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特開2024-25449魚類ストレス判定方法、魚類のストレス低減方法及び魚類ストレス評価モデル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025449
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】魚類ストレス判定方法、魚類のストレス低減方法及び魚類ストレス評価モデル
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/13 20170101AFI20240216BHJP
   A01K 63/04 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
A01K61/13
A01K63/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022128908
(22)【出願日】2022-08-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム トライアウト、「能登里海資源の持続可能な利用をめざした共創的鮮魚流通技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】松原 創
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 信雄
(72)【発明者】
【氏名】永見 新
(72)【発明者】
【氏名】小木曽 正造
(72)【発明者】
【氏名】重松 惇志
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA01
2B104AA02
2B104AA05
2B104AA06
2B104BA13
2B104CA01
2B104EF09
(57)【要約】
【課題】水槽や生け簀の一群又はその一部の魚類が、ストレス応答の初期段階である瞬発的に持続的で可逆的な体色異常によりストレス負荷状態であることを視覚的に検知でき、またその可逆的な体色異常によってストレス負荷状態を数値化し客観的に評価できる魚類ストレス判定方法を提供する。
【解決手段】擬態・警告・奇形に因らずに魚類の体表に現れる可逆的な体色異常を検知することにより、前記魚類がストレス負荷状態にあることを判定することを特徴とする魚類ストレス判定方法により解決する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
擬態・警告・奇形に因らずに魚類の体表に現れる可逆的な体色異常を検知することにより、前記魚類がストレス負荷状態にあることを判定することを特徴とする魚類ストレス判定方法。
【請求項2】
前記魚類毎に、前記魚類の体表面積に占める前記可逆的な体色異常の面積が所定割合を超えたときに、前記可逆的な体色異常が復色するまでの時間が所定時間を超えたときに、前記ストレス負荷状態にあると判定することを特徴とする請求項1に記載の魚類ストレス判定方法。
【請求項3】
前記魚類が、養殖されている魚類である、請求項1に記載の魚類ストレス判定方法。
【請求項4】
前記魚類が、ヒラメ、カレイ、シマアジ、マアジ、フグ、サクラマスからなる群から選択された少なくとも1種である、請求項1に記載の魚類ストレス判定方法。
【請求項5】
請求項1~4の何れか1項に記載の魚類ストレス判定方法に基づく魚類ストレス判定方法に基づく魚類のストレス低減方法であって、
a)魚類の飼育水中のカリウムイオン濃度を塩化カリウム換算で40mM未満に調整する工程、または、
b)魚類の飼育水中に炭酸ガスを添加する工程
有する、魚類のストレス低減方法。
【請求項6】
前記a)工程が、換水または加水により実施される、請求項5に記載の魚類のストレス低減方法。
【請求項7】
前記b)工程が、前記飼育水に炭酸ガス添加するか、炭酸水素ナトリウム由来の炭酸ガスを利用した固形状の魚類用麻酔剤を添加することにより実施される、請求項5に記載の魚類のストレス低減方法。
【請求項8】
魚類を、カリウムイオン濃度が塩化カリウム換算で40mMである飼育水中で飼育することにより強制的にストレス負荷状態とする工程と、
擬態・警告・奇形に因らずに魚類の体表に現れる可逆的な体色異常を指標として魚類のストレスを評価する工程と、
を有する魚類ストレス評価モデル。
【請求項9】
前記ストレス負荷状態とする工程が、3時間位内で実施される、請求項8に記載の魚類ストレス評価モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類のストレス負荷状況を判定する方法、及びその結果に基づきストレスを軽減する方法、並びに魚類ストレスを評価するためのモデルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然魚は、過剰漁獲による資源枯渇傾向、地球温暖化・海流変動に伴う漁獲量低減や生息海域の移動、年毎の不漁・豊漁の変動、消費者の嗜好の変化など、様々な要因が重なって、漁獲量が安定しないばかりか、価格が変動し易いものである。
【0003】
そこで、様々な魚類は、魚卵から稚魚になるまで人手をかけて生育(中間育成)した後、放流し、自然の水域で成長させた成魚を漁獲するという栽培漁業や、魚卵や稚魚から出荷できる成魚にまで生育させた後、出荷するという養殖漁業によって、市場に出回るようになっている。
【0004】
栽培漁業と養殖漁業とを包括して、単に養殖と称することもある。
【0005】
我が国では、このような養殖されている魚類として、例えば、ブリ・ハマチ、マダイ、カンパチは、養殖生産量が高いが、その他にもアユ、イサキ、イシダイ、オニオコゼ、カワハギ、カサゴ、クロマグロ、クロダイ、クロイソ、サケ、シマアジ・マアジ、スズキ、トラフグ、ヒラマサ、ヒラメ、マサバ、メバルなどもある。
【0006】
栽培漁業にしても養殖漁業にしても、水槽や生け簀で生育すると、生育密度が高くなってしまったり、天然での生育環境と異なったりする所為で、生育中の魚類がストレスを感じてしまい、天然魚と異なる形態を示すことが頻発する。
【0007】
例えば、天然又は養殖ヒラメやカレイは、養殖の過程でストレスを感じ続けると、ストレス応答として、黒っぽい有眼側で体色異常を引き起こし一部で不可逆的な斑点状ないし斑状に白化したり全体的に黒ずんだり、白っぽい無眼側(うら側)で体色異常を引き起こし一部で不可逆的な斑点状ないし斑状に黒化したりする。
【0008】
