(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025475
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】光共振器とその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01S 3/213 20060101AFI20240216BHJP
G02B 1/18 20150101ALI20240216BHJP
【FI】
H01S3/213
G02B1/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022128956
(22)【出願日】2022-08-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「自己組織化トポロジカル有機マイクロ共振器の開発」「細胞トラッキングのための生体適合性レーザー発振子の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】山岸 洋
(72)【発明者】
【氏名】山本 洋平
(72)【発明者】
【氏名】宮川 順乃介
(72)【発明者】
【氏名】竹山 日南子
【テーマコード(参考)】
2K009
5F172
【Fターム(参考)】
2K009BB02
2K009CC09
5F172AE24
5F172AF12
5F172CC04
5F172DD06
5F172ZZ04
5F172ZZ07
(57)【要約】
【課題】レーザー発振子として優れた機能を有する液体の光共振器と、それを容易に製造することを可能とする光共振器の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の光共振器の製造方法は、基材11の一面11aに撥水性膜12を形成する第一工程と、イオン液体に蛍光色素を添加した不揮発性液体を作製する第二工程と、所定のタイミングで所定のサイズの液滴の吐出を可能とする液滴吐出装置を用い、撥水性膜12上に、不揮発性液体を含む液滴13を吐出して配置する第三工程と、を有する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の一面に撥水性膜を形成する第一工程と、
イオン液体に蛍光色素を添加した不揮発性液体を作製する第二工程と、
所定のタイミングで所定のサイズの液滴の吐出を可能とする液滴吐出装置を用い、前記撥水性膜上に、前記不揮発性液体を含む液滴を吐出して配置する第三工程と、を有する、ことを特徴とする光共振器の製造方法。
【請求項2】
前記第三工程において、前記液滴吐出装置の液滴吐出部と前記撥水性膜との距離を、0.1mm以上、10.0mm以下とする、ことを特徴とする請求項1に記載の光共振器の製造方法。
【請求項3】
前記第三工程において、前記液滴が、前記撥水性膜上の所定の位置に配置されるように、前記液滴吐出装置の液滴吐出部と前記基材との相対的な位置関係を調整する、ことを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の光共振器の製造方法。
【請求項4】
前記第三工程において、
前記不揮発性液体を含む液滴が、さらに揮発性液体を含み、
前記揮発性液体の体積が、前記不揮発性液体の体積の0.1倍以上、30000倍以下であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の光共振器の製造方法。
【請求項5】
基材と、
前記基材の一面を被覆する撥水性膜と、
前記撥水性膜上に配置された液滴と、を備え、
前記液滴は、不揮発性液体と蛍光色素からなり、前記撥水性膜の厚み方向からの平面視において、直径が1μm以上、30μm以下であることを特徴とする光共振器。
【請求項6】
前記液滴の前記撥水性膜との接触角が140°以上である、ことを特徴とする請求項5に記載の光共振器。
【請求項7】
前記液滴は、前記撥水性膜上に複数配置され、所定の間隔をおいて並ぶ、ことを特徴とする請求項5または6のいずれかに記載の光共振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光を共振器内に閉じ込め、レーザー発振を行う技術が注目されている。レーザー発振子として機能する様々なレーザー媒質が知られているが、それらの多くは固体材料で構成されるものである。例えば、球状ポリマー粒子を固体材料として用い、ウィスパリング・ギャレリー・モード発振の発現を可能とする発光素子が開示されている(特許文献1)。
【0003】
