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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025429
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/44 20060101AFI20240216BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20240216BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20240216BHJP
   H01J 49/16 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
H01J49/44 600
H01J49/02 500
H01J49/42 400
H01J49/16 400
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022128860
(22)【出願日】2022-08-12
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三浦 宏之
(72)【発明者】
【氏名】中野 智仁
(57)【要約】
【課題】真空容器内に配設されるイオン検出器を、手間と時間を掛けることなく低廉な作業コストで交換可能とする。
【解決手段】本発明に係る質量分析装置の一態様は、真空排気によって内部が真空雰囲気とされる真空容器(7)と、真空容器の内部に配置された、質量分離器(3)及びイオン検出器(4)を含む分析部と、真空容器の壁面の所定位置に形成された、イオン検出器が通過可能な大きさの開口部(7C)と、開口部を閉塞する蓋部(11)、及び、該蓋部とイオン検出器とを接続する接続部(12-14)が一体化されてなる検出器保持部(10)と、を備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空排気によって内部が真空雰囲気とされる真空容器と、
前記真空容器の内部に配置された、質量分離器及びイオン検出器を含む分析部と、
前記真空容器の壁面の所定位置に形成された、前記イオン検出器が通過可能な大きさの開口部と、
前記開口部を閉塞する蓋部、及び、該蓋部と前記イオン検出器とを接続する接続部が一体化されてなる検出器保持部と、
を備える質量分析装置。
【請求項2】
前記蓋部が前記開口部を閉塞するように前記検出器保持部が前記真空容器に装着された状態において、前記イオン検出器を前記質量分離器に対して固定する固定部、をさらに備える、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記固定部は、前記真空容器に形成された、前記開口部とは異なる副開口部、を通した操作により固定及びその解除が可能である部材である、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記接続部は、前記蓋部に対して前記イオン検出器の位置の変化を許容する弾性部を含む、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記質量分離部は、前記真空容器の内底面に直接的に又は間接的に固定されている複数の支柱により、該内底面から離間した状態で保持されている、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記質量分離部はマルチターン飛行時間型質量分離器である、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記質量分離部の前段に、イオン源、及び、分析対象のイオンを射出可能であるイオントラップ、を備える、請求項6に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記質量分離部の前段に、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法によるイオン源を備える、請求項6に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントラップ飛行時間型質量分析装置は、特許文献1等に開示されているように、イオントラップと飛行時間型質量分離器と、を備える。イオントラップ飛行時間型質量分析装置では、試料から生成された各種イオンを一旦イオントラップの内部に捕捉したあと、その各種イオンを一斉に加速して該イオントラップから射出し、飛行時間型質量分離器に導入する。加速された各イオンはその質量電荷比(以下「m/z」と記す場合がある)に応じた速度を有し、飛行時間型質量分離器の飛行空間を飛行する間に該イオンはm/zに応じて分離され、イオン検出器に到達して検出される。