一方、天然のヒラメやカレイは擬態によって体色変化を起して海底の砂と同化(背地適応)するが、このような擬態は可逆的であり、養殖における不可逆的な体色異常である白化や黒化とメカニズムが異なり、白化や黒化の原因となる継続的なストレスとなっていない。また、ルリスズメダイなどは警告や恐怖のために可逆的に変色したりコミュニケーションで自在に変色したりするが、このような警告等は、可逆的であり、不可逆的な体色異常である白化や黒化とメカニズムが異なり、白化や黒化の原因となる継続的なストレスとなっていない。
【0009】
このような養殖ヒラメや養殖カレイが、有眼側で白化したり無眼側で黒化したりすると、いわゆる天然ものよりも見栄えが悪く市場価値を下げてしまうとして漁業者・市場関係者からの評価が低くなってしまう。
【0010】
養殖ヒラメや養殖カレイの他、マアジ・シマアジのようなアジ類、ギンザケ、ヤマメ(サクラマス)などのサケ・マス類でも継続的なストレスによって不可逆的な体色変化(黒化又は白化)を引き起こしてしまう。また、ストレスは外観だけでなく、味の低下を招くとも言われている。すなわち、ストレスが溜まり疲労した魚類は身が痩せて味の劣化につながる。そのようなストレス負荷状態の魚類は身質が悪くなるため、ストレスがない状態の魚類と比較して味が落ちてしまう。さらに、ストレス負荷状態の魚類を絞めた後、死後硬直からの腐敗が早いため保管期間も短くなってしまう。一方、海外では動物福祉の観点から、魚類にストレスが極力かからないうちに速やかに処理する要求が高まっている。
【0011】
そこで、養殖においては、魚類にストレスを感じさせないように、種々の提案がされている。例えば、特許文献1には、ヒラメの飼育において腹面黒化等の不具合を有効に防止し得るヒラメ飼育用配合飼料として、(1)配合飼料の脂肪含量が5~12重量%の範囲内及び(2)配合飼料のカロリー含量が330~400Kcal/100gのいずれか一つ以上の条件を満たす飼料を投与して行うヒラメ飼育方法が開示されている。
【0012】
また、非特許文献1には、白色の水槽でカレイ目のマツカワを飼育すると、黒色の水槽と違って腹面黒化が起きにくいこと、さらに、緑色光をマツカワに照らして飼育すると、明らかに成長が早まることが記載されている。
【0013】
特許文献2には、構成脂肪酸として5重量%以上のドコサペンタエン酸(C22:5,n-6)を含む油脂及び/または微生物を配合する養魚用飼料が開示され、白化のような体色異常に効果があった旨記載されている。
【0014】
また、特許文献3に、底から所定の深さまでの仕切りによって囲まれた養殖領域で底魚を養殖する養殖方法において、海底の複数の部分から気泡を連続的に吐き出すことによって形成した幕状の仕切りによって、養殖領域の少なくとも一部を囲み、該養殖領域において底魚を養殖する底魚の養殖方法が開示され、海底に棲息する底魚の裏側の面には、斑点模様等の不均一な模様が生じない旨記載されている。
【0015】
さらに、非特許文献2には、飼育密度、水質及び水温がヒラメの無眼側着色に及ぼす影響について開示されており、高密度飼育に伴うストレスや環境の悪化によって生じる生体防御機能の低下、擦れ等が原因で黒化や白化と呼ばれる体色異常が高い頻度で発生する旨、記載されている。
【0016】
非特許文献3には、養殖ヒラメ等では、白いはずの体の裏側が黒くなる黒化という現象が高頻度で起こってしまうが、水槽の底面の約半分をゆるく張った網で覆うことで黒化を抑制できること、樹脂製グレージングや金網でもゆるく張った網とほぼ同等の効果が認められ、大規模水槽への実用も十分に可能であると記載されてる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2011-142855号公報
【特許文献2】特開平11-276092号公報
【特許文献3】特開平8-308429号公報
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】漆原次郎 ,“北里大学の研究者らが開発: 緑色LEDでヒラメ・カレイの成長速度が1.6倍に”,[online],2022年3月29日,nippon.com,[令和4年7月27日検索],インターネット<URL:https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02083/>
【非特許文献2】石巻専修大学 研究紀要、第22号、p9-15(2011年3月)
【非特許文献3】田川正朋 ,“ヒラメ・カレイ類の裏側黒化とストレス-網敷き飼育と卵の最適化による総合的な正常化”,[online],2019年4月18日,科学研究費助成事業データベース,[令和4年7月27日検索],インターネット<URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K06237/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
魚類のストレス応答に関し、ストレスを感じると脳視床下部(Hypothalamic)と脳下垂体(Pituitary)と間腎腺(Interrenal gland)とのHPI軸と呼ばれる内分泌系が関与し、一次反応として脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、それが間腎腺に作用することによってストレスホルモンであるコルチゾルが血中に分泌され、一次反応をきっかけとして二次反応として血液中のグルコース濃度やラクテート濃度が増加することが知られている。従来、魚類のストレス評価は、高額な機器を必要とする煩雑な測定を行って、血中のコルチゾルやグルコースやラクテートを指標としていた。
【0020】
ストレスには物理的・精神的ストレスが挙げられる。ヒラメを用いて9.3kg/mの高密度と0.17kg/mの低密度とで飼育したとき、血中コルチゾル量は、図17に示すように、統計学的には低密度の時の方が低い。しかし、個々の個体を詳細に検討すると、血中コルチゾル量は高密度でも低い個体がいたり低密度でも高い個体がいたりすることから、個体差が大きく、全個体に均一なストレス負荷となっていないことが知られている。従って、特許文献1~3や非特許文献1のような手法でも均質なストレス低減とならないことが示唆される。加えて、体内で生じているストレス応答は漁業者・市場関係者が現場レベルで視覚的に判別することは困難乃至不可能である。
【0021】
そのため、魚類が、ストレス応答の初期段階である可逆的かつ瞬発的な体表異常によりストレス負荷状態であることを視覚的に検知できる魚類ストレス判定方法、その判定評価に基づき、ストレスを軽減させて、引き続く不可逆的で継続的な体色異常(例えばヒラメであれば有眼側の不可逆的な白化や非有眼側の不可逆的な黒化)発現を抑制する魚類ストレス低減方法、並びに魚類の全個体に均一なストレス負荷を与えるストレス評価モデルが求められていた。
