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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025110
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】光線力学的療法のための光感受性物質
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/555 20060101AFI20240216BHJP
   C09K 11/06 20060101ALI20240216BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240216BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240216BHJP
   A61K 47/60 20170101ALI20240216BHJP
   A61K 31/409 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
A61K31/555
C09K11/06
A61P43/00 105
A61P35/00
A61K47/60
A61K31/409
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022128296
(22)【出願日】2022-08-10
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(71)【出願人】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】三好 大輔
(72)【発明者】
【氏名】川内 敬子
【テーマコード(参考)】
4C076
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA12
4C076BB16
4C076CC27
4C076FF68
4C086AA01
4C086AA02
4C086CB04
4C086DA31
4C086MA02
4C086MA04
4C086MA17
4C086MA66
4C086NA13
4C086ZB21
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】本発明は、アニオン性フタロシアニン(APC)の金属錯体の生体内循環性が改善されている光線力学的療法のための光感受性物質、及び当該光感受性物質を含む光線力学的療法用製剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る光線力学的療法のための光感受性物質は、アニオン性フタロシアニン金属錯体、及びポリアルキレングリコール鎖を有するテトラピロール環状化合物を含み、前記アニオン性フタロシアニン金属錯体と前記テトラピロール環状化合物が複合体を形成していることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン性フタロシアニン金属錯体、及びポリアルキレングリコール鎖を有するテトラピロール環状化合物を含み、
前記アニオン性フタロシアニン金属錯体と前記テトラピロール環状化合物が複合体を形成していることを特徴とする光線力学的療法のための光感受性物質。
【請求項2】
前記ポリアルキレングリコール鎖の重合度が5以上、300以下である請求項1に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
【請求項3】
前記アニオン性フタロシアニン金属錯体がアニオン性フタロシアニン亜鉛錯体である請求項1に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
【請求項4】
前記アニオン性フタロシアニン金属錯体が有するアニオン性基がスルホン酸基である請求項1に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
【請求項5】
前記テトラピロール環状化合物がポルフィリン骨格を有する請求項1に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
【請求項6】
前記テトラピロール環状化合物に対して2±1倍モルの前記アニオン性フタロシアニン金属錯体を含む請求項1に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の光線力学的療法のための光感受性物質、及び溶媒を含むことを特徴とする光線力学的療法用製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン性フタロシアニン(APC)の金属錯体の生体内循環性が改善されている光線力学的療法のための光感受性物質、及び当該光感受性物質を含む光線力学的療法用製剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
がんに対する標準治療として、手術療法、化学療法、放射線療法が知られている。例えば、手術でがん組織を除去した後、転移したがんに対して化学療法と放射線療法を行ったり、予め化学療法によりがんをある程度小さくしてから、手術でがんを取り除いたり、手術ができない患者には化学療法と放射線療法を合わせてがんの進行を抑える場合がある。
【0003】
しかし、手術療法は侵襲性のために患者に負担を与え、化学療法と放射線療法には副作用により正常細胞にも障害を与えるという問題がある。
【0004】
近年、光線力学的療法(PDT:Photodynamic Therapy)が注目されている。PDTとは、腫瘍親和性のある光感受性物質を投与した後、腫瘍組織にレーザー光を照射することにより励起した光感受性物質のエネルギーによって一重項酸素が発生し、更に種々の活性酸素種が発生し、この活性酸素種により腫瘍組織を変性壊死させる選択的治療法である。レーザー光としては正常細胞に影響を与えないものを用い、また活性酸素種の寿命は極めて短いため、光感受性物質の近辺の腫瘍組織にのみ影響を与えるという選択性を有する。
【0005】
光線力学的療法のための光感受性物質としては、様々なものが検討されている。例えば非特許文献1には、ポリエチレングリコール(PEG)化されたポルフィリンのナノ粒子を投与した腫瘍モデルマウスにレーザー光を照射することにより、腫瘍重量が減少したことが記載されている。
【0006】
また、RASシグナル伝達経路は細胞のがん化に重要な役割を担い、RASタンパク質の一種としてNRASが知られているところ、非特許文献2には、亜鉛(II)フタロシアニンテトラスルホン酸(ZnAPC)がNRAS mRNAの四重鎖構造に特異的に結合し、更に光照射することによりNRAS mRNAが損傷し、NRASの発現が抑制されることが記載されている。
【0007】
