1mg/m以上とする。また、めっき層1bの光沢性を担保するために、Pの含有量を500mg/m以下とする。
【0025】
酸化被膜層1cは、Al、Mg、Si及びZnから選択される一種以上の元素を含有していてもよい。これらの元素は、めっき層1bに由来するものであり、酸化被膜層1cが形成されるときに酸化被膜層1cに取り込まれることがある。ここで、酸化被膜層1cにおけるAlの含有量は、0.1質量%以上60質量%以下であることが好ましい。酸化被膜層1cにおけるMgの含有量は、30質量%以下であることが好ましい。Mgは易酸化性元素であり、鋼板に溶融めっき層を形成した直後、溶融めっき層の最表面に高濃度で酸化濃化しやすいため、黒変を促進させる作用を有する。このため、後述する被覆めっき鋼板の製造方法(被膜形成工程)で説明するように、溶融めっき層の表面が高温状態にある間で洗い出し処理を行うことにより、Mgの酸化物を溶解除去して上述した所定濃度以下(30質量%以下)に抑える必要がある。酸化被膜層1cにおけるSiの含有量は、10質量%以下であることが好ましい。酸化被膜層1cにおけるZnの含有量は、0.1質量%以上50質量%以下であることが好ましい。
【0026】
酸化被膜層1cは、Cr、Ca及びSrから選択される一種以上の元素を含有していてもよい。これらの元素はめっき層1bに由来するものであり、上述したようにめっき層1bがCr、Ca及びSrから選択される一種以上の元素を含有する場合には、これらの元素は、酸化被膜層1cが形成されるときに酸化被膜層1cに取り込まれることがある。酸化被膜層1cにおけるCaの含有量は、1質量%以下であることが好ましい。Caは易酸化性元素であり、鋼板に溶融めっき層を形成した直後、溶融めっき層の最表面に高濃度で酸化濃化しやすいため、黒変を促進させる作用を有する。このため、後述する被覆めっき鋼板の製造方法(被膜形成工程)で説明するように、溶融めっき層の表面が高温状態にある間で洗い出し処理を行うことにより、Caの酸化物を溶解除去して上述した所定濃度以下(1質量%以下)に抑える必要がある。
【0027】
酸化被膜層1cは、N(窒素)、S(硫黄)及びCl(塩素)から選択される一種以上の元素を含有していてもよい。これらの元素は、後述する被覆めっき鋼板1の製造方法で説明するように、酸化被膜層1cを形成するための材料(後述するリン含有水溶液)に由来するものである。後述するように、リン含有水溶液が硝酸(HNO)を含有する場合には、酸化被膜層1cにNが含有されることがある。リン含有水溶液が硫酸(HSO)を含有する場合には、酸化被膜層1cにSが含有されることがある。リン含有水溶液が塩酸(HCl)を含有する場合には、酸化被膜層1cにClが含有されることがある。
【0028】
酸化被膜層1cの厚さは、5nm以上であることが好ましく、10nm以上であることがより好ましい。酸化被膜層1cの厚さが5nmよりも薄い場合には、後述するように酸化被膜層1cによる耐黒変性を担保する上で好ましくない。酸化被膜層1cの厚さの上限は、特に限定されるものではないが、酸化被膜層1cが厚すぎると、被覆めっき鋼板1の光沢性が低下してしまう。ここで、被覆めっき鋼板1の外部からの光は酸化被膜層1cを透過して、めっき層1bの表面で反射した後、酸化被膜層1cを再び透過して被覆めっき鋼板1の外部に出射する。このような光の透過及び反射が被覆めっき鋼板1の光沢性に影響を与える。被覆めっき鋼板1の光沢性を考慮すると、酸化被膜層1cの厚さを500nm以下とすることが好ましい。
【0029】
酸化被膜層1cは、後述する実施例で確認したようにアモルファス構造を有する。めっき層1bには、MgやCaといった黒変に影響を与える物質(以下、「黒変原因物質」という)が含まれている。めっき層1bの表面に存在する酸化被膜層1cがアモルファス構造を有することにより、めっき層1b中の黒変原因物質が酸化被膜層1cの表面(言い換えれば、被覆めっき鋼板1の表面)に移動することを阻止していると考えられる。黒変原因物質が被覆めっき鋼板1の表面に存在していなければ、黒変が発生することを抑制できる。また、酸化被膜層1cがアモルファス構造を有することにより、被覆めっき鋼板1の表面における耐食性を向上させることができる。