【0003】
飛行時間型質量分析装置(以下、TOFMSと称す)では、一般に、イオンが飛行する距離が長いほど高い質量分解能が得られる。そのため、直線状にイオンを飛行させるリニア型の構成に比べて、特許文献1に開示されているような、イオンを折り返し飛行させるリフレクトロン型の構成のほうが高い質量分解能が得られ易い。
【0004】
イオンの飛行距離をさらに延ばすことが可能なTOFMSとして、特許文献2、3等に開示されているマルチターンTOFMSが知られている。マルチターンTOFMSは、同一の又はほぼ同一の軌道に沿ってイオンを多数回周回させることで、イオンの飛行距離を延ばすものである。マルチターンTOFMSでは、装置を大形化することなく飛行距離を大幅に延ばすことが可能であり、小形でありながら高い質量分解能を達成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2008/072377号
【特許文献2】米国特許第9082602号明細書
【特許文献3】特開2022-34939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような質量分析装置では、イオン検出器としてマイクロチャンネルプレート(Microchannelplate:MCP)や二次電子増倍管などが使用される。こうした検出器は一種の消耗品であり、十分な感度や精度を維持するには、定期的に或いは所定時間使用する毎に新品に交換する必要がある。
【0007】
一般に、TOFMSでは、イオン検出器は飛行時間型質量分離器と一体化された構造であることが多く、イオン検出器を交換する際には、飛行時間型質量分離器及びイオン検出器が収容されているチャンバーの蓋体を取り外す必要がある。一方で、TOFMS、特に飛行距離が長いマルチターンTOFMSでは、チャンバー内部の真空度を高めるために該チャンバーには高い強度が求められる。そのため、チャンバー本体や蓋体はかなり厚い構造であり、重量が大きいために安全上からも人が自力で蓋体を着脱することは困難である。その結果、通常、チャンバーの蓋体を着脱する際には小形のクレーンを使用して作業を行う必要があり、イオン検出器の交換には手間、時間、及びコストが掛かるという問題がある。
【0008】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、チャンバー内に配設されるイオン検出器を容易に、つまりは手間と時間を掛けることなく低廉な作業コストで交換することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置の一態様は、
真空排気によって内部が真空雰囲気とされる真空容器と、
前記真空容器の内部に配置された、質量分離器及びイオン検出器を含む分析部と、
前記真空容器の壁面の所定位置に形成された、前記イオン検出器が通過可能な大きさの開口部と、
前記開口部を閉塞する蓋部、及び、該蓋部と前記イオン検出器とを接続する接続部が一体化されてなる検出器保持部と、
を備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る質量分析装置の上記態様によれば、真空容器に形成されている開口部を閉塞している検出器保持部の蓋部を取り外し、該検出器保持部に保持されているイオン検出器を開口部を通して引く抜くことで、イオン検出器を真空容器の外側に取り出すことができる。これにより、例えば真空容器を開閉するための重量の大きな蓋体を取り外すことなく、真空容器内に配設されているイオン検出器を、手間と時間を掛けることなく低廉な作業コストで交換することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態であるイオントラップTOFMSの全体構成図。
図2】本実施形態である質量分析装置の要部の概略構成図。
図3図2中のA部の拡大図。
図4】本実施形態の質量分析装置においてイオン検出器を交換する際の作業の説明図。
図5】イオン検出器保持機構の変形例を示す概略図。
図6】本発明の他の実施形態である質量分析装置の全体構成図。
図7】マルチターン型質量分離器の一例の縦断面図(A)及び上面図(B)。