【0022】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、水槽や生け簀の一群又はその一部の魚類が、ストレス応答の初期段階である瞬発的かつ可逆的な体色異常によりストレス負荷状態であることを視覚的に検知でき、またその可逆的な体色異常によってストレス負荷状態を数値化し客観的に評価できる魚類ストレス判定方法、その判定評価に基づき、ストレスを軽減させて、引き続く不可逆的で継続的な体色異常発現を抑制する魚類ストレス低減方法、並びに魚類の全個体に均一なストレス負荷を与えるストレス評価モデルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、天然又は養殖ヒラメやカレイは、危険を察知すると、黒っぽい有眼側(おもて側)にストレス応答の初期段階である瞬間的で可逆的な白色斑点凝集を生じるが、危険を感じなくなると復色することを見出した。そして、ストレス応答の初期段階においてストレスを軽減すれば、不可逆的な斑点状ないし斑状な黒化を防止することができるとの知見を得た。
【0024】
本発明は係る知見に基づきなされたものであり、擬態・警告・奇形に因らずに魚類の体表に現れる可逆的な体色異常を検知することにより、前記魚類がストレス負荷状態にあることを判定することを特徴とする魚類ストレス判定方法を提供するものである。
【0025】
また、本発明は、上記の魚類ストレス判定方法に基づく魚類のストレス低減方法であって、a)魚類の飼育水中のカリウムイオン濃度を塩化カリウム換算で40mM未満に調整する工程、または、b)魚類の飼育水中に炭酸ガスを添加する工程を有する、魚類のストレス低減方法を提供するものである。
【0026】
さらに、本発明は、魚類を、カリウムイオン濃度が塩化カリウム換算で40mMである飼育水中で飼育することにより強制的にストレス負荷状態とする工程と、擬態・警告・奇形に因らずに魚類の体表に現れる可逆的な体色異常を指標として魚類のストレスを評価する工程と、を有する魚類ストレス評価モデルを提供するものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明の魚類ストレス判定方法によれば、水槽や生け簀の一群又はその一部の魚類が、ストレス応答の初期段階である瞬発的かつ可逆的な体色異常によりストレス負荷状態であることを、煩雑な測定装置を用いたり面倒な採血や血液分析を行うことなく、目視により色彩的な可逆的体色異常を視覚的に観察するだけで、正確かつ簡便に検知できる。またその可逆的な体色異常の位置・範囲・数・大きさ・持続時間・濃淡などでストレス負荷状態を数値化し、個体毎に、客観的にストレス状態を評価することができる。
【0028】
この魚類ストレス判定方法によれば、測定すべき個体を採血したり捌いたりすることなく、遊泳させた状態で非浸潤的に、魚類の真のストレス負荷程度を可視化することができる。
【0029】
この魚類ストレス判定方法を用いれば、魚類は継続的なストレス負荷により、不可逆的な体色異常、例えばヒラメの有眼側の白化や無眼側の黒化を発現してしまう前に、一群又はその一部の魚類がストレス負荷状態にあることを察知することができる。
【0030】
また、本発明のストレス軽減方法によれば、ストレス負荷状態にある一群又はその一部の魚類に対して、ストレス軽減に起因して可逆的な体色異常を速やかに復色させ、持続的なストレス負荷に起因するヒラメの有眼側の白化や無眼側の黒化のような不可逆的な体色異常を起こさせないように抑制して、天然魚と同等の外観・色彩・形態を有し、味や歯ごたえや脂の乗りを高品質に維持することができる。また、ストレスが少ないことにより、腐敗要素の血液の筋肉滞留がなくなり、腐敗の進行が緩慢になり、保存期間が延長する。
【0031】
さらに、本発明のストレス評価モデルによれば、ストレス負荷が個体毎にばらつき易い飼育密度のような物理的なストレス負荷ではなく、人為的に魚類の全個体へ化学的に均一なストレス負荷を与えた後、様々なストレス軽減方法を施して優れたストレス解消法を探索するにあたり、前記魚類ストレス判定方法を用いたストレス応答指標により、ストレス軽減の有効性を検討することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】ストレス負荷状況下において発生したヒラメの体色異常を示す図である。
図2】ストレス前(A)、ストレス直後の白斑凝集(B)、ストレス数分後の黒化(C)が現れたヒラメを示す。
図3】ストレス負荷状況下におけるマアジの体色異常を示す図である。
図4】ストレス負荷状況下におけるフグの体色異常を示す図である。
図5】ストレス負荷状況下におけるサクラマスの体色異常を示す図である。
図6】本発明を適用する魚類ストレス評価モデルによるストレス負荷の程度と、本発明を適用する魚類ストレス判定方法による結果を示すグラフである。
図7】本発明を適用する魚類ストレス評価モデルによる塩化カリウム添加濃度毎によるストレス負荷の経過時間と、血中のグルコース及びラクテート、並びに血清コルチゾルの濃度変化との相関関係を表示することによって、本発明を適用する魚類ストレス判定方法による結果との関連性を示すグラフである。
図8】本発明を適用する魚類ストレス評価モデルによる塩化カリウム添加濃度毎によるストレス負荷の経過時間と、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(crh)、プロオピオメラノコルチン(pomc)、cytochrome P45011β hydroxylase(cyp11β)の各濃度との相関関係を表示することによって、本発明を適用する魚類ストレス判定方法による結果との関連性を示すグラフである。
図9】本発明を適用する魚類ストレス評価モデルによる塩化カリウム添加濃度毎によるストレス負荷の経過時間と、メラニン凝集ホルモン(mch)、メラニン5型受容体(mc5r)、プロオピオメラノコルチンの各濃度との相関関係を表示することによって、本発明を適用する魚類ストレス判定方法による結果との関連性を示すグラフである。
図10】本発明を適用する魚類ストレス評価モデルによる塩化カリウム添加濃度毎によるストレス負荷の経過時間と、ヒートショックプロテイン70及び90(hsp70及び90)の各濃度との相関関係を表示することによって、本発明を適用する魚類ストレス判定方法による結果を示すグラフである。
図11】各種麻酔剤を用いることにより、本発明を適用する魚類のストレス低減方法の効果を、黒化程度と白色面積比とで示したグラフである。