【0030】
本実施形態では、図1に示すように、酸化被膜層1cが被覆めっき鋼板1の外部に露出しているが、これに限るものではない。図2に示すように、酸化被膜層1cの表面に他の被膜層1dが形成されていてもよい。被膜層1dは、被覆めっき鋼板1に耐食性などを持たせるために形成することができる。また、被膜層1dに防錆剤を含有させることができる。
【0031】
被膜層1dとしては、有機被膜層や無機被膜層がある。有機被膜層としては、例えば、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アルキド樹脂、フェノール樹脂及びその他熱硬化系樹脂のうち、1種又は2種以上の樹脂で構成される有機被膜層を用いることができ、有機被膜層には、黒変抑制、防錆、着色等といった、有機被膜層の機能強化や性質変化のための無機化合物を含有することができる。無機被膜層としては、例えば、リン化合物処理、クロメート処理、ジルコニウム化合物処理、シリカ化合物処理、シランカップリング処理、モリブデン化合物処理、バナジウム化合物処理及びタングステン化合物処理のうち、1種又は2種以上の処理で形成される無機被膜層を用いることができる。有機被膜層の厚さは、0.5μm以上5μm以下であることが好ましい。また、無機被膜層の厚さは、0.01μm以上1μm以下であることが好ましい。さらに、無機化合物を含有する有機被膜層の厚さは、0.01μm以上5μm以下であることが好ましい。
【0032】
酸化被膜層1cの表面には、有機被膜層及び無機被膜層の一方だけが形成されていてもよいし、有機被膜層及び無機被膜層の両方が形成されていてもよい。有機被膜層及び無機被膜層の両方を形成する場合には、これらの被膜層を重ねて形成することになるが、被膜層を重ねる順序は適宜決めることができる。例えば、酸化被膜層1cの表面に有機被膜層を形成するとともに、有機被膜層の表面に無機被膜層を形成することができる。また、酸化被膜層1cの表面に無機被膜層を形成するとともに、無機被膜層の表面に有機被膜層を形成することができる。無機被膜層の表面に形成される有機被膜層には、黒変抑制、防錆、着色等といった、有機被膜層の機能強化や性質変化のための無機化合物を含有することができる。
【0033】
本実施形態である被覆めっき鋼板1によれば、Pを含有する酸化被膜層1cを形成することにより、黒変の発生を抑制することができる。
【0034】
(被覆めっき鋼板1の製造方法)
被覆めっき鋼板1の製造方法は、鋼板1aに溶融めっき層を形成する工程(以下、「めっき工程」という)と、めっき工程の後において、溶融めっき層の表面に酸化被膜層1cを形成する工程(以下、「被膜形成工程」という)とを有する。以下、各工程について、具体的に説明する。
【0035】
(めっき工程)
めっき工程は、JIS G3321:2019に準じて行うことができる。例えば、鋼板1aを熱処理炉で加熱した後、溶融めっき浴に浸漬してから引き上げることにより、溶融めっき浴内の溶融めっき金属が鋼板1aの表面に付着する。溶融めっき浴から引き上げられた鋼板1aに対して、ガスワイピング装置などによって溶融めっき金属の付着量を調整した後、鋼板1aに溶融めっき層が形成される。溶融めっき層は、例えば、この組成が55質量%のAl、1.5質量%のSi、2質量%のMg、残部のZnである場合には、この温度の低下に伴って、未凝固(560℃以上)、半凝固(340℃~560°)、完全凝固(340℃以下)の順に凝固状態が変化する。
【0036】
(被膜形成工程)
被膜形成工程では、Pを含有する水溶液(以下、「リン含有水溶液」という)を用いて溶融めっき層の表面を洗い出す。ここで、溶融めっき層は、上述しためっき工程によって熱を持った状態にある。このため、被膜形成工程では、熱を持った状態にある溶融めっき層の表面がリン含有水溶液によって洗い出されることになる。この洗い出し処理を高温状態にある溶融めっき層の表面で行うことにより、溶融めっき層を形成した直後の段階で溶融めっき層の最表面に濃化し、めっき層の表面の黒変を促進させる作用を有するMgやCaの酸化物を溶解除去させることができるとともに、黒変を抑制する作用を有するPを含有する酸化被膜層1cを形成することができる。そして、MgやCaの酸化物の溶解除去と、Pを含有する酸化被膜層1cの形成・安定化を短時間で同時に効率的に行うことができる。
