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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024025623
(43)【公開日】2024-02-26
(54)【発明の名称】活性硫黄の定量方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20240216BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20240216BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20240216BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N27/62 X
G01N30/88 F
G01N30/72 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022209942
(22)【出願日】2022-12-27
(31)【優先権主張番号】P 2022128154
(32)【優先日】2022-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】502235315
【氏名又は名称】株式会社島津テクノリサーチ
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】國澤 研大
(72)【発明者】
【氏名】遠山 敦彦
(72)【発明者】
【氏名】赤池 孝章
(72)【発明者】
【氏名】飯伏 翼
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA05
2G041EA04
2G041EA12
2G041FA12
2G041GA03
2G041GA09
2G041HA01
2G041JA20
2G041KA01
2G041LA09
(57)【要約】      (修正有)
【課題】標準物質を入手し難い活性硫黄を十分な精度で簡便に定量する。
【解決手段】解析対象グループに含まれるシステイン等の基本化合物の既知濃度の標準物質を、LC-MS/MSにより測定する標準物質測定ステップ(S1)と、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で上記測定結果に基いて、基本化合物及びそれ以外の活性硫黄を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップ(S2)と、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるように予め定められた分析条件の下で、検体中の各硫黄化合物をLC-MS/MSにより測定する検体測定ステップ(S4)と、その測定結果と定量参照情報を用いて各硫黄化合物を定量する定量ステップ(S5)と、を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体中の活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であり、シスチン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、システイン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、酸化型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、及び、還元型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、のうちの少なくとも一つの解析対象であるグループに含まれる硫黄化合物を定量する方法であって、
解析対象であるグループに含まれる、シスチン、システイン、酸化型グルタチオン、又は還元型グルタチオンである基本化合物の既知濃度の標準物質を、クロマトグラフ質量分析装置により測定する標準物質測定ステップと、
同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で、前記標準物質測定ステップにより得られた測定結果に基いて、前記解析対象であるグループに含まれる基本化合物及びそれ以外の活性硫黄を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップと、
検体中の、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物をクロマトグラフ質量分析装置により測定するステップであって、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が前記所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果と前記定量参照情報を用いて、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物を定量する定量ステップと、
を有する、活性硫黄の定量方法。
【請求項2】
前記定量ステップでは、各グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度の比率を求める、請求項1に記載の活性硫黄の定量方法。
【請求項3】
前記定量参照情報取得ステップでは、前記定量参照情報として濃度と信号強度との関係を示す検量線を求め、前記定量ステップでは、前記定量参照情報を利用した外部標準法による絶対定量を行う、請求項1に記載の活性硫黄の定量方法。
【請求項4】
前記クロマトグラフ質量分析装置は液体クロマトグラフ-トリプル四重極型質量分析装置であって、前記検体測定ステップにおいて硫黄化合物毎に調整される前記分析条件は、多重反応モニタリングトランジション、コリジョンエネルギー、及び質量分解能を含む、請求項1に記載の活性硫黄の定量方法。
【請求項5】
クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体中の活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であって、シスチン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、システイン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、酸化型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、還元型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、硫酸及びそれに関連する無機硫黄化合物を含むグループ、及び、活性硫黄を安定化する誘導体化処理によって硫黄化合物から生成される副反応物を含むグループ、のうちの少なくとも一つの解析対象であるグループに含まれる複数の硫黄化合物を定量する方法であって、
所定の誘導体化試薬を用い、検体に対して活性硫黄を安定化する誘導体化処理を実施する前処理ステップと、
