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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025144
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】磁性材料及び磁気デバイス
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20240216BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20240216BHJP
   H01F 10/18 20060101ALI20240216BHJP
   C01G 37/04 20060101ALI20240216BHJP
   C01G 31/04 20060101ALI20240216BHJP
   C01G 49/00 20060101ALI20240216BHJP
   C01G 45/06 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
H01L29/82 Z ZNM
H01L27/105 447
H01F10/18
C01G37/04
C01G31/04
C01G49/00
C01G45/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022128351
(22)【出願日】2022-08-10
(71)【出願人】
【識別番号】519307850
【氏名又は名称】株式会社Quemix
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】トラン バ フン
(72)【発明者】
【氏名】松下 雄一郎
【テーマコード(参考)】
4G002
4G048
4M119
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
4G002AA13
4G002AE02
4G002AE03
4G048AA06
4G048AC03
4M119BB20
4M119CC01
4M119CC10
4M119DD01
4M119HH01
4M119HH04
4M119KK10
5E049AB07
5E049AB10
5E049BA06
5E049BA30
5F092AB06
5F092AB10
5F092AC30
5F092AD01
5F092AD30
5F092BD04
5F092BD05
5F092BD07
5F092BD23
5F092CA25
(57)【要約】
【課題】構造の自由度を高め得る新たなスキルミオン又はメロン磁性材料及びこの磁性材料であるとともに、ヘリシティやスキルミオンタイプの制御を可能とする新たなスキルミオン(又はメロン)磁性材料及びこのスキルミオン(又はメロン)磁性材料を含むスキルミオン(又はメロン)デバイスを提供する。
【解決手段】一般式MX・・・(1)で表される組成物を主成分として含み、スキルミオン又はメロンを示す、磁性材料(式(1)中、Mは、Cr,V,Fe,Mn,Ru,Co及びTiからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、F,Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である)。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式MX・・・(1)で表される組成物を主成分として含み、
スキルミオン又はメロンを示す、磁性材料
(式(1)中、Mは、Cr,V,Fe,Mn,Ru,Co及びTiからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、F,Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である)。
【請求項2】
式(1)中、Mは、Cr、V,Fe及びMnからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、Clである、請求項1に記載の磁性材料。
【請求項3】
前記組成物は、FeClであり、
反強磁性メロン相を有する、請求項1に記載の磁性材料。
【請求項4】
組成物全体の磁気モーメントの大きさが実質的に0である、請求項1に記載の磁性材料。
【請求項5】
前記組成物の元素Mは、面内次近接サイト間及び面間次近接サイト間の少なくとも一方でジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼす、請求項1に記載の磁性材料。
【請求項6】
ファンデア・ワールス力で積層された2次元材料であり、空間反転対称性を有し、
磁性元素を含み、R-3、P-3、P3、P-6m2及びP-31mからなる群から選択されるいずれかの第1材料と、磁性元素を含み、R-3、P-3、P3、P-6m2及びP-31mからなる群から選択されるいずれかの材料であり、前記第1材料と異なる材料であるの第2材料と、前記第1材料で構成された層及び前記第2材料で構成された層を含む複数の層が積層されてなるヘテロ物質と、のうちのいずれかであり、
イオンがドーピングされている、請求項1に記載の磁性材料。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の磁性材料を備える、磁気デバイスであって、
前記磁気デバイスが、スキルミオンメモリ、メロンメモリ、スキルミオン量子ビット、スキルミオン量子コンピュータ、メロン量子ビット、メロン量子コンピュータ、スキルミオンニューロモルフィックコンピュータ、メロンニューロモルフィックコンピュータ、スキルミオン熱電素子、及び、メロン熱電素子のうちのいずれかである、磁気デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性材料及び磁気デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁性体の活用が注目されている。磁性体としては、CrClで示され、ハニカム構造を有する二次元層状物質等が知られている(例えば、非特許文献1)。非特許文献1には、CrClが配置される温度及び外部磁場の大きさに応じて、反強磁性、常磁性及び強磁性にその磁性が変化すると開示されている。また、CrClは、上記構造を有するため、反転対称性を示す。反転対称性を示す物質では、隣接する磁気モーメントの方向をずらし、磁気モーメントの空間的な構造にねじれを与えようとするジャロシンスキー・守谷相互作用の大きさが0であることが知られている。
【0003】
他の磁性体としては、電子のスピンがスキルミオンと呼ばれる渦巻き構造を作る磁性体が発見されている(例えば、特許文献1)。スキルミオンを示す磁性体としては、CuOSeO等の絶縁材料や、FeGe等の金属材料が知られている。他の磁性体としては、電子のスピンがメロンと呼ばれるスキルミオンの半分の渦を巻いた構造を作る磁性体が発見されている(例えば、非特許文献2)。メロンを示す磁性体としては、α-Fe等の材料が知られている。
【0004】
スキルミオンを示す組成物に対して電流又は電気勾配を印加すると、伝導電子はスキルミオンの創発磁場を受けてトポロジカルホール効果を示し、その反作用としてスキルミオンはホール運動を示す。スキルミオンは、上記ホール運動を利用して動かし、所定の範囲内においての存在の有無を制御することで、メモリとして活用されている。具体的には、磁性体の面内方向における所定の位置に安定部を設け、スキルミオンを示す磁性体に対して転送用電流を流すことでスキルミオンを転送し、安定部におけるスキルミオンの有無を1ビットの情報として記録するスキルミオンメモリが知られている。このように、スキルミオンメモリでは、スキルミオンのあるなしに対応させる形で、デジタル情報を載せられ、メモリとして活用されている。スキルミオンをメモリとして利用した際、スキルミオンの半径がその物質をメモリとして利用した際のメモリ密度に対応する。また、スキルミオンメモリは各種素粒子や放射線への耐性が強く、宇宙用のメモリデバイスとしても注目がされている。スキルミオンの転送に伴う省電力性、さらにはスキルミオンに対する非線形素子の存在からニューロモルフィックコンピューティングへの応用も期待されている。さらに、近年スキルミオンを用いた量子コンピュータへの応用も期待がなされている。スキルミオンの渦巻きの巻き方向(右ねじ方向、左ねじ方向)に1ビットの情報を対応させて、コンピュータの1ビットとして使おうという試みもなされている。さらには、それら渦巻きの重ね合わせ状態を生成し、制御することにより、量子コンピュータに用いられる量子ビットを実現することが可能であると、理論上、提案されている。また、スキルミオンは、熱電素子としても大きな注目を集めている。スキルミオン磁性材料に温度勾配がある場合、スキルミオンが作り出す創発磁場を受けて電子の軌道が曲げられて温度勾配と垂直方向に起電力が生じる。強力な創発磁場が生み出す巨大な熱電効果は大きな注目を集めている。
【0005】