但し、ZnAPCには低体内循環性という問題がある。具体的には、ZnAPCを注射投与すると、血中で凝集して注射部位に留まり、NRAS mRNAへの特異的結合性にもかかわらず、腫瘍組織に到達しない。
【0008】
光線力学的療法のための光感受性物質の体内循環性の改善のためのキャリアが種々検討されている。例えば非特許文献3には、ポリ(N-ビニルカプロラクタム)-g-ポリ(D,L-ラクチド)、及びポリ(N-ビニル カプロラクタム-co-N-ビニル イミダゾール)-g-ポリ(D,L-ラクチド)というグラフト共重合体からなるミセルが、非特許文献4には、ポリ(エチレングリコール) ブロック ポリスチレンが、光線力学的療法のための光感受性物質のキャリアとして開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Dr.Liang Chengら,Adv Funct Mater.,2017,27(34)
【非特許文献2】Keiko Kawauchiら,Nature communications,2018,9,2271
【非特許文献3】Hshieh-Chih Tsaiら,Biomaterials,33(2012),1827-1837
【非特許文献4】Peng Zhangら,Colloids and Surfaces B: Biointerface,194(2020),111204
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、光線力学的療法のための光感受性物質としてZnAPCが開発されている。ZnAPCは光照射により活性酸素種を発生して腫瘍細胞を障害するのみならず、NRAS mRNAへ特異的に結合して光照射を受けることにより当該mRNAを損傷させ、腫瘍細胞の異常増殖に寄与するNRASの発現を抑制すると考えられている。
しかしZnAPCの生体内循環性は低く、投与されても腫瘍組織に送達できない可能性がある。
光線力学的療法のための光感受性物質を内包するキャリアとして、ポリ乳酸共重合体が開発されているが、光感受性物質の担持率が数%と10%に至らないことや、担持した光感受性物質が漏出し易いといった問題がある。
そこで本発明は、アニオン性フタロシアニン(APC)の金属錯体の生体内循環性が改善されている光線力学的療法のための光感受性物質、及び当該光感受性物質を含む光線力学的療法用製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、アニオン性フタロシアニン金属錯体に加えて特定のテトラピロール環状化合物を併用することにより、アニオン性フタロシアニン金属錯体の生体内循環性が顕著に改善されることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0012】
[1] アニオン性フタロシアニン金属錯体、及びポリアルキレングリコール鎖を有するテトラピロール環状化合物を含み、
前記アニオン性フタロシアニン金属錯体と前記テトラピロール環状化合物が複合体を形成していることを特徴とする光線力学的療法のための光感受性物質。
[2] 前記ポリアルキレングリコール鎖の重合度が5以上、300以下である前記[1]に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
[3] 前記アニオン性フタロシアニン金属錯体がアニオン性フタロシアニン亜鉛錯体である前記[1]に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
[4] 前記アニオン性フタロシアニン金属錯体が有するアニオン性基がスルホン酸基である前記[1]に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
[5] 前記テトラピロール環状化合物がポルフィリン骨格を有する前記[1]に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
[6] 前記テトラピロール環状化合物に対して2±1倍モルの前記アニオン性フタロシアニン金属錯体を含む前記[1]に記載の光線力学的療法のための光感受性物質。
[7] 前記[1]~[6]のいずれかに記載の光線力学的療法のための光感受性物質、及び溶媒を含むことを特徴とする光線力学的療法用製剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る光感受性物質に含まれるアニオン性フタロシアニン金属錯体は、光線力学的療法のための光感受性物質として実績がある。また、アニオン性フタロシアニン金属錯体は、細胞のがん化に重要な役割を担うRASシグナル伝達経路に関与するRASタンパク質の一種であるNRASのmRNAの四重鎖構造へ特異的に結合することから、光照射によりNRASの発現を抑制できると共に、がん細胞の細胞死を誘導できる。更に、アニオン性フタロシアニン金属錯体は、生体内循環性が劣ることが知られているが、本発明に係る光感受性物質では、かかる生体内循環性が改善されている。従って本発明は、患者により少ない負担でがんを治療でいる技術に関するものとして、産業上非常に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1(1)は、TCPP-PEGを添加したZnAPCの蛍光スペクトルと励起スペクトルを示し、図1(2)は、ZnAPCを添加したTCPP-PEGの蛍光スペクトルと励起スペクトルを示す。
図2図2は、TCPP-PEG溶液とNiAPC溶液を用いた等温滴定型カロリメトリー測定の結果、具体的にはサーモグラム(上)と結合等温線(下)である。
図3図3は、ZnAPCとTCPP-PEGとの複合体の透過電子顕微鏡写真である。
図4図4は、ZnAPCまたはZnAPC複合体を含む培地、及び両方共含まない培地中のヒト子宮頸部がん細胞の共焦点レーザー顕微鏡写真である。
図5図5(1)は、ZnAPC複合体のみ、又はZnAPC複合体とNRAS DNAを含む溶液のUV-Vis測定結果であり、図5(2)NRAS DNA濃度に対する680nmでのZnAPCの吸光度変化であり、図5(3)は、ZnAPC複合体のみ、又はZnAPC複合体とNRAS DNAを含む溶液の蛍光スペクトルである。
図6図6は、ヒドロキシフェニルフルオレセイン(HPF)、NRAS DNA、及びZnAPC、ZnAPC複合体またはTCPP-PEGの混合溶液の励起波長490nmに対する510nmの蛍光強度の経時的変化を示すグラフである。
図7図7は、ZnAPC、TCPP-PEG、ZnAPC複合体、又はこれらを何れも含まない培地中のヒト乳がん由来細胞の実体顕微鏡写真である。
図8図8は、ZnAPC、TCPP-PEG、ZnAPC複合体、又はこれらを何れも含まないヒト乳がん由来細胞の培養液中、LED光を照射した場合と照射しない場合における生細胞数を示すグラフである。
図9図9は、ZnAPC、TCPP-PEG、ZnAPC複合体、又はこれらを何れも含まないヒト乳がん由来細胞の培養液中、LED光を照射した場合と照射しない場合におけるSDS-PAGEゲルのNRASおよびβ-アクチンを含む一部である。