前記前処理ステップによる前処理のなされた検体中の、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物をクロマトグラフ質量分析装置により測定するステップであって、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果に基いて、前記解析対象であるグループに含まれる複数の硫黄化合物を相対定量する定量ステップと、
を有する、活性硫黄の定量方法。
【請求項6】
前記予め硫黄化合物毎に定められた分析条件は、複数の硫黄化合物の信号強度が略同一になるように定められたものである、請求項5に記載の活性硫黄の定量方法。
【請求項7】
クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体に含まれる活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であって、
硫黄原子の鎖状結合以外の構造が同じであって該鎖状結合を構成する硫黄原子の数が相違する複数の硫黄化合物を一つのグループとして、定量対象である目的硫黄化合物と同じグループに含まれ鎖状結合を構成する硫黄原子の数が1又は最小である硫黄化合物の既知濃度の標準物質を、クロマトグラフ質量分析装置により測定する標準物質測定ステップと、
同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で、前記標準物質測定ステップにより得られた測定結果に基いて、当該グループに含まれる硫黄化合物を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップと、
クロマトグラフ質量分析装置を用い、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が前記所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で、検体中の目的硫黄化合物の測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果と前記定量参照情報を用いて、目的硫黄化合物を定量する定量ステップと、
を有する、活性硫黄の定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体中の活性硫黄分子種(以下、単に「活性硫黄」という)を含む硫黄化合物を定量する方法に関し、さらに詳しくは、クロマトグラフ質量分析を利用した定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
活性硫黄は、システインのチオール(SH)基に過剰な(通常2個以上の)硫黄原子が付加したシステインパースルフィドに代表される、反応性の高い硫黄化合物の総称である。活性硫黄は、生体内の様々な臓器や血液中に多量に存在しており、生体内において活性酸素の消去能力を発揮する主要な抗酸化物質として機能することが知られている。このため、活性硫黄は、ヒトの老化防止、酸化ストレスが関与しているガンなどの様々な疾患・疾病に対する診断や予防・治療薬の開発など、医療に関連する種々の分野への応用が期待されている。
【0003】
こうしたことから、従来、生体内における活性硫黄を定量する手法の確立が要望されている。しかしながら、活性硫黄、とりわけ還元型の活性硫黄は特に反応性に富む化合物であるために、前処理や分析の過程で分解され易く、正確な定量が困難であった。
【0004】
還元型活性硫黄を含む活性硫黄の定量方法としては、例えば非特許文献1、2などに記載の、液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析装置(LC-MS/MS)を用いた方法が知られている。この方法では、還元型の活性硫黄を親電子性アルキル化剤を用いて安定な誘導体に変換し、そのうえでLC-MS/MSによる多重反応モニタリング(MRM)測定によって活性硫黄を選択的に検出している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Tomoaki Ida、ほか15名、「Reactive cysteine persulfides and S-polythiolation regulate oxidative stress and redox signaling」、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、May 27, 2014、Vol.111、No.21、pp.7606-7611(インターネット<URL:https://doi.org/10.1073%2Fpnas.1321232111>)
【非特許文献2】居原 秀、ほか2名、「活性硫黄研究の新展開」、生化学、91巻、3号、pp.388-398、2019年6月25日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に上記のような方法で定量を行うには、既知の濃度で目的の成分を含む標準物質が必要である。しかしながら、システインパースルフィドなどの化学的に不安定な活性硫黄については、標準物質が一般には提供されていない。そのため、一般のユーザーがこうした方法を用いて活性硫黄の定量解析を行うのは実際上困難である。
【0007】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、一般的に入手が容易である標準物質を利用して、化学的に不安定である活性硫黄を含む種々の硫黄化合物を十分な精度で簡便に定量することができる定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る活性硫黄の定量方法の第1の態様は、クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体中の活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であり、シスチン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、システイン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、酸化型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、還元型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループのうちの少なくとも一つの解析対象であるグループに含まれる硫黄化合物を定量する方法であって、
解析対象であるグループに含まれる、シスチン、システイン、酸化型グルタチオン、又は還元型グルタチオンである基本化合物の既知濃度の標準物質を、クロマトグラフ質量分析装置により測定する標準物質測定ステップと、
同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で、前記標準物質測定ステップにより得られた測定結果に基いて、前記解析対象であるグループに含まれる基本化合物及びそれ以外の活性硫黄を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップと、