スキルミオンが出現する材料は、空間反転対称性が破れた物質で構成されている必要があると考えられている。なぜなら、スキルミオンが出現するためには、ジャロシンスキー・守谷相互作用が有効に聞いている必要があると考えられているためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014-78560号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Michael A. McGuire et al. “PHYSICAL REVIEW MATERIALS” 1, 014001, (2017)
【非特許文献2】Hariom Jani et. al. “Nature” 590, 74-79 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スキルミオン・メロン磁性デバイスの発展の観点から、より構造の自由度の高いスキルミオン・メロン磁性材料が求められている。また、構造の高い自由度に加え、半導体・金属という自由度、さらにはスキルミオンの渦巻きの巻き方向自由度の制御が求められている。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされた発明であり、構造の自由度を高め得る新たなスキルミオン・メロン磁性材料及びこのスキルミオン・メロン磁性材料を含むスキルミオン・メロンデバイスを提供することを目的とする。また、同時に、構造の高い自由度に加え、半導体・金属という自由度を高め得る新たなスキルミオン・メロン磁性材料及びこのスキルミオン・メロン磁性材料を含むスキルミオン・メロンデバイスを提供することを目的とする。さらにはスキルミオンの渦巻きの巻き方向自由度の制御を可能にするスキルミオン・メロン磁性材料及びこのスキルミオン・メロン磁性材料を含むスキルミオン・メロンデバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、一般式MX(式中、Mは、Cr,V,Fe,Mn,Ru,Co及びTiからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、F,Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である)で表されている二次元層状組成物が、空間反転対称性を示すにも拘らず、ジャロシンスキー・守谷相互作用が有限な値をとること、及びスキルミオン又はメロンが出現することを見出した。二次元層状構造を持つことから、層数制御やヘテロ構造制御といった高い構造制御を可能とし、構造の自由度を高め得る材料を見出した。また、一般式MX中のMやXを適切に選ぶことにより、さらには(ドーパントや電界効果などを用い、)電子・ホールドープを行うことにより、半導体・金属という自由度の制御や、スキルミオンの渦巻きの巻き方向自由度の制御が可能であることを見出した。すなわち、本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を提供する。
【0011】
[1]一般式MX・・・(1)で表される組成物を主成分として含み、スキルミオン又はメロンを示す磁性材料(式(1)中、Mは、Cr,V,Fe,Mn,Ru,Co及びTiからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、F、Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である)。
【0012】
[2]式(1)中、Mは、Cr,V,Fe及びMnからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、Clである、上記[1]に記載の磁性材料。
【0013】
[3]前記組成物は、FeClであり、反強磁性メロン相を有する、上記[1]又は[2]に記載の磁性材料。
【0014】
[4]前記組成物全体の磁気モーメントの大きさが実質的に0である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の磁性材料。
【0015】
[5]前記組成物の元素Mは、面内次近接サイト間及び面間次近接サイト間の少なくとも一方でジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼす、上記[1]~[4]のいずれかに記載の磁性材料。
【0016】
[6]ファンデア・ワールス力で積層された2次元材料であり、空間反転対称性を有し、磁性元素を含み、R-3、P-3、P3、P-6m2及びP-31mからなる群から選択されるいずれかの第1材料と、磁性元素を含み、R-3、P-3、P3、P-6m2及びP-31mからなる群から選択されるいずれかの材料であり、前記第1材料と異なる材料である第2材料と、前記第1材料で構成された層及び前記第2材料で構成された層を含む複数の層が積層されてなるヘテロ物質と、のうちのいずれかであり、イオンがドーピングされている、上記[1]~[5]のいずれかに記載の磁性材料。
【0017】
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載のスキルミオン・メロン磁性材料であって、ドーパントや電界効果などを用いることにより、電子・ホールドープを行い、半導体・金属という自由度の制御や、スキルミオンの渦巻きの巻き方向自由度の制御が可能であるスキルミオン・メロン磁性デバイス。
【0018】
[8]上記[1]~[6]のいずれかに記載のスキルミオン・メロン磁性材料を備える磁気デバイスであって、前記磁気デバイスは、スキルミオンメモリ、メロンメモリ、スキルミオン量子ビット、スキルミオン量子コンピュータ、メロン量子ビット、メロン量子コンピュータ、スキルミオンニューロモルフィックコンピュータ、メロンニューロモルフィックコンピュータ、スキルミオン熱電素子、メロン熱電素子のいずれかであってもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、構造の自由度を高め得る新たなスキルミオン・メロン磁性材料及びこのスキルミオン・メロン磁性材料を含むスキルミオン・メロンデバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施形態に係る磁性材料で構成された磁性層に形成されたスキルミオンの模式図である。
図2】スキルミオンを説明する模式図である。
図3】スキルミオンとメロンの関係を説明する模式図である。
図4】ブロッホタイプスキルミオンのポラリティとヘリシティを説明する模式図である。
図5】スキルミオンタイプとジャロシンスキー・守谷相互作用の対応関係である。
図6】本発明の一実施形態のスキルミオン・メロン磁性材料構造を説明するための図である。
図7】本発明の一実施形態のスキルミオン・メロンデバイスの斜視図である。
図8】スキルミオン磁性材料を用いた量子ビットを説明するための図である。
図9】CrClに加わる異方的な交換相互作用及びジャロシンスキー・守谷相互作用のグラフである。
図10】CrClスキルミオン材料の磁気モーメント及び磁化感受率を示すグラフであって、ジャロシンスキー・守谷相互作用を含めた場合及び含めていない場合のそれぞれを示す。
図11】CrClスキルミオン材料の磁気モーメント及び磁化感受率の温度及び外部磁場依存性を示すグラフである。
図12】CrClスキルミオン材料の面内スナップショットである。
図13】VClスキルミオン材料に加わる異方的な交換相互作用及びジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。
図14】VClスキルミオン材料の磁気モーメン及びと磁化感受率を示すグラフである。
図15】VClスキルミオン材料の磁気モーメント及び磁化感受率の温度依存性及び外部磁場依存性を示すグラフである。
図16】VClスキルミオン材料の面内スナップショットである。
図17】VClスキルミオン材料において、面内次近接原子間の強磁性交換相互作用Jijを、3つの場合(密度汎関数(DFT)計算から得られる生の値に設定した時、ゼロにした時、DFTから得られる値の符号を変えたものに設定した時)の磁気モーメントと磁化感受率の温度依存性と外部磁場依存性を示すグラフを比較したものである。
図18】CrClとVClスキルミオン材料の違いを説明するためのである。
図19】FeClに加わる異方的な交換相互作用及びジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。
図20】FeClメロン材料の磁気モーメント及び磁化感受率を示すグラフである。
図21】FeClメロン材料の面内スナップショットである。
図22】FeClにおけるジャロシンスキー・守谷相互作用ベクトルを説明するための図である。
図23】MnClスキルミオン材料に加わる異方的な交換相互作用及びジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。
図24】MnClスキルミオン材料の磁気モーメント及び磁化感受率を示すグラフである。
図25】MnClスキルミオン材料の面内スナップショットである。
図26】CrBr及びCrIスキルミオン材料のジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態の一例について説明する。本発明は、以下の例に限定されない。
【0022】
[スキルミオン・メロン磁性材料]
本発明の実施形態に係る磁性材料は、一般式MX・・・(1)で表される組成物を主成分として含み、スキルミオンを示すスキルミオン磁性材料又はメロンを示すメロン磁性材料である。以下、スキルミオン材料及びメロン磁性材料を区別しない場合、スキルミオン材料及びメロン磁性材料を合わせて磁性材料と呼称する。