【0037】
リン含有水溶液によって洗い出されるときの溶融めっき層の表面温度は、溶融めっき浴内の溶融めっき金属の温度以下であればよい。溶融めっき層の表面温度は、100℃以上500℃以下であることが好ましく、200℃以上300℃以下であることがより好ましい。これにより、上述した組成を有する酸化被膜層1cを形成しやすくなる。
【0038】
溶融めっき層の表面温度が500℃よりも高い場合には、溶融めっき層の表面にリン含有水溶液を塗布したときに突沸が発生し、溶融めっき層の表面に対して局所的な圧力変動が加わる。ここで、溶融めっき層が高温で溶融低粘性状態にあると、その圧力変動の作用によって溶融めっき層の厚みが変動し、溶融めっき層の表面に凹凸が形成されやすくなる。この凹凸は、被覆めっき鋼板1の表面に対して平滑度や光沢度の高さを求める意匠性を確保する場合において好ましくない。一方、溶融めっき層の表面温度が100℃よりも低い場合には、以下に説明するように酸化被膜層1cが形成されにくくなる。ここで、リン含有水溶液による洗い出しを行った直後では、めっき層1bの最表面に水和酸化被膜層が形成されるが、洗い出しを行った後でも高温状態を維持することにより、焼結反応による脱水縮合が進み、水和酸化被膜層は、より化学的に安定な酸化被膜層となる。溶融めっき層の表面温度が100℃よりも低い場合には、上述した脱水縮合が進行しにくくなり、水和酸化被膜層から酸化被膜層に変化しにくくなる。なお、酸化被膜層は、溶融めっき層の凝固状態(半凝固や完全凝固)にかかわらず形成される。
【0039】
本実施形態では、溶融めっき層の表面温度を上述した温度範囲内(100℃以上500℃以下)とするために、めっき工程によって溶融めっき層に与えられた熱を利用している。このため、再加熱によって上述した温度範囲内とする必要が無くなり、再加熱に伴うエネルギ消費を無くしたり、再加熱のための加熱装置を省略したりすることができる。
【0040】
リン含有水溶液は、酸性水溶液であり、例えば、リン酸(HPO)やリン酸塩を用いることができる。ここで、リン含有水溶液のpHは3.0以下であることが好ましい。リン含有水溶液は、リン酸やリン酸塩を成分とする水溶液である。リン酸とは、リンのオキソ酸の一種で、化学式 HPOの無機酸でありオルトリン酸とも呼ばれ、広義では、オルトリン酸・二リン酸(ピロリン酸)H・メタリン酸HPOなど、五酸化二リンPが水和してできる酸を総称してリン酸とする。リン酸塩とは、その種類として、例えばリン酸Zn(亜鉛)、リン酸Mn(マンガン)、リン酸Fe(鉄)、リン酸Ni(ニッケル)、リン酸Sn(スズ)等が含まれる。リン酸やリン酸塩以外にも、他の酸(例えば、硝酸(HNO)、硫酸(HSO)、塩酸(HCl)、フッ酸(HF)、フッ化珪酸(HSiF)他)を含有していたり、被覆めっき鋼板1に耐腐食性を付与するための金属を含有していたりしてもよい。この金属としては、例えば、Zr(ジルコニウム)、Mo(モリブデン)、Cr(クロム)、Co(コバルト)、V(バナジウム)が挙げられる。リン含有水溶液におけるリン酸やリン酸塩の濃度は、適宜決めることができる。
【0041】
リン含有水溶液を用いて溶融めっき層の表面を洗い出す方法は適宜決めることができる。例えば、リン含有水溶液を含浸させたワイプ部材(例えば、スポンジや布)を溶融めっき層の表面に押し付けて摺動させたり、溶融めっき層の表面に対してリン含有水溶液をノズルから所定圧力で噴射させたり、リン含有水溶液で満たされた浴槽内において、溶融めっき層が形成された鋼板を移動させたりすることができる。なお、リン含有水溶液を用いて溶融めっき層の表面を洗い出すことができればよいため、上述した方法に限るものではない。
【0042】