検体中の、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物をクロマトグラフ質量分析装置により測定するステップであって、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が前記所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果と前記定量参照情報を用いて、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物を定量する定量ステップと、
を有する。
【0009】
また、本発明に係る活性硫黄の定量方法の第2の態様は、クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体中の活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であって、シスチン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、システイン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、酸化型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、還元型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、硫酸及びそれに関連する無機硫黄化合物を含むグループ、及び、活性硫黄を安定化する誘導体化処理によって硫黄化合物から生成される副反応物を含むグループ、のうちの少なくとも一つの解析対象であるグループに含まれる複数の硫黄化合物を定量する方法であって、
所定の誘導体化試薬を用い、検体に対して活性硫黄を安定化する誘導体化処理を実施する前処理ステップと、
前記前処理ステップによる前処理のなされた検体中の、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物をクロマトグラフ質量分析装置により測定するステップであって、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果に基いて、前記解析対象であるグループに含まれる複数の硫黄化合物を相対定量する定量ステップと、
を有する。
【0010】
また、本発明に係る活性硫黄の定量方法の第3の態様は、クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体に含まれる活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であって、
硫黄原子の鎖状結合以外の構造が同じであって該鎖状結合を構成する硫黄原子の数が相違する複数の硫黄化合物を一つのグループとして、定量対象である目的硫黄化合物と同じグループに含まれ鎖状結合を構成する硫黄原子の数が1又は最小である硫黄化合物の既知濃度の標準物質を、クロマトグラフ質量分析装置により測定する標準物質測定ステップと、
同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で、前記標準物質測定ステップにより得られた測定結果に基いて、当該グループに含まれる硫黄化合物を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップと、
クロマトグラフ質量分析装置を用い、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が前記所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で、検体中の目的硫黄化合物の測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果と前記定量参照情報を用いて、目的硫黄化合物を定量する定量ステップと、
を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る活性硫黄の定量方法の第1及び第3の態様によれば、一般に入手が容易である化学的に安定な硫黄化合物の標準物質を利用して、化学的に不安定であって標準物質を入手し難い活性硫黄を含む種々の硫黄化合物を十分な精度で簡便に定量することができる。
【0012】
また、本発明に係る活性硫黄の定量方法の第2の態様によれば、不安定である活性硫黄を含めて同じグループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度差が大きい場合であっても、硫黄化合物の標準物質を利用することなく、そうした複数の硫黄化合物の相対的な定量を精度良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る活性硫黄の定量方法を実施するための分析システムの一例の概略構成図。
図2図1に示した分析システムを用いて活性硫黄を含む硫黄化合物の定量解析を行う際の概略手順を示すフローチャート。
図3】硫黄化合物分析メソッドでの分析対象である17種類の硫黄化合物の一覧を示す図。
図4】活性硫黄を安定化するための誘導体化の一例を示す図。
図5】検体中の17種類の硫黄化合物のクロマトグラムの実測例を示す図。
図6】各硫黄化合物の、MS分析条件の調整前の信号強度と調整後の信号強度との対比の一例を示す図。
図7】システイン及びシステインパースルフィドの、MS分析条件の調整前及び調整後のクロマトグラムの一例を示す図。
図8】MS分析条件の調整後の状態における、実サンプル(サンプルは血漿)を用いた各硫黄化合物の相対信号強度の比較の一例を示す図。
図9】MS分析条件の調整後の状態における、実サンプル(サンプルは細胞)を用いた各硫黄化合物の相対信号強度の比較の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態である活性硫黄の定量方法を、添付図面を参照して説明する。
【0015】
[分析対象の硫黄化合物]
この実施形態による定量方法は、ヒトの血液(血漿)や臓器から採取した細胞などの検体中に存在する活性硫黄を含む硫黄化合物を定量することを主目的としている。但し、検体は生体試料であれば、これらに限るものではない。
【0016】
図3は、本定量方法における定量解析のターゲットである17種類の硫黄化合物を示す図である。
図3の右方に示すように、17種類の硫黄化合物は6個のグループに分けられる。このうち、活性硫黄として重要なのは、システイングループ、シスチングループ、還元型グルタチオングループ、酸化型グルタチオングループの4個である。これら4個のグループにおいて、図3中で星印を付した硫黄化合物は化学的に安定な硫黄化合物(つまり、一般的な狭義の活性硫黄ではない)であって、濃度が既知である標準物質が一般に入手可能である。それ以外の星印が付されていない硫黄化合物は標準物質が一般に提供されていない。システイングループ及び還元型グルタチオングループに含まれる活性硫黄は、反応性の高いチオール基(-SH)を有しており、特に化学的に安定性に乏しい非安定活性硫黄である。
【0017】
また、上記4個のほかの2個のグループは硫酸グループと副反応物グループである。上記4個のグループに含まれる硫黄化合物は有機化合物であるのに対し、硫酸グループに含まれる硫黄化合物は無機化合物であり、この例では硫酸とチオ硫酸である。一方、副反応物グループに含まれる硫黄化合物は、検体に元々含まれる化合物ではなく、後述する前処理の過程で派生的に生成される硫黄化合物である。なお、一般的に、硫酸やチオ硫酸などの硫酸グループに含まれ得る硫黄化合物は活性硫黄ではないものの、生体内での代謝における硫黄源として重要な化合物であることから、活性硫黄に準じる硫黄化合物として考えることができる。