図10図10は、ZnAPC、TCPP-PEG、ZnAPC複合体、又はこれらを何れも含まないヒト乳がん由来細胞の培養液をqRT-PCRで分析したNRAS mRNAの相対量を示すグラフである。
図11図11は、ZnAPCまたはZnAPC複合体を含むか、何れも含まないダルベッコリン酸緩衝生理食塩水を皮下注射したマウスのリンパ節重量[g]あたりのZn量を示すグラフである。
図12図12は、NiAPCまたはNinAPC複合体を含むか、何れも含まないダルベッコリン酸緩衝生理食塩水を静脈注射したマウスの血液および各臓器重量[g]あたりのNi量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る光線力学的療法のための光感受性物質は、アニオン性フタロシアニン金属錯体、及びポリアルキレングリコール鎖を有するテトラピロール環状化合物を含む。
【0016】
アニオン性フタロシアニン金属錯体は、下記式(I)で表される。
【化1】
[式中、X1~X4は、独立して、アニオン性基を示し、Mnは第3~13族金属を示す。]
【0017】
アニオン性基としては、スルホン酸基(-SO3H)、カルボキシ基(-CO2H)、リン酸基(-PO3H)、フェノール性水酸基(-OH)が挙げられ、スルホン酸基および/またはカルボキシ基が好ましく、スルホン酸基がより好ましい。X1~X4は、互いに同一であっても異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。また、アニオン性基は塩であってもよく、塩を形成するカチオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属イオンが挙げられる。
【0018】
第3~13族金属は、周期表で第3族元素から第12族元素の間に存在する遷移金属と第13族金属であり、例えば、Zn、Ni、Cu、Co、Fe、Cr、Alが好ましく、Znがより好ましい。なお、Alなどそのイオンが三価になる金属は、Al-Clなど二価ハロゲン化金属の状態でフタロシアニンに配位している可能性がある。
【0019】
アニオン性フタロシアニン金属錯体に含まれるアニオン性フタロシアニン化合物としては、市販されているものがある。また、置換基を有するフタロシアニン化合物には市販されているものがあり、当業者であれば、その置換基をアニオン性基に官能基変換し、更に金属を配位させることができる。
【0020】
テトラピロール環状化合物は、4個のピロリル基を有し、高度に共役したテトラピロール環状構造を有する化合物であれば特に制限されないが、例えば、以下のポルフィリン骨格(II)、フタロシアニン骨格(III)、ポルフィセン骨格(IV)、コルフィセン骨格(V)、ヘミポルフィセン骨格(VI)、コロール骨格(VII)、アザコロール骨格(VIII)、クロリン骨格(IX)、又はナフタロシアニン骨格(X)を有するものが挙げられ、ポルフィリン骨格(II)が好ましい。
【0021】
【化2】
【0022】
テトラピロール環状化合物が有するポリアルキレングリコール鎖としては、下記式(XI1)または(XI2)の構造のものを挙げることができる。
【化3】
[式中、R1~R3は、独立して、H(水素原子)またはC1-6アルキル基を示し、nはポリアルキレングリコール鎖の重合度を示す。]
【0023】
本発明において「C1-6アルキル基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル等である。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、最も好ましくはメチルである。R1およびR2としてはHが好ましく、R3としてはC1-6アルキル基が好ましい。
【0024】
ポリアルキレングリコール鎖の重合度、即ち前記式(IX1)および(IX2)中のnとしては、5以上、300以下が好ましい。当該重合度が5以上であれば、テトラピロール環状化合物の親水性が十分に高められ、延いてはアニオン性フタロシアニン金属錯体-テトラピロール環状化合物複合体の親水性が十分に高められることによって、アニオン性フタロシアニン金属錯体の生体内循環性がより確実に改善される。一方、当該重合度が300以下であれば、ポリアルキレングリコール鎖を有するテトラピロール環状化合物の合成も容易である。前記重合度としては、8以上がより好ましく、20以上、30以上または40以上がより更に好ましく、また、200以下または100以下がより好ましく、80以下または60以下がより更に好ましい。
【0025】
また、ポリアルキレングリコール鎖の分子量としては、例えば、400以上、20000以下とすることができる。当該分子量としては、1000以上が好ましく、1500以上がより好ましく、また、15000以下が好ましく、10000以下がより好ましい。
【0026】
テトラピロール環状化合物において、ポリアルキレングリコール鎖は、テトラピロール環状構造に直接結合していてもよいが、リンカー基を介して結合していてもよい。リンカー基は、テトラピロール環状化合物の合成を容易にしたり、ポリアルキレングリコール鎖の自由度を高めたりする作用を有する。当該リンカー基としては、特に制限されるものではないが、例えば、C1-6アルカンジイル基、C6-12二価芳香族基、アミノ基(-NH-)、イミノ基(>C=N-または-N=C<)、エーテル基(-O-)、チオエーテル基(-S-)、カルボニル基(-C(=O)-)、チオニル基(-C(=S)-)、エステル基(-C(=O)-O-または-O-C(=O)-)、アミド基(-C(=O)-NH-または-NH-C(=O)-)、スルホキシド基(-S(=O)-)、スルホニル基(-S(=O)2-)、スルホニルアミド基(-NH-S(=O)2-および-S(=O)2-NH-)、並びにこれら2以上が結合した基を挙げることができる。2以上のこれら基が結合して上記リンカー基が構成されている場合、当該結合数としては、10以下または5以下が好ましく、3以下がより好ましい。
【0027】
6-12二価芳香族基は、炭素数が6以上、12以下の二価芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニレン、ナフチレン、インデニレン、ビフェニレン等であり、好ましくはフェニレンである。
【0028】
テトラピロール環状化合物におけるポリアルキレングリコール鎖の置換位置は特に制限されず、ピロール環上であってもよいし、ピロール環以外であってもよい。例えばポルフィリン骨格を有するテトラピロール環状化合物の場合、ピロール環の2,3,7,8,12,13,17,18位であってもよいし、5,10,15,20位であってもよい。ポリアルキレングリコール鎖の数としては、2以上が好ましく、3以上が好ましく、また、10以下または8以下が好ましく、6以下がより好ましく、4がより更に好ましい。
【0029】
置換基を有するテトラピロール環状化合物には市販されているものがあり、当業者であれば、当該置換基にポリアルキレングリコール鎖またはリンカー基を結合させたり、ポリアルキレングリコール鎖またはリンカー基を導入するための置換基に官能基変換したりすることができる。