固体材料のレーザー媒質は、化学的に安定ではあるが、作製に手間を要する。これに対し、液体材料のレーザー媒質は、化学的に不安定であり、大気組成、温度、湿度等の環境が管理された密閉環境下においてしか用いることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、レーザー発振子として優れた機能を有する液体の光共振器と、それを容易に製造することを可能とする光共振器の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0007】
(1)本発明の一態様に係る光共振器の製造方法は、基材の一面に撥水性膜を形成する第一工程と、イオン液体に蛍光色素を添加した不揮発性液体を作製する第二工程と、所定のタイミングで所定のサイズの液滴の吐出を可能とする液滴吐出装置を用い、前記撥水性膜上に、前記不揮発性液体を含む液滴を吐出して配置する第三工程と、を有する。
【0008】
(2)前記(1)に記載の光共振器の製造方法において、前記第三工程において、前記液滴吐出装置の液滴吐出部と前記撥水性膜との距離を、0.1mm以上、10.0mm以下とすることが好ましい。
【0009】
(3)前記(1)または(2)のいずれかに記載の光共振器の製造方法において、前記第三工程において、前記液滴が、前記撥水性膜上の所定の位置に配置されるように、前記液滴吐出装置の液滴吐出部と前記基材との相対的な位置関係を調整することが好ましい。
【0010】
(4)前記(1)または(2)のいずれかに記載の光共振器の製造方法において、前記第三工程において、前記不揮発性液体を含む液滴が、さらに揮発性液体を含み、前記揮発性液体の体積が、前記不揮発性液体の体積の0.1倍以上、30000倍以下であることが好ましい。
【0011】
(5)本発明の一態様に係る光共振器は、基材と、前記基材の一面を被覆する撥水性膜と、前記撥水性膜上に配置された液滴と、を備え、前記液滴は、不揮発性液体と蛍光色素からなり、前記撥水性膜の厚み方向からの平面視において、直径が1μm以上、30μm以下である。
【0012】
(6)前記(5)に記載の光共振器において、前記液滴の前記撥水性膜との接触角が、140°以上であることが好ましい。
【0013】
(7)前記(5)または(6)のいずれかに記載の光共振器において、前記液滴は、前記撥水性膜上に複数配置され、所定の間隔をおいて並ぶことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、レーザー発振子として優れた機能を有する液体の光共振器と、それを容易に製造することを可能とする光共振器の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る光共振器の断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る光共振器の製造装置の構成を説明する図である。
【
図3】
図2の光共振器の製造装置うち、光共振器が形成される部分を拡大した図である。
【
図4】
図2の光共振器の製造装置によって製造される光共振器の一部分を拡大した図である。
【
図5】実施例1として、液滴吐出部から吐出される液滴の画像である。
【
図6】実施例1として、アレイ状に配置された光共振器の上面の画像である。
【
図7】実施例1として、アレイ状に配置された光共振器の側面の画像である。
【
図8】実施例1で用いる顕微蛍光分光計測装置の構成を説明する図である。
【
図9】実施例1の光共振器で得られた、発光スペクトルを示すグラフである。
【
図10】実施例1の光共振器で得られた、発光スペクトルを示すグラフである。
【
図11】実施例1の光共振器で得られた、発光スペクトルを示すグラフである。
【
図12】実施例1の光共振器で得られた、発光スペクトルを示すグラフである。
【
図13】実施例1の光共振器で得られた、発光スペクトルを示すグラフである。
【
図14】実施例2における、液滴吐出部からの液滴の落下距離と、得られた光共振器の性能との関係を示すグラフである。
【
図15】(a)、(b)実施例1、3の光共振器の画像である。
【
図16】実施例3の光共振器で得られた、発光スペクトルを示すグラフである。
【
図17】実施例3の光共振器の可視光と紫外光の吸収測定および発光測定の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用した実施形態に係る光共振器とその製造方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0017】
<第一実施形態>