リン含有水溶液を用いて溶融めっき層の表面を洗い出した後、溶融めっき層を冷却することにより、鋼板1aの表面にめっき層1bが形成されるとともに、めっき層1bの表面に酸化被膜層1cが形成される。なお、リン含有水溶液による洗い出しを行う前に、溶融めっき層を冷却することができる。これにより、リン含有水溶液による洗い出しを行うときに、溶融めっき層の表面温度を上述した温度範囲内(100℃以上500℃以下)に調整することができる。
【0043】
図3には、被覆めっき鋼板1の製造工程の一部(一例)を示す。図3に示す矢印は、鋼板1aが搬送される方向を示す。鋼板1aの搬送方向は、ロール10によって変更される。
【0044】
鋼板1aは、溶融めっき浴20に収容された溶融めっき金属PMに浸漬された後、上方に向かって引き上げられる。鋼板1aが溶融めっき浴20から引き上げられた直後に、鋼板1aに付着した溶融めっき金属PMに対して、ワイピングノズル21からガスが吹き付けられることにより、溶融めっき金属PMの付着量が調整される。
【0045】
次に、溶融めっき金属PMが付着した鋼板1aは、第1冷却装置31、第2冷却装置32及び第3冷却装置33の順に通過することにより、溶融めっき金属PMの冷却処理が行われる。第1冷却装置31、第2冷却装置32及び第3冷却装置33のそれぞれの冷却方式は、適宜決めることができ、例えば、空冷式や水冷式がある。鋼板1aが第3冷却装置33を通過すると、鋼板1aの表面にめっき層1bが形成される。なお、第3冷却装置33を通過した鋼板1aは、スキンパスミル(洗浄装置)40に搬送される。
【0046】
被覆形成工程は、鋼板1aがワイピングノズル21を通過した位置から第3冷却装置23に進入する位置までの搬送経路上で行うことができる。例えば、第1冷却装置21及び第2冷却装置22の間に位置する搬送領域R1や、第2冷却装置22及び第3冷却装置23の間に位置する搬送領域R2において、被覆形成工程を行うことができる。
【0047】
上述したようにワイプ部材を用いてリン含有水溶液による洗い出しを行う場合には、溶融めっき層の表面に接触する位置にワイプ部材を固定しておけばよい。これにより、鋼板1aが移動することに応じて、ワイプ部材が溶融めっき層の表面を摺動することになり、溶融めっき層の表面にリン含有水溶液を塗布しながら、溶融めっき層の表面を洗い出すことができる。ここで、ワイプ部材は、鋼板1aの幅方向の全体領域に対して接触させればよい。また、複数のワイプ部材を鋼板1aの幅方向に並べて、複数のワイプ部材を溶融めっき層の表面に接触させることができる。
【0048】
溶融めっき層の表面に対するワイプ部材の押し付け圧力を調整することにより、上述した洗い出しの効果を必要に応じて調整することができる。また、連続通板するコイルの溶接点が通過する際に、溶接点の段差でワイプ部材が接触損傷することを軽減するために、ワイプ部材の位置を溶融めっき層の表面に接触する位置と、溶融めっき層の表面から離れた位置との間で移動させるようにしても良い。ワイプ部材の材料としては、リン含有水溶液及び高温の溶融めっき層の表面との摺動接触に耐えうる材料を選ぶことができる。ワイプ部材の材料は、特に限定するものではないが、例えば、ナイロンやテフロン(登録商標)等の合成樹脂、カーボンファイバー、細線のステンレスで編んだメッシュ部材等を用いることができる。ワイプ部材を用いたリン含有水溶液の供給方法としては、溶融めっき層の表面に接触するワイプ部材の直前の位置(言い換えれば、通板流れ方向の上流側の位置)にリン含有水溶液を流し込んだり、ワイプ部材の内部からリン含有水溶液が沁み出すようにしたりすることができる。
【0049】
上述したようにノズルからリン含有水溶液を噴射して、溶融めっき層の表面を洗い出す場合には、溶融めっき層の表面に向かってリン含有水溶液が噴射されるようにノズルの位置を固定することができる。そして、ノズルからリン含有水溶液を噴射させれば、溶融めっき層の表面をリン含有水溶液によって洗い出すことができる。ここで、ノズルからは、鋼板1aの幅方向の全体領域に対してリン含有水溶液を噴射させればよい。ノズルの噴射圧力を大気圧(0.1Mpa)よりも高い圧力(例えば、1Mpa以上)に設定すれば、洗い出し効果をより高めることができる。但し、ノズルの噴射圧力を高くしすぎると、リン含有水溶液が溶融めっき層の表面に衝突して飛散するおそれがあるため、リン含有水溶液が飛散する方向に遮蔽板を配置することなどの対策を必要に応じて講じると良い。また、鋼板1aの板幅全体を処理する等の必要性に応じて、複数のノズルを用いることにより、各ノズルから鋼板1aの幅方向の異なる領域に対してリン含有水溶液を噴射させることができる。これにより、溶融めっき層の全面をリン含有水溶液によって洗い出すことができる。