【0018】
図3からも分かるように、この例では、上記4個のグループにおいて同じグループに属する複数の硫黄化合物は、硫黄原子の鎖状結合(…-S-S-…)を構成する硫黄原子の数のみが異なり、それ以外の部分の構造(構成)が同一である化合物である。例えばシステイングループに属する3個の硫黄化合物は、鎖状結合となっている硫黄原子の数が1~3である。この硫黄原子の数が4以上である硫黄化合物も存在するから、そうした化合物を同じグループに加えても構わない。他のグループについても同様である。また、硫黄原子の鎖状結合以外の構造が完全に同一でない場合であっても、同じグループに含めることが可能である場合もあり得る。また、副反応物グループについては、反応が生じる結合部位が必ずしも一意に決まっているわけではないため、様々な副反応物が生成される可能性がある。従って、副反応物グループには、鎖状結合の硫黄原子の数が同じであっても構造が相違する複数の硫黄化合物が含まれ得る。
【0019】
また、上記4個のグループにおいて標準物質の入手が容易である硫黄化合物は、鎖状結合を構成する硫黄原子の数が1又はグループ内で最小(具体的には2)である化合物である。このように、グループに含まれる硫黄化合物の数に拘わらず、またグループに含まれる硫黄化合物の構造に拘わらず、グループ内の複数の硫黄化合物の中で鎖状結合を構成する硫黄原子の数が1又は最小である化合物が標準物質として好適であり得る。
【0020】
[活性硫黄の安定化のための前処理]
上述した非安定活性硫黄は、そのままでは分析することが困難である。そこで、活性硫黄を安定化するための、誘導体化による前処理を実施する。具体的に、ここでは、誘導体化の試薬として、β-(4-ヒドロキシフェニル)エチルヨードアセトアミド(β-(4-hydroxyphenyl)ethyl iodoacetamide)(HPE-IAM)を使用する。
【0021】
図4は、HPE-IAMを用いた誘導体化の反応を示す図である。HPE-IAMは、還元型の活性硫黄に含まれるSH基と選択的に反応し、該活性硫黄を誘導体化する。誘導体に含まれるOH基の作用によってポリスルフィド鎖への副反応が抑制され、化学的に安定となる。図3及び後述する図5図6図8図9において化合物名の略称に含まれる「-HPE」は、HPE-IAMによる誘導体であることを示す。なお、還元型の活性硫黄に対する測定の前処理として、こうした誘導体化は実質的に必須であるものの、試薬としてHPE-IAMを用いることは必須ではない。
【0022】
[活性硫黄の定量原理]
本実施形態の定量方法では、検体に含まれる上記17種類の硫黄化合物を網羅的に測定するために、液体クロマトグラフ-トリプル四重極型質量分析装置(LC-MS/MS)を用いる。LC-MS/MSでは、前段の液体クロマトグラフにより検体中の17種類の硫黄化合物及びそれ以外の様々な夾雑物を概ね時間的に分離し、後段のトリプル四重極型質量分析装置において17種類の硫黄化合物をそれぞれ選択的に検出して、その量に応じたイオン強度信号を取得する。
【0023】
トリプル四重極型質量分析装置では、17種類の硫黄化合物にそれぞれ対応する保持時間付近の所定の測定時間範囲内で、各硫黄化合物に対応する特定のプリカーサーイオンとプロダクトイオンの質量電荷比(m/z)の組である多重反応リアクション(MRM)トランジションをターゲットとするMRM測定を実行する。これにより、17種類の硫黄化合物の化合物毎に、抽出イオンクロマトグラム(以下、単にクロマトグラムという)を構成するデータが得られる。検体に或る硫黄化合物が含まれていれば、その硫黄化合物に対応するクロマトグラムにピークが現れる。このピークの面積(又は高さ)はその硫黄化合物の存在量又は濃度に依存するから、その面積値又は高さ値に基いて含有量や濃度などの定量値を求めることができる。
【0024】
LC-MS/MSなどを用いて検体中の成分を定量する場合、最も一般的であるのは濃度が既知である標準物質を用いて予め検量線を作成し、該検量線を参照してピークの面積値等から未知の濃度を求める外部標準による絶対定量法である。しかしながら、既述のように、活性硫黄の標準物質は一般に入手が困難である。そこで、ここでは、標準物質が一般に入手可能である硫黄化合物を基準とし、複数の硫黄化合物の間での濃度の比率を求める相対定量と、一種類の硫黄化合物の標準物質を用いて作成した検量線をその硫黄化合物に関連する活性硫黄の絶対濃度の算出にも流用する疑似的な絶対定量と、を実施する。
【0025】
但し、同一のグループ内の硫黄化合物であっても、同一の濃度に対して得られる信号強度(典型的にはクロマトグラムにおけるピーク面積値)には大きな差異がある。そこで、グループ毎に、一つのグループに含まれる複数の硫黄化合物に対する信号強度が概ね揃うように、MS分析条件を調整することを検討する。
【0026】
LC-MS/MSにおいて信号強度に影響を与えるパラメーターは幾つかある。例えば、或る化合物を選択的に検出するためのMRMトランジションは、通常、複数存在するが、MRMトランジションによって感度が異なる。また、MS/MS分析のための衝突誘起解離(Collision-Induced Dissociation:CID)の際のコリジョンエネルギーを変化させるとイオンの解離の態様が異なるため、特定のMRMトランジションにおける信号強度は変化する。多くの場合、硫黄化合物によってMRMトランジションを適切に選定するとともにコリジョンエネルギーの値を適宜に調整することによって、複数の硫黄化合物に対する信号強度を概ね揃えることができる。
【0027】
但し、MRMトランジション及びコリジョンエネルギー値の調整によって信号強度を揃える場合、複数の硫黄化合物の中で信号強度が最小であるものに揃えることになるため、検出感度自体が低くなる可能性がある。そこで、ここでは、検出感度が低くなり過ぎることを避けるため、一部の硫黄化合物については、質量分解能を下げることによって検出感度を上げ、信号強度を揃えるという方法を採用する。なお、質量分解能の調整は、トリプル四重極型質量分析装置においては、前段及び後段四重極マスフィルターを通過するイオンのm/z値幅の調整によって行うことができる。
【0028】
図7は、システイン及びシステインパースルフィド(2種類)の、MS分析条件の調整前及び調整後のクロマトグラムの一例を示す図である。これらは、同一濃度の標準物質(システインパースルフィドについては特別に合成された標準物質)をLC/MS/MSしたときの測定結果である。
図7(A)は、各化合物についてそれぞれ信号強度が最大となるMS分析条件の下で得られたクロマトグラムであり、図7(B)は、信号強度が揃うように調整された後のMS分析条件の下で得られたクロマトグラムである。この場合には、調整前の状態において信号強度の差異が比較的小さいため、コリジョンエネルギー値のみの調整によって、信号強度を概ね揃えることが可能であることが分かる。
【0029】
図6は、上述した17種類全ての硫黄化合物についての、パラメーター調整前の信号強度及びその信号強度比(A)、並びに、パラメーター調整後の信号強度及びその信号強度比(B)の一例を示す図である。これも、図7と同様に、同一濃度の標準物質(活性硫黄については特別に合成された標準物質)をLC/MS/MSしたときの測定結果である。