[光共振器]
図1は、本発明の第一実施形態に係る光共振器10の構成について、模式的に説明する図である。光共振器10は、主に、基材11と、基材の一面11aを被覆する撥水性膜12と、撥水性膜12上に配置された液滴13と、を備える。以下では、基材11に撥水性膜12が形成された状態の基板を、撥水性基板15と呼ぶことがある。
【0018】
基材11は、板状であり、少なくともその一面11aに撥水性膜12を形成することができるものであれば、特に限定されない。基材11としては、例えば、シリコン基板、石英基板、ガラス基板、サファイア基板、マイカ基板等が挙げられる。
【0019】
基材の一面11aの平面視した形状は、特に限定されず、例えば円形状、楕円形状、三角形状、正方形状、長方形状、五角以上の多角形状等であってもよい。基材11の厚みは、特に限定されず、撥水性膜12の厚み、液滴13の粒径等に応じて適宜調整される。基材11の厚み方向における一面11aの形状は、撥水性膜12を形成することができる形状であればよく、平坦であってもよいし、凹凸を有していてもよい。
【0020】
撥水性膜12は、基材11の一面11a上に堆積させた、多数の撥水性無機微粒子14によって構成される。撥水性膜12の厚みは、特に限定されないが、例えば、1μm以上1000μm以下であることが好ましく、20μm以上40μm以下であることがより好ましい。
【0021】
撥水性膜12の表面12aの算術平均粗さ(Ra)は、0.1μm以上5μm以下であることが好ましく、0.5μm以上2μm以下であることがより好ましい。撥水性膜12の表面12aの算術平均粗さ(Ra)が0.1μm以上であると、撥水性膜12の表面12aに所定の粒径の液滴13を配置することができる。撥水性膜12の表面12aの算術平均粗さ(Ra)が5μm以下であると、ロータス効果により、液滴13の接触角増大が起こる。
【0022】
撥水性膜12の表面12aの算術平均粗さ(Ra)は、例えば、アルバック社製の触針式の表面粗さ計を用いて試料表面をなぞることで断面曲線を電気的に検出し、JIS B 0601:2013「製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性状:輪郭曲線方式-用語,定義及び表面性状パラメータ」に準じて算出することができる。
【0023】
撥水性無機微粒子14は、核となる無機微粒子あるいは有機微粒子(図示略)と、無機微粒子あるいは有機微粒子の表面の一部または全部を被覆する撥水性被膜(図示略)とを有する。
【0024】
撥水性無機微粒子14の粒子径は、特に限定されないが、撥水性膜12の表面12aの算術平均粗さ(Ra)に応じて適宜調整される。撥水性無機微粒子14の粒子径は、例えば、50nm以上200nm以下であることが好ましく、80nm以上120nm以下であることがより好ましい。
【0025】
無機微粒子の材料としては、特に限定されないが、例えば、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム等が挙げられる。一方、有機微粒子の材料としては、特に限定されないが、例えば、ポリスチレン等が挙げられる。
【0026】
撥水性膜12の材料としては、特に限定されないが、例えば、フッ素を含む化合物が挙げられる。フッ素を含む化合物としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂等が挙げられる。
【0027】
液滴13は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる略球状の構造体である。なお、本実施形態における略球状の構造体は、露出面(最表面)が、球面または露出方向に凸の曲面を有する構造体を意味する。
【0028】
液滴吐出部103側から平面視(撥水性膜12の厚み方向から平面視)した液滴13の直径は、1μm以上1mm以下であることが好ましく、1μm以上80μm以下であることがより好ましく、1μm以上30μm以下であることが最も好ましい。液滴13の直径が2μm以上であると、励起光が照射されたときに、内部でウィスパリング・ギャレリー・モード(Whispering Gallery Mode、WGM)発振が起きる。液滴13の直径が1mm以下であると、液滴13は、撥水性膜12の表面12a上にて、長期間形状を維持することができるとともに、撥水性膜12の表面12aに対して密着性を有する。
【0029】