図12】各種麻酔剤を用いることにより、本発明を適用する魚類のストレス低減方法の効果を、血中グルコース量と血清コルチゾル量とで示したグラフである。
図13】各種麻酔剤を用いることにより、本発明を適用する魚類のストレス低減方法の効果を、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(crh)、プロオピオメラノコルチン(pomc)、cytochrome P45011β hydroxylase(cyp11β)の各濃度で示したグラフである。
図14】各種麻酔剤を用いることにより、本発明を適用する魚類のストレス低減方法の効果を、メラニン凝集ホルモン(mch)と、メラニン5型受容体(mc5r)と、脳下垂体のプロオピオメラノコルチン(pomc)の各濃度で示したグラフである。
図15】各種麻酔剤を用いることにより、本発明を適用する魚類のストレス低減方法の効果を、ヒートショックプロテイン70及び90(hsp70及び90)の各濃度で示したグラフである。
図16】ヒラメにストレスを負荷した後、表層水または海洋深層水で3時間飼育した後のヒラメを示す図である。
図17】表層水と海洋深層水との飼育下おいて、本発明を適用する魚類のストレス低減方法の効果を、官能試験によって示したグラフである。
図18】本発明を適用外の物理的ストレス環境でのヒラメの高低密度飼育下での血中コルチゾル量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0034】
本発明の魚類ストレス判定方法は、魚類の擬態・警告・奇形による体色変化に因らずに体表に可逆的な体色変化として現れる体色異常を検知することにより、前記魚類がストレス負荷状態にあることを判定するというものである。
【0035】
このような可逆的な体色異常とは、例えば、ヒラメ、カレイ、ホシガレイ、マツカワ、ターボット(イシビラメ)、ハリバット(オヒョウ)等の異体類(カレイ目魚類)において、短期間のストレス負荷によるもので、有眼側の体色が可逆的に白色斑点状ないし白色斑状に欠損する体色異常が挙げられる。ヒラメ等は、天然魚であれば、擬態・警告(危険を察知した場合や餌を食べる際の興奮も含む)などで一時的に変色することはあるが、継続してストレス負荷されているものではないので、短期間のストレス負荷による可逆的な白色斑点状ないし白色斑状や長期間のストレス負荷による有眼側の不可逆的な白化とはメカニズムが異なる。とりわけ養殖ヒラメにおける可逆的な白色斑点状ないし白色斑状は、目視観察により両者を識別することができる。
【0036】
また、擬態・警告のために体表が一時的に変化することがあるが、これらの変色は体表、例えばヒラメの場合、有眼側体表全面が変化するので、可逆的な体色異常と異なり、目視観察により両者を識別することができる。
【0037】
カレイ目魚類以外の魚類におけるこのような短期間のストレス負荷による可逆的な体色異常は、アジ(アジ科アジ亜科)例えばシマアジ・マアジであれば、横縞模様や、黒斑点の出現(黒化)である。
【0038】
その他、魚類がフグ(フグ目フグ科)であれば短期間のストレス負荷による可逆的な体色異常が体の黒化であり、サケ類(サケ亜科サケ属)例えばサクラマスであれば、横縞模様の出現である。これらの体色異常も可逆的な体色異常として目視で観察することができる。
【0039】
本実施形態において、ストレスの程度を表す用語として「可逆的」及び「不可逆的」という用語を用いる。また、ストレスの段階を表す用語として、「0次ストレス」、「1次ストレス」、「2次ストレス」の用語を用いる。「0次ストレス」とはストレス応答の初期段階である可逆的かつ瞬発的な体表異常を意味し、「1次ストレス」とは0次ストレスが継続して負荷された結果、副腎皮質ホルモン及びカテコールアミンホルモンが増加し、神経伝達物質活性が変化した状態を意味し、「2次ストレス」とは1次ストレスが継続して負荷された結果、代謝の変化(グルコース、乳酸の増加、組織グリコーゲンの減少)、細胞の変化(HSP産生の増加)、体液調節障害(塩化物、ナトリウム、水バランス)、血液学的特徴の変化(ホマトクリット、ロイコクリット、ヘモグロビン)、免疫機能の変化(リゾチーム活性、抗体産生)が発生した状態を意味する。2次ストレス状態までいっても、ストレスがなくなれば復色するが、0次ストレスのように瞬間的な復色ではなく、数時間から数日を要する。一方、2次ストレスが長時間にわたり負荷され続けると、一部で不可逆的に斑点状ないし斑状の白化又は黒化、全体的な黒ずみが発生する。
【0040】
この魚類ストレス判定方法は、魚類毎に、魚類の体表面積、例えばヒラメの有眼側体表に占める可逆的な体色異常である白色斑点状ないし白色斑状の面積が所定割合を超えたときに、ストレス負荷状態であると判断することができる。より具体的には、ヒラメの上部からの写真を画像処理し、有眼側体表の面積に対する白色斑点状ないし白色斑状の面積の割合を画像処理によって、算出することができる。ヒラメ以外の魚類についても同様に算出できる。その所定割合は魚類毎に異なるが、凡そヒラメの場合と同等である。
【0041】
ストレスが負荷されていると判断された場合でも、ヒラメの場合、短期間のストレス負荷であれば、ストレスを開放する環境にするだけで、可逆的な体色異常である白色斑点状ないし白色斑状は復色する。たとえ短期間のストレス負荷が繰り返されても、可逆的な体色異常さえ復色すれば、ストレスは解消されたことを示している。その後、長期間のストレス負荷がなければ、有眼側の体色が不可逆的に白化したり、無眼側の体色が不可逆的に黒化したりしない。しかし、長期間のストレス負荷となると、有眼側の体色が不可逆的に白化しさらに拡がったり黒ずんだり、無眼側の体色が不可逆的に黒化しさらに拡がったりして、もはや復色しなくなってしまう。
【0042】
そこで、魚類ストレス判定方法によりストレスが負荷されていると判断された場合には、有眼側の体色が不可逆的に白化したり、無眼側の体表の体色が不可逆的に黒化したりする前に、ストレスを軽減させたり解消させたりすることが重要である。
【0043】
魚類のストレス低減方法は、a)魚類の飼育水中のカリウムイオン濃度を塩化カリウム換算で40mM未満に調整する工程、または、b)魚類の飼育水中に炭酸ガスを添加する工程を実施することで、魚類のストレスが低減するというものである。
【0044】