【0030】
図6(A)から分かるように、各グループの中でCysSSSSCysとHSO3-HPEの二つの硫黄化合物は特に信号強度が低い。そのため、これら硫黄化合物に合わせるべく他の硫黄化合物の信号強度を下げるようにコリジョンエネルギー等を調整すると、全体の検出感度が低くなり過ぎる。そこで、これら二つの硫黄化合物については、質量分解能を調整する(実際には下げる)ことで信号強度を高め、それ以外の硫黄化合物についてはコリジョンエネルギー値を調整することで信号強度を下げ、各グループにおいて同一濃度に対する信号強度が揃うようにしている。その結果、図6(B)の右方に示しているように、調整後の信号強度は調整前の最大の信号強度に対しておおよそ20~60%の範囲内に収まっており、大幅な検出感度の低下は避けられる。また、各グループ内での信号強度のばらつきは10%以内に収まる。
【0031】
但し、図6の結果は、夾雑物を含まない標準物質を測定した結果であり、実際の検体では硫黄化合物以外の様々な夾雑物の影響などがあるため、その影響も評価する必要がある。そこで、血漿と細胞を実サンプルとして、図6(B)に示したように調整した後のパラメーターの下での各硫黄化合物の添加回収試験を行い、その回収率を求めた。その結果を図8図9に示す。血漿、細胞のいずれの場合でも、サンプルの希釈を適切に行うことによって、ほぼ全ての硫黄化合物について相対強度差を約±20%の範囲に収めることができることが確認できた。
【0032】
上述したように、上記17種類の硫黄化合物については、MRMトランジションを適切に選択し、且つコリジョンエネルギー値、及び質量分解能をそれぞれ適切に調整することで、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物に対する信号強度をほぼ揃えることができる。即ち、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度を所定の関係とすることができる。この関係は任意の濃度について成り立つため、グループ毎に、一つのグループに含まれる複数の硫黄化合物の相対定量を精度良く且つ広いダイナミックレンジで以て行うことができる。また、グループ毎に、化学的に安定であって入手が容易である硫黄化合物の標準物質に対する測定結果が得られれば、その結果からグループ内の全ての硫黄化合物を絶対定量するための定量参照情報を求めることが可能である。
【0033】
本実施形態の定量方法では、定量を実施するためのシステムやメソッドファイルを提供するメーカーにおいて、上記17種類の硫黄化合物の標準物質を用い、同一グループに含まれる硫黄化合物における同一濃度に対する信号強度がほぼ同一になるような、MRMトランジション、コリジョンエネルギー値、及び質量分解能を、各硫黄化合物について調べておく。そして、その結果に基いて、各硫黄化合物に対する個別のMS分析条件を含む分析条件(LC分析条件及びMS分析条件)を決定し、その分析条件の下でのLC/MS/MS分析を実施するためのメソッドファイルを作成する。
【0034】
[分析システムの構成例]
測定に使用する分析システムの一例について説明する。図1は、分析システムの一例の概略構成図である。本分析システムは、液体クロマトグラフ(LC)1と質量分析装置2とを含む測定部と、データ処理部3と、分析制御部4と、中央制御部5と、入力部6と、表示部7と、を含むLC-MS/MSシステムである。
【0035】
液体クロマトグラフ1は、移動相(溶媒)が貯留されている移動相容器11、移動相容器11から移動相を吸引して送給する送液ポンプ12、移動相中に試料を注入するインジェクター13、及び、試料に含まれる複数の成分を時間方向に分離するカラム14、を含む。また、図示しないが、通常は、多数の検体を順次分析するために、オートサンプラーがインジェクター13に接続される。
【0036】
質量分析装置2はトリプル四重極型質量分析装置であり、略大気圧に維持されるイオン化室201と、各々真空ポンプ(図示せず)により真空排気される第1中間真空室202、第2中間真空室203、及び高真空室204と、を備える。イオン化室201にはエレクトロスプレーイオン化(ElectroSpray Ionization:ESI)法によるイオン化を行うESIスプレー21が設けられ、イオン化室201と次段の第1中間真空室202との間は脱溶媒管22で接続されている。第1中間真空室202内にはイオンを収束させつつ輸送するイオンガイド23が配置され、第1中間真空室202と次段の第2中間真空室203との間は、スキマー24の頂部に形成されている小孔を通して連通している。第2中間真空室203内にも、イオンを収束させつつ輸送する多重極型イオンガイド25が配置されている。
【0037】
高真空室204内には、イオンの流れに沿って、前段四重極マスフィルター26、コリジョンセル27、後段四重極マスフィルター28、及びイオン検出器29、が配置されている。コリジョンセル27の内部には、四重極型のイオンガイドが配置されている。前段四重極マスフィルター26及び後段四重極マスフィルター28はそれぞれ、所定のm/zを有するイオンを選択的に通過させる機能を有する。コリジョンセル27の内部には、外部からアルゴンなどの不活性な衝突誘起解離(CID)ガスが導入されるようになっており、導入されたイオンをCIDガスに接触させることにより解離させてプロダクトイオンを生成する機能を有する。
【0038】
データ処理部3は、イオン検出器29からの検出データを受けて、該データに基く処理を行うものであり、機能ブロックとして、データ収集部31、定量演算部32、定量参照情報記憶部33、を含む。分析制御部4は、内部の記憶部に格納されている硫黄代謝物定量専用の分析条件を示す情報を含む硫黄化合物分析メソッド(メソッドファイル)41に従って、液体クロマトグラフ1及び質量分析装置2の動作を制御するものである。中央制御部5は、各部の統括的な制御と、入力部6や表示部7などを通したユーザーインターフェイスとを主として実行するものである。硫黄化合物分析メソッド41は、上述したように、各硫黄化合物に対する個別のMS分析条件を含む。
【0039】
一般に、データ処理部3、分析制御部4、及び中央制御部5の実体はパーソナルコンピューター又はより高性能なワークステーションと呼ばれるコンピューターであり、該コンピューターに予めインストールされた専用のソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューター上で動作させることで上記各機能ブロックの機能が実現されるものとすることができる。即ち、硫黄化合物分析メソッド41も、分析のためのパラメーターやデータ処理のための手順を提供する一種のプログラムである。
【0040】
[測定動作の概略説明]
上記分析システムでは、硫黄化合物の分析の際に測定部において、所定の測定時間範囲内で所定のMRMトランジションについてのMRM測定を繰り返し実施する。このMRM測定を含む測定動作を概略的に説明する。
【0041】
液体クロマトグラフ1において送液ポンプ12は移動相容器11から移動相を吸引し、略一定流速でインジェクター13に送る。インジェクター13は所定のタイミングで移動相中に所定量の試料(検体)を注入する。試料は移動相の流れに乗ってカラム14に導入され、試料中の各種成分はカラム14を通過する間に時間方向に分離されて溶出する。カラム14出口から出た溶出液は、質量分析装置2のESIスプレー21に到達する。ESIスプレー21において、試料は微細な帯電液滴としてイオン化室201内に噴霧される。帯電液滴は残留ガス分子と接触して分裂し、該液滴中の溶媒が気化する過程で、試料中の化合物分子はイオン化される。