【0030】
アニオン性フタロシアニン金属錯体およびテトラピロール環状化合物は、それぞれ1種のみ用いてもよいし、2種以上を併用してもよいが、それぞれ1種のみ用いることが好ましい。
【0031】
本発明に係る光感受性物質は、アニオン性フタロシアニン金属錯体と前記テトラピロール環状化合物との複合体を有効成分とする。例えば、本発明者らの実験的知見によれば、亜鉛(II)フタロシアニンテトラスルホン酸(ZnAPC)とPEG修飾ポルフィリン誘導体(TCPP-PEG)は、約105-1の結合定数で相互作用しているため、アニオン性フタロシアニン金属錯体と前記テトラピロール環状化合物は、溶液または分散液中では複合体を形成していると考えられるが、NRAS mRNAなどアニオン性フタロシアニン金属錯体と強く相互作用する物質が存在すると、解離すると考えられる。
【0032】
アニオン性フタロシアニン金属錯体とテトラピロール環状化合物との相互作用は、アニオン性フタロシアニン金属錯体とテトラピロール環状化合物が高度に共役した構造を有するため、π-πスタッキング相互作用であると考えられる。
【0033】
複合体におけるアニオン性フタロシアニン金属錯体とテトラピロール環状化合物との割合は特に制限されないが、例えば、テトラピロール環状化合物に対するアニオン性フタロシアニン金属錯体の割合を0.5倍モル以上、10倍モル以下とすることができる。当該割合としては、1倍モル以上が好ましく、1.5倍モル以上がより好ましく、また、8倍モル以下が好ましく、5倍モル以下がより好ましく、2±1倍モルがより更に好ましい。
【0034】
本発明に係る光感受性物質は、生体に投与した後、がん組織にレーザー光を照射することにより、がん組織を縮小または消滅させることができる。本発明に係る光感受性物質に含まれるアニオン性フタロシアニン金属錯体は、がん細胞の異常増殖を促進するNRASのmRNAの四重鎖構造へ特異的に結合することから、複合体はがん細胞に送達された後に解離して、アニオン性フタロシアニン金属錯体NRASのmRNAに結合すると考えられる。次いで、レーザー光の照射により一重項酸素および活性酸素種が生成して、NRASのmRNAが切断されたり、がん細胞死が誘導される。
【0035】
本発明に係る光線力学的療法用製剤は、例えば、本発明に係る光感受性物質および溶媒を含み、主に注射剤として投与される。溶媒としては水系溶媒が挙げられ、等張または略等張であることが好ましい。具体的には、溶媒としては生理食塩水、緩衝生理食塩水および等張または略等張ブドウ糖水溶液が挙げられる。また、本発明に係る光線力学的療法用製剤は、例えば、経皮吸収製剤であってもよい。
【0036】
本発明に係る光線力学的療法用製剤における複合体の濃度は適宜調整すればよいが、例えば、0.1mg/mL以上、10mg/mL以下とすることができる。また、光線力学的療法の前に、0.1mg/kg体重以上、10mg/kg体重以下程度投与すればよい。なお、本発明に係る光線力学的療法用製剤は、用事調製、即ち使用前に複合体を溶媒に溶解または分散して調製してもよい。本発明に係る光線力学的療法用製剤は、静脈投与または皮下投与すればよい。
【0037】
本発明に係る光線力学的療法用製剤の投与後、適時、例えば0.5時間~72時間後に患者に光を照射し、光線力学的療法を行う。照射する光は、アニオン性フタロシアニン金属錯体を励起できるものであれば特に制限されないが、例えば、690nmの波長光含むレーザー光、より好ましくはピーク波長が690±50nmであるレーザー光が挙げられる。レーザーとしては、Nd-YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)レーザー、CO2レーザー、アルゴン・ダイ・レーザー、エキシマ・レーザー等を用いることができる。また、患者の被験体の全身に光を照射してもよいし、患部付近に光を走者してもよいし、光ファイバーを含むカテーテルを血管等を通じて体内に挿入し、光ファイバーを通じて、腫瘍患部に局所的に光を照射してもよい。
【実施例0038】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0039】
実施例1: PEG修飾ポルフィリン誘導体(TCPP-PEG)の合成
【化4】
テトラキス(4-カルボキシフェニル)ポルフィリン(TCPP,35.1mg,0.033mmol)とα-メチル-ω-アミノプロピルポリオキシエチレン(313.2mg,0.16mmol,Mw=2000)をメタノール(25mL)に溶解した。別途、メタノール(5mL)に溶解した4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルフォリニウム(DMT-MM,68.2mg,0.25mmol)を滴下し、24時間反応させた。反応溶液を減圧濃縮した。得られた反応物をクロロホルムに溶解し、有機相を5wt%食塩水(50mL,2回)と純水(50mL,1回)で洗浄した。有機相を無水硫酸ナトリウムで脱水し、溶媒を減圧留去した。更に、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=9/1)で精製し、アニスアルデヒドにより呈色するRf=0.3の画分を回収した。溶媒を減圧留去した後、60℃にて真空乾燥した。1H NMR(溶媒:クロロホルム)とFT-IRより、得られた茶褐色固体が目的化合物であることを確認した(収量:235.7mg,収率:81.3%)。
【0040】
試験例1: ZnAPCとの複合体形成能評価
(1)ZnAPC溶液の蛍光-励起スペクトルの変化
ZnAPCを純水に溶解して2μM溶液(3mL)を調製し、得られたZnAPC溶液に対し、TCPP-PEGの最終濃度が0~4μMとなるように1mM TCPP-PEG溶液を添加し、LS 55 Luminescence Spectrometer(PerkinElmer社製)を使い、蛍光-励起スペクトルを測定した。ZnAPCの励起スペクトルは、蛍光波長を680nmとして450~650nmの範囲で、蛍光スペクトルは励起波長を610nmとして625~750nmの範囲で測定した。結果を図1(1)に示す。
図1(1)に示される結果の通り、TCPP-PEGの濃度増加につれて、ZnAPCの蛍光スペクトルと励起スペクトルともに減少し、TCPP-PEGを0.5等量添加すると、ZnAPCの680nmの蛍光はほとんど見られなくなった。大環状π電子系化合物はH会合体を形成すると蛍光を示さなくなることが知られているため、これらの消光から、溶液中でTCPP-PEGがZnAPCとπ-πスタッキング相互作用してH会合体を形成したことが考えられる。
【0041】
(2)TCPP-PEG溶液の蛍光-励起スペクトルの変化
また、同様に、TCPP-PEGを純水に溶解して4μM溶液(3mL)を調製し、得られたTCPP-PEG溶液に対し、ZnAPCの最終濃度が0~12μMとなるように1mM ZnAPCを添加し、蛍光-励起スペクトルを測定した。TCPP-PEGの励起スペクトルは、蛍光波長を650nmとして450~600nmの範囲で、蛍光スペクトルは励起波長を515nmとして550~750nmの範囲で測定した。結果を図1(2)に示す。