図8図7に示したマルチターン型質量分離器におけるイオンの軌道を示す上面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施形態について、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態である質量分析装置の全体構成図である。図2は、本実施形態の質量分析装置の要部の構成図である。また、図3図2中に示すA部付近の拡大図である。
【0013】
本実施形態の質量分析装置はイオントラップTOFMSであり、図1に示すように、イオン源1、イオントラップ2、質量分離器3、及びイオン検出器4、を備える。イオン源1は、第1チャンバー5内に形成されているイオン化室5A内に配置され、イオントラップ2は同じ第1チャンバー5内に形成されている第1真空室5B内に配置されている。イオン化室5Aと第1真空室5Bとは隔壁6で仕切られ、第1真空室5B内は真空ポンプ8により真空排気される。
【0014】
イオン源1は、液体試料や気体試料に含まれる目的成分をイオン化するものである。試料が液体試料である場合には、イオン源1として、例えばエレクトロスプレーイオン化法や大気圧化学イオン化法などのイオン化法によるイオン源が用いられる。試料が気体試料である場合には、イオン源1として、例えば電子イオン化法や化学イオン化法などのイオン化法によるイオン源が用いられる。また、試料が固体試料である場合には、例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化法などのイオン化法によるイオン源が用いられる。
【0015】
イオントラップ2は、1個のリング電極21と該リング電極21を挟むように配置された2個一対のエンドキャップ電極22、23から構成される。なお、ここでは、イオントラップ2は3次元四重極型の構成であるが、リニア型の構成であってもよい。
【0016】
質量分離器3及びイオン検出器4は、略直方体箱形状の第2チャンバー(本発明における真空容器に相当)7の内部に配置されている。ここで、質量分離器3はマルチターンTOF型質量分離器である。第2チャンバー7は、天面を除く五面を構成する本体部7Aと、天面を構成する蓋体7Bとから成る。質量分離器3は、第2チャンバー7の底面又は該底面に固定された部材に立設された複数の支柱40により、第2チャンバー7の内部空間に浮かぶように支持されている。イオン検出器4はこの質量分離器3に対し固定されている。本体部7Aの底面には排気開口7Eが形成され、排気開口7Eの外側に配置された真空ポンプ9によって第2チャンバー7の内部は所定の真空度になるように真空排気される。
【0017】
上記質量分析装置における典型的な測定動作の一例を簡単に説明する。
イオン源1は導入された試料に含まれる化合物をイオン化する。生成されたイオンはイオントラップ2の内部空間に導入される。このとき、リング電極21及びエンドキャップ電極22、23には図示しない電源部からそれぞれ所定の電圧が印加され、それにより形成される電場によって、イオンはイオントラップ2の内部空間に捕捉される。そのあと、電源部から所定の電圧がエンドキャップ電極22、23に印加され、イオンは図1中のX軸方向に運動エネルギーを付与されてイオントラップ2から一斉に射出される。射出されたイオンは第2チャンバー7に形成されているイオン通過孔7Fを経て第2チャンバー7の内部空間に入り、質量分離器3に導入される。
【0018】
質量分離器3において後述するように周回しながら飛行したイオンは、最終的にイオン検出器4に到達する。イオントラップ2から射出される際に各イオンはそのm/z値に依存する速度を有するため、質量分離器3において飛行する間にm/z値が相違するイオン種は分離され、時間差を有してイオン検出器4に入射する。イオン検出器4は入射したイオンの量に応じた検出信号を出力する。イオン検出器4による検出信号は図示しないデータ処理部に入力され、データ処理部は、イオン射出時点を起点とする飛行時間をm/z値に換算し、m/z値とイオン強度との関係を示すマススペクトルを作成する。
【0019】
ここで、マルチターンTOF型質量分離器の一例について説明する。図7は、マルチターンTOF型質量分離器の一例の縦断面図(A)及び上面図(B)、図8は、図7に示したマルチターンTOF型質量分離器におけるイオンの軌道を示す上面図である。これらは特許文献3に記載の構成である。
【0020】