【0042】
生成されたイオンは、脱溶媒管22を経て第1中間真空室202へと送られ、さらに、イオンガイド23、スキマー24の小孔、多重極型イオンガイド25を経て高真空室204まで送られる。試料成分由来のイオンは前段四重極マスフィルター26に導入され、前段四重極マスフィルター26を構成する電極に印加されている電圧に対応する所定のm/zを有するイオンのみがプリカーサーイオンとして選択的に通り抜ける。コリジョンセル27に入射したプリカーサーイオンはCIDガスに接触して解離され、様々なプロダクトイオンが生成される。
【0043】
生成された各種のプロダクトイオンは後段四重極マスフィルター28に導入され、後段四重極マスフィルター28を構成する電極に印加されている電圧に対応する所定のm/zを有するプロダクトイオンのみが選択的に通り抜け、イオン検出器29に到達する。イオン検出器29は入射したイオンの量に応じた検出信号を生成し、図示しないアナログデジタル変換器でデジタル化された検出データがデータ処理部3に入力される。
【0044】
分析制御部4は、目的とするMRMトランジションに応じた電圧が前段四重極マスフィルター26及び後段四重極マスフィルター28の電極にそれぞれ印加されるように質量分析装置2を制御する。また、前段四重極マスフィルター26を通り抜けたイオンが所定のコリジョンエネルギーを有してコリジョンセル27に入射するように、図示しないイオン輸送光学系を含め、各部に印加する直流電圧を設定する。これにより、試料に含まれる各種成分に由来するイオンの中で、特定のMRMトランジションに対応するイオン、つまりは特定のm/zを持つプリカーサーイオンが解離して生成された、特定のm/zを持つプロダクトイオンのイオン強度を示す検出データが得られる。
【0045】
質量分析装置2において、プリカーサーイオンはコリジョンセル27内でCIDにより解離されるが、その解離の態様はプリカーサーイオンが有する運動エネルギーつまりコリジョンエネルギーにより相違する。コリジョンエネルギーは、コリジョンセル27の入口端とその前段(図1では前段四重極マスフィルター26であるが、別のイオンレンズ等のイオン光学素子である場合もある)との直流的な電位差で決まるため、通常、コリジョンエネルギーはその電位差で示される。従って、前段四重極マスフィルター26とその前段のイオン光学素子とのいずれか一方又は両方に印加する直流バイアス電圧によって、コリジョンエネルギーを調整することができる。
【0046】
[硫黄化合物の定量解析の手順]
図2は、硫黄化合物の定量解析の概略手順の一例を示すフローチャートである。なお、以下の説明は、図3に示した17種類の硫黄化合物の全てを定量する場合の例であるが、全てを定量することは必須ではなく、少なくとも一つのグループに含まれる一つの活性硫黄を定量するものとすることができる。
【0047】
まず、定量を実施したいユーザーは、図3に示した各グループにおいて標準物質が入手可能である、化学的に安定な硫黄化合物(基本化合物)の既知濃度の標準物質を準備する。そして、標準物質をそれぞれ、図1に示した分析システムを用い、硫黄化合物分析メソッド41に従って測定する(ステップS1)。即ち、システイングループについてはシステイン、シスチングループについてはシスチン、還元型グルタチオングループについては還元型グルタチオン、酸化型グルタチオングループについては酸化型グルタチオン、硫酸グループについては硫酸又はチオ硫酸のいずれかである基本化合物の標準物質を測定する。なお、副反応物グループについては、通常、一般に入手可能な標準物質は存在しないため、標準物質に対する測定は実施されない。
【0048】
上記17種類の硫黄化合物を測定する際の主要なLC分析条件及びMS分析条件の一例は次の通りである。但し、ここでは、測定部として、島津製作所製LCMS-8060NXを用いることを想定している。また、各硫黄化合物に対するMRMトランジションは、図8及び図9中に記載されている通りである。
<LC分析条件>
・カラムの種類:PFPPカラム
・グラジエント条件:移動相A(formate - Water)及び移動相B(formate - Methamol)を使用したグラジエント溶離
・移動相流速:0.3 mL/min
・試料注入量:2 μL
・カラム温度:40 ℃
【0049】
<MS分析条件>
・ネブライズガス流量:3.0 L/min
・ドライングガス流量:10.0 L/min
・ヒーティングガス流量:10.0 L/min
・脱溶媒管温度:250 ℃
・ヒートブロック(イオン化室内)温度:400 ℃
・イオン化モード:IonFocus ESI
【0050】
上記17種類の硫黄化合物は、上述したLC分析条件の下で概ね時間的に分離することが可能である。図5は、実検体を上記条件の下でLC-MS/MSを用いて測定することにより得られたクロマトグラムの一例である。図5では、一部の硫黄化合物が時間的に重なっているものの、それら重なっている化合物はMRM測定によって分離可能である。
【0051】
上記分析システムを用い各グループの基本化合物に対する測定が実施されると、それぞれMRM測定の繰り返しにより取得されたクロマトグラムデータがデータ収集部31に格納される。引き続いて定量演算部32は、クロマトグラムデータを解析して各基本化合物に対応するピークを検出し、そのピークの面積値を計算し、グループ毎に既知である濃度と面積値との関係を示す定量参照情報を求める(ステップS2)。得られた定量参照情報は定量参照情報記憶部33に格納される。
【0052】
この定量参照情報は、例えば濃度と面積値との関係を数式で表した検量線とすることができる。検量線を作成する場合には、複数段階の濃度の標準物質を用いることが望ましい。また、定量参照情報は、或る一つの濃度値と面積値との値の組合せでもよい。また、この定量参照情報は基本化合物に対するものであるが、ここでは、グループ毎に同一濃度に対する基本化合物と活性硫黄とで信号強度がおおよそ揃うようにパラメーターが調整されるので、上記定量参照情報はそのまま活性硫黄に対する定量参照情報として用いられる。
【0053】
そのあと、ユーザーは目的とする検体中の還元型の活性硫黄について、上述したような誘導体化の前処理を実施し、活性硫黄を安定化させる(ステップS3)。そして、ユーザーは、その前処理の済んだ検体を測定部にセットし、入力部6より測定開始を指示する。指示を受けた分析制御部4は、硫黄化合物分析メソッドに従って、検体に対するLC/MS/MS分析を実行する(ステップS4)。このときの分析条件は、ステップS1における標準物質に対する測定時と同じである。
【0054】
この測定により取得されたクロマトグラムデータは、データ収集部31に一旦格納される。質量分析装置2では、検体中の各硫黄化合物に対し上述したMS分析条件及び調整後のパラメーターに従ってMRM測定が実施されるから、例えば、仮に検体中に同じ濃度でシステインCysS-HPEとシステインパースルフィドCysSS-HPEが含まれていた場合、それら硫黄化合物にそれぞれ対応するクロマトグラム上のピークはほぼ同一面積値となる。
【0055】