撥水性膜12の表面12aに対する液滴13の接触角θは、140°以上であることが好ましく、160°以上であることがより好ましい。液滴13の接触角θが140°以上であると、液滴13と撥水性膜12との接触面積が小さいため、液滴13から撥水性膜12へ漏れ出る発振光が少なくなる。この場合の液滴13をレーザー発振子として用いた場合、レーザー発振閾値が低くなる。
【0030】
液滴13を構成する不揮発性液体としては、25℃以下の温度で揮発しない液体であるとともに、撥水性膜12の表面12aに滴下した場合に、表面張力によって球状の構造体を形成することができるものであれば、特に限定されない。不揮発性液体としては、例えば、表面張力が30mJ/m2を超えるイオン液体、カチオンとしてイミダゾリウム、ピロリジニウム、ピリジ二ウム、ピペリジニウム、アンモニウム、ホスホニウムのいずれかを含むか、または、フルオライド・クロライド・ブロマイド・アイオダイド・テトラフルオロボレート・ヘキサフルオロフォスフェート・ヘキサフルオロアンチモネート・ビストリフルオロメチルスルホニルイミド・トリフルオロメタンスルホネート・メチルサルフェート・アセテート・ジシアンジアミド・ジメチルフォスフェートのいずれかを含むイオン液体、またはグリセロールが、好適に用いられる。表面張力が30mJ/m2を超えるイオン液体としては、例えば、下記(1)式で表されるイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、またはグリセロールが好適に用いられる。
【0031】
【化1】
[但し、R1は炭素原子数1~6のアルキル基であり、R2は炭素原子数2~10のアルキル基である。]
【0032】
イミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩の中でも、下記(2)式で表される1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート(1-etyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborate)が好ましい。
【0033】
【0034】
不揮発性液体に含まれる蛍光色素(イオン性発光色素)としては、不揮発性液体に溶解するとともに、励起光の照射により、励起光とは異なる波長の光を発光する色素であれば特に限定されない。イオン性発光色素としては、ローダミン、クマリン、ピロメテン、スチルベン、フルオレン、カルバゾール、のいずれかの分子骨格を含む有機色素、例えば、下記(3)式で表される化合物(Acid Red 52)、下記(4)式で表される化合物(Stilbene 420)、下記(5)式で表される化合物(Pyrromethene 556)、下記(6)式で表される化合物(Rhodamine 6G)が好適に用いられる。
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
液滴13において、不揮発性液体に対するイオン性発光色素の含有比(イオン性発光色素/不揮発性液体)は、モル比で、0.0001以上0.01以下であることが好ましく、0.001以上0.002以下であることがより好ましい。モル比が0.0001以上であると、液滴13が均一な球状の構造体となり、励起光が照射された際に十分な光増幅を行うことができる。また、モル比が0.01以下であると、十分な発光量が得られる。
【0040】
液歴13は、上記のイオン性発光色素を含む不揮発性液体からなるため、その形状が室温、大気下で数ヶ月以上維持されるとともに、常温、大気下において、長時間にわたって安定に光を発振することができる。また、液滴13は、不揮発性液体からなるため、弾性変形が可能であり、ガスの流れ等の僅かな外部の力に応じて変形し、レーザー発振波長が変調する。この特性を利用することにより、液滴13を、例えば流速センサー等に利用することができる。
【0041】
[光共振器の製造方法]
本発明の一実施形態に係る光共振器は、主に、次の第一工程、第二工程、第三工程によって製造することができる。
【0042】
(第一工程)
基材の一面11aに、撥水性膜12を形成する。撥水性膜12を形成する方法としては、特に限定されないが、例えば、撥水性無機微粒子14を含むスラリーを、基材11の一面11aに塗布または吹き付けて、基材11の一面11aに、当該スラリーからなる塗膜を形成する。次いで、基材11の一面11aに形成した塗膜を加熱し、乾燥させることにより、撥水性膜12を備えた撥水性基板15を得る。
【0043】
当該スラリーは、撥水性無機微粒子14に加えて、撥水性無機微粒子14を分散させるための溶媒を含む。溶媒としては、特に限定されず、撥水性無機微粒子14を分散または溶解させられるものが選択される。溶媒としては、例えば、液化天然ガス、ヘプタン、ヘキサン、ペンタン、ブタン、プロパン、ジメチルエーテル等が好ましい。スラリーの粘度は、特に限定されず、基材11の材質や、スラリーの塗布方法に応じて適宜調整される。