【0050】
一方、リン含有水溶液で満たされた浴槽内に溶融めっき鋼板を浸漬通過させて、溶融めっき層の表面とリン含有液水溶液を接触反応させることで洗い出しを行うことができる。ここで、浴槽内で溶融めっき鋼板を移動させているため、この移動に伴って洗い出しを行うことができる。洗い出し効果を高めるために、浴槽内において、溶融めっき層の表面を摺動する回転ブラシ等のワイプ部材や、リン含有水溶液を溶融めっき層の表面に噴射させるノズル等を必要に応じて設置しても良い。
【0051】
本実施形態である被覆めっき鋼板1の製造方法によれば、溶融めっき層の表面にリン含有水溶液を塗布して洗い出すだけであるため、鋼板1aの表面にめっき層1bを形成する従来の工程を利用することができる。すなわち、図3を用いて説明したように、鋼板1aの表面にめっき層1bを形成する工程の途中において、リン含有水溶液による洗い出しを行うだけでよい。これにより、めっき層1bを形成する工程を大きく変更する必要が無い。
【0052】
また、リン含有水溶液を用いて溶融めっき層の表面を洗い出すことにより、洗い出される前に形成された酸化被膜層が溶解除去されるとともに、Pを含む酸化被膜層が新たに形成される。結果として、黒変原因物質が除去又は低減された酸化被膜層(P含有)を形成することができ、黒変の発生を抑制することができる。ここで、特許文献1では、めっき層の表面に所定の水溶液(リン酸イオンを含む)を噴霧しているだけであるため、本実施形態のような洗い出しによって、黒変原因物質を含んだ酸化被膜層を溶解除去することはできない。
【実施例0053】
下記表1に示す組成を有する溶融めっき金属PMを用意し、この溶融めっき金属PMを溶融めっき浴20に収容した。溶融めっき浴20内の溶融めっき金属PMの温度は約610℃とした。また、厚さが0.5mmであり、幅が900mmである鋼板1aを用意した。
【0054】
【表1】
【0055】
図3に示すように、鋼板1aを溶融めっき浴20の溶融めっき金属PMに浸漬させた後、上方に引き上げた。第1冷却装置31及び第2冷却装置32では、溶融めっき金属PMが付着した鋼板1aに対して空気を噴射することによって冷却した。第3冷却装置33では、溶融めっき金属PMが付着した鋼板1aに対して水を噴射することによって冷却した。
【0056】
図3に示す搬送領域R2において、リン含有水溶液を用いて溶融めっき層の表面を洗い出した。リン含有水溶液としては、リン酸の濃度が0.01mоl/Lであるリン酸水溶液を用いた。ワイプ部材としての布にリン酸水溶液を含浸させ、この布を溶融めっき層の表面に接触させた。搬送領域R2における溶融めっき層の温度は約250℃であった。これにより、実施例である被覆めっき鋼板1を製造した。
【0057】
一方、リン酸水溶液による溶融めっき層の表面の洗い出しを行わずに、比較例である被覆めっき鋼板を製造した。リン酸水溶液を用いていないこと以外は、実施例と同じ条件において、被覆めっき鋼板を製造した。
【0058】
(黒変試験)
実施例及び比較例である被覆めっき鋼板を所定環境下において21時間、放置した。所定環境では、雰囲気温度を50℃に設定するとともに、相対湿度(RH)を98%以上に設定した。
【0059】
黒変試験後の被覆めっき鋼板の表面を目視で確認したところ、図4に示すように、比較例では黒変を明確に確認したが、実施例では、めっき層の表面が金属光沢を維持しており、黒変を確認できなかった。図4では、1つの被覆めっき鋼板において、実施例に相当する領域と、比較例に相当する領域とを形成している。一方、分光測色系(コニカミノルタ製、CM-3700d)を用いることにより、被覆めっき鋼板の表面におけるL値を測定した。ここで、黒変試験を行う前のL値と、黒変試験を行った後のL値をそれぞれ測定し、これらのL値の差ΔL(=L値(試験前)-L値(試験後))を求めた。L値(試験後)はL値(試験前)よりも大きくなるため、差ΔLは負の値となる。