a)魚類の飼育水中のカリウムイオン濃度を塩化カリウム換算で40mM未満に調整する工程は、その方法に特に限定はないが、例えば、換水や加水を行うことにより実施することができ、加水用の飼育水に海洋深層水を使用することにより実施することもできる。この場合、海洋深層水は、能登海洋深層水であることが好ましい。能登海洋深層水は、能登海洋深層水施設あくあす能登により石川県鳳珠郡能登町字小木沖3.7km地点で水深320mから取水したものである。換水や加水により飼育水中のカリウムイオン濃度が低下する結果、魚類のストレスを低減させることができる。なお、一般的な海水は塩化カリウム濃度が10mM程度であるため、下限値は塩化カリウム換算で10mMとすることが好ましい。また、海水、海洋深層水と共に、または海水、海洋深層水の代わりに、キヌレニンと、インドール酢酸とから選ばれる少なくとも何れかをストレス低減化成分として海洋深層水と共に含有した魚介類のストレス低減薬剤(特許第7093961号)を使用することもできる。
【0045】
b)魚類の飼育水中に炭酸ガスを添加する工程は、例えば、別途、換水用の飼育水に炭酸ガスを含ませ、これを飼育水に添加するか、飼育水に直接炭酸ガスを添加することにより実施することができる。飼育水中に炭酸ガスや炭酸水素ナトリウム由来の炭酸ガスを利用した固形状の魚類用麻酔剤(例えば特許第6202570号)を添加することにより、炭酸は魚介類に対し麻酔作用があるためストレス負荷を感受し難くする。
【0046】
上述したa)工程とb)工程のいずれも、魚類にストレスを与えない範囲で実施する必要があるが、魚類にストレスを与えない範囲であれば上述したa)工程とb)工程を併用してもよい。
【0047】
本発明の魚類ストレス判定方法及び魚類のストレス低減方法で飼育した魚類は、その後に実施した料理人・漁師らによる官能試験において、うまみや脂の乗り、匂い、舌触り、歯応え、色合い、水っぽさ・臭みのいずれも有意に向上していた。
【実施例0048】
以下、本発明を適用するにあたり参考例、本発明を適用する実施例、及び本発明を適用外の比較例について具体的に説明する。
【0049】
(実施例1)
事前に実施した予備実験から、にがりが魚類のストレス負荷の原因因子になる可能性があると考え、水ににがり6%を添加した調製海水が入った水槽で、重要な養殖水産種であるヒラメを観察したところ、にがりの刺激により全個体の体表に可逆的な白色斑点が出現した。その後、このヒラメを低密度の水槽に戻すと、数時間で白色斑点が消滅し復色したことから、可逆的な体色異常であることが示された。このことから、過剰なにがりが魚類のストレス負荷の原因因子となることが示唆された。
【0050】
(実施例2)
にがりの主成分は、ナトリウム、カリウム、マグネシウムであるが、各物質をそれぞれ単独に飼育水に添加したところ、カリウム添加水槽において可逆的な体色異常が観察されたことから、カリウムがストレス負荷の原因因子となる成分であると推察した。そこで、塩化カリウム40mM(にがり6%相当)を添加した調製海水にしてヒラメを観察したところ、塩化カリウム添加後数分で暴れはじめ、カリウムイオンの刺激により、有眼側体表の周縁部に可逆的な白色斑点が出現し徐々に大きくなりつつ、暴れた。暫くすると、暴れなくなったが、有眼側体表の中心部にも可逆的な白色斑点が徐々にくっきりしてきた(図1)。このようなストレス応答は、図2に示すように、ストレス前(A)、ストレス直後の白斑凝集(B:0次ストレス)、ストレス数分後の黒化(C:1~2次ストレス)の順に現れた(なお、図2の個体は同一個体である)。
【0051】
その後、このヒラメを低密度の水槽に戻すと、数時間で白色斑点が消滅し復色したことから、可逆的な体色異常であることが示された。このことから、にがりのうちカリウムイオンが魚類のストレス負荷の原因因子となることが示唆された。
【0052】
同様の条件で他の魚類についても実施したところ、マアジは横縞模様が現れた後、さらに時間の経過とともに黒化する現象が認められ(図3)、フグ(幼生)については黒化が認められ(図4)、サクラマスについては横縞模様が現れた(図5)。
【0053】
(実施例3)
次に、カリウムイオンがヒラメにどのような影響を及ぼすかについて、検討した。
【0054】
(実施例3-1)飼育方法、及びサンプリング方法
水温を20℃とし、塩化カリウム濃度を10mM(一般的な海水に相当)、40mM(6%にがりに相当)、これらの中間の25mMとなるように海水を調製した水槽にヒラメを移し入れた。各濃度の塩化カリウム添加前、添加後0.5時間、1時間、2時間、3時間経過時に、フェノキシエタノールによる麻酔をかけたのち、サンプリングした。
【0055】
i)形態学的解析、ii)血中のグルコース、ラクテート、血清コルチゾル測定、iii)qPCR遺伝子発現解析を行った。なお、n=5尾とし、チューキー・クレーマー検定(Tukey-Kramer test)によりp<0.05を有意差ありとした。
【0056】
(実施例3-2)形態学的解析
形態学的解析として、各濃度の塩化カリウム添加前、添加後0.5時間、1時間、2時間、3時間経過時に、上方から各個体について有眼側体表を撮影し、体表面積に占める可逆性白色斑点の面積率をImage J(パブリックドメインの画像処理ソフトウェア)で数値化した。その結果を図6に示す。
【0057】
図6から明らかな通り、塩化カリウム濃度10mM区及び25mM区では、経時的な変化はなかった。しかし、塩化カリウム濃度40mM区では、添加1時間後から経時的に、白点面積比が添加前に比べ、全ての個体で有意に増加し、添加3時間後に白点面積比が最大になった(図5、KCl 40mM 3h)。このことから、過度のカリウムイオンは、経時的にストレス負荷をかけることが分かった。なお、塩化カリウム40mM区では、塩化カリウム添加4時間経過後に斃死したが、塩化カリウム添加3時間後に、このヒラメを低密度の水槽に戻すと白色斑点が消滅し復色したことから、可逆的な体色異常であることが示された。
【0058】
(実施例3-3)血中のグルコース、ラクテート、血清コルチゾル測定
(1)採血
血中のグルコース、ラクテート、血清コルチゾルの濃度測定のため、ヒラメから採血し、またその血清を用いた。麻酔効果の見られる下限の濃度を採用して、ヒラメを麻酔液(0.02%Phenoxyethanol、和光純薬工業株式会社製)で麻酔し、背大動脈からヘパリン処理したシリンジで採血した。採取した血液を、直ちに卓上遠心機で1分間遠心分離し、上澄みを分離して、血清サンプルとして-80℃で保管した。分離した血清サンプルは、5倍量のジエチルエーテルに通し、エーテル層を窒素乾固することで除タンパク処理した。乾固したサンプルは、分離したサンプルの3倍量のELISA用のアッセイバッファー(50mM H3BO3;0.2% BSA for ELISA;0.01% Thimerosal、何れも和光純薬工業株式会社製)(pH7.8)で溶解し、試験の直前まで-80℃で保管した。
【0059】
(2)血中グルコースおよびラクテート測定