(式(1)中、Mは、Cr,V,Fe,Mn,Ru,Co及びTiからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、F,Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である。)
【0023】
図1は、本発明の一実施形態に係るスキルミオン・メロンデバイスの磁性層に形成されたスキルミオンの模式図である。図1において、スキルミオン(又はメロン)デバイスは、磁性層10から形成され、必要に応じて第1非磁性層11及び第2非磁性層12が磁性層10を挟み込むように積層された積層型磁気素子20のように形成されていても良い。
【0024】
スキルミオン磁性材料は、スキルミオンデバイスに活用可能なスキルミオンが出現する材料である。図2は、本発明の一実施形態のスキルミオン磁性材料が有するスキルミオンを説明する模式図である。図2(a)はブロッホタイプのスキルミオン、図2(b)はネールタイプのスキルミオン、図2(c)はアンチタイプのスキルミオンを示す。
【0025】
同様に、メロン磁性材料は、メロンデバイスに活用可能なメロンを出現する材料である。図3は、本発明の一実施形態のメロン磁性材料が有するメロンを説明する模式図である。図3(a)は、スキルミオン、図3(b)はメロン、図3(c)はアンチメロンを示す。アンチメロンは、広義のメロンの一種である。図3(a)下図はスキルミオンを構成する各スピンの緯度と経度を対応する球面上に配列したイメージ図である。これによって、1つのスキルミオンを構成するスピンは立体角4π全ての方向を向いていることを視覚的に示している。ここで、スピンの緯度は、スピンの面内方向成分を表し、スピンの経度は、面直方向成分を表す。
図3(b)下図及び図3(c)下図も同様に、メロン、アンチメロンを構成する各スピンの緯度と経度を対応する球面上に配置したイメージ図である。一方で、図3(b)下図、図3(c)下図において、メロンやアンチメロンが示すスピンの立体角を示している。図からわかるように、メロンやアンチメロンにおいては、立体角2πの方向を向いたスピンから構成されている。
【0026】
図2及び図3における各矢印は、スキルミオン又はメロンにおける磁気モーメントの向きを示す。x軸、y軸及びz軸は、互いに直交する。それぞれのスキルミオンは、あらゆる向きの磁気モーメントを有する。
【0027】
スキルミオンの中央部に位置する原子のスピンは+z方向成分を有し、その外周が-z方向成分を有するスピンで囲まれている。動径方向において、スピンが+z方向成分を有する原子及び-z方向成分を有する原子の間には、スピンがz方向成分を持たない原子が配列している。
【0028】
図2において、ブロッホタイプのスキルミオンは、磁化の回転面が動径方向と垂直である。すなわち、ブロッホタイプのスキルミオンにおいて、それぞれのスピンは、z方向を軸にxy面内でらせん構造を示す向きを向いている。ブロッホタイプのスキルミオンにおいて、中央部に位置するスピンは、+z成分又は-z成分を向き、中央部から離れるに従い、中央部と反対方向の成分が大きくなる。すなわち、中央部から動径方向に所定の範囲内に位置するスピンは、z方向に関し、中央部と同方向の成分を有し、中央部から動径方向に所定の距離以上に離れた原子のスピンは、z方向に関し、中央部と反対方向の成分を有する。これらの境界には、例えば、z方向成分が0のスピンを有する。このような構成であることで、ブロッホタイプのスキルミオンは、渦巻き構造に配列している。
ブロッホタイプのスキルミオンは、トポロジカル数「-1」を有する渦上の磁気構造体である。
ブロッホタイプのスキルミオンには、その渦の巻き方から4つのタイプのスキルミオンが存在する。図4では、その4つのブロッホタイプのスキルミオンを示す。図4の左上のブロッホタイプスキルミオンは、中央部のスピンが+z軸方向を向いている。図4左上に示す状態はpolarityという中心部のスピンの向き(+z軸方向を+1、-z軸方向を-1)を表すインデックスと、helicityという渦の向き(中央部スピンに対して右ネジの方向を+1、左ネジの方向を-1)を表すインデックスの組み合わせで書くと、polarity=+1、helicity=+1というインデックスで表される状態である。図4左上に示す状態は、中央部スピンに対して右ネジの方向に渦をまくL+とラベルされる。ブロッホタイプにはL+という状態以外にも、L-(polarity=-1、helicity=+1)、R+(polarity=+1、helicity=-1)、R-(polarity=-1、helicity=-1)という3つの種類のスキルミオンが存在する。LとRは互いに鏡面の関係にある。また、helicityはジャロシンスキー・守谷ベクトルと密接に関係し、図5のように、関係がある。図5は原子(丸で表されている)間に働くジャロシンスキー・守谷ベクトルを矢印で表している。ジャロシンスキー・守谷ベクトルが中央原子を向くように配置している場合、helicity=-1のブロッホタイプが出現し、ジャロシンスキー・守谷ベクトルが中央原子から遠ざかる向きに配置している場合、helicity=+1のブロッホタイプが出現する。このように、ジャロシンスキー・守谷ベクトルを見ることによって、どのタイプのスキルミオンが出現するかを見ることができる。
【0029】
図2のネールタイプのスキルミオンは、磁化の回転面が動径方向と平行である。また、ネールタイプのスキルミオンは、例えば、中央部近傍にz方向成分の大きいスピンを有し、中央部から離間するに従い、逆向きスピンの成分が大きくなり、中央部から所定の範囲以上離れたスピンは、中央部に位置するスピンとz方向に対して反対に向くスピンを有する。ネールタイプのスキルミオンは、トポロジカル数「-1」を有する放射状の磁気構造体である。また、ネールタイプのスキルミオンの出現と、ジャロシンスキー・守谷ベクトルとは密接に関係し、図5のように、関係がある。図5は原子(丸で表されている)間に働くジャロシンスキー・守谷ベクトルを矢印で表している。ジャロシンスキー・守谷ベクトルが2つの原子の線分に対して直行する方向で、かつ渦を巻くように配置している場合、ネールタイプが出現する。
【0030】
図2のアンチタイプのスキルミオンは、例えば、面内方向に約1/8回転する毎にらせん型とサイクロイド型が交互に入れ替わり、1/4回転する毎にスピンの回転方向が反転している。アンチタイプのスキルミオンは、トポロジカル数「+1」を有する渦状の磁気構造体である。また、アンチタイプのスキルミオンの出現と、ジャロシンスキー・守谷ベクトルとは密接に関係し、図5のように、関係がある。図5は原子(丸で表されている)間に働くジャロシンスキー・守谷ベクトルを矢印で表している。ジャロシンスキー・守谷ベクトルが図5のように隣り合う2つのベクトル同士で向き合う方向、または反発する方向を向くように配置している場合、アンチタイプが出現する。
【0031】
図3(左図)は、スキルミオンに現れるスピンの向きを球面上に配置したもので、立体角全方位を向いたスピンが存在していることを示している。スキルミオンは、外周部の磁化がすべて略同一方向を向いて閉じた磁気構造である。一方で、メロン、アンチメロンと呼ばれるスピン配列を図3(a)(b)において示している。メロンでは、スキルミオンと異なり、立体角2πの南半球、及び北半球の方向のみを持つスピンだけが存在する。メロンは、外周部の磁化がすべて略同一面内方向(赤道軸方向)を向いて閉じた磁気構造である。
【0032】
本発明の一実施形態に係る磁性材料に拠れば、そのスキルミオン又はメロンの直径λを小さくできる。スキルミオンの直径、メロンの直径は、それぞれスキルミオン径、メロン径と呼称される。スキルミオン径λは、例えば、スキルミオンの中心部から測って、外側に広がる同一方向を持ったスピンに到達するまでの長さ距離の2倍である。メロン径λは、例えば、メロンの中心部から測って、外側に広がる面内方向成分からなり、面直成分を有さないスピンに到達するまでの長さ距離の2倍である。本実施形態に係る磁性材料は、例えば、スキルミオン径又はメロン径が20nm以下であり、10nm以下であることが好ましく、5nm以下であることがより好ましい。
【0033】
本発明の一実施形態に係る磁性材料は、例えば、上記のようなスキルミオン又はメロンを有するにも拘らず、それぞれの原子のスピンの向きが異なっていることで相殺されるため、外部磁場のない状況下において、組成物全体の磁気モーメントの大きさが実質的に0であるものを一部に含む。組成物全体の磁気モーメントの大きさが実質的に0であるものとは、磁気配列がインコメンシュレート相となっていることを意味する。すなわち、外部磁場のない状況下において、組成物全体の磁気モーメントが0の組成物も、0でない組成物もあり得る。
【0034】
本発明の実施形態に係る磁性材料は、上記の通り、一般式MX・・・(1)で表される組成物を主成分として含む。上記式(1)中、Mは、Cr,V,Fe,Mn,Ru,Co及びTiからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xは、F,Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である。このような磁性材料では、組成物の元素Mのiサイトと、iサイトからの距離dが所定の範囲であるjサイトと、の間には、以下の式(2)で表されるジャロシンスキー・守谷相互作用が所定の大きさを持つ。本発明の実施形態に係る磁性材料では、ジャロシンスキー・守谷相互作用が生じることで、スキルミオン又はメロンが出現する。