質量分離器3は、略回転楕円体状である外側電極311と内側電極312とから成る主電極31を含む。図7(A)は、外側電極311及び内側電極312の略回転楕円体における回転軸であるZ軸と、該Z軸に垂直な一方向の軸であるX軸と、を含む平面であるZ-X平面での主電極31の端面図(縦端面図)である。主電極31は、Z軸を含む面で切断したときに、その断面の方位角(Z軸の周りの角度)に依らず、図7(A)に示したものと略同一の形状を呈する。図7(B)は、Z軸の正の方向から主電極31を見た上面図である。Z軸及びX軸に垂直な軸をY軸とし、X軸とY軸を含む平面をX-Y平面とする。
【0021】
外側電極311及び内側電極312は、Z-X平面において曲線状である一対の電極を向かい合わせた3組の部分電極対S1、S2、及びS3と、Z-X平面において直線状である一対の電極を向かい合わせた4組の部分電極対L1、L2、L3、及びL4と、を組み合わせたものである。部分電極対S2は、Z-X平面において、主電極31のX軸方向に関する両端に配置されており、X軸について線対称の形状を有する。部分電極対S1は、部分電極対S2よりもZ軸方向の正の側に配置されている。部分電極対S3は、部分電極対S2よりもZ軸方向の負の側に、X軸に関して部分電極対S1と線対称に配置されている。部分電極対L2は部分電極対S1とS2の間に配置されている。部分電極対L3は部分電極対S2とS3の間に配置され、X軸に関して部分電極対L2と線対称の形状を有する。部分電極対L1は、Z軸に垂直なドーナツ板状の形状を有し、Z軸方向の正の側であってX-Y平面において部分電極対S1の内側に配置されている。部分電極対L4は、Z軸方向の負の側に、X軸に関して部分電極対L1と線対称に配置されている。上記複数の部分電極対の組合せにより、外側電極311及び内側電極312は各々、全体として略回転楕円体の形状を呈している。
【0022】
Z-X平面において曲線状である部分電極対S1、S2、及びS3には、図示しない電源部より、外側電極311から内側電極312に向かう電場が形成されるような電圧が印加される。一方、Z-X平面において直線状である部分電極対L1、L2、L3、及びL4には、電源部より、外側電極311と内側電極312とが同電位となるような電圧が印加される。これによって、外側電極311と内側電極312との間の周回空間319に、該空間内でイオンを周回させる周回電場が形成される。
【0023】
部分電極対S1の外側電極311には、図7図8中に矢印で示すように供給されたイオンを周回空間319内に導入するイオン導入口34が設けられている。イオン導入口34は、X-Y平面から僅かにY軸方向の正の側にずれた位置に設けられており、イオンがX軸に略平行に入射するように配置されている。イオンは、イオン導入口34から周回空間319に入射した直後の位置において、部分電極対S1による周回電場から向心力を受ける。また、上述したようにイオン導入口34がX-Y平面からY軸方向の正の側にずれているため、イオンはX-Y平面の方向に向かう力を受ける。これにより、イオンは、周回空間319を略楕円形の周回軌道に沿って周回し、1周する毎に、周回軌道がY軸方向の正の側から見て反時計回りに移動するような軌道318(図8参照)で飛行する。図8では、イオンの軌道318をX-Y平面の上面図で示している。
【0024】
一方、部分電極対S3の外側電極311には、周回空間319内を複数回(数十回)周回して来たイオンを周回空間319から導出するイオン導出口35が設けられている。イオン導出口35から導出されるイオンは直線状の軌道を飛行する。この直線状の軌道上にイオン検出器4が配置されている。
【0025】
上記構成により、イオントラップ2から射出された種々のm/z値を有するイオンは、主電極31内の周回空間319を飛行する。この飛行の間に各イオンはm/z値に応じて空間的に分離され、時間差を以てイオン検出器4に到達する。この質量分離器3では、イオンの軌道318はそのイオンのm/z値に依らずに決まっているので、全てのイオンについて飛行距離は同じである。図8に示したように、イオンの周回軌道は1周毎に少しずつずれるので、同じ軌道を周回する場合に生じるようなイオンの追い越しの問題を避けることができる。
なお、質量分離器3における軌道の形状、或いはこれを形成するための電極の構成や構造は図7及び図8に記載のものに限らず、周知の種々のものを採用することができることは言うまでもない。
【0026】