定量演算部32は、クロマトグラムデータを解析して各硫黄化合物に対応するピークの面積値を計算する。そして、グループ毎に、一つのグループに含まれる複数の硫黄化合物に対応する面積値と、定量参照情報記憶部33から読み出した各グループの定量参照情報とに基いて、複数の硫黄化合物の定量値、つまりは絶対定量値としての濃度値、又は相対定量値としての濃度比を算出する(ステップS5)。こうして求まった定量値は表示部7に表示される。
【0056】
例えば、システイングループに含まれる複数の硫黄化合物の相対定量を行う場合には、規定濃度のシステインに対する面積値が定量参照情報として得られる。従って、検体中のシステインの面積値と定量参照情報とから、検体中のシステインの濃度値が求まり、検体中のシステインパースルフィドの面積値と定量参照情報とから、該システインパースルフィドの相対濃度、つまりは相対定量値が求まる。また、システイングループに含まれる複数の硫黄化合物の絶対定量を行う場合には、システインの濃度と面積値との関係を示す検量線が定量参照情報として得られる。従って、検体中のシステインの面積値と定量参照情報とから、検体中のシステインの絶対濃度値が求まり、検体中のシステインパースルフィドの面積値と定量参照情報とから、該システインパースルフィドのおおよその絶対濃度値が求まる。他のグループに含まれる硫黄化合物も同様である。副反応物グループについては、標準物質の測定結果に基く定量参照情報が存在しないが、該グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同じであれば面積値はほぼ同じになる筈であるから、各硫黄化合物の面積値の比率に基いて相対定量を行うことができる。
【0057】
以上のようにして、本実施形態の定量方法によれば、一般には標準物質を入手することが困難である活性硫黄についての定量を簡便に行うことができる。
【0058】
[変形例]
上記の分析条件等に示されている数値はあくまでも一例であり、使用する装置の機種等に応じて異なり得ることは当然である。
また、上記説明に用いたシステムや手順もあくまでも一例にすぎず、ここに記載のものに限らないことも当然である。
【0059】
また、上記実施形態では、実質的に、システイン、シスチン、還元型グルタチオン、酸化型グルタチオンの4個のグループに含まれる活性硫黄を定量の対象としていたが、それ以外の様々な種類の活性硫黄に対し、同様の方法で定量が可能であることは当然である。例えば、メルカプトピルビン酸やコエンザイムAはチオール基を有する還元型の活性硫黄であり、システインと同様に、チオール基とそれ以外の構造体との間に1又は複数の硫黄原子の鎖状結合が入る複数の硫黄化合物が存在する。一方、シスタチオニンはシスチンと同様の酸化型の活性硫黄であり、硫黄原子の鎖状結合を介して同じ部分構造体が繋がっており、その硫黄原子の数が異なる複数の硫黄化合物が存在する。こうした硫黄化合物においても、鎖状結合の硫黄原子の数が相違し、それ以外の構造が実質的に同じである複数の硫黄化合物を一つのグループとし、そのグループに含まれる硫黄化合物の中で鎖状結合の硫黄原子の数が1又は最小である化合物を標準物質として用いることで、そのグループに含まれる複数の硫黄化合物の定量を行うことができる。
【0060】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0061】
(第1項)本発明に係る活性硫黄の定量方法の一態様は、クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体中の活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であり、シスチン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、システイン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、酸化型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、還元型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループのうちの少なくとも一つの解析対象であるグループに含まれる硫黄化合物を定量する方法であって、
解析対象であるグループに含まれる、シスチン、システイン、酸化型グルタチオン、又は還元型グルタチオンである基本化合物の既知濃度の標準物質を、クロマトグラフ質量分析装置により測定する標準物質測定ステップと、
同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で、前記標準物質測定ステップにより得られた測定結果に基いて、前記解析対象であるグループに含まれる基本化合物及びそれ以外の活性硫黄を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップと、
検体中の、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物をクロマトグラフ質量分析装置により測定するステップであって、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が前記所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果と前記定量参照情報を用いて、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物を定量する定量ステップと、
を有する。
【0062】
第1項に記載の活性硫黄の定量方法によれば、一般に入手が容易である化学的に安定な硫黄化合物の標準物質を利用して、化学的に不安定であって標準物質を入手し難い活性硫黄を含む種々の硫黄化合物を十分な精度で簡便に定量することができる。なお、ここでいう「それに関連する活性硫黄」とは、典型的には、それ、つまりはシスチン等の或る硫黄化合物に対し、硫黄原子の鎖状結合における硫黄原子の数(1以上の整数)のみが異なり、それ以外の構造が同じである硫黄化合物のことである。但し、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物について、それ以外の構造は完全に同じでなくてもよく、実質的に同じであればよい。
【0063】
なお、システイン及び還元型グルタチオンのグループに含まれる活性硫黄は特に不安定であるため、測定に先立って、チオール基と選択的に反応する試薬(典型的には上記HPE-IAM)を用いた安定化の前処理を行うことが望ましい。
【0064】
(第2項)第1項に記載の活性硫黄の定量方法において、前記定量ステップでは、各グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度の比率を求めるものとすることができる。
【0065】
第2項に記載の活性硫黄の定量方法によれば、グループ毎に、そのグループに含まれる硫黄化合物の相対定量を行うことができる。同一グループ内でも検体に含まれる硫黄化合物には大きな濃度差がある場合があるが、検体の測定時に、例えば同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の測定結果の比率が所定の許容範囲に収まるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定が実行されるため、濃度の高い成分の信号飽和や逆に濃度が低い成分の検出漏れが生じにくく、広いダイナミックレンジで各成分を定量することができる。