【0035】
【数1】
【0036】
本実施形態に係る磁性材料は、上記式(1)中、Mが、Cr,V,Co,Fe及びMnからなる群から選択されるいずれかの遷移金属元素であり、Xが、F,Cl,Br及びIからなる群から選択されるいずれかのハロゲン元素である。このような元素の組合せであることで、磁性材料は、空間反転対称性を有するにも拘らず、ジャロシンスキー・守谷相互作用が有限の値をとり、スキルミオン又はメロンが出現する。上記式(1)において、Xが、Clであることが好ましく、Mが、Cr又はVであることがより好ましい。本実施形態に係る磁性がこのような元素の組合せであることで、ジャロシンスキー・守谷相互作用が大きくなり、スキルミオン密度及び/又はメロン密度を高くできる。本実施形態に係る磁性材料は、スキルミオン及びメロンの一方を示す場合も、両方を示す場合もある。尚、本実施形態において、有限の値とは、0でない値を意味する。
【0037】
磁性材料は、スキルミオン径又はメロン径を小さくし、スキルミオン密度又はメロン密度を高める観点から、CrCl又はVClを主成分として有することが好ましい。これらのいずれかの材料を主成分として含む磁性材料を用いてスキルミオンデバイス又はメロンデバイスを形成することで、例えばメモリへの応用を考えると、高メモリ容量のスキルミオンメモリ又はメロンメモリを実現しやすい。
【0038】
メロン磁性材料は、FeClを主成分として含む場合、反強磁性メロン相を実現できるため好ましい。反強磁性メロン相において、隣り合うスピンは、それぞれ反対方向を向く。反強磁性メロン相では、電流又は電圧勾配を印加した際に、ホール効果の大きさがつり合い、駆動方向が直進方向となり、制御しやすい。
【0039】
一実施形態において、一般式MX・・・(1)で表される組成物を主成分として含むとは、磁性材料におけるMXが、重量比で、例えば、70wt%以上であることを意味する。磁性材料における上記式(1)で表される組成物の重量比は、80wt%以上であることが好ましく、理想的には実質的に100wt%である。磁性材料は、上記式(1)で表される組成物の他に、後述するドーパントや、M以外の遷移金属元素などを含んでいてもよい。
【0040】
一実施形態の磁性材料は、金属又は半導体である。上記式(1)で表される組成物のうち、半導体である組成物は、MがCrであるもの(CrCl3、CrBr3、CrI3、CrF3)、及び、XがFであるもの(VF3、FeF3、及びMnF3)である。上記式(1)で表される組成物のうち、金属である組成物は、上記以外の物質である。
【0041】
磁性材料が主成分として半導体を含む場合、上記式(1)で表される組成物は、ドーピングされていてもよい。例えば、式(1)のM元素以外のいずれかの遷移金属元素のイオンがドーピングされていてもよい。また、式(1)のM元素自身がセルフドーピングされていてもよい。すなわち、元素Mや元素Xがドーピング元素として働き、面間にインターカレートされていてもよい。主成分として半導体を含む磁性材料は、磁性半導体であるため、スピントロニクスとしての利用が可能であり、さらには磁場応答が期待される。さらに、主成分として半導体を含む磁性材料は、元素置換や電界効果によるキャリア制御が可能となる。従って、磁気モーメントの制御、スキルミオン(又はメロン)サイズの制御、キュリー温度の制御や、helicityの制御、異なるタイプのスキルミオン(又はメロン)(ブロッホ、ネール、アンチ)への変換が可能になると考えられる。また、キャリアドーピングによる熱電材料としての応用も期待される。ドーピングとしては、式(1)の元素置換、または面間へのインターカレーションの方法がある。
【0042】
一般式MX・・・(1)で表される組成物は、二次元層状物質が積層された二次元積層構造をとる。図6は、本発明の一実施形態の磁性材料の構造を説明するための図であり、二次元積層構造のうちの一層の一部を拡大して示す。図6(a)は、上記組成物におけるM元素及びX元素の配列を示し、図6(b)は、M元素のみを抜粋した図である。
【0043】
図6に示される通り、一般式MX・・・(1)で表される組成物において、M元素は、六員環状に配列している。例えば、6つのM原子M~Mが六員環を形成するように結合されている。また、一般式MX・・・(1)で表される組成物において、X元素は、それぞれのM元素の周囲に配列する。X元素は、M元素が作る面に対して上下互い違いに配置する。一般式MX・・・(1)で表される組成物では、M元素及びX元素がそれぞれ上記の通りに配列する周期構造が面内方向に広がり、それぞれハニカム構造を形成する。また、重要な点として、空間反転対称性を有する。一般式MX・・・(1)で表される組成物は、積層方向に隣り合う層状物質において、M元素及びX元素のそれぞれが互い違いになるように配列されている。
【0044】
六員環を形成するM原子M~Mのうち、任意のM原子であるM原子に対して、M原子及びM原子は面内最近接サイトに位置し、M原子及びM原子は面内次近接サイトに位置し、M原子は面内次々近接サイトに位置する。面内最近接サイト、面内次近接サイト、面内次々近接サイトは、それぞれ、第1近接サイト、第2近接サイト、第3近接サイトと呼称される場合がある。図6(b)において、面内最近接サイト間距離は符号d1で示され、面内次近接サイト間距離は符号d2で示され、面内次々近接サイト間距離は符号d3で示される。六員環を構成するM原子M~Mのそれぞれの間の距離は、上記距離d1、d2、d3のいずれかの値をとる。
【0045】
式(1)で表される組成物において、元素Mは、面内次近接サイト間で、ジャロシンスキー・守谷相互作用Dijを及ぼす。例えば、M原子及びM原子間、M原子及びM原子間におけるジャロシンスキー・守谷相互作用は、有限の値をとる。ジャロシンスキー・守谷相互作用Dijは、互いのスピンを垂直に捩じる力である。
【0046】
本発明の一実施形態に係る磁性材料において、式(1)で表される組成物の元素Mのiサイトと、jサイトと、の距離をd、面内格子定数をa、式(1)で表される組成物の元素Mのiサイト及びjサイトに関するジャロシンスキー・守谷相互作用をDij、としたときに、面内格子定数に対する元素Mのiサイト-jサイト間距離の比d/aが0.8~1.2である範囲でDijがピークを有し、0.95~1.05である範囲でピークを有していてもよい。
理想的なハニカム構造において、面内最近接サイト間距離の上記比は、0.577であり、面間最近接サイト間距離の上記比は、0.960であり、面内次近接サイト間距離の上記比は、1.000であり、面間次近接サイト間距離の上記比は、1.121である。ここで、面間次近接サイト間距離は、積層方向に隣接する層に位置するサイト間の距離であって、2番目に近接するサイト間の距離である。
本実施形態に係る磁性材料は、例えば、ファンデア・ワールス力で積層された2次元材料であり、空間反転対称性を有し、以下に規定される第1材料、第2材料、及びヘテロ物質から選択されるいずれかであって、イオンがドーピングされている。第1材料は、例えば、磁性元素を含み、R-3、P-3、P3、P-6m2及びP-31mからなる群から選択されるいずれかである。第2材料は、例えば、磁性元素を含み、R-3、P-3、P3、P-6m2及びP-31mからなる群から選択されるいずれかの材料であり、前記第1材料と異なる材料である。ヘテロ物質は、例えば、前記第1材料からなる層及び前記第2材料からなる層を含む複数の層が積層されてなるヘテロ物質と、のうちのいずれかである。
【0047】
本発明の一実施形態に係る磁性材料によれば、空間反転対称性を有するにも拘らず、所定の距離のM原子間にジャロシンスキー・守谷相互作用が及ぼされることで、スキルミオン又はメロンが出現することができる。従って、本発明の一実施形態によれば、スキルミオン又はメロンを示し、構造の自由度を高め得る新たな磁性材料を提供することができる。例えば、一実施形態に係る磁性材料が、ファンデア・ワールス力から構成される2次元物質であることから、それらの積層数や積層構造制御、さらにはそれらのヘテロ構造制御を通じ、構造の自由度を高めることができることを特徴として有している。さらには、本実施形態に係る磁性材料は、二次元層状構造を有することから、ドーピング手段としては、式(1)で表される組成物に対し、式(1)のM元素以外のいずれかの遷移金属元素のイオンがドーピングされる元素置換による方法の他、面間へのインターカレーションの方法がある。面間へのインターカレーションの場合は、式(1)で表されるM元素自身のセルフドーピングであっても良い。また、本実施形態に係る磁性材料は二次元層状物質であることから、例えば、表面において未結合手が出現することなく、安定な表面構造を作製することができる点も特徴として有する。また、空間反転対称性を有することが特徴の1つであり、そのために、スキルミオンの渦巻きの巻方向の異なる自由度(ヘリシティ)の共存が可能である。これは異なるヘリシティにビットの情報を乗せることができることを意味する。
【0048】
[スキルミオン・メロン磁性材料の製造方法]
本実施形態に係る磁性材料は、例えば、一般式MXで表される組成物で構成された多結晶又は粉末前駆体を再結晶化することで形成される。再結晶化は、例えば、化学気相輸送法により行うことができる。
【0049】