マルチターンTOF型質量分離器に限らず、TOF型質量分離器を用いた質量分析装置では、イオン検出器としてMCP(又は二次電子増倍管)が使用される。こうした検出器は使用するに伴って特性が劣化するため、一種の消耗品であり、例えば定期的に又は所定の使用時間が経過する毎に新品に交換する必要がある。上記実施形態の質量分析装置では、第2チャンバー7の蓋体7Bを取り外すことで該チャンバー7の内部空間が開放されるため、イオン検出器4を質量分離器3から取り外して交換することが可能である。しかしながら、次のような理由から、蓋体7Bはかなり重量が大きい。
【0027】
TOF型質量分離器では、飛行空間に残留ガス分子が存在すると、イオンが飛行途中で残留ガス分子に接触する可能性が高くなり、その結果として、同一m/z値を持つイオンが広がって分解能が低下したり、或いはイオンの損失による感度低下を招いたりするおそれがある。そのため、質量分離器が配置される真空容器(この場合には第2チャンバー7)の内部は高真空(例えば10-7~10-9Torr)に維持され、真空容器には大気圧による大きな力が加わる。その力によって真空容器が変形すると、該容器の内側に固定されている電極が変形又は相対的に移動して、組立精度が低下して期待する性能が出なかったり、或いは、変形によって電極が破損したりするおそれがある。特にマルチターンTOF型質量分離器では、イオンが同じ電極により形成される軌道を繰り返し多数回飛行するため、上述したような電極の変形や位置のずれ等に起因する性能の低下の影響が大きい。そのため、第2チャンバー7はこうした大きな力が外側(大気圧側)から加わった場合でも変形が生じにくいように、かなり厚い頑強な構造とされており、本体部7A、蓋体7B共に重量が大きい。
【0028】
こうしたことから、蓋体7Bを持ち上げて取り外すには小型のクレーンが必要であって、かなり面倒で手間とコストが掛かる作業である。イオン検出器4の交換の度に、こうした作業を行うのはユーザーにとって負担が大きい。そこで、本実施形態の質量分析装置では、以下に述べるように、イオン検出器4の交換が容易である構造が用いられている。
【0029】
図2図3に示すように、質量分離器3に取り付けられたイオン検出器4の真上には、蓋体7Bに開口部7Cが形成されている。この開口部7Cの大きさは、イオン検出器4を上方から見たときの該イオン検出器4の大きさよりも一回り大きい。開口部7Cの形状は円形、楕円形、矩形などの任意の形状とすることができる。この開口部7Cは、イオン検出器4を保持する機能を有する検出器保持機構10によって閉塞される。
【0030】
検出器保持機構10は、蓋体7Bの外側に位置する蓋部11と、イオン検出器4を保持する絶縁性部材から成る保持部12と、蓋部11の裏面に一端が固定された、複数の支柱13と、支柱13の他端と保持部12との間に挿設された弾性部14と、を含む。ここでは、弾性部14はバネであるが、ゴムなどの他の弾性体や弾性部材であってもよい。蓋部11と蓋体7Bとの間には、気密を維持するメタルガスケット16が配置される。
【0031】
図3に示すように、イオン検出器4は質量分離器3に対してネジ15で固定される。ネジ15は脱落防止ネジであることが好ましい。また、質量分離器3に対するネジ15の螺入位置の延長線上には、第2チャンバー7の本体部7Aに小径のネジ着脱用開口7Dが形成されており、ネジ着脱用開口7Dは蓋部17で閉塞される。イオン検出器4は、検出器保持機構10の保持部12に例えばネジ(図示しない)によって固定され、これによって検出器保持機構10とイオン検出器4とは一体化されている。
【0032】
図3に示すように、装置が組み上がった状態では、イオン検出器4は質量分離器3に固定されるとともに、保持部12、弾性部14、及び支柱13を介して蓋部11に接続され、蓋部11に対しても固定されている。但し、弾性部14はX、Y、Zの3軸方向にそれぞれ所定の範囲での移動を許容し得る。
【0033】
図3の状態からイオン検出器4を交換する際には、作業者は次のような作業を行う。まず、蓋部17を取り外し、ネジ着脱用開口7Dを通して専用のドライバーの先端を第2チャンバー7内に挿入する。そして、ネジ15を回して該ネジ15を取り外す。これにより、イオン検出器4は質量分離器3から離脱可能となる。そして、作業者は蓋部11を持って、図4に示すようにZ軸方向に真っ直ぐにイオン検出器4を引き抜く。蓋部11を含む検出器保持機構10と一体となったイオン検出器4は、開口部7Cを通して第2チャンバー7の外側へ取り出される。
【0034】
イオン検出器4を新品に交換したあと、該新しいイオン検出器4を装置に取り付ける際には、上記作業とは逆に、開口部7Cを通してイオン検出器4を第2チャンバー7の内部に挿入し、蓋部11を蓋体7B上の所定位置に装着したあと、ネジ着脱用開口7Dを通して第2チャンバー7内に挿入したドライバーで、ネジ15を締めればよい。