採取直後の全血液を用いて血中グルコースおよびラクテート測定を実施した。血中グルコースはニプロ社製ケアファスト(商標)により測定し、ラクテートはアークレイ社製ラクテートプロ 2(商標)により実施した。なお、血中ラクテート測定下限値は0.5mmol/lであり、それ以下は測定不可(Non Detected:ND)とした。
【0060】
(3)血清コルチゾル濃度測定
<3(i)測定原理>
コルチゾル濃度の測定には、サンプル溶液中のコルチゾルと、酵素標識した標識コルチゾルとを、抗コルチゾル抗体に対して競合的に抗原抗体反応させ、その後の酵素反応による基質溶液の呈色をスタンダード曲線に対応させて比色定量するという、一般的なステロイドホルモンの競合ELISA 法を応用して行った。
【0061】
<3(ii)操作1:二次抗体固相化プレートの調製>
先ず、抗ウサギ抗体ヤギ抗体をプレートに固相化した。市販の抗ウサギ抗体ヤギ抗体(CPL55641、コスモ・バイオ株式会社製)を、炭酸バッファー(15mM Na2CO3;35mMNaHCO3;3mM NaN3;何れも和光純薬工業株式会社製)(pH9.6)に15μg/mLとなるように希釈し、二次抗体溶液を調製した。この溶液を96穴プレート(C8 MAXISORP、Nunc-Imnomodule) に100μLずつ注ぎ、セロハンテープで封をし、室温で48 時間インキュベートして固相化した。次に、プレートを糖でブロッキングした。二次抗体溶液を捨て、生理食塩水250μLで4回洗浄した。その後ブロッキングバッファー(50mM H3BO3;0.1% BSA;3% Sucrose、和光純薬工業株式会社製)(pH7.8)を200μLずつ注ぎ、セロハンテープで封をし、室温で48時間インキュベートしてブロッキングした。その後ブロッキングバッファーを捨て、セロハンテープで封をして4℃で保管した。
【0062】
<3(iii)操作2:既知濃度のコルチゾル溶液(標準液)の希釈系列の調製>
未標識のコルチゾルを1mg/mLとなるようエタノールに溶解した溶液を用意した。毎回、100ng/mL、50ng/mL、25ng/mL、12.5ng/mL、6.25ng/mL、3.23ng/mL、1.56ng/mL、0.78ng/mLとなるよう、アッセイバッファーで段階希釈し、標準液としてそれぞれサンプルと同時にインキュベートした。
【0063】
<3(iv)操作3:西洋ワサビペルオキシダーゼ(Horseradish peroxidase: HRP)標識コルチゾルの調製>
HRP標識コルチゾル(FKA 403、コスモ・バイオ株式会社製)を4℃で保管しておき、測定の都度、アッセイバッファーで1/50倍に希釈して使用した。
【0064】
<3(v)操作4:一次抗体溶液の調製>
抗コルチゾルウサギ抗体(FKA 404-E、コスモ・バイオ株式会社製)を用い、内溶液20μLをアッセイバッファー9.98mLに溶かして1/500倍に希釈し、440μLずつエッペンドルフチューブに分注し、-80℃で保管した。実験の直前、アッセイバッファーで1/10倍に希釈して使用した。
【0065】
<3(vi)操作5:抗原抗体反応>
二次抗体固相化プレートのwellに、前述までの要領で調製した溶液を、サンプルまたは標準液、HRP標識コルチゾル溶液、一次抗体溶液の順で50μLずつ加えた。その後、セロハンテープでシールし、軽く振盪し、室温で24時間インキュベートした。
【0066】
<3(vii)操作6:HRPの基質溶液の調製と呈色反応>
HRPによる酵素反応の基質として、o-フェニレンジアミン二塩酸塩(o-Phenylenediamine: OPD、和光純薬工業株式会社製)を用いた。OPDはHRPが触媒する反応により酸化的に切断され、492nmの吸光波長を呈するものである。呈色反応の直前にOPD及び過酸化水素(Hydrogen peroxide: H2O2、和光純薬工業株式会社製)、クエン酸バッファー(0.2M Citric acid、和光純薬工業株式会社製)(pH4.5) を用いて、基質溶液(0.08%OPD、0.02%H2O2 in Citricacic buffer)を調製した。抗原抗体反応の手順の終了後、プレートを250 μL のプレート洗浄液(131mM NaCl;9mMNa2HPO4;1.1mM NaH2PO4、和光純薬工業株式会社製;1.5mM KH2PO4、以上何れも和光純薬工業株式会社製;0.05% Tween20)(pH7.4)で4回洗浄した。その後、基質溶液を100μLずつ注ぎ、遮光し、軽く振盪しながら20分程度インキュベートした。基質溶液が十分呈色したことを確認し、規定度3の硫酸を50μL追加して酵素反応を停止した。このプレートを、吸光波長の492nmに設定したプレートリーダーで吸光度を測定することでデータ化し、その吸光度を標準液のものと比較して、サンプル溶液中のコルチゾル濃度を求めた。
【0067】
(4)血中のグルコース、ラクテート、血清コルチゾル測定結果
各濃度の塩化カリウム添加前、添加後0.5時間、1時間、2時間、3時間経過時におけるストレス応答因子である血中のグルコース、ラクテート、血清コルチゾルを測定した結果を図7にまとめて示す。
【0068】
図7から明らかな通り、血中グルコース量は、塩化カリウム添加前に比べ、10mM及び25mM区では変化がなかったが、40mM区で添加2時間後から有意に増加した。また、血清コルチゾル量は、塩化カリウム添加前に比べ、3時間までの10mM区では変化がなかったが、25mM区及び40mM区では有意に増加した。一方、血中ラクテート量は、濃度に依らず何れの時間でも変化がなかった。これらのことから、塩化カリウム40mMのカリウムイオンがヒラメにストレスを与えていることが分かった。
【0069】
(実施例3-4)
(1)ストレス関連因子のqPCR遺伝子発現解析
ストレス関連因子の測定項目は、ヒラメにおけるストレス関連因子のうち、HPI軸関連因子として、脳(視床下部)での副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(crh)と、脳下垂体のプロオピオメラノコルチン(pomc)と、頭腎でのcytochrome P45011β hydroxylase(cyp11β)を測定し、体色変化因子として、脳(視床下部)でのメラニン凝集ホルモン(mch)と、脳下垂体のプロオピオメラノコルチン(pomc)、メラニン5型受容体(mc5r)を測定し、ストレス因子として、脳(視床下部)及び頭腎でのヒートショックプロテイン70及び90(hsp70及び90)を測定した。また、ヒラメにおける内部標識として、エロンゲーションファクター1α(ef1α)を使用した。
【0070】
(2)HPI軸関連因子の測定