【0044】
スラリーを塗布する方法としては、例えば、スプレーによる噴霧、滴下、スピンコートによる塗布、浸漬、刷毛や筆等による塗布、インクジェットによる吹付け等が挙げられる。スラリーを吹き付ける方法としては、例えば、スプレー法等が挙げられる。基材11の一面11aに形成した塗膜を加熱する温度、時間は、スラリーに含まれる溶媒の種類に応じて適宜調整される。
【0045】
(第二工程)
イオン液体に、蛍光色素を添加し、所定の時間(約10分間)の加熱と超音波処理を行って溶解させた不揮発性液体を作製する。蛍光色素の添加量は、不揮発性液体に対するイオン性発光色素の含有比が、0.0001以上、0.01以下となるように、好ましくは0.001以上、0.002以下となるように調整する。作製した不揮発性液体に対しては、メンブレンフィルター(孔径0.20μm程度)を用いて濾過し、不純物粒子等の除去を行うことが好ましい。
【0046】
(第三工程)
撥水性膜上に、不揮発性液体からなる液滴を吐出して配置する。
図2は、液滴の吐出に用いる液滴吐出装置100の構成について、模式的に説明する図である。液滴吐出装置100は、いわゆるインクジェットプリンタの原理を利用(応用)した装置であり、プリント用のインクの代わりに、レーザー発振子として機能する高粘度の液滴13を吐出するように構成されている。液滴吐出装置100は、主に、液体収容部101、液体流路102、液滴吐出部103、基材保持部105、筐体106を備える。液滴吐出部13は、高粘度の液滴を吐出するため、一般的なインクジェットプリンタのインク吐出部よりも、吐出圧力を高められるように構成されている。基材保持部105は、液滴13が滴下される基材の保持台(XYZ電動ステージ等)である。
図2では、各部の構成を簡略化して示しているが、用途に応じて様々な設計変更が可能である。
【0047】
図2の液滴吐出装置100において、液体収容部101に、第二工程で得られた不揮発性液体を収容する。また、撥水性膜12が液滴吐出部103と対向するように、基材保持部105上に基材11を保持させる。また、液滴吐出部103に対する基材保持部105の位置を調整する。その上で、液体収容部101から、液体流路102を経由して液滴吐出部103に到達した液滴13を、圧電素子104を用いて撥水性膜12上の所定の位置に吐出させる。
【0048】
図3は、液滴吐出装置100うち、光共振器10が形成される部分を拡大した図である。基材11に対して液滴吐出部103を走査させながら、液滴13を吐出させることにより、所定の間隔をおいて並ぶように、撥水性膜12上の複数の位置に液滴13を配置することができる。液滴吐出部103の走査と液滴13の吐出のタイミングを調整することにより、例えば
図3に示すようなアレイ状の配置を行うことができ、他の配置を行うこともできる。
【0049】
図4は、
図3に示す光共振器10の一部分Rの断面を拡大した図である。撥水性膜12上に配置される液滴13同士の距離D
1は、液滴吐出部103の走査と液滴13の吐出のタイミングにより、自由に調整することができる。例えば、光共振器10をディスプレイ、照明、センサーとして用いる場合、この距離D
1は、液滴13の直径D
2の1.01倍~1000倍、あるいは、0.00001mm以上、1000mm以下とすることが好ましい。
【0050】
液滴吐出装置100は、インクジェットプリンタと同様の構成により、所定のタイミングで所定のサイズの液滴13の吐出を行うことが可能となっている。基材保持部105の位置調整、液滴13の吐出量の調整等に関しては、コンピュータで制御して行えることが好ましいが、状況に応じて手動でも行えることが好ましい。例えば、液滴13の吐出の様子を横方向(水平方向)から確認しながら、圧電素子104に印加するパルス電圧の大きさと時間、液滴吐出部103の温度を制御することにより、液滴13の吐出量を調節することができる。
【0051】
液滴吐出装置100では、液滴吐出部103(先端)と、基材11上の撥水性膜の表面12aとの距離Hを、調整することができる。ここでの距離Hを変えることにより、配置される液滴13の光共振器としての性能が変化する。距離Hが長いほど、配置される液滴13のレーザー閾値が低くなり、そのばらつきが小さくなるが、撥水性膜12上で液滴13が配置される位置を制御することは難しくなる。反対に、距離Hが短いほど、配置される液滴13のレーザー閾値が高くなり、そのばらつきが大きくなるが、撥水性膜12上での液滴13の配置の精度を高めることができる。なお、距離Hを変えても、配置される液滴13の直径には影響がない。