CrCl単結晶を作製する方法の例としては、CrCl多結晶及び半導体ウェハを石英管に封入し、真空下、原料温度650℃、成長温度550℃で7日間加熱する温度条件などで加熱し、化学気相輸送成長する方法が挙げられる。
【0050】
VBr単結晶を作製する方法の例としては、シリカチューブを封入した粉末前駆体VBrを傾斜型水平管状炉に載置し、真空下、高温端480℃、低温端350℃で2週間加熱する温度条件などで加熱し、化学気相輸送成長する方法が挙げられる。
【0051】
半導体MXにドーパントを注入する場合、例えば、拡散又はイオン注入を利用した技術で、ドーパントを含む半導体であるスキルミオン(又はメロン)磁性材料を形成することができる。拡散は、上記半導体ウェハを炉に入れ、ドーパントを含んだ不活性ガスを流しながら加熱処理を行うことにより実現される。また、イオン注入は、イオン注入装置を用いて不純物をイオン化、及び加速し、半導体にドーピングを行う方法である。
【0052】
[スキルミオン・メロンメモリ]
図7は、本発明の一実施形態に係るスキルミオンデバイス又はメロンデバイスとしてのメモリの斜視図である。図7には、デバイスがスキルミオン磁性材料を備えるスキルミオンメモリである例を示すが、デバイスはメロン磁性材料を備えるメロンメモリであってもよい。
図7に示されるスキルミオンメモリ100は、上記実施形態に係るスキルミオン磁性材料を備える。スキルミオンメモリ100は、スキルミオン磁性材料で構成された層におけるスキルミオンSの有無に対応して1ビットの情報を記録する。
【0053】
スキルミオンメモリ100は、例えば、積層型磁気素子20、磁場発生部30、検出素子40、測定部50及びコイル配線60を備える。
【0054】
積層型磁気素子20は、例えば、積層方向に重なる第1非磁性層11、磁性層10及び第2非磁性層12を備える。磁性層10は、例えば、上記実施形態に係るスキルミオン磁性材料で構成されている。積層型磁気素子20は、スキルミオンメモリの構成に応じて、磁性層10からなる構成であってもよい。
【0055】
磁場発生部30は、積層型磁気素子20と重なるように配置される。磁場発生部30は、磁場の印加により、スキルミオンSの生成及び消去を制御する。また、磁場発生部30は、必要に応じて、外部電場をかけてスキルミオンの磁気モーメントの制御、スキルミオンサイズの制御、キュリー温度の制御や、helicityの制御、異なるタイプのスキルミオン(ブロッホ、ネール、アンチ)への変換が可能になるように、外部磁場や外部電場や温度が制御された環境下に配置されていても良い。実際に温度を制御することにより、磁気モーメントの大きさを変えることが出来、外部磁場を適切に制御することによりスキルミオンサイズが変わることは、後述する実施例から確認される。また、外部電場を制御することにより、電子ドーピングを実施することができ、キュリー温度がドーピングによって変化することは、よく知られた事実であることから(非特許文献:Appl. Phys. Lett. 81, 1276 (2002).)、外部電場によってキュリー温度を変えることも可能である。外部電場を制御することにより、電子ドーピングを実施することができ、helicityの制御や異なるタイプのスキルミオン(ブロッホ・ネール・アンチ)への変換が出来ることは、後述する実施例から確認される。
【0056】
コイル配線60は、スキルミオン制御部の一部であり、スキルミオンSの生成及び消去を制御する。コイル配線60は、積層型磁気素子20の一面において、積層型磁気素子20の端部を含む領域を囲む。コイル配線60は、例えばU字型に形成されたコイルである。コイル配線60を電流印加用電源(不図示)から電流を印加することで、積層型磁気素子20に対して磁場を発生させる。
【0057】
測定部50は、例えば測定用電源51及び電流計52を備える。測定用電源51は、積層型磁気素子20及び検出素子40と接続する。測定部50は、積層型磁気素子20-スキルミオン検出素子40間に電流を印加し、これらの間の抵抗値を測定する。このように積層型磁気素子20の抵抗値を算出するために、積層型磁気素子20は、測定部と電気的に接続する第1電極及び第2電極(不図示)に挟まれる構成であってもよい。
【0058】
スキルミオン検出素子40は、例えば、積層型磁気素子20に面する非磁性体薄膜41、及び非磁性体薄膜41と接する磁性体金属42を備える。スキルミオン検出素子40は、例えば積層型磁気素子20から離間した側における端部が測定部50と接続している。スキルミオン検出素子40は、積層型磁気素子20にスキルミオンSが存在すると高抵抗になり、スキルミオンSが存在しないと低抵抗になる。スキルミオンメモリ100において、スキルミオン検出素子40の高抵抗/低抵抗は、「1」/「0」に対応する。このように、スキルミオン検出素子40は、積層型磁気素子20のスキルミオンSの有無を検出し、スキルミオン検知用磁気センサとして機能する。
【0059】
磁場発生部30は、例えば、積層型磁気素子20と重なるように設けられており、積層型磁気素子20に対し、スキルミオン検出素子40と反対側に設けられている。磁場発生部30は、複数の部材で構成されていてもよい。
【0060】
スキルミオンSの生成の際、例えば、磁場発生部30は、積層型磁気素子20に向かう方向に磁場を印加し、コイル配線60は、図7に示される向きに電流Iを流す。コイル配線60に対して、図7に示される向きに電流Iを流すと、積層型磁気素子20に向かう向き(-z方向)に磁場が発生する。この結果、磁場発生部30から積層型磁気素子20に向かう方向(+z方向)の磁場が局所的に弱められ、積層型磁気素子20にスキルミオンSが生成される。積層型磁気素子からスキルミオンSを消去する際は、例えば、磁場発生部30から+z方向に磁場を印加するとともに、コイル配線60に対してスキルミオン生成の際と反対方向に電流を印加する。
【0061】
スキルミオンメモリ100は、例えば、スキルミオン磁性材料の両側に配置された第1電極及び第2電極(不図示)を有し、第1電極及び第2電極間に電流を流す、或いは、第1電極及び第2電極間に電位差を与え、電場を印加することで、磁性層10に形成されたスキルミオンを駆動することができる。
【0062】
(変形例)
本発明は、上記実施形態に係るスキルミオンメモリ100に限定されず、特許請求の範囲に記載された要旨の範囲内で適宜変更することができる。例えば、磁性層10を形成する材料をスキルミオン磁性材料からメロン磁性材料に代替し、メロンメモリとしてもよい。メロンメモリにおけるメロンの出現、制御及び駆動等は、スキルミオンメモリ100と同様にして行うことができる。
【0063】
また、上記実施形態に係る磁性材料は、スキルミオンメモリ及びメロンメモリの他、スキルミオン量子ビット、スキルミオン量子コンピュータ、メロン量子ビット、メロン量子コンピュータ、スキルミオンニューロモルフィックコンピュータ、メロンニューロモルフィックコンピュータ、スキルミオン熱電素子、メロン熱電素子への転用も可能である。これらの磁気デバイスは、上記実施形態に係る磁性材料を備えているため、構造の自由度が高い。
【0064】
図8に本発明の一実施形態に係るスキルミオン量子ビットを説明するための図を示す。
図8に示されるスキルミオン(又はメロン)量子ビットは、スキルミオン(又はメロン)磁性材料で構成され、外部から電場などの電界効果により例えば電子、又はホールドープが可能となっている。図8は、スキルミオン量子ビットの斜視模式図である。図8に示される積層型磁気素子70は、上記実施形態に係るスキルミオン磁性材料又はメロン磁性材料を含む磁性ナノディスク層4を備えており、磁性ナノディスク層4はスキルミオンが好ましくは数個、さらに好ましくは1個のみ存在できるようなサイズで設計されている。また、積層型磁気素子70は、例えば、不図示の外部磁場発生装置を備えており、当該外部磁場発生装置により、ナノディスク4に対して面直方向に外部磁場Hが発生される。積層型磁気素子70は、例えば、外部磁場Hにより、磁性ナノディスク層4にスキルミオンが発生されるように設計されている。積層型磁気素子70において磁性ナノディスク層4は、例えば、電気的に直列に接続した積層方向に重なる正極2、及び負極1に挟まれた構造を有する。スキルミオン積層型磁気素子70は、このような構成を備えるため、正極2及び負極1の間に電場Eを印加することが出来、磁性ナノディスク層4の層間において電荷移動が起こり、ジャロシンスキー・守谷相互作用が変調される。そのため、磁性ナノディスク層4のスキルミオン又はメロンのヘリシティが制御されるようになる。ここでは、電荷移動による磁性ナノディスク層4のヘリシティ制御が図示されているが、他にも正極2及び負極1の間に電場を印加された状況でスピン流を磁性ナノディスク層4に流すことによってもヘリシティを制御することもできる。(非特許文献:J. Xia, et. al., arXiv:2204.04589 (2022).)スキルミオン積層型磁気素子は、そのように設計されていても良い。ヘリシティを0、1のデジタル情報と対応づけ、またそれらの重ね合わせ状態を作り出すことにより、量子演算や量子メモリとしての機能することができる。スキルミオン積層型磁気素子70は、不図示のスキルミオンヘリシティ検出部を備え、磁性ナノディスク層4に生じたスキルミオンのヘリシティを検出する。スキルミオンヘリシティ検出部は、一例としてローレンツ透過電子顕微鏡から構成することができる。(非特許文献:K. Shibata, et. al., Nature Nanotechnology 8, 723 (2013).)