【0066】
(第3項)第1項に記載の活性硫黄の定量方法において、前記定量参照情報取得ステップでは、定量参照情報として濃度と信号強度との関係を示す検量線を求め、前記定量ステップでは、前記定量参照情報を利用した外部標準法による絶対定量を行うものとすることができる。
【0067】
第3項に記載の活性硫黄の定量方法によれば、例えば、システイン等の入手が容易である標準物質を用いた疑似的な外部標準法によって、標準物質を入手し難いシステインパースルフィドのおおよその絶対濃度値を求めることができる。
【0068】
(第4項)第1項に記載の活性硫黄の定量方法において、前記クロマトグラフ質量分析装置は液体クロマトグラフ-トリプル四重極型質量分析装置であって、前記検体測定ステップにおいて硫黄化合物毎に調整される前記分析条件は、多重反応モニタリング(MRM)トランジション、コリジョンエネルギー、及び質量分解能を含むものとすることができる。
【0069】
ここで、コリジョンエネルギーは、トリプル四重極型質量分析装置におけるコリジョンセルの入口及びそれよりも前方に存在するイオン輸送光学系(前段四重極マスフィルターを含む)に印加される直流電圧によって調整し得る。また、質量分解能は、トリプル四重極型質量分析装置における二つの(前段及び後段の)四重極マスフィルターを通過するイオンのm/z幅で決まるから、それら四重極マスフィルターを構成する電極への印加電圧によって調整し得る。
【0070】
第4項に記載の活性硫黄の定量方法によれば、イオンの信号強度に大きな影響を及ぼすMRMトランジションやコリジョンエネルギーのみならず、必要に応じて質量分解能まで調整し得るため、同一の分析条件の下で同一の成分濃度に対して一つのグループに含まれる複数の硫黄化合物の信号強度に大きな差異がある場合であっても、それらの信号強度が概ね揃うように調整することが可能である。これにより、上述した四つのグループに含まれる活性硫黄の定量を良好に行うことができる。
【0071】
(第5項)本発明に係る活性硫黄の定量方法の別の態様は、クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体中の活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であって、シスチン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、システイン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、酸化型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、還元型グルタチオン及びそれに関連する活性硫黄を含むグループ、硫酸及びそれに関連する無機硫黄化合物を含むグループ、及び、活性硫黄を安定化する誘導体化処理によって硫黄化合物から生成される副反応物を含むグループ、のうちの少なくとも一つの解析対象であるグループに含まれる複数の硫黄化合物を定量する方法であって、
所定の誘導体化試薬を用い、検体に対して活性硫黄を安定化する誘導体化処理を実施する前処理ステップと、
前記前処理ステップによる前処理のなされた検体中の、前記解析対象であるグループに含まれる各硫黄化合物をクロマトグラフ質量分析装置により測定するステップであって、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果に基いて、前記解析対象であるグループに含まれる複数の硫黄化合物を相対定量する定量ステップと、
を有する。
【0072】
(第6項)第5項に記載の活性硫黄の定量方法において、前記予め硫黄化合物毎に定められた分析条件は、複数の硫黄化合物の信号強度が略同一になるように定められたものとすることができる。
【0073】
第6項に記載の活性硫黄の定量方法では、或る一つのグループに含まれる複数の硫黄化合物が同濃度で検体に含まれていた場合、それら複数の硫黄化合物の信号強度は略同一である。従って、複数の硫黄化合物の信号強度の比率は相対的な濃度の比率を表しており、相対定量が可能である。また、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が同一ではなく、既知の所定の関係(比率)になる場合であっても、その既知の所定の関係を利用して濃度の相対比率を算出できることは明らかである。
【0074】
このように、第5項及び第6項に記載の活性硫黄の定量方法によれば、硫黄化合物の標準物質に対する測定を実施しなくても、各グループ内において、複数の硫黄化合物の精度の高い且つダイナミックレンジの広い相対定量を実施することができる。
【0075】
(第7項)本発明に係る活性硫黄の定量方法の別の態様は、クロマトグラフ質量分析装置を用いて、検体に含まれる活性硫黄を含む硫黄化合物を定量する方法であって、
硫黄原子の鎖状結合以外の構造が同じであって該鎖状結合を構成する硫黄原子の数が相違する複数の硫黄化合物を一つのグループとして、定量対象である目的硫黄化合物と同じグループに含まれ鎖状結合を構成する硫黄原子の数が1又は最小である硫黄化合物の既知濃度の標準物質を、クロマトグラフ質量分析装置により測定する標準物質測定ステップと、
同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が所定の関係になるとの前提の下で、前記標準物質測定ステップにより得られた測定結果に基いて、当該グループに含まれる硫黄化合物を定量するための定量参照情報を求める定量参照情報取得ステップと、
クロマトグラフ質量分析装置を用い、同一グループに含まれる複数の硫黄化合物の濃度が同一である場合に該複数の硫黄化合物の信号強度が前記所定の関係になるように予め硫黄化合物毎に定められた分析条件の下で、検体中の目的硫黄化合物の測定を実行する検体測定ステップと、
前記検体測定ステップにより得られた測定結果と前記定量参照情報を用いて、目的硫黄化合物を定量する定量ステップと、
を有する。
【0076】
第7項に記載の活性硫黄の定量方法によれば、上述した、シスチン、システイン、酸化型グルタチオン、及び還元型グルタチオンにそれぞれ関連する硫黄化合物のみならず、幅広い活性硫黄を含む硫黄化合物の定量を、一般に入手が容易である化学的に安定な硫黄化合物の標準物質を利用することで、十分な精度で簡便に実施することができる。
【符号の説明】
【0077】
1…液体クロマトグラフ
11…移動相容器
12…送液ポンプ
13…インジェクター
14…カラム
2…質量分析装置
201…イオン化室
202…第1中間真空室
203…第2中間真空室
204…高真空室
21…ESIスプレー
22…脱溶媒管
23…イオンガイド
24…スキマー
25…多重極型イオンガイド
26…前段四重極マスフィルター
27…コリジョンセル
28…後段四重極マスフィルター
29…イオン検出器
3…データ処理部
31…データ収集部
32…定量演算部
33…定量参照情報記憶部
4…分析制御部
41…活性硫黄分析メソッド
5…中央制御部
6…入力部
7…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9