図1(2)に示される結果の通り、TCPP-PEGに対してZnAPCを添加した場合にも、同様の蛍光の消光が見られ、TCPP-PEGに3等量のZnAPCを添加すると蛍光がほとんど見られなくなった。かかる結果からも、溶液中でTCPP-PEGがZnAPCとπ-πスタッキング相互作用してH会合体を形成したことが考えられた。
【0042】
(3)等温滴定型カロリメトリー測定
TCPP-PEGをダルベッコリン酸緩衝生理食塩水に溶解して1.0mM溶液を調製し、NiAPCをダルベッコリン酸緩衝生理食塩水に溶解して0.1mM溶液を調製し、それぞれフィルター(孔径:0.45μm)で濾過した。シリンジにTCPP-PEG溶液を、セルにNiAPC溶液を入れ、等温滴定型カロリメーター(「Microcal ITC200」Malvern Instruments社製)を用い、下記条件で等温滴定型カロリメトリー測定を行った。
Total Injection: 18times
Stirring Speed: 650rpm
Cell temp.:25℃
Volume: 2μL
Reference Power: 5μcal/sec
Duration: 4sec
Initial Delay: 60sec
Spacing: 90sec
Filter Period: 5sec
得られた等温滴定曲線から、結合定数K[M-1]と結合数N[Sites]を算出した。結果を図2に示す。
【0043】
図2に示される結果の通り、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水中でもNiAPCとTCPP-PEGの結合定数は約105-1の値となり、結合定数に塩が及ぼす影響は見られなかった。また、結合数Nが約0.4となったことから、NiAPC2分子に対し、TCPP-PEG1分子が相互作用していることが明らかになった。
以上の結果より、TCPP-PEGは、生体内条件を想定したダルベッコリン酸緩衝生理食塩水中で、結合定数105-1の以上の複合体を形成した。血液中では104超の結合定数で解離し難いといわれていることから、TCPP-PEGは生体内で安定してZnAPCと複合体を形成し、ZnAPCを送達可能であることが示唆された。
【0044】
試験例2: TEMによる粒径測定
純水中、ZnAPCとTCPP-PEGを2:1のモル比で混合し、1μM ZnAPC複合体を調製した。調製したサンプル溶液(5μL)をTEMグリッドに滴下し、室温にて一晩真空乾燥することでTEMグリッドを乾燥させ、透過型電子顕微鏡(「JEOL JEM-1230(100kV)」日本電子社製)を使って観察した。得られた画像を用い、画像処理ソフトウェア(「ImageJ」)で解析した。具体的には、画像内の全ての粒子は真円であると仮定し、173個の粒子の面積を求め、直径を算出した。拡大画像を図3に、測定結果を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
図3の通り、直径が60~100nm程度の球形の粒子が観察され、ZnAPCとTCPP-PEGが複合体を形成していることが推察された。粒子の凝集は見られないものの、直径が150nm程度の粒子も観察されたことから、比較的多分散な系となっていると考えられた。
粒径50nm以上の粒子は、腎臓での糸球体濾過を避けながら生体内を安定に循環できるとされており、また、EPR効果(Enhanced permeation and retention effect)に基づいて腫瘍蓄積性を期待できる粒径は50~200nmであると考えられているため、本発明に係るZnAPC複合体は、生体内循環性と腫瘍蓄積性に優れたサイズを有する可能性が示唆された。
【0047】
試験例3: 細胞取込試験
ガラスボトムディッシュ35mm/14mmに、ヒト子宮頸部がん由来のHeLa細胞を1.0×105cells/dishとなるように播種し、5.0%CO2下、37℃で24時間培養した。培地を交換した後、ZnAPCまたはZnAPC複合体の濃度が10μMとなるように100μM溶液を細胞に添加した。1時間後と4時間後にそれぞれ培地を除き、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水で2回洗浄した後、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(1mL)を添加し、共焦点レーザー顕微鏡を用い、励起波長590nmで観察した。結果を図4に示す。なお、ZnAPCは610nmに最大励起波長を有するので、図4中の青色蛍光部分はZnAPCの存在によると考えられる。
【0048】
図4の通り、ZnAPCとZnAPC複合体ともに、1時間後と4時間後の両方で細胞全体に蛍光が観察された。1時間後および4時間後で大きな蛍光強度の違いは観察されなかったことから、ZnAPCとZnAPC複合体は、培養1時間で十分に細胞内に取り込まれていると考えられた。
【0049】
試験例4: ZnAPCおよびZnAPC複合体のNRAS DNA結合能評価
(1)UV-Visスペクトル測定
ZnAPCは、細胞の分化増殖に関与し、がん細胞で異常発現しているNRASのRNAが形成する四重鎖構造(G4)に結合し、光照射により活性酸素種(ROS)を産生し、このG4構造を含むNRAS RNAを切断して細胞死を導くことができる。本実験では、NRAS RNAと同様にNRAS DNAもG4構造を有するため、NRAS RNAのモデルとして、同様の塩基配列を有し且つより安定で安価なNRAS DNAを用いて結合能を評価した。
NRAS DNA(北海道システム・サイエンス社製)を、90℃で5分間加熱した後、-0.5℃/minの速度で25℃までゆっくり冷却することによりアニーリング処理した。緩衝液としてMES buffer(50mM 2-(N-モルフォリノ)エタンスルホン酸,[MES]-LiOH,pH7.0,100mM KCl)中、0μM、0.3μM、1μM、3μM、10μM、30μM、100μMの濃度でNRAS DNAと、2μMの濃度でZnAPCまたはZnAPC複合体を含む溶液を調製し、450~750nmのUV-Visスペクトルを25℃で測定した。また、同様にMES buffer中で、最終濃度が50μM NRAS DNAおよび1μM TCPP-PEGとなるように混合溶液(120μL)を調製し、400~750nmで同様にUV-Vis測定を行った。UV-Vis測定の結果を図5(1)に、NRAS DNA濃度に対する680nmでのZnAPCの吸光度変化を図5(2)に示す。
得られたスペクトルの680nmの吸光度変化をNRAS DNA[μM]に対してプロットし、解離定数Kd[μM]を算出した。結果を表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