【0052】
距離Hによって、配置される液滴13のレーザー閾値が変わるのは、吐出された液滴13が、落下して撥水性膜12と衝突する際の速度が、距離Hに応じて変わることに起因している。吐出される液滴の落下速度は、吐出直後(落下開始時)に最も大きい速度(初速度)であり、落下する間に空気抵抗を受けて小さくなり、ほぼ一定の速度(終速度)となる。
【0053】
したがって、距離Hが短いほど、液滴13は、初速度に近い高速度で撥水性膜12に衝突することになり、強い衝撃を受ける。そのため、配置される液滴13は、球形状を維持できずに潰れたものとなり、レーザー閾値が大きくなってしまう。
【0054】
一方、距離Hが長いほど、液滴13は、終速度に近い低速度で撥水性膜12に衝突することになり、あまり強い衝撃を受けない。そのため、配置される液滴13は、球に近い形状を維持できたものとなり、レーザー閾値が小さくなる。
【0055】
レーザー閾値の制御性と液滴13の配置の制御性を両立させる観点から、距離Hは、実施例として後述するように、0.1mm以上10.0mm以下とすることが好ましく、2.0mm以上、3.0mm以下とすることがより好ましい。
【0056】
液滴吐出装置100では、液滴吐出部103と基材11、撥水性膜12との相対的な位置関係を調整することができるため、複数の液滴13を、高い精度で、撥水性膜12上の所定の位置に配置することができる。
【0057】
以上のように、本実施形態の光共振器の製造方法によれば、インクジェットプリンタの原理に基づく液滴吐出装置100を用いることにより、大気中にて、撥水性膜12上の所定の位置に、レーザー発振子としての機能を有する液滴13を滴下することができる。液滴吐出部103の位置を変えながら液滴13を吐出することにより、撥水性膜12上の複数の位置に液滴を滴下することができ、複数の液滴13による、アレイ状等の所定の配置を形成することもできる。したがって、本実施形態の光共振器の製造方法によれば、レーザー発振子としての機能を有する液体の光共振器を、容易に製造することができる。
【0058】
複数の液滴13をアレイ状に配置した場合の光共振器については、様々な用途が考えられる。例えば、大面積で純度が安定した光を発する照明装置、アレイ状の各位置で所定の色を発するように、液滴の構成材料を調整したディスプレイ、あるいは、湿度、ガスの流れ等を発光で検知する二次元センサー等の用途が挙げられる。
【0059】
本実施形態の光共振器の製造方法では、吐出される液滴13の落下距離を調整することにより、撥水性膜12上に配置される液滴13の形状を球状に近づけ、撥水性膜12との接触面積を小さくすることができる。この場合、液滴13から撥水性膜に漏れ出る発振光が少なくなり、液滴13のレーザー閾値が低くなるため、レーザー発振子として優れた機能を有する光共振器を得ることができる。
【0060】
<第二実施形態>
本発明の第二実施形態に係る光共振器の製造方法は、第二工程で作製する不揮発性液体に、揮発性液体を混合する点のみにおいて、第一実施形態の光共振器の製造方法と異なる。本実施形態の光共振器は、基材と、基材の一面を被覆する撥水性膜と、撥水性膜上に配置された液滴と、を備えている点において、第一実施形態の光共振器と同様であるが、液滴のサイズが異なる。本実施形態の光共振器とその製造方法は、少なくとも、第一実施形態の光共振器とその製造方法による効果を奏することができる。
【0061】
液滴吐出部から吐出される液滴の液滴のサイズは、液滴吐出部の構成によって決まるものである。吐出される液滴の直径の下限は、一般的には30μm程度であり、撥水性膜上に到達し、配置される液滴のサイズも同程度となる。
【0062】
本実施形態では、吐出される液滴を、不揮発性液体に揮発性液体を混合させた混合液体とする。揮発性液体としては、例えば、水、エタノール、クロロホルム等の液体が挙げられる。揮発性液体の混合は、第二工程において、イオン液体に蛍光色素を添加するタイミングで、同時に行ってもよいし、第二工と第三工程の間に行ってもよい。
【0063】
混合する揮発性液体の体積は、吐出できる液滴の体積の下限値と、撥水性膜上に配置する液滴の体積との差分に相当する体積であることが好ましい。揮発性液体の体積は、不揮発性液体の体積の0.1倍以上、30000倍以下であることが好ましい。揮発性液体の混合は、不揮発性液体と揮発性液体の体積比が、例えば1:9となるように行ってもよい。
【0064】