以上のようにして、本実施形態の質量分析装置では、開閉に手間が掛かる蓋体7Bを開閉することなく、容易にイオン検出器4を交換することができる。
【0035】
上述したように、本実施形態の質量分析装置では、第2チャンバー7内の真空度が高いため、該チャンバー7は強固であるものの、外からの大きな力によって本体部7A及び蓋体7Bが内方に撓んだり歪んだりする等の変形が生じる場合がある。そうなると、支柱40を介して質量分離器3を移動させる力が作用したり、蓋部11及び支柱13を介してイオン検出器4を移動させる力が作用したりする。こうした場合にも、支柱13と保持部12との間に設けられている弾性部14が移動や変形による力を吸収する。そのため、イオン検出器4自体やその取付部位に作用する不所望の力を軽減することができ、それらの変形や破損を防止することができる。
【0036】
上記実施形態では、イオン検出器4を質量分離器3に固定するために、位置決めと固定との両方の作用を有するネジ15を用いたが、図5に示すように、イオン検出器4に形成された位置決め孔4Aに質量分離器3に設けられた位置決めピン19を挿入することで位置決めを行ったうえで、ばね付き固定ネジ18でイオン検出器4を質量分離器3に固定してもよい。
【0037】
また、例えばイオン検出器4と質量分離器3のいずれか一方に、他方をZ軸方向を案内するガイドを設け、イオン検出器4を装着する際にそのガイドに沿ってイオン検出器4が所定の位置に収まり易くするようにしてもよい。勿論、イオン検出器4を質量分離器3に固定する方法はこれに限らず、周知の適宜の方法を採用できることは当然である。
【0038】
また、検出器保持機構10は、開口部7Cを閉塞するための部材とイオン検出器4を保持するための部材とが一体化され、且つイオン検出器4を質量分離器3に対して所定位置に保持することが可能でありさえすれば、上記の構成に限らず、適宜に変形することができることも明らかである。
【0039】
また、上記実施形態では、質量分離器3はマルチターンTOF型質量分離器であるが、例えばリフレクトロンTOF型質量分離器、多重反射TOF型質量分離器、リニアTOF型質量分離器、など適宜の方式、或いは態様の質量分離器に代替することができることは明らかである。
【0040】
また、質量分離器3及びイオン検出器4が収容された真空容器以外の構成についても、適宜変形が可能であることは当然である。例えば、上記実施形態の質量分析装置は、イオン源1で生成されたイオンをイオントラップ2に一旦溜め、質量分離器3へ向けて送り出す構成であるが、図6に一例を示すように、MALDIイオン源100において試料Sから生成し、加速したイオンをそのまま質量分離器3に導入する構成とすることもできる。この構成では、具体的には、レーザー出射部101から出射したレーザー光がサンプルプレート102上に設けられた試料Sに照射され、該試料Sに含まれる成分がイオン化される。発生したイオンは引き出し電極103により形成される電場によってサンプルプレート102から引き出され、加速電極104により加速されて、第2チャンバー7の内部に送り込まれる。
【0041】
また、図1図6に示した構成以外に、例えばコリジョンセルや前段の質量分離器をさらに追加して設けることでMS/MS分析が可能である質量分析装置とすることもできる。
【0042】
さらにまた、上記実施形態や上述した変形例も本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0043】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0044】
(第1項)本発明に係る質量分析装置の一態様は、
真空排気によって内部が真空雰囲気とされる真空容器と、
前記真空容器の内部に配置された、質量分離器及びイオン検出器を含む分析部と、
前記真空容器の壁面の所定位置に形成された、前記イオン検出器が通過可能な大きさの開口部と、
前記開口部を閉塞する蓋部、及び、該蓋部と前記イオン検出器とを接続する接続部が一体化されてなる検出器保持部と、
を備える。
【0045】
第1項に記載の質量分析装置によれば、真空容器に形成されている開口部を閉塞している検出器保持部の蓋部を取り外し、該検出器保持部に保持されているイオン検出器を開口部を通して引く抜くことで、イオン検出器を真空容器の外側に取り出すことができる。これにより、例えば真空容器を開閉するための重量の大きな蓋体を取り外すことなく、真空容器内に配設されているイオン検出器を、手間と時間を掛けることなく低廉な作業コストで交換することができる。