【0065】
スキルミオン(又はメロン)ビットは、例えば、スキルミオン(又はメロン)磁性材料(磁性ナノディスク層4に含まれる)、電場発生部(負極1、正極2、及び、電源3)、磁場発生部(不図示)、スキルミオン(又はメロン)ヘリシティ検出部(不図示)を備える。
【実施例0066】
以下、本発明の実施例を説明する。本発明は、以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0067】
[実施例1]
実施例1として、CrClをシミュレーションにより再現し、その物性を評価した。シミュレーションには、ジャロシンスキー・守谷相互作用とスピン軌道相互作用を取り入れたDFT(Density-Functional Theory)コードを用いた。また、その後、下式(3)で示される古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンに対して、モンテカルロ計算を行い、物理量計算を行った。
【0068】
具体的には、以下の式(3)で示される古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンのそれぞれの係数について、密度汎関数計算(DFT計算)をしてシミュレーションすることで、CrClを再現した。
【0069】
【数2】
【0070】
上記式(3)において、S及びSは、それぞれiサイト及びjサイトのスピン、Jijは、iサイト及びjサイト間での強磁性交換相互作用の大きさ、Dijは、iサイト及びjサイト間でのジャロシンスキー・守谷相互作用の大きさ、kは磁気異方性相互作用の大きさ、gはg因子、μはボーア磁子を表す。
【0071】
図9は、算出した強磁性交換相互作用の大きさ及びジャロシンスキー・守谷相互作用の大きさを示すグラフである。図9における横軸は、CrClの面内格子定数aに対する測定したCr原子間距離dの比(d/a)を示す。
【0072】
図9(a)に示される通り、Cl-Cl間、及びCr-Cl間の強磁性交換相互作用の大きさは、原子間距離に拠らず0であった。また、Cr-Cr間の強磁性交換相互作用の大きさは、確認した原子間距離dが面内格子定数a未満であるとき、正の大きな値をとるのに対し、距離dが面内格子定数a以上であるときは、0に近い値をとることが確認された。特に、距離dが面内格子定数aと等しいときに、強磁性交換相互作用の大きさが負になっていることが示された。
【0073】
図9(b)に示される通り、空間反転対称性を有する二次元層状物質であるCrClでは、これまでジャロシンスキー・守谷相互作用は0であると思われていたところ、原子サイトの組合せによっては、有限の値をとることが確認された。具体的には、実施例1において、ジャロシンスキー・守谷相互作用は、上記比(d/a)が0.95~1.05である範囲で有限の値をとる。すなわち、CrClにおいて、Cr元素は、面内次近接サイト間及び面間次近接サイト間で、ジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼす。実施例1は、上記比(d/a)が0.8~1.2である範囲でDijがピークを有する。
【0074】
上記式(3)で示される古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンについて以下の式(4)により、磁気異方性エネルギー(MAE)を算出した。
【0075】
【数3】
【0076】
上記式(4)において、H[axis 1]及びH[axis 2]は、それぞれ外部磁場の向きが磁性材料の磁化容易軸(axis1)方向と同じ向きであるときの外部磁場、磁化困難軸(axis2)方向と同じ向きであり、かつ磁気モーメントがMとなるときの外部磁場を表し、Msは磁性材料の飽和磁気モーメントを表す。
【0077】
実施例1におけるCr元素の磁気異方性エネルギーは、CrCl組成あたりでいくと、0.034(meV/CrCl組成)であった。
【0078】
次いで、実施例1のスキルミオン磁性材料CrCl全体の磁気モーメントMを算出した。磁気モーメントMの算出は、面内全域にわたってCr原子における磁気モーメントの総和を算出することにより求めた。尚、磁気モーメントMの算出には、上記式(3)の第2項に対応するジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮した場合(With DMI)、及びジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮せず、0とした場合(Switch off DMI)のそれぞれに対して算出した。
【0079】
図10(a)にジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮した場合の磁気モーメントMのグラフを示し、図10(b)にジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮しなかった場合の磁気モーメントMのグラフを示す。図10(a)及び(b)を対比すると、低温環境下での挙動がことなっており、CrClにおいて、ジャロシンスキー・守谷相互作用は、スキルミオン磁性材料全体の磁気モーメントに対して影響を及ぼしていることがわかる。すなわち、CrClは、反転対称性を有するのにもかかわらず、ジャロシンスキー・守谷相互作用が重要な影響を与えていることがわかる。図10中、灰色の線は、磁化感受率χを示し、黒色の線は、自発磁気モーメントを示す。
【0080】
次いで、図10に示す磁気モーメントMのグラフの算出方法と同様の方法で、所定の温度、[001]方向の外部磁場条件下における、それぞれの磁気モーメント(μB/Cr-atom/f.u.)を算出した。図11(a)は、所定の温度、所定の外部磁場条件下において、[001]のそれぞれの磁気モーメントを示すカラーマップである。図11(a)において、磁気モーメントMの大きいデータは濃く示し、磁気モーメントMの小さいデータは薄く示す。
【0081】
図11(b)は、所定の温度、所定の外部磁場条件下において、それぞれの磁化感受率を示すカラーマップである。図11(b)において、磁化感受率の大きいデータは濃く示し、小さいデータは薄く示す。図11(b)では、説明の便宜上、各温度及び外部磁場環境における磁性材料の磁性を示す。計算では、40K以下の温度領域において、1T以下にインコメンシュレート(IC)相、1T以上6T以下の領域近傍にスキルミオン(SkL)相が広がっていることが、磁化感受率及び各相のスピン秩序構造より示された。それよりも強磁場環境下では強磁性(FM)相へと、40K以上の温度領域では常磁性(PM)相が広がっていることがわかった。上記計算による結果から、40K未満の低温領域、有限磁場環境下においてスキルミオン相が出現していることが明らかとなった。ここで、IC相は、周期に対して非整合なスピン構造を持つ相である。
【0082】
式(3)で示される古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンに対して、64×64×16のスーパーセルに対してモンテカルロ計算を行い、百万回ステップ熱処理を行うことにより熱平衡化状態を実現し、その後、得られた熱平衡化状態に対して物理量を計算するために百万回ステップの物理量計算測定を行った。上記百万回ステップの物理量計算測定後のスピン状態を面内スナップショットとして撮影し、観察を行った。図12(a)~(d)は、面内方向に広がるCrClのスピン配列の面内スナップショットである。図12(a)は、温度が10Kであり、外部磁場の磁束密度が0Tである環境下でのCrClのスピン配列の面内スナップショットを示し、図12(b)は、温度10K、外部磁場2Tの磁場([001]方向)環境下でのCrClのスピン配列の面内スナップショットを示し図12(c)は、温度10K、外部磁場4T([001]方向)環境下でのCrClのスピン配列の面内スナップショットを示し、図12(d)は、温度10Kで外部磁場4Tの磁場([00-1]方向)環境下でのCrClのスピン配列の面内スナップショットを示す。
【0083】
図12(a)~図12(d)において、+c方向の成分を有するスピンは灰色で表され、-c方向の成分を有するスピンは黒色で表される。図12(a)~図12(d)に示される通り、CrClスキルミオン磁性材料は、+c方向の成分を有するスピンの領域及び-c方向の成分を有するスピンの領域を有していることがわかる。図12(a)に示されるゼロ磁場下において、+c方向の成分を有するスピン及び-c方向の成分を有するスピンの比率は、実質的に1:1であった。次に、図12(b)に示される10Kで2Tの磁場([001]方向)下において、-c方向の成分を有するスピンの領域が+c方向の成分を有するスピンの領域に囲まれ、スキルミオンが出現していることが確認された。また、それは時計回りのブロッホタイプであることがわかった。同様に、図12(c)に示される10Kで4Tの磁場([001]方向)下において、-c方向の成分を有するスピンの領域が+c方向の成分を有するスピンの領域に囲まれ、スキルミオンが出現していることが確認された。また、2Tの場合と比べると、スキルミオンの直径が小さくなっていることがわかった。このことから、外部磁場の大きさにより、スキルミオン径λは、制御されることがわかった。一方で、図12(d)に示される10Kで4Tの磁場([00-1]方向)下において、+c方向の成分を有するスピンの領域が-c方向の成分を有するスピンの領域に囲まれ、図12(c)とポラリティの異なる(helicityは不変)スキルミオンが出現していることが確認された。図12(a)~図12(d)において、スピンのc軸方向成分が略同一であるスキルミオンの一端から該一端と対向する他端までの距離に対応するスキルミオン径λは、4nm程度であった。これは、これまで報告されたスキルミオン径の中でも最小径である。