液滴吐出部から吐出された混合液体の液滴が、撥水性膜上に落下する過程において、液滴に含まれる揮発性液体が蒸発する。その結果として、撥水性膜上に到達し、配置される液滴は、不揮発性液体のみで構成されるものであり、その直径は、吐出直後の液滴の直径に比べて一桁以上も小さくなる。つまり、本実施形態で撥水性膜上に配置される液滴の直径は、一般的な液滴吐出装置(インクジェットプリンタ)において吐出される液滴の直径の下限よりも、さらに小さい直径を有する。したがって、本実施形態によれば、レーザー発振子としてより理想的なサイズ(直径が1μm以上、30μm以下)の液滴を、撥水性膜上に配置することができる。
【実施例0065】
以下、実施例により、本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0066】
(実施例1)
上記実施形態の第一工程、第二工程、第三工程を行い、本発明の光共振器を製造した。
【0067】
第一工程として、次の手順で、基材の一面に撥水性膜を形成した撥水性基板を作製した。まず、基材として用いる石英基板(15mm×15mm)をスピンコーターにセットして、1000rpmで回転させ、石英基板の一方の主面に対し、10cm離れた位置から垂直に超撥水スプレーを10秒程度噴射した。その後、スピンコーターから石英基板を取り出し、室温で約24時間かけて乾燥させた。乾燥後の石英基板の撥水性膜に対し、再度、同様の手順で超撥水スプレーを噴射し、乾燥させ、撥水性基板を得た。
【0068】
第二工程として、次の手順でイオン液体に蛍光色素を添加し、不揮発性液体を作製した。イオン液体として、上記(2)式で与えられる1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラートを用いた。蛍光色素として、上記(3)式で与えられるAcid Red 52を用いた。1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラートとAcid Red 52の含有比率を、1:200とした。
【0069】
第三工程として、次の手順で撥水性膜の上に複数の液滴を配置した。液滴吐出部と撥水性膜との距離を、2mmとした。液滴吐出部の圧電素子に対し、大きさ25.3Vのパルス電圧を印加し、撥水性膜に向けて液滴を吐出させた。パルス電圧の時間幅については、次のように設定した。
最初のパルス電圧の時間幅(1stパルス幅):95μs
次のパルス電圧の時間幅(2ndパルス幅):15μs
1stパルス電圧と2ndパルス電圧との間の時間幅:16.7μs
また、液滴の粘性を小さくして吐出させるため、液滴吐出部を加熱し、液滴の温度を70℃とした。
【0070】
図5は、液滴吐出部103から吐出され、落下する液滴の画像である。吐出時から、200μs後、300μs後、500μs後、700μs後、900μs後の液滴の位置が示されている。液滴吐出部103に近い位置では、液滴吐出部103からの落下距離が大きくなるほど、液滴の落下速度が大きくなっている。一方、液滴吐出部103から離れた位置では、液滴の落下速度が、落下距離によらず一定になっている。これらの様子から、吐出される液滴の落下速度は、吐出直後(落下開始時)に最も大きい速度(初速度)であり、落下する間に空気抵抗を受けて小さくなり、ほぼ一定の速度(終速度)となっていることが分かる。
【0071】
図6、7は、撥水性膜上に吐出され、アレイ状に配置された液滴13の蛍光顕微鏡画像である。
図6の蛍光顕微鏡画像は、撥水性膜の表面の法線方向から得られたものであり、
図7は、当該法線方向から15度傾いた方向から得られたものである。液滴13は、いずれの方向から見ても円形状になっていることから、球体になっていることが分かる。
【0072】
図8は、顕微蛍光分光計測装置200の構成を説明する図である。顕微蛍光分光計測装置200は、主に、励起光源(レーザー)201と、カメラ202と、ビームスプリッター203と、フリップミラー204と、対物レンズ205と、X-Yステージ206と、ロングパスフィルター207と、検出器(分光器)208と、で構成されている。
【0073】
顕微蛍光分光計測装置200では、励起光源201がレーザー光(励起光)を発すると、そのレーザー光がビームスプリッター203で反射され、さらに、対物レンズ205で収束されて、液滴13に照射される。液滴13にレーザー光が照射されると、液滴13は、内部でウィスパリング・ギャレリー・モード(WGM)が発振することにより、蛍光を発する。
【0074】
この蛍光は、ビームスプリッター203を透過して、その一部がフリップミラー204を透過してカメラ202に入射し、他の一部がフリップミラー204で反射し、ロングパスフィルター207を介して検出器208に入射する。検出器208では、受光した蛍光のスペクトルを測定し、そのスペクトルパターンを表示装置等に出力する。