各濃度の塩化カリウム添加前、添加後0.5時間、1時間、2時間、3時間経過時におけるHPI軸関連因子である副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(crh)、プロオピオメラノコルチン(pomc)、cytochrome P45011β hydroxylase(cyp11β)の各濃度を測定した結果を、図8に示す。
【0071】
図8から明らかな通り、脳での副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの発現は、塩化カリウム40mM添加後1時間で有意に高い値を示し、その後緩やかに減少した。また、下垂体でのプロオピオメラノコルチンの発現も、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの発現同様、40mM添加後1時間後で有意に高い値を示し、その後減少した。さらに、頭腎でのcytochrome P45011β hydroxylaseは、カリウム40mM添加後2時間から高くなり、3時間後に最高値を示した。
【0072】
(3)体色変化因子の測定
各濃度の塩化カリウム添加前、添加後0.5時間、1時間、2時間、3時間経過時における体色変化因子であるメラニン凝集ホルモン(mch)、メラニン5型受容体(mc5r)、プロオピオメラノコルチン(pomc)の各濃度を測定した結果を、図9に示す。
【0073】
図9から明らかな通り、脳でのメラニン凝集ホルモンの発現は、塩化カリウム40mM添加後1時間で最高値を示し、その後減少した。また、メラニン5型受容体の発現は、塩化カリウム40mM添加後時間依存的に増加した。一方、下垂体のプロオピオメラノコルチンについては前記の通りのもので、40mM添加後1時間後で有意に高い値を示し、その後減少した。
【0074】
(4)ストレス因子の測定
各濃度の塩化カリウム添加前、添加後0.5時間、1時間、2時間、3時間経過時におけるストレス因子であるヒートショックプロテイン70及び90(hsp70及び90)の各濃度を測定した結果を、図10に示す。
【0075】
脳でのヒートショックプロテイン70の発現は、塩化カリウム濃度25mM区で最高値を示したが、塩化カリウム濃度40mM区でも塩化カリウム添加前に比べ、時間依存的に高くなる傾向があった。また、脳でのヒートショックプロテイン90の発現は、塩化カリウム濃度40mM区で塩化カリウム添加前に比べ、時間依存的に増加し、3時間後は最高値を示した。一方、頭腎でのヒートショックプロテイン70及び90の発現は、塩化カリウム添加前に比べ、40mM添加3時間後で有意に高くなった。
【0076】
以上のことから、塩化カリウムをヒラメに添加すると、まず脳の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン発現量が高くなる。そして、その刺激により、下垂体のプロオピオメラノコルチンの発現が増加される。プロオピオメラノコルチンは、副腎皮質刺激ホルモンを分泌し、副腎皮質刺激ホルモンが頭腎でcytochrome P45011β hydroxylaseを介してコルチゾル分泌を促進させ、血中コルチゾル濃度が上昇したと推察される。同時に、脳で体色関連のメラニン凝集ホルモン、メラニン5型受容体、ストレス因子のヒートショックプロテイン発現量が高くなり、血中グルコースが増加するというストレス応答が行なわれているようである。さらに、ストレス因子の増加に伴い、体表に可逆的な体色異常として白色斑点が出現、増加した。即ち、塩化カリウム添加をすることにより、全ての個体に一律にかつ均一にストレスを与えることができ、言い換えれば魚類ストレス評価モデルとしてストレスの可視化ができた。
【0077】
(実施例4)麻酔によるストレス
(実施例4-1)フェノキシエタノールによる麻酔
前記の通り、ヒラメに対して可逆的な体色異常として白色斑点は、ストレスにより出現することが分かったが、サンプリング時のフェノキシエタノールによる麻酔で、有眼側の体表の体色が黒色化することが観察された。体色変化とストレスは、密接な関係があるため、麻酔による体色変化は麻酔ストレスによるものと推察される。
【0078】
(実施例4-2)各種麻酔薬による麻酔
(1)麻酔薬の種類
ヒラメに対してフェノキシエタノールがストレスの要因になる可能性があることから、可逆的な体色異常として白色斑点が発現せず、ストレス負荷がかからず又はストレスが軽減される麻酔剤について検討することにした。フェノキシエタノール、水産承認麻酔薬であって有効成分が食品添加物のオイゲノールであるFA100(DSファーマアニマルヘルス株式会社製の商品名)、学術的試薬の炭酸ガスの3種類の麻酔剤を用いて、どの麻酔剤が魚のストレスを軽減するか、について検討した。
【0079】
(2)麻酔薬による麻酔方法
ヒラメに対して実施例3と同様に40mM塩化カリウム添加によるストレスを負荷した後、通常の海水へ3時間浸漬しストレスを和らげてから、炭酸、フェノキシエタノール、FA100で麻酔をかけた。
【0080】
(3)形態学的解析
有眼側の体表を写真撮影し、黒色強度による黒化比、白色斑点(白点)面積比について、Image J(パブリックドメインの画像処理ソフトウェア)を用いて解析した。その結果を、図11に示す。図11から明らかな通り、炭酸麻酔区で麻酔前の個体と同じく黒化比が低く、フェノキシエタノール、FA100の麻酔区では黒化比が高くなり黒化していた。一方、白点面積比は炭酸麻酔区で麻酔前と同じであり、フェノキシエタノール、FA100の麻酔区では低くなっていた。このことから、炭酸麻酔剤を用いると、黒色化せず、より自然色に近いまま麻酔をかけることができることが分かった。
【0081】
(4)血中グルコース、血清コルチゾル測定
炭酸、フェノキシエタノール、FA100による麻酔後に、血中グルコース、血清コルチゾルを前記と同様にして測定した。その結果を、図12に示す。図12から明らかな通り、何れの麻酔薬でも、血中グルコース、血清コルチゾルに、有意な差が認められなかった。
【0082】
(5)ストレス関連因子のqPCR遺伝子発現解析
炭酸、フェノキシエタノール、FA100による麻酔後に、ストレス関連因子として、脳(視床下部)の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(crh)と、下垂体のプロオピオメラノコルチン(pomc)と、頭腎でのcytochrome P45011β hydroxylase(cyp11β)を前記と同様にして測定した。その結果を図13に示す。図13から明らかな通り、脳での副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの発現は、フェノキシエタノール麻酔下で炭酸、FA100麻酔下に比べ高く、炭酸麻酔下でフェノキシエタノール、FA100麻酔下に比べ低かった。また、下垂体でのプロオピオメラノコルチンの発現はFA100麻酔下で最も高く、炭酸麻酔下では有意に低い値を示した。一方、頭腎でのcytochrome P45011β hydroxylaseの発現は炭酸麻酔下で、フェノキシエタノール、FA100麻酔下に比べ低かった。