【0084】
[実施例2]
再現するスキルミオン磁性材料をVClに変更したことを除き、実施例1と同様の方法でスキルミオン磁性材料を再現し、その物性を評価した。
【0085】
図13は、VClのスキルミオン磁性材料に加わる異方的な交換相互作用及びジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。図13(a)に示される通り、V-V間の強磁性交換相互作用は、有限の大きさを持ち、VClの面内格子定数aに対する測定したV原子間距離dの比(d/a)が0.9以上であると、0に近い値をとることが確認された。理想的なハニカム格子において、V原子間距離dが面内格子定数aと等しくなる、面内次近接原子間距離にある時に、強磁性交換相互作用は負となっていることがわかった。また、図13(b)に示される通り、空間反転対称性を有する構造であるにも関わらず、ジャロシンスキー・守谷相互作用は、上記比(d/a)が0.95~1.15である範囲で有限の値をとる。すなわち、VClにおいて、V元素は、面内次近接サイト間及び面間次近接サイト間で、ジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼす。また実施例2は、実施例1と同様、上記比(d/a)が0.8~1.2である範囲で、ジャロシンスキー・守谷相互作用Dijがピークを有する。
【0086】
図14は、VClのスキルミオン磁性材料の磁気モーメント及び磁化感受率χを示すグラフである。図14には、ジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮した場合のVClスキルミオン磁性材料全体の磁気モーメントが示されている。図14中、灰色の線は、磁化感受率χを示し、黒色の線は、自発磁気モーメントを示す。
【0087】
図15(a)は、所定の温度、所定の外部磁場条件下において、[001]のそれぞれの磁気モーメントを示すカラーマップである。図15(a)において、磁気モーメントMの大きいデータは濃く示し、磁気モーメントMの小さいデータは薄く示す。図15(b)は、所定の温度、所定の外部磁場条件下において、それぞれの磁化感受率を示すカラーマップである。計算では、70K以下の温度領域において、1T以下にインコメンシュレート相、1T以上10T以下の領域近傍にスキルミオン相が、磁化感受率χ及び各相のスピン秩序構造より広がっていることが示された。10Tよりも強磁場環境下では強磁性相へと、70K以上の温度領域では常磁性相が広がっていることがわかった。計算による結果から、70K未満の低温領域、有限磁場環境下においてスキルミオン相が出現していることが明らかとなった。
【0088】
図16(a)~図16(d)は、VClの面内スナップショットである。図16(a)~図16(d)に示される通り、実施例2であっても、実施例1と1点を除き類似した結果が得られた。図16(a)~図16(d)においては、10Kであり、2Tであるインコメンシュレート相と、10Kで6Tの磁場([001]方向)下、10Kで8Tの磁場([001]方向)下を示している。実施例1に対して実施例2が異なる点としては、スキルミオンの渦の巻き方が逆である点が挙げられる。渦の巻き方は、面内スナップショットを拡大することにより、目視することができる。
【0089】
図16において、+c方向の成分を有するスピンは灰色で表され、-c方向の成分を有するスピンは黒色で表される。図16(a)~(c)に示される通り、VClスキルミオン磁性材料は、+c方向の成分を有するスピンの領域及び-c方向の成分を有するスピンの領域を有していることがわかる。図16(a)に示される、ゼロ磁場下において、+c方向の成分を有するスピン及び-c方向の成分を有するスピンの比率は、実質的に1:1であった。次に、図16(b)に示される、10Kで6Tの磁場([001]方向)下において、-c方向の成分を有するスピンの領域が+c方向の成分を有するスピンの領域に囲まれ、スキルミオンが出現していることが確認された。同様に、図16(c)に示される、10Kで8Tの磁場([001]方向)下において、-c方向の成分を有するスピンの領域が+c方向の成分を有するスピンの領域に囲まれ、スキルミオンが出現していることが確認された。また、図16(b)に示される6Tの場合と比べると、スキルミオンの直径が小さくなっていることがわかった。このことから、スキルミオン径が外部磁場の大きさに依存するため、外部磁場により制御できることがわかる。図16(c)において、スピンのc軸方向成分が略同一であるスキルミオンの一端から該一端と対向する他端までの距離に対応するスキルミオン径λは、5nm程度であった。これは、CrClの場合と比べると大きいものの、依然として世界最小径クラスのものである。ここで、注目すべき事柄として、反時計回りのブロッホタイプであることがわかった。これは、CrClの場合と逆向き、つまりヘリシティの異なるスキルミオンであることがわかった。CrClの場合と、VClとを比較した際、CrはVよりも原子番号の1つだけ大きな元素であり、Crにホールドープする、又はVに電子ドープすることによりヘリシティが変えられることを意味する。このように、異なるヘリシティが同じ対称性を持つ物質中で実現しうるのは、空間反転対称性に由来する大きな特徴である。図16(d)は、詳細を後述するが、面内次近接原子間強磁性相互作用Jijを0にして計算したときの面内スナップショットを示す。図13(a)において、面内次近接原子間強磁性相互作用Jijが負であったことを示すとともに、面内次近接原子間強磁性相互作用Jijが負であることがスキルミオン出現における重要であることの確認を行った。実際に、面内次近接原子間強磁性相互作用Jijがスキルミオンの安定性に大きく影響を与えていることを示しているが、詳細は後述する。
【0090】
また、これまでスキルミオン相の出現に対して、ジャロシンスキー・守谷相互作用の重要性を述べてきた。次に、スキルミオン相の出現に対して、面内次近接原子間の強磁性交換相互作用Jijの役割を考察する。面内次近接原子間の強磁性交換相互作用Jijの重要性を確認すべく、追加の計算を行った。図12において、DFT計算による計算結果では、生の面内次近接原子間強磁性交換相互作用Jijは-1.92meVという負の値を持つものであった。図17(a)~図17(c)は、VClスキルミオン材料において、面内次近接原子間の強磁性交換相互作用Jijを、3つの場合(DFT計算から得られる生の値に設定した時(図17(a))、ゼロにした時(図17(b))、DFT計算から得られる値の符号を変えたものに設定した時(図17(c)))の磁気モーメントと磁化感受率の温度依存性と外部磁場依存性を示すグラフを比較したものである。図17(a)は、図14と同じ結果を示す。
【0091】
ジャロシンスキー・守谷相互作用など他の条件は変えずに、面内次近接原子間強磁性交換相互作用Jijの値のみを0にした場合の温度、磁場に対する相図を計算したところ、図17(b)のようになった。また、同様に、面内次近接原子間強磁性交換相互作用Jijの値のみを正の値、+1.92meVに変えた場合の温度、磁場に対する相図を計算したところ、図17(c)のようになった。これらの相図から明らかなように、面内次近接原子間強磁性交換相互作用Jijの値が0もしくは正の場合、仮にジャロシンスキー・守谷相互作用が有限であってもスキルミオン相安定性が極端に弱くなっていることが見出された。つまり、このように、面内次近接原子間強磁性交換相互作用Jijの値が負であることもスキルミオン相の出現には重要な要素であることがわかった。実際に、面内次近接原子間の強磁性交換相互作用Jijをゼロにした時の、10Kで8Tの磁場([001]方向)下における面内スナップショット図16(d)で確認される。また、CrClの場合にも、面内次近接原子間強磁性交換相互作用Jijの値が負であることも図9から見ることができ、CrClの場合にも確かにこのような条件が満たされていることがわかる。つまり、面内次近接原子間の強磁性交換相互作用Jijが負の値を取ることと、ジャロシンスキー・守谷相互作用の存在の両方の効果がスキルミオンの安定性には重要な寄与を果たしていることがわかった。ここで、スキルミオンの安定性が増すとは、スキルミオン領域の拡大のことを意味する。
【0092】