【0060】
図5には、実施例及び比較例における差ΔLを示す。差ΔL(絶対値)が大きいほど、黒変が悪化していることを示し、差ΔL(絶対値)が小さいほど、黒変が抑制されていることを示す。比較例では差ΔLが-22.4であったのに対して、実施例では差ΔLが-3.7であった。このように、黒変試験の前後において、実施例の差ΔL(絶対値)は比較例の差ΔL(絶対値)よりも小さくなっており、黒変が抑制できたことを確認した。
【0061】
一方、実施例及び比較例である被覆めっき鋼板の表面(上述した酸化被膜層の表面)に対して化成処理被膜を形成した後、黒変試験を行った。化成処理被膜は、厚さが2μmとなるようにクロメートフリー有機被膜処理によって形成した。上述したように、黒変試験を行う前のL値と、黒変試験を行った後のL値をそれぞれ測定し、差ΔLを求めた。図6には、化成処理被膜を形成した実施例及び比較例における差ΔLを示す。比較例では差ΔLが-5.4であったのに対して、実施例では差ΔLが-2.2であった。
【0062】
化成処理被膜を形成することにより、実施例及び比較例のそれぞれにおいて、化成処理被膜を形成しない場合(図5)に比べて差ΔL(絶対値)が小さくなった。ここで、化成処理被膜を形成した場合であっても、実施例の差ΔL(絶対値)は比較例の差ΔL(絶対値)よりも小さくなっており、黒変が抑制できたことを確認した。
【0063】
(元素分析)
被覆めっき鋼板の厚さ方向における断面について、EDS(エネルギー分散型X線分光法)を用いた元素分析を行った。ここで、集束イオンビーム装置を用いて、被覆めっき鋼板の最表面に対して垂直な断面を削り出し、この垂直断面に対して透過電子顕微鏡(TEM)を用いて元素分析を行った。
【0064】
溶融めっき層の冷却凝固過程では、最初に面心立方構造の結晶構造をもつα-Al相がデンドライト状で析出(樹脂状構造で析出)し、残りの融液からMgとSiの金属間化合物相であるMgSi相及びZn組成に富むZnリッチ相が析出する。従って、溶融めっき層は、金属組成と結晶構造が異なる3種類の相(Alリッチ相、Znリッチ相、MgSi相)で構成されるため、この3種類の相のそれぞれの表面に形成された酸化被膜層について調べる必要があり、TEM電子像観察とEDS元素分析を行った。実施例である被膜めっき鋼板について、3種類の相の表面に形成された酸化被膜層の元素分析結果を下記表2に示す。
【0065】
【表2】
【0066】
上記表2から分かるように、酸化被膜層は、38.2~82.4質量%のOと、8.6~24.0質量%のPを含有している。なお、実施例において、酸化被膜層(Alリッチ相)の厚さは約30nmであり、酸化被膜層(Znリッチ相)の厚さは約50nmであり、酸化被膜層(MgSi相)の厚さは約30nmであった。
【0067】
次に、比較例である被覆めっき鋼板において、3種類の相(Alリッチ相、Znリッチ相及びMgSi相)のそれぞれの表面に形成された酸化被膜層の元素分析結果を下記表3に示す。
【0068】
【表3】
【0069】
上記表3から分かるように、酸化被膜層は、38.1~44.6質量%のOを含有しているが、Pを含有していない。また、酸化被膜層は、1.2~1.9質量%のCaを含有しており、溶融めっき金属におけるCaの含有量が100ppmであることを踏まえると、酸化被膜層においてCaが極めて高濃度で濃化したことが分かる。なお、比較例において、酸化被膜層(Alリッチ相)の厚さは約10nmであり、酸化被膜層(Znリッチ相)の厚さは約10nmであり、酸化被膜層(MgSi相)の厚さは約10nmであった。
【0070】
上記表2及び上記表3を対比すると、比較例の酸化被膜層(Alリッチ相)はMgを含有しているが、実施例の酸化被膜層(Alリッチ相)はMgを含有していない。また、比較例の酸化被膜層(Alリッチ相)はCaを含有しているが、実施例の酸化被膜層(Alリッチ相)はCaを含有していない。Mg及びCaは、黒変の発生に影響を与える元素であるため、実施例の酸化被膜層(Alリッチ相)では、比較例の酸化被膜層(Alリッチ相)と比べて、黒変の発生を抑制できることが理解できる。