MES buffer中、ZnAPC複合体とNRAS DNAを含む溶液のUV-Visスペクトルを図5(1)に示す。NRAS DNAを含まないZnAPC溶液は630nmに吸収ピークを示すが、NRAS DNAの濃度上昇に伴って630nmのブロードな吸収が減少し、680nmの吸収が増加し、NRAS DNAを100μM添加すると630nmの吸収ピークは見られなくなった。ZnAPCのモノマーは680nmに鋭い吸収ピークを示すことが知られていることから、ZnAPC複合体は、NRAS DNAの存在により解離して、ZnAPCモノマーがNRAS DNAに結合したと考えられた。
NRAS DNA濃度に対する680nmでのZnAPCの吸光度変化を図5(2)に示す。かかるプロットより、NRAS DNAとZnAPC複合体の解離定数Kdは12.6μMと推定された。また、NRAS DNAとZnAPCの解離定数Kdは11.4μMと推定された。NRAS DNAおよびZnAPC複合体の解離定数と、NRAS DNAおよびZnAPCの解離定数の差が約1μMであることから、TCPP-PEGとの複合化によるZnAPCのNRAS DNAへの結合の阻害は僅かであることが示された。
細胞内にはDNAよりRNAが豊富に存在することを考慮すると、細胞にZnAPC複合体を添加した場合、細胞内のNRAS RNAにZnAPCが結合する可能性が示唆された。
【0052】
(2)蛍光スペクトル測定
MES buffer中、2μM ZnAPC複合体と、0、50μM NRAS DNAの混合溶液(120μL)を調製し、励起波長610nmにて、620~750nmの蛍光スペクトルを25℃で測定した。結果を図5(3)に示す。
図5(3)に示される結果の通り、NRAS DNA添加前は励起波長610nmにて蛍光は観察されなかった。ZnAPCがTCPP-PEGとπ-πスタッキング相互作用により複合体を形成しているため、蛍光が消光したと考えられる。
一方、50μM NRAS DNAを添加すると、690nmに蛍光が観察された。ZnAPCが単量体化すると690nm蛍光を示すため、蛍光の発現から、ZnAPC複合体が解離してNRAS DNAとZnAPCが結合したと考えられる。
【0053】
試験例5: 活性酸素種(ROS)産生能評価
ヒドロキシフェニルフルオレセイン(HPF)は、ROSの一種であるヒドロキシラジカル(・OH)およびパーオキシナイトライト(ONOO-)と反応してフルオレセインを生成し、励起波長490nmにて蛍光(Em:510nm)を示す。そこで、NRAS DNA、HPF、及びZnAPC、ZnAPC複合体またはTCPP-PEGを含む混合溶液にLED照射し、蛍光測定した。
【0054】
【化5】
【0055】
50mM MES buffer中、1μM HPF、50μM NRAS DNA、及び2μM ZnAPC、ZnAPC複合体またはTCPP-PEGの混合溶液(100μL)を調製した。当該溶液に赤色LED光(ピーク波長: 630nm)を照射し、光照射開始から0、0.5、1、3、10、30、60、90、120分後に、励起波長490nmにて500~600nmの蛍光スペクトルを測定した。510nmの蛍光強度の経時的変化を図6に示す。
【0056】
図6に示される結果の通り、Blank溶液に2時間LEDの照射を行っても蛍光の増加は見られず、Blank溶液に対する光の照射でROSの発生やHPFの分解が発生しないことを確認した。TCPP-PEG存在下において、510nmの蛍光強度の増加がわずかに認められたが、その強度は低かった。
2μM ZnAPCにLED光を照射すると、510nmの蛍光強度の増加が見られた。このことからZnAPCが光増感能を有し、NRAS DNAが含まれる水溶液中でROSを産生できることが示された。
同様にZnAPC複合体に対しLED光を照射した場合にも、510nmの蛍光強度の増加が見られた。
ZnAPCとZnAPC複合体を比較すると、光照射開始から30分以降についてZnAPC複合体溶液はZnAPC溶液と比較して蛍光強度が低かった。この理由として、複合体においてZnAPCがTCPP-PEGと相互作用しているため、LEDにより励起されにくくなり、光増感能が低下した可能性と、ZnAPCの励起により発生したヒドロキシラジカルが、HPFだけでなくTCPP-PEGの分解も引き起こし、HPFの分解速度が低下した可能性が考えられる。
【0057】
試験例6: アポトーシス誘導性試験
ヒト乳がん由来MCF-7細胞を、5000cells/wellとなるように、96wellプレート2枚に播種し、24時間培養した。ZnAPC、TCPP-PEG、又はZnAPC複合体をダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS,pH7.4)に溶解して10mM溶液をそれぞれ調製し、各最終濃度が10μMとなるように10μLずつ加え、更に1時間培養した。培地をアスピレータにより除去し、D-PBSで1回洗浄することで、取り込まれていない試料を除いた。フェノールレッド不含DMEM(FBS不含,1%PS溶液)に培地を交換した。1枚の96wellプレートに対して、37℃にてLED光(最大発光波長:630nm)を2時間照射した。光照射しないプレートは、37℃にて2時間静置した。生細胞数測定試薬SF(ナカライテスク社製)を各wellに10μLずつ加えて2時間培養し、マイクロプレートリーダーで490nmの吸光度を測定した。測定は試料毎に6例行い、生細胞数の平均を算出した。各細胞の実体顕微鏡写真を図7に、生細胞数を図8に示す。図8中、「**」は、光照射した場合において、Blank(光照射無し)に対してp<0.01で有意差があることを示す。
【0058】
図7の通り、光照射しない場合とBlankでは、細胞の収縮や光損傷は見られなかった。
一方、ZnAPC、TCPP-PEG、及びZnAPC複合体を添加し且つ光照射した場合には、アポトーシスが誘導された細胞のように細胞が収縮して丸くなった。
試料を添加した場合にのみ細胞の収縮が認められたため、ZnAPCおよびTCPP-PEGの両方が光増感作用を示し、これらに光照射することでROSが発生して細胞にダメージが与えられたと考えられる。
【0059】
図8の通り、それぞれの試料の添加のみ、また光照射のみの細胞に対して有意な毒性は見られなかった。
一方、試料の添加と光照射した細胞については、全てのサンプルについて有意に細胞毒性が見られた。ZnAPCおよびZnAPC複合体を取り込んだ細胞に対し光照射すると、ZnAPCが有する光増感能により、細胞内にてROSが産生すると考えられる。この産生したROSにより細胞死が誘導された可能性が示唆された。
また、キャリアであるTCPP-PEGのみを添加した細胞についても、光照射により細胞毒性が見られた。TCPP-PEG構造内のポルフィリンも光増感能を有する化合物であることが知られているため、赤色LED光によりポルフィリンも励起され、ROSを産生したことが考えられる。試料添加から1時間細胞培養し、取り込まれていない試料を洗浄してから光照射しているため、細胞外でROS産生が生じることはないと考えられる。
【0060】
以上の結果より、ZnAPC、ZnAPC複合体、TCPP-PEGは細胞内に1時間の培養で取り込まれ、キャリアの有無に関わらず、光照射により細胞死の誘導が可能であることが示された。また、光照射によりROSが産生され、細胞に損傷を与えることで細胞死を誘導することが示唆された。