図18(a)及び図18(b)は、CrClスキルミオン材料及びVClスキルミオン材料の違いを説明するためのである。図18(a)は、CrClスキルミオン材料を説明するための図であり、図18(b)は、VClスキルミオン材料を説明するための図である。図18(a)及び図18(b)の下図において、ジャロシンスキー・守谷ベクトルの紙面垂直方向成分は本質的に重要ではないので無視する。図18(a)及び(b)を対比することで明らかなように、CrClでは、ジャロシンスキー・守谷ベクトルはより中央原子向きに配置し、VClでは、ジャロシンスキー・守谷ベクトルはより中央原子から離れる向きに配置している。これは、CrClと、VClで見られたブロッホスキルミオンと、またそのヘリシティと整合していることがわかる。このことから、系に電子・ホールドープを行うことにより、ジャロシンスキー・守谷ベクトルの向きを変えられる可能性が示され、またそれにより、スキルミオンのヘリシティやタイプを変えられることがわかる。特に、ヘリシティの+1、-1をビットの0、1状態と対応付けをすることにより、量子ビットへと応用が可能である。そのためには、同一物質中で、異なるヘリシティを実現しなくてはならない。今回の、スキルミオン磁性材料及びメロン磁性材料は量子ビットとしても応用可能であることを意味している。尚、図18(a)及び(b)中、ハニカム構造に示した実線と二点鎖線の矢印は、面内次近接原子間を指定しており、破線の矢印は、各面内次近接原子間において中央原子に働くジャロシンスキー・守谷ベクトルを示す。
【0093】
[実施例3]
再現するメロン磁性材料をFeClに変更したことを除き、実施例1と同様の方法でメロン磁性材料を再現し、その物性を評価した。
【0094】
図19は、FeClのメロン磁性材料に加わる異方的な交換相互作用及びジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。図19(a)に示される通り、Fe-Fe間の強磁性交換相互作用は、上記比(d/a)が理想ハニカム構造において0.577(格子定数に対する面内最近接原子間距離の比に対応)であるとき負の大きな値をとる一方、0.9以上では0近い値をとることが確認された。これは、反強磁性であることを示す。また、図19(b)に示される通り、空間反転対称性を有するにもかかわらず、ジャロシンスキー・守谷相互作用は、上記比(d/a)が0.95~1.15である範囲で有限の値をとる。すなわち、FeClにおいて、Fe元素は、面内次近接サイト間及び面間次近接サイト間でジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼす。また実施例3は、実施例1,2と同様、上記比(d/a)が0.8~1.2である範囲で、ジャロシンスキー・守谷相互作用Dijがピークを有する。
【0095】
図20は、メロン磁性材料FeClの磁気モーメントを示すグラフである。図20には、ジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮した場合のメロン磁性材料FeCl全体の磁気モーメントが示されている。
【0096】
図21は、FeClの面内方向に広がるスピン配列の面内スナップショットである。図21(a)は、温度2Kであり、外部磁場なし(0T)条件下におけるスピン配列を示し、図21(b)は、温度10Kで4Tの磁場([001]方向)下におけるスピン配列の面内スナップショットを示す。図21において、+c方向の成分を有するスピンは灰色で表され、-c方向の成分を有するスピンは黒色で表される。図21(a)に示される通り、FeClメロン磁性材料は、隣り合うサイトでは逆向きであり、ほぼ平行のスピンを有していることから、面内に反強磁性秩序ができており、反強磁性を示すことがわかる。また、図21(b)は、10Kであり、4Tの磁場([001]方向)下におけるスピン配列の面内スナップショットを示す。図21(b)に示す磁場下のスピン配列において、図中にポイントしたようにある1点から放射状にスピンが配置するネールタイプのスピン配列が見ることができた。またそこから十分に離れた領域において、スピンが面内に寝てくるメロン磁性が出現していることがわかった。面内スナップショットすなわち、FeClでは、反強磁性ネールタイプのメロン相が出現することが確認された。面内方向成分を持つスピンが略同一であるメロンの一端から該一端と対向する他端までの距離に対応するメロン径λは、15nm程度であった。
【0097】
反強磁性メロン相では、面内方向に隣接するスピンの向きが反対であるため、所定の方向に電場を与えてメロンを駆動しようとした際に、トポロジカルホール効果の大きさがつりあい、直進するため進行方向を制御しやすい。このような反強磁性メロン相が出現するメロン材料は、制御のしやすさの観点から渇望されていた。図22にFeClでのジャロシンスキー・守谷ベクトルを説明するための図を示す。ジャロシンスキー・守谷ベクトルが2つの原子の線分に対して略直交する(81.65°)方向を向いて、かつ渦を巻くように配置している。従って、ネールタイプのメロンが出現したことと確かに整合する。
【0098】
[実施例4]
再現するスキルミオン磁性材料をMnClに変更した点を除き、実施例1と同様の方法でその物性を評価した。
【0099】
図23は、MnClスキルミオン磁性材料に加わる異方的な交換相互作用Jij及びジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。図23(a)に示される通り、Mn-Mn間の強磁性交換相互作用に関し、面内格子定数aに対する原子間距離dの比(d/a)が理想的なハニカム格子において0.577となる面内最近接原子間において、異方的な交換相互作用Jijが有限な値をとり、上記比(d/a)が0.9以上では、0に近い値をとる。ジャロシンスキー・守谷相互作用Dijは、上記比(d/a)が0.95~1.05である範囲で有限の値をとる。すなわち、MnClにおいて、Mn元素は、面内次近接サイト間及び面間次近接サイト間で、ジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼす。また実施例4は、上記比(d/a)が0.8~1.2である範囲で、ジャロシンスキー・守谷相互作用Dijがピークを有する。空間反転対称性が満たされているMnClにおいても、確かにジャロシンスキー・守谷相互作用の影響が見られることがわかる。
【0100】
図24は、MnClのジャロシンスキー・守谷相互作用を考慮した場合のMnClスキルミオン磁性材料全体の磁気モーメント及び磁化感受率χを示す。図24中、灰色の線は、磁化感受率χを示し、黒色の線は、自発磁気モーメントを示す。これまでの他のスキルミオン磁性材料及びメロン磁性材料に対するMnClの大きな違いは、ジャロシンスキー・守谷相互作用が有限であっても自発磁気モーメントが有限に残っており、強磁性となっていることである。CrClや、VClなどでは、スキルミオンが出現するには、有限な外部磁場環境下である必要があったが、MnClの場合では、内在的な内部磁場により、外部磁場なしにスキルミオン相の出現する場合がある。
【0101】
図25は、MnClの面内スナップショットである。図25に示される通り、実施例4のMnClであっても、+c方向の成分を有するスピンの領域及び-c方向の成分を有するスピンの領域を備え、図中に符号Sで示されるようなうずまき構造(ブロッホタイプ)のスキルミオン及びメロンが出現を発現することが確認された。確認されたスキルミオンS及びメロンMは、図25中に示されている。
【0102】
[参考例1]
再現するスキルミオン磁性材料をCrBrに変更した点を除き、実施例1と同様の方法でその物性を評価した。
【0103】
[参考例2]
再現するスキルミオン磁性材料をCrIに変更した点を除き、実施例1と同様の方法でその物性を評価した。
【0104】
図26(a)及び図26(b)は、それぞれ、CrBrスキルミオン磁性材料及びCrIスキルミオン磁性材料に加わるジャロシンスキー・守谷相互作用を示すグラフである。CrBrスキルミオン磁性材料及びCrIスキルミオン磁性材料は、いずれも空間反転対称性を有するにも拘らず、面内原子間距離aに対する距離dの比(d/a)が0.95~1.15である範囲で有限な値のジャロシンスキー・守谷相互作用を及ぼすことが確認された。従って、これらの材料であっても、CrCl等と同様に、スキルミオンが出現している可能性がある。
【符号の説明】
【0105】
10:磁性層、11:第1非磁性層、12:第2非磁性層、20:積層型磁気素子、
30:磁場発生部、40:スキルミオン検出素子、41:非磁性体薄膜、42:磁性体金属、50:測定部、51:測定用電源、52:電流計、60:コイル配線、
100:スキルミオンメモリ、d1:最近接サイト間距離、d2:次近接サイト間距離、d3:最遠接サイト間距離
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図15
図16
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図26