【0075】
配置された複数の液滴のうち、任意の5つの液滴に対し、
図8の顕微蛍光分光計測装置200を用いて発光スペクトルを分析した。具体的には、励起光(波長355nm、周波数1kHz、パルス幅7ns)を段階的に強度を上げながら照射し、各照射強度での発光スペクトルを取得した。発光スペクトルにレーザー発振(ピーク)が確認されたときの照射強度が、レーザ閾値となる。
【0076】
図9~13は、それぞれ、分析した5つの液滴の発光スペクトルを示すグラフである。いずれの液滴においても、励起光を特定の照射強度以上とした場合に、発光スペクトルに、レーザー発振を示すピークが表れており、レーザー閾値を特定することができる。5つの液滴で特定されたレーザー閾値は、それぞれ4.77μJ/cm
2、3.11μJ/cm
2、2.08μJ/cm
2、11.58μJ/cm
2、6.00μJ/cm
2であり、いずれも一般的に知られる液体レーザーのレーザー閾値に比べて十分に低い。これらの結果から、本発明によって配置された液滴が、レーザー発振子として優れた機能を有していることが分かる。
【0077】
(実施例2)
実施例1と同様の手順において、液滴吐出部と撥水性膜との距離を0.5mm、1.0mm、1.5mm、2.0mm、3.0mm、5.0mm、7.0mmとした条件で、光共振器を作製し、各条件で作製した光共振器のレーザー閾値を測定した。
【0078】
図14は、その測定結果を示すグラフである。グラフの横軸は液滴吐出部と撥水性膜との距離(mm)、すなわち吐出される液滴の落下距離を示している。グラフの縦軸は、各条件で作製した複数の液滴のレーザー閾値(μJ/cm
2)の平均値を示している。液滴の落下距離が長くなるほど、レーザー閾値の平均値が小さくなり、平均値に対するばらつきも小さくなっている。この結果から、液滴は、落下距離が長いほど低速度で撥水性膜に衝突することになり、強い衝撃を受けないため、撥水性膜上に配置される液滴が、球に近い形状を維持できていると考えられる。
【0079】
同結果から、液滴の落下距離が長くなるほど、レーザー発振子として高い性能を有する液滴が配置されることが分かる。しかしながら、液滴の落下距離が長くなり過ぎると、液滴の吐出方向のばらつきが大きくなる。そのため、撥水性膜上の狙った位置に液滴を吐出することが難しくなり、複数の液滴を、アレイ状のように規則的に配置することができなくなる。なお、液滴の落下距離が0.5mm、1.0mm1.5mm、2.0mm、3.0mmである場合には、複数の液滴のアレイ状の配置が実現しており、各液滴の直径が、いずれの落下距離においても、ほぼ同じ大きさとなった。これらの結果から、液滴のレーザー発振子としての高い性能と、液滴の規則的な配置とを両立させる場合、液滴の落下距離は、2.0mm以上3.0mm以下であることが好ましいと考えられる。
【0080】
(実施例3)
上記第二実施形態に沿って光共振器を製造した。揮発性液体の混合は、不揮発性液体と揮発性液体の体積比が、1:9となるように行った。その他の条件は、実施例1、2と同様とした。
【0081】
図15(a)、(b)は、それぞれ、実施例1、3で製造した光共振器の液滴13A、13B側の画像である。実施例1での液滴13Aの直径D
2は、約35μmとなっているのに対し、実施例3での液滴13Bの直径D
2は、約20μmとなっている。実施例3での液滴13Bは、液滴吐出部からの吐出直後の状態と比較して、体積が1/10、直径が1/2.1となっている。実施例3の液滴13Bは、液滴吐出部から吐出された後に揮発性液体が蒸発した分、吐出直後の状態より小さくなっていると考えられる。
【0082】
液滴13に対し、励起光(波長355nm、周波数1kHz、パルス幅7ns)を照射し、液滴13の発光スペクトルを分析した。
図16は、得られた発光スペクトルを示すグラフである。グラフの横軸は励起光の波長(nm)を示し、グラフの縦軸は発光強度を示している。ブロードな発光ピークの上に先鋭なレーザーピークが見られることから、液滴13はレーザー発振子としての機能を有するものであることが分かる。
【0083】
液滴13に対し、の可視光、紫外光による吸収測定および発光測定を行った。
図17は、得られた蛍光スペクトルを示すグラフである。グラフの横軸は可視光、紫外光の波長(nm)を示し、グラフの縦軸は吸収強度、発光強度を示している。紫外光の吸収波長のピーク値と発光波長のピーク値とが異なり、入射光によりイオン性発光色素が蛍光を発光することが分かる。