【0046】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置は、前記蓋部が前記開口部を閉塞するように前記検出器保持部が前記真空容器に装着された状態において、前記イオン検出器を前記質量分離器に対して固定する固定部、をさらに備えるものとし得る。
【0047】
第2項に記載の質量分析装置によれば、イオン検出器を確実に質量分離器に対して固定し、質量分離器でm/zに応じて分離されたイオンを良好にイオン検出器に導入して検出することができる。
【0048】
(第3項)第2項に記載の質量分析装置において、前記固定部は、前記真空容器に形成された、前記開口部とは異なる副開口部、を通した操作により固定及びその解除が可能である部材であるものとし得る。
【0049】
ここで、前記固定部の部材は、例えば回転操作によって螺入及びその取り外しが可能なネジ、好ましくは脱落防止ネジとすることができる。
第3項に記載の質量分析装置によれば、比較的低廉なコストで確実にイオン検出器を質量分離器に対して固定することができる。
【0050】
(第4項)第1項に記載の質量分析装置において、前記接続部は、前記蓋部に対して前記イオン検出器の位置の変化を許容する弾性部を含むものとし得る。
【0051】
ここで、弾性部は例えばバネ、ゴムなどを用いた部材とすることができる。イオン検出器が蓋部に対して位置が移動しないように固定されている場合、例えば真空引きの際のチャンバーの変形等によって質量分離器が移動すると、イオン検出器自体やイオン検出器と質量分離器とを固定している部材などに力が加わり破損を生じるおそれがある。これに対し、第4項に記載の質量分析装置によれば、質量分離器が移動した場合であっても接続部に設けた弾性部が変形してその移動を吸収するため、イオン検出器や固定部材などに無用な力が加わることを回避することができ、それらの破損を防止することができる。
【0052】
(第5項)第1項に記載の質量分析装置において、前記質量分離器は、前記真空容器の内底面に直接的に又は間接的に固定されている複数の支柱により、該内底面から離間した状態で保持されているものとし得る。
【0053】
第5項に記載の質量分析装置によれば、真空容器内外の圧力差により該真空容器に変形が生じた場合でも質量分離器に掛かる力を軽減することができる。
【0054】
(第6項)第1項~第5項のいずれか1項に記載の質量分析装置において、前記質量分離器はマルチターン飛行時間型質量分離器であるものとし得る。
質量分離器としてマルチターン飛行時間型質量分離器を採用することで、分析対象のイオンの飛行距離が長くなるため、イオンの質量分解能を高めることができる。
【0055】
(第7項)第6項に記載の質量分析装置において、前記質量分離器の前段に、イオン源、及び、分析対象のイオンを射出可能であるイオントラップ、を備えるものとし得る。
【0056】
第7項に記載の質量分析装置によれば、イオン源で生成されたイオンをイオントラップに一旦蓄えて質量分析に供することにより、質量分析とする対象のイオンの量を増やし分析感度や分析精度を高めることができる。
【0057】
(第8項)第6項又は第7項に記載の質量分析装置において、前記質量分離器の前段に、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法によるイオン源を備えるものとし得る。
【0058】
第8項に記載の質量分析装置において、例えば高分子化合物の構造を破壊することなく、効率的にイオン化することが可能となる。このため、生体由来高分子化合物などにも適した質量分析装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0059】
1…イオン源
2…イオントラップ
3…質量分離器
31…主電極
34…イオン導入口
35…イオン導出口
4…イオン検出器
4A…位置決め孔
5…第1チャンバー
5A…イオン化室
5B…第1真空室
6…隔壁
7…第2チャンバー
7A…本体部
7B…蓋体
7C…開口部
7D…ネジ着脱用開口
7E…排気開口
7F…イオン通過孔
8、9…真空ポンプ
10…検出器保持機構
11…蓋部
12…保持部
13…支柱
14…弾性部
15…ネジ
16…メタルガスケット
17…蓋部
18…ばね付き固定ネジ
19…位置決めピン
40…支柱
100…MALDIイオン源
図1
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