【0071】
上記表2及び上記表3を対比すると、実施例及び比較例の酸化被膜層(Znリッチ相)はMgを含有するものの、実施例におけるMgの含有量(17.5質量%)は、比較例におけるMgの含有量(40.7質量%)よりも低い。また、比較例の酸化被膜層(Znリッチ相)はCaを含有しているが、実施例の酸化被膜層(Alリッチ相)はCaを含有していない。したがって、実施例の酸化被膜層(Znリッチ相)では、比較例の酸化被膜層(Alリッチ相)と比べて、黒変の発生を抑制できることが理解できる。
【0072】
上記表2及び上記表3を対比すると、実施例及び比較例の酸化被膜層(MgSi相)はMgを含有するものの、実施例におけるMgの含有量(16.2質量%)は、比較例におけるMgの含有量(34.8質量%)よりも低い。また、比較例の酸化被膜層(MgSi相)はCaを含有しているが、実施例の酸化被膜層(MgSi相)はCaを含有していない。したがって、実施例の酸化被膜層(MgSi相)では、比較例の酸化被膜層(MgSi相)と比べて、黒変の発生を抑制できることが理解できる。
【0073】
図7及び図8は、EDSによって検出された元素ピーク情報に基づいて、元素ごとの分布を示す画像である。図7は実施例に関する画像であり、図8は比較例に関する画像である。
【0074】
図7において、(A)は観察断面のSTEM(走査透過電子顕微鏡)画像であり、(B)は元素Oの分布を示す画像であり、(C)は元素Pの分布を示す画像であり、(D)は元素Mgの分布を示す画像であり、(E)は元素Alの分布を示す画像であり、(F)は元素Znの分布を示す画像である。図7の(A)に示すように、被覆めっき鋼板の表面には酸化被膜層が形成されている。また、図7の(B)及び(C)に示すように、酸化被膜層に沿って元素O及び元素Pが分布している。これにより、酸化被膜層にPが含有されていることを確認できる。
【0075】
図8において、(A)は観察断面のSTEM(走査透過電子顕微鏡)画像であり、(B)は元素Oの分布を示す画像であり、(C)は元素Mgの分布を示す画像であり、(D)は元素Alの分布を示す画像であり、(E)は元素Znの分布を示す画像である。図8の(A)に示すように、被覆めっき鋼板の表面には酸化被膜層が形成されている。また、図8の(B)に示すように、酸化被膜層に沿って元素Oが分布している。
【0076】
上述した結果によれば、リン含有水溶液(リン酸水溶液)を用いて溶融めっき層の表面を洗い出すことにより、比較例の酸化被膜層が溶解除去されるとともに、Pを含む酸化被膜層が新たに形成されたものと考えられる。結果として、比較例の酸化被膜層で濃化したCaが除去されるとともに、比較例の酸化被膜層に含まれているMgの含有量が低減したと考えられる。
【0077】
(電子線回折)
実施例である被覆めっき鋼板について、集束イオンビーム装置を用いて、酸化被膜層の一部を削り、酸化被膜層の厚み方向における中央部を露出させた。この露出面において、透過電子顕微鏡を用いた電子線回折法によって電子回折パターンを観察した。この観察結果を図9に示す。図9に示すように、電子回折パターンとしてハローパターンが現れており、実施例の酸化被膜層(Pを含む)がアモルファス化していることが分かった。
【0078】
酸化被膜層(Pを含む)がアモルファス構造を有することにより、めっき層中に存在する黒変原因物質が酸化被膜層中に移動することを阻止していると考えられる。そして、黒変原因物質が酸化被膜層に存在していなければ、黒変が発生することを抑制できる。
【符号の説明】
【0079】
1:被覆めっき鋼板、1a:鋼板、1b:めっき層、1c:酸化被膜層(P含有)、
10:ロール、20:溶融めっき浴、21:ワイピングノズル、31:第1冷却装置、
32:第2冷却装置、33:第3冷却装置、40:スキンパスミル(洗浄装置)、
R1,R2:搬送領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9