【0061】
試験例7: NRASおよびNRAS RNA発現評価
(1)ウェスタンブロッティングによるNRAS発現評価
ヒト乳がん由来MCF-7細胞を1.0×106cells/dishの割合で6cm dishに播種し、24時間培養した後、培地を除去し、CO2 independent mediumを3mLずつdishに加えることにより培地を交換した。1μMの濃度となるようDMSOに溶解したアクチノマイシンDを加えた。更に、10μMの濃度となるようにZnAPCを、又は5μMの濃度となるようTCPP-PEGもしくはZnAPC複合体を細胞に添加し、37℃で1時間培養した。その後、37℃恒温室にて、一部の細胞に赤色LED光を2時間照射した。光照射後、細胞の様子を実体顕微鏡で観察し、更に37℃にて5時間培養した。
培地を遠沈管に取り、1分間遠心分離した後に沈殿を回収した。また、細胞をPBS(1mL)で繰り返し洗浄した後、PBSを除去し、dishにLysis Buffer(100μL)を加え、セルスクレーパーを用いて細胞を回収し、遠沈管の沈殿と合わせて細胞懸濁液とした。氷浴中で冷却しながら回収した細胞懸濁液を超音波処理し、15,000rpm、4℃で20分間遠心分離し、上澄を全て回収した。96 wellプレートに回収した細胞溶解液(2μL)、H2O(10μL)、及びBCA assay溶液(200μL)を添加し、紫外可視分光光度計を用いて562nmの吸光度を測定した。得られた結果から、予め作成したBCA検量線に基づいて、タンパク質を定量した。
タンパク質含有量が20μgまたは50μgとなるように、細胞溶解液、Lysis buffer、試料bufferを混合した。タンパク質含量20μgの混合液と、タンパク質含量50μgの混合液に試料bufferを加え、総量をそれぞれ15μLと20μLに調整した。次いで、各混合液を96℃で5分間加熱することにより、酵素を変性させた。
予め作成した15%SDS-PAGEゲルと10%SDS-PAGEゲルに、プロテインスタンダード溶液と、それぞれタンパク質50μg混合液とタンパク質20μg混合液をロードし、300V、90mMで45分間電気泳動した。ゲルを取り出し、Transfer Bufferで湿らせた濾紙上にメンブレンとゲルを重ねて置き、12V、0.53Aで25分間、タンパク質をメンブレンへ転写した。メンブレンをTBST bufferで3回洗浄し、5%Skim milk(30mL)中で1時間ブロッキングした。スタンダードタンパク質を参照し、15%ゲルのメンブレンから37kDa付近、10%ゲルのメンブレンから20kDaの部分を切り出した。NRas 1次抗体溶液(1/100,1mL)、β-actin 1次抗体溶液(1/1000,2mL)中にメンブレンを浸し、2時間静置した。同様にTBST溶液で洗浄し、2次抗体溶液(1/10000,5%BSA,3mL)中で静置した後、TBST bufferで洗浄した。次いで、ECL染色を行い、X線フィルムを用いてタンパク質を観察した。結果を図9に示す。
【0062】
図9に示される結果の通り、試料の有無および光照射の有無に関わらず、β-アクチンの発現量に変化は見られなかった。光照射なしの場合は、光照射なしのBlankとNRASのバンドが同様の濃さであるため、NRASの発現量に変化は無いと判断された。試験例4などの結果より、細胞にZnAPCおよびZnAPC複合体を添加すると、細胞内でZnAPCがNRAS RNAと結合すると考えられるが、NRASの発現に影響が見られないことから、ZnAPCとNRAS RNAの結合はNRASの発現に影響を与えないことが示された。
ZnAPCおよびZnAPC複合体を添加して光照射を行った細胞のNRAS発現量を見ると、光照射なしのBlankと比較してNRASを示すバンドが薄くなった。光照射によりZnAPCが光増感能を示し、NRAS RNAに光損傷を与えたことでNRAS発現を抑制した可能性が考えられる。TCPP-PEG存在下であっても、ZnAPCは光照射によってNRASの発現が抑制できることが明らかとなった。一方でTCPP-PEGのみを添加し、光照射を行った細胞については、NRAS発現の抑制はほとんど見られなかった。光照射時の細胞毒性の結果から、TCPP-PEGも細胞に対し光損傷をもたらすと推察されるが、TCPP-PEGはNRAS RNAと結合しないため、NRAS RNAに損傷を与えることはできず、発現に変化が見られなかったと考えられる。
この結果より、NRAS発現を効果的に抑制するには、ZnAPCがNRAS RNAに結合し、NRAS RNAに対し特異的に損傷を与える必要があると言える。
【0063】
(2)qRT-PCRによるNRAS発現評価
MCF-7細胞の播種割合を1.4×106cells/dishに変更した以外は(1)と同様にして、LED光照射までを行った。
RNAの抽出にはRNA抽出キット(「ISOSPIN Cell & Tissue RNA kit」ニッポンジーン社製)を用いた。培地を遠沈管に取り、1分間遠心分離したのち沈殿を回収した。細胞をD-PBS(1mL)で洗浄し、同様に遠心分離の後に沈殿を回収した。dish内の細胞にC Extraction Buffer(600μL)を加え、細胞を溶解した。遠沈管内の沈殿と合わせて細胞溶解液とし、ボルテックスミキサーを使って30秒間撹拌した。その後、13,000×gで1分間遠心分離し、上清をマイクロチューブに全て回収した。上清に等量となるPT Binding Buffer(600μL)を加え、数回転倒混和した。
メンブレンにRNAを吸着させるため、混合溶液(600μL)をSpin Columnに添加し、13,000×gで1分間遠心分離した。濾液を除き、残りの混合溶液にも同様の操作を行った。更に、Spin ColumnにPT Wash 1 Buffer(500μL)を添加し、13,000×gで1分間遠心分離し、濾液を除いた。また、DNase I Buffer(100μL)をspin columnに添加し、15分間静置した。spin columnにPT Wash 1 Buffer(300μL)を添加し、13,000×gで1分間遠心分離し、濾液を除いた。更にPT Wash 2 Buffer(600μL)をspin Columnに添加し、13,000×gで2分間遠心分離して洗浄した。Spin Columnに新しいエッペンチューブをセットし、ddWater(50μL)をメンブレン中央に滴下した後、3分間室温で静置した後、13,000×gで1分間遠心分離し、RNA溶液を回収した。
超微量分光光度計(「Nano Drop」Thermo Fisher Scientific社製)を用い、RNA溶液の吸光度(230nm)を計測することで、溶液中のRNA量を定量した。
定量したRNA量から、RNA量が2μgとなるように、RNA溶液と逆転写溶液を混合し、ddWaterを加えて総量を10μLに調整した。PCRサーマルサイクラー(「SimpliAmp Thermal Cycler」Thermo Fisher Scientific社製)を用い、得られた溶液を37℃で30分逆転写反応に付した。その後、85℃で5秒間加熱することにより逆転写反応を終結させ、4℃まで冷却した。