【0083】
(6)体色関連因子のqPCR遺伝子発現解析
炭酸、フェノキシエタノール、FA100による麻酔後に、体色変化因子として、脳(視床下部)でのメラニン凝集ホルモン(mch)と、メラニン5型受容体(mc5r)と、脳下垂体のプロオピオメラノコルチン(pomc)を前記と同様にして測定した。その結果を図14に示す。図14から明らかな通り、脳でのメラニン凝集ホルモンの発現は炭酸麻酔下で低く、メラニン5型受容体の発現はFA100麻酔下で最も高く、炭酸麻酔下でフェノキシエタノール、FA100麻酔下にくらべ有意に低かった。一方、下垂体のプロオピオメラノコルチンについては前記の通り、FA100麻酔下で最も高く、炭酸麻酔下では有意に低かった。
【0084】
(7)ストレス関連因子のqPCR遺伝子発現解析
炭酸、フェノキシエタノール、FA100による麻酔後に、ストレス関連因子として、脳(視床下部)及び頭腎でのヒートショックプロテイン70及び90(hsp70及び90)を前記と同様にして測定した。その結果を図15に示す。図15から明らかな通り、脳でのヒートショックプロテイン70の発現はフェノキシエタノール麻酔下で増加し、炭酸及びFA100麻酔下では低く、またヒートショックプロテイン90の発現は炭酸麻酔下でフェノキシエタノール、FA100麻酔下に比べ低かった。一方、頭腎でのヒートショックプロテイン70の発現はFA100麻酔下で高く、炭酸及びフェノキシエタノール麻酔下で低く、またヒートショックプロテイン90の発現はフェノキシエタノール麻酔下で有意に高かった。従って、炭酸での麻酔によりストレス関連因子の発現がフェノキシエタノール、FA100麻酔よりも、軽減していた。
【0085】
(8)よって、麻酔剤として炭酸を用いると、脳が眠ってしまいストレスが負荷されて可逆的な体色異常として白色斑点が出現していても消失し、ストレス低減・解消に繋がることが分かった。
【0086】
以上の結果から明らかな通り、先ず、ストレスが負荷されることにより、脳で副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの発現が増加し下垂体へ刺激を伝える。次に下垂体からプロオピオメラノコルチンの発現が増加し、副腎皮質刺激ホルモンの分泌が促進され、副腎皮質刺激ホルモンが、cytochrome P45011β hydroxylaseを介して頭腎でのコルチゾル分泌を促進させる1次応答を惹き起こす。その後血液中にコルチゾルが分泌され、グルコース濃度も増加するストレス2次応答が起こる。これらストレス応答と同時に、ヒラメの場合であれば有眼側の体表に可逆的な体色異常として白色斑点が出現するものと推察される。
【0087】
可逆的な白色斑点は、ストレス応答であり、視覚で簡便かつ確実に確認でき、従来のような血中のグルコース、ラクテート、又は血清コルチゾル測定、若しくはqPCR遺伝子発現解析などの面倒なストレス評価よりも、遥かに簡便で正確なストレス評価として養殖現場で利用することができる。
【0088】
一方、麻酔下のストレス機構は、ストレスが負荷されることにより、プロオピオメラノコルチンから、メラニン細胞刺激ホルモン(αMSH)が分泌され、表皮のメラニン5型受容体と結合することで体色が黒化すると推察される。しかし、炭酸麻酔を使用すると麻酔ストレスが低減し、各ストレス関連因子の発現が抑えられるので、メラニン細胞刺激ホルモン(αMSH)の分泌が抑制されるため、体色の変化が少なくなると推察される。
【0089】
このように、炭酸ガスは、無味、無臭であって安価で入手が容易であり、魚類へ与えるストレスも少ないばかりか、ストレス負荷状態の魚類のストレスを軽減したり解消したりすることが可能であることから、次世代の安心安全な麻酔剤、ストレス軽減剤として有用である
【0090】
(実施例5)
ストレスを回復させる方法について検討した。ヒラメに対して実施例3と同様に40mM塩化カリウム添加し3時間飼育することによりストレスを負荷し、体表に可逆的な体色異常として白色斑点を出現させた後、表層水、及び海洋深層水(能登海洋深層水)で夫々3時間飼育し、ストレスを回復させた。結果を図16に示す。表層水群(図16上)では、白色斑点が凡そ半分に減少したのに対し、海洋深層水群(図16下)では、白色斑点が完全に消滅した。このことから、海洋深層水は、表層水と比較して、よりストレス軽減ないし解消作用があることが示された。
【0091】
(実施例6)
海洋深層水によるストレス軽減の効果を検討するため、採取後に、表層水と深層水で夫々14日間飼育したヒラメについて、0日目、3日目、7日目、14日目に刺身にして、6名の料理人により、ブラインドで官能試験を行った。官能試験の評価項目は、うまみ、水っぽさ、脂の乗り、歯応え、舌触り、匂いの総合評価とし、各5点満点とした。その結果を図17に示す。図17から明らかな通り、表層水飼育群では徐々に評価が低下するのに対し、海洋深層水評価群では逆に徐々に評価が向上した。
【0092】
以上、詳細に説明した通り、塩化カリウム添加により全個体に均質にストレスを負荷できる魚類ストレス評価モデルを構築したところ、体表に可逆的な体色異常として白色斑点によりストレス負荷状態であることを察知し、例えばヒラメの有眼側の体表の不可逆的な白化や無眼側の体表の不可逆的な黒化になる前に魚類のストレス低減方法を施すことにより、天然ものと同程度の外観で高品質の魚類を養殖できるようになる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明は、水槽や生け簀の一群又はその一部のストレス応答の初期段階である瞬発的で持続的な可逆的な体色異常によりストレス負荷状態であることを視覚的に検知できまたその体色異常面積によって数値化でき、その評価に基づき、ストレスを軽減させて、引き続く不可逆的で継続的な体色異常(例えばヒラメであれば有眼側の不可逆的な白化や無眼側の不可逆的な黒化)の発現を抑制し、高品質の魚類を養殖するのに用いることができる。
【0094】
また、魚類ストレス評価モデルにより、魚類の真のストレスの可視化と共に、ストレス解消法の探索を行うのに用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18