得られたcDNA溶液(1μL)とqRT-PCRプライマー溶液(9μL)をqRT-PCRプレートに加え、qRT-PCRを行った。qRT-PCRは、95℃にて1分間加熱したのち、95℃で15秒間および55℃で1分間の加熱を40サイクル繰り返すことで行った。なお、NRAS RNAのhouse keeping geneとしてB2Mを用いた。NRAS RNAの相対的発現量を図10に示す。図10中、「*」は、光照射した場合において、Blank(光照射無し)に対してp<0.05で有意差があることを示し、「**」は、p<0.01で有意差があることを示す。
【0064】
図10に示される結果の通り、試料の添加のみ、及び光照射のみの細胞においては、NRAS RNAの発現量に変化はなかった。ZnAPCおよびZnAPC複合体存在下で光照射を行った細胞では、NRAS RNAの減少が見られた。この結果は、ZnAPCが光照射によりROSを産生し、NRAS RNAを切断したためであると考えられ、図9の結果を裏付ける結果が得られた。
TCPP-PEGのみを添加し光照射した細胞について、図9の結果ではNRASの発現に変化は見られなかったのに対し、NRAS RNAは有意に減少した。NRAS RNAが切断された場合、それに伴ってNRASの発現は低下すると考えられるため、予想と反する結果が得られたが、TCPP-PEGもZnAPCと同様に光照射によってROSを産生すると考えられるため、ROSにより細胞内の一部のNRAS RNAが切断される可能性も十分に考えられる。
【0065】
試験例8: ZnAPC複合体の生体内循環性評価
(1)リンパ節への蓄積性評価
ZnAPCをダルベッコリン酸緩衝生理食塩水に溶解させてマウスに尾静脈投与すると、投与部で凝集することが課題であった。そこで、ZnAPC複合体の生体内循環性を評価した。
ZnAPCをダルベッコリン酸緩衝生理食塩水に溶解して、5μg/μL溶液を調製した。また、同じ濃度のZnAPCに対して0.5モル等量のTCPP-PEGを混合し、2:1複合体溶液を調製した。マウスの右脚にPBS、ZnAPC溶液、ZnAPC複合体溶液をそれぞれ20μL(5mg/kg体重)皮下投与した(PBS:N=1,ZnAPCおよびZnAPC複合体:N=2)。投与から5分後、麻酔下にて右脚付け根のリンパ節を回収し、重量を測定した。
15mL遠沈菅内でリンパ節に濃硝酸(800μL)を添加し、ホットドライバスで80℃にて12時間加熱することで酸処理した。濃塩酸と濃硝酸を3:1で混合して王水を調製し、酸処理溶液に200μL加え、更に80℃にて2時間加熱した。2%硝酸を加えて総量を3mLに調整した。この溶液をICP発光分光分析法で分析し、Znを定量した。結果を図11に示す。
【0066】
図11に示される結果の通り、PBSのみの投与したマウスについても、リンパ節重量[g]あたり約0.03mgのZnの蓄積が見られた。その理由としては、Znが主に酵素などの構成要素として、生体内に含まれるためであると考えられる。
ZnAPCをPBSに溶解して投与すると、リンパ節重量あたり0.056mgのZn蓄積が見られた。ZnAPCは生体内循環性に乏しいものの、水溶液中で沈殿を生じない程度の水溶性を有しているため、投与のうち一部のZnAPCがリンパ節に蓄積できたと考えられる。
ZnAPC複合体を投与した場合、0.076mg/gのZnの蓄積が見られ、ZnAPCのみの投与と比較してZn蓄積量が増加した。
ZnAPCとZnAPC複合体について、投与したZn相当量は同じであるため、ZnAPC複合体とすることでZnAPCの生体内循環性が向上したといえる。よって、ZnAPCのキャリアとしてTCPP-PEGを用いることで、ZnAPCをより安定に投与部から生体内で循環させ、腫瘍部への蓄積量を向上させることができる可能性が示唆された。
【0067】
(2)腎臓への蓄積性評価
Znが生体内微量元素として補酵素などに含まれることから、生体内由来元素の影響を避けるために、本実験ではZnAPCのモデル化合物としてNiAPCを用いた。
NiAPCをダルベッコリン酸緩衝生理食塩水に溶解して、5μg/μL溶液を調製した。また、同じ濃度のNiAPCに対して0.5モル等量のTCPP-PEGを混合し、2:1複合体溶液を調製した。7週齢のBALB/cAJclマウス(日本クレア社より入手)9匹を任意に3匹ずつ3群に分け、PBS、NiAPC溶液、又はNiAPC複合体溶液をそれぞれ50μL(5mg/kg体重)尾静脈投与した。投与から30分後、イソフルラン麻酔下にて血液を回収し、続いて心臓、肺、肝臓、腎臓、及び脾臓を摘出し、重量を測定した。
15mL遠沈菅内で血液と各臓器に濃硝酸(800μL)を添加し、ホットドライバスで80℃にて21時間加熱することで酸処理した。濃塩酸と濃硝酸を3:1で混合して王水を調製し、酸処理溶液に200μL加え、更に80℃にて3時間加熱した。2%硝酸を加えて総量を5mLに調整した。脂肪など不溶性浮遊物が見られた溶液は、フィルター(水系,孔径:0.45μm)を使って濾過した。この溶液をICP発光分光分析法で分析し、Znを定量した。代表的に腎臓の結果を図12に示す。
【0068】
図12に示される結果の通り、PBSのみの投与したマウスには、腎臓重量[g]あたり0.1μg以下とほとんどNiの分布は見られず、本実験では生体内元素の影響を排除できたことが示された。
NiAPCをPBSに溶解して静脈投与すると、血液および各臓器にNi蓄積が見られた。NiAPCは生体内循環性に乏しいものの、水溶液中で沈殿を生じない程度の水溶性を有しているため、投与のうち一部のNiAPCが生体内を循環し、各臓器に分布したと考えられる。
NiAPC複合体を投与した場合、NiAPCのみの投与と比較して、摘出した全ての臓器および血液にてNi量が増加した。NiAPCとNiAPC複合体について、投与したNi相当量は同じであるため、キャリアと混合し複合体とすることでNiAPCの循環速度が増加したといえる。投与から30分後に臓器を摘出したため体外に排泄される前であると考えられ、本実験から生体内滞留性や蓄積性を考察することは難しいが、試験例2の結果から複合体が約100nm以下の粒子を形成していることも考慮すると、NiAPC複合体とすることで糸球体ろ過を避けながら安定に循環でき、循環性、滞留性ともに向上していることが期待できる。
よって、ZnAPCのキャリアとしてTCPP-PEGを用いることで、ZnAPCをより安定に生体内で循環させ、腫瘍部への蓄積量を向上させることができる可能性が示唆された。
図1
図2
図3
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図5
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図7
図8
図9
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図11
図12